2-23『進路を妨げる者』
「作戦の見直し?」
「あぁ。その作戦では、日渡方面でも濱竹の技術相手に苦戦を強いられ、井谷方面でも今までの二の舞を受けかねない。井谷には靜連邦の全戦力を投入するべきだろうよ」
神紀5000年、冬至前87日。
南四連邦の全ての祖神国家と靜連邦の靜国が鉄道で繋がったことを記念して、靜国静岡神社を訪れた東輝洋介は、するがに対してそう助言をした。
「とはいえ、それでは日渡を野放しにすることになる。井谷に支援を開始したんなら、参戦しているものと見做して攻撃しなければ示しがつかないよ」
するががそう言うと、洋介は「当然だ」と頷いた。
「え、でもさっき洋介が言った作戦じゃ日渡を相手にする国がいなくなるけど、どうするんだい?」
するがが訊くと、洋介は大笑いをして、
「少しだけ名前を貸してやる。軍隊を動かすことになったんならそれもおまけで貸してやる。まぁ、俺が思うに軍隊を動かすまでもないはずだがな」
そうするがに言った。
「戦争にはもう関与しないんじゃなかったのかい?」
するがが洋介に訊くと、洋介は豪快に笑ってからするがを見て、
「小国ひとつ脅して潰すくれぇなら、こんなもん戦争のうちに入らんだろ。そもそもろくに戦うことなんてないだろうしよ」
と言った。それを聞いて、するがは少し不満そうな表情を見せるも、
「ま、いいや。じゃあありがたく、その名前は借りておこう」
そう返事をした。
そうして南四連邦は、井谷戦争に直接関与することを避けながらも、その同盟国である日渡に宣戦布告をすることで、日渡を井谷戦争から引き摺り下ろす役割を担うことにしたのだ。
また、同じく関東統一連邦に所属する北守連邦と北三連邦が、濱竹が樺太を離れたタイミングを見計らって宮城沖の太平洋で合同軍事演習を行い始めたことで、濱竹安久斗の帰還は最低でも15日を要すこととなり、南四連邦が日渡と戦争をするまでには間に合わないことが確定した。
誰もが皆、これで日渡が自ら降伏すると考えていた。
まさしく完璧な作戦だったのだ。
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桜咲が言っていた通り、俺がサハ大陸を出た途端に、関東が軍事演習を始めやがった。
これで帰還までの道のりが遠いものとなり、濱竹本国までの行程が長くなった。
本当に邪魔くさいものだ。俺たちの邪魔をすることしか考えていないようだな。
とはいえこちらは北陸艦隊が来たように、日本海を航行し、水平線よりも向こうの海域、およそ異世界に近しいほどの沖まで出て、陸から確認ができない位置を進み続けることで回避する。
萌加が何を思っているのか、少し分かった気がする。否、正確に言えばこの作戦を立てたのはおそらく萌加ではないだろう。兎山明か、それとも武豊耐久か、あるいは……
結果的に、日渡には破天荒な奴ばかりが集まってしまったな。
まさかこの俺が、奴らの掌の上で踊らされることになるとは。
まぁ、しばらくは踊ってやろう。
とはいえ、いつまでもそこに滞在するつもりはない。
どこかで必ず、奴らを再び掌の上に乗せてやる。
それが西部の超大国、濱竹としての威厳を保つために必要な行為なのだからな。
船は予定通り航行を続ける。
無事に国に戻ることができるのか、未だに若干の不安は抱えているけどな。
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神紀5000年、冬至前84日。
安陵との会談を終えて日渡に戻った僕らに、井谷を経由して靜と関東から書状が届いた。
『日渡国に告ぐ。
我々南四連邦は、志を共にする祖神国家靜の安寧を揺るがし、その希望を打ち砕かむとする井谷国を支援する汝に現実を突きつけるべく、祖神国家に叛逆せし罰とし、冬至後80日に直々に宣戦を言ひ渡す事を決めけり。就いては降伏か荒廃か決断せよ。その決断、冬至後81日迄待ちて、降伏と決めつれば宣戦を取り下げ、靜連邦に回帰し靜国のもと井谷討伐に参加せよ。然し荒廃を選びし後は、靜に代わりて我が連邦が相手となりて日渡及び濱竹を再起不能にすべく蹂躙す。決断せよ、猶予は篤と与えけむ也。
南四連邦盟主 東輝洋介』
「これって……」
湊が不安そうな声で言った。
「事実上、南四連邦からの最後通牒ですね」
竜洋がその言葉にそう返していた。いつも通り落ち着いた声色だったが、その表情は眉間に皺を寄せて険しく見えた。
そう、僕ら日渡国は、世界最強と言われる関東統一連邦の盟主、南四連邦からの最後通牒を突きつけられてしまったのだ。
たった1国の小さな国が、祖神種4体が治める強大な連邦から脅迫を受けるこの図は、おそらく世界でも過去に例を見ないものだろう。
間違いなく、降伏するべき相手である。
しかし、ここにいる絶対的な決定権を有する萌加様、明様、耐久様の御三方は、全くと言って良いほどにまで動揺なされず、それどころか、どこか不敵な笑みを浮かべておられたのだ。
そして僕ら上神種もまた、多少の不安を抱えてはいるものの、笑いたい気持ちがあった。
その理由は簡単である。
「まさかこれほど分かりやすく罠にかかるなんて」
萌加様が笑顔で仰った。
「この手紙が届いたってことは、私たちが関西と連携をとっていることが漏洩していないってこと。上手くいったわね」
明様も珍しく喜びの表情を浮かべられていた。
「あとは安久斗の帰還が成功すれば完璧だな」
耐久様が頷かれながらそう仰った。
そう、全ては思い描いたシナリオ通り。
南四連邦は、まんまと僕らの罠にかかったのだ。
「あ、あの。お言葉ですが、本当に上手くいくのでしょうか……?」
しかしどうやら湊は本気で不安に思っているようで、萌加様たちにそう尋ねた。
「ま、たしかにあとは安久斗次第なところではあるわね。でも、そっちの根回しは昨日萌加たちがしたんでしょう?」
「うん」
湊の質問に明様がお答えになると、その流れで話題を振られた萌加様が頷かれた。
「栗伊門は、きっと協力してくれるよ」
「ですが万が一という可能性もあります。その場合はどうされるのですか?」
竜洋も湊と同じように不安を抱えているようで、そう尋ねた。
「なんとかなるよ。この書状が送られてきたことを今から百舌に報告すれば、きっと関西が黙ってないでしょ。もし安久斗が来なくても、宣戦布告の日付が分かっている時点でこっちのものだよ」
萌加様はそう仰って、筆を手に持って手紙を書き始めた。
察するに、酒居国に送る書状だろう。
関東に喧嘩を売られたのなら関西を頼ればいい。その伝手なら既に持っている。それならば使うだけだ。まだ誰も望んでいない世界大戦を誘発させる一歩手前まで、世界情勢を進めてしまえばいい。
「さて、じゃあこの手紙はまた妖精に任せて、わたしたちは国民の安全管理の話し合いに移ろうか」
手紙を書き終えた萌加様は、話題を転換した。
曰く、南四との戦争がもし開戦してしまえば、間違いなく国民生活に多大な被害を及ぼすことが考えられるとのこと。
それはそうだろう。どういう戦略で攻めてくるかは不明だが、想定できる戦法としては海上からの射撃と上陸、また鉄道を使って袋石や周知まで陸軍を輸送し、そこから越境してくる可能性がある。
安陵方面からの南下という可能性もないわけではないが、その領域は既に妖精連邦が広がり、濱竹の管理下にあるとも言えるため、動きがあればすぐに対応ができる。今のところ怪しい動きはないとのことであるため、あまり北部の山岳地帯からの南下は考えなくて良いだろう。
となれば、袋石・周知の国境付近や海岸線付近に住まう国民の疎開が急がれよう。
「国民の安全を確保するために、侵略想定地域に住まう国民は一度濱竹の昇竜行政区へ疎開してもらうべきではないでしょうか?」
僕が提案すると、
「少なくとも関東の戦艦の射程圏外に出したいよね」
と花菜が言う。それを受けて萌加様が仰った。
「渡海や濱竹南部の海岸線の防衛は濱竹水軍に任せて、袋石国境は濱竹陸軍に、周知国境は武豊軍に守ってもらうとして、兵役に従事しない国民は大智の言う通り昇竜の山に逃げてもらうべきかなぁ」
「でも、昇竜行政区に日渡濱竹の街に住まう全員が避難できるとは思えないわ。逃がすといっても、誰を優先的に逃がすか検討するべきよ」
明様がそう仰る。
たしかに、昇竜行政区の広大な山とはいえ、住める場所は決まってしまっている。平野部が限られる地域で、野生動物や人類の活動に怯えながら避難生活をしてもらうのは、いくらなんでもストレスが大きすぎるだろう。
それであるならば、避難対象となる国民に優先順位を付けて、限られた者を限られた安全地帯に送り込んだ方が良いのではないかと明様は仰ったのだ。
うーむ、あまり賛同できない考えなんだけど、戦争に巻き込まれて死ぬか人類や野生動物に喰い殺されるか、どちらの方が国民にとって幸せなのか考えなければならない。
「俺たちの描く戦略の上では、安久斗様の帰還が上手く運べば戦争被害は最小限に留まるのですよね?」
壱さんが明様に確認をした。明様は「そうね」と頷かれた。それを受けて壱さんは、
「でしたら、国民を全員避難させるのは変わりませんが、安久斗様の帰還が成功することに賭けて、武豊や濱竹の北行政区の奥浜名、北濱行政区といった比較的安全な地域にも避難できるようにしたら如何でしょう?」
「つまりは奥浜名や北濱、武豊に多大な被害が出ないという想定で国民を避難させるということか?」
それに耐久様が返された。
「はい。安久斗様が計画通り帰還してくだされば、想定される被害は現在のものよりも遥かに下回るはずです。ですので、それに賭けて……」
「賭ける、ねぇ……」
壱さんの意見に対し、明様はため息混じりにそう吐き出された。
「積極的に賛成はできないわね。戦争というのは、常に最悪の事態を想定しながらも戦局を動かすものだもの。最悪の事態が想定し得る状況で、その被害想定を敢えて下回らせて避難させてしまったら、取り返しの付かないことになりかねないわ」
明様はそう仰った。しかし、それに異を唱えたのは司さんだった。
「あの。では明様は、最悪な事態を見越して避難させる国民と避難させない国民を出すことはまだマシであると考えられるのですか?」
「それを国民に周知した上でやるなら問題ないと思うわよ」
「私はそちらの方が賛同しかねる考えに思えます」
明様のお言葉にはっきりと意見をぶつけた司さん。彼女とはそれほど関わったこともないし、性格もよく知らないが、今までの様子を見る限りでは湊と同じように比較的おとなしい性格かと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。
どちらかと言うと竜洋と似ているのだろうか、普段はおとなしいけれど、言うときはビシッと意見を言う性格なのかもしれない。
「……」
明様は否定的な意見を受け、少し考えられてから、
「確かに、双方の意見を混ぜれば上手くいくのかしらね」
と仰って、
「壱の言うように避難できる地域を広げてもいいかもしれないけれど、想定は常に最悪な事態を考えておくべきだわ。だから、避難させる国民には優先順位を付けて、優先的に守らなければならない民は昇竜の安全地帯へ、それより優先順位が劣る民は奥浜名や北濱、武豊に避難させるっていう方針で良いのかもしれないわね。その場に留まってもらうより幾らか安全でしょうし」
「とはいえ武豊は陸からの攻撃を受ければ戦場になり得る場所です。またもし武豊が占領されれば、昇竜の二俣市街も目と鼻の先になりますので、激しい攻防戦が行われる可能性が高いと存じます。ですので、武豊への避難はそう簡単に決断するべきではないと存じますが……」
ここで意見をしたのは花菜だった。
「それは安心して良いんじゃないかしら?」
明様がそう返されながら、耐久様の方を見られた。その視線に耐久様は「うむ」と頷かれ、
「既に手は打っている。敵軍はそう簡単に武豊へ辿り着けぬだろうと踏んでいる。特に最新技術に頼る関東の兵ならば尚のことな」
と仰った。
「何か作戦があるのですか?」
湊がそう尋ねると、耐久様はまたも「うむ」と頷かれて、
「今に分かる。妖精にはもう命じておいたからな」
と仰せになった。
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靜国神務局の一画に、靜連邦の有力紙である日刊靜の編集部が置かれているが、その編集部に恐々とする話題が飛び込んできたのは、冬至前83日の未明であった。
「おいっ、すぐに記事書くぞ!」
編集部は慌ただしくなった。そこに飛び込んできた話題とは、
「西部に続く鉄道橋と隧道、街道の橋が、大小問わず全部破壊されたらしい!」
とのことだった。
「井谷か!?」
「いや日渡だろ!」
「憶測で話をするな! いま各国の軍が動いて調査に当たっているとのことだ。しばらく待て」
「待ってもいられまい! 号外にして速報を配る! だが分かっていることだけを書け!」
「いいや、憶測も入れろ! 敵国がやったのは明白だ、井谷か日渡と、そう書け!」
先ほどまで仮眠を取っていた編集部は、いきなり舞い込んだ大ネタに騒がしくなった。
そして色々な意見が飛び交う中、もうひとつ報告がもたらされた。
「島谷の情報局から追加情報! 鉄道で日渡まで軍隊を移動させていた南四連邦の軍隊が、大井谷川の大橋梁が破壊されたことで島谷国から動けないとのこと!」
「なにっ!?」
「街道も橋が落ちているので、開戦予定日時までに陸戦力の到着が間に合わない可能性があるとのことです!」
鉄道は大量輸送を実現する。陸戦力をそのまま内陸まで、侵攻したい場所の近くまで運ぶことができる。
しかしその鉄道の橋やトンネルが破壊されたのなら、鉄道は使い物にならなくなり、物資の輸送は困難になる。
では歩いて向かおうかとなるが、こちらも橋を落とし、トンネルを崩し、通行困難な状態にしてしまえば、歩兵はともかく戦車などの大量破壊兵器はそう易々と運べない状況になるのだ。
まだこの時点でこの犯行が誰によるものかはっきりとはしていないが、号外を配る頃、これを行なったのが濱竹が管理下に置く妖精連邦の“連邦警衛団”であることが明らかになった。
よって、この鉄道・街道の設備破壊、それに伴う南四連邦軍の進路を妨げた者は、日渡国であることが明らかになった。
日刊靜はその日の夕刊で、この事件を次のように書いた。
『連邦の要道、悉く破壊される!
日渡国、その存亡をかけた必死の妨害工作
本日(冬至前83日)未明、靜国より西の濱竹街道および鉄道の橋梁、隧道がその大小問わず全て破壊されるという、我々連邦民の生活をも脅かす事態が起きた。それを起こしたのは、我ら靜連邦で叛逆的活動を続けている日渡国であることが明らかになった。声明は出ていないが、その目的は日渡国を攻撃しようとしている南四連邦からその身を護るためであると明白であるが、実に短絡的な思考であり、同時に無駄な抵抗であり、そして甚だ迷惑な事態である。日渡国を攻撃するべく鉄道で進軍していた南四連邦の陸軍隊は、大井谷川の東岸(島谷国)にて足止めを喰らい、鉄道での進軍を諦めざるを得なくなり、現在大井谷川を船にて下り海に出て、袋石国の浅瀬地区まで向かっている。賊は必ず征伐される。無駄な足掻きをしても意味を成すわけがなく、文字通り“無駄”なのである。南四連邦より宣戦布告されている日渡国は、井谷国よりも先に降伏するだろう。もし彼の国が冬至前80日までに降伏しなかった場合、その時は日渡と濱竹の文字が地図より消え去ることを意味している。そんな状況になれば、我々は喪失感を多少なりとも抱きながらも、日渡国の最期を受け入れ、そして見届ける責務がある。破壊行為を受けた連邦各国はこれより忙しくなるだろうが、その破壊は日渡国が生き残るために足掻いた痕であるが故に、破片などを保存するのも彼の国があったことを後世に語り継ぐために良い代物と言えるのかもしれない。この事件に関して、我らが靜の三大神の一画するが様は「気にしてくれるな。往来設備の破壊は褒められる行為ではないが、こんな程度の妨害など擦り傷にも及ばない」と仰せになり、「日渡国にしてみれば、その身の存在を敵に印象付ける最大の好機となったのだ。あとは当事者に任せて見届けるのが我々の責務であり、また戦争を始めた当事国である井谷の討伐こそ今我らが勤しむべき案件なのである」と語られた。』
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日を同じくして、冬至前83日。
関東統一連邦の分割統治下に置かれている新干潟連邦の、甲信連邦統治下の港湾都市、糸魚川。
この日、この港には濱竹の艦隊が入港する予定となっていたが、港の周囲は昼を回っても濃霧が発生しており、視界がほぼ確保できなかった。
待てども待てども濱竹艦隊は来ず、新干潟占領司令部の糸魚川支部長を務める小谷中将は、まず南四連邦に対して報告を上げた。
『霧深シ、濱竹艦隊確認デキズ。』
これを受けて、占領政策の事実上トップを務める済田政樹は、
『あと1日待て。なお新潟港や直江津港に問い合わせて戦艦の確認報告がないか確かめよ。』
と連絡を送り返した。
そして翌日の冬至前82日。またも霧が濃く、目視による確認は不可能であったため、小谷はまたも、報告を上げて、
『二日ニ亘リ霧深シ、濱竹艦隊視認デキズ。尚未ダ寄港セズ。』
と南四連邦に送った。
濱竹がサハ大陸を出てから丸2日。普通に海を航行すれば、もうとっくに糸魚川に着いているはずだが、まだ寄港しないのだ。
また、他の港でも濱竹艦隊を目にしたという報告はなく、艦隊丸ごと行方不明となってしまったのだ。
しかしこの日の深夜、南四連邦の元に北守連邦の秋田港より報告が入った。
それは、
『海岸線に濱竹製の船の部品が複数漂着している』
という内容だった。
これを受けた済田政樹は、北守連邦で行なっている軍事演習を停止し、また新干潟に駐在している軍隊も含めて、関東統一連邦で手が空いている部隊総出で秋田沖の日本海に向かうよう指示した。
濱竹艦隊が難破している可能性があると、そう判断したのだ。
この濱竹艦隊難破疑惑は、翌日の冬至前81日に日刊靜によって大々的に報じられた。
また濱竹艦隊が本当に沈んでいたとなれば、日渡の戦意喪失にも直結する話であり、これを報じない手はなかった。
『濱竹艦隊、北守連邦沖合にて難破か?
複数の濱竹製部品が秋元国沿岸に漂着
昨日(冬至前82日)深夜、関東統一連邦所属北守連邦秋元国沿岸に、濱竹製の船用部品が複数漂着していると南四連邦の情報局に報告が入った。濱竹国の主力艦隊は、冬至前84日に北端領土のサハ大陸を出発し、83日には新干潟連邦の糸魚川港に入港する予定だったものの、82日の時点でも未だ入港は確認されておらず、行方不明の状態となっていた。南四連邦の済田政樹祖神は、濱竹艦隊が何かしらの要因で北守連邦沖合で沈没した可能性があると見て、関東統一連邦の軍を派遣して調査および捜索に当たっている。我らが靜の三大神の一角あおい様はこれに関し、「濱竹艦隊が沈んでいたのなら非常に残念な事案だ」と仰せになり、「今後、関東統一連邦と細かく情報を共有しながら、我々も濱竹艦隊の捜索に尽力していく」とお話しになった。もし濱竹艦隊が沈んでいたのならば、南四連邦と真正面から戦争に挑もうとしている日渡国にとって、絶望的な状況と言える。今後の日渡国の行動に注目が集まる。』
この新聞が発行された冬至前81日が、日渡国にとって事前降伏する期日であった。
朝に発刊された新聞は、特別に袋石国から昼過ぎに日渡国に届けられた。
その記事を見て、関東に事前降伏をするかしないか、日渡の神治首脳部は話し合いをすることになった。
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濱竹艦隊が、沈んだ……?
いや、そんなはずはない。
僕はこの考えを変えるつもりはない。安久斗様は帰ってくる。必ず、帰ってくる。
そう簡単に沈むはずなんてないんだ。
だって、ほら。新干潟だって計画通りじゃないか。
何も心配することはないさ。
何も、何も、何も……
ーーーーー
ーーー
ー
神紀5000年、冬至前81日、深夜。
「日渡は降伏しなかったな」
靜国、静岡神社にて、東輝洋介は靜するがに嗤った。
対するするがは、黙ったままコーヒーを飲んだ。
「いいのか? 日渡、本当に滅ぼすぞ?」
洋介はするがに意地悪くそう訊いた。
「お好きにどうぞ」
するがはコーヒーを机に置きながらそう答えた。
「よっしゃ、ならば秒で終わらせてやる。夜には日渡の神、臣、巫女の首をこの机に届けに来てやるぜ」
「そんな物を部屋に入れないでくれ」
ため息混じりにするがは返すと、
「で、妨害工作はあったけど、陸戦力は無事に袋石と周知に着いたのかい?」
と洋介に尋ねた。
「陸戦力は諦めた。袋石までは持っていけたんだがな、周知までは運べそうにない。だから、海から砲撃して、あらかた障壁を潰してから上陸して、一気に蹂躙することにした。貧弱な国に対してはこれでも過剰すぎるだろうけどよ」
洋介は調子良く笑いながらそう言った。
「そ」
するがはそれだけ言って、またコーヒーを飲んだ。
コーヒーを飲みながら、今日は眠れなくなりそうだとそう思っていた。
「それより、そっちはどうだ? 井谷討伐の総攻撃、上手くいきそうか?」
洋介がするがに訊くと、
「おかげさまでね。日渡方面を引き受けてくれなかったら不安が残っていただろうけど、この調子でいけば予定通り明日の朝には連邦の全軍を以て侵攻できそうだよ」
とするがが答える。
「そうか、ならば良い。これで終わらせよう。そして共に手を取り合って、連邦の開発に本腰を入れよう」
洋介にそう言われて、するがは空になったコーヒーカップを机に置くと、
「もちろん。よろしく頼むよ」
と洋介に手を差し出した。
両者は硬く握手を交わした。
その顔はお互い笑っていたが、その笑顔の裏で、お互いの純でない思惑が交錯しているようにも見えた。
そして、ついに翌日、冬至前80日を迎えた。
日の出と同じくして、渡海からおよそ20kmの場所、崖川国の沖合5kmの位置から、南四連邦が誇る巨大戦艦『みらい』を中心とする第一艦隊が日渡国に対して艦砲射撃を始めた。
姿も見えない場所から唐突に降り注ぐ大きな弾は、渡海の福田港周辺を激しく襲った。
渡海には沿岸部に濱竹製の砲台が設置されていたが、それは敵の姿が見えなければ意味を為さない。
水平線が視認できる距離はおよそ15km、対して戦艦『みらい』の射程距離は20kmを超える。
現在は、姿が見えない場所からただただ攻撃を受けるだけなのだ。
しかもこの日は朝霧が立ち込めていて、お世辞にも視界が良好とは言えなかった。
渡海の砲台を守る濱竹兵は、いつ自分たちに降り注ぐか分からない炸裂弾の恐怖に怯えながら、ただただ敵を待ち続けていた。
着弾からの炸裂、爆発音が何度も聞こえ始め、一方的に蹂躙される未来が誰しもの脳裏を過ぎる。
なす術なしとは、まさしくこのことであった。
関東統一連邦の第一艦隊にとってみれば、あまりに余裕すぎる戦いであった。
反撃してくる戦力はなく、向こうが持つ大砲の射程圏内に近づかなければ良いだけの話なのだ。
沿岸部に弾を撃ち続け、防衛設備を徹底的に破壊してから上陸を仕掛ければ、何もかもが上手くいくはずなのだ。
難しい作戦を立てるまでもない。
今はひたすらに、霧の中から撃ち続ければいいだけなのだ。
艦砲射撃を始めてから、およそ30分が経った。
このとき、既に渡海沿岸部から中心街にかけてはほとんどが消失しているものと考えられ、そろそろ霧も晴れ始めるため上陸に向けた準備に移ることとなった。
崖川の沖合およそ5kmの位置から着々と日渡沿岸に近づいていく第一艦隊。揚陸艦も、袋石にいる陸兵を集めながら艦隊に合流する。
それを指揮するのは、八王子奥多摩助である。
そう、この奥多摩助は、先のサハ戦争の幌筵島要塞戦にて亡くなった奥多摩紘の息子である。
南四連邦の名指揮官であった九王篤郎大佐が抱えた上神種、八王子家の現在の家長である。
これが彼にとって初めての戦争で、武功を立てられるまたとない機会だったのだ。
相手は卑しい靜連邦の小国、しかし超大国濱竹を占領しているため、この小国さえ倒せれば濱竹をも下したという扱いになるのだ。
こんなに美味しい話はない。
九王を重宝した東輝洋介の推薦もあり、16という若さでこの艦隊の指揮を任された。
霧が徐々に薄くなる。それと共に、奥多摩助が出陣前まで抱えていた多少なりともの不安も晴れていくかのように思えた。
「いつか、俺は篤郎様のような強い大佐になるんだ……!」
そう希望を抱きながら、その第一歩へと踏み出した。
その瞬間だった。
ヒュールルルル……という何かが飛来するような音を聞いた。
「っ!?」
そこから何秒遅れたか分からないが、遠くからドォォンという発砲音が聞こえてきた。
「大砲か……?」
などと思った時には、ドガーーーンという爆音と共に大きな衝撃波が艦を襲った。
「敵襲、敵襲っ!」
戦艦の中は唐突に忙しくなった。
「護衛艦『かずさ』、炎上! 破損激しく航行不能の様子!」
「乗組員の救助を!」
「砲撃角度から位置を特定しろ!」
「急げ、早くしないと次が来るぞ!」
「砲撃位置、特定完了! 方角……西、16km! 角度、251度、主砲射程圏内あり!」
「よしっ! 主砲、撃ち方よーい!」
即座に特定を済ませるあたり、さすが南四の軍隊である。
しかし、奥多摩助はとある言葉に疑問を抱いた。
「おい待てっ、西251度の16kmだと!? 間違いないか?」
反撃をしようとする部隊に慌ててそう訊いた。
「はっ、計算上間違いなくその位置だと特定できましてございます!」
「おかしいだろっ!」
奥多摩助はそう怒鳴った。なぜそう言うか、それは、
「西251度など、海の上ではないか!」
そう、海の上から攻撃されていたからだ。
「16kmならば、もうじき水平線から見えてくるはずだ! もう一度計算し直して、肉眼でも正体を確認した上で攻撃せよ!」
奥多摩助はそう指示を出した。
そして自分は艦橋に登ると、そこから北、北西、西の順に見渡してみる。
北には日渡国の陸地が微かに見える。黒い煙が立ち込めて、その地が燃えていることが分かった。艦砲射撃は意味を為していた。
北西には昇竜川の河口が、そしてその奥に薄らと濱竹が見える。艦砲射撃で弾を沿岸部に撃ち込んだため、日渡同様に濱竹からも黒い煙が見えた。
そして西を見る。西には海が続く。霧によってあまり視界はよろしくないが、何も見え……
「っ!?」
否、そんなことはなかった。
朝霧の奥、若干だが、灰色の何かが徐々に水平線から上がってきているように見えた。
奥多摩助は双眼鏡を覗く。そこに写ったものの正体を、奥多摩助よりも先に監視兵が告げた。
「敵艦確認っ! 西の水平線より上がる!」
朝霧の中から、朝日に照らされながら艦の影がちらちらと見え隠れする。
「どこの船だ!?」
奥多摩助は双眼鏡を凝らして、その艦を見る。そして徐々に霧が引いてきて、旗が確認できるようになる。
「あれは……!」
奥多摩助は声を上げた。それと同時に、
「敵艦、濱竹戦艦『新時代』と確認!」
という情報が入る。
「どういうことだ!?」
「なぜ西から来た!?」
「沈んだのではなかったのか!?」
様々な混乱が起きているが、それを奥多摩助が制止する。
「静まれっ! どこから来たかなど関係ないっ! 我らに攻撃した時点で敵だ! 皇神種の戦艦など討ち払うぞ!」
「「「おぉぉ!」」」
「目標、距離14km、方角、西249度!」
「主砲、撃ち方よーい」
「撃ち方よーい!」
そうして艦は再び『新時代』に向けての砲撃準備を始めたが、その最中で奥多摩助が双眼鏡でふと西を見ると、
「っ!? おい、待てっ! 待てっ!」
攻撃寸前で停止の命令を出した。戦艦『みらい』の主砲は、火を吹く寸前で止まった。
八王子奥多摩助が目にしたのは、
「報告! 敵艦多数が西の水平線より上がる! その数……少なくとも20……否、訂正、30を越える!」
監視兵のその言葉に、乗組員はまさかと笑ったくらいだった。
この話の主な戦闘
“日渡沿岸艦砲射撃”
神紀5000年冬至後80日明け方
(関東統一連邦第一艦隊VS日渡国)
→日渡国は占領下にある濱竹水軍に海岸の防衛に当たらせるも、目視できない敵艦隊に為す術なく攻撃を受けることになった。結果、渡海自治領と濱竹の沿岸部で複数箇所が破壊され炎上する被害が出た。
→関東統一連邦が渡海沿岸部から上陸しようとしたところで、何故か西より現れた濱竹艦隊に攻撃を受ける。




