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異能力者の集団に襲われ、謎の怖い集団に拉致監禁、それに加えて尋問までされた最悪の日から数日が立った。あの日、電撃を浴びせられて気絶した後、意識を取り戻した時には既に今いるオンボロアパートに運ばれていた。
無断で家に侵入された訳だが、荒らされた形跡はどこにもないので本当に家へ運んでくれただけらしい。仮にも公的機関なので当然と言えば当然だが。
「それにしてもわざわざ気絶させる気だったなら、目隠しをする必要なかっただろ。銃で撃たれた所に加えて、電撃を当てられた場所までしばらく痛かったわ」
数日たった今は、傷も完全に癒えて痕も残らなかったが、目を覚ました時は銃で撃たれた後に加えて、背中には火傷のように赤く腫れた痕が残っていた。
痕がつくほど背中から攻撃してきた奴は、相当な恨みがあったのだろう。誰がやったのかには心当たりしかないが。
他に何があったかと言われれば、アハトがいなくなった事だろうか。あの日から今日までの数日間、アハトは一度も姿を現していない。
帰ってきて欲しいなんて気持ちは少しもないが、聞きたい事は色々ある。所詮は任務の為に、一時的に身を置いていただけに過ぎないので帰って来ないのは自然な事なのかもしれない。
お偉い様の一味だという事は流れで判明しているので、会ったところで気まずいだけではある。もう帰ってこない、会いたくないのは別に構いはしないが、歯ブラシやコップなどはどうにかして欲しい。
自分以外の存在を匂わせる小物があると、家に女の子を呼んだ時勘違いされる。折角、家に呼べるまで仲良くなれても、女と同棲している男と誰が付き合ってくれるのか。
仲の良い女性と言えば、バイト先であるスーパーのおばさま方くらいしかいないのだが。泣いていない、泣いていないぞ。俺は女に興味がないだけなんだ。
「はぁ、急に悲しくなってきた。それもこれも襲われた件も含めて、アハトのせいだろ。天使とか言いながら、性格含めて悪魔だあいつは」
誰もいないはずの部屋で1人、ぶつぶつと誰に聞かせるでもない文句を、布団に寝転がってスマホを見ながら話していると、不意に真隣から声をかけられる。
「それは私の悪口ですか?先輩」
言葉の節々からは怒りが隠しきれていないが、透き通った声は聞いていて気持ちが良い。これが誰の声なのかは姿を確認するまでもなくわかる。
「アハト、お前一体いつから……。というより、なんで戻ってきたんだ」
「逆になぜ、戻って来ないと思っていたんですか。話聞いていたんですよね?普段は調子に乗っているくせに、あんなにしおらしくなるなんて、不覚にも笑ってしまいましたよ」
フフッとお淑やかに笑う姿は、アハトが青髪美少女な事も相まってとても絵になっている。しかし、言っている事は全然可愛くないので、家に美少女がいるという状況をまったく喜べない。
顔が引き攣って、何も言えなくなったのを見てアハトは更に笑う。
「戻ってきた理由は先輩の監視の為ですよ。先輩が対策課の仕事をサボっていないか、私がしっかりと見張っておきます」
「見張るのは良いが、やっぱり俺の家に住む気なのか?前は住む場所がないというから仕方なくだったが、実は金持っているんだろ」
組織に使い潰されるような下っ端の中の下っ端であるクロとは違い、組織で重用されてそうなアハトはそれなりの金が支給されているはずだ。
少なくともスーパーのアルバイトと、対策課のアルバイトのような立ち位置の仕事を掛け持ちしているクロよりも金は断然多く貰っているに違いない。
「先輩の雀の涙ほどの給料よりは貰っているかもしれないですね。けれど私は家を借りられないので、しょうがなくここに住んであげているんです」
「しょうがなくってなんだよ。俺は住んでくれなんて頼んでないぞ。どうせならお前みたいなツルペタじゃなくて、妖艶な美女でも呼んできてくれ」
「客観的に見て、私も可愛い美少女だと思うのですが?先輩こそ、筋肉質でもない平凡な体格に目立たない平凡な顔。それで選ぶ立場だと思っているんですか」
チクチクと互いを刺し合いながら、今にも取っ組み合いが始まりそうな臨戦態勢を互いにとる。そうやって側から見ればくだらない口喧嘩ではあるが、大して仲良くもない彼女を尊重する必要はない。
「そんなに文句があるなら今すぐここから出て行ってくれ」
「わかりました。わかりましたよ。先輩の事は見張る価値もないダメ人間だと報告しておきますよ!置いていた荷物も返してもらいます」
机をドンと台パンし、一度こちらを睨みつけてから部屋の中を歩き始める。
返してもらうと言うが、彼女が鞄を持っている所は見た事がない。どうするのかと思っていると、置いてあったビニール袋に歯ブラシとコップ、それに置いてあった下着と制服を畳んで入れている。
格好は制服なのも相まって、完全に家出少女でしかない。最低限の荷物を集めたのか、アハトはドタドタとわざとらしく足音を立てながら扉の方へと向かう。
狭いアパートなのですぐ出口の扉まで辿り着くと、彼女はこちらへ振り返る。
「失礼しました!私は帰りますので、別の監視員とでも仲良くしておいてください」
バタンとわざと音が鳴るように扉を閉めて彼女は消える。まるで嵐のように一瞬で現れて、一瞬で帰っていった。




