2-15『猪頭半島を巡って』
神紀5000年、逆元旦。
例年通り、靜国静岡神社にて祝賀祭が行われたが、この年は神類文明の節目の年でもあるために、その規模は靜連邦だけに留まらず、大連邦協商の国々を集めて執り行われることとなった。
靜国が来賓として招待したのは、中京統一連邦の祖神種(名護密、三津傘子、山支卓)と、関東統一連邦を代表して南四連邦の祖神種(東輝洋介、夏半若菜、済田政樹、千羽舞)であった。
この招待に応じたのは、名護、東輝、夏半、済田、千羽の5カ国だった。
中京統一連邦は名護が代表者として出席するのみで十分だと判断したが、現実はそうならなかった。予想に反して、南四の祖神が全員揃ってしまったためである。
これが意味することは、靜連邦と南四連邦が現在かなり接近した位置にいることが証明されたということだ。
大連邦協商を使って靜連邦に支援をしているのはほとんどが南四であり、中京統一連邦はその手のことをそれほどしていない。強いていうなら濱竹に技術者を送り、船や大砲の造り方や、武器の共同開発をしている程度である。
この靜連邦と南四連邦の接近は、世界にとって非常に脅威であった。
緩衝材が、緩衝材としての役目を果たせなくなりつつあると言ってしまっているようなものだったからだ。
しかし、それでも靜は関東にも中京にもどちらにも公平に招待をしたし、明らかにどちらか一方に肩入れしているなどと非難される筋合いはないと考えている。
それは実際そうであり、靜からしたら同じ大連邦協商に属する仲間として、逆元旦を共に祝おうという考えのもと提案したのだから、どちらかに肩入れしているつもりなど毛頭ないのだ。
むしろ靜の誘いを軽視した中京統一連邦の方が、靜連邦が緩衝材として在り続けるためにはどう対応するべきか考える必要があると言えるのだ。
このまま靜連邦を放置しておけば、いずれ間違いなく関東圏に持っていかれる。
来賓ひとつ取っても、そういう未来を予期させた祝賀祭になってしまったのだ。
祭典が幕を開けた。
靜するがは序辞で、
「靜連邦は、世界の緩衝材としてその秩序を守り、神類文明を保護し、平和と安寧が末長く続くよう、我々神類が暮らしやすい世界を築く必要がある。5000年前、人類から解放された我々は、人類を越した文明社会を志し、国を興し、土地を護り、時に対立し時に協調してここまで生きてきた。現在我らは、その努力を一瞬にして水泡に帰す術を手にしている。持てる能力も、使い方次第で世界を灰燼に帰せるものである。神類文明の保護と更なる発展を目指す我らが取るべき行動は、決して暴力ではない。5000年間守られてきた秩序を、培われてきた文明を、我々は手放してはならないのだ。今後、ますます発展していく世界で、くだらない大戦による文明喪失などという人類の二の舞を経験させぬべく、緩衝材として世界の秩序を守り抜くことが我が連邦の務めであると、今日集う連邦全26カ国が自覚し、国家発展に勤しむべきである」
と述べた。靜連邦は大連邦協商の一員であると同時に、世界の緩衝材であることを意識し、東西の波風を立たせないよう務めることが求められている。関東からの技術投与が始まった今でも、その役目は変わらないのである。
するがは序辞のあと、前の祭壇に並べられた各国からの特産物に濁り酒をかけて回った。
一個一個に丁寧に、食べ物に感謝しながら儀礼に則り手を合わせて、残る半年も不作とならないように祈りを捧げた。
そうしてその後、連邦に加盟する各国が『祝辞の楽』を行う。
神が祝辞を述べる間、その国の臣と巫女は神に向かって感謝の意を込めて酒をかける。
祝辞を述べる順番は濱竹に始まり、西部、東部、猪頭、中部と巡って靜で締め括られるのが慣わしである。
今年も例に漏れず、その順番で行われた。
「今年の初めに内政に努めるべく統率国の権限を全て靜に預け、連邦の運営を任せたが、その結果として世間を上手く渡り歩き協商関係を最大限活用し、関東統一連邦から多大な技術支援を得て今この連邦は飛躍的発展を遂げている。これも単に靜の三大神の尽力あってこそであり、この連邦のますますの発展を願い、我が国からの祝辞とさせていただく」
例として安久斗の祝辞を示すが、このように靜を褒め称えるのが基本的な形式である。しかし、靜と関係が悪い国はそればかりではない。例えば日渡は、
「我が国は’97年より改革を続け、渡海と武豊を併合し、自治領を二つ抱えることとなった。連邦各国、主に西部諸国にはその都度多大な迷惑をかけてしまったが、濱竹をはじめとする近隣諸国の力添えもあり、ここまで国を成長させることができた。また、今年は大連邦協商の恩恵を受け、連邦全加盟国が著しく成長することになり、世界と渡り合える緩衝材としての姿を初めて手にしたと言えよう。我が国は、連邦全体に遍く技術を投与してくれた靜国の判断に深く謝意を示し、この連邦の今後の発展に期待を寄せ、祝辞とする」
などと、靜に対する祝辞を極端に少なくする国もある。例年酷いのは井谷国であり、靜にも濱竹にも祝辞を述べずに国内の発展を報告して終わっている。
しかし、大抵の国は靜との関係を悪化させないためにゴマを擦り、連邦唯一の祖神を讃えるのが当然の行為である。
今年は濱竹が統率国を降りているため、特に靜に対する祝辞が異常に多くなっていた。
その中で、猪頭諸国と東部諸国は、靜にも謝意を示すと共に、他方にも謝意を示していたのが目立った。
「今年、我が国が位置する猪頭半島は、未だかつて類を見ないほどにまで発展した。これは全て、大連邦協商の恩恵を得たことによる発展であり、当半島に最新技術を投与し開発を手助けしてくれた靜、そして南四連邦の祖神に最大限の謝意を込め、祝辞とする。今後とも猪頭半島をよろしくお願い申し奉」
これは猪頭太平の祝辞であるが、靜と南四に謝意を決めている。
このように、沼国を除いた東部・猪頭諸国の神々は、靜だけでなく来賓として訪れている南四の祖神種にも感謝を述べたのだった。
その後、祝賀祭は例年通り湾花火を行い、午後の国家間会談を経て終了した。
例年と違うところで言えば、来賓として参列した5カ国を代表して東輝洋介が演壇に立ち、来賓挨拶を行なった点であろうが、その内容は「同じ大連邦協商の仲間として今後も共に発展していこう」という当たり障りのないものであったため、特段取り上げることはしない。
さて、こうして逆元旦の祝賀祭も終えて、その日の夕方に日刊靜から最新の国力順位が発表され、それを見て沼蛇松が頭を抱えたことはさておき、時は5日ほど先に進む。
神紀5000年、夏至後4日。
夏半国西部の小田島地区、小田原神社にて、靜国と夏半国の会談が行われた。
珍しい組み合わせの2カ国による会談なのだが、主催者である夏半若菜は南四連邦の、もっと言えば関東統一連邦の代表としてこの会談に出席した。
つまり、実質靜連邦と関東統一連邦の会談なのであった。
若菜は関東の祖神種にしては柔和で話がしやすい雰囲気を持つ。靜にとってすれば、上手くいけば良き隣人になれるかもしれない、またとない機会だった。
「ごめんね、お待たせして」
若菜は会議室に2分ほど遅刻して入ってきた。既に靜あおいがそこに居たため、申し訳なさそうに声をかけて席についた。
あおいは気にすることもなく、和やかに「いいわよ、気にしないわ」と笑う。
そうして平和な雑談を挟み、会談が始まった。
「それで、本題なんだけど」
若菜はそう切り出すと、あおいの目を真っ直ぐに見て提案した。
「祝賀祭の祝辞で、猪頭諸国から『今後も発展していきたい』て話があったじゃない? それについて関東で話し合ったんだけど、猪頭半島に“国体顧問委員会”を設置したらどうだろうって意見が出てね」
「なによ、その“国体顧問委員会”て」
あおいがそう尋ねた。それに若菜が答える。
「うーん、簡単に言うと、急激に発展する国の統治状況や指揮を俯瞰して意見する第三者機関って感じかな。たぶん、これ以上猪頭半島が発展していくと、今までの集中神治では手が回らなくなっていくはずなの。それを経験してきた私たち南四連邦の有識者を委員として派遣して、猪頭諸国の神々に助言できるようにしたらどうかなって思ってさ。そうすれば、これからもっと支援がしやすくなって、猪頭半島は便利な場所になるはずなの」
「つまり、猪頭諸国の国政に南四連邦が絡むってこと?」
「いいえ、国政には絡まないわよ。意見するだけで、それを取り入れるかどうかは猪頭諸国に任せる感じになるからね。あくまで助言をするだけ。そういう機関を置きたいのだけど、どうかな? 必ず損はさせないからさ」
若菜の言葉に、あおいは悩んだ。
靜としては、猪頭半島の利権をいずれ南四に取られそうで怖いところではあったが、これからも絶えず入ってくる最新技術に神治機能が追いつかず残念な状態にさせてはならないという考えもあった。
特に、共同開発特区に指定されている猪頭半島には、最新鋭の技術が先行導入されることになっている。例えば鉄道、例えば軍事基地、例えば住宅地開発。挙げ出したらキリがない状態である。
それを技術提供元である南四の助言なく独自で試行錯誤しながら国を運営するのは、あまりにも厳しいものであるとあおいは考えた。
「分かったわ。私の意見としては、猪頭諸国に意見を押し付けたり、事実上の傀儡状態にならなければお願いしたいところね。一旦弟たちに話を通して、あとは猪頭諸国の意見も聞いてからの返事になるけど、それでいいかしら?」
あおいの言葉に、若菜は「もちろん」と頷いた。
そうして2カ国での会談は終わり、あおいは国に帰って弟たちに若菜からの提案を話した。
「んー、まぁいいんじゃない?」
そう言うのはしみずだった。
しかしするがは悩む。
「自国の限界を超えてまで発展させる必要はないからなぁ。できる限りのことを、できる限りで最大限に引き出してこそ支援であって、技術に合わせて無理やり国の在り方を変えることは求めていないはずだよ。それを認めてしまったら、ゆくゆく猪頭だけじゃなくて、靜連邦全体を南四に委ねることになりかねないと思うんだけど」
するがの懸念はあおいも抱いているものであったが、
「とりあえず、猪頭諸国に聞いてみて決めるわ」
と靜だけで判断せず、当事者となる猪頭諸国を踏まえて判断することにした。
結果、猪頭諸国からの反応は好意的だった。
「正直、導入された鉄道や兵器も、すべての共通する大地液油の使い方がよく分からん上に、技術者も管理者もろくにいないから、その指導に関しての相談役が欲しかった。この委員会が国体だけじゃなく、そういった技術的支援に関して博識であるととても嬉しい」
猪頭太平はそのように意見した。
「たしかに国体に関する意見よりも、技術的な自分の相談役という立ち位置でならこちらも幾分か安心できるね」
するががそう言うとあおいが頷いた。
「分かったわ、じゃあそういうことで夏半に伝えておくわ」
そうして猪頭諸国の熱烈な要望と、靜の同意のもとで、猪頭諸国に南四連邦主導で国体顧問委員会が設置されることになったのだった。
これが靜連邦各国に通知されたのは、国体顧問委員会が設置された翌日の夏至後38日のことで、事後報告という形が取られたのであった。
これに対して非難の声を上げたのは、沼国と井谷国だった。
まずは沼国だが「国体顧問というのは技術に関して助言をする立ち位置ではなく、国家運営に対して助言をする立ち位置の存在であり、猪頭半島および靜国の要望に対して的外れな機関である」と非難。
「南四連邦が我ら靜連邦諸国の要望を聞き、真に役目を果たさんとする意思があるのなら、誤解を生まないようにするべく組織の改名は必須である」
と、沼日刊紙の取材で蛇松は主張した。
しかしこの時の沼国は南四連邦より冷遇を受けており、沼日刊紙が南四の祖神種に渡ることはなく、この意見は届かなかった。
靜の三大神は蛇松の主張に対し「南四連邦と我々の間で機関の趣旨は確認済みであり、名称はどうであれ猪頭諸国の内政干渉のための機関とはなっていない」と反論。沼を非難したわけではなく見解を説明しただけであったため、蛇松は特段何を返すわけでもなく、この話はこれで終わった。
しかし、これで終わらない国家があった。
井谷国である。
井谷は、そもそも国体顧問委員会が置かれた際に、
「猪頭諸国の内政に南四連邦が介入し、それ即ち靜連邦の構成国の主権が南四連邦に渡り、この連邦自体が南四連邦の傀儡となる日も近くなってきたと判断する」
と非難。そしてその原因について井谷俣治は「靜の独裁が連邦を破滅に導いている」と主張し、
「我が国にとっては靜も濱竹も等しく対立国家であるが、この半年続いてきた靜の独裁が著しく連邦の不利益を発生させ、売国行為を行い、この連邦の自主・自立の精神を大きく損なわせているが故に、我が国は濱竹の連邦統率権の回復を切に願う。この連邦の行く末を思えば今すぐにでも濱竹を統率国に返り咲かせ、従来通り二大統率国体制を敷くべきである」
と、濱竹を即座に統率国に復帰させることを求めた。
しかし靜は、この井谷の発言を無視すると、負担となっていたサハ列島連邦の管理を濱竹に委託し、冬になる前にサハ大陸・列島連邦の統治状況の確認と、見直すべき点や続けるべき事業について詳細にまとめさせるよう指示した。
濱竹では、中京統一連邦と関東統一連邦の技術、そして濱竹独自の技術を集約して造り上げた第一艦隊と第二艦隊が完成していて、これは皇神種国家の中では初となる偉業であった。
この艦隊の航行試験を行いたいという濱竹安久斗の思惑が、ちょうど良く靜からの命令に重なり、安久斗は連邦運営の全てを靜に任せて、濱竹水軍・陸軍双方の主力部隊を率いて世界北端へと向かった。
濱竹国は、サハ戦争時同様に神務卿を頂点とした統治体制が敷かれ、行政に関しては行政総長が、対外的な面に関しては神務局が担うこととなった。
また、議会は自国の臣と巫女が不在の間、その最高権限は日渡国の臣と巫女に委ねられ、これもまたサハ戦争時と同様の状態になっていた。
この、いかにも国を長期的に空けると宣言している内政状況に井谷俣治は憤慨し、
「遂に靜も濱竹も統率国としての自覚がなくなったようだ」
と呆然の意を前面に出した声明を発表。同時に連邦を単独で率いている靜に対しては「嚮導の意思が全く見受けられない」と酷く言い落とし、靜に対して警告文を送りつけた。
内容は以下の通りだった。
『靜国に告ぐ。
猪頭諸国の内政に南四連邦を介入させておいて未だ図々しく我が物顔で連邦を牛耳るなど甚だ許せじ。濱竹を統率国の座より降ろして以来、貴国が真っ当な統治をしているとは言い難し。その行為は南四に対して猪頭諸国を売り払い、まるで植民地になることを望みし者の所業にて、もはや連邦を嚮導する意思など消え失せたるものと見え、我が国はこのまま貴国に連邦の統治を委ね続けることは危険極まりなきこと也と考え、貴国に対し速やかに統率国の座より降り、その地位を濱竹国および沼国に譲渡せよと勧告す。また、統率国の下に5年ごと交代する統率権を有する代表国家を5カ国常設し、連邦に加盟せし全国が力を行使できる仕組みを設けるべき也。この勧告を受け入れぬと言へば、我が国は持てる力の全てを持って貴国へと攻め込みて、力の限り貴国を統率国の座から引き摺り下ろすことも厭わず。如何なる暴力も辞さず。貴国によるこれ以上の横暴を、我が国はみす/\許してはならぬと考へり。靜連邦の安定のために、貴国は可及的速やかに貴国の持てる全連邦運営権限を破棄すべきなり。』
この警告文が出されると、靜は井谷に「戦争を暗示する文を出すなど全く愚かしい。連邦の安定を揺るがしているのは誰がどう見ても井谷国である」と非難した。
しかし井谷は、「そも靜が連邦を守り抜くべく運営すれば我が国もこのような文を出さずとも済んだ」と反発し、国家目標を指し示す標語に堂々と「靜を統率国の座から引き摺り下ろす!」「連邦国家に等しく権限を!」と書き記した。
その標語は井谷国の至る所に掲示され、対靜姿勢を一層強めていくこととなった。
井谷国はかつてより靜を中心とした中部諸国から大規模な制裁を喰らっており、国民の反靜感情も非常に高い。その中でこの標語が果たす役割は、当然国民一丸となって靜に立ち向かう姿勢を形成するものとなるのだ。
濱竹不在の中、靜と井谷という連邦最大級の国力を持つ者同士が対立し、まさに不穏な空気が立ち込め始めた。
靜連邦に、暗い影が落とされた瞬間だった。




