1-52(閑話) 『雪遊びの夜(下)』
先日、安久斗様が僕に言った通り、花菜と湊さんは喜々音と共に戦艦『新時代』の航行試験に同行することとなった。
というか、残念なことに僕が安久斗様に「行かせないでくれ」と頼み込んだことで行くことが決定したのだが。是非ともこいつらには感謝してほしいものだ。
……まぁ、臣らしからぬ言動をした僕に対する罰なんだけど。
花菜と湊さんが抜けることに伴って、僕は日渡の統治体制を期間限定で弄った。
臣の特権だよ、これ。議会で富民たちには反対されたけど臣権限で全て押し通した。
どう変えたかというと、神治に鎌田家を臨時投与することだ。
この15日間、竜洋と僕だけで国を回すことになる。渡海自治領は竜洋だけで手が回るかもしれないが、問題はもちろん僕の方にある。花菜は8歳から巫女をやっているから今年で9年目、随分と手慣れたものだが、僕はまだ臣に就いてから1年と少し。実際に仕事を始めたのは今年の初めだから1年も経っていない。この状態で国を回すのはさすがに不安だ。
だからここで助っ人を呼んだ。それが鎌田家というわけだ。美有さんを指名しておいたが、本人には口頭で「嫌だ」と言われた。まぁきっと来るさ、彼女のことだからね。
……え、来てくれるよね?
そしてもう1つ変えたことがある。それは、渡海自治領が日渡の国政に直接関与することを認めたことだ。
すなわち日渡国全体に関わる内容に明様と竜洋が口を出せるようにしたのだ。
裏を返せば、竜洋に国全体に関わる仕事を投げることができるようになったのだ。つまり、僕の仕事を分担できるようにしたということだ。うん、素晴らしい!
ちなみに竜洋は怒ることなどなく、相変わらずの真顔で「分かった、何かあったら投げてくれ」と言ってきた。イケメンであることこの上ない。
もちろん花菜や湊さんにも話をしてあるし、議会で定めた(ゴリ押した)ことだから把握している訳だけど、ふたりとも僕の必死さに顔が引き攣っていた。
「大智って、やるって決めたら徹底的にやるよね……」
「です。めちゃくちゃなことでも貫き通してしまうというか、周囲の反応を気に留めないというか……」
そんな反応を得た。
まぁね、僕は自分が楽できるように生きたいだけだし。それに、僕ができないことを無理やりやって失敗した時のほうが面倒だ。花菜に分配された仕事は僕よりも(巫女家に生まれた)竜洋の方が分かるだろうし、人手が不足して神治が滞ってしまうなら手段を選んでいてはならないからね。
そのためなら法律だって変えるし、政治形態の壁も取っ払う。15日間だし、そんなに影響もないでしょ。
いやぁ、臣の権限は凄いねぇ。
恐ろしいのは、これ、やろうと思えば濱竹でだってできることだよね。
日渡は5002年まで濱竹議会の上級上神種権限が使えるんだもん。
法改正から神治形態の改変まで、やろうと思えばゴリ押しでできるんだよなぁ。
……理論上の話であって、実際にやったら『神』から消されるだろうけど。
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ーーー
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出立の日が来た。
私と湊ちゃんは、大智と竜洋さんに見送られて日渡を出た。
大智はやっぱり頭がおかしいんじゃないかな、私たちがいない15日間のためだけに国を巻き込んでさ。
大袈裟というか、なんというか。
それでも大智なりに国のことを思ってのことなんだろうし、実際大智だけが神治をするよりも竜洋さんや美有さんにも仕事を分けた方が効率的で、国家運営もスムーズになることは期待できる。
大智の考えは尤もだと思うし、方向性は間違っていないと思う。強引すぎるだけで。
でも、これも大智が成長するきっかけになるはずだし、一人前の臣として仕事に励むきっかけになればいいと思っている。いわば小さな試練といったところか。
「ですが、大丈夫でしょうか……」
日竹大橋を越えたあたりで、湊ちゃんが対岸に連なる日渡の台地を眺めながら呟いた。
湊ちゃんは不安なようだ。彼女は竜洋さんに完全な信頼を置いているので、彼に対する不安要素はないだろう。それを考えるに、この不安要因は間違いなく大智であろう。
「まぁ大丈夫だよ。ああ見えてやる時はやる奴だし、大智は」
「そうかもですが……」
私の言葉に曖昧に頷く彼女は、まだ青々と茂る対岸の台地を眺めている。
しかし、そうだなぁ。少し気になるから聞いてみるか。
「……あのさ。何が不安なの?」
「えっ……?」
そう尋ねると、湊ちゃんは少し焦った様子で私を見た。
「あ、あの。気に障りましたか……?」
怯えた表情で訊いてきた。
「そんなことはないよ、私も多少は不安だし。でもさ、私は大智のことを昔っから知っているけどさ、湊ちゃんってあんまり大智のこと知らないんじゃない? それなのに、そんなに不安になることってあるのかなって思って」
私はそう返した。湊ちゃんに大智がどう見えているのか、純粋にそれが知りたいのだ。
「知らない……ですね、たしかに。花菜ちゃんと比べたら、全く知らないに等しい……かも」
すると湊ちゃんはどこか悲しそうにそう言って、
「知ろうとしたんです。でも、一緒に居れば居るほど分からなくなっちゃいました。大智さんは不思議な方です。突拍子のないことをするし、永神種を恐れずに深く関わりを持とうとしますし、でもそのくせ私たち上神種とはグッと距離を詰めるわけでもなく、ある程度まで親しくなっても一定の距離から先には踏み込んでこない……いいえ、踏み込ませないような雰囲気を感じますし。よく分からないんです」
湊ちゃんから見た大智像が見えてきた。
なるほどねぇ。まぁ確かに、大智は未だに湊ちゃんのことを“湊さん”と呼ぶし、兎山の連中にも同じように“さん付け”だし。一定の距離を保ち続けているのは確かだ。
兄弟同然に育った……というか実際に異母兄弟の私とは距離を置かずに接しているが、少なくとも新しく出会った相手に対してはグイグイといかない。
……だからこそ喜々音ちゃんが謎なんだよなぁ。今から会うから少し問いただしてみるか。
「でもそれが大智さんの良心なのかもしれないと思うようになりました。周囲から散々礼儀がない、破天荒と言われ、それでも節度は弁えていて、己が正しいと思った道を進んでいます。だからこそ私たちをある程度の距離に留めておいて、もし大きな失敗をしてしまった時に渡海だけでも無関係だと切り離せるような位置に置いているのではないかと考えています。真実は分かりませんが、大智さんならそのくらい考えていても不思議ではないと思うんです」
「どうかなぁ……」
そんなに深く考えているとは思えないけど。
「過大評価だと思うよ、それは」
そうやって言ったら、
「それでもいいんです。そう思っていたいんです」
やはり少し悲しそうな声でそう返ってきた。
「で、そんなに過大評価しているのにどこが不安なの?」
私が本題に引き戻すと、
「破天荒だからです」
簡潔な言葉が返ってきた。曰く、
「普通、たった15日巫女が不在なだけで国の法律を強引に改正したりしませんし、そのためだけに自らが定めた自治領と本国の職務的障壁を取り払ったりはしません。総じてやることが大袈裟で強引で、議会が意味を為さないほどにまで臣権限を使用しました。あれでは富民の不満が爆発してもおかしくありません」
とのこと。
「あー、その点は心配しなくていいと思うよ」
それに対して私は微笑みながら言った。不思議そうな表情をする湊ちゃんに、
「だって大智、今年の序盤で粛清しすぎたおかげで、国民はあいつに逆らえないはずだから。多少強引でも何も言えない、もし言ってくるならば見せしめに晒せばいいって、きっと大智はそう思ってるよ。だって大智だし」
そう言ってあげた。
湊ちゃんはポカンとして、
「その発想になるのが不思議かも……」
などと呟いていた。
真意は分からないけど、大智は自分が産み出した負の産物までも有効活用しかねない。悪評があるならそれを最大限に活かして自分が楽をできる道を選ぶだろうし、そのためには手段なんて選ばないと思う。
臣になって、一層その性格に拍車がかかった気がする。というか、臣になったからはっきりと前面に出た性格というべきか。
彼は、繕ってまで善良であろうとすることはないだろう。きっとそれは面倒だと思うはずだ。
それならば、繕うよりも今の自分の評価をありのまま受け止めて、それを有効活用するほうが得意なはずだ。
それをあいつはやりかねない。
自分のことだけは、よく分かっている奴だから。
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浜松神社の前で空を眺めて待っていると、花菜さんと湊さんがやってくるのを視界の端で捕らえた。
約束の時間の少し前。ここまででも結構な距離だし、きっと疲れただろうけど、彼女たちは疲れなど見せずに談笑しながら現れた。
「でさぁ、その時にばばばーって鳩が飛んでってさ!」
「あはははは! えぇ? すごいタイミングですね!」
「そうでしょ? もー笑っちゃってさぁ」
……鳩? え、どんな会話……?
まぁ考えても仕方ない。
「あ、喜々音ちゃーん! ごめんね、待たせちゃった」
「お待たせいたしました」
わたしを見つけて二人が駆けてくる。ここでようやく気付いたフリをして笑顔を作った。
「あ、いえ。別にそんなに待っていませんよ」
嘘は言っていない。1時間くらいここにいたけれど、それはわたしが早く家を出てきただけ。自覚はあるし、まだ集合時間前だし。
「思ったよりも早かったですね」
そう言うと、
「普通に歩いてきたんだけどね。なんか早く着いたよ」
花菜さんがそう言った後で思い出したように笑って、
「あ、大智がいないからだ!」
結論を下した。
「えっ? そんな理由なんですか?」
湊さんが首を傾げる。この子は知らないのか、磐田大智の旅程を。
「きっとそうですね。大智さんは何か見つけてはジッと見つめて記録して、気になる建物を見ては路地裏にまで入って壁を見て。そんな感じであまり前へと進みませんからね」
わたしが言うと、花菜さんが頷いた。
「マジで遅いからね。それこの前見たでしょ、とか色々ツッコみたくなるもん。日竹大橋の橋脚とか何回見たんだろう」
「あはは、わかります」
ほんと、ずっと見てるからね。わたしの家の壁とか門の蝶番とか累計何時間見てるんだろう。
わたしと花菜さんで話していたら、湊さんが、
「この前私と沼まで行ったときはあんまりなかったかも……」
悲しそうに言ったのが聞こえた。
「えー、珍しい。大智だったら道中ずっと見てそうだけど」
花菜さんが言うと、
「確かに多少は見ていましたよ、靜の税関の門とか、関東の商人の靴とか。ですが到着時間に支障はありませんでしたし、そんな頻繁に立ち止まっていたわけじゃありませんし……」
と湊さんが。
でもそれって、きっと湊さんがあんまり気にしていないだけできっと平常運転なのでは……?
気付いていないのか、湊さんも少し彼と似たような興味があるのか、きっと彼はその時も平常運転だったと思う。
「湊ちゃん、それ、たぶん大智、いつも通りだよ。気付かなかっただけじゃないかな?」
「えっ!? そ、そうなんですか……?」
「そりゃそうだよ。だって普通、税関の門なんてマジマジ見ないでしょ。しかも靜で。スパイ容疑掛けられてもおかしくないよ」
「たしかにそうかも……」
わたしが言わずとも花菜さんが教えてくれる。まぁ、彼女は彼に関しては1、2を争うくらいに詳しいだろうし、わたしが何か言うより好ましいけど。
「さて、ここに立っていても船には辿り着けませんし、そろそろ行きましょうか」
わたしが声をかけると、頷きが返ってきた。
わたしは彼女らを従えて、目的地である南行政区役所へ向かって歩き出した。
出航は今夜遅く、更待ち月の南中する頃に発つ。
日が沈む頃に南行政区役所に到着した私たちは、早々に乗船手続きを済ませた。
明るいうちに辿り着けてよかったと思う反面、こんなに早く着いても手持ち無沙汰で仕方ないと後悔している感情もある。
これといって、この辺り一帯は見るものもない。強いて言うなら海岸に大きな砂丘がある程度だが、真っ暗な時間に行く場所ではない。
結局、役所の中で夕ご飯を済ませて、そのあとは3人で雑談に花を咲かせることにした。
幼少期の思い出を話したり、神治の話をしたり。少し早いけど、今年一年を振り返ってみたりもした。
しかし、家族のことや親しい友人のことに関して踏み込むことは全員遠慮して、あまり長く会話は続かなかった。
それもそのはずで、この2、3年の間にそれぞれが家族や友人を失っているからである。
私も兄のように慕っていたかけがえのない存在を失ったし、湊さんも弟や親友を失っている。花菜さんだって異母兄弟を2人も失っているし、皆が皆あまり触れたくないところなのだ。
そうなると、今生きている存在で、共通の知り合いが話題に上がりがちなのだが、そんな存在は僅かしかいなくて、基本的に磐田大智の話が持ち上がるのだった。
……関係性を明かしたくないから、あんまり話題に上げたくないのだけれども。
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夜が更けた。
月が昇り始めた頃合いに、私たちは役所から戦艦『新時代』のもとへと移動するように言われ、3人で歩いて浜辺に向かった。
船は夜闇に紛れるように近海に浮かんでいた。
受付で説明を受けたが、船が大きすぎて港に接岸できないため、この浜辺から小型船に乗って『新時代』のもとまで行くとのこと。
小型船は浜辺に乗り上げるように置いてあった。
ほとんど水に浸かっていないが動くのだろうか、などと思いながら乗り込んだが、普通に動き出したため杞憂だったようだ。
そのまま沖に出て、灰色のデカ物へと近づいていく。
その巨体がまるで壁のように見える距離にまで近づいたら、垂れ下がった梯子を伝って戦艦に乗り移った。
乗った先に、水軍総長の舞阪さんがいて、乗船許可証の提示を求められたので差し出すと、部屋番号が刻印された鍵を手渡されて乗船が完了した。
参考にした戦艦が関東の『さらし』であることで既に察していたが、戦艦の中に何部屋か個室が存在しているみたいだ。
部屋番号は“16”とのこと。杉の木で出来た扉を開くと、そこにはサハ戦争の頃に使っていた部屋を思い出すような空間が広がっていた。
部屋に入ってすぐ、銀色の四角い机が置かれていて、それを囲うように6脚の椅子が鎖に繋がれて置いてある。
丸い窓の横に小さな木の円卓が置かれていて、向かい合わせに2脚の椅子が同様に鎖で固定されている。
部屋の入り口からは死角だった位置の壁に3段ベッドが付いていて、2段目を畳むことでソファとして機能するような仕組みになっている。これがもうひとつ、反対側の壁にもある。
お手洗いや洗面台、シャワールームもあるが、それぞれが非常に小さな空間に押しやられているため快適性は担保されていない。そこも『さらし』とそっくりである。
見る限り6人部屋だが、今回はこれを3人で使っていいらしい。他の部屋が相部屋なことを考えると、神治幹部ということで優遇してもらえたのだろうと思う。
「部屋を見た限りでは、快適な船旅になりそうですね」
喜々音ちゃんが周囲を見渡しながら言う。
「そうだね。懐かしい感じ」
私が言うと、湊ちゃんも頷く。やはりこの『さらし』に似た雰囲気が、私たちに懐かしさを抱かせているようだった。
それから私たちは、それぞれどこで寝るか決めて出航を待たずに布団に入った。
朝起きると、もう既に日は高かった。
「お遅うございます」
にこやかに喜々音ちゃんが私を見て言った。それにクスッと笑う湊ちゃん。
「そんなに遅い?」
私が訊くと笑顔のまま喜々音ちゃんが頷いて、
「えぇ。日が西に傾くくらいには」
「嘘っ!?」
「嘘です」
嘘なのかいっ!
そのやり取りに湊ちゃんが笑う。
「ですが、もうすぐお昼です。ご飯を食べに行きませんか?」
喜々音ちゃんがそう私に提案する。
「支度するからちょっと待ってて」
私はそう返して三段ベッドの最上部から起き上がった。
船の食堂へ行き、ご飯を食べ終わってから、せっかくなら船内の散策をしようという話になった。
とはいっても、公募で抽選に当たっただけの乗客に軍の機密部分を見せるはずがなく、見て回れる場所は限られる。
大浴場と食堂は使える状態で、それ以外に将軍室と会議室が特別公開されている。また日中は艦橋に登ることが許されているが、それには申請が必要になる。面倒だから今日はやめておこうという話になり、またの機会に回した。
見る場所はそれしかないが、廊下を歩くだけでも面白いため歩いて回った。
将軍室は有事の際に濱竹軍総長が使用する部屋で、特段飾り気はないけれど執務室のような大きな机とベッドが置かれているだけだった。
使われないことを祈る限りだ。
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船は当初、順調に進んでいたように見えたが、予想以上に燃費が悪く急遽初日の夕暮れに南四連邦の井原国大洗港に寄港し燃料となる油を補給した。
2時間ほど遅れて大洗を出ると北上し、次の目的地である北守連邦伊山国仙台港を目指した。
仙台港で給油と物資補給を済ませ、定刻から1時間遅れで出港すると、次の目的地は小樽港だったものの燃料の問題で変更し、一度青森港に寄港。例に漏れず燃料を足すと、小樽で食料を積み込み樺太へと向かった。
そうして3日ほどの時間をかけて、戦艦『新時代』はサハ大陸に到着した。
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「うわっ、さむっ……!」
船から降りた花菜ちゃんの第一声は、白い霞となって気中を漂っていました。
「……一昨年より寒い気がする」
喜々音ちゃんは無表情でしたが、寒いとは思っているようでした。
当然、私も寒いと思っています。
呼吸するだけで吐息は白く、足元には雪と氷のみが積もっています。
濱竹や日渡から出ないで一生を終えるのなら、こんな光景は二度と見ないことでしょう。
だからこそ一緒に降り立った下神種たちは、声を上げてその寒さと銀世界に気持ち昂っていました。
ただ寒がっているのは私たちだけのようです。
「ねぇ母ちゃん! ここすごい滑る!」
「こら、危ないでしょう!? 転んだらどうするのよ!」
どこからか、そんな親子の会話も聞こえてきます。子どもは無邪気で純粋です。楽しいことや、面白いことをそのまま言葉にできますから。
その純粋さを、私たちも見習うべきなのかもしれません。
そう思っていたら。
「えいっ!」
「いたっ……!」
「きゃっ……!」
どこからともなく、私と喜々音ちゃんに向かって雪玉が飛んできました。
振り返ると、花菜ちゃんが足元の雪をかき集めながら笑っていました。
「ほら、私らも遊ぼうよ。寒がってても何にも始まらないからさ」
私と喜々音ちゃんは顔を見合わせました。
「たしかに私たちは、公務ではなく遊びに来たんですもんね」
喜々音ちゃんの言葉に頷きましたところ、喜々音ちゃんは微笑むと、足元の雪を拾い上げると、
「……きゃっ!?」
能力の空間移動を使って花菜ちゃんの服の中に雪を転移させました。
花菜ちゃんは慌てふためいて飛び跳ねています。
それを見て大笑いする喜々音ちゃん。報復の仕方がだいぶ容赦なくて、私は苦笑いしかできませんでした。
「もう! 能力使うのは反則なんだぞ!」
そう怒った花菜ちゃんですが、自分の背中からたくさんの蔦を伸ばして四方八方から雪をかき集めると、器用に丸めて無数の雪玉を豪速で飛ばしてきました。
「ちょっと! 自分で反則とか言っておきながら何するんですか!?」
喜々音ちゃんはそう言いながら能力を発動して空へと回避するものだから、地上に残された私にだけ雪玉が飛んできます。
とても冷たくて痛いので、仕方なく私も反撃に乗り出すことにしました。
とりあえず能力を発動し、海水を生成。花菜ちゃんに向けて放水します。
この極寒の中、海水を全身に浴びれば、少しは悔い改めるのではないでしょうか?
願わくは攻撃をやめていただきたく思います。
が、放水した瞬間に異変を感じました。水がどこかへ転移させられている気がしたのです。
上空にいる喜々音ちゃんへと視線を向けると、どうやら彼女が能力を展開しているように見えます。間違いなく私の水をどこかに……
「あびゃあ!?」
もごごごごご……!
冷たいっ! え、寒っ!
どういうことですか!? なぜ私の背後から水が……
「あははは! ありがとう喜々音ちゃん、助かったよ」
「さすがにこの寒さの中、『水属性』以外の者が身体を濡らすのは命に関わりますからね……」
そういうことでしたか。
「能力なんですから、私が念じればすぐ乾くのに……」
そう言っておきます。
「それでも身体を冷やすのは嫌だなぁ」
雪合戦の元凶がそれを言いますか?
「花菜さんが言うと説得力がありませんが、その言葉には同意します」
喜々音ちゃんはそう言いますと空から降りてきて、
「ですので、違う遊びをしませんか? もっと、寒くない遊びを」
そう提案するのでした。
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結局その日、3人はそれ以上遊ぶことはなかった。ツアー形式を取るこの旅行において勝手に行動するわけにはいかず、しかも濱竹と日渡の役職上神種である以上周囲からの視線というのも多少なりとも気にしなければならず、遊び狂うわけにはいかなかったのだ。
先ほどの雪合戦も際どいラインであり、許されるかも怪しい。とはいえ、プライベートで遊びに来たのだからそのしがらみから逃れたいと3人が思っているのも事実である。
「なんかさー、こんな遠くまで来たのに自由になれないなんて、ちょっと嫌になっちゃうよねぇ」
花菜がそう溢すと、
「未だに少し信じられませんが、ここも濱竹領ですからね。仕方のないことです」
と喜々音が言う。
「そういえば、安久斗様はどうしてこの地を任されたのですか?」
湊がそう喜々音に訊くと、
「協定内部の東西対立に起因するみたいですよ」
と喜々音。
「どういうこと?」
それについて花菜が詳しい説明を求めると、喜々音は淡々と説明を始める。
「戦勝国会議で、サハ一帯は関東統一連邦の支配下に置かれることがほぼ確定していました。ですが、世界の半分が関東の支配下に置かれることを西側の神々が恐れ、世界の緩衝材としての役割を果たしている靜連邦に統治権を与えました。関西にとっては、なんとしても北端を関東に渡したくなかったわけで、第三勢力である靜連邦は北端を預けるにはもってこいの存在でした。また同時に、協定における関東の発言力を低下させるために協定の統括権限も靜連邦に与え、世界を牛耳れるだけの力を付与しました」
「え、靜連邦ってそんなに発言力あるの!?」
花菜がそれに驚きを見せた。
「名ばかりですよ。結局は関東と関西の顔色を伺って、無用な対立を起こさないように調整する役とのことです」
それに対して喜々音がケッと笑いながら返す。
「それでも、そんな力を有しているなんて知らなかった……」
湊がそう呟いた。それを受けて喜々音が頷いて、
「その力を持ってしまったから、このような極寒の、広大な辺境を統治せざるを得なくなったわけです。この影響で少なからず靜と濱竹の負担が増えて、国の発展の停滞を招いておりますし。決していいことではありませんよ」
「過剰な権力や土地を与えることで、手が回らなくなることを狙っているのかもしれませんね」
湊がそう言うと、喜々音が肯定した。
「その通りです。おそらく関西は最初からそれを見越しての提案でしたでしょうし、関東もそれに気がついてこの頃は何も言ってこないのでしょう」
「結局、私らが滅びるのを待ってるわけかぁ」
「言い方は悪いですが、まぁそうかと」
花菜の見解に喜々音が苦笑いを浮かべるも、結局はその結論に尽きると頷く。
「そうならないために、安久斗様や靜の三大神は急速に軍拡を進めておられます。関東にも関西にも劣らない、強い連邦を作るために」
「なるほどねぇ。それでこの戦艦造りに至るわけか」
「そういうことですね」
世界の流れを知って、花菜と湊は納得したように頷いた。
同時に、未来に対する漠然とした不安が心の内に生じ始めるのだった。
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サハ大陸の観光をはじめ4日が経ち、私たちは船に揺られながら、大陸の中心都市、旧衣堆国の落石までやってきた。
夜は落石神社で宿泊となる。落石と読みたくなるところだが、これで落石と読むのだから不思議なものだ。サハにはよく分からない地名が多い。
神社は戦争により破壊されたものの、濱竹によって復興され、今は真新しい館が立ち並んでいる。大陸統治の拠点として使われているようで、宿舎としての機能も果たしているそうだ。
私たち3人は布団に潜ると、この4日間サハ大陸を歩いて感じたことを話し合った。
「ここが濱竹領であることが不思議でなりませんね」
喜々音ちゃんがそう言った。
「国が栄えるには厳しい環境条件であるにも関わらず、かつてここに強大な勢力を持つ連邦があったと思うと驚きです。ですがそれを滅ぼしたのは紛れもなく私たちで、戦争の恐ろしさを改めて感じました」
湊ちゃんはそのような感想を言った。
私も彼女たちと同じ感想を抱いたため、何を言うか迷ったが、この寒さとサハという地名からただただ思い出されることというと、
「栗利ちゃんは、こんな寒いところでずっと生活してきたんだよね……」
紗那栗利という少女のことだった。
「「…………」」
私の言葉に、喜々音ちゃんも湊ちゃんも黙った。
しばらくの沈黙に包まれたあと、
「あの子に対する裁きは、正当なものだと思いますか?」
そう喜々音ちゃんが訊いてきた。
「思わないよ」
「不当です」
私と湊ちゃんはそう答えた。
「そもそもあの子はなんで処刑されたの?」
私が訊くと、喜々音ちゃんが、
「正確な情報がないのでなんとも言えませんが、一説には靜の列島統治に反対したからだと言われております」
そう言った。
「なんで正確な情報がないの?」
そう訊くと、
「知りませんよ、そんなこと」
少し機嫌悪そうに喜々音ちゃんが返してきた。
「でも、西部を抜いて裁判を決行したことを考えると、決して真っ当な理由で処されたとは思えません」
湊ちゃんがそう言った。
「あの時期は西部も混乱していたので発言力がありませんでしたね。もう少し情勢が安定していれば或いは……」
喜々音ちゃんはそう言う。でも、あの頃の西部の混乱って確か……
「……私たちのせいだね」
「間接的に栗利ちゃんを見捨ててしまったのですね……」
大志が殺され、御厨光和を裁判にかけ、大智の臣就任後の混乱期に栗利ちゃんが裁判にかけられたことを考えると、西部の混乱を招いたのは私たち自身であると言わざるを得ない。
「大智は知っているのかな?」
「いいえ、気づいていないでしょう。それに知ってしまったら精神的に良くない方向に進みそうですし」
私の質問に喜々音ちゃんが返してくる。ふむ、色々大智に詳しいようだねぇ。
「たしかにねぇ。ところで大智について色々詳しいみたいだけど、喜々音ちゃんって大智とそんなに仲良かったっけ?」
「え」
その質問に対して喜々音ちゃんは目を見開いたが、
「仲良くなくても分かりませんか? 彼、割と分かりやすいと思いますが。嫌なことがあったらすぐに病みますし、栗利さんが殺されたと知った時は日渡の統治にも影響が出たくらいに心が荒んでいたように思いますが」
いつもの真顔でそう返してきた。うーん、やはり喜々音ちゃん相手に何か鎌をかけるのは難しいか。
「まぁ、栗利ちゃんのこと好きだったみたいだしねぇ」
私はそう言ってこの話題を切ることにした。
ーーーーー
ーーー
ー
「まぁ、栗利ちゃんのこと好きだったみたいだしねぇ」
その花菜ちゃんの言葉に、私はハッとしました。
なるほど、大智さんは栗利ちゃんのことが好きだったのですね。
たしかにあの『籠絡の船』では……
……嫌な思い出です。いちおう明様が『嫌忌記憶軽減処置』というものをしてくださいましたが、それでも嫌だとはっきりと感じるくらいの思い出ですからね。あまり思い出したくないです。
とはいえ、思い返すと大智さんと栗利ちゃんはたしかに親しく映っていました。お互い氏ではありましたが呼び捨てにしておりましたし、なんだかいい雰囲気になっていたみたいですし。
……モヤモヤします。私は栗利ちゃんよりも多くの時間を過ごしているはずですが、まだお互いに“さん”を付けていますし、距離も近いとは思えません。
どうしてなんでしょうか。
思えば栗利ちゃんは、大智さんと積極的に関わっていました。私にはその積極性がないから遠く感じるのでしょうか?
……なんなんでしょうか、このモヤモヤは。
そんなことを考えていると、喜々音ちゃんが私を見ていることに気がつきました。
視線があったとき、彼女は特に何を言うわけでもありませんでしたが、ひとつだけ小さく頷きました。
「彼は情に厚い方ですから恋愛的に好きだったかは分かりませんけど、たしかに良いコンビネーションでしたね。ところで花菜さん、その彼は今、好きな方とかいないんでしょうか?」
喜々音ちゃんは花菜ちゃんにそう訊きました。
「はぁ? いや、それあなたが訊きます?」
訊かれた花菜ちゃんは少し顔を顰めて言いますが、その言葉を投げられた喜々音ちゃんは「と、言われましても……」と意味不明そうな顔をしております。
「あのね、大智と喜々音ちゃんの間で何かがあったことは察しているの。大智と女子の関係における大きな変化はそれくらいしかないんだから、大智が好きなのは喜々音ちゃんくらいしかあり得ないと思うんだけど」
瞬間、私の核が大きく跳ねました。どうしてか分かりませんが、私は喜々音ちゃんを見つめました。すると彼女は首を傾げながら、
「呼び方が変わった程度で恋愛沙汰と結びつけるのは浅はかではありませんか?」
と言いました。
「でも呼び方が変わって呼び捨てになったってことは、少なくとも喜々音ちゃんと親しくなったってことでしょ?」
「親しくなった……というより、私の扱いに慣れたというべきではないでしょうか? 別の言い方をすれば畏まる必要性を感じなくなったということでしょう」
「だとしても大智が呼び捨てにするなんて……」
「その理論でいけば、彼の好きな人は花菜ちゃんであっても良いわけです。あなたも名前で呼ばれているでしょう?」
などというやり取りを耳にしている私ですが、どうしてか胸の内はざわついていました。
そうですよ。ここにいる3人の中で、私だけが呼び捨てにされていないわけです。なんででしょうか。一緒にいる時間が短いからですか?
ですが喜々音ちゃんは兎山自治領に滞在していた時は呼び捨てではなかったのに、今年になってから呼び方が変わりました。国も違うし臣と下級上神種では格も違うし、そんなに頻繁に会っているとは思えないのに、どうしてか呼び捨てなんですよね。
…………モヤモヤしっぱなしです。
なんなんでしょうか、この気持ち。
結局、大智さんの好きな人の話は花菜ちゃんと喜々音ちゃんの口喧嘩になって終焉を迎え、その後はみんな胸にモヤモヤした感情を抱いたままその日は暮れてゆきました。
夜、眠っていると夢に大智さんが現れて、翌日もなぜか私は悶々とした気持ちを抱えていました。
今まであまり気にしていなかったのに、話題の中で「ダイチ」という単語が出てくると耳が反応してしまい、かなり疲れました。
なんなんでしょうか……
ですが怖いことに、その翌日も、またその翌日も、モヤモヤは消えてくれませんでした。しかも「ダイチ」という言葉を拾うのはもう癖になってしまったかのようで、自分でも訳が分かりません。
私の体、どうなってしまったの……?
旅行をして休もうと思っていたのに、なぜか毎日疲れ果てて、ため息ばかりに襲われるようになってしまいました。
ぼぅっとしていることも増えたようで、2人からも何度か心配されてしまいました。
そうして気づけば15日の旅行は終わり、国に戻って来ました。
濱竹の南行政区役所で喜々音ちゃんと別れて、私と花菜ちゃんは行きと異なり直接渡海へと向かいました。
福田神社に帰って来たのは日没後で、翌朝花菜ちゃんを見送りました。
私たちが旅行をしている間、竜洋は磐田神社に呼ばれているようで、福田神社はほとんど使っていない様子でした。
領主を務められている明様もいらっしゃらない上、仕事も一切ここにない様子だったので、私は部屋の掃除をすることにしました。
その日の午後に竜洋と明様がお戻りになり、自治領の神治が再開されました。
この15日間、竜洋曰く国内で特に大きな動きはなかったとのことですが、他国に視野を広げてみると、濱竹国内で妖精同士の小さな抗争が生じているそうです。
「確か、川根妖精と昇竜妖精は不仲なんでしたよね」
「えぇ。安久斗様は根々川や井谷に程近い犬間地区を『妖精自治領』として川根妖精に分け与えましたが、あそこも昇竜行政区です。行政区長の極峰くれは氏の背後にいる昇竜妖精会からしたら、他所者がテリトリーに入ってきて自治を許された状況です。あまり納得できるものではないでしょう」
「それに、昇竜妖精会にも春野と佐久間、水窪の自治が認められたという話ではありませんでしたか? 私の認識が合っているのであれば、派閥の異なる妖精がそれぞれ領地を持ったことになり、小競り合いが起きてもおかしくありませんね」
「おっしゃる通りです。ですが、安久斗様も無策ではありません故、妖精自治領と昇竜妖精会それぞれに神治参画の義務を出しておられます。ですので即戦争というわけではなく、濱竹国の神治幹部立ち合いのもとで話し合いがなされているようですが……」
「上手くいっていない、というわけですね」
「はい」
困ったものですね。濱竹の治安が悪化すれば、それはもれなく連邦西部の治安にも影響をもたらします。また、濱竹の影響力が連邦内で低下すれば、私たち西部諸国の発言力も低下します。
濱竹が国内の抗争を早期に食い止めることができなければ、私たちもそれ相応の覚悟をしなければなりません。
「今後の同行に注意を払う必要がありますね」
私の言葉に竜洋は頷いた。
「いざとなれば“大智”に頼んで濱竹議会を……」
竜洋の言葉に、私の核が飛び跳ねました。以降、私の頭の中に大智さんの顔がちらついて、竜洋の言葉が入って来なくなりました。
「……湊様?」
「ふぇっ!? は、はいっ!」
「どうなさいましたか、ぼぅっとされて。お加減が悪いのでしたらお休みになられては……」
「いいえ、そういうわけではありません! だ、大丈夫です」
全く、どうしてしまったというのでしょうか。
これでは神治にも支障が出てしまいます……
この悶々とした感情を、そろそろどうにかしたいものです。
私はひとつため息を吐いて、未だ激しく跳ねる心を落ち着かせようとしましたが、ふと思い出します。
「……そういえば竜洋。あなたも呼び捨てなのですね」
私の言葉に竜洋は「なんのことですか?」と心当たりのないように訊き返してきました。
ですが、なぜそんなことを訊いたのか自分でも分からなくなって、
「……いえ。なんでもないです」
そう返しました。
なぜ少し拗ねたような声が出たのか、私自身、全く分かりませんでした。
ーーーーー
ーーー
ー
「これより議会を開議す……」
濱竹臣、ひくまさんがそう言いかけた時だった。
いきなり議事室の扉が勢いよく開け放たれて、左目に眼帯をした大男が入ってきた。
「いやぁ、すまんすまん。ちょうど道端に子猫ちゃんがおってな、道案内をしておりましたらギリギリになってしまい申した、はっはっはっはっは」
「軍総長、遅刻は厳禁です。ご着席願います」
ひくまさんは中田島将軍に対し呆れたように言葉をかける。
将軍は「失敬」と一言告げると、いつも通り機嫌良さげの笑顔で席に着くも、
「いだぁ!?」
隣の席に座っていた笠井陸軍長官にヒールで足を踏んづけられて叫んでいた。
「何をするっ!?」
「遅れた罰よ。というか、遅刻しておいて言い訳がましく弁明するな」
「いや、だがしかし……」
何か反論しようとした将軍であったが、そこに笠井長官がまた蹴りを加える。痛そうに声を上げた将軍はまた何か言おうとするも、
「あの、静かになされたらいかがですか?」
喜々音が冷ややかな目を両者に向けてそう言ったので、これらの騒ぎは閉幕した。
「ようやく静かになったな。では改めて、これより議会を開議する!」
ひくまさんの声で一同が起立し、顔を正面右の扉に向けた。
そこから安久斗様が登場なさる。
今日もまた、いつも通り濱竹議会が開議する。
日渡に関係のない話をただぼぅっと聞き、賛否を取ったならばだいたい賛成しておいて、濱竹も大変なんだなぁと他人事のように思いながら数時間を過ごす。
そして気付いたら閉議していて、花菜と共に帰路につく。
ほとんどはその流れだけども、今日はひくまさんに呼ばれて臣同士で食事に行った。
これは非常にレアケースだ。
「大智くんも来年で18か」
「おかげさまで」
「いや、俺は何もしてないよ」
ひくまさんはそう言って笑う。しかしその後、真剣な顔で僕を見ると、
「随分と、立派になったよ」
なんだかしみじみとそう言われた。
「まぁ、最初に比べたらそうかもしれませんが、今なお兄はおろか、弟にすら及びませんよ」
僕の言葉に「いいや」と首を振るひくまさん。
「君は十分、臣としての大役を務めていると言っても過言ではないさ。この一年を見て思う。君はお兄さんや弟くんに負けず劣らずの統治能力を持っているよ」
「はぁ、そうですか」
自覚がなかったのでそんな返ししかできないし、お世辞が入っているものだと勝手に思っている。
「具体的に、どうしてそう思うのですか?」
僕はそう訊いた。
「日渡を見れば分かる」
当たり前のことのようにひくまさんは言ってお酒を飲んだ。
……国、か。
「それは、今の日渡が平和だからそう思われるのですか?」
僕が訊くと、
「平和というよりは、安定しているからだな。ほら、あれだけ大胆な改革をしたのに国民から反発の声が上がらないのは君の功績だろう?」
「バカにしてますか?」
耐えきれなくなったから僕はそう言った。ひくまさんは無自覚だったのか、困惑したように「え、」と声を上げた。
「僕が恐怖政治をしたこと、バカにしてますか?」
「いや、違う。そういうわけじゃ……」
「今の日渡が安定しているのは、僕があまりに酷い統治をしたからですよ。逆らえば殺し、見せしめとして何人も晒したからですよ。だから国民は声を上げられないし、信仰の義務があるから神や領主を肯定しなくてはならない。表面で見たら幸福に見える国民だって、内心みんな怯え切って生活していますよ。国はなんら、平和でもなければ安定もしておりません」
僕がそう言うと、ひくまさんはぽかんとした表情を浮かべたのちに大笑いした。
ひとしきり笑うと、
「それはすなわち、君は恐怖政治を否定するのかい?」
そう訊いてきた。
「肯定はしませんよ」
そう返したら、僕の口に箸でブッ刺したつくねの肉団子を押し付けてきた。
そして今度はバカ真面目な表情で、
「ならばその言葉、靜様の御前で言えるか? 安久斗様の御前で言えるか?」
そう問うてきた。
つまり、黙れというわけだ。
「…………」
言えるはずがない。靜国は未だに恐怖政治にて厳しい統制をする国だし、安久斗様もかつてはそうして統治をやられていた。
しかし、こういう言い方はできる。
僕は口に押し付けられている肉団子を咥えて箸からもぎ取ると、食べ終わってから言葉を返す。
「我が国は恐怖政治を脱却したいと思っています、と、そういう言い方ならすることができますよ」
その答えにひくまさんは微笑むと、
「だから君は、優れた為政者なのだよ」
そうとだけ言ってまたお酒を飲んだ。
「はぁ、なんだか不思議な話だね」
その夜、僕はひくまさんとした話を喜々音に語った。
彼女の反応はそういうものだった。
「どういう意味か、さっぱり分かんないよなぁ」
僕が返すと、喜々音は目を丸くして、
「……理解力なさすぎ」
バカにしたように呟いた。
「おっと聞き捨てならないなぁ、喜々音さん」
僕はそう言って喜々音の背後に抱きついた。
「事実だよ、臣様が言いたかったことがなんだったのか、もうちょっと考えて……って、黙って胸揉むなっ!」
「あたっ!?」
脛を蹴られた。痛い。
「もうっ!」
喜々音は頬を膨らませながら怒る。僕は蹴られた脛を摩りながら、
「結局、恐怖政治でもいいから国を安定させたことと、大国に対して物怖じせずに主張ができるかを評価したってこと?」
そう訊く。喜々音は、しゃがみ込んで脛を摩っている僕に覆い被さるように体重を乗せてくると、
「それもそうだけど、きっと“内政不干渉”を利用して反論したことじゃないかな。『我が国は』という文言を付けなかったら普通に怒られたと思う」
そう優しい声で言ってきた。僕の背中に彼女の体温が伝わる。
「なるほどねぇ……」
僕はそうとだけ返して、何の前振りもなくスッと立ち上がった。
「わぁ!?」
喜々音が背中から転がるようにして落ち、尻餅をついて倒れた。
そんな喜々音の上から覆い被さるように乗っかると、
「…………」
何も言わずに喜々音の唇を塞いだ。
甘い味が広がる。そのまま何秒も、何十秒も経って口を離すと、喜々音の表情はすっかり溶けていた。
何度見ても、可愛くて仕方がないと思ってしまう。
この表情を前にした時だけ、僕は彼女のことが好きなのかもしれないという錯覚に陥るのも含めて、やっぱりこれがいつも通りの日常なのだと思った。
喜々音のいない15日をなんだかとても長く感じていたことは、絶対に隠しておきたいところだけれども。
みなさん、ご無沙汰しております。
ひらたまひろです。
閑話含めて全17話、妖精自治領編これにて完結です!
4月から7月まで毎週付き合ってくださりありがとうございました。今後ともよろしくお願いします!
さて、次回からまた別の章段が始まりますが、朗報です。ついにここから、ようやく物語が動き出します!
もちろんここまでも地道に動いておりましたが、次から状況が一転しますので乞うご期待!
また、気力と書くスピードが保てればの話ですが、8月1日〜31日まで毎日投稿をしたいなぁと考えております!(見切り発車乙)
夏休みはカミツグ! はっきりわかんだね。
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いいねやコメントもお待ちしております!
以上、ひらたまひろでした!
それでは、次編予告どうぞ〜
次編予告
神紀5000年の幕が開ける。
節目の年に、世界はまた動き出す。
「靜を統率国の座から引き摺り下ろす!」
「できるものならやってみろってんだ!」
靜連邦設立史上最大の内戦、勃発。
「……俺のせいなのやもしれんな」
「むっ」
大国はなぜ、動かないのか。
「常に正しきは力であるが、常に過ちもまた力である」
神継者〜カミヲツグモノ〜
井谷戦争
大国はなぜ、勝ち目のない戦争に走ったのか。
その理由を、篤とご覧あれ。
2024.06.21 ひらたまひろ




