1. 何気ない日常
何の特別さもない日常の中で、
自然にすれ違ったり、何気なく会話したり。そこから何かが生まれたり、生まれなかったり。
星の数ほどの出会いの中で、その出会った誰かを特別な存在に思えるとしたら。
もうそれだけで、奇跡は起きているのかもしれない。
「落ちましたよ」
すれ違った女性の手元から、ひらりと小さな紙が空に舞って、地面に落ちた。なんだろう、何かの伝票のような紙だ。
「わぁすみません、ありがとうございます!」
やわらかい笑顔の女性は、俺から紙を受け取り、すぐに目の前の本屋に消えていった。
久しぶりに本でも読もうか…。ふとそんな考えが浮かび、外の暑さにも耐えきれず、俺も本屋に入った。
さて、何を読もうか。せっかくだから仕事に使えそうなものにするか、今朝のニュース番組でランキングに入っていた話題の本にするか。
ディスプレイされた本をいくつか手に取って眺めていると、視界の奥にレジが見えた。
エプロンをした店員らしき男が、しきりにさっきの女性に何か話しかけているようだった。店の奥に入ったり出たりを繰り返し、あれやこれや出してきている。
何だろう…興味本位で近づいていくと、ふたりの会話が聞こえてきた。
「もしかしてご本人ですか?」
「あ、そうです…手元に在庫の本がなくなってしまって…急ぎで何冊か必要になって…」
「うわぁ感動だなぁ! ウチのお店のTwitterに先生のことあげていいですか?」
「いや、そんな、先生とか言われても…ほんとに…」
「この色紙に、サイン書いてもらえませんか? 本の横に一緒にディスプレイするんで!」
「あ、はい…ありがとうございます。えっと…何書けばいいんだろう…」
「そしたらですね〜」
彼女は本を書くのか。
といっても、センセイ扱いに慣れてないんだろうなぁ。しどろもどろ感が何とも言えない。
微笑ましいな…。
仕事柄、俺は何人もの作家センセイ達を知っているけれど、あんなナチュラルさは持ってないな。
そんなことを考えていると、手元の時計のアラームが次の予定の時間を伝えてきた。
「おっと、そろそろ出ないと…」
彼女の名前までは分からなかったけれど、彼女の目の前にあった本がなんとなく印象に残っている。また今度探してみるか。
本屋を出ると、目の前に青空が広がっていた。
彼女の本の表紙も、こんな空色だったような気がした。






