2-01『吉凶の判断』
第1章、開幕。
これまでのあらすじ(妖精自治領編のネタバレです)
時は神紀4999年。根々川国の妖精自治領は、神類の統治下から脱却するべく国としての独立を訴えた。しかし、祖神国家の靜をはじめとした大多数の国家からの承認を得ることができなかった。そんな中でも、濱竹や沼、井谷、伊月場といった、思惑が異なる複数の国家が、それぞれの目的のために妖精の国を創るべく動き出し、連邦最高議会で思わぬ援護射撃にも助けられながら妖精の国の独立を承認させるに至った。
しかし、独立させた後も、妖精の国の扱いを巡って問題が生じ、神類と妖精の関係性のみならず、妖精と妖精の問題も明らかになり始めて、濱竹安久斗はそれらの諍いに頭を悩ませることになる。
だが、そんな最中、幸か不幸か関東統一連邦が妖精の国に関与してきて、靜連邦の大国は挙って手を取り合って関東を追い出す計画を練り始めた。そして、結果として独立させた妖精の国は滅びることになってしまったが、そこに住まう妖精を濱竹が保護して、妖精の国に住んでいた川根妖精たちは、濱竹国昇竜行政区にある犬間地区にて“濱竹妖精自治領”を築いて過ごすことになった。
しかし、その犬間という地域もまた、様々な問題を抱えているのであった……
神紀5000年の幕開けと共に、物語が今、動き出す。
「撃てぇぇ!!」
銃声が山を裂き、砂埃が嗤う。
「怯む必要はないっ! 不当な侵攻を認めてはならないわっ! 敵を薙ぎ払いなさい!!」
その小さき体のどこからこのような大声が出るのだろうか、濱竹妖精自治領の長、犬間ジナ(旧氏:久野脇)は最前線に立って指揮を執る。
「妖精自治領は今、井谷国による統治妨害を受けております。これは我が国に対する内政干渉であり、厳しい対応を取るべきです」
浜松ひくまは、自身の仕える主人にそう提言する。
しかし、濱竹安久斗は悩んでいた。
「俣治には何度も妖精自治領にちょっかいをかけるなと伝えている。だが、井谷にとって犬間は旧領であり、俺が不当に占拠していると見做している地区だ。そこに妖精自治領を置かれたことが許せないのだろうな。こちらの言うことなど聞く耳を持たない構えのようだ」
「ならばこちらから滅ぼしてやるべきです! 安久斗様の御言葉に耳を傾けないなど万死に値します!」
巫女の三ヶ日おながそう言うが、それに異を唱えたのはひくまだった。
「待て、おな。統率国である我が国が国家間の戦争を誘発するわけにはいかないだろ」
「黙れっ! 貴様は安久斗様が愚弄されることをみすみす許すつもりか!」
おなはそう言うと抜刀し、ひくまの喉元に刃を突きつけた。
「落ち着け、おな」
「はっ」
安久斗の制止でおなは納刀する。それを見てから安久斗は話し出した。
「ひくまの言う通り、井谷国へ戦争を仕掛けることはできない。だが、奴らの行為は我が領に対する歴とした侵犯だ。そこははっきりとさせておかねばなるまい」
安久斗の言葉に臣と巫女は頷いた。
だが、今この国が抱える問題はこれだけではない。
「では、井谷と妖精自治領の対立に拍車を掛けている昇竜妖精会に対してはどう対処なさるおつもりでしょうか?」
安久斗に尋ねたのは濱竹神務卿の下池川山樹だった。
「妖精会は国刑法を用いて厳罰を与えなければ示しがつかないのやもしれん。奴らは妖精自治領が嫌いなあまり井谷に接触して犬間に対して侵攻するよう仄めかしたなどという噂もあるしな」
安久斗は重くそう言ったが、
「だが、全て噂でしかない」
とはっきり言うと、
「事実確認ができない限り、処分を下すことはできない。この件は神務局に徹底的に調べるように命じる」
「承知いたしました」
山樹が頭を下げると、安久斗はそれに頷いた。そしてひとつため息を吐くと、
「妖精自治領と昇竜妖精会には今まである程度の自由を与えてきたが、少し厳しく統制した方が良いのやもしれんな」
そう呟いて頭を掻いた。
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「近頃、人類の大規模反乱もすっかり減って、この文明の危機を感じることも少なくなった。よって、文明保護協定の定例会議を年に4回から1回へと減らしたらどうだろうかと提案する」
関西統一連邦盟主国、桜咲にて開かれた文明保護協定の定例会議で、関東統一連邦代表の東輝洋介が提案する。
サハ戦争後、関西と関東の対立が激化したこの世界で、文明保護協定の定例会議というのは東西を繋ぎ止める役割を担っていたが、神々も決別することが分かっていて尚この会議を残す必要性を感じていなかった。
それに、協定と協商の権限が緩衝材の靜連邦に渡った時点で協定やら協商は既に形骸化しており、特段神々の興味を唆るような存在でもなかった。
協商とは、全てはサハ戦争のために関東が即席で用意したもの。
協定とは、全てはサハ戦争のために関西が即席で用意したもの。
サハ戦争が終わってしまえば、それはまるで効果切れの護符のようなものだ。
「年に1回でも多いくらいだよ。3年に1回集まって、どんな動きがあったのか確認すればいいじゃないか」
「いいや、流石に少なすぎる。今となっては必要性を感じないかもしれないが、確かにこの会議は関東と関西に分断された世界を繋ぎ止める役割を担っているんだぞ?」
「だが今更何を話すというんや? 東の言ったことに対してうちらが首を縦に振るとでも思えんやろ? 逆も然りやで。この会議、ほんまに意味があるんか? 時間の無駄やと思うで」
そんな議論が為されたが、結局のところ東輝洋介が提案した通り、年に1回で終結することとなった。
協定の会議回数が減ると、その軍隊としての役割が強い協商の定例会議もまた少なくなる。こちらも年に4回から1回へと変更になり、支援の詳細はそれぞれの連邦が連邦同士で話し合って決めることで合意した。
これは、結論として協商における支援体制の緩和に繋がり、より容易に、より積極的に他連邦の技術を取り入れることができるようになったのだった。
「やったじゃない、するが! あなたに交渉を任せて良かったわ」
靜あおいは、自分の弟を褒め称えた。
「そうでもないさ。姉さんだってあのくらいなら……」
そう言いかけて、するがは言葉を続けるのをやめた。
「……なによ?」
あおいがそれにムッとした視線を向けるが、するがは「いいや」とだけ言って、
「素直に褒め言葉を受け取っておくことにしようと思ってね。謙遜が酷い嫌味に変わるのは俺としても本意じゃないし」
そう返すと、あおいは「ちょっとどういうことよ!?」と怒った。
「でも兄ちゃんはすごいね。関東と関西相手に話し合いを牛耳れるなんて。それでもって、協商定例会議でも支援の緩和を実現させて。ボクにはできない技だね」
あおいの荒げた声に被せるように、しみずが爪を手入れしながら言う。
「あれは全部、権限がこの連邦にあるからさ。なんと言っても世界の緩衝材だからね。俺たちはこの体制を守り抜かなければならない。世界が戦火に巻き込まれるのを防ぐためには、俺たちがしっかりする必要があるんだ」
するがはそう言って笑うが、数秒してから真顔になり、
「でも、」
と切り出した。それに対してあおいが頷き、しみずが顔を上げた。
「濱竹と井谷が不穏な感じだね。今やこの連邦が乱れるということは世界が乱れることに繋がりかねない」
「特に事の重大さを理解していないのは俣治ね。今となっては濱竹の領土となった場所に手を出して、もう決着のついた妖精の案件に首を突っ込んで。とてもじゃないけど褒められた行為ではないわ」
あおいの言葉にするがとしみずが頷く。
「安久斗は物好きだけど、妖精を上手く利用したいと言い出したのは彼自身だし、一度言ったことは統率国としてやり抜いてもらいたいね。それに、この連邦独自の技術が確立できたのなら、緩衝材としての強みとして活かすことができる。しばらく安久斗には濱竹の内政と軍拡、井谷への対処に従事してもらって、連邦全体のことはボクらでやったらどうかな?」
しみずがそう提言すると、
「全面同意だね」
「それが良さそうね」
するがとあおいもそれに頷くのだった。
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「ほんとか!?」
「うん。いつも色々やってくれているしね。それに靜としても、井谷に対処してくれるのは有難い。戦艦の建造もどんどんやってほしいし、妖精の能力を使った新技術の確立もしてほしいところだし。今は連邦のことよりも濱竹国内とその周辺の対応に尽力してほしいね」
神紀5000年、冬至後17日。
珍しく雪の舞ったこの日、濱竹神社に靜するがが来て安久斗と会談した。
「ではお言葉に甘えよう。当面、もしかしたら半年くらいかかるかもしれないが、その間、連邦の統治は全て靜に任せてもいいか?」
「もちろんだね。大船に乗った気持ちでいるといいさ」
「そのくらい元より信頼しているさ。お前らが動かす大船を沈めないようにするのが俺の役目だからな」
「心強い言葉だね。なら俺たちは、安全航行を保証しよう」
「助かる」
この会談で、靜は濱竹に内政への尽力と井谷の対処、妖精対立と更なる軍拡を指示した。濱竹はその命令を受け、統率国としての連邦統治のほぼ全てを、井谷と妖精対立の問題が片付くまで靜に委ねることを依頼した。
その直後のことだった。
「お取り込み中失礼します」
三度のノックの後、神務卿の声がする。
「なんだ?」
「甲信連邦より、永井凛音様がお見えになりました。至急、安久斗様との会談を望んでおられますが……」
するがと安久斗は顔を見合わせた。そして彼らは頷いて結論を出す。
「ここに通せ。靜を含め、3ヶ国で会談を行うのならば至急開催可能だ。それが承諾できんなら、2時間ほど待ってもらうよう伝えよ」
「はっ」
その声で神務卿はいなくなる。も、2分ほどして再びのノック、
「永井凛音様がお見えです」
「通せ」
そうして濱竹と靜の会談に、関東統一連邦所属、甲信連邦の祖神種、永井凛音が加わることとなった。
「靜連邦における妖精自治領の設立を受け、私たち甲信連邦でも妖精が自由を求めて反乱を起こし始めました。そこで、自治領の運用状況や妖精の統治を勉強させていただき、参考にできないかと思ったのです」
凛音は安久斗にそう言った。
「おっと。それってつまり、暗に『俺たちのせいで起きてんだから統治に協力しろ』って言っているということかな?」
そこにするがが言葉を投げる。
「そう言いたいのではないのですが、でも確かに若干はそういう側面も有していますね」
凛音が微笑みながらするがに返す。
「凛音殿、妖精に力を持たせるのはおすすめできませんな」
そんな凛音に対して安久斗が言う。
「あら、珍しい。統治形態は機密情報でしたか?」
凛音がそう返すと、安久斗は首を振った。
「ただ後悔しているだけですな。正直、妖精による妖精のための空間など、作るだけ神類にとって不利益でしかないのですよ。そのくらい、面倒な連中です」
それに対してするがも深く頷いた。それを見て凛音が何か察したような目をすると、
「なるほど、厄介そうな問題が起こっていることは理解しました。ですが、それでも一度自治領を訪れてみたいです。願わくは妖精の長ともお話しをしてみたいのですが」
その言葉に安久斗は唸る。井谷と対立して統治もまともにできていない妖精自治領に、関東から祖神種を招き入れてしまっては緊張度を上げることに繋がらないだろうかと頭を悩ませた。
そうなる前に、実情を話しておくべきだと安久斗は考えた。聞き分けの良い凛音なら、きっと引いてくれるのではないかと思ったのだ。
「それがですな、実は現在、我が国の妖精自治領は北方の軍事国家井谷より攻撃を受けておりまして、非常に不安定な土地なのですよ。そこに関東の祖神種が立ち入ることになれば、井谷に対する挑発行為と見做されてもおかしくなく、あまり凛音殿には触れていただきたくない場所でございましてな」
安久斗がそう言うと、
「……そういうことでしたか」
凛音は理解したように頷いて、
「でしたら尚のこと、そこに行きたいですね」
「おいおい待ってくれよ、それは許せないぞ!」
凛音の言葉にするがが怒る。そんなするがに微笑みかけた凛音は「落ち着いてください、悪意があるわけじゃないんですよ」と言って、まずは自分の話を聞くように訴えた。
安久斗とするがは凛音からの提案を聞く。
「妖精自治領と井谷国の抗争がどういうものなのか詳しく理解しているわけではありませんが、同じ協商に属する仲間として、きっと私たち甲信連邦には何かできることがあるはずなんです。甲州の祖神山奈志乃は、知っての通り井谷俣治と旧知の仲ですし、仲裁をすることもできます。ですので、この濱竹国と井谷国の間で起きている問題を、私たち甲信連邦が間に入って解決を図るというのはどうでしょうか?」
「その見返りとして妖精の統治形態を見せろと?」
「えぇ」
安久斗とするがは目を合わせた。
するががゆっくりと首を左右に振った。
「お言葉ですが、内政干渉ではないでしょうか? 靜連邦内の問題に甲信連邦が関与すれば……」
「では訊きますが、現状、解決の糸口は見つかりそうですか?」
「「…………」」
安久斗が断ろうとすると、凛音が冷たい声で言い放つ。それには安久斗とするがは黙るしかなかった。
凛音は続ける。
「濱竹も靜も、井谷とはそれぞれ確執があり不仲です。現に濱竹と井谷は小さいながらも事を構えている状態ですし、靜が間に入って仲裁しようにも歴史的な確執ゆえに完全な仲裁はできません。この連邦内に井谷とも濱竹とも確執がなく、靜が頼りにできる仲裁国があれば良いですが、心当たりはありますか?」
言葉に詰まった安久斗とするが。それを見て凛音が「やはりいないのでしょう」と言うと、
「でしたら他連邦に頼るのが賢明と思いますが。内政干渉と言っても、国や連邦内部に入り込むわけではありません。統治機能を不全にさせるものでもありません。強いて言うならば統治機能を正常に戻すための介入です。それも認められないのなら、あなたたちは静かに滅びていくのみ。南四に目をつけられて弱みとされ、上手いこと対立を利用されて吸収されるのがオチですよ」
厳しい言葉をかけた。
「つまり、滅びたくなければ内政干渉させろというのか?」
するががそう問うと、
「捻くれた解釈ですね。私はただ、あなたたちと今後も仲良くしていくために、今やるべきことを手助けして差し上げようとしているだけです」
凛音はそう言った。
「そんな同情なら必要ない。俺たちは俺たちで、この連邦を守っていく!」
「それができるなら、きっと今、妖精を巡ってくだらない対立が起きていないはずですが。できないのに見栄を張るのは滑稽に映りますよ?」
「黙れっ!」
するがが声を荒げたそのとき、
「黙るのはお前のほうだろっ!」
安久斗の怒号が飛んだ。
「靜と井谷、井谷と濱竹。この対立が根底にある以上、井谷がこの連邦で孤立しやすい状況にあることは前々からわかっていた事だ。しかしそれを『脅威だから』という理由で改善せずに放置し、時には利用さえして井谷に制裁を下してきた。それが間違っていたとは思わないが、それがあったからこそ今の対立があるのは明白だろ。靜連邦では、俺たちが行なってきた印象操作の賜物で『井谷=危険な国』という認識が当たり前だ。だからこそ井谷と群れようとしないし、井谷に近づこうともしない。おかげさまで本当に中立の立場で仲裁が行える国はどこにもない。するが、この状況でこの件を靜連邦だけで解決しようとしても焼け石に水であることは分かるだろう? ここは凛音殿の提案に乗るのが吉ではないか?」
「だが、そうしたら関東統一連邦に対して靜連邦が内政干渉を許したことになるんだぞ? 先例を作れば間違いなくそれを利用する輩が出てくる。例外など認めちゃいけないんだ。俺たちの連邦は俺たちだけでどうにかするべきだ」
安久斗とするがは言葉をぶつけ合った。その口論を聞いて凛音が3度手を叩いた。安久斗とするがの視線が凛音に集まる。
「では、内政干渉にならないように、私たちも最大限の配慮をします。ついてはまず、永井国にて井谷と濱竹およびこの抗争に関わった団体の代表者会談を行なってはどうでしょうか? もちろん、靜の立ち会いも許可しますよ」
凛音はそう言って見せた。安久斗とするがはお互いを見ると、
「だそうだ」
「……そうだね」
それだけ言葉を交わしてから、
「見苦しい場所に立ち会わせてしまい申し訳ないね。井谷と濱竹の抗争は我々では力及ばず解決できないため、甲信連邦の立ち合いのもと解決を試みようと思う。ついては甲信連邦の盟主、祖神永井凛音殿に、靜連邦統率国祖神靜するがより正式に依頼する。よろしく計らうよう求め奉る」
「しかと承りましてございます。この永井凛音、甲信連邦を代表し、靜連邦の歴史問題のひとつの解決を目指し、尽力していく所存にございます」
祖神種同士の約束により、井谷と濱竹の問題に甲信連邦が介入することとなった。
この日の会談にて決まったこれら全ての判断は、果たして靜連邦にとって吉と出るか凶と出るか。
今はまだ、誰も知る由がない。




