8. 誰だ…?
「青山さん、俺、ひと通り回ったんでそろそろ帰ります。青山さん、まだいますか?」
「私も、だいたいご挨拶終わったかな。もう終わりも近いですし」
「じゃ、一緒に出てもらえませんか?」
「はい?」
ひとりで会場を出たら、さっき目が合った女性に声をかけられそうな気がして、それが煩わしくもあり、センセイに助けてもらうことにした。
ビルを出て駅に向かう途中、センセイは俺が聞きたかったことを先に聞いてきた。
「山下さん、ご結婚は?」
「まだです。大樹の世話で精一杯だったんで、とてもそこまでは」
「ふふ、そんなに松島さんて手がかかるんですか?」
「相当かかりますよ」
「ほんとですか? 結奈、大丈夫かなー」
「…青山さんは、ご結婚されてるんですか?」
「私もまだです。ここ何年か長編が多かったから、取材したり、本を書くので精一杯で。ようやく落ち着いてきたところ」
「山下さん、か…」
センセイが何か言いかけたところで、通りから声がした。
「みな!!」
声の主は車を停めて、こちらに向かって歩いてきた。
誰だ…?
「ごめん、道が少し混んでて遅くなって」
「あ、平気平気」
「そちらは?」
「この方、結奈のダンナさんの…大樹くんのマネージャーさん」
「そうなんだ、初めまして」
「こちらこそ。山下です」
「みな、ごめん。ここ車多いから、もう行けるかな? 山下さんすみません、また改めてご挨拶を」
「山下さん、ごめんなさい、また…」
声の主は、あっという間にセンセイを車に押し込んで、通りの向こうに消えていった。
誰だ…?
あの短い会話からは、はっきり誰なのか分からなかった。
ただ、センセイを『みな』と呼び、車で送り迎えできるような、そんな関係だということだけ。
結婚はしていないと言っていたから、彼氏か。ま、いてもおかしくないか。
…おかしくはないけど、なんか、複雑な気分だ。
なんだろう、まるで、裏切られたような…。
ジャケットを脱いで、シャツの袖をまくりながら、ぼんやり駅に向かって歩いた。
そう、俺は勝手に思い込んでいたんだ。センセイは、俺に好意があるんじゃないかと。
そして、俺も…。
だからこんな気持ちになるのか。