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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
妖精自治領編
57/107

1-00『臣を継ぐ者』

「粛清だ」


 神紀4999年夏至後1日、日渡国磐田神社にて、臣はそう決断した。


「ちょっ、それはないでしょう!? 読み間違えただけじゃない。殺す必要なんて……」


「ダメだ、あいつは我らが萌加様の御名を間違えた挙句、『日渡讃歌』の2番と3番の歌詞まで間違えた。神務総長が国歌もまともに歌えないなど有り得ないだろ。毎日歌唱の義務さえあると言うのに」


 反発する巫女に、臣は冷淡な声を浴びせた。


「だからってさぁ!」


 巫女は歯を食い縛った。しかし臣は聞く耳を持たず、そのまま刀を片手に庭へと出ていった。


「あー、もうっ! バカッ! バカバカバカ!」


 巫女はそう言うと部屋を飛び出した。


「神様、めてくださいよっ! こんな統治方法、絶対間違ってます!」


 そうして本殿まで走ってくると、神にそう告げた。


「んー? まぁそうかもねぇ」


 神は刀を拭きながら興味なさげに返す。


「改革した結果がこれですか!? 圧政を敷くことが正しいですか!? 議会だって設立したのにあいつが臣権限で棄却棄却棄却棄却っ! 国民のための法案なんてこれまでろくに通ってませんよっ!」


「知ってるよ〜、議会見てるもん」


「でしたらっ……!」


「でもさぁ、」


 騒ぐ巫女に、神は作業する手を止めて金色の瞳で射抜くように見ると、


「民の暮らしは、なにも変わっていないんだよ。良くも悪くもね。強いて言うなら義務が課されたくらい? 崇拝とか、歌唱とか。でもその程度の変化は微細だよ。進化もしなければ退化もしない。暮らしはなんら変わっていない」


 そう言った。


「だからそれでは改革の意味が……!」


「意味はあったよ。民にとっての、じゃないけど」


「ですから……!」


 問い詰める巫女に、神は拭いた刀をスッと向けた。刀身に目が鏡のように反射する。


「あのねぇ、改革は国のためにやるんだよ。民のためじゃない。国を良くするためにやるの」


 刀を向けられて少しばかり怯えを見せた巫女。そんな彼女の前から刀を退けて立ち上がると共に納刀すると、神は続けて言った。


「国を良くするためには、まずは機能を確立することが重要。だから富民とみのたみを集めて議会を作って、臣と巫女の権力を強めた。実際、君たちの権限は非常に強くなったでしょう? この国では確実に逆らえない存在にまでなった。そして国歌ができて、わたしを崇める義務が生まれ、国としての結束力を高めた。おかげさまで、国は豊かになりつつあるでしょ? まだ半年なのに、既に一部分で成果が見え始めている」


 言い終わると歩き出し、張り出した屋根の下の縁側に腰を下ろすと、その夏の風景を見ながら背後に立った巫女に言う。


「だからね、まだこれからなんだよ。民の暮らしが良くなるのは。だから法案を通すのは時期尚早。今は権力を確固たるものにするのが最優先」


 そして視線を庭に向けて、


「そうでしょ? 大智」


 その声に、庭に立っていた臣がピクリと反応した。


 彼は刀を払って血を振り落とすと、拭きながら納刀し、振り返る。


 そして神と巫女を見ると、


「えぇ、その通りです」


 返り血に塗れた顔で、そう返した。


 足元には、とある女の胴と首が転がっていた。




ーーーーー

ーーー




「一昨日の逆元旦に行なった臣就任1周年記念式典で司会を務めたセラ神務総長についてだが、」


 神紀4999年、夏至後2日。


 国民向けの挨拶で、民を前に僕はそう切り出した。


「我らが神、萌加様の御名を間違え、その上先代の臣の遺作『日渡讃歌』の歌詞を間違えたことにより、崇拝の義務に反して国家に叛いたとし、昨日さくじつ臣直々に粛した」


 僕の言葉に民衆は若干どよめくが、構わず言葉を続けるとすぐに静かになった。


「後任は当面置かず、神務の統括は巫女の豊田花菜が担うものとする」


 その声を合図にしたかのように、巫女服を着た花菜が一歩前に出て礼をした。


「何か言うかい?」


 僕が彼女に言うと、「じゃあ」と言って僕の前に出て咳払いをすると、


「今後当面、神務は私が責任を持って統括します。厳しくするつもりはないけど、今後もこのような行為が絶えず続くようだったら統治の厳格化も視野に入れていきます。皆、崇拝の義務以外にも国民義務は怠らないように励みましょう」


 その言葉に、国民は皆跪いて頭を下げた。


「ありがとう、花菜」


 僕はそう言うと話の主導権を取り戻し、


「そういうわけだから、頭に入れておいて。続いて、我らが萌加様よりお言葉を賜る。そのまま頭を下げたまま待つこと」


 そして僕と花菜は台上で左右に避け、国民同様跪いて頭を下げた。


 すると、萌加様が登壇なさり、


「国民諸君! 面を上げよ」


 と声をお上げになった。


 僕らは萌加様を拝む。


「逆元旦も過ぎ、これより一層暑さが増していく季節となる。田畑の実りもこれからが正念場。日照り、水害、今年どのようなことが起きるかまだ分からないが、めげずに精を出すように! わたしは常に、この国の豊穣を祈っている! そして万一危機的状況に見舞われた時は、共に悲しみ、寄り添い、その上で最善の解決策を考え導いていくことを誓おう! さぁ諸君、わたしを讃えて感謝せよ! この国は、わたしがいる限り安泰である!」


 その声に、国民が湧いた。


 うおぉぉぉおおお、と雄叫びのような歓声が上がり、萌加様を讃えている。


 崇拝の義務がある以上、誰しも嫌でもこうしなければならないというのもあるが、心から讃えている声も少なからず混じっているだろう。


 僕はにんまりと笑みを浮かべた。




 しかし、挨拶を済ませて本殿に戻ってくると、僕は花菜に「ちょっといい?」と呼び出された。


 連れて来られたのは巫女館だった。


「大智、もう辞めようよ。私も神様も、限界だよ」


 唐突に泣き言を聞かされた。


「なんだよ、限界って」


 僕が返すと、


「国民に対して偉そうに振る舞うことよっ!」


 と強く言われた。


「私たちは、あんな怖い統治をすることを望んでいたっけ? 私たちが作りたかった国って、みんなが笑って過ごせる国じゃなかったっけ?」


「…………」


 それは、もう遠い昔の戯言のように思い出された。


「みんなが笑って過ごせる国、か」


 僕はそう呟くと花菜を見た。


「不可能だろ」


「……くっ!」


 花菜は悔しそうに歯を食いしばった。手にも力が籠って握り拳が作られて、それがプルプルと震えていた。


 それを見て、何故だか僕は呆れに近い怒りが湧いた。


「あのな、綺麗事を並べても願った結果に辿り着かないことくらい、僕もお前も十分学んだことじゃないか? あの頃思い描いた『みんな』はもう……」


「黙りなさいよっ! 引き裂いたのは大智でしょう!? あんたのその態度が、言動が、方針が! 私たちを引き裂いたんでしょうがっ!」


 その言葉は、僕の胸に痛いほど刺さった。


 僕だって、そうしたくはなかった。そうなりたくなかった。


 でもその時の僕は、いつだって周りが見えなくなっていた。


「…………そうだよ、僕が悪いんだ」


 誰に言うわけでもなく、ポツリとそんな言葉が漏れた。


「でも僕がこうしなかったら、この国はもっと荒れていた! それは断言する! 表面上だけで笑い合う恨みばかりを持ちあった神治首脳部が、中途半端な覚悟と互いの顔色を伺いつつ醜い応酬を水面下で繰り広げ、中途半端以下の、中途半々端な改革で、国を根本から崩していただろっ! そうなるくらいなら、全員が全員不仲になって、みんなが僕を悪者にして、日渡ひわたし渡海とかい兎山うさぎやまが歪みに歪み合う関係性になった方が、国はかえって安定的な路線を歩むはずなんだ!」


「だからそれが……!」


「黙れよっ! 萌加様もめい様も、僕の方針を分かってくれてこうされているんだっ! 今更お前が意見を言える位置にいると思うな! 恨むなら全て僕を恨め! そして湊さんや美有さんにでも愚痴ればいいんだよっ!」


 そう言い放ってから、僕はふと我に返った。


 周囲がふわっと明るくなる。景色が脳内に焼き付くように入ってくる。


 そして僕の前に座った幼馴染は、涙を流して辛そうな表情で、そして心から悲しそうな表情で泣いていた。


 今まで見たことがないくらい、号泣をしていた。


 それは兄や弟が殺された時よりも、見るからに辛そうな表情だった。


「…………」


 いつもなら、強い口調で僕の頭をぶっ叩きながら涙目で怒ってくるのに、今日はメソメソと泣き弱るだけで何もしてこない。


 それどころか、倒れ伏すように畳に額を擦り付け、腕で口を塞ぎ声を殺しながら泣き叫んでいた。


「…………」


 僕は何も言えなかった。


 どう声をかけても手遅れだと気が付いた。


 もう、全てが壊れたのかという諦めと、壊れてしまったのだという焦燥感と、まだなんとかなるかもしれないという希望を探して迷走する思考が入り乱れ、かえって思考は停まっていた。


 そしてまた自分を客観視して、ようやく気がついた。


 僕の目からも、涙が頬へと垂れていたことに。




ーーーーー

ーーー




「決心はつきましたか、似亜乃ニャノ


 神紀4999年夏至後2日、濱竹国北濱中央某所。


 ひとりの少女が、机についた少女:似亜乃に尋ねた。


 しかし似亜乃は、何も言わずに首を振った。少女は似亜乃の前の席につくと、


「そうですか」


 と静かに返した。


「その様子では、あまり感心できる状況ではなかったのですか?」


 少女が訊くと、似亜乃はひとつだけ頷いた。


 それを見て少女はため息を吐いた。そして決めたように顔を上げた。


「明日一緒に大智さんと話しましょう」


 それを聞いた似亜乃は驚いたように顔を上げると、


「助かります、喜々音様」


 そう返した。




ーーーーー

ーーー




 夏至後4日、濱竹国浜松神社。


 この日は濱竹議会があり、僕と花菜はいつも通り議事室へ向かい、濱竹国の臣、巫女と共に入室した。


 そしてもう見慣れた濱竹議員を見下ろす光景に、いつも通り多少の違和感を覚えながらもそこにいて、神、濱竹安久斗様の開会宣言を聞いた。


 この日の議題はサハ大陸の統治状況の是非だった。


 いつも通り、よく分からない内容の報告を聞き、紛糾してしまう議会を臣巫女4人で鎮めて、統治における良かった点と改善点を冷静に客観的に取りまとめて今後の統治に繋げるように促した。


 世界の緩衝材とかいう都合の良い解釈に乗じて、以前から対立していた関東統一連邦に一泡吹かせた靜連邦だったが、世界北端に飛び地を得ても統治が困難なだけで利点は全くなかった。


 そのおかげで、僕は何の罪もない親友を失った。


 結局のところ、みんなが笑って暮らせるなんていうのは夢のまた夢だ。高望みはしてはならないのだと、そのとき僕は悟った。


 ……はぁ。


 なんだか憂鬱な気分になる心を無理に押し殺しながら、議会に集中している素振りを見せていたところ、いつの間にか終わっていた。


 いつもなら途中、ところどころで話しかけてくる花菜も今日はだんまりで、まるで昨日の口論を気にしているかのようだった。


 いや、実際僕らは相当気にしているけれど。今日もまだ、ろくに会話をしていないし。


 閉会し、正午過ぎには議事室を後にしていたが、エントランスの吹き抜けの下である子に声を掛けられた。


「大智さん。このあとお時間いただいてもよろしいでしょうか?」


「ん? いいけど。どうしたの?」


 振り返ると、そこには小松喜々音がいた。


 彼女はその質問に言いにくそうに視線を流すと、


「あなたの治める国についてお話が」


 とポツリと言ってきた。


 僕は少し不機嫌になったように装って、


「なんだよ、今更。濱竹には関係ないことじゃないか」


 冷たく突き放し帰ろうとした。


 しかし、そんな僕の腕を掴んだ手があった。最初は喜々音かと思っていたが、振り返って驚かされた。


 掴んでいたのは、花菜だった。




 冷たく装っただけで、特段話すのが嫌なわけではなかったから、それ以上は抵抗せずに僕は話し合いに応じた。


 喜々音は僕と花菜を神社の中の多目的室に入れると、少しお待ちくださいと言って出て行った。


 要領の得ない奴だ。


 ……と思ったが、帰ってきた彼女を見て納得した。


 彼女に連れられて似亜乃がやってきたからだ。


「どうして神社に……?」


 なんて、訊かなくても分かっているのに訊いてしまった。すると似亜乃は頭に来たのか、こちらを睨んできた。


 そしてあからさまにため息を吐くと、


「あなたに話があるからに決まっています」


 と言われた。


 はい、そうですよね、()()()


 小さくなる僕を見て、花菜は少し面白そうに笑った。




「きゃはははっ! それで似亜乃を連れて帰ってきたの?」


 夕方、磐田神社に帰ってくると、萌加様に笑われた。


「仕方ないじゃないですか! 姉さん全く下がらないんですもん!」


 僕が萌加様にそう言うと、横から花菜が「自業自得よ」と棘を刺してきた。


「にしても驚いたよ、似亜乃と大智が実の姉弟だと知ったときは。安久斗のやつ、あのとき分かってて送りつけてきやがって……!」


 萌加様の頭の中は、既に僕が帰ってきたこと以上に似亜乃との血縁関係が発覚した頃の感動へと変化していた。


「まぁ、神務局に勤めて1年も経たない新人を他国に派遣するなんて、何か裏がありそうだとは思っていましたけど、まさか大智と実の姉弟だったなんて思いませんでしたね」


 花菜がそう言うが、彼女の発言は見栄っ張りだと予想しておこう。きっと当初、喜々音の世話役として派遣されてきたのを見た時には何も思っていなかったはずだ。


「でもねぇ、大智の心がある程度回復したから言うけどさぁ、あれが発覚した時は肝を冷やしたんだよ? わたしと明で隠蔽しようかと本気で迷ったくらいに」


 萌加様の言葉に「どうしてですか?」と尋ねる花菜。僕はなんとなく理由が察せられたが、彼女はあまり深く考えていなかったのだろう。当事者じゃないから当然だけど。


「だって、下神種のニャノと大智が実の姉弟だと分かれば、大智は磐田家の純血ではないってことが分かるわけだからね。大貴と大志とは腹違いなわけで、格が違うということが証明されちゃったわけだよ」


「あー……」


 その理由を聞いて納得したように花菜は声を漏らした。


「たしかに昔、大智はよく豊田家うちにいましたね。おかげさまで私は血の繋がりがなくても弟のように思っていますもん」


「おい聞き捨てならんな、お前が妹だ」


「あ゛?」


 おっと心に留めておこうと思ったことが口に出てしまっていたようだ。


 このまま喧嘩になるかと思われたが、意外にもお互い黙ってそれで終わってしまった。おそらくだが、お互いが言い返してくることを想定して待ちの体勢に入ったら、相手が言い返して来なかったというオチだろう。


 しかしそんな僕らを見る萌加様の目から「言いにくい」とか「気まずい」とか、そういう感情を感じた。


 僕と花菜の視線がそこに集まる。すると萌加様は「あー、あのさ、」と切り出して、


「言いにくいけど、ふたりは血、繋がってるからね……?」


「「…………」」


 顔を見合わせて沈黙の後、


「「えぇぇぇぇえええええええ!?!?」」


 暮れ方の神社に、僕らの驚愕がこだました。

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