2-16『連邦の破壊者』
「あーもう、腹が立つわ!」
神紀5000年、夏至後39日。南四連邦夏半国の横浜神社にて、靜あおいは夏半若菜に愚痴をこぼしていた。
「まぁそうよね。始神国家から『統率国やめろ』 なんて言われちゃ溜まったもんじゃないよね」
あおいから例の警告文についてのあらましを聞いた若菜は、お茶を飲みながら同情の意思を示した。
「でもさ、相手は始神種なんでしょ? 格が違うじゃない。何もそう怒らずとも、いざとなれば晒せばいいんだから落ち着いたらどうなの? 統率国の威厳がなくなっちゃうよ?」
若菜はあおいにそう言った。
「晒そうにも、そう簡単に晒せないわよ。たしかにきっかけは向こうが作っているけど、これで戦争を起こせばまるで挑発に乗っかったみたいになるじゃないの!」
あおいは若菜にそう怒った。しかし若菜は「危険分子は早々に削除するべきだと思うけどなぁ」と呟くと、
「じゃ訊くけど、そんな国家、残しといて良いことあるの? 私の知っている限りでは靜とも濱竹とも仲が悪いって聞いたけど」
その若菜の指摘に、「それは……」とあおいが言い淀む。それを見て若菜がため息を吐きながら言った。
「あのね、祖神種を下に見て、協調性もなく図々しく居座り続ける国なんて、残しておいてもろくなことを起こさないわよ? それに、もしこのまま井谷の理論が浸透して靜が正当性を失ってしまったら、そんな強大な勢力を誰が消せるというの? 濱竹に頼るの? 皇神種に? 祖神種が? そんなバカな話があってたまりますか! 連邦を運営する祖神種が始神種に統治権を剥奪されたなんて事態になれば、あなたたちは緩衝材としてはおろか、独立連邦としての地位を失って、今持っている強大な世界での発言力を全て手放さなきゃいけなくなるのよ!? そうなられると世界の緊張度が格段と引き上がって、こっちとしても迷惑なのよ」
若菜は一気にそう喋ると、少し落ち着いてからまた話し出した。
「いい? そうなる前に、摘めるうちに芽は摘んでおかないと、絶対に後々後悔するわ。サハ戦争を見てみなさい、洋介が摘み損なった芽が成長して、あんなに大規模な戦争を産んだのよ。その結果、私たちからしてみれば敵に塩をばら撒いて、最新技術が国外に流出し、世界の文明水準が飛躍的に上昇し、こっちにとっては損害も損害、大損害よ。おこぼれを貰って成長している靜連邦にとってみれば、あの戦争は有益なものだったかもしれないけどね、芽を摘んでおかなかったが為に、こっちにとってみれば北伐をするにしては高すぎる犠牲を払ったのよ」
若菜は言う。「だからこそ、危険分子は速やかに処分するべきだ」と。「祖神国家の威厳を見せつけなければ」と。そして「祖神種に刃向かえばどうなるのか分からせなければ」と。
あおいはそれを聞いて、
「お宅のような恐怖政治は望んでいないけど、そうね。あの警告文をそのまま野放しにしておくわけにはいかないわ。連邦一位の国力を有する祖神国家を挑発した罪、しっかり償ってもらわないとね」
と言う。若菜はひとつ頷いて、
「そうよ。今や靜は連邦一位の国力を持つんだもの。今までの恨みや悔いを全部ぶつけるのに打ってつけの機会なのよ」
そう煽るのだった。
あおいが横浜神社を後にした。
残った若菜は、自分の胸ポケットに入った通信機を取り出してそこに話しかける。
「これでよかったのかしら?」
するとそこから、ゆっくりとした拍手が響き、
『上出来ですよ、素晴らしい焚き付けでした』
と男の声がする。
声の主は、南四連邦済田国の神、済田政樹のものだった。
『あとはこちらから、凛音と志乃に指示をしておきます。“お友達作戦”、お疲れ様でした』
政樹の声に若菜はため息混じりで「そんな上手くいくものかしら」と呟く。
それを聞いた政樹は「上手くいかずとも、そう仕向けるのが私たちの役目ですよ」と笑いながら言うのだった。
「気長な作戦よね、全く」
若菜は呆れながら、お茶の入ったカップを口元まで運んだ。
『望んだ未来を手にするためです。最初は人類、並行して軍事的圧力をかけて……。まぁ予定外の共闘もありましたが、妖精も使いながら内部の実態調査も済ませて、今や協調を謳って猪頭半島の間接的な支配も目前です。時間はかかりましたが、当初の予定におけるプランC、井谷と靜の決着まで漕ぎ着けられそうではありませんか』
楽しげに政樹が言う。若菜はお茶を飲んでから、
「最初期にその計画を立てた安陵にも感謝しなきゃいけないわね」
と南四の頭脳である政樹を揶揄った。しかし政樹はそれを受け流すと、
『そうですね、報酬は何がいいのでしょうね。濱竹安久斗の首と昇竜行政区とかでしょうかね』
と軽口を叩いた。それを聞いて、若菜はふと思い出す。
「でも、なんか濱竹は靜連邦にいないみたいよ?」
その言葉の後に、政樹が少し沈黙した。
『……全く、忌々しい皇神種ですよ。さすがにこちらの計画を理解しての回避ではないでしょうが、連邦の戦火に巻き込まれないようにそそくさと逃げたという感じでしょうかね』
「ま、濱竹がいると靜と井谷の間が取りもたれちゃうかもしれないから、これはこれでよかったのかもね」
若菜の言葉に、政樹は『それもそうですね』と言って、通信を切った。
「まるで世界をおもちゃのように使っちゃって」
通話を終えて、若菜は呆れたようにそう言った。
しかし、着実に近づいてきた靜連邦の混乱に、ほくそ笑まずにはいられなかった。
「……3年かぁ。長かったなぁ」
思い返せば、濱竹の人類反乱に始まり、靜に挑発的な文書を送り併合を迫り、妖精の国の独立支援と託けて妖精を送り込み、そして今。
準備は整った。
「あとは靜が、井谷を討伐するだけ……!」
若菜は釣り上がりそうな口角を必死に抑えて、それでも抑えきれない感情を発散させるように、椅子に座りながら軽く足踏みをするのだった。
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ーーー
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「井谷国が遂に本性を顕にし、暴力によって我が国を統率国より引き摺り下ろす企てを行なっている。これは連邦の安寧を揺るがしかねない重大な事案であり、これを認めてはならない。許すことは到底できず、我が国は、井谷国を今までの“危険分子”から引き上げて、明確に“連邦の脅威”と認定したい」
夏至後40日。
靜国からの緊急招集がかかり、連邦最高議会が開催された。ただし、現在神治首脳部が不在の濱竹国と、議題として挙げられる井谷国の参加は認められなかった。
そこで聞いた内容は、つまるところ井谷国を危険度最上級の“連邦の脅威”に引き上げ、連邦諸国で共に立ち向かっていこうというものだった。
聞くに、靜は井谷との関係を修復不能だと考え、これを機に連邦の叛逆者となり得る井谷を消そうとしているようである。
それに対し、沼国や猪頭国、崖川国などは「戦争をしても良いことがないから考え直せ」「今ならまだ話し合いで解決できるはずだ」と声を上げていた。
当然、僕ら日渡国もその見解に乗っかって、井谷と靜の平和的な蟠り解消を訴えていた。
しかし、靜が提案した井谷を“連邦の脅威”に認定することに反対した国はなく、井谷は最大警戒対象へと昇格することとなった。
こうなると、井谷国に対して各国が自由に制裁を下すことが認められ、また正当的な理由がなくとも宣戦布告をすることが可能となる。
つまり、“連邦の脅威”と認定された国は、多方面から一方的に戦争を吹っ掛けられる可能性が生じるのである。国力が低い国であれば、認定された翌日には滅んでいてもおかしくない。
しかし、相手は大国井谷。そう易々とは滅びないだろう。小国からすれば、戦争を挑むだけバカな相手だ。自殺行為そのものである。
「我が国は、井谷国が連邦加盟国の国境を侵犯した場合、その規模に関係なく統率国として軍を率いて対抗する。また、井谷国が軍事的挑発を行なったと認められた場合、如何なる理由があれども討伐する。井谷国は速やかに対靜姿勢を改め、連邦加盟国としてのあるべき姿に戻るべし」
するが様はそのように声明を出されたが、連邦加盟国からの「平和的解決を!」という要求には応えようとしていないご様子だった。
見る限り、靜は井谷との戦争を既に決めているかのようであった。
最高議会が終わって僕らが帰路に就こうとしたとき、「おい」と呼び止められて振り返ったら、そこには沼蛇松様がいらっしゃった。
「なに? もう帰るんだけど」
萌加様がそう仰ると、
「少し付き合え、来い」
と蛇松様は萌加様の手を引いてどこかに行かれてしまう。
僕と花菜がその様子を見て呆然と立ち尽くしていると、
「何をしている、お前らも来い」
と呼ばれ、蛇松様に着いて行くことになった。
蛇松様は静岡神社の外で臣の沼津間門さんと巫女の千本郷りんさんと落ち合うと、静岡の街の外れにある建物へ移動してから、箱型の大きな車に乗り込んだ。
これは鉄道というそうだ。以前見た、鉄の上を動く荷車の正体はこれであったようだ。
「どこへ行くの?」
「沼だ」
蛇松様は萌加様の質問にそうとだけ答えられる。そこから沈黙が続く。
鉄道がゆっくりと動き出した。僕と花菜は初めて経験するその箱での移動に驚き、窓にへばりついて外を眺めた。
なんだこれは。まるで建物が滑っているみたいだ。
全力疾走するよりも何倍も速く、それでいて座っているだけで良くて、さすがに飛ぶよりは遅いように思えるけど、体力の消耗が全くないから革新的な乗り物といえる。
これが新時代の交通を担うわけか。
現在、島谷から宇治枝、谷津を通って靜に繋がり、靜から富田へ、富田では羽宮方面と伊月場方面が分岐して、伊月場方面に進むと南四連邦や猪頭半島にまで抜けられるそうだ。
今後、島谷から西部諸国の方に進むことも検討されているそうだが、大井谷川を越える橋の建設や銀谷、堀之内に跨る山地の開削などの手間がかかるため、着工はまだしないとのことだった。
この乗り物が日渡を経由して濱竹に抜ければ、濱竹まで徒歩で4時間かかっていた道のりを1時間……いや、もしかしたら30分くらいに縮めるかもしれない。
そんな夢が詰まった技術である。
気付けば、あっという間に島波国の三島に来ていた。この車はそのまま流水国を経由して猪頭に向かうようであったが、僕らは島波から沼国を目指して歩くそうだ。
とはいえ、三島から沼国の中心地である沼津までは意外と近い。鉄道を降りてすぐに国境を越えて沼国に入ると、蛇松様の案内のもと1時間足らずで沼津神社までやってきた。
「まぁ、そういうわけだ」
蛇松様は僕らを応接室に招くとそう言った。
「どういうわけよ?」
萌加様が尋ねられると、
「周辺諸国には鉄道が敷かれているが、我が国にはない。だから俺たちはこうして三島から歩く必要がある」
「ふぅん。それで?」
「それが問題だろうが」
萌加様は、蛇松様の仰った言葉の意味を理解されていないようであった。蛇松様は大きくため息をお吐きになると、
「連邦内における格差が既に生じている。また、靜や南四連邦から気に入られないと、技術投与は徹底的に行われない。つまりは今まで以上に贔屓社会となってしまった」
「たしかにそうみたいだね」
萌加様はそう相槌を打たれてから、
「でも、それがどうしたの? 今に始まったわけじゃないでしょ?」
と蛇松様に仰った。蛇松様は「そうだが」と仰るものの、少し言いたいことが上手く浮かばないご様子で悩まれると、
「今までは靜の顔色さえ窺っていればなんとかなったのだ。だが、今は違う。今は南四連邦の祖神どもの顔色も窺わねば……否、靜よりも南四連邦の祖神どもの顔色を窺わねば発展できないのだ。これが如何に異常で危険な状況であるか分かるか?」
そう告げられた。
萌加様はその言葉に、
「えっと、つまりは……技術が投与され始めた地域は、既に実質的な南四連邦の支配下に置かれているってこと?」
とお返しになる。すると蛇松様は「そういうわけだ」と頷かれて、
「日渡は以前、南四連邦からの技術を西部にも投入するように言っただろう? だがあれは悪手だった。靜は技術支援が始まれば南四にある程度連邦の運営権が盗られることを理解していたはずだ。だからこそ、濱竹の勢力下である西部に技術を入れず、西部だけでも南四連邦の息のかからない場所にしておく予定だったのだろう」
それを聞いたとき、僕は核が飛び出るくらいドキリとした。
「じゃあ、濱竹を統率国から降ろしたのは……」
「南四が連邦運営に関わった際に濱竹が統率国を務めていては、濱竹の統率権が永久剥奪される可能性があると判断したのだろう。奴は皇神種だからな。祖神種絶対主義の南四がその台頭を認めるはずがない。そうなる前に安久斗が自主的に統率権を靜に返すことで、濱竹に南四の息が完全にかからない状態を作ったのだろう」
つまり靜の三大神は、南四連邦が靜連邦の内政に関わってくることを見越して、予め色々と準備を進めていたということなのか……?
だとしたら、僕はその計画を破綻に導いて、連邦を……
「ま、憶測だ。それに靜はまだ西部に技術を本格導入していない。西部に入っている技術は、南四から靜連邦に入れられたものを靜が独自解析し、それを靜が西部に入れることで支援としていると聞く。つまりそれらは南四から切り離された技術であって、まだ西部には南四連邦の息がかかっていない」
蛇松様は「だから靜の計画が完全に狂ったわけではなかろう」と仰る。
「でもあれは? 靜通商協労者々はどうなるの? あれは完全に靜の配下でしょう?」
萌加様がそうお尋ねになると、
「俺の見立てでは、奴らは本当に靜の配下ではない。突飛なことを言うかもしれんが、奴らは南四が送り込んだ、靜の配下を装った別の組織だ。狙いは、靜連邦西部まで完全な支配下に置くためといったところか」
蛇松様が返された言葉に、萌加様は衝撃を受けられて、
「もしそうなら、わたしたちは完全に南四の掌の上で踊らされていたというの……?」
と少し混乱されていた。それに蛇松様が頷こうとされた途端、
「その話は、その辺で終えておくべきです」
「「「っ!?」」」
天井から声がした。
そこを見ると、コウモリのように逆さまに立っている金髪のお面の少女がいた。
……そういえば、この前も居たな。確か、人類宗教の最高神で、世界の全てを超越している規格外お面だったっけ。
相変わらずのオーラだ。ちょっと怖い。
「どういう意味だ?」
蛇松様がそう訊かれる。すると少女はそのままの姿勢で、
「南四連邦に対し不都合な文句を吹聴すれば、文字通り首が飛ぶのですよ。あなたたちは今、あの南四連邦たちから目を付けられています。命が惜しければ、この話は早急に切り上げるべきです」
と告げた。
そして露骨に話題転換を勧めてきた。
「そういえば、靜は井谷との戦争に踏み切るのですかね?」
「むっ。それは分からぬが、あの様子では話し合いで終わらせるつもりはなさそうだったな」
蛇松様はお面の少女の言葉を素直にお受け取りになられたのか、勧められた話題にお返しになった。
「……」
対して萌加様をはじめとした僕ら日渡組は、そう簡単に言葉を飲み込めていなかった。
もっとも、蛇松様の推察されたことが事実であったのだとしたら、僕らの行動は靜様の計画を多少なりとも乱した上、南四連邦に踊らされたということになり、不安や怒りが湧いてきて心が落ち着かないのであった。
その間も、蛇松様とお面の少女は話し合う。
「戦争は避けるべきだ。だが靜は明らかにその行動を取ろうとしていない」
「井谷と戦争をする利点があると踏んでいるのですかね?」
「分からぬ。だが、この状態で井谷と戦争を起こせば連邦統治体制が脆弱になり、南四がもっと深い部分にまで入り込んでくるだろう。悪手でしかない」
「とはいえ、靜が井谷を早期撃滅できれば話は変わると思いますよ。靜にとって、言ってしまえば井谷は目の上のたんこぶです。南四からもらった技術を活用して、開戦早々に井谷を完全に追い詰めることができれば、靜連邦の秩序は靜の下に保たれ、井谷という反靜国家を討伐できます」
「……そうか、なるほどな」
そこで蛇松様は何か理解されたのか、ひとつ頷かれて、
「靜は、ゆくゆく南四と対立するつもりか」
「どうでしょうかね。ですが、上手くやっていける相手ではないと思っているでしょう。靜には緩衝材としてのプライドもあるみたいですし」
「となれば、いずれ靜と南四が……すなわち関東統一連邦と対立したとき、靜と仲の悪い強大な軍事国家の井谷が関東側に行かないように、南四の力が借りられる今のうちに潰しておこうという算段か」
「ふふっ。どうでしょうかね」
蛇松様のお言葉にお面の少女はそう笑う。
しかし、蛇松様のお言葉には妙に納得できた。
井谷という強大な敵を潰すために、南四連邦という強大な力を借りる。いずれ南四連邦と対立したときに、井谷まで敵になっては取り返しがつかなくなるから。
靜様はそうお考えなのだろうか。
「とはいえ、それでは濱竹を北端に送った理由が分からぬ。井谷を討伐するなら連邦内部の軍事力は高い方が良いはずだ」
蛇松様はそう頭を悩ませておられる。しかし僕は、このとき何か閃きを授かったような感覚になっていた。
「あの、お言葉ですが、」
だから僕は、その会話に口を挟んだ。蛇松様が驚いたように僕をご覧になって、お面の少女も不気味な細い縦向きの覗き穴から僕を見てきた。
少し怖かった。花菜が「ちょっと!」と慌てていたが、そんなことは無視して話し続けた。
「靜様は、濱竹を戦争に関与させたくないのではないでしょうか。いま井谷と戦争をすれば、靜は必然的に南四連邦と手を組むことになるんですよね? ですが先ほどの蛇松様のお話を仮定に考えれば、靜様は南四連邦と西部の接触を避けたいはずでしょう。となれば、濱竹が連邦内に留まっている状況は好ましくないのではないでしょうか?」
「なるほどな、南四連邦と濱竹国の接触をなくすためということか。ならば井谷が警告文を出した直後に濱竹を北方へ移動させたことの辻褄が通るな」
蛇松様はそう仰って下さった。しかしそれに対し、意外なところから反対意見が飛んできた。
「いいや、靜はそんな深いことを考えていないと思うよ」
萌加様である。
「と仰いますと?」
僕が尋ねると、
「靜は、井谷討伐の手柄を濱竹に取られたくないんだと思う。祖神種としての意地みたいなものじゃないかな。だって安久斗、異常なまでに強いもん。戦争に参加させたら、靜より先に井谷を追い詰めちゃいそう」
と仰った。それに反応を示したのはお面の少女だった。
「一理ありますね。靜はこの戦争で、連邦諸国に統率国として、そして連邦唯一の祖神種として、力を示す必要があります。何故かは、言わずともお分かりですね?」
「南四連邦が入り込んできたからか」
蛇松様のお言葉にお面の少女が「そうです」と頷く。そしてそのまま続けて、
「このままでは猪頭や東部を中心に、靜への忠誠よりも南四への忠誠の方が大きくなってしまうかもしれません。それは避けたいでしょう。となれば、連邦の脅威を打ち取れるだけの実力があることを示し、祖神国家としての意地を見せなければならないのです」
しかしこの言葉に僕は疑問を抱いた。
「ですがそれでは、靜国は南四連邦もあまり頼れないのではないですか?」
その質問にお面の少女がケラケラ笑うと、
「そうでしょうとも。だから靜は事を急いでいるのですよ、きっとね」
と返すと、
「まぁ、くれぐれも南四の悪口は言わない事です。あと、靜のことは深く考える必要はないと思いますよ。あなたたちが考えるべき事案は、自国にとって最大の利益は何なのか、それだけです。井谷に協力するも良し、靜に協力するも良し。その選択は、今の時点ではまだ大きな過ちには繋がらないでしょう」
などと言って床に降りてくると、そのまま部屋を出ていってしまった。
「……ま、そういう奴だ」
は、はぁ。
なんだというのだろうか、全く。以前出会ったとき、蛇松様は「関わるとろくな事がないぞ」と仰っていたが、かなり関わってしまった。
それで以ておみくじみたいな予言まで残していったし。
「それでだ、俺は井谷と靜の戦争は回避するべきだと考える。お前らもそうだろ?」
蛇松様は僕ら日渡組に問われた。
萌加様はその質問に対し、少し考えてからお答えなさった。
「日渡国の利益を考えれば、戦争を回避する必要はないかもしれない」
「……は?」
蛇松様にとっては予想外の答えだったようで、素っ頓狂な声を上げられると、珍しく呆気に取られたような表情をされた。
「じゃ、わたしたちはこれで」
その間に萌加様は、僕と花菜を率いて応接室を去ってしまわれる。
「お、おいっ! ちょっと待て! あいつの言葉なんぞ信じてもろくな事にならんぞ! おいっ! それでいいのか!? 戦争になってもいいのか!?」
蛇松様の怒鳴り声が背中に刺さるが、萌加様は振り返られることもなく廊下を歩かれた。
萌加様が何をお考えになられているのか、僕には全く分からなかった。
ーーーーー
ーーー
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蛇松は、日渡と共同で靜に戦争を考え直すように申し込もうと考えていたものの、それは萌加の血迷ったとも思える決断によって破綻した。
そのため、単独で靜に考え直しを求める手紙を送りつけようとしたが……
「どういうことだ!?」
「申し上げた通りです! 我が国を抜けるための全関所にて南四連邦軍による検閲が常設されまして、反靜、反南四を助長させる手紙や物資は一切国外に持ち出せなくなっております!」
臣の沼津間門から入った報告に、蛇松は未だかつて感じたことのない焦燥を抱いていた。
この意見書をはじめとした、靜の政策に文句を付けるような文書は、南四連邦によって国外へ持ち出せなくなったのだ。
つまり、靜の独裁化に南四連邦が絡み出したということである。
「……まずいぞ。これはまずいぞ」
蛇松は海路で手紙を出すように指示したが、既に湾の制海権は南四連邦が握っており、船を出すことすら許されなかった。
ならば直談判をするしかないと考え会談の申請を行なったが、靜国神務局からの返答は『この件に関しまして、三大神様曰く「話すことなど何もない」とのことにございまして、お引き取り願いたく奉ります』であった。
沼国は、靜に対して意見をする術を完全に失ってしまった。
その間にも東部・猪頭諸国には、南四連邦の技術が着実に導入され続け、沼の周辺諸国は南四連邦に謝意を込めて頭を下げていた。
そしてここで、南四連邦は声明を出した。
『靜連邦に我々が技術支援をするに至った所以は全て靜国の判断にあり。靜連邦諸国は、我々南四連邦ではなく靜国に謝意を向けるべきであり、靜の三大神を讃えて国家をまとめていくべきである。』
それは、さながら靜の独裁の幕開けの合図のようであった。
靜連邦の西部を除いた地域は、靜国と南四連邦による、未だかつて見たことがないほどの独裁色に塗られ始めていた。
周囲の国が靜の功績を讃えながら感謝をし、そして南四にも媚び諂っている様子を、蛇松はただただ見ていくことしかできなかった。
ーーーーー
ーーー
ー
「あの有様を見たか! あれが靜だ、あれが南四だ! この連邦の主導権は、着実に南四連邦に渡っている。南四が靜を讃えよと言うから、東部・猪頭の能無しどもは靜を讃えるのだ! では靜が何をしたと言うか! 靜は西部を冷遇し、猪頭の内政に南四を関与させ、連邦の秩序を乱しに乱したのだ! それが靜だ。なのに奴らは靜を讃えるのだ。何故か? 南四が靜を讃えろと言ったからだ! もはやそれのどこが靜連邦か。傀儡も傀儡、いいところではないか! こうなったのは全て靜の独裁の結果であり、靜が頂点に立ち続けることは連邦にとって百害あって一利なし! ならば靜を統率国の座から引き摺り下ろし、南四連邦による内政干渉を即座に辞めさせ、靜連邦は再び独立を確保するべきである!」
夏至後47日。
井谷俣治様が日渡国の議会にいらっしゃり、そこで演説をされた。
招かれたのは、西部諸国の神治首脳部である。
一昨日、靜連邦の東部と猪頭半島に南四連邦から声明が通達され、その内容が連邦内で波紋を呼んだ。
南四に対する忠誠ではなく靜に対して忠誠を誓えといったような内容だったか、ぼんやりとしか記憶していないが、つまりは南四連邦が靜の独裁化を推し進めていると話題になった。
しかし、萌加様と明様の見方によれば「独裁化ではなく、従うべき主を見誤らないよう示しただけではないか」とのことで、むしろ南四連邦にとっては「傀儡化を目指す上では利害のない行為」と分析されていたが、世論は“独裁化”と騒ぎ立ててしまった。
それがまた、井谷国と靜国が酷く対立している最中に起きたのだから、井谷俣治様が仲間を集めるべく靜の息も南四の息もかかっていない西部諸国に訴えかけているわけだ。
とはいえ、俣治様が演説をしたいと仰ったとき、萌加様は二つ返事で議会の提供を許可された。
蛇松様との会談の時もそうだったが、萌加様は何か企んでいらっしゃるように思える。
靜と井谷が対立する最中、井谷を自国に招いて演説の許可をなさるなんて。靜に恭順を示すなら、絶対に考えられない行為だ。
「西部諸国の神々よ! 冷遇されし時代を終わらせようではないか! 俺と共に靜を統率国の座から引き摺り下ろし、連邦をイチから再建しようじゃないか!」
俣治様はそう仰るものの、西部諸国の神々はやる気なさげに「えー」と声を上げられる。
この手の演説で聞くような野次ではなくて少し物珍しく思えてしまうが、それだけ乗り気ではないという意思の表れであるということか。
「とのことだから、わたしは井谷と一緒に靜に立ち向かうよ」
しかしその中でそう発言したのは萌加様だった。
「日渡は、井谷と共に靜に立ち向かう。井谷を支えて、冷遇されてきた西部に光をもたらす。そのために戦う」
「でも萌加、もし濱竹が靜側で参戦するってなったら、あなたたちは地獄を見ることになるわよ?」
萌加様にそう告げられたのは袋石夜鳥様だった。
「そうね、私たちは濱竹がどちらにつくかはっきりしないと答えられないわ。もし濱竹が靜に従うと言うなら靜に付くし、井谷と共に戦うというなら井谷に付くわ。それが西部諸国の運命だもの」
夜鳥様に続いて、崖川あさひ様がそう仰った。
「濱竹次第だ、俣治。もしお前が本気で俺たちを味方に付けたいというのなら、まずは安久斗を味方に付けるべきだ」
堀之内弥凪様がそう仰ると、俣治様は「少しは鋼の意志を持って自国の運命くらい決断しやがれ」と文句を垂れ、
「日渡を見習え。先に言っておくが、おそらく濱竹は当面どっち付かずで結論を出さんぞ。その前にきっと、靜がお前らを脅しに来る。味方になるか滅ぼされるか選べとな。統率国の権限を失った濱竹になど、従っているだけ無駄だ」
そう仰ると、そのまま井谷へと帰られてしまうのだった。
「萌加ちゃん、本当に井谷の味方をするの?」
周知小國様が萌加様に尋ねられた。萌加様は頷いて「その方がきっと、この国にとっては利益になるんだよ」と仰った。
それはどうだか、と西部諸国の神々は首を傾げながら、それぞれが帰路に就いていくのだった。




