7. 勝負服
引っ越しといっても、元々そんなに荷物は無いし、あっという間に片付いた。
その荷物のほとんどが、仕事用の服だ。スーツ、シャツ、ネクタイ。社長や大樹に恥をかかせないよう、なるべく良いものを選んできたこともあって、社長がよく褒めてくれた。
荷物が無くなった部屋を見渡していたら、急に電話が鳴った。社長からだ。
「カズ、休みのところ悪い! 頼みがあって。急で申し訳ないんだけど、俺の代わりに出版社の創立記念パーティーに出てくれないか?」
「何かあったんですか?」
「うん、ここ何日か奥さんの体調が悪くて、もし代わってもらえたら助かるなって」
「もちろんですよ、何着て行けばいいですかね?」
「そうだな…黒地にシルバーのピンストライプのスーツあったろ、あれに黒のシャツ、シルバーとターコイズのタイでどうだ?」
「わかりました」
「カズは背も高いし、この組み合わせ、かなりカッコいいはずだぞ。コンカツコンカツ!」
何がコンカツだよ、まったく…。
指定された新宿のビルへ行くと、ざっと200人近い出席者がいた。社長の代理とはいえ、俺も面識のある人が結構いて、声を掛けられたり、こちらから挨拶したりを繰り返した。
「山下くん! 今日は一段とイケメンだなぁ、黒が似合うよ」
「いえ、そんなことは。いつもうちの松島がお世話になっております」
「うんうん。山下くん、うちの先生と並んだら絵になるよー」
「?」
「こちら、うちの文庫本レーベルの青山先生」
青山…。
振り返った女性は、やっぱりセンセイだった。
ただ、タイトな黒のドレスを着ていたからか、普段とは随分違って見えた。
「青山さん、最近よくお会いしますね」
「山下さん…そんなことより、視線感じませんか? あちこちの女性が見てますよ。今日、かなりカッコいいです」
「え?」
見渡すと、確かに何人かの女性と目が合った。社長の『コンカツ』が頭の中でリフレインする。
「言われるまで気付きませんでしたよ。それより、センセイにカッコいいって言われたことの方が、俺は嬉しいですけど」
「あ、いえ、あの、そんなに深い意味は…」
「センセイも、シックでとても素敵ですよ」
俺がそう言うと、センセイは真っ赤になってうつむいた。