2-21『同盟国として』
「井谷国より、一昨日付の日刊靜を入手しました」
夏至後87日、朝。僕と湊が磐田神社の境内を掃除していると、下池川卿が新聞を片手にやってきた。
「ありがとうございます」
僕は下池川卿から新聞を受け取ると、見出しに大きく“血迷ったか、井谷!”と書かれているのが目に入った。
内容を軽く見ていくと……ふむふむ、井谷が挑発行為を繰り返し……靜軍の警告を無視して国境を侵犯し……卑怯な襲撃にも関わらず靜軍は奮闘するも……犠牲を最小限に抑えるべく戦略的撤退を余儀なくされた、と。
なるほどねぇ。
「反井谷感情を煽動するような書き方ですね」
湊が僕の肩にピタリと寄り添いながら新聞を見て、そう呟いた。
「そうだね」
僕が頷くと、
「ですが、今すぐに国民の反井谷感情に火をつけないといけないくらい、靜は窮地にあるということでしょうか?」
と訊いてきた。そうか、見方を変えればそうなるのか。もし靜が井谷に反撃できるだけの力や勝算を有しているならば、わざわざ新聞を使って国民の反井谷感情を煽る必要はない。堂々と構えて「心配するな、すぐに反撃して滅ぼしてやる」と宣言する方が国民は安心するだろう。それなのに、日刊靜はそう書かなかった。つまりは、
「今のところ、靜は井谷に勝てるビジョンが無いのかもしれない」
僕が言うと、
「でもでも、靜には関東の技術がありますよ? それを全面的に投入すれば反撃も簡単なんじゃないですか?」
湊はそう言ってきた。
「たしかに」
僕は少し考えた。靜はなぜ撤退したのだろうか。関東の技術を持ちながら、どうして井谷に対抗できなかったのだろうか。
導き出された結論は、いきなりの侵攻で靜は関東の技術を戦いに投入できなかったという見解だった。それならば、いくら靜であろうとも軍事大国井谷と真正面で戦って平気で済むとは思えない。合点がいくというものだ。
しかしその仮説ではひとつ矛盾が生じる。日刊靜が国民の反井谷感情を煽る理由が消えてしまうのだ。
まだ靜が関東から買った兵器を投入していないのならば、日刊靜は普通「靜軍これより大反撃だ!」的な文章を書くはずなのだ。わざわざ奮闘した結果撤退しましたなどと書いて不安にさせる必要もないように思える。
まぁ、あくまで僕の意見だけど。
もしかしたら、意図的に国民を不安にさせてから「これから一気に反撃だー!」と盛り上げるつもりかもしれないけれど、それにしては悪手なように思えてならない。
であるならば、この書き振りで考えられるのは……
「関東の技術を投入したのに負けた……?」
僕の中で最も合点がいく仮説は現状これであった。
「そんなことありますかね?」
湊が僕の見解に可愛らしく小首を傾げながら疑問を浮かべた。
「どうだろう、でもゼロとは言い切れないよね」
だって相手は井谷だし。去年の夏に渡海の神治幹部が井谷国の軍事パレードに招待されたときの報告によれば、井谷軍は遠距離から妖精を百発百中で撃ち抜くほどの精度を持つという。もしそれが誇張ではなく真実だったとしたならば、人類文明の戦争のように小砲を撃ち合う場面に至った際、いくら関東の技術を輸入しているとはいえ靜軍の優位性は揺らぐかもしれない。
湊もその時の様子を思い出したのか、「有り得なくはないのかも……?」と呟いていた。
「あの、恐縮ですが臣様」
そのとき、今まで様子を見ていただけの下池川卿が僕に声をかけてきた。僕が彼に視線を向けると、彼は申し訳なさそうに切り出して、
「私めの勘違いであったのなら申し訳ない限りなのですが、もしかしてお二方は、お付き合いなされていらっしゃいますか?」
と訊いてきたものだから、湊が「わぁあ!?」と驚いて僕から体を離し飛び退くと、赤面して俯いてしまった。
対する僕はというと、自覚はないもののおそらく相応に動揺を見せていたであろうが、
「そうなんです、苟もお付き合いをさせていただいております」
と答えた。
「いえいえ、苟もと仰らなくても。臣様と小巫女様でありましたら、よくお似合いでいらっしゃると存じますよ」
下池川卿は気を利かせてか、そう言って和やかな笑みを浮かべてくれた。
付き合ってから既に半年くらい経っているから、もう神治に関与しているほとんどの面々に知れ渡っていると思っていたけれど、そうでもなかったようだ。割と大きく騒がれたような記憶があるが。
いや、でも考えてみれば、大きく話題になったのは交際当初で、濱竹を保護下に置いたのはその後だったから下池川卿は知らなかったというわけか。
それなら納得である。
それはさておき、少し客観的に考えてみると、僕と湊は朝の掃除とはいえ公務中に側から見て勘付かれてしまうほどの距離にいたということか。曲がりなりにも同盟国が戦争をしているというのに、臣である僕が弛んでしまってはよろしくない。
気を引き締めなければ、と心に誓った瞬間であった。
「井谷が押しているなら、私たちは特に何もしなくていいんじゃないの?」
掃除を終えて、湊と共に本殿に戻ってからは、花菜と竜洋、壱さん、司さんを含め役職上神種での打ち合わせをした。
そこで井谷と靜の戦況をみんなに共有したら、花菜がそのような発言をしたのだ。
それに対して、壱さんも「たしかに」と頷いていて、司さんも声には出していないが肯定をしているように見えた。
「今のところ井谷からの応援要請はないし、表立って何かを支援する必要はないのかも……?」
僕の隣で湊がそう呟いた。彼女もどうやら花菜の意見に同意のようである。
しかし、なんというか。それではダメな気がするんだよなぁ。
視線を竜洋に向けると、彼もどうやら花菜の見解には同意できないようで、少し異論があるような表情をしていた。
「竜洋は、何か意見あるかい?」
僕は彼にそう訊くことにした。おそらく、そうでもしない限り彼は発言しないだろうから。
「ないわけではない」
竜洋はそう答えると、周囲を見渡してから真面目な声で言った。
「もちろん、井谷が押している状況で応援要請もないのだから、何もしなくて良いという見解も理解できるが、それでは“何か”が起きた時に後手に回らざるを得ないではないか?」
その言葉に、先ほど花菜の意見に同意していた面々が考え込んだ。たしかに、という表情の壱さんと湊、そうだろうか、という表情の司さんと花菜。
僕はというと、竜洋の見解に全面的に同意であった。
「僕もそう思うよ。現状、靜は井谷を撃破するための決定打がないかもしれないけど、絶対にそのうち何か行動を起こすはず。そうなってから動き始めるのは遅い気がするんだ。動くなら今から動かなきゃ、竜洋の言う通り後手に回る他なくなっちゃうんじゃないかな?」
そう問いかけてみた。
「でも、動くったって何をするの? 支援するにしても武器を過剰提供しても井谷も迷惑だろうし、何しろ靜に目を付けられる。戦火がこっちにまで及ぶ可能性もあるわ」
対して花菜は未だに折れず、僕と竜洋の意見と対立する構えを見せた。
「何も井谷本国を支援することだけが同盟国の務めではなかろう」
対して竜洋がそう反論した。
「どういうこと?」
それに対して、珍しく司さんが疑問を投げた。それに対しては「そうか、なるほどね」と何か理解したような壱さんが答えてくれた。
「背後を固める役目や、いざというときに大多数の援軍を動かせるようにするのも、同盟国としての務めではないか、てことかな?」
「あぁ」
壱さんの推測に対して竜洋が肯定を示した。僕としても(大多数の援軍を確保するつもりはないけれど)似たような意見だったため、
「そういうことだね」
と同意をしておいた。
「……つまりは、今のうちに靜にとっての関東統一連邦みたいな立ち位置の存在を確保した方が良いと?」
司さんがそう僕らに訊いた。
「立場上、あそこまで親密にはできないかもしれないけど、概ねそういうことですかね」
僕が返すと、花菜が焦ったように言ってきた。
「ちょっと! それじゃあ実質、世界大戦を誘発するって言ってるものじゃない!」
「ですです! 一歩間違えれば世界中が戦火に包まれかねない行動です! あまり得策には思えません!」
花菜に同意するように湊もそう言った。しかしそれを諌めたのは、先ほどの質問で僕らの考えを理解したと思われる司さんだった。
「誘発をするわけじゃない。あくまで抑止力として活用するだけ」
「どういうことよ?」
どうやら花菜には難しい話だったようだ。湊は再び考え込んである程度の理解に努めているように見えた。
「靜は、裏に関東をちらつかせることで影響力を持った側面があるでしょ? だから僕らも、酒居との繋がりを頼って関西と手を組んで、背後にちらつかせておくことで抑止力にしようって考えだよ」
僕がそう説明すると、「だからそれじゃあ関東と関西の戦争になっちゃうじゃない!」と花菜。まぁ言いたいことは分かるんだけど、そう簡単に戦いになるとは思えないんだよなぁ。
「戦争になるぞ、と威嚇させることが目的だ。だが実際に戦争が起きる確率は極めて低い」
竜洋が花菜に言った。「どうしてそう言い切れるのよ?」と花菜が訊くと、竜洋は、
「関東は、靜連邦を食べるつもりでいるかもしれないが、世界を滅ぼすつもりはまだないと思われるからだ」
と言った。
「文明保護協定……」
ポツリと湊が溢した。
「あっ……」
察したように花菜が声を漏らす。
「そうだよ。サハ戦争の時もそうだった。関東は関西と事を構えることを嫌った挙句、わざわざ協定や協商を作って協調路線を選んでいる。そしてそれらの組織は未だに健在で、おそらく方針は変わっていない。もし戦争になるかもしれないとなった場合でも、協定での話し合いが最優先で行われるだろうから、すぐに戦争がやってくるわけではない。そう考えれば、関東に対して関西をちらつかせる行為は戦火拡大の抑止力として有効だって思えるんじゃない?」
僕が訊くと、「言いたいことは理解したよ」と花菜が言った。
「とは言いましても、どうやって関西と会談をしましょうか? 現状、関西とは密貿易状態にありますから、表立っての行動は難しいと思うんですが……」
湊がそう問題を提示した。
僕らはしばらく考えを巡らせた。
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ーーー
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「で、何用です?」
豊下潞州は、突如やってきた日渡萌加にそう尋ねた。
「密約、まだバレてない?」
萌加が訊くと、「当然でしょう」と潞州は笑った。しかしその笑いは喜びとか楽しさではなく、バカバカしいという感情を表に出した蔑みだった。
「そちらこそ、僕との密約があるから生き延びられているわけです。そこのところ、お忘れなきよう」
潞州の言葉に「忘れてないよ、助かってる」と萌加は返した。
豊下と日渡の密約。それは、濱竹を巡る話であった。
豊下は古くから濱竹と交流があり、所属する連邦は違えど密輸をし続けるくらい切っても切れない関係にあった。しかし日渡が濱竹を保護下に入れながら鎖国してしまったことで、その交易を断たなければならなくなってしまった。
とはいえ日渡も酒居から物資を輸入したいため、誰にもバレない交易路を確保したかった。
そこで、豊下と濱竹の交易路を残す密約を交わしたのだ。
つまり、日渡は豊下を経由して酒居と取引をし、豊下は濱竹から今まで通り物資を買うことができることを約束したのだ。
これが密約の内容である。これが公に出れば、日渡は不完全な鎖国が発覚し、豊下は中京統一連邦の発足より前からの濱竹との密輸が暴かれてしまうのだ。
お互いにとって、なんとしてでも守り抜かなければならない秘密ルートであった。
潞州と少しやり取りをした後で、萌加は用件を伝えた。
「関西と会談をしたいんだけど、秘密裡に豊橋から出航できないかな?」
「どうせそんなもんだと思いましたよ」
潞州は萌加にそう言うと、
「理論上は可能ですがね、我が国の豊橋港で取り扱っている関西の船は貨物船だけなんです。なので、それに乗って関西まで行こうというのは現実的ではありませんし、推奨しません。なにせ積み下ろしの時に発覚して、大問題になります」
「そりゃ無許可で乗ればそうなるに決まってるよ」
萌加が突っ込むと、「秘密裡にと言ったのはあなたでは?」と潞州に返された。
「秘密裡っていうのは、中京にバレないように動きたいの! 靜や関東と同じ大連邦協商に属しているし、どんな情報が共有されるのか分からないもん」
萌加が反論すると、
「でしたら心配はありません。我ら中京は内政不干渉を徹底しますし、情報の共有も1年に1回になりましたから、次は年明けまでないとのことでしたよ」
と潞州が返した。
「とはいえ私たちが大っぴらに動けば、どういうルートで靜に情報が漏れるか分からない。後々のことを考えたら、ギリギリのところまで油断させておきたいの」
萌加の要求に、「油断させると言いましても……」と潞州は顔を顰めながら呟くと、
「それは悪手だと思いますよ。そういうのは背後に大きな存在がいることを大々的に開示することで無益な戦いを寄せ付けない性質があるでしょう? あなたたちは今から、それをできるだけの切り札を手にするわけです。それをわざわざ封じてしまうのは悪手以外の何者でもないと思いますがね」
と潞州は言った。
「つまりは関西との会談を大々的にやれと?」
萌加が訊く。
「そういうことです」
潞州が返した。萌加はその考えに賛同できず、
「こっちにはこっちの作戦があるの。貴重な意見だけど、受け入れられない。だからこっそり関西と対談できるような環境がほしい」
と潞州に言った。無茶振りな、と思いながら潞州は頭を掻いた。
しかし、ふと思い出した。
「そういえば、90日に酒居殿と桜咲殿が名護と会談しに名古屋神社まで来ると言っていましたよ。それに乗じることができれば、あなたがわざわざ関西へ行く必要はなくなるかもしれませんよ?」
そう萌加に告げた。萌加は「名護が絡んでいるんじゃ秘密裡な会談にならないじゃん」と文句を垂れたが、
「そこはお任せを。おそらくなんとかなりますので」
と潞州に言われ、それならばと折れることになった。
そうして夏至後90日に、中京統一連邦の名護国名古屋神社で、日渡国と関西統一連邦の会談が実施される手筈になった。
当日、船に乗って名古屋にやってきた関西統一連邦所属桜咲連邦の盟主:桜咲メグと、同連邦の商参謀:酒居百舌は、午前中に中京統一連邦所属名護連邦の盟主:名護密との会談を実施し、東西平和の実現のために大連邦協商や文明保護協定が改めて必要であるという認識を共有し、同時に西側陣営の協調のための軍事演習の意義や、第四大陸や九州との連携もより一層強化しなければならないという価値観の共有を行なった。
また、靜連邦内で起きている井谷戦争を強く非難し、靜に対して祖神種としての節度と治安管理を求めると同時に、井谷に対して加盟国として相応しい態度と現実的な価値観に改めるよう強く求めた。そして、靜連邦の内情に深く関わっている関東統一連邦、特に南四連邦を「商売を口実に内政干渉をする極悪非道の下衆野郎」と猛烈に批判し、大連邦協商は内政干渉の道具ではないと、その存在価値を改めて見つめ直すように意見した。
そうして名護との会談の後に、豊下国が貿易の件と銘打って酒居百舌との会談を申し込んだ。
その会談には、豊下を仲介として日渡が出席した。
「なんや久しいなぁ、萌加ちゃん」
酒居百舌は日渡萌加にそう挨拶した。
「酒居さんと貿易できて、とても助かってる。ありがとう」
萌加は百舌にそう言うと、百舌は豪快に大笑いをして、
「いやぁ、これやな、これ! 商売の醍醐味やで! 金にならんからあんまり気ぃ乗らへんかったけど、今の可愛い感謝聞いてもう舞い上がるくらい嬉しいねん。ほんまにええ子やなぁ、萌加ちゃん」
調子良くそう言ってから、笑顔を崩さずに萌加に顔を近づけて、
「是非ともうちのお得意さんになってほしいわ」
と言った。しかし萌加は、申し訳なさそうに俯いて、
「この前も言った通り、わたしから払える対価は全くと言っていいほどない。こっちとしても取引を続けたいのは山々なんだけど、お得意さんなんて夢のまた夢っていうのが現状だよ。あんまりに厳しすぎる」
と打ち明けた。百舌は急に真顔になると、大きなため息を吐いて、
「ま、知ってたことや。元より元旦までの約束やったでな。それに形式上は密輸入。このままの形で商売続けるなんて、うちにとっても汚点やで? お宅その辺ちゃんと理解してん?」
と萌加を責めた。萌加は黙って俯いていた。百舌は「黙るだけかいな」と呆れたように呟いたが、直後に萌加が笑い出して、驚きを隠せなかった。
「なんや急に。気味悪いな!」
そう言われた萌加だったが、ひとしきり笑い終わってから、
「まだまだ密輸入だけで留まってるだけマシじゃん! そんなので汚点になってるなんて、悪いけど微塵も思えないよ。元よりこっちは野蛮な靜連邦。その中でも低俗とされる西部諸国だよ? 舐めてもらっちゃあ困っちゃうね」
饒舌になった萌加を見て、開いた口が塞がらなくなった百舌。ポカンとする百舌など気にせずに、萌加は話し続けた。
「あのね、わたしが保護している濱竹なんて、井谷に豊下に豊上に安陵に……公にされていない密貿易の山だったよ。靜だって関東との取引でいつか連邦の主権まで売ってしまいそうな勢いだし、わたしたちのやってることなんて靜連邦の中では小さな悪事でしかない。開国を迫った国に対して貿易は一切認めないとか言っておいて豊下や酒居と貿易をしてる程度で、たったそれだけのことじゃん。上には上がいる。わたしはそれを知っている。だからこの密貿易程度で汚点になるなんて微塵も思えないね」
萌加の言葉に百舌は呆気に取られたが、理解が追いついてからまた大笑いをして、
「なんやあんた、この前は泣き落とし、今回は開き直り、弱虫は演技なのか本気なのか一切分からへんやないか! ほんま随分と面白い奴やなぁ!」
と言った。そしてパンッと手を叩くと、
「おっしゃ、気に入ったで! あんた、見返りは求めんさかい私のお得意さんになりな。売れ残りや不揃いの廃棄寸前の物を流すで少しでも糧にせぇや」
「うぇ!? い、いいの?」
萌加は驚いて声を上げた。百舌は「私な、名前『百枚の舌を持つ』て書くやろ? せやけど嘘は言わんで。商いに関わる者として、誠心誠意、繕わない本心だけを取り柄に何百年もやってんねん」と堂々言った。
萌加は「ありがとう」と頭を下げた。しかし今後も貿易をしていくのであれば、密輸形態では不便極まりない。そこで百舌は萌加にこう切り出した。
「そんでな、私ら関西としては、靜連邦に関東が入り込んでいるのがあんまり好かへんのよ。さっきの密くんとの話し合いでも問題に上がっとったさかい、今後の靜連邦の対応について、関西と中京の会談にアドバイザーとして出席してくれへんか?」
「わ、わたしが!? え、でもわたしが国外にいること、公にしたくないんだけど……」
萌加がそう言うと、百舌はムスッとした表情で、
「ほな分かったわ、やったらさっきの話はナシにさせてもらうで。ほな」
と言うものだから、
「あっ! 待って、待って! 行くっ! 出席するから!」
と、萌加はまんまと乗せられてしまうのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
「それで、どうなったのよ?」
萌加様が関西との話し合いを終えて国に戻られたのは、下半暦の午後だった。
明様からのご質問に、萌加様はすこぶる笑顔で仰った。
「上々! 交易の許可はもらったし、この約束は密約として表に出ることはないって保証してくれた。そして何よりも、中京と関西が後ろ盾として支援してくれることになった!」
「「「えぇえ!?」」」
思わぬ成果だった。
「え、関西だけじゃなくて、中京もですか?」
僕が質問すると、
「そうだよ。なんか同じ協商でも関東ばっかり靜連邦に介入してるからって。僻みみたいな感じじゃない?」
とお返しになられた。
「じゃあ、万が一この国が靜に攻められたときは、関西や中京が出てきてくれるってことかしら?」
明様がお尋ねになると、
「んー、そこは曖昧だったんだよね。向こうは戦争を望んでいないから、擁護はしてくれるかもしれないけど軍を出してくれるかは不透明」
と萌加様。
「そう」
明様は少し期待外れだったのか、静かにそう返事をすると、「あ、そうだ」と思い出したように呟き、萌加様に報告された。
「そういえば、井谷への武器提供を始めたわ」
「うぇ!?」
萌加様は驚かれた。目をまん丸くして、
「戦局が変わったの?」
とお尋ねになるが、明様は静かに首を振られ、
「私の独断よ。支援要請も何もなかったけど、濱竹の武器庫にべらぼうに小砲が余っていたから、経済を回すためという名目で在庫処分しといたわ」
と仰る。それに対して萌加様は呆然とされると、
「……押し付け?」
と呟かれた。明様は何もお答えにならずに、
「さ、萌加も帰ってきたことだし、みんな業務に戻るわよ」
と号令を出された。
かくして、秘密裡に関西と中京という巨大な後ろ盾を得た日渡国は、同盟国として井谷国への支援を始めた。
国を閉じた僕らには、今まで戦局が一歩遅れて報告されてきたのだが、支援を始めたことで逐一情報を得ることができるようになった。
この利点は、思いの外大きかった。
井谷は着実に靜を追い詰めている。靜軍を仕切っていた松野軍総長は安否不明で、士気を下げた靜軍は敗戦に敗戦を続けて遂に山を捨てて、静岡の街の手前に大規模な防衛線を築いていた。
井谷軍は怒涛の進撃を見せている。山岳地帯では負けナシ、このまま平野部まで押し切る勢いで進み続け、静岡神社の占領も現実味を帯びてきた。
なぜ靜はこれだけ弱いのだ、関東の技術を持っているのに。
なぜ井谷はこれだけ強いのだ、関東の技術を持っていないのに。
靜連邦は揺れに揺れていると聞く。
井谷独自の技術と、日渡から送られてくる濱竹の技術を持って、井谷軍は靜を追い詰めていた。
そろそろ井谷は靜に対して降伏勧告を出しても良いだろうと、そう思えるくらいには追い詰めていたのだ。
井谷が靜を晒すことは不可能である。完全勝利を挙げることはできない。
この戦争における井谷の勝利条件は、靜に負けを認めさせて井谷の要求を呑ませること。つまりは連邦の統治形態を二大統率国制に回帰させ、関東勢力を連邦から排除させることだと思われる。
勧告を出すならこのタイミングだ。
もしくはもう少し追い詰めてからか。
あと少し押せば、決着がつくかもしれない。
僕らにできることは、井谷を支援して靜を追い詰める手伝いをすることだけだ。
それが、同盟国としての務めなのだから。




