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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
井谷戦争
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2-03『北遠南信事変』

 昇竜妖精会の武装組織“鮮血団”は、濱竹北部の山岳地帯佐久間に本拠地を構えている。


 佐久間は昇竜川が長い年月をかけて削り取った谷間にあり、川の流れが蛇行して堆積した土砂の上に集落が形成されている。


 かつて濱竹安久斗は、領土拡張戦争で抵抗した佐久間神類を全滅させ、その地より神類を葬り去った。そこに妖精が住まうようになり、佐久間は昇竜妖精のすみかとなった。


 とはいえ鮮血団は、同じ佐久間でも平野部とは相反するような険しい山の斜面に拠点を置き、そこから常に上流の南信方面を見ていた。


 鮮血団の目的は、昇竜川流域に生息する妖精の統一。それがいわゆる“昇竜妖精”であり、同民族といえる存在だ。


 濱竹が妖精を利用し始め、神治参入を目指した極峰家の後方支援団体として昇竜妖精会が成立してから、今までアイデンティティが存在しなかった妖精に“昇竜妖精”としてのアイデンティティが誕生した。それらが過激化し、昇竜川流域に住まう妖精を統一しようとし始めたのが、この“鮮血団”なのである。


 すなわち鮮血団とは、妖精会の武装組織というよりは昇竜妖精主義で統一思想を掲げた過激派集団である。


 そんな鮮血団は現在、昇竜妖精の統一を目的として境界を接する南信の妖精へ武力侵攻を果たした。


 そうして非文明的な南信の妖精を屈服させ、奴隷のように扱った。


 しかし、それによって南信の妖精たちにはアイデンティティが芽生え、自分たちの土地を取り戻そうと鮮血団に対して蜂起したのである。




ーーーーー

ーーー




 濱竹安久斗が安陵国に入ると、その地を治める栗伊門が嫌そうに出迎えた。


「帰ってください」


「断る」


 安久斗は栗伊門の意思など気にすることなく泰阜神社に上がった。


 栗伊門は深いため息を吐くと、


「あなたが来るということは大抵ろくなことではありませんね。今回は何用で?」


 その問いかけに対し、安久斗は栗伊門を見やると、


「お前の国で妖精が蜂起したと聞いたが、それについて詳しく調査したい」


「調査? 藪蛇ですよ、お引き取りを」


 栗伊門の言葉を安久斗は鼻で笑い飛ばしてから言った。


「調べねぇと訳あってこっちが困るってんだ。調べさせろ」


「別にあなたが困ろうが私は知ったこっちゃないのでどうでもいいのですが」


 栗伊門はそう言ってから再びため息を吐くと、


「具体的にどう困るのです?」


 そう尋ねた。安久斗はそれに笑うと、


「対立が対立を生んで手に負えなくなるやもしれん」


 そう答えた。


「それは大変ですね」


 栗伊門はそう言ってから真っ直ぐと安久斗を見て、


「お引き取りを」


 そう言った。


「おい今のは協力する流れじゃなかったのか!?」


 安久斗はそう突っ込まずにはいられなかった。


「とは言いますが、妖精の蜂起は我が国と一切の関係がありませんし、私も詳しい概要を知りませんのでね。というか知りたくもありませんし。協力できることは何一つありませんので、調べるならご勝手にどうぞ」


 栗伊門はそう言うと、臣を呼び寄せて指示を出した。


「妖精の里へご案内いたします」


 臣は安久斗の前に出てきてそう言った。安久斗は臣に案内されて神社を去る。


「安陵は国として一切関与しません。これから先、妖精の件で何かあったとしても、それは全て濱竹の自己責任でお願いします」


 去りゆく安久斗の背中に栗伊門からの声が降りかかる。


「ここはお前の国だ。何かあったら濱竹一国の問題にはなり得んぞ?」


 安久斗は振り向いてそう返す。しかしそれに栗伊門は首を振った。


「それを濱竹一国の問題にしてくださいと言っているのです。いいですか? 何がなんでもですよ?」


 安久斗はその言葉に対し曖昧に頷いて去った。


「はぁ。妖精なんているだけ面倒ですからね。押し付けてしまうのが理想的ですが、あの様子……」


 栗伊門はそう呟くと、心底不安そうにため息を吐くのだった。




 安陵の臣に案内されて安久斗がやってきたのは、国の南部に位置する平岡という場所だった。


 平岡は、栗伊門が国内の妖精を強制的に閉じ込めた場所であり、ある種の妖精自治領のような側面を持っていた。


 しかしそこには秩序がなく、妖精が好き勝手に暮らしているだけの場所であり、本当に厄介者を押し込めただけの空間なのであった。


 誰もいない閑散とした山間を歩くと、山の中から武装した妖精が湧いて出てきた。


「何奴か」


 妖精は安久斗ら一行にそう問うた。


「靜連邦二大統率国がひとつ、濱竹国の神、安久斗である」


 安久斗がそう答えると、武装した妖精は一行を取り囲んだ。


「ならば問う。濱竹昇竜妖精を指揮するはお前か?」


 その質問に、安久斗はニタリと笑いながら、


「それについて、貴様ら南信の妖精と話がしたくてここに来た」


 そう返した。


 南信の妖精はそれに対して攻撃準備をするも、


「我が神、栗伊門様より正式な許可を得て安久斗神はここにおはす。この方に刃を向ける者は栗伊門様に対し刃を向けると同じと見做し、我が国の武を持って貴様ら小愚者こぐしゃを潰すことに一切の躊躇いなし」


 安久斗の隣に立った安陵の臣、泰阜やすおか左京さきょうがそう言ったことで、妖精は武器を下ろした。


「話の通じる輩で助かるぜ」


 安久斗はそう言うと、南信の妖精の本拠地がある山の中へと枯れやぶを踏み分けて入っていった。




ーーーーー

ーーー




「濱竹国より安久斗神の御成!」


 誰か知らんが、案内してくれた武装集団の頂点だろうか、そいつが大声でそう言った瞬間、森の中から妖精が湧いて出てきた。


 そいつらが一斉に俺の前に並ぶと、睨んだような表情で見てきた。


 一様に皆、武装している。


「南信の妖精はたくさんの武具を持っているんだな」


 俺が言うと、


「あんたらの妖精がもたらしたんだ」


 そう返ってきた。


「あれか、川根の連中か?」


「んにゃ、違う。天城の連中だ」


 天城か。猪頭半島の妖精の中では最大規模を誇るからな。妖精の国の云々で揉めた時に半島から逃げて、ここにやってきた奴らも少なくないのやもしれない。


 そう思っていると、俺のコートのフードの裏から水窪ゆきが顔を出した。


「そうは言いますけど、どう見てもあの武具は妖精自治領のものです」


「そうなのか?」


「えぇ。川根妖精の持つ武器は特徴的ですからね。ほら、刃の部分が少し長いんですよ」


 そう言われても分からんが。というか、妖精の武器なんて針みたいなもんなんだから長さなんて誤差でしかないぞ。


 とは言うが、有識者がそう言うということはそうなのだろう。


「ということは、一定数の川根妖精が天城妖精であると偽ってここに入ったということか」


「そう考えるのが自然です。なぜなら南信妖精も、結局は私たち妖精会と同じ昇竜妖精ですからね。川根妖精に対しての印象はよろしくないでしょう」


 そういうものか。


 ……しかし。


「ところでお前ら、何があって蜂起などした? それも濱竹うちのとこの連中に対して」


 俺が問うと、南信妖精は俺に対して一斉に武器を向けた。


「何を言うかっ! 俺たちを隷属させておきながらとぼけるんじゃないぞ!」


 その言葉に、そうだ、そうだとヤジが飛ぶ。


 ふむ、なるほどな。状況が見えてきた。


「誤解だらけだから言っておくが、俺は一切関わっていないぞ? なんならお前らの状況は何一つ分からないし、どうして戦いになったかの経緯すら当然知らない。俺は単純にどうしてこうなったのかが知りたいし、なんならお前らが敵対している“鮮血団”なる組織に接触したくて仕方がない。奴らは昇竜妖精会の武装組織だとされているが、妖精会の会長ですら奴らが何をしているのか知らない状況なんだ。つまりは濱竹国の管理下にない組織だ」


 俺の言葉に「監督不行き届きだ!」とヤジが飛ぶ。ゆきがフードの裏に隠れたのが分かった。


 ま、反省してくれ、水窪ゆきよ。そう思ってから視線を南信妖精に戻して言った。


「俺はこの件を解決するべくここに来た。鮮血団に好き勝手やられちゃ俺が困るからな。そこで、まずはお前らからこうなった状況を聞きたい。教えてもらえないだろうか」


 その問いかけに、南信の妖精は武器を下ろした。


 そしてひとり、年老いた妖精が俺の前に姿を現した。


 老婆か老父か分からない容姿で、声もはっきりとしなかったが、奴はゆっくりと俺に語り出すのだった。




ーーーーー

ーーー




 時は3年前の4997年、夏至頃。


 日渡における最初の臣殺害事件や濱竹で大規模な人類反乱などが起きたこの時期は、靜連邦西部が荒れに荒れていたため、鮮血団は濱竹神務局の目を掻い潜って好き放題やっていた。


 昇竜妖精会は、会長の権限がほぼゼロに等しかった。それどころか、存在感すらなかった。


 それもそのはずで、当時は自治など認められておらず、形式的に“長”を立てているだけであったからだ。結局は妖精が神治に参加するための後方支援団体であり、良くも悪くもそれ以上でも以下でもないのだ。


 だから、本来は任意参加の団体であったが、この頃から過激派武装組織“鮮血団”が昇竜妖精会内部で発足し、形式上、妖精会の武装組織として組み込まれることになった。


 しかし、鮮血団の思想は昇竜妖精主義で統一思想。昇竜妖精としてのアイデンティティを持つ者は等しく妖精会の会員であると吹聴し、会員でない奴は昇竜妖精でないと見做されて鮮血団により追放、または殺害されていった。


 この鮮血団の台頭により、濱竹昇竜妖精は半ば強制的に妖精会に所属することとなった。


 濱竹国内に住まう昇竜妖精を統一してから、鮮血団は昇竜川流域に住まう妖精は皆同胞、昇竜妖精であるとし、その統一を掲げて北進した。


 この頃から昇竜妖精会の幹部の中では鮮血団の思想を危険視する声が上がり出したが、あくまで極峰くれはの後方支援団体であり何一つ権限のない妖精会には何もすることができず、昇竜行政区長のくれはに報告するも日渡臣殺害事件で彼氏を殺され傷心していた彼女には響かなかった。


 そうしているうちに鮮血団は南信妖精の里を襲撃した。


「奴らは能力で縦横無尽に飛び回り、この里の至る所に砂や石を撒き散らしました。いきなりのことで私らはどうすることもできず、視界の悪い中、降りかかる石に押し潰されて死ぬやもしれない恐怖と共に逃げ回りました」


 老いた妖精は当時をそう振り返る。


「砂煙が引くと、里を取り囲むように武装した連中が立っていて、奴らは私らに向かって里を明け渡すよう要求しました。そうでなければ死のみが待っている、この里に火を放ち灰燼に帰することも容易いことだと言い放ちました。襲撃により死傷者も出ていたため、私らは勝ち目がないと判断して里を明け渡しました」


 鮮血団はその後、里の長を殺害して南信妖精同士の連携が取れないようにして、鮮血団にその里の統治を依存させるように仕向けた。


 計画通りに事が進み、南信妖精は鮮血団の指示に従いながら里の維持を行なったが、その実態は搾取に等しかった。


 誇り高き濱竹昇竜妖精に屈服した南信昇竜妖精という立場がすっかり定着した4999年、靜連邦にて妖精を巡る神類の対立が起きると、靜連邦から大量の妖精が逃げてくることとなった。


「この里にも天城の妖精が多数逃げてきて、奴らが武具を持っていたもんでそれをことごとく剥ぎ取り、貯蔵することにしたんです」


 南信妖精は、逃げてきた天城の妖精(を偽った川根妖精)から武具を剥ぎ取り、妖精自体は殺して山に捨てた。


 妖精というのは異物を歓迎しない傾向が強く、アイデンティティが確立するとより顕著にそれが表れる。南信妖精は鮮血団に支配されたことにより、自分たちが昇竜妖精という民族であり、その中でも南信地方に住まう妖精であるというアイデンティティが確立した。そのため、他民族の妖精を受け入れなかったのだ。


 また、アイデンティティが確立したことで、昇竜妖精であると同時に南信妖精であるとも考えるようになり、着々と自分たちを支配する濱竹昇竜妖精が憎く思うようになっていった。


「私らは私らを不当に押さえつける鮮血団に反旗を翻す時期を見計らっていました。そして先日、鮮血団が隣接する自治領と戦闘状態に入ったと聞きまして、やるなら今しかないと思い至り放棄しました」


 この昇竜妖精会と南信妖精の対立は、後に『北遠南信事変』と呼ばれることになる。




ーーーーー

ーーー




 おおよそは理解した。つまり、濱竹国内が不安定な時を狙って鮮血団は対外政策に乗り出しているということだ。


 それが意味することは、少なからず鮮血団は濱竹という国を、もっと言えば俺に目をつけられることを恐れているというわけだ。


 俺は南信妖精の里を去り、神類が消えた平岡の廃墟……といっても神社だったようで、額には天龍神社とあるが、そこに入って少し考えをまとめる。


「なぁ、ゆき。鮮血団の情報がお前ら幹部のもとにないということは、鮮血団も幹部の情報がないということではないか?」


 俺が訊くと、フードの裏から這い出てきて俺の掌の上に降り立ったゆきが答える。


「分かりかねますが、詳細は伝わっていないと存じます」


「詳細というと?」


 俺の質問に、ゆきは少し考えてから答える。


「経済的な事情や内政事情、あとは……」


 その言葉に続いたのは、


「幹部の神治参画権なんかも伝わっていないかもしれません」


 その言葉に、俺はニヤリと笑った。


 そうだとしたら合点がいくって話だ。俺の目を気にして動いているわりには妖精自治領と妖精会の対立に首を突っ込んできて、井谷までも動かす真似をして。


 奴らは妖精会が自分たちの行動に口を出せないから好き勝手に振る舞うが、俺に出て来られると困るのだろう。


 しかし、妖精自治領と妖精会の対立に深く首を突っ込んだのは違和感がある。とすれば、妖精会と俺の間に繋がりがないという前提が奴らにはあるのではないだろうか。


 所詮妖精だ、言っちゃ悪いが頭は良くない。


 だからこそ、浅はかな考えしかできないのだ。


 ……などと、神類第一主義的な視点でモノを見てしまうのはよろしくないのだがな。


「鮮血団と接触を図りたい」


「私もです。会長として、一度会って話す必要性を感じています」


 ……うむ。そうだろうが、居場所の話が出て来ないということは、ゆきであっても本当に居場所が分かっていないということか。


 ならば仕方ない。


「簡単に接触する方法がひとつある」


 俺はゆきにそう言った。ゆきは首を傾げた。だからこう言ってやった。


「戦場に行けば会えるさ」


 ゆきはその可憐な美顔を歪ませて、心底嫌そうな表情をした。

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