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前編

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作者 

【西井シノ】


目次

       ――前編――

1~2【序 幕】電子競技部の奮闘歴 ~プロローグ~

3~6【第1幕】電子遊戯部の創部歴 ~大切なもの~

7~11【第2幕】電子遊戯部の宣戦歴 ~二重の精神~


       ――中編――

12~21【第2幕】電子遊戯部の宣戦歴 ~二重の精神~     

1~8【第3幕】電子遊戯部の開戦歴 ~E スポーツ~


       ――後編――

9~28【第4幕】電子遊戯部の終戦歴 ~絶対的唯一~

/~29【終 幕】電子遊戯部の廃部歴 ~エピローグ~



------------------------- 第1部分開始 -------------------------

【序 幕】

電子競技部の奮闘歴 ~プロローグ~


【サブタイトル】

感電


【本文】

 ――ボタンを押すと電気が走る。走った電気が動きを伝える。センサーが数える1インチのドット数。反応の極致、反射的論理。敵影視認、未来予測必然。インパルスの漏電。狙い定める、シナプスの電撃。


 駆ける。駆ける、駆ける、駆ける。


◇◇◇


 静寂の中。それも息を呑むような静寂の中、ブルーバードは笑っていた。その日彼が鋼鉄の仮面を被り続け、人生を捧げて挑んだ日。遂に彼の目の前で勝利の女神が高笑いし、彼もそれに釣られ誘い笑いに悶えようとするそれまでの長い暇。彼はその鉄仮面の中で堪えきれずに笑っていた。しかしまだ、それを外す時では無い。


「ha? ――RAK1A?Are you sleeping?hahaha!!」


 チームメイトは笑いながら言う。しかしブルーバードは荒い語気で怒鳴った。


「You shut up‼ T4ylor.――Just you...」


「――Yeah, ok. I dont see anybody.」


 テイラーは自動索敵トラップの反応を見ながら、やれやれと言った調子で答える。無論、彼の気の緩みも当然であった。地域大会から始まり1年を通して選出、決定した世界大会の最終試合。優勝候補筆頭の彼ら五人が迎えるは1vs5シチュエーション。優勝へのウィニングラン。二位チームとの圧倒的な差。豪華に装飾された世界大会の会場の誰もが、画面を見つめる全ての人間が、IGLブルーバード率いる{ガンナーズ}の優勝を予感していた。たった一人を除いては……。


「Look‼Right here!! Right here on this wall !!――haha!! The last one is Nakiri!!」


「Nakiri...⁉」


「Yeah!Definitely!!」


 戦場に現れた一人の戦士を誰もが知っていた。彼女はキーボードを細かく鳴らし、画面越しの戦場を見つめる。会場の誰もが彼女に注目していた。息を止めるような刹那の攻防戦。最終ラウンドの絶望的人数差マッチ。眼前にナキリを捉えたガンナーズはすかさず射線を被せてクロスを組み、互いをカバーできる位置で構える。誰もふざけてなどいなかった。ブルーバードの指示で優位ポジションを確保しながら、交戦はせず一方的に待つ容赦の無さ。一切の気の緩みも驕りも無い真剣勝負。窓一枚で挟み睨み合う両者に漂う異様な雰囲気。達人の間合い。室内に籠るガンナーズは誰もがナキリが挑むその一瞬を待っていた。しかし、その聖なる静寂は観客によって打ち破られる。


「STUPID!!」


 唐突な罵声、更に現地キャスターは笑い叫び次に解説は言葉を失い、


「OH MY GOD...」


 やがて観客は煽る様に立ち上がる。


『FUUUUUUUUUU!!!』


 熱狂の螺旋。


『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!』


 幾重にも響き混ざる、笑い声の大合唱。嘲笑の手振り。イヤホンに重ねたヘッドフォンからホワイトノイズが流れる中、会場の異様な雰囲気をガンナーズの選手たちも遅れて察知する。その時、会場の全ての視線はナキリの方へ、ガンナーズの選手もその動きを捉える。1vs5人数差マッチ。圧倒的有利状況での室内待機。クロスの形成。そんな状況下のガンナーズへ、ナキリは両手を振っていた。


――現実空間リアルで。


 四肢を動かすキーボードも相手をエイムし撃ち殺すためのマウスも手放し、空いた両の掌を見せながら、その華奢な腕をガンナーズにアピールする無邪気な子供の如く目一杯に振っていた。否、彼女は実際子供だった。そしてそれを見た観客は思う。「ガンナーズ、このチキン野郎共。」と。


 会場は更に沸き立つ。それを見たナキリはすかさず追い討ちをかけるように手をブラブラとさせ、ニヤリと笑って中指を立てた。会場の大画面には、まるで休憩をしているかのような実写ナキリの中指がでかでかと映る。小さい背丈、無邪気な童顔、華奢な日本人の女の子。その一人を相手に、ガンナーズは大人5人で籠城戦をしているというこの事実。熱狂のヴォルテージが決壊する。


『――LETS  FUCKING GO Gunneres!!!!』

 

 会場入口の物販で売られていたガンナーズの最新ロゴTシャツを着た少年が、日本サポータの小さな群衆の中から火蓋を切るようにそう叫んだ。


「――Shit‼」


 敵プレイヤー席から飛び抜ける憎たらしい童顔と中指。途端に血の昇ったテイラーは、キーボードを指がしなるほどに押し込み、交戦せんと外に飛び出した。瞬間、ディスプレイを覗く全ての人間の鼓動は高鳴っていく。


「Go Go Go Team!! ――Fuckin Go!!」


 連携などは無かった。それでも勝てるシチュエーション。ガンナーズは一瞬綻びを見せながら動く。刹那、ナキリはマウスをはたくように掴み、外へ飛び出したテイラーを撃ち抜いた。支援投下武器単発狙撃銃、HSヘッドショットダメージは全キャラ一発即死。天高く轟く銃声と共にテイラーの画面が真っ赤に染まる。


「――What the...」


 テイラーの死体をさえぎるようにナキリはグレネードを投げ身体を隠す。そして彼女は知っている。今現在自分がいる戦場フィールドの強ポジション。身体の大部分を隠し一方的に弾を撃てる角度。彼女は知っている。ガンナーズというチームの動きの癖。分析されたデータから予想する次の動き。彼女は知っている。彼らのカバーの仕方、手順、その方法。彼女は知っている。その打開の仕方、勝利への道筋。それを覗く周りは無論知っていた。たった一つのゲームに対して、考えられない程の情報量を蓄積し、対応し、人生を賭して戦う人間たちのことを。そして世界は今日知った。電子世界で舞う彼女ナキリが、世界最高のプロゲーマーであるということを。


「What the fuck is that!!!!!!」


 テイラーが叫ぶ。ナキリが投げたグレネードは通常誰もが拾わない"インパルス"、敵を距離的に吹っ飛ばすだけのテクニカルな爆弾。しかしガンナーズは噛み合うように、インパルスの中心部にバブル型のバリアを展開した後、無意味に四散した。目的はテイラーの蘇生だったであろう、ナキリはそれを読み切っていた。空中に三人と室内に一人、散らばった敵はナキリから離れ、彼女はガンナーズの設置したバリアを利用しながら早撃ち。動きながら遠ざかるキャラの小さな頭へ照準を合わせ的確に撃ち抜いた。


――もっと、もっともっと早く。もっと。もっと。


 小さなマウスは掴むように、肘を支点にマウスパッドの上を滑らせる。距離の推定、武器の特性から銃弾の落ちる幅を考慮してのエイム、動く的へポインターを合わせ滑らかに次も撃ち抜く。何処にどうすればいいのか、交差する自信と緊張のパラメータ。ナキリは正にフロー状態と呼ばれる集中力の極致に居た。


――ボクのカラダ。眼から脳、脳から指......キーボードから電気走る。動きを伝える。センサー捉える、電気伝える。マウスを振る。反応極致、反射論理、敵影視認、未来予測必然。インパルスの漏電、シナプスの電撃。


 観客はどよめき、実況は叫ぶ、その声も今の彼女へは届かない。たった数秒の瞬間的な攻防、その刹那に見せる集中力の極み。深淵。彼女は空へ舞ったガンナーズの三人目が迎撃してくるのを見てバリアの中へ、踵を返し室内の一人へ飛び掛かる。武器はSGショットガン、近距離に特化した散弾銃。彼女はこの交戦を予見し中距離武器は捨てていた。


 センシはだいぶローよりのミドル。しかしわけなく腕を振り、バリアから銃口だけを突き出した暇に撃つ。キーボードの上で踊る指は、キャラに彼女の意思を伝達し、高速の動きで敵を翻弄する。しかし結果的にバリアから出て撃ったのは一度きり、彼女は敵の動きを予測し、じれったい程に待ちながらフェイクを続ける。脳は高速で動いている。指も手も腕も鼓動も無論早い。そんな極限状態で彼女はフェイクしかしなかった。通常は堪えられない圧倒的な緩急。堪え切れなくなったラキアはバリアの中へ飛び出し、顔面を撃たれる。ショットガンHSダメージ、全弾当たれば一撃即死。全てが彼女の計算あたまの中に有った。


「けへっ、甘えたねぇ?」


 嬉しそうに彼女は二ヤつく。残りは一人、その誰のどんなキャラなのかまでも彼女は既に把握していた。空中に放り出しておきながら狙撃しそびれた一人。無論相手も理解している。齢30。プロゲーマーとしては高齢者の域に達していた彼に、世界最高のIGLに、ナキリは敬意を評しながら銃を構えた。


――Blue Bird。動画よく見てたな…。


 しかし同時に、勝負師としての彼女が囁くのである。恩も人情も正義も仁義も礼儀も作法もここには無い。ここはそういう舞台せんじょうだと。


「引退しな。」


 幼い彼女はそう囁いて、淀んだ瞳でマウスを押した。


 ナキリが指に掛ける軽い圧力。一回のクリック。一発の銃弾。その一回の命中。たったそれだけで観客は飛び上がり、叫び散らし、選手と大画面を囲む大きな世界大会の会場は、その一瞬間で絶頂した。最高の瞬間。興奮の衝撃。


 この試合を期に、ナキリは大きく静かな味方と小さく煩い敵を生み出した。有りもしない疑惑は火だるまの様に燃え広がり泥沼へ。結末としてはそれから二年後、彼女は18歳にしてプロゲーマーを引退した。これが全ての始まりだった。



――――――――――


項・東雲高校電子競技部についての記録

 記・第五十三期生徒会執行部会長



------------------------- 第2部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

本件に関する始末書および、これからの同行。


【本文】

 「ふざけるなッ!!!」

 そう言って彼は天井に向け、束ねられたA4の報告書をぶちまけた。


 「あっ」


 部屋を閉ざす薄い扉で隔たれた廊下を見て、刹那に蛇腹が背筋を撫でたような嫌に冷たい感触が頭にかけて昇って行く。


(誰も...いないよな。)


 彼は息をポワッと吐いてまた項垂れた。自分は仮にも生徒会長だ、立場を忘れてはいけない。そう言い聞かせて。彼は姿勢を再度改めて、後頭部を撫でる壊れたカーテンに舌打ちし、カタカタと画面に文字を打ち込む。pcのバックグラウンドではラジオ代わりにネットニュースを流していた。


 ―――江東区の気温は34度。天気は快晴で絶好の洗濯日よりとなっています。熱中症に気を付けてこまめに水分を取りまs...


「気温の話をすんじゃねぇ!」


 刹那に彼はイヤホンを壁に叩きつける。うなじを焦がすような燦々溌剌さんさんはつらつな太陽の御尊顔ごそんがん拝め得るこの「好条件立地」と「強力なWI-FIの完備」、そして校内では唯一「教員に許諾無しでクーラー使い放題の権利」という二つだけが、いまココにいる彼をこの部屋の長たらしめていた。しかしカーテンが壊れていれば話は別である。その直射日光は今やレーザー兵器だ。


 東京都立東雲しののめ高等学校。この高校には金がない。もとい私立に比べて金がない。彼は少し落ち着くと生徒会長席と貼り紙されたパイプ椅子から掛けていた学ランを頭に被せ日除けとし、反転したイヤホンのシリコンを指で戻し耳につける。


 ―――続いてのニュースです。なんと実写映画化しました。大ヒット生徒会ラブコメ!恋愛心理戦マンガ「かぐや様は告らn...


 バシッ、と彼はまたイヤホンを投げる。


「あんな生徒会あるかよ......」


 彼はそう呟きながら、国語科兼生徒会担当、池沼いけぬま教員の言葉を思い出す。そして幾秒か肩を力ませた後、ストンと落とし、また流れるようにゲルのような体制へと崩れていく。快晴だった青に、どこからか来た白が流れ込む。太陽はやがて西へ移りこの部屋も次第に影ってゆく。今度はひとりの女の言葉を思い出し、彼は不適にニヤリと笑うのだった。


 そして幾秒か経ってから、背筋を伸ばして再度タイプを始める。


「くたばれ。」


 ニヤケながら、彼はそう言った。


――カタカタカタ。カタッ、カタカタ…………


 打ち鳴らされた打鍵音は心地良いほどに手慣れたリズムで、真っ白だったソフトの紙は文字の羅列に埋もれていく。


「ふぅ。」


 どれだけ経っただろうか。東京ビックサイトは、電車なら1時間も掛からない。彼は時計の針だけを覗いてパソコンを落す。時間は充分、歩いても間に合う。それがエンターテイメントなら尚更だろう。





------------------------- 第3部分開始 -------------------------

【第1幕】

電子遊戯部の創部歴 ~大切なもの~


【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 1


【本文】

 強い雨が連日降り続いていた。7月初旬のことである。

 廊下は湿気にやられツルツルと上履きが滑る。青天の霹靂と言うにはあまりにも長すぎるような、そんな焦燥だの不安だのが、普通科一年、志田かざりの心を曇らせていた。友達ができないのである。

 

 的確に言えば友達が思った以上に増えないのであった。当初予定していたかざりの作戦は中学時の喜劇を踏襲せず、正に暗雲が立ち込めていた。


「給食がない」


 錺はそんな当たり前のことに今更ながら頭を抱えていた。


(......あれじゃあ、まるでヒエラルキーの可視化だ。教室の所々にいる城主みたいな人気者のところに行き、街をつくって班を形成する。最大勢力は意外にも「軽音テニス連合」そこに何の躊躇も違和感も無しに卓球が混じってmobileFPS広野同行で陽キャをキャリーしまくってる。)


 ブツブツと呟きながら湿気った木の手すりを掴み、滑らないよう丁寧に段を降りていく。目的地は大した品揃えの無い購買である。


(第2勢力は予想どおり「筋肉連合」サッカーだの野球だのが柔道だのが一様にウイイレやってる。あいつらは猿だ。女城に向けてリア充アピールのつもりか声を張り上げ合って騒いでいる。そしてコバンザメのように最大勢力の近くにいる仲間を盟主に集まり小ギルドを形成するクソみたいな連中がいる、第3勢力「文芸部陰キャ連合」そう、俺たちだ。)

 

 先に向かうのは食堂であった。競争が嫌いな彼は購買に走っていく奴等に対し、節操無い人間と一括りに、内心で貶していた。そんな錺に数少ないパンは残っている筈もなく、食堂に入り一瞥するやいなや踵を返す。全くもって無駄な時間である。次に向かうのは自販機であった。ここには菓子パンしか売っておらず錺はいつものように最も甘味の少ないカレー餡パンとコーンポタージュを買って教室に戻る。湿気と汗で湿ったワイシャツをパタパタと胸元から扇いで、錺は決まりの悪そうな顔をする。


(給食が無いことが痛手だった。あそこで積極的に場を盛り上げれば陰も陽も関係なく交流できたのに...)


 グヌヌ...と下唇を噛んで、錺はシャシャっと髪を掻いた。道すがら錺は、自分の教室の第なん勢力だとかそういう括りにすら入れていない一匹狼たちのことを思い浮かべる。あのイヤホンでは何も聞いてないだとか、彼はチャイムですぐ起きるから、伏せているだけで寝てはいないだとか。そんな妄想を浮かべて殊更決まりの悪そうな顔をするのであった。


(帰り際にあいつらを部活に誘おう。で、あいつら全員取り込んで、でもアイツは既に水泳だったか。)


 錺は少々歩くスピードを落とした。顎に手を当てゆっくりと、滑る階段を上っていく。


(でも、......やろう。)


 最上階まで辿り着く。


(一緒に飯食わない?とかか、...まぁ、恥ずかしいけど言おう。)


 そう決心して、途端に鼓動が速まる。一歩進む度に四回は鳴っている。バクンバクンと大きな鼓動が早く不正確に胸を叩く。


(肩を叩く、話しかける。断られたら、それでもしつこく「あっちで食わない?俺のやるよ。」みたいな。いや、断られたら終わりか。じゃあどうする......?)


 脳内でシミュレーションをする。何度も。何度も。心臓が弾む。何度も。何度も。そして錺は最後の廊下の曲がり角に差し掛かった。瞬間、彼の目の前を使い古された上履きがドリフトするように踏みとどまり、その行く手を遮った。


「んっ、ねぇ!!」


 現れた女は、バッと一枚紙を広げる。


「ねぇ!部活入ってよ!!まだ無いけど!!!」


 ――来たれゲーム部、部陰募集!!


 広げられた紙にはトンキーホーテで使われる様な大迫力のフォントでそう書いてあった。錺は久々に、自分に向けられた陽キャ御用達のバグったような声量を一身にあびて狼狽する。加えて校則を踏みにじったような極めて明るいオレンジがかったブロンズの髪の毛。それらをツインテールとおさげの境界線くらいで束ねあげている足の速そうなスポーティ髪型。スカートは膝上丈2cmと謙虚ながら、ワイシャツ共々ヨレており、整った顔を屈託なく笑わせていた。


(よ、陽キャだ......)


 錺は思う、めんどくせぇと。念のため背後を振り向いて人がいない事を確かめ、再度、錺は覚悟を決める。


「俺ですか。」


「もちろんだよ。おっかしいねぇ!」


(ケンカ売ってんのか......)


 錺は頭の中で呟く。


「部活ですか。いや、もう文芸部に入っていて...」


「知ってるよ!でも活動日少ないんでしょ?お願いゲーム部を建てたいんだ!!」


 錺はとびっきり嫌そうな顔をして見せる。そして同時に思うのであった。俺ならここらで引き下がる、と。


「えぇーでも色々忙しくて。ごめんなさい、無理かもしれないけど一応考えてみっ――」


「何の予定!?ねえ言ってみて!!」

 

(この図々しさが羨ましい。)


「そ、それはちょっと他人ひとには言えないかな......」

 

 錺は引きつった顔をしながら身を引くが、間合いが繋がれているかのように、少女は一歩前に出る。ふわりと揺れたブロンズの髪からは安いシャンプーの香りが漂った。


「そんな、いかかがわしいことやってんの!!?」


「――やってない!!」


 錺は通りかかる目線や廊下で陣どった女子らの目線にドギマギして、決着を急ごうとする。


「ほらバイトだよ、バイト...校則上許されてないでしょ。それに他にも忙しいですし。」


「じゃあダメじゃん理由になって無いよ、私もバイトはしてるけど先生には許可取ったし!!」


 彼女も頭に血が上り勢いは増してゆくが、錺がしぶしぶ引き下がる。


「分かった考えておくから、連絡先くれたらそこに返事するから」


 と言ってQRコードを選択し、それを彼女が読み取ったところで、錺の額にはドッと冷や汗が出る。


(廊下で昼間に、しかも女子に、連絡先を...)


「じゃあすぐに返してねー、善は急げだよー!!」


 追加されたsnsの友だち欄には{鈴木陽菜、地毛です}さんがピロンとメッセージを更新する。もう立ち去った彼女から見透かしたかのように「本当だよ!」とメッセージが届く。錺はそれを軽やかに無視した。卒業以来変えていなかった{シダ植物@サッカーやめました}を本名に戻すためであった。

 

 嵐のような女が去って、かざりは自分のクラスへ戻る。ただ呆然と虚空を見つめ、何故か全身が気怠さに襲われていた。調子は崩され引きずるように教室へ歩いていく。e組、f組、d、、、c、、、そしてb。その爪先が届いた瞬間、まだ耳に残っているバカみたいな声が高らかな笑い声に変わってc組教室から錺の耳を刺すように響いた。


「シッ、シ、シダ植物だって、見てこれ、ひぃ、可笑しくってさぁ、はぁぁww」


 顔を真っ赤にしながら、ドデカい女子の輪っかの中心で笑う鈴木陽菜ひなかざりも顔を真っ赤にしながら横目に見る。


(C組だったのか、あの女...)


 C組は入学当初から仲が良く、連帯感のある問題児クラスとして有名だった。その噂は教師ですら錺の授業で愚痴を吐きに来る程だった。その中でとりわけうるさいと話題の女、スタイルの良い金髪のクォーター。錺に更なる倦怠感が襲いかかる。


「め、めんどくせぇ。」


 錺は滅茶苦茶な頭で教室に戻る。そして特に計画も無いままに眠りコクったふりをしている「室内後方廊下側席ボッチA」の目の前の席にドカッと座った。ボッチAの背中は刹那にビクつき、枕代わりの右手が微かに痙攣している。錺は勢いそのまま机をトントン中指で叩き、彼が起き上がるや否やスマホを取り出した。寝惚けたようなおどけたような「えっ、俺ですか」みたいな顔をしている彼に「ス・マ・ホ」と口だけ動かす。「なに?」とイヤホンをとった彼にすかさず錺は話し掛ける。


「俺たちlime交換して無かったでしょ。テストあるから協力しようぜ。」


 limeどころか初めましての二人をあたかも知り合いだったかのような空気間が包み込む。と錺は思っていた。実際はポーカーでもやっているかのような新学期特有の探り合いが始まり会話は一向に弾まないだろうと。しかし、余裕ぶる錺のその心臓は意外にも落ち着いていた。


「あ、うん」


 ボッチAは変声期のようなカサついた声で小さく答える。そして「う、んん”」と喉を鳴らして軽く微笑みスマホを取り出した。


「なに聞いてたの?」


 錺は軽く横に揺れながらQRコードを表示させスマホを机上に差し出す。陽キャと話した直後だからか、自身は特段、緊張をみせず。


「大した曲じゃないよ」


 錺は「へへっ」と奇妙に笑い。絶妙なタイミングでチャイムが鳴った。



◇◇◇


 終業のチャイムが鳴り、週に一度の文芸部活動に従事、下校のチャイムと共に錺は帰路に着く。いつもより満足気に歩くのはいつの日か出会った昼休みのあの彼、山田正義(まさよし)を文芸部に誘えたからだった。錺の家は高校から40分程度の距離にあった。しかし連日の強い雨風で高校は自転車登校を禁止にしていた。突風がビュウッと吹き付け、パンパンに詰まったごみ袋を転がす。真っ白いそのビニールには見慣れたような骨の折れた傘が貫いていた。錺は非常識なその物体に顔をしかめつつも、終始ニヤケ面で家に辿り着いて一軒家のドアを横に引いた。


「キモい。」


 玄関ドアを開けて直ぐに、すのこの上でフラミンゴのように紺色の靴下を脱ぎながら、ズブ濡れのセーラー服がかざりに毒気付いた。錺は溜め息を吐きながら畳んだカサを傘入れに刺す。

 

「おいイモト、そこを退け。」


 錺はその女を色気の無さと父方祖父譲りの立派な太眉から、時折そう呼んでいた。


「死ね。」


「あっ、お前傘は?」


「死んだ。」


 女の名前は志田 (りん)。錺と暮らす2つ下の妹であった。


「飯は?」「not yet.]


「じゃあ任せた。」


「not only...んん?...but also べぇ。」


 りんは兄に思いきりのあかんべーをカマす。


「何が言いたいのか分からんが多分合ってないし、節操無いからその顔も止めなさい。」


 錺は凜の後ろで腕を捲りながら台所へ向かった。


「あと、傘を捨てるな」


 ―――バシッ、と軽快な音を立て、凜のアンテナの如き没個性アホ毛が頭と共に揺れる。「イデっ!」っと凜が大袈裟に頭を押さえる。錺は自分の直毛を抑えるように謝意を込めて「はいはい」と凜の頭を撫でた。


「あっ、手洗ってねぇや。」

「殺す。」


 軽快なやり取りの合間を縫うように錺のスマホがピロンと鳴った。錺は一瞬緊張し。おおよそ二人の心当たりを頭に浮かべる。小さな溜め息と、ソファへ鞄を投げポケットからスマホを取り出す。途端、その携帯はピロンピロンと連続した着信音にバイブが混ざり通話着信を知らせる。画面には「鈴木 陽菜」と表記されていた。


「誰よ、その女!」


 凜が錺のスマホを覗き込む。


「ン何よ、その言い方。」


 溜め息一つ、髪をポリポリと掻きながら錺が調子を合わせる。


「キモい、ってかお前limeやってたのか。」


 リビングから立ち去る錺の背中で凜が言う。「お前じゃありません。」と錺の声は薄暗い二階の廊下へ、床の軋む音と共に消えていった。



◇◇◇


「もしもし。志田ですが。」

 他人行儀に丁寧に、錺はそっと着信を取る。


「やぁ。私だけど。」

 スマホ越しには少し弱まった雨の音がトタンにあたり、したしたトントンと風情を醸す。陽菜の声色は昼間とは打って代わり、その風情に負けじと落ち着いていた。


「バイト終わったんだ。ふふん。」


「要件は?」


「きっつい言い方だね。まぁ、そう急かすなよ。コンビニバイトだって楽じゃないんだぜ?それに質問したいのは私の方なんだ。」


(バイト...)


 言われてみれば、陽菜の声色は疲れているようにも聞こえた。しかし陽気な調子を多少含んで、錺には少し不気味な哀愁を感じさせた。


「植物やめたんだねぇ?ぶふぅ!」


 突拍子も無く陽菜が笑い出す。錺には途端、昼間の「イカれた女、鈴木」というイメージが頭に浮かんでフッと頭に血が昇る。


「忙しいンで切ります――」


「あぁ、待って!!」


 陽菜は急いで制止する。


「なんだよ。」

 錺は少々強めに呟いた。目立つ奴とは執拗に関わらない、錺のスタンスは中学から一貫していた。対して陽菜はその逆だった。


「まぁまぁ、ゆっくり話すつもりも無いけどさ、アタシだって家帰って飯作らないといけないし。」


「はぁ。」

 

「昼間の返事を聞きたいんだ。でも、アタシも少々ずさんだったから良ければ説明させて欲しいなって。いい?」

 

 錺は少し目線をさげて、雨の中バイト先で話す陽菜を想像する。本人も直ぐに帰りたいハズと思い、錺は「まぁ。」と、生返事を返した。


「でも、俺は――」


「私のやりたいことはさぁ。」


 陽菜が被せる。


「私のやりたいことは、金稼ぎなんだ。」


 何も言わない錺に、陽菜は続けて話す。


「ゲームを使った賞金稼ぎ。「クロニクル」ってゲーム。聞いたことある?」


 錺はその心当たりに「まぁ。」と相づちを打つ。教室では広野同行のスクワッドに溢れた者が、暇潰しにそのゲームをしていた。そして家でも、乾いた銃声の中にリアル志向のバトロワとは一線を画すような、エレクトリックな銃声の混じったゲームを凜が新台のPS5を媒体にプレイしていた。


「アタシ実はそういう、何て言うかな、自分の目線で...人を撃つ?いや自分の目線にたった状態の一人称のアレで...」


FPSエフピーエス。」


 錺は呟くように答えを手伝う。


「そう、それ!FPSのバトルライヤル!!アレが少々得意みたいでさ、それにね?賞金が約50万も出るんだ?すごいだろ?いや正しくは...」


「―――50万!?」


 錺は今までにない程大きな反応を見せる。本心で。そして腹から。


「いや、正確に言えば50万円相当の賞品が一気に貰えるんだよ。五人で割るけど。」


 錺はそれでも息を呑む。


「プロゲーマーの公式大会ですら、ゆ...優勝賞金は10万を切ることもある。それなのに一介の学生に50万相当の賞品の贈呈。ましてや俺たちはプロゲーマーじゃない。ならそれは、普通ただの大会じゃない...ですね?」


 錺は陽菜を問い詰める。


「詳しいね、そのとおりだよ。私もちょっと調べたけど、日本では過去、これまでに大きな大会は存在してない。そして、まぁアタシも取れるとは思ってないんだけど...」

  

 サァサァと夜の雨が、静寂を取り繕うように音を立てる。


「うまくいけば250万だ。」


 錺はその数字の大きさに、一周回って胸焼けと興醒めを起こした。


「あっ、そう。」


 ふぅっ、と息を解放した錺は続ける。


「現実味がないので、」


 錺は少し思い止まる。沈黙の合間に陽菜が「敬語はいいから」と口を挟む。


「現実味がないので......返事は少し、待って欲しい。」


 陽菜は少々口角を上げたように、どもって応える。


「ん、あいよ。」


 またしばらく沈黙して錺が切り出す。


「じゃあ、今日は...」


「―――そうだね、あとリンクとか色々貼っといたから読んどいて!じゃあ!」


 ポー、と携帯が高く鳴いて勢い良く通話が切れる。錺は若干の昂りを持ちながら、シュっシュっと、ロックパターンを解除し新着のメッセージを表示させる。開いた「鈴木 陽菜」のメッセージ欄には陽菜のメッセージと共に三件のウェブアドレスが貼られていた。



◇◇◇


「最近MOBA( Multiplayer Online Battle Arena=ゲームジャンル。)の競技人口を越えて世界一位になったFPS。ありとあらゆるプラットフォームからクロスプレイに対応してるから、最近このゲームの影響でハイスペックPCが売れ始めてる。日本でのEスポーツの火付け役になるかもってネット記事には書いてあった。このモードは5人12チーム制のバトロワだよ。かなり連携が必要。」


 部屋着に着替えた凜が、錺の作った夕飯を頬張ったままコントローラーを握り応える。


「かなり競技シーンを意識していて、ハイランク戦ならvc無いとキツいかも。ダイヤ帯からはまるで違うゲームだよ。」

 

「なるほど。」

 錺はアゴに手をあて唸る。


「ゲームしないんじゃなかったの?」


 凜が聞くと錺は「まぁね」と応える。


「凛、もっかい親父が死んで食いっぱぐれたら、俺はお前に責任を持たなくちゃいけない。」


 凜は訝しげな顔をする。


「良いよそういうの、過保護。キモい。」


「どうとでも言えばいい。俺は俺が安心できればそれでいい。」

 

 凜は更に眉をひそめる。


「なら私に干渉しなくて良いじゃん。」


 錺は一言「そだなー」と受け流し味噌汁を啜った。


「出汁が完璧...」


 錺は呟く。


「で、それがどうしたの?」


 凜はゲームについて錺に聞き返す。


「いや実はさぁ、友達との会話についていけなくてさ、知識だけでもつけようかなって...」


 錺はあながち間違いでは無い嘘を付く。


「じゃあ、やれば良いじゃん!回りくどい!」


 錺は「いい、いい、」と首を横に振り食器を片し始める。


「お前のプレー見るから、それで十分だから」


 凜は「めんどくさっ」と呟きながら、満更でも無い顔でテレビをつける。それを見た錺は二人分の食器を洗いながら凜に言う。


「お前コントローラなのか」


 凜は背中越しに「だから何?」と聞き返した。


「いや、なんでかなと」


 凜はめんどくさそうに応える

「私は接近型のキャラを使うからだよ」


 それを聞き、錺は一旦水流を弱めてスマホを手に取る。そして陽菜の二つ目のメッセージ「大会概要!」と書かれたurlを開いた。


 ――大会ルール・第2項...本ゲームはクロスプレイによる多角的で多様なデバイスからのプレーを可能とし、本大会にも規定の範囲内において原則デバイスの制限を設けないこととする。


 凜が話を続ける。


「で、このゲームはパッドに付与されるエイムアシストがとりわけ強い!室内戦や接近戦で高dps(※Damage Per Sec=秒間辺りのダメージ量)の武器を使って戦えば玄人にもワンチャンって話よ。」


「芋(=芋虫、イモムシのような消極的戦術への揶揄。)プレーにはお似合いだな。」


 錺の軽口を凜が鼻で笑い、いなす。


「そんなプライドに頼ったセリフを吐いてるやつが、万年素人止まりの指示厨に成り果てるわけよ。このゲームは立ち回りが重要なの、芋る時は徹底的に芋る。教室の隅にある飾りみたいにね。」


 錺はなかなかに毒気あるカウンターに少々狼狽えた顔をするが、取り繕って凜に言い返す。


「高校の教室に飾りなんて無い、剥がされるからなぁ。」


 さも一本取ったかのように錺は鼻をフンス、と鳴らした。それを聞いた凜は哀れむような目で「うっわぁ~」と声を漏らした。


「で、準備はできたの?」


 錺は皿の水滴を拭きながら凜の腰掛けるソファへ近づく。


「まぁね。」


 そう頷く凜の目線の先には、背丈も肩幅も腹の出方すら異なる五人のキャラがreadyの文字を青信号のように強く光らせていた。そのキャラたちの中には一際体躯の小さい、侍のような格好をしたロボットもいる。凜は同期させたコントローラーのスティックをカチャカチャと弄り、画面中央のポインターはその侍の周囲をぐるぐると回った。


「これ私のキャラ~~」


 凜は子供っぽくシシシと笑い「最強なんよ」と錺に言った。


「最強って、なら全員そいつをピックすれば良いだろ」

 錺は素朴な疑問を投げ掛ける。凜は問いに「うーん」と唸ってヘルプと書かれた文字を押す。待機画面の上には横書きの説明欄が並んだ。


「まぁ。それもルール上できなくは無いんだけど、、、」


 凜は画面に{レジェンドと役職}と書かれた説明を載せる。



―――「主要役職」

・ここでは「クロニクル」の素晴らしい役職機能について紹介します。


攻戦人=ストライカー

→攻撃的な能力で敵陣への切り込みや安全地帯の奪取、敵のキルなどを得意とするキャラとの高い相乗作用シナジーが期待できる、戦闘の花形。


狙撃手=スナイパー

→射撃的な能力で敵群の制圧や威嚇、キルなどを得意とするキャラとの高い相乗作用シナジーが期待できる、一匹狼の仕事人。


狩猟者=ハンター

→狙撃手と同枠で選択可能な役職。その違いとは索敵能力を向上させるか、射撃能力を向上させるかである。またどちらも近距離武器でリコイルが過度に上昇する。


護衛者=ガーディアン(タンク)

→防御的な能力で味方の盾となり、カバーや自陣安全地帯の防衛と奪取を得意とするキャラとの高い相乗作用シナジーが期待できる、戦線の番人。


衛生兵=メディック(ヒーラー)

→支援的な能力で味方の能力値を高め、hpヒットポイントの回復やクールタイムの短縮など、後方援護を得意とするキャラとの高い相乗作用シナジーが期待できる、戦場の救世主。


操作士=オペレーター

→技術的な能力でテクニカルに戦況を優位へと運ぶ、専門的な支援や劣勢打破を得意とするキャラとの高い相乗作用シナジーが期待できる、盤上の司令塔。


 アップデートver2.02.1――


「つまり、dpsダメージロールをいくら積もうと、同キャラをいくら積もうと勝手だけど、適材適所に適職を選んだ方が圧倒的にお得だよって言う意味。」


 錺はその言葉を片耳に、しばらく画面に釘付けになる。


「他には...」

―――ガシィーンという音と共に、説明欄の裏側ではマッチが開始した。「まぁ見るが早いよ」と凜はコントローラーを両手で掴み一枚絵にコメントの載った画面から突如、ヌルヌルと動く世界が躍動的迫力と共に広がり、錺の目に飛び込んでくる。それは雄大な海に囲まれた、広大で区分けされたようにカラフルな、個性がぶつかりあって繋がったような、とにかく好奇心を掻き立てられるだだっ広い凹凸な島を近未来的飛行艇がゴオオオと音をたてながら悠々と見下ろしている光景だった。





------------------------- 第4部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 2


【本文】

「サブシティ。大体1パーティで漁るか2パーティで戦いながら漁る。」


 志田(りん)は盛大にあぐらをかきながら、兄である志田かざりにfpsバトルロワイアル「クロニクル」唯一のマップ{ダイヤモンド・クロニクル}について説明をしていた。


―――ダイヤモンド・クロニクルの概要はこうであった。

・全体像はひし形の一つの島である。

・総計12パーティに対し物資量の多い{メインシティ}は9つしかない。

・区分けされた場所には歴史的モチーフがあり、北西は現代シティ、北東は近代カリブ海世界、南西は中世世界、南東は原始と古代文明の森林地帯となっている。


「つまり悠々と物資を拾えるのは12パーティー中の6部隊で、もう6部隊は戦闘になるか近隣に物資の弱い敵を抱えた状態になる」


 錺は「へぇー」と相槌を打ちながら、スマホに広げたマップと凜のプレイ画面を見比べる。凜は幸いにも敵と被る事もなく、現代区域「北港の灯台街ノースハーバー」を伸び伸びと漁っていた。


「じゃあ物資量も多いし、お前的には良いスタート切ったってことか。」

 錺はスマホを横目に、段々とバックの空きが埋まっていく凜に聞いた。


「うーん。悪くは無いんだけどね」

 凜は含みを持たせた言い方で錺に返す。


「ここはメインシティ崩れって言われてるんだ。物資量も他のメインシティに比べて劣るし何よりもアクセスが悪い。」


 凜は漁った先の灯台から「ホラ。」と言って画面上に南西225と記された方角を向く。


「あそこがコスモシティ。大激戦区。」


 凜はそのままスゥーっと東の方角へキャラの目線を動かす。


「コスモシティから南東に行くと火山が見えるでしょ。あそこの麓の建物と火山内の一部が中央研究所ラヴァラボ。」


 錺はゲーム画面とスマホのマップを照らし合わせる。


「じゃあその左奥が...」


大王城キングキャッスル


 凜は方角200に視線を向け、拾ったばかりのスナイパーライフルとスコープで覗く。


「南西の中世領域は大王城キングキャッスルしかメインシティが無いけどサブシティが一番多くて全部回ればお城とドッコイドッコイの物資量になる。でもお城は高さに軍配あるし後手でもサブシティ漁るムーブができるから、お城取ったチームは正に王様って感じになるかなー?」


 そうこうしている内にパーティーは次の街へ動こうとする。「こっちへ行こう」と野太い声のキャラが凜を急かしてピンを打つ。


「あぁーあぁー、置いてかれちゃってるよ、船使うのかな。北港ほっこうせりあがってるから滝が有るんだよ」


 凜はゲーム画面上にゲームマップを広げ、北東へ移動しながら味方がピンを打った場所をズームして見せる。


「北港は一方通行の滝を使って近代領域に出れる。そのまま入り江とビーチに続くけど落下時に高確率で船が壊れる。滝壺は海賊の巣窟サブシティになっていて対岸の島には北東のメインシティ海賊トルトゥーガ島がある。北東もメインシティはトルトゥーガ島しか無いけど優秀なサブシティもあるしアクセスも良いし初心者向けなのかなって思う。あと仮にトルトゥーガ島が最終安全地帯アンチになったとしたら大勢が遮蔽物の無い川を渡るから、一方的な地獄になる。」


「海賊的だな...」


「まぁ、レアケースだけどね。」


 凜がニヤッと笑い、話を続ける。


「滝を降りて、、落ちて?んで、川づたいに行くとダイクロ(※現マップ、ダイヤモンド・クロニクルのJP略称)で二番目に大きいサブシティの|決戦夜港と海賊船(デイブレイクハーバー&パイレーツシップ)がデデン!と登場する。規模はメインシティ位のオブジェクトだけど物資量は少ない。趣有って好きな人も結構いるし、初動でトルトゥーガ島に降りたチームの待ち伏せができる。でも冷静に考えれば勝ちにくいけどね。オブジェクトも貫通するもの多いし、あらあら途端、蜂の巣に様変わりってなことになると。」


 凜はチームメンバーと一緒に一つの船に乗ると、北港から巣窟へ向かう川をぐんぐんと下っていく。操縦はオペレーター職を選んだ味方が努める。


「近くに検閲場っていうサブシティがあってそっちを注意しないと撃たれて死んじゃうんだよね。」


 凜は加速する船からライフルのスコープを覗く。


「気温湿度安定、敵影無しっと。見ててみかざり、滝落ちる時さスゴいから」


 やがて加速する船の道が切れる。覗く景色は水平線を映し、次第に北東のメインシティ{トルトゥーガ島の全景を見せ、その時にはもう司会に映る景色の全てが滝壺へと下がる。ヒュウっという音と共に垂直になった船の上ではスナイパー職のキャラがキーンと音を鳴らし、視界には赤い人影がパッと映る。


『――五体検知。』


 無機質な声がソレを知らせ、タンク職のキャラがドーム状のバリアを放出する機械を船の上に載せる。


「始まるよ。」


 凜がグッとコントローラーを握り、錺が唾を呑む。次の瞬間、ガシャーンという音と共に画面内を水飛沫と大破した船の木片が覆い、キーンと五つの腑抜けた音が重なって画面が暗く落ち込む。


「終わったじゃん。」

 錺はニヤけながら言った。


「これは、アレだよ...」

 凜が溜め息混じりに首を上に傾け言う。





------------------------- 第5部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 3


【本文】


「これはアレだよ、最近増えてるバグの一つ。」

 

「バグか...」


「錺もやれば良いのに」

 凜は錺にコントローラーを渡そうとする


「俺はやらないの」


「なんで?」


「ポリシー。」

 錺は凜の頭をグリグリ撫でながら言う。


「きもい触るなっ!なんだよポリシーって下らない。錺はもっと他に大切なもの見つけた方が良いよ。自分やりたいことだとか、夢だとかさ。」


 錺は「はいはい、そうだな」と何食わぬ顔で受け流す。凜は怪訝そうな顔でコントローラーを机に置いて、そのまま「萎えたわ」と言って自室に戻っていく。「消してけよ」と背後で聞こえる錺の声は無視して、2階の部屋の扉がバタンと閉められる音がした。



◇◇◇


 一週間後の昼。良く晴れ燦々と輝く日差しが高校の中庭に染み込んだ水分を蒸発させ、湿っぽい臭いと湿気に包まれながらもウェイウェイと遊ぶ男女を横目に、錺たちは文芸部へ体験入部に赴いた山田正義まさよしを交え昼飯を取っていた。もう二人の狸寝入りは良く結託したようで、クラスの右端で小村を作り昼を共にしていた。

(あれもいずれ、我が城へ取り込もう...)


 錺は角が立たないように日を置いて仲間を増やす算段を妄想する。ただそれよりも、今は新規の山田と探り会いをして有効を深めるのが先だと踏んでいた。そう、別にいざ会話を割って入る勇気は無いとか、きっとそういうことではない。


「違うっての!!」


 山田は小ボケを繰り出したかざりの頭を平手で叩く。


 (痛ってぇ、馴れ馴れしいなコイツ。)


 錺は中々の威力に薄ら笑いを浮かべる。その時、錺は内心で友達が少ない人間に対して分析とカテゴライズをしていた。


 (主に4つだ。声が通らない奴、空気が読めない奴、面白くない奴、コミュニティを持たない奴。そこに内気だとか顔が良い悪いとかはあまり関係なく、何れか一つでも当てはまればボッチルート突入への危機。ちなみに分析は男だけに尽きる。偏見で言えば女子は{空気が読めない奴}に対する当たりや比重が大変にヘビィィ.....)


 錺のグルグル回転する脳にストッパーを挟むように、携帯の着信音が鳴る。


「アタシですが。」


「100%無理だと思います。」


 錺は陽菜の話を待たない内に回答をよこす。


「なんでそんなこと言うんだよ」


 その要件は錺の読み通りだったらしく、陽菜は怒り気味に返す。「ちょっと」と席を外し、錺は廊下へ出て人の少ない南側階段まで歩いていった。


「まず一つに時間がない。」

 錺は左手を肘と腹部で挟みながら手すりにもたれ掛かり、頭の中を整理しながら昨晩巡らせた思案を浮かべる。


「俺も色々調べたけど本大会の前に予選が有るよな。それがまず8月の15日だっけか?夏休み前ギリギリに創設できたとして練習の期間が短すぎる。特に連携が勝敗を左右する競技性の高い5人用FPS。運動部で例えれば冷やかしのレベルで大会に挑むことになる。」


 陽菜は「そうだけど」と半ば悔しそうな声を漏らす。


「そしてもう一つ、金がない。」


 陽菜は徐に口を閉ざす。


「うちの学校はfpsをスムーズにやれるだけの設備や機材は持ち合わせて無いだろうし、それを揃える金も出さない。それと――」


 錺は少々云い淀み、ゆっくりと階段の折り返しまで登って行く。


「お前には金が無い。」


 閉鎖された屋上の薄暗いスペース。太陽はカーテンに遮断され、埃と壊れた机や椅子らが無造作に並べられたその上に陽菜は座っている、階下の錺を見下ろしながら。


「高校から強制される新入生の入部と、高校から禁止されている在学中のバイト。その勤務先はモデルとか演者では無くコンビニ。お前は正規のルートでしっかり許可取ってるって言ってたよな。それってつまり許可が降りるほどの生活苦ってことだ。」


 錺は陽菜の目付きが著しく攻撃的になる様を見て、軽い達成感に自惚れて酔いしれる。けれど陽菜は噛み殺すように笑顔を取り繕って、目線を合わせながら電話越しの錺に問う。


「でも錺はゲーム得意なんでしょ?必要な機材の算段だって無い訳じゃないんだよ私にゃ。だからさ...」


「全く逆だ。俺は非生産的なことは大っ嫌いなんだよ。」


「でも、錺となら上手くいくって――」


「誰から聞いたか知らないけど、そいつ相当性格悪いね。校内で俺ほどゲームが嫌いな人間はいない。特にFPS。」


 錺は徐々に敵意を見せながら語気を荒くする。


「あと、お前みたいに大事なモンほったらかして中途半端に遊んでるやつも大嫌いだ。極めつけは家族を蔑ろにする奴。この高校は公立校。大方親が薄給で姉弟多いからバイトして、でも遊びたいから楽な部活を作ろうって腹だろ。そういう時期だよな。そうじゃないならあまりにも計画は杜撰で、圧倒的に無謀だもんな?」


 陽菜は俯きながら階段を降りていく。互いの通話はもう切れていた。


「ごめん。今日は...もういいや。でも、また聞くから」


 陽菜は錺と重なるその通り際に、自身にも言い聞かせるように「諦めないから」と、吐き捨てる。

 錺は呆れたように言い返す。


「頑固だよな、そういうところから身を滅ぼす。」

 去り行く陽菜に追い討ちをかけるように、錺は陽菜の背中を言葉で刺す。


「髪染めるかねは有るんだな。」

 

 その日の陽菜の髪は先日と打って変わって真っ黒の毛並みをしていた。陽菜はその言葉にビクっと体を震わせ立ち止まる。しかし陽菜は振り返ることもせず淡々と教室へ戻っていった。


 錺は少しボンヤリと惚けて、窓越しの中庭を眺める。

 

「完璧なジャブ、正しさの勝利。」


 

◇◇◇


 教室へ戻ろうとする錺をトイレから出てきた山田が制止する。


「錺、C組の美人が髪染めてた。どうしたんだろうな。今期の覇権ヒロインに影響されたのか?」


「覇権ヒロインって.....。さぁな、イメチェンでもしたんじゃないの?お前のメガネあげたらあの声量バカも少しは賢くなりそうだ。」

 

「茶化すなよ、泣いてたんだぞ。あんな能天気キャラが黒い髪ぐちゃぐちゃにして。なあ、何があったんだろうな。」


 錺は頭に侵入する黒い感情を思考ごとカラッポにして、また惚けたように虚空を見つめながら答える。


「さぁな、失恋でもしたんだろ。可哀想に――」


「あんな美少女フレる奴なんて校内にいないっての。どうでも良いけど、女の子泣かすやつなんて許せないよな?」


 山田は錺に真剣な面持ちで問いかける。


「あぁ、全くだよ。ありえねぇな良心のカケラも無――」


「お前のことだよ、錺。」


 山田は曇ったレンズ越しに錺を睨み付ける。錺はそれに薄ら笑いを浮かべる。


「ははー、見てらしたんですね。野暮だなぁ」


「ちゃんと僕にも説明しろよ、野暮なのはそっちだぞ。お前みたいな奴があんな娘と付き合えるわけないんだからよぉ!」


 山田は錺の逸らした瞳をグッと見つめる。


「いやメンドクサイことになってさ。俺も間違えてはないと思うんだけど。」


「複雑なのか?」


「それなりに。」


「じゃあ聞くよ、友達だろ。」


 錺はさも当たり前のように神妙な面持ちをする山田を不思議に思う。それは彼自信が根っからの名前通りの正義マンだからなのか、去っていった鈴木陽菜の顔が其れほどまでに見るに耐えないものだったからなのか。雨上がりの快晴の陽が陰る廊下の隅っこで錺は若干の憂鬱を覚えた。



 



------------------------- 第6部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 結 ~大切なもの~ 


【本文】


 「だから、謝ってこいって。」


 錺と山田は場所を変え、先刻の屋上に続く階段で会議をしていた。


 「いやだからな?俺は現実を教えてあげただけであって、アイツが頑固だから其れに合わせた言葉をだね?」


「言いたいことは分かるけどさ。」


 山田は元来中々の聞き上手で、錺はテンポよく説明をする。自分の非とそれに至る理由を錺が打ち明けてしまう程に、旧友の仲と形容しても差し支えないほどの軽快な口振りで二人の会話は進んでいく。


「でもそれは錺の私情だろ。言われた方はそりゃ傷付くって、だからその部活がどうであれ謝らなくちゃ可哀想だろ。」


「だから――」


「わかった錺。じゃあ謝らないにせよもう一度自分の口で説明すべきだよ。錺の話を聞く限りなら、鈴木さんが無謀なことをしてるって客観的にも思うし。それに巻き込まれたくない錺の気持ちも分かる。でも事実、彼女は錺を頼ったし好意を持って誘ってくれたんだろ?なら一層、ケジメをつけるべきだ。」


 山田正義まさよしは空気の読めない奴ではあった。錺は考える。


(それでもコイツは、物事の良し悪しについて明確な考えを持つ芯の通ってる人間だ。ただプライドもそれなりに高くて心情は時々複雑そうに見える。ただ自分の相容れないものには憶さずNOを突きつける。それゆえに他者と噛み合わない複雑さの悩み。良く、)


 良く「人間」している。人に流されず単純さに逃げず、自分の問題に対しても他人の問題に対しても真摯に悩める、良く悩み良く生きている人間臭い人間。錺はそういう類いの人間が嫌いになれないタイプであった。


「錺、僕はまだ文芸部には入ってなかったよな。今は茶道部でさ。金曜日だけ部活が有るんだけど、まぁ万に一つも無いと思うけど。もしそのゲーム部?参加部門は「クロニクル」だろ。もしやるんだったら僕は錺とゲームしたいと思うよ。」


「いや、それは無いかな。」


「そっか」

 山田は静かに立ち上がる。


「じゃあケジメ、付けてこいよ。僕は美術選択だから先行くわ」


 そういって彼は足早に立ち去った。刻々と定刻のチャイムは近付いている。錺はしばらく一人でうつ向いたまま、より人気ひとけの無い、煩雑に並べられた机や椅子が埃を被る鈴木陽菜のいた場所へ登って行く。


「なんで俺だったんだ。」


 当初から沸き起こっていたその疑問に錺は頭を悩ませる。そして、あるいは(誰が、俺へと仕向けたのか。)という疑問。机の上には埃を除けた陽菜の手形痕があった。思った以上に小さいソレと自信の手を比べるように被せて乗せる。机の奥には何やらチラシのようなものが山積みにされていた。逆手のもう一つは握られた様な痕跡。隣にある臀部とスカートの痕。その斜め後方には何やら文字が書かれていた。それは雑な英字が流動する迫真の筆記体で書かれた、意思の文字列。それに錺は心を締め付けられる。


{ WAIT FOR US, CHRONICLE!!}




 錺は重ねたその左手から引きずるように机をなぞり、滅茶苦茶に痕を消し去った。


 夏の天気の気紛れに、錺は窓から手を出して、汚れたそれらを洗い流した。


 遥か遠くの曇天が雷鳴を轟かしながら校舎に迫る。

 

 週末の東京には、巨大でノロマな台風が迫っていた。



◇◇◇


 6限の終わりを告げるチャイムが後20分で鳴ろうかという時だった。ピンポンパンポンと全校教室へ向けたチャイムが授業の有無を問わず全ての担任教論を招集した。約10分の自習を経て錺の選択科目であった書写の教員が黒板をさっと消し始める。無言の教員と勢いのます雨音に教室内は不穏な空気が立ち込める。しばらくするとまた、ピンポンパンポンと言うスピーカーから東海林とうかいりん教頭がアナウンスを告げた。


{えぇー全校生徒。台風が思った以上にでかいみたい。電車が止まる恐れが出てきたのでぇ、下校時刻繰り上げっ。帰宅準備をすること。尚、生徒会役員は生徒会室に集合で。繰り返します―――}


『『『 いぇええええええええい!!! 』』』


 アナウンスが終わるのを待たずに四方の教室から歓声があがる。東京は強風域にはまだ入らないという状態ではあったが、遅延や運行休止、混雑を予想した柔軟な対応であった。


「――っという訳で、今回は主に公共交通機関を利用した生徒への配慮だから。君たち役員の中で家が近いものは学内に残り、生徒がいないかの確認をしてから下校してもらいます。君たちと残りの先生たち数名の特別最終下校時刻は17:30。俺も家遠い組だから帰るけど、報告用の先生は最後まで残るから、理不尽だけど頑張って!バイバイ。」


◇◇◇


 東京に降り立った嵐と、嵐の様な女とのケジメ。錺は何としてでも口頭で可能な限り早く、陽菜とのケジメを着けたかった。それは何よりも錺自信の為で有り、かつ部活動が未創設のままに夏休みまで二週間を切り、誰よりも時間を惜しんでいるはずの陽菜の為であった。


 ホームルームの終わった教室でスマホを取り出す錺に山田が近寄っていく。


「悪い山田、今日は一緒に帰れない。」

 山田は「もちろん」と笑い、教室を去っていった。


 他のクラスメイトも次々に昇降口へ向かう中、錺は人混みを掻き分け逆流するようにC組へと向かう。そこに陽菜の姿は無かった。ただ一つ、「帰った?」と打ち込んだ錺のメッセージには、陽菜が「まだ、」と返信をしていた。


「いまどこ?話したいことがある。」

 そう打ち込んだ錺のメッセージには既読だけが付いた。

 

 錺は昇降口から靴を履き正門の前まで走っていく。自転車通学の錺はカッパを羽織り濡れた前髪を指で退けながら陽菜を探す。防水のスマートフォンを右手に、左手は濡れきった顔面を拭いながら立ち尽くして20分も30分も経った。それでも陽菜の姿は一向に見えない。


 錺は痺れを切らし、今度はまた昇降口へ走り戻る。焦燥の中、錺は雨の中を走りながらカッパを脱いで全身に雨粒を浴びる。電話はかけ続けている。下校時刻と嵐と陽菜と、錺の中ではその全てを引っくるめた何か抽象的な不安とその焦燥が次第に募っていった。


 錺は急いで上履きへ履き替える。一般生徒の下校時刻はとうに過ぎ去っていた。辺りは段々闇に溶けていく、錺の目的地は南階段屋上前。切らした息から鉄の味がする。錺は四階までの階段を一気にかけあがり、南階段までの長い廊下を一呼吸もせずに走りきる。途中で西向きの窓を持つ教室から見えた正門からは、ぞろぞろと帰路に付く教員たちが見えた。


 錺は必死な願いを込めて屋上前に飛び出す。

「陽菜!」


 そこには誰もいない。

 最後のアテだった。そこを外した錺は半ば諦めながらスマホの明かりを照らし周囲を見渡す。昼間にはあったチラシが机の上から消えていた。錺は埃まみれの机を眺める。昼間とは埃の痕が僅かに違っていた。そして錺が触れていない机の上には新しくうっすらと筆記体で{WATE FOR HINA,CHRO}と書かれていた。


 錺は確かに陽菜が居たことを確信する。何のためにか、誰のためにか、自分か、陽菜か、そんなことに意味が有るのか。錺の頭は目まぐるしく回る思考と、それを放棄してただ陽菜を見つける為だけの理性を度外視した何かが交錯しながらその身体を動かしていた。やがて錺は3階を走りながら北階段の屋上へ通づる扉の一つだけが施錠の外れたものだったことに気付く。


 果てしない悪寒と吹き出すように湧いた冷や汗が錺を包みこむ。咄嗟に錺は中庭方向の窓を開き空を見上げた。人影はなく。雨音以外にはなにも聞こえなかった。多少の安堵とまだ拭えない不安の中で錺は視線を落とす。


 錺は刹那驚きに震えた。


 体育館と校舎とを繋ぐ渡り廊下から数歩先の中庭の銀杏の下にいつのまにか人が立っていたのである。

 長く黒い髪の毛を結ぶものは何もなく、その髪はただ雨にうたれて垂れ下がっていた。錺は急いで外廊下へ向かう。最後の階段は八段ほど飛ばして前転の内に衝撃を流し、濡れた廊下の水滴を湿ったワイシャツが吸い上げる。それから息もつかぬ間に外廊下へ飛び出し陽菜と目を合わせる。


「おい...!」


 錺は呼吸を整えながら陽菜に話す。


「そこにいたら、濡れるぞ。」


「もう濡れてる。」


(確かに...)


 錺は中庭に飛び出て雨に当たる。


「その説明というか.....」


 錺は脈を抑えるように息をキレ良く吐いて顔をあげる。しかし錺が喋る前に陽菜が口を開く。


「何、告白?」


 陽菜の顔は悲しそうに笑っていた。


「それともアタシの優雅なサクセスストーリーのお手伝いでもする気になったのかな?」


 陽菜は錺の心配が馬鹿馬鹿しくなるほどに陽気な口振りだった。


「そうと決まれば練習しなくちゃね、明日からみっちり練習して一ヶ月後には優勝して年末に向けてまた練習をして――」


「お前は――」


「ていうかまずは人集めなきゃね、最低あと三人。チーム名も決めて、連携の練習して、ステージを思いっきり飛び回って、沢山笑ってさ、時には泣いてさ、いっぱいいっぱい練習して、いっぱい...」


「お前は、まだそんなこと言ってんのかよ!!」


 錺の怒号が雨を割くように響いた。校舎をの壁を反響して、誰もいないピロティをバウンドして、陽菜の鼓膜を震わせて、


「お前家族大変なんじゃねぇの!?金ねぇから毎日遅くまでバイトして、食わせていかなきゃいけねぇ人がいるんじゃねぇの!!図星だから逃げたんじゃねぇのかよ!!図星だから泣いてたんじゃねぇのかよ!!」


 陽菜は雨の中で震えていた。陽菜には確かに沢山の家族がいた。弟と双子の妹、上には一人姉が、病床に臥している母親と高齢の祖父母、父親は死んでいた。それは正に、


「どうしてそんなこと......」


 陽菜にとっては図星のことを


「どうしてそんなこと、錺が知ってんだよ!!」


 錺は言い当てたのである。


「そうだよ...お金が無いんだよ」


 陽菜は堪えていた涙を雨に流しながら言う。


「お金が無いんだよ!それでもお姉ちゃんが!好きなことやりなさいって言ってくれたの!!」


 その身を震わせながらも懸命に立ち向かうように話す。


「受験もバイトしながら塾に行かずに頑張って!この高校に入ってさ!それでも沢山バイトして!就職するから待っててねってさ、言ったんだよ!」


 陽菜の顔はグシャグシャだった。


「そしたらさあ、、、お姉ちゃん、陽菜のやりたいことは陽菜が決められるんだよって、お化粧もオシャレも好きなことも!陽菜が決めて良いって言ってくれたの!!」


 真っ赤に火照った陽菜の顔を冷まし続けるように、風が雨を叩きつけるようにして降っている。


「それは違う。」


 そして錺は冷酷にも”錺”のスタンスを崩さない。錺には錺のポリシーがあるから。


「お前のやりたいことを決めるのはお前じゃない。お前のやりたいことを決めるのはお前の環境でしかない。それが現実で。人が決められものはその中の妥協の産物でしかない。お前の姉が!一人でなんとかできると思ってんなら!お前はいま、そこで泣いてないだろ!!」


 錺は勢いを殺さない、それが彼の優しさであるから。


「いいか?俺はお前の話をしてたんじゃない、俺は俺の話をしてたんだ!父親が死んで母親が病弱で妹一人守れなかった憐れな昔の俺の話を!!」


 錺には兄弟がいなかった。しかし父親が再婚した母親には娘がいた。


「家族を蔑ろにする奴は大嫌いだ。お前は俺だよ!!いや俺よりももっと酷い...そのくせ夢だとかやりたいことだとかこの期に及んで宣ってやがるどうしようもないバカなんだよ!!」


 そして錺は父親が死に母親が二度目の再婚をするまでの間、極貧生活を送っていた。とりわけ錺は死んだ父親の、その職業が気にくわなかったのである。


「なにが250万だ、普通に働いて普通に生きていればやがて一年も経たずに手に入る。そんな金の為に家計苦しめて不安定な職業騙って、俺はな!”プロゲーマー”が大嫌いなんだよ!あんなのは仕事じゃない!アイツらに家族を作る資格は無い!!幸せになる資格なんて無い!!」


 内心では悟っていた。優勝賞金250万円の先で陽菜が描いている彼女の人生、彼女の夢、彼女の希望。内心のほんの片隅で錺はそれに気づいていて、もとより彼は嫌悪感と共にそれを否定するつもりだった。


「......姉ちゃん。苦しませたくないんだろ?」


「分かってるよ!」


 陽菜は、心も既にぐちゃぐちゃになっていた。錺の境遇に、その至極全うな意見に。けれども陽菜には確かに一つ吐き出しきれてない蟠りがあった。


「お金無いよぉ」


 陽菜は銀杏いちょうにもたれ掛かりながら泣きじゃくる。


「お姉ちゃんが好きだよぉ、弟も妹もお母さんもお婆ちゃんもみんな好きだよぉ、わがまま言いたくないよぉ、迷惑かけたくないよぉ!幸せになってほしいよぉ!...それでも――」


 陽菜は声をあげて全身で錺に伝える。


「それでも...大切なものがここにあるんだよ!」


 陽菜は胸に手を力無く当てて、酷い顔で錺を見つめる。理解されないと分かっていても。


「中途半端じゃないの、ちゃんと調べて、私には無理だなって、でもさぁ、見てみたい景色があるの、夢みたいな景色が、私にはあるの、あるはずだったの、あったんだよ......」

 

 陽菜は手に持っていたびしょ濡れの紙を見せる。


「それでさぁ、こんなものまで作ってさぁ」


【――WATE FOR YOU , CHRONICLE!!】

 {部員募集!アットホームな部活になるよ!}

 それはいつも昼間にバカ騒ぎをしている陽菜を連想させるような、人を惹き付けるような明るいカラーのチラシだった。

 

 「バカみたいだよねぇ」

 陽菜は大雨の中庭でそのチラシをばら蒔いた、何度も何度も良く散らばるように思いっきり投げた。


 「でっ、でも、でも。錺のお陰で目が覚めた......」

 陽菜の頑固さも諦めの悪さもその捨て台詞が良く表していた。悔しそうに言葉も唇も噛み締めながら。

 

 「錺の言う通りだよ、お金も無い、時間も無い、そんな環境も、気力だってもう無いよ、それなのに、それでも――」


 陽菜は降りしきる雨の中、俯きながら拳を強く握り、やがて力が抜ける様に肩を落とした。


「そうだよね......うん......ごめんね。そうだった、ここまで...ありがとうね...」


 最後まで震えた声で言うのであった。


 「じゃあ私さあ!! バ、バイトがある...始まっちゃうから!!行かなきゃね!」


 陽菜は泣きながら駆けていく。涙で前を見えなくさせ、内廊下への扉に肩をぶつけながら。

 錺はそれを目で追わない、ただ上を見上げて顔を洗う。濡れきったワイシャツで鼻水を拭いて、そのまま首を下げて、陽菜が作ったチラシの一枚に近づく。


{FPSクロニクルのメンバーを募集しています!遊ぶつもりはありません!}


{E SPORTSとは、コンピューターゲームをスポーツとして捉えた名称です。}


{私はゲームが好きなのですが、E SPORTSには魅力が詰まっていて、私にとっては憧れのカッコイイ舞台なのです!私は時々そんな舞台に自分が立っている姿を想像してしまいます。夢のような景色です。そんな舞台に...――}


 錺は読むのを止めた。もうなにも読めなかった。自分の涙を拭い、あたり一面に広がって濡れたバカみたいに量の多いカラーコピーに薄ら笑いを浮かべ、茫然と、時折蹲うずくまりただ泣くしかなかった。


(大切なものがここにある……。――大切なものがここにある......。――大切なものが。俺は、いや、それは誰にも、誰でもない。誰も持っていない。そんなものは...、彼女から"それ"を奪う権利など、誰も持ち合わせて良い筈がない.....)


 錺はうずくまる。中庭のレンガ状の床に額を付けて、雨の滴が跳ねるその高さで、陽菜の濡れて破れたチラシを抱いて、ただ泣いていた。陽菜の悲痛なその言葉を反芻させて。


「帰れ」


 体育館の入り口から出てきた男が、欄干に寄りかかりながら言う。


「難儀だな、時間切れだ。もう一般生徒の下校時刻は過ぎた。誰のかは知らないがそのゴミはお前に始末してもらうぞ。」


 降りしきる雨に、吹き付ける風に、虐められるかのように蹲る錺はチラシを守る様に背中を丸めた。


「ゴミじゃない……!!」


 錺は見ず知らずの、学年も分からない生徒へ怒鳴り付ける。しかし男は狼狽えることも無く、凍える程に冷静な声色で、錺を見下ろしながら淡々と言った。


「お前の意見など聞いていない。お前がそのゴミにどのような価値を見いだそうと、お前がそのゴミにどれ程の思い入れがあろうと。いま変わらぬ事実は、そこに落ちていればやがてゴミになるという事のみ。」


 その男は自身の腕章を外し雨の降りしきる中庭の、蹲る錺の顔の側へ投げ付けた。


「5:30までだ。俺は帰る。校門を出るまでそれを外すな。」


 錺はやけに偉そうなその男を見上げる。


「そしてちゃんと、色を付けて返せ。1年A組、志田錺。」


 ――錺は降りしきる雨の中、目線の先に投げつけられたその腕章をグッと掴んだ。


「土曜授業は無いぞ月曜の昼にだ。きっちりとな。」


 男は背を向けて立ち去った。



◇◇◇


~3日後~


 明るくなりきった天井を仰ぎ、鈴木陽菜は久しぶりに誰もいない部屋で伸びをする。二日前の風邪はとっくに治っていたが、小部屋に隔離された陽菜は何気なく学校をサボろうとしていた。


(よく寝たな...)


 昨晩早めに寝床へ着いた為に陽菜はバッチリ目が覚めて、眠気の「ね」の字も無い状態だった。


(バイトまで暇だ。)

 

 陽菜はそう思いながら、C組の学級委員をつとめてる岸辺文香に電話を繋ぐ。時刻は7時45分。


(遅刻。)


 電話はすぐに繋がった。岸辺文香(ふみか)は派手な見た目にそぐわず鈴木陽菜に似て真面目な性格をしていた。


「あぁフミちゃん。うん、風邪は直ったよ。でも今日は休もうかとね。――うん、気が乗らなくて。」


 二人は中学時からの付き合いであり偶然にも同じクラスに配属されたため、C組女子は二人を中心とした友人関係が容易く形成されていった。そして岸辺文香は鈴木陽菜の良き理解者でもあった。


「それは良かったけど、風邪は治ったんでしょ?」


「うん、そうなんだけど。行かなきゃダメ?」


「いやバイト戦士のアンタの事だからさ、いつ休んでくれてもむしろ嬉しい位だけどさ。」


 文香は少々興奮気味に、時折鼻で笑いながら陽菜へと話す。


「これ見ないでグースカ寝てるのは、私はちょっと勿体ない気もするなぁ......」


「何々?写真送ってよぉ」


 陽菜はゴロゴロと横に回りながらいじらしく頼む。

 

「それはできない相談、それに今日限りのことだろうしね」


 文香は笑いながら言う。


「風邪治ったんなら自分の目で見たら良いよ、学校がね...」


 段々と文香の後ろで徐々に増えていく、登校したばかりのギャラリーたちがザワザワと喧騒の渦を広げてゆく。ワイワイガヤガヤ、中には笑ったり叫んだり驚いたりと、おおよそ朝とは思えない程の騒がしさが電話越しから陽菜の耳へと届いてゆく。稀に見るお祭り騒ぎだと陽菜の鼓動は徐々に早くなった。先刻のことを頭の片隅へと残したまま、陽菜の中ではモヤモヤとそれを吹っ切り前を向こうとする気持ちが交錯する。


 交錯はするが。陽菜はすぐに選択する。


「分かった。行くよ!!」


 ――行動しあぐねていることが、無意味に思えたから。


「はい、じゃあ玄関で待ってる」



 ◇◇◇



 陽菜は自転車を飛ばした。台風が曇天を掻っ攫い、天気は快晴。何かを始めるにはもってこいの良好な日差し。今の生活サイクルを維持したまま、愉快で有意義で充実していて、


 しかし、それを考えれば考えるほどに。それを想えば想うほどに。妄想は過去の屈辱へと景色をシフトさせ悔しさが滲んでゆく。


 その悔しさを忘れるように、陽菜は精一杯漕いだ。腹には何もいれてない。体調は良好、風も微風で心地が良い。陽菜は越えた橋の下り坂でもペダルを漕ぎ続ける。変わるギリギリの信号では更に加速した。必死に走る。ただ走る。それ以外は頭に入れなかった。


 ――キキィと、ブレーキを踏み鳴らし。――ザザッと、駐輪場の砂を挽き陽菜は昇降口へ駆ける。――ダッと、方向を変え身体を向けた階段の先には手を振っている文香がいる。その背中では喧騒たちがザワザワと各々の教室へ、ゾロゾロとゆっくり向かっていく。


『おぉ待ぁたぁぁあ??―――せッ!!!』


 喧騒の中。陽菜は文香の両肩を叩き、それを払った文香がその光景を見せるように身体を逸らした。


「ハハッ!何これ!!」

 中には驚き。


「うっわ酷いな...」

 呆れ。


「爆笑なんですけど!写メろっと。」

 笑い。


「なになに?」

 興味。

 

 エントランスを包む幾多の混沌とした感情の渦の中で、


「え、?」


 鈴木陽菜だけが膝を突き、力が抜けたように泣いていた。


 陽菜の目の前に広がる光景は、濡れてボロボロになったチラシの乾かされた一枚一枚が、昇降口から廊下の先に至るまでに無数の列をなして連なる果てしない貼り紙の壁面だった。それらはあの台風の日確かに、陽菜が勧誘の為に持ち寄ったそれと全く同じ物。希望を抱いていたあの時の、何かが始まりそうだと胸を躍らせたの時の、打ちのめされたあの時の、自分が作ったビラ。全ての紙に施された、たった二文字の修正を除いては。


 【――WATE FOR" US ", CHRONICLE !!】

 

「ず、ずるいよかざり――」


 陽菜は息を漏らす。嗚咽するように、感情の波を堪えるように。


「ずるいよ!こんなの......」


 文香はただ、その熱くなって震える背中をゆっくりと擦っていた。









------------------------- 第7部分開始 -------------------------

【第2幕】

電子遊戯部の宣戦歴 ~二重の精神~


【サブタイトル】

鬼と箆鹿。


【本文】


 最初の感想?そうだな。ビックリした。

 私がまさかこんな舞台に上がれるとは夢にも思わなかった。知っている天井に知っているクローゼット。知っている布団はいつもより心地が良くて、知らないのはこの無気力。あれ、重力が増したか。ついに地球はガタがきてしっまたらしい。そうバグというよりかはガタである。あぁ、なんて残念なことなのだろう。


 私はもう一眠りして目が覚める。


 あれあれ、あれ。時計にまでガタが来てしまったらしい。時刻はすでに13時を過ぎている。それでいて空腹は無い。腸内時計もガタが来ているのか。私はとりあえず身体を起こして洗面台へ向かう。あぁ布団の片付けは、今日はいいか。鏡の私は...流石だ、今日も可愛い。。。ボサボサになった髪に目やにと、鼻毛が出ている。それでも可愛いがこれは良くない。私はそれを電動のカッターで、


 ――あぁ。メンドクサイな。


 私には新しい発見が必要であることに相違ない。時が立つまで束の間の休息である。そういえば生まれてから今の今まで、こんなにも”何もしない”ことは無かった。あの日からもう二年と数カ月。なのに、この感傷はまだ昨日の事のように残っている。


「アイアム、ニィー、ット……。」


 ハンバーガーなんてどうだろうか、今までに食べたことは無いおよそ不健康の塊を胃の中に流し込んでやりたい。ハンガーにかけた着替えは、遠くの丘の向こうにある。あぁ...暑いな。出前でもとるか。


 暗がりで端末が眩く光る。ブルーライトは見慣れたが、その先のメニューは異国の秘境を覗くような未開拓地だ。これもあたらしい発見である。ポテトはLが二つ。とりあえずシンプルなもの、ハンバーガーにチーズバーガー、フィッシュバーガーに、、、ここまで。楽しみはとっておこう。あとはお茶でいいか。私は炭酸が飲めない。あれはパチパチして痛いんだ。


 よし、ボタンを押した。



◇◇◇


 思ったよりも早く届いた。私は時計を見て玄関へ向かう。20分で来た。なんてスピーディー、私もできそうなバイトだろうか?私は玄関を開きそれを受けとる。


「こんにちはー、DEMAE EATSです!」


 思った以上に視線がキツい。


「ども。」


 私は品を受け取り、すぐに戸を閉める。


「疲れた。」


 その場にヘタレ込んで封を開ける。玄関は私の家だ。つまり私は私の家で飯を食べている。なんら可笑しくはない。


「むぐっ......はぐっ......」


 ふむ、なるほど。存外旨いじゃないか、キーパーの奴こういうの食わせてくんなかったしな。このただのハンバーガーいける。


 しかし、この旨さを共有できる人間はいない。


「へっ」


 私は段々楽しくなっている。何か心の奥底から笑えてくるのだ。視界はだんだん狭まってゆく。心肺は握られたように苦しい。昼間の暗がりで、私はこの可笑しさを声に出してみる。


「ははははははははははははははははははははははははははははは、ああああああああああああ、はぁっ、はっはっはっっはっはっはっはははっはははっははっは。はぁー。あぁーー。」


 明日を迎えるのがいつも怖い。毎晩呼吸が乱れている。どうやら私にはそうとう、ガタが来ているらしい。着信音が怖いから随分前から切っているスマートフォンを念のため確認しておく。SNSのトレンド、動画サイトのニュース、検索エンジンの記事。ららら世界と繋がる時、私は世界を感じる。あぁ今日も動いている。戦争が起きた人が死んだ警察に捕まった裁判に敗けた回転寿司を舐めた人生が詰んだ。へへへっ、はははっ、ららら私より不幸~♪


――あぁ…


「誰か、私を殺してくれ。」


 凪の様に無気力で穏やかで激しい感情が鼓動を乱す。ミジンコみたいな精神力、酸素が足りない。意識を他へ。……あぁこの女の子は可愛い。ちょっと弄ろう。


「ログイン制限...」


 旧メアド、サブメアド、旧メアド、サブメアド、メアド2、メアド、メアド。


――・・・


「......」


 ビックリした。鼓動が高鳴り、静かに熱を帯びる。こ、こんな私に仕事の依頼だ。私は何故だか、何故だか泣けてくる。いや、心ではずっと泣いていた。泣きじゃくっていた。堕ちるところまで堕ちてしまったような感覚。私は取り敢えずスマホを放り投げ、冷たい床へ横になる。吐き気は常だが波がある。


「お金。無いな。」

 

 いや正確にはお金はまだある。四半世紀ほどは働かなくて良い。けれど確実に減っていっている。この貯金たちが無くなったとき私は何者でも無くなり。中卒の女という肩書きを平たい胸にどうどう掲げて社会に出ていく。そのころには45歳か。悪くない、funnyだ。むしろfunny。いや別段希望は残っていることには残っている。けれどメンドクサイ。身体が。


 時々思う。死ねば楽だ。ホームの柵を見ているとき。高いビルを見上げるとき。橋の上から川を見下すとき。速い車が目の前で流れる時。このメンドクサさと死を天秤にかけたとき、私にはよく吊り合っているように見えた。


――秋刕。


「うん」


 秋刕。


「あぁ......うん、あぁ...。」


「小鳥遊さん?」


 現実は、ゲームの中みたいだ。


「うん...」


 CGのような夜の川、ランダムに動く人間、解像度の悪い視界。


『どうぞ味噌汁です。』


 私は何とか辿り着いた学校の一室で、茶代わりに差し出された熱い味噌汁を口に入れる。喉に通す。


「聞いてますか。」


 熱い。


「あ、...うん。」


 あぁ熱さが懐かしい。涙が出る程懐かしい。喉を通り、食堂を通って胃の形が分かる。私の意識は、今だけは、火傷しないことだけ考える為に目覚めている。不安だとか焦燥だとかは横に置いて。目が覚めるほど、火傷しないように集中している。


「はぁ。」


 例えばそれは大量生産された愛の無いパンと肉のジャンクでは無くて、それは少々雑な見た目で、客に呑ませるような気の使った熱さじゃなくて、この身体へ土足で踏み込んでくるような深い味。磯の香り。ジャガイモの食感。ワカメの舌触り。


「聞いてないでしょっ!」


あぁ。それから私は――バシィと強烈なビンタを頬に、え?......えぇ?この男、今、なっ、殴った?私を?女を?男が?ってか強くねッ?!


「い、痛いよ!!」


「知るかよ。」


「はぁ?」


 男は眉間に皺を寄せて私を見下ろし自席へ戻る。


「アンタのせいだろうが、こっちは貴重な仕事の時間を下らんガキのイタズラに割いてやっているというのに。おいクソガキ、聞かれた質問もロクに返さない、泣きそうな顔して何も言わない、いい歳してららぽーとの迷子ですかァ?ご用件はキッザニアですかァ?!ここは迷子センターですかァ!?」


「ちちち、ちょっと私、客人なんですけど!? これでも呼ばれたんですけど!?」


 私の中の怒りが、感情のベクトルを統一させる。不安だとか焦燥だとかやる気だとか、他の全てを置き去りにして。頭に血が昇る、血液が巡る、熱い、暑い。腹が立って全てがどうでもよくなる。


「だから自前の味噌汁入れて、応接してやったんだろうが!」


 男は戻った席で、開いたラップトップへ目掛けて怒りのタイピングを始めた。


「応接って、水筒の味噌汁嫌そうに出す奴がいるかい!こぉれだからガキは困るんだよ、べろべろべろばぁー。ほら仕事邪魔してやる!」


 ――昨日創設された部活動の創設過程の志田錺ああああああああふぉkpdskhじょいえswhぃ7vhbdしあuhぎえnぱkhbgぴnwhqgpさohdfぴあwhqぴがnhぴああああああああああああ


「なっ、チビ!邪魔すんじゃねぇ‼」


「うるさいね!バックスペース押さないであげただけマシだと思いな!!へぇーざまあああ、いひひひひひひ!!!」

 

「てめぇ、それでも大人か!!」


 ――ガチャリと、扉が開き女子生徒が登場する。


「こんにちはー。あれぇ箆鹿くん、その子誰ですかー?」


「東雲さん。こんにちは!知らない人ですお引き取り願いましょう。」


――バシィ、と身を乗り出す女に箆鹿と呼ばれたその男は、四本の指でまたビンタを喰らわせる。


「痛いィ~、痛いィよ~。」


「あ~、箆鹿くん女の子殴った~、やっぱ獰猛~。」


「産まれてから二度目です、どっちも今日。おいアンタも過度な演技してんじゃねえ!!」


「痛いィ!なーぐーらーれーた!!!!」


「うるせぇ!」


 ――バシィ、と快い音がまた響く。


「あっ箆鹿君、また殴った~。」


「痛いよぉおお!!!ポリコレどこぉ!!SNSどこぉ!!」



◇◇◇


 その女。東京都立東雲しののめ高校の生徒会室へ足を運んだ女、小鳥遊秋刕あきりには二日前、奇妙なメールが届いていた。


{ from ks7unkown@com

  to takanashi02@com

 件名 コーチング依頼。 

dear nakiri

  この度は失職どうもおめでとう。そんな貴方に依頼がある。まずは下記を読んでくれ。

 内容

・東京都立|東雲高校電子遊戯部のヘッドコーチ依頼。

 

 契約条件

・前金40万円を初月給料分として受け取り。その後、2021年12月の「E SPORTS CUP(chronicle部門)」までの四ヶ月給料分120万円を本部活動の大会優勝時に報酬として受け取る。

・2021年12月の「E SPORTS CUP(chronicle部門)]における大会優勝時には更に―――

・右の人物以外には口外を禁止する...本校学校長、本校教頭、本部活動顧問、箆鹿。

・上記を違反した場合には、本契約は破棄される。

・本契約は箆鹿との接触時より受諾されたものとする。

 ・・・なお詳細については本校来校後、生徒会室に赴き箆鹿を訪ねたり。 以上。}


「いいや知るかああああ!!!!」


「まぁまぁ箆鹿くん落ち着いて。」


「箆鹿って呼ぶな!!」


「あれ、あたし先輩なんだけどな....」


 箆鹿と呼ばれる男は自信の左側、2年生書記である番条司にやつあたる。混沌を加速させるように生徒会室の扉からは女とロン毛の男が同時に部屋に入ってきた。


「ちゃっす。あれ客ですか?いや迷子?」


「迷子じゃないわい」


 秋刕は不貞腐れたように呟く。


「ようし皆、聞いてくれ大変な事件が起こった。」


 箆鹿が机をバンッ、と叩きあたりを見渡す。


「ここにいる小鳥遊さんが本校と関わる重大な...」


「言っちゃダメでしょうが!」 

 秋刕は全身全霊で箆鹿の口を押さえる。


「こんな楽しそっ、、ビジネスチャンス逃せるわけ無いでしょ!」


「うふへぇ、無職ニート!俺には関係ないんだよ!!」


「確かにそうだけど待ってお願いィ~!!」


 秋刕は箆鹿の目の前に、とある写真メールを広げる。


「ほっら!!...ね。怖いでしょ?」


 箆鹿は秋刕が開いた画像を見るや、真剣な面持ちへと変わり「分かりました」と一言返すと、「解散」と号令を発し壊れたカーテンを無理矢理閉めた。画像には秋刕の口座へ振り込まれた出所不明の金と、近くのビルから今しがた生徒会室の秋刕達を盗撮した写真が載せられていた。


 生徒会室から役員が立ち去る。箆鹿の異様な雰囲気を察したのか、彼らは二人へ無理な詮索はせずスムーズに部屋を後にした。


「ごめんね。何か巻き込んで。」

 秋刕は申し訳なさそうに箆鹿に言う。


「本当ですよ。まったく...」

 箆鹿は心底うんざりといった顔で秋刕を見ながら、しかし笑って頬を掻く。


「でも、先刻よりは元気が出たようで。死にそうな顔をしてらしたので、僕の張り手が効いてよかった。」


「どうだか。それは、まぁ、そう...だね。どーも!」


 秋刕は少し怒りながら箆鹿の尻を叩いた。



◇◇◇


 その日の放課後。秋刕は箆鹿の指示にしたがって生徒会室で時間をつぶした。箆鹿がいうには例の部活へ案内するとのことだった。その日は陽が落ち始めると風が吹けばやや快適といった気候。箆鹿は部屋の窓を開けながら秋刕に話しかけた。


「アドレスの名前から推理すれば、メールの差出人もとい犯人には心当たりがあります。ただ条件にある通りそれが誰であるかを小鳥遊さんが勘づいたとして、当人に言えば契約が破棄される恐れがあるかと。」


「分かってるよ。」


「それと、顧問、教頭、校長にはプロゲーマーライセンスを持った方が無料でご指導されているとお伝えしておきます。」


 秋刕は{学校関係者}と書かれた赤色の腕章をグッと腕にはめピンで止める。


「服に穴あくんで着けなくても良いと思いますよ。」


「遅いわい。それより早く案内したまへよ。」


 秋刕は腕章にデコピンしながら扉へ歩く。


「分かりました。...あぁ後、小鳥遊さん。好きなタイプは?」


 箆鹿はさも当たり前そうに聞きながら扉を開けた。


「えぇ?なんだい、ナンパかい?申し訳ないけど私ゃ美形が好きだぞ。」


「あぁ、そうですか。」と箆鹿は流しながら部屋を出る。


「特にあの子は良かった。君の隣にいた髪の長いおっとりとした。いいやそれでいて年下なんだよ私からしたら、ねぇ?背徳感が、ねぇ?」


「東雲さんですか?生徒会役員は僕の権限でリア充...不純異性交遊者即刻クビにしているのでダメです。」


 そういいながら箆鹿は生徒会室の目の前、数歩先にある扉へ手をかけた。


「とにかく生徒には手を出さないように」

 箆鹿はドアノブを握る。


「いいですね?」


「なんだい君は。私の心を揺り動かす美少女なんてそうそういないんだぞ...」


 箆鹿は戸を開ける。真っ暗な小教室に光る五つの画面。その光が照らす五つの顔の一番手前に、ブロンズの豊かな髪を二つに結んだ、確かなクォーターの美少女がいた。


「――ふォオオオオオオ!?ねぇ?」


 ワンテンポ置いて、秋刕は箆鹿へキラキラさせた目を輝かせながら振り返ろうとするが、箆鹿は案の定といった顔で「チッ」と舌打ちを決め秋刕の背中を押しバタンと扉を閉めた。









------------------------- 第8部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 1


【本文】


「志田 かざり、恩を仇で返すとはこのことだな。」

 錺は生徒会室へ緑色の腕章を返しに来ていた。


「校則には何も違反していないだろ?それよかあんた生徒会長だったのか。」


「校則に違反せずとも、倫理的に違反していることを他の生徒が認めると思うのか。貴様はのうのうと朝っぱらからこの俺に対して不敬を働きに来たようだが、こんなものが通るとでも思っているのか?」


 生徒会長席に座す男は錺の渡した創設願書をじっくり眺めた。


「あぁ、思ってる。部員四人のサインと顧問のサイン、空き教室の確保、担任からのサイン。後はアンタだけだ。」


 錺は胸を張って答える。


「いいやどうだか。{電子競技部}ここだ。ここが認められない。例え競技性を持つ活動をしたところで競技への参加資格、経験を持たない段階では虚偽にあたる。競輪部がサイクリングしかしないようなものだ。それに活動人数が6人以下もしくは実績の無い部活動は同好会へ降格させられる。顧問は情報科の長嶋、担任は数学科の田村か本当に運が良いな御二方が御理解のある器の大きなマヌケで。書き直せ。」


 錺は生徒会室の机に転がっていたサインペンで{電子競技部}文字に波線を引く。その下の空白に新たな文字を書いた錺は「ほら。」と紙を滑らせた。


{電子遊戯部}


「貴様、話を聞いていなかったのか?」


「放課後までに三人がほぼ確実に入部する。そっちの手間が増えるだけだぞ。」


 生徒会長は舌打ちをして錺を睨む。


「貴様らの様なふざけた部活に生徒会予算がしっかりと内分けられている事を知ったら、貴様らをよく思わない連中は教師以外にも出てくるだろうな。加えて顧問の長嶋教員は今年で退職されると聞いている。来年には誰も引き受けないだろうな。ともかく張り紙は今日までに剥がせ。景観を著しく害する。」


 錺は放られた創設願書を手に取ると、ポケットに片手をツッコミ「うい。」と返事をして部屋を去っていった。



◇◇◇


 翌日の放課後。錺と陽菜を含む電子遊戯部は、それぞれに仕えそうなデバイスを持ち寄っていた。


「ほぇー、こんな部屋貸してくれるだなぁ。」


 山田がドアを開けて見渡す。その手には紙袋に入った認定堂のswitchとコントローラーがぶら下がっていた。後ろには坊主の髪が伸びてきた新田の姿も見える。


「それに、こんなハードウェアまで。」


 それから山田は機械を接続する錺の手元を覗いた。


「あ、初めまして。」


 流れるように山田は元弓道部の馬喰田ばくろだ恵へ挨拶した。


「うん、どうも。」


 恵は頭をペコリと下げ、釣られて山田と新田も下げる。錺はその光景を横目にモニターの横で手を動かしていた。


「別に特別良いデバイスじゃない。中古で買ったPS5と、現在価値15万位のデスクトップゲーミングPC1台。古いゲーミングマウスとキーボードが二つずつ。モニターは長嶋先生から借りてきた情報科の物だ。」


「でも昔の良い奴だね。私のは10万位のデスクトップ。」


 恵が補足をする。


「じゅ、十五万...」


 陽菜はゴクリと喉を鳴らすと、その挙動を固くした。


「陽菜には俺のPS5を貸す。」


「え?私キーマウの方が、多分そのぉー」


 陽菜は目を泳がしながら申し訳なさそうに遠慮する。


「PS5はキーマウに対応してる。そこにあるUSBポートで普通に動くぞ。」


「えぇ、そうなんだ。やぁはは、でも逆に良かったよぉ。15万円なんて弁償できないし。」


 陽菜は安心したように頷くと、山田が後に続くように言葉を続ける。


「確かに、一番性能の良いデバイスは錺が使うべきだな。なんたってこの中で一番ゲームが上手いのは――」


「いや、性能だけで言えばPS5の処理速度はゲーミングPCに匹敵する。そして恐らく、旧型のコイツよりはPS5の方がFPS(※Frames per second.=秒間辺りの画像の数で、高い程動画が滑らかになる)が出る筈だ。」


「へぇー。」


 山田は腕を組んで感心する。


「だから今のところは陽菜に使って貰うし、俺より下手だったら機種交代だ。」


「分かった!勝負だね!!」


 その会話を縫って、新田が恐る恐る挙手をした。


「お、俺はノートパソコンなんだけど、大丈夫だったか?」


 錺はそれにコクリと頷く。


「ノーパソでも質の良い物ならFPSは動く。特にCHRONICLEは設定から描画をかなり荒くできるからプレイできないことは無い。ただ認定堂と普通のノーパソにはディスアドバンテージがあることは否めない。」


「俺もかぁ」


 山田が額に手を当て腰を反った。


「クロスプレイ出来るだけ万々歳さ。それにこのゲームは他のFPSに比べてエイムよりマクロの連携で差が生まれる。だからデバイスにも考慮したロールとキャラピックを考えてきた。勿論、エイムも必要だが微々たる差だよ。」


 錺は自分にも言い聞かせるように説明した。実際にはその微々たる差がESPORTSにとっては充分な痛手となる。錺はそのことを良く知っていた。




◇◇◇



 錺と箆鹿の会合から翌々日の昼。夏休み開始まで残り約一週間半。大会までは残り1ヶ月を切った。そんな7月17日。放課後のことであった。


「しまっていこう。」 

 鈴木陽菜の一言で全員が飛行船から一斉にダイブする。ジャンプマスターは新田が努める。キャラと役職の内分けに大した特別要素は無い。それはシンプルかつ理にかなったバランスの良い編成であった。



――{電子遊戯部キャラピック&ロールセレクト}


・ストライカー(攻撃人)

鈴木陽菜。=メインオーダー 振り向き10cm エイム時 10cm

使用キャラ→ムサシ。

スキル「神速剣スラッシュ」=範囲ダメージ及びスタン攻撃+方向キー入力時に高速移動(射程、移動距離ゲーム内2m)。

アルティメット(=スキルよりもクールタイムの長い大技。以下ウルトと表記)「剣神の煙道スモークロード」=多数のスモークグレネードを使い道を作る。

使用デバイス→志田家のps5.キーマウ(=キーボード&マウス)


・ガーディアン(護衛者)通称タンク

新田にったかい。(元野球部。)=アタックオーダー 振り向き15cm エイム時15.5cm

使用キャラ→フランケンシュタイン。

スキル「ネジ巻き防壁スクリュードーム」=防弾ドームを30秒間設置。

ウルト「怪物の一撃ミサイル」=高威力の範囲ダメージ&スタン砲撃を放つ。

使用デバイス→ノートパソコン.キーマウ


・メディック(衛生兵)通称ヒーラー

山田正義まさよし。 設定感度5/10

使用キャラ→ナイチンゲール1号

スキル「2号ヒールドローン」=一定時間spシールドポイントを回復し続けるドローンを設置。

ウルト「3号リバースタワー」=生命補助装置を展開しダウンした味方を蘇生、回復できる。

使用デバイス→認定堂switch.コントローラー


・スナイパー(狙撃手)

馬喰田ばくろだけい。(元弓道部。) 振り向き14cm エイム時17.5cm

使用キャラ→ワーウルフ

スキル「サーチ」=一定範囲内の敵を検知し居場所と人数を特定する。

ウルト「人狼形態モードウルフ」=一定時間サーチ状態を断続的に維持し、足が速くなる。

使用デバイス→デスクトップpc.キーマウ


・オペレーター(操作士)

志田かざり=現チームキャプテン。サブオーダー。振り向き17cm エイム時17cm

使用キャラ→ガガーリン

スキル「反重力板アンチグラビティパッド」=垂直方向へ浮遊させる機械を設置する。

ウルト「拘束する重力機グラビトンジェネレータ」=敵の動きを阻害する重力発生機を投げる。

使用デバイス→デスクトップpc.キーマウ

――――――


 戦場はダイヤモンド・クロニクル。

 錺たちはマップ南西部「中世領域」のメインシティである大王城キングキャッスルを囲むように点在するサブシティ帯へ降りたっていく。


「教会行く。」

 陽菜は降下途中にチームから分離する。サブシティはメインシティに比べ物資量と物資ティア(物資の質、高いものをハイティアアイテムなどと呼ぶ。)が低いため広く漁る必要性があった。そのため移動手段に長けた陽菜と錺は空中で部隊から外れそれぞれ別のサブシティへ降り立つ。


「じゃあ、かじ家。」

 錺は陽菜の降り立つ{教会}とは反対側のサブシティ{かじ家}に降り立った。そして新田を中心としたタンク、ヒーラー、スカウト(偵察)兼スナイパーの三人は比較的物資量の多い{領主の館}へと降り立つ。ここが通称{北の三連}と呼ばれるサブシティ群であった。この三つを含めた計6つの最多サブシティ量を誇るマップ構成こそ南西部の大きな特徴である。


 そして、


「城かぶってる、2パーティー。」

 新田がピンを指す。


 合計12パーティーものチームが9つのメインシティを取り合えば必ず起きる現象「初動争い」。


「「了解。」」

 四人がそれぞれに返事をする。


 これを錺たちは狙っていた。つまりこの初動争いこそ東高校電子遊戯部の打ち立てた最初の作戦らしき作戦。北の三連からの漁夫ムーブ(※漁夫の利ムーブ=第三者として戦況有利で戦闘に介入する動き。)大会までの短時間でチームの動きを最適化するため、錺が打ち立てた作戦の一つだった。








------------------------- 第9部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 2


【本文】


「つまり多くは試さない」

 錺のpcを覗き込みながらクロニクル担当部員の3人(恵、新田、山田)が「なるほど」といった顔をする。電子遊戯部創設の翌日のことである。


「本番で敵と被ったらどうする?」

 新田が淡々とクールに質問する。


「本番の前日は練習試合スクリムがある。そこで頑固に初動争いすれば敵も引いてくれると思ってる。サブシティだし。」


 錺は答える。


「まあ、如何せん時間がない。みんなそれぞれクロニクルはプレイしたことあるだろうけど、5人での連携だとか大会だとかっていうのは数を重ねないと上手くいかない。だからチームの中で動き方、接敵時の対処とか実戦を重ねなくちゃいけない。だから同じ場所に降りるんだ。」


「で、あいつがオーダーで大丈夫なのか?」

 新田はトイレに行った陽菜に対して不信感を抱いていた。


「陽菜は馬鹿だけど、エイムは確かに天才的だった。前衛を務めるストライカーには適任すぎる。その分、陽菜が戦いやすい状況がこのチームが勝てる状況だと判断した。」


 錺はマウスを動かしクロニクルを起動する。


 「もしかしたら作戦とか無しでも勝てるかもだな。」

 認定堂を起動させながら山田が楽しそうに言って笑った。




◇◇◇



「いつも通り狙っていく。」

 錺は南西部中世領域、北の三連の西側に位置する{かじ家}から{領主の館}をスルーして陽菜が物資を漁っていた{教会}を目指す。かけ声と共に東側へ流れるように動き出した5人はやがて1列となり、ストライカー、タンク、オペレーター、ヒーラー、スナイパーの順に大王城キングキャッスルにある2つの入り口。その北東側である城門へ侵入を試みる。


「ここら辺は大王城から射線が通るけどアイツら戦闘中だから問題無い、手前の岩まで行こう。」

 一行は城門前、唯一の遮蔽物である巨大な岩石の後ろを目指す。ストライカーである陽菜を先頭に5人は線になって走る。歪み縮み、伸びては歪む。操作ミスも特に無くそれぞれが優秀にも同じ動きを段階的に行う。まるで1つの生き物のように。しかしその刹那であった。


――ガチャン、と小教室である部室の扉が開く。


「――ふォオオオオオオ!?ねぇ?」


((うるせぇ!!!))


 外から小さな子供が叫びながら入ってくるのを錺たちは横目で捉えた。


――バタン、と扉が閉まると、アレと言った顔で閉まった扉を眺めて少女が佇んでいる。


「待って、敵こっち見てる。」

 けいが自慢の動体視力を武器に敵の存在を知らせる。


 錺はハッとして画面へ意識を戻した。


「集中‼」


 恐らくは意識がそれていたであろうけい以外の3人に、錺は声をかける。少女はそんな錺たちを見て「へぇ、いいね。」と呟いた。


「ようし、遮音性の低いだろうその安そうなイヤホン越しに聞いてくれ。」


 少女は腕を後ろで組みながら部屋の奥まで歩いていく。


「私の名前は小鳥遊秋刕だ。今日から君たちのコーチングをしま――」


『逃げてきてる!挟めると思うけど場所が不利』


――バババッ、と乾いた銃声の響く音がする。

 

分析者アナライザーとしての役割も果たしたいと思ってい――」


 ババババッ、ダララッ!


『おい城上別チームに取られた。アイツら馬鹿か!』


 錺はその場から前方の陽菜へスキルを投げる。反重力板から浮かび上がる5人は、追われる側と追う側双方のチームより銃撃を浴びながら城門前の巨大岩石へ、先に辿り着いた追われる側への攻撃を試みる。


「君なんか良いにおいするね…」


 秋刕は立ち止まり馬喰田けいのうなじに顔を近づける。


「ひゃあ、なに!? やめてっ」


 恵は右クリックでホールドしていたスコープを外して秋刕を睨む。


「ふむふむ。シャンプーはローズマリーかな?お手々はミドルセンシだね。」


 秋刕はニシニシ笑いながら話を続けようとする。

 

「――っていうわけで。」


 画面左に表示されたダメージゲージは真っ赤に染まり、後衛の恵だけが辛うじて生き残っていた。


「みんな死んじゃったの?根性ないなー。」


 秋刕は横に並ぶ4人を見ながら恵のマウスとキーボードを後ろから手を添えて操作し始める。


「しかしまぁ、先頭の女の子が3人も落としとるよ。良いストライカーだねぇ。」


 そういいながら秋刕はカタカタっと、慣れた手つきでキーボードを叩きながら錺の残した{反重力板}目掛けてスライディングを決める。瞬間、ジャンプキーを入れ飛び跳ねた秋刕のワーウルフはスキルを使いながら反重力板にのり一直線に上昇しながら{サーチ}を使った。


――ピコーンと、表記された敵人数は二人。


 秋刕は何食わぬ顔で移動キーを左右に振りながら、スコープで岩裏の敵影にレティクルの縦線を合わせそのまま弾丸を放つ。ダォンという音の僅か後、岩裏の敵は胴体に鉛を食らいボックスと化す。


「やばいズレた!!そりゃそうか...」


 秋刕は間に挟まる恵の手を退けるとマウスをニギニギと掴み直し、笑いながら反重力板の前方へ体を放り投げ、落下しながら城壁上じょうへきじょうの敵目掛けてスコープを覗き、刹那に照準を合わせる。

 それは全くもってブレの無い機械的に正確な動き。あたかもチートツールを使ったかのような――


「ここ!!」


 人間離れした一撃だった。


 ダァーンという残響の後、遠く離れた城壁の上へ弧を描いて落ちる弾丸の赤い点が敵の頭へヒットするダメージ表記はスナイパーhpの上限いっぱい、200ジャストであった。


「やっぱりラベンダーかな?」


 秋刕はそう言いながら手を離し、恵のうなじへ顔を埋めた。尚も恵は呆然とし、やがてワーウルフは残りの敵から銃弾を浴びて倒れた。恵は自身のうなじから背中にかけてモゾモゾと動く化け物に取りつかれたような感覚を覚え、4人のほうへ振り向く。もはや誰も言葉を発さず、うなじに住み着く化け物はその空気を察したのか恵の肩から首へ巻き着くように腕を伸ばし顔を起こす。


「ぼっ立ちだったからね。本番じゃまずないよ。」


 秋刕はキルカメラからワーウルフを打ち抜く敵を見て溜息をついた。


「撃った後もずーっとぼっ立ちだね彼ら。素人が素人追って素人とぶつかって一石二鳥。どうだい?ハッキリ言ってレベルは低いよね。そんでもってマクロの動き(※macro、マクロ=巨大、巨視的であるという意味。転じてFPSではチーム全体の動きを指す。)ですら疑問点が多い…」


 秋刕は恵の髪に頬ずりしながら左手で4人に指をさす。


「この程度で勝ちたいとかほざいてるってホントかにゃ~!?」


 秋刕はまたニシニシと笑ってスンスン顔を埋め「良いにおい~」と呟いた。


「あんた誰だ?」


 真面目な顔で新田が聞いた。


「えぇええ!?説明したじゃん。コーチだよこの部活の。秋刕だよ小鳥遊の。」


「さっきの凄かった!!」


 陽菜はキラキラとした目で秋刕を見つめる。それに応えるように秋刕も笑顔で「君も良かった。」と呟く。


「しかし――」


 秋刕はワンテンポ置いて陽菜に近寄る。


「さっきのは君のミスが大きい。君の実力で補おうとも余りある失態だった。」


 秋刕はニヤニヤしながら言う。


「君が先頭を走ってたんだから君がチームのオーダーなんだろ?敵を察知し引く判断やスキルを使いチームを纏める判断、そして敵へ詰め寄り挑む判断、その何もかも全てを度外視して君は突っ込んだんだ。それをさせた子もいるだろうけども、結果生き残ったのは止まる判断を出来た恵ちゃんのみ。あくまでオーダーは君なんだろ?じゃあ良くないと私は思う。もちろんそれを可能にするプロだって――」


「あんたは何が言いたいんだ。」


 横から割り込むようにして陽菜から右横三つ先に座る錺が口を挟む。


「俺たちには時間が無いんだ。悪いけど下らんウンチクを挟むだけの厄介オタクならうちにはもういらない。足りてるからな。」


 錺は画面に向き直りreadyのボタンを押す。


「誰のことだよ。」


 山田もそれに合わせるようにしてreadyのボタンを押した。秋刕は少しムッとした顔で束ねられた陽菜の茶髪を撫でながら陽菜のマウスでreadyを押す。


「君は真っ当だな。真っ当な意見だ。プレーも真っ当だったしセンシもミドルだった。そんな真っ当な君に一つ聞きたい。」


 秋刕は陽菜のキャラピックをムサシに合わせてゲーム内マウス感度を少し上げた。


「これでやってみて」と秋刕は陽菜に呟くと錺に向けて一際真剣な眼差しを向けた。


「君は自分を過大評価してないかい?」


「してない。」

 錺は即答する。


「そうかい。それは良かった。じゃあハッキリ言うけど君ド下手くそだよ。」

 錺は聞く耳を持たないという顔をしながら眉をひそめる。


「そしてこのままじゃEJC(Esports Japan Cup)は予選で落ちる。保証するよ。元トッププロゲーマーのお墨付き!!」


 秋刕はコロコロと笑いながら陽菜を撫でる。しかし五人は全員ムスッとした顔をしている。


「ごめんね~、空気悪くするつもりは無かったんだけどね~。でもさ。」


 秋刕は声のトーンを一段下げて、ダイヤモンド・クロニクルの上空を飛ぶ飛行船を眺めながら淡々と言葉を発した。


「君たちの努力が報われないのは残念なんだ。」


 秋刕は画面を見つめて、続ける。ディスプレイからは迫力ある世界がいつも通りに広がっている。


「だから君たちは知る必要がある。君たちがこの世界の中で、どれだけ下手で、ヌーブ(※素人)で、ナチュラルトロール(※自覚の無い利敵行為)してる割に愚かな挑戦を始めているのか。君たちの現在地はどこなのか、ゴールはどこなのか。」


 秋刕は話しながら、へへっと笑った。


「相手は強いよ。広告効果を狙ってプロを雇い業界のビジネスに足を突っ込もうと、会社総出でプロジェクト化している私立の連中に、プロゲーマー排出校という肩書を狙ってる私立の連中。そもそもが動画配信サイトを後ろ盾に支援されてる私立の連中。わぁ、金に物言わせた奴らばっかりの総力戦だ。このままじゃまず勝てない。それでも君らは...」 


 秋刕は陽菜から離れると五人全員のゲーム画面と、それを反射する真剣な顔を見渡した。


「趣味で終わるな。稼げる程の力をつけたまえ。稼げてようやくプロが生まれる。稼げてようやく意味を成す。その世界に君らは落され、そして挑むんだろ決勝戦で!!」


 Japan cup決勝戦。そこは予選を勝ち抜いた2チームが死線交えるクロニクルの頂点。彼らが狙うはその

学生参戦権アカデミック枠、二席の一つ。


 秋刕はひし形の世界へチームをダイブさせる。


「この世界はバトルロワイアルさ。人気なチームにしかスポンサーは付かない。下手な選手は卒業クビになる。そんな世界で勝ち抜いてきた人間達に君らは挑む。こんなにおもしろそうなことはない。そしてそれは不可能な事ではない。何故なら今こそが、この世界の黎明だから。」


 ダイブ先は同じく西部領域。しかし他に同じ軌道が無いと見るや大王城へ向きを変えた。


 「君たちの大事な時間を使うんだ。私には無かった尊い時間をね。」


 秋刕はそう言うと武者震いした陽菜の背中を叩いては、ニヤリと笑って全員の顔を覗く。




 




------------------------- 第10部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 3 


【本文】


「言いたいことは分かるよ志田錺。君のことは箆鹿君から聞いた。」


 秋刕は陽菜へマウスを引き継ぐと、オペレーター適正キャラ{ガガーリン}を操る錺の後ろへと回り込む。


「箆鹿って誰ですか?」


 秋刕はそっかぁという顔をして話を切り返す。


「生徒会長だよ。隣のふんわりした感じの女の子がそう呼んでた。可愛い娘だったよ。それより...」


 秋刕は錺の画面にあるダメージゲージを指して続ける。


「ここだ。ウィークポイント。この役職は特殊でさ、前衛も後衛も器用にこなせるんだけどHPが低い。」

「知ってますよそんくらい」

 錺は不貞腐れたように言う。


「一番低いんだぞ?」

 秋刕が試すように言うと、錺は「え?」と言葉を漏らした。


(やっぱり)

 秋刕は喋りながら思考する。

「君の動きは上級者が血の滲む思いをして身に着けるような動きだ。君は頭が良いと箆鹿から聞いた。言動を見るにこのチームのブレインなんだろう。エイムもムーブも実に普通。普通に綺麗だ。でもチームには合ってない。」


「なにが分かるんですか貴女に。」


 錺は大王城を漁りながら秋刕を睨んだ。


「君さあ怖いよ。女の子をそんなに強く見つめるもんじゃないよ?あとさっきのプレイ見たでしょ。私は強いんぞリーダー、私を信頼したまへ。」


 しかし錺は興味無いといった顔で画面に向き直る。


「理由を聞いてる訳じゃない。それに俺はその箆鹿を信用していない。つまり俺からしたら、貴女は部活おれらを邪魔する弊害になりえる。」


「そうかい。」


 秋刕は腕を組みながら呟やいて、錺の肩に手をあてる。


「まぁそれでいいよ。むしろそれがいい。なんせ、大人げ無いが寄り集まり、大人の世界は出来ている。それが社会との正しい付き合い方だ。君は信じられるものを信じればいい。」


 そう言うと秋刕は無理やり錺の両イヤホンを耳から引っこ抜いた。


「何すんだよ?」


 錺は振り向く。


「私がプレイする。君が私を信じられるかこのマッチで決めればいいさ、君にはそれを選択をする力がある。時間が無いなら尚さ!」


 錺は屈託のない秋刕の笑顔を覗く。それには既視感デジャヴがあり心当たりもあった。かつて陽菜が見せたような純正の笑顔。瞳には淀みが無く、口元にはブレがない。まさに自分が真っ向から否定したあの笑顔。錺はそれと秋刕を重ねた。


「分かった。」


 錺は席を譲ろうと立ち上がる。

「合理的なのでそうします。有益な情報が得られなかったら俺はチームの為にあんたを追い出す。例え他の部員が制止したとしても」

 秋刕は、満足といった顔で席に座りポケットから高そうなイヤホンを取り出す。


「ゴメンね、断わっておくが潔癖なんだよ悪気は全くなし。」


 早口でそう言うと秋刕はそそくさと席に座った。


「あぁ~、よっこらしょういち~」


(じじいか...)


「錺ちゃん。私の講義は聞き逃すなよ。教えたことないけど多分一級品だ。」


「多分ってなんだよ。」


 錺は眉をひそめる。秋刕はゲーム内マウス感度をだいぶ下げて視点を振りちょっとずつ調整していく。


「DPI(※dots per inch=1インチあたりに可能とするドットの表現数。)は800といった所か…。ハイエンドだけど古いマウスだね。マウスパッドも摩耗が酷い...」


 秋刕はデバイスの感触を確かめながら、自身が操作する環境を脳みそへインプットしていく。


「まぁこれは私説なんだけどさ。{極限までに鍛錬を重ねるような業界}の1流っていうのは自分の行動を的確に説明できる気がするんだ。なんでこうしたのか、どうやってそうしたのか。それを詳細に説明できれば成功を意図的に生み出せるしミステイクを修正しやすい。」


 秋刕は武器拾いを引継ぎながら話を続ける。周りは黙りこくって、イヤホン越しと外部アプリのVCから聞き耳を立てていた。


「ただそれは往々にして後の話さ。プロっていうのはゲームの録画をして自分達のムーブを見て反省会を行うんだけど、プレイ中は短時間の内に柔軟で最適な行動の選択を迫られる。本来ならそこには膨大な数の選択肢があるはずなんだけど、プロのプレイを見てると反射的に動けてる気がするよね。」


 秋刕は手慣れた速度で大王城をザっと漁ると新田や陽菜のキャラを抜き去り、迷い無く南西部に隣接するサブシティ{ギルド街}を漁っていく。陽菜は「確かに~」と相槌を打ちながら秋刕の背中へ付いていく。


「それはXシステム。極端に言えば直感力がすごいからなんだ。でもただの直感じゃない。無駄な選択肢を極限まで省いた経験則に基づく鋭利な直感。後から考えても説明が付く程に正確な直感。それが彼らの行動に精密性と俊敏性を付加している。そしてこれが私の求める一応のゴール。」


 秋刕は大王城より北上して位置するサブシティ{かじ家}{領主の館}{教会}から成る「北の三連}へピンを打ちチームを急かす。錺から引継ぎをした無駄な時間があったにも関わらず、その移動速度は彼女のファーム(※落ちている武器やアイテムを拾う事)の精錬さを物語っていた。


「とにかく無駄を削いでいくんだ。無駄な思考、無駄な行動、無駄な言動。それらを無意識の内に削ぎ落とした先に更なるアイディアやムーブを生み出す余裕が生まれる。脳の余裕、思考リソースだ。君らの脳にはもっとキャパシティが必要なんだよ。そして生まれた余裕で考える。射線(射撃時の弾丸の筋道)の通り方。注意すべき方向。次するべき動き。ただの直感を確定的に正しいと言い切る為の後押しとなるような論理のベールで包むんだ。そう、この領域にまで君たちを連れていきたい。」


 秋刕は恍惚な表情を浮かべながら、反重力板を使用し遠くを覗く。北の三連から更に北上すればエントリーゲートと呼ばれる大きな橋が存在する。その先こそダイヤモンド・クロニクル最激戦区{コスモシティ}と呼ばれ、近未来的な街が広がりを見せるハイティアゾーンが姿を現す。


「三連は漁らないよ。」

 秋刕はVCから4人へ知らせる。


「えぇなんで?」

 すっかりとメインオーダーを取られてしまった陽菜が秋刕へ声を漏らした。


「敵が来てるんだよ。検問(※プレイヤーが通りやすく逃げづらい地帯での待ち伏せ)して潰してやろう。」


 秋刕はニコニコしながら言葉を返すがスナイパー役職ロールの恵は顔を曇らせた。


「敵は見えなかった。あと検問って何?」


「へぇ、君は本当に良く見てるな。」


 秋刕は感心しながら北西部への架け橋となる{エントリーゲート}の遮蔽物カバーへピンを指し、率先して身を隠した。


「検問っていうのは言わば待ち伏せだよ。敵が来そうな所で潜伏ハイド(hide=隠れる事)して奇襲するんだ。君の言う通り確かにコスモシティからコッチヘ向かうような敵はいなかったけど、今は条件が抜群に良い。マップを見てみてくれ。」


 秋刕はマップを開き、島を包むように収縮しているダメージリングの南端へピンを指した。


「リング(※収束円、予報円。ここでは次の収束を示す予報円。バトルロイアルにおける収束円の外は通常スリップダメージを喰らう。)は島の南を突き抜けている。かなり南方へ引っ張られるアンチ(安全地帯)であることは間違いない。今はかなり予想しにくいけど、初手は北西部6パーティーで北港被りのコスモは3パーティー被り。後は中央1パーティー。これで銃声の聞こえが悪いんだ。これは来るね。」


 秋刕はしゃがみキーをホールドしながら空いた右手をブラブラさせて言う。


「マップ理解とリング予想は戦術決定の基盤だ。全員が頭に入れておく必要がある。特にIGL(インゲームリーダーとメインオーダーやる奴は死ぬ気で頭に叩き込むんだ。後は…」

 

 秋刕は徐々に大きくなる足音が味方陣地の深くまで近づくと反重力板で飛び上がった。


「後は基礎を徹底すること。」


 直後、用意していたグレネードを敵後方へ放り込み退路を断ち、浮遊しながらキャラ2体分程の遮蔽物の上へしゃがみながら乗り込んでいく。


遮蔽物カバーの使い方一つ取っても上手い下手は別れる。そこには血の滲む様な努力は要らない。意識さえしてれば生存率が上がるような知識も多々ある。」

 

 秋刕はそう言いながら拾ったARアサルトライフルを的確に当てていく。使用武器は500-5A。最も基本的な5mm弾のARであった。


「だから空中で高速にレレレ(※「レレレのおじさん」が語源とされる細かい左右への回避行動。)しながらフルオートでエイムするなんて今は出来なくてもいい。錺ちゃん君のことだよ。」


 敵オペレーターを落した所で、陽菜が敵タンクの横へ滑り込み、飛び跳ねながらストライカーを落とす。


「スナイパー1、対岸の遮蔽物裏!バブル頂戴!!」

 秋刕がオーダーを出すが新田は反応しない。


「あぁ失礼!ドームだよ!」

 新田はハッとしてスキルを投げる。秋刕はそこに滑り込みながら、敵タンクの背中を腰だめ撃ち(=サイトを覗かないで射撃すること)で破壊する。


「ヒーラー、フォーカス!(※フォーカス、焦点を当てる。転じて狙い撃ちをすること。)」


 要請しながら結局自分で落とすと、刹那進行方向を対岸へ変え範囲燃焼型のグレネードを準備した。


けいちゃん。炙り出すから狙って。」


 秋刕は対岸の遮蔽物カバー裏へグレネードを放り投げる。


「ほら出た!」

 秋刕はそう言いながら自分でサイトを覗き頭部へ連続で五発5mm弾を当て残りは全て胴体へ、1マガジンを使わずに敵を破壊した。


「それと、私がどれだけ優秀だろうと覆せないものがある。」


 正面へ更に、敵の存在を示す赤いピンを指しながら、秋刕は小指の爪程度減ったHPを回復しつつ遮蔽物カバー裏へ身を隠す。


「それは時間だ。Xシステムを鍛える経験則にも時間が必要不可欠。やはり時間こそ絶対的な糧であることに相違はない。つまり練習時間こそ正義。」


 秋刕はリロード毎に身を隠しながら、{コスモシティβ(二つある内の南側)}から向かい来る敵をけん制射撃する。


「だから基礎のエイムが伴っていないヒーラーの君とタンク君の2人には、とことんミクロをやってもらう。個人練習では無意識化でキャラクターコントロールとエイム制御を操れるようになるまでは訓練所から出ないことを推奨するよ。もちろん私がプログラムしたカスタム訓練所でだ。結構楽しい。」


「なんで私の名前を知っているんですか...」

 恵は今更ながら不気味そうに、横に座っている秋刕に聞いた。


「まぁ私はPCが好きなんでね、知られたくないなら名前タグは外しといたほうがいい。後は、オタク眼鏡とスポーツ刈りと天才茶髪ッ娘に鼻につく男。聞いた通り五者五様だけど協調性はしっかり有るらしい。」


 秋刕はそそくさ立ち上がると後ろで画面を覗く錺へ、バトンタッチとして肩をポンっと叩いた。


「もういいだろリーダー。私にだってキャリアがあるんだ。すなわち君らを勝たせる事にも当然利が有るんだよ。」


 錺はそれを聞くと、黙って頷き席へ座った。


「分かりました。ただし、、」


 錺は横目で秋刕に呟くように言う。


「箆鹿って奴は信用しないほうが良い。あいつは多分、想像以上に腹の真っ黒な“怪物”ですから。」

 

 秋刕は脳裏に箆鹿の横顔を浮かばせた。


「どうだい。ゲーマーを欺けるほど彼が優秀だとは思わないけどね。」


 しばらく黙って秋刕は再度口を開く。


「まぁ、肝に銘じておこう。」


 すると秋刕は、楽しそうにマウスを動かす陽菜の右後ろまでゆっくりと歩いていく。


「さて、時間は無いんだ。キーマンには頑張ってもらわなくちゃね。」

 秋刕はニヤニヤしながら、広げた脳内計画書の核に手を伸ばした。


新田海タンクくん。しばらくのオーダーは君に任せたい。」







------------------------- 第11部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 結 ~二重の精神~


【本文】


 「え。俺、ですか?」


 「あぁ君だよ。戦術理解度を上げる為これからは君にムーブを任せる。君はエイムも立ち回りもまだまだだけれど、今後のチームの為には君がメインオーダーをやるのが最適解だ。」


 部室は不穏な空気に包まれる。


「IGL(In Game Leader=チームのキャプテン的存在であり、指示の最終決定権を司る。また、メインオーダー同等に扱われる事が多々ある。)とメインオーダーって同じじゃないのか?」


 新田の疑問に、秋刕はコクリと頷いた。


「ほとんど同じだよ、でもここでは明確に分ける。権限の強いサブオーダーみたいなものさ。I.G.Lとしては錺ちゃんを設ける。つまり最終責任者、マクロの責任は全て彼に持たせて"民主的な"チームにしよう。でも錺ちゃんはしばらくミクロにも傾注するんだ。君が主要火力に成れなきゃ後々前提が崩壊する。」


 皮肉めいた言い方と何気ない押し付けに、錺は鼻で笑った。


「パワハラですか。」


 秋刕もふふッと、鼻で笑う。


「部活なんてそんなもんだしょ?社会に出る準備だとか体の良いこと言っといてパワハラ上等。むしろそれがマジョリティさ。」


「はいはいッ!先生マクロってなんですか!?ミクロってなんですか!?」


 陽菜はパシッと挙手をして秋刕に問い、恵もそれに続いた。


「マクロとミクロ、どっちがどっちだか。」


 首を傾げる恵に、コクリコクリと頷きながら秋刕は話始める。


「あーあー良くある質問だね。良い質問だよ。そもそもさ、ミクロの語源はマイクロから来ている。マイクロと言われれば分かり易いだろ?小さなことさ。そのミクロに対して、マクロは大きなことだ。将棋で例えるならば棋士の一手一手がマクロ、その棋士が動かした駒が相手の駒を討ち取る時に「おりゃー、かかってこい~(裏声)」と剣を振りかざして倒す。この際勝敗は確定しているけれど、これがミクロ。或いは飛車が効いてる所を避ければ、次は角が効いていて駒が取られたといった具合に、二駒くらいの連携ならばミクロの連携と言えるだろうね。でもこれらは語源で考えればマクロとマイクロになるから分かりにくいんだ。そこで、取り敢えずミクロの方は一旦忘れて、大きなマグロ(=マクロ)と覚えると記憶しやすい。」


「大きなマグロ......大きなマグロ......、ミクロは小さい。」


 それから秋刕は「よし」と一呼吸置き、短髪を左に傾けて錺を覗いた。


「まぁだから、IGLの錺ちゃんはヒーラーに転職だ。」 


『『……って、えぇええええ!?』』


 脈絡のない指示により陽菜を筆頭に五人が各々声を上げる。一方秋刕はキョトンとして驚きと共に笑っていた。


「そんなに驚くことかい。私まで驚いてしまったよ。」


 陽菜は食い気味に言葉を返した。


「いやややッ、オ、オペレーター(※本ゲームでは移動に特化したキャラ職)はエイムとかも難しくなるから慣れてる人じゃないと厳しいって。」


「んじゃあ君がやるかい?そしたらエースであるストライカーがいなくなる。君たちのやりたいことは分かるけど、あれは上級者のテンプレに過ぎない。だから個々人の技術に差のある今のチームではもっとマシなやり方がある。」

 

 秋刕は山田へ指をさす。


「眼鏡君がオペレーターをやれ。この戦術で君にヒーラーは荷が重い。」


 山田は背を反らして秋刕を覗いた。


「逆じゃないんですか!?」

 

 秋刕は首を横に振る。


「いいや現段階では逆じゃない。このゲームはそもそもタンクとヒーラーが優秀なら漁夫の難しいゲームなんだ。運営はバトロワながらタイマンでの勝負に競技性を求めているからね。」


「何でそう思うんですか?」

 錺はボックスと化した敵の物資を漁りながら秋刕へ尋ねた。


「理由かい?マップの広さとパーティー数の少なさ、そして連携によるスキルの強さとスナイパー・ハンター職のパッシブ(=常時効果の出るスキル)による索敵能力の高さ。良くも悪くも競技性を謳った広告と売り出し方。とかかな…」


 錺は、思ったより論理的に説明する秋刕に驚く。


「詳しいんですね、プロみたいだ。」


 錺は皮肉っぽく呟く。秋刕はそれに少し俯いて陽菜の画面を覗いた。


「このゲームのプロだったからね。プロとして最後のゲームだった。」


 秋刕は陽菜をサラサラ撫でながら溌剌と喋る。


「そして最高峰のプレイヤーだったよ私はね。だから安心したまえ!」


 陽菜は気持ちよさそうに身を委ねるが、錺は話を聞き少し不振に思う。秋刕は最高峰のプレイヤーだった。虚言で有ればそこまでだが、それはすなわち、、、


(すなわち裏を返せば、最高峰のプレイヤーですら無名高校で指導員コーチするまでに墜ちてしまう世界…)


「ってことで錺ちゃん!」 


 秋刕の声に錺はハッとする。


「君のやりたい遊撃手型dpsオペレーターはしばらく保留だ。少しばかり簡単な立ち回りに変えて眼鏡君に引継ぐ。もちろんヒーラーの戦型も変えなければならないから二人は覚悟するんだ。いいね?」


「了解。」「分かりました。」


 錺と山田は返事をし、秋刕は「さぁ」と気合を入れる。


「一限目はマクロの時間だ。マクロからチームを立て直す。とりあえずこのゲームはタンクオーダーから再開しよう。二人は死んだらスポーンから役職変更ロールチェンジしてもらう。終わったら2・2・1に分かれて訓練所でのタイマンと私との個別練習。そこではミクロ面とエイムについて教える。精度が上がるまではこのメニューを繰り返す。」


「「 はぁ+了@しゃ△*〇!! 」」


五人はそれぞれの返事をして意識を画面へ戻した。


「あとで統一しない?」

 秋刕は笑いながら言った。



◇◇◇



「弘法筆を選ばずだ。君たちのデバイスで私が一戦ずつパフォーマンスを見せる。」


 粗方チーム内のマクロ面での方針が定まり、秋刕は新田のデバイスを弄りながら喋る。


「まずはタンク君からだ。最高FPSを70で塞き止めたこのデバイスでだってアマチュアレベルの敵くらいなら粉砕できる。特段タンクというロールはダメージが伸びやすい。実にハイエンドPCならばカスタムで1000FPSは出せる世界だ。限界は必ずあるが、ある程度は通用することを私が示す。」


 押された5つのREDAYからマッチ開始の文字が現れ、世界は空の上へと視点を変える。秋刕の動きは全体を見通した調和的な立ち位置を維持しながら、敵が陣形を崩したと見るや高HPを活かした強引な切り込みも冴え渡り、圧巻と言える立ち回りであった。


「タンクに求められるのは司令塔的な立ち回りだよ。味方も敵も俯瞰的に捉え、自身のミクロから率先して優位なマクロを生み出す。このチームの2大エイマーは錺ちゃん&陽菜ちゃんになるわけだが、彼らの脳みそリソースを彼らのミクロに割かせる為にもゲームメイクをしていける頭脳を鍛えるんだ。それに加えて、エイムが有ればキャリーだって出来る。」


 最終的な戦績は秋刕の15キルで終わった。よく言えばキャリー、悪く言えば


「スマーフ(Smurf=上級のプレイヤーが素性を隠して、実力の大きく離れた下位帯に参加すること。プロの世界では御法度。)だ...。」


「んな!!...ち、違うよ。失礼だな全くもう。」


 錺の驚嘆に元プロゲーマーは過剰な反応を見せ、席を立ちあがる。


「さて、新田君の元の設定はこんなだったっけ?このゲームではハイセンシよりのミドルだね。タンクのeDPI(ゲーム内感度とマウス感度の積で出されるセンシティビティ。)としては悪くない数値だと思うよ。別段やりづらいとかは無いんだろう?」


「ん、あぁ。振り向き15cmくらいってネットのサイトには書いてあった。」


「ならよし。」


 立ち上がった秋刕を見るや恵が挙手をする。


「私の、やりづらいかも。」


「恵ちゃんはどんくらいなの?」


 秋刕はゆっくりと恵の背後へ回り、画面を覗く。


「新田より少し高いくらい。でもスナイパー専だからマークスマン様にADS(※Aim Down Sight=サイトを覗き込む時)の時に低くしている。でも結局振り向き何CMが良いのか定まってない。」


「なるほどね。」


 秋刕は顎に手を当ててホワイトボードに手を伸ばす。


「自分に合ったセンシティビティを探すって言うのはFPSゲームにおいて一生の課題だと言える。だからネットを見れば色んな情報が出回っているけれど、持論としては納得する答えを見つけるまで悩み続けるしかない。言い方を考えれば時間が解決してくれる。」


「へぇー。でも折角練習した感度をコロコロ変えちゃうって勿体無くない?」


 陽菜は首を傾げて、ホワイトボードに何やら書き込む秋刕に疑問符を上げた。


「実は、逆に変えない方がエイムが劣化するという説もある。」


 秋刕が描き出したのは人間の腕とその先にあるマウス3本分の図であった。


「同じ感度でやると脳がエイムを修正する作業を怠る様になるんだってさ。エイムが腐るってニュアンスかな?まぁそれ以外にも根拠を列挙するならば、FPSはゲームの種類によって感度の平均が異なるということや、実際プロでもコロッコロと感度を変える輩がいっぱいいることが挙げられる。」


「じゃあ、時間を掛けなきゃ分からないのか...」


 残念そうにマウスを振る恵に「ただし」と秋刕が補足をする。


「ただしだよ、エイムで扱ってきた腕の動かし方や、エイムの支点。そのゲームにおけるメタ的な感度を理解すると得意な感度を見つける足掛かりにしやすいんだ。」


「メタ?」


「そう。」


 秋刕はコクリと頷き、何やらグラフと数値を書き出していく。


「さきほどFPSはゲームの種類によって感度の平均が異なると言ったよね?例えばこのゲーム、クロニクルで言えば『キャラにブリンク(移動系スキル、回避行動などを行えるスキルで呼称される。)出来る奴がちらほらいたり、近接武器の要素があり、バトロワ要素から360度の接敵リスクが高く、エイムが雑でも被弾させやすいキャラや武器、スキルが存在する。』こういった種類のゲームは比較的ハイセンシが多く、平均15cm、振り向き20cmを越えればロー扱いな反面、『古の5V5で陣地を取り合って爆弾を設置するような、大体の敵の位置が予測でき、かつ高精度なエイムが求めらるゲーム』はトップ選手の中には振り向きが80cmくらいある人間も存在するし、トッププロの流行りは35cm前後のローセンシで18cmを越えればハイセンシと呼ばれる。」


「は、80cm!?」


「極端な例さ。でも35cm前後は本当に多くて、実際とても強い。」


 目を丸くした陽菜へ秋刕は補足を入れる。


「そしてローセンシはハイセンシに比べてコンディションによるエイムの安定性が高いし、遠距離が強いし、上達が早いとも言われているんだ。」


「どうして?」


 恵が秋刕に問う。


「うーん。理由は一概に言えないけれど、一つのファクターとして的の大きさが物理的にデカくなることが挙げられる。画面の中の世界がマウスの下に広がってると考えれば分かり易いね。この際、動かす距離が長くなる分世界は引き延ばされていく。なんせ180(ワンエイティ)振り向くのに片や10cm、片や80cmを要するからね。イメージはこうだ。」

挿絵(By みてみん)

「片や、こうなる。」

挿絵(By みてみん)

「えぇっ、じゃあ陽菜もローセンシの方が良いのかな?」


 秋刕はその言葉を一蹴する。


「君は強いからそのままで良い。」


 それから先程描いた三本の腕の図に、水性ペンを走らせた。


「理論上はハイセンシの方が強いことは感覚的に分かるよね。」


「そりゃ、ハイセンシの方がシュシュッとしてるしな!」


 山田が空へ見えないマウスを振る。


「そう。しかし精度が求められる細かいエイムをするときは正確性のあるローセンシの方が強そうだ。そこで恵ちゃん。私が今から設定する感度でキャラを動かしてみて欲しい。」


 そう言って秋刕は恵のマウス設定を大幅にローセンシへ下げ、恵へマウスをバトンタッチし経過を眺める。


「どう?」


 恵は返されたマウスを訓練所で滑らせながら、キャラを動かし辺りを振り向く。


「うーん、もっさりしてる。それに振り向けない。」


「DPI400だろうから、ゲーム内感度を掛け算して……、振り向きは28cm位。しかし恵ちゃんは不便さを感じている。ここが感度設定を弄る時のターニングポイント。」


「どういうこと?」


 恵は首を捻る。


「つまり恵ちゃんは感度を変えたものの、手首だけでエイムをしようとしているんだ。例えば恵ちゃん、今のフォームから机に肘を乗せてみる。そして肘を支点にマウスを動かしてみるんだ。」


 恵は秋刕の指示通り、机に肘を立ててから腕を降ろし、マウスを振った。


「……振り向ける。」


「そう。つまり自分に合ったエイム探しで重要な事はまず、フォームだ。」


「フォーム...」


 新田が何かを思い出す。


「心当たりがあるだろう元野球部君。素振りで毎度違う体制、違う持ち方、違う腰の振り方をしていたって精度が上がる筈が無い。サッカーのフリーキックがもっと分かり易いか。あるいはスポーツという類で言えばダーツ、ゴルフ、ビリヤード、ボウリングも近しい。ほらWIIスポーツに入ってそうな奴さ。」


 秋刕が先程、水性ペンを走らせた先。三本の腕とマウスの図はそれぞれ、異なる箇所が黒い丸で囲まれていた。


「例えば陽菜ちゃんは手首を机の縁にくっつけ、そこを支点にマウスを動かしている根っからのハイセンシさんだ。こういう人が振り向きを5cmも変えようならば、もうエイムは滅茶苦茶になる。対して私の様な矯正ウルトラローセンシさんは肘を完全に机に乗せて腕ごとエイムする。この際5cmの差など微々たるものだ。その中間に位置するのが錺ちゃんのタイプ。支点を腕に置き手首エイムと肘の振り子を利用した腕によるエイムのバランスの良い置き方。実に弱点らしい弱点は無いように思えるが、腕を置く位置が固定されないので気持ち悪いと感じる人間もいる。」


「確かに、指摘されると気持ち悪くなってくるな。」


 錺は右腕をモジモジさせながら、程よいポジションを探す。


「そう。このようにセンシティビティを変えるということは、腕や手首の可動域を変える事にも繋がってくる。野球で言えば投げる距離に値して投げ方が多少変わるだろ。すなわちフォームが変わる、FPSも同じ。更にスタンドポジションの話で言えば肘を広げてマウスを若干斜めに置くやり方もあったり、キーボードを斜めに置くか否か、その際ハの字にするか逆ハにするか、画面ディスプレイと顔の距離はどうか、脇の開きはどのくらいか、考えだしたらキリが無い程だ。」


 秋刕は溜息を吐きながら、何故かポケットに仕込んであったマウスを取り出した。


「そんな中でも最も重要なのはマウスの持ち方、大別すると三種類。まずはそこから教えよう。指の根元までマウスに着ける『かぶせ持ち』、指だけでマウスを持つ『つまみ持ち』、そこから手の平をくっつけた『つかみ持ち』。『つまみとつかみ』はよく似ているが、英語だとイメージしやすい。つかみはClaw grip 鷹の爪みたいな感じ。つまみ持ちはfingertip grip すなわち指(finger)の先(tip)だけでマウスを握ってる。更に両者は手の中でマウスのセンサーを操る位置が大分上下に変わってくる。つかみはより内側、掌の中って表現だろうか。対してつまみはより外側、だとか指の中みたいな表現。このセンサーを意識することも、フォームを決める良い指標になると思うよ。」


 秋刕はマウスを実際に手に取って、説明してみせる。それを模る様に陽菜がマウスを持った手を挙げた。


「私何持ち?」


「それは典型的かぶせ持ち。ウルトラハイセンシさんは基本その持ち方が多いね。また射撃の左クリックを二本指で行ったり、親指で行ったり、人差し指だけつかみ持ちっぽいかぶせ持ちだとか、もうそれは言葉では言い表せないようなヤバい持ち方もある。まぁつまり持ち方一つとってもやりやすいやりづらいは存在するんだ。だから設定したセンシティビティが悪いのか、はたまたフォームが悪いのか。おおよそ初心者にありがちなのはフォームがブレてるから、そのセンシに合わず不安定なエイムになるパターン。初心者は常々「振り向き3㎝の俺カッコいい!」とか思ってるんだ、早漏め(※飽くまで迷信です。)。結局手元だけで出来るハイセンシにしていつまでも当たらないのは、初心者沼の典型だよ。」


 秋刕はやれやれと言った具合に手の平を上に向け、片方は額に当てて可愛らしく溜息を吐いた。


「じゃあ私はこのセンシのまま試してみた方が良い?」


「有りだと思う。」


 秋刕は恵の提案にコクリと頷く。


「実際スナイパーロールや一定のサポートロールを専門とするプロのeDPI平均値はゲーム中で最も低くなる統計も出ている。理にかなってるのさ。」


「俺もローセンシにしようかな。」


 新田の提案には秋刕の眉毛がピクリと曲がった。


「うむむ。まぁ本当は初級者全員にローセンシをオススメしたい所なんだけど、一転タンクロールに限ってはハイセンシの方が理にかなっている場面が多い。AvgのeDPIを見ても、プロの最大値を見てもタンクが最もハイセンシだ。それに天性の才能を持ったようなウルトラハイセンシ使いは実際どのゲームでも怪物みたいに暴れている。一概に最強と言えるセンシが無い所もまた奥深くてねぇ。」


 秋刕は悩ましいといった顔で、肘を丸で囲ったローセンシの図へトントンと水性のインキを擦りつけた。


「ただ、ハイセンシからローセンシに移すより、ローからハイに調整する方が容易だ。それを踏まえた上で私からは一言。迷ったら振り向き23cm。理由は単純、180°ワンエイティを一振りで出来るセンシで、最もローセンシだから。これ、メモしといてね。」



◇◇◇


 8月1日 予選まで残り14日


「今日から私が持ってきたそのマウスパッドにサインペンで印を書き込む。記して欲しいのは支点の位置とそこから180度振り向いた時の場所、90度の正面、左に30度、60度の二つ。右には120度、150度で二つ。なおセンシを変えるとズレが生じるのでそこは注意。敵の位置とフリックの距離に対し、視覚というアプローチで筋肉を意識的に動かす癖をつけるんだ。この際支点の位置は別段ズレても構わない。ただスタンドポジションだけは常に固定しよう。」


 秋刕は大きなマウスパッドを五人に配りながら続ける。


「調子が悪い日を「調子が悪いなぁ」で終わらせてはいけない。これが本戦なら調子が悪いで済まされないからね。だから抽象的な言い訳を排他するんだ。調子が悪いのならば、

「エイムの調子が悪い」のか

「ムーヴの調子が悪い」のか

「身体の調子が悪い」のか

「心の調子が悪い」のか

「デバイスの調子が悪い」のか

「ゲームの調子が悪い」のか

 そうやって精査して調子が悪くなっているファクターを見つけ出せ。それを見つけるのが上手くなれば、君らの弱点が一つ減る。また、調子の悪い日を無くす為に、あるいは昨日の自分より上手くなるために、可能な限りフォームやコンディションを統一するんだ。フォームを変えればその分、力の入れ方にズレが生じる。いつもの姿勢と今日の姿勢が違っていてエイムの調子が悪い日は、おおよそ「姿勢が悪い」んだ。だからコンディションの統一。それは服装や湿度、気温、デバイスの摩耗、爪や髪の毛の長さ、肌の湿り気に至るまでエイムが乱れる理由を削ぎ落とし、自分が練習すべき改善点を洗い出す努力をする。」


「ハードウェアチートだ……。」


 支点をマウスパッドに書き込みながら錺は具合の悪そうな表情で言った。


「なんだいそれ?元来PC性能差で実力差出るんだから、クロスヘア代わりにディスプレイにゴミを付けるだとか、マウスパッドに落書きするくらいユーザーは寛容になるべきだ。それに...本番ではやらないよ。それに私ゃ今やプロじゃない、あんだーぐらんど。許してにゃん。」


 それからクロニクルを起動させた5人は連携の練習に取り組んでいた。秋刕は自前の麦藁帽をパタパタさせ、ホワイトボードに何やら文字を書き込む。


「あーそうそう。えー予定通り、スクリムを組むことになりました。何分我々は無名につき優勝候補とは組めなかったが大会の空気は味わっておく必要が有る。それに優勝候補らとは公式スクリムでやれるし、まだまだ未熟な連携だけど、君らなら勝てると――」


「何、している......」


言い終わる前に部屋の扉が開いた。先には気怠そうな男がのそっと入室する。気怠そうな声色の中に、箆鹿は衝撃を隠せないでいた。


「ここの入室を許可されたのは客人である小鳥遊さんのみだ。それなのにッ――」


 箆鹿の前には生徒会室の長机を占領した電子競技部のディスプレイたちがズラリと整列し、冷房をガンガンに効かせながらゲームをしていた。


「なんだこの様は...!!」


 箆鹿は、有り得ないといった顔をし6人へ釘を指すように喋る。5人はイヤホンへ意識を傾注し秋刕だけが真摯にウンウンと頷いていた。


「いいかつまり、お前らに譲るスペースなど断じてない!!」


『『――あるじゃん!!』』


 白ワンピース一人と、半袖の制服を着た5人は会長席へノールックで指をさす。箆鹿は諦めたのか溜息交じりに自席へ座るとノートパソコンを開いた。


「あれ良いの?」


 箆鹿はワンピース姿の秋刕を一瞥する。秋刕は不思議そうに箆鹿を覗いていた。


「第三者が訪れたら庇いませんよ。しかし熱中症対策が云々言ってる癖して、熱暴走寸前の電子機器を詰め込んだ部屋に、冷房無しで青年6人を活動させろというのなら暴挙であるとしか言えない。おまけにあの部屋は風通しがクソほど悪い。そして俺はもう知らない。」


 若干怒り気味にまくしたてる箆鹿を秋刕は麦藁帽でパタパタ扇いだ。


「誰のこと言ってんのか知らないけど、君も大変だな~。」


 笑いながら秋刕は言うが箆鹿は仏頂面にタイピングする。


「それにこの部活とも、もうすぐでお別れですから。まぁ暫くは付き合ってあげますよ。」


 箆鹿はカタカタしながら隣のプリンタより1枚の紙を取り出した。


「それは何だい?」 

 秋刕は机の上をにじり寄る。


「嘆願書ですよ。生徒会が今日までの夏季休暇を返上してまとめ上げた廃部願いです。」


 箆鹿はどうかと6人の顔を覗いた。しかし意外なことに5人は何事もなかったかのように戦場の報告をし続けている。秋刕に至ってはプリントを覗いてヘラヘラと笑っていた。


「へぇそうかい。」

 秋刕は膝まで机に乗り上げてプリントを覗き込み、羅列された文章を読み上げる。



―――

{電子遊戯部の違約行為における廃部願い}


・本文は、電子遊戯部の活動が本校校則の規定を大いに背いているものであり他部活動への資金面の圧迫及び風紀の乱れにより廃部願いを求める嘆願書とその署名を纏めたものである。本部活動の問題点は下記記載する。


・第一に、競技性のある部活動としての資金振り分けに対する、、、、

・第二に、実績の無い部活動でありながら、、、、

・最三に、昨日の本校における部活動資金記録において発見された問題点との関与の疑いによる、、、、


 以上の理由により退部を願うものとする。

 以下より賛同者の氏名及び学籍番号を、、、、、、


―――


「つらつら、、と。難しい言葉を使うねぇ君らは」

 秋刕は鼻で笑いながら箆鹿の顔へ四つん這いで近づいていく。


「つまりは実績が無くて競技性も確認できないから、損失と釣り合わないので廃部にしたい。そういうことだろ?」「そうですね。」「本性出したね?」「そうですね。」「知ってたけどね?」「そうですか。」「あぁ、そうかい。」


 秋刕は箆鹿と睨み合いながら顔を近づけていく。


「おい学生ガキ。ここに署名した未来ある無能なゴミカス共に伝えておきたまえ、君らの生温い世界とは住んでる場所ところが違うとね。」


 箆鹿は腕を組みながらこの日初めて笑った。


「嫌ですよ。ガキの戯言に付き合う時間はありませんから。」


 秋刕は殊更口角を引き上げて、箆鹿を殺す程に睨みつける。


「まぁいいよ。」

 それから秋刕は机から降りて箆鹿と距離を取り人差し指を立てた。


「予選までは待ってくれよ、エントリーはしてしまった。」

 秋刕は白いワンピースのポケットからクシャクシャになったJEC(Esports.Japan.Cup)の広告紙を取り出し広げた。


「それから、予選敗退で廃部。これくらいで手を打ってくれ、なんて大人な対応をしてみるよ私は。」


 秋刕は笑顔でサラッと言ったが。イヤホン越しに聞こえているであろう5人は黙ってゲームを続けている。箆鹿は不振に思いながらも堂々とした面構えを続けながら言う。


「元よりそういう手筈です。」


「なら良かった。」


 秋刕は左手を後ろへ右手は正面へ、人差し指を立てながら箆鹿を見つめる。


「じゃあゴミカス代表として君には聞いてもらおう。」


 秋刕はブレスを挟み真剣な表情で口を開いた。


「日本のゲーム業界とはね、世界に比べればまだまだ未確立で不安定なものなんだ。」


 秋刕はゆっくりと歩き出す。


「それでも挑戦を捨てずリスクを背負い、この世界に縋る我々の様な人間が何故いるのか知ってるかい?覚悟のレベルが違うからさ。警察官や税務職員、定職を捨ててくる者もいれば高校を辞め青春を捨てた者もいる。この世界に魅せられ、愛し、決意を持って踏み込んでいる。」


 その口振りは加熱する。


「そして業界の狭さゆえ、変動する世界ゆえ、プロとしての自分が消えた後も業界へ触れ続けられる保証などは何処にも無く、それなのに!ボクの知るプロゲーマーの中にはその選択肢を後悔するものは誰一人とていなかった。引退したプロ選手に残るのは、その選択への後悔では無く、往々にして自分自身の不甲斐なさ。」


 秋刕は瞬きすら忘れるほどに箆鹿を見つめる。


「だから、この時代よりプロゲーマーの世界へ飛び込まんとする人間たちというのは、覚悟のレベルが大いに違う!不安定さ故に不確定さ故に。そして皆が信じていた!プロゲーマーという存在の可能性が、その未来が、大きく飛躍し羽ばたくその姿を!!だってそうじゃないか、棋士がいるならいわんやそうだ!相撲があるならいわんやそうだ!サッカー、野球、ボクシング、テニスに卓球、競馬まで、古代から続く戦いとエンタメの延長線上に、プロゲーマーだけが立てない未来などあるわけがない。」


 秋刕は部員を強調する様に手を広げてみせた。


「だからボクらは挑むんだ。この圧倒的な覚悟を持って、揺るがぬ決意を胸に、この不安定な世界へ飛び込む。この愛ゆえに!!負けたら終わり?稼げなきゃ終わり?そんなのいつだって前提条件なのさ!!」


 箆鹿は嘲笑の中に秋刕を煽る。


「まるで博打打ちだな。」


 しかし秋刕は尚笑う。


「その通りさ。しかしこれこそが人生の真髄。不条理な賭け事の連続に、限界まで勝率を高めてから博打を撃つ。何ら一般人と変わりゃしない、ただ違うのはチャンスの希少性。代替えは無く外すことは許されない。だからさ…」


 秋刕は今一度大きくブレスを挟んで言った。


「ボクらはね、決意と覚悟の弾丸なんだよ。」









------------------------- 第12部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

紫陽花と金木犀


【本文】

 

 近い、近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!!!


「な、何なんだね君は!?」


 秋刕は迫りくる少年の顔に手を当て、距離を取る。


「稼げんのか、プロゲーマーって?」


 少年は秋刕の瞳を覗き込み、続ける。


「目が死んでない。悪くなるって聞いたぞ俺は、」


 秋刕は溜息をつきながら下を向いて呟く。

「....うるさい。」


「プロゲーマーって楽しいのか?」


 少年は俯く秋刕を覗き込み、腕を掴んで揺すった。

「なぁどうやったらなれんだ?稼げるって聞いたぞ、俺もゲーム得意だぞ、なぁ‼」


「僕に触れるな!」


「最初にさわったのお前だ!」


 秋刕は自分より一回りも小さい少年の腕を振りほどいて突き放す。

「僕に話掛けるな。君みたいなのがいるから嫌なんだ!」


 秋刕は虚ろな目で吐くように呟く。

「僕が報われる日なんて来ないんだ....彼女に嫌われたら敵いっこない。」


 秋刕は少年のほうへ向く。


「でも君らにバカにされる筋合いは無い! のうのうと寝ぼけたように遊んで生きている!!だからオーナーもキーパーも皆分からず屋なんだ!君にだって分からない!!だって僕が…!!僕が正しいじゃないか.....」


「お前男なのか?」


「うるさい…黙れよ。」


 少年は、涙を堪えながら話す秋刕を呆然と見つめた

「やっぱカッコいいな。」


「は…?」

 秋刕は顔を傾け少年の顔を覗く。


「やっぱカッコいいんだ、プロって。昨日見たカズみたいだ!!いつも一人でいるのはイチローもだよ、イチロー!!やっぱ悩むのか?プロってさ!」


 少年は興奮しながら続けた。


「俺さサッカーやってんだけどさ、コーチが言ってた。俺が試合に負けて泣いてたらさ、負けず嫌いは強くなるって!!はぁあ!分かった、お前も負けたんでしょ!!」


 秋刕は少年の熱視線にやられたように項垂れた。


「カッコいいって… へへ、上手だなぁ、君は。」


 少年は屈託のない笑顔で秋刕の腕を掴んだ。


「なぁなぁ何悩んでんだ、プロってみんな悩むのか?プロってどんなんだ?お前、なんのゲームやってんだ教えろよ!」


 秋刕は揺られながらそれに応える。


「うぅ…シューティングだよ知らないだろ?」


「あ、知ってるよ!人殺しだ!!」


「いや、うん...。あと、お前じゃないよ。秋刕だ。プレイヤー名は.....」 



◇◇◇


 8月10日 EJC予選/アカデミック選手権大会 練習試合スクリム 当日

       予選開始まで残り5日。


 「早くしろー!時間ないぞー!」

 秋刕は息を荒げながら、顧問長嶋(情報科)を含む六人を緩やかな階段の上から急かす。

 

 「何で会場なんすか!?」

 錺を先頭に六人は階段を駆けあがり肩で息をしながら秋刕のそばまで辿り着くが、一呼吸もままらない内に錺がつま先を正面へと向けて走り出す。

「ほら行くよ、説明は後だ!」

 

 秋刕が向いた先の展望は、長方形の土台が4つの逆三角形を支えるように堂々と聳え立つその建物と隙間に広がる真っ青な夏空。

「東7ホールだ。急ぐぞ。」


 江東区有明3丁目 

 建造から今日までの間、数多の歴史を刻んできた人と文化の交流地。

 

――東京ビッグサイト。東展示棟第7ホール。


 一介の学生には余りある規模の広さ、設営が、そこにはあった。


「うわあああああ!!」

 陽菜が途方も無いほど高い天井へ感嘆の叫びをぶつける。それを見た秋刕はニヤリと笑い錺の背中を叩いた。


「今日はイベントの体験会みたいなものだ。しかし20日まで残れば、またここでやれる。スポンサーの都合上機材も同じ!最高にツイてるよ我々は!!」


 錺が呼応して頷く。


「でも気は抜かない。だったよなコーチ。」


 秋刕はフフンと笑い、ご機嫌に胸を張った。


「その通りさ、このスクリムこそが正に初戦なんだ。この席を狙う総計168チームの若人達に目にモノ見せる大チャンス。――さぁ、ぶちかませ{電競}諸君!!」


 そう言って秋刕は彼らを送り出す。そう、申請を通した電子遊戯部という名義は便宜上一年間変えることが出来なかった。しかしそれがチーム名としての申請ならば、対外的に彼らはこう認知されるだろう。


「あぁ、行くぞ"電子競技部"!!」


 錺はその耳に馴染ませるよう、そう唱えた。





58436字

――――――――――――――――――――

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