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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
妖精自治領編
64/107

1-07『期待外れの結果』

「おい安久斗! 貴様宇治枝に幾ら積んだっ!?」


 最高議会の閉幕後、静岡神社の廊下で井谷俣治は濱竹安久斗の胸ぐらを掴んだ。


「落ち着け、俺は宇治枝なんかと繋がっていない。それとそれはこっちのセリフだな、お前こそ宇治枝と繋がって主導権を俺から剥いだだろ! 幾ら積んだ? あぁ?」


 今度は安久斗が俣治の胸ぐらを掴む。


「積んでねぇよ! 誰が宇治枝なんかに頼むかっての! あんな胡散臭い野郎に……」


 そこまで言った俣治が、少しばかり思い出すように空を仰ぎ、「待てよ?」と言う。そして数秒固まると、にんまりと笑って安久斗の手を振り解いた。


「そうか、そういうことだったか。俺は誤解していたぞ、安久斗。疑いを掛けてすまなかったなあ。じゃ」


 そう言って笑い声を上げながら去っていく。


「んだあいつ、気持ちわりぃな」


 安久斗はそう吐き捨てると、先ほどまで掴まれていた胸ぐらを正してから衣装をパタパタと叩く。


「そんなところに突っ立ってどうしたのよ?」


 その直後に背後から声をかけられ、安久斗が振り返ると、そこには兎山明が立っていた。


「んあ? 別になんでもねぇよ。井谷と宇治枝が繋がってんじゃねぇかって思って聞いていただけだ」


 そう言ってから明に顔を近づけて、


「お前、何か知ってんじゃねぇか?」


「別に知らないわよ、俣治が誰と繋がっているかなんて。ただひとつ言えるのは、井谷がそんな物理的に距離の近い国と仲良く話し合えるような状況にあるようには思えないわね」


「だからこそ訝しんでいるんだが。宇治枝恭之助はまるで信用ならん。性格を鑑みれば井谷俣治と同類、繋がってもおかしくないと見るが」


 そう安久斗が意見すると、明は露骨に呆れ顔をして、


「えぇ? あなた俣治のこと実はなんにも知らないんじゃないかしら?」


 と安久斗に言った。


「別にあんな奴のことを知ろうとも思わんが」


 そう言う安久斗に明はため息を吐いて、


「じゃあひとつ教えてあげるけど、俣治は恭之助なんかよりも余程芯が通っているわよ。彼の根底にある芯を見抜けば、発言も的を射ているし、何しろ律儀。胡散臭くなんかないわよ」


 と言った。


「まるで井谷狂信者だな」


 安久斗はそれを鼻で笑った。明はムスッとして「それ、悪口よね」と舌打ちする。


「ま、せいぜい上手くやれよ。あいつに恨まれると大変だからよ」


 安久斗は明にそう言って立ち去ろうとしたが、ふと思い出して回れ右。そのまま再び明に近づいて、


「んでお前、さっきなんで妖精に助け舟出したんだ?」


 そう尋ねると、明はキョトンとして数秒し、ケラケラと声を上げて笑い出した。


 今度はそれを見た安久斗がキョトンとする。


「な、なんだ? お前がそんな風に笑うとは。俺なんか変なこと言ったか?」


 安久斗が訊くと、


「変よ、変。あなたがそこまで頭回ってないなんて思わなかったわよ。そりゃ恭之助と俣治の違いにも気付けないのも無理ないわね」


 明はそう言って、目元に浮かんだ涙を人差し指で拭いながら安久斗に言う。


「助け舟なんて出していないわよ」


「は? だがお前、妖精と宇治枝の独立保障の間を取り持ったじゃねぇかよ」


 安久斗の言葉に明は「そうね、確かにそうね」と和かに笑う。


 そして背後にある議事室の方を向いてから真顔になり、呟く。


「もし舟を出したとしたら、それはきっと泥舟よ」




ーーーーー

ーーー




『それで、どうだったの?』


 神紀4999年の下半暦しもはんれき、宇治枝恭之助のもとに連絡が入る。宇治枝には、靜よりも高性能な連絡手段がある。その技術は関東統一連邦が確立したもので、通称“電話”と呼ばれているが、電気など存在しないため俗に言う電話ではない。


 それは、神類の放つ特殊な波長を利用して使うことができる道具で、遠く離れた他者と会話することができるものである。


 靜連邦にも似たような道具があり、緊急の招集などがそれを通して掛けられるが、性能はあまり良くなく慣れないと上手く聞き取れない代物である。しかも一方通行で、誰かを指定して扱うことができず、各国の神社のスピーカーより垂れ流されるため、使い勝手は全く良くない。ほとんどが連邦神議会の招集や、緊急時に情報を共有するために使われる。直近で使われたのは、ちょうど2年前の渡海事変の時である。


 しかし関東統一連邦は、個々と双方向に連絡を取る手段を確立し、それを連邦内外で活発に用いている。このような点で、関東と靜の技術力には雲泥の差があるのだ。


 なぜそれが宇治枝にあるのか。恭之助が使っている()()は、昨年のサハ戦争後に宇治枝に届けられた。関東の祖神は靜に置きたかったのだが、深く関東と関わることを靜が拒み、同時に関東を信用していないため、危険がないか調べさせるべく信用できる恭之助のもとに置いたのだった。


「それなりに上手くいったと思っているさ」


 恭之助は質問にそう返すと、通話の相手は『それならよかった』と声色明るく返してくる。


「でも、もしかしたら少し俺の身が危ないんだよ」


 恭之助がそう言うと、相手は『なによ?』と返してくる。それを聞いて恭之助は肩を竦めながら、


「靜と対立しちゃったんだよなぁ、これが。規約違反もしちゃったし」


『悪い子だね』


「まぁそうだね、だいぶ悪い子になっちゃったよ」


 戯けたように言う恭之助。


『それで、静からどんな制裁を下されそうなの?』


 相手は冷静にそう聞いてくる。


「どうだろうねぇ。少しばかり怒っているだろうから、宇治枝軍の指揮権停止とかかな? 下手したら軍隊を丸ごと靜に没収されるかもしれない。国を守るに守れず、敵対しても攻めに攻められない状況にされてから、きっと国境に靜をはじめとした連邦軍がズラリと並んで威圧してくるはずだよ。で、俺が謝れば許すって感じじゃないかな? 今までと同じなら」


 恭之助は天井を見ながら想像するように語る。


『なかなかあなたのところの連邦も酷い状況だね』


 通話相手は呆れ笑いで返してくる。それに対して恭之助は頭を掻きながら、


「ま、実はその方が都合が良かったり良くなかったり。どうなるか分からないけどね」


『はぁ? 意味わかんないんですけど』


「分からなくて結構だよ。それ以上はまだ関東に開示できる情報じゃない」


 恭之助にため息が返ってくる。


『ま、いいわ。それよりあなた、件のアレは見つかったの?』


 通話越しにそう訊かれて、恭之助は一瞬考えたが、「あぁ、アレか」と思い当たる節を見つけ、


「そうだね、数にしておおよそ4か5くらいは。でもどうやって捕まえるか考えものだね」


『規約違反のこともあるし、しばらく様子を見た方がいいのかもしれないね』


「しばらくは目くじら立てて見張ってきそうだしねぇ、靜は。こうして通話するのもあんまり良くないかもしれない」


 恭之助はそう言うと、心底落ち込んだように深いため息を吐いて、


「あぁ、可哀想な俺。愛し愛される関係にある子との通話もままならず、愛を交わすことも許されず。あぁ、なんと切ないことか……!」


『キモいわね、切るわよ?』


「あぁあちょっと待って!」


 スピーカーから呆れと引きが混ざった声が聞こえて、恭之助は慌てて呼び止める。『……なにさ』と相手の呆れ声。


「例の件だけどね」


『どっちのことよ?』


「後者だよ後者、『カミノコ』の方」


 そう言うと相手は『そっちね』と返して、


『分かってるわ。洋介にも言ってあるし、あとはあなた次第。あなたの計画はこっちに取っても悪い話じゃないからね。成功を祈るよ』


「あぁ、それは助かるよ。覚えていてくれた挙句、しっかり洋介くんにも回してくれているとは。さすがは俺の愛する……」


『キモいから切るわね』


「あちょっと待ってよ!」


ツー、ツー、ツー、ツー……


 通話は一方的に切られて終わった。


「はぁあ。相変わらず最後まで聞いてくれない子だなぁ」


 恭之助は受話器を置いてそう呟くと、ひとりでに口許が緩んで、


「でもそれが可愛いんだけどねぇ」


 などと言うと、先ほどまで使っていた真新しい電話には目もくれず、その隣にある()()電話をよしよしと撫でた。




ーーーーー

ーーー




 冬至前86日、夕方。


 ついに下半暦も過ぎて、冬至までのカウントダウンに入る。今年もあと半々分を切ってしまったか。


 流石にそろそろ日渡伝書の執筆に取り掛からないと。去年は大志が亡くなるまでコツコツまとめてくれていたからなんとかなった面が強かったけど、今年はなぁ。


 ということで、去年の日渡伝書こと322巻を持ってきたわけだけど……


「……どうした?」


 持ってきてしばらく経つけど、僕は開くことができずにいた。


 それを心配してか、竜洋が声を掛けてきた。


「いや、別に」


 そう返すけれど、表紙に手を置いたまま開くことはなかった。


 ひらけないのだ。ここに詰まった出来事があまりにもしんどくて、読み返したくない。


「…………」


 竜洋は黙ってそれを見ると、


「気持ちは分かるぞ。俺も沙耶香が残した品々を見るのが苦しいからな」


 と静かな声で言ってきた。沙耶香というのは竜洋の妹のことで、2年前の渡海事変で亡くなった。……というか、殺されたと言うべきか。


「とは言っても、見なければ始まらない。どうせお前、書き方が分からないんじゃないか? 去年は俺と湊様で編纂を行なったわけだしな」


 竜洋が僕にそう言ってくる。


「その通りだよ、僕は日渡伝書の書き方が分からないんだ」


「ならば去年じゃなくて一昨年のを見ればどうだ?」


 竜洋はそう提案してくるが、直後に思い至ったか「いや、なんでもない。一昨年よりは去年のがよかろうな」と修正。2年前となると、彼なりに思うところがあるのだろう。


「何してるの?」


 男2人で話し込んでいると、後ろから花菜がやってくる。その背後には湊さんもいる。


「日渡伝書……? って、それ去年のじゃないですか! 恥ずかしいです、わたしの字見ないでくださいっ!」


 湊さんが覗き込んできてから赤面し、僕の目を小さな手で覆ってきた。


「わわっ!? み、見てないよ! それに開いてもないって!」


 僕が言っても、湊さんは離してくれなかった。


「何してるのよ2人でイチャコラしてさぁ」


 花菜の声が耳に届く。視界が奪われていてもこいつがニタニタしていることくらい分かる。揶揄われているだけなので反応しないに越したことはない。


「いっ……!? イチャコラ…………」


 ……いや、湊さん。反応しちゃダメですよ? 余計弄られる。


「あれあれぇ、違ったかな?」


 ほら、始まった。その声と同時に、湊さんの手に力がこもってきて……痛い!? え、痛い痛い、眼球潰れる!!!


「湊様、硬直なさらないでまずはお手を。大智の目が潰れてしまいます」


 竜洋の言葉の直後、「あっ……」という言葉と同時に退けられる手。よかった、目が潰れなくて済んだ。


「もう、花菜ちゃん! そんな風に言われたらわたしだって怒りますよ?」


 真っ赤になってそう言って、頬を膨らませる湊さん。申し訳ないが、それでは可愛すぎて怒っているようには見えない。


 それを見た花菜が必死に笑いを堪えながら「ごめんごめん」と謝る。


「で、大智。なんでまた日渡伝書?」


 花菜に訊かれて、


「そろそろ作んなきゃいけないけど、書き方が分からなくて」


 と返したら、


「「えぇぇ……」」


 女子勢からドン引きされた。


「え、もしかして大智、書き溜めてないの……?」


「ですです! 書き溜めずにどうやってまとめる気ですか? 今からまとめて書く気ですか?」


 花菜と湊さんに問われて、「うん」と短く返すと、


「あーダメだこりゃ。今年はダメだ」


 花菜の目から光が消えた。


「竜洋が書き溜めた渡海伝書の下書きを参考に……といっても、書き方が違うかも……」


 湊さんも困り顔。そんな中、花菜が僕に質問してきた。


「それ以前に、大智。何日に何があったとか、誰がどうしたとか、そういう記録は取ってあるの?」


「えっ?」


「えっ?」


 えっ?


「「「…………」」」


 しばらく僕らを沈黙が襲った。僕はゆっくりと指を横に振った。冷や汗が垂れる。直後に響く、僕を除いた3人の声。


「「「えぇぇ〜〜!?」」」


 この瞬間、今年の日渡伝書は使い物にならないことが確定したのだった。




 やっていないことで焦っても仕方がないので、日渡伝書の編纂は今のところお預けに。


 明日各々が使えそうな資料を持って神社に集まることで決まった。


 そうして今日は解散にしようとなったのだが、そこに深刻そうな表情をした萌加様がいらっしゃる。


「どうかされましたか?」


 そう訊くと、


「宇治枝に靜から制裁が下された」


 という言葉が。そしてそれと同時に一枚の紙を僕に手渡される。


 僕はそれに目を落とす。みんなも覗き込むようにその紙を見た。


「『靜連邦規約に反したため……宇治枝軍の指揮権を宇治枝恭之助より剥奪し軍を没収、同軍を靜国の指揮下に置くと共に……始神宇治枝恭之助に10日間の謹慎を命ず……なお規約に背いて結ばれた独立保障は剥奪し……今後も靜は妖精の国に関しては不干渉を貫く……』」


 僕は長い文章から重要そうな部分を掻い摘んで呟きながら読む。


「つまり、妖精の国にかけられた独立保障が消えたということか?」


 竜洋が僕に問う。


「そうみたいだね」


「ですが、それがどんな問題に……?」


 花菜が萌加様に問うと、


「一昨日の議会で恭之助が言っていたじゃん! 独立保障は国家同士の取り決め。国と国同士の話し合いを経て、本来は30日くらいかけないと締結に至らない。即席で用意できないんだよ!」


 と萌加様は強く言う。


「つまり、少なくとも今後30日間は、妖精の国は丸裸というわけか」


 竜洋が考え込むように言う。


「……きな臭いかも」


 湊さんが状況を理解して呟く。


「昨日千鶴と話したんだけど、妖精の国には着々と連邦内外から妖精が集まってきているみたい。規模もどんどん膨れ上がってきていて、千鶴がいい顔をしていなかった」


「ということは、今までは守ってくれる立場にあった根々川までも妖精を……?」


「その可能性が高いと思う」


 萌加様の言葉に、僕は頭を掻いた。とは言っても僕にとってはそこまで悩ましい問題ではないのだが、今後どういう向きに転ぶか分からないため治安が悪化することに対しての懸念故の悩みか。


「ところで、明を見なかった?」


 萌加様は僕らにそう尋ねた。


「明様なら、朝からどこかにお出かけになられました」


 湊さんがそう答える。


「どこかは聞いていないの?」


「はい。忙しそうにしておられましたし、昨日の夜の時点では用事はないと仰っておりましたので急用かと存じますが……」


 湊さんの言葉に、萌加様が「……もしかして」と不安そうな顔をした。


 そうして何も言わずに飛び立とうとされた次の瞬間、


「おい萌加、緊急事態だ」


 逆に空から安久斗様が降りてきた。


「どうしたの? わたしも急いでいるんだけど」


「それより聞け、一大事だ」


 安久斗様は大真面目な表情で萌加様に言う。しかしその裏に確かな焦りも感じた。


「だからどうしたの?」


 萌加様が尋ねられると、安久斗様は爆弾を投下してきた。


「井谷俣治が、妖精の国に宣戦布告した」

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