①感電
めも
カクヨムからの逆輸入である前章を一気読み用とする為に分割用を準備中。同時に誤字脱字チェックをする予定。(旧約)
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書籍化のために改稿
挿絵
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なろうにあげなおし
――ボタンを押すと電気が走る。走った電気が動きを伝える。センサーが数える1インチのドット数。反応の極致、反射的論理。敵影視認、未来予測必然。インパルスの漏電。狙い定める、シナプスの電撃。
駆ける。駆ける、駆ける、駆ける。
◇◇◇
静寂の中。それも息を呑むような静寂の中、ブルーバードは笑っていた。その日彼が鋼鉄の仮面を被り続け、人生を捧げて挑んだ日。遂に彼の目の前で勝利の女神が高笑いし、彼もそれに釣られ誘い笑いに悶えようとするそれまでの長い暇。彼はその鉄仮面の中で堪えきれずに笑っていた。しかしまだ、それを外す時では無い。
「ha? ――RAK1A?Are you sleeping?hahaha!!」
チームメイトは笑いながら言う。しかしブルーバードは荒い語気で怒鳴った。
「You shut up‼ T4ylor.――Just you...」
「――Yeah, ok. I dont see anybody.」
テイラーは自動索敵トラップの反応を見ながら、やれやれと言った調子で答える。無論、彼の気の緩みも当然であった。地域大会から始まり1年を通して選出、決定した世界大会の最終試合。優勝候補筆頭の彼ら五人が迎えるは1vs5シチュエーション。優勝へのウィニングラン。二位チームとの圧倒的な差。豪華に装飾された世界大会の会場の誰もが、画面を見つめる全ての人間が、IGLブルーバード率いる{ガンナーズ}の優勝を予感していた。たった一人を除いては……。
「Look‼Right here!! Right here on this wall !!――haha!! The last one is Nakiri!!」
「Nakiri...⁉」
「Yeah!Definitely!!」
戦場に現れた一人の戦士を誰もが知っていた。彼女はキーボードを細かく鳴らし、画面越しの戦場を見つめる。会場の誰もが彼女に注目していた。息を止めるような刹那の攻防戦。最終ラウンドの絶望的人数差マッチ。眼前にナキリを捉えたガンナーズはすかさず射線を被せてクロスを組み、互いをカバーできる位置で構える。誰もふざけてなどいなかった。ブルーバードの指示で優位ポジションを確保しながら、交戦はせず一方的に待つ容赦の無さ。一切の気の緩みも驕りも無い真剣勝負。窓一枚で挟み睨み合う両者に漂う異様な雰囲気。達人の間合い。室内に籠るガンナーズは誰もがナキリが挑むその一瞬を待っていた。しかし、その聖なる静寂は観客によって打ち破られる。
「STUPID!!」
唐突な罵声、更に現地キャスターは笑い叫び次に解説は言葉を失い、
「OH MY GOD...」
やがて観客は煽る様に立ち上がる。
『FUUUUUUUUUU!!!』
熱狂の螺旋。
『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!』
幾重にも響き混ざる、笑い声の大合唱。嘲笑の手振り。イヤホンに重ねたヘッドフォンからホワイトノイズが流れる中、会場の異様な雰囲気をガンナーズの選手たちも遅れて察知する。その時、会場の全ての視線はナキリの方へ、ガンナーズの選手もその動きを捉える。1vs5人数差マッチ。圧倒的有利状況での室内待機。クロスの形成。そんな状況下のガンナーズへ、ナキリは両手を振っていた。
――現実空間で。
四肢を動かすキーボードも相手をエイムし撃ち殺すためのマウスも手放し、空いた両の掌を見せながら、その華奢な腕をガンナーズにアピールする無邪気な子供の如く目一杯に振っていた。否、彼女は実際子供だった。そしてそれを見た観客は思う。「ガンナーズ、このチキン野郎共。」と。
会場は更に沸き立つ。それを見たナキリはすかさず追い討ちをかけるように手をブラブラとさせ、ニヤリと笑って中指を立てた。会場の大画面には、まるで休憩をしているかのような実写ナキリの中指がでかでかと映る。小さい背丈、無邪気な童顔、華奢な日本人の女の子。その一人を相手に、ガンナーズは大人5人で籠城戦をしているというこの事実。熱狂のヴォルテージが決壊する。
『――LETS FUCKING GO Gunneres!!!!』
会場入口の物販で売られていたガンナーズの最新ロゴTシャツを着た少年が、日本サポータの小さな群衆の中から火蓋を切るようにそう叫んだ。
「――Shit‼」
敵プレイヤー席から飛び抜ける憎たらしい童顔と中指。途端に血の昇ったテイラーは、キーボードを指がしなるほどに押し込み、交戦せんと外に飛び出した。瞬間、ディスプレイを覗く全ての人間の鼓動は高鳴っていく。
「Go Go Go Team!! ――Fuckin Go!!」
連携などは無かった。それでも勝てるシチュエーション。ガンナーズは一瞬綻びを見せながら動く。刹那、ナキリはマウスを叩くように掴み、外へ飛び出したテイラーを撃ち抜いた。支援投下武器単発狙撃銃、HSダメージは全キャラ一発即死。天高く轟く銃声と共にテイラーの画面が真っ赤に染まる。
「――What the...」
テイラーの死体を遮るようにナキリはグレネードを投げ身体を隠す。そして彼女は知っている。今現在自分がいる戦場の強ポジション。身体の大部分を隠し一方的に弾を撃てる角度。彼女は知っている。ガンナーズというチームの動きの癖。分析されたデータから予想する次の動き。彼女は知っている。彼らのカバーの仕方、手順、その方法。彼女は知っている。その打開の仕方、勝利への道筋。それを覗く周りは無論知っていた。たった一つのゲームに対して、考えられない程の情報量を蓄積し、対応し、人生を賭して戦う人間たちのことを。そして世界は今日知った。電子世界で舞う彼女が、世界最高のプロゲーマーであるということを。
「What the fuck is that!!!!!!」
テイラーが叫ぶ。ナキリが投げたグレネードは通常誰もが拾わない"インパルス"、敵を距離的に吹っ飛ばすだけのテクニカルな爆弾。しかしガンナーズは噛み合うように、インパルスの中心部にバブル型のバリアを展開した後、無意味に四散した。目的はテイラーの蘇生だったであろう、ナキリはそれを読み切っていた。空中に三人と室内に一人、散らばった敵はナキリから離れ、彼女はガンナーズの設置したバリアを利用しながら早撃ち。動きながら遠ざかるキャラの小さな頭へ照準を合わせ的確に撃ち抜いた。
――もっと、もっともっと早く。もっと。もっと。
小さなマウスは掴むように、肘を支点にマウスパッドの上を滑らせる。距離の推定、武器の特性から銃弾の落ちる幅を考慮してのエイム、動く的へポインターを合わせ滑らかに次も撃ち抜く。何処にどうすればいいのか、交差する自信と緊張のパラメータ。ナキリは正にフロー状態と呼ばれる集中力の極致に居た。
――ボクのカラダ。眼から脳、脳から指......キーボードから電気走る。動きを伝える。センサー捉える、電気伝える。マウスを振る。反応極致、反射論理、敵影視認、未来予測必然。インパルスの漏電、シナプスの電撃。
観客はどよめき、実況は叫ぶ、その声も今の彼女へは届かない。たった数秒の瞬間的な攻防、その刹那に見せる集中力の極み。深淵。彼女は空へ舞ったガンナーズの三人目が迎撃してくるのを見てバリアの中へ、踵を返し室内の一人へ飛び掛かる。武器はSG、近距離に特化した散弾銃。彼女はこの交戦を予見し中距離武器は捨てていた。
センシはだいぶローよりのミドル。しかしわけなく腕を振り、バリアから銃口だけを突き出した暇に撃つ。キーボードの上で踊る指は、キャラに彼女の意思を伝達し、高速の動きで敵を翻弄する。しかし結果的にバリアから出て撃ったのは一度きり、彼女は敵の動きを予測し、じれったい程に待ちながらフェイクを続ける。脳は高速で動いている。指も手も腕も鼓動も無論早い。そんな極限状態で彼女はフェイクしかしなかった。通常は堪えられない圧倒的な緩急。堪え切れなくなったラキアはバリアの中へ飛び出し、顔面を撃たれる。ショットガンHSダメージ、全弾当たれば一撃即死。全てが彼女の計算の中に有った。
「けへっ、甘えたねぇ?」
嬉しそうに彼女は二ヤつく。残りは一人、その誰のどんなキャラなのかまでも彼女は既に把握していた。空中に放り出しておきながら狙撃しそびれた一人。無論相手も理解している。齢30。プロゲーマーとしては高齢者の域に達していた彼に、世界最高のIGLに、ナキリは敬意を評しながら銃を構えた。
――Blue Bird。動画よく見てたな…。
しかし同時に、勝負師としての彼女が囁くのである。恩も人情も正義も仁義も礼儀も作法もここには無い。ここはそういう舞台だと。
「引退しな。」
幼い彼女はそう囁いて、淀んだ瞳でマウスを押した。
ナキリが指に掛ける軽い圧力。一回のクリック。一発の銃弾。その一回の命中。たったそれだけで観客は飛び上がり、叫び散らし、選手と大画面を囲む大きな世界大会の会場は、その一瞬間で絶頂した。最高の瞬間。興奮の衝撃。
この試合を期に、ナキリは大きく静かな味方と小さく煩い敵を生み出した。有りもしない疑惑は火だるまの様に燃え広がり泥沼へ。結末としてはそれから二年後、彼女は18歳にしてプロゲーマーを引退した。これが全ての始まりだった。
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項・東雲高校電子競技部についての記録
記・第五十三期生徒会執行部会長
Tips
・Eスポーツ会場
『スポンサー企業をアピールする様にデカデカと置かれたハイエンドデスクトップPCの横に画面、キーボード、マウスパッド、マウス等々が置かれ、五人1チームで有れば横並びに、そして対戦チームと向かい合う様にしてデスクが並べられている。また会場内の気温はかなり低音であることが多くキンキンに冷えている。これはPCの冷却機能を補助する目的もあるが、FPSゲームに置いて最も考慮される点は環境の湿度であり、マウスパッドとマウス、マウスパッドと腕、その間にある僅か数%の湿度差でエイム感覚がズレてしまう為に、除湿としてのエアコンが必要なのである。また選手の耳にはゲーム音とは別にホワイトノイズが流されており会場の声援等は聞こえない。これは観客からの戦術的な助言を回避する為であるが、会場によっては地響きなどで接敵を悟られてしまう事も有る。そう言った点も含め、現時点のEスポーツは発展途上で繊細な競技と言わざるを得ない。またアカウントがログインできない等、システム的な不具合(テックポーズ等)もあり遅延が発生することもEスポーツならではと言える。
作中では、ガンナーズの選手らへ中指を立て煽ったナキリに観客らが反応し、地響きや何らかの影響でガンナーズの選手らがその煽りに気付きティルト(動揺)したことになる。このような外部からの煽りに選手が動揺するような事象はFPSゲームでは起きにくいが、格闘ゲームの大会では稀に見ることが出来る。』