2-05『昇竜妖精連邦』
神紀5000年、冬至後30日。
濱竹国浜松神社にて、妖精自治領と昇竜妖精会に濱竹安久斗より提案が持ちかけられた。
「お前ら妖精が手を取り合って、共同で統治をするというのはできそうか?」
「できないわよ」
「難しいでしょう」
安久斗の提案に、迷うことなくジナとゆきが答えた。
もちろんこれは予想通りの答えだった。
「そう訊くということは、安久斗さんは私たち妖精を一箇所に集めたいということですか?」
ゆきの質問に、安久斗は「ああ」と頷く。
「私らが仲悪いことを分かった上でやろうってんなら嫌がらせよ!」
ジナがそう反発した。
「そうは言うが、妖精自治領の移転先がないんだ。好条件の場所が全く見つからなかった」
「だからって、不仲な集団が一緒の空間に入れられてまともな状況になるわけないじゃないの!」
ジナがそう大声で言ったのを聞いて、安久斗は大笑いをした。そしてひとしきり笑うと、まるでその言葉を待っていたかのようにニヤついて言う。
「ならばお前は、この靜連邦がまともでないと言いたいのだな? 不仲な集団が一緒の空間に入れられているのだからな」
「それは…………」
ジナが口籠る横で、ゆきが何か理解したように頷いた。
「なるほど。つまり私たちに、神類における連邦のような統治方法を提案なさっているというわけですか?」
「そうだ」
ゆきの言葉に安久斗は大きく頷いた。そしてやはり、ゆきは妖精の割にかなり察しの良い奴だと再認識した。
「連邦は、複数の国家の集合体だ。ある程度目指す先が一緒じゃなけりゃまとまらない面もあるが、それはお前らが自己のアイデンティティをどこに置くかでどうとでもなるように思う」
「と、言いますと?」
安久斗の言葉にゆきが首を傾げる。安久斗は言った。
「お前らは極狭い括りでアイデンティティを確立したがる傾向があるだろ? たとえば昇竜妖精だとか、川根妖精だとか。昇竜妖精でも濱竹昇竜妖精だったり南信昇竜妖精だったり、本当に細かい区分で見たがる。しかし見方次第では、濱竹昇竜妖精と川根妖精は同じ靜連邦妖精でもあるわけだ。全員が納得できる区分があるかは分からないが、それでもなるべく対立の起きないようにアイデンティティを確立できれば妖精による連邦は上手く機能するのではないか?」
「たしかに私らは国を作った時に靜連邦妖精として各地の妖精を受け入れていたわね。関東妖精も受け入れたけど、結局関東とは対立して終わったわけだし、連邦単位くらいでならアイデンティティの確立ができないこともないのかもしれないわ」
ジナがそう言った。ゆきは安久斗とジナの言葉を聞いて二、三度頷くと、
「分かりました。では、検討していきますね。犬間さん、少しお時間いただけないでしょうか?」
早速ジナとの協議に入るのだった。
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「妖精の連邦だと? それってつまり、あっちの連中と一緒に運営していくってことか?」
「えぇ。安久斗さんの提案を受けて自治領の犬間さんと話し合った結果、昇竜妖精会の下に自治領が入ることになりました」
翌日の冬至後31日、水窪ゆきは昇竜妖精会の本部に鮮血団のトップである奥領家かずを呼び寄せて話をした。
「なんで川根妖精なんかと一緒に統治しなきゃいけないんだ! 俺たちは昇竜妖精だぞ!? 川根妖精じゃないだろうが!」
かずはそう怒るが、それを見てゆきがくすっと笑う。
「ではきっと、あなたがたが侵略した南信妖精も同じことを思っていたはずですね。『なんであんな奴らの下に入らなきゃいけないんだ』『なんであんな奴らの命令を受けなきゃいけないんだ』って。今回は合意の上で妖精自治領を私たちの下に入れるわけですから、そんな問題も起きないでしょうけど。そしてあなたがたは虐げられるわけでもありませんし、虐げることもしてはなりません。双方が同格であると認め、手を取り合えばそれでいいのです。簡単なことでしょう?」
そのゆきの煽りにさらに怒ったかずだったが、「簡単なこと」と言われたがためにそれができなければ「簡単なこともできないのですか?」などと言われるのが明らかであったために言い返せなかった。
「……チッ。そんな綺麗事だけで上手くいくと思えんな。すぐ崩れるぞ」
「まぁ、崩すのは簡単ですしね。それをどう維持していくかが問われるわけですし、実際に神類もそこのところは困っておりますからね」
ゆきは捨て台詞に対してそう返した。そしてふと本題を思い出して告げた。
「あ、そうです。鮮血団には連邦の治安維持のお仕事が正式に与えられるはずですので、これからは妖精自治領の警備隊と協調して役に当たってくださいね」
「はぁぁ!?」
かずは了承できないとばかりに声を上げたが、ゆきは「では」と言って部屋を出て行ってしまう。
「おい待てっ!」
呼び止めたけれど彼女はそのまま立ち去り、虚しく扉がパタンと閉まった。
「…………」
残されたかずは扉を見つめていたが、溜まりに溜まった怒りが沸々と胸の内を駆け巡ってくるのを抑えきれずに、
「クソがっ!!!」
虚空に向けてそう叫ぶのだった。
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神紀5000年、冬至後40日。
今年の濱竹議会が開会するのに伴って、僕と花菜は浜松神社に足を運んだ。
いつも通りに議会が始まると、今年の方針についてひくまさんが演説を始めた。
それによると、濱竹は今年の上半期を内政に費やし、統率国の仕事のほぼ全てを靜に委ねることを既に決めているとのこと。
内政の第一弾として、妖精自治領と昇竜妖精会のいざこざを諌めて新たな統治形態の確立を目指しているようだ。
第二弾は財政および税制度の見直し、第三弾は軍拡とサハ大陸の統治への尽力という具合に続いていき、その間一貫して昨年の妖精の国の件で関係が悪化した井谷国との外交を通して関係改善を図るとのことだった。
こう見ると、濱竹は抱えている仕事が多くて非常に忙しいことが分かる。この状況を見兼ねた靜するが様が統率国の仕事を全て引き受けて下さったそうだ。おかげで濱竹は内政に尽力できるようになり、久々に改革ができるとひくまさんが演説で意気込んでいた。
濱竹で大きな改革が起きるとなると、西部諸国は当面翻弄されそうだ。
演説の後は、安久斗様からの御言葉がある。
安久斗様曰く、このごろは昇竜妖精会と妖精自治領の統合へ向けて政策をしているそうで、目指す先は『妖精連邦』なるものを設立することにあるとのこと。
妖精連邦は、複数の地域の妖精が集まってひとつの組織を共同で回す仕組みとのことのようで、神類文明における連邦と似た仕組みのようだ。
その妖精連邦が、妖精会と自治領の間で最終調整に入ったそうで、今年最初の濱竹国の功績となるようだった。
妖精連邦は、現在の昇竜妖精会が持つ領土に創設されるとのことで、妖精自治領のある犬間は井谷国との緩衝材として非武装地帯化、またそこで行なっているあらゆる開拓も停止するとのことだった。
聞くところによると、犬間という場所はかつて井谷国の領土だった場所のようで、濱竹と井谷の確執に大きく繋がっている部分だという。そこに井谷国が嫌う妖精が統治する自治領を置いたことが不要な対立を産んでしまったと安久斗様は仰った。
また、昇竜の妖精と川根の妖精も不仲のようで、共同統治がどうなっていくか未知数であるとも語っていたが、両者話し合いを重ねるうちに徐々に打ち解けたようで、妖精自治領に住まう川根妖精を妖精会の会長の領地である水窪地区奥領家に移すことが確定したようだ。
僕にはさっぱり理解できない話ばかりだったが、これで濱竹が安定してくれれば嬉しい限りだ。
また妖精連邦の創設には、甲信連邦との協調も重要視されているようだった。
というのも、妖精会が勝手に甲信連邦の妖精を支配下に置いて妖精間の問題となったらしく、そちらのいざこざも諫める必要が出てきたからだという。
妖精連邦の創設計画を甲信連邦の信州祖神、永井凛音様に伝達し、協力を要請したところ、あっさりと承諾下さったとのことだった。濱竹は甲信連邦と協力しながら、神類の国境に縛られない妖精連邦の設立を目指しているとのことだった。
神類の国境に縛られない妖精連邦。安久斗様によると、濱竹昇竜妖精と南信昇竜妖精、川根妖精の三団体による共同統治を見据えたものだとのことだったが、よく分からなかった。
しかし、これが実現するとこの地域一帯に住まう妖精が神類文明から切り離されていくように思えるが、実際はそうでないようだ。
妖精を完全に独立させてしまうと、去年の井谷のように反妖精主義国家が侵略をする可能性も十分に考えられるとのことで、妖精連邦の母体となる昇竜妖精会は今と同様に濱竹神治に組み込んだまま連邦を創設する計画だという。
これもまたよく分からないが、つまるところ妖精連邦は、神類の国境に縛られず靜連邦(濱竹国)と甲信連邦(安陵国ほか)に跨る形で創られるが、濱竹神治の一部分として組み込まれ、組織としては濱竹国に属するようだ。
そういうわけで、独立させるわけではないようだ。
「もし妖精連邦があらゆる神類国家から侵略を受けた場合、濱竹は武力を以て侵略せし該当国家へ報復を行う。なお、この報復は甲信連邦永井国と共に行うものとなる。今後濱竹陸水軍は信州各国との連携をし、有事に備えて様々な訓練を行うことを想定している」
安久斗様の御言葉の中にはそんな文言があった。反妖精主義を掲げる国に対する牽制でもあるが、何しろ靜以外の祖神国家との連携を計画していることは衝撃的だった。
「無謀かと思ってたけど、予想に反して上々と話が進んでいるみたい」
僕が帰りに小松邸に足を運ぶと、喜々音はそう言った。
ふたりで並んで台所に立ち、夕食を作っていく。
「妖精連邦?」
「そう」
濱竹幹部の中でも、妖精連邦の創設はあまり肯定的に見られていなかった様子だった。
「それでも安久斗様は強行した。わたしたち幹部の話は珍しく何も聞き入れないで、相談相手も国内の上神種じゃなくて甲信連邦の永神種に限定していったの。それがあまり評価されていなくてね。内政に尽力するとか言いながら、やっていることが矛盾しているの」
喜々音はニンジンを慣れた手つきで刻みながらそう言った。
「安久斗様なりに考えがあったんじゃない?」
「それはそうだと思う。でも、それで国内からの支持が得られなければ国の安定は夢のまた夢」
「まぁ、それはそうだね」
でも、今のを聞いて思うことがあった。
僕は火にかけられた鍋を見つめながら喜々音に言う。
「これから国政を安定して行うために、対外関係の改善を図られているんじゃないかい?」
その言葉に、包丁を持つ喜々音の手が止まった。
そして静かに顔を上げてぶつぶつと何か呟き出した。
「そうか。統率国として台頭できていた時は連邦内からの攻撃リスクは極端に低かったけれど、その仕事を全て靜に渡してしまったらこの国もただの皇神種国家。早々に背後を固めておかないと、井谷や安陵からちょっかいをかけられる危険性もある。だから永井と関係を持って、内政よりも外交を重視した政策をなさっていたのかも……」
何を言っていたのかあまりよく聞き取れなかったけど、ひと通り考えをまとめたのか僕を見て、
「今、すっごく悔しい」
ムッとしながらそう言ってきた。
そうであろう。どうだい、学のない僕に察する能力で負けた気分は。
ま、そんなこと言うと機嫌を悪くして晩御飯抜きとか言われかねないから言わないけど。
「むぅ、悔しすぎる……」
しかし喜々音は、夕食を食べ終わってからもずっと悔しがっていた。負けず嫌いなのは知っているが、まさかここまで引きずるとは。
よほど悔しかったのだろうけど、ここまで来ると僕の学のなさを馬鹿にしているようで腹が立ってくる。
今日はあんまり一緒にいても良くないような気がしたから、これで帰ろうかと思って席を立った。そして何食わぬ顔で帰り支度をし始めたとき、
「……ねぇ」
しゃがみ込んだ僕の背中に慣れた体重が乗っかってきた。
「なんだい?」
僕が訊くと、
「帰っちゃ、厭」
寂しそうな声が降り注いだ。
「どうしてだい?」
僕はそう訊いてみた。ただの意地悪だ。
喜々音は背中の上で「むぅ」と言うと、
「……久しぶりに会ったのに何もしないなんて、厭」
照れの籠った小さな声でそう言った。
たしかに、そりゃ僕もこのまま帰るのは嫌だけど。久しぶりに会ったわけだし、多少はいちゃつきたい。
でも、今日は乗り気じゃない。今の喜々音とじゃ楽しめない気がする。
そう思って、どう返そうか迷っていたら、喜々音が僕の顔を覗き込むように見てきた。
小さくも整った美形。最初は怖いと思った瞳や口許も、徐々に愛嬌に変わっていった。
「……しよ?」
潤んだ瞳、熱い吐息。喜々音による誘惑が僕を刺激した。
「……そだね」
今日は楽しめないかも、なんて思っていた僕が微々たる過去から鼻で笑っていたけれど、喜々音の可愛さが見られるのなら、僕はきっと、どんな気分であろうとも楽しめる気がした。
心の癒しか、それともただの欲求か。
いずれにせよ、最初は励まし合う中での関係性だったのに、今となってはお互いが溺れてしまったことは明白で、「わたしたち、ほんと弱いね……」なんて、溶け切った表情で喜々音が言うくらいには、お互いに心の弱さを感じているんだ。
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神紀5000年、冬至後50日。
「私たち昇竜妖精は、安久斗神より示された提案に従い、川根妖精、南信昇竜妖精の合意の上で『昇竜妖精連邦』の設立を決定しました。連邦は内外問わず如何なる抗争を禁じ、鮮血団改め“連邦警衛団”による治安管理を行うものとします。神類国家を含む外部からの攻撃を受けた際には徹底的に抗戦をしますが、自ら侵攻することは禁じます。なお、連邦警衛団は濱竹神務局に所属するとともに、有事の際には濱竹軍総長の指揮の元、濱竹軍として役に当たることを可能とします。妖精連邦の最高権限はその長にあるとし、長は民の生活を保証するべく統治を進めるものとします。長は濱竹議会への参画義務を有し、濱竹安久斗神に忠誠を誓って濱竹国の指示の下に連邦運営に当たることを宣言します」
水窪ゆきは濱竹議会にて宣言した。
創設された昇竜妖精連邦は完全な濱竹の属国扱いであるが、神類による干渉は最小限となっている。
濱竹妖精連邦への干渉が可能なのは、濱竹安久斗とその命令に従い指示を送る濱竹神務卿、また有事の際に連邦警衛団の指揮権を握ることができる濱竹軍総長に限られた。
すなわち、臣、巫女ですら干渉できないという状況が確立したのだ。これは、濱竹の組織としては異例のことであった。
この昇竜妖精連邦の設立の話は、隣国井谷にも届いた。
「俺の提案が役に立ったようでなによりだ」
俣治はその一報を聞いてそう言ったが、完全に独立させたわけではなく濱竹の属国という立ち位置になったことについて、『制圧的な考え方だ』と書簡にて非難した。
また、妖精の統治形態についても批判的に見ていて、『濱竹昇竜妖精の、濱竹昇竜妖精による、濱竹昇竜妖精のための統治である』と言って、連邦に所属する川根妖精や南信昇竜妖精の肩身の狭さや、濱竹昇竜妖精による弾圧的な統治が進められるのではないかという懸念を示した。
しかし、犬間からの妖精の撤退や当該地域の非武装化、開発の停止などは『一定の評価をする』とし、『引き続き井谷は濱竹に如何なる緊張を与えないよう平衡を取る』と、事実上の不干渉を宣言した。
これに対し濱竹は『妖精連邦の不完全な独立は、神類国家を主とした外敵より妖精を保護するためであり制圧的ではない』と反論。『昨年、妖精の国を滅ぼそうと企てた輩が近くにいるからこその対応である』とも声明を出した。
また、『昇竜妖精連邦の統治は決して弾圧的なものではない』と公言したものの、その実態が公に出ることは一切なく、実際に昇竜妖精連邦がどのような状況にあるのか諸外国はおろか濱竹国民でさえ分からないのであった。
噂によると、その内実は連邦運営幹部の中で濱竹昇竜妖精と南信昇竜妖精、川根妖精がそれぞれ対立し、機能不全に陥ったところを連邦警衛団が乗っ取って軍国化したという。
その噂を報道した日刊靜の取材に対し、濱竹安久斗は「事実無根だ」と主張し、「妖精連邦は、妖精のための理想郷を自ら築き上げている。そこに内実を暴くべく神類が首を突っ込むことは甚だ野暮である」として神類が興味を持って関わる必要性の無さを公に伝えた。
しかし、それでも安久斗は妖精連邦の実態を語らず、その全てが謎に包まれていった。
この真っ黒い箱の蓋が開くのは、これからほぼ1年が経過した頃であるが、それはまた別のお話。




