第8話『戦う意味』
ついに始まった、西山集落解放と人類討伐。
とは言っても、僕はただ、人類が逃げてくるのを待つだけだ。まだ何もすることはない。今頃、綴さんの指揮の下で三方面からの突撃の準備が行われている頃だろう。
命令が出るまですることもないので、僕は小林氏に話しかけた。
ここで一つ、さっき生まれた疑問を解決しておこうと思ったのだ。
「先程、将軍から喜々音さんが天才だということを聞きました」
「あぁ、小声で話していたね。小松ちゃんは本当に凄い子だよ」
小林氏はそう僕に言った。
「ですが、僕は濱竹の神治のシステムがよく分かりません。だから、彼女がどれだけ凄いのか分からないんです」
僕がそう言うと、
「まあ、日渡には神、臣、巫女以外の役職がない『集中神治』だしね。濱竹のように役職だらけの『分散神治』の仕組みが分からないのも無理はない」
と言われた。
「説明してあげようか?」
小林氏が僕にそう言った。
「是非ともお願いします」
僕はそう答えて、小林氏の説明を聞いた。
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分散神治とは、名前の通り、神治を神、臣、巫女が一手に担うのではなく、それ以外にも役職を設けて、分野や地域ごとに分散して神治を行うことだ。
この靜連邦では、濱竹の他に、靜、沼、猪頭が取り入れているよ。
まあ要するに、ある程度国土があって、その地域の主要国家であるところが取り入れる方式ってことだね。
とは言っても、国によって置く役職は異なっていて、僕は濱竹のことしか分からないから、濱竹の分散神治について説明するね。
その前に、神治制は原則『神治を行うのは上神種でなくてはならない』とされているのは知っているよね? それは分散神治でも同じで、これに関与できるのは原則、上神種だけとなっているわけだ。
じゃあ、そんなにたくさん上神種がいるのかという話になってくる。
そもそもとして上神種は、一国の臣と巫女の家系の者であって、それほど多くない。上神種の定義は『臣や巫女の直系、なおかつ代表一族の者』となっているので、国の中に20人いれば多い方であると思う。
具体的に説明するとね、まず、現職の臣に子供が2人いたとする。その子供もそれぞれ2人ずついて、その家族は最高でも10人の上神種で成り立っていることになるね。
なんで『最高でも』かと言うと、嫁いでいるのが下神種かもしれないからだよ。上神種は上神種としか結婚しちゃいけないなんて決まりはないからね。
それで、だ。現職の臣が引退し、臣の職が長男に引き継がれたとしよう。そうなると状況が変わってくる。
まず『臣の直系』という条件は全員がクリアしているんだけど、ここで問題になるのが『代表一族』って単語だ。基本的に、代表一族は現職の臣の家系しか持たない。そのため、臣職を継げなかった次男の家系は上神種から外されるんだ。これで、今いる上神種は4人にまで減った。上神種が増えないのは、この『代表一族』という制度があるからなんだ。
上神種を外された次男の家系は、苗字を返納し、臣家を出なくてはならない。それと同時に、神に能力を奉納し、完全な下神種として去っていくんだ。
んまあ、こんなんだから、国によっては臣や巫女の子供の間で殺害が繰り広げられて、国が混乱する場合もあった。それを防ぐために、臣と巫女の子供は1人だけにする国がほとんどなんだけど……
あ、ちなみにだけどね、これはたとえ国が滅んでも、先祖が臣や巫女だった場合は『直系』の定義から逸脱することはなく、そして代表一族も家が途絶えない限り続いていくんだ。だから、他国を侵略したり、条約を交わしたりして併合した場合、上神種はどんどん増えていくというわけだね。
さて、もう分かったと思うけど、ここ濱竹は昔、20ヶ国併合というとんでもないことをしていてね、そのおかげで臣と巫女、合計40家が軍門に降ったんだ。まぁ、中には濱竹に降りたくなくて一家絶命をしたところもあるらしいけど、それでも現在まで、28家が上神種として残っているわけさ。
濱竹の分散神治で設けられる役職は、神、臣、巫女の他に、軍を纏める軍総長、神治全般のアドバイザーの神務卿、国土管理を一手に担う行政総長、国土を7つの行政区に分割し運営する、東、西、南、北、中央、北濱、昇竜の各行政区長、あとは陸軍長官と陸軍参謀総長、水軍長官と水軍参謀総長、神務卿の指示で神治を支える神務局長がある。
これら18の役職で神治が成り立っているってわけだね。
我々、28家の他所者の上神種は、神はもちろん、臣と巫女の座を取ることはできない。しかし、それ以外の15の役職の座を取ることは可能なんだ。そして、それを狙って日々精進しているって訳さ。
じゃあ、どうやって誰がなんの役職に就くかを決めているのか。それは至って単純。『試験』さ。
濱竹には教育施設である学校があってね、下神種も上神種も関係なく通うんだ。
6歳から10歳が初級学校、11歳から15歳までが中級学校、16歳から20歳までが上級学校へと通うようになっているんだ。まあ、上級学校は上神種のみが通うんだけどね。
その、上級学校を卒業したことが最低条件で役職試験を受けれるわけなんだ。
その試験がまたややこしいんだけど、まず『家庭内試験』というのがあって、一家の中で誰が1番なのかを決めるんだ。実力主義だから、試験の点数で優劣が付く。そして1番点数が高かった者が『家庭内代表』とされ、本試験に挑めるってわけだ。
ちなみにだけど、家庭内試験で1番になりたいからと言って、自分以外の家族全員を殺すことはできないようになっているよ。なぜなら、濱竹では故意的な殺人をした場合は、理由はどうであれ『死罪』になっているからね。家族を殺したところで、自分も殺されるんじゃ、する奴もいないってわけだよ。
まあ、正当防衛は除かれるようだけど、その場合は十分な証拠が必要になってくるね。
それは置いておいて。
そうして集まった28人の家庭内代表は、自分がどこの役職を受けたいか申請をする。誰がどこを受けるかは秘匿にされるから、倍率もなにも分からない。そして、その試験で合格点に達し、その中で最も点数が高かった者が晴れてその職に就けるというわけだ。
そんな試験が年に一度行われる。
誰も合格者がいなかったり、誰も受けなかったりした役職は、落ちた人に試験をやらせて補う。それでもいなかった場合は、神の名に於いて特例が出される。そして神から指名された誰かがその役職に就くというわけだ。
神からの指名は上神種に限らない。特例は条件を逸脱したものでも認められるからね。
過去には八百屋のおっちゃんが陸軍参謀総長になった事例もあるみたいだし、現に最近も妖精が昇竜行政区長を務めている。
とまあ、こう言った具合に濱竹で役職に就くのは大変なわけだ。
それを15歳にしてやってのけた小松ちゃんは、そりゃ天才だよねって話。
だからみんな、凄いって言う。
同時に、みんな彼女が怖いんだ。
学校で飛び級なんて、珍しいことなんだ。彼女が出てくるまで、飛び級の存在を誰も知らなかった。そのくらいに珍しく、ここ数十年、いや、下手したら数百年飛び級した者はいなかったのかもしれない。
そんな子が怖い。
性格が明るくて、優しさがあって、みんなに笑顔で接してくれる子なら、まだ良かったのかもしれない。
でも、小松ちゃんはあの感じじゃん? デリカシーは無いし、常に無表情で何考えているか分からない。笑った顔なんて見たこともない。
だからみんな、彼女が怖い。
そして嫌うんだ。
彼女を受け入れているのは、笠井長官と僕くらいなものだと思うなぁ。
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小林氏からの説明で、濱竹の神治の形態を理解することができた。そして、喜々音さんをどうして将軍が恐れるかもだいたい分かった。異質は嫌われて、出る杭は打たれるということなのだろう。
にしても、濱竹の神治は大変そうだ。まず、年に一度試験があって、それに合格しない限り神治に参加できない、か。暇な巫女がノコノコと神治へスカウトしに来る日渡とは大違いだ。
流石は超大国ってとこだろう。
日渡でそれを取り入れることは不可能だろう。まず、上神種の数が足りない。家庭内代表の時点で臣と巫女が決定してしまうだろう。
試験をするだけ無駄な気もしてくる。
……だけど、もしその制度があったら、僕が神治に参加することはまずないだろう。つまりは、あんな催促も受けずに済むってことだ。
おぉ、なんと素晴らしい!
感動的ではないか!
……まぁ、この制度が取り入れられることはまず無いと思うけどね。
「っと、連絡だ」
僕がそんなことを考えていたら、小林氏が小さな黒い箱取り出して耳に当てた。
「こちら、第四部隊。いつでも動けるよ」
軽くそう返す小林氏。二、三言会話をした後、それをしまった。
そして僕らの背後に並ぶ兵士たちに向けてこう告げた。
「これより、西山集落解放作戦を実行する。各自配置につけ!」
おー、と呼応する兵士たち。そしてみんなが行動を開始した。
とてもよく統率の取れた軍隊であると感動してしまう。
日渡には、このようなきっちりとした軍はない。『軍』という概念はあるにはあるけれど、有事の際に国防のために動ける民衆を『軍』と呼んでいるだけだ。その頂点が八百屋のおじさんなのも知っている。自覚ないみたいだけど。
そうなると、もちろん濱竹の軍に比べて貧弱で、人数は比にならないほどにまで少ない。
日渡では、人類反乱が久しく起こっていない。少なくとも、僕が生きている15年間で起きたことはないし、国家間の戦争なんて以ての外である。そもそもとして、この靜連邦ができてから、国家間の戦争は起きていないようだ。詳しくは知らないけど、昔、父からそう聞いた覚えがある。
だから、強い軍隊が必要なかったといえばそうなのだが、こうも実際に反乱の鎮圧準備を目にしてしまうと、本当に強い軍隊が必要ないのか疑問視してしまう。
とは言っても、だ。もしも日渡で人類反乱が起きた場合は濱竹や靜、そして周辺諸国からの援軍が送られてくるため、自国防衛程度ができる戦力さえあれば問題ないという見方なのかもしれない。
そこは、先人の考え方ってやつだろう。
「さて、大智くん」
突然、名前を呼ばれた。
「あ、はい」
横にいる小林氏を見て返事をする。小林氏は申し訳なさそうに僕に言った。
「僕としては、他国の使者に参戦をしてもらうのは気が引けるんだけどね、将軍と笠井長官が認める君の力を貸してもらいたいんだ。協力してもらえるかな?」
小林氏は僕にそう問うた。
僕からしたら、今更な話だった。
だってそうだろう。将軍と組手をした時点で、こうなることは目に見えていた。その時から、僕は覚悟ができている。
使者を参戦させるだなんて、人使いの荒い国……いや、礼儀がなっていない国と言った方がいいのかもしれないけど、そう思いつつも僕は参戦する気でここに立っている。
だから、小林氏のその確認は、とっても無駄で、そして若干、今更かよとうんざりするようなものであった。
それでも、僕は小林氏に笑顔で言う。
「もちろんです。覚悟はできてますから。足を引っ張らないように頑張ります」
その言葉に、小林氏は微笑んだ。
「そう言ってくれて助かるよ」
そして、もし断れらたら砂太郎に殺させるからねと呟いた。
比喩だと分かっていても、将軍だったらそれをしかねないので怖い。
僕との組手の時も、埋められて殺されかけたし。
「さてと。それじゃ、人類が逃げてくるまで待ちますか」
小林氏はそう言って、簡易椅子を取り出して腰を下ろした。そして足を組んで本を読み始める。
余裕すぎんだろ……
いくら人類討伐と言っても、一応これから戦うわけなんだけど、そんな危機感はこの人から伝わってこない。
ついさっきまで、自分の管理する街を荒らされたって怒ってたのに。
そんな風に油断してるからあんなに被害が出たんじゃないの? と思ってしまったことは内緒である。
最初に異変に気が付いたのは、小林氏が本を読み始めて10分ほどが経過した頃だった。
遠くから、聞いたことのない音が聞こえてきたからだ。
何かが破裂するような、パーン、パーンという音。
第四部隊の全員がそれに気付いたようで、一瞬だけざわめきが生じる。
小林氏も顔を顰め、本をカバンに戻して通信機を耳に当てた。
その間も、ずっとその音は鳴り止まない。
「……なに?」
小林氏の顔から余裕さが消えた。
これはまずいことがあったのだろう。僕の直感がそう言っている。
よくないことって、なんでか知らないけどよく当たるんだよね。
そして今回も例外でなかった。
「……そうだな、それが賢明な判断だと思うよ。僕なりにやっておこう」
小林氏が通信機にそう言って、一瞬だけ僕を見た。しかしすぐに視線を外し、兵士の方を向いて言った。
「連絡する! 人類は銃を装備しているようだ。攻め込んだ部隊に応戦する一方、我々の方に向かっている輩もいるとのことだ。笠井長官から聞いた作戦では、そいつらを一箇所に集めておいて、立て籠っている人類が全員その場に集まったら一斉に排除しろとのことだ。皆の者、人類からの攻撃に備えて準備せよ! 応戦だっ!」
その声に、兵士たちが奮い立った。
既に配置についていたので、あとは向かってくる人類を待つだけだ。
「大智くん」
小林氏が僕に声をかけた。
僕は小林氏の顔を見た。その表情は、真剣そのものだった。さっきまでの油断し切った顔つきではない。仕事人の顔であった。
「君にやって欲しいことは一つだけ」
小林氏は僕に言う。
「君にやって欲しいのは、最後の最後で人類を一斉に焼き払ってほしい」
「わかりました」
僕はその言葉に同意をした。
そんな僕に、暗い表情で小林氏が言った。
「ただ、今回の人類はかなり手練れているみたいでね。第一、第二、第三部隊の中でも既にこちら側に戦死者が出ているようなんだ。人類よりは死ににくい僕らでも、核を壊されれば死んでしまう。だから、奴らが銃を持っているのに君を最前列に配置するのは、死んでくれと言っているのと同意なんだ……」
そう言われて、一気に恐怖が湧いた。
え、僕、死ぬの?
嫌だよ? 死にたくないよ?
この国って、他国の使者にも容赦なく死んでくれと頼む国なの?
不信感が湧いた。
そもそも、最初から間違っているのだ。将軍も、綴さんも、さも当たり前のように他国の使者を戦場に行かせようとした。小林氏と喜々音さんは、それに反対していたが、それは通じなかった。
この国はおかしい。
僕は今、心からこの濱竹という国に恐怖している。
「どうする? それでも、僕らのために戦うかい?」
小林氏は、僕にそう聞いた。
「………………」
僕は言葉に詰まった。
そもそもだ。僕がこの国のために戦う必要など、考えたところどこにも見当たらない。
それなのに、どうして僕は戦おうとしているんだ?
将軍に頼まれたから?
綴さんに威圧されたから?
ただ周りに流されたから?
あるいは、それら全て……
そう、僕がここにいる意味は、確かに皆無なのだ。
僕一人の力は戦力になるのだろうか? 上神種だと言っても、鍛え抜かれた軍人ではない。きっとここにいる兵士の方が、僕よりもずっと手練れだろう。僕よりもずっと強いだろう。じゃあ、僕が戦う意味とは一体……
考えれば考えるほど、僕には無関係で無意味な戦いであると思えてくる。
そこに、小林氏が追い討ちをかけてきた。
「さっき、小松ちゃんから報告があった。向こうでは最前線で戦っていた兵士の3割が死んだらしい。中にはいくつもの人類反乱に参戦してきた軍人もいたようだ。この戦いは、かなり危険なものになるだろうね……」
生存率は7割。これを高いと見るか、低いと見るか。
僕は、低いと思う。
戦場に慣れている軍人でさえ、その生存率なのだ。慣れていない僕の生存確率は、おそらくそれ以下、5割あれば御の字だろう。
「……僕は」
この戦争に出る義理はない。
「僕は……」
こんなところで死にたくない。
だから、だから……。
「僕は、やっぱり参加しません!」