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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
はじまり編
8/107

第7話『出陣』


 扉から出てきたのは、もちろん小林氏だ。


 転移室は粉塵爆発で吹き飛ばしてしまったが、どうやら扉さえあれば転移回廊は繋がっているらしく、彼らは地面に無造作に転がる扉から這い上がってきた。


「何があったんだ、砂太郎!」


 とても焦った形相で将軍に尋ねる小林氏。そんな彼に、将軍は笑いながら返す。


「あっははは。いやぁ、なに。ちょっと大智の能力を測定したらな、予想以上にとんでもねぇ力を秘めてたってだけさ」


「はぁ!? まさか、お前っ! ここであの狂気じみた『測定という名の殺し合い』をしたのか!? 安久斗様にも『損害が多すぎるからやめてくれ』と言われていたのにか!?」


「そうだが?」


 悪そびれる素振りも見せず、将軍は小林氏に返す。それに呆れたのか、小林氏は何も言葉を発しなかった。


「だが、やっぱ改めて見てもすげぇな。訓練室だけじゃなく、外郭以外の全てを吹き飛ばすとは。能力の強さだけなら、永神種だと言われても納得できるほどだぞ」


 将軍が立ち上がって、僕を見下ろしながら愉快そうに笑う。


 そんな将軍の背後から、一人の高身長な女性が現れた。


「永神種はもっと強いわよ」


 そしてその女性は、将軍にそう告げた。


「おぉ、綴か。別にお前はわざわざここに来なくとも、神社に居ればよかったのに」


「いいえ、そういうわけにはいかないわ。だってあなたに任せたら、どうせろくなことにならないもの」


 将軍の言葉に、その女性、綴さんは面倒くさそうにそう言った。


「なんだよ、ケチなやつ。あーあ、久々に若いやつらを鍛えてやりたかったなー」


 将軍はわざとらしく綴さんに告げる。綴さんは将軍の言葉には何も返さずに、回廊から次々と上がってくる兵士に整列するように声をかけた。


 キレのある、とても良い声だった。


 兵士たちが整列をすると、彼女は声を張り上げて言葉をかける。


「いいか? 今から私たちは占拠された集落の解放をする。参謀長官の司令を待ち、司令が出次第、攻撃を開始する。神類の誇りをかけて、一生懸命戦うように!」


 そうして兵士たちにそう言葉をかけ、それに兵士たちは大きな声で返事をする。


「美人だが、めちゃくちゃ怖いんだぜ? 綴は」


 将軍が僕に耳打ちをしてくる。


 ……まあ、確かに怖そうだ。いかにも軍人って感じ。


 ぼーっと綴さんの方を見る。将軍の耳打ちはまだ続いていた。


「でもよ、黙ってればモテるんだぜ? あいつ、ああ見えて私生活じゃほぼ話さねぇ」


 僕らはヒソヒソ声で会話をすることにした。


「寡黙なんですか?」


「あぁ、そうだ。寡黙なんだ」


 将軍はそう言って、少し思い出に浸るように語り出した。


「あれは、もう10年以上も前になるな。俺と綴で、二人でバーに行ったことがあった」


 すごい絵面だ。厳つい大男と高身長の美女が、バーでお酒を酌み交わす。あぁ、大人な絵面だ。僕はまだお酒が飲める歳でないので、その光景が遥か大人に感じてしまう。


 僕が想像に浸る中、将軍は語り続けた。


「そんでな、あいつと静かに黙々と酒飲んでたらよ、俺らのことをなんも知らねぇ下神種の集団にナンパされてな。ほんっとに笑えたぜ」


「将軍が付き添いでいたのに誘ってきたんですか?」


「そうさ。まぁ、俺たちがあまりにも静かに黙々と飲んでたから、きっと別々の客だと思ったんだろうな」


 いや、会話は? 会話しようよ。なんで会話しないで飲んでるの?


 その一言で、さっきまでの『大人』な想像は一瞬で吹き飛んだ。上書きされたのは、沈黙の漂う気まずい空気の中、黙ってお酒を飲む二人だった。


 そして思い出す。『あ、そうだった。この将軍、会話下手クソだった』と。


 そんな僕を他所よそに、将軍はやはり語り続ける。


「んでだな、誘われたあいつはな、酔ってたのか調子良くしちゃってよ、店ん中で歌って踊り出したんだ」


 ……想像できない。今、目の前で大声上げている体育会系の厳しそうな女性が?


「その歌がまた上手いこと。スタイルも抜群なのに歌まで上手いと来た。もう店内の男どもはメロメロさ」


 だろうな。綴さんのスタイルは本当に良い。スラリとした長い足、程よい曲線美を描くお尻、そして最も目につくのは、やっぱり胸だ。巨乳という部類に入るであろうそれは、どこまで控えめに言っても美しかった。


 また、そんな体を強調するように、ジャストサイズの黒い革ジャンを羽織っている。美しくて、カッコよくて。これは濱竹軍の兵士からしたら憧れの存在だろう。


「だがな、この話にはオチがある」


 将軍はそう言った。そりゃあるだろうな。逆になかったら反応に困る。


「綴はな、酔いが回るのも早いが、酔いから覚めるのもめちゃくちゃ早いんだ。だからよ、歌って踊って、男どもに囲まれている最中に酔いから覚めちまったんだ」


 うーわ、それは最悪な展開だ。


「それでな、酔いから覚めた直後、一人の男から『夜の舞台』に誘われたんだ。もう分かるだろう? あいつは体を触られるのが大っ嫌いなんだ」


 夜の舞台。それはきっと『あんなことやこんなことをする』ということなのだろう。寡黙で厳しい、軍人の女性。体を触られることが大っ嫌い。もしもそんな女性が、体を触られてしまったら。想像をするのは、非常に容易いことだ。


「……怪我人、出ましたか?」


 僕がそう訊くと、将軍に笑われた。


「まっさか、そんな程度じゃすまなかったさ。怪我したのは店にいた男全員で、死人も出たさ」


 そして左目の眼帯を指さして、


「もちろん、俺も含まれるがな!」


 と言って大笑いした。


 いや、その眼、戦地で負った傷じゃないのかよ! バーで負った、しかも仲間にやられた傷なのかよ!


「いやぁ、あれは痛かったな。まさか、ニヤニヤしてる暇があったら止めろって理由で殴られて失明するとは思ってなかった」


 まいったまいった、と言った具合に笑いながら言う将軍。どう見ても笑い事じゃないが、さっきも死にかけて笑ってるくらいだったし、きっとこれが将軍の普通なのだろう。僕からしたら、考えられない神経の持ち主である。


「そう? しばらくは懲りてなかったように思ったけど、それは私の記憶違いかしら」


 その声を聞いた瞬間、大笑いしていた将軍が硬直した。


「失明してもなお懲りないから、手か足を斬り落とそうかと本気で考えたのも、夢なのかしら」


 将軍の顔から笑みが消えた。


笠井かさい陸軍長官、その辺にしておいてください。砂太郎が死んじゃいます」


 そう言ったのは、小林氏だった。笠井陸軍長官とは、綴さんのことなのだろう。


「そう? この程度で将軍が死ぬとは思えないけど、まあいいわ」


 綴さんはそう言って、僕を見た。


「あなた、日渡からの使者らしいわね。はじめまして。私は笠井綴。濱竹陸軍長官を務めているわ」


「あ……っと。磐田大智です。こちらこそよろしくお願いします」


 僕がそう挨拶すると、


「いわた……」


 と呟いて、


「あなた、小さいのに実力はありそうね」


 と、まじまじと僕を見てくる綴さん。


「歳はいくつ?」


 いきなりそう訊かれた。


「15歳です」


 僕が答えると、


「……そう。残念だわ」


 と言われた。何が残念なんだろう。そう思っていたら、小林氏が言う。


「まさか、16歳以上だったら陸軍にスカウトしようと考えていたんですか!?」


「ええ、そうよ。2年くらい鍛えてあげたら、きっと強い戦士になれると思うもの。日渡も戦力が上がるし、濱竹としても日渡の臣家の実力を知れる。良い機会だったと思ったのだけれど」


 そうサラッと答える綴さん。


「おいおい、綴。大智に最初に目ぇつけたのは俺だぜ? 横取りしないでもらいたいな」


 将軍がそう言う。


 ……将軍よりも、綴さんの方が確実に実力がつきそうだなと思ってしまったのは黙っておこう。


「僕としては、大智くんを濱竹の軍施設で鍛えたら、その施設が吹き飛びかねないから反対だな」


 小林氏が言う。どうやら、僕が役所を吹き飛ばしたことを少しばかり根に持っているような言い方だ。


「施設を吹き飛ばす程の能力、か。気になるわ。あなた、もちろん今からの討伐に参加するんでしょう?」


 その小林氏の言葉に食いついた綴さん。そして僕に、多少威圧的に質問をした。


「え、あ、はい。微力ですが、参加させていただきます」


「だったら、思いっきり暴れてみて。出せる限りの力を出して頂戴」


 綴さんが僕にそう言った。


「アホか、綴。こいつは他国の使者だぞ。討伐に参加させても、後方で支援させるのが一番だろうが。傷でも負ったらどう日渡側に責任取るつもりだよ。何を考えていやがる」


 将軍がそれに異を唱えた。


「はぁ? 全力を出さずにどう討伐しろと言うのかしら。参加するからには全力を出してもらわなきゃいけないでしょう? どうして使者だからという理由で後方支援にさせるの? 相手は人類よ? 危険なんてそんなにないわ」


 それに反抗する綴さん。そして将軍が反抗し、それにさらに綴さんが反抗する。キリがない二人である。


「使者を戦場に連れて行くってのが間違いなんだけどな……」


 小林氏が呆れながらそう呟いたが、残念ながらその呟きは二人には届かなかった。




 二人の言い合いは、転移回廊の扉が開く音で終わった。


 そして、一人の少女が顔を出す。


「……なにしてるんですか?」


 その少女は静かな声でそう言った。


「小松ちゃん、待ってたよ」


 そう言ったのは小林氏だった。少女はその言葉に、ただムスッと顔を背けるだけで何も言わなかった。


「遅かったわね、喜々音(ききね)。何かあったの?」


 綴さんがそう言うと、


「……別に。少し情報を仕入れていただけです」


 と返す。


 と、その瞬間。中田島将軍が僕の背後に回り込んだ。そして僕に小さい声で呟く。


「小松喜々音。濱竹陸軍参謀総長。初級学校から飛び級を続け、去年、14歳にして上級学校を卒業。最年少記録を塗り替えた天才だ。そして今年、陸軍参謀総長の試験に小松家の代表として参加し、見事に合格。次に狙っているのは将軍職だと噂されている」


 はあ、そうですか。


 正直、僕は濱竹の神治のシステムが分かっていないため、今の説明がさっぱり分からない。唯一分かったことは、あの少女が僕と同い年で、とても頭がいいということ。


 僕はその喜々音さんを見た。彼女は、綴さんと話を終えて、僕の方に歩いてきていた。


 背は僕より低い。しかし、萌ちゃんよりは高いだろう。いや、似たり寄ったりかもしれない。言っちゃ悪いが、同い年にしてはちんちくりんだ。


 軍服を少し改造しているようで、ベージュの羽織が少しだけ女の子らしくフリフリしている。ショートパンツにニーハイソックス。茶色いブーツを履いていて、肩までの髪はサイドポニーにしてまとめられている。軍服の生地と同じ色の肩がけのカバンを下げていて、そこだけは軍人らしさが出ていた。顔は小顔で整っている印象を受けるが、どこか幼さが残っている。


 そう思っていると、喜々音さんは僕の前で足を止めた。その顔は無表情で、何を考えているか分からない表情だった。


「将軍様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 そして僕の後ろにいる中田島将軍に無愛想に挨拶をした。


「う、うむ。久しぶりだな。参謀様も元気そうで何よりだ」


 将軍はそう言ったが、僕の後ろから出てこない。


 しかし、そんなのは気にしないで喜々音さんは僕に視線を移した。


「ど、どうしました……?」


 僕が問いかけるが、喜々音さんはぼーっと僕を見つめていた。


 も、もしかして、僕の顔に何かついている……!?


 焦った僕だが、彼女は一言、僕に言った。


「……薄い顔」


 ひどっ!?


 何それ? いきなり悪口かよ。


 僕がなんと言い返したらいいのか悩んでいるうちに、彼女は僕の前から去っていった。


「気に食わんやつだろう?」


 将軍が僕にそう言った。


「まぁ、酷いとは思いますが」


 デリカシーはないとは思うが、僕はまだ彼女のことを知らない。一つのことだけで気に食わないと判断するのは間違いだろう。


 そう思って、彼女の背中を見つめる。


 彼女は、整列している軍隊の正面、すなわち綴さんの横に並んだ。


「報告があります」


 喜々音さんはそう前置きをして話し始めた。


「今回の人類の占拠は今まで以上に厄介です。そう言い切りましょう。なぜかと言いますと、奴らは前回に引き続き、武器を持っているという情報がありました。それも、今回の方が高性能なようです。どんなものなのかはまだ特定できていないのでなんとも言えませんが、用心するのに越したことはないでしょう。そこで、今回の作戦なんですが……」


 喜々音さんはそう言って、カバンから地図と赤ペンを出した。


 それは、どうやら占拠された集落周辺の地形図のようだった。


「まず、占拠された西山集落は三方をそれぞれ、久我岳くがだけ近多岳ちかただけ奥岳おくだけに囲まれた地区です。そこで、部隊を4つに分けて、そのうち3つはそれぞれの山に配置。山から同時に集落へ攻め込みます。人類はおそらく、私たちが攻めなかった街道へと逃げていくでしょう。そこを残っている部隊で殲滅します。武器で抵抗してくる場合、各自能力を駆使して対処するようにしてください。万が一、銃などの強力な飛び道具を奴らが所持していた場合は、地属性や風属性の能力を用いて壁を築いてください」


 地図に色々と書き込みながら、喜々音さんは軍隊に指示を出す。


 喜々音さんが話し終えると、綴さんが口を開く。


「それでは、今から部隊の編成に移る。第一部隊は、白羽しらは隊、浅田あさだ隊、倉松くらまつ隊で編成。私が率いろう。第二部隊は、鴨江かもえ隊、雄踏ゆうとう隊、庄和しょうわ隊で編成。中田島将軍に任せよう。第三部隊は、気賀きが隊、金指かなさし隊、寸座すんざ隊で編成。喜々音に任せよう。第四部隊は、内野うちの隊、中郡ちゅうぐん隊、中瀬なかせ隊で編成。かささぎに任せよう。第一部隊は久我岳へ、第二部隊は近多岳へ、第三部隊は奥岳へ、それぞれ配備して作戦を決行。第四部隊は街道で待機。逃げてきた人類を私の指示に従って迎え撃って」


 綴さんの指示で軍隊が編成された。兵士が全員跪いてその命令を受け入れた。


「将軍、喜々音、かささぎ、異論はないわね?」


 それと同時に、綴さんが確認をする。


「ああ、いいぜ」


「……うん」


「問題ない」


 それぞれが答えたが、特に異論はないようだ。


 しかし、僕には問題があった。果たして僕は、どこの部隊に入るのだろうか。それが何も言われていないのだ。


「それで、彼をどうするかと言うと……」


 と、綴さんが僕を見て言う。そうです、僕も気になっていました。


「……の前に、誰なの?」


 横槍が入った。もちろんそう言ったのは喜々音さんだ。彼女は僕を知らない。


「あぁ、紹介するわ。日渡から使者で来た、磐田大智くんよ。ちなみに、あなたと同い年」


「へぇ」


 喜々音さんはそれだけ言って、綴さんに僕の配属先の連絡を続けるように目で訴えた。


 僕への興味はゼロのようだ。


 ……あ、別に気にしてないよ?


「それで、大智くん。君は第四部隊に入ってもらうわ」


 綴さんがそう言った。


「おい、なんでかささぎのとこなんだよ」


 将軍がそう言うと、


「人間は火に弱いわ。簡単に火傷を負って、簡単に焼死する。彼は日渡の臣家でしょう? だったら能力は火のはずよ。人間を一掃するには十分だと思うのだけど、どうかしら」


 と綴さんが答えた。


「なるほどな。確かに大智は火の能力を持っている。実力も十分だ。仮に上手くいかなくても、かささぎの能力でフォローも可能ってことか」


「まあ、そうね。能力の相性は良いか分からないけど、かささぎだったらフォローができるというのは事実ね」


 将軍の言葉に綴さんが返す。


「……どうしてこの脳筋ひとたちは、使者を参戦させようとするのかな」


 喜々音さんが、小林氏と同じようなことを呟いたが、将軍と綴さんにはまたも聞こえないのであった。


 そして、僕の配属先も決まったところで綴さんの声が響き渡る。


「これより、西山集落の解放及び、人類の討伐を開始する。出陣せよ!」

笠井綴:年齢33歳 身長172cm

小松喜々音:年齢15歳 身長148cm

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