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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
サハ戦争
51/107

 元旦の祝賀祭は例年通り靜国にて催されたが、今年に限って参加は義務付けられなかった。理由はサハ戦争に神治首脳陣が出払っている国が多くあるからだ。


 それでも、兎山明率いる日渡国首脳は靜に参じた。


 神紀4998年元旦のことである。


 明は、この祝賀祭にて靜するが直々に日渡国神代理として任命され、靜連邦の一国家の神治を任された。それをわざと公の場で行い、多数の神や臣、巫女、下野始神種に見せることが明とするがの狙いであった。


 これは実際、磐田大志からの提案により行われた入れ替え措置であるが、形式上は靜より依頼されて明が日渡を任されるというものになった。


 日渡上神種は兎山国の再建を目指してはならないため、神の座に明を座らせるなど本来認められない立場にいなくてはならない。しかし、臣である大志が明に上に立つよう依頼してしまうとそのルールが破られることになるため、統率国の靜からの依頼とし、明が引き受けたという形を取ったのだ。


 しかし、過程がどうであれ兎山明に神権(神として神治ができる権利)が渡ったのは事実であり、批判が多数上がった。


 最も批判をしたのは、中部諸国の皇国、銀谷ぎんや国の神、兼望かねもちであった。


「日渡国は兎山自治領設立の時点で、ゆくゆくは兎山明に神権を与えて兎山国の再興を考えていたのではないか? そうであるから、兎山派の上神種家を神治に取り込んだんだろ? あぁ、だからあれほど、逆元旦の際に言ったのに。皆、見たまえ! 俺が懸念していたことが現実になっただろう!」


 兼望は明らを非難すると同時に、自身はどこか鼻高々と言わんばかりに神々に告げた。


「どうだかね、兼望が逆元旦で何か言っていたかなんて覚えてない」


 そう言うのは、同じく中部の島谷しまや国の神、嘉和水かわすである。


「分散神治を始めるという話を耳にした時に、俺は声を大にして反対を唱えたんだ。へへっ、まぁこうなることは目に見えていたからな、所詮小国に分散神治など到底向かない話だ。小国が小国たる所以、それは侵略したところで広大な土地を統治することができないことだ。そんな国が分散神治など。身の程を弁えたほうがよかろう、ってな」


 やはりどこか自慢するように兼望が言う。


「そういう銀谷も小国でしょう? 自分を棚に上げるんじゃないよ、まったく」


 嘉和水は心底ばかばかしいといった感じで流す。兼望は相手にされなかったことが癪に触ったのか、不満げに舌打ちをした。


「ま、賛否両論あることは承知の上だよ。でもね、今の萌加じゃ日渡をまとめることはできない。ここは渡海情勢にも精通していて、なおかつ日渡のことも十分に把握している兎山明こそが適任であると、俺は考えたわけだよ」


 するがは神々の言い合いをしばらく眺めてからそう言った。そして最後に念押すように(というか圧力をかけるように)、


「いいかい? ()()そう考えたんだよ。それで、()()()んだよ」


 にこりと笑いながら、しかし確かに圧をかけながら、そう言った。これ以降文句を言うなら靜が相手をしてやろう、と、そういう意味が込められていた。


 靜を敵に回せば、この連邦では生き残れない。


 だから、これで神々は黙らざるを得なくなった。


 ……わけだが。


「気にくわねぇな。というか、納得できねぇな。あれだけ日渡は兎山の再建を恐れていたのに、なぜ兎山明の神権回復に何ひとつ文句を言わないんだ? お前らのやっていることに一貫性がねぇように思えてならんな」


 そんな威圧は、靜より強い軍事力を持っている国には通用しない。尤も、祖神種であるというだけで靜は非常に有利なのだが、国対国の戦争になれば国家の軍事力でも物が言える。


 この状況でなお日渡を批判できるのは、


「井谷俣治……またお前かよ」


 そう、北の軍事国家、井谷のみである。


「たしかにあたしたち日渡上神種は、たとえ臨時だとしても明様が神の座に復帰することに違を唱えるべきでしょう。ですが、これはするが様がお決めになったこと。あたしたちが口を挟めることではありません」


 井谷俣治の言葉にキッパリと返す御厨いちか。


「そういうお前は御厨家、兎山派だろ? お前が擁護しないことは二の次だ、まず俺が気にくわねぇのは代々日渡の臣家でありながら兎山明の台頭に文句ひとつ言わねぇお前だ」


 俣治はいちかの言葉を鼻で笑ってあしらうと、磐田大志に近づきながらそう発言した。


「お前が反対しない理由はなんだ? 靜の、するがの命令だからか?」


 大志に迫り問い詰める俣治。


「靜様の命令は絶対です。一介の上神種が逆らうなど許されません故」


 大志は少し恐怖していたが、それでも芯の通った声で返した。


 しかし、俣治はそれを聞いて可笑しそうに大笑いすると、


「ならば問うが、もし靜が濱竹へ攻め込めと命じたらひょこひょこと兵を挙げて侵攻するのか?」


「俣治っ!」


 そこで声を上げるのはするがだ。しかし話は終わらない。俣治に問われて、大志は首を横に振った。すると俣治は、


「な、しなかろう? だがそれはなぜだ? 靜の命令だぞ、断れないのではないのか?」


「濱竹に攻め込めば国が滅びます故」


「同じことだ、兎山明に神権を与えたら、日渡は兎山になり滅びるやもしれんぞ。なぜ断らぬ?」


「…………」


「断ろうと思えば断れたはずだ、靜連邦規約には、内政不干渉の条項があるからな。いくら靜でも臣から拒否されれば意見を踏み躙ってまで強行はできまい。となると、本当に兎山明の神権復活を望んでいたのは……」


 俣治はそう言って鋭く射抜くような眼差しで大志を見ると、


「お前だろ、磐田大志」


 そう言い当てた。周りがざわめき始めようかというときに、するがが馬鹿馬鹿しそうに大笑いをすると、


「言いがかりも甚だしいね、俣治。悪いけど、大志くんをはじめ日渡上神種からの反対意見は預かっているよ。でも、話し合って決めたんだ、渡海を靜の直轄領にするか、日渡にいる限りの人材でなんとかするか。結果として、日渡にいる人材でなんとかすることに決まったけど、じゃあ適任者は誰が居るんだって話。そこで上がったのが明だよ。むしろそれ以外にいないでしょ? 萌加にあれ以上頑張らせれば、きっとみんな後悔する。誰も幸せにならない。ならば仕方ない、兎山明に頑張ってもらおうという結論に至ったわけ」


「だがこれでは実質兎山国の再建だ、靜はそれを手助けしたことになりかねないぞ。いいのか?」


 俣治がするがに尋ねたそのとき。


「私が国の頂点に立ったら兎山、それは理論として正しいわ」


 ただただ眺めていた明が、ここで口を開いた。壁に寄りかかり、腕を組んで、右目だけを閉じて、しかし開いた真っ赤な左目でするがと俣治を捉えていた。


「でも、理解ができないわね。どうして兎山だから濱竹と対立しなければならないのか。私には到底理解ができないわ」


 明は心底くだらなさそうにそう言うと、するがと俣治のところまで歩く。そして両者に割って入ると、


「安久斗と対立する気はないわ。面倒くさいもの。それに自治領設立のときに、安久斗とは終戦宣言をした。私は負けて、彼の下に入った。つい先日まであの寒い北端の地で安久斗と一緒に戦っていたし、濱竹に対する戦意なんて微塵もないわ」


 そこまで言うと、俣治を睨みつけて、


「どうして私が国の上に立ったら反濱竹になるのか、その理由が知りたいのだけど。どうして?」


 と尋ねた。俣治は鼻で笑うと、


「お前の方が詳しいだろ。身の上を振り返ってみりゃいいんじゃねぇか?」


 明に言い返した。明はくだらなさそうにため息を吐くと、


「振り返った上で言っているわ、心当たりがないって。たしかに昔は攻め込んで滅ぼそうと思っていたわよ、あんな野蛮国家」


「ほら、それだ」


「でも、昔は昔、今は今。みんな昔に生きているわけじゃないでしょう? 生きているのは今でしょう? それとも、今ここは昔なのかしら?」


 ニタリと不気味に微笑んで明が言う。


「今を生きているなら、今抱いている感情に従うべきよ。私が今思っていることは、どうやって日渡を安定させるか、どうやって渡海をかつての状態に戻すか、そして、どういう状況に整えて萌加に国を返すか。たったそれだけ。そしてもっと言えば、この3つこそが私に課せられた使命なの。それ以上のことは望まれていないし、それ以外のことは手を出しちゃいけないの。このどこにかつての兎山を彷彿とさせる要素があるのかしら? このどこに連邦を混乱に陥れる要素があるのかしら? このどこに国を乗っ取る要素があるのかしら? もしあると言うなら教えてちょうだい」


 明の言葉に、会場にいた者どもは視線を逸らした。批判するだけしていた連中は皆、深い理由もなく批判していただけなのだから、なにも考えていないに等しいのだ。だから、都合が悪くなれば視線を逸らす。


 しかし明は、今度は兼望の方を見やると、


「あなた、さっき散々言っていたわね。兎山自治領を設立した時点で日渡は兎山再建を目指していた、だったかしら?」


 と、問い詰めた。


「知らん。俺は別に、日渡がどうなろうが知ったことじゃないからな。兎山が復活しようが、日渡が滅びようが、関係のないことだ」


 兼望は急に話を振られたことに焦りを感じながら逃げようとするが、


「関係ない割には随分と勝手な持論を述べていたじゃない。はっきり言うけど、そういうの迷惑なのよ。かつての私を知っている奴ならまだしも、何も知らないような奴に知った口を利かれちゃ話がややこしくなるだけ。あと、萌加が分散神治を導入した話と私が神をやることになった話は一切関係がないし、兎山自治領が設立されるに至った理由も私が何者かに奇襲攻撃を受けたことによるものだし。たしかにそこから渡海事変に繋がっているけど、分散神治の導入とは一切関係がないわ」


 明は兼望にそう言うと、「何が言いたいかって言うと、」と前置きして、


「ある国を批判するなら、その国のことを正確に理解した上でしなさいな。そうでないと墓穴を掘りかねないし、知らないところで反感を買うかもしれないわよ?」


 目を細めて兼望に言った。しかしこれは兼望にのみ向けられた言葉ではない。この場にいる様々な者に向けられた言葉である。


「うっせぇ、言われなくても分かっている」


 兼望は機嫌を悪くして明にそう吐き捨てた。


「いずれにせよ、明の言いたいことは分かっただろう。俺が神権を与える理由も、彼女がこれほどにまでしっかりしているからってことだよ。これでもまだ反対する者は、俺と明と三者で話し合おうじゃないか」


 するががそう言う。それに従って、もう文句を言う者はいなくなっ……


「面白い。ならばとことん話し合おうじゃないか。俺は兎山明に聞きたいことがこれ以外にもあるからな」


「まだ言うか……」


 そうも都合よくいかないようだ。


 井谷俣治を見て、靜するがは深いため息を吐くが、兎山明はどこか興味深そうに「へぇ」と声を漏らすのだった。




ーーーーー

ーーー




「怯むなっ! 進めぇぇ!」


 冬至後13日の夕方、僕らは戦艦『さらし』から揚陸艦に移った。


 3日前、10日の早朝から幌筵島要塞への上陸を試みているものの、要塞の守りが堅く島にまともに近づくことすらできないままだった。


 戦艦『さらし』も幌筵島を落とすべく艦砲射撃を何度も行ってきたが、効果は見られず、それどころか出撃していった揚陸艦が沈められるのを目の前で何度も見る結果となった。


 それでも揚陸艦による突撃の命令は絶え間なく出て、撤退は微塵も許されなかった。


 何しろ、今回の作戦の指揮官は、の有名な南四連邦の最高神、東輝洋介祖神に在らせられるそうで、第五艦隊で最高権限を持つ歌仙様でさえ逆らうことのできない作戦命令なのだという。


 もちろん、そんな方からの命令ともなれば、僕ら靜連邦軍が逆らうことなどできるはずもなく、この埒が明かない状況であれども揚陸艦に乗り込んで突撃するしかないのであった。


「馬鹿げているな、もっと突き詰めて作戦を立てるべきだ。ただ突っ込むだけじゃ、何度やっても結果は同じだ」


 不満気に安久斗様が仰る。


「でも実際、これが南四の神が考えた作戦なんでしょ? 何か上手くいく確証とか、意味があるんじゃないの?」


 萌加様が安久斗様にそう仰せになると、安久斗様は鼻で笑われて、


「はっ、そんなもんはないだろうよ。何しろ南四の神々は祖神種様だろ? どんな相手であろうともまともに戦ったことなどないだろうさ。自分が最強なんだから、行き当たりばったりで戦っても、結局は勝つことができる。つまり祖神種とは、考えずとも勝利できるんだ」


 だからこの手の戦争に弱いんだ、と安久斗様は仰る。


「同感ですね。生き抜くための術や戦略は、我々の方が優れている、というかよく知っていると感じます。だからこそ私が国として残されているのですがね」


 そしてその場にはもう一方ひとかた。甲信連邦の安陵栗伊門様も御座おわす。


「しかし、なぜ参謀に作戦を頼まないのかが不思議で仕方がないな。この要塞を占領することがこの戦争の行く末を左右するというのに」


「見栄っ張りだからでしょうね。自分の手で落としたと、そう言いたいのでしょう」


 安久斗様と栗伊門様はそのような会話をされる。


「馬鹿げているな、ほんとに」


「えぇ、そうですね」


 そこで会話は途切れた。しばらくの沈黙が僕らを襲った。


 外から響いてくる、幾多もの砲音。爆発音も凄まじく轟き、この戦争の激しさを実感する。


「さて、私はそろそろ」


 そう仰った栗伊門様が席を立たれ、部屋から去っていった。


 揚陸艦と言っても幾つか部屋が存在し、僕らはその一室に靜連邦軍として乗っている。


 島に近寄ることすらできないため、船の中はまだ戦闘モードではなく、戦艦『さらし』の艦砲射撃対幌筵島要塞の砲台の応酬を傍観している状態にある。


 揚陸艦も狙われるには狙われるが、島に近付かなければ戦艦『さらし』ほどではない。


 また、『さらし』とともに『みらい』も島の裏から艦砲射撃を行っており、幌筵島要塞は実質協商軍に包囲されているものの、その強さは要塞というだけのものであり、全く落ちる気配がない。


「いつまでグズグズしているんだっ、船を進めよ、進めよ!!」


 と、ここで遂に南四連邦の九王大佐が声を上げられて、船は渋々という様子で再び要塞に接近する。


 僕らも部屋を出て、上陸に向けた準備を進める。


 しかし船は何度も要塞からの砲弾に被弾し、駆動に関わる機械室から火が上がり、なんと島を目前にして自走不能に陥ったのだった。


「……まずくないか?」


 珍しく安久斗様の表情に焦りが見られた。


「まずいも何も、こんなところに漂えば恰好の的ですね……」


 喜々音さんがそう返す。


「うぇっ、大変じゃん。逃げる?」


 萌加様がそう尋ねると、


「どこにだよ、逃げ場なんてないぜ?」


 と安久斗様。


 しかしここで大きく船が揺れて、天井が剥がれ落ちた。


 空から光が差し込み、冷たい風と雪が僕らを襲った。そう、被弾したのだ。


「……仕方ない」


 安久斗様は何かを決心したように呟くと、


「靜連邦軍に告ぐっ! ここより飛び出して、各々が直接幌筵島へと降り立てっ!」


 大声で指示を出された次の瞬間。


 ドゴォォォォォオオオオオン!!!!


 大きな爆発音に、振動。そして外がいきなり真っ赤に染まり上がる。


 被弾したと同時に、揚陸艦より火が噴き出したのだ。


「沈むぞ!」

「『さらし』に戻れ!」

「脱出だ!」

「報告をせねば……!」


 周りの連中が慌てふためいて、各々が天井に空いた穴から飛び出していく。


 その様子を呆然と眺めていると、


 ドドドドドドドドドドド!

 パスッパスッパスッパスッ!


 飛び立つのを待っていたかのように機関銃が襲い、飛び立った神類の命を奪っていく。


 僕らに血の雨が降り注ぐ。


「……作戦変更だ」


 その様子を見た安久斗様が僕らに告げた。


「この船が沈むまで、ここより要塞を攻撃するっ!」


「そっ、そんなこと……!」


 それに対して声を上げたのは東陽水軍参謀総長であった。無茶なことだと言いたくて仕方ない様子だ。


「できないとでも言うか? ならば飛び立って奴ら同様に的となるか?」


 安久斗様はそう言い返す。


「ですが、無謀ですっ! そもそもこの船そのものが現在、恰好の的なのですよ!? 爆発しながら沈むのは時間の問題。ここに残って逃げる機会を失えば、ここに残った協商軍は全滅しますっ!」


 東陽さんが語る最中も、砲弾が二発ほど命中しこの船を激しく揺らした。


 しかし、それに対して意見をしたのは安久斗様ではなく、栗伊門様であった。


「いいや、濱竹安久斗の作戦が最適でしょう」


 彼はそう仰ると、穴の空いた天井を見て、


「幸いなことに、ここには永神種が5体います。踏ん張れば、敵を撹乱させることができるかもしれません」


「撹乱って。何をするのよ?」


 そう尋ねられたのは崖川あさひ様だ。


「簡単な話です」


 栗伊門様がそう言うと、彼は安久斗様を見て「あなたから言ってはどうです?」と笑う。


「なんでだよ、お前から言えば良いじゃないかよ」


 安久斗様は栗伊門様に文句を垂れたが、今度は萌加様を見て、


「百聞は一見に如かずだ」


 と答えられた。そして萌加様に、


「お前の最高火力で、空へ向けて火を放て」


「うぇっ!? い、いいの……?」


 そんなことをしたらどうなるか分からないと言わんばかりに萌加様が返される。しかし安久斗様は笑いながら、


「とにかくやってみろ、きっと面白いことが起きる」


 と仰った。そして萌加様が準備を進める一方で、


「いいか、萌加が火を放ってすぐに、全員この船から飛び出せ。目指す方向はあの要塞だ」


 そう指示を出される。


「でもそれじゃ……!」


「誰が萌加の火柱を直視できる? 無理だろう」


 東陽さんに安久斗様が反論する。東陽さんは小林氏が処刑されたあの瞬間を思い出したのかは分からないが、以後何も言わずに黙った。


「お前の火柱は何秒保つ?」


 萌加様に安久斗様が尋ねると、


「全力で放ち続けられるのはせいぜい2分くらいだと思う」


 そう萌加様。


「それだけあれば十分だ。俺は萌加と共にこの船に残る。向こうでの指揮は栗伊門に任せる」


 安久斗様はそう言って、栗伊門様の肩に手を置いた。その手を栗伊門様は払い除けて、


「味方の火力に晒されないようにしてくださいね?」


 と安久斗様に嫌味を仰った。


「お前こそ、要塞に着く前に死ぬなよ? それと、ここにいる神々と上神種の能力を上手く使え。お前なら、ここにいる靜連邦軍を任せても使いこなせるだろう? まさか使えないとは言わないよな?」


 圧力を掛けるように安久斗様が栗伊門様に言うと、


「あなたにできるのですから、もちろん私にもできますとも。それよりむしろ、あなたこそ全く使いこなせていないのではないですか? 火力の強い神にのみ頼り、それ以外はまるで雑魚扱い。酷い統率神もいたものですね」


「はっ、言ってろたわけめ」


 栗伊門様の嫌味に安久斗様が返す。しかしその後で笑い合うと、


「ならばやるぞっ! 皆、準備せよ!」


 安久斗様の声で、一気に緊張感が高まった。


「靜連邦軍のみに限らず、ここに残るすべての上神種以上の者は、この作戦に参加せよ! 死にたくなくば戦艦に戻るな! その命の限り、要塞へ向かえ!」


 作戦を理解したのか、今まで黙っていた古田崎悠生様が声を上げられた。


 何名か船の中に倒れているのを見るに、先ほど飛び立った中に神がいたということか。神が銃に撃たれて亡くなったから、臣と巫女は船の中でその命が尽きたのか。


 どうやらその事例が多いようで、現在この船に残っているのは僕ら靜連邦軍と統率者を失った上神種、下神種ばかりらしい。


 絶望ばかりが漂っていた彼らに希望が灯る。


 もちろん、皆が皆そうとは言えないが。


 靜連邦軍の作戦に賭ける者がこちらに近寄ってくる。


 それ以外の者は馬鹿馬鹿しそうに僕らを見ていた。


「よし行くぞっ! 萌加!」


「『大炎ノ柱』!」


「出ろっ!」


 萌加様が技名を叫ばれると同時に、僕らは揚陸艦を飛び出した。


 『大炎ノ柱』の衝撃波で、既にボロボロだった揚陸艦はバラバラに砕け散った。そのため、意図せずとも四方八方に飛び出すことができた。


 背後を振り返らずに洋上を飛び続けるが、日没後にも関わらず周囲は昼間以上に明るかった。


 また、周囲の温度が著しく上がり、海に浮かぶ氷が表面から徐々に溶けていくのが目に見えた。


 要塞が築かれた幌筵島は、『大炎ノ柱』に照らされてはっきりとその姿を見ることができた。


 対して、島からの砲撃は一切飛んでこない。


 僕らが島へ急接近すると、ようやく敵は僕らに気が付いたのか、慌てふためいたように機関銃を連射してきた。


 しかし、ここまで来ればあとは島に降り立つだけだ。


「分散して降りましょう。各自、砲台を機能不全に陥らせるのを急務とします。本能の赴くままに戦いなさい、上陸してしまえばもう人類文明のやり方に拘る必要はありません。存分に暴れましょう」


 栗伊門様の声で僕らは空中で散り散りになり、各々が島のあちこちに降り立った。


 僕は日渡上神種に喜々音さんと紗那を加えたいつもの連中で、島の中央の山の中に降りたのだった。




ーーーーー

ーーー




 幌筵島に迫る揚陸艦はもちろん一隻だけではない。


 数にして、およそ30もの船が幌筵島に向けて四方八方から迫ってきていた。


 しかし、そのほとんどの船が要塞からの攻撃で沈んでいく。


 その理由として、人類文明の技術で作られた要塞が強いというのもあるが、ほとんどの揚陸艦を作り所有しているのが中京統一連邦というところにも原因がある。


 中京統一連邦の技術は、まだ完全に確立されたものではなく、試作品的な立ち位置にあった。また想定された用途も軍事目的ではなく、災害の救援の効率化や軍事演習のための兵隊輸送であったため、あまり頑丈な作りをしていないのであった。


 速度も遅く攻撃能力もないため、本当に恰好の動く的なのだ。


 この幌筵島要塞を護るのは、この島全域を国土とする幌筵ほろえん国を統治する始神、幌筵ほろえんパラムである。


 パラムはもちろんサハ列島連邦の神であるため、その容姿は道化である。肉付きが良い高身長で、威圧感のある野太い声、さらにはその能力『氷』の強さもなかなかなもので、占守シュムの右腕として働いている。


「侵略者を沈めよ! 決してこの島に近づけるな! ゴラッ、何してやがんだ! サボんじゃねぇよボケナスめっ!」


 特徴的な太い声で兵士に指示を出し、サボっている兵やへこたれている兵を見つけてはぶん殴ったり蹴り飛ばしたりして回る。


 横暴か? 否。神など皆、本来はそのようなものだ。まだ殺さぬだけマシな方とも言える。


「第一列は雑魚を狙え! 第二列、三列は艦砲射撃に対応せよ! 卑劣な協商を打ち払え!」


 要塞は最大限の力を発揮する。


 戦艦『さらし』、『みらい』より撃ち込まれる激しい砲撃に耐えながら、その三百にも及ぶ大砲で反撃し、協商艦隊へと爆発を届ける。


 パラムは、協商が手も足も出ないこの状況を見て笑う。どんな島も成し遂げなかった、協商に勝利するという快挙が現実味を帯びてきて、全身の毛が逆立つような興奮を覚えたのだった。


「脳なしだらけだな、協商は。何度来ようとも同じこと。分からぬのか、沈められることを」


 揚陸艦が次々に火を噴いて沈んでいくのを眺めながら、パラムはニヤつきながら呟いた。


 そして海をのんびり眺めていると、火を上げて止まった一隻の揚陸艦が目に入った。


 その揚陸艦は、砲撃を受けて煙に包まれていた。壊れた船から神類が飛び出して、それを要塞の機関銃が襲った。


 しかし、飛び出す神類の量が少なく感じ、パラムはその揚陸艦への追加砲撃を指示した。まだ生き残りがいるはずだ、飛び出していない奴が居るはずだと思ったのだ。


 船は何もせずとも沈むはずだが、追い討ちをかけたことで炎上、大破していた。


 しかし、まだ一体も出てこないことが不思議でならず、あれしか乗っていなかったのかと思ったその時だった。


「ぐあぁぁ!?」

「なんだっ!」

「目がっ!」


 その船から著しい光の筋が、否、極太の火柱が立った。そしてその光は要塞に届き、強烈な黄色の世界に包み込まれていく。


 光の強さは異常なものだった。太陽に照らされたよりも眩しく、見た者の視力を奪っていく。また、気温が著しく上昇した。光に当てられた雪や氷が溶けていき、足元がビシャビシャになっていく。


「『火属性』の祖神種か……? なぜあんな奴が揚陸艦に乗っている……」


 パラムは手で光を遮りながら、その火柱の太さを観察した。


 が、そうも悠長にしていられない事態が発生した。


「まっ、まてっ! 神類だ! 飛来してきたぞ!!!」


 ある兵がどこかでそう声を上げた。しかし飛来する神類の姿を捉えられた者は少ない。


 火柱を直視しないように気をつけて目を凝らすと、そこに確かに数十体の神類を確認することができた。


「機関銃だっ、急げっ! 撃ち落とせぇ!」


 パラムはそう指示を出す。要塞中の機関銃が空を飛ぶ神類に向けて放たれるが、あまりに弱すぎる。


 そう、要塞から見たら火柱のせいで逆光であるが、飛んできた神類にとっては綺麗すぎるほどの順光なのだ。動きが筒抜け、なんなら表情までもはっきりと見て取れるくらいである。


 そもそも人類文明の代物である機関銃は、神類(上神種以上に限る)にとって脅威でもなく、被弾する可能性も大したものではない。


 あっさりと銃弾を躱して砲台の上空を飛び去っていく神類を、パラム以下要塞の兵士は焦りながら眺める。


 機関銃を撃たれたことで飛んできた神類はあちらこちらに分散したように見えたが、島の四方へと散っていき、広範囲で上陸されたことを悟る。


「チッ、やられた」


 パラムはそう舌打つと、


「上陸した輩を探し出せ! 数は少ない。何がなんでも殲滅せよ!」


 そう要塞に指示を出した。


 しかし次の瞬間、とんでもない報告が入ってくる。


「申し上げますっ! 先ほどの光の最中に、敵の揚陸艦が六隻、この島に乗り上げておりました! 第58から62の砲台が敵襲を受けて壊滅しております!」


「なんだとっ!?」


 順調に進んでいたパラムによる幌筵島防衛であったが、あの火柱が戦況を一歩不利なものへと追い詰めた。


「ボケナスめがっ! 直ちに殲滅せよっ!」


 パラムはそう叫んで、報告してきた兵士を蹴り飛ばして八つ当たりした。




ーーーーー

ーーー




『協商第一艦隊と第五艦隊は2日、それ/゛\新知島と得撫島より同盟軍の要塞、捨子古丹島に向けて進軍しつ。正午過ぎに捨子古丹島沖合にて同盟第一艦隊と異世界扶桑大艦隊の連合艦隊と接敵、激戦となりて双方引かず、今なお戦闘続く。同盟軍これに反応し、異世界扶桑より追加艦隊を連れ出し戦闘の規模ます/\膨れ上がるばかりなり。対し協商軍、第三艦隊を羅処和島要塞より出でさせて、防御手薄となりし捨子古丹島を襲撃す。これ3日のことなり。捨子古丹島要塞の救援に向かはむとす同盟扶桑連合艦隊を協商連合艦隊が足止めし、沖合の海戦その激しさの向かふ所上限を知らず。皆人この海戦を『防衛線突破の大海戦』と呼ぶなり。』


 日渡国磐田神社にて、大志が持ち寄った新聞を明、いちか、涼菜が囲み読む。


「また酷く大規模な戦いをしているのね」


 明はそう呟くと、


「さてと、そろそろ行くわ」


 と告げて立ち上がった。


 幌筵島要塞戦から10日ほど遡って、神紀4998年冬至後4日。この日、兎山明は井谷国井川神社にて井谷俣治との二者会談を控えていた。


 元旦の祝賀祭にて、俣治は日渡の対応に一貫性がないとして大志に迫ったが、その後するがを踏まえて話し合った結果、明の神権回復には特に何も抱いていないということが共有された。俣治はただ、大志をはじめとした日渡派の上神種の対応に対して違和感を抱いていただけであり、別に明が神に返り咲こうがなんだろうが、全く興味がないのであった。


 否、全く興味がないというのは語弊がある。彼の興味は日渡の神の座に誰が座るかという点にないだけであり、彼は兎山明個人に対して興味津々であった。


 だから、明を井谷へ誘った。


 明に対して、俣治はとても興味があるのだ。


 太陽が南中して間もなくの頃合い、兎山明は井谷国井川神社に入社した。


 もてなしというほどのもてなしはなされない。明を案内したのは臣の閑蔵かんぞうだったが、彼は歴代の井川家当主と比べ物にならないほどの無愛想で、さらに恐ろしいほど冷酷な者である。


 彼が臣となってから、井谷国では言論の統制、世論の一本化、妖精の虐殺など、殺伐とした雰囲気になりつつあった。


 彼は遠く離れた小国、日渡の神の代理で来た明をぞんざいにもてなすことは当然のことだと思っている。小国で、神ならまだしも代理の下野始神種ともなれば、彼の中では尊重するに値しない存在なのだ。


「随分と個性的な子なのね」


 俣治と二人きりになるや否や、明は嫌味を告げた。


「ま、あれでも臣だ。俺は奴の方針を尊重するぜ」


 しかし、俣治が明を招待した理由として、の臣のことが頭にあったからである。


「でもよ、今の日渡だって側から見りゃ大差ないぜ?」


「なんですって?」


 明はその言葉に眉を顰めた。それを見た俣治は鼻で笑うと、


「だってそうだろ、日渡は国民を惨殺したんだからな。更にその後の統治を放棄した挙句、その座を世間一般には恐れられている兎山明おまえに明け渡した。見方次第では閑蔵以上の反国民主義者だ」


 と言い放つ。明はそれに怒ることはせず、顎に手を置いて考えた。


 そしてしばらくしてから、


きこゆるが全て/\の世界いまなればことを唱ふは叶はざる夢」

(聞こえる情報が全ての世界なのですから、決まって否定することは叶わない夢なんですね)


「ほう」


 俣治はそれを聞くと、


「否定すると思っていたが、まさか歌で返ってくるとは思わなかった」


 と感心したように言う。


「否定しようがないでしょう? 言った通り、聞こえていることが全てなんですから。情報がないなら判断のしようがないでしょうし」


 明はため息混じりに言うと、


「思ったのだけどね、あなたはきっと頭がいいのよ。大志の件といい、靜とのやり取りといい、見ていて感心してしまうくらいに頭がいい。だからこそ、情報さえ揃えばそんな哀れな解釈をしないはずだもの。この山深さじゃ、入ってくる情報も限られるんじゃないの?」


「皮肉か? もしそうならば、なかなかに頭に来る言い方だ」


 俣治は少し意地悪く言った。


「いいえ、本心よ。もしもの話だけど、あなたが濱竹の土地に降りてきていたら、きっと今頃は靜よりも強大な国家を築けていたはずよ」


 そんな明の言葉に俣治は大笑いをすると、


「何が言いたいかさっぱり分からんな」


 と冗談のように言った後で、


「やはりお前は反濱竹主義か?」


 と訝しむような目。


「いいえ、そうではないわ。あくまでもしもの話よ」


 明はそう否定すると、その後で付け足す。


「でも、かつてあなたが濱竹を滅ぼそうとしたなら、きっと私は濱竹側に付いたわよ」


「まるで筋が通らねぇな。濱竹嫌いなら俺と共闘するだろ」


「えぇ、そうね。でも、そうしないでしょうね」


 明の言葉に、俣治は察した。そのあとで笑うと、


「濱竹嫌いも演技と近しいところがあったわけか」


 しかし、その言葉に明は首を振った。そして大人しい声で「違うわ」と静かに言うと、


「濱竹以上の強者に来られちゃ困るもの。安久斗は皇神種、まだ勝ち目があるわ。でもあなたは同格……いいえ、()()()()の始神種だもの。一対一じゃ勝ち目がないわ。東岸諸国でまとまっても、安久斗と互角だったのに。それなら安久斗と和解して、連合を組んであなたを迎え撃った方がまだ勝ち目があるわ」


 その明の言葉に、俣治は気を良くする。まるで自分が強者のように扱われていると、そう認識したからだ。


 しかし、ふと疑問が湧いた。


「お前、俺のことを格上と見ているな? なぜだ、同じ始神種なのだから同格のはずだぞ?」


 明はそれにため息を吐いて、


「既に察しているでしょう、おそらくあなたの思う通りよ。どうせあなたのことよ、解釈違いはないでしょう」


 本当は秘密だったのだけど、と小さく呟く明。対して俣治は驚きと予想通りが入り混じったかのような感情に苛まれ、笑いが込み上げてきた。


 大きく笑った後で明をまっすぐ見ると、ニヤついた笑みで言う。


「ならば敢えて問おう」


 明が嫌そうに顔を顰めた。しかしそんなことなど気にもせずに、俣治は訊く。


「お前、本当は上神種だろ? そして家の名は……」


 そこまで俣治が言った時、明は深いため息を吐くのだった。




ーーーーー

ーーー




「洋介」


「なんだ」


「不満ばかり出ているわよ、あの作戦」


「だろうな」


「だろうなって……。いいの、あれで?」


「あぁ、狙い通りとも言えよう」


 戦艦『みらい』にて、東輝洋介と夏半若菜は話し合う。


「そもそも、これは中京の揚陸艦がまともに機能しないことを証明するための戦いだ。これを機に奴らは揚陸艦を見直し、我々から技術を買おうとするだろう。それにそもそも奴らの船の数を減らすことで、関東から船を輸出しやすくするということにもつながる。戦果など、ひとまず二の次でいい」


 洋介はそう若菜に語る。


「いわゆるビジネスってわけね」


「人類用語を用いればそうだ。だが辞めろ、不愉快だ」


 若菜の言葉に洋介は気分を悪くしたが、


「ま、序盤はこんなもんで構わない。こちらが戦果を得られぬということは、北賊が戦果を上げるということ。奴らを思い上がらせるだけ思い上がらせて、後半に畳み掛けるように絶望を味わせるのが理想ってもんだろ」


 そう言って手元に置いた濁り酒を一口飲むと、


「お前もどうだ?」


 と若菜に薦める。


「遠慮しておく。このあと少しやることがあるの」


 洋介からのお酒を断ると、


「晩酌もほどほどにしなさいよ」


 そう告げて部屋を出ていった。


 若菜の言葉に生返事をし、洋介は独り晩酌を楽しむ。


 しかしこの時、彼はまだ知らなかった。


 自身の立案した戦略が、想定以上の犠牲を出してしまっていたことに。




ーーーーー

ーーー




「おう、八王子くん。戦況はどうだい?」


「か、歌仙様っ!? え、えぇ。申し上げにくいのですが、すこぶる悪うございます」


 旧九王国の臣家、名門八王子家の直系、現在は九王自治区の臣である八王子はちおうじ奥多摩紘おくたまひろは、突然歌仙に声をかけられて驚いたが、戦況を見てそう答えた。


 自身の仕える九王篤郎が大佐という役職に就いているため、九王自治区の面々は第五艦隊の戦況を確認する役目に就いていた。


 篤郎がなかなか上陸できない状況に痺れを切らして、上陸先で自身が指揮を執ると意気込んで出ていったため、奥多摩紘は『さらし』に残される形となった。


 しかし、『さらし』から見ていても全く状況は改善していないことが分かる。


「結局は、あの揚陸艦が悪いんですよ」


 奥多摩紘はそう歌仙に言う。


「ほぉほぉ、なるほどねぇ」


 歌仙はよく分からないから適当に相槌を打つ。


 もちろん、奥多摩紘は自分の慕う篤郎の乗る船(言い換えれば靜連邦軍が乗る船)を自ずと目で追っていて、その船が島に近づいたり近づかなかったりを繰り返す変な動きをしているのを遠目に眺めていた。


 しかし、ある時に意を決したか、船は島に向けて進んでいった。そして激しい砲撃にさらされて、遂には炎上してしまう。


「…………」


 奥多摩紘が心配そうな表情になったため、歌仙はその視線の先にある炎上する船を見た。


「あれに、篤郎くんが乗っているんだっけ?」


「えぇ……」


 歌仙の言葉にそう返す奥多摩紘。


「沈んじゃいそうだけど……」


「篤郎様は悪くないですっ! 全てはあんなポンコツ船を開発した中京統一連邦が悪いんですよっ!」


 奥多摩紘がそう叫んだ時だった。


 砲撃を受け、煙に包まれた揚陸艦から乗っていた神類が飛び出した。


「逃げるのも大事だもんね、うんうん」


 歌仙はそう納得したが、直後に逃げ出した神類を機関銃の筋が襲った。


「ありゃま」


 歌仙はポカンとその様子を眺めて、隣に立った奥多摩紘に、


「あれ、大丈夫そ?」


 と尋ねる。しかし彼はずっとその船を眺めたまま何も返さなかった。


「ねぇ、八王子くん?」


 歌仙が心配がってそう声をかけるも、返事はない。


「ねぇってばぁ」


 そうして肩を叩いてみると、八王子奥多摩紘はその姿勢のまま床に倒れた。


「げっ…………」


 歌仙は引き攣った笑みを浮かべた。倒れた奥多摩紘に跨り、彼の目を確認する。白目を向き、生気が感じられなかった。


「こ、こりゃまずいね……」


 歌仙はそう言って『さらし』の船内に戻ろうとした。


 しかし、次の瞬間。


 著しい光が歌仙を襲い、驚いた彼女は手で日除を作りながら光の発生源を見た。


 それは、例の船であった。


「……靜連邦軍かなぁ。ありゃまた凄いことをするもんだなぁ」


 直視できないその火柱を眺めながらポツリと呟く歌仙。そしてその光に驚いてデッキに出てくる無数の者ども。


 皆一様に、その眩しさから目を守っている。


「なに、あれ?」


 歌仙に尋ねるのは山縣恋華である。その隣に山奈志乃の姿もある。


「分かんないけど、靜連邦軍が乗る船からだね。火を使う永神種でもいたんじゃない?」


「あぁ、あの新しく来た子がそうだったわ。名前を確か……日渡萌加と言ったかしらね」


「知らないなぁ」


 そんな会話を恋華と歌仙がする中で、志乃だけが、


「……日渡萌加? ほんとに?」


 と確認した。


「えぇ、たしか」


 そう恋華が返すと、志乃はデッキから火に向かって飛び出した。


「あっ、ちょっと!!」


 恋華がそれを焦ったように止めるが、


「あ、そうだ。それどころじゃないんだった」


 歌仙がそう言うや否や、いきなり真面目な顔をしたものだから、恋華も志乃どころではなくなった。歌仙がそんな顔をすることなど珍しいことこの上ないからである。


 そして歌仙が一言、恋華に告げた。


「九王篤郎が死んだ」


「えっ、南四の大佐よね? ほんと……?」


 訝しむ恋華に対して、歌仙はデッキに倒れた奥多摩紘を指差してみせた。


「……洋介、何してくれているのよ」


 ポツリと恋華が愚痴を溢す。


「船から逃げようとしたところを機関銃に撃たれたみたいだったよ。あの名将九王も終わりがこれとは。世の中呆気ないね」


 歌仙はそう言うと、


「洋介への連絡は私からしておくよ。恋華は引き続き、要塞への攻撃の指揮を頼むよ」


 船の中へと入っていった。


「……犠牲が膨らむばかりじゃない。どうして人類の真似事なんてするのよ、南四は」


 恋華は不満を吐き捨てると、デッキに転がる八王子奥多摩紘の死骸を海に投げ捨てたのだった。




ーーーーー

ーーー




「秘密は話したわ。これが私の全てよ」


 明は俣治にそう言った。


「聞けば聞くほど面白おもしれぇ奴だな、気に入った」


 俣治は満足したようにそう返すと、


「だがいいのか? お前にとって、その過去は弱みだろう? 自ら俺に弱みを語るなど愚策すぎねぇか?」


 明に真剣な顔で問うた。しかし明は相変わらずの落ち着いた表情で、


「いいのよ。それが広がったなら、必然的にあなたから漏れた情報ということになるもの。そしてその情報の信憑性はゼロよ。真実を知るのは私だけ。私が「その情報はデタラメよ」と言ってしまえば、誰も確かめようがないわ。そしてあなたに対する信頼が私の中で地に落ちるだけ。そうなったら、私はもしかしたら()()()()()()()()靜や濱竹をあなたに差し向けてしまうかもしれないわね」


 あまりに真面目な表情で、嘘とも本当とも取れないような言い方であったため、俣治は少しの恐怖を抱いた。


 普段ならそんなのは戯言だろうと笑い飛ばせる彼が恐怖した。それは、明の全てを知った彼が、明を侮れないと心から感じていたからだ。


「訊くが、お前のその『御霊術』なるものはどこまで汎用が効くんだ? 効果は如何程だ?」


 そう尋ねられた明はクスッと笑い、


「そうね、大抵の上神種なら木端微塵にできるかしら。あとは自身の死を偽装したり、魂と魂を入れ替えられたり……まぁ色々よ」


 使い勝手は言うほどよろしくはないけど、とどこか自嘲気味に言う。


「つまりは、ある国の神の魂とお前の魂を入れ替えて、その国を乗っ取ることも可能ということか」


「やろうと思えばね。やったことないから上手くいくかは知らないけど」


 俣治はつくづく恐怖を抱いた。


「つまり、お前は俺に自分の弱みを握らせたことで、逆に俺より優位に立ったというわけか」


 してやられたとはまさにこのことか、と俣治は思う。しかし明は首を傾げて、「そんなつもりは一切なかったのだけれど」と呟いた。


「私はただ、提案をしたかっただけよ。その前座として、あなたが知りたがっていたであろう情報を渡しただけ。まぁ確かに情報が漏れると面倒だから、私たちだけの間で留めたいと願っているけれど」


 明は俣治にそう言った。


「提案?」


「えぇ」


 瞬間、俣治は理解した。


 明が自分に身の上話を聞かせた理由は、主導権を完全に握るためであったのだと。


 明の半生も、御霊術のことも、全てを知った俣治にとって、とある弱小国家の下野始神種と舐め腐っていられるほどの余裕はもう消えていた。


 それどころか、目の前にいる真っ白い少女が靜や濱竹以上に厄介で恐ろしいことに、軽く絶望感をも抱いていた。


 そして思い出したのだ。


 逆元旦の日に、東岸諸国が挙って兎山国の再建を阻止しようとしていた事実を。


 そして理解したのだ。


 兎山国は、何が何でも再建させてはならない国だと。


 その気になれば、連邦を乗っ取ることすら可能とする術を隠し持つこの少女は、なるほど危険視されているわけである。


 言ってしまえば、強者なのだ。


 弱者のふりをしてのうのうと過ごしているから気付かなかったが、何よりも、誰よりも、恐れ慄かれるべき存在なのだ。


 俣治は、そんな奴に逆らうことができない己の弱さを知ったのだった。


 そして、そんな明からの提案は、なんともお気楽なもので、


「私が臨時で統治している日渡で難民が発生しているのだけど、その子たちに職を与えてくれないかしら? あなたのところ、確か災害の復旧事業をしていたわよね?」


 落ち着いた声で、明は告げた。


「そんなことでいいのか?」


「報酬も与えてちょうだいな」


「そりゃ職だからな、当たり前だ」


「そう。別に高額である必要はないわ。不満が出ないくらいの額を支払ってちょうだい」


 明からの提案に、俣治は拍子抜けした。


「そんなことなら容易いことだ、引き受けよう。俺も安価な労働力を欲していたところだ」


 そう返事をした。


「なら決まりね。そうとなったら、ひとつ契約しましょう」


 明はスッと御霊術を発動し、紙とペンを出現させた。


「日渡に、というか私に支払う対価は、私の身の上を口外しないことでいいわ。だから井谷は、難民をただただ労働力として買って欲しい。また、私は自分の隠し事を代償にして渡海の難民を井谷に保護してもらう。これがこの契約の全貌よ」


 スラスラと状況を図式化し説明していく明。俣治はそれを聞いて納得する。


「いいだろう、全面同意する」


「よし。契約成立ね」


 俣治の言葉にそう返して微笑む明。その顔は16歳の少女に相応しいほど可愛らしいが、俣治はそれを素直に可愛らしいと見ることができなかった。


「ならば、俺からも提案しよう」


 俣治はひとつ明に提案を持ちかけた。


「なにかしら?」


 明は首を傾げた。俣治が言う。


「俺とお前、国家間じゃなくて個人の間でも契約を結びたい」


 それを聞いた明は、


「一人の方が楽だから、そういうのは一切考えていないのだけれど」


「勘違いしてくれるな。俺はお前の力を借りたいだけだ」


「そうやって格上になろうとする奴は何度も見てきたわよ」


 明は心底嫌そうな目をした。


「違うっ! お前の『カミノコ』の権能が目当てなのではないっ! その強さにあやかりたいと言っているのだ!」


 誤解が生じていると思った俣治は、明に対して大きな声で言った。


「強さ? バカを言わないでほしいわ。私はあなたほど強くないわよ。それにね、微塵も強いだなんて思えないわ」


 明はすこぶる機嫌が悪くなった。しかし俣治は引かない。


「お前が自分をどう思っていようが知らない。俺は俺が信じるものを信じる。俺が感じたものを感じる。だから俺は、お前が強いと認識し、それを信じ、それに肖りたいのだ。だから頼む、個人の間で相互安全保障の契約を結べ!」


 俣治にとって、国が潰れることが、己が神でなくなることが最も恐れる事態なのだ。


 だから、兎山明という存在を自身の味方に先につけておこうという算段である。そうしてしまえば、靜だろうが濱竹だろうが、関東だろうが関西だろうが、もし自分の周りで有事が起きた際になんとかなる戦力が確保できると考えたのだ。


「そういうことね。びっくりしたわ」


 明は安心したようにそう言うと、


「いいわ。でも、約束してちょうだい。私は必要最小限しか出歩きたくないの。頻繁にこんな僻地に呼び出さないでちょうだい。それと、私を秘密兵器のように扱わないで。いつかの『御厨あかり』とは違うのだから」


「あぁ、それでいい。あくまでお前と俺の、対等な契約だ」


 俣治はそう言って、最後にひとつ確認をした。


「そういえば、お前の意思を聞きたいのだがな、お前、国を持つ気はあるのか?」


 その問いかけに、明は珍しく吹き出したように笑うと、


「バカね。持つ気なら疾くに持ってるわよ」


「ならば、もし兎山国を再建するという動きが出たとしたら、西部諸国同様にそれを阻止してもいいんだな?」


 俣治がそこまで言うと、明は頷く。


「えぇ」


 そして彼女は唇を噛みながら呟いた。


「もう神になるなんて御免だわ」




ーーーーー

ーーー




 島に降り立ったのは良かったが、萌加様の火柱が消えればこの島は極寒の暗闇と変わり果てる。


 山の中に降りて、とりあえず敵にバレないように身を潜めることにしたが……


「うぅう、さっむい……!」


「死にかねないぞ……」


 そう、ここはとても寒いのだ。


「磐田、あんたの能力で火を起こしなさいよ。このままじゃみんな纏めて凍死よ?」


「ダメです、火を起こせば間違いなく気付かれてしまいます」


 紗那の発言に喜々音さんが反論する。


「でも、寒くて仕方ないじゃない」


 紗那はそう言うが、


「ダメなものはダメです」


 喜々音さんは頑なだった。


「冬の夜のサハを舐めない方がいいと思うけど」


 紗那は不満気にそう言うと、


「それなら寝ちゃダメだからね。こんなところで寝たら死ぬんだから!」


 と僕らに強く言った。


 火を焚いたら敵にバレて、焚かなかったら寒さに凍え、寒さを誤魔化すために寝たら死ぬとか、なかなか過酷な環境だ。


「あ、それならこうしようよ」


 唐突に花菜が声を上げた。全員が彼女に注目する。


 花菜は目を閉じて集中する。すると僕らのいる山の木々が少しずつ位置をずらして、開けた空間が出来上がる。


「これでは悪目立ちするかも……」


 そう言いかけた湊さんを「チッチッチ」と舌打ちながら「まだまだだね」と笑うと、さらに集中して能力を発動した。


 すると、そこに現れたのは草木で作られた小屋だった。


「「「おぉぉ」」」


 完成した小屋を見て、僕らは感嘆した。


「でもこれじゃ不自然よ。もう少し隠さなきゃ」


 紗那の言葉に花菜は「じゃあこうする」と一言言うと、その小屋の周りに木々を配置させた。


「それでもいいけど、少し私に任せてくれないかしら」


 それを見て紗那がそう言う。花菜は嫌そうに目を細めた。一人でやりたかったようだ。


「この気候を知った者に任せるべきかも」


 しかし、湊さんがそう花菜に声をかけたことで、渋々ながらも紗那に任せることになった。


 紗那はひとつ「ありがとう」と言うと、能力で小屋の下の地面を掘り下げた。


 そうして地中に小屋が埋まり、その屋根の部分を完全に土で覆うと、花菜に倒木を一本用意するように言う。


 倒木などという注文だったが、花菜は完璧な倒木を作り出すと、紗那はそれを小屋の上に寝かせた。


 これで、多少木がない空間があっても納得がいくというものである。


 更に、埋めた小屋に吸気口や排気口を設置し、多少の生活が営める空間を作った。


 ちなみに吸気口と排気口は、雪に埋もれることを危惧して隣の高い木の幹に沿わせて伸ばし、葉の茂る位置で下向きに口を出させた。


 雪によって詰まる危険性を極限まで無くした構造である。


「当面はここに隠れましょう」


「願わくはこの島の陥落まで動かずにいたいな」


 喜々音さんの言葉に竜洋さんが返す。


「貢献度がゼロになってしまうから、多少は戦わないといけないかも……」


 竜洋さんの言葉に湊さんが不安そうに言う。


「ぼちぼちやりましょう」


 美有さんの言葉に僕らは頷いた。


 花菜は少しだけムスッとしていた。


 この小屋が完全な自分の手柄にならずに少し悔しいのだろう。


 少しフォローしておくか。


「花菜が小屋を作ってくれて助かったよ。これで安心して過ごせるね」


「別に私の功績じゃないし」


 完全に拗ねている様子だ。


「それより大智、火を焚いてよね。寒くて仕方ないわ」


 花菜はそう言うと能力で薪を作り僕に預けてきた。


「それなら囲炉裏でも作りますかね」


 紗那はそう言うと、自分の能力で囲炉裏を設置していく。器用な奴だ。


 作った囲炉裏に薪を置き、僕が火を灯す。


「それなら火力の調整は俺がやろう」


 竜洋さんが風の権能で火力を調整する。


「私は火消しくらいしかできないかも……」


 湊さんは肩を落とす。


「大丈夫。私は終始何もやらないつもりだから」


 そこに励ます美有さん。いや、少しは働いて欲しいな。


 そういえば、美有さん(というか鎌田家)の能力ってなんなんだろう……? 見たことない気がする。


「とりあえず、外の監視は私がやりますので皆さんは温まったら眠ってください」


 喜々音さんが僕らに言った。


 そうして長かった1日が終わった。


 眠りにつく直前、ふと僕の脳裏をよぎった光景がある。それは、あの揚陸艦の中の出来事。


 天井に空いた穴から飛び立つ協商軍を無数の銃弾が襲い、真っ赤な血の雨が降った、あの光景。


 そういえば、あの時に九王大佐も飛び出していかなかったっけ……?


 たしか「報告せねば」とか呟いて、我先にと『さらし』を目指して。


 ……まぁ、今僕がいるのは夢とうつつの狭間だからなぁ。これは夢かもしれない。


 でもひとつだけ、はっきりしていることがある。


 安久斗様の作戦を実行したあのとき、九王大佐は船にいなかったということ。これだけは確かだ。


 ……だからなんだという話ではあるけれども。


 …………寝るか。




ーーーーー

ーーー




「撃てぇぇえええ!!!」


 乱射される機関銃。空へ、島へ、そして海へ。協商軍に上陸された幌筵島は、夜が明けたら激戦の地獄絵図となる。


 巨大戦艦二隻による艦砲射撃、接近する揚陸艦、そして島から現れる協商兵。


 今までは海さえ見ていれば良かったものの、上陸されたためそうもいかなくなった。


「クソが、クソが、クソがっ!」


 警護を固くした幌筵神社にて、幌筵パラムは憤りを隠せていなかった。


「なぜこうなった!? どうしてだ、あれほどにまで優勢だったというのに! 全てはあの火柱のせいか! そうに違いないっ!」


 床や壁に八つ当たりをしながらパラムはそう怒鳴る。しかしながら、まだ内心は最大限の焦りまでは達していなかった。なぜならまだ勝機を失うところまではいっていないからだ。


 上陸した協商軍はまだごく僅かで、昨日さくじつ飛来した大智たちと『大炎ノ柱』に乗じて揚陸艦を接岸した50余り、合わせても70いるかいないか程度である。


 対して島で戦う同盟軍は神類だけでも9千ほどの大軍で、そこに異世界扶桑からの応援軍が加わって優に1万は超えていた。


 圧倒的な戦力差で、まだ焦る段階にないのは目に見えていたが、それでも異世界扶桑からの人類を目掛けて協商軍が突撃を仕掛け、ほとんどの援軍が死滅した。


 同盟軍も異世界人類を守る気にはなれず、人類の軍団が殲滅されているのを見て見ぬふりをしたと言う。


「この難局くらい手を取り合えば良いものを」


 そう呟くパラムだったが、彼も彼で実際にその場を目にしたら身を挺してまでは守らないだろう。


 大きな砲音、揺れ動く空気。漂う火薬の臭いに頭が痛くなるほどである。


 激戦は、4日目を迎えた。


 海に浮く船と要塞の島。


 この幌筵島要塞戦をモチーフにして、後に異世界扶桑にて映画が作られた。


 そのタイトルが『海の浮舟と要塞の島』。


 映画は人類国家同士の戦争を描き、そこに神類の姿はない。


 それでもこの戦いがもたらした影響は著しく、また作中で、要塞の中で捕虜や島民が虐殺されるという残酷な描写もある。


 この映画を作った監督によると、幌筵島要塞戦で人類がSHARMAに惨殺されたことをモチーフにしてこの描写を入れたという。


 また、この映画以外にもサハ戦争をモチーフとした人類映画は多く作られて、その大半の作品がSHARMA対人類の構図を取っている。そして大抵は人類が勝つ。この時代における人類文明の流行作は、この戦争の影響を受けていると言っても過言ではない。


 そういったメディア化のきっかけとなったのが、この幌筵島要塞戦とも言えるのだ。


「また随分と楽しそうなことをしているのですね」


 神社の中で暴れ歩くパラムにひとつの声が降りかかった。


「誰だっ!」


 パラムは怒った状態でその声の主を見た。


 その主は、真っ白い服に金髪を垂らし、簡素なお面を被っていた。


 その名をカリナと言う。


「あっ、あなた様でしたか……!」


 パラムは跪いて礼をするが、カリナは「畏まる必要など皆無です」とパラムに一言告げると、


「それよりも、昨日のあの火柱はなんですか? 滞在していた勘察来からもはっきりと見えましたよ」


 パラムに疑問を投げかけた。


「あ、あれは協商の仕業にございます。上陸を仕掛けてきた揚陸艦が沈む直前に、乗っていた輩から放たれたのでございます」


 パラムがカリナに返すと、「ふぅん」とカリナ。


 そして彼女は更なる疑問を投げる。


「では、その技を放った神類はどこにいるのでしょう? この世界の守護者として、私はその者と話す必要があります」


「それが分からないのです。火が上がったあと船は沈みましたし、上陸されたわけでもありませんので……」


 パラムが返すと、カリナは「そうですか」とだけ返す。


「まぁいいです、目星は付いていますので」


 カリナはそう告げた。


「め、目星ですか。是非とも教えていただきたく……!」


 パラムはカリナに頼み込む。敵の情報を得ることができるかもしれないと、そう思ったから。


「やめておいた方がいいでしょう」


 しかしカリナはそう返す。お面の下の目は細く、どこか蔑むように彼を見ていた。


 それでもパラムは願った。その敵の情報を知りたいと願った。


「……そうですか」


 カリナはひとつそう呟くと、


「では、こちらにおいでください。それほどにまで願うなら、目星を教えて差し上げましょう」


 手招きをしてパラムを自分の目の前に呼び寄せた。


 パラムが近づいてくると、カリナは徐に電子タブレットを取り出す。


 しかし、その代物は()()()()()()()()()()()ものである。


「それは……?」


 気になったパラムが声を出すが、カリナは気にせずに操作をする。


《《データをダウンロードしています。》》


《《参考データ『北大路魯山人 刻字作å“ã®ç´¹ä»‹』をダウンロードしました。》》


《《参考データ『ç¬¬ï¼˜å›žã€€æ±Ÿæˆ¸æ™‚ä»£ã®æ›¸』をダウンロードしました。》》


《《フォルダ名『H.モ』を開いています。》》


《《開いています。しばらくお待ちください。》》


《《ロード中です。しばらくお待ちください。》》


 画面に表示された文字を眺めて、カリナはロードが終わるのを待った。そして、数十秒してからモニターに、


《《開いています。》》


 と表示されて、その直後に画面が切り替わる。


 それを見てカリナはお面の下で笑った。


 端末に、鞄から取り出した(これまた人類文明に存在しない)端子を差し込み、


「少し目を閉じていてください」


 そうパラムに指示して、自分のお面の方へとそのコードを伸ばした。


 それから何か顔を弄ると、少ししてコードを鞄に戻すと、


「はい、それでは情報をお渡しします。しゃがんでください」


 そう指示をしてしゃがませ、パラムの額に額をくっつけた。


 これで、情報が渡る。


「ぐっ……! ぐぁ……、ぐあぁぁぁあああああ!!!!!」


 パラムは途端に発狂した。それを見たカリナはどこか呆れたように笑い、


「情報を欲しがったのはあなたです。私は一度警告しました。それでも欲しがったのはあなたです」


 そう告げると、


「それが私の目星です。……ですが。ね? 見ての通りです」


「あ……あぁあ……あぁぁあ…………」


 パラムは放心していた。そんなのは気にもしないで、カリナは続ける。


「もしその情報の者が火柱の主なのだとしたら、あなたではまず勝てないでしょう。ですが、一縷の望みはありますよね」


「一縷……の…………望み………………だと…………?」


「えぇ、そうですとも」


「こ、こんな……こんなものを……見せておいて、貴様…………望みなど…………と…………」


 パラムはグワングワンと痛む頭を抱えながらカリナに言うが、それを聞いたカリナは心底呆れた様子で、


「……何を見ていたんですか?」


 と蔑む。


「私は絶望を与えるためにやったわけじゃありません。その意味、篤と理解してください」


 カリナはそう言うと、幌筵神社を後にした。


「まっ、待て……!」


 パラムはそう叫ぶが、頭痛に耐えきれずにその場に倒れた。


「……クソが、クソがクソが……! どうするんだ、どうしろと言うんだ…………!」


 その場で、パラムは床を叩きながら掠れた声を絞り出した。


「どうしたらいいんだ……! この、この存在が向こうにいると言うのならば……! シュムを、シュムを呼ばねば勝てぬ……! シュムを……!」


 這いつくばりながら本殿から外に出たパラムは、腹の下の雪を握りしめて歯軋りをする。


「祖神種なんぞ、上陸させるわけには行かぬわ……!」




ーーーーー

ーーー




「まるで言った意味が通じていませんね」


 やれやれとカリナはため息を吐いた。


「私は目ぼしい奴の記憶を見せただけです。でもそいつ、もう死んでいるじゃないですか。何を見たんですかね。焦る必要なんてないじゃないですか」


 カリナは這いつくばるパラムを神社の本殿の屋根から見下ろして笑う。


「でも滑稽ですね。敵を祖神種と思い込んで勝手に焦るそのざまは。バカじゃないですか、祖神種はあなたのような小物相手に出てきませんよ」


 カリナはそう言うが、少ししてから南西を眺めて呟く。


「……いいえ、そればかりではないようですね。祖神種が皇神種のために出る場合もあるのですね」


 それから海を眺めると、激しく撃ち合う戦艦と砲台が目に入り、


「本当に埒が明きませんね。どちらかの砲弾が尽きるのを待たなければ次の段階には移れなさそうですね」


 そう言うと、その場から飛び去った。


「なぜこうも世界は逆戻りしてしまうのでしょうね。あなたたちは高度で精密な生物兵器のはずでしょうに」


 そうぶつぶつ言いながら、勘察来へと飛び去った。


 彼女はただ、戦況を確かめに来ただけだったのだ。


 そこに用事なども目的などもなく、ただただ戦況を見るために飛来してきたのだった。




ーーーーー

ーーー




もゆるっ!」


 火柱の上がる船の中に飛び込んできたのは、山奈志乃だった。


 だからわたしは燃じゃないって言っているのに。


「燃じゃないってば。わたしは日渡萌加」


 そう返すけど、志乃ちゃんは分かってくれそうになく、


「その力の強さは燃に違いない。確証に変わった」


 などと訳の分からないことを言って、


「私もついてく。あの島でもっと燃の力を見せて」


「だから! わたしは燃なんかじゃないってば!」


 そう怒ったときだった。


「喋っている暇はないぞ。早く脱出する。志乃様も、ついて来られるなら気をつけられよ。能力を使った攻撃でないから、我々も被弾すれば無事では済まんので」


 安久斗がわたしと志乃ちゃんにそう言って船から飛んだ。


 わたしたちも安久斗の後を追いかけて飛び立った。


 わたしたちが島に向けて飛んでいると、正面から幾多もの機関銃の弾が飛んでくる。わたしたちはそれを躱すために散り散りになって飛んだ。


「鬱陶しい。消し去っていい?」


「今はまだ辞めておきましょうぞ。なるべく正体を隠した状態で上陸したいのでな」


 志乃ちゃんに安久斗が返す。


 機関銃を避けながらなんとか島の内陸部まで来ると、わたしたちは降下して上陸した。


 大智たち、大丈夫かな……


 まさかあの機関銃の雨にやられて上陸できていないとかはないよね……?


 花菜との繋がりは確認できるから問題ないんだけど、他の面々との繋がりは持っていないから分からない。


「不安か?」


 そんなわたしを見て、安久斗がそう声をかけてきた。


「まぁ、うん」


 わたしが答えると、安久斗は楽観的に、


「大丈夫だろ、あいつらはこれでへこたれるほど弱くはない」


 と言って、


「それよりも、俺たちの心配をするべきだろう」


 とわたしと志乃ちゃんに言った。


「洞窟とか小屋とか、そういうのがあればいいけど」


 志乃ちゃんはそう言って周囲を見るが、暗くてよく分からない。


「作った方が早そう」


 ポツリと言うと、地面をグニャリと捻じ曲げて穴を開け、小さな窟を作る。まるで力の半分も……いや、2割も出していないような気怠さで、これほどにまで地形を変えてしまうなんて……


 わたしと同じような容姿なりをしているけど歴とした祖神種なんだと実感した。


「火はある。水もある。当面は生活に困らない」


 志乃ちゃんは満足そうに言うが、


「おっと、俺が作る水は飲めませんぞ?」


 と安久斗。それもそのはず、安久斗の能力は『水属性』の『湖』であるため、水と言っても綺麗ではない。


「……そうなの?」


 残念そうな志乃ちゃん。しかしその後で、


「でも関係ない」


 なんて言って、窟の中にいるにも関わらず能力を発動し、また地形を変えていく。そしてどうやったのか、窟の奥の方をグリグリと拡張すると、そこから水を湧き出させることに成功した。


「すごいね……」


 わたしが驚いてそう言うと、


「無理やり水脈にぶつけた」


 と笑う。なんて強引な。


「改めて、これで火と水が手に入った。これで当面は生きていける」


 志乃ちゃんは満足そうに言うと、


「疲れた。寝る」


 そのまま地面に寝転んで、次の瞬間には大人しい寝息を立てて眠ってしまった。


「温まらないと凍死してしまいかねんな」


 安久斗がそう言うので、わたしは火を焚いた。


 その火を囲むようにして、わたしたちは眠るのだった。




ーーーーー

ーーー




 捨子古丹島を制圧した第三艦隊は、自身らは大規模な噴火に巻き込まれることなく次の目標、温禰古丹おんねこたん島に迫っていた。


 一度新知島にまで引き返して、補給、補修を行ってから出立し、冬至後21日の晩に温禰古丹島に砲撃を開始。それと並行して、夜闇に紛れながら上陸を果たした。


 捨子古丹島に比べたら容易に上陸が進み、すぐに島内全域に協商軍がたどり着いて戦闘になる。


 厳しい寒さの中、昼夜問わず戦い続けて、ついに同盟軍を沿岸の要塞から叩き出して砲台と港を占拠したのが冬至後23日。第三艦隊が港に入り、ほぼ全軍が島に流れ込んだ。


 同盟軍は幽仙湖に聳える黒石山に立て籠もり協商軍と戦う姿勢を見せたが、深刻な食糧難に陥り冬至後25日に降伏。


 温禰古丹島に国を持っていた始神種、温禰古おんねこオンネが拘束され、臣と巫女をはじめとしそこで戦った兵士は捕虜にされた。


 冬の幽仙湖の絶景はとても美しく、第三艦隊に乗る羽宮志穂はその景色に、


  〽︎美しや霊峰映ゆる氷上に白き吐息も舞い踊りたり


 と歌を残した。


「山は綺麗。この土地に罪はない」


「何よいきなり」


 志穂は富田蓼の横でそう呟く。蓼が返すと、


「別に。ただ、湖に浮かぶ山ってこんなにも美しいんだって思って」


 黒石山を眺めながら志穂が言う。


「まぁ、幻想的だよね」


 その風景に納得したように蓼が頷いたが、ふと気になって、


富田山(あの子)とはどうなのよ?」


 と尋ねると、


「もちろん、あの子の方がかわいい」


 志穂はニコニコ笑顔でそう返す。蓼は「ふぅん」とだけ言うと、


「で、この山はなんか言っているの?」


「特には。ただの山ってわけじゃなくて、こういう風に湖に浮かんでいるってこともあって、信仰もそれなりにあるみたいだし、満足しているみたい」


 志穂は蓼に言う。


「じゃ、心配ないね」


 何とは言わない。それでも「うん」と志穂が頷いたのは、この前の捨子古丹島の噴火が頭にあるからだろう。


 疲弊した軍隊は、この景色に癒されようとしてなかなか動こうとしない。隣の幌筵島は未だ激戦を繰り広げていて、まだ落ちていないというのに、そこへ助けに行こうなどと誰も言わないのであった。


 だが、応援要請もないというのも確かである。


 第一艦隊と第五艦隊という巨大な艦隊が揃って戦っていて、その戦力も圧倒的なものである。鈍足の第三艦隊では行くだけ邪魔になりかねない現場であり、何かあった時に恰好の的となってしまうことも想定される。


 ……と、北嶺札穂は言うが、要約すると行きたくないだけである。


 また、もうじき来たる占守シュムシュ島の占領戦に向けて、ここまで約20日間休みなく戦ってきた軍隊に休息を与えることも大事な仕事だ。


 そういうわけで、第三艦隊はこの温禰古丹島を新たな拠点として使うことを決めた。




ーーーーー

ーーー




「南から敵兵、5名の集団です」


「どうする? 攻撃する?」


「いいえ、やり過ごしましょう。この小屋に気付いたならば処分しましょう」


「うん」


 少し早く起きた僕は、一晩中能力を使って見張りをしていた喜々音さんに声をかけたら、ちょうど敵兵を確認したところだったようでそう言われた。


 小屋の性能は非常に良い。快適な限りだ。


 強いて言えば、寝床が硬いことか。しかし贅沢は言っていられない。ここは戦地だから。


 敵兵は僕らの小屋には何も気が付かないまま、屋根の上を通り越して進んでいくが、屋根の上を通るたびにギシギシと振動し、小屋の中に音が響いた。


 それに飛び起きたのは竜洋さんだった。


 即座に枕元の刀を手に取り周囲を警戒する。ちなみに彼は真っ先に湊さんを守る姿勢を取る。


 さすが、元渡海の臣家の用心棒だ。


「……今の音はなんだ?」


 僕に竜洋さんが尋ねてくる。


「敵兵が上を通った音です。気付かれずにやり過ごせましたけど」


 僕が返すと、


「それでもこちらにこれだけ音が響くのなら、向こうだってそれなりに音がしているはずだが……」


 心配そうに、未だ警戒しながら竜洋さんが言う。


「……大丈夫じゃない?」


 そう言って起きたのは美有さん。先ほどの話を聞いていたようだ。


「雪を踏む音できっと聞こえない。木の軋む音を聞いても、足元に倒木があるんだからたぶん気にならない」


「私もそう思っていますが、永神種や勘の良い方には通用しないかもしれません。不安なところです」


 喜々音さんがそう言って、「濱竹の巫女様には間違いなくバレそうです……」と若干怯えたように言う。


 濱竹の巫女様って、おな様と言ったっけ。あの人ってただ怖い人のように思っていたけど、勘も鋭いのか……


 気をつけておこう。


「ところで、目下大事な問題を確認しておこうと思うのですが……」


 そう切り出した喜々音さん。僕らの視線が彼女に集まる。彼女は少し恥ずかしそうにしながら、


「お手洗いを、どういたしましょう……?」




 お手洗いの問題は、紗那を叩き起こすことで解決を試みた。


 叩き起こされた紗那は不機嫌そうにしていたが、喜々音さんがここぞとばかりに「あなたは捕虜なんですからね、少しくらい雑に扱われても文句を言わないことです」などと言うので、困惑した顔をしていた。


 紗那を起こしたところでどう解決するのかと言うと、その能力を使って地下室を作ってもらい、その地下室を地下水の流れる水脈にぶち当てることで無理やり水洗式のお手洗いを作ろうという算段であった。


「面倒なことを言うわね。地下に水脈がなかったらどうするのよ」


 紗那はぶつぶつ言いながらもせっせと作業を進める。捕虜らしく働くが、僕らも何もしないわけではない。


 相変わらずその間も喜々音さんは見張りをし続け、僕は紗那の横で凍った土を溶かし、竜洋さんは地下へ新しい空気を送り込んでくれていた。


 なお、美有さんは喜々音さんの隣に座って見張りのお供をしている。つまりは何もしていないのだが。


 まぁ起きているだけいいか。まだ寝ている奴らもいるわけだし。


「……なんだろ、凍ってる」


「すごい氷だね」


 しばらく掘ると、氷の列を見つけた。ということは……


「これ、水脈だけど……」


「凍ってるね」


 寒すぎて、地下を流れる水脈が凍っていたのだ。


「どうした?」


 上から竜洋さんが降りてくる。そして凍った水を見て不思議そうに首を傾げる。


「……地下水は凍るものなのか?」


「凍結深度ってのがあるわね。たしかにそれほど地表から下がっていないから、この辺は凍るかもしれないわ」


 そう言った紗那だが、僕らにはそれ以上の疑問があった。


「なんでこれ、石で水路みたいになってるの?」


 そう、ただの水たまりとかならまだ分かる。しかしここは違う。水たまりなんかじゃない、ちゃんと作られた水路の一部が出てきたのだ。


「あの、進捗の程はいかがでしょうか……?」


 喜々音さんが入り口から僕らを覗き込んだ。


「あ、うん。水は見つけた。凍っているけど」


「それならなるべく早く使えるものにしていただきたく……」


「でも、妙なんだよ」


「そういうのいいから早く……」


「明らかに造られたものなんだ」


「あの早くして、おねがい……」


 あ、はい。ごめんなさい。


 興味も関心も引き出せなかった。物知りさんだから見てもらったら何か分かるかと思ったが、今の彼女にはそんな余裕はないようだ。


「とりあえず、溶かしていいかな?」


「でも、溶かすと言ってもどうするの? この辺だけ溶かしても流れていかないわよ?」


 ふむ、たしかに。こういうのは下流から溶かさないと意味がない。


「仕方ない。これに沿って掘り進めるぞ」


「正気!? どこに出るか分からないわよ!?」


「だがそれしかないだろう。喜々音の尊厳を守るためにも」


「そんなの外でしなさいよね」


「それは言わないお約束だ。それに、俺たちだってあいつのことを言えないはずだ。いずれああなる運命だ」


「ちょっと聞こえていますよ? まるで可哀想な存在のように扱わないでください!」


 竜洋さんと紗那の会話に、上から喜々音さんが文句を言う。


「でも、掘れるところまで掘っていこう。ここの水路が使えれば便利になるのは間違いないよ」


 僕が言うと、


「便利になるって……。あなたたちここに何日住む気なのよ……」


 紗那に呆れられた。願わくは戦わずにここに隠れ続けたいものだけど。


「あーもう! 手伝いますよ、私も!」


 ついに痺れを切らしたか、喜々音さんが上から降りてきた。


「私がこの水路がどこに続いているか確かめます。安全な場所でしたら掘り進めて、危険な場所でしたらやめましょう。いいですね?」


「「はぁい」」

「あぁ」


 そういうわけで始まった、水路探索。


 しかし今思ったが、喜々音さんは自分の能力で排泄はなんとかできるのではないだろうか。適当な場所に空間を繋げて、そこに出せば……


 いや、気にしないでおこう。きっとできない理由があるんだろうな。




 水路は、そのまま島の砲台の真下に繋がっていて、崖の法面から海に水を垂らす設計となっていた。


 つまり、島の地下をずっと流れるものになっていたのだ。


 しかし、出口は砲台の真下ということもあり、安全とは言えなかった。


「砲台は後から追加したみたいですね」


 その設計を見た喜々音さんが呟く。


 砲台の下には決して広いとは言えないがある程度の空間があり、支柱が壊れたら崩れそうな造りだった。


 ちなみにちゃんと穴を掘ってきた。そのため現在、水路は小さなトンネルのようになっている。


「じゃあ磐田、氷を溶かして」


「はいよ」


 そうして僕は能力を発動して氷を溶かしていった。そして徐々に元いたあの小屋に戻っていく。一緒に竜洋さんと紗那も歩いて帰るが、喜々音さんはその場に残って色々と砲台を観察していた。


 ついでに用も済ませる魂胆だろう。


 ある程度の氷を溶かして帰ってくると、湊さんが起きていた。


「ごめんなさい、かなり寝ちゃったかも……」


「別に大丈夫だと思うよ。大したこともしていないし」


 僕はそう返す。


「もう少し休まれてもよろしいかと」


 竜洋さんがそう声をかけるが、


「甘やかさないでほしいかも」


 湊さんは少しご立腹のようだった。


 それにしても、花菜はまだ起きない。だらしなく口を開けて、よだれを垂らして寝ている。


「腰、痛くならないのでしょうか……」


 僕の横から同じように花菜を覗いた喜々音さんが疑問を口にした。


「さぁ? こいつその辺は全く気にしなさそうだからなぁ」


 僕が返すと、


「羨ましいです」


 喜々音さんはそう呟いた。


 そういえば、喜々音さんは寝なくていいのだろうか。


「さて、ではみなさん。目下の課題二つ目、三つ目を提示します」


 そう思っていたら、喜々音さんがふと僕らに言った。また花菜以外の面々が喜々音さんを見る。


 すると彼女は言った。


「食料の調達と、私が寝ている間の監視をどうしますか?」




ーーーーー

ーーー




 窟の中を歩く誰かの足音で目を覚ました。


「……誰だ?」


 隣にいた安久斗も警戒して抜刀していた。


 そんな声にも答えずに迫ってくる足音。


 最大限の警戒がわたしたちに走る。


 そしてその正体が、ついに口を開いた。


「生きていたようで何よりです、濱竹安久斗」


「なんだお前か」


 そう、こんなに警戒したのが損だったと思えるくらいの相手だった。


 まぁそれで良かったのだけど。


「で、どうしたんだ栗伊門。あいつらはお前に任せたはずだが?」


「えぇ、任されたので分散して配置しておきました。あとは各自で生き延びるように、と」


「はぁ?」


 安久斗は顔を顰めて、こいつはバカなのかというような顔をした。


「ですが、理にかなっていますよ。私はろくに靜連邦の神や上神種を知りませんし、ましてあの場にいたどこの国の上神種かも分からないような奴の能力まで瞬時に判断して作戦を組めるような頭脳はありません。ですので、あの状況で最大限の力を発揮するためには、命令をするのではなく自由に本能の赴くままにおのおのが戦うことなのですよ」


 へぇぇ、なんか安久斗と話が合いそうな子だねこの子。


「そんなクソみたいな作戦を立案するとは思わなかったぜ……。はぁ、こりゃ日渡軍はまだしも、袋石や崖川は苦労しそうだな」


 安久斗はそう頭を抱えると、


「萌加、俺は取り急ぎ崖川袋石古田崎軍との合流を目指す。お前はどうする? 日渡の連中を探すか?」


 わたしに尋ねてきた。


「うぇっ!? わたしは……」


 正直、大智たちが心配なところはある。散り散りになって上陸したんじゃ、あの子達がまとまって一緒にいる保証はない。でも、直感的に「バラバラになるはずがない」とも思うし、8割型そう思っている。だっていっつも一緒にいるし。日渡軍だけで行動する時は2、3くらいに別れるかもしれないけど、それ以外の軍がいるときの最小単位はきっとあの面々だと思う。


 それなら、わたしは独りじゃ嫌だ。怖いし、不安だし。安久斗と一緒にあさひや悠生を探す方が安心できる。


 それに、志乃ちゃんに目をつけられているこの現状で、大智たちのところには行けない。事が大きくなるか、ややこしくなるか。それよりも、わたしのことを日渡萌加だと自信を持って言い切れる集団のところに行きたい。


「わたしも、安久斗についていくよ」


「……意外だな。お前なら真っ先に、あいつらのところへ行くと思ったが」


 わたしの答えに、安久斗は目を見開いた。


「わたしだってそうしたいけどね……」


 そう言ってわたしは眠っている志乃ちゃんを見た。すると栗伊門くんが首を傾げた。


「志乃様がどうしておられるのです?」


「どうやら、萌加を祖神種だと勘違いしているようでな。よく分からんが」


 それに返す安久斗は、わたしの事情を知っているのか簡潔に説明した。


「なるほど、たしかにあの火柱は尋常ではありませんでしたからね。その疑惑も立つのも納得です」


 安久斗の説明に納得する栗伊門くん。わたしとしては、そこは否定してほしいところなんだけど、周りから見たらそう見えるみたい。


 たしかに、散々言われてきた。あおいにも恭之助にも、明にも夜鳥にも、知り合ったばかりの安久斗にも。始神種にしては能力が強すぎる、実は祖神種なんじゃないかって。


 でも、わたしにはするがのようなカリスマ性もなければ、あおいのようなズバッとした判断もできないし、しみずのような強さもない。


 そういった総合的な観点から見て、わたしは始神種とされている。


「ま、正体がどうであれ萌加は萌加だ。お前はなんと言われようが自分を見失うな」


 安久斗はわたしにそう言って、


「そろそろ日が昇るな」


 そう呟くと、


「探しに行くか」


 わたしたちにそう言って、外に出た。不本意だけど志乃ちゃんを起こして、そのまま銀の島へと繰り出した。




ーーーーー

ーーー




「なんだっ!?」

「かっ、神の群れだ!」

「撃て、撃てぇぇ!」

「くそっ、例の靜連邦軍か……!」

「つ、強すぎる……!」


 冬至後25日。砲台を襲った濱竹安久斗率いる靜連邦軍であるが、その構成員は永神種6体と上神種2体という型破りなものだった。


 あの日、洞窟を出た安久斗らは無事に崖川袋石古田崎連合軍と合流することができたが、残念なことに袋石の下神種らは揚陸艦より飛ぶことができずに行方知れずとなっていた。能力の強くない下神種の定めであるが、そればかりは仕方のないことである。


 そのため、軍の編成は最弱が上神種の掛川偉重と垂木五明の2体のみ、その次が皇神種の濱竹安久斗と安陵栗伊門、次いで始神種崖川あさひ、日渡萌加、古田崎悠生で、最強は祖神種の山奈志乃だった。


 この軍だけが桁違いの戦力を有しており、砲台を攻めては陥落させ、揚陸艦の護衛をしては確実に上陸させ、僅か8体にして下神種一個師団を殲滅し、その強さは島中に知れていた。


 そうして10日ほどが経てば、もうその集団を見ただけで敵は諦めの境地に入り、恐怖を植え付けるに至っていた。


「……いないわね」


 窟に帰ってきて、崖川あさひは火を囲んで言う。


「もう10日も経つ。さすがにおかしい」


 志乃がそれに続く。


「でも、まだ花菜との繋がりは切れないし……」


「喜々音だって、生命の石がまだ光っているな」


 しかし安久斗と萌加はそれぞれの配下が生きていることを知っている。


「実はこの島に上陸していないとか、そういうオチですかね?」


 栗伊門がそう言うが、


「いや、チキるような連中じゃないな。それよりももっと奇抜な奴らだ」


「この状況を嬉々として楽しみそうな連中だな」


 安久斗の言葉に悠生が付け足す。


 そしてふと安久斗が気がついた。


「そういえば、あの捕虜。紗那栗利というが、あいつの能力が『土属性』の……」


 そこまで言うと、今度は志乃ちゃんがハッとして、


「私たちと同じことをしているかもしれない……」


「たしかに有り得るわ。この穴だってまだ敵に見つかっていないものね」


「それどころか味方にも見つかっていませんね。大いに有り得ます」


 あさひと栗伊門もそれに同意を示す。


「そうだな。そうしたら、次からは穴を徹底的に探そう」


 安久斗がそう指示を出すと、全員頷いて休息に入る。


 靜連邦軍は強すぎるために、一日一度しか出撃しない。さすがにこのゲテモノ編成はその地にいる他の集団から疎まれてしまったのだ。


 それに最近は敵を倒すことは二の次とし、日渡軍の捜索に重きを置いている。それでも幌筵神社の護衛を殺害したり、神社の臣館を焼き打ったりと、色々な攻撃も仕掛けているが。


 日渡軍の捜索の要点が絞られたところで日没を迎え、戦闘は少し落ち着きを見た。ちなみに協商軍が既に多く上陸しているので、艦砲射撃はもう行われず、艦隊は後方へと撤退していた。




ーーーーー

ーーー




「暇だ」


「暇ですね」


「磐田、なにかいい遊びないの?」


「えっ、えーっと……しりとりとか?」


「お、いいね。じゃ言い出しっぺの大智から」


「花菜ちゃんそれつまらないかも……」


「ち……ち……痴漢?」


「終わったんだけど!? てか美有さん僕からじゃないの!?」


「『言い出しっぺの大智』からでしょ?」


「それ一単語なの!?」


 ……あれから何日経ったか分からないけど、僕らは寒さを理由に外に出ることなく、ずっと土の下のこの小屋で生活を続けた。


 しかし、おそらく10日くらい経っていて、もうさすがにやる事も尽きてきた。


 外に出るのは食料を求めて歩くくらいで、その食材も敵襲を受けて地に伏した人類や神類になりがちだった。


 恐ろしいことに喜々音さんと紗那がなぜか手際良く捌いていた。


 なんで解体方法なんて知っているの……?


 ちなみに食べた感想は言わない。正確に言うならば、感情を押し殺して食べたので覚えていないし、意識して記憶しないようにもした。


 ただ、隣で美有さんが「意外といける」と呟いていたことだけは言っておく。


「ねぇ、さすがに暇だから探検しない?」


 そう言うのは紗那だった。


「探検って。外に出るのは嫌よ?」


 花菜が返すと、紗那は首を振る。そして僕らに笑いかけながら、


「ねぇ、気にならない?」


 そう尋ねてきた。


「なにがですか?」


 湊さんがそう返すと、


「あの水路がどこから流れているか」


 と紗那。言われてみれば。


「出口は突き止めたけど、水源は突き止めてないからさ。地下なら地上より寒くないし、もしかしたら金銀財宝ガッポガポ出てきたりして〜!」


 キャー、と何か期待したように紗那。


「金銀財宝……!」


 目を見開く花菜。それを馬鹿馬鹿しそうに見る喜々音さんと美有さん。湊さんと竜洋さんは特に反応なし。


「金銀財宝が眠るかは分かりませんし興味ありませんが、あの水がどこから流れて、安全なものなのか判断するためにも、水源を突き止めることには賛成します。上手くいけば雪よりももっと上質な飲料水が手に入るかもしれません」


 喜々音さんが賛成の意見を言う。馬鹿馬鹿しそうに見ていた割に賛成するとは。


「私も! 面白そう!」


 便乗する花菜。お前は財宝目当てだろ。


「特には反対しません。それにちょうどよく暇つぶしにもなるかも……」


「同じく」


 湊さんと竜洋さんも肯定的だ。


「ん」


 言葉は短いが美有さんも頷いた。


「僕もだよ。面白そう」


 もちろん、興味があるんですよこれが。


「よし、全会一致ね」


 紗那はそう言って嬉しそうに笑う。


「それじゃ行こう、あの水源へ!」




ーーーーー

ーーー




 神紀4998年。


 冬至後28日。


 未明。


「もう、終わりか……? 終わりなのか……!?」


 ヨロヨロと本殿から続く隠し通路を降りていく影が3つ。


「パラム様……」


「お気を確かに!」


 援軍は来なかった。協商に全ての砲台を破壊された。島にはもう、同盟軍はほとんどいない。


 この島も、もう終わりだ。


「……いや、終わらない。終わってたまるか!」


「そうです! 僕らはまだ生きております!」


「命ある限り、必ず逆転ができます!」


 臣と巫女はパラムを支える。


「ありがとうな。それに、そうだ。まだこちらにはアレがある」


「そうですよ、まだ逆転ができます!」


 パラムはおぼつかない足取りで階段を下り、ある扉を開けた。


 地下に広がる、噴水の広場。


 凍結しない空間を目指し、不凍の間と名付けたが、この頃の気象変動により最近はもう凍るようになってしまった。


「お、パラム。俺たちの出番はまだか?」


「そうよ。あたしら待ち侘びてたんだからさぁ」


 そこに、2体の神類が座っていた。


 名前を、志林規しりんきアンツィと阿頼度あらいどアトラという。アンツィは皇神種、アトラは始神種である。


「そろそろと言っても良かろうな。戦況は著しく悪いが」


「おいおい、そうなる前になんで呼び出してくれなかったんだよ。そんなに頼りないか?」


「いいや、お前らには俺が晒されて、協商がこの島を占領してから掻き乱してほしいんだ」


 そう言っていたろ、とパラム。


「あ、あたしはちゃんと覚えてたんだから!」


 アトラがそう言うと、パラムは笑って、


「では先の言葉を信じるならば、早く晒されろと言うのか」


 と少し意地悪めいた発言をする。


「べ、別にそう言うわけじゃ……!」


「冗談だ、軽く流せ」


 パラムは和かにそう返すと、水が凍った噴水の縁に腰掛けた。


「んで、お前はここに逃げてきたのか?」


「いいや、夜は奴らが大人しいからな。朝になったらまた戦争だ。俺はお前らに、最後の確認をしに来たんだ」


 パラムの言葉に、両者はこの島の終焉を悟った。


「ま、お前の意思は分かった。作戦も完遂させてやる」


「いや、そこはこっからの逆転を考えるんじゃないのかいなっ!」


 アンツィにアトラが突っ込みを入れる。それを見てパラムが笑った。


「あぁ、やはりお前らは愉快だな。自らの島を捨ててまでこっちに駆け付けてくれて、心から感謝しているし、申し訳なく感じるよ」


「そんな。あたしらは友達だろ? 当然のことをしているだけさ」


 パラムとアトラの会話に、臣と巫女は涙を流していた。


 また、この空間には志林規国の臣と巫女も、阿頼度国の臣と巫女もいた。


 つまり、割とこの空間は大所帯なのだ。


「ま、なんとかなるさ。俺たちを信じろってんだ」


 アンツィがパラムの肩を叩く。それを強く叩き返すパラム。その目には少し、涙が浮かんでいた。


 が、その時だった。


 突如として、噴水の排水口がガタガタと揺れて、その壁が破壊されたのだった。




ーーーーー

ーーー




「ん、なんか変なのにぶつかった」


 快調に掘り進めていた紗那の動きが止まった。


「どうしたの?」


「わかんない。でもなんか、硬い石の壁みたいな感じがする」


 そう言う紗那に、「どいて」と花菜が言う。そして彼女は能力で大きな丸太を作り出すと、それを抱えて突撃した。


 ガタンッと大きな音。壁にぶつかるような感じとは確かにその通りだ。


「手伝おう」


 それに竜洋さんが手を貸す。もちろん僕らも手伝う。


「「「せーのっ!」」」


 そう掛け声をして、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。


 そして、いつつ。


 ついに壁が崩れ去った。




ーーーーー

ーーー




「誰だっ!」


 俺は声を張り上げた。顔を見る。7体の上神種か。全員知らないな。


 味方か敵か。服には……協商の紋章。


「協商軍か。ノコノコとこんなところまで来やがって……!」


 俺は頗る嫌になった。無意識に歯軋りをする。


「あ……あぁぁ……」


 そのうちの一体が、俺たちの顔を見るや否や、尻餅をついて後ずさった。


「紗那?」


 とある男子がその女子に声を掛ける。ふむ、紗那か。


「ほぅ、貴様は択捉の臣家の娘か」


「ひぃ……」


 明らかに怯えている。


「どうしたのですか、紗那栗利。何か知っているなら……」


「勝てない……! あんなの、勝てない……!」


 別の女子が、紗那家の女に声をかけたところ、そう返した。なるほど冷静だ、それでいい。


「見れば分かるよ、そんなの……。なんて言うんだっけ、道化だっけ? 永神種が3体もいる時点で、踏み込むべきところじゃなかったね……」


 さらに女子だ。ふむ、男女比がなかなかな面々じゃないか。


「違うの、それでも勝てない……!」


「なに、もしかして祖神種がいるの?」


 さらに女。これで女は全員喋った。


「あ、それはいないけど……」


「ならなんとかしましょう。なんとかするしかないんですから!」


 そう言って、とある女子が己の首から何かを取り外して、それを俺に向けて放り投げた。あれは生命の石か……?


 視線がそちらに動いた瞬間。


「『風の刃(ウィンドセイバー)』!」


「『炎の剣(フレイムソード)』!」


 正しく完璧なタイミングだ。2体の男が能力を発動して俺たちに迫ってきた。ふむ。連携力はこの戦争で見たどの協商軍よりもあるな。


 だが。


「やれ」


「「はっ!」」


 カキンッ!


 力はまだまだ、俺の国の臣と巫女の方が強いぞ?


「『粘土人形クレイドール』」


 俺の後ろで、アトラが能力を発動した。


「上神種相手に本気を出す気はないわ。これで遊んでいなさい」


 たしかに『粘土人形クレイドール』はあまり強くはないが、単純に数を補えるから厄介だろうな。今回出現させた数は10体か。なかなかに多い気がするが、まぁ見応えはあるか。


「あなたたちも戦ってきなさい」


「そうだぞ、ほれ。上神種は行った行った」


 アトラとアンツィも自国の臣と巫女を敵にぶつけた。


 さて、それなら永神種おれたちはのんびりと観戦でもするか。


「大智、後ろっ!」


「えっ、ぐはっ……!」


「大智っ!」


「よそ見してんじゃねぇよ!」


「うおぉ!?」


「竜洋!? く……。仕方ないかも。『水斬渡海』!」


 なるほど、良い連携だ。しかし実践経験が足りないか? シミュレーションは上手くできているようだが、動きが乗っかっていないな。


「花菜さん、後方より2体の土人形です!」


「了解!」


「それだけじゃないね、わたしもいるよ〜!」


「あっ、まずい……! 『空間転移テレポーテーション』!」


 ふむ、ここはあんまり関わったことがないのか? それとも不仲か? 連携があんまり上手く行っていないな。


 にしても、厄介な奴がいるな。ちょっと動くか。


「お、パラムどうした?」


「なぁに、空間使いは面倒だからな。動けなくしてくるのさ」


「「「っ!?」」」


 俺の言葉に反応した協商軍。さすがだ、その能力の強さは理解していたか。


「喜々音ちゃん、逃げて!」


「ですが、皆さんが……!」


「いいから逃げろ! 『ウィンド』!」


「だーめ、無効化!」


「な、なんだと……!?」


 ほほう、そうか。そういやそうだったな。志林規の巫女は無能力者だったな。場をかき乱すにはちょうどいい。


「さて、貴様の相手はこの俺だ」


 空間使いの女に近づくと、その間に割って入った奴がいた。


 紗那の娘だ。


「逃げなさい。幌筵パラムは私が引き受ける。どうせ捕虜の身、本当は死んで当然の命なんだから!」


 相当な覚悟だ。怖かろうに、目にこんなに涙を溜めて。でも決してその顔を仲間に見せぬその姿。感動するぞ。


 しかし、元はと言えばお前は同盟こっち側だろうが。捕虜だとしても裏切り行為だな。


「択捉の臣家じゃ話にならんな。退け」


 俺は鼻で笑い、そいつを殴り飛ばした。


「ぎゃぅぁ……!?」


 床を転がり、石の壁にぶつかった女は動かなくなった。その様子を見て、協商軍の空気が一気に凍てついた。


「……貴様」


 目の前の空間使いが俺を睨んだ。


「お、やるのか?」


 挑発すると、女は俺の前から消えた。


 どこだ、どこ行きやがった?


 周囲を見渡すが、そこに一切の影は見えなかった。


「逃げるなんてね。あーあ、かっこ悪い」


 アトラがつまらなさそうにそう言う。確かにつまらないが、面倒な奴がいなくなっただけ良いことだ。


 上神種の戦場を見ると、協商軍の劣勢さが目に見える。全員が傷だらけ。能力が弱すぎるのか、まともに戦えずに傷つけられて立っていられない者もいる。


「『火柱(ピラ・オブ・ファイア)』!」


「『粘土壁クレイウォール』」


「大智、後ろっ!」


「『海流斬フォロースラッシュ』!」


「ぐあぁ!?」


「あ、ありがとう湊さ……」


「なぁんてな! 『氷刃アイスカッター』!」


「きゃぁあ!?」


「湊さんっ!?」


 ふむ、これは先ほどの空間使いが指揮官だったようだな。まるで統率が取れていないし、周りが見えていない。また指揮を執れる、というか任せられる奴がいなくて、焦りが伺える。


 現状、こいつらはポンコツか。


「おいおい、その程度か? 柏原! 奴らを1箇所に追い込みな! 俺がまとめて消し去ってやるからよ」


 ったくアンツィのやつ。俺の臣に命令すんなっての。自分の臣に指示しろよ。


 しかし柏原も柏原だ、俺の指示じゃなくてアンツィの指示に従って律儀に1箇所に追い詰めてんじゃねぇかよ。


「なぁパラム、こいつら処分していいよな? まとめて潰しちまっていいよな?」


「こーら、待ちなさい。こういうのはゆっくり甚振るのが面白いんだから。命乞いをさせてから目を潰して、鼻を削いで、喉を掻っ切って、声も出せずに泣き叫んだところで核を突くのよ」


 相変わらず物騒な連中だ。アンツィもアトラも、そういうところは好きではない。もっとおとなしく振る舞えんものか。


 だが、今回は早々に処分するべきだろう。夜が明けたらまた協商軍が攻めてくる。この空間が見つかって挟み撃ちになるなど、考えただけで嫌な話だからな。


「アンツィ、消し去れ」


「おぉ、任せろ!」


 俺の命令にアンツィは喜んだ。対してアトラは舌打ちした。聞こえてるっての。


 アンツィが協商軍の前に立ったとき、ヨロヨロと一人の男が立ち上がった。


 炎の剣と、抜刀した刀を手に持って、血まみれでアンツィを睨んだ。


「僕が……僕が、死んでも……! みんなは……みんなは絶対に死なせない……!」


「だい……ち……」

「おまえ……」

「そん……な……こと……」


 ほう、なかなかの意思と体力じゃないか。あれだけ痛めつけられたのに、まだ立ち上がるとは。


「つまり、お前から死にたいと?」


 アンツィは笑いながらそう言った。そして同盟側の上神種に、男を押さえつけるように指示した。


「おいアンツィ、あんたそのままあたしの臣と巫女まで殺すんじゃないわよ!?」


「任せろ。こう見えても俺、コントロールは得意だからよ」


 心配でしかないな。


 阿頼度の上神種が押さえているというだけあって、男の能力は無効化された。炎の剣が消え去るが、刀が一本、まだあった。奴はそれを頑なに離さず、どれだけ斬りつけられても、殴られても、ずっと持ち続けていた。


 そして。


「ぬあぁぁぁぁぁああああああああ!」


 驚くほどの声量でそう叫ぶと、なんと阿頼度の臣と巫女を蹴り飛ばして、その刀で臣を斬りつけた。


 一回、二回、三回。そのあとに、首を掻き切る。


「あぁあ……!」


 臣は血を噴きながら地に伏した。


「ちょっ……!」


 言葉を失うアトラ。


「消せっ、アンツィ!」


「あ、あぁ!」


 俺が叫ぶと、アンツィが能力を発動した。彼の能力は『水属性』の『氷』。その中でも使えるのは『氷柱』だけである。


 しかし必殺技は非常に威力があり、当たれば一撃で仕留められるのは確実だった。


「『氷柱弾つららだま』!」


 その声で、大きな氷柱が男を襲った。阿頼度の巫女も、臣を失って自暴自棄になったか男を背後から押さえつけて能力を無効化した。


 たしかに、奴の能力は火だからな。相性が悪い。


 が、驚いた。男はなんと左手に持った刀を自分の腹から貫通させて、後ろにいた阿頼度の巫女の腹部を貫いた。


「うぐっ!?」


 巫女は吐血したが、絶命には至らない。能力はまだ無効化されている。


 しかし、そんな男の背後から一人の女が、


「大智さんっ!」


 と叫んで何かを投げた。男はそれをノールックで右手で掴み取ると、


「『%#*+$(解読不能)』」


 何か言ったと同時に、その剣から大量の水が吹き出した。


「バカなっ、何故だっ!?」


 驚くのはアトラだ。


「……勇様、私たちに……お力を……お貸し…………くだ、さい……」


「きっと……お前ならできるぞ、大智…………」


 屍になりかけた奴らから何やら声がするが、それ以上に驚いたのはアンツィの氷柱がどんどんと溶けていることだった。


「バッ、バカな!? 俺は皇神種だぞ!? 奴が、奴が皇神種だったとでも言うのか!?」


 そう焦るアンツィ。俺も驚きを隠せない。そしてついに、その氷柱は消え去った。


 それと同時に、あの男もようやく倒れる。腹から刀を抜くと、共に倒れた阿頼度の巫女の首を自分の能力で顕現させた炎の剣で掻き切った。


「……そんな……バカな……」


「嘘よ、嘘よ! 許さないんだから……!」


 アンツィは意気消沈、アトラは怒り心頭に発している状態。


 これではまともに統率もできないか。


「深追いはするな、放っておけば死ぬ」


 俺はそう言って、生き残った上神種らに何もするなと命じた。


 そして日が昇る前に、この空間を去ろうとしたその時だった。


 空間にひとつの大きな拍手が響き渡った。


「いやぁ、実に素晴らしいな。よく踏ん張った」


 振り返ると、本殿から続く階段に複数の神類が座っていた。何奴かと思ったが、聞くまでもない。


 その正体を、俺は知っている。


「……靜連邦軍め。遂にここまで来たか!」


「あぁ、驚いたぜ。まさかこんな空間が広がっていたとは。そりゃ何度焼き打っても降伏しないわけだ」


 代表格、濱竹安久斗。皇神種のくせに偉そうな態度。癪に障る奴だ。


「喜々音が教えてくれなかったら、間違いなく気づけなかったな」


 奴がそう言うと、階段の上段に現れた影があった。


 先ほど逃した空間使いだ。さらに女は、なんと瀕死の上神種を全て回収していた。


「いつの間に……!」


「そりゃ、敵の視線を集めている間にガラ空きになった死角を狙うのが鉄則ってものですよ」


「なっ!?」


 背後からの声、そして強い衝撃。腹が捩れそうな痛みだ……!


「貴様……!」


「栗伊門、戦略は全て任せたぞ」


「面倒ですね、変更はしませんよ? する場合はあなたが考えてください」


「バカを言うな」


 安陵栗伊門か。関東統一連邦唯一の皇神種国家の神……! 奴に対して濱竹安久斗は笑うと、凍てつくような鋭い声で、


「俺は今心底怒っているからな、冷静な判断なんぞ二の次だぞ?」


 そう言った途端、アンツィに飛び掛かった。


「なんで俺っ!?」


「俺は貴様くらいしか倒せねぇからな、八つ当たりだ!」


「なんでだよっ!? おい、助けろアトラ!」


「悪いがあたしはあの空間使いを殺すっ!」


「アトラーーーー!!!」


 何してんだこいつらは。


「おい萌加、その始神種は任せたぞ」


「うん。わたしも珍しく、なんの躊躇いもないよ」


「おー、やっちゃえ燃」


「だから違うってば!」


「崖川の上神種は私と共に上神種狩りを。あさひさんと悠生さんはパラムを。志乃様は全体を俯瞰して補ってください」


「私だけ負担多い。減らせ」


「わがまま言わないでください」


「えー」


 ……いや、待て。


 いま知ったが、この靜連邦軍の「シノ」というのは、関東の祖神……


「山奈、志乃……」


「ん、呼んだ?」


 …………………。


「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 なぜだ、なぜだ、なぜだ!? 祖神種が、祖神種がいるだと!?


 どうしてだよ、どうしてだよ……!


 しかもカリナ様から貰った記憶、あれは確かに祖神種の記憶だ……! だが山奈志乃ではないっ! 志乃は『土属性』だ、『火属性』ではないっ!


 となると……。


 あの火を噴いたのは祖神種。あの火を噴いたのは祖神種。祖神種は、どこだ!? あの記憶の祖神種は、あいつはどこだ!?


「みんなを……よくもみんなを…………!」


「お、燃もやる気になったねぇ」


 モユル……!?


 あのチビが、モユル……?


「だから! 何回言ったら分かるのよ! わたしは燃じゃない! 日渡萌加だって、言ってるでしょうが!」


「ぎやぁぁああああ!?!?!?」


「おー、さすがー」


 怒った瞬間に放たれる火柱。炙られるのはアトラである。それを眺める山奈志乃。


 この靜連邦軍の中で、火の能力を持つのはあのチビと最後までしぶとかった上神種の男。……しぶとかった、上神種の男……?


 祖神国家の、臣家……?


「嘘だっ、嘘だっ、嘘だっ!」


「おいおい、どうしたんだよ落ち着けよ」


「ほんとね。私たちまだ何もしていないわよ?」


 なぜだ、なぜだなぜだ!?


「祖神種なんぞ、祖神種なんぞ……!」


 聞いていない! 聞いていないぞそんなことは!


 シュムを呼ばねば、シュムを、シュムを……!


「あー、もう。めんどくさい。どいて、狂ったらすぐ処分しなきゃ。覚醒されたら面倒じゃない」


 なんで、なんでなんでなんでなんだぁぁぁぁあああああ!?!?!?!?!?


「志乃様……!」


「戦果、横取りしてごめんね」


 ……へ?




ーーーーー

ーーー




 いきなり狂い出した。なんて名前か忘れた。


 でも面倒。なんか祖神種に固執してるみたいだし。


 ちょうどいいから燃の力でも試してみたいところだけど、それはあの始神種ざこでも同じことか。


 それなら騒がしい奴から消さなきゃね。なんか祖神種に殺されたいみたいだから消してあげる。


「あー、もう。めんどくさい。どいて、狂ったらすぐ処分しなきゃ。覚醒されたら面倒じゃない」


 古田崎と崖川だったっけ? どっちがどっちか分かんないけど、関係ないや。


「志乃様……?」


 男の方が尋ねてくるけど、意味が分からないな。


 あ、そっか。私が殺すと靜連邦軍の手柄じゃなくなるのか。


「戦果、横取りしてごめんね」


 さて、これでいいや。ちゃんと断った。えらい、賞賛に値する。


 久々に私の国宝、『祖山土神剣そざんどしんけん』の出番。国を滅ぼす時くらいしか使わないけど、それ、今だもんね。


 どこを貫こうかな、胸? 首? 頭?


 ま、どこでもいっか。


 剣を振り下ろそうとした、次の瞬間だった。


「『始阿土神剣しあどしんけん』、オン、『大炎ノ柱』っ!」


 ドガァァァァァァアアアアアアアアン!!!


 ガラガラガラガラ。


 おー、なんかすごい。


 何が起きたかさっぱりわからないけど。


 上からいろんな物が降ってきた。土、石、材木、ガラス、障子。


 あぁ、崩れたんだね。


「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 砂埃が去ると、私の前にいたのは燃だった。


 見慣れない剣。それと、首のない道化の死骸。


「ふふっ、萌加。ムキになっちゃって」


 後ろから崖川だか古田崎だかの声。


「……ふっ」


 濱竹安久斗が笑みをこぼす声。


「おっ、やりましたね」


 栗伊門の声と同時に、何かが倒れる音。


「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 正面では、相変わらず燃が肩で息をしていた。


「手柄は、靜連邦軍のものだね」


 状況を判断して、私は笑顔を作って言う。


「……つ、強すぎるって。なんでこんな強いんだよ」


 まだ生き残ってるの?


「ははは、なんでだろうな」


 呑気に答える濱竹安久斗。殺さずに捕虜にするみたい。優しすぎる。


 しかし、なにか変な気配を感じた。


 なんだろう、これ。なにか、良くない気配がする。


「……燃?」


 この子から感じる。幼い燃から、感じる。不穏な気配が。


「……はぁ、はぁ。……ふはは、ははははははは! ふははははははははははは!!!」


 いきなり笑い出した。怖い。


 その声に視線が集まる。すると燃は、一瞬にして地面を蹴って濱竹安久斗に近づいた。


「っ!? 速い……!」


 濱竹安久斗は避けた。しかし残された、よく分からない道化。


「殺す! 殺す! 殺すぞ、殺すぞ!!!」


「ぎやぁぁぁあああ!?!?」


 一瞬にして道化の首が掻き飛んだ。


「萌加っ!?」


「なんだあいつ……!」


「なぜ今暴走すんだ……!?」


 みんな困惑。濱竹安久斗が応戦する。


 そこに崖川と古田崎も加わる。


「安久斗様!」


 濱竹安久斗の上にゲートが開いて降りてくる上神種。彼女が持つのは……どこかの国の『種国属神剣しゅこくぞくしんけん』?


「これは渡海の……!」


「はい。湊さんが持っていたそうで」


「そうか、ありがたく使わせてもらう! 勇、力を貸せっ!」


 濱竹安久斗はそう言うと、その剣を燃に振るった。


 剣と剣が交差する。その瞬間に、濱竹安久斗が力を込めた。


「渡海勇っ、貴様の核を、解放する!!!」


『任された、安久斗!』


 一瞬にして、その空間に水が溢れかえった。


 いや、ただの水じゃない。海水だ。


「あ、あれは……?」


 ふと瓦礫の山の上を見ると、ギリギリのところで処置が間に合って一命を取り留めた上神種たちが目覚めてこの戦いを見ていた。


「どの国にも存在する、国宝とされる名刀『種国属神剣』の一種、私たち渡海の『皇渡水神剣こうとすいじんけん』です」


「国宝は、その剣に神の核を宿すことで完全体となる。しかしそうなるためには、神があの剣で貫かれなければならない」


 説明してくれた。物知り上神種たち。


「……清庵が、あの剣で勇様を貫き、勇様の核はあの剣に吸収されました」


「よって消滅し、国家転覆だ。そのあとは清庵が持っていたが……」


「混乱に乗じて最後の最後で私が奪い取りました」


 たくましい子たちなことで。


「つまり、あの剣には勇様が……?」


「えぇ。だからあの時、大智さんが使って皇神種の攻撃を打ち消せたんです。勇様の力ですから、もちろん皇神種の力です」


「そうか、あれは『水斬渡海』じゃなかったのか……」


 知らずに使っていたとは。


 にしても、燃は塩に弱いみたい。もう寝ちゃった。


「……はぁ。全くだな、こりゃ」


『萌加も大変だ。というか、こんな寒いところまで来て、お前らも大変だな』


「お前も生きていたら来ていたんだぞ?」


『嫌な話だ』


 剣と会話をする濱竹安久斗。でも、剣の力はもうおしまい。名残惜しそうな表情。珍しい。


 でもまた必要な時に出てくるんだから、そんな寂しそうな顔をしなくてもいいのに。


「さて、晒しに行きましょう。この島は陥落したわ」


「しぶとかったな」


 一件が片付くと、古田崎と崖川がそんなことを言って、臣と巫女の首を斬り、燃が斬った道化の首も回収して、瓦礫をかき分けて地上に出た。


 濱竹安久斗は燃を背負い、栗伊門は神社の廃材で器用に車を作ると上神種たちを乗せて転がす。


 砲台に出てくると、同盟軍が私たちを見て襲ってくるが、神の首を高らかに掲げて見せると戦意が削がれ、意図も容易く降伏した。


 幌筵島要塞、ここに陥落す。


 あぁあ、おしまい。さ、船に帰ろ。




ーーーーー

ーーー




 神紀4998年冬至後11日夕暮れ。


 扶桑国の大艦隊は再びサハ大陸へとやってきた。


 相変わらず迎え撃つのは協商軍第二艦隊で、済田政樹の指揮で戦闘が進められた。


 第二次大陸防衛戦の幕開けである。


 これより2日の間、サハ大陸を巡って激しい海上戦が繰り広げられる。


 今回、扶桑国は戦闘機と爆撃機まで用意してサハ大陸を落としにかかったが、結果は言うまでもなく惨敗。第二艦隊とサハ大陸に設置された大砲が火を噴き、航空機を次々と撃ち落とした。


「もう諦めればいいものを」


 政樹はそう呟くが、異世界扶桑が諦めるはずもなく、ヨロヨロと撤退して行ったのが冬至後13日の未明のことで、その15日後には再び大軍を率いてやってきて、懲りずに戦闘状態に突入した。


 第三次大陸防衛戦である。


 しかし、扶桑の大艦隊は何度もやってくる割に着々と戦力を削がれていて、3度目ともなると戦闘継続力も落ちてきて、僅か6時間の戦闘で帰っていった。


 済田政樹は深追いをしなかったが、柄江浦を占領する千羽舞に伝令を出し、扶桑国の首都、勘察来へと向かい、サハ大陸(樺太島)の利権が完全に神類のものであることを認めさせ、扶桑国が二度と手を出してこないようにさせろと指示した。


 それを受けて舞は千羽の軍を引き連れて勘察来へと向かい、力尽くで議会に突入。祖神種が率いる神類相手に警護隊が対応できるはずもなく議事堂は無力化され、千羽国が一時的に扶桑議会を占拠した。


「扶桑国に参政する諸君、聞きたまえ!」


 舞は登壇すると、マイク越しにそう声を張った。


「私の名は千羽舞、関東統一連邦所属南四連邦の祖神の一角である!」


 マイクは舞の声量に耐えきれずキィィンと音を立てるが、舞は気にすることなく話し続ける。


「貴様ら下賤な人類が私らの占領地を犯すことなど認められない。サハ大陸は我々神類世界にあり、人類が易々と手を出して良いものではない!」


「何を言う! 貴様らだって我が国の領土を占領しているだろうが!」

「皇国を通り樺太へ抜けたことは棚に上げるか!」

「この大陸かて我々の国土、お前らSHARMAが占領しているのはおかしな話だ!」


 舞に対してヤジが飛ぶ。


「私たちが占領する柄江浦は、ちゃんとあなたたちと戦争をして勝って手に入れた領土だ。しかし貴様らは違うだろう? 三度も出撃して全て撃退され、無様にノコノコと帰っていって。手に入れられないものを高望み醜態を晒す姿はなんとも卑しくて仕方がない」


 舞は笑いながらそう告げた。


「お前らは北賊と同盟を結び、本来なら無関係な神類文明わたしらの戦争に首を突っ込んでしまった。その罰として柄江浦は私たちが統治する。そして負け組のお前らは神類の領地であるサハ大陸に二度と手を出すな。そしてこの戦争が終わったら完全に列島からも退け。戦争への参加は認めてやるが、サハ大陸連邦はすでに降伏しており、それを奪還することなど考えてはならない。まして神類が奪還を謳うならまだしも、その地を持っていなかった貴様ら人類が奪還を謳うなど言語道断。サハ大陸は我らが領土。繰り返そう、サハ大陸は我らが領土だ。貴様ら人類は、二度とサハ大陸に近づくな!」


 舞がそう大きな声で言うと、「よかろう」という声が舞の耳に届いた。


「首相……!」

「おい老害っ!」

「野沢も退陣せよ!」

「はやく解散せよこの老害めっ!」


 今度はその声に反応して議会が紛糾する。


「ただしじゃ、ただし!」


 野沢吉郎首相は、その声を掻き消すように大声を上げ、舞を見た。


 そして舞の隣まで歩いて行くと、直接目を見て言う。


「柄江浦は返してもらいたい。樺太は、元を辿れば我らが日本本土の一部であるが、今や貴様らSHARMAのもの。伝承によれば五千年もの支配が続いており、我々が固執するものでもなかろう」


「弱腰外交!」

「退陣、退陣!」

「樺太島を含む日本列島は我らが祖国の本土だ!」

「解散だ、解散!」

「貴様が決めることじゃないぞジジイ!」


「じゃがな、この通り扶桑国は、SHARMAが蔓延るの列島を本土と看做しておる。扶桑国に限らず、日本皇国や帝政日満なんかも列島を古代本土だと主張し、さらには韓半島王朝も固有の領土と主張しておる」


「面倒だな、人類国家は。五千年もの間かつての本土に固執するなんて」


 舞は正面の老人にそう相槌を打つ。


「そうじゃ。じゃが、我が国はここで決めようと思うんじゃ。これだけSHARMAから酷く攻撃を受け、大きな損害を出してまで、国民の誰も足を踏み入れたことのない島々を本土と認め続ける必要性があるのか否か。議会で、さらには国民にも問いたいのじゃ」


「断固反対!」

「列島は我が国の本土に違いないっ!」

「弱腰外交!」

「生物兵器にまで下に出るか!」


 ヤジはより一層大きくなった。それを見て舞がため息を吐き、


「静かにできないの、ゴミ虫どもが。ここで交渉が上手くいけば、柄江浦が還ってくるかもしれないのに」


 と言った。


「生物兵器がっ! 我が国の問題に口を挟むな!」

「黙っていろ!」


 舞にまでヤジが飛ぶ。イライラした舞は能力を発動して議員を消し炭にしようと試みたが……


「『打消エトゥフェ』」


「っ!?」


 舞が能力を発動させようとしたときに、その能力を打ち消した存在がいた。


 それは天井からふわりと舞の背後に降り立つと、


「よくないですね、ここは神類のいるべき場所じゃないですよ?」


 舞にそう耳打った。


「カリナ様……」


 舞は冷や汗を垂らしながら、その声の主の名を呟いた。


「かっ、カリナ様だっ!」

「ははぁ……!」


 扶桑の議員は全員が全員頭を下げて見せた。


「千羽舞。あなたの、南四の要求は分かっております。話は私が付けておきましょう。神類が人類国家の議会を荒らすのは良くありません。あなたはとりあえず、あなたの占領地へと帰ってください」


「はい、分かりました。お任せいたします……」


 舞はカリナにそう言うと、千羽軍を率いて柄江浦へと帰って行った。


「さて。そういうことで、私がSHARMAの代理を務めましょう。国会のあとで、首相と外務大臣、国防大臣は第二会議室に集まるようにお願いします」


 カリナはそう言うと、野沢首相に「では、任せました」と国会の主導権を渡すと、そのまま外へと出て行った。




ーーーーー

ーーー




「それでノコノコと帰ってきたのですか?」


「そうよ、何か文句でもあるの?」


「いいえ、別に」


 柄江浦占領司令部にて、済田政樹と千羽舞は対談する。


「ですが、あのお方。本当にどこにでも湧きますね」


「敵か味方か曖昧なところなのよね、ほんとに。創造神と自称されるけど、私たちを造った人類のうちの一人とは思えないし。それに能力まで使えるあたり、人類ではない気がするし……」


 舞はため息を吐きながらそう言った。


「それで、結局サハ大陸は我々神類文明のもので、扶桑国以下人類国家は手を出せないものと認められたわけですね。サハ列島に関しては戦争の行く末次第と今のところはなったようで。まぁ舞に命じた内容が通ったというのを見ると、敵ではないのは確かなんですがね……」


 それでもカリナは信用できない、と政樹は思っていた。


「そして柄江浦は、この戦争の決着がつくまで現状のまま神類が占領して、戦後にその在り方を考える、ね。それでサハ大陸の奪還は、世界北部同盟の一員であるサハ列島連邦が謳う分には認められて、扶桑国が自ら柄江浦の報復として謳うのは禁止。でももし占守シュムが大陸を奪還しろと扶桑の艦隊に命じたなら、その限りじゃない。まぁいずれにせよ、これで扶桑は自らの意思で私たちに攻撃できなくなったわけね」


 扶桑国から出された決議書を見ながら、政樹と舞は意見を交わす。


「現在のサハ列島連邦には、戦力を大陸に割くほどの余裕はないでしょう。扶桑だけで奪還することはもう不可能だと、三度みたびに渡る戦いで明白になりましたし、上手い具合に決着したと思いますがね」


「そうね」


 そう言ってコーヒーを啜る政樹。対して苦いのが飲めない舞はココアを飲んだ。


「さて、もう一踏ん張りですかね。追い詰めるところまで追い詰めましたからね」


「えぇ。残る島はあとひとつ」


 そうして政樹は机にあった果物ナイフを手に取ると、壁に貼り付けてある地図に向かって投げた。


 そしてナイフは地図上のとある島に刺さった。


「「占守シュムシュ島」」


 カムチャツカ半島最寄りの小島、幌筵島のすぐ隣。


 サハ列島最北の、サハ列島連邦の首都。


 占守シュムの護る、最後の要塞島だ。


 戦争はもう、終盤に近い。

 みなさん、こんにちは。ひらたまひろです。

 なんと、歴代最速記録を更新しましたよ!

 この分量を4日で投稿にこぎつけました……!


 浮かれてすみません、今回は1万字程度前回から持ち越した部分がありますので、それもあって執筆ペースが早かったですね。その部分は日渡パートですね。元旦祭と、明と俣治のシーン。元旦は前回の話で迎えているし、日渡で読まれている新聞が捨子古丹島の戦いと防衛線突破の大海戦というところから推理することができると思います。

 それにしても、今回はずっと書きたいと思っていた部分でした。当初予定していた話とは少し変わってしまったのですが、それでも大智くんの底力を書けたと思っております。あ、今更ですが、主人公は彼ですからね?

 本当はもう少し工夫して書きたかったんですが、表現不足です。戦闘描写は苦手なんですよ……。得意なのは会話文ですね。書いていて楽しいです。

 それはそうと、しりとりの会話。地の文なしで最初進むので、誰が誰か分からない可能性が出てきそうなので、名前入りVer.を下に貼っておきます。


竜洋 「暇だ」

喜々音「暇ですね」

栗利 「磐田、なにかいい遊びないの?」

大智 「えっ、えーっと……しりとりとか?」

花菜 「お、いいね。じゃ言い出しっぺの大智から」

湊  「花菜ちゃんそれつまらないかも……」

美有 「ち……ち……痴漢?」

大智 「終わったんだけど!? てか美有さん僕からじゃないの!?」

美有 「『言い出しっぺの大智』からでしょ?」

大智 「それ一単語なの!?」


 こんな具合でした。なるべく口調で特徴を出すようにしましたが、それでも難しいかと思ったのでこの場を借りて補足させていただきました。


 さて、ついにサハ戦争も終盤ですね。残る島はあとひとつ、占守島だけです!

 最後にして最強の祖神国家ですが、結末は如何に……!?

 ということで、次回の『サハ戦争・壬』でお会いしましょう。流石に4日とかいうスパンで投稿できないと思いますので、次はまた1ヶ月半ほどお待ちいただくと思います。

 では、(今度こそ)よいお年を〜!


 2023.12.29.5:00 ひらたまひろ

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― 新着の感想 ―
やはり明様の正体は……。安久斗様といい頭のキレる神類は恐ろしいですねホント。そして主人公の意地を見せた大智、まさか勇様は完全に死んだわけでは無かったとは!別れ(また会えるっちゃ会えるけど)を惜しむよう…
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