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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
妖精自治領編
68/107

1-11『奔走』

「えぇ、間違いなく。済田より甲州に入り、盆地沿いに伝って富田川を南下した痕跡がありましたからね」


「そうか、ありがとう」


 冬至前76日、夜。濱竹安久斗は北方にある甲信連邦の安陵国を訪れ、その神の栗伊門と会談した。


「しかしそれは南四が指示をして動かしたものだというのですか?」


「そう聞いたが」


「そうですか。となるとあのお方にも伝えておかなくては」


「凛音殿か?」


「そうです。あの痕跡についてを明日南四連邦に報告する予定とのことでしたが、一旦取りやめた方が良さそうですね」


 栗伊門はそう言うと、


「何しろ報告ありがとうございました」


 と安久斗に言い、


「こっちこそ有難い」


 安久斗もまた、栗伊門にそうお礼を告げた。


「あぁそれと、」


 終わりそうな雰囲気だったが、安久斗はひとつ付け加えた。


「凛音殿に伝えて欲しいのだが、もし妖精の移動の件で南四が一枚噛んでいるようだったら、俺に教えて欲しい。それによって、今後の動きを変えねばならない」


「分かりました、伝えておきましょう」


 栗伊門はそう言うと、「では、私は行きますよ」と北方へと去っていった。


 安久斗はというと、それを見届けてから東方に飛んだ。


 井谷国を目指して。




ーーーーー

ーーー




「信憑性がないな」


「だが、妖精が関東から入ったことは安陵から確認済みだ」


 井谷国の井川神社で、濱竹安久斗は宇治枝恭之助から聞いた話を井谷俣治に伝えた。


 俣治は笑い飛ばす。その程度の情報ならとうの昔に入手済みだ。


 それでも信憑性がないというのは、新たに迫り来る7万もの妖精の援軍の話と南四連邦が靜連邦の戦力を分析しようとしている件についてだ。


「南四が俺たちの戦力を分析するのに、そんな回りくどいことをするとは思えん」


「だからといっていきなり捻り潰しに来るとも思えんが」


「だが戦力差は明白だ。南四ひとつにしても俺たちよりも強く、それと同規模の存在が5つもくっついているんだぜ? 新干潟ですら90日で滅んだんだ。しかもあの戦争には全力を注いでいないと聞いたぞ」


「たしかに火力で見りゃふざけた奴らだが、火力だけあっても意味がない。地の利を絶対に取れない以上、どのような闘い方をするのか見極めることは必要だ」


「とはいえ妖精を間者にするか?」


「そうやって警戒されないことが間者の条件だろ」


「むっ…………」


 俣治は黙った。その通りだと思ったからだ。しかし、それでもまだ憶測の域を脱することはなく、安久斗の、もっと言えば恭之助の言葉を信じる気にはなれなかった。


 そんな俣治に安久斗が言う。


「まぁ俺だって恭之助を信用しているわけじゃない。それでもこうして動いているのは、奴が嘘を言っている確証もないからだ」


「それはそうだ」


「そして、奴が嘘を言っているだけならまだ良いが、最悪なのは嘘だと思って何もしなかった場合だ」


「ふむ、なるほどな。関東の思い描くシナリオに辿り着いてしまう可能性が高くなるわけか」


「そうだ。妖精の国など潰したいのが連邦諸国の本音だろう。そして俺が妖精の国の支援を蹴った時点で、残るは沼のみ。これでもし沼もまた妖精の国の支援を蹴れば……」


「各国は妖精を潰すべく俺の味方で参戦するだろうな」


「あぁ。神類国家の戦争にならないと確定した時点で、妖精の国の未来は閉ざされる。俺と蛇松は靜と共に不干渉を貫くしかなくなり、儚く消え去る妖精の国を見つめることしかできない」


「しかし、その戦争を繰り広げれば自ずと靜連邦の戦力や戦い方が関東に知られてしまうわけだな」


「まぁ恭之助の言うことが真実であるならば、だが」


「たしかに嘘だと思って何もしないよりは、身構えて行動に移した方がマシだな」


 安久斗との対話で意図を察した俣治は、


「となれば、俺はどうしたら良いんだ? もう既に井谷の戦力や状況は南四に筒抜けと見て良いだろうが、ここでいきなり戦争をやめるわけにもいかない」


「そうだな。引くに引けないし、何しろ関東にバレたと悟られてはならない気がするからな」


 そう言うと安久斗は俣治に考えた作戦の概要を説明する。


「まず、井谷にはこれまで通り戦争を継続してもらう。前進する必要はない。犠牲を最小限に留めることを念頭に置き、着実に妖精の数を減らせ」


「だがそんなことを言っていたら、7万増えたら対応できんぞ?」


「安心しろ」


 安久斗は俣治にそうはっきり告げると、


「援軍は来ない。来させない」


 堂々とした宣言だった。




ーーーーー

ーーー




 深夜の空を飛び、安久斗が次に目指したのは東部諸国の中心地、沼国であった。


 深夜ではあったものの、蛇松は幸いにも起きていて、すぐ会談が始まった。


「というわけだ」


「事実だとしたら面倒だな」


 蛇松にひと通り状況を話すと、蛇松はそうとだけ返してコーヒーを飲んだ。


「で、どうしようと言うのだ?」


 蛇松は安久斗にそう尋ねた。


「もちろん南四の掌から飛び降りる」


「踊ってやる気はないのか?」


「ないな。逆に聞くがお前は踊ってもいいと思っているのか?」


「華やかな舞台ならば考えよう」


「そこ、きっとどぶだぜ?」


「なら願い下げだ」


 そんなくだらない会話にお互いの口許が緩んだ。そして蛇松が今の会話で察して言う。


「つまり俺は、南四の計画を妨害すれば良いわけか」


「あぁ」


「具体的にどうして欲しいのだ?」


「援軍で来る7万余りの妖精を東部諸国で食い止め、それより内部に入れないでくれ」


「猪頭方面に逃げたらどうする?」


「それも見越して、太平にも状況を伝えておいてくれ。さすがに妖精の飛行能力ではうみを横切れないだろうが、念には念をで1匹たりとも海にだって逃がさないでくれ」


「分かった」


 蛇松は安久斗の作戦に頷いた。


「あと、沼には妖精の国の支援要請を返答せずに保留していて欲しい」


「ふむ、訳を聞こうか」


「沼が支援要請を蹴れば、実質妖精の国の後ろ盾は消え去る。そうなれば、妖精の国を消し去りたい連邦諸国は井谷の味方をして参戦するやもしれん」


「そうなれば南四の思う壺、というわけか」


「あぁ」


 蛇松の理解力の速さに、安久斗は心底有難いと感じた。


「いいだろう、支援要請の返答は保留する。だがこれは個人的な質問なのだがな、濱竹は支援を蹴っただろう。なぜ保留にしなかった?」


「色々とあったんだ。濱竹の妖精と根々川の妖精が不仲で、国内の妖精が井谷に味方するとか言い出してな。そうされると困るから、濱竹はどちらの支援もしないと早々に結論付けた」


「つまり実質的な不干渉宣言か」


「そうなるな」


 安久斗の言葉に蛇松は大きなため息を吐いた。


「まぁ構わんが、残される身にもなれ。今回は幸か不幸か南四が絡んできたから別の事柄で悩みが掻き消されたが、ひとりになったと分かった途端に途方に暮れたぞ。どう立ち回るか作戦も練り直さなければならなくなったし、せめて相談のひとつやふたつ欲しいものだったな」


「すまない」


 しかし安久斗はたった数時間前に決まった情報をどこから入手しているのか疑問に思う。情報網に長けているのか、それとも間者を送り込まれているのか。


 それについて聞こうかと迷ったが、議会の内容は聞かれてやましいものでもないため優先順位は低いと判断してやめる。


「それでだ。おおよその作戦は予想できたが、不確定要素がひとつあるだろう。それはどう考えているんだ?」


 蛇松が安久斗に尋ねる。


「やはり気付いたか」


 安久斗はそう言って「さすがだ」と笑う。


「その点はこれから靜に根回しをして片付ける予定だ」


 安久斗がそう言うと、蛇松は不安そうな表情をする。


「大丈夫か? 靜は不干渉だが」


「流石に動くだろう、きたねどぶの中で滑稽に踊りたくはないだろうからな」


「それもそうか」


 安久斗の返答に蛇松は笑った。


「となると、靜には引き続き過剰な妖精の排斥と不確定要素の排除を求めるわけか」


「そうだな。不確定要素の排除というよりも、不確定要素を確定要素化してもらおうと思っている」


「……あぁ、なるほどな」


 蛇松は今ので完全に理解をした。


「ならば俺は夜が明けたら猪頭に飛ぶ。安久斗はここで一晩明かすといい。どうせ今から靜に飛んでも無意味だろう」


「助かる」


 安久斗と蛇松の会談は終わり、安久斗は沼津神社で一夜を明かすのだった。




ーーーーー

ーーー




「恭之助が?」


「あぁ。妖精の背後には南四が絡んでいると言ってきた」


 翌75日。靜国、静岡神社。早朝より、濱竹安久斗と靜するがが話し合う。


 するがは恭之助が関東からの情報を知っている理由は、この前宇治枝に押し付けた電話が原因であると察し、頭を悩ませた。


「なぁ安久斗、恭之助は関東に加担していると思うか?」


「それは現時点じゃなんとも言えんだろ。俺に関東の企みを暴露したのだとすれば靜連邦の味方だが、俺に嘘の情報を流しているならば靜連邦の敵だ」


「……だよな。無意味なことを聞いた」


 するがは頭を抱えたまま安久斗に返す。その声にははっきりと混乱が感じられた。


「俺は恭之助を疑いたくはない。言いたくないが、恭之助が関東と繋がっていると見せるべくお前が嘘の情報を報告してきたとも考えている」


 するがは安久斗にそう言った。


「なるほどな」


 安久斗はそれだけ言うと、ソファに深く腰掛けて出された緑茶で喉を潤した。


「ま、信じようが信じまいがどうでもいいが、とりあえず今後俺が取る行動と、井谷と沼にどう動いてもらおうと考えているのかを聞いてくれると助かる」


 目の前で俯きながら頭を悩ませるするがに安久斗は堂々と言った。


「……聞こうか」


 するがはひとつため息を吐いた後で安久斗に発言を許した。


 そうして安久斗は、井谷と沼にどう動いてもらうのかを語った。


 それは決して連邦にとって悪影響をもたらすものではなく、完全に対関東を見越しての作戦だった。


 この時点で、するがは理解した。安久斗は完全に妖精の国の裏に関東統一連邦が絡んでいると信じていると。靜を惑わして宇治枝との仲を裂こうとしているのではなく、靜連邦の未来のために行動をしているのだと。


「関東からの援軍をこれ以上入れず、妖精の国の攻撃力が低くなったのを見計らって井谷に猛攻させるのか」


「そうだ」


「だがそれでは妖精の国は滅びるよ? 安久斗はそれでいいの?」


 するがからの質問に、安久斗は少し困ったように笑うと、


「兼ねてより考えていたのだがな、やはり時期尚早だったんだと思うさ、妖精が国を持つなどな。だが踏ん切りが付かなかった。井谷のように独立を手伝って滅ぼすなど外道のすることで気に食わんし、かといって井谷と対立してまで妖精の国を守るべきでもない。どうしたら良いのか結論を出せずにいたところ、恭之助がもたらしたこの件だ。お陰様で覚悟ができた」


 そうするがに言った。するがは意外そうに目を見開くと、


「だからお前は、恭之助の言葉を信じるのか?」


 そう問いかけた。


「信じてなどいない。だが、嘘だろうが本当だろうが、やっておいて損はない。関東から妖精が入り込んでいることは事実であり、妖精の国を残すということは関東からの侵入者を留めるということに繋がる。ならば、靜連邦統率国としてやるべきことはひとつだけだ」


 安久斗はそう答え、するがの目を真っ直ぐ見た。


 するがはその視線に当てられ、ポツリと吐く。


「妖精の国を、滅ぼさなければならない」


「そういうことだ」


 安久斗はその言葉に頷いた。


「なるほどな」


 するがはそう言うと、緑茶に手を伸ばして口許まで運んだ。


「それなら三大神おれっちも、動かないといけないね」


 そう言ってから口に含むと、


「君の作戦に従うよ。何をすればいいんだい?」


 安久斗にそう微笑みかけた。


 靜連邦の大国が足並み揃えて方向転換をした瞬間だった。




ーーーーー

ーーー




「お、結論は出たかい?」


 翌74日。濱竹安久斗は宇治枝国の藤枝神社にて恭之助との話し合いに臨む。


「考えたが、濱竹は妖精の国を支援しようと思う」


 安久斗は恭之助にそう言った。


「おぉ、英断だねぇ! さすが安久斗くん、分かっているじゃないか」


 恭之助は顔色を明るくして安久斗に言う。


「だが、」


 ご機嫌な恭之助に、安久斗はそう前置きをしてから条件を提示した。


「支援をするのは、靜を味方につけてからだ。濱竹だけでは井谷を筆頭として名を連ねる反妖精主義どもと対抗するには弱すぎるからな」


「靜からの協力が得られなければ?」


「得られるまで交渉を重ねるだけだ」


「なるほどねぇ」


 恭之助は顎に手を当てた。それを見て安久斗は恭之助に言う。


「お前が言ったんだぞ? 靜を味方に付けろと。俺はその言葉に少しばかり躊躇いを覚えたが、その通りだと思った。だからこうしてお前と共に靜を説得しようと立ち上がったんだ。今更怖気付いたとは言わせんぞ?」


「落ち着いてよ、怖いなぁ。別に怖気付いたとかそういうのじゃないから」


 恭之助は少し引き攣った笑みを浮かべて言った。


「ただ、改めて思うと、徹底して不干渉を貫いている靜が動いてくれるか不安になってきてねぇ。あの不動の岩を動かすなんて、そう簡単にできるかなぁってね」


「んだと? 言い出しっぺがそんな態度でどうすんだ。発言に責任を持ちやがれ」


 安久斗は恭之助をそう叱る。「ごめんって」と恭之助は頭を掻きながら謝った。


「まぁいいが、それに当たって約束をしてくれないか?」


 安久斗は恭之助にそう言った。


「なんだろうな、約束って。ドキドキしちゃうじゃないか」


「気持ち悪いぞ、本気で」


「悪い、悪い」


 くだらないやり取りを挟んでから、安久斗は告げる。


「もしお前も妖精の国を支援すると言うならば、俺と同様、靜が共に支援すると約束してからにしてくれ」


「勝手に支援するなと?」


「そういうことだ」


「どうしてだい? 宇治枝は宇治枝なんだ、自由にさせてほしいものだね」


 恭之助は安久斗に訳を訊く。


「下手に靜を刺激したくないんだ」


 安久斗はそう恭之助に言った。


「と言うと?」


「靜は現在、不干渉を貫いている。それはお前が最高議会で勝手な振る舞いをしたことに起因しているだろう? それでお前は謹慎を喰らった。制裁も受けた。いくらその期間を終えているからといっても、靜が完全に許しているかは分からない。お前が連邦内でこれ以上靜の許しなく勝手な振る舞いをしたならば……」


「些細なことで逆鱗に触れる可能性がある、てことか」


 恭之助は安久斗の意図を理解して頷いた。


「いいよ、約束しよう。靜を逆撫でてもいいことないしね」


 恭之助はそう言う。安久斗はそれに安堵したように笑みを浮かべると、「ありがとう」と返すのだった。

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