②本件に関する始末書および、これからの同行。
「ふざけるなッ!!!」
そう言って彼は天井に向け、束ねられたA4の報告書をぶちまけた。
「あっ」
部屋を閉ざす薄い扉で隔たれた廊下を見て、刹那に蛇腹が背筋を撫でたような嫌に冷たい感触が頭にかけて昇って行く。
――誰も...いないよな。
彼は息をポワッと吐いてまた項垂れた。自分は仮にも生徒会長だ、立場を忘れてはいけない。そう言い聞かせて。彼は姿勢を再度改めて、後頭部を撫でる壊れたカーテンに舌打ちし、カタカタと画面に文字を打ち込む。pcのバックグラウンドではラジオ代わりにネットニュースを流していた。
『お天気です。江東区の気温は34度、天気は快晴で絶好の洗濯日よりとなっています。熱中症に気を付けてこまめに水分を取りまs...』
「気温の話をすんじゃねぇ!!」
刹那に彼はイヤホンを壁に叩きつける。うなじを焦がすような燦々溌剌な太陽の御尊顔拝め得るこの「好条件立地」と「強力なWI-FIの完備」、そして校内では唯一「教員に許諾無しでクーラー使い放題の権利」という二つだけが、いまココにいる彼をこの部屋の長たらしめていた。しかしカーテンが壊れていれば話は別である。その直射日光は今やレーザー兵器だ。
東京都立東雲高等学校。この高校には金がない。もとい私立に比べて金がない。彼は少し落ち着くと生徒会長席と貼り紙されたパイプ椅子から掛けていた学ランを頭に被せ日除けとし、反転したイヤホンのシリコンを指で戻し耳につける。
『―――続いてのニュースです。なんと実写映画化しました。大ヒット生徒会ラブコメ!恋愛心理戦マンガ「かぐや様は告らn...』
バシッ、と彼はまた強烈にイヤホンを投げ付けた。
「あんな生徒会あるかよ......」
彼は淀んだ瞳でそう呟きながら、国語科兼生徒会担当、池沼教員の言葉を思い出す。そして幾秒か肩を力ませた後、ストンと落とし、また流れるようにゲルのような体制へと崩れていく。快晴だった青に、どこからか来た白が流れ込む。太陽はやがて西へ移りこの部屋も次第に影ってゆく。今度はひとりの女の言葉を思い出し、彼は不適にニヤリと笑うのだった。
「くたばれ。」
ニヤケながら彼はそう言い、幾秒か経ってから背筋を伸ばして再度タイプを始めたのだった。
――カタカタカタ。カタッ、カタカタ…………
打ち鳴らされた打鍵音は心地良いほどに手慣れたリズムで、真っ白だったソフトの紙は文字の羅列に埋もれていく。
――カタカタ、タタッ、タ、タン。
「ふぅ。」
どれだけ経っただろうか。東京ビックサイトは、電車なら1時間も掛からない。彼は時計の針だけを覗いてパソコンを落す。時間は充分、駅まで歩いても間に合うだろう。それがエンターテイメントならば、尚更だ。
Tips
・生徒会室
『現実の生徒会室とは通常、エアコンと気持ち会議させようとする備品の並べられた"物置"。そして生徒会とは教師らの雑用を請け負うだけ請け負い、何ら権力を持たないボランティア団体である。また会長になったからと言ってモテ始めるということも無い...はずだ。』