2-18『日渡国指定開発特別区域“濱竹”』
神紀5000年、夏至後61日。
日渡による濱竹議会占拠が連邦中で報じられた。
靜は緊急で連邦神議会を招集し、日渡を猛烈に批判した。今すぐ占領した濱竹の解放を萌加に命じたが、萌加は占領ではなく保護であると主張し、安久斗が帰還し次第法律に則って緊急特別統治体制を終了すると述べた。
しかし、その行為は連邦諸国にどう映ったであろうか。当然、数十日前まで靜と対立し、近年井谷に接近して同盟まで締結した国家が、濱竹議会を乗っ取って傀儡化させたと見えるのだ。
「日渡国における一連の行為は連邦の安定を著しく崩壊させるものであり、統率国として看過できない事態である。日渡国に、日井同盟の解体と濱竹国解放の意思がないのなら、日渡国も井谷国同様に現在の“連邦内危険分子”から“連邦の脅威”に繰り上げる必要がある」
靜の発言に、反対意見は出なかった。
普段、何かにつけて反論を提示する沼蛇松も、今回ばかりは黙ってその場にいるだけだった。
また、井谷俣治は今回の招集に応じず欠席しているため、日渡を擁護する国家はどこにもなかったのである。
しかし、萌加は怯むことなく連邦諸国に告げた。
「日井同盟が締結されようが、濱竹が我が保護下に置かれようが、結局はそれら全てが効果を発揮しない状況を維持できれば良いのだ。それは簡単だ、靜が井谷と話し合い、戦争を回避すれば済むのである。連邦諸国は靜にはたらきかけ、靜が戦争を起こさないように尽力することが現在の務めではないか。我が国は、我が国なりにそれを果たしているだけだ。しかしそれでも万が一戦争を回避できなかったとき、我が隣国にして西部で絶大な影響力を持つ超大国濱竹が瓦解しないよう、我が国の保護下に入れたのである。この行為は間違っていようか。連邦諸国はその件についていま一度考え、靜と井谷の戦争を阻止するべきか、我が国を“連邦の脅威”と位置付けて消すべきか、結論を出した方が良いと考える」
連邦諸国は黙って萌加の言葉を聞いていたが、靜の三大神は終始イラつきを隠さずに聞いていて、萌加が話し終わると間髪入れずに、
「聞く価値などない話であった。統率国の判断の下、日渡国を“連邦の脅威”と認定する」
と、するがが決断した。
「おい待て、なぜ独断で決めるんだ」
するがの決定に異を唱えたのは猪頭太平だった。
「たしかに日渡と井谷の接近や濱竹議会の占拠は見るに耐えない行為であるが、少なくとも靜と井谷の戦争は当事国間で話し合うべきであることは明白だろう」
太平の言葉にハッとしたのか、崖川あさひも靜に言葉を投げる。
「私たちのような小国には、靜に対して対等に物を言う手段がないわ。萌加は、やり方としては不器用だけど賢かったのよ。軍事大国で靜と敵対する井谷側に入ることで靜に意見できる地位に就き、神治幹部が不在の濱竹を保護することで更に発言力を高め、靜に直接意見しているのよ。そこまでして、靜と井谷を話し合わせて戦争を回避したいのよ。なのに靜は、自分と対立した気に食わない国家だからといって意見を詰っていいの? 正直、私たち西部諸国も萌加の行動に迷惑しているけど、戦争が起きる方がたしかに迷惑なのよ」
「そうだ!」
「まずは話し合え!」
「独断で決めんなよ!」
あさひの言葉に同調するように、連邦諸国の神々が靜に野次を飛ばした。
その瞬間に、靜あおいが痺れを切らしたのか、歯軋りをしながら机を叩くと、
「うるさいわねっ! いい? 日渡は統率国に歯向かって連邦の秩序を乱したのよ? そして安久斗がいないからって調子に乗って濱竹を占領して、靜に歯向かう意思を隠しもしないでここに立っているのよ!? こんな国、どう見たって“連邦の脅威”じゃないの!」
声を荒げたあおいを見て、神々は気まずそうに視線を逸らした。皆一様に、祖神種の怒りを買いたくないのだ。
しかしこの状況で意見をした男がいた。
「いいや、それは“連邦の脅威”ではない」
沼蛇松である。
「何よ?」
あおいが蛇松を睨む。しかし彼はそれに臆することなく返した。
「靜に対して脅威的な国家なだけだ」
神々は蛇松の言い放った言葉が言い得て妙だと納得した。
蛇松は続ける。
「日渡は、連邦に対して叛逆する意思など見せていない。井谷のように連邦の形を根本から変えようと提示したわけでもない。奴は常に、靜と井谷が話し合って戦争を逃れるべきだと主張していた。その発言力は、日井同盟の締結により格段と向上し、濱竹占領後の今はもっと増している。それは靜にとっては脅威的に映るだろう、靜が頑なに戦争を起こそうとしているのは明白であり、きっと何かしらの計画があるのだろうからな。だが、靜に楯突く国家は皆“連邦の脅威”なのか? 違うだろう。それは靜にとっての脅威なだけであり、我々からすれば戦争を誘発しようとしている靜こそが“連邦の脅威”とも取れる。つまりは……」
「黙れ!」
蛇松の言葉に声を荒げたのはしみずだった。
蛇松は指示通り黙った。
「黙って聞いていればペラペラと。ボクらが“連邦の脅威”だって? 連邦を護っているのはボクらだ! 連邦を導いているのはボクらだ! なのに、そんな統率国に対して脅威などと抜かして。この連邦を護っているのは誰か分かっているのかな?」
訊かれた蛇松は真顔で答えた。
「世界だ」
その答えに、顔を顰めた靜と言葉を失う神々。ちらほら笑う者もいた。
「なに?」
するがが機嫌悪く言葉を吐いた。その視線に射抜かれながら、蛇松が続けた。
「この連邦を護っているのは世界だ。関東も、関西も、世界の緩衝材であるこの連邦に易々と手が出せない。この連邦は今まで世界によって護られてきた。靜は緩衝材という立ち位置を盾としながら、その恩恵と祖神種という絶対的に揺るがない地位に甘えてきただけだ」
蛇松の言葉に神々は滑稽そうに笑い出した。
靜は心底気に食わなくて、
「おい蛇松、これ以上口を開けばお前も“連邦の脅威”にしてやるからな!」
と脅した。そんなしみずに対して、
「おいおい、待てよ。靜に意見するだけでも“連邦の脅威”かよ。蛇松は連邦にとって何にも不利益なことしてないよ」
笑いながら堀之内弥凪が言った。
「滑稽だ。どうやら靜の反感に触れただけで連邦を乱す存在となるようだな」
弥凪の言葉に古田崎悠生が続いた。その後、神々は自由に靜に言葉をぶつけた。
「結局は靜の機嫌次第なのね」
「独裁じゃないか」
「靜にとっては連邦は自分の領土なのか?」
「連邦は靜だけのものじゃないぞ!」
「連邦を乱す奴のみに“連邦の脅威”を与えろ!」
「これ、脅威は靜じゃないか?」
「わかるー。もう靜に正当性ないよねー」
連邦神議会は紛糾していた。
そんな中、宇治枝恭之助が何度か手を叩いて神々の注目を集めると、
「はいはーい、じゃあこうしよう」
勝手に会議を仕切り出した。
「恭之助、司会は私たちなんだけど?」
あおいが言うと、恭之助が和かに答えた。
「でも、たぶん今あおいちゃんたちが仕切っても火に油だよ? 誰も聞かないと思うなぁ」
「どういうことだよ、説明しろ」
するがの言葉に恭之助は「怒らないでよ?」と前置きすると、
「だって、靜の正当性、もうなくなっちゃってるもん」
と神々の方を見て恭之助は言った。神々は、靜に対して明らかに懐疑の目を向けていた。
果たして“連邦の脅威”とは何なのか。靜にとっての連邦とは何なのか。そもそも“脅威”とは、靜に歯向かった国家のことだけなのか。連邦を害さない存在までもが脅威になってしまうのか。
様々な疑念が神々の中に渦巻いていた。
するがは恭之助に舌打ちすると、
「あっそ。じゃあ俺たちは帰るから、あとは好きに愚痴でも言ってろよ」
と退席しようとした。
しかし、その退路を島谷嘉和水と谷津詠が塞いだ。
「何の真似?」
しみずがそう訊くと、恭之助が言う。
「決めなきゃいけないことがあるからね。統率国が席を外したら決められない。さ、戻って」
「断るわ」
あおいが言った。複数のため息が靜の背中を襲った。
「だったらしょうがない、今決めよう」
恭之助はそう言うと、神々に問いかけた。
「まず、日渡を“連邦の脅威”とするかどうかだね。日渡はたしかに色んなことをしているね。日井同盟、保護という名の濱竹占領。これは連邦にとって脅威的かな?」
その言葉にちらほら神々が頷いて見せたが、
「でも、靜が戦争を起こさなければ全ては効力を持たない。安久斗が帰還すれば濱竹は正常化される。安久斗が戻っても占領が続くようであれば、その時は明らかな“連邦の脅威”であるが、今は完全に脅威とは言えない。現状の“連邦内危険分子”で十分ではないか?」
猪頭太平がそう言った。
その言葉に「たしかに」と賛同する声がちらほら上がる。
「じゃ、訊こう。日渡を“連邦の脅威”に引き上げた方が良いと思う、挙手」
手を挙げたのは、意外なことに西部諸国の神々だけだった。靜はくだらなさそうにそれを見ているだけで、そもそも話し合いに参加していないという態度を見せていた。
それでも恭之助は話を続けた。靜がその場で決定を見ていれば、話が曖昧に流れないと思ったからだ。
「ま、西部は濱竹が占領されてるしね。とはいえ、多数決では認められないとなった。日渡は現状維持、“連邦内危険分子”のままで決定。制裁はどうする?」
恭之助の質問に、周知小國が答えた。
「濱竹を占領しているから多少しても良いと思う。資源が枯渇して干上がることはなさそうだし」
「なら、西部諸国で食品や薬品を除いた物資を夏至後終わりまで全面的に禁輸したらどう? そうすればちょうど良い制裁になると思うけど」
袋石夜鳥が提案すると、西部諸国は賛成した。
「ま、西部がそれでいいならそれで」
恭之助はそう言うと、次の議題に移った。
「じゃ、次。沼を“連邦の脅威”と認めるか否か」
その言葉に、神々は一同笑った。
「おい」
蛇松が冗談はやめろと抗議したが、
「靜の提案だからね、決めておかないと曖昧になっちゃう」
と恭之助は言った。しかしその顔がにやけていたため、靜を揶揄っているのは明白であった。
「はーい、じゃあ訊こうか。“連邦の脅威”に?」
「「「認めない!」」」
神々が声を揃えてそう言ったあと、大笑いをして転げ回った。
それを不快そうに見つめたするがが、
「茶番もいいところだね、帰るよ」
と言ってしみずとあおいを率いて退席した。
連邦神議会は、これにて閉会した。
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ーーー
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萌加様が連邦神議会からお帰りになった。
僕らは連邦諸国からどのように扱われたのか気が気でなかったため、そわそわしながら萌加様の報告を待っていた。
萌加様は僕らを磐田神社に招集すると、
「日渡は“連邦内危険分子”継続と認められたよ。ただ、西部諸国から制裁が下されて、夏至後終わりまで続く。内容は禁輸。だけど、食品と薬品は届く。濱竹を保護下に置いたなら物資には困らないだろうからってことだった」
と報告なさった。
「思ったより軽かったわね。“連邦の脅威”に認定されると覚悟していたけど」
明様がそう仰る。それに対して萌加様は「あぁ……」と愛想笑いを浮かべられると、
「靜はそうしたかったみたいだけど、連邦諸国がそれを許さなかったの」
と仰った。
「む? ということは誰かが靜の意見を蹴ったのか?」
耐久様の言葉に萌加様が「太平と蛇松がね。日渡は連邦にとっての脅威ではなくて、ただ単に靜にとって驚異的に見える国家だって言って。みんなその意見に納得してた」とお答えになる。
「でも靜はどうなのよ? そんな風に言われちゃ黙ってないでしょう?」
「そりゃ、まぁ……」
萌加様は極まり悪そうにそう仰って視線を逸らした。
それを見て明様と耐久様は顔を見合わせて、深いため息を吐いた。
「え……っと、これは喜べる事案ですか?」
僕が訊くと、
「普通に考えれば、連邦の脅威に指定されなかったことを喜ぶべき事案ね。ただ、そうもいかないのが現状かしらね」
と明様が仰る。
「どういうことでしょうか?」
花菜が訊くと、
「この結果に靜が納得していないんだ。どんな暴挙に出るか分からんぞ? アレは祖神種だからな、何をやってもねじ伏せられる力を持っている」
耐久様がそう仰った。僕ら上神種は、その言葉に頭を抱えた。
うーん、どうしたものか。連邦諸国が味方をしてくれたとはいえ、状況は好ましくないわけか。
西部諸国からの制裁に乗じて靜から更に重い制裁が下ることも想像できるし、下手したら全ての連邦加盟国に圧力をかけて僕らを味方できないようにするかもしれない。
「……国を守るためには、この国のみで完結させる社会を構築する必要があると」
壱さんがそう呟いた。
「うむ。幸い今の日渡は、かつての渡海、武豊、そして臨時で濱竹も統治下に置いている。これだけ物資や労働力があれば、多少蓄えを削ることにはなるやもしれんが、できないことはないだろう」
竜洋が意見を述べる。
「……早々に独立した経済圏の確立が必要になるかも」
それを聞いて、湊がそう呟いた。
「経済的に余裕があるのは濱竹よね。というか濱竹を上手く動かせば、日渡の経済を外界から切り離せそうね」
花菜がそう言った。
うん、なるほど。そういうことなら、やるだけの価値はあるかもしれない。自国完結社会に回帰することにはなるが、制裁を喰らって国民生活に支障をきたす訳にはいかない。
そもそも国の発展のために始めた靜との対立路線なのに、こんなところで足止めを喰らっては意味がないのだ。
連邦の安定とかそういうのよりも優先すべきは自国の発展で、この国にとっての最大の利益を得ることだと、萌加様は以前そう方針を打ち出された。
僕らはそれに従う。国の利益を得るために、僕らは靜との対立路線を崩すつもりはない。
このまま進むのだ、やれるところまで。
「もし靜から制裁が下されたら、交易は同盟国の井谷国のみとし、濱竹の膨大な生産力をフル活用して日渡独自の経済圏を立ち上げよう」
僕の提案に頷く上神種一同だったが、
「それなら、もう動かないと危ないわよ?」
と明様が仰る。
「どうしてですか?」
僕がお尋ねすると、
「じゃあ逆に訊くけど、靜から重い制裁が下されたあとで自由に行動できると思うかしら?」
と返された。そのまま明様は続けられて、こう仰った。
「この国独自の経済圏を作るために濱竹を利用するということは、つまりあなたたちは濱竹を独立国としてではなく、傀儡国として扱おうというものよ。言ってしまえば搾取に等しいわ。そんなことを靜が許すとは思えないけど」
明様のお言葉に僕らは確かにと頷く。そうだよな、制裁を受けてから動き出したのでは遅いよな。
「だが、例え靜から今後制裁を喰らったとしても、既に独自の経済圏を築くばかりにしておけば痛くも痒くもない。制裁後、日渡は独自経済圏で外部からの制裁打撃を受けることなく生きていける。だから、制裁を喰らうことを前提にして考えるのなら、喰らってから動くのではなく、先に動いておいて制度を整えておくべきだぞ」
耐久様がそう僕らに提案なさった。
「でも、濱竹を本格的に傀儡化させて独自の経済圏を確立すれば、間違いなく“連邦の脅威”と認定されるわ。その覚悟がなければ、今後降り掛かるどんな制裁も大人しく受け入れて、今まで通り靜に恭順な国家として生きていくことがいいと思うわ」
耐久様からの提案の直後に、明様が僕らにそう仰った。
連邦の脅威。つまりは、連邦を破壊しかねない早急に削除すべき対象。
秩序を乱し、世を混沌とさせ、連邦に不利益をもたらす存在のことである。
濱竹を独自経済圏に組み込めば、西部諸国は濱竹との交易ができなくなり、輸入に頼ってばかりの国家集団としては大打撃を喰らう。
僕らは今、周辺諸国を混乱に陥れようとしているのだ。
その覚悟が、僕らにあるのか。
しかし、僕ら以前の問題でもありそうだった。
萌加様の表情が、そればかりはやりたくないと訴えていた。
「せっかく“連邦の脅威”を回避できたんだから、そんな危険なことをする必要はないよ。それに靜から制裁が下されるって決まったわけじゃない。だったら今は波風立てずに、西部諸国からの制裁を受け入れながら、今までと同じように靜に戦争反対の意思を伝え続けようよ」
萌加様は僕らにそう訴えられた。明様や耐久様の方も見て「変な知恵を教えないでよ、今の世の中じゃ必要ない知識だよ」と少し怒っていらっしゃる。
それに対して「すまんな」と謝られる耐久様と、「そうかしら?」と返される明様。萌加様は「今は滅ぼし合う時代じゃないんだから!」と明様をお説教なさっていた。
滅ぼし合う時代じゃない、か。
裏を返せば、僕らが先ほど教わった戦法というのは、禁輸することで他国の補給路を絶って滅ぼすものというものだ。しかもその相手は対立してる靜ではなく、西部諸国。
僕ら上神種にとって、西部諸国は他国である。確かに同じ地域に振り分けられていて親しい国家ではあるが、他国の域を出ない。しかし萌加様にとっては友人なのだ。友人が治める国なのだ。自分の国を守るために、友人を見捨てることなどしたくないのだろう。
……だが。
僕は明様と取り込まれている萌加様を見て告げた。
「西部諸国は、我が国に制裁を下す決断を致しました。我が国はこの連邦で起こり得る戦争を止めようとしただけなのに、なぜこうも理不尽な制裁を受けなくてはならないのでしょうか。理解に苦しみます」
萌加様は黙って僕を見つめていた。淡々と話しすぎただろうか。きっと僕の声は、あまりに感情の籠っていない、とても薄情な声色だっただろう。そんな僕の言葉を引き継いだのは花菜だった。
「大智の言う通り、西部諸国からの制裁は不当なものです。ですが、それは連邦神議会で決まったものですので、私たちはそれを受け入れる用意をしなければなりません。ただ、それ以外の制裁を受ける必要はありません。私たちは今後、今回の連邦神議会の決定に基づかないと判断される国や地域から制裁が下された場合、また決定から逸脱した期間に制裁を受けた場合、我が国と我が国の保護下にある領域、また我が国と同盟関係にある国家のみで全てを完結させる経済圏を構築し、連邦諸国との一切の取引に応じないものとします」
その言葉に萌加様は、
「濱竹を人質に西部諸国を脅して、西部諸国を人質に連邦諸国を脅すの?」
と尋ねられた。
「言い方は悪いですが、靜への圧力にはなるかと存じます」
花菜がそう答えた。萌加様は「まぁ、たしかに」と呟かれると、
「言ったからには、ちゃんと制度を整えておいてよ?」
反対するのにも疲れたご様子でそう僕らに仰って、
「今日は解散。ちょっと頭を休めたい」
解散を命じられた。
その後、僕ら上神種は場所を渡海の福田神社に移し、日渡のみで完結する経済圏の確立へ向けた構想を練り出した。
靜に対し、西部諸国を人質とした圧力を掛ける取引材料でもあるため、整備は一刻も早く求められている。
僕らがこの独自経済圏を確立する前に西部諸国以外の国家から制裁を受ければ、取引材料として一切使い物にならなくなる。
とりあえずまずは、日渡だけで濱竹を動かせるようにしなければならない。
よって最初に神務局の再編を行う。日渡神務局と濱竹神務局を合併させて、統合神務局を設置する。それを統括するのは濱竹神務卿の下池川山樹とし、役職名を統合神務卿とした。現職の日渡神務総長のミレは、統合神務局長に割り当てた。その下に濱竹課と日渡課を設置し、現在の濱竹神務局長を濱竹課の課長に、日渡神務局長を日渡課の課長にそれぞれ就かせ、以下神務局の体制は維持するものとした。
次に軍事。濱竹軍の主力部隊が不在のため、現在保持する軍の主力は旧武豊軍となる。その総大将を耐久様に務めていただき、その下に全ての軍部隊を置いた。もちろん、それぞれの部隊長並びに役職はあるが、それらを再編することはやめておいた。いざとなれば井谷軍との合流もあるため、複雑にしない方が有事の際に動かしやすいと判断したためである。
そして行政。濱竹には行政区が存在し、日渡には自治領が存在する。しかし自治領は文字通り自治を認めている区域であるため再編はできない。その場合、日渡地区(渡海事変以前より日渡国であった部分)と濱竹国域の再編となる。行政総長として二俣梧をそのまま起用し、濱竹・日渡両方の国域の政策管理・監督を任せ、その下に濱竹の各行政区長と、日渡地区を管理する直轄領総司令を配置した。直轄領総司令は今回新たに設けられた役職で、言ってしまえば今まで日渡の臣と巫女がやってきた日渡地区の監督業務を委任したものである。つまり、形式的ではあるが濱竹の行政区長と同じような立ち位置を補っただけだ。その総司令には、似亜乃姉さんを就任させた。快く……とは到底言い難いが、形式的に必要だと説得して就いてもらった。
更に、濱竹の議会活動を一切停止する代わりに、濱竹議会に参画する全議員の日渡議会への参画を義務化することにした。つまりは濱竹議会を日渡議会に吸収させ、この2カ国の立法機関は新たなる日渡議会(日渡統合議会)に一本化されることになる。
これによって、濱竹の全統治システムが日渡と統合され、実質的に濱竹は独立国としての機能を完全に失うことになる。
これを施行し、世の中に告知すれば、間違いなく日渡は連邦諸国から問題視されることになるはずだ。
安久斗様も国の独立性を保つべく血相を変えて戻られるかもしれない。
しかし、もし安久斗様が戻られたのならば好都合である。靜と井谷に対等に口を出せる存在が連邦にいることだけで、相当な抑止力になるはずだから。
さて、新たな統治システムは完了したが、本題である独立した経済圏の確立を解決しなくてはならない。
現状、我が国最大の取引相手は当然濱竹であり、日渡に輸入される実に7割5分もの割合が濱竹製品である。
しかし、残りの2割強は靜やその他西部諸国からのものであり、完全に濱竹だけの輸入に頼ると国にとって不利益になる。また、濱竹も生産のための原材料を靜や沼から調達している状況で、それらのルートを遮断してしまうと濱竹も行き詰まってしまう。
また、靜と対立した時点で濱竹の主な貿易相手で協商に加盟している甲信連邦や中京統一連邦との交流も難しくなる可能性がある。祖神国家に歯向かう国が同じ陣営に属する祖神国家から支援を受けることは不可能に近いだろう。
……ん、待てよ?
同じ陣営の祖神国家からの支援は期待できないのなら……
別の陣営と取引すれば良いのでは?
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ーーー
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神紀5000年、夏至後62日未明。
磐田大智は、福田神社で自国完結経済について話し合っていた上神種らに、関西統一連邦との接触を図るべきではないかと提案した。
その気が狂ったような提案に一同が驚いたが、協商加盟国家に頼れないのなら交易先として悪くない相手であるという結論に至り、中京や甲信に代わる取引相手先として関西統一連邦が選ばれることになった。
しかし、日渡国には関西統一連邦への伝手がなかった。
萌加や明、耐久にも、当然関西の神々との交流などなく、最も確実な手段としては中京統一連邦を頼って関西への伝手を得ることであったが、同じ協商に属する中京を経由するのも変な話であって渋っていた。
しかし、ずっとその件について時間を取られるわけにもいかず、ひとまずそれについては後回しとし、統治体制の再編に取り掛かった神治首脳部だったが、次の話題として上がった妖精連邦の統治をどうするのかという議題で、妖精連邦の支配領域が甲信連邦の安陵国にまで及んでいることに目が行き、磐田大智はその件を表向きな題材として、安陵国との会談の場を設けようと動き出した。
日渡は、安陵を頼って井谷と近しい甲信連邦に話を持ち掛け、その伝手を利用して関西方面に話を持っていけないか企てたのだ。
そうして、名目としては妖精連邦の案件とし、その日の午前に安陵国と日渡国の会談が実現した。
実現したというよりも、日渡の神、臣、巫女が安陵国を訪問し、その場で会談を申し込んだのだ。
急な来客に安陵栗伊門は心底驚いたが、同時に超大国濱竹が事実上乗っ取られている現状にも度肝を抜かれ、そしてその乗っ取っている首謀者が目の前にいるという現実に直面し、日渡の連中が只者ではないという感覚に陥っていた。
本当はそんな大層な連中でもないのだが、栗伊門にとって見れば、あの侵略主義の象徴である濱竹を内部から乗っ取った連中であると見えていた訳で、それに萌加の実力をサハ戦争の際に間近で見ていたため、ただの小国として扱えるわけもなく、最大限に警戒しながら会談を受け入れたのだった。
「我が国の領土をよこせというのならお断りしますよ」
栗伊門は萌加にそう伝えた。萌加は苦笑いをしながら「安久斗に言ってよ、わたしはそんなの望んでないんだから」と返した。
栗伊門は正直胸を撫で下ろしながら「冗談ですよ」と余裕を繕った。
「それで、今回は妖精連邦の件でしたね」
栗伊門はそう萌加に話を振った。萌加は頷いて、
「わたし、妖精については詳しくなくて。というのも日渡には妖精がいないから、どう扱っていいのか分からないんだよ。それで、妖精連邦が跨る安陵から妖精の性質を教えてもらえないかと思って」
と切り出した。
「ですがそれなら別に私以外でもよろしいのでは? それこそ、貴国と同盟を結んでいる井谷の方が何十倍も詳しいはずです」
栗伊門はそう言ったが、
「俣治に聞いたところで話にならないよ、殺してしまえの一点張りで。でもあなたは、妖精を殺さずに一箇所に集めていたみたいだし、妖精連邦の立ち上げにも協力的だったって聞いているよ。だから何かしら安久斗と同じような思惑があったんじゃないかと思って頼ってみたの」
萌加にそう返されたのだった。
「私は面倒事を避けただけです。妖精を駆除しても良かったんですけどね、駆除すれば反発が生じます。妖精とはそういうものですからね。妖精と争うのは時間の無駄ですので、領域を定めて閉じ込めておいただけです。まぁそうしたら濱竹の妖精に侵略されたんですよ、それだけです」
だから作戦や何かがあるわけではないし、活用法もよく分からないと栗伊門は語った。
しかし栗伊門は思い出したように、
「そういえば、かつて妖精は人類文明における戦争で、実際に投与された過去があるというのを聞いたことがありますよ?」
と言った。
「そりゃ生物兵器だから当然でしょ?」
萌加が返すと、栗伊門は少し考えてから「では、こう言いましょう」と言って、
「我々から見た失敗作でも、人類にとっては明確な脅威となり得るだけの力があったんですよ」
と言い換えた。
「つまり、わたしたちの知らない使い方が妖精に潜んでいるってこと?」
萌加が訊くと、「いいえ、おそらくそれはないでしょう」と栗伊門は否定した。曰く、
「人類にとって脅威でも、神類にとっては脅威じゃないんです。妖精は我々の下位互換ですからね」
「じゃあどういうこと?」
その質問に、栗伊門がニヤリと笑って言った。
「個々が力を持たない人類の争いにおいて、個々で戦うことはないでしょう? 必ず複数がまとまって集団となり、統率をとって戦うでしょう。ほら、サハ戦争のように」
「たしかにサハ戦争は団体戦だった。神類は一対一でも戦える。能力によっては一対多でもやり合える。それなのにサハ戦争は、人類の戦争に則って行われた。でもそれがどうしたの?」
萌加の返しに栗伊門は頭を掻いた。彼の伝え方では萌加には伝わらないのだ。萌加は安久斗と違う。安久斗に伝わる言い方でも、萌加には伝わらないのだ。
ここまで萌加と話して、栗伊門は萌加に質問形式で話をするのは無意味だと知った。だからここで話し方を変えた。
「妖精は、神類のようには戦えないんですよ。強いていうなら、人類のような戦い方を好みます。しかし、妖精を統率できる者が妖精にはいない。妖精は脳が乏しいので、集団行動が苦手なんですよ。だからせっかく集団を作っても、上に立った者が力で押さえつけて有無を言わさず統治をする。それが一般的な妖精の在り方です」
「なんか、勿体無いね」
「そうです、勿体無いのです。森に潜む奴らは集団行動をそもそもしないし、例え集団を作っても、それを統率できる者がいないが故に本来持てる生物兵器としての力を発揮できないのですから」
そこまで栗伊門が言ったら萌加がハッとして、
「そうか、だから安久斗は妖精連邦を作って、妖精を統率して軍事力に加えようとした……」
「おそらくですけどね。有能な誰かが率いれば、妖精は必ず強くなります。妖精が弱い理由はそこにありますが、それと同時に統率が非常に難しいのです。現に、妖精連邦を作ったものの濱竹はそれを上手く活用できているとは思えませんし、活用できるとも思えません」
「それ、いま濱竹を管理しているわたしの前で言う言葉……?」
「これは失礼、今のは安久斗に対する嫌味ですよ」
栗伊門はそう言ってから咳払いをして、
「まぁ、私が知っている妖精の活用の仕方はそのくらいです。統率を頑張れば強くなりますが、それを統率するのには多大な労力が必要になります。かつて人類が統率をしていた頃、おそらく人類が保有していた我々以上の頭脳と計算式で、システム的に無理やり統率していたのではと思いますね」
「てことは、わたしたちは妖精連邦に触れない方が得策だと?」
「そうでしょうね。少なくともあそこは安久斗に任せておくべきでしょう。今の貴国は確かに濱竹を保有していますが、その根幹は本来の濱竹よりも脆弱で、妖精に割く余裕なんてないでしょう?」
栗伊門の言葉に萌加は「そうだけど、なんかすっごく腹が立つ言い方だね……」と苦笑いをした。栗伊門は「客観的に見た意見ですからお気になさらず」と笑った。
「ですが、これは私もあんまり確証がないことなんですがね、」
と栗伊門が萌加に切り出した。萌加は妖精の話をそろそろ切り上げて永井凛音への取り次ぎを願おうと考えていたが、栗伊門がそれを許してくれなさそうな様子であるため、これは既に栗伊門にこっちの思惑がバレていそうな気がしてならなかった。
そう思ったら、長居をするだけ無駄な気がして、そして長居をするだけ危ない気がして、会談自体を終わらせようとしていたが、
「妖精を統率していた者が、創造神だったという噂がありますよ」
などと栗伊門に言われて、
「創造神って……あのお面の?」
少し興味のある話が持ち上がった。
「そうです、この世界を創ったとされる、創造神カリナです」
栗伊門はそう言うと、
「あのお方なら、妖精を統率することくらい容易でしょう。とはいえ、逆に言えばあのお方レベルでなければ妖精を統率できないと見て良いでしょう」
だから妖精にはあまり触れたくない、と栗伊門は言う。
「諸々含めて、わたしたちは妖精に触れない方が良さそうだね」
萌加はそう言った。「えぇ」と頷く栗伊門だったが、
「それで、本題は何ですか?」
と和かな笑みで言うものだから、萌加は冷や汗で胃がもたれそうだったが、
「本題? なにを言っているの? 今終わったじゃん」
と笑ってやり過ごすのだった。
会談は失敗した。
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日渡が何を考えているのか一切分からなかったのですよ、それはもう失敗でした。
なんと言っても、あの日渡萌加、怖いですね。
理解力の乏しさが逆に怖いのです。こちらの話した内容は正確に理解できるのに、それ以上を読み取る力がないのです。
思考が停止しているみたいなんですよ。情報を得てもまとめて自分の中に落とし込めていなさそうで。
それにいきなり会談しに来たのだから、永井やら山奈やらに取り次ぐためのステップに過ぎないかと思っていたのですが、まさか本当に妖精連邦についての意見を聞いただけで終わりですか?
それも怖いですよ。
いや、とはいえ確かにそうですよ、永井や山奈に向かうなら、同盟国である井谷に取り次いで貰えば良いのですから、わざわざこちらには来ませんよね。
……え、本当に妖精のためだけにここに来たんですか?
……なんですか、あの国は。油断なりませんね。
思惑が分からない以上、こちらから動くことはできません。そもそも濱竹を占領しているのに、それを活かして何かをするわけでもなく、ただただ本当に安久斗が留守の間だけ保護しているとでも言いたげな状況ですよね。
私の理解を越えた何かを持っているかもしれませんが、あの様子ではその線は極めて薄いでしょう。
もし向こうが永井や山奈に取り次ぐための会談だったのなら、それは盛大な失敗に終わっています。
でしたら成果はゼロ。
こちらも何も得た物がなかったため、お互いに成果はゼロです。
まぁ、損しなかっただけマシでしょう。
何がしたかったんだか、本当に分かりませんね。
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午後、安陵との会談を終えて、僕らは浜松神社に入った。
萌加様は安陵に作戦がバレている可能性を考慮して会談を終わらせられた。作戦は失敗に終わってしまった。
バレているのか、いないのか。僕らには何も判断できないが、安陵は確かに僕らに別の本題があることを見抜いていた。
しかし僕らは、おそらく安陵に作戦そのものがバレている線は薄いと踏んでいた。
理由は、栗伊門様と安久斗様の思考がよく似ていることにある。
「栗伊門は、わたしに『本題は?』と尋ねた。あれ、安久斗もそうだけど、他に本題がありそうな時に言う言葉だね」
そう。安久斗様とよく似ているが故に、質問の仕方もよく似ていらっしゃった。つまり、こちらが何をする気なのか分からない場合に、そのような質問をされるのだ。
もしはっきりとこちらが何をするのか分かっていた場合、安久斗様や栗伊門様は、「で、関西と取引したいんだろ?」とストレートに仰るはずなのだ。
唐突にそれを言われて、動揺しない者はなかなかいない。それを逆手に取った質問の仕方だ。
だが、栗伊門様はそれをされなかったのだ。つまり僕らの計画はまだ具体的に露呈していない。となれば、永井国への取り次ぎを提示する方が危ない。萌加様はそうお考えになられたようで、会談を終わらせられたそうだ。
英断であられたと思う。
とはいえ成果はゼロだったわけで、関西への道はなかなか開かれない。
かくなる上は、濱竹から船で海に出て、関西へ直接乗り付けることになるだろうが、あまりに危険すぎるだろう。
萌加様と花菜と一緒に頭を悩ませていたら、下池川卿が僕らのところにやって来て「来客でございます」と言った。
僕らが応接室に赴くと、そこにいたのは……
「どうですか、大国を動かすのって大変でしょう?」
金色に輝く細い髪、小柄で細い肩、汚れのない白い服、そして、真っ白な無表情のお面。
「「「……」」」
来客は、沼国でちょくちょく出会っていたお面の少女だった。
そういえば、栗伊門様の言葉の中で、この少女かどうかは不明だが、お面の少女のことをこの世界を創った創造神だと呼ぶ話があった。……こんな規格外が複数いるなど想像もしたくないから、この少女を創造神としておこう。
「あ、どうぞ座ってください」
僕らが入り口で立ち尽くしていたら、創造神はそう言ってソファに座るよう促して来た。僕らは机を挟んで創造神に向かい合うように腰を下ろした。
「えっと……。どうして濱竹に?」
萌加様がそう尋ねると、
「蛇松さんから連邦神議会の様子を聞いたので。“連邦の脅威”は免れたみたいじゃないですか。おめでとうございます」
と言った。
「あ、ありがとうございます……?」
萌加様は戸惑いながらそうお返しになった。創造神はそれを聞いて、
「で、」
と口を開き、
「靜との関係性はどうされますか?」
そう尋ねて来た。
「うーん、現状維持ですかねぇ。これ以上対立するつもりもなければ、現時点では和解するつもりもないので」
萌加様がそう告げられると、
「では情報をひとつ」
と創造神は言って、
「靜は明日、あなたたちに制裁を下します。内容は、医療物資、食品を含む全ての禁輸、そして渡海全域に対しての艦砲射撃です」
「かんぽーしゃげき?」
萌加様が首を傾げられる。それに対して創造神が「海の上より、船から大砲を飛ばして攻撃することです」と教えてくれた。
「えっ、靜から攻撃されるってこと?」
「靜にとっては攻撃という認識ではないと思いますが、威嚇と警告を喰らうでしょう。まぁ井谷と同じです」
創造神の言葉に、萌加様は「信じられない」と呟かれた。
「信じなくても結構ですよ。ただ、用心はしておくべきでしょう。靜は認めていませんからね、あなたたちが“連邦の脅威”の認定を免れたということを」
そう言うと創造神は席を立って応接室を去ろうとしたが、
「あの、ひとつ良いですか?」
僕が創造神に対して口を開いた。
「ちょっと!」
「大智!?」
萌加様と花菜に止められるが、僕は立ち上がって創造神の前に立った。
創造神は、僕が思っていたより小さかった。
僕とだと、頭ひとつ分くらい背が低い。
随分と膨大な力を感じるが、恐れる必要性はない。だって創造神は、蛇松様と話している時、ものすごく軽い様子なのだから。
だから、きっと話してみれば思っているよりもフランクな方であるはずだ。
僕はそう思っているから、創造神にありのまま問うた。
「靜に対する圧力も兼ねて、僕らは独自の経済圏を作ろうと画策しています。ですが、協商国家は頼れませんし、協商の外を頼ろうにも伝手がありません」
「圧力をかけるって、どうやってかけるのですか? 掛け方次第では私も認められませんが。具体策を教えてください」
創造神は僕にそう言った。
無視されなかった。
僕は内心、凄く嬉しかった。
当然、創造神から言葉が戻ってくるなど思っていなかった花菜と萌加様も驚きの色を見せていた。
僕は創造神に、独自経済圏の説明と共に、それを発動する条件を話した。
「なるほど、西部諸国以外からの制裁を受けたら独自経済圏に移行する、ですか」
創造神はもう一回ソファに腰を下ろして、僕の話を聞いていた。
そしてそれに対して、
「では今すぐに、そのことを連邦全域に公表した方が良いでしょう」
と言うのだった。
「で、ですが、私たちはまだその経済圏を確立できていません」
花菜が慌てたように言うと、
「なんとかなりますから、早く言った方がいいですよ」
と落ち着いた声で創造神は言った。
「では、声明を出します」
僕はそう言って、日渡国の臣の名で連邦へ声明を出した。
内容は、
『昨日の連邦神議会にて、西部諸国は我が国に制裁を下す決断をしたが、我が国はこの連邦で起こり得る戦争を止めようとしただけに過ぎず、制裁を受ける必要性はないと考えている。だが、それは連邦神議会で決まったものであり、我が国はそれを受け入れる用意をしなければならない。しかし、それ以外の制裁を受ける用意はない。我が国は今後、今回の連邦神議会の決定に基づかないと判断される国や地域から制裁が下された場合、また決定から逸脱した期間に制裁を受けた場合、我が国と我が国の保護下にある領域、また我が国と同盟関係にある国家のみで全てを完結させる経済圏を構築し、連邦諸国との一切の取引に応じないものとする』
この声明は浜松神社から出されて連邦中に知らされた。
「これで靜も少しは躊躇うでしょう。それが時間稼ぎになるはずです」
「でも、時間稼ぎをしても関西と交渉できる伝手がないよ」
萌加様がそう言うと、
「え?」
と創造神は素っ頓狂な声を上げた。
いや、さっきから僕ら、そう言ってたはずなんだけど……
そう思っていたら、
「あなたたちの目の前にいるじゃないですか」
などと創造神が言い出した。
僕らは目の前にいるお面の少女を見つめた。
「「「えぇ!?」」」
創造神は、僕らの救世主になるかもしれない。
ーーーーー
ーーー
ー
「とりあえず、私の手を握ってください」
創造神は僕らの前に小さな手を差し出してそう言った。
僕らがその手を取った瞬間、風景が変わった。
どこか知らない森の中に立っていた。
「えっ?」
何が起こったのか分からないまま僕らが立っていると、創造神は歩き始めて、
「何をしているのですか、行きますよ」
と振り返って僕らに言った。
置いていかれないように僕らはその背中を追いかけた。
森を抜けると、どこかの神社の本殿が見えた。どうやら境内の裏山に移動していたようだ。
「ちょっとここでお待ちを」
創造神は僕らにそう言ってから本殿に上がっていき、誰かと話をしてからこちらに戻って来た。
「どうぞ上がってください」
創造神に言われ、僕らは本殿に上がった。
おぉ、これはなんとも驚いた。
木造なのにとても大きく、鮮やかで、隅々まで装飾が美しかった。外から見た時は質素で味気のない建物に思えたのに、中はこれほどにまで豪勢だとは。
畳の上に敷かれた分厚い布、確かこれを絨毯と言っただろうか、その上に背が高い机が置かれて、それまた豪華な椅子もある。
様々な地域の文化を融合させたような、歪な形相をしているものの、それがとても斬新で煌びやかに思えた。
そんなふうに内装に見惚れていると、
「なんや、なんか気になるもんでもあるんか?」
と声を掛けられた。
振り向くと、動物の毛皮でできたような服に真っ白のふわふわマフラーみたいなのを巻いて、金箔があしらわれた扇子で口を覆っている女性が立っていた。
お、お金持ち……?
「ま、座ってな。カリナちゃんから商談やって聞いたで。金になればうちはなんでもええでな。ほな、ぎょうさん話しましょー」
キツい西側の言葉に戸惑いながらも、僕らは椅子に座った。
創造神は西側言葉を使う女性の隣に腰を下ろして、僕らは彼女らと向かい合うように座っている。
「せや、自己紹介しとらんかったな。うちは関西統一連邦所属、桜咲連邦の商参謀、酒居百舌や。いちおう酒居国いう国も持ってる始神種やで。どうぞよしなに」
「あ、えっと。わたしは靜連邦所属の始神国家、日渡国の神、日渡萌加。それでこっちが臣の磐田大智、こっちが巫女の豊田花菜。こちらこそよろしくお願いします」
酒居様に萌加様はそう仰った。
「靜連邦も、だいぶ関東から手ぇ出されて大変なんやないの?」
酒居様は萌加様にそうお尋ねになった。
「そう、かもしれない。でもわたしたちは、関東と近しい靜と対立してる側にいるの」
萌加様はそう仰った。
「靜と? それはまた大変やないの?」
酒居様から驚きの声が上がったが、萌加様は苦笑いしながら「そうなんだよね、近々制裁を喰らいそうで、ちょっと怖い」と仰る。
「で、うちにどんな商売話をしてくれるん?」
そう訊かれ、萌加様は協商を頼れない現状と、関西との交易を実現して独自の経済圏を確立させたいという意向を示された。
すると酒居様は豪快に笑ってから、
「ほんまおもろいで、その提案! やけど萌加ちゃん、お宅こっちに何くれるん?」
そりゃそうか、貿易だもんな。こっちが何かを得るためには、向こうに何かを送らなければならない。
しかし萌加様は真面目な表情で告げられた。
「渡せるものは現状何もない。日渡には産業も何もないから。でも、だからこそ靜から制裁を喰らってしまっては国が滅びるの。だからこそ連邦の外からなんとしても輸入しなきゃいけないの。そのために協力してほしい。ほんの少しだけ、今の体制が終わるまで、ほんの少しだけ……」
そう萌加様が仰ると、酒居様はまた大笑いして、
「やったらこういうのはどうや? 元旦までは無償お試し期間言うて、お宅はなんも払わんでええ。やけど年明けたらきっちり払えるもん払って取引してや。もし来年以降、それが出来ひん言うなら交易はそれまでや。カリナちゃんの連れやから、多少金にならんことでもやったるわ。やけどそんな沢山面倒見ていられんのも事実や。今年中だけは無償で支援したるで、その間に対価になりそうなもん見つけて、来年以降ぎょうさん貢いでや」
と言われたのだ。
「えっ!? ほ、本当に……?」
萌加様は泣きそうな表情をしながら酒居様にお尋ねになった。
「ほんまやで。てか泣きはるな、神やろアンタ」
「でも……!」
萌加様は目から涙を流しながら感謝される。対して酒居様は頭を掻きながら困り顔、しかし満更でもなさそうな、少し照れくさそうな表情でもあった。
「日渡は、近々靜から攻撃を受けます。現在、攻撃を受ければ独自経済圏を築いて連邦中の国々との交易を断ち、周辺諸国へ影響を及ぼすと言って靜からの攻撃を遅延させていますが、それも時間の問題でしょう。そうなれば、あなたが取引を許可しなければ、間違いなく滅びます。それはあってはならないことです。ですので、あなたがこうして交易話に乗ってくださったことは、世界の監督者である私としても有難い話です」
そんな酒居様に創造神がお礼を言った。
「やめぇや、うちはお得意様を増やそう思ったさかいやっただけやで」
また照れくさそうにする酒居様を見て、創造神はクスッと笑っていた。
ーーーーー
ーーー
ー
創造神カリナの伝手で関西統一連邦の酒居国と取引をするに至った日渡は、これをもって独自経済圏を確立する手筈が全て整ったのだった。
夜、再びカリナの力を借りて国に戻ると、先ほどの大智の声明に対し連邦内は混乱を極め、また国としても対応に追われていた。
とはいえ、どんな経緯でその情報を大智が発信したのか日渡に残った神治首脳部も謎のままで、それが事実なのか問われても計画を表に出せないため曖昧な対応を続けていた。
マスコミを含めた連邦各国の情報機関は大智に直接会うべく浜松神社を訪れたが、声明を出した大智が萌加と花菜と共に忽然と消えたことが判明。連邦中の国々を含めた大捜索が繰り広げられようとしていた。
当然、のこのこと戻った大智ら一行は国に残った神治首脳部に怒られるわけだが、それをカリナが諌めて、関西との交渉結果を伝えた。
その結果は、今の日渡国にとってこれ以上ない成功であった。
そして改めて日渡萌加が連邦各国に声明を発表した。
大智が勝手に言ったことではなく、それが本当に日渡国としての意向であることと、失踪したのは妖精の能力開発試験の意図せぬ成果によるもので逃げたわけではないとした。
カリナの名前を出さなかったのは、世界への干渉を彼女が望んでいないことと、日渡の背後に創造神がいると思われないようにするためである。
創造神とは中立的な存在であり、どこかの国の味方をしてはならないのである。今回カリナは、日渡が一方的に滅ぼされることを嫌がったために日渡の味方をしたが、今後ずっと日渡の背後に居続けるわけではない。カリナの干渉は関西との交渉の場を設けることのみで終わるべきであり、それ以上のことをするつもりは微塵もないのであった。
よって萌加はカリナの存在を隠したのだった。
しかし、この声明に連邦各国は黙っていなかった。
真偽がはっきりした現在、靜が日渡を“連邦の脅威”に認定すると公表すると、連邦加盟国は当然それを承認し、日渡は靜連邦を破壊しかねない存在として扱われることになった。
そして連邦加盟国は日渡を一斉に非難する。
西部諸国は『あまりに挑発的で受け入れられない脅し文句だ』と言い、中部諸国は『濱竹を占領したと認めたようなものだ』と言う。東部諸国は『我ら連邦各国は速やかに濱竹の主権の回復に務めなければならない』とし、猪頭諸国は『濱竹を手中に収めた程度で独自経済圏が築けるとは到底思えぬ故、彼の国は誰にとっても得をしない滅びへの軌道に乗った』と言った。
連邦諸国は、日渡が独自経済圏を作っているとは思っていない。そもそも、連邦神議会が行われた昨日の今日で、これほどまで話が進んでいるなど思いもしないのだ。
萌加はいつもの調子で、
「靜が戦争をしなければ良いのだ。同時に連邦各国が我が国に追加で制裁を加えなければ、この声明は意味を為さない。つまりは再三言っているように、連邦各国が戦争行為に加担しなければ良いだけなのだ」
と非難に対して声明を出した。
しかし、翌日の夏至後63日。
靜国が日渡国の渡海自治領に向けて、関東統一連邦より購入した新型戦艦『勇敢』の性能試験と称して主砲2発を撃ち込んだ。
沿岸部の砂浜に撃ち込まれたため、建物や国民に一切被害はなかったが、日渡萌加はこれに憤慨し、同盟関係にある井谷に軍の派遣を要請し、日渡国内に井谷軍の駐在を許可した。
そして靜に「戦争をするつもりならば宣戦布告をせよ」と言うが、靜は「試験に過ぎない。警告だと捉えよ。これに懲りたのなら反靜体制を変更し、直ちに濱竹を解放せよ」とした。
萌加がそれを断ると、靜は「日渡に制裁を開始する」と言い、一切の交易を絶った。
それに乗っかるように、西部諸国も期限を2日早めて日渡国に制裁を開始した。
これを受けて日渡萌加は『独自経済圏の勅令』を国内に命じた。
これによって日渡は、井谷を除いた連邦全加盟国との一切の取引を停止し、国内の統治体制を改め、濱竹を完全に傀儡化し、靜連邦諸国に対して宣言した。
「日渡国は、保護下にある濱竹を『日渡国指定開発特別区域』と認定する!」
この瞬間、世界から濱竹という国家が主権を奪われて事実上消滅した。
連邦諸国の非難の声は、国交を絶ったことによって日渡に届かない。
日渡は関西統一連邦の酒居国との交易を開始し、濱竹における生産物を独占し、濱竹で産み出される独自技術を国内に導入していく。
搾取が始まった。
濱竹における教育は、こうなった原因が全て靜にあるとされて、反靜感情を高めていったが、信仰だけは濱竹安久斗のままで、日渡萌加や兎山明、武豊耐久を信仰する義務は課されなかった。
そして、その間に濱竹国歌の作成も始まり、主権がなくとも国家としての体裁が保たれ、日渡との同化は進められなかった。
そんな実態が世に知れ渡ることもなく、日渡が濱竹を傀儡化させ、不当な搾取をしていると、世論は騒ぎ立てた。
また、連邦諸国は日渡によって禁輸された西部諸国の救済に追われ、しかし自身らも濱竹からの輸入に少なからず頼っていた面があったためダメージを負っていた。
とはいえ、こうして日渡があるかも分からない独自経済圏で鎖国をしたことで、濱竹は超大国の座から降りることになるだろうと予測され、靜一強社会の形成に一歩近づいたという見方が主流となっていった。
連邦諸国の依存先は靜に代わり、靜からしたら棚からぼたもち現象が発生。しかし井谷や沼はその状況に一層危機感を覚えるようになり、連邦諸国の足並みは揃わない。
日渡と濱竹がログアウトした靜連邦は、靜に権力が集中し続ける社会を形成するに至ったのだった。




