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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
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プロローグ 『過去』

 西暦2101年春、22世紀の幕開け直後に、開戦を告げる鐘の音。日本政府は、世界の覇権をかけて欧米との戦争に臨む。


 西洋の時代は終わったのだ、これからは東洋の時代である。第三次世界大戦後、長く続いた欧亜冷戦の終結は話し合いではなく武力解決となってしまったが、それは仕方がないことなのかもしれない。


 日本政府は、およそ80年前に値する2020年代から秘密裏に生物兵器の研究を続けていた。それは、第三次世界大戦中に5人の若者が異世界から湧いて出たことによって始まった。彼らは魔力と呼ばれる非科学的な特殊能力を持っていた。それによって魔法というものの存在が明らかになり、戦争中の日本政府はその力を兵器として使えないか試みた。


 そうして70年以上かけて研究が続けられて、4年ほど前に開発、量産されたのが、生物兵器『妖精』である。その生みの親は、異世界から湧いて出た青年、カズト・タカハシだ。『妖精』の開発当時93歳であり、現在も97歳で存命である。


 愛知県と岐阜県の境界の山の中に、炭鉱のように掘られた狭いトンネルがある。その奥深く入った場所に、機械で埋め尽くされた空間が広がっている。太陽の光も、外界の音も聞こえないそこが、日本政府直轄の秘密兵器開発場である。カズト・タカハシはそこを根城として研究を続けてきた。そして高齢となった今なおそこに居続けている。


 もう骨董品とも言えるようなラジカセから、シューベルトの『魔王』が流れている。暗く悍ましいその曲調に合うくらい、その場の雰囲気は重いものであった。


「懐かしい曲ですね、カズトさん。でも、政府に知られれば厳重注意ですよ?」


 カズトのいる空間に足音が響いた。足音の主は時代遅れの骨董品にも関わらず、慣れた手付きでラジカセの再生停止ボタンをパチンと押す。カズトはその足音の正体を横目で見遣り、静かに言葉を発した。


「……音楽には、なんの罪もないのにな。まったく馬鹿げたものじゃよ。君もそう思わんかね」


 その空間に入ってきたのは、小さく可憐な少女であった。橙色がかった金髪で、エメラルドグリーンに輝く瞳。左眼に眼帯を付けて、肩からは大きな機関銃を下げている。


 しかし彼女は、その言葉に何も答えない。ラジカセをいじってカセットテープを取り出すと、それを丁寧にケースにしまって引き出しに入れた。そしてその引き出しの中から別のカセットテープを取り出すと、ラジカセにセットして流し始めた。そこから流れたのは、力強いピアノの曲だった。


「『扶桑歌ふそうか』か。しかも原曲とは。すっかり政府の要人になったな」


 カズトは最初の和音を聴いてそう言う。


「ありがとうございます」


 少女はそう返した。しかしカズトはその曲を聴いて気に食わない部分がある。


「じゃが、『扶桑歌』も作曲者はシャルル・ルルー。フランス人じゃ。なぜシューベルトがダメで、ルルーなら良いのか納得できんな」


 そう言うが、カズトも『扶桑歌』が許される理由くらい知っている。『扶桑歌』は明治天皇に捧げられた歌であり、れっきとした日本の軍歌である。つまり、カズトの言葉は反欧米を掲げる日本政府が、結局は西洋気触れから脱せられていないことに対する皮肉なのだ。


 少女はその皮肉を読み取って笑い、「それは気にしちゃダメですよ」と返した。そして思い出したように言う。


「あ、そうそう。『妖精』の採用、おめでとうございます」


 彼女の言葉に、カズトはムッとした表情を浮かべた。


「何が、おめでとうじゃ。俺が生み出す兵器は、人を助けるものではないわい。アレはこれから人をたくさん殺す。俺が生み出したせいで、たくさんの人が死ぬ。なんも喜べるものじゃないわい」


 その答えに、少女はふっと笑った。


「相変わらず、どれだけ歳を取ってもカズトさんはカズトさんですね。ですが、私たちだってこれまでたくさんの人を殺してきたのですよ?」


 少女はそう言い、カズトの顔を覗き込んだ。


「……シルヴィに巻き込まれただけじゃ」


 カズトは視線を逸らしながらそう返すが、少女はニヤリと笑いながらカズトに言う。


「あらあら、そんなこと言っちゃって。シルヴィ様が泣きますよ?」


「もう泣いてるじゃろう。あいつは泣き虫じゃからな」


 カズトはそう返すと、体を前のめりにして目の前のコンピュータに手を置いた。そして画面に地図を表示すると、


「『妖精』は、どうやらカムチャツカからアラスカに送られるそうじゃな」


 と言った。カムチャツカは、第三次世界大戦にて日本がロシアから支配権を得ている。そのため日本が勝手に軍を展開することができる。


「えぇ、そうです。北米戦線の主力としての役割を担います」


 少女がそう返すと、カズトはその少女をギロリと見て尋ねる。


「指揮官は、君かね?」


 その言葉に、少女は力強く頷いた。


「はい」


 それを見たカズトはため息を吐く。


「大国アメリカに同情するよ。日本政府も、かつての友人にひどいことをするものじゃ」


「友人、ですか。私には、強き武人を骨抜きにしたマフィアのボスにしか思えませんけど」


 少女の言葉を聞いたカズトは声を上げて笑った。


「さすが、政府直轄の秘密部隊の長じゃ。昔じゃとても考えられんほどの反欧米思想に染まっておるわい」


 そしてコンピュータの地図の上に、新たなタブを開いて資料を出す。


 そこには、この戦争のどの戦線にどの部隊を送るのかの一覧が載っている。もちろん、日本軍の、そして日本政府の最重要機密資料である。


「北米には、『妖精』以外にもアンカレッジとロサンゼルスに上陸する機動部隊があるんじゃな」


「はい、ですが……」


「陽動か。また随分と贅沢な陽動じゃな」


「それを本命だと勘違いさせる必要がありますからね」


 なるほどのぅ、とカズトはべらぼうに伸びた顎髭をいじりながら答えた。そして地図を開いて難しそうな顔をする。


「じゃが、アンカレッジなんて上陸する前に滅ぼされてしまいそうではないか。敵もバカではないから、クック湾を封鎖して待ち構えていることじゃろうよ。それに、石油地帯を易々と引き渡すような真似はしまいて」


「えぇ、それでもやるんです。罠に引っかかったふりというのも、陽動の仕事ですから」


「所詮は陽動、犠牲も計算内というわけか」


 カズトはやれやれという感じにフーっと息を吐くと、少女を見て静かに言った。


「あやつらを頼むぞ、政府直属秘密攻撃部隊長、魔人カリナ」


「お任せください。カズトさんとシルヴィ様の苦労を無駄にはしません」


 その少女、魔人カリナはそう答えた。


「ほんと、君は何も変わらないな。あの頃から一寸も。俺が歳を取るのが馬鹿らしく思えるわい」


 カズトはカリナにそう言うと遠い目をしてポツリと言う。


「近いうちに俺は死ぬ。じゃが君は、悠久の時を生きていく。そこで、もう一つだけ頼みたいことがあるんじゃ」


 カリナはその言葉に、少し悲しげな表情を浮かべた。しかしそのカリナの表情を見ることなく、カズトは静かにその頼みを告げる。


「その『妖精』には、暴走コードが仕組んである。もしこの先、戦争が終わって平和になったとしても、幾年も幾年も俺たちが生み出した技術が人々を助ける道具として使われないのであれば……永遠に兵器としてしか使われないのであれば、暴走コードを打ち込んで、この国を滅ぼしてくれ。俺とシルヴィから人生を奪ったこの国を、高潔でけがれを嫌ったアリシアを暗殺者と仕立て上げたこの国を、そしてカリナを、生物兵器としたこの国を。それが俺の……頼みじゃ」


 カリナは、そう言ったカズトの手をギュッと握りしめた。


「分かりました、引き受けます」


 真っ直ぐと揺るぎのない目でカズトを見つめたカリナの目には、涙が浮かんでいた。


「さ、もう行きなさい。出兵の時期は近いのじゃろう?」


 カズトはカリナに優しく声をかけた。


「はい、夕方までには東京へ戻る必要があります」


 カリナはそう答えると、カズトから手を離した。


「ならばもうて。余裕を持った行動をしなさい」


 カズトはカリナに微笑みながらそう告げた。


「そうですね。いずれまた会いましょう。……お元気で」


 カリナもまた微笑んで、カズトにそう返した。


「あぁ、きっとな」


 カズトはそう言うが、カリナの方を見てはいなかった。彼の頬を、一粒の涙が流れ落ちた。


 実際、この二人が会話と呼べる行為をしたのはこれが最後であった。




ーーーーー

ーーー




 生まれ落ちたその時から、運命は定められていた。


「能力が強い。こいつは貰っていく」


「でしたらこの子も……」


「女は要らんっ! 臣家に必要なのは、力のある男だけだ」


 大きな国の、街外れの貧民街で産声が上がったその瞬間から、彼の生涯は始まった。


 実の母姉から引き離されて、彼はひとり、生まれ故郷とされる隣の小さな国へと運び込まれた。


「おいキヌ! 今日からこいつもお前の子だ」


「ちょっとあなた! それは誰との間の子ですの?」


「誰だっていいだろっ! つべこべ言わずに面倒見ろ!」


 そこで、臣家次男としての道を歩むことになった。


 正直、環境は最悪だったとしか言えないだろう。


 しかし彼はそんなことを知らない。幼少期に受けた育児放棄ネグレクトなど、彼にとっては取るに足らない出来事に過ぎなかった。


 彼は父親と気が合わなかった。そんな父に対する敵意だけが膨張し、義母から受けた仕打ちや他人から虐げられてきた視線などは、一切くだらないものとなっていた。


 彼は、父が嫌いだった。


 誰よりも、誰よりも嫌いだった。


 兄を優遇し、自分ばかりを冷遇する父親が、憎くて憎くて堪らなかった。


 同時に、優遇される兄に対する好感もなくなっていった。救いだったのは、こいつが居なければ、という思考に陥らなかったことだろう。巨悪は父で、兄は微悪なのだと早々に理解していたのだから。


 父と彼は、年を追うごとに対立した。


 彼が父に反発して問題行動を起こすたびに、父はその立場を最大限に活用し、国家の法律によって押さえつけた。


 息子にだって容赦なく死をちらつかせた。


 それをやる毎に彼もまた反発し、全く違う手を使って反撃をした。


 その間に弟が産まれ、出産後すぐ義母が死んだ。


 これにより、彼を縛り付けるひとつの枷がなくなり、直接的な暴力のない日々や、買い出しと題して街に出ることの容易さ、常時自分を見張っていた者が消えた開放感などから、彼は“自由”を知り“自由”を欲し、更なる“自由”を謳いだした。


 二、三年ほど揉め、父子による醜い応酬が続いたが、ついにそんな生活に終止符が打たれた。


 父がいきなり重病を患い、1年としないうちに他界したのだ。


 原因は秘匿とされたが、一説によると性病だとされている。様々な女と関係を持っていたため、どこかから貰ってきたと考えるのが濃厚であった。


 その父の後を継ぎ国を担った者は、彼の兄だった。


 兄による統治が始まると、彼はまた“自由”を求めて走り出した。


 兄はそれを放置した。といっても、父が制定した法がある限り、彼の自由は相当奪われる。兄はそれを継承し、無自覚的にだが、やはり彼を押し付けていた。


 だが、彼の求めた“自由”について、密かに興味を持っていた存在がいた。


 そしてある時、彼女が言った。


「彼を神治に参加させようよ」


 その声をきっかけに、彼は国家の運営に関わることとなる。


 今までずっと反発してきたが、半ば強制的に引き込まれ、そこで彼は、彼なりの生き方を見つけることとなった。


 しかし、彼が神治に関わるようになって1年足らずで、国は、世界は、激動の波に呑まれることとなった。


 彼は国を知った。そしてまた、その外側も知った。


 彼は世界を知った。そしてまた、その外側も知った。


 世界の冷酷さも目にした。


 彼が直面した事案は恐ろしく無慈悲だった。


 心を壊され絶望に浸り、光すらまともに見えなくなった。


 それでも国という重圧は常に肩の上にあった。


 正気では居られなかった。


 周りに当たり散らし、時には友情すら裂けた。


 ひとりぼっちになったこともあった。


 逃げ出したこともあった。


 でも、その度に彼は必ず戻ってきた。


 戻ってきて、やるべきことをやるだけやって、壁にぶつかって倒れ込んだ。


 苦手だった兄や、嫌いだった父が、自分の目の前にある高い壁を登っていたのだと知って、反感が尊敬に変わった瞬間もあった。


 そうしてなんやかんや1年という時間を流しながら、彼は今、ここにいた。


 この、日渡という国の上に。

 お久しぶりです、もしくは初めまして。作者のひらたまひろです。この話から第二章に入ります。楽しんでいただけると嬉しいです。

 一応ここから読むことも可能にしてあるつもりですが、世界観、登場人物、その他諸々のことで弊害が生じる可能性もありますので、初見の場合は(長いですが)序章からお読みいただくことを推奨いたします。

 これから毎週月曜日に投稿しようと考えていますが、いかんせんストックがないので間に合わなくなる可能性もあります。ご了承ください。

 それでは次回、妖精自治領編でお会いしましょう。

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