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初恋の殿方がかっこ良すぎるのですが、どう思いますか?

私はハイド侯爵家の長女、リュネル・ハイド。10歳の時から、セントリア王国第一王子の婚約者でした。正直にいうと、私には好きな殿方がいましたので、婚約者なんて熨斗つけて返したかったのですが、相手は忠誠を誓う王家なのでそうは行きません。一応、父も私の気持ちを知っているためお断りしましたが、そこをなんとかと、頼みこまれたのです。もちろん国王陛下その人から。本当に、最悪でしたわ……ですが、ほぼ強引に押し付けられてしまいましたので、仕方なく……それはもう、仕方なく、お受けする他にありませんでした。父から土下座されるほどでしたわ。父に迷惑をかけるわけにもいきませんので、好きな殿方の義理の姉になるということで、無理やり自分を納得させました。本当に無理やりですが!

 それからは、心を押し殺して王妃教育に励みました。王妃教育はとても厳しくて大変でしたし、最初はまぁある程度はグランデル殿下も私のことを気にしてくれていました。けれど、最初だけです。徐々にグランデル殿下とお話しする機会はなくなり、反対にアースニア殿下やアスタリスク殿下、同じ年のオズワルド殿下ともお話をすることが増えました。厳しい王妃教育の中、好きな殿方がいる4人でのお茶会はとても楽しかったです。

 もう、お気づきかと思いますが、私の好きな殿方というのは、オズワルド殿下なのです。え、アスタリスク殿下だと思いました? 違いますよ。失礼ですけれど、私アスタリスク殿下よりオズワルド殿下の方が好みなんですよね……漆黒の黒髪は誰も手出しできない闇のようですし、何もかもを見透かすようなルビーのような真紅の瞳はとても綺麗で素敵です。何より、オズワルド殿下の魅力は外見だけではありません。一見、落ち着いた雰囲気ですが、何者にも囚われることのない自由な考えや思想をお持ちですし、『無能』という仮面を脱ぎ捨てた素はとても思慮深くて、本気を出した殿下とチェスでは勝負になりませんもの。いえ、チェスだけでなくそのほか全般全てにおいて、殿下に勝てたことは一度もありません。何より、オズワルド殿下の、王位継承争いにならぬようご自身の評判に泥を塗ってでも『無能』であり続けるあの胆力、殿下の魅力を語る上では絶対に欠かせませんわ。

 あ、そうそう、知っていますか? 学園で学期末にテストがあり、結果発表も公開されるのですが、毎回満点な方がいらっしゃるのです。ちなみに私は毎回2位だから、お隣のため目に入ります。しかし、名前は黒で塗りつぶされており、どこの誰が満点を? と教師の方に聞くのですが、「誰にも言ってはならない」の一点張りなのです。まぁ、少し考えれば誰だってわかりますわ。オズワルド殿下という有名な名前が一切ないのですから。生徒数と順位は一致しているのに、オズワルド殿下の名前だけ見当たらない。そんなの、殿下だと言っていると答えているも同然です。なぜ、そのようなことを? とご本人にお聞きしたのですが「王命なんだよ。本気出して、学園側の教師陣にだけは実力を知られろってさ。」ということのようです。アスタリスク殿下とアースニア殿下が家出(の、ような、そうじゃないような…)して王位継承権を放棄してしまいましたし、次期王太子であるグランデル殿下はちょっと頭が、あれなので、陛下は将来を憂いているのでしょう。今までは手綱を握る人物が何人か居たのですが、最近はそれすらも怪しいですし……

 

 話がそれました。私はグランデル殿下の婚約者となり、はや6年。オズワルド殿下に恋心を秘めたまま、一部の方以外には悟らせぬようにポーカーフェイスを心がけてまいりました。あ、王妃教育をしてまいりました、ですね。はい。

 だから、私に興味のないグランデル殿下には悟られてない自信があります。まぁ、だからこそ、こんなことを言い始めたのでしょうけれど……

 

「グランデル・ウェンズ・フィア・セントリアの名において、リュネル・ハイド侯爵令嬢! 貴様との婚約を破棄し、マリエル・グリムゾル男爵令嬢と婚約をすることをここに宣言する!」

 

 マリエル・グリムゾルとは、グリムゾル男爵家のご令嬢、というのは知っていました。珍しい光の魔法属性をお持ちのようで、特待生として今年学園に入学した方だと噂になっておりました。現グリムゾル男爵の妹君が、平民の方と駆け落ちしてできた娘のようです。事故で妹君が死んだと聞かされた男爵は娘を引き取って貴族として生活させているそうです。しかし、彼女は元平民のためか礼儀作法があまり身についておらず、学園の女子生徒からはあまり好かれなかったようです。いじめられているとお聞きして、私も気をつけて見ていたのですが、どうやら偶然居合わせたグランデル殿下がお助けしたようで、私は引き下がりました。それをきっかけに殿下はどんどんマリエル嬢に惚れ込んでいきました。それについては、まぁ私としてはどうでもよかったのです。側妃として受け入れるというなら、それに従いますし、むしろ殿下とお世継ぎ作りの回数が減りますからね。万々歳です。

 ですが、マリエル嬢は婚約者がいる他の殿方との距離も近くて、殿方たちも彼女に惚れ込んでいきました。まるで後宮の男バージョンのように侍らせていますので、殿方たちの婚約者方がお怒りになりました。その中には私のお友達もいましたし、マリエル嬢の自業自得ですが、そのせいで彼女たちが悪者のように扱われるようになるのは、私の望むところではありません。そのため、私はマリエル嬢に優しく諭すように言葉をかけたのです。「婚約者のいる方と親密になるのは、淑女としてあまりよろしくありませんわ」と。そしたら、涙目で「私、貴族としての教養はなく何もわからないので、教えてもらってるだけです!」と言われました。殿下がお助けする気持ちもわかりますので、私が引き受けようと提案したのですが、それを聞いていた殿下が彼女をかばい「マリエルに近づくなっ!」と勘違いして大激怒されてしまいました。私はため息をつきながら、マリエル嬢を盗み見たのですが、意地の悪いいやらしい笑みで笑っていらしたので、即座にこの件から手を引きました。だって、あの女の顔! 完全に女狐でしたわ。関わりたくありませんでした。とばっちりが来ても嫌ですし。

 

「と、思ったからこそ、何も言わなかったのですけれど……」

 

 婚約破棄自体は予想通りでしたが、公の場で大声で言われるのは思いませんでした。少し驚きましたけれど、かろうじて表情には出さず、扇で顔を隠しましたが、本音は隠せなくて、言葉をこぼしてしまいました。

 

「グランデル殿下、恐れながら、婚約破棄をする理由はなぜでしょうか。」

 

「俺の寵愛を一心に受けているマリエルに嫉妬をし、いじめたことを! 脅迫、暴力、陰口はもちろん、彼女を暴漢に襲わせたそうだな! そんな女が王妃に相応しくない!」

 

 この男、本当に私が男爵令嬢に嫉妬していじめたと、本気で言っているのでしょうか。……いえ、本気なんでしょうね。自分は次期王太子なのだから、全員に好かれて当然だと思っていますし、私も例外ではない、と。

 呆れてものも言えませんね…… 

 

「ふん、何も言い返せないだろう。俺が知らないと思ったら大間違いだ。」

 

 バカすぎて何も言えなくなっていたのを、悪事を見破られて反論できないというふうに思ったのでしょう。得意げに胸を張られてもムカつくだけですわ。

 

「一応言っておきますが、私はこれっぽっちもそのようなことをしておりません。似たようなことであれば、一度だけありますが。」

 

「あるんじゃないか!」

 

「ですが、婚約者がいる殿方と親密になるのは、貴族の淑女としてよろしくないと忠告しただけです。」

 

「嘘です! 私、グラン様に近づくな、近づいたら殴るって言われました!」

 

「そうだな、お前を信じるぞ。」

 

 はぁ、ダメですね……頭お花畑になってて、いえ、それはいつものことでした。ちょっと手に負えなくなっただけで……

 

「そこまでいうならば、明確な証拠はあるのですよね?」

 

 これだけ豪語したのであれば、半信半疑の衆人環視を納得させられるだけの証拠があるのでしょう。

 

「もちろんある!」

 

 私は何もしていないのに、した証拠なんてあるわけがありません。ですが、どんな証拠を捏造したのか、気になったので、聞いてみました。提示された証拠は、殿下の側近たちが手にしていた破られたドレスや、死ねと書かれた教科書等で、誰かにいじめられたという状況証拠はあっても、私がしたという明確な証拠ではありませんでした。これでは肩透かしです。誰も殿下の言葉を信じる者はいないでしょう。どれだけの有力な証拠でも、対抗し、論破する自信がありましたのに……

 

 むしろ、それをしたかったとすら思っていたほどです。

 

「これだけの証拠があって、言い逃れできると思うなよ!」

 

 さて、ここからどういたしましょうか……

 

「はいはい、そこまでにしてくださいよ、グランデル殿下。」

 

 ここで、会話に入り込んできた方が1人。私を庇うように前に出てきたのは、私の好きなオズワルド殿下でした。

 

「ふん。オズワルドじゃないか。王家の恥が、俺になんの用だ。」

 

 なっ、恥ですって?! 私の目の前でよくもその言葉を口にできたものですね、あとで八つ裂きにして、

 

「公の場で婚約破棄とか、何してんです? 少しは考えて動いてくださいよ。」

 

 私の黒い思考を遮るように、オズワルド殿下が少し声を張って抗議しました。

 

「貴様には関係ないだろう!!」

 

「いやいや、周りの方の迷惑を考えてくださいよ。卒業記念パーティーという、おめでたいパーティーに無粋ですって。こういうのは、王家とハイド侯爵家だけで内密に話を進めないと。」

 

「うるさい! 無能の貴様に何がわかる! 俺は真実の愛を見つけたのだ! 父上にも報告をしたが、却下された俺の気持ちが!!」

 

 あら、もうすでに陛下に進言していたのですね。まぁ、却下するのは普通でしょう。未来の王妃が男爵令嬢なんて、上位貴族が易々と許すわけありません。

 

「はぁ、やれやれ。これは何をいっても無駄か……」

 

 オズワルド殿下が、あからさまにため息をつくと、懐に手を入れて何かを取り出しました。書類は丸めてその上から紐で縛っていました。金色の用紙?? ま、まさか、それは……

 

「グランデル殿下。あんたさ、なんで却下されたか、わかってんの?」 

 

 オズワルド殿下が用紙を縛っていた紐をほどき、用紙を広げながら、グランデル殿下に尋ねました。

 

「そんなもん、侯爵家が圧力をかけたんだろう。」

 

 私も父もそんなこと望んでおりませんけど。心の中で反論していると、周囲の上位貴族の子息令嬢たちが、オズワルド殿下の持っている用紙に心当たりがあるようで、目を見開いていました。私もその気持ちわかりますわ。あれは……

 

「え、本気で言ってんの?」

 

 周囲の驚きの様子など、目に入っていないかのように、2人の会話は続きます。

 

「バカにしているのか?!」

 

「ぷ、あっははははは!!!! まじで?! 本気で言ってんの?! バカすぎて笑うんですけど! あははは!!!」

 

「ばっ、きさまっ! 何がおかしい!」

 

 オズワルド殿下が、大口を開けて大声で笑いました。正直、本気でそう言っているグランデル殿下には私も呆れ通り越して笑えてくるものがありますが、流石に控えました。

 

「本当、バカすぎだろ。猿でもわかるように説明すると、ハイド侯爵家全員が、お前とリュネル嬢の婚約に反対だったんだ。それを、国王陛下が無理やり押し通して、お前との婚約を取り付けたんだ。土下座までしてな。」

 

 それは初耳でした。しかし、嘘をついているようにも見えないので、本当のことなのかもしれません。もしくは、それと似たようなことをしたとか。

 

「そんなもの、嘘に決まってる。」

 

 まぁ、そう思いたいのも無理はありませんけれど。

 

「そう思うのは勝手だけど、ここにいる全員は予想がつくだろうよ。国王陛下がそうした意味を。」

 

「は?」

 

「あんた学園での成績良くても下の上じゃん。頭の悪い次期国王なんて周りが納得しないし嫌だから、才女と謳われるリュネル嬢を王妃にしてお前の代わりに内政をさせようとしたんだよ。バランスを取ろうとした。リュネル嬢、その理由は?」

 

 突然、私へ問いかけられて驚きましたけれど、すぐに応えられる質問ですわ。

 

「王妃から生まれた第一王子が次期国王とするのが望ましいですが、優秀なアスタリスク殿下もおりましたから、一時期、王位継承争いが起きようとしておりました。それを避けるためだと伺っております。」

 

 アスタリスク殿下が表向きは真面目に勉強に取り組み始めた時のことでした。メキメキと知識を身につけていくと、グランデル殿下よりも優秀だとわかりました。放っておけば「正式な王妃の子である第一王子」と「優秀な王を望む第二王子派」とで国が二分する可能性を危惧した国王陛下が婚約を強行したのです。第二王子であるアスタリスク殿下が王位を継承するとなると、多くの血が流れるため、まだマシな手段を取ることにした、と。

 

「そう。つまり、あんたとリュネル嬢との婚約は、平和主義の国王陛下が争いを起こさないための苦肉の策だったんだよ。」

 

 いい顔をしないものもいたそうですが、一旦は引き下がったようですから、陛下の策はひとまずはまった感じです。ひとまずは。

 

「さて、国を率いる王に望まれていない王子が、望まれているリュネル嬢と婚約を破棄したら??」

 

 グランデル殿下が顔を青ざめさせましたので、少しいい気味だと思ってしまいました。私は本当に性格が悪いですね。

 

「ここまでが、お優しい第三王子としての俺が、あんたに残す最後の言葉だ。そして、ここからが国王陛下の代理としての言葉だ。」

 

 紐を解いていた金色の用紙を、グランデル殿下に見えるように突きつけました。私は横に移動してその用紙を覗き込みました。オズワルド殿下が、私にも見えるように少し角度を変えてくれました。そのお心遣いに胸がキュンとしましたが、顔には出さずに用紙を見ました。予想通り、国王陛下の直筆サインと、偽造できない陛下の魔力が込められた魔法印入りの、金の命令書でした。

 

「なんだそれは。」

 

「金の命令書はさすがに知ってんだろ?」

 

「ある出来事に対する国王の裁量権を、一時的に他人に渡す際の証明書だ。それを持つ人間が、金の命令書を行使したとき、その言葉は国王の言葉として扱われるため、信頼されたものにしか渡されないものだ。バカにするなよ? それぐらい知っている!」

 

 命令書。主に使用されるのは戦争時だ。直接現地に赴くことはできないが、代理として裁量権を渡したい時に信用できる部下に持たせる。渡す裁量権にも程度があり、程度によって、銅、銀、金と分けられる。金が、国王と同じ権利を行使できるのだ。持っている人間は国王だと思って命令には従わないとならない。そんな大事なものを奪われたり、偽造されないためにも、国王と命令書を渡される人間は、魔力印という自身の魔力が込められた印を、前世でいう血判代わりに押すことになる。まぁ、そうそう金の命令書なんて渡しませんけれど。私も初めて見ましたし。

 

「俺は金の命令書を渡された。ここにはこう書かれている。グランデル・ウェンズ・フィア・セントリア第一王子から、リュネル・ハイド侯爵令嬢へ婚約破棄を突きつけた場合についての処遇の全権を、オズワルド・アルディス・フィア・セントリアに委任する、と。」

 

「な、そんなものは嘘だ!!」

 

「嘘じゃないんだなー。これが。ほら、ここに、婚約破棄を突きつけた場合、何があろうと婚約破棄を実行し、グランデルの王位継承権を剥奪する、と。ていうか、そういう契約を、ハイド侯爵と国王陛下はしていたんだとさ。あんたらが婚約する時に。」

 

 そうなんですよね。私、グランデル殿下と婚約なんてしたくありませんでしたから、仕方なく条件として、『婚約破棄を告げられた瞬間、王家は何があろうとそれを実行すること』と言いました。国王陛下は、そんな条件が実行されないように、当時からグランデル殿下に言い聞かせればいいと思っていたんでしょう。まぁ、殿下はそんなこと聞く耳持たずで、流していたんでしょうけど。

 

「そ、それが本当だとして、アスタリスクがいた時の話だろう!! 今はいない! お前が王位を継承する? そんなこと絶対にありえない!! 魔法属性を一つしか持っていないお前なんかが!!」

 

 もし、本気で実行されても、優秀なアスタリスク殿下が後釜にいる時の話だと考えていたでしょうね。私もそうでした。アスタリスク殿下がいれば、オズワルド殿下は今でも『無能』の仮面を外すことはなかったはずです。まぁ。私としては、オズワルド殿下と一緒にいれるならば、『無能』と蔑まれている殿下に嫁ぐことに不満はありませんわ。むしろ優しい殿下に嫁げるなんて、喜ばしいことですから、喜んで飛び込みたいです。

 

 やっと、婚約を破棄できることで口元が緩んでしまいましたので、さりげなく扇で口元を隠しました。欲望が出てしまいましたが、今は抑えなくてはなりません。

 

 そのアスタリスク殿下は王位継承権を放棄したため、三位だったオズワルド殿下の王位継承権は、現在二位。一位のグランデル殿下がいなくなれば繰り上がって一位となります。それは誰にでもわかること。おそらく、グランデル殿下は、『無能』であるオズワルド殿下に王位が継承されるとは思っていないのでしょう。王は無能には務まりません。だから、オズワルド殿下が王位を継承すれば国が傾くと思っています。いや、そもそも、王位を継ぐ前に暗殺されると考えておいででしょうね。自分がそうされたように。

 

「それがありえちゃうんだなー、これが。」

 

 そうなのです。これは一部の人間しか知らないことですが、アスタリスク殿下が継承権を放棄した少し後から、オズワルド殿下は、グランデル殿下に何かあった時のために秘密裡に王太子教育を受け始めました。王弟殿下の手によって。本人は王太子教育だと思っていない、いえ、気づいた上で目を逸らしていただけですが…将来は王家から出られたら冒険者、出られなかったら魔法を研究する研究者になるのだとおっしゃっていましたし。まぁ、学園でのグランデル殿下の行動のせいで、「王太子になるかもしれない」と危機感を持っていましたが。

 

「いい機会だから、この場で教えておいてやるよ。俺の属性は確かに一つだけだ。けど、」

 

 国王には、三つ以上の魔法属性を持っているものが望ましい。ほぼそれが条件と言えるでしょう。オズワルド殿下はその条件を満たしていない……わけではありません。

 

「この鍛治属性、基本4属性の火、水、風、土はもちろん、上位属性である太陽、海、嵐、大地の属性も含まれてんの。」

 

 オズワルド殿下が人差し指を顔の前に掲げると、指先に魔力を貯めました。その瞬間、青い炎が蝋燭のように灯りました。青い炎は、火魔法では作り出せないほど高温です。自然現象で青い炎を起こすのは、莫大なエネルギーとコストがかかり、もし実現させようと思えばここら一体は吹き飛ぶそうです。

 太陽の魔法属性を持つオズワルド殿下の母君、第二側妃様も同じことはできません。人間の持つ魔力で無理やり火力を上げても、黄色の炎までしか出せないようです。風を含ませたり、燃料を燃やしたりすれば白色までに変化はするそうですが、青色は無理です。

 

「これを見れば、ある程度頭がある人間ならわかるだろ。」

 

 この場にあるのは空気のみ。オズワルド殿下が青い炎を出すには、魔法でどうにか火力を上げるだけ。その分魔力を消費しますから、いくらなんでも火魔法のみならそれは無理です。ですが、風魔法を使えば、オズワルド殿下の莫大な魔力量なら可能性はあります。ですが、莫大な魔力を使われた感じはありませんから、からくりは分かりませんがさまざまな魔法が使われたことでしょう。

 鍛治属性とは、鍛治に関連する全ての属性を持っていると聞きましたし、ありえなくはありませんわ。鍛治とは金属を打ち鍛え、いろいろな器具を作ることです。金属を熱するための炉には火が、金属を冷やすには水が必要です。扱うものは金属ですから、もちろん土属性も。鍛治の中には、ガラス加工もあります。ガラス細工は息を吹き込んで作るそうですから、風も。そして、魔法で鍛治をするならば上位属性が必要ですので、4属性の上位属性があるのは自然というものです。

 

 本当に少し考えられる頭があれば、オズワルド殿下が複数の魔法を使えることは一目でわかりますので、周囲にいた方たちが、ザワザワと騒ぎ始めました。

 オズワルド殿下のことを知らないものたちが、少しずつオズワルド殿下のことを理解し始めましたが、今更ですわね。学園で、オズワルド殿下の成績に気づいていた方たちは、何も驚いておりませんから。

 しかし、周囲が掌を返していくのが気に食わないのか、グランデル殿下が怒りの形相で叫びました。

 

「だ、だからなんだというのだ! お前が今更無能じゃなかったとしても!! リュネルがマリエルをいじめた事実は変わらない!!」

 

「だからバカだって言ってんだよ……リュネル嬢はその、ま、まー、なんだっけ。」

 

 オズワルド殿下は、一度聞いた名前は絶対覚える方ですが、今は完全に覚える気がありませんね? 器用な方。

 

「マリエルだ!!!」 

 

「マリーなんとかっていう万年発情女をいじめる理由がないって言ってんの。」

 

 万年発情とは、面白いことを。

 

「はつっ、貴様! なんと下品なことを!!」

 

「じゃあ、この証拠の数々はどう説明してくれんだ? 如月の10日に12日、それから、弥生、卯月……月に一度以上、とある男爵と肉体関係を持ち、金銭の授受。さらに平民の男や、学園生の下級貴族の子息などなど……肉体関係を持たない場合は欲しいものをねだり、貰ったプレゼントは質屋に売り飛ばし、その金を使って男娼通い………本当に派手に男遊びしているな。」

 

 貧しい平民の女性であれば、体を売って商売にすることは聞いたことがありますので、偏見はないです。そういうことをしないと生活費すら賄えない場合もある、と。

 しかし、貴族は純潔が重んじられますし、平民の時のことならば致し方ないとしても、貴族になってからも続けていたなんて……

 グランデル殿下は、マリエル嬢の平民時代はもとより、現在に至るまでの男性関係は全くもって初耳のようで、呆気に取られていました。

 

「女性の方が、その辺の噂話には敏感だろうから、ある程度はバレてんだろ。小娘がいじめられるのは自業自得すぎ。婚約者を寝取られた女性が怒り狂うのは当たり前。慰謝料を支払って当然だな。さぁて、どれだけ莫大な金になるのか……」

 

 クククッと、悪どい笑みを浮かべるオズワルド殿下。たのしそうでなによりですが、ちょっと周囲から引かれてます。ちょんちょんと指先で殿下の肩を突くと、殿下が我に帰りました。

 

「おっと、失礼。リュネル嬢がいじめたという証拠だけど、リュネル嬢からの依頼で国王がつけた監視員によれば、さっきリュネル嬢が言った、婚約者がいる殿方と親密になるのはよろしくないと忠告した時のみ。それ以降の接触がただの一度もないとなれば、そこの女狐に暴言暴力をいうなんて不可能。」

 

「リュネル様の取り巻きの方がっ!」

 

「そっちも同じように、お前に忠告するだけで暴力を振るったのはお前が煽るようなことした時だけ。確かに、暴力は良くないが、令嬢は婚約者を寝取られたんだから同情の余地はある。」

 

 確か少し前に、ある子爵家の子息と伯爵家の令嬢が、子息側の有責で婚約を破棄したらしい。領地を良いものとするためにした借金を、伯爵家に代わりに払ってもらうための政略結婚だった。しかし、借金と莫大な慰謝料があわさり、子爵家は没落したのだ。父親である子爵は宮廷で働く真面目な方ととても良い評判でしたから、子爵は不憫で、同情しました……

 

「つか、ドレスが破られたのも、教科書も自分でやったことだろ。階段から突き落とされたことも自分から転んだくせに、近くにいた女生徒に冤罪を作らせたって報告があるぞ。これでもまだ反論できると思ったか?」

 

「マリエル、今の話は本当なのか?」

 

「っ、そもそも、グラン様が下手くそなのが悪いのです!」

 

「なっ、」

 

 あらら……本性を表しましたね……しかも、殿下とすでに肉体関係があったとは………呆れました……

 

「はいはい、言い争うのはそこまでにしやがれー。とにかく、リュネル嬢はその女をいじめていないし、婚約も破棄する。そんでグランデルの王位継承権の剥奪と、無罪のご令嬢に冤罪をふっかけたことで名誉毀損も入ってるから、一応被害者であるリュネル嬢と彼女の父であるハイド侯爵と相談はするが、廃嫡は避けられねぇと思うから覚悟しとけ。俺としては問答無用でいいと思うけど、被害者側の意見も、一応は聞いとかねぇとな。」

 

 私たち親子の意見もお聞きしてくださるとは、なんとお優しい方。もう上がらないと思っていた好感度も爆上がりです。

 

「あ、そうそう。真実の愛を見つけたんだっけか? じゃあ、そこの女と婚姻し、男爵家に婿入りな。本当は王家簒奪の可能性を考えて、一族郎党皆殺しになるところだったんだけど、喜べ。男爵が真面目な男でよかったな。一切の不正がないことで免れたぞ。」

 

 責任をとって仕事を辞めるそうで、少々、喜んでいいのかわかりませんけど、義理の娘であり姪のこれだけ大きな不始末がここまでで済んだのは幸運ですね。後から聞きましたけど、一切不正がなければ男爵に重い罪は課さないでくれとオズワルド殿下が陛下に頼み込んだそうです。真面目で優秀な官僚など、喉から手が出るほど欲しいのに、と惜しく思っていたほどです。

 

「とりあえず、グランデルたちの処分についてはこれでいいか……もう一仕事しとかねぇとな……クソだるいけど、今やっとかねぇと、国王からクソうるさく言われんだろうし……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、心底嫌そうな顔をして頭をガシガシとかきました。

 

「オズワルド殿下?」

 

 一言、声をかけましたが、殿下は肩越しに私を見て微笑みました。何も心配することはない、と言っているように感じます。殿下は正面を向き直して、パーティーの壇上に上がりました。一瞬だけ、引きずるほど裾の長い赤のマントと、王冠を身につけた幻覚が見えました。目を奪われていると、殿下が息を吸い込み、声高らかに宣言しました。

 

「ついでにこの場を借りて、貴殿たちに言いたいことがある。今日、この時を持って私は無能の仮面を外すことを宣言する!」

 

 オズワルド殿下が、優秀だと気づいていなかった大半の人間が半信半疑という顔をしておりました。殿下もそれは当然と思い、続けました。

 

「理由は、グランデルの王位継承権剥奪だ。先ほども言った通り、リュネル嬢と婚約破棄をすると宣言した時点でこのバカの未来は決まった。同時に私の未来もだがな。正直に言って、私は王になどなりたくはない!」

 

 ?! オズワルド殿下?! そんな正直に言ってしまうなんて……消極的な王など、これでは皆が納得するでしょうか……殿下の言葉に皆が胡乱な目で殿下を見ていました。

 いえ、でもオズワルド殿下は聡明な方。何か策でもあるのかもしれません。ハラハラしますが、少しだけ耐えるのよ、私。

 

「誰か好き好んで、私自身を見ずに無能だと蔑む人間たちと一緒に仕事しなきゃならねぇんだよ。ふざけんな。」

 

 完っ全に、本音ですね?! いえ、その気持ちはわかりますし、私が同じ立場ならとっくに逃げ出していますけど。

 

「噂に踊らされるバカどもなんて抱えたくねぇな。真に恐るべきは有能な敵ではなく無能な味方であるとは、よく言ったものだよ。いつか足を引っ張られそうだ。」


少しだけ睨むように周囲を威あっしていると、それを気にしないものが1人、前に出てきました。宰相の子息であるオルター・マクガーデン様です。

 

「殿下、いくら王族であろうと、流石にそれは聞き捨てなりません。それに、あなたに何がわかるのですか? 今更、仮面を外すだのなんだの言われても信用できません。」


 物言いに少しイラっときましたが、オズワルド殿下の邪魔をしてはいけません。

 

「そりゃそうだろ。俺がお前たちを信用してないんだからな。」

 

「なっ、」

 

「陛下に聞いてみればいいさ。『無能』な王子を王太子にするんですかーってさ。こう返ってくると思うぜ? 無能なものに王位など譲らぬってさ。ま、そうはいっても、信用なんぞできねぇだろうな? 俺だったら、今まで怠惰に過ごしてきた人間なんぞ簡単に信用できねぇし、したらお前らの感性にドン引きだわ。」

 

「そこまでいうのなら、なぜ『今』なのですか。」

 

「……オルター・マクガーデン。お前はさ、冒険者ギルドに入ったことはあるか?」

 

「え? いえ、ありませんけど……」

 

「冒険者ギルド、いや、冒険者ってのはいいもんなんだよ。お忍びで見窄らしく見える服で行ったんだけどさ、見ず知らずのガキですら、あの場所では暖かく迎え入れんだ。『よう、坊主。新顔か? 冒険者やるなら、俺たちが1から教えてやるから、安心しな!』ってな。あそこはお人好しの集団だ。兄さんと姉さんがいつく理由がわかったさ。」

 

 殿下たちが王宮に帰ってきて、お茶会をするたびにお話になるのと同じです。お二人も「冒険者ギルドはいい場所だ!」「あそこはお人好しかいないねぇ!」とおっしゃっていました。オズワルド殿下は羨ましそうにお話を聞いていました。それに、私は殿下ほど自由に見えて、その実、全く自由じゃない方を知りませんもの。

 

「それと王位を継ぐ話に、一体何の関係が?」

 

「俺が、今まで腐らずに怠惰だの無能だのと言われるように振る舞えていた理由がなんだかわかるか? 生まれた瞬間から、父親に自分の子として認識されず、周囲からもいないものとして扱われてた人間が。普通なら姿くらますか、性格が捻くれたクソ野郎か、周囲に八つ当たりする人間になってるっつの。」

 

 聞いていた方たちが、少しずつ顔を俯かせていました。親にいないものとして扱われるなんて、貴族ではありそうで、意外とない話です。どんな評価であろうと、いるものとして扱われている時点で、まだマシだと殿下は仰っていました。その過去があるからか殿下は、今は殿下を認めている国王陛下でも、今だに『父』と呼んだことがありません。少なくとも私が知る限りでは国王陛下か、クソ野郎か、クソジジイのどれかしか聞いたことありません。

 私は両親から愛情注がれてきたと自信を持って言えますから、気持ちを想像するだけしかできませんけれど、辛かったはずです。

 

「あそこでは、俺は俺でいられたんだ。王族でも、無能でもない、ただのオズワルドでいられた。兄さんと姉さん、そして、ギルドの気のいい飲んだぐれなおっさんどものおかげで、俺は無能の仮面を被れていられたんだよ。」

 

 そんな殿下の心の拠り所が、冒険者ギルドの人たちでした。時々王宮を抜け出しているのは耳にしましたが、人知れず疲れていた心を癒していたのでしょう。私がそうなれていないのが悔しくてなりませんが。

 

「そんなあいつらに、くだらねぇ争いの余波なんぞ、当てられるかってんだ。俺が王になることで抑えられるなら抑えてやるよ。」

 

「つまり、民のため、ということですか?」

 

「そりゃそうだろ。継承争いなんぞ、どうなろうと知ったこっちゃないが、関係ない人間が巻き込まれるのを見て見ぬ振りできるほど、腐ってないんでね。だから、文句があるなら受けて立つから、真っ正面からきやがれ。」

 

 その時、国王陛下と相対するときのように、威圧されるような重厚な空気が漂いました。誰も彼もが息を呑んだように感じます。しかし、それは一瞬で、次の瞬間には空気が和らぎました。

 

「ただし、俺に言い負かされる覚悟だけはしとけよ?」

 

 いたずらっ子のような、ニヤリとした笑顔のオズワルド殿下は、素である証拠です。経緯はあまり喜ばしくはありませんが、やっと自分らしく振る舞えるようになれたようで、私は嬉しく思います。同時に、素のオズワルド殿下はとても魅力的なので、それに見惚れた令嬢が多いのは嫉妬します。貴族令嬢の中では私だけしか知らなかったのに、と。

 

「じゃ、そういうことで。最後に、パーティーを台無しにしてしまったお詫びとして、主催者である学園側と、参加者の方には王家からお詫びの品を用意したいと思います。本日は愚兄のせいで、申し訳ありませんでした。愚兄共々、この場を去りますので、引き続き、パーティをお楽しみください。」 

 

 用は済んだと言わんばかりに、さっさと壇上から飛び降りるとグランデル殿下、いえ、敬称など不要ですね。と、マリエル嬢の元へ行き、2人を魔法? で宙に浮かせてスタスタと歩き出しました。私も一応当事者ですので、オズワルド殿下の後を追いました。

 

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