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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
妖精自治領編
66/107

1-09『神類と妖精』

「そういうわけで、俺はこの委員会を脱退する」


 冬至前80日。濱竹安久斗のもとに猪頭太平が訪れて律儀に脱退報告をした。


「そうか。半島も大変なんだな」


 安久斗は真面目な声でそう返す。


「申し訳ないとは思っているんだ。本当は半島も妖精との共生を目指したかったのだがな。正直、あれだけ神類が恨まれてしまっては手に負えない。半島を束ねる者として、そして国の神として、妖精に屈するわけにもいかず、やむを得ず……」


 太平は残念そうに安久斗に言う。


「うむ、理解した。付き合わせてすまなかったな。この騒動がひと通り収束し、また妖精と手を取り合える機会が訪れたその時に共生できる理想郷を作っていける手伝いをしてくれ」


「あぁ。今回は難しかったが、その夢、いつか必ず成し遂げよう」


 安久斗と太平はそう言って固い握手を交わした。


 しかし内心、安久斗は焦りを覚えていた。太平にはその焦りが安久斗の手から伝わってきた。


 だが太平は、その焦りについて触れることはなく、浜松神社を後にした。きっと安久斗はその焦りを前面に出さないようにしているのだろうと察し、あえての行為、もとい気遣いである。


 太平が去った後、安久斗はソファに深く座り込むと脱力し、そのまま頭を抱えてため息を吐いた。


 呆然と天井の木目を見つめ、劣勢となった今の状況を頭の中で再度確かめ、また大きくため息を吐く。


 頭を掻き毟っても、何も状況は変わらない。髪の毛が何本か抜けて周りに散らばる。それに気付いた安久斗は、自分が過度にストレスを抱えていることを知り、また深いため息を吐く。


「安久斗様、沼国より蛇松様がお見えです」


 扉がノックされて、外から臣のひくまの声がする。


 また離反の話かと覚悟し、安久斗は体勢を変えないまま「入れろ」とひくまに命ずる。短い返事の後に扉が開き、沼蛇松が入ってきた。


「来てみればまるで陸に打ち上げられた瀕死の魚じゃないか」


 部屋に来るや否や、蛇松は安久斗に声を投げた。


「猪頭が脱退した。妖精との共生は出来んと」


 安久斗が姿勢を変えずに言うと、「既知だ、既知。そのくらい法律の公布時点で分かったことだ」と蛇松。


「そうか沼には公布の情報が入るのか」


 安久斗はやはり姿勢を変えずに言う。蛇松は「む」と疑問符を声に出すと、


「そうか、西部には半島の情報がほぼ出ないのだったな」


 思い出したように言った。


「あぁ、そうだぜ。だから俺が知ったのはついさっきだ。いきなり仲間が消えたような感覚に陥っちまったぜ」


 安久斗はここでようやく蛇松を見ると、


「で、お前も脱退報告か? 勝手にしろ、いなくなるならいなくなれ」


 やけくそのような口調で蛇松に言った。


「脱退して今の状況が好転するならば考えよう」


 蛇松は真顔で安久斗に返す。それを聞いて、少しばかり安久斗の顔から笑みが溢れた。


「だが、ここから風向きを変えるのは難しい。この連邦では井谷と同じ思想を抱く国が大半を占め、半島も妖精の排斥に移り、今や妖精を支持しているのは俺とお前だけだ。靜は徹底した不干渉を決め込んでいるものの、根底にあるのは神類第一主義。もしこの件に絡んでいたならばマイナス要素でしかないだろうな」


 蛇松は状況をそう整理した。


「靜が不干渉で助かったな」


「幸か不幸にな」


 安久斗に蛇松は返す。しかしこの時、明確な疑問が両者の脳裏を過っていた。


「だが靜が不干渉になったきっかけである宇治枝だが、奴の行動の真意が読めん」


 そう安久斗が言うと、


「俺もだ。どこかから根回しされていたと考えるのが筋だが、あの行動をして利益を得た者がどこにもいない。まして連邦規約違反を犯して靜に逆らうなど、宇治枝らしくないな」


 と蛇松。そう、絶賛謹慎を喰らっている宇治枝恭之助の真意が全く分からないのだ。


「とはいえ、謹慎期間は10日間。宇治枝軍を靜に没収されているが、それも謹慎が明けて恭之助が謝れば全て片付く話だろう。実質お咎めは無しに近く、さすがは靜のお膝元といったところか」


 安久斗はそう言って再びソファにもたれかかる。それを見ながら蛇松が返す。


「うむ。中部じゃなければもっと酷い罰を喰らっているだろうな」


 しかしそこまで言うと、蛇松は考え込んだ。そして小さく呟く。


「……いや、これだけ軽く済んだことを考えるに靜と示し合わせて事を起こした可能性も否定できない」


「しかしどこにも利点がない。靜にとって、宇治枝と結託して一連の行動を取ることで何か儲かるなら話は別だが、そのような様子もなければむしろ印象を悪くして終わっただけだ。示し合わせたのだとしたら愚策でしかない」


 蛇松の言葉に安久斗が反応する。


「だが、そうだとしたら宇治枝はどこの指示であれだけ変な行動を取ると言うのだ」


「だからそれが分からねぇんだろうが」


 蛇松と安久斗の話は堂々巡りをするだけだった。


 そうしていると、廊下から慌ただしい靴音が聞こえてくる。


 そして激しいノックが部屋を襲う。


「なんだ?」


 安久斗が訊くと、


「行政総長、二俣です」


 そう返ってきた。


あおぎか。珍しいな、入れ」


 安久斗がそう許可すると、二俣梧は扉を開けて部屋に入ってきた。


 梧は入ってくると安久斗と蛇松に礼をしてから告げた。


「たった今入手いたしました情報です。昇竜行政区長である極峰くれはの支援団体、昇竜妖精会が、妖精の国と通じ、彼の国の支援を表明しました」


 安久斗はその報告に舌打ちすると、「また勝手なことを……」と呟く。


「しかし、妖精の国が心底望んでいることは妖精会の支援ではなく濱竹本国からの支援。安久斗様に無許可で支援を表明した妖精会はかえって拒まれ、追い返された様子。それに憤った妖精会は、井谷側での参戦を……」


「どういうことだ!? 何がしたいのだ妖精はっ!」


 そこまで聞いて安久斗は大声を上げた。


「わ、解りかねます。私もつい先ほど極峰より報告を受け、混乱を極めております」


 梧が安久斗に言う。すると安久斗は「くれはを呼べ」と梧に指示を出す。


「はっ」


 梧はそう言って部屋を出ていく。


 安久斗は再び頭を抱えてソファに深く座り込んだ。蛇松が入ってきた時と同様の姿勢である。


「神類と妖精の対立だけでなく、妖精と妖精の対立が起きたのか」


 話を隣で聞いていた蛇松は冷静に状況を分析していた。


「何がしたいのだ、妖精は……」


 一方で安久斗は頭を掻き毟りながらそう呟いている。


 しばらく沈黙が訪れた部屋だったが、そこに梧がくれはを連れて帰ってきたことで沈黙は破られた。


「私も詳しいことは存じませんが、情報に間違いはないことは確かです。直接聞きましたもの」


「誰からだ?」


「ゆきです」


 くれはに事情を聞いていく安久斗。


「ゆきって、会長のあいつか? 常に青白い装束で可憐でお淑やかな」


「えぇ。水窪みさくぼゆきです」


 安久斗が確認するとくれはは肯定した。


「だが、なぜ妖精同士で対立するんだ。まして井谷につくなど……」


 安久斗が疑問をぶつけると、くれはが何食わぬ顔で言う。


「それは、妖精会が昔から根々川の自治領と不仲だからでしょう」


「そうなのか?」


 安久斗は知らなかった情報が出てきて困惑する。


「あら、ご存知なかったのですか?」


 それを見たくれはがそう安久斗に問うと、安久斗は「初耳だが」と返した。するとくれはが意外そうに頷いて言う。


「あそこは犬猿の仲ですので、せっかく支援してやるって言っているのに断られたことに腹を立てているのではないかと存じます」


「妖精の国からしたら手を借りたくない相手で、妖精会からしたら本当は手を貸したくない相手だったというわけか」


 安久斗が言うと「そんなところでしょう」とくれは。


「しかしそうだとしたら、なぜ昇竜妖精会は妖精の国を支援しようとしたのだ?」


 蛇松がくれはに訊いた。


「貸しを作ろうと考えたのでしょう。自治領だったらまだ同格と言い張れるほどの地位にありますが、国となってしまっては立場的に妖精会は弱くなってしまいます。きっとそれが気に食わなかったのでしょうね。ゆきはそれほどではないかもしれませんが、春野さくらや佐久間はやせなど、他の妖精会幹部はプライドが高いですからね」


「妖精の国に貸しを作っておいて、巨大な妖精勢力に対して今後優位に事を進めようとしたわけか」


「えぇ。それ以上に、貸しを作ることで川根の妖精を見下そうという考えかもしれませんが」


 くれははそう蛇松に答えた。


「神類同士が仲悪いように、妖精同士も大概だな」


 状況を知った蛇松が腕を組んだ。


「だが、妖精会が井谷につくのは認められない。まず妖精会はそれが自殺行為だということに気付いていないのか?」


「流石に気付いていると存じます。ですが、敵の敵は味方理論ではないかと。第三勢力として三つ巴を起こせば間違いなく真っ先に滅ぼされるくらい貧弱ですし、後ろ盾もありません。そもそも安久斗様とのパイプも細すぎて、妖精会は濱竹の名前を出すことができませんからね」


「たしかに濱竹妖精会とは名乗っていないな」


 くれはと安久斗はそんな会話をする。


「ですが、もし安久斗様が妖精会ないしは妖精の国を支援すると表明すれば状況は変わりましょう。確実に妖精会は安久斗様側に味方をするはずです」


「つまり妖精会のどっちつかずの状況は、むしろ安久斗が作り出したということか」


 くれはの言葉に蛇松が呟く。それに頷くくれはと顔を顰める安久斗。


「簡単に言ってくれるな。妖精の国はもちろん守られなければならない存在だが、だからといって神類国家の戦争に発展させて良いものではない」


 安久斗は機嫌悪くそう言うと、くれはに告げる。


「妖精会に伝えよ、今すぐこの件から身を退けと。さもなくば貴様らが生き残る道は断たれるとな」


 その言葉に蛇松は目を見開く。


「おい待て安久斗。それは暗に妖精の敗北を確信しているという意味になるぞ!? いいのか、そんなの発信すれば状況は好転どころか悪転するぞ!」


 その言葉にくれはは「どういうことですか?」と困惑顔。


「別にそう言っているわけではない。井谷側につくのであれば、妖精会を国から追放するという脅しだ。妖精の国側につくとすれば何も言わんが、この期に及んで奴らがその選択をするとは思えん。妖精は頑固だからな」


 安久斗はそう言うと、一筆文をしたためてくれはに渡した。


「何かが片付いたわけではないが、新たな火種を生まないことがこの件では大事な要因だ。そうなりそうなものを摘んでこそ意味があるだろう」


 蛇松にそう言う裏で安久斗は視線とジェスチャーで梧とくれはに去れと命じた。部屋の中は再び安久斗と蛇松のみになった。


「そう言われてしまえば何も返せないが……」


 蛇松がそう言った次の瞬間、再び扉が叩かれた。安久斗は梧が何か忘れて帰ってきたかと思ったが、聞こえた声は下池川山樹のものだった。


「安久斗様、蛇松様。神務卿の下池川にございます。ただいま靜より知らせが参りましたので報告に上がりたく存じます」


「入れ」


 安久斗の言葉で扉が開き、濱竹神務卿の下池川山樹が入ってくる。


 山樹は礼儀正しく安久斗と蛇松に礼をすると、


「昨日、靜国の安倍山地に住まう妖精が自治領化を訴えて活動を始めたとのことです」


「靜はどうした?」


「『妖精に対する取締法』を適用し、活動を起こした360余りの妖精を処分したとのことにございます」


「それで?」


「妖精の国が靜に抗議を起こし、妖精に対する態度を改めなければ宣戦布告も辞さない構えだという文書を送りましてございます」


「……はぁ。で、靜は?」


「相手にしておられないご様子にございます」


 一連の報告で、安久斗と蛇松は頭を悩ませた。


「靜は不干渉の意味を履き違えているのではないか? それはまるで不干渉ではなく無視だ」


 蛇松がそう考えを口にする。


「いいや、そうではなかろう」


 それに対して安久斗は異なる見解をぶつける。


「妖精など取るに足らない存在であり、相手にする気がないという意思表示だろう。不干渉というのはあくまで妖精の国を巡る俺たちと井谷らの対立においての話であり、それは結局、神類国家の関係に対しての話だ。元より靜は妖精に対しては無視を決め込んでいる」


「なるほどな。元より妖精は見ておらず、国としてはおろか民として考える気もないということか」


「そういうことだと思うがな」


 蛇松は安久斗の見解に理解を示したが、それを踏まえて「ふむ」と唸る。


「どうした?」


 安久斗が問うと、


「いや、妖精の国が不憫に思えてな。一人前に国となり靜と渡り合えると思って抗議の書状を渡しているはずなのに、靜は何ひとつ認めていないというのは……なんというのか、不憫に映るな」


おのれが友人と思っていた奴だが、其奴そやつからしてみれば友人でもなんでもなかったというような感覚に似ているだろうな。尤も、妖精どもは未だそれに気付いていないわけだが」


 安久斗は自分でその例えを出して、「……確かに不憫だな」と改めて言う。


「だが、靜の行為は連邦中の妖精の反神類的な感情を著しく刺激するものだ。確実に妖精の活動が活発になる」


 蛇松が言う。


「しかし、靜に抗議することはできまい。靜がやったことは自国の法に則って裁いただけであり、靜からしてみれば過ちでもなんでもないのだからな。ここで俺たちが何か言おうものなら、内政不干渉の規約に触れることになる」


 安久斗がそう言って悩む。


「状況を収めさせる方法は2つだろうな」


 安久斗が頭を掻きながら言う。蛇松が安久斗に視線を向けた。


「まず1つ目、今までと同様に連邦中に妖精への理解を示させるべく行動を続ける」


「井谷らを非難し、妖精の国を守るために尽力するというものだな」


 安久斗の言葉を蛇松が自分の中に落とし込んでいく。安久斗はそれに頷いた。


「2つ目、妖精との共生を諦めて靜連邦全体で妖精の排斥に移行する」


「井谷ほどまではいかずとも、靜のような立場への移行ということか」


「それもだが、靜を不干渉から引き摺り出して圧倒的な発言力と権限で妖精の国と井谷諸共黙らせるという手法もある。しかしそのためには、俺たちがある程度反妖精主義や神類第一主義へと移行する必要がある」


「なるほどな」


 安久斗の意見を聞いた蛇松は、


「理想を言えば前者が望ましかろう」


 と告げた。


「だよな……」


 安久斗はその意味を理解してため息を吐く。


 その意味というのは、理想と現実の関係性によるものだ。理想というのは望ましい状況を意味するわけだが、そもそも現実に不満がなければ理想は生じない。つまり理想というのは常に現実と乖離していて、たとえ理想に辿り着けたとしてもその理想の中で不満が出始め、新たなる理想が生じるというわけだ。


 そのように見ていくと、理想というものはどう足掻いても辿り着けない場所であり、「理想を言う」ということは「やりたいが出来ないものを言う」ということを意味しているのだ。


 よって蛇松は、前者より後者に切り替えた方が良いと主張したわけだ。


 しかし安久斗は踏ん切りが付かない。


 妖精の排斥ではなく、妖精を保護し活用してきた安久斗にとって、妖精を見捨てたと言われてもおかしくないこの決断は難しいものだ。


 また昇竜行政区は神類よりも妖精の立場が強く、妖精にとって悪影響が出る判断は国益を損なうものになる可能性もある。


「今すぐに選ばねばならないものではないが、方向性は近いうちに決めねばなるまい。守るか、守らないか。今はそれだけを決めて、具体的に何をするかは今後の状況次第で良いのではないか?」


 安久斗の様子を見て蛇松はそう助言する。


「お前はどうするんだ?」


 安久斗は蛇松に尋ねる。


「俺だって理想を言っただけだ。もう少し現実を見なければ何も出来ぬ。少なくとも、宇治枝が謹慎を解かれた後でどのような行動を取るか見て、協力できそうであれば味方に引き入れるのも策だろう」


「あいつを? 俺としては願い下げだな」


「そうも言っていられんだろ。現状、俺たちは猫の手も借りなければならんほどに味方がいない。恭之助だって味方にしてしまえば、少しは余裕ができるのではないか?」


「むしろ悩みの種になりそうだがな」


 蛇松の提案に安久斗は良い顔をしなかった。


 しかし蛇松もこの先のことをこの場で即決するつもりはないらしく、しばらく様子見をするということを聞いて胸を撫で下ろした。


「状況が変わればまた連絡する。俺がどうするかに関わらず、お前はお前の道を進め。たとえ別の道を歩むことになろうとも、俺はいつか、神類と妖精が共存できる環境を整えたいと願っている」


 蛇松はそう言うと「帰る」と告げ、扉を押して出て行った。


 部屋には安久斗と山樹だけが残る。


「山樹」


「はっ」


「妖精の国の戦況を知りたい」


 安久斗が山樹にそう言うと、


「かしこまりました」


 山樹は安久斗を神務局へといざなった。

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