2-02『仲裁会議』
靜が井谷と濱竹妖精自治領に小競り合いの中止を命令したのは、神紀5000年冬至後18日のことだった。
その求めに両陣営は応じたが、翌日、濱竹妖精自治領に昇竜妖精会がちょっかいをかけ始め、濱竹国内で妖精同士の小競り合いが生じ出した。
濱竹の神、安久斗は、濱竹陸軍の主力を昇竜行政区に動かして両陣営に対し圧力をかけ、その状態のまま妖精会と妖精自治領の代表に即座に浜松神社へ参内するように命令した。
昇竜妖精会の会長の水窪ゆきと、濱竹妖精自治領の長の犬間ジナが(まるで連行されるかのように陸軍に囲われながら)浜松神社に参内した。
安久斗はそれぞれに事情聴取を行なった。
「それで、なぜこのような小競り合いが生じている?」
最初に水窪ゆきに問うたところ、妖精自治領に越境してしまった妖精会所属の妖精が複数監禁されていて、中には惨殺された者もいるため、それに対する報復を続けているとのこと。
しかし主導しているのはゆきではなく、妖精会の有する武装組織“鮮血団”であると言う。ゆきが知っている情報は僅かで、提供できることはそれ以上ないと語った。
しかし“鮮血団”は昇竜行政区の奥地を転々としており、神類が意図して接触を図るのは難しいことを安久斗も知っている。また主導しているのは鮮血団であっても、実際に戦っているのは有志の会員が多く、実態が謎に包まれた武装組織として妖精の中でも名高い。事実、会長のゆきですら組織事情を詳しく知らないのだ。
安久斗は“鮮血団”との接触は後ほどに回し、次に妖精自治領の長、犬間ジナより事情聴取をした。
「それで、なぜこのような小競り合いが生じている?」
全く同じ質問をすると、ジナは「妖精会が武装集団を送り込んできたため逮捕して、戦犯を裁いた。そうしたら言いがかりを付けてきて、小競り合いが起きた。しばらくしたら井谷も動いてきて挟撃に遭った。裏で繋がっているに違いない」と語った。
つまり、妖精会側より何者かが越境した事実があり、それを妖精自治領が監禁している事実もあるということがわかった。
あとはどのような奴がどのような目的で越境し、妖精自治領が殺した存在がどういう輩であったのかが分かれば、ある程度話が進みそうだと見えた。
しかし、あまりにくだらない事案すぎて安久斗はうんざりした。
「最後に訊くが、“鮮血団”という名を知っているか?」
ジナに確認すると、
「聞き覚えはないわ」
そう返ってきた。
すなわち、妖精自治領は何と戦っているのか全く分かっていないということだ。
昇竜妖精会と濱竹妖精自治領に対し、安久斗は逆元旦までの境界線の閉鎖を命令した。その間、両陣営同士の接触は議会以外で全面禁止となり、境界線の監視を濱竹陸軍と神務局に割り振った。
そして安久斗は妖精会の武装組織“鮮血団”との接触を次の目標とした。
ーーーーー
ーーー
ー
神紀5000年、冬至後21日。
俺と濱竹安久斗、靜するが、それと妖精自治領の久野脇……じゃなかった、犬間ジナと、昇竜妖精会の水窪ゆきは、甲信連邦永井国に呼ばれた。
俺たちの抗争に対して、甲信連邦が介入をしてきたということだが、全く統率国は一体何を企んでいるんだ?
この話を靜より聞いた時は笑い飛ばして「冗談は顔だけにしておけ」と言ってやったが、次に山奈志乃から聞いた時は驚いた。甲信は本当に靜連邦の内政に足を踏み込んできたのだと知り、非常に危機感を煽られた。
「なぜ断らなかった?」
道中、俺は隣を歩く安久斗に訊いた。
「靜連邦だけでは片付けようがない問題だからだ」
安久斗は淡々とそう返した。
「どういう意味だ?」
「お前に対する信頼がなさすぎて、誰もが井谷を擁護することなく統率国の味方をして終わりだ。いつもそうだろ、その成れの果てが今だ。そろそろこの堂々巡りに終止符を打たなくてはならないだろう。だから凛音殿に立ち会ってもらい、第三者の意見を交えながら、俺とお前の間にある数々の歴史問題のうちのひとつを片付けようという魂胆だ」
つまりは、今までの『井谷こそが悪、統率国こそが正義』の価値観をぶっ壊そうということか。それをやりすぎたが故に俺との対立が終わらないことを今更後悔しているといったところか。
しかし、だからといって他連邦に干渉させてまでやることではない気がする。それ以外に何かしらの狙いがあるのか? 濱竹ないしは靜にとって、甲信に近づくことで何かしらの利益が得られるとか。
……いや、もっと単純な話かもしれない。利益を狙っているのはこちら側ではなく甲信で、俺たちは良いように使われているだけなのではないか?
だとしたら、やはりこの干渉は間違っている。このままでは靜連邦は他連邦から内政干渉を許す甘々な連邦と認識されてしまう。
しかし、安久斗やするががそれらに気づかなかったなんて思えない。そうならばやはり、こちらにも何らかの利益が見込めるのだろうか。
安久斗はそれ以上を語ってくれず、するがに尋ねるのも癪だったため、俺はそれらを永井に着いてからのお楽しみとすることにした。
永井国の長野神社にて、俺たちの仲裁会議が執り行われた。
「それぞれの立場を明確にしてみれば、果たして何で対立しているのかが透明化されるはずです」
永井凛音の言葉に従い、俺たちはそれぞれの立場を明確にして主張を行なっていく。
「井谷国は、濱竹との2000年以上に渡る争いの素となっている犬間に、我が国が排除を訴え続けた妖精の自治領を置いたことが残念でならない。また濱竹は、長年放置していた犬間の開拓を今更になって本格化させ、それも妖精たちに行わせている。これは井谷国に対する挑発行為ではないかと思っている」
俺に続き主張をしたのは安久斗だった。
「濱竹は、根々川より引き取った川根妖精と、我が国の固有種である昇竜妖精が不仲であることを踏まえた上で、かつて根々川が所属していた協定志汰の領内であった犬間こそが川根妖精の住まう場所に最適であると判断し、そこに自治領を設置した。決して井谷に対する挑発ではない。また、犬間の領有問題は既に決着したものであり、その権利は我が国にあると認識している。それを未だに持ちかけるのであれば井谷に領土的野心ありと見做して連邦を無意味な戦火に巻き込むことになるが如何なものか。いま一度、井谷国には然りと考えていただきたい」
決着だと? 停戦状態にある癖によく言ったものだ。
しかしあの当時、俺の力不足により劣勢で戦争を終えたのは確かだ。見解に齟齬はあるが、犬間を取り返せなかったことは事実であるため大人しくしておこう。
「分かりました。では次に、濱竹妖精自治領の主張をお願いします」
凛音の声でジナが話し出す。
「私たちは、妖精会から武装集団を送り込まれたため逮捕し、主犯格を裁きました。そうしたら民を解放せよと妖精会が攻め込んできて、小競り合いが生じたと認識しています。その小競り合いに乗じて背後から井谷国が攻めてきました。私たちは妖精会と井谷国が何らかの形で繋がっていると見ています。それと同時に、井谷国からの攻撃は領土を侵犯するものであり不当であるという濱竹国の認識に同意します。私たちは濱竹国によって定められた歴とした自治領です。そこを攻撃するということは、すなわち濱竹国に対する侵攻と見做すことが適当であると認識しております」
「つまり、妖精自治領は濱竹国の所属であり、妖精会や井谷国からの攻撃に対して正当性はないと?」
「もちろんです」
立場を明確にしろと言われたのに立場が不明瞭な見解を述べたから、するがが確認を入れた感じだな。にしても、妖精自治領は神類からの独立を訴えていた頃が嘘のように丸くなっちまったな。今まではちょっかい出しても神類国家の名前など出してこなかったのによぉ。
妖精としてのプライドが消えちまったのか?
「では、次に妖精会の見解をお願いします」
凛音の司会で次に進む。妖精会の会長は初めて見たな。存外大人しそうな奴なんだな。
普段接触している妖精会の連中からは想像もできないような奴だ。
「私たち妖精会は、太古の昔より対立してきた川根妖精が、極峰の統治する昇竜行政区の一画を任されたことに遺憾の意を示してきました。ですが、神の考えであり力のない妖精にはどうしようもないことであるためこれに関しては強く言いませんが、我々が妖精自治領と対立するに至った理由としては、会員が妖精自治領に捕えられたり惨殺されたりしているという噂を耳にしたからです。既に川根妖精に対して敵意があった私たちにとって、この噂は反妖精自治領感情を募らせるに十分であり、妖精会の武装組織“鮮血団”を中心に妖精自治領へ攻撃を仕掛けたと認識しております。ですが、それ以降のことは私たち幹部は全く知らず、井谷国の参戦や小競り合いの激化などは妖精会自体の預かり知らぬ問題であると認識しております」
その言葉に俺は呆れた。つまりこいつは、妖精会の会長であるとはいえお飾りじゃねぇか。それが代表として出てきてしまっていいのか? もっと実権を握っている奴を連れてこないと意味がないじゃないか。
とはいえ、妖精会が妖精自治領を目の敵にしていることは確かであることがよく分かった。それならば、呼んだ理由もあったのかもしれない。
「分かりました。では、今のを踏まえて私の見解をお伝えいたします」
凛音はそう言うと、俺たちを見渡した。
「まず、当たり前かもしれませんが、状況として対立が存在していますね。その対立は、井谷国と濱竹国、妖精自治領と妖精会の2つに大きく分けられます。それ即ち、神類同士の争いか、妖精同士の争いかということですね。ですが、問題が複雑化してしまっている原因として、神類も妖精も、お互いの対立に巻き込まれてしまっていることにあるのではないでしょうか?」
「つまり、井谷と濱竹の対立に妖精会と妖精自治領が巻き込まれている、またその逆も然りということかい?」
するががそう確認すると「そうです」と凛音が答えた。
神類と妖精がそれぞれの対立に巻き込まれている、またそれぞれを巻き込んでいるということか。
言われてみれば、井谷と濱竹の対立に妖精自治領を巻き込んでいるし、妖精会と妖精自治領の対立に俺と安久斗が巻き込まれているのも事実だ。
立場を明確にしたことで、今まで見逃していた当たり前のことを炙り出せたというわけか。
「そこで私は、第三者からの勝手な意見になりますが、犬間地区の開発の停止と非武装地帯化を進め、ついては濱竹国は妖精自治領の移転を行うべきだと提案いたします。また自治領の移転先ですが、昇竜妖精会の統治区域と境界を接しない場所が望ましいのではないでしょうか」
凛音はそう俺たちに言う。もちろん当然の意見であり、誰でも思い浮かびそうな単純な意見であるが、これが第三者からとなると言葉に一切の嫌味を含むことなく俺たちのところに入ってくる。
それと、永井凛音は言わずもがな祖神種だ。最高位種族からの言葉となると、その重さは並のものとは異なってくる。
なるほど、安久斗の狙いはここにあったのかもしれない。
「ご提案、痛み入ります。この濱竹安久斗、真剣に検討して今回の騒動を穏便な形で集結させることを目指して参ります」
安久斗はそう言って凛音に頭を下げた。
「いいのですよ。靜連邦が平穏であることは世界にとっても悪いことではありませんし、寧ろそれが望ましい姿ですからね。各国の関係は少なからず円満ではないかもしれませんが、それだからこそ第三者の仲介が必要になった場合、気安く頼っていただけたら嬉しく思います」
凛音はそう言うと、するがを見て、
「靜連邦のますますの繁栄を願うとともに、靜さんのもと秩序ある統治がなされることを信じております。良き隣人として、困った時に手を差し伸べあえるよう交流を続けていけたら幸いです」
そう告げた。するがは爽やかな笑みを浮かべると、
「こちらこそ。今回はうちの愚者どもがお世話になりました」
そう言って頭を下げた。
おい、愚者とはなんだ、愚者とは。
そんなことを思っていたら、廊下を足早に歩く音が聞こえ、誰かがこちらに近づいてきていることが分かった。
「ちょっとすみませんね」
凛音がそう言って立ち上がり、扉を開けて廊下に出た。
「そんで、どうすんだ?」
俺はその間に安久斗に訊いた。
「どうって、何をだ?」
「犬間と自治領についてだ」
俺の言葉に、全員の視線が安久斗に向いた。
「そうだな。言わずもがなお前との厄介事は避けたいから、移設は真剣に考えている。だが、動かせる場所があるかどうかだ。それらは調べてみない限りなんとも分からん」
安久斗はそう返してきた。
「私たち妖精は、生きていく上で森林や茂みを欲しますので、移設先が山深い場所であることを望みます」
ジナが言う。しかしそれに対して妖精会の水窪は困ったように言う。
「昇竜川水系の山々は我々昇竜妖精の生息地ですので、検討するならそれ以外の場所でお願いしたいところですが、濱竹に山と呼べる場所は昇竜行政区くらいしかありませんし……」
そう言葉を濁したそのとき、扉が再び開いて凛音が顔を覗かせた。その顔は何か問題が起きたことを物語っていた。
「濱竹さん、水窪さん。少し」
凛音はそう手招きした。その声に、安久斗と水窪は席を外した。
ーーーーー
ーーー
ー
凛音殿に呼ばれて、何か良くない事態が起きたことは想像に易かった。
廊下に出ると、凛音殿から聞かされた。
「甲信連邦の南に生息しております南信の妖精たちが蜂起したとのことです」
「蜂起ですと? それは独立を訴えて、とかそう言うのですかな?」
俺の問いかけに凛音殿は首を振った。曰く、
「蜂起相手は妖精です。それも、“鮮血団”というそうです」
「なんですとっ!?」
「鮮血団……」
俺とゆきは驚いた。
「どうして南信妖精は鮮血団に対して蜂起したのでしょうか?」
「逆に訊きますが、あなたには心当たりがないのですか?」
「申し訳ありませんが……」
ゆきの質問に対して質問で返された凛音殿だったが、ゆきは何も知らないとのことだった。
「だが状況から察するに、南信の妖精と鮮血団が対立してろくなことになっていないのは確かだ。これが今後もっと深刻化して、今ある混乱に合流されたら溜まったもんじゃない。凛音殿、場所はどこですか?」
「南方安陵国です」
安陵か。面倒な場所だが、このごろの奴ならば協力してくれるか?
「ならば私は安陵国へ向かいます。ちょうど鮮血団とも接触をしなければならないと考えておりました故、この件はこの濱竹にお任せ願えないでしょうか?」
俺がそう言うと、凛音殿は頷いて、
「どうぞお好きになさってください。協力できることはさせていただきますので、何かありましたらなんなりと」
そう仰った。また続けて、
「事は急ぐかと思いますので、仲介会議はこれをもってひとまず終了として解散に致しましょう。事情は私の方から話しておきますので、あなたたちは安陵国へ向かってよろしいですよ。見返りも特になくて良いです。妖精の統治はろくな事を起こさないと思いましたので」
「ありがとう存じます。では、お言葉に甘えまして。これにて」
俺は凛音殿にそう挨拶し、ゆきを連れて安陵国へと向かった。
鮮血団と南信の妖精。この対立が深刻化すれば、間違いなく我が国にとってよろしくない事態に発展する。
なんとかして解決の糸口を探さねばならない。
あの時、連邦の管理を靜に任せておいて本当によかった。これで統率国の業務があったならば、間違いなくこの件は等閑になってしまったことだろう。
うむ、実に英断やもしれん。
有難いぞ、靜よ。




