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「大丈夫だったかい?ごめんね、あいつが相手だと何故か注意する気が起きなくて」
裏で話を聞いてから、男を警察に引き渡した課長が話しかけてくる。
諸々の事情聴取があったので、数十分待たされたが、当事者だった自分とアハトはそのまま帰る訳にも行かず、話が終わるまで外で待っていた。
因みに2人は警察に対応課だと言ったので、拘束時間は少なかった。そのせいで待つ時間も長くなったのだが。
「こっちはどうにかなりそうだよ。とりあえず、クロ君は病院に行ってきてくれ。君も怪我はなかったかい?」
「私は平気です。強いて言えば、先輩に掴まれた腕が痛いです」
咄嗟の行動だったので、腕を強く握ってしまったのは悪いと思っているが、庇ったのだから少しはそのジト目を辞めてほしい。
「それは良かった。こちらとしてもお客様に怪我をされては立つ瀬がなかったですから」
アハトの心配、というよりも会社としての体裁を心配しているように聞こえる。
もし誰かがSNSに、少女が殴られそうになっていたにも関わらず、店員は誰も動かず傍観していたなどと言われれば、聞こえは良くないだろう。
普段の課長を知っているので、そこまで性格の悪い事は考えていないだろうが、笑顔が怖い。
「じゃあ、私はまだ後処理があるから。待たせて悪かったね」
そう言って課長は去っていったので、周りに聞こえないようなボリュームでアハトに問う。
「結局、あの迷惑客は異能力者だったのか?」
「十中八九はそうです。ただ、自分が異能力者である事は知らないでしょう」
何故、あの一瞬でそんな事までわかったのか、と目線でアハトに訴えかけてみる。すると、アハトは溜息を吐き、理由を説明し始めた。
要約すると、異能の効果が薄いかららしい。異能を『言霊』と仮定した場合、人によって差異はあれど異能のランクはAランク相当。
話した事が思い通りになる、なんてふざけた異能なのだから高ランクは当然である。しかし、男はあの場を支配してはいれど、レジの少女に少し抵抗されていた。
異能力は自覚していないと万全の効果を発揮しない。らしい。あやふやなのは、実際に見たことがないからで、自分もそんな事はなかったからだ。
「つまり、未だに自覚がないんだったら、監視をつけないと不味いんじゃないか?」
「そうですね。その辺りは先輩から報告をお願いします。私はまだ寄るところがあるので行きますね」
そう言ってスタスタと先に外へ出ていってしまった。あの感じだと、今回の報告も全てこちらに任せるつもりらしい。
湧いてきた怒りを鎮めるために一息ついて、手を開け閉めする。当然ながら、今は自由に体が動く。
アハトに言われてみて思い出した。あの迷惑客が来店した時は体が思うように動かなかった覚えがある。きっと他の店員や客も同じだったのだろう。
だが、異能力を無効化する事ができるアハトが来店した事で、状況に変化が生じたのだ。
課長曰く、今後は出禁にすると言っていたので店で会う事はなくなる。男は今後、監視の下生活していく事になるのだろう。
ずっと監視されながら生活するというのは精神的にきついものだが、やった事と天秤にかけるとザマァみろとしか思えない。
「今後は反省しながら生きてくれ。あの程度じゃ心根が変わるとは思えないが」
責められていたレジの少女に、今まで助けられなかった事を謝罪してから帰路につく。
病院に行けと言われたが、体質的にもう負った傷は治っている。後で隊長に言って、どうにかしてもらおう。
それにしても2日連続で異能力者に会うなんて、今までにはなかった事例だ。多くて1ヶ月に2か3回程度だったのだが、一体この街で何が起こっているのだろうか。
「精々、束の間の平和を噛み締めておけ、吸血鬼」