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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
井谷戦争
98/107

2-22『強制参戦命令』

 神紀5000年、夏至後89日。


 井谷戦争の開戦から6日目を迎えた。


「この、ボロクソ技術めっ!」


 靜しみずは、関東統一連邦から購入した戦車のキャタピラを蹴り飛ばした。


 関東から購入した最新技術をありったけ投入しても、山間部での戦闘は全敗、井谷の侵攻を止めることはできなかった。


「なぜ井谷の戦車は山で戦えて、こいつは山で使えないんだ! ガラクタがっ! 油だけ喰いやがって!」


 しみずは戦車を蹴り飛ばしながらひとりで怒鳴っていた。


 しかし、靜が勝てない理由はひとつだけなのだ。


 井谷軍が山地での戦いに特化しすぎているだけなのだ。


 逆に言えば、平地に特化した南四連邦の技術が山で満足に使えるはずがないのだ。


 しみずはそれに気付かなかった。ただただ関東の技術だからと言って過信していたのだ。


「関東の技術は井谷にも劣る! あまりに酷いものを売られた! ボクたちは騙されたんだっ!」


 するがとあおいの前でそう怒ったしみずは、関東との手を切るべきだと提唱し始めた。


 するがとあおいは顔を見合わせて、


「少し落ち着いたら?」


「そうよ。使いこなせていないのは私っちの方なんだから」


 としみずを宥めるのだった。




 その2日後、下半暦の夜。


 南四連邦がとある声明を発表した。


「我々南四連邦は、関西統一連邦および中京統一連邦からの警告を受け、井谷戦争への介入を控えることとする。よって、靜への軍事支援を全て停止することとする」


 この声明を受け、靜するがは緊急で南四連邦との会談を申請した。


「直接的に参戦しているわけではないから、西からの警告に配慮する必要はないと思うんだけど」


 東輝洋介に靜するがが物申すが、洋介は笑いながら、


「だが、よく考えなくとも祖神国家が始神国家に負けるはずもないからな、東西対立を招いてまで支援する必要もないと思えたのだ」


 と言ってから、するがを見つめて、


「それに、お前の同盟国も参戦していないわけだしな。外部から介入するにもタイミングってもんがある。お前らが連邦内で揉みくちゃの状態になって収集が付かないんなら介入して治安を正すことが求められようが、まだお前らでなんとかできる状況にあるんなら俺たちが介入する必要性は薄いな」


「まずは連邦内でなんとかしろと?」


 するがが訊くと、「そうだ」と洋介が返してきた。


 するがは「やれることはやるが、井谷の強さは想定外だった。対策が間に合わなかった場合、長期戦へ持ち込むためにまた関東を頼るかもしれない」と洋介に伝えた。洋介はそれに対し「よかろう」とだけ返した。


「で、支援を中止するってことは靜連邦から引き上げるのかい?」


 するがが訊くと、「まさか」と洋介が笑って、


「俺たちは靜が戦争に集中できるように猪頭の開拓に力を割く予定だ。だから猪頭に駐屯する靜軍を引き上げて戦力の足しにしてくれても構わない。猪頭のことは安心して任せてくれればこちらで計画通り進めておくぞ」


 とするがに言った。するがからしたら猪頭の内政に思いっきり関東を関わらせることになってあまり気の乗らない提案であったが、井谷に尽力したい今、猪頭の開発に十分に手間を割けないのも事実であり、戦争に注力するために洋介の提案に乗ったのだった。


 そして会談を終えてするがが静岡神社に戻ってくると、神務卿の宇津谷うつのや英翠えいすいが焦ったように飛び込んできて、ひとつの朗報を持ち込んだ。


「申し上げますっ! 松野曙軍総長が僅かな手勢を従えて西方の昼居渡ひるいど神社に辿り着いたとのことでございます!」


「ほんとか!?」


 油野砲台の戦いで安否不明になってから、実に5日が経過していた。


 昼居渡神社とは、かつて靜と酷く対立した祖神種:日居渡ひいどもゆるが創設期(神紀1〜500年頃)に拠点としていたとされる社である。


 靜は燃を国域から追い出したあと、燃が築いた神社を地方統治の拠点として改修し、今も別荘地のような扱いで使っているのだ。そのうちのひとつが昼居渡神社なのであった。


「曙は無事なのか?」


 するがが訊くと、宇津谷卿は強く頷いて、


「情報によれば深傷を負っているとのことですが、命に別状はないそうです」


 と言った。するがは胸を撫で下ろした。もちろん松野が生きていたことに対しての安堵もあるのだが、それ以上に井谷軍による靜軍トップの殺害を免れたことに対しての安堵が強くあった。


「まだやれるぞ……!」


 するがは己を鼓舞するようにそう呟くと、


「呱々邏に伝えよ、全戦力を府中外縁に並べて反撃の準備をしろと」


「承知いたしました」


 井谷軍を迎え撃つために、静岡神社を中心に広がる市街地(府中)の外周に沿って全軍を展開するように、軍を指揮する臣に伝えるよう神務卿に命じた。


 神務卿が臣の元へと向かったのを見届けてから、するがは「よし」と頷くと、執務室に入って手紙をしたためた。




ーーーーー

ーーー




 冬至前90日。靜連邦加盟国に2つの報告が出された。


 まず1つ、日渡国が同盟を結ぶ井谷国に軍事支援を開始したということだ。


 日渡は開戦からおよそ10日目にして、井谷戦争への介入をし始めた。


 今まで井谷国を支援していなかったため、連邦諸国は鎖国した日渡には支援するほど余裕がないのではと推測していたが、その推測はここに来て覆させることになった。


 支援されたものが、濱竹製の平地戦車(濱竹第二級三型戦車)30台、濱竹製大砲(濱竹第四級二型大砲)200門、濱竹製銃と銃剣(濱竹第一級六型小砲第二世代と濱竹第一級六型銃剣)1000丁、濱竹製刀剣(濱竹型第六七六世代)5000本という大規模なものだったのだ。


 濱竹のものとはいえ、これほどの軍事力を国外に出すということは、鎖国している日渡に余裕がなければできない所業である。この支援に、各国は立ち位置の決定を迫られることになった。


 そして次の報告は、靜から連邦諸国へ送られてきた手紙だった。


 それはとてもシンプルなものだったが、連邦諸国にとっては最も嫌なものであった。


 それは『強制参戦命令』と題され、『統率国として命ずる。連邦全加盟国は靜と共に井谷とその同盟国を攻撃せよ。』と書かれていた。


 細かな内訳等は書かれていなかったが、参戦期日が『冬至前90日より10日以内』と定められていたため、各国は出陣の対応に追われたのだった。


 まず最初に動いたのは中部諸国の国々だった。


 銀谷、島谷、谷津の軍隊は冬至前88日に宇治枝国に集結し、宇治枝軍と合流した。そして中部諸国連合軍と名乗り靜国に入った。


 その頃の戦況を見てみると、靜軍が張った防衛線を井谷軍が突破しあぐねていて、府中を目前にして双方膠着状態に陥っていた。


 靜に到着した中部諸国連合軍は、靜軍と合流をして戦局の打開を目指すこととなった。


 井谷軍の山岳戦車を関東製の戦車で撃ち破り、ここから攻勢に転じようかというとき、井谷軍が濱竹製の三型戦車を前線に投入したことで再び戦局は膠着を迎えた。


 これが冬至前86日のことであった。


 その間に、西部諸国は日渡国から井谷国への物資供給ルートを断絶するために、周知国に軍を集結させていた。


 また、猪頭諸国と東部諸国の軍隊、また羽宮国と富田国の軍隊も富田国に集結しており、靜を目指して着々と進んでいた。


 連邦全戦力が、井谷戦争に投入されようとしていた。


 しかし、ここで井谷軍は防衛線を突破するために猛攻を仕掛けた。


 三型戦車が防衛線を崩すと、一気に砲兵や歩兵が流れ込み、連邦軍が築いた防衛線を壊滅させて走った。


 靜国府中の街中に銃声、砲声が鳴り響き、戦車が街並みを瓦礫の山へと変えていく。


 井谷軍の強さは、連邦全体を震撼させるものだった。


「おい靜! そろそろお前らが出ないと国盗られるぞ!」


 蛇松が焦ってするがに言った。つまりは神が前線に立って圧倒的な強さで戦争をコントロールしない限り、勝ち目がないと言っているのだ。


 しかしするがは「うーん」と唸ると、


「……ここまでかな」


 などとひとち、


「井谷は強いね」


 と蛇松に笑ってみせたのだ。


 蛇松はその笑顔の真意を知れず、ただ困惑するだけだった。




ーーーーー

ーーー




 靜が連邦全加盟国に強制参戦命令を出したことが僕ら日渡の耳に入ったのは、夏至前89日のことだった。


 井谷からもたらされたその情報に、僕らは恐怖した。


 靜連邦の全加盟国は、冬至前80日までに井谷と日渡を攻撃しなさい。


 簡単に言えばそんな内容であったため、これはいよいよ有事に備えて動かなければならないと決意したのだった。


 え、元から備えておけって?


 まぁそりゃある程度は備えたけどさ、自国の軍隊だけでは連邦全加盟国を相手取るのは無理があるわけだ。


 つまりは、応援を呼ぶ時間が欲しいということだ。


「こうなることは分かっていたことよ。恐怖してないで、早く関西と中京に連絡しなさいな」


 明様が僕らに命令なさる。とはいえ僕らが大っぴらに外に出向くわけにもいかず、使者として妖精連邦の幹部、春野さくらを抜擢した。


「でも、靜連邦の戦争に他連邦を巻き込んでいいのかな……」


 萌加様が不安そうにそう仰った。明様は「何を今更」と呆れておられたが、萌加様の、


「連邦でなんとかできることだったら、極力連邦でなんとかするべきだと思うの。土地に対する想いや、神々の性格だって理解があるに越したことはないと思う」


 というお言葉に「それもそうね」と頷かれた。


「だが、この状況で連邦内でなんとかできるだけの戦力を集められるのか? どっかの国に寝返ってもらうとか、そういう方法しかないように思えるが」


 耐久様がそう仰ると、萌加様は「まだあるよ、切り札」と首を左右に振られた。


「あったか?」

「さぁ、どうだか」


 耐久様の疑問のお声に明様はとぼけられたご様子でお返しになった。そんな明様を見て、「あるんだな」と耐久様は確認なさる。その確認に明様は首を傾げられ、萌加様の方を見られた。


 萌加様は頷かれると、こう仰った。


「安久斗を北端サハから呼び戻すんだよ」




ーーーーー

ーーー




 今日は冬至前86日か。


 濱竹ではまだまだ冬の訪れは感じない季節だが、サハはだいぶ冷え込んできた。これが北端ということか。


 サハにおける調査はそろそろ終わりを迎え、残すところは狂人化計画の試験運用の結果を待つのみとなっている。


 本格的に冬が来る前に撤収したいものだな。


「安久斗様、こちら計画の試験結果でございます」


「うむ」


 おなから渡された資料に目を通すと……なになに、『人類は想定よりも協調性が高いが20日も経てば自ずと対立し計画を遂行するに充分の機能を発揮する』と。


 なるほどな、つまりは計画の期間を少し延せば支障なく成し遂げられるやもしれんということか。


「ふむ、上々じゃないか。計画期間の上限を40日から60日に延ばす。年に実施できる回数が9回から6回に減ってしまうが、今回のデータを踏まえれば、こうした方が実験成功の確率が上がるはずだ」


「安久斗様の仰せのままに。では、そのように進めます」


「期待しているぞ」


 さて、人類に能力を付与できる日は来るのだろうか。楽しみに待っておこう。


 これで、サハでやるべきことは全て終了した。引き揚げの準備に移ろう。


「ひくまはいるか?」


「はっ、ここに」


「3日後、サハより撤退して国に戻る。それまでに全ての支度を整えるよう急げ」


「はっ」


 俺はひくまを呼んで指示を出した。


 これでよかろう。あとは国に戻って、萌加から主権を返してもらえば……


「あ、安久斗様っ!」


 いきなりひくまが戻ってきて、慌てて俺の名前を呼んだ。


 ……面倒事が起きそうな予感だ。


「どうした?」


 訊くと、


「た、たった今、真岡まおかより入った報告によりますと、間宮海峡タタールストレイトに関西統一連邦の艦隊が侵入したとのことです!」


「なんだとっ!?」


 いや待て、どういうことだ!?


「おい関西と言ったか?」


「はいっ!」


「関東ではなく?」


「私も確認しましたが、間違いなく関西の北陸連邦の艦隊だと」


 関東なら分からなくもない。距離的にも近いし、協商として共に様々な事業を為している。それになにより、関東は異世界扶桑に占領地を持っている。そこに向かうために海峡を通ることも想定できないわけではない。普通は海峡ではなく、サハ大陸の東に広がる北端の海を通るはずではあるが。


 しかし、関西となると話は別である。大連邦協商に属するわけでもなく、協力はしたが直接サハを倒したわけでもなく、北端に来るような用事はないはずだ。


「それで、その艦隊をどうした?」


「向こうより『敵意はない』『戦闘は望まない』という信号を受信しておりますが、領海侵犯であるのは事実であるため船に当てないように沿岸の大砲より警告射撃を行なっております」


「向こうの反応は?」


「進むことをやめませんが、攻撃してくることもありません。ひたすらに北を目指しているとのことです」


 北を目指している、か。となると、ここの沖合に来るのも時間の問題か。


「ならば分かった、俺が直接港に出向いて船に対して信号を送る。沿岸部隊には警告射撃を止めるように指示しろ。ただし、向こうが敵意を示したら容赦なく沈めよ。警戒を怠るな」


 関西はなぜわざわざここまで来たんだ?


 領地を持っているわけでもなく、戦争をするわけでもないだろうに。


 しかし目的なくここに来るなど考えられない。真意を聞き出さねばならん。


 ここのところ、靜からの報告も一切ないし、現在連邦で何が起きているのか知ることもできない。もしかしたら、何らかの理由で靜が関東と手を切って関西に乗り換えた可能性もないわけではない。


 しかし、それにしても靜からの情報が途絶えたのは少し不可解ではある。井谷との戦争が始まっているのか、それともまだ始まっていないのか。


 関東による侵食が本格化して取り返しがつかない状況になってしまった可能性もないわけじゃない。


 今まで靜からの情報は関東を経由してもたらされていたが、それがなくなったというのは不安だ。関東と靜の間に何かあった、もしくは関東が俺にわざと情報を与えないように手紙を堰き止めているのか。


 いずれにせよ、サハより外の情報を知るのは難しい状況に置かれてしまっている。


 ()()を実行するためにも、発案者である靜にくたばってもらっては元も子もない。


 ……関東に計画が露呈したのか?


 それも困る話だが、関東がその計画を知ったところで今更何かを仕掛けてくるとは思えない。元より分かりきっていたことだろうし、どうせ想定済みであろうからな。


 俺たちが何かを企てているように、関東も、関西も、きっと何かを企てている。


 情報が届かない理由があるはずだし、得られる限られた情報が正しい保証もない。


 だがそれでも、靜連邦の現状をどんな形であれ知る必要がある。北陸が有益な情報を持っているかは分からないが、聞かない限りは始まらない。


 予定通りに出発できるのか、それともできないのか。帰還ルートをどうするべきなのか。それらを検討する材料が欲しい。


 情報が手に入らないと嘆いているくらいなら、情報を掴み取りに行ってしまえばいいのだ。


 さて、洗いざらい吐いてもらおうか。


 覚悟して海の上を漂っていろ、侵入者め。




ーーーーー

ーーー




 安久斗が港にやって来ると、思ったよりも小規模な艦隊が海を進んでいるのを目視できた。


 見る限り木造船で、関東やサハの文明が入り込んでいるとは思えない規格だった。


 関西統一連邦所属の北陸連邦。靜連邦とは一切の関係がないし、サハ戦争においても何か貢献したわけでもない。それどころか、協定の会議においては口を出してすらいない。


 なぜここにいるのか、全くもって見当がつかない相手であるのだ。


 安久斗は港から船に向けて信号を送るよう、信号員に指示した。


『ニュウコウヲ キョカスル ワガモトニ キタレ クリカエス ニュウコウヲ キョカスル ワガモトニ キタレ』


 入港許可の信号を送ると、船からは次のように返ってきた。


『アズカリシ テガミノミ オキテ スグニ サル ナガイハ セヌ ユエ ソチラノ テハ ワズラワセズ クリカエス アズカリシ テガミノミ オキテ スグニ サル ナガイハ セヌ ユエ ソチラノ テハ ワズラワセズ』


 手紙だけ置いて直ぐに去る、長居はしないから手は煩わせないとのことだった。


「手紙だと?」


 安久斗は神妙な顔つきで、北陸の艦隊が港に来るのを待った。




 数十分して、船は港に入った。


 中から出てきたのは、関西統一連邦所属の北陸連邦祖神国家、加賀沢かがさわ国の海軍総司令部指揮官、大野おおの日吉にちよし大将とその指揮下にある海兵隊であった。


 加賀沢の海兵隊がタラップから続く通路を挟むようにズラリと並び、通路に向けて敬礼をする。その通路を大野が堂々と歩く。


 対して濱竹側は、通路の先に軍総長の中田島砂太郎が立ち、その後ろに水軍長官の舞阪幾季と、水軍参謀総長の東陽ころんが、そして彼女らに率いられるように水軍の最エリート層である第51師団が控え、大野を待っていた。


 大野日吉が中田島砂太郎の前に来てピシリと敬礼をした。


「関西統一連邦所属、北陸連邦の盟主加賀沢国、海軍総司令部指揮官、大将の大野日吉。突然の訪問にも関わらず寄港の許可、まことありがたく存ずる所存」


 砂太郎も彼に敬礼をしながら、その言葉に返した。


「靜連邦、濱竹国軍総長、中田島砂太郎である。ゆえありて本国ではなく、設備も充実せぬこの北端での迎接となり、こちらとしても詫びねばならぬ案件と存ずる所存」


 そのような会話を終えると、お互いに敬礼を下げ、目を見合って、砂太郎から手を差し伸べて握手を求めた。その手を大野が取って握手が為されると、それぞれの軍兵が拍手をする。


 港は拍手の渦に飲み込まれた。


「ようこそ、北端へ。では、こちらに」


 砂太郎が大野を導いて、港にある応接館へと案内した。


 応接館では、即席ではあるものの関西からの使者を迎え入れる用意が完了しており、大野は砂太郎に導かれるがままに応接間へと入った。


 するとそこには、濱竹安久斗が座って待っていた。


 安久斗は皮仕立ての茶色いソファにどっかりと腰掛け、珍しく葉巻を手に持ち、その煙に向けて鋭い視線を向けていた。


 大野が扉から入ってくるのを確認すると、安久斗は灰皿に葉巻を軽く叩き灰を落とした。


「座り給え」


 カンカン、と音を立てた灰皿と同時、安久斗は大野に指示を出した。


 ここまで、安久斗は大野を一度も見ていない。当然大野もそれは理解しているのだが、皇神種とはいえ気押されるような態度と気魄きはくに内心で怯えを感じていた。


「関西だな? 船の旗を見る限り北陸か。こんなところまで何用だ?」


 安久斗は葉巻を吹かすわけでもなく、ただただ自然と燃焼する際に生じる煙を眺めながら、しかし声には威圧感を含ませて大野に問うた。


 まるで大野個人には興味もへったくれもないと言わんばかりに名前すら尋ねず、どこからの遣いなのか推測っただけで話を進め、目的だけを問うたのだ。


 これには大野も、さすがに不快に感じた。


 とはいえ上神種が永神種に逆らうわけにもいかず、まして初対面の他国、他連邦の神ともなると不快感を全面に出すことも躊躇われて、


「ある国の神より、文を預かっております。それを届けに参った次第です」


 と目的を語った。安久斗はその答えに「ふむ」と唸ると、


「わざわざ北端までとは、御苦労なことで」


 とくだらなそうに言った。まるで他人事、そして来たことが迷惑であるかのような振る舞いで、大野は徐々に腹が痛くなってきた。


 キリキリと胃が痛む中、思い切って大野は安久斗に言葉を発する決断をした。


「あの……」


「とはいえ俺は、直近で使者が来るような取引を関西とした覚えもなければ、まして北陸など無縁の地だ。そう簡単に信用もできなければ、本来なら寄港の許可さえ出すべきでない相手であることは知っているよな?」


 ここで初めて、安久斗の視線が大野に向いた。その目は鋭く、厳しく、そしてたなびく煙によって霞み、大野は畏怖せざるにはいられなかった。


「ぞ、存じております……」


 大野が萎縮してそう言うと、安久斗は「はぁ」とひとつため息を吐いて、一度も吸っていない葉巻をギュッギュッと灰皿に押し付けて火を消した。


「ま、そういうわけだ。俺に感謝しろ、今日ここに来れたことを。お前らの木造艦隊など、本当なら容易く沈められたのだからな」


 安久斗の言葉に対し、大野は「それならこちらも反撃できたがしなかったんだ、感謝しろ」と言い返してやりたかったが、流石にそんなことは言えず、


「ありがたく存じます」


 と返して頭を下げた。


「で、手紙と言ったな。どこからだ?」


 安久斗は大野にそう訊いた。その安久斗の顔つきが、今までのような険しいものから幾分か柔らかくなったように大野は感じていた。


 葉巻の煙がなくなったからかもしれないが。


「上からの命令ですので、どこからかは私も存じておりませんが、関西の桜咲国、もしくは酒居国より回ってきているものかと」


 大野の言葉に安久斗は首を傾げた。


「出所が分からないのか? なのに俺に届けろと言って来たのだな?」


「はい。確かに『北端の大陸にいる濱竹安久斗皇神に届けよ』と仰せ付かって参りました」


 妙なことだと安久斗は思った。桜咲は現在濱竹と交流を持っているわけではない。酒居なんぞ、どこの国家なのか聞いたこともない。なのに向こうは安久斗が北端にいることを知っていて、わざわざ艦隊を動かして手紙を寄越して来たことになるのだ。


 手紙を届けてきた理由として考えられ得るのは、関東が靜連邦に干渉していることに対抗して、関西も干渉しようとしてきているという思惑程度である。


 しかし、それならばまずは濱竹本国に文が渡るはずだと思った安久斗は、


(……日渡か)


 本国に関西から手紙が届けば、自ずとそれは濱竹を占領する日渡の元に届くということになる。しかし日渡が「安久斗は北端にいる」と言って手紙を関西に突き返したのであれば、その手紙が回り回って今こうしてここにあるのも不思議ではないというもの。


 そして経由地に過ぎなかった北陸には出所が伝えられず、この不明な手紙が出来上がっているのだろうと安久斗は推察した。


「よかろう、預かろう」


 安久斗は大野から手紙を受け取った。


 真っ白い紙に包まれ、そこにはやはり出所の記載はなく、その紙を開くと中からまた紙が出てきて、そこには『酒居国ヲ経由ス』という文字だけが裏に書かれて、またその紙を開くと、ようやく書状が出てきた。


 しかも1通ではなく、2通。


 1通目の宛名は“濱竹安久斗殿”、出所は“関西統一連邦盟主桜咲メグ”と書かれていた。やはりか、と思った安久斗であったが、2通目の出所を見て驚いた。


「むっ……?」


 そこに書かれた名前は『日渡萌加』となっていたのだ。


 どういうことだと混乱する安久斗だが、自身の仮説を基準に整理すれば簡単なことであったと結びついた。


 靜連邦への干渉を求めて濱竹にやってきた関西はおそらく日渡萌加と会談をし、安久斗が北端に居ることを知ったのだろう。


 安久斗に直接届けたい内容があったため、萌加との会談とは別に濱竹に文を送ることを決めたが、その際に萌加が「ついでに安久斗に届けてくれ」と頼めば、この2通の書状が完成するというわけだ。


 自分の仮説に納得をしながら、まずは萌加のものから開いていく。




ーーーーー

ーーー




『宛濱竹安久斗皇神

 変わりなく日頃精を出されていようか。北端の凍てつく寒さを思い出せば、日渡濱竹双方において神治に関与する皆が貴方の体調を案ずる也。

 さて、こちらの現状を手短に伝えはべり。

 靜連邦より反靜、反関東の色が強き書状を送る事は不可能となれり。その由、実に関東の干渉激しく、蛇松によれば南四の検閲に引掛かりて連邦内の文通すらママならぬ事態也。

 我が国、濱竹を保護下に置きし事靜の逆鱗に触れ、夏至後63日、靜国戦艦『勇敢』が渡海に主砲2発打ち込めり。これを以て靜との交渉決裂に終わり、我が国濱竹含めその権限行き届く全ての領域を封鎖したり。よりて交易国は靜連邦加盟国に限れば井谷国のみとなりつ。しかれども国閉じれば存亡限りなく後者のみの選択、これ打開する為、関西統一連邦商参謀酒居殿の力を借りれば、国、完全封鎖が完了せり。

 濱竹を封じられし靜連邦諸国、混乱を極めし最中、靜と井谷ついに戦争に入れり。初動にて干渉国家、我が国含めナシ、関東に支援されし靜優勢かと思われしも、その実井谷が優勢也。靜、初戦より連戦連敗を続け、遂には府中外縁に防衛線を張りつ。而して連邦全加盟国に強制参戦命令を下し、冬至前80日迄に井谷及び我が国を攻撃せねばならぬ由。靜、大層立腹につき、我が国は存亡の危機に立てり。窮地脱するべく、至急濱竹主力軍隊及び安久斗神に御戻り給いたく候。

 依日渡萌加始神』


 ……はぁ?


 おい待て、日渡が濱竹を抱えたまま国を閉じて井谷以外の連邦加盟国との交易を絶っているだと!?


 靜は今まで、そんなことを報告して来なかったぞ?


 いや、それよりも、既に井谷と靜の戦争は開戦していたのか。


 しかも関東の技術を有する靜が劣勢、連邦独自技術で軍事力を備える井谷が押していると。


 靜は痺れを切らして強制参戦命令を下し、井谷と日渡を攻撃するように言った、か。


 冬至前80日に戦火が拡大するとして、それまでに国に戻らねば、もれなく日渡の占領下にある濱竹も連邦加盟国から攻撃を受けることになるのか。


 しかし萌加の言い方、これは俺に援軍を求めているということか?


 靜に歯向かって生き残れるわけがなかろう、俺は皇神種だぞ?


 とはいえ、今の戦況を顧みれば、靜側に着くのが必ずしも良いとは限らないだろうな。


 本当なら北端でもう少し様子見しておきたいところではあるが、そんな悠長なことをしている暇がないのは事実だろう。


 ちょうど戻ろうとしていたところだ、予定を早めて明日にでも出れば、83日には濱竹に着ける。


 靜側で参戦するか、井谷側で参戦するかは、道中で決めるで十分だろう。


 で、だ。


 桜咲メグは何を言って来たんだ?


 手紙を開いてみると、


『筋は明かせぬが情報ひとつ。

 関東統一連邦は、東北の潮目にて軍事演習を行う由。

 開始の合図は貴殿が北端を発つ時なり。』


 ……そういうことか。


 靜が手紙をよこさなくなった理由、それは遣していないのではなく、遣せなくなったのだろう。なぜなら関東がそれを止めているからか。


 関東は靜連邦への干渉を強めている。力を持つ濱竹と靜を限りなく切り離し、濱竹おれが国にいないことを良い事に本国を潰してしまおうということか。


 そして危機に気付き戻ろうとしても東北沖で軍事演習をしてしまえば、俺が易々と戻って来れなくなる。その間に濱竹と日渡を陸海双方から攻めてしまえば、連邦西部の力を著しく削れるという考えだろう。


 潮目における軍事演習などを行えば、太平洋航路で我々は帰ることはできなくなる。となれば日本海航路で戻る他なくなるが、靜連邦の軍隊が入れる海域は大連邦協商の範囲内、すなわち関東の占領下にある新干潟連邦沖までに限られ、関西統一連邦の主権が及ぶ範囲には立ち入ることができないことになっているため、新干潟まで船で移動したら、徒歩で甲信連邦を通り抜け、昇竜川に沿って南下し、濱竹まで抜けるしかなくなるのだ。


 それでは余裕で15日くらいかかってしまう。


 そんなことをしていたら、強制参戦命令によって我が国は……


 そんなことを思っていたら、桜咲からの手紙の残った文章に目がいった。


 そこに書かれた内容に、俺は思わず笑みが溢れた。


 当然そうでなければな、関東と対立する者ならば。




ーーーーー

ーーー




「安久斗の帰還を不透明にする、ですか?」


「そう」


 神紀5000年、冬至前85日。


 安久斗が北端を発つと思われるその日、日渡萌加は安陵栗伊門との会談に臨んだ。


「なんでまたそんな面倒なことをするのです? 彼が堂々と戻ることは、日渡と井谷にとってみれば戦争の勝利の前祝まえいわいのようなものでしょう。英雄の帰還と言わんばかりに、大々的に迎え入れた方が士気としては高まるはずですが」


 栗伊門が萌加に言うが、萌加は「それじゃ間に合わないの!」と若干腹を立てた様子で言い返し、


「関東の一員なら知っているんでしょう? 日渡と濱竹はもうすぐ攻め込まれる。靜連邦の全戦力を投入されて、井谷と共に侵略される道にあるの。それまで残りは5日。安久斗が堂々と帰ってくる時には、国がないかもしれないんだよ!?」


「ですが濱竹が糸魚川から歩こうとも濱竹に戻るまでたかが15日です。靜連邦の貧弱な軍隊が相手なら、あなたたちの全戦力を合わせれば持ち堪えられるでしょう?」


 だからこそ、安久斗には堂々と帰還させるべきであると栗伊門は主張した。


 しかし萌加は納得を示さず、


「それじゃダメなの。状況は好ましくない。相手の考えを欺くような、絶対に想定できないような、大きな“予想外”をやらない限り、わたしたちに勝ち目はないよ」


 と言って見せた。


「とはいえ安久斗が堂々と帰還することも、相手に取ってみれば十分“予想外”だと思いますがね」


 対して栗伊門は萌加の意見に納得できず、紅茶を啜りながら首を傾げた。


 そのとき、会談する部屋に永井国からの伝言を持った遣いがやって来る。


「お取り込み中申し訳ありません。ただいま永井国より入った至急の知らせをお持ちいたしましたが……」


 萌加との会談中であることを見た遣いは、栗伊門だけを呼び出すかこの場で話すか考えていたが、栗伊門が「いいですよ、ここで聞きましょう」と言ったことで「はっ」と頭を下げて話し出した。


「南四連邦は、靜の三大神に対し、80日に決行する井谷戦争及び西部日渡戦争の作戦の見直しを要求した模様です。その内容は、靜連邦の全兵力を井谷国に投入させ、戦争の早期決着を目指すべきだということです」


「では日渡への攻撃はしないと?」


 栗伊門が訊く。萌加が息を呑みながらその返答を待った。


 遣いは、


「いいえ、どうやらそういうわけではないようです」


 首を縦には振らなかった。


「そうですか。では南四はどうするつもりですか?」


 栗伊門が紅茶を片手にさらに質問すると、遣いはこう答えたのだった。


「日渡には、南四連邦が直々に赴き、半日かからずケリをつける予定とのことです」


 パリン、とガラスが割れた音がした。


 それは萌加がカップを落としたわけではなく、栗伊門が驚いて手を滑らせ、紅茶を落とした音だった。


「南四が、日渡を直接叩くというのですか?」


「はい」


「すなわちそれは、ひとつの連邦がたった1カ国を滅ぼすために軍隊を動かすというのですか?」


「はい」


「そんなこと……!」


 してはならない、と栗伊門は思った。


 それでは日渡は間違いなく滅びる。濱竹も無事では済まない。国土は灰燼と化し、産業は壊滅し、靜連邦の西部は間違いなく立ち直れなくなる。そこに復興政策と銘打って南四が入り込んでしまえば、もう靜連邦は傀儡となってしまうだろう。


 そんなあからさまなことをして、世界が黙っているはずがない。


 つまりこの戦略は……


「……日渡が、戦争前に自ら靜や南四に降伏するのを待つ作戦ですか」


「おそらくは。しかし、南四に戦争を挑まれる国も可哀想なものです。まともにやり合って生き残れるはずがありません」


「そりゃ、まともにやり合えば確実に晒されますねぇ」


 日渡に同情を示す遣いに対し、どこか含みを持たせるように栗伊門は言った。とはいえ遣いはそれに気付かなかったのか、


「また、他の報告としましては、北守連邦と北三連邦が東の潮目にて合同軍事演習を開始致しました」


 と告げた。


「そちらはあまり我々には影響なさそうですね」


 栗伊門はそう返し、遣いに「他には?」と訊く。遣いがそれに「以上です」と答えたため、栗伊門は「では帰っていいですよ」と指示を出し、労いの言葉を言い渡した。


 遣いは頭を下げて部屋から出ていった。


 ふぅ、とため息を吐いた栗伊門は、さて正面に座る萌加の反応が如何なものかと思いつつ視線を向けると、


「……どうしたんです?」


 顔を強張らせたい気持ちを必死に押し殺しながら萌加に訊いた。


 何故か。


 そう、その萌加が、


「いやぁ、別にぃ? でも少し、ここまで上手く“予想外”が届くと、嬉しくなっちゃうよねぇ」


 酷くニヤついていたのだ。


 栗伊門は、この一件で日渡萌加という存在が濱竹安久斗以上に恐怖すべき相手ではなかろうかと思えて仕方なくなった。


「それで、栗伊門くん」


「は、はい」


 いきなり名前を呼ばれて驚いた栗伊門は、心の内に抱え込んだ恐怖心を必死に封じ込みながら努めて笑顔を作り会話に臨んだ。


 萌加から言われた言葉は、


「糸魚川の件、尚のことよろしく頼んだよ。安久斗を()()()()()わけにはいかなくなっちゃったからさ」


 正気かよ、と栗伊門は思った。


 しかしその始神種もえかの眩しすぎるほど無垢な笑顔の裏に何が隠れているのか分からない状況で、安易に否定に入れるはずもなく、


「分かりました、凛音にも話しておきましょう」


 と告げ、しかしせめてもの忠告として、


「ですが、危ないことはやめておくべきです。あなたの国は、まもなく世界最強の連邦から戦争を挑まれるのですよ。一時の見栄や一瞬の判断ミスが命取りとなります。それを頭に入れておくようにお願いしたいですね」


 と言った。


 萌加はその言葉に「キャハハ」と笑って返すと、


「それさ、南四にも言ってあげてよ」


 などと言い放ったのだ。


 栗伊門はそんな萌加についてその日の日記にこう書き綴った。


『あの始神は狂っていた。自国が滅びる現状を目の前にして、まるで死期を受け入れられぬ子供のような表情をしていた。きっと酷く混乱したが故の発言だろう。そうでなければ、ただのバカとしか言い様がない。とはいえ当初より糸魚川港に安久斗が来た日付を捏造するように言ってきたり、挙句上陸を阻止せよなどと言ってきたりしたことを考えれば、その指示は遂行するべきであろう。よって凛音に頼み、糸魚川港にこれより5日、濃霧を発生させて濱竹艦隊の航行を阻害させると共に、新干潟の観測員からも濱竹艦隊が確認できないような状況を生み出すように頼みを入れた。それにしてもあの始神は一体何を考えているのか。私ですら計り知れぬその思考が、今はただ恐ろしく、また嫉ましい限りである。』

この話の主な戦闘


“第一次靜国府中攻勢”

 神紀5000年冬至前86日昼前〜夕方

(井谷軍主力部隊(第3〜第8、33〜38師団)+『濱竹第二級三型戦車』20台VS靜陸軍第35〜39師団、第75〜79師団+靜水軍第6、7師団(戦艦『勇敢』部隊))

 →濱竹第二級三型戦車で府中に攻め込まれるも、戦艦『勇敢』による激しい艦砲射撃で井谷軍を撤退させることに成功。しかし自国の中心街に戦艦から激しい攻撃をしたことで、靜は国民の不安を煽ることになってしまった。

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