2-20『挑発行為の果てに』
神紀5000年、夏至後68日。
靜と井谷が完全に断交した翌日、靜軍国境警備隊は「井谷軍南部守備隊が国境に過度に接近した」として警告射撃を実施した。
この射撃により、国境守備に当たっていた井谷軍2名が足に被弾し負傷した。
井谷軍は当時反撃をしなかったが、この事件に井谷国の臣:井川閑蔵が激怒して、翌69日に南部守備隊に対し靜軍国境警備隊へ報復射撃を実施するように命令した。
そして井谷軍は、靜国境およそ10kmにわたり、断続で5時間かけて報復射撃を行なった。
両者ともに負傷者は出なかったが、靜軍国境警備隊の駐屯施設のガラスが20枚以上も割れる被害が出た。
これに靜国の臣:静岡呱々邏は「安寧を揺るがす許し難い事態だ」とし、国境警備隊に陸軍主力に相当する第7師団を合流させて、国境の警備を強化した。
これらの事件をきっかけに、両国間の緊張は一気に高まった。
とはいえ、この時点ではまだ靜も井谷も戦争には踏み切らなかった。
国境を挟んで警戒し合うこと20日あまりが経った。その期間、互いに警告射撃は何度か実施したものの、負傷者は出ていなかった。
しかし、事態は夏至後82日の正午過ぎに、唐突に悪化することになる。
「関東から新型の弾薬が届いたよ」
靜しみずは、呱々邏を呼ぶとそう言ってブツを見せた。
そこに並んだ銃弾は、一見して従来のものと変わらなかった。
「どのような点が従来と異なるのですか?」
呱々邏が訊くと、しみずは笑いながら「それが分からないんだよね〜」と言った。
「何せ南四ですら試したことがないみたいなんだ。ボクはこれを北三の帝王から貰ったんだけど、つべこべ言わずにとにかく試してみろって言われてね。詳しいことは一切教えてくれなかった」
しみずの言葉に呱々邏はそれで良いのだろうかと思ったが、
「で、これをどうしろというのですか?」
切り替えてしみずに問うと、
「第七師団に使用を命じて、井谷軍に対して警告射撃で試弾してみようよ」
想像通りの言葉が返って来た。
呱々邏は臣であるため、神の命令に抗うことはできない。もっと他に何か方法があるだろうと思ったが、
「しみず様の仰せのままに」
と頭を下げて、軍総長に命じてその新型銃弾を国境に届けた。
そこには、大問題が待ち受けていた。
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ーーー
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「おいっ、どうなってやがる!?」
「水持って来い!」
「何しているんだっ、早く輸血しろ!!!」
「足りないぞ、もっと血もってこいっ!」
「包帯どこだ!? おいハサミは、糸は、針は!?」
「おい目を閉じるなっ! 息をしろっ、俺を見ろっ!」
阿鼻叫喚、血に染まり上がった山の中、井谷軍は拠点に負傷者を運び込んだ。
靜軍が使ったのは、北三連邦が開発した新型爆発弾『サン-0型』というものであった。
これはいわゆる“グレネード弾”であり、着弾するとともに爆発を引き起こし、周囲一体に著しい被害を出す代物なのであった。
北三連邦がこれを開発した理由は、戦車や要塞を歩兵で叩くためである。つまり、対物戦のための弾薬なのだ。
そんな物とは露知らず、靜しみずは静岡呱々邏に警告射撃での使用を命じたのだ。
その被害は、靜軍の想像を絶するものだった。
井谷軍南部守備隊の死者は64名にのぼり、負傷者は軽く200を越えた。
これだけの被害が出た理由としては、靜陸軍第七師団50名が軍総長の号令で一斉に『サン-0型』をぶっ放したからだ。
50発のグレネード弾は井谷軍の足元に着弾すると爆発し、周囲は忽ち火の海になり、この惨状が生まれたのだ。
肉体の欠損で済めばまだ良い、肉片のみになって木々に貼り付く者も少なくなかった。
これを受けて井谷俣治は激昂し、その日のうちに靜に対して、
「今回の件、靜は我が国、我が国民に対し、それ相応の賠償および謝罪を行わなければならないはずだ」
と声明を出した。
靜するがはこれに対し、
「謝罪の用意はあるが、死傷者は国民といえども軍兵に留まっており兵役に従じない一般国民には及んでいないため、我が国が賠償を行う筋合いは現時点では存在しないものと認識する」
と返答した。
「戦時下にあれば理屈が通るやもしれんが、現状でその理論を持ち出していては話をするだけ無駄だ」
井谷俣治はそう言うと、井谷軍の総戦力を従えて南下し、靜国境にまで降りると、
「謝罪しろ! そして相応に償え!」
もう一度靜に声明を出したが、
「それは脅して言う文句ではない」
靜はそう声明を出してきた。
これを受けて、井谷国は「話し合いの活路は閉ざされた」と言い、靜に対して宣戦布告をした。
神紀5000年、夏至後83日。朝日がそろそろ天高くに向かうかという頃合いの、秋晴れの日のことだった。
これが後の世に言う“井谷戦争”の開幕であった。
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統合神務局の連邦時事取扱部から報告が入ったのは、夏至後83日の正午すぎのことだった。
統合神務局長のミレが本殿に駆け込んできて、僕と萌加様にもたらした情報は、
「井谷国より至急通知! 本日の午前中、井谷国が靜国に対して宣戦を布告したとのことですっ!」
ミレが小走りで近づいてくる足音を聞いた時から、あまり良い報告でないことは察していた。それに、昨今の靜と井谷の状況を見ていれば、ある程度覚悟できていた報告でもあった。
とはいえ、実際に起きてみれば呆気ないものだという印象を抱かざるを得なかった。
なんやかんやで開戦はまだ先送りにされるかと思っていたが、まさかそんなこともなく今日起きるだなんて。
報告を聞いて、萌加様は頭を掻かれていた。
「報告ありがとう、引き続き神務局で情勢の動向を探っておいて」
「はっ!」
頭をお掻きになられながらも、ミレに対しての労いと指示は怠られることなくなさる。
ミレが去ってから、萌加様は僕に「神治首脳部を集めて」と指示をなさったので、僕はそれに従って花菜、明様、竜洋、湊、耐久様、壱さん、司さんを磐田神社に招集した。
「今日の午前、井谷が靜に宣戦布告をして戦争が始まった」
集まった首脳部に萌加様はそうお話しになった。
萌加様から告げられた事実に上神種一同は神妙な顔つきになったが、耐久様と明様はそうでもあらせられず、耐久様は「ふむ」と顎に手を置かれ、明様は「そう」と仰るだけだった。
「井谷は同盟国です。そんな井谷が戦争状態に入ったのなら、私たちの立場は……」
不安そうに言うのは花菜だった。湊も険しい顔つきで頷いている。竜洋はいつも通りの真顔で無言を貫いているが、心なしか目に不安が見え隠れしているように思えた。
「立場は今更かな。国を閉じているから、少なくとも口頭で咎められることは免れるだろうし、制裁も受けない。とはいえ井谷にあからさまな軍事支援をすると流石に目を付けられるかもしれないけど……」
萌加様はそう仰った。曰く、「要請がない限りするつもりはない」とのことだった。
「同盟に関して言えば、井谷が戦争状態に陥った場合の軍事介入は義務付けられていないから、現状何もする必要はないわ。とはいえ、井谷から応援要請があれば動かなくちゃいけないけど」
明様が同盟についての確認をしてくださる。
「ということは、要請がない限り我々は動かなくていいのですね」
「とりあえず少し安心」
壱さんが明様のお言葉を整理してそう言う。それに司さんが反応を示す。
「ま、“当面は”と言わざるを得ないがな」
耐久様がそう仰った。
「と言いますと?」
僕が訊くと、
「靜は世界最新鋭の関東統一連邦の技術を持っている。対して井谷は完全独自技術だ。小砲や大砲、自走砲などはあっても、その技術差は雲泥だ」
「そうね、井谷は厳しい戦いを強いられるはずだわ」
耐久様がお答えくださったものに、明様が頷かれた。
「井谷はなんでこの状況で戦争に踏み出したんだろう?」
萌加様がそう呟かれた。それはきっと本当の独り言であらせられたのだろうけれど、明様はそれを拾われると、
「国民が傷ついたのが許せなかったのよ、きっと」
そうお答えになった。
「でも、戦争をすればもっと国民が傷つくよ? 祖神種とやり合うんじゃ万に一つも勝ち目もないし」
萌加様の疑問に、
「だが戦わねば井谷のやられ損だ。戦争を起こせば当然井谷も負傷するが、靜に打撃を与えることはできないのだからな」
耐久様がそう答えられた。
「それに、俣治は償わせたいのよ。死んだ兵士の分も、負傷した兵士の分も。態度で償わない靜に、戦うことで同等の被害を返したいのよ」
明様はそう意見を述べられた。
それを聞かれた萌加様は、曖昧に頷きながらしばらく考え事をされていたが、少しして、
「何も生まないじゃん、そんなの」
感情論とか、そういう類の物から切り離された結論を出されたのだった。
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井谷から宣戦布告をされた靜は、全戦力をもって攻勢してくる井谷軍を国境で退けられるはずもなく、領内への侵入を許した。
国境警備隊と陸軍第七師団が力の限り井谷の侵攻に抗っている間に、靜は井谷国境から4kmほど離れた油野集落に防衛線を築いた。
井谷と靜の国境地帯は実に山深く、主要な道は安倍川の支流:河内川に沿った谷底に限られていた。そのため、その川が創り出した渓谷にバリケードを作り上げて、道を物理的に封鎖することにしたのだった。
油野集落に防衛線を築いたのは、関東統一連邦から得た大型兵器が通行できる限界の場所がそこまでだったからである。
太い丸木で作られた大きなバリケードの前には、無機質な焦茶色の世界最新鋭の戦車が横一列に控えている。その数、およそ25台。
また、可動式仮設大砲も周囲の尾根に120門設置され、いずれ渓谷に来る井谷軍を撃退する準備は万全となっていた。
開戦から1日半、井谷軍は靜の国境を護っていた部隊を殲滅させて本格的な南進を開始した。
この報告を得た時点で、靜は井谷と国境を接する国家(宇治枝、島谷、根々川)に戦争への介入を要請したが、それぞれの返答は以下の通りだった。
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根々川
我が国は現在、井谷国からの宣戦布告は確認されておらず、自国に直接危険が及ぶ状況にない。井谷国と比べて我が国は軍事力で圧倒的に劣っている。そのような大国に自ら宣戦布告をし、国民を危険に晒すわけにはいかない。自国に直接被害が及ばない限り、我が国は対話における解決を限界まで試みむとす。
島谷
宣戦布告を受けし靜国に一定の同情を送る。また、今回の井谷国の決定(軍事侵攻)を痛烈に非難し、今すぐ侵略行為を停止するよう訴える。しかし、今や世界最新鋭ともいえる関東統一連邦の技術を手にし、連邦最大の国力を有する靜国が井谷国に対し劣勢を強いられるとは現時点では考えづらく、我が国が軍事介入する余地はないと判断する。もし仮に井谷国の同盟国家で現在国を閉じている不確定要素:日渡国が、当戦争に濱竹国を傀儡化した状態で参戦すると決断せし場合、我が国は総力を挙げて日渡国を攻撃するべく参戦することを誓う。
宇治枝
強く正しき者が勝つ。よって靜は負けない。我が国が関与するまでもないだろう。
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靜の応援要請にどの国も応じなかった。それもそのはずで、軍事大国の井谷と戦争をしようなどとは誰も思わないのだ。また、靜には関東統一連邦の最新兵器が集まっている。周辺国家が参戦し戦火を拡大させる必要性など、現時点ではどこにも存在しないのだ。
さて、井谷軍は戦闘準備を整えて南下を続け、翌85日の正午すぎ、いよいよ靜軍が防衛線を張る油野集落目前にまでやってきた。
山の尾根の仮設砲台から、靜軍が井谷軍の侵攻を見下ろす。
井谷が独自で製作した小さな戦車が十数両、川沿いに進軍している。その戦車の後ろに武装した下神種の大軍が続く。その数、1000は下らない。
対して、油野集落を防衛する靜軍は6師団600名。ほぼ倍の数差があるが、戦争というのは防衛する側が有利とされる。特にこのような山間部では、それが顕著に働く。
井谷軍の全てが大砲の射程圏内に入ったとき、
「放てぇ!!!」
靜軍の指揮を執る松野軍総長が大砲の一斉放射を命じた。
谷底に向かって、両尾根から120の大砲が火を噴いた。
轟音と煙、火薬の臭いが充満すると同時に爆発で谷が見えなくなった。
「「「おぉお……!」」」
靜軍は自身が放った大砲の威力に感動した。それもそのはずで、この大砲が実戦で使われるのは今回が初めてだったからだ。
土煙か、それとも爆発による煙か、それは分からないが、とにかく見えなくなった谷底に向かって各々が興奮気味に話す。
「おい見たか、俺が放った弾が井谷の戦車に当たったぞ!」
「木端微塵だ!」
「いやそれは俺がやったやつだ!」
「吹っ飛んでたぞ!」
見えていたかも怪しいことを戦果として自慢する兵士たちに、松野軍総長は「静まれ!」と一喝する。
怒られたことで兵士が黙る。
「……やったか?」
煙のかかる谷間に向けて、松野が呟いた。
そして徐々に煙が引いていくと、眼下に見えたのは……
「「「……」」」
静まり返った谷底、見るも無惨に燃え上がる戦車の残骸、そして井谷軍の屍が川の水に浸かる。
「「「うおぉぉおおおお!!!」」」
その風景に、靜軍は湧いた。
大砲の一斉射撃によって、井谷軍を殲滅したのだ。
井谷による軍事侵攻は、防衛線に至る前に喰い止められた。
「……」
松野は胸を撫で下ろした。戦果を挙げられたのだ。それも、これだけの数の井谷軍を刈り取ったという大きな戦果を。
しかし、何かがおかしいという違和感も確かにあった。
まず、戦車が木端微塵に崩れていることだった。まるで鉄でできているとは思えないような、木か何かで造られているかのようなくらい、木端微塵なのだ。
また、伏している兵士の数が少なすぎるように思えた。さっきまでの敵兵が1000だとしたら、現在眼下に映る伏した兵はその2割、およそ200くらいにしか見えない。いや、そんなにいるかも不明だ。
残る8割は砲弾に直撃して吹き飛んだか、それとも……
「もしも残党がいるとしたら厄介だ」
松野はそう呟くと、
「おい黙れ、もう一発撃ち込むぞ! 撃ち方よーい!」
もう一回、谷底に向けて発砲することを決めた。
靜軍は慌てたように準備を進め、発砲の準備を整えた。
「放てぇぇ!」
松野の声で、また120の大砲が火を噴いた。
谷底はもう一度煙に覆われた。
これだけ撃てばきっと充分だ、過剰なくらいだと松野は思って笑みを浮かべた。
爆風か振動か、周囲の木々がざわざわと揺れていた。
「すげぇな、この大砲!」
「なんて威力だ……」
「クセになるなぁ!」
靜軍は完全に浮かれていた。
砲撃によって谷底には無数の穴が空き、川の水がその穴に向かって注がれていく。
ざばざばと音を立てて、まるで滝の水が滝壺に落ちるように水が流れる。
渓流は、開戦前よりも騒がしくなった。
「……ふっ」
松野はほくそ笑んで、仮設砲台から油野集落の拠点に戻るよう軍に指示を出そうとした、その時。
ガサッ
周囲の草木が不自然に揺れたことに気がついた。
蛇か、鹿か、熊か。
砲撃に驚いて出てきたのだろうと思って気にしていなかったが、次の瞬間。
ババババババババッッッ!!!
「うあ!?」
「ぐぁ!?」
「うっ!?」
「なっ!?」
「ぐあぁ!?」
銃声の後、周辺の兵士がバタバタと倒れたのだ。
「奇襲だとっ!? 総員防衛陣形に移れ!!!」
松野はそう指示を出した。兵士は混乱しながら逃げ回りながらも、指示された通りに防衛陣形を形成しようと動き出した。
しかし、周囲の崖に近しいような斜面から武装した井谷軍が湧いて出てきて、尾根に這い上がろうとしていた。
「おらっ! こっち来んな!」
「落ちろクセ者めっ!」
靜軍は尾根の上から、這い上がってくる井谷軍を蹴り飛ばして突き落とそうとするも、井谷軍は手に持った独自の鉄砲:井谷九八式弾撃で靜軍兵士の足を払って逆に落とし出した。
「くそッ、こいつら!」
靜軍は各々で抜刀をし、這い上がる井谷軍を斬りつけた。
尾根の上は戦場と化した。
転げ落ちてくる両軍の兵士に巻き込まれるように、下方にいる井谷の兵士も数名落ちていくが、ほとんどの井谷軍が九八式を構えて尾根の上にいる靜軍を狙い撃った。
普段、妖精を狩っている井谷軍にとってみれば、下神種を撃ち抜くなんて造作もないことなのである。斜面に伏して銃を構え、尾根の上で揉み合う靜兵の頭を目掛けて発砲した。
対する靜軍の大砲部隊には、銃が支給されていなかった。このような戦闘は誰も想定していなかったからだ。そのため、遠距離から撃たれても反撃する術を持っていないのだ。靜軍にできる抵抗は、近距離に迫った敵と刀を交えるだけであった。
尾根の縁で揉み合っていた靜軍が銃撃されたことで、井谷軍は斜面を一気に駆け上って尾根にたどり着いた。そして九八式に銃剣を取り付けると、防衛陣形を形成する靜軍と近距離戦に突入した。
この戦闘は後の世で“油野砲台の戦い”と呼ばれる。
「敵は小砲を持っている! 密集するな! 陣形を解け!」
松野軍総長はそう指示するも、時は既に遅く、井谷軍は銃を構えながら靜軍に近づく。
ここで殲滅されるわけにはいかない。この中に上神種は松野だけで、この難曲を抜け出す方法は彼しか持ち合わせてなかった。
「クソッタレが!!!」
彼は叫んで、その権能を解放した。
「上神種か!?」
「よし撃てっ!」
「奴を狩れぇ!」
井谷軍は松野を狩るために銃を放った。
「くっ……!」
しかし、それを松野が食い止める。彼の権能は『地属性』の『土』である。土の壁を出現させ、銃弾を防いだ。
「お前らはここにいろ!」
自分の指揮下にある靜軍を土壁の中に留め、自分は外に飛び出した。
「将軍様!」
「俺たちも戦います!」
「まだ戦えます!」
靜軍もそう言うが、松野は許可しなかった。
「井谷の手下どもっ! この俺、靜国軍総長の松野曙が相手だ!!!」
銃を構える井谷軍の前に立つと、刀を構えた。
「おいっ、軍総長だぞ!」
「首を狩れ!」
井谷軍はそうイキり立つも、
「『土槍』!」
松野が能力を発動し、地面から土の槍が大量に出現して井谷軍を突き刺した。
「怯むなっ、撃てぇぇ!」
「『土盾』!」
それでも怯まずに撃ってくる井谷軍に、松野は盾を携えて突っ込み斬り込んでいく。
「お前らなんぞに負けるものかっ! 山に戻りやがれ!!!」
山の中、松野は九八式を振り回す井谷軍を素早い立ち回りで対処して確実に仕留めていく。しかし井谷軍の数はまだまだ多い。目の前の敵ばかりを相手にしていては遠距離で狙撃されかねない。
「『土弾』!」
だから松野は能力で全周囲にいる敵を一気に仕留める戦法に出た。四方八方に土の弾を打ち出して、木々ごと敵を薙ぎ倒していく。その攻撃を受けて、井谷軍は着実に数を減らした。
「くっ、さすが軍総長だ……!」
「強いな……」
井谷軍は松野に怯む様子を見せた。
これはいけるかもしれない。松野はそう思って、一気に攻勢をかけようと決める。
「お前らっ、行くぞ!」
靜軍を隔離していた土壁を解除して指揮下の兵を解放すると、残った井谷軍の殲滅に移った。
しかし、ドゴーン、ドゴーン、という地面や空気が重く震えるようなおどろおどろしい音が谷底から轟き始めた。
「な、何事だ!?」
「余所見してんじゃねぇよ!」
急いで縁に駆け寄って谷底を見ようとするも、それを井谷軍は許さない。
その間にも、谷底からは重い轟音が響いている。
「何が起きているんだ……!」
松野は頭を抱えた。
こんな予定ではなかった。大砲から井谷軍を殲滅し、侵攻を食い止めるはずだったのに、どうしてか尾根の上に登られて戦闘になり、想定にない損害が発生した。
この時点で、作戦は失敗している。しかし松野は、どうもそれ以上に嫌な予感がしてならないのだ。
この失敗は、今なんとかしないと取り返しのつかないことになりかねないと、そう直感が言っていた。
鳴り響く轟音は井谷軍の戦車であると考えられる。となると、敵の援軍が到着したということだろうか。砲台が使えない今、谷底の道は無防備に等しい。この渓谷を抜けた先には油野集落がある。
「クソが!!!」
松野はそう叫んで、能力を限界まで解放した。地面が唸り、土が槍や弾となって井谷軍に降りかかる。
逃げ出す井谷軍を松野が刀で追撃する。尾根の上の戦闘の優勢は靜軍が確保したように見えたが、
「『山体崩壊』」
「……は?」
突如、山が街道とは別の方向に崩れ去ったのだった。
ーーーーー
ーーー
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「全て計画通りに進んでおります」
夏至後85日の夜、井谷俣治に井谷国の巫女:畑薙鏡子が報告する。
「戦況は?」
俣治が訊くと、鏡子は地図を机に置いて説明を始めた。
「我が軍の第9訓練隊は今日の午後、九七式軽戦車に似せたハリボテを率いて靜軍が防衛線を張る井谷街道油野宿に辿り着きましたが、そこで左右の尾根から大砲による攻撃を受けました。しかしそれは想定済みです。作戦通りに敵軍の砲撃を合図に斜面を登り、尾根の砲台にいる靜軍と接敵しました。この戦闘で南の尾根の靜軍を殲滅し砲台を占拠しましたが、北の尾根では靜国軍総長と接敵し攻略に時間がかかりましたが、戦車を通すために閑蔵が『山体崩壊』を放ち北の尾根を切り崩したため、靜国軍総長含めて両軍安否不明の状態です」
地図の『油野』と書かれた集落の北東側に伸びる道を指し示しながら、鏡子はそう言った。そして今後は『油野』を指すと、
「その後、我が軍の主力部隊が九○式山岳戦車5両を率いて油野に着き靜軍の戦車と接敵。敵は25両という桁違いの数でしたが、狭い山の中でそれだけの数を使うのは難しく、我が軍は着実に1両ずつ敵戦車を撃破し、戦闘開始からおよそ一刻半で25両全てを自走不能にしました。その後、靜軍は戦車を捨てて撤退を始めましたが、我が軍は引き続きバリケードに向けて猛攻を加え、見事それを突破。日没前には油野集落より靜軍を追い払い、占領いたしました」
鏡子からの報告に俣治は疑問をぶつけた。
「靜の戦車というのは関東製か?」
「はい。我が軍の軽戦車に匹敵する代物でしたが、山岳地帯に特化した装備は見当たらなかったため、おそらくは平地向けのものをそのまま投入したと思われます」
その答えに俣治は「うむ」と言って少し考えてから、
「ご苦労。初戦から靜に大打撃を与えられただろう」
そう労いの言葉を送った。その上でもうひとつ質問した。
「次の作戦は予定通りか?」
「はい。打ち合わせ通り、このまま山地を抜けて静岡神社の直轄領まで攻め込む予定です。道中で街道の掘削も行い、重戦車が通れるだけの幅員の確保もしながら靜国中心街へと向かいます」
その計画に俣治は「そうか」と返すと、
「ならば引き続き励め。良い知らせを期待しているぞ」
と告げて報告会を終了した。
世界最先端の技術の結晶である関東製の戦車と、靜連邦の軍事大国井谷の独自技術で開発された戦車が初めて戦ったこの戦闘を“油野集落の攻防戦”というが、これによって関東統一連邦の技術が絶対的に強いという観念が崩れることになった。
靜が絶対的に強いと思われる中で開戦した“井谷戦争”は、靜の大敗から幕が開けたのだった。
この話の主な戦闘
“井谷軍の靜国侵攻”
神紀5000年夏至後83日朝〜84日夕方
(靜軍国境警備隊&靜陸軍第七師団VS井谷軍南部守備隊&井谷軍山岳武装隊)
→井谷勝利、越境
“油野砲台の戦い”
神紀5000年夏至後85日午後
(靜陸軍第28、29、30、63、64、65師団(大砲連隊)+大砲120基VS井谷軍第9訓練隊+ハリボテ戦車)
→井谷が辛勝(井川閑蔵の『山体崩壊』にて靜軍大砲連隊、井谷軍第9訓練隊ともに壊滅)
“油野集落の攻防戦”
神紀5000年夏至後85日午後〜日没
(靜陸軍第28、29、30、63、64、65師団(戦車連隊、歩兵大隊)+『ミナミ-九九型軽戦車』25両VS井谷軍山岳武装隊&井谷軍主力部隊(第3、4、5、6、33、34、35、36師団)+『井谷九○式山岳戦車』5両)
→井谷の完全勝利、靜敗走




