2-14『冷遇されし沼』
これより第3章。
神紀5000年の冬至後50日前後から、猪頭半島の開拓は本格化してきた。
南四連邦が最初に手をつけたのが、猪頭国と猪東国に大型の軍港を建設することと、河頭国と流水国に大型陸軍基地を建設することだった。
また、並行して熱山国と降田国の居住区拡大に向けて山地開削が進められ、新たな都市圏の形成が現実味を帯びてきた。
そしてそれらは、およそ逆元旦には整備され、猪頭半島には新設された軍港に南四の船が数多入港し、そこを拠点として更なる支援体制が整っていくことになった。
この年の逆元旦に発表された靜連邦各国の国力を見て、眉間に皺を寄せる男がひとりいた。
沼国の神、沼蛇松である。
彼は一枚の紙を見つめながら「むっ」と唸る。
その理由は簡単で、長年居座ってきた靜連邦内国力第4位の座を、隣の猪頭国に取られたからである。
また、第5位に宇治枝国、第6位に富田国が入るなどし、沼国の順位は第7位にまで転落していた。
これには当然、理由があった。
沼国は、香貫宮家という人類の一族を神治に取り込んでいる。
それを関東統一連邦が嫌い、沼国の神治から香貫宮家を排斥しなければ技術支援を行わないとしたのだ。
しかし、香貫宮家は人類といっても霊力という不可思議な力を有し、猪頭半島や靜連邦東部に生息する人類の信仰対象ともなっているのだ。
沼は昔から、その香貫宮家を神治に取り込むことで人類反乱を抑制してきた。
そんな香貫宮を軽んじ、神類文明の優れた技術を導入するために神治から排斥したとなれば、香貫宮を信仰する人類たちの反感を買い、靜連邦東部と猪頭半島で人類反乱が起こる可能性が急激に高まるのは明白であった。
それも、現在関東の最新技術が優先投入されている猪頭半島で人類反乱が起きれば、そこでは世界最先端の兵器が火を噴き、忽ち見るも無惨な焦土と化す可能性すらあるのだ。
蛇松はそのような懸念点を掲げて、政体を改めることを拒否した。
すると関東統一連邦は怒り心頭に発し、徹底して沼国に技術を入れないように封鎖し出したのだ。
東部最大の港湾都市であった沼津に対抗し、そのすぐ南に位置する猪頭国の土肥港を拡張し、大型船が入港できるようにすると、そこからすぐさま世界最新技術の鉄道を敷き、猪頭、猪東、流水の中心街へと伸ばしていった。
同時に夏半国の西部小田島から鉄道を敷き始め、函嶺・丹那山地を迂回するように大きく回ると、大山、伊月場、島波と辿る鉄路を突貫で作り上げた。この路線は当初、島波から沼国へと南下して猪頭の中心街の路線に繋がる予定であったが、関東統一連邦は島波から流水国の中心街に繋ぎ、完全に沼国を経路から外したのだった。
【参考資料】
神紀5000年逆元旦時点での鉄道網(図)
大山
/ \
羽宮 伊月場 \
\ / \
富田 島波 |
/ 沼 \ 小田島
/ 流水 熱山
靜 |
土肥—————————猪東
/
猪頭 河頭
降田
それによって、猪頭半島の北部や沼を除いた東部諸国は、鉄道によって南四連邦と繋がり、また伊月場から富田に抜ける別路線も敷設され始め、物流や交流が盛んになり、急速に発展し出したのだ。
ところで、神類文明の特徴として、能力を駆使した土木作業が行われたり、人権意識や労働基準、安全基準がなかったりすることから、建設速度が人智を超越したものになるというものがあるが、今回も例外でなく、突貫ではあるが150日ほどで全ての作業が終了している。
よって、波に乗り遅れるとすぐに発展の機会を失って、追いつくことは困難となってしまうのだ。
それと同時に、世界が著しく不安定化するため、今まで神類はこのような発展の仕方を忌避してきたという事実もある。尤も、サハ戦争以前は一部連邦を除いてこれらの人類的な発展した文明器具にも出会っていなかったため、ここまで急速に発展することなどなかったのだが、サハ戦争によって関東統一連邦が人類文明の技術を一部手にすると、世界の文明化が急速に進み出してしまったのだ。
つまり、これだけの規模で文明が発展することは、神類史を通して見ても異例な事態なのだ。
「……どうしたものか」
蛇松は珍しく悩んでいた。
ーーーーー
ーーー
ー
靜と伊月場の間の鉄道開業に伴って、我が国にあった東部統括機関が島波に移されるそうだ。
そもそも、鉄道とは何なのか未だにその全貌を知り得ないのだが、話によると、隣国の島波から大山までを1日で往復できるそうだ。
普段なら、行くのに1日半、滞在して戻れば4日は必要なところを、行って、用事を済ませて、帰ってくるのに1日ときた。
驚異的な移動手段である。
当然、我々神であれば飛んでしまえば一瞬であるわけだが、上神種や下神種となれば話が変わってくる。
それに、物資の運搬に関しては船の何十倍も速く、大量輸送を実現しているのだ。
既に島波や猪頭には、東輝から鉄道が繋がって物資が直接入ってきている。これがあと数日もすれば靜へと繋がり、道中にある富田もまだまだ発展していくだろう。
既に靜には、清水港から靜市街に、そしてそこから宇治枝、谷津、島谷に至る鉄道と、富田に抜ける鉄道が敷設されているとのことだ。
その富田に至っているものが近々伊月場で東部猪頭一帯に張り巡らされたものと繋がり、東輝から島谷までの巨大な交通網が出来上がるというわけだ。
その都合だろう、往来がしやすいように我が国にあった靜連邦の東部統括機関を島波に移動させると靜は決めた。
なぜ合流地点の伊月場ではないのかという疑問が湧くが、今や島波の国力は我が国に次いで高く、このまま関東からの支援が続けば猪頭と同格の都市にまで発展する可能性を秘めているからだろう。
対して伊月場はまだ国力が低く、統括機関を移すには都市が小さすぎると判断されたのだろう。
我が国としては非常に悔しい結果であるが、これを抗議したところで「人類を神治から排斥しないのが悪い」と言われて終わりなのだ。
しかし、我が国が香貫宮を神治から外せば、連邦東部と猪頭半島は大荒れの状態になる。それを分かっているのだろうか。
到底、分かっているようには思えぬ。
「とはいえ、関東にとってみれば人類は皆等しく人類なんですよ。もしあなたがこの発展の波に乗りたいというのなら、香貫宮を神治から排斥し、人類と交流のある国内の商人や貴族、議員を罰し、彼らが関与する議会を解体して集中神治制に改めれば、大連邦協商の恩恵を受けられることでしょう」
俺の愚痴に反応を示したのは創造神だった。
こやつは香貫宮が仕える主というのもあってしょっちゅう我が国に来るが、決して味方をしてくれるわけではない。
ふむ、力を貸りられれば関東統一連邦など灰燼とできように……
しかし、この提案は受け入れられない。それに、
「本気で言っていないだろう?」
「いいえ、本気ですよ。あなたが受け入れるとは思っていませんけど」
それ即ち、本気でないと言うのだ。ならば提案するなと言ってやりたいが、無駄口を叩いて怒りを買ったら神であれ指一本で殺られかねない相手であるため何も言わずにおく。
「ああ、そうそう」
俺のことなど毛頭気にしないかのように、創造神は思い出したことを喋り出す。
「技術が欲しければ、靜や関東相手に喧嘩を売ることも選択肢としてありますよ」
「勝算が極めて乏しい。それに、そこまでしても大した利益は得られぬと思うが」
「そりゃ、どうか分かりませんね。あなた方の価値観次第です」
そう言ってから、
「ほら、少し前に靜と対立して、欲しいものを見事に勝ち取ったどこぞの小国があったじゃないですか」
「だが、それで得られた物も微々たるものだ。未だに禍根が残っているし、どちらかと言えば失策だったように見えるが」
「だからそれがあなたの価値観なんですよ。彼らの価値観は違うんです。そうでもしないと、得られなかったものがあったんですよ。だから彼らは、欲しかった物を靜と対立してまで得たんです。それが彼らにとって、最善の利益を生んだというわけです」
そういうものなのか。俺にはよく分からん価値観である。
だが確かにあの時、日渡は強かった。格上の国であっても、間違っていることは間違っていると、その責務とは果たして何だと問いかけ、強気な姿勢を貫き通した。その臣の磐田大智とは、かつて奴が臣になる前に少しだけ話したことがあったが、そこまで芯が太い奴だとは思っていなかった。
芯が太いというよりは、実際のところ、礼儀知らずで図々しいだけなのやもしれん。
しかしそれも必要な才であろう。日渡のような小国においては、大国の言いなりにならない姿勢を時折見せることで、場合によっては国益を得ることがあるのやもしれん。
しかし、沼はそうもいかぬ。
「ここで俺が日渡のように声を上げれば、大国の座に執着しているだけの、冷遇されたことへの不満に腹を立てている器の小さな奴に見えるだろう」
「そういう見方もできますね。周辺諸国が発展していく中、虚しく取り残されたかつての強国みたいなところでしょうか」
「日渡のように、自国だけじゃなく周辺国家の利益も考えて行動ができればまだ支持されようが、我が国の場合は……」
「かえって支持されないでしょうね。周辺国家にとってみれば、ようやく沼一強の時代を脱せられる好機が訪れたんですから」
「あぁ」
つまりはそういうことだ。俺の発言力が衰えれば、東部諸国にとっては自国の発言力が増して、いつまでも俺の顔色を窺って過ごさなくてよくなるのだ。
奴らにとっては、今の状況は“解放”に近い。かつて協定を興し、以来小規模ながらも周辺に影響を及ぼし、宗主国のような振る舞いをしてきた沼が没落していくこの状況こそ、奴らにとってすれば願ってもみないことなのだ。
だから、俺が声を上げたところで何も起こらない。かえって俺が「技術が欲しければ人類を排斥すれば良いのだ」と様々な国家から言われるだけなのだ。
誰も、人類を神治に取り込むことの有益さを知らない。
知らないというよりも、理解しようとしない。
現に、沼が国力を相対的にどんどんと落としている現状に「なぜ人類を排斥しないんだ」と猪頭や伊月場は尋ねてくる。
ならば問おう、俺が人類を排斥して良いのかどうか。
お前らは、それで困らないのかどうか。
きっと困るだろう。
香貫宮が神類国家に組み込まれているから、人類は神類の文明を認め、我が国が打ち出す人類政策に協力し、神類も人類も互いのコミュニティを侵すことなく暮らしている。
しかし、我が国が香貫宮を排斥すればそうもいかなくなる。人類は神類に与する必要がなくなり、共生する意義もなくなり、そうすれば互いに互いのコミュニティが邪魔となり、脅かしながら生活することになる。
それ即ち、人類反乱の頻発を意味する。
香貫宮が影響力をもたらしている地域は猪頭半島から丹那、函嶺に至る山地に住まう人類のみであるが、それでも規模にすれば膨大で、猪頭と東部の全域が対象となるわけだ。
その範囲のコントロールは、言ってしまえば沼一国が担っている。
それをやめてはならないのだ。
この国は、人類を排斥してはならない。去年安久斗が妖精を保護して連邦の秩序を守ったように、俺は人類を保護することで周辺国家の秩序を守らなければならないのだ。
「ま、無理はしないことです」
創造神は俺にそう言った。
「とはいえ、お前が一声かければ香貫宮であれ関東であれ、状況が全てひっくり返るのだろう?」
俺の言葉に奴はくだらなそうに笑うと、
「私の干渉を望むのですか?」
そう訊いてきた。
頼れるのなら頼りたいものだ。こいつの命令ひとつで香貫宮は方針を変えるし、それに従って人類は動く。
俺が技術を得るために香貫宮を排斥し、排斥された香貫宮に創造神が「沼との対立はよろしくないので反乱は起こさないで」と命じれば、香貫宮と人類は大人しくなる。
それならば俺が得をする。
しかし得をするのは俺だけで、人類にも創造神にも得はない。
また、靜や関東に創造神が「沼へ技術を投入しろ」と命じた場合、きっと奴らは創造神を消そうとする。
例え従ったとしても、俺と創造神の関わりを非難するだろうし、東だけではなく西も良い顔をしないだろう。
創造神とは、この世界の規格外、祖神種をも凌ぐ存在なのだ。
たかがひとつの国家に肩入れなどしてはならない存在なのだ。
必ず、中立でなくてはならないのだ。
だからこそ、俺はこいつの力を頼れない。
頼りたいが、頼った時点で様々な方面からの非難を浴び、沼国は滅びへと向かう。
代償が大きすぎるのだ。
「いいや、干渉は望まん。だが、お前の発言力すら借りたい状況なのは間違いない」
「そりゃなかなかですね。残念でしたね、私が猫なら貸しましたよ、手」
笑いながらそう言うと、両手を猫の耳のように頭に持ってくると、「にゃんにゃん」と煽ってきた。
無表情のお面にあざとらしい声や仕草が組み合わされ、そのアンバランスさが異様なほどシュールな光景を生み出し、腹立たしさよりも笑いが込み上げそうになった。
いかん、笑ってはいかん。
きっと何も考えなしにそんなことをしているのだろうが、時たま見せるそのあまりに幼稚な仕草に、俺は度々、こいつの正体が実は容姿相応の子どもなのではなかろうかと考えたくなる。
だが、勘違いしてはならないのだ。
こいつは、この世界を、神類を、そして妖精を創り出した“創造主”なのだ。
果たして何年生きているというのか。
こいつは間違いなく子どもなんかじゃない。
子どもの皮を被った、正真正銘のバケモノなのである。
そんな俺の思考など汲み取る気もないだろう、奴は猫真似をやめて立ち上がると、思い出したように言った。
「あ、そうだ。今度近くに猫でもいましたら拾って来ますね」
「いらん」
迷惑極まりない。
それでも奴はケラケラ笑うと、
「じゃあ、今のまま冷遇され続けてもいいというのですか? 私は構いませんけど、相当苦しいと思いますよ。ま、苦しくなったら無理しないでどっかと徒党を組むべきです。おすすめは井谷と濱竹ですかね。あの国々となら靜に対抗できます」
そんなことを言って去っていった。
「バカ言え」
組みたくもない。
百歩譲って濱竹はまだしも、井谷はお断りだ。
……仕方ない。
しばらくはこの連邦の行方を、大人しく見守るしかないのか。
まったく、猫の手も借りたいものである。
……大人しく待つか。
猫が届くのを。
神紀5000年逆元旦(夏至)発表
靜連邦全加盟国 国力順位
*税収入、国家保有資産(含軍事)、国民総数、国民保有資産、生産高、出荷取引量、入荷取引量、産業成長率、都市規模を調査し、第1位国家の国力指数を100として順位とする。
*同数となった場合は前年位の高い国を上とする。
*国家指数は整数とし、少数第1位を四捨五入する。
順位 国名 (前年位) 国力指数
1 靜国 (3) 100
2 濱竹国 (1) 98
3 井谷国 (2) 90
4 猪頭国 (6) 83
5 宇治枝国 (5) 82
6 富田国 (7) 82
7 沼国 (4) 81
8 島波国 (11) 73
9 島谷国 (8) 72
10 谷津国 (10) 67
11 羽宮国 (12) 67
12 伊月場国 (13) 63
13 崖川国 (9) 60
14 日渡国 (14) 53
15 猪東国 (19) 48
16 銀谷国 (15) 43
17 大山国 (20) 36
18 流水国 (24) 33
19 古田崎国 (16) 32
20 河頭国 (22) 32
21 袋石国 (17) 31
22 熱山国 (26) 27
23 堀之内国 (18) 24
24 降田国 (27) 21
25 周知国 (23) 12
26 根々川国 (25) 8
調査:日刊靜(連邦調査部)
備考:日渡国渡海自治領は10
日渡国武豊自治領は21
濱竹国(保護領)妖精連邦は調査せず
前年21位は武豊国のため欠落




