2-10『方針転換』
「へへっ、これで俺たちも大金持ちだぜ!」
「思ったよりも簡単な仕事だったな」
「お前がいて助かったぜ、まさか能力を無効化できるなんてな」
「そ、そんな大したことじゃ……」
靜連邦某国にある、旧人類遺跡とされる今にも崩落しそうな廃隧道で、男が3、女が1で会話が繰り広げられる。
周囲にはポツン、ポツンと湧き水が天井から滴る音が響く。
男どもは仲間である能力無効化を有した女を囲み、嗤う。
女は(この中では唯一の上神種であるが)他連邦の亡国の臣の娘であった。
この度4者が捕まえた獲物は、いわゆる“いいとこの娘”である。とある国で、自治領の小巫女をやっている、小柄な18歳の少女である。
「なぁ、上に売る前に少しくらい楽しんでもバレないんじゃねぇか? こんな無力な女を前に、我慢しろって方が酷な話ってもんだ」
「あ、おい! 上からキツく言われているだろう? 今回ばかりは商品で遊ぶなと。それにこいつ、現役のお偉方だぜ? 取り返しに来た輩がそれを知ったらどうなるか……」
「お偉方と言ってもたかが小国だろ? それに、遊んだか遊ばないかなんてそう簡単に判別できやしねぇ。バレなきゃいいだろ、バレなきゃ」
男どもはそう騒ぎ、今にも攫ってきた少女に手を出そうとするが、
「や、やめた方が、いいと、思います……!」
女がそう言って、男たちの注目を一点に集めた。
「商品は、丁重に扱うべきです! あなたたちは、今、誰に雇われているかお忘れですか? 事が表に出れば、連帯責任でみんな、簡単に、殺されますよ」
女は震えた声でそう言った。
「んだお前? じゃあ代わりにお前が満足させろよ、俺たちを。ほら、今すぐよぉ! あぁ? 亡国の姫さんよぉ?」
男がひとり、女を隧道の壁に叩きつけて大声を上げた。
「姫か! そう思うと、まだガキだがこいつでも唆るなぁ」
「お前胸の大きさなら商品よりも大きいしな。気を失ってないから反応もあって遊び甲斐がありそうだしなぁ」
男どもは、隠しもしない下心を攫った少女から仲間の女に移し、今にも弄ばんとした。
「随分と楽しそうじゃないか、お前たち」
そこに、足音もなく現れた男がいた。
4者は気配のなさに驚き臨戦態勢を整えたが、その相手を見て女が顔を真っ青にしてすぐさま跪いた。
「は、伯羅様! 騒がしくして申し訳ありません!」
その声に、男どもも慌てたように続いて跪いた。
伯羅は無表情で彼らを見下ろすと、呆れたようにため息を吐いてから訊いた。
「内々で楽しむのは後にしてくれ。お前たちには課した使命があったはずだが、そちらの進捗は?」
「はっ、ただいま全て終わりました。件の品はあちらに」
リーダー格である大男が、縄で縛り付けられた少女を指し示してそう答えた。
伯羅は少女に近づいた。そして顔を覗き込んだそのとき、
「……ん、んん……」
少女が意識を取り戻した。
薄らと開いた少女の瞳に伯羅が映し出された。
「……あ、なた、は……」
そう訊かれた瞬間、伯羅は取り出した錠剤を少女の口に捩じ込んで、これでもかというほどに水を飲ませて、
「知らなくていいことだ。君の仕事は、今はただ、眠り続けることだ」
そう耳元で囁いた。少女は錠剤を意図せずとも飲み込んでしまい、再び長い眠りに就くのだった。
「さて、お前たち」
伯羅は少女の存在を確認すると、男女4名に声を投げた。
「まずは報酬の1割……いや、5分やろう」
「「「「ありがとうございます!」」」」
同時に金銀財宝が入った小さな袋を放り投げた。報酬全体の5%である。
「だが、まだ完遂したとは言えない。犯行声明を出さねばただの行方不明で終わる。より多くの富を手にしたいのならば、国家相手に強く出よ。今回の商品は、それが可能な存在だ」
「「「「はっ!」」」」
4者は意気込んで声を上げた。
「お前らには、今から俺が言ったことをそのまま覚えてもらう。内容は一切知る必要はない。とにかく、音だけ覚えろ」
伯羅はそう命令すると、4者に対して犯行声明文を告げてみせた。
そして4者は一晩かけて必死に犯行声明を覚え、夜明けごろその声を録音し、とある国に短い文章と共に黒い円盤として届けられるのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
「湊が、誘拐された……?」
俺は、自分が信じたくなかったことを耳にしたことで状況の理解が進んだのか硬直したのか分からないが、無性に何かに腹が立った。
湊様をお守りすると誓ったのに肝心な時に守れなかった自分に腹が立ったのか、それとも大智がいたら防げたであろう事象なのに大智がいなくてこうなったがために彼に対して怒っているのか、湊様と一緒に行動していた大智が能天気にここにいることに対しての怒りなのか、それは分からなかった。
ただ、無性に腹が立っていた。
床を叩いても、痛いだけであった。
「あぁっ!」
叫んでも、全員がこちらを見るだけだった。
この時、やけに冷静に客観している俺が「取り乱してみっともないぞ」と言ってくるが、そんな俺に「取り乱して当然だろう」と開き直っている自分がいるのだ。
不思議極まりないが、取り乱しても仕方ないことも理解できる反面、取り乱して当然だという主張にも理解していた。
同時に、自分が二面性を抱いているのは不思議だと思う自分もいるため、実質三面性を孕んでいるのやもしれない。
ひとまずそういうことを考えて落ち着きを取り戻すと、俺は机の上に置いてある紙を手に取った。
「湊様を誘拐した、この『靜通商協労者々』とは何でしょうかね?」
俺の質問に、明様と萌加様は首を振った。
「知らないわ」
代表してお答えになったのは明様だった。対して隣で首を振っていた萌加様は、その後に続けるようにこう仰った。
「この手の団体は恭之助がよく知っていると思うから、協力してもらうのがいいかも」
それに対して明様は少しばかり顔を顰められたが、
「ま、こういう話で彼の右に出る者はいないものね。靜のお膝元だから快く協力してくれるかは分からないけど、依頼だけはしておくべきね」
と仰って同意された。
「にしても、湊を誘拐した組織の目的が分からないのが困る。上半暦までにって言うけど、今日が冬至後88日だから……」
「あと3日以内に、なんとかしてこの円盤を聴かないといけないわけね」
大智と花菜が二者で会話をする。その後に大智がふと萌加様と明様に質問をした。
「円盤ってどうやって聴くんですか?」
「うーん、なんか専用の道具があるんじゃないかな? わたし、この円盤の存在は知っていたけど見たのは初めてでよく分からないの」
萌加様がそう返されると、
「同じね。私も初めて見るからなんとも言えないけど、たしか蓄音機って機械が必要だったはずよ。それこそ宇治枝に行けば情報が手に入ると思うわ」
明様もそう続けられた。
「チクオンキ?」
「初耳ですね……」
大智と花菜は答えに首を傾げていた。俺もよく分からなかったが、このまま神社に留まっていてもどうしようもないことだけは確かであったため、
「では、俺は宇治枝に行きます。『靜通商協労者々』についてと、チクオンキの入手をして参ります。明日には戻りますので」
と言って席を立った。
「私も行くわ」
そう言って明様がお立ちになる。
「僕も」
「私も」
大智と花菜も立ち上がるが、
「臣と巫女は国に残って。同時並行で物事を進めなきゃ効率が悪いじゃん」
萌加様のその発言によって彼らは国に残ることとなった。
留守を頼んだぞ。
湊様を、なんとしてでも救出しなくては。
俺は気を引き締めて、明様と共に福田神社を後にした。
ーーーーー
ーーー
ー
「おぉ、珍しい客だ。朝早くからご苦労だねぇ」
冬至後89日の未明、宇治枝国、藤枝神社を兎山明と東河口竜洋が訪れた。
「色々とあって。それよりもまず、これを見てもらえるかしら?」
明は恭之助に、封筒に入った手紙とレコードを見せた。
「えぇっと……。ふむふむ……。あららら……。こりゃ難儀なことになったねぇ」
恭之助は明から渡された文章に目を通してそう呟くと、
「じゃあ、この円盤を聴かなきゃ何も分からないわけだね?」
そう返した。
「ええ、そうよ。あとあなたに頼みたいのはこの“靜通商協労者々”についての情報を知っている限りでいいから教えてほしいの」
明がそう言うと、恭之助は、
「靜には言ったのかい?」
と訊いた。
「まだ言ってないわ。今少し日渡と靜は接触できる状況にないのよ」
「あぁ、確か臣くんがするがに悪態をついたんだっけ? あれ、彼ものすごく怒ってたよ」
「でしょうね。祖神種にとってみれば上神種から偉そうに物を言われるなんて屈辱的でしょうしね」
「そうそう。まぁそんな状況じゃ、靜に誘拐の件を言ったところで相手にしてもらえなさそうだから賢明な判断だと思うよ」
恭之助は明とそのような会話をしてから、
「立ち話も良くないから、とりあえず上がるといいさ」
と二者を神社に上げた。
「それで、端的に言えば“靜通商協労者々”というのは俺も知らない。だから今は何も情報を与えられない。でも、おそらく関東と商いをするのに伴って最近できた組織じゃないかと思うね」
明と竜洋にお茶を出しながら、恭之助はそう告げた。同時に「幾らかくれれば詳しく調べるけど」と明に言ったが、明は「まだ大丈夫」と断ってから言う。
「とにかく、この円盤を聴かない限り始まらないみたいね」
「いずれにせよね。どんな要求をして来るかで、ある程度の関係性は見えるかもしれない」
明の言葉に恭之助が返す。そのまま彼は明に質問した。
「そういえば、日渡はどこがどうして湊ちゃんを攫ったと考えているんだい?」
そう訊かれた明は、
「そういう話はしなかったけれど、時期的に考えて靜だと思うわね。というか、そういう話をするまでもなくみんな靜だと思っているわ。理由は……まぁ、思い当たる節はあるわ」
「だから靜には行かなかったと」
「そうね。あとは相手にされないって分かっているからってのもあるわ」
「なるほどねぇ」
恭之助はそれを聞いてそう返すと、
「もし靜だったらどうするつもりだい?」
と尋ねた。
「私には分からないわね。萌加と大智次第じゃないかしら」
「おっと、そりゃ高確率できな臭くなりそうだね。明ちゃん、しっかり止めるべきじゃないかな?」
「止める理由がないわよ。こっちは小巫女が攫われているのよ?」
「にしても勝ち目がない。君のことだ、分が悪い対立は好きじゃないんじゃないの?」
「もちろんそうよ。とはいえ、相手が誰であれしっかりと抗議しなくちゃ奴隷と変わらないわ。大国に従属していればいいというわけではないでしょう、歴とした国家なんだから」
明はそう言ってお茶を飲んだ。それを見ながら恭之助は、参った参ったと額を押さえた。
「で、話を戻すけど、円盤を聴くなら蓄音機が必要ってことは知っているよね?」
恭之助は明にそう尋ねた。
「えぇ。ただ日渡にはないわ」
「どこにあるか見当はついているのかい?」
その質問に明は首を振りながら、「だからあなたに聞こうと思って来たのよ」と言う。
「なるほどねぇ」
恭之助はそう返すと、
「端的に言うと、宇治枝にもないんだ。蓄音機は北三連邦のみが製造していて、市場から取り寄せる必要がある」
と明に言った。明は竜洋と顔を見合わせた。
「困ったわね。こっちは今すぐ必要なのに……」
明がそう呟くと、恭之助が笑いながら、
「明ちゃん、入手するのに時間がかかるとは言っていないよ」
と言って胸を張り、
「この宇治枝恭之助に任せてくれれば、正午までに蓄音機を入手してきてあげよう。ただし、お代は割高で貰うけどね」
そう言ってみせた。
明と竜洋はお互いを見ながら頷いて、
「お代は定価の2割増しで支払うわ。だから、蓄音機の購入をお願いするわ」
明からの言葉に、恭之助は「りょーかい」と言って微笑むのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
恭之助にお遣いを頼んで、私と竜洋は福田神社に戻ってきた。
帰ってくるや否や、巡が「さっき萌加が臣くんと巫女ちゃん連れて武豊に向かったよ」と教えてくれたので、
「なんでか分かるかしら?」
そう尋ねたところ、
「なんか、湊を捜索するために軍を動かしてくれるかもしれないからって言ってたけど」
と言われた。
どうやら萌加は、国有の軍隊を備えている武豊に支援を要請したようであった。たしかに濱竹と靜を頼れない現状で最も頼りになるのは、しっかりとした軍事組織が備わっている武豊と言えるのかもしれない。
とはいえ、手掛かりも何もない状況で軍を動かして捜索するのもどこまで有効か不明であるし、神の耐久も協力してくれるか不明なところではある。
とりあえず私は、蓄音機の調達ができたことを萌加に伝えた方が良いと思い、御霊で遣いを出すことにした。
しばらくして、萌加と大智と花菜が武豊から戻って来た。
それとほぼ同時に、恭之助も蓄音機を脇に抱えて現れた。
「お、皆さんお揃いのようだね。これ、件の蓄音機」
恭之助は私たちの前に蓄音機を置いた。それに引き換えて、竜洋がどこからともなく金塊を取り出して恭之助に渡した。
恭之助はその金塊を見て笑うと、
「おぉ、巡り巡って戻って来たね。これじゃ貰いすぎちゃうくらいだけどいいのかい?」
と言ってきたが、竜洋は「とんでもない。むしろ貰い物でしか支払えず申し訳ありません」と返したため、恭之助は「じゃ有り難く」と金塊を懐に入れた。
さて、そんな支払いなど他所に、大智と花菜は蓄音機に食いついている。
その様子を見て、恭之助が「使い方は分かるかい?」と大智たちに優しく問うた。
「存じません」
大智が返すと、恭之助がとある円盤を懐から取り出すと、
「これを上の台に置いて、針をそっと乗せる。そうすれば……」
蓄音機から音が出た。流れているのは『大連邦協商の唄』という軍歌だった。
サハ戦争のことを歌ったもので、神類文明初の軍歌。作ったのは創造神カリナ、いつぞやに出会った仮面の怪異だと聞く。
まぁ、あのお方が怪異なのかは分からないけど、限りなくそれに近しい存在であることは間違いない。
『大連邦協商の唄』は協商加盟国では有名な歌で、ここにいる誰もが知っている曲である。だから蓄音機からそれが流れているのを聞いて、誰もが感嘆の声を上げた。
「さ、じゃあ本題だ。君たちは例の円盤を聴くべきじゃないか?」
恭之助はそう言って蓄音機から『大連邦協商の唄』を取り出した。彼に促されて私は靜通商協労者々から送られてきた円盤を蓄音機に乗せた。
誰もが蓄音機から流れてくる音を待った。
そして遂に、靜通商協労者々からの要求が聞こえてきた。
ーーーーー
ーーー
ー
『日渡国諸君、ごきげんよう。我らは靜通商協労者々である』
『小巫女、福田湊は我らの元にいる。返してほしくばこれから告げる要求を聞け』
『要求一。我らが統率国、靜との対立姿勢をやめよ』
『要求二。南四連邦視察のための見聞隊派遣計画を破棄せよ』
『要求三。渡海自治領と井谷国の接近を直ちにやめよ』
『要求四。旧渡海国域の管理権を靜国へ明け渡せ』
『これら4つの要求のうち3つ以上の実行をするか、身代金として靜金通貨100億を我々に支払えば、福田湊は解放する』
『返事は口頭でのみ受け付ける。上半暦の正午、銀谷国の廃遺跡で待つ。通貨を支払う場合はその時に持参せよ。要求を実行する場合はその際に伝える』
『『『『以上である』』』』
蓄音機から流れてきた声は、四者の男女のものだった。
それを聞いて、萌加様は歯軋りをしながら握り拳を作られ、明様は深くため息を吐かれ、恭之助様は「あちゃー」と頭を掻かれていた。
僕と花菜と竜洋は怒りに満ち満ちて、特に花菜は「偉そうに何よ、湊ちゃんを返しなさい!」と蓄音機に怒鳴っていた。
にしても、酷い要求だ。
「渡海を靜に明け渡すことだけはできないわ。それ以外は、つまりは靜に従順になれと言っているわね。やろうと思えばできる要求なのが腹立たしいわね」
明様がそう仰った。
「にしても、あまりに靜に有利すぎる。まるで靜の見方、見事なほど靜の手下のような要求だね」
恭之助様が僕らにそう告げた。
「やはり靜だったんですよ、湊ちゃんを攫ったのは! 私たちが靜の言うことを聞かないから、その報復で!」
花菜が声を荒げて言った。
「じゃあ要求を呑んで靜に従順になる? 僕は反対だよ。湊を誘拐してまで自分たちの要求を通そうとする国に従いたくはないね。同時にどうよ、どさくさに紛れて渡海まで要求しやがって。とてもじゃないが許せない」
僕がそう言うと、
「そりゃ私も許せないけど! これ以上靜と対立しても……」
と花菜が反論をしてくる。それを遮るように、萌加様が発言をされた。
「恭之助、蓄音機、ありがとう。また改めて何か例をするから、今は帰って。今後の方針、靜のお膝元のあなたに聞かせるわけにはいかなくなりそう」
「だろうね、こりゃ。ま、あんまり大事にするんじゃないよ、相手は祖神種様だからね」
恭之助様はそう言って去っていった。
残った僕らに、萌加様が告げる。
「わたし、決めたよ。湊を誘拐した靜に従う気は失せた。要求は呑まない。靜金通貨の支払いで湊を取り戻す。異論は?」
「ないわ」と明様が。
「ないです」と僕と竜洋が。
「萌加様に従います」と花菜がそれぞれ言う。
それを確認して、萌加様は頷かれた。そして大きく息を吸って、何か覚悟をしたような眼差しになられると、
「あとね、今、やっぱり凄く腹が立って仕方がないから、少し考えたんだ、今後の方針」
と仰る。並々ならぬその雰囲気に、僕らは姿勢を正してお言葉を待った。
萌加様は息をそっと吐いて落ち着かれると、重く、ゆっくりと告げた。
「これより日渡は、対靜国を想定して軍事拡張を行う。靜からの押し付けと、靜の横暴に屈しないという姿勢を見せ、最大限の抗議を行うものとする!」
「「「はっ!」」」
僕と花菜と竜洋は頭を下げた。
明様はひとつ頷かれた。
湊を靜から取り戻す。今僕らは、その一心でここにいる。
これ以上、靜からの権力に屈してはならない。
抗うために、僕らは立ち上がる。
ーーーーー
ーーー
ー
日渡は冬至後90日、靜連邦全加盟国に対して声明を発表した。
ーーーーーーーーーー
【日渡国渡海自治領小巫女福田湊が靜通商協労者々と名乗る何者かに誘拐せらる事】
去る冬至後88日未明、渡海自治領小巫女福田湊が靜通商協労者々なる者等に誘拐されつ。日渡国は武豊国と共に福田湊の捜索に当たるも不見、奴等より送られし音盤を聴くに、靜通商協労者々なる団体は靜の傘下に有て、靜国より我が国に不当な要求がされし旨と結論付けたり。送られし文を此処に記す。
《靜通商協労者々より送られし文(全文)》
宛日渡国諸々共
福田湊の命は預かった。要求は全て同封の音盤に残している。上半暦までに音盤から我々の要求を聞けたのならば取引しよう。だが夏至前90日以降になれば取引しない。福田湊の命も保証しない。救いたいならば上半暦までに音盤を聞け。
靜商通協労者々
《靜通商協労者々の要求(全文聴記)》
日渡国諸君、ご機嫌よう。我らは靜通商協労者々である。小巫女、福田湊は我らの元にいる。返してほしくばこれから告げる要求を聞け。
要求一
我らが統率国、靜との対立姿勢をやめよ。
要求二
南四連邦視察のための見聞隊派遣計画を破棄せよ。
要求三
渡海自治領と井谷国の接近を直ちにやめよ。
要求四
旧渡海国域の管理権を靜国へ明け渡せ。
これら四つの要求のうち三つ以上の実行をするか、身代金として靜金通貨百億を我々に支払えば、福田湊は解放する。返事は口頭でのみ受け付ける。上半暦の正午、銀谷国の廃遺跡で待つ。通貨を支払う場合はその時に持参せよ。要求を実行する場合はその際に伝える。以上である。
《日渡国の対応》
日渡国は冬至後八十九日、靜国に対し福田湊を解放するように要求するも、靜国は靜通商協労者々と無関係と主張し之を一蹴せり。依て福田湊の解放は未だ不叶。加て靜国は、福田湊が攫はれし原因は我が国にあるとし、解決に非協力の旨伝へらる。甚だ遺憾なり。日渡国は靜国の対応を痛に詰じ、靜通商協労者々より要求されし四項は無視し、金通貨に於る解放及びその他別案を考じむとす。
就て日渡国は、此度の靜国の小巫女誘拐及び殺害を示唆したる大事を見見許すまじかりて、対靜国を想定せし軍事拡大を行ふ事を宣ず。
ーーーーーーーーーー
これは連邦全体に激震を走らせた。
祖神国家靜に叛逆する意思を宣言する文章など、連邦設立後井谷国ですら出したことがないものである。
この危険な橋を渡ろうとする日渡を連邦各国は猛烈に非難すると同時に、方針を変えるなら今しかないと引き返すことを促したり、靜金通貨の補助に名乗りを上げたりしながら、日渡をどうにか反靜路線から引き離そうとした。
挙句、靜までもが「今戻れば日渡を反靜国家と認定せずに以後事を進める」と発表したが、それに対し日渡が「ならば靜通商協労者々との関係を認め直ちに福田湊を解放せよ」と要求したが靜はそれを認めず、交渉は破綻した。
この声明を発表した夜、濱竹安久斗が東岸諸国会議の開催を宣言し、西部諸国の神々は濱竹国浜松神社に集まった。
対濱竹のために始まった東岸諸国会議を、昇竜川西岸に位置する濱竹が招集することは異例のことであったが、最早誰もそんなことは気にしなかった。
西部諸国は口頭による日渡萌加の説得を試みるも、萌加は「元は西部を冷遇した靜が悪い」と反発。同時に「靜は大連邦協商で得た技術を西部に一切入れようとしない。これは西部冷遇であるという共通認識を諸国は持つべきである」と主張し、対靜政策は西部で団結すべきだと語った。
濱竹安久斗は「そのような事実はない」とした上で、「関東の技術を投入しないのは、西部の発展を長期的に見据えた上での戦略である」として日渡を非難し、対靜姿勢を改めるように促した。
しかし、日渡萌加は頑なにこれを拒み、会議はそのまま幕を閉じた。
ーーーーー
ーーー
ー
「俺のせいやもしれんな」
東岸諸国会議が閉幕し、神々が帰った後の会議室を見渡して、俺はひとつそう呟いた。
手元には、萌加から発表された【日渡国渡海自治領小巫女福田湊が靜通商協労者々と名乗る何者かに誘拐せらる事】があり、それに目を落とせば今までの靜と日渡の関係からは考えることができないような文言の数々が目に入る。
「もう少し前から、大智に詳細を伝えておくべきであったな。そうすれば防げた対立だったかもしれん」
今まで統率国として、連邦に最大限の利益をもたらすためにはどうするべきか考えてきた。だから今回、南四連邦からの技術支援は、中部、東部、猪頭で様子を見て、その技術を濱竹で解析し、我が連邦独自技術の確立をしてから西部に投入することを決めた。
それが関東統一連邦にも良い顔をしつつ、恭順でない緩衝材であると世界に示すことができる手段であると考えた。
連邦最大の利益とは、この連邦が発展しながらも末長く存続していくことにある。
発展することだけが利益ではないのだ。
発展しつつも独立を護られる必要があるのだ。
大智にあらかじめそうやって言っておく必要があったのやもしれない。
俺はそれをせず、年が明けてからはその手の話を靜に持っていくように言ってしまった。
まさか本当に持っていき、靜にまで俺と同じような勢いで話すとは。
相手を選ばない、良く言えば裏表のない大智らしい行動だが、悪く言えば配慮に欠ける軽率な行動だと言えよう。
そうして磐田大智政権の日渡は、今、ここに反靜国家となってしまった。
俺がもう少し配慮していれば、防げた事態だっただろう。
靜よ、そして日渡よ。
連邦の安寧のため、くれぐれも変な方向に走るでないぞ。
皇神種の俺には、どうすることもできない事案があるのだからな。




