表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
井谷戦争
87/107

2-13『臣を継ぐ者のために』

 神紀5000年、夏至前68日。日渡が武豊を併合して3日が経った。


 靜とのほとぼりは冷めたわけではなかったけど、約束通り対靜国を想定した軍拡の停止と連合神治を解体したことで、大連邦協商の恩恵をもらうことができている。


 確執があるといえば、西部への技術投入は靜から依頼を受けた濱竹が全て計画し、濱竹が関東からの技術を西部諸国に投入するという形が取られ、靜は技術の導入を許可しただけで作業面には一切関与しようとしなかったことだろう。


 なので、西部の発展計画は濱竹が独自で計画したものであり、靜連邦として足並み揃えて成長していくことは叶わなかった。


 靜は西部を連邦運営から完全に切り離したのだろう。それもこれも、濱竹を統率国から降ろしたことによって生まれた事態だと思う。


 濱竹が連邦運営に関わっていれば、こんな事にはならなかったはずだ。


 そう思いながらも、一応は事が収まった今、これ以上の確執を生むわけにはいかないため、靜への非難は避けておいた。言いたいことはたくさんあるが、連邦内から「臣が祖神種に意見するなど前代未聞、身の程を弁えろ」と厳しい意見を何件ももらったため、僕からは何も言えなくなった。


 そして萌加様も明様も耐久様も、これ以上靜を批判する気もないご様子で、併合後の内政に注力されていた。


 そしてその一環か分からないが、萌加様から僕のもとにこんなお話がもたらされた。


「大智、お見合いをしてみようよ」


 ……え?




ーーーーー

ーーー




 武豊を吸収して国土が増大した日渡は、大きな問題に直面していた。


 それは、臣家である磐田家があまりに小さいことである。


 指摘したのは武豊耐久であるが、それ以前からこのことは問題視されていた。


 特に、2年前のサハ戦争中、兎山明が日渡国政を司っていた時期に、磐田家の規模が小さいことを憂いた明が当時の臣、磐田大志に縁談をもたらしたものの、結果として破綻したのは記憶に新しいところであった。


 また、不埒ながらも大志に子供が産まれ、磐田家の規模は大きくならなかったものの臣の後継ぎ(大光)がいたわけだが、井谷による兎山派襲撃事件によって大光が殺害されると、遂に臣として立てる磐田家の血筋を持った存在は、現役臣の大智しかいなくなったのだ。


 当然、それに関しては萌加も明も認知していたところであるが、大智にその意志がないように見えたり、対靜問題でそれどころじゃなかったりして、日渡国の幹部の中では優先順位が低くなっていた。


 しかし武豊との併合がなされ、日渡国内に上神種家が6つも増えたため、元来より日渡の神治を司ってきた磐田家や豊田家の小ささが(主に武豊勢力から)問題視され出したというわけだ。


「日渡式分散神治では、臣も巫女も入れ替えるのですから、別に磐田家が大きくある必要はないんじゃないですか?」


 萌加からお見合いの話を提示された大智はそう返した。しかし萌加は、それを是としない。


「その分散神治だけど、武豊を併合して上神種家が増えたから、そろそろ臣と巫女は固定しようと思う。大志が殺されたとき、わたしと大志の繋がりがなかったから、あの子を守れなかった。その対応は、当時統率神を任されていた蛇松から猛烈に批判されたよ」


「でも、それならなんで今なんですか? その当時にやればよかったじゃないですか」


 大智の言葉に、萌加は「もっともな意見だよ」と言ってから、


「だけど当時は、上神種家の数の少なさや富民の参政制度の定着具合の観点から、臣と巫女の固定化はできなかった。とはいえ、暗黙の了解で役職は固定されていたわけだし、家庭内試験も形式だけやって意味を成していなかったし、既に半分固定化していたようなものだけど、ちゃんと上神種家が増えて、議会制度が定着した今、正式にそうしたいと思ったんだよ」


 萌加はそう大智に言う。しかし大智は、それでも首を縦に振らなかった。


「でしたら、せっかく上神種家が増えたので、これを機に僕を臣から外してください。武豊で臣をやっていた壱さんとか、現に渡海で優秀な成績をあげている竜洋とか、僕より臣として相応しい存在は他にいます。なにも磐田の血筋にこだわらなければ、僕がお見合いする必要は……」


 そこまで言った大智だったが、それが代々磐田家を臣として立ててきた萌加に対して、あまりに失礼な発言であったと気付いたのかそこで言葉を止めて、


「とにかく僕は、結婚だとか、後継ぎだとか、そういう話に興味はありません。僕は当初、あまりに酷い悪政を敷きました。こんな血統が残ってしまっては、子孫たちが可哀想だと思うんです。それだったら、今の悪しき磐田大智政権を打倒した勇敢な臣家が後世に残るべきだと存じます。ですので、どうかお考え直しください」


 と言って、萌加の前から去っていった。


 萌加は、その背中をただただ見つめるだけだった。




 その日の夜、萌加は大智以外の神治首脳部を密かに福田神社に集めた。


 磐田神社ではなかった理由としては、当然境内の臣館にいる大智に悟られないようにするためである。


 集まったのは萌加の他に、兎山明、武豊耐久、東河口竜洋、福田湊、豊岡壱、野辺司であった。


「大智にとっては、悪政を敷いた臣の血筋を残したくないという発想みたいだけど、わたしにとっては代々日渡の臣を担ってきた血筋を絶やすことになって嫌なの」


 萌加は心境を語った。


「たしかに、日渡が国として残っている状況で、その国の臣を代々務めてきた家が臣を降りるのはよくない。まして、最近まで違う国の臣家や巫女家を務めていた血統を臣として立てるのも、萌加の権威を考えたときに非常に都合が悪い」


「変な勘繰りをされるかもしれないわね。渡海派が立てば兎山わたしの勢力拡大、武豊上神種や武豊派が立てば併合直後特有の権力抗争を疑われかねないわ」


 耐久と明が、他の家が臣家になった場合に起こり得る可能性を語る。


「で、今日これだけ集めたのには、当然みんなの意見を聞きたいからなの。上神種だとしても、物怖じせずに喋ってほしい。というか、日渡はそういう国だから、武豊の子たちに慣れてほしいっていう想いもある。もちろん、花菜と湊と竜洋はいつも通りでいいよ」


 萌加はそう言って、上神種たちに意見を求める。


 最初に話し出したのは花菜だった。


「私は、ここ2年大智と神治をしてみて、やっぱりあいつに神治は向かないように思いました。大智は最初、自由を求めて、自分が暮らしやすい国を作るために必死でしたが、大貴さんや大志が殺されて、臣にならなきゃいけなくなった時から、かなり空回りが続いているように感じます。なんか、幼馴染として見ているのが苦しいです。あいつには、あいつが求めた自由があったはずなのに、臣である限りそれを実現できない状況に苦しんでいるんじゃないかと思うんです」


 彼女はそう言った。しかしそれに頷く者はいない。強いて言うなら、萌加が「まぁ、言いたいことは分かるよ」と曖昧に濁しただけだった。


 対して竜洋は、違う意見を述べる。


「俺は、そうは思わんな。大智には、臣としての力量がある。確かに最初の粛清に続く粛清はやりすぎだと思うが、それでも奴はこの国のことを思って相応の態度を取っている。また、公務を怠慢することもなく、濱竹議会や日渡議会をはじめとした定められた会議、行事に出席している。対外政策に関しても、日渡にとって利益がない押し付けには例えどの国が相手であろうと抗議し、遂には靜にまで強気で出て、この国が欲するものを手に入れた。俺はこの国の臣になどなろうとは思わんし、そもそも上に立つよりも、今のまま下で働いていたいと思っている。日渡の臣は磐田家がやるのが筋だと考える」


「同感です。客観的に捉えるなら、日渡の臣家は磐田家、巫女家は豊田家です。同様に渡海の臣家は福田家で、巫女家は東河口家です。もちろん武豊も、臣家は豊岡家、巫女家は野辺家です。私はそれを崩すべきではないと思います。まだ渡海や武豊は併合されて消滅しましたので別の家が統治しても良いと思いますが、日渡の臣を継ぐ家は磐田家でなくては、対外的に見ても、萌加様の権威という面に関しても、あらゆる方面でよろしくないように思います」


 竜洋に続いて湊がそう意見するが、彼女はそれに続けて「でも」と前置きし、少し寂しそうに次のように言った。


「大智さんの意志を尊重するなら、臣を交代した方がいいかもしれません。花菜ちゃんの主張も分かりますし、何しろ一番辛いのはきっと大智さんでしょうから……」


 湊の言葉に、竜洋、明、萌加はそれぞれ何か思い当たる節があったのか、一理あるという表情をする。花菜は「そうよね」と、自分と同じ主張を持つ仲間を見つけて安堵した様子を見せた。


 対する武豊の面々は、全く違う見解を持っていた。


「でしたら、養子を迎えるという方法はいかがですか?」


 豊岡壱がそう提案した。


「養子?」


 萌加が「邪道だ」と言いたげな顔でそう訊き返す。壱は萌加の反応に少し恐れたが、それを悟った耐久が「そうだ、養子だ。こういう状況においては案外悪くない手やもしれんぞ」と援護を出した。それに頷いた壱は、日渡上神種に告げた。


「実は、そこにいる司とは兄妹なんです」


「「「「「…………」」」」」


 それが本気か冗談か、誰も判断つかなくて戸惑いを見せた。当の司の反応を見ようと壱の隣を見るが、彼女は既に夢の中で、壱の膝を枕にして猫のように丸まって寝ていた。一同に「なぜこの状況で寝ているんだ」という疑問も浮かんだが、今はそれどころではなかったため、今度は耐久を見る。すると彼は「事実だ」と頷いた。


「「「「「えぇぇ!?」」」」」


 当然の反応である。


「え、ちょ、え? 待って、それって異母兄妹とかそういう感じ? そうだよね?」


 萌加がそう訊くと、壱が首を振って否定する。


「いいえ、実妹です。司も臣の家系に産まれましたが、巫女の野辺家に女児がいなかったので、養子という形で送られました」


「それで、野辺家で巫女の仕事について徹底的に叩き込まれて、巫女を引き継ぐ時に能力も一緒に引き継いで自身の権能に上乗せし、司は武豊国の巫女となった」


 壱の説明に耐久が付け加えると、それを聞いて明が、


「じゃあ司は、武豊の臣家の能力を持ちながら、巫女家の能力も持っているということかしら?」


 と訊く。それに耐久と壱は頷いた。


「うそ……」

「信じらんない……」


 萌加と明は驚愕に晒されて呆然としていた。


「え、能力って上乗せできるんですか?」


 そんな中、花菜が耐久にそう尋ねた。


「条件が合えば可能だが、推奨はできない」


 耐久はそう答えた。


「どういうことですか?」


 竜洋が訊く。それに湊も「詳しく知りたいかも」と身を乗り出す。


 耐久はそれに答えて教える。


「能力には属性があるだろう。また、属性の中には要素があるだろう。その属性や要素を越えていなければ、上乗せすることができる。つまり、同じ属性、同じ要素なら、要素源を複数持つことができるってことだ。俺は『地属性』の『石』の要素源『岩』の能力を持った皇神種だ。だからその臣家である豊岡家も同様に『岩』の能力を持つ。で、野辺家はというと、『石』の要素の中の『れき』を持っていたんだ。だからそれは、上乗せ可能な状態にあった」


 耐久の説明に、花菜が「じゃあ司さんは、『岩』と『礫』の2つの能力があるんですか?」と問う。当然、今の説明ではそうなっているだろうと踏んでの質問だが、耐久は首を縦に振らなかった。


「実は司は、あと2つ能力を持っている」


 その言葉に、一同が言葉を失って唖然としたのだった。




ーーーーー

ーーー




 武豊国の上神種家には、実に複雑な歴史がある。


 武豊国成立時、臣家として台頭したのは野辺家であった。臣家は神と同じ能力を与えられるため、この家にも『岩』の能力が与えられた。


 一方、耐久が率いていたもう一方の上神種家は新開しんかい家といい、この家には『地属性』の『石』の『砂』の能力があった。耐久はこれを巫女家とした。


 武豊は、当時南方に広がっていた親濱竹勢力の広末国を快く思っていなかったため、兎山国と共に攻め込んで滅ぼすと、その国の臣家であった広瀬家と巫女家であった神増かんぞ家を確保して併合した。神の広末一雲斎は取り逃がし濱竹に亡命されてしまったが、国土を拡張させることに繋がった。


 次に武豊は、対立する周知国の間にあった屋敷島国に手を伸ばしていく。


 かつて武豊や袋石などの国が入っていた協定周知は、当時の神である周知正敏がクーデターで殺害されたことによって解体されるに至ったが、その後クーデター政権を討ち滅ぼした英雄が周知小國であり、この当時は既に小國が周知国を統治していた。


 小國と耐久は馬が合わず、どうしてか酷く対立する道を歩んでいく。その過程で領土拡張競争が生じ、ターゲットとなったのが間にあった屋敷島国だったのだ。


 この屋敷島国は武豊によって制圧され、神の万瀬まんぜが晒されると、耐久の元に臣家だった敷地家と岩室家が降った。


 そうして今の武豊国域にまで領土が拡大してしばらく経つと、臣家の野辺家が兄弟で対立し、上野部家と下野辺家に分裂した。見兼ねた耐久は両野辺家を神治から追放する決断をするも、この時不運にも巫女家に男児しかおらず、巫女家を巫女として存続させることが不可能になった。


 よって、当時巫女家であった新開しんかい家を臣家として継がせることにしたが、名称がそのままでは外向きによろしくないと判断し、耐久が豊岡家を設置、そこに養子として新開の男児を迎えることで、豊岡家が完成した。


 このとき、新開家が持っていた能力が『地属性』の『石』の『砂』であり、それに上乗せするように『岩』を付与したため、武豊の臣家は潜性せんせい遺伝子(昔の言い方では劣勢遺伝子)と同じような要領で『砂』も扱える者が産まれるようになった。


 そして新たに巫女家に迎えたのは、旧屋敷島の臣家の敷地家だった。彼らの能力は『地属性』の『石』の『泥』であった。


 時が経ち、濱傘連盟が設立される頃、すなわち兎山国が日渡国に代わった頃、分裂していた武豊国の旧臣家、上野部家と下野部家が統合されたことにより、耐久は野辺家の神治復帰を許可する。この時、野辺家は長らく神治を離れたことにより神の影響を受けない状態が続き、『岩』の能力が弱まり『礫』の能力へと変化していた。


 野辺家を神治に復帰させようとした耐久だったが、自国で完結する時代が終わり行く中、すっかり臣家として定着した豊岡家を外すわけにはいかず、元々他国の上神種家だった敷地家を降ろすことによって、巫女の枠で野辺家を復活させることに決めた。


 しかし、野辺家は元来臣家であったわけで、巫女家を務めたことはなかった。そこで、それを支える役として敷地家を補佐に置き、その両家は何度も養子や縁組みをすることとなった。


 本来なら、能力は交わることで打ち消しあって弱くなっていくが、巫女家は神の影響を受けるために能力は薄まらず、こちらもまた潜性遺伝子と同じような要領で敷地家の『泥』の能力が混ざるようになった。


 時は進み、神紀4991年の逆元旦。


 この日、武豊国の豊岡神社にて、巫女交代の儀が執り行われた。


 当時の巫女は、潜性遺伝子を持った、すなわち『礫』と『泥』を同時に持った50過ぎの女性であった。


 彼女は子どもに恵まれなかったため、耐久は周囲の上神種家から女児が産まれるのを待っていた。


 特に能力が交わることのできる敷地家や豊岡家を狙っていたが、なかなか女児が産まれることはなく、産まれても流産や早々に亡くなることが多かった。


 そんな中、4982年に豊岡家で司が誕生すると、この機を逃すまいと彼女を野辺家に移し、巫女としての教養を徹底的に教え込んだ。


 そして迎えたこの儀式で、司は育ての親である巫女を野辺家の名刀で殺害すると、その血を飲んで、巫女となることを宣言した。


 齢、数え歳にして10であった。


 司は巫女を継ぐ際、先代の巫女が有していた『礫』と『泥』も共に引き継いだ。


 そして司自身が豊岡家の潜性遺伝子を有していたため、元来備えついた能力として『岩』と『砂』があった。


 司は、世にも奇妙な『岩』『礫』『砂』『泥』の4つの要素源を同時に宿す個体となったのだ。


 しかし実際は『礫』の定義に『岩』が含まれるため、よく『礫・砂・泥』と括られることがある。


 こうして野辺司という化け物個体が誕生したのだが、その弊害はあまりに大きく、司は能力の維持に異常なほどの養分を必要とし、脳の処理機能や体力、まして生命力を維持しながら生きるためには、一般的なエネルギー摂取量の約2倍が必要なことに加えて、半日以上の睡眠を要するようになったのだ。


 しかし摂取した栄養の7割以上が能力の維持にてがわれるため、成長に必要な養分を十分に得られているわけではない。本人は特に気にしているわけでもないが、身長や体型はおよそ湊と同程度、歳を考えればかなり小柄である。




ーーーーー

ーーー




「司のことは良いんです」


 ひとしきり司について話してから、壱が話題が逸れたことに気付いてそう切り出した。


「つまるところ、豊岡家と同様の手順で、磐田家に代わる臣家を萌加様がご用意なさり、そこに誰かしらを養子で迎え入れることができれば、この国や萌加様の権威を落とすことなく、現在の問題に終止符が打てます」


 壱の言葉に耐久が頷く。しかしそれ以外の面々は顔を見合わせて、首を傾げた。


「あのね、提案は有り難い限りなんだけど、それをやるにはひとつ大きな問題があるの」


 代表して、萌加が懸念点を伝える。


「日渡上神種には、男が少なすぎるの。竜洋と大智を除いたら、あとは新しく来た武豊派の四家と、豊岡家、野辺家しか選択肢がなくなるの。そうなると、少し厳しいかなぁって……」


 萌加が提案に対して申し訳なさそうに言う。


「そうだったのですか。となると、あとは直系じゃなくて臣家の血を引く者とか、そういう感じになりますかね?」


 壱の言葉に、明が花菜を見た。


「大智じゃなくて、花菜に縁談を取り付けるのはどうかしら?」


「え、私ですか!?」


 花菜がとばっちりだと言わんばかりに焦りを見せた。しかし萌加は意外と乗り気なようで、


「確かに大也だいやの子どもだし、臣の家系と言えなくもないもんねぇ」


「はぁ!?」

「えっ!?」


 その事実に、今度は耐久と壱が驚く。


「そだよ、花菜は大智と腹違いだよ」


 萌加がそう言うと、花菜は「認めたくないんですけどねー」と愛想笑いをした。しかしひとつ咳払いをすると、


「でも、もし仮に私が結婚して、臣家を継げるような男の子を産んだとしても、巫女はどうするんですか? 私が次の巫女も産めば、それは実質豊田家が日渡の神治を牛耳ることになりますけど」


 と尋ねた。


「でも実際、あなたの父はそれをやったのよ。まぁずっと隠してたから批判も出なかったけど」


 明が花菜に対してそう返す。


「じゃあ今の日渡の神治は磐田家が牛耳ってるってことですか?」


 花菜の反論に対して、明は意地悪く笑って、


「そう思う?」


 と尋ねた。花菜は少し考えてから、


「……いえ、思いません」


 と答えた。


「じゃあそういうことよ」


 明はそう言った。つまり、花菜の子どもが臣と巫女の両方に立とうが、それは問題ないと。


 しかし、花菜は違を唱えた。


「でも、やっぱりそれとこれは違います。私は臣と巫女の間に産まれたんです。だから巫女を継ぐ理由になりますが、私の子が祖父の血統だからといって臣を継いで良い訳ではないと思います。臣は臣の子が、巫女は巫女の子がなるべきです!」


「うむ、大いに賛同する」


 そのきっぱりとした言い様を褒めたのは耐久だった。


「だがそうすると、結局はあの臣に縁談をもたらす必要がある。もしくは花菜よりも磐田家の血筋を純に持つ者の子が必要になるが、心当たりはあるか?」


 その質問に、またも日渡の面々は顔を見合わせた。


 そう、いるのだ。


 ただひとり、現在の臣と全く同じ血筋の存在が。




ーーーーー

ーーー




 夜、唐突に明様が臣館をお訪ね遊ばされ、わたしは福田神社まで参上いたしました。


 そこには既に、豪勢たる方々がおわし遊ばされました。


 しかし、疑問があったのです。


 日渡国の神治首脳部が集まる中、臣を務める者の姿だけがなかったのです。


 たしかに大智さんは館におりましたが、なぜこの面々がお揃いになる中、彼はお呼ばれされなかったのでしょうか。


「ま、座りなよ」


 萌加様に促されて、わたしは本殿の端の端に腰を下ろしました。しかし萌加様が「もっと近くにおいでよ」と仰いますので、わたしは恐縮しながら皆様のお座りになる位置の少し後ろまで迫りました。


「うーん、もっと。というか、輪に入ってよ。できれば花菜の隣に」


 それでもまだ足りなかったようで、遂にわたしは上神種様や神様と同格の位置に座ってしまったのです。


 もう、緊張のあまり何も考えられません。


 願わくは喜々音様に助けていただきたいくらいでしたが、御方おおんかたはもう日渡におりませんし、わたしはここで胃を痛めながら大人しく座る以外に他ないのです。


「それで、似亜乃ニャノ


 萌加様がわたしをお呼びになります。わたしは緊張のあまり何も言えませんでしたが、萌加様はお気を害されることもないご様子でお話し遊ばされました。


「今ね、これからの臣をどうしようって話をしているんだよね。ほら、これだけ国が大きくなったのに臣家の後継ぎがいないっていうのは問題だから。それで、今日のお昼に大智にお見合いの話を出したら『嫌だ』て言うから、じゃあ他の手段でなんとかできないかなって思って話してたの。それで、大智の実姉あねである似亜乃ニャノの血筋なら、臣を継ぐ者に相応しいかなと思って。どう、次の臣、産んでみない?」


「あっ……」


 なんなんですか!?


 いきなり、臣を、産む!? え、わたしが!?


 いや、なんでですか!? わたし、下神種なんですけど!?


 断らなきゃ、断らなきゃ!


 断らなきゃ! 無理だよわたしに臣を産むなんて……!


「あっ……あのっ……」


 あ、あれ!? こ、言葉が、出てこない……!


「あぁ……あ、ああぁ……」


 ダメだよぉぉぉ! 助けてお母さん……!


 助けて喜々音様ぁ!


 うわぁぁん!


「…………」


 ……あまりに緊張しすぎて、泣くこともできなかったです。


 仕方がないので、口で伝えることは諦めて、わたしは首を左右に振りながら必死に訴えました。


 少し冷静になったので、ちょうど持ち歩いていた筆記用具があることを思い出し、懐から携帯筆と紙切れを取り出すと、墨を少量つけて雑ですが書き記しました。


『私なんかが臣を産むなどおこがましい限りです。大智さんに縁談を持ちかけるべきと申し侍ります。』


 その文字を読んで、花菜さんが少し怒ったように仰います。


「じゃあ、誰かいるの? あいつと釣り合う相手」


 大智さんと釣り合う相手ですか……


 それは花菜さんの方が詳しそうだと思いましたが、脳裏を過ったお方がひとりだけおりました。


 なのでわたしはひとつ頷いて、


「お、おります……!」


 そう答え侍りました。


「「「おぉ!」」」


 場は少しだけ、希望を見つけたような盛り上がりを見せました。


 しかしその瞬間、視界の端で、少しだけ湊さんの物言いたげな視線を感じました。


 それが少し、気になりました。




ーーーーー

ーーー




 萌加様からお見合いのお話をいただいた翌日、僕がいつも通り神社に上がると、今度は花菜もいる状況下でお見合いのお話が提案された。


「やっぱりさ、臣は大智の家系で継いで欲しいんだよ」


 萌加様はなんとしても僕の血統で臣を継がせたいようであったが、やはりそれは納得できなかった。


 だって、悪政を敷いた臣だよ?


 それに、兄や大志が臣家の男児として国のために尽くしていた間、僕は何もしてこなかった。


 臣家の男児としての自覚もなく、教養もなく、努力もしてこなかった者の血を残しても、どうしようもないと思うのだ。


「お言葉ですが、昨日も申しました通り、僕の血統を残すべきではないと存じます。僕は悪政を敷いた臣。それなら、その悪者を罰した勇敢な者が臣として立つべきです」


「じゃあ、大智は誰が良いと思うの? 誰に臣を継がせようと言うの?」


 萌加様に訊かれて、僕は前々より思っていたことを申し上げた。


「竜洋に継がせたいです。彼ならこの国をより良い国に変えてくれると思っています」


 すると萌加様はその言葉に対して、


「その竜洋が継ぎたくないって言っているんだけど、それはどうなの?」


 と仰る。


 ……は?


 え、ちょ、ちょっと待った。


「ど、どういうことですか? 竜洋と話したんですか?」


「竜洋だけじゃないよ、花菜も、湊も、明も、耐久も、壱も、司も、そして似亜乃も踏まえて話したよ」


 萌加様が仰った言葉で、僕は状況が飲み込めなくなった。


 どういうことだ、縁談の話が出たのは昨日だったはず。


 ……まさか、それ以降に話したというのか?


 しかし、可能性はある。武豊と連合神治をするって決めたときも昨日の今日だった。萌加様の実行力は侮れないものがある。


 僕は花菜に視線を送った。それに気付いて、花菜はひとつ頷いた。


 ……そうだったのか。


「で、大智。こっからはもうしょうがないから命令なんだけど」


 萌加様はそう口を開くと、


「お見合いをしなさい、そして、結婚前提で話を進めなさい」


 その言葉は僕の胸に深く突き刺さった。


「あ、相手は、どなたですか?」


 大志の時は大池の富民、イズミだった。


 前例から見れば、きっと僕も富民から充てがわれるだろう。


 富民で未婚の女性を探すと、加茂のトミとサトの姉妹がそうだったか。姉のトミは僕の2つ上で、妹のサトは僕の1つ下だったか。


 あとは大藤のクルホと長野の四郎がいただろうか。クルホは同い年だが病弱で屋敷から出られない状態だったか。以前大藤家に挨拶に伺ったとき、お見舞いとして果物を渡した記憶がある。長野の四郎は3歳下であっただろうか。大池イズミと同い年で、そこは仲が良かったと記憶している。


 残るは長野の六郎と豊浜のナツであっただろうか、幼くて歳は覚えていないが、縁談するにはまだ早いのは確かだ。


 いずれにせよ、乗り気ではない。向こうも嫌だろう、議会で厳しく上から押し付けを下す臣に嫁げと言われれば、例え神の命令であれ背きたくなるだろう。


 そう思っていたが、萌加様から告げられた相手は予想だにしない者だった。


「お相手さんは、濱竹上神種の小松喜々音だよ」


 その言葉に、僕の胸はドクリと大きく跳ね上がった。


 ……それならそうと、最初から言ってもらいたかった。




ーーーーー

ーーー




 わたしはその日、明様に許可を得て1日休暇をいただいたのです。


 竜洋には仕事の負担を増やして申し訳ないけれど、何事にも集中できなかったから、心の悶々を解決するべく、わたしはいとまをもらいました。


 早朝に渡海を出て、濱竹の南行政区に渡り、そこから浜松神社を目指しました。


 浜松神社に着いたのは、およそ昼前のことでした。


 陸軍局に行き、参謀課の受付で申請をすると、特別な許可を得て総長室に案内してもらえました。


 そうです、わたしは喜々音ちゃんに会いに来たのです。


「どうされましたか?」


 喜々音ちゃんは、突然やってきたわたしを嫌な顔ひとつせず迎えてくれました。


「あ、あのね、その……」


 対してわたしはなかなか本題を切り出せません。


 どう言ったらいいのか、全くまとまりません。それと、いざ喜々音ちゃんを前にすると、言おうと思っていたことが言えなくなってしまいました。


「軍隊を動かさなければならないような、緊急の案件ですか? それとも、私個人に用事ですか?」


 言葉に詰まったわたしに、喜々音ちゃんは優しく選択肢を提示してくれました。なのでわたしは、


「個人的なお話です。すごく、身勝手な、個人的すぎるお話なんです……」


 と、そこまで伝えることができました。


 喜々音ちゃんはそれを聞くと、和かに笑って、


「それならよかったです。何かまた大智さんがやらかしたかと思いましたよ」


 と冗談めいて言うものだから、わたしの心のモヤモヤがさらに広がってしまったのでした。


「で、ごめんなさいね。個人的な用件なのでしたら、少々お待ちいただけますか? 作業をキリの良いところまで進めたいので」


 そんなわたしの心境をよそに、喜々音ちゃんはそう言うと、書類に向かってペンを忙しなく走らせました。


 わたしはその間に、何を言うのか組み立て直さなくてはと決意しました。




 事の発端は、当然大智さんの縁談にあります。


 わたしは今まで、自分の気持ちに素直になれていませんでした。ですが昨日、大智さんと喜々音さんの縁談が似亜乃さんの提案で上がると、どうにも心が痛く、そして悶々とした感情が浮かび上がってきたのです。


 そしてわたしは、薄々自覚していたものの、見て見ぬふりをし続けてきた“恋”という感情を認めました。


 初めて、認めました。


 わたし、福田湊は、磐田大智というひとりの男性に心惹かれていると、そう自認したのです。


 するとどうでしょう、途端に大智さんに浮上した縁談が嫌に思えて仕方なくなったのです。


 彼は、わたしが靜通商協労者々に誘拐されたとき、相手が靜であれわたしを連れ戻すために勇敢な行動をとってくれました。


 竜洋に聞いたことですが、彼が書いた文章には、わたしの価値は金銭などでは推し量れないという意味の言葉が入っていたそうです。それもまた、わたしの心を射抜きました。


 気付けば彼ばかりを目で追い、彼に会えることを楽しみにしていて、彼に会えないとがっかりして。


 最近、嬉しくてたまらなかったのは、あの誘拐事件以降、わたしのことを呼び捨てにしてくれるようになったことです。彼にとっては無意識の変化かもしれませんが、わたしの中ではこれ以上に感じた事のない喜びでした。


 だからこそ、例え相手が喜々音ちゃんであっても、大智さんを渡したくないのです。


 わたしは昨晩、竜洋に恋話について相談しようと思い、恥ずかしかったけれど全てを打ち明けました。


 竜洋は真剣に話を聞いてくれました。ですが、全てを聞いてから、


「俺はそういう経験が乏しいので、的確なことを言って差し上げられません。より有識的な意見を得る場合は、俺のような無骨な異性よりも、恋愛に興味が高い同性から得るべきかと思います」


 と、他の女性の相談相手を探して欲しいと言われてしまいました。


 もちろん彼は、彼なりの意見を言ってくれました。


「大智は異性に対して格別に興味を示すようなやつではないですし、同性から見ても気になっている相手がいるようには見えません。女遊びを好むわけでもありませんし、奴の誠実さは俺も高く評価したいと思っています。ですので、湊様がお心を伝えれば、きっと奴は誠実に応えるはずです」


 彼はそう言って、わたしに「自信を持て」と励ましの言葉を送ってくれました。


 ですが、それでもやはりわたしのモヤモヤは取れませんでした。


 彼の言葉は、わたしの心の中を捉えたものではなく、わたしと大智さんを客観視して、それについて彼が思っていることを話してくれただけなのです。


 だから彼は、それを分かった上でわたしに同性の相談者を見つけるように言ったのです。


 とはいえです。相談に乗ってくれる女性というのを探すのが難しいのです。


 花菜さんはまず無理でしょう、揶揄われてしまいます。


 明様や萌加様は、話は聞いてくださいましょうが、目上すぎてそのようなお話をして良い立場ではございません。


 似亜乃さんは、それなりに答えてくれそうですが、従者思考が強く竜洋と同じような状況になりそうです。


 その結果、残ったのが喜々音ちゃん本人となってしまったのです。




「……なるほど。ということは、私の元に近々大智さんとの縁談の命令が来るということですか」


 なんとか喜々音ちゃんに想いを打ち明けることができたときには、話し出した際に出されたココアがカップから消えていました。


 喜々音ちゃんは、わたしの恋心を知ると、その特徴的なサイドポニーを人差し指でくるくると弄りながら、状況を整理しているように思えました。


「なかなか、恋心を打ち明けるのって、難しいでしょう? よく教えてくださいました」


 しばらくして、喜々音ちゃんはわたしに笑顔でそう言ってくれました。


「いや、いいんです。それよりもわたし、全く関係ないのに喜々音ちゃんのこと妬んじゃって……」


 そうなんです、わたしが最もわたしを恥じたのは、この訳もわからない妬みだったんです。


 喜々音ちゃんに会って、それがはっきりと分かりました。


「あはは、関係ないなんて……。全然、いいんですよ。私、湊さんのこと、応援します。素敵な恋が実るといいですね」


 喜々音ちゃんはそうやって、わたしの背中を押してくれました。


「あ、なので私は、日渡からお見合いのお話が届きましたら断りますね」


「ありがとうございます。ほんとに、色々とご迷惑をおかけします」


「いえいえ。友人の恋路を意図せず邪魔するなんて、私も望んでおりませんし。こちらこそ、教えてくださりありがとうございました」


 そうして、喜々音ちゃんは全面的にわたしの協力をしてくれると約束してくれたのです。


 そしてわたしが部屋を去ろうとしたとき、喜々音ちゃんはひとつ、わたしに言いました。


「約束してください。あなたは、大智さんとしっかり結ばれてください。そうでなければ、私が萌加様からの命令を蹴ってしまうことの正当性がなくなってしまいます。私がお見合いを断るのは、ひとえにあなたのためなんです。なので、敢えて言います。もし大智さんがあなた以外と結ばれたのなら、私はきっと、あなたのことを多少なりとも恨みますからね」


 冗談めかして言うわけでもなく、それは彼女らしく、またそれにしても厳しすぎるような声色で、わたしの耳に届きました。


「ええ、がんばります」


 わたしがそう返すと、喜々音ちゃんは微笑みながら、


「あと、どんなに受け入れられないような酷い真実があっても、彼の隣にいてくださいね」


 と、そう言いました。


「はい。どんなことも許しますし、支えになれたら嬉しいと思っていますよ」


 わたしの返答に、喜々音ちゃんは珍しくケラケラと笑った。


 それがどこか、寂しさを押し殺しているようにも見えて……


 ……そっか、そうなのかも。


 そう、なのかも……?


 気づかない方が幸せだったかもしれないって、このとき初めて、わたしは思いました。


 それと同時に、一度消えたモヤモヤが、今度はもっと大きくなって、また再びわたしの心を覆い始めるのでした。




ーーーーー

ーーー




 その翌日のことだった。早朝、日渡萌加が小松邸を訪れたのである。


 夏至前66日のことであった。


 萌加は喜々音に大智と結婚して欲しいと頼んだが、喜々音はこれを拒否した。


 肉体関係まで持っていて、お互い気の置けない仲だというのは萌加も知るところであったため、まさか断られるとは思っておらず、萌加は相当焦ったのだが、喜々音は湊の恋心を赤裸々に萌加に話し、


「神ならば、儚い少女の恋を叶えていただけないでしょうか?」


 と告げたことで、萌加は大智と喜々音の縁談を諦めて、大智と湊の縁談を進める方針に転換した。


 そうして、大智を含む全ての神治首脳部に対し、「縁談の話はなくなった」と公表した。


 そしてその後、萌加は湊を呼び出して、大智とどうなりたいのか一対一で話し合った。


 湊は大智との婚約について話を進めて欲しいと願ったが、同時に喜々音が大智に向けている感情が自分と同じものじゃないのかという不安を萌加に打ち明けた。


 それを聞いて、萌加は笑ってから答えた。


「いいや、違うよ。喜々音が大智に持っている感情は確かに好意的なものだけど、それは恋愛的なものじゃない。もっと利己的で、もっと汚くて、まるで不純な別のものだよ。君が持っているような、冬の澄み切った空のような感情じゃあない」


 それを聞いて、湊は完全に安堵とまではいかなかったが、ある程度は胸の引っ掛かりが解けた様子で、


「でしたら、急がずにゆっくり、大智さんのことをもっと知るところから始めたいかも……」


 と萌加に相談した。


 それを聞いて萌加は、湊に大智へ告白してみて付き合ってみることを推奨した。




ーーーーー

ーーー




 唐突に、夜ご飯を一緒にいただきませんか、などと誘われることって、早々ないと思う。


 僕は渡海街道を福田神社に向けて南下しながら、不思議なこともあったもんだと思っていた。


 僕を呼び出したのは湊と竜洋で、曰く「改めて誘拐事件の際に助けていただいたお礼をしたい」とのこと。


 竜洋は「創作料理を試食する奴が欲しい」と言っていた。それもそうか、領主である明様に出すわけにもいかず、元の雇い主である湊にも出すわけにはいかんよな。


 あいつ、過去と今の両方のあるじに囲まれて生活していて、息苦しくないんか?


 そう思いながら福田神社の臣館に来ると、すぐに竜洋と湊が出迎えてくれた。


 そのまま食卓まで案内されると、そこには庶民的な食事の数々が並んでいた。


「渡海の伝統的な料理をもとに、日渡や武豊の特産物も使いながら何か作れないかと思ってな」


 作ったのは竜洋のようで、彼はそう言った。


「渡海料理といえば、海鮮が一切なくて、川魚と野菜だろ?」


「そうだ」


 竜洋からは短い言葉でそう返ってくる。


 しかし、俺の目の前にある魚は、川魚じゃなくて海魚に見えるんだが……


「でも、日渡や武豊では海の幸が高級食材として用いられますよね」


「そりゃ、海が遠いからね」


 湊の言葉にそう返すと、彼女は微笑んで、


「となれば、渡海で海の幸が獲れるようになれば、この地域はもっと発展するわけです。高額な食材を日渡や武豊に持ち込むことで、より質の高い品々をそちらからもらえるわけなんですね」


 そりゃ、当然そうなるけど。物々交換の経済だし。


 でも。


「でもさ、渡海はそれでいいの? 勇様が護られてきた海から物を盗って」


 そう僕が訊くと、竜洋と湊は顔を見合わせてから頷いた。


「いいんですよ。もうここは、勇様が治められる土地ではありませんから。明様も海の幸はお食べになりますし、萌加様も耐久様もご馳走だとお喜びになります。日渡になって数年経つのに、過度に規制し続ける必要はないと判断しました」


 それでも湊は、少し悲しそうにそう言った。


「無理にやる必要はないと思うけどな。ふたりの持つ価値観は勇様の意思なわけだし。ふたりの中で決着が付いたならいいかもしれないけど、日渡として生きていくから捨てなきゃいけないと思って変えるのなら、それはやめた方がいいと思う」


 僕はそう言った。それに対し、竜洋が首を振る。


「無理になど変えていない。俺たちは、今ある最大限を使って、渡海を復興させていきたいんだ。渡海の国民がほとんど消えた今、日渡や武豊から新たに入植してくる者にまでその文化を強いては生きづらい世界を築くことになる。そもそも渡海に来る者は皆、海の幸を求めて来るのだ。だったら尚更規制を解かなくてはならない。俺たちはそう判断して、渡海のために、この禁食を解禁する」


 その言葉に、湊も頷いていた。


「じゃあ、いいけど」


 とりあえず、そんな海の幸を料理したことも、食べたこともないふたりと共に、今日は海の幸を食べることになった。




 食後、竜洋が食器類を片付けにいなくなった。


 空間には、僕と湊だけが取り残された。


 先ほどから湊はそわそわしくしていて、ちらりとこちらを見ては、また何も見なかったかのように俯いてしまう。


「どうかしたの?」


 僕が訊くと、


「へっ!? あ、えと、その、いや、あの……」


 と、すごく動揺したようになるので、あんまり声をかけては申し訳ないと思えてきて、結局は沈黙になる。


 仕方なく僕は、おいとまするか竜洋の手伝いをするか、いずれかしようと思って席を立つと、


「あっ、あのっ!」


 と、湊が何か決めたかのように顔を上げて僕を見た。


「ん?」


 僕は彼女を見た。目と目が合った。交錯する視線に、お互いが初めて、お互いを見つめたことに気付かされた。


「あ、あのあの!」


 湊はそう言って天板に身を乗り出すと、その小さな手で僕の袖を掴んだ。


「わたし、ずっと、お礼、しなきゃって、思ってて、あの、その……」


 言葉を選びながらという感じで、湊は喋る。その間、彼女の視線は上下左右をキョロキョロと動き回り、まるで落ち着かない。


 必死さが伝わってくる。


「ゆっくりでいいから、まずは落ち着こう」


 湊にそう言うが、湊は首を横に振って、落ち着けないと抗議してくる。そんなに話すのに必死なのか?


「そ、それで、わたしが攫われたとき、助けてくださいまして、本当にありがとうございますっ!」


 ガコンッ、と彼女が勢いよく頭を下げたら天板に額をぶつけて、「あたっ」と涙目になりながら患部を摩っている。


「あぁあぁ、大丈夫?」


 僕は湊の額が腫れていないか確認するために顔を近づけたが、


「「……」」


 ふと、視線が合ってしまったのだ。


 長いまつ毛に、潤む瞳。潤んでいるのは額を打ちつけたからか、それとも、元来持ち合わせる美しさ故か。


 瑞々しい肌や唇は蝋燭のに照らされて、いつもよりも惹き寄せられてしまいそうに映った。


「……好き」


 小さな声が、僕の耳に届いた。


「……えっ?」


 今、なんて?


「好き。わたし、大智さんのこと、好き……」


 消え入りそうな声で、彼女は僕に言ってきた。途中で恥ずかしさからか俯いてしまったが、


「……好きなの」


 そう小さく、しかしはっきりと、僕に言った。


「……」


 僕は、その湊の言葉に、何も返せずにいた。


 湊は以降黙って俯くだけだった。


「……僕は、いい奴じゃないよ?」


 何か答えなきゃと思って、そう言った。それに対して、湊は全力で首を振った。さらさらのボブカットの髪が揺れて、甘い香りが鼻をくすぐった。


「……気遣いなんてできないよ?」


 またも湊は同様の反応を示した。示してから、顔を上げて、真っ赤な顔で僕を見て、


「それでも、いい。いいの。いいの。だから、だから、ただ、わたしと、わたしと一緒にいてほしい……」


 その仕草、表情、声色、匂い……。湊の全てに当てられて、僕の鼓動が速く、大きくなったことがわかった。


 全身を駆け巡る血液が、熱を持って動き回る。


 苦しくないのに、苦しさが込み上げてきた。


「……幸せになんて、できないよ?」


「いいの」


「……大切にだって、できないかもしれないよ?」


「いいの……!」


 湊は身を乗り出して僕に迫った。ただでさえ近かったのにもっと迫ってきたのだから、思わず仰け反ってしまった。


 湊は僕をただ見つめて、でもその興奮が伝わってくるほどにまで色っぽくて。


 正直、愛おしく思えた。


「いいの。一緒にいてくれれば、それで」


 彼女はそう言うと、消え入りそうな声で、呟くように尋ねてきた。


「だから、わたしと、お付き合いしてくださいませんか……?」


 しんぞうは、鳴り止まないようだ。


 まるであらゆる音という音が、心音にかき消されたような感覚に陥った。


 正面を見れば湊の可愛らしい顔があって……


 それを、悲しませるつもりはない。


 僕は高鳴る胸をなるたけ無視したまま、


「こ、こちらこそ」


 その瞬間だった。湊の目から、もう限界と言わんばかりに涙が溢れ出し、その綺麗な顔を濡らし出したのだ。


 泣き顔を見られたくないからか、湊はすぐに机に伏してしまった。僕はこの机が憎くて堪らなかった。机がなければ、間違いなく抱きしめることができたのだろうから。


 しかし、これはこれで良いのであろう。


 机に伏して泣く彼女の頭に、僕はそっと手を置いて、ゆっくりと撫でてみた。


 初めて触った彼女の髪は、今まで触れたことのある誰の髪よりも艶があり、さらさらしていた。


 言うなれば、上品な触り心地だった。


 いつまでもこうしていたいと、心からそう思っていた時に、食器を洗い終わった竜洋が戻ってきて、僕は少し気まずく思うのだった。




 この小柄で内気な少女:福田湊とのお付き合いが、僕の生涯を大きく左右するきっかけを産み出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なるほど、湊と結ばれるのか。しかし相談された時の喜々音の気持ちといったら複雑としか言いようがないだろうなあ。大也ならなぁ(好色ジジイの血を引いてるなら喜々音ともなんやかんやで肉体関係残ったまま子供が出…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ