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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
井谷戦争
95/107

2-19『届かない文』

ここから第4章。

 神紀5000年、夏至後42日。


 濱竹安久斗一行はサハ列島連邦の択捉島、紗那神社に入った。


 安久斗が率いてきた面子は、まず臣:浜松ひくま、巫女:三ヶ日おな、軍総長:中田島砂太郎、陸軍長官:笠井綴、水軍長官:舞阪幾季、陸軍参謀総長:小松喜々音、水軍参謀総長:東陽ころん、それと陸軍の第1〜第9師団と第101〜105サハ常駐師団、水軍の第51〜59師団と第151〜155サハ常駐師団だった。


 神、臣、巫女を除けば全て軍隊で構成され、その師団も“水陸ヒト桁”と呼ばれる濱竹国主力戦力であった。


 水陸ヒト桁というのは、陸軍第1〜49師団のうち、1〜9の一桁師団と、水軍第51〜99師団のうち実質一桁に相当する51〜59師団の総称である。


 1師団あたり100名の兵がてられ、水陸合わせて1800名のエリート兵が今ここに集っている。


 逆に言えば、戦争でもないのに主力部隊が長期間国を空けることになったのだ。


 もちろんこのことに濱竹議会では不安の声も上がっていたが、最終的にその決定を下したのが安久斗であったため、批判の声は消えることとなった。


 択捉島に上陸した安久斗は、濱竹軍をサハ列島全ての島に振り分け、各島に駐留する靜軍から情報の共有を行い、統治状況を詳細にまとめるよう指示した。


 そして自らは戦艦『新時代』に乗り込み、異世界の扶桑国へと向かった。


 安久斗がひくまとおなを率いて扶桑国の首都:勘察来カムチャツキに到着したのは、翌日の夏至後43日、人類文明の暦にして西暦1519年8月3日のことであった。


 安久斗はこれから、自身初となる異世界人類国家との会談に臨む。


 間を取り持ったのは、言わずとも創造神カリナである。安久斗に課せられた使命は、サハ戦争の終戦後、サハ列島に取り残された扶桑国からの入植者(異世界人類)をどうするかについての話し合いであった。


 靜は異世界人類など悉く消し去るべきだという意見を持っていて、それら人類を無断で虐殺しようとしたが、異世界との紛争になることを恐れた安久斗がそれを止めていた。


 そしてようやく今日、列島に残された異世界人類の問題が片付こうとしていた。


 扶桑国の仮設議事堂に入り、姫川ひめかわ勝太しょうたに会う。


 姫川勝太は、サハ戦争に積極介入し事実上敗戦し、甚大な被害を被ったとして失脚した前野沢首相を糾弾した当時の野党第一党の党首であった。野沢の失脚後、総選挙で当時の与党が大敗すると、野党第一党が勝ってその党首であった姫川が首相になり、姫川政権が発足した。


 つまりは、サハ戦争時の野沢政権(親SHARMA、千島列島積極介入派)とは異なる価値観を持つ、アンチSHARMAの政権である。


 姫川首相は安久斗を握手で迎え入れるも、あまりこの会談に対して好意的に思っていなかった。安久斗はその歓迎されていない雰囲気を感じ取っていた。


「それで、入植者の件だったか?」


 姫川は安久斗に対して敬意を見せなかった。所詮相手は生物兵器、人ではないから敬語など使う必要がない、そう思っているのだ。


 だからこそ、安久斗はニヤリと笑いながら返した。


「あぁ、いいぜ」


 相手が敬意を示さないのであれば、自ら下に立つ必要などない。こちらも敬意などそっちのけで会話をするだけだ、と安久斗は考えたのだった。


 安久斗の言葉遣いに姫川は腹を立てて、


「……ちっ、礼儀も知らんのか」


 と小さく文句を垂れたが、当然それは安久斗に聞こえていて、


「お? どっかに俺より格上な存在がいるのか?」


 とわざとらしく目線を部屋全体に散りばめた。そしてその視線が数秒してから姫川に定まると、


「ま、お前なんぞ俺には取るに足らない存在だからな、敬う必要がないというわけだ。この国くらいなら、俺ひとりで滅ぼせる。そのくらいちっぽけな存在なんだ、お前らは」


 少し威圧するように言い放ち、しかしその後に笑みを作ると、


「お前らも同じだろ? 俺たちは人類じゃない、対等な存在じゃない、だから敬う必要がない。そう判断しているわけだ。だったらむしろ都合が良いじゃねぇか。互いに敬う気がないんなら、気楽にやろうぜ? な、姫川のオヤジさんよ」


 と、この状況から歩み寄る姿勢を見せた。姫川は舌打ちをしながら、


「俺はSHARMAに対して弱腰政策を取った野沢前総理とは違う」


 そう悪態を吐いたが、


「だが、お前らSHARMAも支離滅裂というわけではないし、話が通じる相手、そして何より思考しているということがよく分かった」


 安久斗にそう言って、「お前ら生物兵器と話し合いで決められることが少しでもあるなら、話し合うべきであることは明白だ」と話して再度安久斗に握手を求めた。


「あぁ、こっちとしても戦争は望んでねぇからな」


 安久斗はその手を取った。その時のお互いの表情は多少なりとも柔和なものになっていた。


 安久斗と姫川は、まず最初にサハ列島に残された入植者を扶桑国に引き上げさせる方向で調整を進めることを決めた。


 扶桑国はサハ戦争で海上戦力が壊滅してしまっているため、安全に扶桑国まで入植者を救出する手段を持ち合わせていなかった。そのため姫川は、その救出を濱竹に任せることにした。


 安久斗はそれについて「前向きに検討する」と答えるに留めた。本来は靜の管轄地であるため、明確な答えを出すことを避けたためである。


 次の議題として、姫川は安久斗にSHARMAの柄江浦からの撤退を要求した。


 扶桑国の港町である柄江浦は、サハ戦争にて関東統一連邦の祖神種、千羽舞と済田政樹に攻略され、今なお支配下に置かれていた。


 最初は小さな港町だった柄江浦も神類によって開発が進み、今や北端の海を護る拠点と化していた。


 それは極東に住まう人類にとって、ただの脅威でしかないのだ。


 柄江浦が占領された状態が続けば、今まで安全に航行や漁獲が許されていたオホーツク海全域が神類の管理下に置かれる可能性すら出てくるのだ。


 それは扶桑国や日本皇国にとって非常に不利益なものであった。


 しかし、これについて安久斗は「俺からはその要求に対する返事はできない。管轄が違う。改めて関東統一連邦に要求してもらいたい」と告げた。


 関東統一連邦の占領地に関して、靜連邦が何かを確約できるはずもない。しかし異世界扶桑にとって、SHARMAはSHARMAなのだ。しかもサハ戦争で同じ陣営として動いた者共ものどもが別の集団だと思うはずもなく、安久斗の言葉に心底失望した。


 目の前のSHARMAは適当を言って我々に柄江浦を返す気がないようだ。


 そう判断した姫川は、今までの柔和な態度を崩して安久斗に迫る。


「おい、お前。そう言って柄江浦を返還しないつもりであることは分かっている。そんな意味のない時間稼ぎをするなど、やはりろくでもない連中なのだな!」


 それを受けて安久斗は少々呆気に取られていたが、しばらくして大笑いをすると、


「おいおい、まさかお前、俺たち神類がみんな仲良し小好ししてるとでも思っていたのか? そりゃ頭ん中にさぞ綺麗な花々が咲いているんじゃねぇか?」


 と姫川を煽ると、正面の机に肘を突いて身を乗り出し、姫川の顰めっ面に迫ると、


「いいか、一回だけ教えてやるからよく聞け。俺たち神類には神1体につき基本1つの国がある。その国が集まって連邦を築き、その連邦が集まって統一連邦を築く。だがな、自分の属する連邦や統一連邦以外は相容れない存在だ。それぞれに思惑がある。世界を統一したいだとか、侵略者を跳ね除けながら独立を保ちたいだとか、異世界の文明を取り入れたいだとか、大抵そんなもんだ。それが積もり積もれば戦争が起きる。利害が一致すれば徒党を組むが、組んだとて根本は変わらない。国は違うし連邦も違う。いま柄江浦を占領しているのは、俺が属する集団とは別の連中だ。柄江浦を返してほしくば、それは俺との交渉ではなく占領している当事者と交渉してもらわねばならんだけだ」


 そう姫川に告げた。


「生物兵器とはいえ複雑な縄張りがあるのだな」


 姫川はそう呟く。あくまで領土や土地、国という言葉ではなく“縄張り”と言うあたり、この姫川勝太という男は神類を人間以下の動物と同等の存在と見ているようだった。


 安久斗はそれに気付き、この異世界扶桑という国に期待を抱くことを辞めた。


「ま、柄江浦の返還要求は俺に言ってもどうにもならないことを理解してくれ。それと、扶桑からの入植者はこの列島を管理する靜と話し合ってから、安全な場所まで移す。もし靜がお前らには返せないと言ったならば、俺はそれに従う。ただ、入植者に危害が及ばないように我が国が責任を持って保護することを誓おう」


 この時点で、安久斗は扶桑国からの入植者を扶桑に返還する気が失せていた。


 向こうがこちらを対等な存在と見ていない以上、こちらも異世界人類ザコを返す義理はない。それどころか、都合よく存在しているのであれば有効活用することが利益になると、安久斗は考えたのだ。


 姫川は「入植者は余すことなく返還してもらう」と強く言ってきた。安久斗はそれに対して笑顔を作り、


「当然、我々もそれを望む。そうなるように尽力するのが俺の仕事だ」


 と返した。


 姫川と安久斗の会談は、これをもって終わりとなった。




 その後安久斗はカリナと合流し、勘察来から列車に乗って隣国の日本皇国の首都:浦塩を目指した。


 安久斗は4500年以上生きてきて初めて列車という交通機関に乗った。


 安久斗とカリナが乗ったのは2等寝台と呼ばれる個室で、ソファベッドが2つだけ置かれた簡素な部屋であった。


 そこにカリナと安久斗で乗り、5日かけて浦塩を目指す。


 ちなみに列車に乗り込む時点で扶桑国の出国審査を受けるのだが、安久斗はそれをカリナが用意した偽造パスポートで通過している。


 つまり安久斗は、神類であることを隠して人類として列車に乗り込んでいるのだ。


「それで、どうするつもりですか?」


「何をだ?」


 列車に乗り込んでしばらくして、いきなりカリナに訊かれた安久斗は疑問を返した。


 カリナは感情の読み取れないお面のまま、淡々と安久斗に返した。


「サハ列島に入植している扶桑国民についてです」


 その言葉に安久斗は「あぁ」と理解したように頷くと、


「返すつもりはねぇな。だが、殺すわけにもいかない。なかなか手に入らない被験体だからな。研究し尽くさせてもらう」


 そう返した。カリナはその考えに否定も肯定もせず、「そうですか」と感情の篭らない声で返すと、始発駅で購入した新聞を広げて視線を落とした。


「新聞か」


 安久斗は席を移動してカリナの隣に腰を下ろすと、その新聞を覗き込んだ。しかし当然神類の使う文字と異世界扶桑が使う文字は異なっていて、読むことができなかった。


「……変な文字だな。なんて書いてあるんだ?」


 安久斗がそう言うと、カリナが静かに首を回して安久斗に向いた。急に不気味なお面が安久斗の目の前に向いたものだから、安久斗は少し恐怖した。


「『精神共有スピリトーソ』」


 そのカリナが、いきなり能力……いや、能力なのか不明であるが、限りなくそれに近しい類の摩訶不思議な力を使い、安久斗に何かを仕掛けた。


「んなっ!?」


 安久斗に抵抗する暇はなかった。ただただカリナから何か分からない(呪いかもしれない)ものを掛けられ、困惑をしていた。


「お、おい! 何をした!?」


「実害はありませんよ。それよりも、はい」


 そう言いながらカリナは安久斗に新聞を手渡した。


「んだよ、ったく。……んん!?」


 安久斗は目を見開いた。


 なぜかさっきまで読めなかった文字が読めるようになっていたのだ。


「よ、読める、読めるぞ!」


「なんですか、サングラスでも掛けて茶色スーツでも着ますか?」


「意味わかんねぇこと言うなよ。それよりも、なんだよこれ! どうなってんだよ!?」


 安久斗は興奮していた。それをただ見つめるだけのカリナだったが、


「あ、さっきのネタですけど、かつて人類文明には『天空の城(自主規制)』という映画作品があってですね。もうべらぼうに昔の話なんですけど、それが名作で。私も何度か恩人と一緒に見たことがあったんですが、その名シーンで敵が同じことを言っているんですよ。よく似てましたよ、大佐」


「大佐じゃねーよ、神だよ俺は! てか敵と似ていると言われても嬉しかねぇわ!」


「愛される敵でしたから、それほど貶されているって思わなくても大丈夫ですよ」


「多少は貶してんだな?」


「いいえ、揶揄ってるだけです」


「通じないネタで揶揄われても反応に困るぞ?」


「でしたら通じればよろしいのですね。ではこれでどうですか?」


 すると、安久斗の脳内に直接『天空の城(自主規制)』の該当シーンの映像が映し出された。


 安久斗は驚きながら頭を抱えながら声を上げた。


「なんで絵が動いてんだ!? いや、なんだこれ、どうなってんだ!? 音が不自然だ! かつての人類文明ってなんなんだよ!!!」


 映画なんぞというものは神類文明には存在しない。テレビがないならアニメもドラマも概念として存在しない。また、そうなるとSE(サウンドエフェクト)B(バック)G(グラウンド)M(ミュージック)もあるはずがなく、安久斗にとっては絵が声を伴って変な音の中で動き回っているという摩訶不思議な状況が映っていたのだ。


 その様子を笑うカリナだが、安久斗に「どうなってやがる! お前、俺に何をした!?」と詰められて、その怒りのあまりか安久斗が自分のお面を剥がそうとしてきて大慌てで「や、やめっ……!」と抵抗する。


「は、話すから! 話すからお面取らないでぇ!」


 カリナがそう言うと、安久斗の中にいきなり己に対する憎悪や恐怖心が湧き立ってきた。先ほどまではカリナのお面を取ってやろうと思っていたのに、その行動をいきなり自分の内部から否定された感覚がして、それがなんとも気味悪くて行動を停止せざるを得なかった。


 カリナは動きが止まった安久斗から距離を取ってお面を守り抜くと、ひとつ咳払いをしてからまた真面目な調子で話し出した。


「あなたに掛けたのは『精神共有スピリトーソ』という術です。本来の使用用途は思念や感覚、思考を共有することですが、応用をすると知識や記憶を共有することができます」


「つまり俺が文字を読めるようになったのは、お前と知識を共有したからか」


「はい。同様に先ほどあなたの脳内に映し出された映像は、私がかつて見た映画の記憶を共有したものです」


「じゃあさっきお前は、俺に“お面を取られる恐怖”を共有させて、俺を躊躇わせたってわけか?」


「ご名答です。本来はそういう使い方が正しいんですよ」


「そんな使い方、どうやってするんだ?」


「勝ち目のない敵に遭遇したけど、仲間が怖いもの知らずで立ち向かおうとしている時とかですかね」


「なるほどな」


 安久斗は自分にかけられた術を理解して、まるで妖精が持っていそうな能力だと思った。神類には相手の精神に干渉するような能力をデフォルトで兼ね備えた個体はなかなかいない(明のように自分で確立した術に組み込まれることは往々にしてある)が、妖精の能力にはそういうものが多い気がすると安久斗は思っていた。


「じゃあこの術が掛けられている間はありがたくお前の知識を使わせていただくとしよう。言語は通じても、文字が読めないのが地味に痛いからな」


 安久斗はカリナにそう言った。


「気が向いたら解除しますが、それまでは堪能してください」


「おい気分で解除すんなよ」


 カリナの返しに安久斗は突っ込まずにはいられなかった。それに対してカリナは可愛らしくクスッと笑うと、


「冗談です」


 と安久斗に言った。




ーーーーー

ーーー




 神紀5000年、夏至後67日。


 靜連邦は、日渡が濱竹を占領したまま国を閉じたことにより、大幅な混乱が生じていた。


 濱竹からの輸入に依存していた西部諸国を救済するために靜が輸出力を強化したが、靜も少なからず濱竹から輸入をしていたため生産力の低下が発生し、既に疲弊が見え始めていた。


 そこで靜は、同じ協商に属する関東統一連邦と中京統一連邦に支援を要求し、不足している物資を輸入して生産力の回復を図った。


 その状況を好機と捉えた国があった。


 井谷国である。


 井谷は、靜が消失した超大国濱竹の穴を埋めるべく奔走し、手一杯になって疲弊してきている今こそが仕掛け時であると考えた。


 そこで、靜国に対し「関東や中京に頼る前に、連邦内で解決することを試みてはどうだ」と言い、「靜が統率国から降りることと、沼と猪頭による新たな二大統率国制の始動、また1年交代で統率権を有する国を5カ国常設する制度を設けると約束するならば、我が国が靜を支援し、連邦内で濱竹の穴を埋めてみせる」と発表した。


 しかし、当然靜がその提案に乗ることはなかった。


 靜は井谷に対して「大国気取りの軍事国家が調子に乗っている」と声明を出すと、井谷との交易を停止した。


 そんな靜に井谷も対抗して、靜との取引を全て停止した。


 井谷と靜はこれによって断交し、もはや修復不可能な対立状態に入った。


 靜は連邦全加盟国に対し、井谷との交流を断つように呼びかけた。それに反応して中部諸国(宇治枝、谷津、島谷、銀谷、富田、羽宮)が井谷と断交するも、日渡に濱竹を封じられた西部諸国(袋石、崖川、周知、堀之内、古田崎、根々川)は藁にも縋る思いで井谷との交易ルートを確保しておきたいがために断交をしなかった。


 東部諸国(大山、伊月場、島波、沼)と猪頭諸国(猪頭、流水、熱山、猪東、河頭、降田)は連名で「今までの経済制裁で充分打撃を与えているはずだ」と靜に宛てて書状を送り、井谷との断交はやりすぎであるという主張を提示した。


 この手紙を出すに至った経緯としては、話し合いでの解決を強く訴えてきた日渡が連邦政治から消えたことで、反戦を訴える国家がいなくなってしまったと判断した沼蛇松と猪頭太平が、日渡の主張を引き継いで反戦運動を続けようと組んだことにあった。


 暴力ではなく、話し合いで解決する道がまだ残されているはずだと期待したが靜からの返答は永遠に届かなかった。


 そもそもとして、話し合いでの解決を訴えた手紙が、関所に駐屯する関東統一連邦軍の検閲に遭い、靜の方針に叛くとして処分されたのだった。


 手紙は届かなかった。


 いつまで経っても返事が来ないため、蛇松は夏至後74日、靜に対して一通の手紙を宛てた。


『靜国祖神 するが、あおい、しみず殿 宛

手腕しゅわんいまだ快々トハゆかず

紙上かみのうえニ描タ*無粋ぶすいごとし

ハテこれ如何ニせん

届ケシ意思モ未返いまだかえらず

イマうごケヌ惨事さんじたちまち惨事ヲうみ

*タカしれヌ被害被ラム事明白トレリ

カエス/゛\(がえす)迅速ニ賢断けんだんせむなり

 神紀五千年 夏至後七十四日

 沼国始神 沼蛇松 依』


*無粋:ここでは“情緒のない(絵)”の意

*タカ知ヌ:「多寡が知れぬ」、つまりは多いか少ないか(物量が)分からないこと。計り知れないこと。


 これを意訳すると、


『物事が思う通りに進まず、世の中がまるで情緒のない絵のように見える。さて、どうしたものか。届けたはずの我々の意思もまだ届いていないようで返事も来ないし、その影響で動けない事態は惨事と言え、この惨事がたちまち惨事を産んで、計り知れない被害が生まれることは明白となっている。何度も重ねて、速やかな英断を為さなければならないだろう。』


 となる。


 これは靜に対して宛てた要求の意味にも取れるが、沼の判断力の遅さという意味にも取れる。蛇松は後者の意味であると主張して手紙を出した。


 その2日後の76日、靜から返ってきた文章は、


『沼国始神 沼蛇松殿 宛

これは我らも深々な事案と捉えり。

限られし手段を地道に試行するのみ残されり。

届く報告に驚かされ貴国の働きに感心するばかり也。

 神紀五千年 夏至後七十五日

 靜国祖神 靜するが 依』


 であった。


 蛇松はこの返事に「やはりか」と呟いた。




 夏至後78日。


 沼蛇松は、沼国議会にて“分散神治のあらために関する勅令”を出した。


 その勅令にて示されたのは、神治から霊人長くしびもののおさを外し、その下にある神務局人類管理課を停止することであった。


 これにて、沼国の神治から人類が外された。


 沼国から人類が外されたことは、その日のうちに靜の耳にまで入った。


 沼国の持つ沼津港は、靜連邦の中でも清水港に次いで大きく、関東の力を借りて発展させれば靜連邦にとって利益となることは明白であった。そのため靜はここの開拓を急ぎたかったが、沼が人類を神治に組み込んでいることが原因で関東の技術投与が行われず、その南に位置する猪頭国の土肥港が開拓された。


 しかし今、状況が変わった。


 蛇松が人類を排斥し、関東が技術投与をする条件を満たしたのだった。


 靜は急ぎ南四連邦に沼国への技術投与を行うように要求した。


 国に最新技術が入ってくるかもしれない時期に、蛇松はひとり靜国を訪れた。


 対応をしたあおいは、間違いなく蛇松は関東からの技術投与に関するお願いをしてくるだろうと踏んでいたが、蛇松の目的は別であった。


「俺は関東の技術が欲しいわけではない」


 蛇松は開口一番でそう言った。それはもちろん、あおいが「あなたが人類を排斥したって聞いて、既に関東には技術を入れてもらうよう要求したわ」と笑顔で言ってきたことの返しなのであるが、とにかく蛇松は技術欲しさに人類を排斥したわけではないと宣言したのだ。


「じゃあ何よ?」


 あおいが訊くと、


「濱竹からの支援なしでは人類を管理できなくなっただけだ」


 そう言った。


「じゃあ何、もしかして私たちに支援を要求しているの?」


 あおいが訊くと、「そうではない」と蛇松は言ってから、


「日渡と話がしたい。もし靜が同じように交渉したいと思っているのなら、俺が遣いとなって交渉に挑もうと思っている」


 そうあおいに言った。


「でもそれ、人類を排斥したのとどう関係があるの?」


「関東からの要求を満たさねば、この連邦で立ち回ることが難しいと知った。この前みたいな工作をせねばお前らとも満足にやり取りできぬ事態になっているんだ、だったら香貫宮には悪いが排斥した方が合理的だ。ちょうど負担にもなっていたしな」


 つまり蛇松は、靜連邦を安定して統治させるために香貫宮を切り離したのだ。


「あら? 今まで真逆なことを言っていたじゃない。連邦を安定させるために人類を管理していたんじゃなかったの?」


 あおいが言うと、蛇松は呆れ顔をしながら、


「それだけ状況が変わったということだ。人類反乱よりも抑止すべき目下の課題が上がったのだからな」


 と言った。


 あおいはその言葉に「当て付けかしら」と呟いて心底嫌そうな顔をした。


 そんな靜に蛇松は「心当たりがあるんだな」と嫌味っぽく言ってから、


「自覚があるのなら、戦争回避に努めよ」


 そうあおいに告げた。あおいは「それは俣治に言うべきね」と返すと、


「まぁいいわ。それで、萌加に何か言いに行くんだっけ? 私からは別に何もないわ。独自経済圏だか何だか知らないけど、好きなようにやればいいと思うし。ま、生き残れるとは思えないし、いずれ縋りつきに来ると思うから、そうしたら少し制裁しつつも受け入れるつもりでいるわ。もし伝えるならそのくらいよ。だからあなたの好きにすればいいわ」


 そう蛇松に言った。


「そうか」


 蛇松はそれだけ返すと、あおいとの会談を終えて静岡神社を後にした。


 その足で蛇松は鉄道に乗り込んで西へ向かった。


 関東統一連邦主導で、靜連邦に張り巡らされた鉄路は既に崖川国まで伸びていた。日渡が国を閉ざしたことにより、崖川からひとつ西隣の袋石まで伸ばしたら、そのまま西進して日渡まで行くわけにはいかなくなり、急に進路を北に取って周知国に向かう計画となった。


 鉄道で崖川まで来た蛇松は、掛川神社を訪れて崖川あさひと会談した。


 あさひからは、鉄道ができたことで得られた利益と予想外の損失について聞いた。


 利益としては、物資の輸送が格段に速くなったことや、国民の移動が便利になったことによる経済効果(出国税、入国税などの関税面の収益)があったという。


 対して損失は、維持費が想像以上に大きいことであった。


 沼にはこれから鉄道が伸びてくる。蛇松は崖川が鉄道面で直面している事案(メリット・デメリット双方)は、近い将来に自国で抱えることになる問題だと位置付けて心構えしておこうと考えた。


 また、あさひに「日渡へ行くが伝えるべきことはあるか」と訊くと、「国を開けバカ」という伝言を預かるに至った。


 そうして掛川神社で一泊すると、翌早朝にち、崖川国の横須賀よこすか港から漁船に乗り込むと、日渡国渡海自治領に向けて進んだ。




ーーーーー

ーーー




 神紀5000年、夏至後48日。すなわち西暦1519年8月8日。濱竹安久斗は、カリナと共に日本皇国にやって来た。


 安久斗は、外務大臣の檜山ひやまひさしと会談した。


「我々は、サハ大陸に異世界人類の入植を認めようと思っている」


 安久斗は檜山にそう言った。檜山は四角い黒縁フレームのメガネを右手の人差し指でポジショニングすると、


「千島列島及び樺太島に入植させた扶桑は、この前のSHARMA戦争で大打撃を受けましたね。それは何故か。扶桑が国民を千島列島に入植させていたからです。防衛義務やSHARMAとの同盟が仇となり、あなたたちと戦う羽目になったのです。それを考えれば、我々が樺太島に入植する利点が思い浮かばないのですよ」


 檜山はそう言った。それに対し安久斗は、


「あれは戦争を起こした関東統一連邦が悪い。領土的野心を抱かずに普通に過ごしていれば、よほど対立しない限り戦争なんぞ起こす必要がないんだ」


 と言うと、


「つまり何が言いたいかと言うと、俺たち靜連邦に領土的野心はない。領土拡張をしようと試みる関東統一連邦とは現状仲間の関係にある。当面、世界が落ち着いている限り、そして我々が北端を管理している限り、貴国が恐れるような事態に陥ることはない。また、そうなる場合は我々がどんな手段を使っても守り抜こうじゃないか」


 そう宣言した。


 檜山はそれを受けて、


「私は初めてSHARMAと話しましたがね、ここまで話の通じる相手だとは思っていませんでしたよ」


 と感心したように言った。安久斗はそれに対し、


「他の奴らが異常に狂ってるだけだぜ」


 と笑った。


 檜山は入植計画の交渉を前向きに検討するとし、濱竹と10日間の協議を進めることを決定した。


 安久斗には日本皇国の最高級ホテルの最上位グレードの一部屋が宛てがわれ、10日間人類国家に滞在することになった。


 その長期滞在を活かして、安久斗はできる限りの範囲で観光に興じた。


 人類文明の進んだ技術、能力を持たない者たちが築き上げた生活、暴力における絶対的強者がいない世界の常識とは何なのかを理解しようとした。


 安久斗が日本皇国を見て思ったことは、


“神類文明は暴力に頼りすぎている”


 ということだった。


 絶対的な強者など存在しない世界であったのなら、きっともっと平和で、もっと平等な世の中だったであろうと、そう思った。


「なぜ神類には“格”が存在するんだ?」


 湧き上がってきた疑問をカリナにぶつけると、


「産み出す過程における偶然の産物としか言いようがありませんね」


 と、どこか申し訳なさそうに返って来た。


「人間が扱いやすいように、使える能力を次第に制限していったんだったか?」


「そうですね。試作品としての祖神種、しかし力が強すぎたから量産型の始神種は要素だけを使えるようにして。でも、交配したらそれが更に制限されるような仕組みになってしまったのは想定外でしたけどね」


 カリナはそう言った。


「能力なんぞ、いっそ無い方が平和なのかもな」


 安久斗はホテル最上階の部屋から夜景を見下ろして言った。


「能力の無効化が誰でもできるようになれば、世界に絶対的な強者が存在しなくなる。その先に平等な世界が待っているのやもしれん」


 カリナにそう言うと、「どうでしょうかね」とカリナは笑って返した。


「なぁ、誰もが能力を無効化できる方法とか無いのか? 能力の分析を続ければ、そういう類の道具を開発できるようになると思うか?」


 安久斗に訊かれたカリナは「うーん」と唸ると、


「昔作ったんですが、失敗しまして。私の感覚で物を言っていいのか分かりませんが、限界があるように感じますね」


 そう告げた。


「そうか」


 安久斗はそう言うと、


「……逆に、能力を持たざる者が能力を得たらどうなるのだ? もし仮にそれができるのなら、能力が産まれるプロセスを分析すれば能力を無効化する道具を生み出せるのではないか?」


 独り言を言いながら、ただただ眼下の夜景を眺めていた。




ーーーーー

ーーー




 夏至後80日。


 濱竹議会と日渡議会を合体させて誕生した日渡統合議会の最中に、湊が急用だと言って僕と花菜と萌加様を連れ出した。


 議会は一時中断となった。


 僕らが磐田神社の本殿に入ると、そこには神座に向かって頭を下げている蛇松様がいらっしゃった。


 神座に萌加様がお座りになると、萌加様は蛇松様に顔を上げるように仰せになった。


「どうしたの?」


 萌加様がお尋ねになると、


「国を開けバカ」


 と蛇松様が真顔で仰った。


「うぇ?」


 萌加様が困惑した表情で蛇松様の目をご覧ずると、


「というのは崖川あさひからの伝言だ」


 と蛇松様は仰せになった。


「……それを言うために来たの?」


 萌加様がそうお尋ねになると「そんなはずなかろう」と蛇松様が言われ、


「連邦は混乱している。お前が国を閉じたことで、濱竹との取引が禁じられて満足に物資が得られない状態だ。今は靜が濱竹の穴を埋めるべく動いているがそれにも限界があり、いよいよ大連邦協商……殊に関東に支援を求め始めた。これで靜連邦は、今後関東に依存することになるだろう」


 そして最後に「やってくれたな」とお怒りになった表情で仰った。


「でも、わたしたちが禁輸をすることで靜は対処に追われて、当面井谷方面に労力をけなくなるはずだよ。そうすれば、戦争は少しだけだけど先延ばしにできる」


 対して萌加様は怯むことなくそう仰った。


「それがそうでもない」


 しかし蛇松様はそう否定され、続けられた。


「靜と井谷は断交した。俺たち東部諸国と半島の奴らは、さすがに断交はやりすぎだと思ったから抗議文を送ったが、いつまで経っても返事はなかった。無視されたのか、それとも届いていないのか。気になったから少し細工をして靜に手紙を送ったんだが、返ってきたのは“これにかぎりとどく”という言葉だった。つまり抗議文は届かなかったんだ。それがどういうことか分かるか?」


「……検閲? 誰かが手紙の内容を確認して、靜に不都合なことは隠蔽しているってこと?」


「そうだ。南四が内政に関与してから、何度もそういう事態が起きている。まぁ、俺が南四に目を付けられているからという可能性が高いんだがな」


 蛇松様は少しため息混じりにそう仰った。何かに辟易したような態度であらせられ、それが僕らの対応でないことを祈るばかりであった。


 そんな蛇松様に萌加様がお尋ねされた。


「靜は井谷との戦争を決めている。そしてそれを南四が支えようとしている。それに対して抗議する声は徹底的に潰そうとしているってこと?」


「その見方で概ね良いだろう」


 蛇松様はそう仰せになり、


「だから濱竹を塞いだところで戦争を先延ばしにできるとは限らん。それに今よりももっと南四が靜連邦に関わる口実を与えてしまっている。つまりそれは、靜が連邦内の地位を高めるきっかけになってしまっているのだ。ということは、戦争が早まるやもしれんぞ?」


「……」


 萌加様はそのお言葉に閉口なさった。


 僕も、背筋が凍るような痺れを感じていた。


 ……もしかして、僕、やっちゃいましたか?


 この前蛇松様とお話ししたとき、僕らが靜様に向かって西部に関東の技術を投入するように訴えたのは悪手だったかもしれないというお話をした。


 そして今、濱竹を保護したまま国を閉じたことにより連邦内の混乱を引き起こしたことで、靜と井谷の開戦時期を早めてしまったかもしれないというお話になっている。


 僕らは、僕らが回避したい枡目を悉く踏んでしまっているのかもしれない。


「濱竹を封じられた今、あの連邦では靜と関東に嫌われたまま生きていくのは困難だ。だから俺は、関東の要求に応じて香貫宮を神治から追放し、擦り寄ることにした」


 蛇松様はそう仰った。しかし続けて、


「とはいえ、完全に奴らの下に就こうとは思っていない。靜とは今まで通りの関係を保つし、南四には一定以上近づかないようにしようと決めている」


 とも仰った。


「じゃあ、いよいよ技術が手に入るんだね」


 萌加様がそう仰ると、


「負の遺産にならないように使わねばならぬ。それに鉄道が伸びてくるということは、いよいよ関東から離れられなくなるということだ。あまり好ましく思えないが、連邦諸国から隔絶されるのも不都合であるため、甘んじて受け入れる他あるまい」


 と蛇松様は仰った。その言葉に萌加様は頷かれてから、


「で、それが本題?」


 とお聞きになった。蛇松様はそれに笑うと「まさか」と仰ってから、


「俺は靜にも関東にも依存したくない。奴らはいずれ必ず対立する。そうなる前に、靜連邦のみで完結できる社会を確立しておくべきだろう。今は靜が関東との間を取り持ち技術を連邦全土に普及させているが、それを独自発展させていく役割は濱竹に託されている。だが我が国も研究をしていないわけではない。今後、我が国に技術が入ってくるならば尚のこと研究が進む。研究結果を濱竹と共有して、連邦の独自技術として持っておくべきだ。そしていずれ靜が関東と縁を切ったとき、靜、濱竹、沼、猪頭それぞれの技術を統合して運用できることが求められるはずだ。それに向けて、今のうちから協力がしたい。連邦に対して国を開けとは言わない。我が国だけでも……せめて情報の共有だけでも行わないか? 全ては連邦の利益のため、俺たちが生き残るためだ。できることは何でもやっておくべきだと思うのだが」


 蛇松様からの提案は、国を開けだとか、何を血迷っているんだとか、そういう叱責の類とは違って、遠い未来に向けた生産性の高い話であった。


 靜にも関東にも依存しない。そのためには、濱竹の力が必要。


 その濱竹を保有しているのが、僕ら日渡。そして僕らは国を閉じて、靜連邦から隔絶された世界にいる。


 ……要は蛇松様も、開国をしろと迫っているのと同義であるのか?


 未来の話を提示して、あたかもそれが正解のようにこうしたら良いと語っているが、そうなる確証も、保証も、現時点ではどこにもないんだよね?


 だとしたら……


 僕は萌加様を見た。萌加様は俯かれて思案なさっているように思えた。


 次に花菜を見た。花菜は萌加様を見つめていた。何を思っているのだろうか……或いは、何も思っていないのだろうか。視線は一向に萌加様から離れない。


 僕は逡巡する萌加様に声をお掛けした。


「僕に回答権をお譲りいただけないでしょうか?」


「うぇ!? か、構わないけど……」


 萌加様は困惑されていたけれど、僕に回答権を譲ってくださった。


 僕は蛇松様へ一礼してから申し上げた。


「残念ながら、ご期待には添え兼ねます」


「むっ」


 僕の回答に蛇松様は眉を顰めた。なぜ提案を断る決断ができるのか分からないといったような表情をされていた。


 その状況下で萌加様は「……そうだね、大智の言う通りだよ」と援護をしてくださった。


「理由を聞こう」


 蛇松様がそう僕に仰った。僕は蛇松様の目を見てはっきりと申した。


「僕らは国を閉じました。制限付きでも、特定の国にだけ国を開いたなどという事実を作るわけにはいかないんです。例え相手が蛇松様であっても、靜連邦の未来がかかっているとしても、僕らは僕らの取った行動に責任を持つ必要があります」


「ならば尚のこと、連邦を混乱に陥れた責任を取って国を開くべきだろう。お前たちの選択で、また連邦が乱れるやもしれんのだぞ?」


 蛇松様は僕の言葉にそうお返しになった。


 そのとき、萌加様が「あのさ、」と低く仰った。そして蛇松様をご覧ずると、


「蛇松って、そういうふうに“わたしたちの行動のせいで〇〇が起きた”とか“わたしたちが蒔いた種で今混乱してる”とか、よく脅すよね。そっからまるで自分の意見が正しいかのように見せて主張してくるけど、正直それ、鬱陶しいよ? なんか意地の悪い安久斗と話してるみたい」


 と睨みながら仰った。


「……」


 蛇松様は真顔のまま萌加様を見つめられる。何か言葉を発せられることはなく、何か考え込んでおられるように見えた。


「だからね、何が言いたいかっていうと、わたしたちにはわたしたちの考えがあるの。それはここで開国しちゃったら意味を為さないの」


「だが連邦は……!」


 萌加様のお言葉に、蛇松様は焦ったご様子でお声を出されたが、それに萌加様が被せるように仰った。


「連邦がどうしたって? わたしたちのせいで連邦が崩れるって? 勝手に言ってなよ、そんなこと」


 そしてそれに続けて、


「わたしたちだって無計画じゃない。わたしたちには国を閉じて為すべきことがある。それはいずれ連邦に還元される。今はまだその時じゃないけど、準備はもうほとんど整っている」


 そう告げられた。


 蛇松様は今度は不安そうな表情をされると、


「だが、靜と井谷が戦争になれば、日渡にも飛び火しざるを得ないぞ? 鎖国をしていては、いくら濱竹を保有しているとはいえ後ろ盾なしでは生き残れないはずだ。そのためにも、俺たちと仲良くしておくことも手ではないか?」


「じゃあわたしたちと手を組んだあなたたちにも戦争が飛び火することになるよ? そうなったら連邦は今よりも悲惨な状況になるよ。わたしたちが想像もできないような事態に陥るかもしれない。わたしたちも連邦を滅ぼしたいとは思っていないし、壊滅させるつもりもない。蛇松もそうでしょ?」


 萌加様のお言葉に、蛇松様は何も返さなかった。ただ黙って、真顔で萌加様を見つめていた。


 そんな蛇松様に萌加様は告げられた。


「だからね、蛇松の言葉は蛇松の脳内に存在する理想論なの。でもわたしたちにも同じように理想論が存在する。その理想論同士がぶつかって、意見が相違しちゃったら、どっちかが折れるか破綻するか、はたまた両者が妥協して落とし所を探るしかなくなる。でもお互いが理想論を崩したくない立場を取れば、破綻一択だよね。いまわたしたちは、理想論をぶつけ合って、相容れないことが分かって、でも妥協できずにいる。だったらもう、あとは言わずともでしょ?」


「そうか」


 そのお言葉に蛇松様は曖昧に頷かれながらそうお言葉を発すると、


「わかった。残念だが、お前らとは別々の路線を歩む他なさそうだな」


 ため息混じりにそう仰って、


「ならば、お前らに意見をぶつけておこう」


 と何か決心されたように凛々しいお顔をされると、


「もし井谷側で靜と戦うつもりならば、無理はするな。奴は祖神種だ、勝てる相手ではない。程々にしておかねば晒されるぞ。現時点で靜は、お前らが国を開いて連邦社会に戻ってくるなら、多少の制裁はしつつも受け入れるつもりでいると話していた。苦しくなったら井谷を裏切って靜側に戻ってくるのも手だ。国を乗っ取られたのに安久斗が戻ってこないのも気掛かりだが、俺の見立てでは有事になれば奴は必ず戻ってくる。参戦するかは不明だが、少なくとも犬猿の仲の井谷とは組まないはずだ。安久斗が帰還して、法に則って濱竹を解放したとき、今のまま井谷と連んでいては濱竹と対立する可能性が生じるぞ。それでもお前らは今の体制を維持するか?」


 蛇松様からの問いかけに、萌加様は真っ直ぐ返される。


「するよ。そうならないし、そうさせない計画があるからね」


 その表情は曇りなく、蛇松様のお顔を射抜いておられた。


「そうか」


 蛇松様はそう仰ると、


「ならば努めよ」


 それだけ残して本殿から去っていかれた。


 僕らはその後、何もなかったように議会に戻ったのだった。




ーーーーー

ーーー




 濱竹安久斗は、日本皇国との10日に亘る協議の末にサハ大陸列島への異世界人類の入植を認めた。


 この話し合いが取りまとまったのは夏至後58日(8月18日)のことであった。


 翌日の夏至後59日に、安久斗はサハ列島の択捉島に戻ると、予め指示しておいたひくまやおな、砂太郎が率いる軍隊と合流し、サハ大陸に移動した。


 濱竹軍がサハ大陸の衣堆いどいに入ったのは、夏至後61日早朝のことだった。この前日の60日に、濱竹本国は隣国の日渡に緊急特別統治法を通されて占領されてしまったが、そんな報告はまだ北端には届かない。


 濱竹軍は、サハ列島に残っていた異世界扶桑からの入植者をサハ大陸に連れてきた。


 安久斗は扶桑国との会談は破綻したものと見做し、入植者を異世界に戻そうとは考えていなかった。しかし安全な場所に移動させることを姫川に約束したため、日本皇国に入植を認めたサハ大陸まで連れてきて、返還しないものの安全な場所へ動かすという名目は果たしたのだ。


 日本皇国からの入植が始まることに備えて、異世界との窓口になる西海岸のボギビに人類用の都市を建設するよう臣のひくまに命じた。


 そのボギビから東進すると辿り着く、サハ大陸の東海岸都市ノグリキに、列島に入植していた扶桑国民を移した。


 しかし扶桑からの入植者に自由は与えられなかった。安久斗は彼らを強制収容所に等しい実験施設に放り込んだのだ。


 その施設の管理を任されたのは巫女の三ヶ日おなだった。


 人類が収容された施設では、安久斗の疑問を解消するため数々の実験が行われる予定となっている。その被験対象として、サハ列島に取り残されて行き場を失った扶桑国民が選ばれたのだった。


 安久斗の疑問の中で、最も重要視されたのは神類が神類たる所以である“能力の解析”であった。その研究を巫女家の三ヶ日家に任せ、異世界人類を用いた実験としては“能力を持たざる者に能力を付与することはできるのか”という内容となっている。


 非情なことに定評のあるおなが任された理由は、被験体となる人類に同情することなく実験する必要が求められたからだ。


 つまりは、この施設ではこれから被人道的で凄惨な研究が行われることを意味しているのだ。


“もし能力を持たざる者に能力が付与されるのならば、そのプロセスを観察することで神類が持つ能力の仕組みを理解できるのではないか”


 安久斗はそんなことを考えていたが、その裏で密かに試みていた真の目的があった。


 それは……


“上位種の絶対有利を破壊できる存在の開発”


 であった。


 始神種は祖神種に勝てない。皇神種は始神種に勝てない。上神種は永神種に勝てない。下神種は上神種に勝てない。そんなことは世界の常識で、強者は常に下種げすに対して横暴に振る舞っている。下にいる者は絶対的強者からの抑圧に耐える他ない。


 そんな常識を打ち破れるような、神種の枠に囚われない存在を開発してしまえば、世界は絶対的強者への服従から解放され、まるで異世界に広がる人類国家のような自由で平等な理想郷ユートピアを築く第一歩になるのではないか。


 安久斗はそんなことを考えて、人類を使った実験に踏み出したのだ。


 その実験は、祖神種でも、始神種でも、皇神種でも、上神種でも、下神種でも……そもそも神類でもない、人類がベースとなった全く別の種を生み出すことが目的であり、安久斗はその種を“亜神種あしんしゅ”とすることを決めていた。


 しかしその亜神種を生み出すためには、まずはもととなる人間を超越した人間を生み出す必要があった。それを“狂人きょうじん”と呼び、その狂人に能力を付与できないか試そうとしているのだ。


 そんな実験を、このサハ大陸で行う。そのための人類、そのための入植者、そのための異世界国家との契約。


 全ては神類の能力とは何かを解析するために。そして、世界の常識を変えるために。


 この研究は当然ながら重要機密とされ、濱竹の臣家、巫女家のみに伝えられた。


 一連の研究は、通称“狂人化計画”と呼ばれるものであった。




 翌62日。


 そんな秘密裏の計画を臣と巫女に任せ、安久斗は衣堆の落石おっしき神社で山のように積まれた書類に目を通していた。


 そこに、創造神カリナがやって来た。


 カリナは異世界で一緒に行動していたものの、日本皇国との会談終了後に安久斗と別れて沼国に飛んで、靜連邦の様子を見てきたのだった。


 カリナは安久斗に質問した。


「最近の連邦の動きはご存知ですか?」


「知っているとでも思うか? 情報が全然届かねぇぞ、ここ」


「でしょうね、ほぼ異世界ですからね」


 安久斗が靜連邦で起きたことを知らないことを確認してから、カリナはお面越しに安久斗の目を見て、


「割と大きな動きがありましたが、お教えしましょうか?」


 と訊いた。


「なんだ? ついに靜と井谷が戦争をし始めたとかか?」


 安久斗が問うと、カリナは「まだですね」と言って笑った。


「それじゃ、何があったんだ?」


 安久斗が訊くと、


「濱竹議会が、日渡国に占拠されました」


 その言葉に、安久斗の思考は一瞬固まった。


「ん? いや、そうか。濱竹議会は日渡の臣と巫女の参画を認めている。そして特権まで握っているから、既に乗っ取られているようなもんだろ。何を今更……」


 安久斗はそう言ったが、カリナは首を振って、


「では、こう言いましょう。一昨日、濱竹議会に日渡国の神治首脳部が挙って乱入し、上級上神種権限を利用して複数の法案を通すと共に、新設した緊急特別統治法に基づいて、濱竹国全土を日渡萌加の保護下に置いたとのことです」


「おい、事実か?」


 安久斗はカリナから出た言葉に目を見開いた。


「事実です」


 カリナは落ち着いた声でそう言った。


「あいつら何考えてやがる……!?」


 安久斗は告げられた事実に頭を抱えた。


「とはいえ、日渡国は濱竹あなたの国に危害を加えようとしているわけではないようです」


「というと?」


 カリナの声に安久斗が訊くと、


「緊急特別統治法によれば、何らかの理由で濱竹国から長時間に渡って神、臣、巫女が不在となった場合、超大国の濱竹の国家基盤が揺らぎ滅びることがないよう、その全土を日渡国が保護することが目的のようです。また、安久斗さんが戻れば統治体制を元に戻すそうです」


「つまりは濱竹が滅びて連邦が更なる混乱に陥るのを防ぐための措置ということか」


「みたいですよ」


 安久斗はカリナからの説明に、ひとまず隣国である日渡に敵対心がないことを理解して安堵した。


「まぁ、事実上占領されている状態なんですがね。それが嫌でしたら至急お戻りになるのがよろしいかと思いますが、どうされますか?」


「死傷者や国益を大きく損なうような物的被害は出ているか?」


「いいえ、何も」


「ならば戻らん」


 安久斗はそう宣言した。


「国が占領されていてもですか?」


 そうカリナが尋ねると、


「立法機関で、その手順に則って定められた法において支配されているのなら、その統治もまた法に縛られているはずだ。つまり無秩序ではない。それに、日渡のことだ。現段階ではそこまで心配する必要はないだろう。靜と井谷が戦争を始めたら話は別だけどな」


 と安久斗が答えた。


「随分と日渡を信頼しているのですね」


 カリナからそう言われた安久斗は、


「ま、隣国だしな」


 と笑って見せた。


「とはいえ、占領されるのは予想外だった。心配が全くないわけではない。だから少し、奴らの様子を見に行ってくれないか?」


 安久斗はカリナにそう言った。彼女は少し考えてから、


「午後なら良いですよ」


 と答えた。


「それなら頼む」


 安久斗はその答えに、カリナは笑顔だけを返した。


 お面で見えないから、当然その笑みは見えていないのだけれども。


 そうしてその日の午後、カリナは安久斗からの遣いで日渡国を訪ねたのだった。


 安久斗のもとに、靜連邦からの手紙は何も届かない。何が起きているのか、どうなっているのか、全くもって状況は伝わってこないが、ただひとつ言えることがあった。


 カリナがいる限り、自分の仕事に従事していればいい。


 あとはカリナが、日渡が、靜が、井谷が、沼が、猪頭が、なんとかしてくれる。


 任せっきりでいいのだ、何せ呼び出しもかからないのだから。


 情勢コトが動けば呼び戻される。靜からか、沼からか、日渡からか、はたまたカリナからかは分からないが、必ず誰かが何かを言う。


 それまでは北端で密かに為すべきことを為して、“計画”に向けて準備を進めることが重要なのだ。


 濱竹軍の主力部隊は手元ここにいる。


 道具も揃っている。


 時がきたるまで待機するのみだと、そう考えながら、安久斗は仕事を続けるのだった。

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