1-04 『根々川妖精自治領独立に向けた臨時の対策議会(仮称)』
夏至後48日。この日予定されていた濱竹議会が急遽取りやめになり、代わりに入った行事が臨時の西部諸国会議だった。
招集をかけたのはもちろん西部の超大国濱竹を統治する安久斗様だ。
緊急の招集で集められた連邦西部9ヶ国の首脳陣は、集まるや否や何事かと言葉を交わしていたが、安久斗様が入ってきたと同時に根々川千鶴様を隣に呼んだことで神々は全てを察したようだった。
「おいおい安久斗、正気? さすがに妖精自治領を独立させるなんて。とうとう気が狂ったか?」
安久斗様が話し出す前から周知国の神、小國様が言葉を飛ばした。僕ら上神種にはさっぱり分からない話であるが、神々はその言葉に頷いていた。
「正気だ。妖精が独立を果たせば、この連邦に技術革新が起きるのは明白だ。濱竹の国力と技術力は妖精の力を活用したから得られた産物だ。根々川の妖精が俺たちと対等な国として機能し、連邦の中で交易を行い、手を取り合っていけたのならば、靜連邦の全ての国が濱竹と同格の生活水準を手にすることも夢ではなくなる」
安久斗様はそう言ってニヤリと笑うが、
「手を取り合えるほど、妖精を信頼できないわよ」
と袋石夜鳥様が、
「そもそも妖精が神類を信用してないしな」
と武豊耐久様が発言して、議場に重い空気が流れる。
「安久斗ほど上手く統治ができる自信がないし、そもそもとして多少の反乱が起きても即座に諌められるほどの国力と軍事力が備わっていないとできない荒技よ。妖精の力を利用した技術革新なんて、現状中小国には難しいわね」
それに拍車を掛けるように崖川あさひ様が意見する。
「そうでもない。現状あいつらはやる気に満ちている。そのモチベーションが今後も維持できたのなら、俺たちと良好な関係を築くことができ、今後の発展が見込めるだろ。妖精がどうだということを理由に出すなら、それは現状決定的な否定要因とは成り得ないぞ」
反論する安久斗様。
いつもそうだけど、神々の会議は唐突に始まるから困る。何を話すのかとか、どうしたいだとか、そういうことを前もって教えてくれないから、内容から推察して議題を見出し、どんな結論を導き出したいのかある程度予想する必要がある。
聞く限り、今回の議題は妖精の国を作るか作らないかといったところか。
「で、俺たちを集めてこんな話をするってことは、件の話し合いでは決着がつかなかったということか?」
そう思っていたところ、古田崎国の神、悠生様が安久斗様にそう尋ねるのが聞こえた。
「そうだな。話がまとまらなかったから、妖精国家ができるとどんな利点があるのかを話し合う機関を作ることにした。そんで、靜が後々開くだろう臨時の連邦最高議会で報告することになっている」
安久斗様がそう答えた。
「ということは、これは仲間集めという認識でいいのかな?」
堀之内国の神、弥凪様が尋ねると、安久斗様は「言い方を悪くするならそうだ」と少しばかり嫌そうに肯定した。
しかし、すかさず悪印象で終わらせないように弁明する。
「だが勘違いしてくれるな、俺は靜を説得する仲間が欲しいんじゃない。共に妖精国家の意義を考えて意見を出してくれる者が欲しいんだ。これからやっていく会議に参加したからといって、靜と真っ向から意見をぶつけないといけないなんてことはない。ただ妖精国家というものについての意見が多く欲しいだけだ」
その声に、神々は各々悩みを見せたが、
「でも、ちょっと遠慮するよ」
最初に切り出したのは我らが日渡国の神、萌加様だった。
「なんだ、やはり靜から離れたくないか?」
意地悪く安久斗様は萌加様に言うが、
「それもないわけじゃないけど……」
煮え切らない返事を萌加様は返されると、続けて、
「私には、妖精の活用方法を思いつくほどの知識がないというか、頭がないというか。いるだけになっちゃいそうだしさ。それに、国もようやく渡海含めて新たに動き出そうって時だから、あんまり他国にまで手を伸ばすと一杯一杯になっちゃいそうで」
と仰る。おそらく本音は靜との対立を懸念してのことなんだろうけど、嘘は言っていない。それに日渡には濱竹の国政に関わる権利が未だ残っている。それを介して意見することもできるため、下手に友好国である靜との対立を誘発するような行為をしてまで参加する必要はないという判断だろう。
しかし、その萌加様の声を皮切りに、他の神々も不参加の意を示し始める。
「最終的に判断するのは靜や宇治枝とかそっちら辺だろ? 俺たちを巻き込むよりも奴らと共に考えたらどうだ?」と、耐久様。
「妖精ねぇ。俺も萌加ちゃんと同じで使い道が分からないからなぁ。残念だけど戦力にはなれないかな」と小國様。
「靜をはじめとする独立反対派との対立が懸念されるからな。この件は金輪際不干渉でありたいものだ」と悠生様。
「一箇所に集めて滅ぼすこと以外に利点なんて思いつかないよ。でもそれって妖精からしたら利点じゃないしね。ちょっと俺には難しいかも」と弥凪様。
「妖精の活用方法はあんたが一番知ってるじゃん。私ら巻き込むよりも先に、少しくらい自分で考えなさいよ」とあさひ様。
「鳥頭には難題よ〜」と夜鳥様。
各々の意見を聞いた安久斗様は大きなため息のあとで、
「……で、本音は?」
と神々に尋ねる。すると神々、
「対立を誘発するな」
「不干渉が好ましいね」
「靜との波風を立てたくない」
「面倒だね」
「端から頼るな」
「対立反対」
全員が安久斗様に一斉に言った。
「あー、分かった分かった。無理に誘って悪かったな」
安久斗様はそう言って場を落ち着かせてから、
「話はこれだけだ、無意味な呼び出しになってすまなかったな」
と僕らに告げて、会議の閉会を宣言した。そして挨拶もろくに交わさずに安久斗様は部屋を出て行ってしまった。それと共に千鶴様も部屋を後にする。
残った神々は安久斗様と千鶴様について少しばかり愚痴を言い合ったあと、各々の国へと去った。
僕ら上神種は皆、機嫌を損ねた神の対応に追われる形となり、あまり良い思いはしなかった。救いだったのは、あの中で唯一萌加様だけ機嫌を損ねなかったことだ。
おかげで僕と花菜は、対応がさぞ楽なものだった。
しかし、なんでこの議会って上神種も一緒に呼ばれるのだろうか。神様だけで事足りるのでは?
それは連邦最高議会でも同様のことが言えるんだけどね。
……ま、気にしちゃいけないか。そういう制度なんだから。
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「で、妖精たちを独立させてどうしようというのかしら?」
濱竹が西部諸国を集めたのと同日、井谷俣治は個人的に兎山明を井川神社に呼び出した。
妖精自治領の独立に関する話を聞いた明は、俣治に疑問をぶつけた。
「簡単な話だ、」
その質問に俣治はニタリと笑ってそう前置きをすると、
「妖精は皆等しく処分だ」
明に堂々と告げた。明はその答えにクスクスと笑うと、
「あんた、ほんと悪い奴ね。独立を手伝っておきながら、独立した瞬間に滅ぼすの?」
「悪いか?」
「いいや、別に。相手が相手だし構わないと思うわよ」
悪そびれない俣治に対し、明も怒ることなく話をする。しかしその後で「でも」と言葉を置いてから、
「やっていることが外道そのものよ」
と言った。
「別に構わんだろう、相手が相手だしな」
その言葉に俣治はそう返した。明も「ま、そうね」と返して終わる。
井谷俣治の考えと兎山明の考えはよく似ている。妖精は処分して然るべきものであり、人類同様下等生物でしかないと見做している。それを保護するなど野蛮国家のやることであり、神類ならば妖精を迫害して当然であるという認識だ。
ある種それが常識であるわけだが、たしかに倫理観には欠けた考え方であるのも事実。それはお互い認識していて、殺生行為であることも自覚しているが、相手が神類でないなら多少汚くても許されると考えているのだ。
よって今回、妖精の国家を作るのを手伝ってから滅ぼすというのは、神類同士なら卑怯そのものであるわけだが、相手が妖精だから許されるという共通認識のもと成り立った会話ということだ。
「で、私にどうしろというのかしら?」
明がそう訊くと、
「お前も力を貸して欲しい」
俣治はそう答えた。
「貸すって言っても、戦力なんてないわよ? さすがに上神種を前線に送り込みたくはないし」
明が少し難色を示すと、
「別に戦力を頼むつもりはない。お前に頼みたいのは作戦の立案とかそういうのだ」
と俣治が言う。「なんだ」と明はひとつ呟くと、
「ならいいわよ、協力してあげるわ」
俣治の誘いに乗った。
こうして、兎山明は井谷俣治とともに妖精国家を作って滅ぼす計画を立てていくことになった。
……のだが。
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「うぇ!? じゃ、じゃあ明は、あの靜と対立するためだけにあるような機関に入るつもりでいるの!?」
翌日の日渡議会の後で、萌加様が驚かれた。明様が井谷俣治様と親交があることは知っていたが、まさか共に靜と対立する可能性のある機関に入ろうというほどの仲だったとは。
……といっても、僕は現状をよく知らないからなんともいえないけど。
そもそも井谷国はもともと件の機関に加盟しているのか、まだ加盟を考えている状態なのか、僕にはさっぱり分からない。
でも、あの濱竹とも靜とも仲の悪い国が、そして妖精もひどく嫌っているという噂のある国が、どうして妖精国家の利点を考える機関に入るのか全く見当がつかない。
そして明様も、どうしてまた井谷様の誘いで入ろうとしているのかが分からない。
「ダメかしら?」
明様が萌加様に是非を問うた。萌加様の結論は、
「ダメッ! 渡海は自治領なんだよ? わたしが入らないって決めたら入れないよ。国じゃないんだからさ」
即決だった。それに対して明様は何も言わない。明様が何も言わないことを確認すると、萌加様は続けて告げた。
「それに、濱竹の誘いならまだしも井谷の誘いじゃ靜から目をつけられるよ? 全然そんなつもりじゃなかったのに反感を買う可能性もある。井谷なんてそんな国なんだから。それで怒られるのはわたしだし、日渡も一緒に目を付けられちゃうの! せっかく安久斗からの誘いを断ってまで靜との関係性を守ったのに、勝手な行動されちゃ困るよ」
珍しく強めのお怒りモードの萌加様。
「じゃあその機関には入らないでおくわ」
明様は萌加様の言葉に折れてそう言った。
「そうして、絶対」
萌加様は念押すように明様に言う。
そうしてひとまず事は収まったが、明様が神社を後にしてからしばらく萌加様の機嫌が悪くなってしまい、結局僕と花菜も対応に追われるのだった。
神治に参加して深く実感した事だが、神々なんて本当ろくな奴がいない。
基本的にわがまま、すぐ喧嘩する、すぐ機嫌が悪くなる。口を開けば悪口ばっかり。神の中に暗黙の了解ばかりが存在して何に怒っているかもよく分からない。
その対応に追われ続けるのが、この臣と巫女という仕事なのだ。
あぁ、そうだよ。
非常に面倒くさいんだ。
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「例の会議に参加するのは、萌加から許可が降りなかったわ」
「そうか、残念だ。まぁ安久斗も珍しく西部諸国に振られたみてぇで、出だしから躓きまくってんな。やはり皆靜とは対立したくないようだな、チキンどもめ」
夏至後50日、井川神社で明と俣治が話し合う。
「萌加は濱竹からの誘いなら入ってもいいみたいな言い分だったわ。井谷からの誘いじゃ靜に目をつけられそうだとか」
「なるほどな、チビらしい言い回しだ。で、濱竹からの誘いならお前は入るのか?」
「入らないわね。安久斗のように妖精を守る気はないもの」
「だろうな」
そこまで会話して、俣治はふと思う。
「だがよ、日渡も濱竹からの誘いを蹴ったのだろう? もしお前が濱竹から誘われたとしても、あのチビの理論では加盟できないだろ」
「まぁ萌加の言うことにいちいち反応していたら時間の無駄よ。あの子は結局、靜との間に波風立てずに過ごしたいだけなのよ。会議に参加するのは嫌だけど、参加するなら濱竹側につきたいということじゃないかしらね。靜と仲が悪いあなた側じゃなくて」
明が俣治に言う。
「まともに相手にしてはならんというのは靜にそっくりだな」
俣治はそれを聞いてそう言った。
「育ての親みたいなものだから仕方ないわ。たまに祖神種のような考え方をするし」
「この前の渡海国民虐殺とかな」
「そう」
俣治の言葉に明は頷くと、置いてあった紅茶に手をかける。
「そういえば、こういう茶葉はどこから手に入れるのかしら? この国じゃお茶なんてろくに作っていないでしょう?」
「んあ? たいてい島谷か銀谷からだな。治水事業の見返りとしてもらうことが多い。まぁ俺んとこのダムがなけりゃあいつらの国は大雨のたびに大惨事だからな」
「あぁ、そうね。大井谷川があるものね」
「それは南の呼び方だ、ここじゃ井谷川な。同じにすんな」
「あら、せっかく自分の国の頭に『大きい』て言葉がついているのに。意外としおらしいじゃない。てっきりあなたが呼ばせていると思っていたわ」
「違う。あいつらのところじゃ川幅が広すぎるだけだ。ちなみに千鶴んとこも井谷川だぞ?」
「そうだとしたら、あなたのところの北の方は小井谷川ね」
「おい黙れ晒すぞ」
やはり大小は気にしているのだと知り、明はクスリと笑う。
「まぁいいじゃない、別に小さいのは川であって、井谷という国が小さいわけじゃないのだから」
そう言って明は紅茶を口にした。
「……ふうん。中部のお茶にしてはハズレを引いたかしら。少し質が低い気がするのだけど?」
明はそう言ってカップを置く。靜連邦中部諸国といえばお茶の産地であり、それは上質な茶葉がよく採れる。噂によると関東統一連邦にもどこからか流出しているようで、あの南四連邦の夏半若菜のお気に入りでもあるらしい。
しかしどうだ、明が口にしたお茶は少しばかり味が劣っていたと感じた。明はしばらく考えていたが、正面に座る俣治の額に青筋が少し浮かび上がるのを見て納得し、これまたひとつクスッと笑った。
「ごめんなさいね、先ほどの話の流れでてっきり中部から輸入したものかと」
そう言って謝罪を入れた後で明は立ち上がり、
「軍事以外も頑張りなさいな、あなたの嫌いな中部諸国に負けない程度に」
そう微笑みかけると神社を後にした。
俣治は明の飲み干したカップと、未だ自分の正面に半分ほど残っている自身のカップを見つめると、
「くっそが! 兎山なんぞ、ろくにお茶作ってねぇだろうがぁぁ!」
明がいなくなったあとで大声をあげて机を叩いた。
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「結局、誰も増えなかった」
夏至後51日。根々川千鶴は浜松神社の小議事室でそう呟いた。
広すぎる空間に、たったの計12名。面子は濱竹、井谷、根々川の神、臣、巫女と、妖精自治領の長、右翼、左翼のみ。
「これだけで靜が率いる反対勢力と戦わなければならないのか」
安久斗は事の深刻さを改めて実感したように呟く。
「反対勢力ったって、ただ逆らえなくて付き従ってるだけの臆病者だろ? そんな奴らには、こっちの勢力が優勢だと見せつけてやればいいだけだ」
俣治の言葉に千鶴が首を傾げる。
「上位種の絶対有利がある以上、祖神種に抗うことは不可能。どうするの?」
上位種の絶対有利とは、神類が生まれつき持つ格上を殺せないというシステムである。国を持つ『神』を永神種と呼び、その中で祖神種、始神種、皇神種の3つに分かれる。最強は祖神種、次いで始神種、最弱が皇神種であるが、連邦の中では靜だけが祖神種であり、その他は皆始神種か皇神種である。よって誰よりも格上の靜には逆らうことができないという状況がある。
またこれは永神種と上神種の間にも言え、またその下の下神種との間にも生じる。神類文明は明確な格差社会なのだ。
「関東からサハ大陸連邦の祖神、衣堆ジョンキヤを一時的に借りるか?」
「そんなことできんのかよ?」
安久斗の提案に俣治が驚く。
「無理を言えば可能だ。だが、あまりやりたくない。統治権を得ただけで、その土地を治めていた神を自由にできる権利はないからな。もしやるならば最終手段だ」
安久斗が言うと、「そうだろうな」と俣治が言う。
「それ以外に何かないの? ……聞いておいてあれだけど、私に当てはないから」
千鶴が断りを入れながら尋ねる。じなをはじめとした妖精の面々も安久斗と俣治に視線を寄せる。
「とある方法で、根回しをすることなら可能だ。どこまでうまく行くか分からんがな」
俣治がそう言った。
「ほう? どこだよ」
安久斗が興味を持って尋ねると、
「甲信だ。奴らとは古い付き合いでな、話をしようと思えばできる。とは言うものの、相手は関東統一連邦だ。今は交流を控えているし、取り合ってもらえるかも分からんが」
と俣治が言う。そしてふと思い出したように安久斗に視線を向け、
「お前も旧知の仲に安陵がいるだろ。伝手があるじゃないか」
「チッ、あんなやつを頼れるかよ」
「だが知り合いだろ?」
「嫌味を言い合う程度にはな」
「こっちも似たようなもんだ」
俣治の言葉に安久斗はハッとした。俣治がなぜ安久斗に安陵のことについて尋ねてきたのか、理由を察したからだ。
「……となると、現実的ではないな。一縷の望みであることに変わりはない、か」
安久斗はそう口にした。俣治は口許を少しばかり緩めた。
と、そんな具合で話し合っていたら。
「安久斗様、少しよろしいでしょうか?」
議事室に濱竹神務卿の下池川山樹がやってきて安久斗を呼び出した。
「どうした?」
安久斗が問うと、山樹は「お客様でございます」と一言告げて横によける。
すると山樹の後ろから顔を出したのは、
「取り込み中、失礼。『根々川妖精自治領独立に向けた臨時の対策会議(仮)』の会場はここで良いのか?」
「「「蛇松!?」」」
一同に激震が走った。
そこにいたのは、東部諸国の統率を担う国、連邦第4位の大国、沼を治める蛇松であった。




