2-00『共にあの山を』
突然だが、2500年ほど遡ろう。
この頃、長らく続けられた国家同士のせめぎ合いにひとまずの終止符が打たれた。
戦乱に次ぐ戦乱で吸収合併を繰り返し、祖神国家を中心に大国が形成され、それに対抗するべく中小国が結託するようになったからだ。
地域の中心となる国が周辺の小国と協定を交わし、国交の自由化、相互貿易、利益の分配などを約束してひとつの擬似的な大国を形成しようというものである。
こうして複数の国家が集まって出来た大国は『協定大国』と呼ばれた。協定大国制は神紀2500年代から500年ほど続くこととなった。
その期間(神紀2500年ごろ〜3000年前後)を、協定大国時代と呼ぶ。
ーーーーー
ーーー
ー
神紀2603年、冬至後64日。協定井谷国。
盟主井谷俣治には、とある欲望があった。
伝説の山、“富田山”を手中に収めたいという欲望だ。
富田山には伝説がある。天を貫くほど高いその山へ登ると死なないようになるというものだ。それに由来し、不死の山とも呼ばれ、かつては富士山などと言われていた。
峰をいくつか越えれば、その山を手に入れることができる。ちょうど良いことに、協定大国となったことで富田山を有する協定富田国と国境を接することになり、やろうと思えばいつでも侵攻できるようになったのだ。
この好機を逃さずにはいられない。俣治はそう考えていたが、とある悩みの種があった。
それは西の野蛮国家、『遠淡濱竹国』の存在であった。
遠淡濱竹は、遠江の支配を最終目標に掲げている。200年ほど前には昇竜川西岸の20ヶ国を滅ぼして平定し、それ以降も北部昇竜地区へと侵攻を進めてきた。
協定井谷は、隣接する協定志汰国から犬間三国と呼ばれる地域を奪取しており、そこがかつての遠江の領域に含まれているため、遠淡濱竹との衝突は不可避となっていた。
協定富田を攻めている間に背後から侵攻されればひとたまりもない。しかし皇神種国家に頭を下げて条約を結ぶのは癪である。
それが悩みの種なのだ。
「遠淡濱竹を治める神はなんと言ったか」
「安久斗だったかと」
「聞くところによると随分の荒くれ者らしいな」
「みたいだ。何しろ滅ぼした国の上神種家に忠誠を誓わせ、もし反意が見えたら一族を公開処刑したそうだ」
俣治は、協定を結んだ井川国の神:井川接岨と話す。
「他にも、その家が統治していた旧領一帯に火を放ち更地にしてから新たな都市を作ったとか」
そこに、同じく協定内の畑薙国の神:畑薙田代が入ってきた。
「情もなにもあったもんじゃないな」
俣治はそれを聞いて呆れ返る。
「おまけに、始神種であろうともお構いなく晒したそうだぞ。同盟を結んだ始神国家の神に首を刎ねさせたそうだ」
「ヤベェ奴だな」
田代の言葉に接岨が返す。まるで常識のない遠淡濱竹の安久斗に協定井谷の神々は嘲笑した。
しかし、見下してもいられない。
国境を接した今、明日は我が身の状態であるのだから。
とはいえ、
「話が通じる相手とは思えんしな」
俣治の言う通り、荒くれ者の安久斗がまともに話し合いに応じるとは思えない。一同、その見解は共有していた。
「だが、いずれ戦争になることは分かっている。そのためには、遠淡濱竹の力量を測らねばなるまい」
接岨が意見する。
「戦力を測るといっても、どうするんだ? 正面から戦うわけにはいかんだろ」
田代がそう訊くと、
「最も有効的なのは共闘だな」
俣治はそう言うが、その後に続ける。
「だが、野蛮な皇神種なんぞと手を組むと印象が悪くなる。俺たちが堕ちたと言われかねん」
「でも、背後を固めなくちゃ富田に攻め込めない。共闘とまではいかずとも、不可侵条約は締結しておくべきだろう」
接岨が言う。
「いずれにせよ、まずは遠淡濱竹に連絡を取ってみるのが良さそうだなぁ」
田代が唸りながら言う。俣治は少し難色を示したが、
「仕方ない。我々が富田山を手にして地位と名声を高めるために、必要不可欠な先行投資だな」
そう決断を下した。
ーーーーー
ーーー
ー
同年冬至後73日。遠淡濱竹国の神、安久斗のもとに協定井谷から文が届いた。
「協定井谷? はんっ、くだらん。捨れ」
安久斗は協定井谷からの文を捨てるように命じた。
安久斗は今、昇竜川東岸の平定に向けて戦争準備を進めていた。標的は協定周知国。何度侵攻しても勝てない強敵である。
特に協定周知には秘密兵器と呼ばれる正体不明の存在がいて(名を御厨あかりと言うが)、戦争を仕掛ける度にそいつから反撃を喰らうのだ。
しかしそれで諦める安久斗ではない。恩師である遠淡海美の夢を叶えるため、東岸の平定を目指すのだ。
「それよりも、あの秘密兵器について情報は手に入ったのか?」
安久斗は手紙を燃やしている臣に尋ねた。すると臣は申し訳なさそうに答える。
「いえ、それが全く。手がかりすらなくて……」
「バカっ面めっ! それを調べるのが貴様の役目だろうが!」
安久斗はその言葉に憤慨し、臣を蹴り飛ばした。
転がって壁にぶつかった臣。その臣の頭を踏みつけて安久斗が言う。
「俺の命令を守れん奴など要らん。このまま情報を得られなければ晒すぞ? いいな?」
「は、はいぃ!!」
臣は怯えながらそう返事をした。安久斗はその返事を聞いてから臣の顔面を蹴り飛ばすと、
「5日間待ってやる。それでも情報がなければ、昇竜川でお前の首を刎ねるでな!」
そう言い放って部屋を去った。
安久斗にとって、臣など幾らでも替えが利く存在なのだ。
また、臣や巫女を高頻度で交代させればさせるほど、寿命が多く手に入るのだ。臣を殺して悪いことなどひとつもない。安久斗はそう考えていた。
「おい、渡河をできるだけの船はできたか?」
安久斗は水軍の拠点に来るとそう訊いた。
「はいっ! 万全にございます!」
そう言う水軍長官。安久斗はニタリと笑って頷くと、
「ならば7日後、周知に戦争を仕掛ける! それまで準備せよ」
そう告げて機嫌よく歩く。
そうして7日が過ぎ、遠淡濱竹は協定周知に宣戦布告した。
期限までに御厨あかりの情報を掴めなかった臣は宣言通り処刑される運びとなり、宣戦布告の直後、昇竜川の河川敷で安久斗自らが首を刎ねた。
安久斗は敢えて、協定周知軍が対岸から見ている中でそれを実行した。自国の臣を自らの手で殺す安久斗の評判は瞬く間に東岸一帯に広がり、恐怖の上書きを行なったのだった。
安久斗は臣の首を掲げ、嗤う。
「助かったぜ。お前が死んでくれたお陰で、俺の名が地の果てにまで響き渡っているぜ! はっははははははは!」
その笑いに濱竹軍も笑う。
狂気じみた集団に東岸の兵は畏怖の念を抱いて後退ろうとするが、
「……くだらない」
ただひとりだけ、そう呟いて空に飛び立った黒装束がいた。
そいつは大河を越えてくる。
「っ!? み、御厨あかりだ! 全軍攻撃せよ!!!」
誰かがそう叫ぶ。それと同時に様々な能力が空へと打ち上がる。
しかし同時に……いや、それより早いか。遠淡濱竹軍の本陣が真っ白いモヤで埋め尽くされ、地面から幾多もの霊魂が噴出する。
「喰らい尽くせ、『魂龍食』」
そしてあかりがそう指示すると、飢える魂は遠淡濱竹軍を食い荒らしはじめる。
「御厨あかり……!」
安久斗はそう言うと、付き纏う霊魂を振り払って空に出た。
そしてあかりの背後から奇襲を仕掛けようとしたが、
「無駄。遅い」
気付けばあかりが背後にいた。
「んなっ!? ぐほぉっ……!」
振り返った瞬間、強烈なストレートが顔面に飛んでくる。
「東岸へ来るな、穢らわしい」
あかりは安久斗を蹴りながらそう言う。
安久斗は水面に向かって落ちていくが、着水する直前に意識を取り戻して再び空へと向かう。
「いいや、俺は必ず貴様らを潰す! それが遠淡海美の意志を継ぐ者としての役目だからな!」
そう言って、御厨あかりの黒装束を剥ごうとする。その素顔を見るために。
しかし、気付けば彼女は目の前から消えて、
「だから、遅い。この三下めっ」
頭上から声がした。
「んぐぁ!?」
安久斗の意識は、そこで途絶えた。
ーーーーー
ーーー
ー
「遠淡濱竹がまた協定周知に負けたようだ」
「相変わらずだな、何度やろうが同じなのに。懲りない奴だ」
「愚かしいよね、まったく」
遠淡濱竹からの返事を待つ協定井谷では、そんなことを話していた。
そこで、ふと俣治が思い至る。
「遠淡濱竹に行ってくる」
「「はぁ!?」」
田代と接岨は驚いて声を上げた。しかし俣治は既に飛び立っていて、止めることはおろか、考えを聞くことすらできなかった。
そして冬至後85日、井谷俣治は遠淡濱竹に初めてやってきた。
入国できるかも怪しかったが、そこは力でねじ伏せて無理やり入り込んだ。
そして浜松神社の門を叩いた。
飛んできたのは、無数の弓矢だった。
俣治は何食わぬ顔でそれを躱すと、
「協定井谷国の盟主、井谷俣治である! 遠淡濱竹安久斗神にお目通り願いたい!」
と大声で告げた。
数十秒してから、門は開いた。
開くと同時に声がする。
「よぉ、井谷俣治。はじめましてだな」
そこに立っていたのこそが、
「俺こそが遠淡濱竹安久斗であれ」
俣治はそれに対してフッと笑うと、
「協定井谷国盟主、井谷俣治だ」
そう挨拶した。
俣治は応接室に案内された。
「んで、用件はなんだ? こっちは忙しいから、手短に言えよ」
安久斗が上から目線で俣治に言う。俣治は腹を立てたが大きくため息を吐いて怒りを流すと、
「我が国は、隣国協定富田に戦争を仕掛けようと思っている」
「富田? もしやお前、富田山を狙ってんのか?」
「そうだ。俺はあの山を手に入れる」
「ほぉ」
俣治の言葉に安久斗が目の色を変えた。
「んで、それに際して何の用だ? 俺に何の用だ?」
いきなりグイグイ来る安久斗に俣治は困惑する。また、その子供のような態度に腹立たしくもあった。
「落ち着け。お前には不可侵条約を結んでほしいんだ。俺が富田に攻めている時に、背後から襲われたら溜まったもんじゃない」
俣治は安久斗にそう言った。
「…………」
安久斗はそれを聞いていきなり無表情になると黙り込んだ。心底つまらないと顔に書いてある。
そこで俣治はため息を吐いて、
「もし貴国がこれを断ると言うならば、俺は協定周知と条約を交わそうと思っている」
そう言った。
「んだと?」
安久斗の顔が険しくなる。
「そのままの意味だ。貴国は協定周知に戦を挑んでは何度も負けていると聞く。こちらとしては、富田と戦っている最中に背後を取られては困るのでな、協定周知と対遠淡濱竹共同戦線の条約を結び、我が国と貴国の国境を周知に守ってもらおうと考えている。ただそれだけだ」
俣治が言うと、安久斗は腹立たしそうに貧乏ゆすりをした。
「そんなことはさせない。させてたまるか」
安久斗がそう言う。俣治はその言葉に笑って見せた。
「ならば貴国が我が国と不可侵条約を結べば万事解決するのだ。どうだ、結ぶか?」
すると安久斗は歯軋りをして、
「条約の内容を変えろ」
そう言ってきた。
「なんだ、言ってみろ」
俣治が訊くと、
「俺も富田に攻め込みたい。俺も富田山に登りたい。あの山の上に、遠淡濱竹の旗を立てたいんだ!」
安久斗はそう言った。そして俣治に迫る。
「だから、不可侵条約に魅力は感じない! 俺もあの山へ行きたいんだ! 共闘条約へと変更を求める!」
「ふん、いいだろう」
俣治は安久斗の言葉に賛成した。
「え、いいのか!?」
安久斗の目に再び輝きが戻った。
「もちろんだ。共にあの山を目指そう」
俣治がそう言って手を差し出すと、
「あぁ!」
安久斗はその手を取って、固い握手を交わすのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
協定井谷と遠淡濱竹は、共闘条約を交わして以降頻繁に話し合いを重ねた。
協定富田への侵攻は、一度協定井谷の北にある祖神国家、山奈国を経由してから富田山へと南下することとなった。
山奈の祖神、志乃もまたこの計画に興味を示し、協力することを約束した。
しかし、協定井谷と遠淡濱竹の富田侵攻計画は、南の祖神国家靜の耳に届いた。
「井谷に富田を取られるわけにはいかない。そうなったら、靜は井谷に囲まれることになる」
「でも井谷は始神種でしょ? 簡単にねじ伏せられるでしょ」
「そういう問題じゃないでしょ。周りの国家を潰されていくのを祖神国家がみすみす許していいはずがないということよ」
そこを治める三大神:するが、しみず、あおいが会話をする。
国防の観点からも、祖神国家の尊厳の観点からも、靜にとっては協定富田が滅ぼされるわけにはいかないのだ。
「井谷たちが動く前に、俺たちは富田を支援する準備をしよう」
最終的にするががそう決断し、南の祖神国家靜は富田側につくことにした。
そして、神紀2603年夏至前91日。
ちょうど冬至後から夏至前に切り替わったこの日、協定井谷・遠淡濱竹連合軍は山奈国国境から協定富田に向けて侵攻した。
侵攻ルートは富田川に沿って南下するものであり、最初に攻め込む場所は身延地区である。
ここは協定富田に属しているが、随分と昔(神治制のできる前)から国を持っていない祖神種が支配する領域であり、神類の他に人類や妖精も好き勝手に過ごしている無法地帯の樹海が広がっている。
そのため、そこには国や都市などは存在しないが、その祖神種と接敵すれば厄介極まりない。いわばその祖神種は、この樹海の食物連鎖の頂点に立っているのだ。
連合軍は、樹海の中に点在する小さな集落を何個か落としながら南進する。最初は順調かと思えたが、2日してついに件の祖神種と接敵してしまった。
「侵入者め」
祖神種は剣を抜くと、そこに能力で生み出した炎を乗せて構える。
凄まじいオーラが樹海を包み、周囲にいた動物や虫が一斉にその場から離れていくのだろうか、ガサガサと木の葉や草花を揺らした。
その気迫に、歴戦を潜り抜けた兵士でさえ怖気付く。
「う、うわぁあぁああ!?」
逃げ出す若兵がひとり。しかし走ろうとした瞬間、背後から火球が飛んできて被弾、火だるまになって焼け死んだ。
「侵入者には死あるのみ。1匹も生かして帰さない」
祖神種は冷酷な声でそう言うと、
「『大炎ノ柱』」
能力を発動し、その場一帯を焼き薙いだ。
軍隊は一瞬で灰すら残らずに消し飛ばされ、樹海の広範囲が吹き飛んだ。
地形すら変わってしまったという情報を聞き、俣治は深刻そうに唸り、対して安久斗は冗談だろうと笑い飛ばした。
俣治は、軍隊が樹海で祖神種と接敵したことを山奈志乃に報告した。
山奈国はその祖神種を重要特定捕獲対象としており、志乃はすぐさま軍隊を動かして祖神種の捕獲を目指した。
俣治と安久斗は軍を再編し、山奈に便乗するように再び富田に攻め込んだ。
「燃〜! 燃〜! いるなら出ておいで〜!」
志乃はずっと樹海でその祖神種の名前を呼ぶ。しかし残念ながら……否、幸運なことに、その祖神種と接敵することのないまま樹海を抜けた。
協定井谷・遠淡濱竹連合軍は、樹海を抜けると山奈軍と別れ、峰を越えて富田山の麓に迫った。
しかし、そこを富田軍に待ち伏せされていて、激しい戦闘に発展した。
靜から支援を受けた富田は、潤沢な物資と兵力を確保しており、数日かけて樹海を抜けてきた連合軍など相手にならなかった。
しかし、連合軍も弱いわけではない。靜の支援を受けている協定富田と互角に争い、両陣営ともに引かない戦いが続いた。
また、協定富田に流れ込んだ山奈軍は、そのまま富田川沿いに南下して海まで出ようと試みるも、富田への物資供給ルートを寸断されたくない靜軍と接敵し、祖神国家同士の激しい戦闘が勃発した。
「あら、山の仙人が海に出ようなんて似合わないわね」
靜軍を率いているのは三つ子の長女、靜あおいである。
「ろくに山も越えられないくせに。下手な挑発は惨めずら」
お互いがお互いを挑発し、祖神種同士の戦いが幕を開ける。
戦場となった富田川河口付近は、志乃の能力で地形が変えられ、あおいの能力で風が吹き荒れ、三日三晩で不毛の地と化してしまった。
空から降り注ぐ岩や土が突風によって巻き上げられ、周囲の草木は急激に伸び上がったり枯れたりを繰り返し、気圧の変化も著しい。
生息していた命ある万物は、兵士含めて祖神種の戦いの巻き添えを喰らって命を落とした。
この影響が、富田山を巡って行われている富田と連合軍の戦闘に響かないはずもなく、気圧の変動により天候は急激な変化を迎えるし、砂嵐は吹き荒れるし、野生動物が乱入して被害は出るし、苦しい戦いを強いられる形となった。
だが、お互いが同じだけ苦しいために戦況の変化だけは生じず、未だ膠着状態にあった。
(不毛だな。別に富田山なんてただ高いだけでそこまで要らんし。てか近くで見るとただの赤っぽい斜面じゃねぇか。思ってた3倍はしょぼかった)
唐突に安久斗は戦意を失った。
「悪ぃ俣治、少し国に戻って援軍連れてくるわ。それまで持ち堪えてくれ」
安久斗はそう言って戦場を後にした。
「助かるぞ、安久斗。あ、そうだ。ついでに井谷にも立ち寄って援軍を送るよう伝えてくれねぇか?」
俣治は安久斗に注文する。すると安久斗は笑って頷き、
「任せろ!」
そう強く誓って去っていった。
「……なかなか有能じゃねぇか、遠淡濱竹安久斗」
俣治は心底感謝してそう思った。
ーーーーー
ーーー
ー
遠淡濱竹安久斗は、自国に帰る前に協定井谷国に立ち寄って、そこに残っていた井川接岨に芳しくない戦況を伝え、「俣治が残ってる軍隊ありったけ持ってこいと言っていた」と告げた。
「全軍だと? 国の防衛はどうするんだ」
「知らねぇよ、それは俣治に聞け。だが背後は俺がいるし、南方の靜も山奈で手一杯。たしかに攻められる心配はねぇから動かしてもいいんじゃないか?」
疑問符を浮かべる接岨に安久斗が返す。
「あぁあとよォ、俺も今から援軍連れて富田まで行くつもりなんだが、その際にこの国を通らせてくれねぇか?」
ついでと言わんばかりに安久斗が接岨に頼む。
「軍事通行権が欲しいということか?」
「あぁ。そういや貰ってねぇと思ってな」
「いいだろう。ではそれまでに軍隊を用意しておくから、富田まで連れていってくれないか?」
接岨が安久斗に頼むと、「それはできん」と安久斗は首を振った。曰く、
「さっきも伝えた通り戦況は良くない。井谷軍だけでも早急に援軍を送るべきだ。指揮できる奴がいないならお前が連れて行け、神なんだろ?」
とのこと。接岨はその口ぶりに腹を立てながらも「分かった、なるべく早く届ける」と理解を示した。
安久斗はニンマリとほくそ笑んだ。
協定井谷を去った安久斗は、そのまま自国に戻った。そして新たな臣に「軍隊を揃えろ」とだけ命じると、自分はそのまま東を目指した。
安久斗がやって来たのは、祖神国家靜だった。
門を叩いても易々とは入れてもらえないのは理解していたため、夜に裏門に火を放ち騒ぎを起こして、その隙に正門に簡単な落書きをして帰った。
放火騒動が終結したのは明け方のことで、明るくなると正門の落書きも徐々に目立ち出し、
「……なんだこれ?」
門番がそれを見つけるに至る。そしてそれを靜するがに報告する。
するがは正門を眺め、それを読む。
「『靜ガ倒スベキ相手ハ有北。山奈ヲ更ニ追込給へ。同時ニ井谷ヘト攻ルモヲカシ。祖神ノ御土地ヲ北ヘト広ゲ給へ。』」
誰からの、どんな意図でのメッセージか分からない靜であったが、
「面白い。たしかに協定井谷は目障りだ。井川と畑薙くらい盗ってみるのもいいかもねぇ」
するがは薄ら笑みを浮かべてそう呟いた。
安久斗は靜から戻る途中、協定周知の本拠地、周知国を訪れた。
「建設的な話をしようじゃねぇか」
唐突に現れた敵に協定周知の神々は驚いたが、安久斗が兵士も武具も持たずにやってきたことに、戦意の無い存在を討ってはならんと盟主:周知正敏は対話の姿勢を見せた。
そうして、安久斗と正敏の会談が実現した。
「幾多と戦争を重ねた我々だが、戦時以外に卑怯な奇襲をかけたことは一度もない。俺はそれを誇りに思うし、誇れることだと思っている。また同時に、そこに関してはお前ら協定を信用している」
安久斗は正敏にそう言う。
「同じく。貴国、遠淡濱竹はいつも戦争前に布告を行い、準備期間を設けてくれている。こちらもそれを尊重し、必ず布告をするように心がけている」
正敏は安久斗にそう返した。それに安久斗は笑って、
「だからこそ、今回は戦時下にない。布告もしていない。これ即ち……」
「奇襲という」
「ちっげーだろっ! んじゃさっきまでのやり取りはなんだってんだ!?」
突っ込まずにはいられなかった。
「冗談だ。戦時下にないなら話し合いというように捉えて良いのだな?」
「その通りだ」
そうしてようやく安久斗が本題を切り出す。
「俺は協定井谷を攻める。遠江の統一をいずれ果たすために、まずは北部を制圧する」
「だがお前、協定井谷と一緒に戦っているではないか。裏切るというのか?」
「もちろんだ」
「外道だな……」
その一言に尽きるだろう。しかしそれを聞いて、安久斗はニヤリと笑った。
「外道で上等! 俺は俺の目的を達成するために手段など選ぶつもりはないっ! 約束など破るためにあるもの! 常識は者によって違うもの! 誰かの定めた規定に縛られていては、いずれそれを越する誰かに負けることを知れ!」
堂々とそう告げる安久斗に、「最初の感動話は俺を疑心暗鬼にさせるためのものか?」と正敏は訊く。
「分かってねぇな。あれは誰がどう聞いても本心だろ」
安久斗はそう返す。
「分かんねぇな。そう簡単に味方を裏切る奴など信じられん」
正敏はそう言う。それに対して安久斗はため息を吐くと、
「約束と信頼は違うだろうが。約束は表面上で交わした薄っぺらいもので、それが本心かなど知ったこっちゃない。なんなら破るためにあるとも言える。対して信頼はどうだ? 心から相手のことを知っていたり、積み重ねてきた過去がなかったりしなきゃ成り立たねぇもんだろ」
さらりとそう言う。
「その信頼は、たった今お前の行動で崩れたがな」
正敏は安久斗にそう言った。すると安久斗は「そうかよ」と言うと続けて、
「俺はお前ら協定と変な形でだが付き合いが多いし、良くも悪くも歴史を共に紡いで来た。だから信頼しているんだ。だが、井谷との付き合いは浅い。唐突に約束を提示して来たんだからな。魅力的に映ったが、それも最初だけだ。蓋を開けてみりゃ、ただ軍を喪失させるだけの泥沼に送り込まれたで腹立った」
そう言った。そして正敏を見て、
「だから俺は井谷を裏切る。その間、お前ら協定は遠淡濱竹へ戦争を吹っ掛けることをやめてくれ。もしやる場合は奇襲じゃなく、今まで同様に宣戦布告をしてからにしてくれ。信じているからな」
「まるで参戦することを容認しているような発言だな」
正敏が言うと、安久斗は笑った。
「そうかもしれん。だが、参戦するならお前らは井谷側だろ?」
「当たり前だな」
「そいつはやめておけ。滅ぶぞ?」
ニタリと笑った安久斗がそう忠告してくる。
「やけに強気じゃないか。何か秘策があるのか?」
正敏が訊くと、
「見てりゃ分かる。死にたくなけりゃ参戦しないことだな」
安久斗はそう返して協定周知を後にした。
ーーーーー
ーーー
ー
夏至前72日。遠淡濱竹安久斗は9万強の軍隊を率いて協定井谷国へと向かった。
遠淡濱竹は、この戦争のために国境の警備を蔑ろにして、主力を全て動員したのだ。
その動きに、協定周知の中では濱竹を攻めるべきではないかという議論に拍車がかかる。しかし安久斗と会談をした周知正敏は首を縦に振らなかった。
信頼と約束は違う。
約束は破るためにあるもの。
安久斗との会談で、周知と遠淡濱竹は約束を結ばなかった。それが全てを物語っているように正敏は思えたのだ。
普通、国境警備をもぬけの殻にするのなら、不可侵条約やら何やらを結ぶべきだ。しかし安久斗はそれをせず、全て信頼という二文字に留めて行動した。
そこに正敏は引っ掛かりを覚えている。だから安久斗に言われた通り、様子を見ることにしたのだ。
ーーーーー
ーーー
ー
時を同じくして、井谷俣治のもとに井川接岨が率いる援軍が届いた。
井谷に残っていたほぼ全ての軍が来たのだ。
俣治はそれに驚くが、同時に危機感を覚えた。
「おい、なんでこんなに連れてきたんだ?」
接岨に問うと、
「は? いや、俣治が安久斗に指示したんだろ?」
真顔で接岨が返してくる。
「「…………」」
両者をしばらく沈黙が襲う。
そして瞬間、全てを察した。
「引き返せっ! 国を守らねば!」
「遠淡濱竹めっ! 許さんぞ!」
しかし、時すでに手遅れであり、協定井谷には遠淡濱竹軍が流れ込み、犬間三国をなす術なく占領されてしまうのだった。
更に、悲劇は続く。
俣治は安久斗の裏切りに伴って協定富田に属し軍を率いていた羽宮国の始神、志穂と終戦協定を結ぶが、もちろん敗北を認めざるを得ず多額の賠償を請求されたのだった。
そうして国に帰ってみると、濱竹軍9万が好き放題に国を荒らしていたために交戦。ある程度の土地を取り戻すも、犬間三国は取り返せなかった。
遠淡濱竹と小競り合いをしていると、唐突に南方の祖神国家靜から宣戦布告を受けた。
理由は山奈と親交があり、同盟国と見做されたため。靜は準備万全の様子で攻めてきて、遠淡濱竹と靜の両方を相手取ることはできなかった。
山奈に援軍を頼もうとするも、山奈も靜で手一杯。また、山奈は協定富田から身延の支配権を譲り受けたものの、そこを支配する野良祖神種:燃からも猛攻を受け、援軍を出すどころじゃなかった。そのため、協定井谷は一国で祖神国家と対峙しなければならなくなった。
すると、ちょうど良いと思ったのか安久斗が和平交渉を提示してきた。
内容は、犬間三国をくれれば当面の間停戦するとのことだった。俣治はそれを保留にし、一旦靜との対話を試みようとしたが、祖神種が始神種を相手にするはずもなく夢虚しく潰える。
よって渋々、安久斗からの提案を呑んで犬間三国を遠淡濱竹に割譲し停戦協定を結んだ。
ーーーーー
ーーー
ー
「まさか靜が動くとは。井谷の味方をしなくてよかったな」
「命拾いしたぜ……」
協定周知の間では、靜が協定井谷に攻め込んだことが話題となっていた。
正敏は、安久斗が言っていた意味を理解した。
「……信頼と約束は違う、か」
そう小さく呟いてから、
「遠淡濱竹が協定井谷より軍を引き揚げたら攻め込むぞ! 今度こそ春野を取り戻す! 準備せよ!」
協定国家にそう指示をした。
そして宣戦布告をして、遠淡濱竹の準備が整うのを待ってから攻め込んだ。
結果は引き分け、どちらかと言うと負けに近かった。
それでも正敏は、いつもより少し気持ちが良かったのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
協定井谷はその後、祖神国家靜との戦いを続けたが、夏至前63日には井川国が落ちて接岨が処刑、続いて51日には畑薙国が陥落し田代も処刑された。
協定井谷は上井谷地区のみを残す状態となり、俣治は残った小国を取りまとめながら地形を生かして籠城。39日に山奈と靜の間で終戦協定が交わされたことにより、靜との戦争を終えることになった。
しかし、支配領域は上井谷だけとなり、また靜から山奈との国交を絶つよう要求を受けたため、協定井谷の国力は大きく衰退することとなった。
井谷がその後再び力を手にするのは、協定富田が協定沼に吸収合併され、同時期に靜が宇治枝ら率いる協定志汰を併合して協定靜が成立し、その後に協定靜が協定沼に侵攻し富田国と羽宮国を占領し、今の靜連邦中部地方における靜の栄華が極まってから百何十年、協定靜の中で内紛が発生し、靜の影響力が著しく衰退した、神紀2850年ごろである。
協定靜の内乱に乗じて俣治は畑薙と井川を取り返し、その勢いで犬間を取り返すべく濱竹国へ侵攻した。
しかし、濱竹国の神、安久斗は強かった。各地の協定国家が乱れる中、協定を作らなかった濱竹は安定していて、国力の落ちている井谷が濱竹から犬間を取り返すことは叶わなかった。
このまま停戦して時が経ち、乱れに乱れた世界は大戦争期に突入。神類が戦争を始めれば人類が力をつけてきて反乱が起き、神類と人類の150年にも渡る泥沼戦争が世界中で幕を開けた。
そうしてそれが落ち着いた神紀3000年前後(正確に言うならば神紀3037年)、協定国家は解体され小さな国が至る所に形成され、その国単位で世界を完結させる時代が訪れた。国と国が関わると世界が乱れるため、この小さな国家単位で全てを完結させるべく世界は動き出した。
協定井谷も解体となったが、俣治が協定内に属した全ての国を併合しひとつの“井谷国”として独立。濱竹、靜に勝るとも劣らない大国が成立した。
しかし、山岳地帯の井谷は自国で完結する時代が長引けば長引くほど困窮し、癪ながらも靜を頼ることとなる。しかし正式に傘下に加わったわけではなく、靜の他に山奈や永井からも支援を受けることで、他の祖神種の影をちらつかせて大国としての意地を見せた。
だが、この頃世界も困窮し始め、各地で近場の豊かな大国を頼るのが当たり前となっていた。濱竹もかつて協定周知や協定志汰に属した地域を濱傘連盟(4676年成立)に迎え入れ、急激に勢力圏を拡大していた。余談だが、濱傘連盟の設立にて安久斗の目指した遠江の統一が実質上達成された。
そうして、靜の勢力圏と濱竹の勢力圏がぶつかり対立を招くかと危惧されたが、世界では連邦制が生み出され、靜と濱竹が連邦を立ち上げることで合意し、神紀4732年、靜連邦が成立した。
俣治は靜連邦への加盟を拒んだが、靜と山奈と永井による井谷の所有権を巡った3ヶ国会議の結果、靜がそれを勝ち取って強引に吸収した。始神種である井谷に反論の余地はなく、不本意で靜連邦に入れられてしまった。
それから268年が経ち、現在。神紀5000年の節目を迎えた。靜連邦は未だ健在だが、世界では複数の連邦が合体した統一連邦が主流となり、3年前には世界規模の大戦争(サハ戦争)が勃発したばかりである。
それを起こした大連邦協商も未だ健在で、何を隠そう靜連邦はそこに属しているのだ。
靜連邦は、世界の荒波に揉まれていた。
その中の三大大国というと、靜、濱竹、そして井谷だ。
それぞれ因縁は深淵よりも深いが、井谷俣治が誰よりも許していないのはもちろん……
彼は井川神社の裏手にある二つの苔むした墓石に向かって自嘲気味に告げる。
「『共にあの山を』などと言わなければよかったと、今でもたまにそう思うさ」
どうも、作者のひらたまひろです。
神継者〜カミヲツグモノ〜
第2幕:破
第2編:井谷戦争
大変長らくお待たせしました。いよいよここから始まります。なんと作品史上初の毎日投稿ですよ!(ちなみに書くのは1年かかりました……)
去年の段階では、構想も連載当初から緻密に練っていたし3ヶ月くらいで書き切れるだろうと思っていたんですけど、そんな甘くはなかったです。なので『妖精自治領編』の後書きで「8月は毎日連載しま〜す」とか調子こいてましたが、見切り発車すぎてブン殴ってやりたいですね。
さて、こうして始まりました『井谷戦争』ですが、この話を含めまして全34話の構成となります。今日6月28日から7月31日まで、なんと毎日カミツグ世界を楽しむことができるんですね!
ぜひ最後までお読みください。お見逃しのないようブックマークもお忘れなく。評価や感想もお待ちしております!
もう1点、ご連絡させていただきます。
この話は『幕開』という章段でして、次回の201話から第1章が始まります。この第1章は『妖精自治領編』の実質的な続きとなりますので、まだお読みになられていない方は『妖精自治領編』を読まれることを推奨いたします。
長くなりましたが、今後も『神継者〜カミヲツグモノ〜』をどうぞよろしくお願いします。では次回からの第1章をお楽しみください!




