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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
サハ戦争
53/107

 神紀4998年、冬至後60日。


 靜連邦諸国に靜するがからとある事が報告された。


『去る冬至後10日、祖神靜しみずと始神沼蛇松及び伊月場みずき、そのの臣巫女が関東統一連邦の補佐艦『知床』を鹵獲しつつ帰国しにけり。『知床』の徹底解析及び事情の確認を行いし為、この時期の報告となりにけり。これより連邦二十八ヵ国の神々は、五日のうちに靜国静岡神社に各々参じて、靜しみず並びに靜するがと会談すべし。祖神の生還に皆激々の祝辞こそ贈るべけれ。』


 この報告に、兎山明はホッと息を吐いた。親友である伊月場みずきの帰還が確認されたからである。実質行方不明になっていたしみず、蛇松、みずきの3者だが、明は彼らが生存していることはいつかの日にの『創造神』より聞いていたため、生存に関しては心配していなかった。しかし、無事に生還できるかについては聞かされていなかったため、今回の報告で胸を撫で下ろしたというわけだ。


 だが、明はこの報告を受けて安堵すると同時に、靜に赴かなければならないという面倒臭さも抱き、自ずとため息が漏れ出した。


「いかがなさいましたか?」


 そんな明を見て、隣から大志が尋ねた。大志といちかの謹慎が解かれてから5日が経っているため、神治は既に普段通りに執り行われている。


「近々、靜に行かなきゃいけなくなったわ。まぁ私だけでいいから、明日あなたたちが濱竹議会に出席している間にでも済ませてくるわ」


 明は大志にそう言った。


「は、はぁ。そうですか」


 普段なら手に持っている書状を大志といちかの前に置き、どんな経緯でそうなったのかまで伝える明であるが、件の謹慎に至った事案の後は態度が少しばかり変わっていた。


 明は、大志にもいちかにも、少しばかり冷たく接するようになったのだ。


 著しい変化を遂げたのは、仕事をあまり投げなくなったことだ。今までは信頼のもと、非常に多くの仕事を大志といちかに投げていたが、今は明が大半を抱え込み、彼らに投げるものと言えば専ら濱竹議会の内容と表面上の臣と巫女の署名、承認程度である。


「ま、日渡で学校を作るためにも、濱竹の協力は必要不可欠よ。臣と巫女権限があるうちに、濱竹の協力を取り付けておきなさいな。それに、日渡の分散神治がまた大きく変わり、濱竹や西部諸国にも少なからず影響が出る可能性についても周知して、議会で議論しておきなさいな」


 明はそう言うと、そのまま席を立って部屋を去ってしまった。


 残された大志といちかは、あまり良い気分がしていなかった。


「明様、やはりまだ怒っていらっしゃるよね……?」


「はい、そうですね……」


 いちかと大志はそう言って顔を見合わせる。


 しかし見つめ合ってから少しして、気まずそうに視線を逸らすのだった。




ーーーーー

ーーー




 船は、北端占守島を発った。これより一度、北守連邦の伊山に向かい、そこで乗り換えて濱竹へと帰還という流れになっている。


 この戦艦『さらし』ともおさらばである。長くお世話になったものだ。


 長い戦争が、終わった。


 もうこれで、殺し合う必要がなくなった。


 今考えると、僕らはここのところずっと、誰かを殺めることを当たり前のように行っていた。渡海事変で覚えた躊躇いもいつしか薄れて消えて、最近では命を奪っているという感覚すらなくなったものだ。


 それが、唐突に冷静になって……怖くなった。


「……あのさ、」


 僕は黙っていられなくなって、隣にいた花菜に話しかけた。花菜は「んー?」と眠そうに僕に返事した。


「誰かを殺すことって、容易いことなんだね」


 そう言うと、花菜は一瞬目が覚めたように驚いたような表情を浮かべたが、そのあとで「何も考えないならね」と返してきた。


「何も考えない、か。たしかに」


 妙に納得した。


「大智って、ちょっと前まで考えすぎてた気がするんだよね。殺した相手にも家族がいて、大切に思っている存在がいて、逆に大切にされている存在でもあって、って。本当に色々と考えていたんじゃない?」


 その言葉に頷く。


「うん。渡海事変の頃は、本当に」


 すると花菜は複雑そうに笑って言う。


「それが大智の良さでもあったんだけど、それじゃ戦場には立っていられない。大智の中で、徐々に徐々に誰かを殺めることが当たり前になって、何も考えなくなって、今になったんじゃないかな?」


 花菜は、幼馴染というだけあって僕のことをよく分かっている。兄や大志の身内を除けば、きっと彼女が最も僕に詳しい人物になるだろう。いや、もしかしたら兄よりも、大志よりも、彼女は僕のことを知っているかもしれない。


 ……いいや、彼女も身内なのかもしれない、の方が近い言い方だったか。


 そんな彼女にそう言われて、僕は不思議となんだか悲しくなった。


 僕は、僕の良さを消してしまったのか。


 少しばかり心で嘆く。そんな僕の心境も彼女は察したのだろうか。


「でもさ、そのことに気付いたのだって、すごいことだと思うよ。客観視して、自分を理解しているんだから。大智はそういうの、私よりも得意だよね。気付くっていうか、なんていうか。自分の心をしっかりと見つめることができる力があるっていうか」


 そう言って、ふわりと笑ってくれた。


「……そうかな?」


 僕は彼女にそう訊き返した。彼女は「そう思うよ」と優しく言ってくれた。




 それから幾時間か過ぎて、船は伊山国仙台港に入った。下船命令が出され、およそ120日ぶりにここ仙台の地にやってきた。


 以前来た時、凛音様と志乃様を含めて観光しようということになったけど、ひょんなことからおな様が凛音様に無礼をはたらき、一方的な戦闘が始まったっけ。


 それがなんだか、随分と懐かしく思える。


 あのときひと通り観光をしたはずだけど、それでもまだ二度目の地。知らないことだらけの場所となれば、また見て回りたいと思うのは僕の性ではあるけど、なんだか不思議と今日はどこにも行きたくなかった。


「大智さん、今から観光ついでに食事に行きましょうって話が私たちの間で出ているんですが、ご一緒されますか?」


 船から降りて歩いていると、湊さんが声をかけてくれた。そこには花菜と美有さん、喜々音さん、竜洋さんがいた。


 すなわち、広義的に言う日渡上神種の面々である。


「あっ……と」


 これだけいると、断りづらいのが正直なところだ。僕以外の全員が食べに行くのであれば、僕もついて行かないとなんだかおかしいし、みんなで食べに行くという雰囲気になっているのも事実であるのだから。


 しかし、ぱっと返事をしない僕を見て何かを察したか、竜洋さんが女子に言う。


「悪いが、俺は行かない。湊様の護衛であることは心得ているが、女子の夜会にまで混じるつもりはない。大智、それでもお前は行くか?」


「あはは。それなら行きませんね。というか、行けませんよ」


 僕と竜洋さんの会話に、女子たちは目を合わせた。


「そういうことでしたら、こちらも遠慮なく楽しんできましょうか」


 喜々音さんがふわりとそう言うと、申し訳なさそうに湊さんが一礼し、花菜は心配そうに僕を見てきた。


 花菜は何か言いたげだったが、僕を見るだけに留めてその場を去っていった。


 残されたのは、僕と竜洋さんだけだった。


「……思えば、珍しいな」


 唐突に竜洋さんがポツリと言った。


「何がですか?」


「大智とサシで話す機会が生じたこと、とでも言えばいいか」


 低い声で彼は言う。確かに、今まであまり竜洋さんとは面と向かって話したことがないかもしれない。


「言われてみれば。ちょっと不思議な感じですね」


 僕はそう返して、気づく。


「あ、先ほどはありがとうございました。助かりました」


「なんのことだ?」


 あっけらかんとされている。そこまで露骨に誤魔化されるとは思わなかった。


 僕もそれを追求するほど野暮じゃないが、追求しなければ会話はこれで終わりとなる。続かないのだ。


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続く。港にわずかに積もった雪を踏むザクザクとした音だけが僕らに付き纏ってきた。


「そ、そうです。竜洋さんは……」


「竜洋」


「は、はい……?」


「竜洋でいい。“さん”など要らない」


 は、はぁ。


 会話を始めようとしたらそう言われて、少しばかりペースを崩された。僕としてはあまり気分が良い展開ではなかったが、それ以上に呼び捨てにしろと言われたことの理解が追いつかなくて脳内が混乱した。


 竜洋さんとは、正直かなり歳が離れている気がしているから、どことなく心的距離も遠くに思えている。だからこそ、呼び捨てが難しいのだけど、本人にそう言われてはせざるを得ない。しなければ、かえって不評を買いかねない。


「で、では。た、竜洋……は、国に帰ったら何をしますか?」


「む……」


 呆れ顔を向けられた。何かが不服だったようだ。


「返事は後でする。その前に、ひとつ言わせてくれ」


 彼にそう言われて、僕は少し身構えた。その声にどこか若干の怒気を感じたからだ。


「やはり無理に呼び捨てはしなくて良い。それよりも敬語を取り払え。国の臣家が、下級上神種に向かって敬語とは示しがつかんだろうが。お前は上級上神種。俺は下級上神種。ここで既に格差が生じているんだ。まずそれを念頭に置け」


「は、はい」


 そう返事をすると、竜洋の口から意外な言葉が飛び出してきた。


「これは俺だけに言えたことではない。湊様に対してもそうだ。昨日、船の中で湊様と話し合った。日渡上神種と旧渡海上神種の間では溝があるように感じると。湊様は俺以上にそれを感じ、心を痛めておられた。だから先程、あのようにお誘いになったんだ。本来この話は夕食の際にする予定だったが、お前が参加しないから今ここで言わせてもらうことにした」


 ……。


 たしかに、溝はあるだろう。


 でも。


「言い分は分かりました。なるべく努めましょう。ですけど、こちらからもひとつ」


 僕はそう言って、竜洋を見た。


「臣家だからこそ、ただしくありたいんですよ。僕は神治に直接的に関与をするのが嫌いですけど、ここのところ半年で、相当多くを学びました。今まであまり考えませんでしたよ、言葉遣いなんて。でも、それでも、濱竹へ行ったり接客をしたり、その中で学んだんですよ。臣家だからこそ、この言葉遣いをしなければならないと。格差なんて関係ない。同じ日渡上神種なんだから。溝を感じているのでしたら、きっとそれは、僕と花菜の距離が近すぎるだけです。もうあいつとは、物心がついた時から一緒にいますので。それと比較しては、誰であれ溝を感じてしまうはずです」


「いいや、それ以上に……」


「違いませんよ。異論など受け付けません。溝を作っているつもりはないんですよ。僕は僕なりに、臣家の在り方を理解してこうしているんです」


「……」


 竜洋には、有無を言わせなかった。厳しく言ってしまっただろうか。言い過ぎてしまっただろうか。……いや、そんなことはないだろう。


 竜洋は、何も言わなかった。何か言いたそうな顔をしていたけれど、言葉をぶつけてくることはなかった。


「だったら、その解釈を取り払おうよ」


「うぉお!?」


「萌加様!?」


 竜洋の表情ばかりを気にしていたからだろうか、いつの間にか背後に萌加様がいらっしゃったことに気づかなかった。


「上級上神種だから偉いとか、下級上神種だから劣るとか、そういう考えがあるから『強要』が生まれるんだよ。強要しても、良い関係は築けないでしょ? 竜洋たちがやらなきゃいけないのは『共生』なんだよ。そのためには、お互いが、お互いらしくあることを認めることじゃないかな?」


 萌加様は、そんな言葉を僕らにかけた。


「大智も、臣家としての在り方は理解するものじゃない。作るものだよ。だから、今は解釈を取り払って、日渡に戻ってから全員で話し合って決めていこうよ。こうありたい、こうして欲しい、そういう意見を忌憚なく出し合って、お互いがお互いを知っていって、日渡上神種としての関係性を築き上げていくべきじゃないかな?」


 僕と竜洋は顔を見合わせて首を傾げた。萌加様の言葉は、僕らにとっては理想論のように思えていた。


 しかし、たとえ理想論であっても、僕らが(主に竜洋が)焦り過ぎていた……というか、一方的に意見を押し付けてきたのもまた事実であるように思え、僕は竜洋の目を見て言った。


「萌加様のお言葉に従いましょう。僕らだけで話し合っても、それは日渡上神種全体の話し合いにはなりませんから。大志も含めて磐田家としての立場的見解も示したいですし」


 竜洋は「うむ」と頷いたが、「だが」と切り出すと、


「一つだけ、俺と大智の個人的な約束をしてほしい。……強要になってしまうかもしれんが、これだけは何としても言っておきたい」


 真剣な表情で僕を見た。


 ひとつ唾を飲む僕に向け、竜洋は芯のある声で告げた。


「敬語をやめてくれ。俺はお前と、心的距離を感じたくないんだ」


 え、それって……


 少しだけ戸惑う僕に、竜洋は「……それだけだ」と少し恥ずかしそうに言った。


 それを見て、萌加様がクスッと笑った。


「素直だね」


 にこやかな笑顔で萌加様は竜洋に言ったが、彼は首を振った。


「素直でしたら、上神種の関係性にかこつけて約束を取り付けようとしませんよ。だから俺は、結局何も素直じゃなかったんですよ」


 その意味を僕が理解するのに、数秒の時間を要した。しかし萌加様はすぐに分かったのか、にこにこしながら、


「素直だね」


 もう一度、そうやって言うのだった。


 竜洋は困ったように笑っていた。




 ……で、結局国に帰って何をするのか教えてもらってないんですけど!?


「あ、国に帰ってやることだがな、」


 萌加様の笑みから逃げるように、竜洋は僕を見て不自然に……いや、珍しく笑顔を浮かべながら返してくれた。


「墓参りだな」


 ……重すぎるよ、反応に困るじゃないか。


 でも、妹想いの()()()らしいか。


 それなら。


「妹さんによろしくね」


 僕は少し笑顔を作ると彼にそう返した。


「おう」


 彼は、本当に嬉しそうに笑いながら返してくれた。


 笑い合う僕らを見ている萌加様だったが、今度は少し(嬉しそうではあったけど)複雑そうな笑みを浮かべていた。




ーーーーー

ーーー




 靜国清水港に、靜連邦軍が帰港する。


 神紀4998年、冬至後71日のことである。


「諸君、世界の秩序および文明の保護のため、靜連邦を代表してよく励んでくれた! 北賊を成敗し浄化を果たした功を讃え、連邦統率国を代表し、靜するがより諸君らに称賛を送る!」


 静岡神社に入った靜連邦軍に向け、祖神種靜するがはそのような言葉を投げた。


 また、帰還の辞として、軍を代表し濱竹安久斗が靜するがに向けて言葉を述べる。


「我ら靜連邦軍は、大陸・列島の両戦線において、北賊討伐に勤しみ、戦果を上げ、外連邦集団より侮られない強さを誇示し評を知らしめた。高貴なる祖神靜の名を拝する誇り高き軍として、各々がその名を汚さぬような行動をとり、働きをし、今ここに帰還したことを宣言する」


 行事として行われたのはこれだけであり、時間も規模も大したものではなかった。こんなものは、始まったら5分とかからずに終わる。


 それだけ簡素な儀礼となっているのには理由がある。大戦後の帰還式など先例がないからだ。普段は簡単に神々が個別で済ませる挨拶を一度に纏めてやってしまおうという考えのもとこの式が開催され、何の仕来りもない状態で行っているため、言ってしまえばするががやりたいように自由にしているだけなのだ。


 だから、内容もとても簡素なのだ。


 あまりに簡素すぎて拍子抜けする軍に対し、するがは言い訳と悟られないほどの上手い具合の誤魔化しをする。


「諸君らは、長きにわたる戦争で疲れていることだろう。無意味に引き伸ばした長ったらしい式などよりも、今日はこの国でゆっくりし、明日からの自国ふるさとへ向けた旅路に備えるといいさ」


 何も考えていない、などとは言わない。


 面倒くさい、などとは言わない。


 諸君らのことを想って、わざわざ早く切り上げてやったんだと主張したのだ。


 ほとんどの兵は、その言葉や気遣いをありがたく思い、するがに対して感謝の気持ちを抱いていた。


 しかし一部の兵(主に神々)には、するがが面倒で式を放棄したことが見抜かれていた。


 また、その他ごく少数の兵は、その気遣いをするのなら、最初からこのような式をやるなと思うのだった。


 何はともあれ、こうして無事に遠征軍は靜連邦へと帰還を果たしたのだった。




ーーーーー

ーーー




「あぁ、安久斗。少し」


 後ろから声をかけられて、振り返るとそこにするがとしみずが立っていた。


「なんだ?」


 そう訊くと、手招きされて静岡神社の応接間に連れて来られた。


 そこには既に、沼蛇松が座っていた。


 俺は蛇松の隣に座らせられて、机を挟んで向かい側にするがとしみずが腰を下ろした。


「安久斗は既に姉さんから聞いてるかもしれないけど、明後日から占守島で戦勝国会議が開かれる」


「みたいだな。協商の祖神種の他に、関西と九州、第四大陸の盟主も参加するとかなんとか言ってたな」


 俺が返すと、蛇松が「そうなのか?」と訊いてくる。そういえばこいつ、無事に帰ってきたんだな。しみずもだが。居ることが当たり前すぎて気にしていなかった。何か労いの嫌味でも言っておくべきか?


 ……いや、やめておこう。蛇松だけじゃなくしみずにも刺さってしまうと面倒だ。


「第五艦隊にいた祖神らが面倒くさそうにしていたからな。北守も甲信も、あまり興味関心がないように見えた」


 そう言うと、今度はしみずが反応を示す。


「もったいないねぇ。戦果を分け合おうという話し合いなのに、関心を示さないなんて」


 そう言うしみずだが、こいつもおそらく興味などないに等しかろう。ソファの背もたれに寄りかかって座り、爪をカリカリと弄っている。


「ま、雑談はこれくらいにして、本題を言おうか」


 するがはそう言うと、真剣な顔で俺と蛇松に告げた。


「協商の祖神種は強制参加だ。姉さんだけじゃなく、俺もしみずも呼ばれている。だから、今日の夜より靜の祖神は挙って連邦を空けることになる。そこでお願いがある。統率国として安久斗のみが残る状況は初だ。西部の統治に問題はないと思うが、距離が遠い東部、猪頭の統治が困難かもしれない。よって靜が不在の間、代理で蛇松にも統率権を与えたいと思う」


 するがの言葉に、俺と蛇松は頷くが、


「誰かしら残ることはできなかったのか? もしくは戦果を上げた安久斗を派遣するだとか」


 蛇松がするがにそう尋ねた。


「一応、東輝と交渉はしたんだ。姉さんと安久斗が参加して、俺としみずは国に残れないかと。だけどね、ダメだと言われた」


「なぜだ?」


 俺が問うてみる。答えは想像できているが。


「皇神種だからだ。祖神種じゃなきゃ、認められないらしい」


 ……やはりか。


「おい安久斗、お前、戦争の混乱に乗じて祖神種になっておけばよかったんじゃないか?」


 横から蛇松がそう言ってくる。その言葉に、するがとしみずが顔を顰める。俺も俺で、少しムカついた。


「残念ながら、俺には『カミノコ』の権能すらないから始神種にすらなれやしねぇよ」


 不機嫌ながらにそう返すと、意外と言わんばかりの表情を蛇松は浮かべる。


「いやはや純粋な皇神種だったとは知らなかった」


 そう呟きながら、視線を俺から靜に戻した。


「引き受けよう、ただの皇神種に連邦の統率を全て任せると反発が出そうだ。井谷やら羽宮やら、濱竹じゃ手に負えないような界隈もあるしな」


 蛇松はそう言ってするがの頼みを引き受けた。


「よろしく頼むよ。期間は不透明だけど、戦勝国会議が終わって俺たちが帰還してから10日後に権利を返してもらおうかな」


 その言葉に蛇松が一瞬怪訝そうな顔をした。


「お前らが帰ってきても10日間は統治しなければならないのか?」


「そうだね、そうしようかと」


「何故だ?」


「え、何故って……」


 そこでするがは言い淀んだが、しみずと顔を合わせてクスッと笑うと、


「少しくらい、休暇をくれたっていいんじゃないかな?」


 ……ま、それもそうか。


「というわけで、よろしく頼むよ」


 するがは俺たちにそう言うと席を立った。


 促されて俺たちも席を立ち、応接間を後にした。


 連邦の統治形態が、一瞬だけ変化することになる。


 ……はぁ、なんだか大変そうな気がするぞ。


 祖神不在の連邦なんて、烏合の衆と同然だろうからな。


 それを思うと途端に憂鬱になった。それは蛇松も同じなのか、それとも奴は奴で統率国という肩書きに不安を抱いているのか分からないが、俺たちが神社を出る際に纏っていた空気はいずれにせよ重く澱んでいた。


「……ま、なんだ。これから頼むぞ、死に戻り野郎」


「死んでなどいない、死にかけただけだ。お前こそ、誰よりも戦果を上げながら呼ばれず終いで残念だったな」


「はっ、本当にな」


 そう言う俺たちだったが、嫌味を言い合って笑い合えるほどの余裕はなかった。それどころか、今はなんだか癪に障る。蛇松との会話など、普段から嫌味・皮肉の応酬であるはずなのに。こんな調子のはずなのに。何故だか今は、その嫌味が酷く不快に思えてならなかった。


「あー、悪いな。俺は今、少し嫌味やら何やらを言い合う気分じゃなかった」


「奇遇だな、俺もだ」


 俺の言葉に、蛇松はそう返してきた。


「真面目な話をしよう」


 歩きながら、俺は蛇松に話題を投げた。「なんだ」とだけ返される。


「役割分担をしようと思ってな。お前が靜みたいに全部を背負えるとは思えねぇからよ」


「それは助かる提案だな」


 そう言った蛇松だが、声は抑揚がなく、無表情だった。普段から感情を表に出す奴ではないから気にしないが、本当に助かると思っているのだろうか。


「で、どう分けるんだ?」


 観察がてらしばらく黙っていたら、そう訊いてきた。どうやら関心はあるようだ。


「連邦の内政、国同士のいさかいなどは俺がやる。正式な統率国だからな。代理のお前には、連邦加盟国の内政に関する相談や問題を対処してほしい」


「つまり、お前は連邦全体のことを受け持ち、俺は連邦加盟国のことを受け持つということか?」


「そうだ。加盟国の問題は、その国の神や臣らと相談しながら進められるから、あまりその土地を知らずともできることだろう? それなら代理でもしっかりと動けると思うのだが」


「ふむ」


 蛇松は考え込んだ。数秒だろうか、沈黙が訪れた。


 しかしその後、蛇松が頷いて俺を見た。


「いいだろう、そうしよう。だが負担としてお前が重いようにも思うぞ。何か大きな問題が起きたら、遠慮せずに俺にも流せ。できる限りのことはしよう」


 俺が思っている以上に、こいつはいい奴なのかもしれない。


 もっとも、悪い奴だと思ったことは今までーーないとは言い切れんか。


 だが、素直にするがは人を見る目があると感じた。


 こいつとなら、もう少し深い付き合いをしてもいいのかもしれない。そう思うのは、あまりに単純すぎるだろうか。




ーーーーー

ーーー




 神紀4998年、冬至後72日、深夜。


 日渡国磐田神社に、日渡濱竹連合軍が入った。




ーーーーー

ーーー




 ふあぁぁ、疲れた。


 靜からここまでどれだけあるんだ? 本来2日かかる道のりだけど、萌加様と安久斗様がやたら先を急ぐから1日で歩き切ったけどさ……


 疲れるんだよぉ!


 いや、そりゃはやく家に帰りたい気持ちはあったけど、それにしてもよ。そんな歩いたら足がすり減ってなくなってしまいそうだよ。


 兵士もみんなぐったりしてるし。元気なのは萌加様と安久斗様くらいだよ。


 というか恐ろしいのは、濱竹軍はこのあと夜通し歩いて国に帰るみたいなのだ。


 ……休んでいけばいいのに。あと昇竜川を越えるだけでしょうに。何をそんなに急いでいるんだろうか。


 でもいいや。疲れたとしても、もう帰ってきたんだから。ゆっくりしよう。


 深夜ということもあって、誰かが出迎えてくれるわけではないようだ。


「じゃ、お前ら。よく頑張ったな。また会おう」


 懐かしい我が家を見上げていると、安久斗様の声が背後に届いた。


「あ、はい。お疲れ様でした」


 僕はそう安久斗様に返した。みんなも各々、「ありがとうございました」やら「お疲れ様でした」などを告げている。


 ひくま様が僕らに一礼し、それに続いておな様も礼を下さった。なんだか少し珍しい気がした。いつも刀を向けられてばかりで冷たい方だと思っていたけど、こういう場面ではしっかりと巫女の振る舞い方をされるんだな。


「じゃ、もう夜も遅いし、みんな神社に泊まっていきなよ。臣館でも、巫女館でも」


 萌加様がそう声にするが、それを湊さんが遠慮がちに、


「いいえ、申し訳ありませんが、私と竜洋は福田神社に戻ります」


「うぇ、あ、そうなの? でももうこんな時間だし、ふたりじゃ不安だなぁ……」


 萌加様は心配そうな表情を浮かべた。


「あ、でしたらお供しますよ。体力的に渡海くらいまでならまだ歩けそうですし」


 僕がそう言うと、「私も」と花菜が。そして無言で頷く美有さんと喜々音さん。


「…………あー、うん。えっと、なんだろうな」


 萌加様はそれを見て、少し呆れに近い表情を浮かべていた。


「き、気をつけてね? いちおう夜道だからさ。あと、なんだろう。わたしはもう寝るから。えっと……た、楽しんで、ね……?」


 萌加様に言われて、僕らは頷いた。


「あっ……と、それじゃ、明日の帰還報告会は福田神社でやることにするね。お昼過ぎから始めるから、ゆっくり休んでね。大志といちかと明にはわたしから言うし、何か変更があったら知らせるからよろしくね」


「はい、ありがとうございます」


 湊さんがそう返すと、萌加様は頷いて、本殿へと消えていった。




 そうして僕らは磐田神社を発った。


 渡海までの道のりは僅か……とは言い難いが、靜から歩いてきたことを考えると目と鼻の先である。


「なんだか、ついて来てもらってしまってごめんなさい」


 歩きながら湊さんが僕らに謝ると、竜洋も軽く頭を下げた。


「いや、いいよ。今までずっと一緒にいたのに、いきなりバイバイするのはなんか寂しかったし」


 花菜が言う。


「あ、なんか分かる。さっき安久斗様ら一行に挨拶した時も、すごい寂しさを覚えたんだよね」


 僕が言うと、皆頷いていた。


「この面子でいないと落ち着かないっていうか、もうすっかり身内みたいな感じがしてて」


 花菜はクスッと笑いながらそう言った。皆その言葉に異論はないみたいだが、ポツリと湊さんが言う。


「でも、栗利ちゃんも含めて『全員』って感じがするかも……」


 …………。


 唐突に訪れた沈黙。


 その言葉が意外だとか、異論があるだとか、そういう感情じゃなくて、共感ができるからこその沈黙なのはみんな理解していた。


 それでも黙り込んだのは、ここに紗那がいないからだ。


「大丈夫、ですよね……?」


 心配そうに言うのは喜々音さんだ。


「大丈夫に決まっているじゃない。あの子は何も悪いことをしていないもん」


 その言葉にそう返す花菜だったが、そんな彼女も空元気だ。


「まさか協商の裁判にかけられるなんて。択捉の臣家の責任を問うって言っても、栗利ちゃんが悪いわけじゃないのに……」


 はぁぁ、と、大きなため息を吐く湊さん。


「『上神種以上の捕虜は無条件で戦犯を問う』と関東から言われてしまったら、安久斗様も拒否できないからな。仕方ないのかもしれないが、今更何を問うんだという疑問もある」


 竜洋はそう文句を垂れた。


 そう、紗那は関東統一連邦からの命令で、占守島に残された。戦勝国会議の中で戦犯を問い、罪を裁くと。僕らにはどうすることもできなかった。ただ紗那に別れを告げて、船に乗って帰路に就いた。


「……ですが、割り切りましょう」


 重苦しい空気の中、喜々音さんがそう発言した。


「割り切るって……」


「仕方ないことです。あの子は捕虜。本来なら、私たちと親しくなることはできないような身分の子です。戦争前の状況に戻った、非日常から解放された、そう思えば今ここに栗利さんがいないことを無理やりですが納得できるはずです」


「そんなこと……!」


 花菜はその言葉に激昂し喜々音さんの胸ぐらを掴んだ。しかし喜々音さんは、そんな花菜の目に冷ややかな視線を返すと、いつもよりも強い声で告げた。


「栗利さんは、戦利品ではありません」


「……っ!」


 花菜はその言葉を聞いて怯んだ。


 喜々音さんは何も言わずに、相変わらずの冷えた目でただ花菜を見ていた。


「いちおう、納得できた」


「……そうですね、割り切りましょう」


 その会話を聞いていた美有さんと湊さんがそう言う。


「うむ」


 竜洋も頷いていた。


 視線が僕と花菜に二分する。


 ……割り切れ、か。


 正直な話、悔しいという思いしかない。あれだけ仲良くなれた紗那を割り切るなんて、記憶がなくなりでもしない限り無理だ。


 それに、僕と紗那には約束があった。籠絡の船の中で交わした、あの約束が。


 だからこそ、割り切れない。いずれ帰ってくるかもしれないけれど、それでも割り切ることはできない。


「……そう、だね。ごめん喜々音ちゃん。掴んじゃって」


 しかし、そんな僕の隣で花菜がそう言った。そしたら視線はもちろん僕に向くわけで。


「割り切れんか?」


 竜洋の声がした。僕はそれに、ひとつ頷いた。竜洋は低い声で「そうか」と言うと、


「ならば、取り返してくるか? 占守島へ行き、関東から」


 そう言ってきた。


「…………いや、それは……できない」


「そうか」


 また短いリアクション。続いて降りかかった言葉は、


「なら、今お前ができることをやれ」


「…………」


 僕は俯いたまま、ひとつ頷いた。


 立ち話はこれで終わり、この後は福田神社を目指してひたすらに歩いただけだが、道中の空気は未だ重いままだった。




ーーーーー

ーーー




「改めて、明。神の代理を務めてくれてありがとう。状況を見聞きする限り、すっかり難民問題も片付いて、国も安定してきているように思えるよ。やっぱり明には敵わないなぁ。わたしが統治するより余程よっぽどいい国だよ」


 翌日。福田神社にて日渡議会が開かれた。


 萌加様からそのような言葉を得た明様は、どこか釈然としない様子で「そんなことないわよ」と言って僕といちかさんを見た。


 見たと言っても、周囲には気付かれない程度のチラ見だ。やはりまだ、怒っているようだ。


「それでさ、明。ひとつ気になったんだけど、明が抱えている仕事が多すぎる気がするんだ。神ってこんなに仕事抱えないよね? ほら、これとか臣や巫女がやることじゃん。これも。あとこれも。なんか張り切りすぎじゃない?」


 書類を一枚ずつ見ながら、萌加様は疑問を口にする。


「ま、なんだか落ち着いていられなくてね。少し仕事をしていたい気分だったのよ」


 明様はそう答えた。萌加様は「ふぅん」とだけ返す。


「そういうことならいいんだけどさ、この仕事、引き継ぎと称してまさか全部わたしに押し付けるなんてことはないよね?」


 嫌そうな目で明様を見る萌加様。それに対して明様は、


「今ある仕事は全部私がやるわよ。萌加には、今後出てくる仕事をやってもらうわ」


 と答えると、御霊術で大量の書類を出現させると、萌加様とちーにぃ、花菜姉ちゃんやその他の帰国してきた者に配った。


「今後の方針よ。渡海を併合したことで神治の形態をまた変えようと思って。大志の結婚を見越してってこともあるけど、それ以上に教育制度や議会制度の採用は国に将来を明るくするために必要だわ」


 それに目を通すちーにぃたちは、また改革かと驚き、その内容にも何やら話をしていた。


「萌加にはまず、この承認をしてもらいたいわ。そのあとで、この改革をいつやるか、いつまでに完成させるかを示してほしい」


「わかった」


 萌加様はそう言って資料をサクサクと読んでいく。


 真剣な表情で、ジッと書類を目で追っていた。


 本当、いつもはいい加減な神様だけど、やる時は真面目なお方だ。


「統治区の廃止と富民の設置、議会の設置に学校の開設、他にも住民の管理と崇拝の義務……なんだか色々と盛り込んだねぇ」


 萌加様はそう言って明様を見るとニタリと笑って、


「随分と安久斗に影響受けたんじゃない?」


「うるさいわね」


 明様は即座に否定すると、


「それで、結局どうなのかしら?」


 答えをった。


「そうだねぇ、粗方は賛成だよ。ただ、自治領の問題と右、央、左とかの身分制度はもっときっちりと話し合わなきゃいけないかも。というのも、これって自治領の話と密接に連携しているでしょう? 兎山自治領を置いたまま渡海自治領が作れるのかとか、同君自治領制が認められるのかとか、そういう話と。だからそこら辺は今後詰めるとして、」


 萌加様はそこで一度区切ると、


「承認するよ。分散神治らしくなってきたし!」


 にこやかにそう告げられた。


「ありがとう。じゃあ明日か明後日にでも基本計画を発表してちょうだいな。それに沿って進めるようにするわ」


「うぇっ!? そんな急に言われてもなぁ」


「善は急げよ。やる気のあるうちに進めましょう」


「そ、そうだね。頑張るよ」


 明様は萌加様にそう指示すると、今度は僕らを見て言った。


「あなたたちは萌加を手伝いなさい。臣と巫女の仕事は、神を支えることよ」


「はい」


「わかりました」


 僕といちかさんはそう明様に礼をすると、静かに萌加様の隣まで移動した。



ーーーーー

ーーー



「さて、私たちはどうするかだけど、」


 久々に明様が僕らの集団に加わった。


 少し疲れたご様子であったが、本人に言っても「そうかしら?」しか返ってこない未来しか見えないから誰も触れない。


「渡海の統治の仕方の決定を当面の目標にしましょう」


 明様の指示に僕らは頷いた。


「ついてはまず、統率国に同君自治領制の許可を取ってきて欲しいの」


「同君自治領、ですか?」


「えぇ」


 なんだそれは。


「それは、同じ君主が異なる自治領を統治する仕組み、という認識でよろしいでしょうか?」


 そこに喜々音さんが質問をする。


「そうよ。具体的に言うと、私が兎山自治領と渡海自治領の領祖になって、2つの自治領を統治しようという考えよ」


「なるほど……」


 違う自治領を一体の領祖が統治する形式か。たしかに渡海はかつて神だった勇様がいないし、それ以外に元々神様だった方もいないから、完全にひとつの自治領として存在することは難しい。そこで、自治領として設定するには明様を領祖にするしかないのか。


「それなら、兎山自治領に編入すれば良いのではないですか? わざわざ同君自治領などという先例のないことをするのではなく、今ある自治領に吸収させた方が手っ取り早いのでは?」


 そう質問したのは竜洋だった。それに答えたのは、遠くにいたいちかさんだった。


「それは難しいの。兎山自治領が設定されたとき、大智くんが『兎山は旧領奪還をしない』と宣言しているの。渡海を兎山自治領に編入させれば、武力で渡海を滅ぼして吸収したと見えてもおかしくないから、この宣言に背くことになっちゃうの」


「だが、あの戦争は渡海の解放から始まっただろう? 日渡にも兎山にも非がないのは明白で、意図的に吸収したと言われる筋合いはどこにもないぞ」


 竜洋がいちかさんに返すと、いちかさんは静かに首を振りながら、


「そもそも渡海でのクーデターは、兎山自治領の設立に反対したことから始まっているじゃないの。きっかけはこちらにあって、裏で火種をばら撒いていたと勘ぐられても不思議じゃないの。特に連邦諸国からの兎山の印象を考えると、どう悪く言われてもおかしくない。兎山自治領に渡海を編入させるのは、兎山だけじゃなくて、日渡にとっても悪影響を及ぼしかねないの。旧領奪還をしないと宣言している以上、兎山はどんな理由であれ渡海を併合してはならないのよ」


 いちかさんの言葉に、竜洋は「そうか」と静かに返す。湊さんも「なかなか都合よくはいきませんね」と少し残念そうな表情。


 対して、僕と花菜をはじめ、美有さん、喜々音さんらこの集団は、お互いに顔を見合わせて困惑中。


 え、いちかさん……だよね? え、えっ?


 あんなに旧領奪還を謳っていたいちかさんが、どういう風の吹き回しか、兎山の旧領を回収する機会を放棄した……だと!?


「あ、あのさ、いちか。兎山はたしかに旧領を奪還しちゃいけないけど、御厨家としてはどうなの? そんなに堂々と渡海の吸収に反対したら、あなた家での立場が……」


 美有さんが珍しく長々と口を開く。それに対していちかさんは小さく笑った。


「大丈夫よ。御厨家である以前に、あたしは日渡の巫女なんだから。巫女でいられるうちに、この国のためにあたしができることをやるしかないでしょ? これをきっかけに、新たな火種を蒔くわけにはいかないわ。たしかに家としては吸収併合を主張するのが筋かもしれないけど、少なくともそれは巫女の仕事じゃないわよ」


 何を当たり前な、と言わんばかりの態度で、さらりとそう言われた。


 本当に何があったんだ、僕らがサハに行っている間に。


 それを知るのは……


 僕は視線を大志に向けた。


「な、なに……?」


 僕の視線に少し怖がるような態度を見せる大志。怪しい、何か怪しい匂いがする。


「おい大志、お前いちかさんに何かしたか?」


「はっ!? な、何かって……なに?」


「なんでもだ。いちかさんがあんなに日渡寄りになるようなことに心当たりはあるかってことだよ」


「あっ、なんだそういう……。そ、それはいちかさんの意思じゃないかな? 僕にはさっぱり……」


「ふぅん」


 ……怪しい。僕から質問されてあんなに吃るなんて、我が弟らしからぬ行動だ。


 何か隠していそうな態度だな。ふむ、どう問い詰めたものか。


 そう考えていると、明様がひとつため息を吐いてから僕らに言った。


「いちかが成長したことを素直に認めてあげることはできないのかしら? それとも、何か理由がなきゃ変化しないって思わないといけないくらい、いちかのことを信じてあげられないのかしら?」


 明様の言葉が刺さった。


 そうか、いちかさんの変化を大志の影響だとか、きっかけがあったんだとか、そう勘繰ってしまった時点でいちかさんに対する信頼がなかったのか。


 それじゃ、今の僕の態度って、いちかさんにとってとても失礼に映ったんじゃないか?


 そう気づいて、僕はいちかさんに視線を向けた。


「別に気にしてないよ。元々対立していたわけだし、あたしの考え方が変わったことに驚かない方が難しいと思うよ」


 いちかさんは笑いながらそう言ってくれた。


 聖女か、彼女は。


 それを見た花菜が、いちかさんをまっすぐ見つめると、真剣な表情で頭を下げた。


「ごめんなさいっ! 今まで私、ずっとあなたのことを悪く言ったり強く当たったりしちゃった。今までのこと、全部……ごめんなさい!」


 そう言うと、いちかさんの表情が無になった。


 しばらく沈黙が訪れたが、そのあとでいちかさんが微笑みながら言う。


「許さない」


「……えっ」


 気味の悪いような微笑を浮かべたいちかさんが、きっと花菜の目には映っていただろう。


 またしばらくの沈黙。そのあとで、にこりと笑ったいちかさんが、


「なんて言わないわよ。今のでチャラにしよう、この無意味な対立に。これから先、あたし以外の御厨家がまだまだ迷惑かけると思うから、こちらこそごめんなさいなんだけど……」


「はぁぁぁ、よかったぁぁ…………」


 花菜が安堵したように大きく息を吐いた。僕らはそれに軽く笑い合った。


「それで、円満なところ悪いのだけど、誰が統率国に同君自治領の許可を取りに行くかを決めたいのだけど」


 その空気の中、明様が僕らに話を振る。


 統率国に許可を取りに行くという仕事。国外に出て、神様や臣様、巫女様と話をするという仕事か。


 それなら是非ともやりたい。


「行きます」


 僕が立候補すると、


「私も行ってみたい……かも」


 続くように控えめに湊さんが挙手した。


「じゃ、大智と湊にお願いしても良いかしら。異論はない?」


 明様の声に全員が頷いた。


 それと同時に、竜洋が僕の肩に手を置いて、


「湊様を頼んだぞ」


 そう言ってきた。


「うん、任せて」


 僕は力強くそう返した。竜洋は頷いていた。


「もう、竜洋。私はそんなに子どもじゃありません」


 湊さんはそう言って困ったように笑った。


「ですが、心配なものは心配なんです。長年用心棒を務めた、ある種の職業病です」


 竜洋がそう湊さんに返す。湊さんは何か言い返したいのか、少しモゴモゴ言葉を紡ごうとした、その次の瞬間。


「うぅ……あぁ…………」


 僕らからしたら少し遠くだった。萌加様の隣、大志の正面に座っていたいちかさんが、苦しそうにうずくまったのだった。


 みんなの視線がそちらに集中する。その中で、明様だけが少し焦ったような表情を浮かべていた。


「いちか!?」

「いちかさん!?」


 萌加様と大志の声。それに反応して駆け寄ろうとする僕らの前に、明様が両手を広げて立ち塞がる。


「解散よ、いちかと大志はここに残りなさい。萌加を含むそれ以外の全員は、今すぐに磐田神社に帰りなさい」


「はぁ!? ちょっと明、こんな時に……!」


「この状況になったからよっ! 詳しいことはまた確認してから言うけど、まずは大志、あなたとじっくり話す必要があるわ!」


「明っ!」


「下がりなさいっ! 私にはまだ神の権限があるわよ? 命令に従いなさい、さもなくば大逆罪に問うわよっ!」


 明様の声には明らかな焦りが感じられた。萌加様はこの状況が気になって仕方がなかったようだが、うずくまるいちかと心当たりがあるような大志の表情を見て、明が突発的に暴論を唱えているわけではないと判断したのか、


「明、この件は必ず、あとで報告してよね」


 そう言って僕らを見ると、


「……行こう」


 小さくそう言って、福田神社を後にした。


 僕らはよくわからないまま、萌加様に続いて神社を去った。




 翌日の冬至後74日、明様が萌加様に神権を返還して、神の座から降りた。


 萌加様は、明様が神の代理を務めていた頃に決めた新方式の分散神治についてを承認して、それらを翌年、神紀4999年から始めることを正式に決定した。


「そのために、今年のうちにやることを言うよ」


 萌加様は僕らを集めて、今年中にやらなければならないことを宣言した。


 まず最初に。


「統治区長の館を神社の正面に造る。それに伴って、神社門前の区画整理をやらないといけない。立ち退きが必要な民には移住場所を与えて、商いをしている者たちにはなるべく街道沿いに移り住んでもらうようにする」


 これだけでも十分大掛かりで、とてもじゃないが残り半年でできることなのか不安であるが、それ以外にもやるべきことが提示された。


「学校制度が導入されるのに伴って、子どもの人数を把握しないといけない。また、国民の所帯がどうなっているのか、国民の徹底的な管理が求められる。よって今年のうちに戸籍を作り、国民の管理を国家が行えるようにする」


 うん、なかなかに難しい事案だ。


 というか、手間が凄い。これを残り半年のうちにやれと言うのだから、鬼も驚愕だろう。


 しかしこれらは神の決定で、神からの命令である。僕らはそれを認めて、実現のために動かなくてはならない。


 全員で萌加様の言葉に頭を下げて、この計画を実行することを誓った。


 その直後だった。萌加様が何かの気配を察していきなり外に飛び出した。


 ジッと外を見ていた萌加様の前に、境内の階段を登り、誰かがやってきた。


 その顔には、見覚えがありすぎた。


「よぉ、元気してたか?」


「どうしたの、急に」


 そこに現れたのは、濱竹の神、安久斗様だった。


 安久斗様は数名の配下を引き連れていたが、どの顔にも見覚えはなかった。


「少し手土産を分けてやろうと思ってな。それと、報告もある」


「そうなの? あ、まぁとりあえず上がってよ」


 萌加様が安久斗様を本殿に上げて、僕らが話し合う部屋に招いた。


 僕らは安久斗様の通り道を作るように左右に別れる。玉座に座る萌加様の正面、ちょうど僕らが避けた位置に安久斗様が座り、急遽濱竹と日渡の神同士の話し合いが始まった。


「まず、報告からしよう。靜が戦勝国会議に向かった。三大神全員が招待されたそうで、連邦の運営にしばらく携われないと言って、統率国の権限を俺と蛇松に分配した」


「分配も何も、安久斗はもともと統率国じゃん」


「そうなんだがな、今まで靜がやってきた連邦全体の取りまとめの役割が分けられたということだ。だから、この前までのようなお気楽な立場にいられなくなった」


「そうなんだ」


 会話が繰り広げられる。何もせずに見ている僕らだったが、大志は臣であるため、菓子折りやお茶を安久斗様に渡していく。


「それで、蛇松と話し合った結果、連邦全体に影響しそうな問題を俺が受け持ち、各国々が抱える問題を沼が受け持つことにした。だから今後、日渡内部の渡海統治の問題は蛇松に持って行ってくれ。連邦全体に関わりそうな渡海難民の話は俺に相談しろ」


「なるほどね。でも難民に関してはある程度片付いたから、安久斗には相談することがないかも」


「そうか。それなら助かる」


 安久斗様はそう言って、出されたお茶に口を付けた。


「だが、渡海の統治はどうなってんだ?」


「今のところ、分散神治を改正して、自治領を置くつもり。どういう形になるかは蛇松に訊かないと分からないけど、許可が出次第なるようになるよ」


 萌加様の曖昧な答えに、安久斗様が大笑いした。


「なるようになるって。お前、そりゃ答えになってねぇよ」


 そう言うが、それ以上は何も訊くことなく、安久斗様は次の話に移った。


「まぁいい。次の用件だ。土産についてだが、こいつらだ」


 そう言って、引き連れてきた配下を指差した。


「……? どういうこと? くれるって言うの?」


「あぁ、そうだ」


「それはちょっと……」


「安心しろ、」


 安久斗様はそこでニタリと笑う。どういうわけか分からない萌加様は未だ困惑顔だったが、それでもお構いなしに安久斗様は言う。


「こいつらは異世界人類だ。シュムの奴から捕虜交換と称してもらったからな。異世界の芸術や技術、面白い話なんかを持っている。こいつらを上手く使えば、関東にも負けず劣らずの強い連邦を造ることができる。靜がいないうちに、俺はこいつらを“下神種”として連邦各国にばら撒いて、先進的な連邦を造る礎にしてやろうと思っている」


 その顔はなんとも悪かった。しかし楽しそうだ。やりたい放題、というわけではないけれど、異世界の技術を手にしたいという安久斗様の先進的な思いが強く全面に表れていた。


「ということは、この子たちを使って神治に役に立ててもいいんだよね?」


「あぁ、そうだ。あの『籠絡の船』で、お前らが身体を張って手に入れた戦利品だからな。日渡には特に役立ちそうな技術を手にしている奴らを6人与えてやろうと思ってな」


「そういうことなら、ありがたくもらうよ」


 萌加様はそう言い、その人類をもらうことを宣言した。


 それに対して異を唱える者はいなかったが、明様の表情がどこか険しかった。


 おそらく明様は、人類や異世界があまり好きではないのだと思う。安久斗様と正反対で、やはり馬が合わなそうだと思うから。


 話は合うんだけどねぇ、お互いすごく聡明なお方だから。戦場での話し合いやチームワークは相当なものだったし。


 でも、根本は違うからね。仕方のないことだけど。


「ま、そういうわけで。邪魔したな。国内で何か問題があれば、蛇松に相談するように」


「わかった」


 そうして僅か数分の滞在で、安久斗様は神社を去って行った。


 行きは徒歩で来たみたいだが、帰りは空に飛び去って行った。


「さてと、ちょうど改革の最中にいるから、タイミングとしては嬉しいわけだけど、」


 萌加様は人類を見て、


「君たち、何ができるの?」


 不思議そうにそう尋ねた。




ーーーーー

ーーー




 神紀4998年、冬至後73日。


 大連邦協商占領下の占守島にて、戦勝国会議が開催された。


 まず最初に話し合われたのは、占守シュムと衣堆ジョンキヤの戦争責任であった。


「サハ列島連邦は去年夏至後18日に、南四連邦祖神の夏半若菜を誘拐し、関東統一連邦との緊張度を大幅に上げ、世界の安寧を脅かした。サハ大陸連邦は、サハ列島連邦に付き従い、その暴走を止めることをせず、緊張度を引き上げることに貢献した。また、両連邦は異世界文明に汚染され、高潔な神類であるという自覚と尊厳がないように見え、文明保護協定が発足した際も異世界文明を排斥せず、汚染された状況を改善しようとしなかった。それらを指揮した占守シュムと衣堆ジョンキヤの祖神二者には、然るべき重罰を与えるべきである」


 済田政樹は、手元の紙を読み上げた。


「占守シュムと衣堆ジョンキヤに重罰を与えることに異論がある者はいますか?」


 政樹が問う。その声に手は上がらない。


「では、罰を与えましょう。どのような罰が良いでしょうか?」


「あれだけの大きな戦争を起こしたのだ! 問答無用で死罪だろう!」


 そう発言したのは群牧郎だ。それに賛同する数名の祖神。


「だが、死罪にしてしまったら、その後で列島と大陸を統治するのが難しくなる。土地を知り尽くした祖神を処すのは今後の統治に大きな影響を与える故、得策ではないだろうよ」


 牧郎の意見に名護密が反発する。


「かと言って、その土地に残すわけにもいきやんなぁ。また異世界と関係を持たれたら手に追えやんよ」


 密に続き、三津傘子が意見する。


「いいや、死罪一択ね。残す理由がないわ。あれだけの大きな大戦を招いておいて、その当事者を残すなんてことをしたら、生温いって言われるに決まってるじゃない」


 靜あおいが発言する。


「でも姉ちゃん、晒したら北方から関東を見張る祖神種がいなくなるよ? 靜連邦にとっては殺さずに残す方が利益があるように思えるけど」


 あおいに対してしみずがそう言った。その言葉に関東統一連邦の祖神種がムッと眉を顰めた。


「しみず、そういう発言は感心しないなぁ。今この協商の中で対立を招いてどうするんだよ」


 それを咎めるするが。そしてするがは、関東の祖神に向けて頭を下げた。


「ま、いいじゃねぇか。みんながみんな、個々の連邦の利益のためにこの会議に参加してんのは明白なんだからよ」


 それを許す東輝洋介。


「じゃあさ、多数決を取りましょう。祖神種を晒すか生かすか。挙手で答えて」


 夏半若菜がそう言って、晒すか生かすかの方針の決定をすることになった。


 そして結果は、僅差で生かすという方向に進んだ。


 会議は、このような調子で順調に進んでいく。




ーーーーー

ーーー




 安久斗様が連れてきた人類がもたらした物は、いつか紗那が船の中で言っていた『歌』という文化だった。またそれ以外に、異世界の建築技術や昔話などがあった。


 僕らが最初に着目して急務に指定したのは、国歌の制定だった。


 日渡の歌を作り、国民の『日渡国民としての自覚』を定着させ、団結力を高めようという話になった。これは紗那を見て思いついたことで、択捉が陥落してもその国歌を口ずさんでいたことを皆が覚えていて、国民としての自覚を植え付ける物として機能するという結論を出したのだ。


 この改革は、渡海を併合した新生日渡を安定的に統治するために行われる。そこで、かつての渡海国民にも日渡国民としての自覚を何らかの形で植え付けることが求められる。そのために国歌というのはもってこいなのだ。


 という御託を並べたが、言ってしまえば皆『歌』というものに興味があるだけだ。


 これが制定されれば、連邦では初の事案になり、新たな時代の開拓者となれるのだ。


 ……いや、それも御託か。別にそれを目指したいわけじゃないしね。


 結局、歌に興味があるだけなんだよな。




 異世界人類は話す言葉が僕らの言葉と全く異なっていたが、さすがは占守シュムから送られただけあって神類の言語も操ることができた。そのため意思疎通に支障はなかった。冬夏暦も理解しているし、難なく話し合いを進めることができた。


 話し合いの結果、国歌は今年の上半暦までに作り、上半暦にて国歌制定式を行い国民に知らしめる方針となった。


 ちなみに上半暦は、冬至後と夏至前の境目の日だ。夏至後と冬至前の境目は下半歴と呼ばれる。


「あと20日くらいだけど、大丈夫そう?」


 萌加様がそう尋ねる相手は、歌を作る異世界人類、古谷ふるや伸雄のぶおだ。彼は二十代後半で、モサモサした頭と髭を生やしている背の高い男だ。


「えぇ、お任せください」


 力強い返答。なんとも頼もしい。


「じゃあ、予定通り作詞は臣の大志にやってもらうとして。両者とも時間を見て進めてね」


 今回の話し合いはひとまずこれで区切りとなった。




 その翌日の冬至後75日に、僕と湊さんは沼国に向けて旅立つこととなった。


 沼様に伝える事柄は、兎山と渡海の同君自治領の設置についてだ。許可されるか却下されるか、それ次第で、次に国として行うことが変わってくるらしい。


 僕にはよく分からないけど。


 沼へ行くには、徒歩でおよそ3日かかる。


 初日は宇治枝まで歩き、翌日は富田まで歩き、そしてその次の日の昼頃に沼に着く。


 その間、湊さんとの会話は風景や土地柄のことばかりで、目に入ってくるものを話題にしていた。


 よく考えれば、彼女とも竜洋同様にサシで話したことがあまりない。竜洋曰く、距離を縮めたいと思っているとのことだったが、彼女からはあまりそういう意思は伝わってこない。どちらかというと、僕が話題を振らなければ話さないし、会話も肯定ばかりであまり弾まないため、仲良くなりたいというよりも嫌われたくないという思いが強いように見えた。


 それに口調もずっと敬語だし。僕も合わせて敬語を使っているけど、よそよそしいことこの上ない。


 そんなこんなで、徐々に大きく映るようになる名峰富田山を眺めながら沼を目指したわけだが、特段仲良くなるわけでもなく、77日の昼前に沼国に入国した。


「日渡国より、渡海統治の問題を相談したく参りました、臣家次男、磐田大智です」


「同じく日渡国、旧渡海臣家長女、福田湊です」


 神社の門前でそう名乗ると、受付役の下神種が目の前の階段を登り境内へと消えていく。しばらくして彼が戻ってくると、その後ろには綺麗な女性を従えていた。


 この方、どこかで見覚えがある。どこで見たんだ……?


「西部日渡の使者さん?」


「はい」


「そう。どなたにご用事?」


「萌加様より、蛇松様への相談にございます」


「そうなのね。ごめんなさいね、ただいま蛇松様は臣と共に外出中なのよ。お戻りになるまで待っていてくれてもいいのだけど、いつ頃お帰り遊ばされるか分からないのよねぇ。もし時間がよろしくないのでしたら、日を改めてもらう方が確実なのだけど、明日は空いていないから明後日以降になっちゃうのよ。それでもよければ」


 そう言われた。


「でしたら待たせていただきます。我々もなるべく早く国に戻り、蛇松様からの解答を届ける必要がありますので」


 僕が返すと、女性は頷いて「ではこちらに」と案内された。


 境内へ続く階段を登ると、そこに現れたのは、巨大な石造りの建築物だった。これが、沼国沼津神社。初めて来たけど、靜国の静岡神社や濱竹の浜松神社に負けず劣らずの煌びやかさがある。


 外観は石で囲われているのに、中は温もりを感じられるような木がふんだんに使われていて、南側に面した大きな窓からエントランスに光が差し込んでいて暖かかった。


 僕らが案内された部屋は、3階の応接待合室。広くはないが、二人でいる分にはまったく不都合のない空間だった。


 真っ黒なフカフカの長椅子が2つと、その間に高価そうな木の机。天井からは装飾がふんだんに施された灯りが吊り下がり、贅沢な雰囲気を感じた。


 贅沢すぎて落ち着かないくらいだ。


「先ほどの方は巫女様なんでしょうか」


 そう湊さんに訊かれた。


「たぶん」


 そう答えるしかない。巫女様……巫女様……。


「あっ」


「どうされましたか?」


 僕が声を上げたら、湊さんが不思議そうに尋ねてきた。


「いや、あの方どこかで見覚えがあったなぁって思っていたんですけど、巫女様だとしたら合点がいくなぁって」


「はぁ、そうですか。どこかでお会いしたことが?」


「兎山自治領の設立宣言の時に、おそらく。忙しすぎてあんまり覚えていないんですけどね」


「そうなのですね」


 湊さんは納得したように頷くと、出された紅茶を取ろうとしてから、


「……飲んでいいんですかね?」


 そう訊いてきた。


 いいだろうよ、そりゃ。出されたものなんだから。


「いいんじゃないですか?」


 そう言って僕も紅茶を手に取る。そして口許に運んだその時、突然扉が勢いよく開いた。


「仰天峰っ! 来ているならさっさとこっちに来なさいよっ!」


「うわぁ!?」

「……!?」


 唐突に開け放たれたとともに、けたたましい怒鳴り声。幼女特有の金切り声が耳に刺さった。


 驚いたのは僕と湊さんだけではなく、開け放った少女もまた困惑する。


「あ、あれ……? お客様でしたの? これは失礼致しました」


 謝る少女。その雰囲気はどこか僕らとは違うものだった。


「大丈夫です。それよりも、どなたかお探しなのですか?」


 少女に対して湊さんが柔らかく尋ねた。


「え、えぇ。でもこちらの問題ですの。お客様の手を煩わせるわけにはいかないから私でなんとかする」


 しかし少女はそう返してきた。たくましいことこの上ない。そんなことを思っていたら。


「探す必要などありませんよ、八重。あなたと仰天峰は入れ違いになっているだけです。仰天峰は既に議堂におりますよ」


 その少女の背後から、透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。そして近づいてくる足音、少女がその足音の方向を見て頭を下げた。


 足音の正体が、僕らの前に姿を見せた。


 瞬間、僕らは動けなくなった。


 刀に手を掛けて、その相手を見る。しかし冷や汗が溢れ出し、恐怖のあまり足が震え出した。


 見覚えは……ない。ないが、ないけど、どこかで出会ったような気もする。そして何より悍ましい力を感じ、言葉にできないほどの圧とおどろおどろしい気迫に包み込まれた。


 その容姿は、作り物のように美しい金髪で、萌加様にも負けず劣らずのロリ、しかし顔は真っ白なお面に隠され知ることはできなかった。


 なんだ、こいつ。


「警戒する必要はありません。少なくとも敵ではありませんから。行きましょう、八重」


 僕らに言うと、奴は幼女を連れて去っていった。


 僕と湊さんは足音が聞こえなくなるまで固まったままだったが、聞こえなくなるとどっと力が抜けて座り込んだ。


「なんでしょうか、あのお面の少女は……」


「それに、あの女の子も気になりますね。雰囲気からして神類じゃなくて…………」


 湊さんと僕はそう会話をする。未だに冷や汗が止まらないが、だんだんと鼓動が落ち着きを取り戻してきて、考えがまとまるようになってきた。


 そう思っていたのだが。


「答えられる範囲でなら、教えてやろう」


「「!?」」


 唐突に降りかかった声に僕らは焦って再び抜刀してしまった。


 しかし声を掛けてきたのは、


「じゃ、蛇松様!?」


「し、失礼致しましたっ!」


 僕と湊さんは即座に納刀し、全力で謝罪することになった。




ーーーーー

ーーー




「判決。この度の戦争における責任は神にのみ存在し、各国上神種には問わないものとする。しかし、必要とあらば各連邦で捕虜の戦犯を裁き、その限りとしないことを認める。あくまで大連邦協商全体としては神にのみ戦争責任を問うてこれを裁き、上神種のお咎めはなしとする」


 戦勝国会議にて、戦犯の扱いが確定した。


 大連邦協商は、世界北部同盟の各国の神々が戦争の引き金を引いたとして、その責任を神に押し付けた。始神種と皇神種は無条件に処刑、祖神種は99年間文明保護協定の監視下に置き、身柄は南四連邦に留め置かれることが決まった。


 これにより、紗那栗利を含む上神種には戦犯としての罪が消え、晴れて釈放……


 とはならなかった。


「重ねて言うが、上神種はまだ無罪というわけではない。協商では裁かず、戦争責任を問わないだけであり、捕虜として捕える各連邦、各国が必要と判断すれば裁き罪を確定させ然るべき対処をすることを認める」


 つまり、紗那栗利などの同盟側の上神種は戦勝国会議では裁かずに各連邦で裁けというのである。


 靜の三大神は、臣の静岡呱々邏に対して紗那栗利を静岡神社の軽犯罪者勾留地に送るよう指示した。彼女を裁くか裁かないかは、この時点では一度保留すると結論を下した。


「次に話し合うことだが、サハ列島及び大陸を誰がどのように統治するかだ」


 そう発言した東輝洋介。


「筋としては、攫われて拷問を受けた最大の被害者、夏半若菜神こそ相応しいと思いますな」


 群牧郎の発言。


「待て、それはただ関東が北端の土地を統一したいだけの口実ではないか? そもそも文明が汚染される原因を作った地であり、ひとつの連邦が統治するのではなく世界規模での統治が望ましいはずでは?」


 名護密が反対する。


「お前らはそう言って随分と東西対立に拍車をかけるな。そう言われなければそのように見えなかったぞ?」


 だが栃暁太郎が名護に反論する。


「いいや、名護の言う通りだね。関東は北端を欲しいままにしようとしているんじゃない? 結局そのためだけに戦っていたように思えたけど?」


 そこに靜しみずが攻撃を加える。


 もう収拾がつかなくなった。このまましばらく、関東対中京靜の口論が続くことになる。




ーーーーー

ーーー




「思っていたより早く予定が終わってな」


 蛇松様は僕らを応接間に案内する途中でそう切り出された。


「そうなのですね。急に押しかけた上でお時間をお取りして申し訳ありません」


 僕がそう謝意を口にすると「気にするな」と返ってきた。


「それよりも、お前ら近々安久斗と会う機会はあるか?」


「はい、ございます。濱竹議会への出席を許可されておりますので」


 僕が答えると、


「それなら手間が省けた。お前らの相談に乗る代わりに、こちらからの遣いを頼まれてくれんか?」


 そう提案された。


 応接間に着いて、蛇松様が大きな椅子に腰掛けた。そして僕らに向かいの椅子へ座るよう促す。


 僕らは指示に従って着席した。


「っと、話し始める前にまだ言っていないことがあったな」


 蛇松様はそう言うと僕らを見て、


「先ほど、人間の子どもを見たろ?」


「えぇ」


「あれは我が国が保護し神治に参画させている人類だ。香貫宮家と言い、霊力と呼ばれる特殊な力で永神種並の戦闘能力を有していて、この地域に住まう人類の信仰の対象にもなっている」


「……?」


 いまいちピンとこない。僕は湊さんの方に視線を向けてみたが、彼女も分かっていないのか首を傾げていた。


「つまりだ、人類は奴らを信仰し、奴らに従う。しかしその奴らと俺が対立せず仲良くしておけば、この国では人類反乱が起こらないということだ。沼は香貫宮を有しているがために分散神治を認められている」


「人類を神治に取り入れているのですね」


「ま、そういうことだ」


 そう言う蛇松様に、僕は質問をぶつけた。


「でしたら、あのお面の少女はどなたですか?」


「あ? ……あいつか。奴には触れない方が吉だ。あれは神類でも人類でもない。世界の生物を超越した存在だ」


「は、はぁ」


「あとアレは香貫宮家が神として崇める、人類宗教における最高神だ。言ってしまえば親玉のような奴だ。いずれにせよ、お前らは関わらないに越したことはない。面倒事に巻き込まれるだけだ」


 人類が崇めている親玉がそんな危険な存在なのは大丈夫なのだろうかと一瞬だけ不安が過ったが、そこは見ないふりをした。


「さて、前座はこの辺にしておいて、日渡からの用件を聞こう」


 蛇松様は改めて僕らを見ると話を切り替えた。


「はい。私たち日渡国は、旧渡海国を併合してから思うように統治ができず、周辺国に迷惑をかけるという失態を犯してしまいました」


「渡海難民か。話だけは聞いている。詳しく教えてほしい」


「はい」


 蛇松様からの要望に湊さんが説明をしていく。


 実は僕も詳細を全て知っているわけではない。ちょうどサハ戦争に出ていたということもあり……という言い訳はできないか。湊さんも一緒に戦争へ参加しているし。


 でも湊さんは戦後、明様から概要を詳しく聞いていた。かつての渡海の臣家として問題に対処するべく、その詳細を聞いたという。


 対する僕はあまり関心を示さなかった。そもそも現在の役職も小臣代理であり、本来は神治に積極的に介入する立場ではない。


 そういうこともあって、あらまししか知らないのだ。


「……ということがありました」


「ふむ、たしかに一連の騒動は連邦西部の治安を揺るがしかねない状況だ。それで解決策を昇竜川東岸諸国で話し合った、と」


「はい」


「……なぜ濱竹を除外したか理解に苦しむが、まぁ良いだろう」


 蛇松様は疑問を抱えたが飲み込んで、僕らに尋ねる。


「それで、東岸諸国での決定と今後の方針はどのようなもんか?」


「渡海に自治領を設立し、自治権を持たせながらもゆっくりと日渡の政策を浸透させます。いきなり日渡とするよりは反発も少ないと思われます」


「だが、渡海勇はもういないぞ。領祖に誰を置く?」


「兎山明様を」


「その場合、兎山自治領をどうする? 兎山へと併合して統治するか?」


「いいえ、あくまで渡海は渡海自治領、兎山は兎山自治領です」


「は?」


「ここで我々は、同君自治領制を提示いたします。明様が兎山自治領と渡海自治領、その両方の領祖を務めます。政策は全く別々の順路を辿りますので、同じ自治領とするわけにもいかず、また兎山自治領は発足時に旧領奪還をしないと宣言をしているため、旧兎山国の領土である渡海を吸収するわけにはいかないのです」


「…………ううむ」


 その言葉に蛇松様は良い顔をしなかった。


 考え込むように顎をいじり、視線を机に落としていた。


 しばらくして視線を上げると、僕らを真っ直ぐ見つめて、


「自治領というのは簡易的な国とも言える。ならば国として置き換えてみよ。一体の神が二つの異なる国を統治する。その国々は上手く運営できると思うか?」


「「…………」」


 湊さんが視線を落としたのを僕は見た。問い詰められて少し小さくなってしまったようだ。


 だが、僕は僕の意見を貫いてみる。


「それは神の力量と、臣と巫女次第かと存じます」


「それもそうだ。しかしじつ、他国より見れば脆弱そのものだ。神が国に在住していないのだからな。それを機と思い、隣国が攻めてきた。どう対処する?」


「神治首脳部の指揮の下、その国の兵力をもってして守りに出ます」


「では隣国を空にするか? 攻め込まれるぞ?」


「ではその隣国も共に戦わせます」


「それでは最早別の国とは言えなかろう」


「そうでしょうか? 同盟という形を取っていれば解釈として……」


「不可能だ。同盟は神と神の約束によって成り立つもの。神が一体しか存在しなければ、同盟もへったくれもない」


「ですがその神の一任で全てが決まる二つの国家となれば、戦争を吹っかけてきた隣国を敵と見做し両国で攻め込むのも可能ではありませんか?」


「はっ、その状況が『国家』なのだ。二つの別の国など存在できない。どれだけ統治形態が分けられていようが、非常事態となれば結局ひとつの国として機能してしまう。それは二つの国とは呼べない。ひとつの国をふたつの地域に分けただけの脆弱な何かだ」


 そう言われて、僕は返せなかった。


「安久斗のような新しいもの好きにとっては興味の湧く提案だったやもしれんが、俺やするがといった国家安泰を第一に掲げる神からしたら受け入れられぬ提案だ。また、連邦の自治領を規定した令にも同君自治領など載っておらず、日渡が作るに当たってその規律の改正が生じる。手間だぞ、先ほどの考えを論破できるほどの理由を考えて、連邦全加盟国を納得させるのは。それならば、お前らが勝手に改定できる兎山自治領の宣言を弄り兎山自治領に組み込んだ方が良かろう。どうするかはお前らに任せるが、いずれにせよ現状、統率国である沼国は同君自治領制を認めない。もう一度西部で話し合い、上半暦までに決定を出せ」


「承知いたしました」


 同君自治領制は認められなかった。


「あと、今回の話し合いには濱竹を含めろ。必ず西部諸国で話し合い、渡海の処遇を考えろ。兎山が関わる案件を濱竹抜きで決めれば後々面倒なことが起きてもおかしくない」


 そういう蛇松様の決定もあり、西部諸国で改めて話し合いが開かれることとなった。


 安久斗様への伝言を預かり、翌日、僕と湊さんは沼国を去った。




ーーーーー

ーーー




「俺が不在の間、靜との不要な対立を生んだとして、下池川山樹を神務卿より罷免する。後任には、俺の推挙で神務局長の森田可美を充てる」


 神紀4998年、冬至後78日。濱竹にて、サハ戦争中に不当に臣権限を発動させ靜と対立を招いたとして神務卿下池川山樹が降ろされた。


 これらは濱竹安久斗と浜松ひくま、三ヶ日おなの神治首脳部のみでの決定であり、唐突なものだった。


 山樹はこれにより濱竹より国外追放、喜々音と同様、日渡国に送り込まれた。


「ちょっと! ここは濱竹の流刑場じゃないんだけど!?」


 日渡萌加はやってきた濱竹安久斗に憤慨したが、


「まぁそう怒るな。山樹は有能だぞ、こいつを神治に参加させるだけで、国が円滑に進むこと間違いなしだ。さらにお前らがやろうとしている分散神治の改革にはもってこいだぞ? 何せこいつ、前職は初級学校の教師だからな!」


「うぇぇぇぇぇええええええ!?!?!?」


 ということで、下池川山樹が日渡国に流れてきたことで、日渡の学校設立が急激に円滑に進み始める。


「そうですねぇ、まず学校を創るにあたって、子どもたちに指導できる教師がいなければなりません。以前大志様といちか様が濱竹議会でお通しになった法案で濱竹に日渡国立師範学校が作られるはずです。そこで日渡の教員を育ててからの開校となるはずですので、少なくともあと2年は難しいかと」


「それまでに学校に類似した教育施設を作ることはできるかな? 例えば若者にさまざまな職業を指南するところとか」


「日渡のみで人材が確保できれば可能でしょう。ですが、それをやる意味を若者が感じなければ開校する必要はないでしょう」


 萌加と山樹は話し合う。


「そもそもこの国では、なんのために教育をするのですか?」


「知識のある国民を育むためにやる。濱竹だってそうでしょ?」


「それが、濱竹の教育は少し違います。職業を選択するために、未来を切り拓くために教育をします。民がやる気のある職業に就くことで、国が豊かになっていくのです。また、上級学校は神治に参加する優秀な人材を育成するために教育を行います。国民のための教育ではありません、国のための教育なのです」


「そうなの? でも結果的に国民の教養も高くて治安も良くなっているじゃない。偶然の産物というよりも狙ってやっているように思えるんだけど」


「それはどうでしょうか。学校制を整えた頃の安久斗様は随分と身勝手な振る舞いをなさっておりましたし、未だに濱竹の教育は国のために尽くすことを国民に刷り込んでおりますので、安久斗様がそこまで考えておられたかは不明です」


「どうだろうね。安久斗だし」


 萌加はそう言うと、


「いずれにせよ、わたしは国のために教育をするんじゃなくて、国民のために教育をしたい! 渡海を併合した今、教養がなければ差別や偏見、暴動に繋がってしまうから」


「でしたらいっそ、萌加様を“神格化”してみては如何でしょう?」


 山樹が萌加に提案した。


「神格化はやるつもりだよ。崇拝の義務っていうので国民はわたしか明を崇拝しなきゃいけないようになる」


「それでは甘いです。もっと神話のようなものを作り、我々の神様はこれだけ素晴らしいお方なのだと洗脳させなければ。ただ崇拝させただけでは意味がありません」


「うぇ、そうなの!? でもわたし、安久斗みたいに凄いことしてないし……」


「大丈夫です、そんなのは捏造でなんとでもなります」


 そう言うと、山樹は廊下を通りかかった一人の人間に声をかけた。彼は安久斗から渡された異世界人類で、異世界の神話や童話に詳しい奴だった。山樹は日渡に流されることを知りながら、安久斗と共に異世界人類の選定をした。つまり、日渡に誰がいるのか把握しているのだ。


 それもそのはず、全て濱竹の計画のうちだからだ。


 山樹は彼を隣まで連れてくると、萌加に向かって強く告げた。


「この件、私に任せてくださいませんか?」




ーーーーー

ーーー




 冬至後81日、僕と湊さんは日渡に帰ってきた。


 ……が。


「お帰りになられましたか」


「下池川卿!?」

「だだだ、誰ですか…………!?」


 驚いた、本殿から下池川卿が現れたのだ。


「驚かせてしまって申し訳ありません。前濱竹神務卿、下池川山樹にございます。安久斗様ご不在の中、身勝手な振る舞いをしてしまったがために罷免されまして、国外追放となりました。しばらく日渡国でお世話になります」


「えっ、罷免されたんですか!? 安久斗様の右腕でしたよね?」


「右腕も、一度腕を捻ってしまったら使い物になりませんのでね」


「そ、そうですか……」


 濱竹、なんて国だ……


 重役だろうと容赦なくクビになる世界。怖すぎだろ。


「さて、中で萌加様がお待ちですよ」


「あ、はい」


 僕らは下池川卿の案内で本殿に上がった。


 ……おかしい、ここは僕ら日渡の神社のはずだが?




「うぇっ、断られたの!?」


「はい……」


 萌加様に報告をしたのは湊さんだった。


「まぁ連邦規約を改訂するのは渋るよね。それに改訂するには加盟国の神全員の同意を得ないといけないし。たしかに説得するのは難しいと思う。頭が柔らかくて割と融通の利く蛇松ですら許さないとなると可決は絶望的かなぁ」


「そうなんですね……」


 僕らは揃ってため息を吐いた。


「それで、濱竹を含む西部で話し合って統治方法の結論を出して、上半暦までに報告しろとのことでした」


「上半暦までって……。時間がないねぇ」


「なかなか急な話ですね」


 萌加様と下池川卿がそう反応する。


「ところでこちらは例の東岸諸国会議の案件ですかな?」


 そう下池川卿が訊くと、萌加様が頷いて答える。


 すると下池川卿、ニコリと笑顔を見せて言う。


「でしたらこの会議、濱竹で実施いたしましょう」


 しばらくの沈黙の後、


「「(う)えぇぇぇぇぇぇえええええ!?」」


 萌加様と湊さんが叫んだ。




 僕にはよく分からなかったのだが、どうやらこの東岸諸国会議というのは、正式名称『対濱竹共闘圏諸国戦略立案会議』というらしい。つまりこれは、濱竹と対立していた国々が集まって濱竹との戦争に備えて戦略立案をするために行われた会議の名残であるのだ。


 それを濱竹でやろうと言い出したのだから、萌加様と湊さんが叫んだということか。下池川卿も何を考えているのか全く分からない。


 しかし安久斗様に提案したところ、それがすんなりと通り、濱竹議会で日渡の臣巫女が権限を使い無理に話を通して可決、対濱竹共闘圏諸国戦略立案会議は初めて濱竹国で開催されることとなった。


 その場所として使ったのが、濱竹神社の会議室。


 集められたのは、日渡国より萌加神、領祖兎山明。武豊国より耐久神、旧広末国神一雲斎。周知国より小國神。袋石国より夜鳥神、旧浅瀬国神太郎助。崖川国よりあさひ神、旧大横須賀国神洋望。堀之内国より弥凪神。古田崎国より悠生神。根々川国より千鶴神。そして場所を提供している濱竹国安久斗神と、以下臣と巫女。


 およそ西部諸国ではあるが、東岸諸国会議と題されたことで濱竹に発言権はほぼなくなった。これが今までの西部で行われてきた濱傘連盟を継承した議会と大きく異なる点だ。


「まさか濱竹で会議をする日が来るなんてなぁ」


「本当に。なんでこうなったのかしら」


「萌加、説明して」


「わしはこれが本来の姿じゃと思うておるから説明なんぞ不要じゃぞ?」


「あーはいはい爺さん黙って」


 ……なんだろうな、この集団。まとまりがないというか、自分勝手というか。


 思えばここで発言権を有している全員がかつて国の長であったと考えると個性が強すぎる。


 ところで僕がどうしてここにいるのかって?


 ど、どうしてだろうなぁ。


 なんか明様に引き摺られてここにいたんだよね。美有さんはいないからおそらく小臣の代理だと思うけどさ。


 こういうときこそ美有さんが働いてほしい。僕は小臣じゃないんだってば。


「まぁ静かにしろよ。司会進行はしてやるから、お前ら勝手に話し合って決めろよ。てか日程が合っただけでも奇跡なんだからな、今日を逃したら決められんぞー」


 安久斗様が会議の進行をする。


 この光景は凄く珍しく思えた。よく知らないけど。


 というか神々は暇なのだろうか。2日前に発案されたばかりなのに集まることができるだなんて。


 ということで、今日は冬至後83日である。


「議題は渡海の自治領化をどうするかだ。同君自治領は沼によって却下されたぞ」


「東部の分からずやの分際で却下するなんて。安久斗、あんたの権限で黙らせてきなよ」


 崖川あさひ様の発言。


「無理だ。あいつは今統率国だぞ? それも、靜の代理だ」


「くぅぅぅ、この皇神種! 使えないわねっ!」


「なっ…………!」


 あさひ様が安久斗様に罵声を浴びせると安久斗様が困惑したように声を上げた。


 それを皮切りに神々が安久斗様に声を投げる。


「ほんとよ、弱腰皇神種!」


「今までの威勢はどこにいったの?」


駿豆すんずに唯一太刀打ちできるのは安久斗だけなのにねぇ」


「もぉ安久斗、なんとかしなさいよ!」


「安久斗!」


「「「安久斗っ!」」」


 安久斗様は机を叩いて立ち上がる。


「おいお前らいい加減にしろっ! 依存していないで自立しろよ、じ・り・つ! 俺と闘ってた時の方がまだまともな話し合いになっていたはずだぞ!」


「そんなこと言われても〜」


「もう安久斗なしじゃ話し合いにならないよぉ」


「連邦での発言力もないし」


「全部靜の言う通りになっちゃうし」


「西部としての意見には安久斗が必要なのー」


「うん」


 神々の発言に安久斗様はため息を吐きながら椅子に座る。


「お前らなぁ、やはり俺に頼りすぎだ」


 呆れたようにそう言うと、安久斗様はおな様より差し出された資料に目を通してからそれを机に置くと、


「前回の議事録には、同君自治領が却下されたら浅瀬に渡海を任せるとあるが?」


「「却下!」」


 それに異を唱えたのは夜鳥様と洋望さんだった。


「お前らは一旦黙ってろ。太郎助、お前はどうだ? ってか老けたなお前」


「…………あぁ、望むところじゃな」


 一際年老いた男が静かに口を開いた。


「渡海の統治ができるか?」


「…………袋石なんぞで、神生を終えるよりはマシじゃ。…………本当は、国を持ちたかったがのぉ」


 男は伸びた白い髭を骨ばかりの手で弄りながら言う。


「と、言っているが」


「本人の意思に関わらず、袋石は浅瀬に力を持たせることに反対するわよ!」


「俺もだ。今はあれだけヨボヨボだがよ、小臣や小巫女を持ったら復活するやもしれん。そうなったら兎山以上に厄介だぜ?」


 やはり夜鳥様と洋望さんは反対のようだ。


 しかし。


「そうかな? 見る限り寿命はもう尽きる寸前だし、爺さんと対立したことがない日渡に留めておいた方が最後は思うより安定するかもしれないよ?」


「小國に同意だね。浅瀬のことはあんまり知らないけど、昔から渡海との距離は近かったんでしょ? だったら統治される民にとっても親近感があるはずだし」


「そうだな。素直な収まり方な気がする」


 小國様、弥凪様、悠生様が浅瀬の渡海統治に賛成した。


「小國が賛成するなら、賛成」


 変な理由で千鶴様も賛成し、


「小國は気に食わんが、この意見ばかりは肯定する」


 耐久様も支持に回る。


「カッカッカ、わしはなんでも構わん。神の好きにするべきじゃ」


 一雲斎さんは傍観の姿勢。


 残るは明様と萌加様だ。


 そこに安久斗様が口を開く。


「先に聞いておくが、夜鳥。もし萌加が浅瀬の渡海統治に賛成するなら、お前はどうする?」


「仕方ないわね、日渡に浅瀬を編入させるわ。でも旧浅瀬の臣家で今の袋石の巫女家の浅羽あさば家は渡さないわよ。上神種は日渡が出して。それが条件よ」


「とのことだ、萌加。どうする? ……明もだな」


 訊かれた萌加様と明様。


「渡海の統治は大変よ? 老いぼれじゃ難しいかもしれないわね。だからといって兎山が吸収することも不可能。何があっても私は動けないけど、それでもいいのなら構わないわよ。結局は萌加次第じゃないかしら」


 明様が発言した。


 それをもって、全ての視線が萌加様に移る。


 萌加様は夜鳥様と明様、そして太郎助さんを何度も見渡してから、最終的に夜鳥様のもとで目が止まり、


「日渡国は、浅瀬太郎助による渡海統治を要請し、袋石国より旧浅瀬国域浅羽地区の割譲を要求する」


 それに対する答えは、


「袋石国は日渡国からの要求に応じ、旧浅瀬国域浅羽地区を割譲する」


 議論は無事、決着に至った。




ーーーーー

ーーー




 戦勝国会議は順調に進んでいたかに見えたが、誰がどのようにサハ列島・大陸を統治するかで未だ揉めていた。


 そして、大連邦協商は世界を巻き込む決断をした。


 それは、文明保護協定に参加する全ての祖神種に対して戦勝国会議に出席を求めたのだ。


 これには関東統一連邦が全面的に反対していたが、中京統一連邦と靜連邦が強行して関西統一連邦に伝達、そこから全世界に伝わった。


 そうして規模が膨れ上がった会議は、もはや収拾がつかなくなってしまった。


「そもそもとして、大連邦協商はこの協定の軍でしかないんやで? 理解してるんか?」


「そうは言っても協定の中には軍人が属しているわけではない。連邦も国も神もいる。それでも軍と言い張るのは無理があるだろ」


「やけど大きく括れば血気盛んな東の野蛮国家ばっかりやでなぁ。大差ないやろ。あ、中京と靜は除いてな」


「んだとオラァ!」


「「「まぁまぁまぁまぁ」」」


 関西が入ってこれば、関東とこんな具合に対立ばかりで、話し合いにならない。


 まるでどこぞの異世界にある人類国家の議会のような進展具合で、決められることもなかなか決まらない。


 この状況を鬱陶しく思った靜の三大神は、これが好機であることに気がついた。


「こんなことばっかりやってても仕方ないんだからさ、司会決めない? コントじゃないんだから」


 世界規模に膨れ上がってから3日後の冬至後79日、靜しみずがそう提案した。


「関東と関西、どっちかの連邦に近しいと揉め事になると思うからさ、ここは良くも悪くも世界の緩衝材、靜に任せてくれないかな?」


 するががそれに乗る。


「おぉ、それはありがたいなぁ。是非とも頼みます」


 そう返したのは関西代表の桜咲メグ。


「こればかりは助かるな。俺からも頼んだ。もう分からずやを相手にするのは疲れた」


 東輝洋介もその提案に乗った。


 そうして、靜が司会のもと改めて話し合いが始まった。




ーーーーー

ーーー




 冬至後84日、早朝。


「できましたぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」


 聞き慣れない声と同時に、誰かが本殿の扉をガラリと開け放った。


 起きていて、作業をしていたのは僕と湊さん。再び沼国へ旅立つ準備をしていたのだ。


「何がですか……?」


 湊さんはそう尋ねるが、僕の頭の中は混乱中。


 誰だっけ。


 そんな僕などお構いなく、男は語る。


「この国の国歌ですよっ! 国の歌!」


「ウタ…………あぁ、歌! できたのですか? 歌が!?」


 あぁ、いたなぁ。異世界人類で歌を作ってくれる人が。


「はい! とはいっても、奏でる楽器がないから難しいんですがね。私が今、歌って聴かせましょう!」


「そりゃいい! 是非とも!」


 状況が飲み込めてきた僕は、確か古谷ナンチャラという人物にそう返して姿勢を正した。


 聴いてやろうという姿勢を見せると、朝日が昇り始めた薄暗い中に太くしっかりとした歌声が響いた。




煌めく光に身を委ね

今日も祖国に日が昇る

生きとし生けるものどもよ

始神を讃えて感謝せよ

嗚呼日渡よ故郷よ

その栄光を永遠に語らふ


燃える炎の輝きは

我ら祖国の証なり

この燈のある限り

始神を讃えて感謝せよ

嗚呼日渡よ故郷よ

その栄光を永遠に語らふ


緑の溢れる台地にて

採れる祖国の恵みあり

如何なる時にも絶えずして

始神を讃えて感謝せよ

嗚呼日渡よ故郷よ

その栄光を永遠に語らふ




 のどかな感じになる。徐々に昇る朝日にちょうど合うような雰囲気で、なんというか、心が綺麗になった気がした。


 僕と湊さんは、よく分からずに拍手をした。


 それに照れるように返す古谷ナンチャラ。


「この詩は臣様が書かれたのですよ」


 照れを誤魔化すかのように僕らにそう言った。


「え、大志が?」


 あいつにこんな才能があったとは。さすが、本の虫。


「そういえば、この歌の名前はなんですか? 流石に日渡国歌では味気ないですよね」


 湊さんが尋ねると、


「臣様曰く、まだ決めていないと。ただ、日渡讃歌とかどうでしょうかと仰せでした」


「なるほどねぇ、『日渡讃歌』か。いいね」


 僕の言葉に湊さんも頷く。それなりに気に入っているようだ。


 と思っていたら、湊さんが僕の袖を摘んで軽く引いてきた。


「大智さん。そろそろ行かないと」


「あ、そうだね。じゃあごめんね、古谷くん。また」


「あ、はい!」


 僕らは荷物を背負いながら古谷ナンチャラにそう挨拶をした。


 でも、国歌って確か。


「制定式が上半暦だっけ? 僕らは出席できないと思うけど、いい歌だったから大丈夫だと思う! 聴かせてくれてありがとう」


「ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ! 聴いてくださりありがとうございました!」


 僕に続き湊さんがお礼を言うと、古谷ナンチャラは笑顔で返してきた。大男なのに笑うと可愛いのは何故だろうか。愛嬌があるね。


「では、行ってきます」


「行ってまいります」


「行ってらっしゃいませ!」


 そうして僕らは日渡国を発った。


 なんかこの頃ずっと移動している気がするけど仕方ないね。神治に参加したばかりの頃を思い出すけど、思うとそれから落ち着いたことってないよなぁ。


 もう少し落ち着いてくれるといいんだけどなぁ、僕の生活。


 そんなことを歩きながら、朝日に照らされた街道を一路東に突き進んだ。




ーーーーー

ーーー




 しかし、物事は思うように運ばない。


 神紀4998年冬至後86日、未明。


 磐田大志は本殿で能力を行使して()と闘っていた。


 それは、兄たちが対峙したことのある奴だ。


「萌加様っ、落ち着いてください!」


「上神種ごときがこの私に指図するなっ!」


 夜明け前の静かな時間、神社の境内は炎で溢れた。


 水斬渡海は湊が沼に持っていっているため、かつてのように塩で清めることが不可能であった。


「くっそ……! どうしたらいいんだよ!」


 大志は泣きたくなった。今まで出会わなかったのが奇跡であったのだが、大志が今感じていることは出会っても止められた大智や頭を下げて許された大貴の世の中の簡単さに対する理不尽さだった。


「なんで僕は……! 僕だけ…………!」


 そう言うが、彼は大智の時ほど萌加を怒らせたわけではないため一番しんどかったのは大智であろう。それを知らない大志は、ある意味で幸せなのかもしれない。


 八つ当たりできる場所があるのだから。


「落ち着いてくださいよ、本当に!」


 そうして戦闘を続けること数分、徐々に明るくなる空を見て、萌加の動きがピタリと止まった。


 次の瞬間、ふらりと地面に倒れ込んだ。大志はその小さな体を抱えた。


「もう、何なんですか……」


 困ったように、そして心から最悪そうに大志は呟く。


 だが、大志はこの時とある事柄との関連性を見出していた。


 それは、萌加の喪われた記憶だ。


「……この状態になることが、記憶喪失と関連しているのなら」


 そう思い立った大志は、日渡伝書を片っ端から読み漁った。


 それでもやはり記述は見当たらず、翌日兎山伝書を求めて明の元を訪れた。


「兎山伝書には、萌加の記憶については大して載っていないわ。それに、あなたの知っている限りの情報以上は手に入らないと思うわよ?」


 明の言葉に、大志は「分かっています」と返す。


「それでも僕は、僕の手で萌加様の記憶を探したいんです」


 大志の言葉に、明はため息を吐いた。


「いいわ、分かった。貸してあげるわ。丁寧に取り扱いなさいね?」


「はいっ!」


 大志は明から兎山伝書を借りると、そのまま御厨堂で読み漁った。


「はぁぁ、まったく。お節介よね、この子も」


 明はいつぞやの大貴を見る目でその弟を見つめた。




 次の日も、大志は朝から御厨堂に入り浸って兎山伝書を読み漁った。


 しかし、やはり手がかりは見当たらない。


「言った通りじゃ……」


「周知に行きます!」


「あっ、ちょっと!」


 夕方、明にそれだけ言い残すと、大志は急ぎ足で御厨堂を出ていった。


「……優秀な子だと思ったけど、この頃は全くね」


 やれやれと言わんばかりに明は言うと、


「仕方ないわ」


 そう呟いて出かけていくのだった。




ーーーーー

ーーー




「認めねぇよ! なんで北端を靜連邦が管理するんだ!」


「いいやないの、緩衝材が統治することで東西が争わなくて済むんやで?」


「黙れっ! 認めねぇぞ、この野郎! 戦争貢献度を考えろ、北端を統治するなら靜じゃなく関東だろうが!」


「そうかな? 靜連邦軍がなかったら厳しかったんじゃない? 特に濱竹日渡連合軍。強かったと聞いたけど? 籠絡の船とか、択捉島の戦いとか。第五艦隊じゃあ大いに活躍したそうじゃないか」


「大陸方面でも濱竹陸軍は強かったな。オハの戦いとか、濱竹の巫女が能力の無効化を解除したわけだしな」


 戦勝国会議では、靜を司会としたら靜に都合が良いように話がまとまっていった。


 あからさまであったが、関西が靜を盾に使ったのだ。


 中立であり、それでもって第三勢力でもある靜連邦は、関東にとっては北端を取られたくない存在だったが関西からしたら北端を預けられる存在であった。


 靜と関東が対立すれば、関西に直接的に飛び火してくることはない。さらに関東の勢力も削ぐことができる。


 そういう理由で、関西は靜連邦に強大な権力を握らせた。


 それが、文明保護協定の統括権限であった。


 恐ろしいことに、この統括権限は全世界を対象にしていて、さらに傘下にある軍扱いの大連邦協商を動かす権限も有している。


 もちろん協商の解散権も有するが、逆に協商の存続もしたい放題行使できるのだ。


 靜連邦が強大な権力を手にしてしまったことで、大連邦協商の勢力図はひっくり返った。最高権限を有する靜連邦、そこそこ仲の良い中京統一連邦、そして対立する関東統一連邦。序列ははっきりした。


「というわけで、靜国がサハ列島を占守シュムに返還されるまでの99年間管理し、濱竹国がサハ大陸を衣堆ジョンキヤに返還されるまでの99年間管理する。これを決定とする!」


「統治できるのか? お前ら如きの弱小連邦が!」


「できるかできないかじゃないわよ、やるかやらないかよ」


「姉さんの言う通りだね。それに、あまり俺たちを舐めない方がいい。弱小連邦には弱小連邦なりに生き抜く方法があるんだ」


 あおいとするががそう言って笑い合う。


 それを見て、関東の祖神は皆良い顔をしない。


 北地の北嶺札穂は深いため息を吐き、北守の神々は少し俯いて頭を掻いた。北三の神々は血気立って声を荒げ、甲信の永井と山奈は視線を逸らした。そして南四の神々は歯軋りをして、悔しそうに机を叩いていた。


 戦勝国会議は、おおよそ靜連邦に利をもたらして締め括られた。


 同時に、世界がひっくり返る火種もばら撒かれてしまった。




ーーーーー

ーーー




 冬至後88日、沼国に着いた。


 神社に入ろうとするも、下神種に止められた。どうやら今日は首脳部が挙ってお出かけのご様子。沼国も忙しい模様。


 ということで翌日89日、再びやってきたこの地は、以前と全く変わらずに出迎えてくれた。


 すなわち巫女様に声をかけられて待合室に入れられて。


 さすがに香貫宮や規格外お面は来なかったけど。


 そして待つこと数十分、またも用事を済ませた蛇松様が僕らの元にいらして応接間へと連れて行ってくださる。


 そして以前と同じように席に着くと、僕らは東岸諸国会議で出た結論を蛇松様に伝えた。


「日渡国は、袋石国より南部旧浅瀬国域を貰い受け、そこに住まう下野始神種、浅瀬太郎助に渡海浅瀬の統治を任ずることとなりました。実施するのは来年99年の元旦からで、それまでは日渡直轄領として渡海を扱います」


「ふむ、そうなったか。周辺国家とは穏便にまとまったか?」


「安久斗様のお力添えもあり、円滑に進みました」


「そうか。あぁ、安久斗といえば言伝はしっかり渡してくれたか?」


「はい。あっ、安久斗様より返事を預かっておりますが」


「ちょうど良い、聞かせてくれ」


「『うるせぇバカ、そっちでなんとかしろ。俺は根々川の案件で忙しいんだ』とのことです」


「そうか、ではこちらから『鏡を見てもういっぺん言ってみろ』と伝えてくれ」


「はぁ、承知いたしました」


「うむ」


 なんなんだ、この神々は。正直分からない、どんな会話だよ。


 そう思っていたら、ここで登場する規格外お面。


「蛇松さん、少し」


「無理だ。見て分からんか、接客中だ」


「大きな相談は終わったように思えましたけど?」


「大きくねぇのが残ってるかもしれんだろうが」


 そんな会話を繰り広げるお面の少女と蛇松様。


 やはりお面の少女のまとっている気迫がすごい、圧倒される。


 そう思って見ていたら、少女がこちらを見た。


 め、目が合った……?


「……あぁ、あなたたちでしたか」


 少女は僕と湊さんを見てそう呟いた。


「「っ!?」」


 僕らは恐怖に駆られた。認知されている……だと!?


 出会ったのはついこの前、顔を見たのは極一瞬だけだったはず。


 それなのに認知されている、だと!?


 やはり蛇松様の言う通り恐ろしい存在だ。


「少し蛇松さんを借りてもいいですか? こちらのミスで、少々面倒事が発生してしまいまして」


 少女にそう訊かれた。そりゃまぁ、いいですけど……


「おいどういうことだ? 何が起きたのか説明してから腕を引け」


「来てからのお楽しみです」


「楽しめるかこのバカ」


 僕らが答える前に蛇松様が返し、それに対して少女が返したので、早くも僕らは蚊帳の外となった。


 会話をする機会を与えてくれないとは世知辛い。


 そう思っていたら。


「……なんだ、これは」


「誰ですかね?」


 蛇松様とお面の少女の動きが止まり、息ぴったりの動きで外を見た。


 僕らも外を見ると、真っ赤な光が神社に向かって突っ込んできた。


 な、ななななんだ!?


 その光は一度僕らの上空、神社ギリギリを通り過ぎると、しばらくして反対側の窓に向かって再び飛んできた。


 蛇松様が動いて窓を開けた。


 そして僕と湊さんに「お客だ」と言うと、ちょうどそのタイミングで窓から赤い光が飛び込んできた。


 それは勢いを殺すように僕らの前で止まる。


 そこには見知った顔、萌加様がいた。


「どうした?」


 蛇松様は萌加様に尋ねたが、彼女の視線は床に落ちたまま上がらない。返事もない。


「……日渡萌加。やはり似ていますね……」


 お面の少女はそう呟いた。


「お前萌加を知っているのか?」


「名前だけは。あと容姿もそれなりに。どうも彼女を見ると、ね」


 クスッと少女は笑うと、萌加様の前に跪いて頭を下げた。


 ちょうど萌加様の視界に入る位置だ。


「……だれ?」


「おい何してる、困らせてどうする」


「いえ、こうするのが筋かと思いまして」


「俺にはしたことないだろそんなこと」


「あなたにはしませんよ、するに値しないので」


「あぁ? なんだとこのチビ、やんのか?」


 またも少女と蛇松様の競り合いが始まる。


 萌加様は困惑した様子で未だに立ち尽くしている。


「ま、蛇松さん。少ししたら来てください、上香貫宮家でお願いしますね。たらららららたらららららたららちゃららてぃっとん」


 お面の少女はその後すぐに呑気にいなくなる。


 なんか歌を言っていた気がするが。


「なんでまた『魔王』なんだよ。昼間に歌うもんじゃないだろ」


 それに対して蛇松様は文句を垂れる。


「先ほどの歌、何か知っているのですか!?」


 僕は蛇松様に食いついた。


「ん? あ、あぁ。シューベルトの『魔王』というやつだ。といっても、5000年以上前の人類文明のものだぞ?」


「なんでそんなものを……」


「あいつがよく聴いているからな。嫌でも覚える」


「あの方は“歌”を知っているのですね! 少しお話を聞いてきても……」


「大智っ!」


 上がる僕に、叱責するような声が届いた。


 いや、叱責じゃない。これは、もっと辛そうな声だ。


「……大智だけじゃないね、湊も」


 もちろん声の主は萌加様だ。


 ようやくお話になったかと思うと大声で、さらにそんなに辛そうに震えていて。


「よく聞いて。よく、聞いてよ」


 声だけでもわかる、この後に続く言葉は良いものじゃない。


 それはきっと、誰でも分かったことだろう。だから湊さんも、蛇松様も、無の表情で萌加様を見ていた。


 そして萌加様から出た言葉は。


「大志がね、昨日からずっと、帰ってこないの」




ーーーーー

ーーー




「おい萌加、詳しく聞かせろ」


「わたしも全貌を把握しているわけじゃないけど、昨日の夕方、御厨堂を出てからの行方が追えないの。明には周知へ行くと言っていたみたいだけど、小國は来ていないって言うし。通り道にある袋石にも協力を要請して、日渡、周知、袋石で捜索をしているところだけど一切手掛かりがないの」


「臣の繋がりは?」


「大志とは交わしていないの……」


 それを聞いた途端、蛇松は血相を変えて萌加を揺さぶった。


「バカかお前はっ! なぜ臣に対して契約を交わさない!? それでは守れるものも守れないぞっ!」


「でもそれはできなかったの! 日渡式分散神治は臣も巫女も総入れ替えされる。だから誰かを固定して契約を交わし続けるわけにもいかないし、派閥闘争もあって磐田家ばかりを優遇するわけにもいかなかったの!」


「それでもダメなもんはダメだろ! 臣がどこにいるかも分からなければ生きてるのか死んでるのかすら分からないんじゃ、それはただの上神種と同じじゃねぇか! 上級上神種と呼ばれる理由を作らねば、分散神治は始められんだろ!」


「日渡派ばかりを優遇していたんじゃ、あの状態の日渡じゃ反乱が起きてもおかしくなかったのっ!」


 神々は激しく口論をした。


「反乱が起きるような状況の中で分散神治などするな!」


「でも靜も濱竹も……!」


「あいつらがお前の国の何を知っているというんだっ! お前の国はお前がいちばん分かっているだろう!? 何もかも統率国が許可したからといってのうのうと進めていたら国は滅びるぞ!」


「沼は発言力があるからそんなことが言えるのよっ! 私のような弱小国家の気持ちなんて分からないのよっ! 統率国に逆らうことがどれだけ危険なことなのか……」


「逆らえなんて言ってねぇよ! そもそも分散神治をやろうと言い出したのはお前だろう!? 靜と濱竹に許可を得てそれをやっているわけだろうけどよ、許可が出されたからすぐやるんじゃなくて状況を今一度鑑みてみろっつってんだ!」


 萌加と蛇松の口論は終わりそうにない。それを見て、間に割って入った奴がいた。


「一度落ち着きましょう。ここで話し合っても、状況が好転することはありません。起きてしまったことですから」


 お面の少女:カリナである。


 蛇松はその指示に素直に従う。萌加は誰だという疑問を抱えながらも、蛇松が引いたことで冷静さを取り戻して再び悲しくなり小さくなった。


「臣が行方不明となると、集中神治でも分散神治でも機能不全になります。即座に代理を立てないといけませんが、駒はありますか?」


 カリナは萌加に尋ねる。


「うん。だから来たの」


 その視線の先にいる大智。蛇松とカリナは状況を理解した。


「では、即座に帰国するべきでしょう。蛇松さん、あなたは統率国として共に日渡へ向かってください。香貫宮の件はこちらでなんとかしておきます」


「任せた。安久斗にも緊急で応援を要請する」


「それが吉でしょう。願わくは靜を連れ戻すのが理想ですが……」


「頼めるか?」


「いえ、辞めておいた方が良いでしょう。北端で大きな動きがあったばかりです。いま靜の三大神に踏ん張ってもらわないと、最悪関東が攻め込んできます」


「はぁ? 何があったんだよ……」


「それは後ほど。まずは日渡です」


「そうだな。国は任せた」


「承りました」


 その会話の後、カリナは姿を消した。それを気にすることもなく蛇松は萌加に指示を出す。


「日渡へ行く。日渡は臣が消えている状態だ、神治が維持できていない。統率国沼が許可する、連邦規約の『臣消失の特別措置』を使用し『直接神治』に切り替えろ」


「わかった」


「お前は湊を抱えろ、俺は大智を担ぐ」


 蛇松はそう言うと大智を肩に担いだ。萌加は言われるがままに湊を背負うと、


「行くぞ」


 蛇松の声で日渡へ飛び立った。




ーーーーー

ーーー




 こんな形で戻ってくることになるとは思わなかった。


 荷物は沼に置きっぱなし。蛇松様が後ほど沼から遣いを派遣して届けてくれるそうだから忘れ物ではないわけだが、こういう形で旅が終わるのは嫌で嫌で仕方がない。


 大志が、行方不明。


 僕には衝撃的すぎて、全く話が飲み込めない。


 しかし国に戻ってくると、それが悪い冗談じゃないことを実感させられた。


 磐田神社の玉座には明様が座り、周りに袋石夜鳥様と周知小國様が集まっている。何やら紙を囲んで話し合いの最中。


 どうやら囲んでいるのは大きな地図のようで、報告を聞いて目撃情報があったかなかったか印を付けているようであった。


「……割と初期の段階で足取りが掴めなくなっているわね。もう一度探してくるわ」


「ちょっ、明姉さん! どこを探すのさ?」


「兎山の領域内よ。こうなったら御厨家、鎌田家にも協力を仰いで上神種の持てる力を全て使うわ」


「兎山派が動くかしら? 相手は磐田の臣よ?」


「普通じゃ動かないわ。でも、そこを動かすのが私の仕事でしょう?」


 明様らはそういう会話をしていた。そして明様が本殿を後にしようとして……


 僕らと目が合った。


「帰ってきたのね、おかえりなさい。話は聞いていると思うけど、そういうことだから。大智、あなたはこの瞬間から、臣の代理よ」


「はい」


「不安だらけだと思うけど、きっと大志を見つけてみせるから、それまでの間頑張りなさい。あなたならできるわ」


「……はい!」


 明様に肩を叩かれて、僕は前向きになった。力強い言葉は希望と勇気をくれる。やはり明様は良い上司だ。


 上手く踊らされているだけかもしれないけど、今はそれでいい。大志が帰ってきたら文句を言ってやる!


 明様はその後、萌加様と蛇松様と言葉を交わしてから境内を出ていった。


「湊、あなたには大智のサポートを任せる。大智は臣家だけど、神治のことはさっぱりだから。その点湊はそれなりに経験があるでしょう? 臣の補佐、お願いしていい?」


「承知いたしました。がんばります」


 湊さんは萌加様から指示を受けて、僕の補佐にまわってくれるようだった。


「明から現状を聞いた。だいたいの状況は把握できたから俺は濱竹に行くぞ」


「待って、わたしも行く」


「お前は国にいろ、この混乱している状況下で神が国を離れるな」


 蛇松様はそう言うと、濱竹に向けて飛んでいった。


 僕は神社の状況をいま一度眺めてみる。


 慌ただしく出入りする周知国の軍や、袋石の警備隊、日渡はそのような組織がないので街の下神種が任を担っているようだが、神社は賑わっていた。決して良い意味ではないけれども。


 本殿の中では、神々が地図を置いて話し合う。時々声を荒げる場面もあり、落ち着いているとは言えない。


 臣館や巫女館には気配がなく、役職上神種は出払っているのが分かる。


 日頃の磐田神社からしたらあり得ない状況だ。


 事の深刻さが、ひしひしと伝わってきた。


 そんな僕の右手が、柔らかく温かなものに包まれた。


 驚いて見ると、湊さんが僕の右手を包み込むように握っていた。


 そして綺麗な瞳で僕に言う。


「大丈夫です。大志さんは、生きていますよ。ちゃんと、帰ってきますから……」


 僕は彼女の手を軽く握った。


「ありがとう」


 そう返すので、精一杯だった。


「よし、やろう」


 僕は鼻を啜ってから気合いを入れる。


 この混乱している最中、僕らがやることはひとつだけだった。


 それは、


「はい。まずは停滞している神治機能を回復させましょう。私たちで臣の職務を行い、大志さんの穴を埋めてしまいましょう」


 緊急事態だからこそ、平常業務が溜まってしまう。そうして国としてやるべき仕事が停滞してしまったら、せっかく改革に向けて動き出したのに水の泡になってしまう。


 僕は臣の任を優先することを決定した。


「萌加様」


 もちろん、神様にも許可を取る必要がある。今は直接神治の最中にあるのだから。


 僕からの提案に、萌加様は「助かるよ」とだけ返してきた。聞いているのかいないのかよく分からないけど、周りに小國様も夜鳥様もいらしたので証言は取れるだろう。


 そして僕は、改革に刃を入れていく。


 学校制度はもっと話し合う必要がある。まずやるべきことはこれではない。


 富民の館を建設するためには門前を全て更地にする必要がある。これを来年の元旦までにやるなら、もうそろそろ立ち退きをしなければならないか。急務だ。


「湊さん、なんとかして門前から住民を立ち退ける方法ってないかな?」


「改革をするから、ではダメなのですか?」


「ダメではないと思うけど、もっと急ぎたいんだ。ほら、これ。来年の頭には館が並んでいないといけないでしょう?」


「たしかにそうですね。今の状況で間に合うのか微妙なところですね」


「それでどう立ち退きを促そうかなって思って」


「手っ取り早いのは、萌加様からみことのりを出してもらうことですね。これが出ると、国民は無条件で従わなくてはなりません」


「聞いたことないな」


「あまり使いませんよ、強制力が強すぎて反発が強くなりますから」


「なるほど。となると……」


 僕は思いついた。


「門前に行こう!」


「えっ、あっ、ちょっと大智さん!?」


 湊さんを引っ張って、僕は門前に降りた。


 そこには見知った顔がたくさんある。僕が神治に参加する以前、遊び回っていた空間だ。知り合いも多々いる。


「お、大智くん……じゃないですね、大智様。いかがなさいましたか?」


「今まで通りで大丈夫、僕は臣じゃないから」


「でも臣様が行方不明と聞きましたが……」


「あぁ、どっかいっちゃったんだよね、大志のやつ。あれだけの規模で迷惑かけやがって。帰ってきたらキツく叱っておきます」


「そういえば大智くん、今日は良い魚が手に入ったんだよ〜! ほら、濱竹産のイワナだよ!」


「おぉ、塩焼きにして食べたいですね!」


「あー! ひささぶりのだいちにーちゃんだ!」

「ひささぶり!」

「ひささ!」

「ひさささぶり!」


「お、みんな元気だった? ひささぶり、ひささぶり〜」


 僕が門前に出てくると、そこで懐かしい面々に囲まれた。子どもから大人まで、門前の民たちはほぼ全員集まってきた。


 この門前集団は、とても仲が良い。


「あ、そうだ。今日は皆さんに意見を聞きたいと思ってここに来たんだった」


 僕は本題を切り出す。


「おっ、なんだい? もしかして、隣にいる嬢ちゃんとの結婚話かい?」

「えー、大智くんが? こんな美人ちゃんと結婚なんて。大智くんには勿体無いくらいじゃないの〜」

「おいおい、俺より先に結婚なんてすんなよな、この臣家の坊っちゃんめ!」

「結局は良いところのもんだもんな、大智くんよぉ」


「いや、そんなんじゃないってば! てか茶化さないでよ」


「「「あっははははは!!!」」」


 門前は明るい。混乱している神社とは、まるで時間の進み方が違う。


「そんで、なんだい?」


「ここだけの話なんだけどね、この国、大きく改革するんだ」


「またかい? この前も臣様たちは何かやってたじゃないか」


「この前のは神治首脳部の改革だったけどね、今度は国民生活に関わる改革なんだ」


 僕の言葉に、民たちは関心を持った。


「おっし。その話、ゆっくり聞こうじゃないか! 皆、入った入った! ひとり濱竹巾2切でイワナの塩焼きを売ってやろう! さぁ、入った入った! 大智くんと嬢ちゃんはタダだ! 話を聞かせてくれりゃあの話だがな!」


 魚屋のおじさんがそう言って皆を店の中に案内した。


 そしてイワナの塩焼きを振る舞ってくれる。


 ちなみに濱竹巾とは上質な布切れのことだ。濱竹で作られた高価な着物などを1メートル四方ほどで切り刻み、ひとつの通貨として日渡では扱っている。


 イワナが出てきた。湊さんは少し警戒しているようだったが、


「イワナって、たしか山のお魚でしたよね?」


 そうおじさんに尋ねて、


「おうよ! 清流じゃなきゃ採れねえんだ。これは昇竜の水窪で採れたやつだぜ」


 と返ってきたのを確認して上機嫌になっている。


 やはり海か川かは重要であるようだ。


「水窪なんて、すげぇところから仕入れたな! よくこんだけ手に入ったもんだよ」


「あ、お前らのは靜のやっすいやつだ」


「「「あ゛!?」」」


「あったりめぇだろ、濱竹巾2切で良いもん食えると思うな〜」


「「「畜生めぇぇ!!」」」


 対して、住民に出されていたのは安いものだったようだ。皆文句を言っていたが、本気で怒っているわけでもなく、そしてそれでも美味しいことに変わりはなく、一口食べれば笑顔が溢れていた。


「そんで、大智くん。どういうことだい?」


「あ、うん。これから日渡は、この門前を整理することになったの。ここには今の統治区長の館が並ぶことになる」


「統治区長の? どうしてまた」


「神社直轄地に住む皆さんからしたらあまり大きな改革じゃないかもしれないけど、日渡は統治区制を廃止することにしたんだ。その代わり、濱竹のような先進的な神治をするために、かつて統治区長だった家を上流階級として扱って、神治に参加させるようにしようと思っている。それで、神社の門前に館を集める方向になったんだ」


「じゃ、俺たちはどうなるんだ!?」

「追い出されるのか!?」

「おいおい、勝手に進めないでくれよ!」

「なんとかしろよ、大智くんよぉ!」


 ぎゃーぎゃーと騒がしくなる。


「静かにっ! 落ち着いてっ! それについて話し合うために来たんだから!」


 僕はそう言って落ち着かせる。湊さんは隣で筆と紙を取り出してスラスラと紙に何かを書いていた。おそらくは、議事録か。有能だな、この子。


「皆さんには、濱竹と靜を繋ぐ街道沿いに転居してもらうことを想定しているよ。門前よりも人通りが多く、商いをするにはちょうど良い場所だと思うんだけど、どうかな?」


「転居に伴う負担はどうなる?」


「そりゃもちろん国がやるよ、国の都合で移ってもらうんだから」


「今ある街道市場に入れというのかい?」


「そう、なるかな? でも皆さんが望むなら別の解決策も講ずるつもりだよ」


「というと?」


「例えば別の独立した市場として置いて、街道市場と競争してもらうとか。あとは住む場所を渡海街道に移すとか、はたまたこの国じゃなくて濱竹や袋石で商いをやってみるとか」


「援助してくれるのかい、俺らの進む道に応じて」


「もちろん。話も付けに行くし、責任を持って進めるつもりだよ。大志も支えてくれると思う」


「そんなら安心だな。おい、みんな。どこに移るかい?」


 門前のみんなは身勝手な政策を受け入れてくれそうであった。


「大智くん、俺ら3日くらい話し合うからよ、またこの話し合いを開いてくれるかい?」


「分かりました。では3日後にもう一度……いえ、ごめんなさい、3日後は上半暦で、国を挙げてイベントがありますね。その次の日、今から数えて4日後に集まりましょう。時間は今日と同じでいいですか?」


「あぁ、そうだな。日が西に傾き始めて空が赤くなってきた頃合いだな」


「分かりました。では、よろしくお願いします」


 門前での話をつけた僕と湊さんは、今度は街道市場に向かった。


 もうすっかり日は落ちていたが、松明を焚いて歩く。


 街道市場も知り合いばかりなので、同じような状況になり、そこでもご馳走になりながら話し合い。


 結論として出たのは、門前から移り住んでくるのは良いが、あまり売り上げを横取りされては困るとの話だった。


「競争するのはどうですか?」


「嫌だな。それだったら市場に入ってくれた方が嬉しい。こっちの利益にもなるしな」


「分かりました」


 様々な意見を集めて、僕と湊さんは歩き回った。


 歩き回りながら、大志も探す。我ながらなかなか賢いことをしているんじゃないかと思う。


 そうして渡海の街道を通り福田神社にやってきた。


 もう夜中だった。


「あら、来たのね」


 神社には明様と竜洋がいた。


「渡海方面にはいなかった。一日探して情報無しじゃ、おそらくこっちには来ていない」


「そうか、ありがとう」


 竜洋から報告を受ける。明様は「周知に向かったのだから、こっちに来ていないのは予想通りよ」と言う。


「それよりも、あなたたちはどうしてここに来たの?」


「僕らは富民の館の整備に伴って立ち退きが必要になるだろう住民に説明と解決策を提示して回っていました」


「解決策?」


「はい。唐突に立ち退きが必要となると反発も大きくなるかと思い、あらかじめ何処に移動するのか、どのような生活を営むのかを決めてもらうことにしました」


「……なるほど。萌加の指示、ではなさそうね。あの子はそこまで気が回るわけじゃないもの」


 明様は僕らの説明に納得をして、


「それなら任せるわ。本来は臣の業務の範疇だから、代理の大智がやってもおかしくないわ。大志が帰ってきたら引き継いでちょうだい」


「分かりました。騒動を起こした罰として超ハードモードで引き継ぎます」


「それじゃあまるで嫌がらせじゃないの」


 そんなやりとりで、夜は更けていく。


 大志は未だ、帰ってこない。




ーーーーー

ーーー




 冬至後90日、沼蛇松と濱竹安久斗が日渡の臣が行方不明になったと声明を発表した。西部諸国に捜索が命じられ、今までの日渡、袋石、周知の3国以外の7カ国も捜索に加わる。


 また、連邦諸国にも有志で捜索隊の結成を呼びかけ、これに呼応するように東部諸国と猪頭が動く。意外なことに最初に有志の捜索隊を派遣してきたのは井谷国であった。最近兎山明との繋がりを深めた井谷は、これ以前に明から支援を要請されていたのだった。


 しかし、国が十分に発達していない日渡での捜索活動は難航を極めた。


 国が発達していないということは道が少なく、それ以外の場所は沼地か森か。一歩踏み込めば何処にいるのかも分からなくなるような場所で、野生動物や人類とも出会う始末。


 捜索どころではなく、人類と小競り合いになることもあった。


 そうして見つからないまま2日が経ち、ついに迎えてしまった上半暦。


 日渡はこの日、国歌の制定式を行うことになっていた。


 来賓の都合もあり、萌加はこの行事を強行。臣の代理として大智を登壇させて、大志が書いた文書を読ませた。


 しかし、これは各国から批判が強く出た。


 なぜなら、国では未だに臣の捜索が続いていたからだ。他国の軍や部隊が必死に臣を探しているというのに、該当国の当事者たちは呑気に国歌の制定式。そしてそれが連邦初の国歌であることが、他国から見たら訳が分からない事案なのだ。


 そもそも靜連邦の神々で“歌”という概念を理解しているのは少数である。靜でさえ分かっていないし、安久斗も理解しているわけではない。正確に理解して初の国歌の制定に悔しさを覚えていたのは沼蛇松くらいだろう。


 先を越された、と思っていたはずだ。


 同じく濱竹安久斗も、新しい物好きであるがために先を越されたと悔しがっていたが、安久斗はこの日、来賓として呼ばれていたにも関わらず欠席し、代理も立てず濱竹国の枠を挙って空けた。


 そして、連邦設立史上初めて安久斗は日渡を猛烈に批判した。


『国が窮地に陥っている最中、連邦初という称号に惚れて国歌なるものを制定し、神治首脳部は楽しげに行事をこなしている。その間で、我々濱竹をはじめ西部諸国や有志で集った連邦諸国の捜索隊は、彼の国で臣を探している。どのような神経で式を行っているのかが分からない』


 そしてこの批判に続いて中部諸国(銀谷、島谷、宇治枝、谷津)も声明を発表。


『国難の最中にある国が取る対応ではない。我々は有志の捜索をやめ、日渡より撤退する』


 これに連鎖するように猪頭諸国が撤退し、次に引き上げたのはなんと濱竹の命令で動いた西部諸国だった。


 最終的に日渡に残ったのは、沼の指揮下にある東部諸国の部隊と井谷、そして当初から捜索をしていた袋石と周知だけだった。




ーーーーー

ーーー




「どうして強行したのよ」


 明様は萌加様を問い詰めた。


「臣がいなくても、時間が止まるわけじゃない。着々と先に進んでいく。だったら私たちも、神治を停滞させるわけにはいかない。改革に向けて、着々と進まなければならない。国民にとって臣の不在は代理さえいれば大した影響が出ない。いや、出しちゃいけない。だから予定通りに行事を済ませて、国民生活を見据えた改革は順調に進めていかないといけない。大志だってそれを望むはずだよ」


 萌加様は明様に言った。


「一理あるわね」


 明様はそれを非難するわけではなく受け入れる姿勢を見せた。


 そして、ニタリと笑う。


「萌加、いいことを教えてあげる」


 そう言うと、明様は告げた。


「この国は、もうサハ戦争前とは状況が変わったわ。それは、濱竹に依存しなくても切り抜けられる可能性が生じたことよ」


「……どういうこと?」


 その悪そうな声に、萌加様は困惑した。もちろん僕らも困惑している。


 濱竹に依存しなくても、やっていける可能性が整っている? この国に?


 僕らを見渡した明様は「分からないかしら」と言うと、


「井谷国よ。俣治は、渡海難民の件からこの国に協力的になってくれている。いざとなったら俣治を頼れば、日渡は濱竹とやりあえるほどの力を握ることができるようになるわ」


「えぇぇ…………」


 それに対して萌加様は心底嫌そうに顔を顰めた。


「井谷はダメだよ、あれに頼れば漏れなく靜からも敬遠されるよ。生き残るどころか消滅の危機に晒される気がする」


 萌加様は靜との繋がりが深いため、井谷に対する印象が非常によろしくない様子。


「まぁたしかに濱竹と互角に戦える唯一の国家だけどさ、それでも距離がありすぎる。昇竜川さえ越えちゃえば、濱竹はこの国を蹂躙できるんだよ? 井谷の援軍が来るまでに潰れちゃうよ」


「ま、本気で戦争するなら事前に準備しておかないと勝てないわね。でも戦争するくらいに対立するわけじゃないでしょう? 背後にちらつかせておくだけでも、安久斗の危機感を煽ることができるかもしれないという話よ」


「なるほどねぇ……」


 それでも萌加様は後ろ向きだった。


「安久斗の危機感を煽ったところでどうするの? 対立を招いている気しかしないんだけど」


「そうね。でも向こうは相当な批判をしてきたわ。おかげさまでこの国は、今まで仲の良かった国から見限られたわ」


「それは確かに」


「だから、やり返すのよ。西部諸国を味方に引き入れて、今度は安久斗へ仕返しをする」


 明様は楽しそうにそう言った。


「やっぱり明って安久斗のこと嫌いだよね」


「当たり前じゃない。何年戦ってきたと思っているのよ」


 ……兎山自治領が不安と言われる理由がようやく分かった気がした。


 でも、これは少し良い機会かもしれない。


 改革のためにやろうとしていたことの中に下池川卿と萌加様の話し合った記録があって、そこで萌加様の神格化という意見があった。


 下池川卿に確認をしてみたら、神格化できるエピソードを色々と探しているそうだ。しかし萌加様は謎が多く、あまり活躍された神でもないため、目ぼしいエピソードがないとのことだった。


 ないなら、作ればいい。


 僕は明様の悪ノリに乗ることにした。


「でしたら、このタイミングで東岸諸国会議を開いたらどうですか?」


 そう提案すると、明様は爆笑。対して萌加様は目を見開いて驚く。


 花菜、竜洋、美有さんも目を点にしていて、湊さんは「どうしてそうなるんですか……」と呆れていた。


「うん、いいわね。萌加、開催をしなさいな」


「嫌だよっ! なんでこのタイミングで!?」


「このタイミングだからよ。安久斗に日渡の力を見せるなら今しかないわ。というよりも、これは連邦全加盟国に日渡の力を見せつける機会よ! 濱竹の命令で全てが決まる世界にしてはならないわ! 反対できる勢力があることを見せてやりなさいっ!」


「うぇぇぇ……」


 嫌そうな萌加様。しかし彼女も少し考え込むと、


「まぁでも、今回の安久斗の批判には腹が立ったからね。やるかぁ」


 そう言って、東岸諸国会議の開催を宣言した。




ーーーーー

ーーー




「安久斗様ぁぁぁぁあああ!!!!!」


「どうした、ひくま。騒がしいな」


 神紀4998年、夏至前87日。


「日渡萌加神が……!」


「萌加がどうした?」


 濱竹国、浜松神社にて。


「『対濱竹共闘圏諸国戦略立案会議』の開催を宣言いたしましたっ!」


「ぐほぉ!?」


 安久斗は飲んでいたコーヒーを吹いた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「大丈夫なのはお前だ、ひくま! そんな深刻な表情で何を言う。冗談は顔だけにしておけ!」


「冗談じゃありませんっ! 連邦全加盟国に向けて発信された、公的な情報にございます!」


 そう言って書状を手渡した。安久斗はそれに目を落として、


「……おいおい、嘘だろ」


 戦慄する。


「……『日渡の行末を思っての行事の決行を猛烈に批判し、危機禍にある我が国を嫉妬や憤慨という感情的な理由により見捨てる野蛮国家を野放しにするわけにはいかぬ。事実、彼の国の絶大なる影響力に晒され、西部諸国はおろか中部、猪頭諸国までもが我が国より遠退き、残るは我が国が心より信を置ける袋石、周知、井谷の……』はぁ!? 井谷だとっ!?」


 安久斗は机を叩いて立ち上がった。


「おいひくま、山樹に連絡を取れっ! これを書いたのは萌加か、それとも別の何者か。また日渡と井谷の関係につい……」


 ここまで言って、安久斗は思い出す。


 いつか、船の中で兎山明が言っていたことを。


『警告する。井谷と繋がれば制裁を下すぞ』


『下されないようにすればいいのよ』


『だが……!』


『靜と濱竹は、井谷が軍拡もとい軍事的な挑発をすることに対して制裁を下す。なぜならそれは連邦の安定を揺るがしかねない行為だから。また、兎山も元は反濱竹国家であり、井谷と繋がりを持つと日渡が井谷に賛同する協力国家になりかねない。だから警戒して制裁を下すということだと思うけど、何も全てが軍事的協力に繋がるわけではないでしょう?』


『……つまりは、連邦に対する利益をもたらすために井谷へ接近するというのか?』


『えぇ』


 安久斗は嫌な予感がした。


「……いや、命令を撤回する。俺自らが日渡に赴き、どうしてこうなったのかを確かめる」


「お待ちくださいっ! もう少し様子を見てみませんか? 日渡がそう簡単に濱竹を裏切るとも思えません」


「いや、事は急ぐぞ。あの国は、やろうと思えばこの国を傀儡化することができる」


「……は?」


 安久斗はその可能性に気付いていた。それでもって、日渡への信頼のもとで批判をした。しかし、その信頼は貫かれなかった。安久斗の自分勝手な理論で日渡を下に見ていたのだが、それは甘かった。


 日渡は今、直接神治の状態。さらに臣の代理は、あの奇想天外な磐田大智だ。


「お前は忘れているのか? 日渡には、この国の議会に参画する許可が降りている。さらにその権限は……」


「上級上神種権限……!」


「そうだ。すなわち議会はもう乗っ取られているも同然だぞ」


「でも安久斗様がいる限り……」


「いる限り、な。だが奴らは俺を殺せる力を持っている」


「萌加様と明様ですよね?」


「それ以外にもいる」


「へ?」


「福田湊。奴は『カミノコ』だ」


「っ!?」


 事の重大さがひくまにも伝わる。


「おなは?」


「現在気賀隊を率いて浜名に赴いております」


「訓練中か……。呼び戻せ、日渡へ行くぞ」


「ですが、向こうは会議中では?」


「会議の結論が出てからでは遅いだろっ! 西部諸国が濱竹対9ヶ国の状態で緊張したらどうする!」


「た、たしかに」


「もう一度言う。事は急ぐぞ、おなを呼び戻せ!」


「あっ、安久斗様の仰せのままに!」




ーーーーー

ーーー




「……と、いうことで。急に召集してごめんね。わたしは安久斗の対応に怒っているわけ」


 東岸諸国会議は即座に開催となった。場所は兎山の御厨神社である。これまた安久斗様との因縁の深い場所を選んだもので。


「気持ちはわかるが、こんなことをして濱竹が軍隊でも送り込んできたらどうすんだよ?」


 古田崎の悠生様が意見を述べる。


「大丈夫、そうなったらスペシャルゲストの登場だよ」


 自信満々で萌加様が言う。


「誰だよ?」


 耐久様が尋ねると、


「俣治だよ」


 答える萌加様。それに対して西部の神様たちは一斉に非難を口にする。


「戦争になるぞ!」

「やめなさい!」

「水と油じゃねぇか!」

「火に油を注いでどうするのよ!」


「まぁまぁ、落ち着いてよ。安久斗に対して送った書状には井谷の存在をちらつかせておいたから、冷静な判断ができれば軍隊を送り込んでくるなんてことはないはず……」


 そう萌加様が言った次の瞬間だった。


「萌加様! 日竹大橋を安久斗様とひくま様、おな様率いる濱竹陸軍が越えようとしております。入国を許可せず保留としておりますが、どうなさいますか?」


 竜洋が報告に来た。


「うぇっ!? か、数は?」


 まさかの軍隊を率いてきたとのことで萌加様は困惑。神々もざわめいている。


「およそ100です」


「舐められたものだな……!」


 萌加様は歯軋りをした。それを見て西部の神々は呆れたように、しかし少し緊張を走らせながらため息をつく。


「じゃあ日竹大橋へ行くよ。わたし自ら出向いてやる!」


「おー、いってらっしゃーい」

「晒されないでねー」

「気をつけるんだよ〜」

「達者で〜」

「じゃ、帰ろっか」


「おいちょっと待て! 一緒に来るんだよ!」


「「「えー……」」」


 文句を言いつつも神々は共に行くようで、ぞろぞろと御厨堂を後にしていく。


 なんやかんやで行く末が気になっているようだ。




 そうしてやってきた日竹大橋。安久斗様ら一行は橋の対岸まで戻され、僕らが来るまで濱竹側で数時間足止めを喰らっていた。


 そしてやってきて、僕らと橋の上で対面する。


「よぉ萌加。やってくれたな」


「それはこっちのセリフだよ。軍隊まで率いて来ちゃって。なに、やる気なの?」


「んあ? これは成り行きだ。お前こそ神々率いて随分と偉そうだな」


「いつも安久斗がやっていることだよ。鏡見たことないの?」


「……鏡って聞くと腹立つな」


 安久斗様は少し嫌そうに視線を逸らした。


「んで、お前の要求はなんだ? なぜこんなことをした?」


「要求はないよ。これをやった理由は、日渡が孤立しないためだね」


「ふんっ、なるほどな。じゃ後ろの連中に訊くが、なぜ萌加の誘いに応じた?」


「東岸諸国会議の開催といえば、件の渡海の話かと思って」


「同じく」

「同じ」

「うん」


 それを聞いて安久斗様は呆れたようにため息を吐いた。


「お前、開催する用件を伝えていなかったのか?」


「伝えないよ。戦略立案会議の議題を言うわけないでしょ」


「チッ」


 安久斗様は本当に面倒臭そうに舌打ちをした。


「で、誰の策だ?」


 そう訊かれて、僕はドキリとした。そして馬鹿正直に萌加様がお答えになる。


「明と大智」


「貴様ら…………!」


 安久斗様が睨みつけてきた。また、おな様が抜刀して僕の喉元に刃が向けられた。


「あー、はいはい。そういうのいいから」


 僕を睨む視線の間、そしておな様の剣先を退けながら明様が割って入る。


 そして今度は明様が安久斗様を睨みつける。睨まれた安久斗様は刀に手を掛けた。それに反応して濱竹軍も抜刀する姿勢を見せた。


 対する明様は御霊術の展開準備に入る。


 周囲が青白く光り始める。明様の髪の毛が逆立ち始め、じわりじわりと冷たい空気が周囲を張り詰めていく。


「御厨堂の、御霊を崇めよ……!」


 御霊術が展開された。明様の周囲に青、白、緑、黄の四つの御霊が回る。


 それを見て、安久斗様がゆっくりと刀を抜いた。続くように濱竹軍も抜刀する。


「決着つける?」


「やっても構わんぞ?」


「そう。それなら話は早いわね」


 そう言って、明様は安久斗様の懐に入り込んだ。


 は、速い……!


「元々あんたのこと、好きじゃないのよっ!」


「同感だ! 白黒はっきりさせなきゃなぁ!」


 明様と安久斗様は、そのまま空に舞い上がっていく。


「大智、君はどうする?」


「え、やりませんよ?」


「うぇー、つまんないなぁ」


 なんだそれ。戦ってほしいのか?


 などと思っていたら、隣から花菜と竜洋、湊さんに美有さんがやってきた。


「大智が戦うなら、面白そうだから加勢するよ」


「なんか楽しそうなことをやっていると聞いてな」


「日渡上神種の結束力を示したい……かも」


「私も」


 なんともまぁ、血気盛んな連中だ。


「それなら、俺たちで良ければ相手になろう。上神種対決だ。いいよな、おな」


「もちろん。安久斗様だけに重役を負わせるわけにはいかないもの」


 なんか流れで戦うことになってしまったぞ。


 ひくま様とおな様はこちらを見て刀を構えている。


 僕らもそれぞれ刀を抜こうとすると、


「大智。これ使いなよ」


 萌加様から手渡された刀があった。


 これは……


「日渡臣家名刀『ほむら』だよ! 大志はあの日、持っていかなかったんだ。ずっと館に置いてあった!」


「……っ!」


 ありがとう、大志。借りるよ!


 そうして僕は焔を抜くと、濱竹の上級上神種と対峙した。


「手出し無用! 上神種のみの対決を目に焼き付けよ!」


 おな様が軍隊にそう言うと、軍は納刀して2歩ほど後退した。


「さあ、行くぞ!」


「「「はいっ!」」」


 ひくま様の声に僕らは頷いた。そうして戦いの火蓋が幕を開けた。




ーーーーー

ーーー




「いつ以来だ、サシでやり合うのは」


「忘れたわよ、そんなの! でも、少なくとも2000年以上前じゃないかしら?」


「ふんっ、そうだな!」


 刀と刀がぶつかり合う。重く、ずしりと明の腕が痛む。


「……っ! やっぱり、現役の神相手じゃ歯が立たないわね……」


「お、敗北宣言か?」


「いや、まだよ! 『具現霊』!」


 そうして明は自分の周りを回っていた御霊を具現化させた。


「兎山四禮か……!」


 安久斗はそれに驚愕する。


「さぁ、濱竹安久斗! 本番はここからよ! 『幻霊』!」


「ふっ、ふはははははははは! 面白いっ、臨むところだ!」


 明と兎山四禮対濱竹安久斗の戦いが幕を開けた。


「御霊術、第一奥義。『噴魂』!」


「御霊術、第三奥義。『霊兵』!」


「御霊術、第六奥義。『魂龍斬』!」


「御霊術、第五奥義。『噴流魂』!」


 四禮がそれぞれ安久斗へ攻撃を繰り広げる。安久斗はそれを刀と能力を駆使しながら対処する。


「っと、危ねぇなぁ。相変わらず物騒な連中だ」


 そう言いながら華麗に全ての攻撃に対処してから、気がつく。


「……明がいない」


 周囲を見渡しながら、四禮を刀でぶった斬って消滅させるが、相変わらず明は見当たらない。


「逃げたか? いや、だが奴が逃げることなど……」


 そう思っていたら、安久斗の意識は川底に引き摺り込まれるような感覚に陥った。


「なんだ、これ……。っ!? ま、まさか、俺は既に、術を喰らっていたというのかっ!?」


 思い返した安久斗は、嫌な言葉を見つけた。


「……明が繰り出した技は、『具現霊』と『幻霊』。くそっ、やられた。『具現霊』は囮だったか…………!」


 そう、御霊術第七奥義、『幻霊』。これは幻の空間へ意識を誘い、一時的に肉体から魂を消し去る技だ。


「……負けた」


 安久斗はこの時点で、自身の敗北を悟った。


 魂を失った肉体は、川に向けて急降下を始めるのだった。




ーーーーー

ーーー




「おなっ!」


「指示するなっ! 『突風(サドン・ガスト)』!」


「うあぁ!?」


 まずい、濱竹の臣と巫女に対しての相性が最悪すぎる!


 おな様は『風属性』の『突風』で、ひくま様は『水属性』の『湖』。これらに有効的な能力は『土属性』の『岩』だと思うけど、紗那以外その権能を持つ奴がいない……!


 それ以外は『突風』相手に太刀打ちができない!


 結果として、僕ら日渡上神種は逃げ回るしかなくなった。


「あははははは! 逃げてばかりじゃつまらないわよ?」


「くっそぉ! だから戦うのはやめようって言ったのに!」


「大智そんなこと言ってなかったぞ」


「神様には言ったってば!」


 走り回りながら、僕と竜洋は会話をする。


「風に風をぶつけるのが今のところ最大限の悪足掻きだ。俺がやる」


「あ、おいっ!」


 走り回っておな様と距離を取ってから竜洋は風を発生させるも、


「遅いわね!」


「ぐはぁ!?」

「竜洋っ!?」


 おな様は自分の権能で生み出した猛烈な風に乗り一瞬で僕らの元へ辿り着いてしまう。


「いつまでもやっていても無意味よ、終わらせてやる! 『竜巻斬技トルネードスラッシュ』!」


「まずいっ! 逃げるぞ竜洋!」

「無理だ、諦めろ、速すぎる!」


 あー、もう!


「それならみんなのところへ行くぞ!」


「おい湊様たちを巻き添えにする気か!?」


「違う、生き残る方法に賭けてんだよ!」


 僕は妄想の中で確立した作戦を実行しに全員の元へ走った。


「ちょっ、大智!? そんな竜巻連れてこないでよっ!」


「おいおな、正気か!? 俺まで巻き込むな!」


 走っていくと、ひくま様と戦う女子たちの姿が見えて来た。そろそろ限界だ、おな様の竜巻に巻き上げられる!


「花菜、蔦を全員に巻き付けて!」


「はぁ?」


「はやく! 丈夫なやつで! 水分多め!」


「あーもう! 分かった!」


「湊さん、水斬渡海を用意して!」


「はいっ!」


「いくよ、空へ!」


 僕の声と同時に竜巻に巻き上げられた。花菜の蔦がギリギリで僕と竜洋を縛り上げた。


「よしっ! みんな、僕の後ろへ!」


「何をするんだよ、大智!」


「やれる限りのことをやるだけだ!」


 会話にならない会話のようなものを繰り広げながら、僕らは竜巻を上へ上へと登っていく。


 花菜たちも蔦を頼りに僕らに追いついた。


 下を見ると、おな様とひくま様がこちらに向けて登って来ていた。


「逃げ回るのもここまでだ!」


「決着がつきますからね!」


 おな様の言葉にそう返して、僕はほむらに能力を載せる。


 自分が出せる、最大限の能力を。


「はぁぁあああ!」


「ぬおぉぉぉぉおおおお!!!」


 おな様が目の前に迫って来たと同時、僕はみんなを丸ごと自分の能力の中に沈めた。


「『火柱(ピラ・オブ・ファイア)』!」


 僕の声と同時に、僕の全身から火が噴き出すのが分かった。


 さらに焔から真っ直ぐと火柱が伸びていく。


「みなさん、水斬渡海を掴んでくださいっ!」


 その最中、湊さんの声がする。


 水斬渡海は、渡海の名刀。湊さんの能力を載せられるものだ。


 みんなは炎に包まれながらも、永遠と湧き出る海水に浸り続けることになる。


「ぬあぁ、あっついっ!」

「前が見えないっ!」


 対しておな様とひくま様は僕の能力を正面から見る形になり目を背けることを余儀なくされる。


「うおあぁぁぁあああああああ!!!!」


 僕はずっと能力をフル放出し続ける。


 しかし、ここは竜巻の中。炎はどれだけ経ってもおな様たちの方へ行くことはない。


 しばらく膠着状態が続いたが、


「ひくま、体勢を立て直す! 一度橋に降りるぞ」


「ようやくか、目が痛いぞ」


 おな様が能力を解除して状況が一転した。


 それを聞いて、僕も能力を解除した。もうこれ以上やってもみんなの体力が削れるだけだからな。


 というのと、もう一つ。


 僕の能力で照らされた橋の上に、何か気になる影を見たからだ。


 僕はもう、にやけが止まらなかった。


 おな様とひくま様が橋に降りた瞬間だった。


「はい、残念でした! 『石棺(クローズ・ザ・)閉鎖(サーカフェス)』!」


 ガチャンッ!


 大きな音がした。石と石がぶつかり合うような、そんな音。


 よく見ると橋の上に大きな石棺があった。


 僕らは服に付着した大量の塩を払いながら橋に降り立つと、その能力を行使した相手とハイタッチした。


「いちかさん!」


「来てくれたんだ!」


「ありがとうございます」


「助かった」


「ありがとう」


 そう、そこにいたのは御厨いちかさんだ。……少しお腹まわりが大きくなった気がするけど気のせい?


「おい、開けろ! 開けてくれ!」

「開けないと斬るぞ!」


 石棺の中ではひくま様とおな様が暴れていた。


「負けを認めたら出しましょう」


 いちかさんがそう言うと、すぐさまひくま様が、


「参りました」


 と声を上げた。しかしその直後、おな様がひくま様を叱責する。


「バカッ! 安久斗様が未だ戦っておられるというのに飄々と抜かすなっ! 恥を知れっ!」


 相変わらず、おな様はおな様である。


 そこに足音が近づいて来た。


 背後からやって来たのは、


「いいや、もう俺は戦ってないぞ。明に負けた」


「なっ!? あ、安久斗様……!」


 明様との戦いに敗れた安久斗様だった。


「あいつ、流石に強い。日渡を侮ったら痛い目見ることが分かったぜ」


 安久斗様はそう言うと、いちかさんに視線を向けた。


 いちかさんはそれに応えて能力を解除した。瞬間、石棺が消えた。中からひくま様とおな様が出てくる。


「安久斗様、お怪我は!?」


「治癒力を舐めるなよ、上神種め」


「失礼いたしました」


 そんなやり取りが目の前で繰り広げられる。


 僕らの元には萌加様がやって来る。


「いやぁ、みんな。さすがだね。よく戦い抜いたよ」


 褒められて満更でもない僕らであった。


「萌加、良いもの見せてもらったから私らは帰るよ」

「安久斗と上手くまとめておけよ」

「対立すんなよ」

「みんな仲良くね」


 神々もそう言いながら各々去っていく。


 その声に、安久斗様が萌加様を見た。


「すまんかったな、萌加。お前の言う通り、先を越されたという嫉妬がなかったわけじゃない」


「やっぱりね。いつまでも濱竹の背中を追い続けるだけがこの国じゃないんだからね」


 萌加様は胸を張ってそう答えた。安久斗様は鼻で笑って、


「ま、国歌に関してはその通りだな」


 そう言った。


「さて、そろそろいいかしら?」


 後ろから明様が登場する。


「どうしたの?」


 萌加様が訊くが、その萌加様の隣を通り過ぎて明様は安久斗様の前まで出てくると、


「濱竹安久斗に要求する! 濱竹は金輪際日渡国を批判しないと誓え!」


 真っ直ぐ見つめた瞳でそう言った。


 安久斗様はふぅっとため息を吐くと、


「あぁ、誓おう。濱竹は二度と、日渡を見捨てない」


 これを以て、この騒動の全てに片が付いた。


 安久斗様一行は橋から濱竹へ戻り、僕らも橋から日渡に戻った。


 これが、神紀4998年、夏至前86日の夕暮れのことであった。








「いやぁ、今日は祝杯だね! どれを開けよっかな〜」


 帰路、萌加様はにこにこしながら境内へと続く階段を登っている。


 僕らもわいわい騒ぎながら歩いているが、いちかさんはさっきから歩くのがしんどそうだ。


 湊さんと美有さんが肩を貸しているが、明様曰く「妊娠よ」とのことで。


 相手は誰だろうと詮索するのも野暮なことか。あと、薄々はみんな見当が付いていた。


 しかし、本人がいないから確認ができない。くそ、帰って来たら問いただして弄り倒してやる!


 僕は花菜とそう言いながらゲラゲラ笑っていた。


 境内の階段を登り、神様の後を追って本殿に入ろうというところで、僕は何かを蹴り飛ばした。


 コロコロと、何やら球体が足元を転がった。


 それと同時に、靴の裏にネチョッとした液体が付着する感覚があった。


 この感じに、覚えがあった。


「ん、どうしたの?」


 硬直した僕にみんなが寄ってくるが、萌加様が「なんだこれ?」と言い何かに気がついた。


 そしてそれを拾い上げようとして、動きが止まった。


 彼女は指先で能力を宿し照らして見ると、


「っ!?」


 ギョッとして尻餅をついた。


 僕らは萌加様に駆け寄って、身体を支えた。そして何を見たのか気になって、僕も同じくして能力を宿し、その物体を照らして…………








ーーーーー

ーーー








 神紀4998年夏至前86日、日没後。


 日渡国磐田神社に、臣、磐田大志が帰ってきた。




 首だけの、無惨な姿になって。









 どうも〜みなさんこんにちは、ひらたまひろです。

 毎度この長いお話をお読みいただきありがとうございます。

 さて、ついにこの話を以て『サハ戦争』(全10話、522,199字)完結です!

 ということで、毎度恒例次編予告です!


「……………」


 あれ、流れない。

 おかしいですね、ちょっと調子が悪いみたいです。

 不具合を処理してから再挑戦しますので、とりあえず次回に持ち越します〜


 あ、それとですね、サハ戦争は終わりましたけど『神継者〜カミヲツグモノ〜』は終わりではありませんので!

 まだ連載続きますよ〜!

 ここまで読んでくださったみなさんなら、きっと疑問が多々残っていることでしょう。

 それらの謎を含め、この後の日渡がどうなるのかも含めて続きを読んでくださると嬉しく思いますので、今後ともよろしくお願いします。


 さて、ではまた次回、お会いしましょう〜!

 YouTubeもよろしく!(「ひらたまひろ」で検索!)

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― 新着の感想 ―
サハ戦争遂に終幕!とても面白かったです!個人的にですが、ここからがこの作品の本編と言われたら納得してしまいますね(渡海編まではプロローグ?)気になって今日だけで一気にここまで読んでしまいました笑 色々…
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