庚
「蛇松様っ!」
「みずき様! しみず様!」
世界北端の冷たい海で、沈みゆく船の甲板が騒がしくなる。
沼国臣と巫女、沼津間門と千本郷りん、伊月場国臣と巫女、御殿場清後と須走あざみが、甲板で倒れる神々を見つけたのは、カリナと蛇松らが戦闘を終えて数十秒後のことだった。
「臣様っ! もうダメです! 沈みます……!」
船の中からは、操縦を任されていた沼国の兵たちが間門に対して声を上げている。
「くそっ! この状況からどうしろと……」
間門は倒れ伏す神々と冷や水に浸かりゆくデッキを交互に見ながら歯軋りをした。
「私たちにできることを探しましょう」
そんな間門に、巫女のりんが声をかけた。間門は一旦深く息を吐くと、「そうだな」と落ち着いて見せた。
「こんな時、みずき様ならどうされるか……」
そんな時に、清後がポツリとそう呟いた。
その言葉がきっかけで、間門の思考が加速する。
「……それだ!」
いきなり声を上げた間門は、清後の肩をグッと掴んで語る。
「清後さん! 海底に山を作ってくださいよ、今すぐ!」
「はぁあ? なんだよ急に……」
「船の底を地につけるんです! これ以上沈まないように!!」
必死に言う間門の作戦をなんとなく理解したのか、あざみが間門の意見に賛成した。
「やりましょう。きっとみずき様ならそうされるはずです」
それに対して清後は「ふむ」と唸ると、
「分かった、やってみよう。しかし俺の実力ではせいぜい100メートル地面を盛り上げるのが限界だ。ここの水深次第では計画が頓挫するが、いいか?」
「それでも、やらないよりは良いでしょう」
間門はそう言って微笑んだ。その笑みに頷く清後。そして能力を発動する。
船の上にいる者の目には見えないけれど、徐々に海底を盛り上げていく。
「ぐぬぬ……」
だんだん、清後の顔に苦しさが滲み出てきた。
「どうですか?」
あざみが尋ねると、清後は苦しそうに「そろそろ……厳しいぞ……」と答える。
まだ船底はつかない。船は未だに沈んでいく。船の中にいた乗組員がわらわらと甲板に集まってくる。曰く、動力機関がやられて火が出たとのことだった。
「……やはり厳しいか」
間門はひとつ呟いてため息を吐いた。
「蛇松様、あなた様ならどうされるのですか……?」
眠る蛇松に、間門は震えた声でそう尋ねた。
沈みゆく船に、不安だけが立ち込めていた。
ーーーーー
ーーー
ー
「にしてもさぁ、君も物好きだよね」
「なによ?」
神紀4997年冬至前4日。得撫島から一隻の高速船が、旧渡海国福田港に向けて出航した。
船は中京統一連邦が開発したもので、定員8名ととても小さい。
操縦するのは、この船の持ち主である三津連邦の上神種である。
この船は、この戦争では三津から南四に貸し出され、第一艦隊と行動を共にしていた。だから指揮権は南四連邦にあったが、靜あおいが東輝洋介に「年末の一時のみ借用したい」と申し出たため、一瞬だけ靜連邦に貸し出されることとなった。
そこで、靜あおいの命令で宇治枝恭之助が代表で乗り込み、第一艦隊の停泊する新知島から、第五艦隊の停泊する得撫島まで向かった。そして得撫島で兎山明を拾うと、明と萌加を交換するべく日渡へと向かったのだった。
その船の中で、明と恭之助が会話をする。
「君は国の上に立ちたくないって言って頑なに拒否すると思っていたけど」
「そりゃ嫌よ、神治の頂点なんて。でも萌加に任せておいて日渡や西部がこれ以上荒れたら目も当てられないわ。よく考えたら、萌加ってイチから独力で国を築いたことがないのよ。吸収もしたことないし、その面に関しての手際が良くないのは当たり前なんだけど、あまりにも横暴すぎるというか……」
「感情的すぎるね」
「えぇ。あれでは渡海の民はもちろんのこと、元から日渡にいた民たちからも信頼を失うわ」
そう言って、明はひとつため息を吐く。
「まぁたしかに、萌加はつい最近まで自国民に姿を見せていなかったからね。日渡の民はまず神がいるかどうかを疑っていたし、その影響で神への忠誠心はおろか信用も少ない。それでもって感情的で乱暴な振る舞いを見せつけられたら、国民からしたら溜まったものじゃないね」
恭之助はそう明に言った。
「あんな子だとは思わなかったんだけどね……」
その言葉に、どこか悲しそうに明は呟くのだった。
船は1日半ほどで日渡に着いた。
福田港には、日渡萌加と磐田大志、御厨いちかともう一人。
「たまたま居合わせたのかしら? それとも、家を代表しての正式なお出迎え?」
鎌田涼菜がいた。
彼女は明の言葉に「先ほど神社を伺ったら、いちかから明様が戻られると聞いたので」と返し、偶然居合わせたのだと主張した。
「そう。それなら良いのだけど」
そう返す明は、どこか満足げだった。
「ごめんね、わたしが何もできないばっかりに……」
船から降りた明に、萌加が申し訳なさそうな表情でそう告げた。
「いいのよ。あなたのことを叱責したくせに、その解決策を提示しなかった私にも責任があるわ」
明はそう言うと萌加を優しく抱きしめて、
「あとは私に任せておきなさい。そしてあなたは、思う存分気の済むまで暴れてきなさい」
その言葉に、萌加は胸の中で涙を堪えたような表情をしたが、その直後にニタリと笑みを浮かべた。
「じゃ、そろそろ。向こうは寒いから、達者でやりなさいよ」
明が萌加に伝える。
「うん。明こそ、この国を頼むよ」
萌加は明にそう微笑むと、恭之助の待つ船の中へと足を踏み込んだ。
「じゃ、明ちゃん。元気でね」
「あなたも。南四に振り回されてないで、靜連邦の意地を今以上に見せつけてきなさいな」
恭之助が船から顔を出して明に告げる。その言葉に明はそう返した。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。ご武運を」
「お気をつけて」
一方、萌加は大志といちかと挨拶を交わした。
その後すぐに、船は動いた。
港を出て行き、見えなくなるまで見送ると、
「さて、私たちも行きましょうか」
明の言葉を合図に磐田神社まで向かうのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
海の上を滑るように進むこの船という乗り物は、あまりにも揺れが酷くてたまらなかった。
恭之助は特に何も思わないようで、ただただ紅茶を片手に座っているけど、そんなことはわたしにはできなかった。
「ねぇ、あとどのくらいかかるの……?」
わたしは込み上げる吐き気に耐えながらそう尋ねると、恭之助は、
「そうだね、天候次第だけど少なくとも1日はかかるよ」
なんて言ってくる。
「そんなに遠いの…………」
もう嫌になってきた。半日近く乗っているというのに。もう日が暮れたというのに。
「仕方ないじゃないか、今から行くのは世界の北端なんだからさ」
そうは言うけど……。
はぁぁ、みんなはこの道のりを通ったんだもんなぁ。すごいよ、ほんとに。
うぐぐ……。わたしはもう限界かも。
気づけば恭之助の言葉に返すこともできなくなっていた。
「萌加ちゃん?」
わたしが返事をしなかったことを不思議に思ったのか、恭之助が紅茶から顔を上げてわたしを見る。すると彼は目を見開いて、
「萌加ちゃん!?」
慌てたように椅子を立った。そして近くにあったゴミ箱を手に取ってくると、わたしに差し出した。
直後……。まぁ、話さなくても、分かるよね。
船はわたし、苦手だよ……
ーーーーー
ーーー
ー
「萌加様!」
「お久しぶりです!」
僕と花菜は、その顔を見るやすぐに駆け寄った。
「うん、久しぶり……」
しかし萌加様はどこか優れない顔色、声も不安定で、誰がどう聞いても本調子でないことは明白だった。
「どこかお身体が優れませんか?」
そう尋ねたのは湊さんだった。
「実はさ、わたし、船が得意じゃないんだ。さっき知ったんだけどね。すぐ気持ち悪くなっちゃって」
萌加様は困ったように笑いながら、しかしどこか苦しそうにその笑みは引き攣り、先ほどと同様に不安定な声で返される。
「そうなんですか? だとしたら、この部隊は基本船の上での活動ですので少し不安ですね……」
そう言う竜洋さんに対し、萌加様は驚いたように「うぇ!?」と声を上げ、
「もう船やだよぉ」
と泣きそうな声で言った。
「駄々をこねるな。情けないぞ、神がそんなんじゃ」
そんな萌加様に一喝したのは、もちろん安久斗様である。
「そうは言うけどさぁ……。さっきまで一回も乗ったことなかったんだから自分でも分からなかったんだよ、船が苦手なんて」
安久斗様の言葉に萌加様はそう返した。
「ま、そのうち慣れるだろ。それよりも、お前はまず、誰かに何かを言わなきゃならんと思うが」
安久斗様は萌加様に、真面目な顔つきでそう言う。萌加様は少し考えてから、
「……なんとなくは、理解しているよ。でも……」
と元気のない声で渋った。
「情けないな、意気地無しめ」
安久斗様はそんな萌加様に冷たくそう声をかけた。今まで見てきたこのお二方のやり取りの中で、最も緊張した空気になっているように思った。
「……それでも、わたしは謝れない」
萌加様は、重く呟いた。
「そうか。だが、いつまでもそれではなるまい。今のお前を見ていると、昔の俺を思い出す。きっと後悔するぞ。そして、取り返しのつかないことになるぞ」
安久斗様はやはり冷たくそんな言葉をかけた後で、
「いつか大切な仲間に裏切られ、見慣れた国が灰になり、その心が荒んでも尚その闇は終わらず、お前を蝕み続けるぞ。今のこの一瞬で伝えられるか伝えられないかで、もしかしたら未来が全て覆る可能性がある。それだけは覚えておけ」
と告げる。
「……言いたいことは、分かってる。分かってるからこそ、わたしは謝れない。それはどうしても譲れない。わたしはまだ、わたしの中であの頃から考えが変われていないから」
萌加様はそう言って安久斗様を真っ直ぐ見ると、
「謝るだけなら簡単なことだよ。でも、それに気持ちを込められるかどうかはとても難しい。プライドとか、勇気とか、恥とか、そういうのじゃない。わたしが謝れない理由は、わたしが何も変われていないから。平べったい、上辺だけの言葉をかけられても嫌でしょう? でも今のわたしは、そんな言葉しかかけられない。明が渡海政策で成果を出して、わたしが自分を見つめて、状況が好転したその瞬間にこそ謝らなければ意味がない。だからそれまで、わたしは謝らない」
「そうかよ。ま、言いたいことは分かったが、上辺だけでも声をかけてやればどうかとは思うぞ。そこまで考えているなら尚のことだ。深く頭を下げるのは後でいい。それはお前の気持ちが乗ってからでいい。でもそれ以前に、あれだけ悲惨な状況を作り出しておいて何も言わないのは不道理であり、ただの暴君だぞ。士気にも影響が出かねない。負担をかける言い方かもしれないが、この戦争で日渡上神種をまとめあげていたのは兎山明だ。お前はその後釜だ。日渡派、兎山派、渡海派の、生まれも育ちも考え方も大きく異なるこの連中を、果たして今のお前にまとめ上げられるか?」
安久斗様は萌加様に対して厳しく言うと、簡潔に、
「今のお前には無理だ」
と告げる。その言葉に萌加様の表情が曇った。それを見て安久斗様が、
「これ以上は言わずとも分かるだろ。最終的に決めるのはお前だ。だがな、心よりも上辺の方が大事な瞬間がこの世にはある。覚えておけ。そして、それに気づいて上手く使え。お前は良くも悪くも、そういうところが真面目すぎるんだ。普段大雑把な癖にな」
そのあとで安久斗様は小さな声で「ったく、そういうところも鏡みてぇなやつだ」と呟いた。
「……わかった」
萌加様は少ししょぼくれながらも頷くと、
「湊、竜洋。あとで少し話そう」
と指名した。
「はい」
「承知いたしました」
湊さんと竜洋さんは萌加様に頭を下げながらそう返した。
「俺からはそれだけだ。ま、年が明けるまでに船に慣れろよ。関東曰く、元旦2日から暴れるようだからな」
安久斗様は僕らにそう告げると歩き出し、すれ違いざまに軽く萌加様の肩を叩くと、そのまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
残された僕たちにはしばらく沈黙が訪れていたが、
「萌加様」
湊さんが萌加様を呼び、
「上辺だけの言葉なら、私たちには必要ありません。安久斗様はああ仰いましたが、私は萌加様の意見に全面的に同意しています。謝りたいけど今じゃない。今謝るのは自分が納得できないとお考えなのでしょう? でしたら、私たちはそれで十分でございます。謝ってほしいわけではありませんが、謝る気が見えないのには腹が立ちます。ですがそうではなくて、萌加様から謝罪の意思が見受けられたので私たちとしては十分です。ね、竜洋」
「湊様のお言葉の通りです。俺としても同じ気持ちです。渡海が今のようになってしまったのは、元を辿れば忌々しき清庵とやらのせいです。たしかに萌加様にも非はございますが、それ以上にあの憎き叛逆者こそが悪にございます。ですので、あまり思い詰めない方がよろしいかと。荒廃したのなら、これから立て直せば良いのです。信用がなくなったのなら、これから回復すればいいのです。もちろん思うところが何もないわけではありませんが、なってしまったものは仕方ありませんので、こうなった以上全力で萌加様に……我らが神様にお仕え致すだけに存じます」
竜洋さんはそう言って萌加様に頭を下げた。続いて湊さんも頭を下げる。
「ふたりとも……」
萌加様は今にも泣きそうな声で、
「分かった、ありがとう」
と声をかけると、「それと、」と前置きをして、
「国民を殺めて……弟妹を殺めて、ごめんなさい。本当に、本当にごめん。ごめんなさい」
長いツインテールを足元まで垂らして頭を下げた。
「お、お顔を上げてください……!」
「そうですよ! それにさっき、謝らなくていいって話を……」
湊さんと竜洋さんはあたふたしながら萌加様に声をかけている。しかし萌加様は深々頭を下げたまま、
「あなたたちの言葉で、わたしはまずひとつ心のモヤモヤを無くせた。臣と巫女の命で全てを終わらせるなんて言っておきながら、最終的には国民のほとんどを焼き殺した。その事実は消えないし、ずっと背負うことになる罪だと思う。でも、その身内であるあなたたちがわたしを受け入れてくれて、慕ってくれて、これだけ優しい言葉をかけてくれるなんて、奇跡にも近いこと。だからわたしは、わたしを見つめることができた。あなたたちのまっすぐな、歪みのない透き通った綺麗な心が、わたしの心を洗ったの。だから、まずひとつ、謝る」
萌加様はそう言い終わると頭を上げて、
「でも、まだひとつ謝れていないことがある」
と言う。それに対して湊さんが、
「いいえ、それはいいですよ。謝られるよりも、渡海の活気が戻ったときに、このみんなで楽しく福田神社で騒ぎたいです。ですので、神様。どうか私のこの願いを叶えてください。謝る必要なんてないですから。あの頃の渡海に負けず劣らずの空間を一から築いていきましょう」
と言った。萌加様はそれに対して「うーん……」と唸っていたが、
「うん、分かった。じゃあ謝らない。その代わり、絶対にその夢を叶えよう。わたしが、じゃなくて、みんなで!」
と明るく言い、いつも通りの屈託のない笑顔を浮かべた。
その言葉を聞いて、僕らは頷き合う。
「やりましょう! 必ず、創りましょう!」
そう花菜が元気よく言う。
「あぁ、もちろんです。俺たちみんなで渡海を復興させるんです」
竜洋さんが強く頷いた。
「いいね。いちかも大志くんも、みんなで」
静かな美有さんも和かに笑ってそう言う。
「うん、必ず。渡海をもう一度創っていこう!」
僕がそう言うと、みんなが頷いた。
「なにがあったのか全く分からないんだけど」
沸き立つ僕らの外側で、紗那がそう喜々音さんにぼやいた。
「日渡は少し複雑ですからね。でも、少しは理解できるんじゃないですか? 滅ぼした側と滅ぼされた側の溝が埋まった瞬間ということくらい」
喜々音さんが紗那に言うと、
「……埋められるのかしら、そんな簡単に」
と紗那は不機嫌そうに言う。
「でも現に、あなたも少し理解できるところがあるのではないですか? そうでなければ、今わたしたちと一緒にいないでしょうし」
喜々音さんが紗那に言うと、
「この面々に対して恨みや憎悪はないもの。でも、私は未だに大連邦協商は嫌い。関東統一連邦も嫌い。特に南四は大っ嫌い。あいつらとはどれだけ頑張っても仲良くなれない気がする。だから素直には共感できないし、理解できるものでもないの」
紗那は冷たく言うと、自分のベッドにモゾモゾと入っていき、僕らに背を向けるようにして布団を被った。
少し気分を害してしまったようだ。反省しなければならないかもしれない。
「やぁい、皆の者! 今日は無礼講だぁぁ!!!」
その夜、僕らは得撫島の神社に集められた。占領地に堂々と作られた大きなステージに立ち、歌仙様が話している。
「今夜ついに年が変わる! 今日は月夜が長き時。暗く、寒く、気分が滅入るようなそんな日だが、明日からは徐々に闇が短く、日の下に我らが栄え行く時となる!」
大きな声でそう語る歌仙様だったが、途中から恋華様がその肩を軽く叩き耳打つ。それを聞いて何かハッとしたようにひとつ咳払いをすると、
「と、とにかくだね、年の終わりと新たな年の幕開けを、この第五艦隊の仲間と祝おうじゃないかってことよ! さ、飲み明かそう! そしてこれからの大攻勢に向け活気をつけるぞぉぉ!!!」
「「「おぉぉぉぉぉおおおおお!!!」」」
沸き立つのは、関東統一連邦の兵士たちか。僕らは拍手をするだけに留めて、遠くで盛り上がる「歌仙様っ! 歌仙様っ!」という声を聞いていた。
「相変わらずやなぁ、関東。ようやりますわぁ」
「一大勢力やしな。俺らが関わる余地なんてない」
ふと、僕らの後ろからそんな会話が聞こえてくる。
その言葉は中京統一連邦のものだとここ最近でようやく知った。特に三津連邦の方々が使っている印象だ。
振り返ってみると、案の定そこに三津連邦の祖神三津傘子様と、同連邦の始神亀谷羽若様がいた。
僕が振り返ったところでお二方が何か気にするなんてこともなく、そのまま会話は続いた。
「どうやろう、私も連邦で絶対的な忠誠を誓わせてみるんは」
「難しいやろな。傘子への忠誠よりも密への忠誠が上回って上手くいきやんやろ」
「たしかになぁ。既に鈴ん所より向こうは実質名護の勢力圏やからなぁ。統一連邦制も良し悪しあるなぁ」
「下の半島ん衆からは忠誠得られるやもしれやんけど、たかが知れとるしなぁ」
「せやなぁ。やっぱうちらじゃ、ああもいきやんな」
お二方はそのような会話をしてからまた再び歌仙様を見ると、一緒に深く「はぁ」とため息を吐いた。
「大智さん?」
「ん?」
ここでふと名前を呼ばれたため、僕は振り返った。そこには喜々音さんが不思議そうな表情を浮かべて立っていた。
「どうしましたか、行きますよ?」
「あ、うん」
訳も分からずそう言われ、ただただ喜々音さんについていった。少し先に、花菜や竜洋さんといった日渡上神種の面々が歩いているのが見えて、何か移動の指示を聞き逃したのだということを察した。
「やはり、どうかされましたか?」
僕の様子が喜々音さんには少し変に映ったのか、彼女はそう尋ねてきた。
「ごめん、ちょっとぼうっとしてて。どこに行って何をするのか分からなくて」
そう言うと、喜々音さんは少し呆れたような表情で「心配して損した」と呟くと深いため息、そのあとで僕に、
「安久斗様が、靜連邦軍は関東や中京とは別に宴会をやると仰せになりましたので、わたしたちに移動の命令が出たのです。まさか何も聞いていなかったなんて。安久斗様のお言葉ですよ? なぜ聞こえないなんてことがありましょう。いいえ、まだ安久斗様はあなたにとっては他国の神。百歩譲って許すとしましても、わたしたちに移動するように命じられたのは萌加様です。どうして自国の神の御言葉を聞かないのですか。そんなことあってはならないことです。不敬です」
歩きながら僕にぶつぶつと文句を垂れた。
「ごめんって。僕の後ろにいた三津連邦の神様たちの話が興味深くてつい聞き入っちゃったんだ」
僕は喜々音さんにそう言った。
「言い訳は不要です。というか、他連邦の神々の会話に気を取られて指示が耳に入らなかったなど、言い訳の質としても最悪ですよ」
さらに呆れたと言わんばかりの声と冷ややかな目で僕を一瞥する喜々音さん。出会った時の雰囲気が思い出される。
足を止めることなくそのまま歩き続ける喜々音さんだったが、しばらく進むと、
「で、その内容とはどんなものだったのですか?」
と僕に尋ねてきた。
「えっ? あ、えっと。三津連邦の諸国民や神々に対して、三津傘子様に絶対的な忠誠を誓わせることは可能かどうかって話だった」
「ふぅん。結論は?」
「不可能とのこと。同じ統一連邦内に名護様がいらっしゃる都合上、三津連邦の北部の忠誠がどうしても名護様に向いてしまうんじゃないかって」
「三津様にとっては、統一連邦になったことで元からの忠臣が名護様に横取りされたってことですか。統一連邦も厳しいですね」
え、そういうことだったの……? いや、よく分からない。
中京統一連邦の形成前、三津連邦と名護連邦、山支連邦はそれぞれ別の連邦だった、というのが統一連邦を名乗っていることから分かるが、果たして当時の三津連邦全域が三津様に忠誠を誓っていたのかは分からない。しかし同じ連邦である限り、唯一の祖神種である三津様に逆らうことは不可能だろう。その点では、統一連邦になったことで3者の祖神種が混在するようになり、より距離が近く、より勢力の強い名護様に忠誠を誓うようになってしまったと推測することもできなくない。おそらく喜々音さんが言った言葉の真意はそこにあるのだろうけど……
僕がこれだけ考えて辿り着く結論に、喜々音さんはあの一瞬で辿り着いていたことに度肝を抜かれた。しかも僕は喜々音さんから出た結論を知った状態で推測に出ているから、一人ではこの答えに辿り着かなかっただろう。
濱竹イチの秀才と呼ばれる彼女の頭脳の片鱗を魅せられた気がした。……そういえば初めてだな、彼女の頭の良さを痛感したのは。
僕がそんなことを考えているうちに、喜々音さんはまた何か考えついたようで、
「……もし靜連邦なら……そうですね。あとで安久斗様に持ちかけてみましょうか」
と独り言を呟いていた。
靜連邦軍の宴会は、得撫島の臣館で行われた。といっても、この館はあまり使われていなかったのか杜撰な管理状態であった。朽ち果てた床板、穴の空いた壁。挙句雪の重さで半壊していて、集まって使える場所は囲炉裏付きのかつての居間であった部分だけだった。
その質素なことこの上ない。囲炉裏を囲み、靜連邦軍として第五艦隊に乗り込んでいる永神種と上神種が座談する。
一同に会して話すのは、思えばこれが初めてか。改めて参加している面々を見渡す。
第五艦隊靜連邦軍総指揮官:濱竹安久斗神。
濱竹日渡連合軍より、軍総長:中田島砂太郎、水軍長官:舞阪幾季、水軍参謀総長:東陽ころん、日渡軍統括:日渡萌加神、日渡上神種団五名及び前濱竹陸軍参謀総長:小松喜々音、捕虜兼敵国内情有識者:紗那栗利。
崖川袋石古田崎連合軍より、総司崖川あさひ神、副司古田崎悠生神、第八砲撃隊指揮官:掛川偉重、第八砲撃隊副指揮官:垂木五明。
以上、十六名。
そのうちの永神種4者が囲炉裏の4辺に沿って座り、上級上神種に当たる者(磐田、豊田、掛川、垂木)が2列目に、3列目には下級上神種が座った。
ちなみに、袋石国からは永神種、上神種は来ていない。そのため軍の名前には入っているものの、この宴席に参加できる者はいないのだ。
なんとも話しづらい座り方かつ、居心地の悪い並びだ。ほぼ何もしていない僕と花菜が上級上神種だからという理由で2列目にいるし、作戦の立案や実行、軍の統率を行う将軍や東陽さん、舞阪さんが一番火が当たりづらい位置にいる。
絶対この席順、変えたほうがいい。
しかし神々がそんなことを気にするはずもなく、また濱竹上神種の面々も全く気にしていない様子で、将軍に至っては隣に座る東陽さんにだる絡み。
「んで、どうなんだよ彼氏さんとはよっ!」
「別にどうもありませんよ……」
「なぁに、遠慮なんていらねぇよ。長い戦争期間で会えなくて辛いんじゃねぇか? なぁ?」
「まぁ、えぇ。辛くないわけはないんですけど……」
「あっははははは! そりゃそうだろうよ、愛するってことはそういうことだ! いやぁ幸せ者だな、あの彼も! お前さんみたいなかわい子ちゃんに欲しがられて」
「べっ、別に欲しがってなんて……! そっ、そんなことにゃいれすから!」
東陽ころん水軍参謀総長。齢25。聞くところによると、長年、神治に参加する気がなく家庭内試験すらろくにやっていなかった東陽家で、唯一神治に興味を持った、やる気に満ち満ちた方らしい。
美形な顔立ち、おとなしめ、ころんという名とは似ないスレンダーな容姿。普段は沈着冷静で、安久斗様を交えた軍議会では冷静に水軍の動かし方を判断しているそうだ。
しかし今、普段の彼女からは想像できないような赤面、焦りというか照れというか、恥ずかしさが顔全体に現れていた。
「顔真っ赤よ、ころんちゃん」
「幾季っ! 揶揄わないでよぉ!」
将軍に便乗して揶揄う、水軍長官の舞阪さん。齢25。彼女は歴代、水軍に携わってきた舞阪家の代表で、上級学校を卒業してから5年間、ずっと水軍長官の職を得ている。東陽さんとは下級学校からの親友のようで、東陽さんが神治に興味を持つきっかけを作った方らしい。
「…………」
そんな会話に対して、将軍の隣から冷ややかな視線を飛ばす喜々音さん。まるでバカばかりだと言わんばかりの表情だ。
「ところで小松ちゃんは好きな人とかいないの?」
しかしそんな冷ややかな表情をしていても、舞阪さんは気にせずに話を振る。
「興味ないので」
突き放すような言い方をしてから、喜々音さんは目の前に置かれた白湯を飲んだ。
「ねぇ、もうちょっと言い方ってものがあるでしょ? なによその態度」
そんな喜々音さんに対して怒る東陽さん。
「まぁまぁ、小松ちゃんがそういう感じなのは前々からでしょ?」
東陽さんを宥める舞阪さん。
「そうだ。かように無愛想じゃなけりゃ、小松喜々音じゃないってもんだ! はっはははははは!」
そう豪快に笑う将軍。気に食わないような表情で一瞥する喜々音さん。
「はぁ」
それ以降、喜々音さんは誰を相手にするわけでもなく、ただ一人で食事をしていた。
一方で、神々は神々で別の話。
「そしたらな、あいつ顔真っ赤にして怒りやがってよォ」
「あっははははは! えぇえ、よく晒されなかったわね」
「いや、もう冷やっ冷やだったぜ。さすがにあれは挑発しすぎた」
「そんで俺んとこに流れてきたんだったな。距離が遠いくせに連盟に入りてぇとか言われた時は驚いたぜ。しかも俺、皇神種だし」
「でも安久斗は怖かったわよ。こんなに仲良くなるなんて想像できなかったもんね」
なんの話だかさっぱりだが、悠生様の話にあさひ様と安久斗様が反応している。お酒が入っているからか、普段口数の少ない悠生様が饒舌になっているのに驚いている……のは僕ではなくて、視界に映る崖川上神種のお二方である。
僕は悠生様とは関わりが少ないし、ろくに話したこともないからね。
それにしても、何の話だろうかと思っていたら、
「にしても、するがが古田崎と戦おうとしてたことなんて。わたし知らなかったよ、そのちょっと前まで靜にいたのに」
萌加様が驚いたように言った。
「まぁ、急だったからな。俺の失言が原因だけど」
それに対して悠生様が返す。どうやら古田崎と靜が戦争になりそうになったことがあるという話だった。
「そういえば、萌加が靜にいた頃の話ってなんかないの?」
ふとした疑問をあさひ様が尋ねる。
「うぇ!? うーん、あんまり覚えていないから……」
萌加様はそう言うと、思い出そうと頭を捻った。
「記憶がないのも不思議なことだ。あまりに衝撃的なことがあったのか、それとも……」
「操りか乗っ取りか、いずれにせよ記憶操作というか干渉というか。そういう類も考えられるわね。そんな能力、聞いたことないけど」
安久斗様とあさひ様がそんな会話をする。
「でも、靜もお人好しだ。特にあおい。倒れていた始神種を保護して育てるなんて決断をするとは」
「ね。今のあおいなら問答無用で晒すでしょうね」
「わかる。するがならまだしも、あおいが保護するなんて思えないよな」
萌加様を除いた神々はあおい様に対して言いたいことを言っている。
しかし、それに終止符を打ったのは萌加様だった。
「あおいはみんなが思っているほど非道じゃないよ。あんな性格になったのは連邦を立ち上げてからな気がするし、きっと演じているんだと思う。連邦内からもそうだけど、隣接する南四や甲信から舐められないように、祖神種としての見栄や威厳、権威を示しているだけだと思う」
そう言った萌加様は、
「少なくともわたしには、優しく接してくれた」
と、懐かしむように言った。
「祖神種としての、か。方向性を間違えている気がするが……」
安久斗様が呟く。すると悠生様とあさひ様がそれに反応して、
「そうだな。もう少し優しさを見せてもいい気がするな」
「昔の安久斗みたいよね」
「うぐっ。あおいとだけは一緒にされたくなかったな……」
「「「あははははは!」」」
神々の会話は楽しげであった。
……昔のことすぎてついていけないけど。
そして、もう一つ会話のグループが存在する。
「……魚、ですね」
「うっ、こ、これは……厳しいですね」
渡海派の湊さんと竜洋さんの会話である。
宴席で出てきた魚の煮付けを見て硬直していた。
「……海に住まう生物は神聖なもの。流石に食べられないかも……」
「で、ですが……」
料理を見渡す両者は絶望したような表情で、
「……どれが食べられるやつでしょうかね、あはは」
「こ、これは……? 山菜なら海は関係ないかも」
出された料理はほとんどが海の幸。なんといってもここは島だから当然であるが、それが両者には厳しいようだ。
渡海を収めていた勇様は海の神である。そのため、渡海の民は海を神聖視している。だから海で獲れた物は口にしないというのが鉄則となっているというのを聞いたことがある。
たしかに、湊さんも竜洋さんも、食事するために川魚を釣っていた。日渡上神種の食事を担当していた美有さんも、山菜や野草、川魚、獣肉などを使っていた。海の物は使っていなかった。
「いらないなら食べる。もったいない」
魚に箸をつけられない両者に対し、横から美有さんがやってきて言う。
「あ、どうぞ。むしろ食べてくれるのはありがたいかも……」
そうお礼を言う湊さんだが、少し残念そうな顔をしていた。
湊さんも竜洋さんも、とても優しい方である。他の誰かが海の幸を食べるのを禁止することはなく、批判することもない。
しかし、内心は悲しくて残念に思っているのだと、さっきの表情を見て知った。
「紗那、食べる?」
「はい、ありがたくもらいます」
美有さんは魚を2尾持って席に戻ると、1尾を紗那に分けた。
紗那は魚を見て目を輝かせていた。そして、それはもう美味しそうに食べる。
「……〽︎神からの恵みなれども残されし我らは倣ひ食わざらむかし」
(たとえ海からの恵みであったとしても、残された私たちはかつての風習に倣って食べないことといたしましょう)
紗那が魚を食べるのを見た湊さんは、小さな声でそう詠んだ。
「〽︎恵むなら海より出でよ我が主よ氷の下にぞおらるるなむか」
(お恵みくださるのなら海の中から出てきてください我が主人様よ。海に浮く氷の下にきっといらっしゃるはずなのでしょうにどうして……)
それに竜洋さんが返す。それを聞いた湊さんは目にいっぱいの涙を溜めて、
「……よくないです、ほんとに」
と呟いて啜り泣いた。竜洋さんも少し辛そうな表情。涙を我慢しているのが分かる。
神々や将軍の笑い声が響く中、ここだけかなり重い雰囲気になってしまった。
滅ぼした側の僕からしたらあまりに心苦しい光景だったので、そっと目を背けることにした。
「しっかし、ここまで寒い地に来るとは思わなかったぞ! 今年はいろいろなことがあって倒れるかと思ったわ! はっはははははは!」
お酒が入ってかなり気分が上がったのか、将軍が大きな声でそう言った。その言葉に反応したのは安久斗様だった。
「お、なんだ砂太郎。まだそんな歳でもないだろ?」
「何をおっしゃいますか! 俺とてもう43、来年で44ですぞ? もう何度も軍服を着て走り回るような歳でもない」
安久斗様の言葉にそう返す将軍。
「にしては散々暴れていたような。北濱といい、尋問室といい」
安久斗様がそう言うと、「うっ、そ、それはですな」と痛いところを突かれたように将軍が返す。
「今年は陸軍水軍、双方にとって大きな事があった年ですもんね。軍事の頂点に立たれる将軍様は確かに多忙でしたことでしょう」
慌てている将軍とは相反するほど落ち着いた声で東陽さんがそう言う。
「1年というより半年なんだよな。前半は全くと言っていいほどに忙しくなかったのに、後半は人類反乱からサハ戦争まで選り取り見取りだった」
安久斗様がその言葉にそう返すと、
「日渡の臣殺しもその頃だったな」
と悠生様。その言葉に、僕と花菜、萌加様、喜々音さん、将軍がピクリと反応した。
「……かささぎか。あいつと共にこの雪原を見たかったな」
将軍が先ほどまでの元気の良さから一転して悲しそうな声でそう言った。
「もし、大貴さんが生きていたら……」
それとほぼ同時くらいに、花菜もそう呟いた。
「濱竹もなかなかだけど、日渡も大概よね。臣殺しに兎山自治領、渡海併合と。西部激動の年だったわね」
あさひ様がそう発言する。
そういえばそうだ。兄が没したのが夏至前12日。そこから兎山自治領の設立、渡海事変、サハ戦争と続いてきて、今は年が変わろうとしている。
そう考えると酷く忙しく辛い年であったが、渡海もなかなかだ。何せ国が転覆して滅亡したのだから。
たとえ兄が殺されても、渡海の暴徒に館を焼かれても、日渡は潰れなかった。しかし渡海は滅んでいる。それに比べたら、まだ日渡はマシなのかもしれない。
同じくこの戦争で滅ぼされたサハの国々に対しても同じ事が言える。紗那なんて一家全滅、神も国も失い、自らの手で甥っ子を殺さざるを得ない状況に追い込まれた。
戦争の悲惨さを思い知らされた半年だった。
「ま、砂太郎にはこれからもその力を活かして軍に携わってほしいもんだ。まだ十分暴れられる歳だろ?」
「やや、安久斗様にそう言われてしまっては参りましたなぁ。しかし安久斗様、俺は来年、神治には参加できませんぞ? 来年俺と綴には、家庭内試験に参加する権利がありませんのでな」
将軍はそんなことを言うが、安久斗様は、
「あぁ、たしかにそんな事を言ったな。だが、あの頃とは状況が変わった。それに、お前らに任せようとしていた事柄に関しては当初想定していたよりも著しく好転しているように見える。来年はこのままで良いだろう。それに、」
そこまで安久斗様は言うと、
「来年の家庭内試験を実施せぬやもしれんしな」
「と、いいますと?」
安久斗様の言葉に濱竹上神種たちは目を丸くしている。心情を代表するかのように舞阪さんが尋ねると、
「この戦争がどれだけ長引くか分からん。ひとまず冬至後終わりまで延期という措置をとったが、それよりも長引けば役職替えを行わないことにするかもしれん。まぁ、細かなことはひくまに一任してあるからなんとも言えんがな」
と安久斗様。
「であれば、俺は来年も安久斗様の手足となりて馬車馬の如く働く所存にありますがな……」
将軍はそう言うけれど、あまり覇気はない。ちらちらと隣にいる喜々音さんを気にしている様子である。
対する喜々音さんは行儀良くお米を食べている。そしていま口に含んでいる分を咀嚼して飲み込むと、
「わたしが濱竹の神治に復帰するのは99年からです。あと、将軍職を狙っているなんていうのはただの噂です。わたしは更々なる気はありません」
将軍を見ないままそう断言した。
「復帰って。あなた濱竹に居場所があるとでも思っているの? 全く図々しいわね」
しかし喜々音さんの言葉に怒ったのは、酔っ払って呂律がまともに回っていない東陽さんだった。
「ころん、そんな言い方ないでしょ」
「でもぉ! こいつは安久斗様や臣様、巫女様に楯突いて犯罪者を庇ったのよ? たとえ議会が許したとしても世間が許すとは思えないわよ」
そう言って怒る東陽さんを、将軍と舞阪さんが「まぁまぁ」と宥めている。
「お兄ちゃんは……! 小林様は、殺していません」
しかしその東陽さんの言葉に、喜々音さんが言い返した。器を雑に盆に叩きつけるように乗せると立ち上がって、東陽さんの前までやってくる。
「こら、喜々音ちゃん! 酔っ払いの言葉をまともに受け取っちゃ……」
「なにをぉ!? まだ犯罪者を庇うの? あんた本当、濱竹上神種としての自覚はあるのかしら?」
喜々音さんを一喝して事を納めようとした舞阪さんだったが、東陽さんがそれに反応して立ち上がってしまったため、場は喧嘩勃発の寸前となっていた。
「おぉ、やれやれぇ!」
「悠生あんた飲み過ぎなんじゃないの……?」
徳利を持って囃し立てる悠生様と、呆れたようにそれを見るあさひ様。萌加様は何も気に留めた様子を見せずに黙々と食事をし、安久斗様は睨みつけるように喧騒を眺めた。
「まずねぇ、小林かささぎは大罪人なのよ。安久斗様がそう宣言された」
「冤罪です。議会で安久斗様はそれを訂正されております。お忘れでしょうか?」
「うるさいわねぇ! 安久斗様の言うことは絶対なのよ!」
「そっくりそのままお返ししますよ」
東陽さんと喜々音さんが言い合う。ヒートアップしそうになったそのとき、両者に割って入る者が現れた。
安久斗様である。
「もうよせ、醜いぞ」
両者に言うと、まず東陽さんを座らせてから未だ怒る喜々音さんを落ち着かせた。
「お前の言う通り、かささぎが冤罪で処されたことを俺は認めている。しかし表向きはそうするわけにいかない。お前には苦に映るだろうが、あいつは臣殺しを行った大罪人だ。あれほどにまで優れた部下を失ったのは俺としても心苦しいことだ。だが、連邦の安寧のために……」
「そればっかりじゃないですかっ!」
安久斗様の言葉に喜々音さんは怒鳴った。それを見た将軍以下濱竹上神種は刀を手に取って立ち上がろうとしたが、安久斗様が右手で「やめろ」と指示を出した。
「連邦の安寧のためなら、罪のない部下も殺されるのですか? 殺してもいいのですか? 安久斗様は……皇国祖様は、わたしたちの命を何とお思いであらせられますか!? 誰かを殺さないと守られない平和は本当に平和なんですか!? みんなあなた様のために尽くしているのに、どうしてそんなに酷いことができるのですか!?」
喜々音さんは泣きながらそう安久斗様に言った。
安久斗様は終始何も言わずに聞いていた。
「以前にも言った通りだ。お前のことだ、覚えているだろうから何も言わないでおくさ。そしてお前も、きっと頭では理解しているのだろう? それでも拭えぬやるせなさが残り続けているのだろう?」
目の前で大粒の涙を流して泣く喜々音さんに対して、安久斗様はそう声をかけた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい」
喜々音さんはその言葉にそう謝った。
「咎めるつもりはない。むしろ咎められるべきは俺の方だ。だがな、歴史の上ではあいつが犯人だ。今ここにいるのが濱竹上神種だけでないことを覚えておけ。だから俺は、今ここでこう言う」
安久斗様はそう言って喜々音さんから視線を外すと僕ら全員を見渡して、
「日渡臣殺しの犯人は、紛うことなく小林かささぎである。そしてこの件は、奴を処したことと濱竹が日渡に賠償を行ったことで全て片が付いた。その裏には何もなく、それが全て真実である」
そう宣言した。そして萌加様を見て、
「我が国の者が起こした不祥事、改めて、神として心から謝罪する。済まなかった」
深々と頭を下げた。
「うぇ!? だ、だから謝らないでって前に言わなかったっけ? 安久斗のせいじゃないんだからいいよ、気にしなくて。それにもう片付いたことなんでしょ? なら尚更いらないよ」
戸惑ったように萌加様が返す。
にしても、話の端々に不可解な点があった。どういうことだ? 小林氏は兄を殺した犯人ではないというのか?
安久斗様はそれを認めた上で小林氏を殺したというのか? どういうことだ? 全く分からない。
「でも、安久斗。小林かささぎは皇国祖賞を受賞した幹部であって、あの子の影響で西部政策も大きく変わったわ。穏便に済ませるためにあの子が殺ったと言い張りたい気持ちは分かるけど、あまり声を大にして言うとあなたの名誉にまで傷が付くんじゃないかな?」
あさひ様が安久斗様にそう言った。
「それでも構わん。俺の名に傷が付くことよりも、靜を敵に回す方が厄介だ。冷静な分析力、多角的な視点、忖度しないで指摘する力を持ち合わせたやつだったが、そいつの命よりも靜と対立する方が高く付く。命に軽いも重いもないことは知っているが、戦争になって多くの命が消えるか、その前に一つの命で済ませられるか、どちらかを神であるなら選ばにゃならんだろう。たとえ俺の名に傷が付こうが、そんなのは二の次だ。連邦の安寧、加盟国の安全、そこで暮らす全ての民のためならば、国内からの批判など大したことではない。そんなことは、俺の積み重ねた名誉と権限でいつだって揉み消せるんだからな。もっと言えば、百年もすれば識者が消えて、記憶の彼方へ抹消されていく歴史だ。それよりも、消えない負の歴史を刻ませるわけにはいかないんだ。俺は、二大統率国の神としての役目を果たしただけだ」
安久斗様は珍しく長く話すと、許せないと言わんばかりに睨みつける喜々音さんの頭を優しく撫でて、
「恨むなら恨め。俺はお前になら、恨まれてやってもいい。神に逆らえるほどの愛を、親しみを、天のかささぎに見せてやれ」
その言葉に、将軍の瞳が潤んだのが分かった。それからしばらくは、ただただ喜々音さんの泣き声だけが響いていた。
「ところで、小林かささぎというと、処刑の際にまるで廃人となっていた臣殺しの犯人という報道記事を読んだだけなので、私たち渡海の民としても印象はなかなか酷いものなのですが……」
それから数分が経ち、喜々音さんは泣き疲れて寝てしまい、今はそのあと、小林氏との思い出について将軍以下濱竹上神種が語り合っていたところに湊さんが割って入ったところである。
「同感です。私にとっても、大貴さんを殺した憎き廃人という印象です。将軍の言うような明るく芯があり、ところどころ面白い者という印象は抱きませんでした」
花菜がそれに同調すると、濱竹上神種はムッとしてこちらを睨んできた。しかしその視線の中、
「大智。お前はどう思っている?」
と安久斗様に訊かれた。
「僕は……」
複雑な気持ちだ。小林氏には濱竹人類反乱の際にお世話になった反面、兄を殺されたという仇の面もある。しかし今、本当に仇であるのか僕の中で疑いが生じているため、一概に仇だと割り切ろうにも割り切れない面がある。
「僕は、どちらの主張も理解できます」
嘘は言っていない。将軍たちの思い出に残っている小林氏も実際に会っているし、かといって報道された廃人となった姿も、花菜の言う憎しみも、全て理解できる。
「正直、あの優しい小林氏が兄さんを殺すなんて考えられませんでした。しかし、状況証拠や怨恨、その面から、どうしても犯人と疑わざるを得ず、未だに彼が犯人であると思っています。なので僕は、彼が憎いです。ですが、それでも記憶の中の彼は、優しいんです」
そうやって言うと、将軍は「そうだろうとも、かささぎは優しい奴だ!」と胸を張って笑った。
「ま、そういうわけだ。お前らが知らないだけで小林かささぎは優しく頼れる奴だった」
安久斗様は花菜と湊さんにそう言うと、お酒を煽った。
「でも、あの最期だけを見たら……」
花菜は納得いかなさそうに言う。
「最期なぁ……」
そう言うのは将軍だった。
「たしかに、惨めなもんだったな。愛した女の名を叫び、虚な目で火の粉を追いかけて。生きることや役職に復帰することなどの全てを諦めても、あの妖精のことだけは諦めきれなかった様子だったな」
将軍が悲しそうに言う。
「くれはのお嬢こと、極峰くれは。あの妖精は本当……」
「嫌な奴ですね。ちょっと優秀だからって調子に乗って。妖精だという身分を弁えればいいのに」
舞阪さんと東陽さんがそう発言した。
極峰くれは。何度か会ったことがある。妖精という種族で、その大きさは手のひらに乗るほど小さい。小林氏の恋した相手であると同時に、兄と恋愛関係にあり、その怨恨が招いた悲劇として日渡臣殺害事件は記録された。
しかし、濱竹上神種からの批判は非常に根強いようだ。
「安久斗様、どうしてあんな妖精を役職に就かせるのですか? 昇竜行政区長に相応しい者が他にいるはずです!」
東陽さんが安久斗様に尋ねると、
「いいや、妖精だから雇用しているんだ」
と安久斗様。
「どうしてですか? あんな出来損ないに役職を与えるなんて」
東陽さんの言葉に、安久斗様は大きく笑ってから、
「だが知っているか? 妖精が秘める可能性を」
ニタリと笑いながら、安久斗様は語る。
「妖精というのはな、神類ではないんだ。奴らは神類の祖に当たる存在だが、神類ではない。つまり奴らには、上位種の絶対有利が適用されない。つまり、奴らはやろうと思えば祖神種だって殺せるんだ。ただの出来損ないなどではない。俺よりも強くなれる可能性を秘めた存在なんだ」
「でも、素が弱いじゃないですか。それにそれなら軍隊に入れておけばいい。役職に就くのは上神種の役目です」
東陽さんの言葉に、安久斗様は首を振る。
「妖精はプライドが高い。分かるだろう、極峰を見れば。あんな奴ばかりだ。だからただ軍隊の中に入れるだけでは手懐けられない。ちゃんと役職を与えることで成り立たせるんだ。そこで昇竜行政区。あそこは山がちな地形で、そもそも少数ではあるが妖精が住んでいる。また行政区長とはいえ、行政総長が全ての仕事を見張って管理するため下手なことはできない。妖精を手懐けて、世界の緩衝材の二大統率国の抑止的兵器にするためには、プライドを殺さないで飼い慣らす必要があるんだ。また、妖精は弱くなんかないぞ。転移回廊を作り出せるほど空間を歪ませられるんだ。その逆で、一生抜け出せない迷宮を作り出すことも可能なんだ。戦うことだけが戦力じゃない。その力をどう引き出して何に使うかは、上に立つ者の裁量次第だ」
安久斗様はそう言うと、
「奴はそのために必要な存在だ」
と東陽さんに告げて、再びお酒を煽るのだった。
夜は着々と更けていた。
これで今年が終わる。
兄さん、まさか一緒に年が越せないなんてね。
今夜は僕のところじゃなくて、大志の側にいてあげて。あいつ、臣を継いでから、めちゃくちゃ頼もしくなったはずだから。
さようなら、4997年。
今日もまた、過去になっていくんだな。
これからよろしくね、4998年。
今年は良い年になりますように。
笑って過ごせますように。
少なくとも、今ここにいる全員に幸せがありますように。
ーーーーー
ーーー
ー
「参謀会議で決まりましたことをお知らせします」
年明け元日、靜連邦軍に向けて東陽さんが大きな地図を指し示しながら話し出す。
「明日の夜明けと同時に、第一艦隊と第五艦隊がそれぞれ新知島、得撫島より出撃し、捨子古丹島近海へ向かいます。現在、北賊は捨子古丹島以北の島を全て要塞化しており、牟知列岩あたりに防衛線を築いております。我々の役目は捨子古丹島に停泊する北賊の艦隊を沖合へ引き摺り出し、また防衛線を築いている扶桑の大艦隊も誘き寄せます」
そう言うと、黒色の石と白色の石を地図上に置いて動かす。黒が協商軍、白が同盟軍であるようだ。
得撫島と新知島より出撃した黒色の石は、次に上陸しようとしている捨子古丹島の付近まで接近し、そこに停泊する白い石と衝突する。そのまま白石を沖合へ連れ出すと、周りの各島々に潜んだ白色の石を沖合に引っ張ってくる。そして黒色の二つの石と白色の多数の石が沖合で向かい合う形を作り出した。
「ここで、第一艦隊と第五艦隊は北賊と激戦を繰り広げます。敵を逃してはなりませんので、ちょうど良い具合に鍔迫り合いを醸し出します。戦いに蹴りをつけるべく、北賊側は必死になるでしょう。協商の巨大艦隊を沈めるチャンスなんですから、ここで全力を投入するはずです」
そして更に白色の石を追加する。
「厳しい戦いになりますが、私たちは耐えに耐えます。その隙に、羅処和島より協商第三艦隊がガラ空きとなった捨子古丹島へ出撃し、占領を目指します」
そう説明すると、東陽さんは羅処和島という島から黒色の石を捨子古丹島へと動かす。
「その動きに北賊が勘付けば、おそらく全力で捨子古丹島へと引き返そうとするでしょう。ですが、それを我々が阻止します。そして、ここから我々が全力を出して悉く北賊どもを蹴散らします」
そう言って白色の石を弾き飛ばし、
「そうしたら、我々は捨子古丹島へと向かい、要塞に主砲を打ち込んで第三艦隊を援護します。しかしそれはただ通過するにすぎません。我々が目指すのは幌筵島です。途中にある春牟古丹島、温禰古丹島に砲撃を加えながら進み、占守島の目の前の要塞島、幌筵島の占領を目指します」
黒色の石を列島沿いに北上させ、列島の末端部に程近い島まで動かした。
「途中にあった島は、捨子古丹島を占領し終わった第三艦隊が攻略する予定です。もし第三艦隊が失敗したとしても、船がなくなり補給も来なくなるので自然と壊滅します」
そういうことで、我々は第三艦隊が合流し次第占守島へと侵攻します、と東陽さん。
「なるほどな。つまり関東は、こっから最後までゴリ押すつもりだということだな」
悠生様がそう言うと、東陽さんが頷いた。
「以上、作戦でした。厳しいものになるかと存じますが、最後までやり抜きましょう」
その声に僕らは拍手した。
ーーーーー
ーーー
ー
「年が明けたわねぇ」
占守シュムは、真っ白な大地を赤く染めながら昇る朝日を眺めて言った。
「明けましたね」
片岡がそう返すと、
「今年は奴らを追い払って、大陸も奪還して、この北端に平和をもたらさなくちゃねぇ」
シュムは片岡を見ながらそう言った。
「奴らは動きませんね。こちらから仕掛けますか?」
「そのつもりよ。要塞化も完了したし、元旦3日にでも捨子古丹島から新知、得撫の奪還を狙って扶桑と協力して防衛線から出撃させる予定よ」
「そうでしたか。把握できていなくて申し訳ない限りです」
「仕方ないわよ、上神種には伝えていなかったことだからねぇ」
シュムは笑うと、
「とにかくね、奴らが動き出す前に先手を打つわよ。奴らにはまだ動きがないみたいだから、まだ当面は動かないはず。何をしているかは分からないけど、ちょうどいいわ」
片岡にそう告げた。
「まったく間抜けでズボラな連中ですからね。きっとうまく行きましょう」
片岡はシュムにそう返す。
しかし、この翌日。世界北部同盟が動く前に、大連邦協商軍が北進を再開。
間抜けでズボラであったのは、大連邦協商が当面動かないと踏んでいた世界北部同盟の方であったのだ。
ーーーーー
ーーー
ー
僕らに乗船命令が下ったのは、元旦2日の早朝だった。
まだ日も昇らない暗がりの中、寒さに凍えながら船に乗り込む。
戦艦『さらし』。久しぶりの搭乗である。
「みんないいかい? 夜明けとともに捨子古丹島に出撃する! そして北賊の艦隊を沖合に連れ出す! それが私たちの役目だ!」
船に乗り込むや否や、雪の降る甲板に集められた僕らは歌仙様の有難い言葉を聞いた。
作戦のおさらいをして、出港を待つ。
僕ら靜連邦軍、特に濱竹日渡連合軍は、今までの対艦隊戦の戦果を認められて、敵艦に乗り込んで荒らす役目を任じられた。また、向こうもそれに倣ってこちらに乗り込んでくる可能性があるため、前半はその殲滅を任されている。
途中、第一艦隊と入り混じって戦うため、状況によっては手の回っていない第一艦隊の船の防衛に駆り出される可能性もあるそうだ。
前半は耐えに耐え、後半一気に殲滅する。
厳しい戦いになることがすでに分かりきっているけれど、それをやらなければ捨子古丹島を落とせない。
サハ列島連邦を陥落させるために、そして大連邦協商が勝つために、僕たちは命令されたことをやるだけだ。
「いいか、萌加。俺たちは何がなんでも死んではならん。神が死ねば国は滅ぶ。臣と巫女の命も途絶える。俺たちは絶対に、どんな相手と接敵しようと、生きなければならない」
安久斗様は萌加様にそう言った。萌加様は頷いて、
「この戦いに慣れるまでは様子を見ることにするよ」
と落ち着いて告げた。
甲板から部屋に戻ってくる頃に、ちょうど空が白んできた。そしてそれから数分すると、船はゆっくりと動き出した。
いよいよ年明け最初の戦いが幕を開ける。
ーーーーー
ーーー
ー
「目標、北東21km!」
「主砲、撃ち方よーい」
「撃ち方よーい!」
「撃てーっ!」
寒空を駆け抜ける轟音と衝撃波。
久しぶりに感じる、この特徴的な匂い。
僕ら第五艦隊は、新知島沖合で第一艦隊と合流すると、その大きな砲筒で敵艦隊が停泊する捨子古丹島の要塞に大量の砲弾を見舞った。
氷が漂い、雪の吹雪く海の上から、小さな島に向けて飛んでゆく黒い球は、最初こそ目に見えるものの真っ白い世界に消えていく。
そしてしばらくして、響いてくる爆発音。
それに呼応するかのように、白い靄の彼方から発射音が聞こえる。
そして僕らの周囲の氷を砕き割るように炎が上がり、その振動が船を揺らす。
船の中は忙しなく動き回る下神種と上神種で溢れていた。
潮水が頭から足までに降り掛かる。まぁその冷たいこと。
とてもじゃないが、耐えられない環境だ。
そんなことを思っていたら、船が激しく揺れた。何かが爆発するような音と臭い。
「おいっ! しっかりしろ!」
「怯むなっ! 撃てーっ!」
負傷者も出ているようだが、それでも戦闘は終わらない。
「操舵室に告ぐ! 第一艦隊に追従せよ! 繰り返す、操舵室、第一艦隊に追従せよ!」
大きな音で放送が流れると、船は大きく進路を変える。
その間も、絶え間なく砲弾の撃ち合いが続く。
「これが、戦争……?」
僕の背後からそんな声が聞こえた。
「あぁ、そうだ。これが次世代の戦争だ。関東が築き上げてしまった、全く新しい泥沼だ」
その声に安久斗様がそう返す。
目の前で繰り広げられる大規模な物理的攻撃力に目を点にしてポカンとしているのは萌加様だ。
それもそうだ、この能力を用いない戦闘様式は宛ら人類のようで、靜連邦から出なければ目の当たりにすることのなかったものだ。さらに言えば、想像さえもできなかったものだ。
「こんなの、戦争じゃないよ」
ポツリと萌加様が言う。
「お? じゃあなんだってんだ? こんな戦い方でも俺たちは既に何ヵ国も滅ぼしている。歴とした戦争じゃあねぇか」
安久斗様がそう返すと、
「ううん、違うよ。これは違う」
萌加様は安久斗様を見上げながら、その金色の瞳で射抜きながら告げる。
「これは恐怖のなすりつけあいだよ」
ーーーーー
ーーー
ー
戦場は、捨子古丹島から離れて大海の上に移った。
僕ら協商艦隊が、捨子古丹島に停泊した戦艦を沖に連れ出し、計画通りに戦闘が進んでいた。
僕らは攻撃を程々にし、防戦に徹する。
それを向こうは好機と捉えたのか、次々に船が集まってきて、敵艦の数は急激に膨れ上がった。
協商軍の中でも最大級の船を2隻も沈められるチャンスだと捉えているのだろう。
それが狙いだとも知らずに。
安久斗様が先程、上手くいきすぎて面白くないとぼやいていた。
しかし、洋上で戦闘を始めてからおよそ3時間が経ったとき、ようやく安久斗様の顔に笑みが溢れた。
そう言うと聞こえが良いが、言い方を変えれば異常事態が発生したということである。
「よぅし、ようやくだ。お前ら、いいか? 以前と同様、如何なる状況に陥ろうとも落ち着いて行動せよ。冷静さを保て。そして必ず、複数で行動せよ」
安久斗様は僕らに言うと、
「お前らの向かう先は戦艦『みらい』だ! 行け、靜のために力を惜しむな!」
そう告げて、萌加様の背中をトンと叩いた。
「ゲートを開きます。能力の展開準備をしてください」
喜々音さんの声で、僕らはいつでも能力を解放できるように整えた。
「三……二……一……開きますっ!」
「行けっ!」
喜々音さんの言葉と安久斗様の号令で、僕らはゲートに飛び込むと同時に能力を展開した。
降り立った先は、第一艦隊主力戦艦『みらい』の船首であった。
そこでは同盟軍と協商軍が入り混じって戦闘が繰り広げられていた。かつての僕らがやったように、船に乗り込んで壊滅させる戦法を取られたようだ。
とりあえず『炎の剣』を生成して、正面にいる敵兵を倒していく。
しかし、数が多い……!
「いつの間にっ!?」
僕らが敵兵の背後を突いた形となり、敵側は混乱していたが、すぐに『水属性』の能力者が僕の対応に回ってきた。
「侵略者め、これでも喰らえっ!」
大量の水が正面から迫ってきた。
この極寒の中、水なんて浴びたらひとたまりもない。瞬く間に体温を奪われて凍えてしまうのは目に見えていた。能力で炎を放出して蒸発させることができるか? いや、でも量が多すぎる……! 僕の実力じゃ厳しいだろう。
だからと言って避けるのも絶望的だ。時間がない、間に合わない。
それなら炎を全身に纏って凌ぐか? それが最も望ましいといえば望ましい。
……よしっ!
と、僕が意気込んだその瞬間。
「『火柱』!」
背後から甲高い声が聞こえたと同時に、僕は真っ赤な灼熱の世界に包まれた。
視界一面に、メラメラと燃え盛る炎が広がる。
水なんて、もうどこにも見当たらない。
「大智っ! これなら君も使えるよ!」
炎が引くと、萌加様が横に立っていてそんなことを仰る。
「『火柱』ですか」
「うん。まぁただの火柱だから、すでに無意識のうちに使っているかもしれないけど、意識するのとしないのとでは多少威力に差があるからね。積極的に使うといいよ」
そう告げながらも、萌加様は周囲から絶え間なく飛んでくる氷の塊やら石の弾などを燃やし尽くしていた。
片手間で相手をされて、敵兵は相当腹を立てているようであったが、
「さ、わたしはあおいのところを目指すよ。応援を要請してきた張本人だからね。行ってあげないと」
などと僕に告げて、
「はい、退いて。そこ邪魔だから」
正面で能力を撃ってくる敵兵を無慈悲に燃やしながら、船の内部へと消えていった。
「私たちも行くよっ!」
その声と同時に、僕は右腕を掴まれた。そして真上に持ち上げられる。
「うわぁあ!?」
驚いて見上げると、花菜が僕を掴んでいることが分かった。右手から蔦を伸ばし、艦橋へ括り付けて、そこまで一気に上がるつもりであるようだ。
しかし、そんなふうに飛び上がれば格好の的である。
下から大量の木片が僕らを襲った。
「防衛は任せたからね!」
「そんな無茶な!」
そう言いながらも、僕は火を放って木片を灰にする。
しかし、木片に混じって石が飛んでくることもあり、その対処には手こずった。
これを解決するのなら、下にいる敵兵を焼いてしまえばいい。
やってみるか、どれほどの威力か知らないけど。
「『火柱』!」
先ほど萌加様に教わった能力を解放すると、その威力は想像以上だった。
火柱はまっすぐに下へと伸びるが、それ以上に、
「えっ!? ちょっ、うわぁぁぁあああ!?」
驚いたのは花菜だった。
そう、僕が真下に火柱を放ったことで宙を舞う速度が上がり、僕らは艦橋まで一直線に進むのだった。
「うわわわわわぁあ!? 止まって、止まって!?」
花菜が焦ったように声を上げる。
もう目と鼻の先に艦橋が迫って、減速することなく僕らはそこに突っ込んだ。
ガラスを破り、艦橋の内部に突入した。
「ぐあぁ!?」
「どあぁ!?」
そこにいた協商兵を押しつぶすように倒れ込む。
「侵入者だっ!」
「殲滅せよ!」
その声と同時に、無数の銃に狙われた。
銃弾の雨が僕らに降りかかるものの、花菜が瞬時に大木を生成し、なんとか銃弾を凌いだ。
「ちょっと待ってっ! 私たちは味方よ!」
花菜がそう声を上げる。
「靜あおい様の応援要請を受け、協商第五艦隊主力艦『さらし』より応援に参りました、靜連邦濱竹日渡連合軍所属、磐田大智と……」
「豊田花菜と申します!」
僕らがそう言うと、銃弾が止んだ。
それと同時に花菜が能力を解除し、
「「申し訳ございませんでしたっ!!!」」
僕らはその場に土下座をした。
ーーーーー
ーーー
ー
「あおい!」
萌加は船内を駆け回り、靜あおいを探した。
「どいて、どいて!」
協商軍だろうが同盟軍だろうが関係なく、自分の進路を塞ぐ者に太刀をちらつかせ、それでも引かない者は容赦なく斬りつけた。
そうして船内を走り回り、自分の育ての親を探す。
「待て」
そんな萌加に声をかけた男がいた。
「どいて、わたしは急いでいるの!」
その男に萌加はそう声をかけ、手に持った太刀を構えた。
「お前の用事なんてどうでもいい。好きに行けばいい。だが、敵と味方の見境なく襲いかかるのはやめろ。これ以上、協商軍に被害を出すわけにはいかない。もしもまだ続けると言うならば……」
そう言うと、男は軍刀を腰から抜くと、
「殺す他ないな」
一瞬の間に萌加の背後へと移動して、彼女の首に刃を当てていた。
「そんなこと言われても難しいよ。みんな同じに見えるし。わたし、まだここに来て間もないから、どっちがどっちか分かってないし」
男の采配次第では無事では済まない状況にありながらも、萌加は静かに怒りを込めてそう言った。
「そんなことは知ったことじゃない。それ以上に、俺は自分の軍隊が犬死するのが許せねぇんだよ。バカみたいな話だろ? 味方に殺されるなんてよ」
「そうかもしれないけど……」
萌加は、頭では理解していた。申し訳なさも感じていた。
しかし、それ以上に一刻も早くあおいの元に行くために、自分の進路を邪魔する者に容赦をしないことが、彼女の中の正義となっているのも事実である。
そもそも、協商軍であれども靜連邦軍ではなく、萌加からしたら赤の他人、庇うべき存在ではないのだ。
だが、そうであれども自分を捕まえているのが格上であることは本能的に察していた。
その速さ、力の強さ、何よりも発しているオーラが、自分とは比べようにならないほど桁違いである。
よって萌加は、その男が祖神種であると断定していた。
「俺の要求はただひとつだ。お前が誰かは知らんが、協商軍に被害を出すな」
そう言われて、萌加は太刀を鞘にしまった。
「物分かりが良いじゃねぇか」
男はそう言うが、萌加は首を振る。
「呆れただけだよ」
彼女がそう吐き捨てると、男はしまおうとしていた軍刀を強く握りながら、
「なんだと?」
萌加を睨みつけた。
「あなたも祖神種なら分かるでしょう? この戦争は、脳裏に焼き付けるような恐怖に頼り切った戦い方で全てが進んでいる。まるで人類と同じ。神類の意地や本能を捨て去って、人類に染まってしまってるじゃん。これが戦争? 笑わせないで。これは戦争なんかじゃないよ、喜劇だよ。人類文明を排斥するために、人類文明に染まった戦い方をするなんて。関東統一連邦は本当に愚かなんじゃないの?」
萌加は堂々とそう言い放つ。その声に、首に突きつけられた軍刀がピキピキと音を立てて小刻みに揺れた。
「……俺を誰だと思って語っているんだ?」
男は怒り心頭に発して、震えた声で名乗る。
「俺は関東統一連邦盟主、東輝洋介だぞ!」
その言葉と同時に、洋介は軍刀で萌加の首を掻き切ろうとする。
しかし萌加は瞬間に自分の体を激しい炎で包み洋介の拘束を解くと、彼に向き直って太刀を抜いた。
洋介は不覚にも熱さに驚き距離を取ってしまったことが恥ずかしく、そこからくる怒りにまた体が熱くなった。
「同じこと、俺の目を見てもう一度言ってみろ!」
そんな言葉を萌加に言うが、
「だからなに? わたしの意見は変わらないよ」
迷いのない瞳、関東の盟主と知ろうとも恐怖すら見えない表情で、萌加はさらりと言ってのけた。
「貴様……!」
萌加の言葉がさらに頭に来て、洋介は遂にその能力を解放しようとしたが、
「さっきさ、あなたはわたしに言ったね。「味方が味方に殺されるなんてバカな話だ」って。それを理解した上で、まさかわたしを殺すなんてことはないよね? 関東の盟主ともあろう祖神種が、同じ協商、靜連邦軍のわたしを」
萌加がそんな声をかけてきたことで(かなりの怒りが着々と募っていたが)ハッとして、
「…………はぁぁ」
既の所でひとつ大きなため息を吐いて辛うじて冷静さを保つと、
「お前、なんて名前だ?」
そう萌加に尋ねる。
「日渡萌加。日渡国を統治する始神種だよ」
「急ぐ目的は?」
萌加の名前や国名にピンとこなかった洋介は、萌加に目的を尋ねた。
萌加は真面目な顔をして、
「靜あおいを探しているの。わたしは彼女に呼ばれてここに来たから」
洋介はそれを聞いて、
「ならば先に言え」
と、やり場のない怒りを精いっぱいに込めて八つ当たりで文句を言った。
萌加は顔を顰めて、
「そんなこと言われても難しいよ」
と不満を露わにした。
ーーーーー
ーーー
ー
「このっ!」
「ぐぅぅ……!」
突如甲板に現れ、戦艦『みらい』の船内に流れ込んだ同盟軍は、立ちはだかる協商軍を倒していく。現状、『みらい』において協商軍は劣勢であった。
「侵入者を駆逐せよ!」
宇治枝恭之助は大声を上げながら船内を歩いて回る。その途中、何度も敵兵から攻撃を受けたが、その度に軽々と刀で倒していく。
「侵略者めっ!」
対する同盟軍は大連邦協商に対して強い憎悪を抱いており、そう怒鳴り散らしながら協商兵を襲っていた。
船内には不穏な警報が鳴り響き、異臭が立ち込め、幾多の死体が転がり、デッキは血溜まりだらけの地獄絵図となっていた。
「あおいちゃん、こりゃどうしたらいいんだい?」
恭之助は船内の様子を見て回って部屋に帰ってくると、あおいにそう尋ねた。
「知らないわよ! 南四の連中が何を考えているのか全く分からないわ!」
あおいは怒りながらそう返す。
「そもそも、南四はこの船に敵が乗り込んできても、本格的に殲滅しようとしないじゃない! こんな大きな船が乗っ取られたら終わるわよ!? なのにこの対応は杜撰すぎるわよ」
あおいはそう言うと、
「たしか第五艦隊に萌加が来たのよね? 恭之助、あの子に連絡を入れてちょうだい。あの子をここに呼べば、状況が好転するはずよ!」
その指示を聞いた恭之助は、日渡軍を管理する濱竹安久斗へと連絡を入れた。
そうして、日渡軍が船に派遣されてきたわけだが……
「おい、靜っ!」
あおいの部屋に怒鳴り込んできたのは、東輝洋介だった。彼は日渡萌加を連れていた。
「なによ?」
あおいは不満と言わんばかりに洋介を睨む。
「その態度はなんだ? どうして求めてもいない援軍を呼んだ?」
「あなたたちがズボラだからよ。どうして北賊の侵入を許したの? それでもって全然倒せていないどころか、尋常じゃない被害が出ているじゃない! こんな大きな船が乗っ取られでもしたら、第一艦隊はおろか第五艦隊まで悉く沈められてしまうわよ!?」
「乗っ取られることなどないっ! それにまともに反撃していないのは作戦のうちだ。勝手に援軍を送り込まれたら、こっちの作戦が瓦解するだろうが!」
「なによそれ、変な作戦ね。まるで危機感がないじゃない。戦争は娯楽じゃないのよ? 戦場は遊技場じゃないのよ? あなたたちがどんな気持ちでここに立っているかは分からないけど、危機意識ってものが私たちよりも欠如していることだけは確かだわ」
「お前らとは余裕が違うんだ。お前ら弱小連邦はこの程度で怯え、心に余裕がなくなっているんだ。俺たち関東を構成する内連邦には、こんな程度で怯える小心者などいないぞ? この程度で余裕が消える小心者が、俺たち関東と同格を望むなど笑止千万!」
「物は言い様とはまさしくこのことだわ。でも丁度良いわよ、なんとでも言いなさい。戦争を娯楽と誤認識して、危機意識をどこかに置いてきた間抜けどもと同じにされたくなんてないもの」
あおいと洋介は口喧嘩にまで発展する。
それを眺める萌加と恭之助。
恭之助が萌加の隣に移動して、そっと肩を叩いた。
「ん? どうかした?」
萌加が恭之助に返すが、彼は何も言わないまま部屋を出て行ってしまった。
萌加はひとり祖神種が口論をする空間に残されたが、あおいが無事であったことに安堵すると同時に、呼ばれるほどの事態でなかったことを知り少しばかり呆れていた。
しばらく続いたあおいと洋介の口論だが、
「靜さんっ!」
部屋に飛び込んできた新たな声で終焉を見た。
「どうされましたか?」
飛び込んできた声にあおいが返すと、その声の主は、
「艦橋にあなたたちの連邦軍が飛び込んできたのだけど、どうして第五艦隊所属の軍隊がここにいるのか、説明してもらえますか?」
あおいに怒りを込めたようにそう言った。
あおいは心から腹が立った。
「あなたたち南四が変な作戦を取るからです! 船に敵兵がこれだけ乗ってきて、こちらは劣勢に陥っていても、全然反撃する気がないじゃない! いつ乗っ取られてもおかしくないわ。それなら私は私の軍隊を守るために勝手に動くわよ。動いちゃいけないの? こんな窮地に陥っているのに、どうしてあなたたちは何もしないの?」
そう言うと、
「たしかに私たちは極めておかしな戦略を取っているわ。でもね、高利益を得るための代償や損害は必然的に大きくなるの。あなたもひとつの連邦をまとめる祖神種だったら、多少の損害は覚悟しておきなさいよ」
声の主はそう返す。
その主の後ろから、恭之助が顔を出した。
「とのことだよ、あおいちゃん。若菜ちゃんの言うことが尤もじゃないかな? 靜の祖神種として、ここは堂々と落ち着いて構えてくれると、俺たち連邦の神々だって誇らしいわけだ」
恭之助はそう言うと、声の主こと夏半若菜の肩にそっと手を置いた。
若菜は鬱陶しそうにそれを払い除けると、あおいの方に二、三歩進み出て、
「怖いのなら、靜連邦軍は全軍第五艦隊に移動してもいいのよ? その選択も間違いではないと思うし、私はそこの洋介と違って、関東の価値観がズレているのも理解しているよ。だから、第五艦隊へ移動すると判断しても逃げたとは思わないし、むしろ正しい判断だとも言えるわ。それに、勝手に援軍を呼ばれて暴れられても困るしね」
そう告げると、恭之助に顎で指示した。恭之助はそれに頷くと、「おいで」と一言だけ指示する。
そして廊下から入ってきた者を見て声を上げたのは萌加だった。
「うぇっ!? みんな、どうして……!?」
萌加は入ってきた連中に駆け寄った。
そう、入ってきたのは大智と花菜を筆頭にした、援軍として駆けつけた日渡軍の連中であった。
「大智のせいです」
そうぼやいたのは花菜だった。
「えぇ!? 僕じゃないよ。そもそも花菜が艦橋に蔦を括りつけたことが原因じゃん!」
大智がそう反論する。
「でも大智が能力使わなかったらガラスを突き破ることなんてなかったよ!」
「能力を使うなって……。下からの攻撃に対処しろって言ったのは花菜だろ?」
二人の口論が続くが、
「黙りなさいっ! 身内の喧嘩はあとにしてよ! 祖神種ばかりの空間で、上神種ごときが自由にくっちゃべっていいわけないでしょ!?」
かつてないほどの強い口調で萌加が叱責した。
大智と花菜はもちろんのこと、湊、竜洋、美有もまたビクリと驚いた。
「ふん、なるほどな。お前、常識が欠如していると思っていたが、案外まともな奴のようだな」
その様子を見た洋介が萌加に向かって言った。
「そうでもないよ。わたしは思ったことを言っているだけだよ」
萌加はそう洋介に返すと、今度はあおいを見て、
「あおいも、わたしを頼って呼んでくれたのは嬉しかったけど、もっとちゃんと関東と連携を取って行動してよ。わたしたちは援軍として来たのに、結果だけ見ると作戦の邪魔をしただけ。これだけ関東に迷惑かけて、わたしは関東に、特に南四に合わせる顔もなくなった。これ以上わたしに汚名を背負わせないでよっ!」
萌加は涙を堪えながらそう告げた。
そして最後に、
「みんなみんな、わたしをいじめるんだ。あおいも、恭之助も。ここに送り込んだ安久斗だって、みんな……!」
そう言って、その場にしゃがみ込んで泣いてしまった。
「……はぁ」
大きなため息を吐くあおい。
「萌加ちゃん……」
全くひどい被害妄想だと言わんばかりの恭之助。
そして、どうしたらいいのか全く分からない日渡上神種たち。
「靜連邦も大変だな」
そう言う洋介だが、意外にも嘲笑うような声ではなく、同情が篭ったような声だった。
「ごめんなさいね。私たちもね、思いつきで行動してしまう癖があってさ。この作戦を思いついたときに、周りに何も言わずに実行してしまった悪さがあったわ。せめて祖神種であるあおいさんに伝えておけば、あなたがこれだけ抱え込むことはなかったわね……」
若菜は、しゃがみ込む萌加の頭をそっと撫でながら声を掛けた。
「誰もが皆、お前をいじめると言ったな。だからどうしたと跳ね返してやれ。誰よりも強く気持ちを持てば、誰からいじめられようが構わなくなる。どんなふうに謗られようが痛くも痒くもなくなる。俺を筆頭にした祖神種はきっと皆、そうやって生きている。お前も志だけは祖神種と同じものを持ってみたらどうだ?」
洋介は、若菜に撫でられている萌加のすぐ傍で立ち、見下ろすように構えると、そう声を投げた。
「いじめてなんていないわ、全てあなたの被害妄想よ」
少し面倒くさそうに、しかしどこか悲しそうに言うのは靜あおいである。
「いつまで泣いているの、立ち上がりなさい。南四の祖神たちにこれ以上迷惑はかけられないわ」
そう言ったあおいは無理やり萌加を立ち上がらせようと腕を掴みにかかるが、逆にそんなあおいの手を掴んだ者がいた。
宇治枝恭之助である。
「なによ?」
露骨に不満を表すあおいに対して、恭之助はその目を見つめながらゆっくり首を横に振る。それをやっては逆効果だと、彼は無言で訴えた。
「靜。その動きを見るに、貴様らは連邦唯一の祖神種だからといって多少横暴に振る舞っているようだな」
洋介はあおいに真顔で言う。
「祖神種絶対主義を掲げるあなたたちよりは慈悲があってまともだと思うわよ?」
それにあおいは言い返すが、洋介は鼻で笑い、
「祖神種が一国にしか存在しなければ、俺たちだってそんなことはしないさ。連邦国家の長というもんは、それぞれの色を最大限に引き出せるように努めなくちゃならねぇだろうよ。だが国が多すぎるのも考え物だ。だから俺たちは祖神国家以外を取り潰したけどよ、それでも下野した奴らにだってある程度の自治権を認めているぜ? 九王や小田島だって、肩書こそ東輝国や夏半国の役員に過ぎねぇが、権限としては神と同様の物を有している。まぁ、一部例外として、潰すと面倒そうな奴は未だに神をやらせているが」
だからお前の考えとは違う、と洋介はあおいに言った。
そしてニタリと笑って言う。
「靜連邦の安寧は、今のままでは靜国に守り抜けん。協商に入って、南四や甲信、北三、北守、北地それぞれの内連邦の実態を知れば知るほど、靜連邦の神々の中から関東も捨てた物じゃないという意見が上がるやも知れんぞ? そうなれば、お前ら三大神が望まずとも、関東統一連邦に平和的に吸収されるかもしれん。そうなりたくなければ、お前らはいま一度己の統治を見直して見るべきだろうよ。祖神種だからと言って横暴に振る舞うだけでは、集いし神々の心は遅かれ早かれ離れて行く。逆に言えば、今までそれでよく耐えてきたと言われてもおかしくない」
尤も、原因は南四という恐怖から逃れるために靜に縋っていたのが大きいだろうが。
洋介はそんなことを含んだ言い方をして、今度は恭之助を見た。
「援軍で来た第五艦隊所属の靜連邦軍を然るべき持ち場へと送り届けよ」
「承知しました」
恭之助は深々と頭を下げながら返し、もう一声付け加える。
「この処罰はなんなりと」
「はっ、んなもんねぇよ」
それを笑い飛ばす洋介。しかしふと考えて、
「んや、強いて言うなら送り届けるという手間と労力が罰だ。きっちりと送り届けて来い」
そう恭之助に告げた。
「承りました」
恭之助がそう言って、萌加の肩を軽く叩いて「行こう」と呼びかけると、
「私も付いていこっかな。歌仙が暴走してないか不安だし」
若菜が萌加を立ち上がらせながらそう言った。
「そうか、ならば頼んだ。ついでにあの件を歌仙に……あー、いや、恋華に伝えてくれ」
それに対して洋介がちょうどよかったと言わんばかりに若菜に伝言を依頼した。
「あぁ、あれね。いいよ、任せて」
若菜はそう返事をすると、萌加の背中を摩りながら恭之助に続いた。
恭之助は部屋の入り口付近で日渡上神種に「おいで」と指示を出して彼らを回収した。
そうして部屋には洋介とあおいだけが残された。
「さて、靜」
「……なによ?」
洋介は真顔で、そしてあおいは不機嫌に声を出す。
「よく見ておけ、今に分からせてやる」
洋介はまっすぐドアを見つめながら、あおいになど微塵も興味なさそうに、ただ真面目な声を出した。
「何を分からせてくれるのかしら?」
あおいは相変わらず不機嫌そうに言うと、洋介から返って来た言葉は、
「関東のやり方をな」
「何よそれ」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの声であおいが返すと、
「この船は沈まない。劣勢に見えるだろう? だが問題ない。実際、この部屋まで辿り着く敵はいないだろう?」
「なんとなく察していたわよ。どうせ目に見えるところでは負けたフリして、完全に中に誘き寄せてから確実に殲滅しているんでしょう?」
「あぁ、そうだ。だが敵から見れば、この船に大量の兵を送り込めば落とせるかもしれんと希望を抱くんだ」
「犬死しているのはこっちじゃなくて向こうなのね」
「もちろんな。大きな成果を得るためには、多少の犠牲を惜しんではならん。これが俺たちの思想であり、根本にあるものだ」
洋介はそう言うと、ここであおいを見て、
「これに賛同できるならば、靜連邦は関東統一連邦に加わるべきだ。連邦の構成国は全て靜国となるが、現役の神々にはその中である程度の自治を認めさせる。つまり、あまり大きくは変わらない。統一連邦とはそういうものだ」
あおいはそれを聞いて「靜連邦としては残してくれないのかしら?」と尋ねた。
「甲信が海を持っていない上に、富田山の所属をはっきりさせたいという思いもある。よって現状、甲信連邦に編入させるだろう」
洋介はそう言った後で、「難しいが、もしかしたら旧濱傘連盟を永井に任せるのも視野に入れている」と告げた。
「安久斗が認めないわよ、そんなの。それに、安久斗から国を取り上げるのは得策じゃないわ。あいつだけじゃない、俣治だって蛇松だって、国を取り上げれば何をし出すか予想できないわ。現状不仲なあいつらがもしも団結してしまったら……」
あおいはそこで言葉を切り、洋介を見て、真顔で告げた。
「靜はおろか、南四だってひっくり返るわよ?」
それを聞いた洋介は大笑いをして、
「面白え冗談だ。やはり靜はこうでなくてはな」
その言葉を告げたあとも笑い続けている。それを見るあおいの目は冷ややかだった。
「ま、いずれにせよ私だけじゃ決められない話よ。現状、関東の軍門に降るつもりは皆無よ。ただ、あなたたちと平和的に話し合える関係性を築けたことは良かったと思っているし、協商に招待してくれたことに強く感謝しているわ」
それでもあおいは感謝を述べた。
「お、やけに素直じゃねぇか」
洋介はあおいをニヤついた表情で揶揄ってみる。するとあおいは嫌そうにするかと思いきや、意外にも笑顔で、
「揶揄われるのには慣れているのよ。あなたはうちのとこの、どこぞの皇神種と同じことを言うんだから」
その言葉に、洋介は一転して不機嫌になり、ひとつ小さな舌打ちをした。
あおいはクスッと笑みを漏らした。そして一言、わざとらしく呟いた。
「やっぱり南四はこうでなくちゃね」
ーーーーー
ーーー
ー
「ははは、あおいの早とちりだったのか。そりゃ大変だったな」
僕らが戻ってきて、恭之助様が事情を説明すると、安久斗様がそう笑った。
「でも、あおいちゃんもなかなかだよ。まぁあの三人姉弟はいつもああだから、なんとも言えないけどね」
恭之助様はそう言いながら暖かいコーヒーを飲んだ。
「するがはそうでもないだろ」
安久斗様が言うと、「逆にするががいなかったらと思うとゾッとするよね」と恭之助様。
「ほんと、ギリギリで耐えているのね」
そこに混じるのは夏半若菜様という南四の祖神種様と、
「きっとそれを支えているあなたたちが優秀なんでしょうね」
珍しいことに、北守連邦山縣国祖神種、山縣恋華様であった。
「俺たちの活躍もあるかもしれないけど、それ以上にやっぱり靜の祖神種としての強さが大きいよ」
そう言う恭之助様は満更でもなさそうである。
対して安久斗様は祖神種様の発言には一切反応を示さず、手元にある紅茶とクッキーを口に含みながら傾聴していた。
やはりこういう場面を目にすると、普段はあれほどにまで発言力を持つ安久斗様も一介の皇神種であることを実感する。
安久斗様の強さが靜連邦内でしか発揮されないと考えると、なんだかモヤモヤした。
「それにしても、これは洋介の差金でも何でもないのだけれどね、」
そんな前置きをしてから、若菜様が安久斗様を見て提案された。
「そんな靜連邦の優秀な神々を、どうしても私たちの傘下に置きたいの。この調子なら仲良くできそうだと思うけど、どうかしら?」
和かに、可愛らしく若菜様は安久斗様に仰る。しかし安久斗様は二、三度渋そうに頷くと、
「お言葉ですがね、靜連邦は緩衝材なのですよ。東西の対立を阻止するための、最後の要と存じております故、その提案は世界のためにも受け入れられませんな」
「そうねぇ、たしかにそうねぇ」
若菜様は安久斗様の言葉に頷くと、
「新干潟をノリで滅ぼしちゃったのが痛かったわね。まさか靜連邦の方が話し合える面々が多いとは思わなかったわ」
そう言ってクッキーを口に入れると上品に咀嚼した。
「あら、新干潟だって、南四がまともに話をすれば話し合えたんじゃないかしら? 一方的に会議を荒らしていたじゃない」
そんな若菜様に恋華様が言うと、
「違うよ、あれはどちらかと言うと帝王でしょ。私たちじゃないよ、全部牧郎が悪いわよ」
若菜様は抗議の色を示した。
「そうかしら、洋介も洋介だったと思うけれど」
その言葉に対して恋華様は懐疑的だった。
「ま、どっちでもいいでしょ。もう滅ぼしちゃったんだからさ」
そう言う恭之助様。この方はかなりの精神の持ち主で、靜様と接するような態度でお二方とも接している。
祖神種慣れをしているのか、それとも靜様の手足として働き回っているから関東の祖神種様との接点が多く深い面識があるのか分からないけど、いずれにせよ強靭な精神力だ。
「そうだね、今更言っても仕方ないものね」
若菜様はそう微笑まれ、
「でも痛いわ、これほど興味深い連邦と一緒になれたかもしれないと思うと」
とため息混じりに頬を掻かれた。
その言葉に、安久斗様の眉がぴくりと動く。何か思うことがあるようだが、堪えているようであった。
「そうでもないでしょ。どんな状況であれ、靜が許すとは思えない。特にするがなんて、意地でも連邦を渡さないと言い張ると思うなぁ」
恭之助様がそう発言すると、
「同意。あいつはその点厳しいしな。自分が創り上げた連邦を易々と取り上げられては溜まったもんじゃないと思うだろうし、現状思っているだろう」
安久斗様が恭之助様の言葉に同意した。
「その通りだね。それに、そうなったら安久斗だってここにいる時と違って黙っていないでしょ?」
恭之助様はニッと笑いながら安久斗様に告げた。
「ま、靜連邦の中にいれば、間違いなく団結を訴えて関東に対抗するだろうな」
さらりとそう言って、クッキーを食べる。そして食べながら、
「もしもそうなりゃ、俺は真っ先に井谷と沼に声をかける」
と恭之助様に言う。それを聞いて恭之助様は大笑いして、
「そりゃ困る、何より先に靜が疲労で倒れそうだ」
と言った。しかしその後、真面目な声で、
「でも俣治とは手を組む前に決裂しないかい? 君と彼じゃ、馬が合わないだろう?」
「その可能性はあるな」
安久斗様はそう返すと、クッキーを飲み込んでから真面目に言う。
「だが、どれだけ仲が悪かろうが、国を消したくないのはおそらく奴も同じことだ。奴は誰よりも井谷という国を愛しているからな。あの山深い、何もない地を愛している変わり者だ。国家存亡が掛かれば結託できるだろうと踏んでいる」
「まぁ確かにね。性格や物言いに難があるけど、根本としては悪い奴じゃないし」
恭之助様の言葉に、安久斗様は首を傾げながら、
「それは同意できん。奴の根本から微塵も善を感じたことはないぞ」
そう言って紅茶に口をつけた。恭之助様は「ま、そうか。適当言ったよ、謝ろう」とどこか戯けたように謝罪した。まるで謝意を感じない言い方に、安久斗様は渋い顔で、
「納得できないなら無理に謝るなよ。白々しいな」
と告げた。
「靜連邦が併合に否定的であることは分かったよ、うん。すごく分かった」
今までのやり取りを見ていた若菜様はそう言うと、
「でも、いずれは吸収するつもりでいるわ。願わくは平和的に。先に言っておくけど、国が消えても自治権は認められるし、その取得もかなり楽だよ。だから今と然程生活は変わらないし、安泰な空間を保証するわ」
その言葉に、恋華様も頷いていた。
しかし安久斗様と恭之助様は首を捻り、
「とりあえず、協商関係が途切れるまでは保留かなぁ」
と恭之助様。それに頷いた後で安久斗様が、
「その間に、関東統一連邦の良さをたくさん味わわせていただけたのなら、もしかしたら靜連邦の神一同が挙って併合賛成派に回るやもしれませんな」
と付け足した。それにニヤつく恭之助様と、微笑みを浮かべながらも少し困った表情をする若菜様。
「ま、いずれ決めましょ。この前までと違って、今や対立するのはお互い望んでいないものね」
そう言った若菜様は席を立ち上がられ、
「お邪魔したわね、帰るわ」
その声に、恭之助様も立ち上がって安久斗様に「じゃ」と言うと、若菜様に続いて部屋を後にした。
恋華様も部屋に残るわけではなく、そのまま続いて出ていかれた。
「全く、迷惑な話だな」
安久斗様はそう言うと立ち上がって食器を片付けた。
それを見て、僕らも手伝いに動いた。
「そういえば、萌加はどこに消えた?」
僕らを見渡してから安久斗様がふと疑問を口にした。しかし、それは僕らにも分からない。
「一緒に戻られたはずなんですが、割と早々にふらりと部屋を出て行かれてそれっきりです」
と花菜が答えると、
「心配だな」
一言呟いて、
「片付けは任せた」
そう僕らに言い残して部屋を出て行かれた。
ーーーーー
ーーー
ー
「はぁぁ……」
凍てつくような寒さ。白い靄が自分の口から漏れては消えていく。もうすっかり日が落ちて、周囲から灯りが消えている。
しかし、空気を揺らすような轟音と、刻むような破裂音が絶えず響いていて、海の上を無数の黄色い光の筋が駆け抜けている。
人類文明の戦争を、私たちは感じたことがある。
見覚えはないけど、どこか懐かしさを感じる。
そして信じたくないけど、心の底ではワクワクしていた。
戦わなければ。滅ぼさなくては。悪しき賊軍を、残り残らず。
あの無数の光の筋の名前は知らない。でも、脳裏に浮かぶ『エイコウダン』という難しい言葉。知らないはずの、初めて見たはずのこの光景が、なんとも懐かしくて、なんとも愚かで、なんとも度し難い悶々を孕み、ムシャクシャして、全て残さず焼き払わなければ気が済まないと思えてくる。
なんでだろう、どうしてだろう。不思議だよ、本当に。
わたしにはあおいたちと出会う前の記憶が欠落している。
どこで生まれて、どんなことをしてきて、自分が本当は永神種なのか、上神種なのか、それとも下神種なのかも分からない。みんなが当たり前に持っている肩書がないのが辛くて仕方がなくて、今も心の中で嘆くときがある。
でもこの風景を見ると、所詮記憶なんて不確かでいいのかもしれないって思えてきた。
踊り立つ心、これが本能に感化された動きというのかな。
記憶にないことでもこの風景を懐かしんでいるということは、わたしの中にこの風景を懐かしめる意思が、記憶が、眠っているということなのかな。
そんな“もしも”を仮定しては、首を振る。
やっぱり、記憶は確かなものじゃなきゃ。不確かじゃダメだよ。
「わたしは……」
そう呟いたとき。
「あなたは……」
ふと隣から声をかけられた。
見ると、濃い紫色の服に緑色の帽子を被った、わたしと同じくらいの背丈の少女が立っていた。
この子に見覚えは……ない。誰だろう?
しかしその子はわたしを見ると目を丸くして、
「……燃に似ている気がするけど」
などと小さく言う。わたしの全身を舐めるように見て、ジッと顔を見つめてきて、隣に立って背丈を比べたかと思ったらちょっと遠ざかって少し視線を上に上げて……
何をしているの?
「まさかそんなはずはない。別の者ずらね」
一言呟いてから、わたしに近づいてきた。
「あなた、名前は?」
「うぇっ!? えっと、日渡萌加です」
「そう。それじゃ全くの勘違いみたい」
その子はそう言ってから、
「私、山奈志乃と言うのだけど、聞き覚えない?」
わたしに向けてそう尋ねた。わたしは首を振ると、「そう」と短く返ってくる。そしてわたしと同じように海を見つめると、
「戦争、愚者の所業」
そんなことを言ってきた。
「志乃ちゃんは、戦争が嫌なの?」
訊くと、コクリと頷きが返ってくる。
「誰も好きじゃない。好きなのは東輝と帝王くらい」
東輝は聞いたことあるけど、帝王って……?
まぁいいや、興味ないし。さらっと聞き流しておこう。
「そういうそっちは? 濱竹とか戦争好きそう」
聞き返された。
「うーん、どうなんだろう。好きか嫌いかよく分からないなぁ。嫌いじゃなさそうだけど、好きなわけでもなさそうというか……」
そうやって曖昧に返したら、
「完全に嫌っていない時点であいつらと同類」
と厳しい言葉が返ってきた。
「それもそうかな」
わたしは納得できなかったけど、とりあえず同意をしておくことにした。
「にしても、北賊も間抜けね」
志乃ちゃんはわたしにそう言って、海の向こうに浮かぶ船々を見つめた。
「ここぞとばかりに、ほぼ全ての洋上戦力をこの海戦に投入している」
「そうなの?」
よく分からないからそう返すと、コクリと頷いて彼女は言った。
「そうしたい気持ちも分からなくはないけど。何しろこっちは巨大戦艦を二隻も投入しているし、ここで踏ん張ればこっちの戦力を大きく減らせるから。でも、それはこっちの思う壺ってことを知らない。愚者の中でも底辺に位置する」
そんなことを言うと、
「あぁあ、こういう馬鹿げた争いを眺めていると、少し暴れたくなってくる。良くない、ほんとこれだから祖神種は嫌」
彼女はそんなことを言って、グッと伸びをした。そしてパチリと目を開けると、その目は今までとは違って、どこかいきいきとした、しかしどこか恐怖を感じるような、そんな悍ましさを孕んだ輝きを灯していた。
「人類文明の真似事は、私たちの潜在意識を刺激する。それが洋介の狙い。だから私たちは、本能に呑まれて戦わなきゃいけなくなる。戦いを欲してしまう。神類が神類たる所以。でも生物兵器として産まれた性を利用されて、なんとも嫌な気分になる」
彼女はそう言うと、不気味に微笑みながらわたしに手を差し伸べてきた。
「ねぇ、あなただって、暴れたいんじゃないの? それなら一緒に敵の船に乗り込もうよ」
「うぇっ!? わ、わたしは……」
差し出された小さな手。暴れたい、戦いたい。悪しき人類文明を排斥せねば。乗っ取られた土地を解放することが役目であると、心の中の何かが渦巻く。頭が痛い。気持ちが悪い。それはこの船の揺れのせいなのか、それとも……
わたしは彼女から差し出された手を、
「ううん、暴れるつもりはないよ。だってわたしは、戦いたくないもん」
取らなかった。
心の中では戦えと何かが叫んでいるけど、そんなのは無視をする。
それよりも、わたしはこの手を取ったら、何か取り返しのつかないことになってしまうんじゃないかって思って取れなかった。
志乃ちゃんはそんなわたしを見ると、
「いくじなし。惨め者」
と蔑んだ。そして手をポケットに突っ込むと、
「興醒めよ、興醒め。まったくほんと、少し似ているくせに全くの別者」
そう機嫌悪く言うと、
「ごめんね、勝手に絡んで。もう関わらないから。さようなら」
わたしの横から去ってしまった。
「まっ、待って!」
その「さようなら」という言葉に何か悲しくなって、咄嗟に引き留めてしまった。
「なに?」
不機嫌極まりない声が降りかかる。
わたしは気になっていたことをぶつけた。
「志乃ちゃんは、わたしを誰と重ねたの? わたしが誰かに似ていたの? 教えて」
すると志乃ちゃんはひとつため息を吐いて、
「消えてしまったいつかの友達に似てる。もしかしてその子かと思ったくらいだけど、あなたのそのなんとも言えない曖昧な物言い、態度、そして何も決められそうにないくらい自分の気持ちに嘘をつき続ける姿を見ると、全くの別者だって確信する」
そう言ってから再びわたしに近づいて、右手の人差し指をわたしの額にピシリと突きつけた。
「その子はね、祖神種なの。私よりも強く、厳しく、勇ましく。その強さは富田山の麓に轟いて、樹海を滅し、彼の靜や私と酷く争い抜いた、猛々しい麗人だった」
そして真っ直ぐとわたしを見ると、
「きっと幼くしたらあなたのような容姿になったはず。さっき纏っていたアンニュイな雰囲気は遠目から見るととても似ていた。でも実際は、全く違った。期待して損した」
そう言って、額につけた人差し指から……
いや、まずいっ!
「『%%¥¥(解読不能)』」
「わぁぁ!?」
志乃ちゃん……いや、山奈志乃は、わたしに向けて不明な能力を発動した。声の小ささと祖神種特有の複合技であったことから、その術名は分からないけど、その場にいたら間違いなく何かが起きた。わたしに悪影響をもたらす何かが発動したはずだ。
「躱さないで対抗して欲しいんだけど」
「そんな無茶苦茶な! わたしは祖神種じゃないの! あなたとやり合ったら晒されちゃう!」
「それでも強さを見せなさいっ! それが無理なら私の寿命になれ! 私の期待をへし折ってもなお私を引き留めたからには、それ相応の対価を支払えっ!」
「ほんとに無茶苦茶だよっ!」
山奈志乃。
その名前に聞き覚えはない。その容姿に見覚えもない。ないけど、ないけど……! 本当に、何もないの……? だって相手は祖神種だよ? どこかで何か、その名前くらいでも耳にしなかったの、わたし! 探せ、探そう。何か見つかるかもしれない。
逃げるわたしに、攻撃は絶え間なく飛んでくる。志乃は腰から関東統一連邦の神である証と言わんばかりに黒い筒を取り出して、わたしを狙ってくる。銃、というんだったっけ、あれ。
あの弾道は、目を凝らせば見えないわけでもない。わたしたちはあくまで対人類用に開発された生物兵器なのだから、人類が使う代物に対処する術を持っている。それはさっきから機関銃を見て立証されている。
でも、相当集中力を持っていかれる。避けることばかりに集中していたら、思い出せる情報も思い出せない……!
何か、何かないの? 山奈、山奈……
そのとき、ふと頭の中に浮かんできた言葉の響きがあった。
ヒイド……? なんだろう、これ?
その言葉の響きを手繰り寄せて、集中する。
そうしたら……
情報があった。どっかの誰かが言っていた、誰かと誰かが話し合っていた、いつかの会話の中に、その情報が……!
ーーーーーーーーーー
『あの山の向こうにある祖神国家は山奈っていうんだけどね、あそこの子は本当に面倒な性格をしているんだ。容姿はそこそこ可愛いけど、話せば独特な雰囲気だし、怒らせたらしつこいし、何しろ唐突に溢れ出す感情に逆らえないみたいで、すぐに他国と喧嘩を始めるんだ』
『へぇ。それは面倒ね』
『◼️さんも被害に遭った。だから、◼️がくれた場所を割譲したんだ』
『あぁ、あの◼️か。ぶどう頭』
『そうそう、幼稚だよね、あの服装』
『ナンセンスって言うのかしら?』
『人類言葉なんて使っていいの? これでも◼️は◼️◼️◼️なのに。◼️が◼️れば◼️◼️の◼️◼️なのにさ。◼️の◼️◼️、◼️りて◼️◼️んじゃ◼️◼️?』
『◼️る◼️い◼️ね、◼️す◼️よ?』
『◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️。◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️』
ーーーーーーーーーー
キーーーン……!
激しい耳鳴り、直後に頭痛。
吐き気、めまい、立ちくらみ。
あ、ダメだ……なんでだろう……?
というか、今のって……なんの記憶……?
あ……でも…………わか、ラ、なイ……
モう……イしきガ……、……とダエSo……
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《《『å大路é¯å±±äººãå»åä½åã®ç´¹ä»』は既にダウンロードされています。上書きしますか?》》
《《『å大路é¯å±±äººãå»åä½åã®ç´¹ä»』を開いています。》》
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《Error — Max Message Length Exceeded & Access Denied.》
《Warning! — Account Problem. Outage.》
A problem has been detected and “This” has been shut down to prevent damage to your topics.
TOO_CONFIDENT_秘攻_昼居渡
If this is the first time you’ve seen this stop error screen, restart “This”. If this screen appears again, follow these steps:
Check to make sure any new topics or request is properly installed.
If this is a new installation, ask your topics or request manufacturer for any 秘攻DATA updates you might need.
If problems continue, disable or remove any newly installed topics or request. Disable BIOS memory options such as caching or shadowing.
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いきなり、萌加が倒れた。まるで機能停止に陥ったみたいに。不思議。
まぁいいや、倒れてしまったら仕方がない。つまらない限りだと思う他ない。
はぁぁ、何をしているのだろう、私は。初対面の女の子に怒ってしまって、八つ当たりをしては申し訳がないだろうに。
そんな自分が惨めで仕方なくて、少しムシャクシャするけど、自分が蒔いた種なんだからと割り切るしかない。
うん、我ながら大人になったと思う。昔だったら絶対に有り得ない。
私は倒れた萌加を船の内部に運び入れた。デッキに寝かせておけば凍死してしまうのは手に取るように分かるから当然のことだけど。
にしてもこの顔、本当によく似ている。
でも、性格や物の言い方は全く似ていない。
「靜なら知っているのかもしれないけど、関わりたくないし……」
自ずとため息が出る。
そもそも、祖神種が消えるというのはなかなかな珍事。殺されたのだとしたら、犯人は靜か夏半あたり。もしかしたら凛音な可能性もあるけど、ほぼないと見ていいはず。
一番怪しいのは靜だけど、あの三大神にあの子を殺せるとは思えない。そもそも能力の相性が悪くて三大神は勝てっこないはずだから。となると夏半か。若菜となら能力の優劣は合点がいくけど、若菜が同種を晒すとは思えない。もっと平和的解決を望むはずだし。
洋介は論外。東輝に辿り着くには夏半を越えなきゃいけないから、その前に若菜と対立するはずだもの。
「晒されていないといいけど……」
足元で眠る少女を見て、どうしてもあの子と重ねてしまって、そんなことを呟いてしまう。
……ま、友達といっても本当は敵なんだから、私も相当なお人好し。あぁ、惨め、惨め。
そんなことを思いながら、私はその場を去った。
にしても、萌加、ね。
ほんと、燃じゃないんだね。
会えたと思ったのに。
残念。
ーーーーー
ーーー
ー
安久斗様が萌加様を担いで戻られた。
「どうされましたか!?」
驚く僕に、安久斗様は、
「知らんが、倒れていた」
とだけ返して、布団に萌加様を寝かせた。
「まったく、子どもじゃあるまいしな。寝るなら戻ってこればいいものを」
安久斗様は少し怒った様子でそう呟くと、
「ま、何事もなくて良かったがな」
と一仕事終えたように息を吐いた。
ーーーーー
ーーー
ー
《《個体名『PRE-SHIZU-4』を再起動しています。しばらくお待ちください。この操作には時間がかかる可能性があります。》》
ーーーーー
ーーー
ー
「作戦通りだっ! 第三艦隊が捨子古丹島に上陸作戦を行った! これを以て我々は、耐えに耐えたこの海戦を、殲滅戦へと切り替える! 全軍、攻撃よーい!」
「一隻たりとも取り逃すな! 敵を捨子古丹島へと向かわせるな!」
3日の夜、船内はいきなり騒がしくなった。
ついに第三艦隊が捨子古丹島を強襲し、要塞を占領するために大きな戦闘が勃発したそうだ。
そしてこちらも、それに合わせて敵艦隊を沈めにかかるそうだ。
船は、先ほどまで全くと言っていいほど主砲を用いなかったものの、作戦が次の段階に移行すると、バンバン主砲を撃つようになった。
おかげさまで、寝ようにも眠れない騒音と揺れである。
僕らも安久斗様の命令で駆り出され、今度は敵艦隊に乗り込みにかかった。
「撃てぇぇ!!!!」
無数の機関銃の弾を躱しながら、僕は敵船の中に突っ込んだ。
「おりゃあ!」
「ぐっ」
正面から振り下ろされる刀を受け止める。ズシリと重く、相手の力の強さを実感するが、気にすることではない。
「『火柱!』」
相手を焼き払ってしまえばそんなことは関係ない話なのだから。
「SHARMAめっ! くそっ、殺せぇい!」
乗り込んだ船は人類の所有物だったのか、中から湧いてくるのは人類ばかりである。
「大智、火を頼む」
「えっ、あ、はい」
今回一緒に行動しているのは竜洋さんである。
彼の指示に従い手に火を灯すと、
「『風』」
船の中をふわりと風が吹き抜けた。それに乗っかるように、僕の灯した火が拡散していく。
「人類相手ならこれくらいでも十分だ。過剰に殺すのは好まない」
竜洋さんはそう言うと、
「行くぞ」
僕の肩を叩いた。
それからもちょくちょくと出会う人類と刃を交えつつ、火を放ち、風に乗せ、船を着々と燃やしてかかった。
そして甲板に出て花菜や湊さん、美有さんと合流したとき、
『みなさんっ! 至急お戻りください!』
切羽詰まった声で喜々音さんが連絡を入れてきた。しかしその直後に、
『ダメだ、来るなっ! 危険だ、そっちで待機してろ!』
安久斗様の声も続く。
『ですが、向こうはもう沈みますっ!』
『それでもだっ! それとあとお前も行け! ここは俺に任せろ!』
『何を……』
そんなやり取りの直後、甲板にゲートが開いて喜々音さんが転がってくる。
「きゃあ!?」
喜々音さんの悲鳴と同時にゲートが閉じる。
「何があったの?」
僕らは心配になって喜々音さんに尋ねると、
「萌加様が目を覚まされたのですが、自我がない様子で暴れておられまして……」
そんな言葉が続いてきた。
「それって、この前の……」
「私たちが経験したやつかも……」
僕と湊さんは顔を合わせて言う。あの夜のことはみんなにも共有してあるため、喜々音さん含めて頷いた。
「安久斗様が対応されているの?」
「えぇ、先ほどのやり取りが聞こえていたか分かりませんが、もし聞こえていたならその通りで」
花菜の質問に喜々音さんが返す。
「それなら安心かも……」
安堵する湊さん。しかし、不安もある。
「あの状態の萌加様はとても強い。安久斗様が対応されているといっても、船に損害が出ないとは言い切れないんじゃない?」
「安久斗様は無事であっても船が無事じゃ済まないかもしれないわね」
僕と花菜はそう意見を交わす。
「ですが安久斗様のことですので、そこの対処はしっかりなされるかと思いますが……」
そう言うものの言葉を濁す喜々音さん。彼女も不安に思っているようである。
「それに、早く決着が付かなければ俺たちが危ない。もう沈みかけているからな、この船は」
中にいる人類は一掃したため自力で動くことはないが、徐々に沈んでいるのは確かである。
「その点は問題ありません。いざとなったら私がなんとかします。いつでもこの周辺ならどこでも転移できますので」
こういうとき喜々音さんは非常に頼もしい。
彼女がいればどんな状況であれ逃げ道の保証はある。
しかし、それでも問題なのは。
「ですが、自我を失われた萌加様が『さらし』を沈没させない保証がありません。安久斗様がなんとかして下さると信じておりますが、あのお方も絶対的な強さがあるとは言えませんので……」
そう、萌加様の自我がないことと、安久斗様が皇神種なことが何よりも不安なところである。
「いざとなれば祖神種様を頼る他にありませんが、あの状態の萌加様を見られてしまったら、最悪の場合……」
喜々音さんはそこで一拍間をおいて、
「晒されかねません」
ーーーーー
ーーー
ー
「落ちぶれたな、濱竹安久斗っ! 人類の真似事をして楽しいか!?」
強い炎が安久斗を襲う。
「なんだ、俺のことは分かるみてぇだな」
安久斗はそんな中でヘラヘラ笑う。
「お前ほど野蛮な皇神種を見たことがないからな、印象にだけは残っている。だが、ここまで野蛮だとは知らなかったぞ」
萌加はそう言って床を蹴り、安久斗までの間合いを一気に詰めた。
刀と刀が重なり合う。鋭い金属音が響き渡る。
「野蛮で結構。だが、人類の真似事をして面白がっているのは俺じゃない。そこだけは勘違いしてくれるな」
安久斗は萌加に言うと、能力を解放して萌加に水を被せた。
しかし萌加は火の神である。威力の弱い水ならば一瞬で蒸発させることができる。
「無駄な話だ。皇神種如きがこのわたしに敵うとでも思うな」
「あぁそうかよ、なんとでも言え」
心底どうでも良さそうに安久斗が返すと、萌加はムッと怒り、
「生意気な。格下のくせに己の立場も弁えんのか!」
そう言いながら安久斗に斬りかかった。しかし安久斗はそれを受け止めると、
「違うぜ、それはよ。格下は立場を理解するほどの脳がねぇんだ」
そうニタリと笑った。
「薄気味悪い奴だな、貴様。なぜ笑う?」
萌加が訊くと、安久斗は然も当然のように言った。
「俺は立場を弁えない奴だという立場を誰よりも弁えているからな」
「自他共に認める脳なしということか。気色の悪い話だな」
萌加は安久斗の言葉に顔を顰める。
「だがよ、それが意外と気楽なもんだぜ? お前も知っているだろう、濱竹安久斗はああいう奴だから仕方がないと周りから諦められている様子を。つまり好き勝手に振る舞えるんだぜ? 素晴らしいぜ、諦められるってことはよぉ」
「本当に話にならんほどの奴だ」
神類の風上にも置けない、と萌加は舌打ちした。
「ならばわたしが今すぐ消してやる。貴様のような奴など、人類文明の次に要らん」
「そうやもしれんが、そりゃ得策じゃねぇな。俺たちが争ったところで何の意味もねぇからよ」
萌加の言葉に安久斗が返す。そして安久斗は萌加を突き飛ばして距離を取ると、
「ここじゃ狭いからよ、もっと広いところに行こうじゃねぇか」
そう言って萌加を外に連れ出した。
両者がやってきたのは甲板だった。
絶賛『さらし』は戦闘中にあるが、そんなことなど構わずに両者は揺れる甲板の上で向かい合った。
「いいのか? 晒すぞ?」
「やれるもんならな」
安久斗の挑発に反応して萌加が安久斗に火柱を見舞う。
それを安久斗は水のバリアを生成して防ぐ。
しかしそのバリアの背面から萌加が迫り、水を突き破って安久斗へと刀を振り下ろした。
「おっ……と。あぶねぇ」
安久斗は間一髪で萌加の攻撃を受け止めると、
「『液体化』」
自分の体を水に変えて甲板の床へと消えていった。
「チッ、無駄なことを」
萌加はそう言うと甲板を焼き払おうとしたが、
「……っ!?」
真上から飛来した同盟軍の砲弾に被弾しそうになり急いで飛び退いた。
戦艦『さらし』の甲板に、砲弾が一発直撃した。それは大きな音を立てて爆発し、船をグワンと大きく揺らした。
「こんな戦い方をするなんて……。落ちぶれたな、何もかも」
萌加は歯軋りをすると、
「濱竹安久斗っ! 貴様、どうせ生きていよう? 聞こえるならば聞けっ! 停戦だ、それよりわたしらは協力してやなねばならんことがあろう? 貴様なら言わずとも分かろう。私に続け、悪しき文明を滅ぼすぞっ!」
萌加はそう叫び、甲板から飛び立った。
一方、安久斗はその声を甲板の下で聞くと、液体のまま船の排水口より凍てついた海に潜り込み、潮水の中を漂って海中より萌加に従った。
萌加は先ほどの砲弾を放った扶桑国の戦艦に乗り込むと、船の内部に火柱を放ち回った。
安久斗は吸水口から船の内部に潜り込むと、内部機関を水でショートさせて回った。
船は機能を停止する。
萌加は乗員を滅する。
そして両者は船の中で合流すると、
「全て壊さねば気が済まんっ!」
「まぁ落ち着けよ、この船、上手くいけば鹵獲できるんじゃねぇか?」
「なんだ、そのロカクって。壊すよりも面白いのか?」
「そうだな、面白い見せ物になるな」
安久斗はそう言うと、破壊に走ろうとする萌加を宥めながら主砲を操作する。
なお、安久斗は主砲の操作などしたことがなかったが、この戦争で『巡回』という名目で主砲の扱い方を観察していたため、なんとなくで動かせてしまうのだ。
安久斗は、この船の大きな主砲を同盟軍の戦艦に向ける。そしてニヤリと笑うと、萌加に「燃やせ」と言った。
萌加は主砲に火を付けた。電子制御の外れた主砲は、萌加の放った火に反応して弾を撃ち放った。
そして、同盟軍の戦艦を大破させた。
「あっははははは。な、愉快だろう?」
安久斗は大笑いしながら、轟沈する戦艦を眺める。
「何が愉快かさっぱり分からんな」
対する萌加は不満げだった。
「お、そうか? ま、感じ方はそれぞれだからな」
安久斗はそう言うと、そっと萌加の背後に回った。
「お前も撃ってみりゃきっと分かるぜ?」
そう言って、萌加に砲弾を差し出した。
「ほれ、これをここに入れんだ」
そうやって萌加に教えていく。萌加は馬鹿馬鹿しいと思いながらも砲弾をセットした。
「そしたらあとは火を付けるだけだ。さっきと同じように。やってみろ」
安久斗の声に、渋々ながらも萌加は火を付けた。そして同様に、主砲が火を吹いて水面を揺らした。
しかし、その轟音と同時に安久斗が萌加の首を腕で思いっきり絞めた。
「うぐっ……! うがが……!」
萌加はパニックに陥る。力の限り、安久斗を焼き殺そうと火で自分を包んだ。
その火柱は、戦艦を突き破って高く昇り、弾薬庫に火を付けて大爆発を起こした。
安久斗と萌加はその爆風に飲み込まれながら、海に投げ出された。
火だるまになりながら凍る海に飛び出すと、萌加の熱によって氷が溶け、海水は蒸発し、どんどんと塩が付着していく。
「うぐぐ……!」
流石の安久斗でも無傷では済まされないほどの灼熱。火傷を負いながら海に飛び込んだために、傷口に触れる潮水が痛くてたまらなかった。
しかし堪えて、なんとしてでも萌加を離さずに絞め続け、遂には萌加の動きを停止させるに至った。
「……よし」
安久斗はそう呟くと、すぐに能力を発動して、水の橋で戦艦『さらし』に帰ってきた。
塩まみれになった萌加を部屋に横たえ、自分も地面に座り込むと、一気に傷の痛みと疲労に襲われた。
手元にある無線機で喜々音に帰ってくるように指示を出すと、すぐさま日渡上神種が集まった。
「萌加様っ!」
「安久斗様!? そのお怪我は……!」
真っ先に萌加の心配をする花菜と湊、安久斗の様子を見て驚愕する大智と喜々音。特に何も言わずに安久斗と萌加の両方を見渡すその他に別れるその様子に、安久斗は少し面白さを覚えて笑った。
「お前らの神は、強いぜ。めっちゃくちゃ強い。誇れ、誇りに思って生きろ」
安久斗は痛みを堪えながら笑った。
「そんな萌加様を止めることができる安久斗様のことを、私は誇りに思います!」
喜々音がそう安久斗に言うが、安久斗はその喜々音の頭を撫でながら首を振った。
「お前は俺を誇りに思わなくていい。お前は一生、俺を恨め。その権利がお前にはある。だから心にもないことを言うな。自分に正直に生きろ」
その安久斗の言葉に、喜々音も首を振る。目に涙を溜めながら、「それはそれ、これはこれです」と。
そして喜々音は「ニャノ!」と呼ぶと、安久斗の治療のために救急箱を持ってくるように命じた。
「やはり、塩しかないんでしょうか?」
一方、萌加の様子を案じている湊はそう呟いている。
「今のところは、それしか有効打がないな」
安久斗がその呟きに反応する。
「だが、お前と大智が先にこの状況に出会っていてくれて助かった。その情報がなかったら難しかったぜ」
安久斗がそう言うと、
「そんなことないですよ、きっと安久斗様ならどんな状況でもこの結末に持って来られますよ」
大智がそう返した。それを聞いて安久斗が笑う。
「お前は自分の国の神が俺に負けることを容認してはならないだろうが。応援するなら萌加を応援しろ」
「あ、たしかに……」
そんな間抜けた会話が場を和ませたと同時に、
「きゃあぁ!?」
船が大きく揺れて、ニャノが転がりながら部屋に入ってきた。
「海戦は未だ終わらずか。相変わらず船の量が多いな」
安久斗はそう言って、
「よし、お前ら。俺に構わなくていい。もう一度、暴れるだけ暴れて来い。どこの船でもいい。船の選択は喜々音に任せる!」
そう命令を出した。
「「「安久斗様の仰せのままに」」」
全員がそう返事をすると、喜々音が真っ先にデッキに出て敵の船を確認する。
まったく、遂に日渡の奴まであの文句を言うようになったとは。
安久斗は少し呆れに近い感情で、しかしどこか気持ちが昂るような気持ちの良い心地を覚えながら、そんなことを思ったのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
《《再起動が完了しました。》》
ーーーーー
ーーー
ー
神紀4998年、冬至後3日、日暮れの頃。
サハ大陸連邦を占領した協商軍は、第二艦隊をオハ、ノグリキ、北知床に分散して配置していた。
そのうちで、動きがあったのはオハであった。
扶桑国の首都、勘察来から、大艦隊がオハへ向けて出撃してきたのだ。
オハを防衛していたのは、好都合にも済田政樹率いる主力艦『かいたく』が含まれる艦隊であった。
扶桑の大艦隊と、大連邦協商の、サハ大陸を賭けた戦いが幕を開けた。
これが後に言う、『第一次大陸防衛戦』の始まりである。
政樹は最初、他の位置に停泊した戦艦は動かさず、自身の乗る『かいたく』とその護衛を司った船のみで大艦隊を相手しようと考えた。しかし、扶桑の艦隊は想像以上に強く、第一回戦は引き分けに終わり、続く二回戦、三回戦では劣勢を強いられた。
そこで政樹は、名護密に応援を要請。大陸の防衛をより強固なものにするべく、中京の技術で海沿いに砲台を設置すると同時に、名護より追加で十隻の船を持って来させた。
その船に他の場所を防衛させ、第二艦隊は扶桑との戦いに全艦投入した。
これにより、一気に優勢に切り替わった大連邦協商は、扶桑の大艦隊の大半を沈め、大陸の防衛に成功したのだった。
全ての戦闘が幕を終えたのは、戦闘開始から実に3日以上が経過した、日付が7日に変わった頃合いだった。
ーーーーー
ーーー
ー
大海戦は、同盟軍の粘り方が著しかった。
僕らも何度も出撃して幾多もの船を機能停止に陥らせたが、何よりも船の数が多くてキリがなかった。
そんな戦いは、冬至後7日の未明にようやく終焉を見た。結果は、僕ら大連邦協商の勝利である。
戦艦『さらし』は何度も被弾して、度々火災が起きたが、まだまだ航行を続けられる状態である。
第一艦隊、第五艦隊合わせて7隻の沈没、23隻の損傷が確認され、損傷した船のうち自力で航海が可能なのは19隻であった。
かなり数を減らしたが、被害は世界北部同盟軍の方が著しい。
何しろ、一隻残らず沈没したのだから。
来るもの拒まず去る者許さず。それが今回の様子をよく表している言葉だろう。
協商の第一、第五艦隊を沈める絶好の機会と言って多数の船が集まり、敵の船の数は大小合わせて120を超えていた。対するこちらは37隻。その圧倒的不利な状況から一転し、捨子古丹島を第三艦隊が強襲したことにより同盟軍に焦りが見られ、その同盟軍の船を一隻残らず逃がしはせず、その場で沈めてみせたのだ。
いやぁ、大変だった。
何度も命の危険を感じたけれど、喜々音さんが毎度人類の船を選んでくれたために大した苦労もなく沈めることができた。
その分、数が多くて疲労で死にそうだったけど。
「上々だよ、ほんとに〜。助かるねぇ、助かるねぇ。君たちの働きは洋介にも伝えておくから、何かしらの勲章や報酬を与えるように言っておくよ〜。それくらいには戦果に貢献しているよ」
戦闘後、僕らのところに来た歌仙様が残された言葉だ。
濱竹日渡連合軍は地道にその名声を上げ、今では『さらし』の内部に知れ渡っていた。
しかし、僕らの戦い方は全く以て綺麗とは言えないらしく、批判されることも少なくない。
特に安久斗様が皇神種であることに託けて、やはり皇神種など、とか、始祖勢と違って卑劣な輩だ、とか、その愚痴は多く船の中に蔓延っている。
その声を聞いては腹が立つが、安久斗様は何故か満足げに笑っておられるため、最近は僕らも気にしなくなった。
一方で、未だに慣れない萌加様にとっては辛いようで、
「どうしてみんな平気なの? 卑劣というよりも、わたしたちが人類のような戦い方をする道理はどこにもないんだから、これがあるべき姿じゃないの?」
と不満げに愚痴を溢される。
ところで萌加様だが、以前の暴走の件はやはり綺麗に記憶から抜けておられるそうで、安久斗様と戦ったことや、どうして倒れていたかなどは、全く知らないことだそうだ。
しかし、話を聞いていくと、
「山奈志乃って祖神種に襲われて、なんでか知らないけど戦闘になって……。そのあとの記憶はないんだ」
などと仰るため、至急志乃様を呼び寄せて僕らは話し合うことになった。
そしてその中で、志乃様は萌加様をかつての知り合いと勘違いして萌加様に声をかけられたことが分かってきた。
しかし、その志乃様の仰る知り合いというのが、
「燃というの。本名は知らない。強くて、私とも互角だったから、おそらく祖神種。富田山の麓の樹海に住んでいて、今の羽宮領のあたりの覇権を握っていた。でもそれ以上の情報は知らない。ある日ぽっくり見なくなった」
「燃ですか。聞く限り火属性ですな」
安久斗様が唸る。
「聞き覚えはありますか?」
僕が訊くと、
「ない」
即答された。
「どこかの協定国家に潜んでいたら、間違いなく秘密兵器扱いされただろうな」
容易に想像がつく、と安久斗様。それに頷く志乃様。
「でも、聞いたことないよ? わたし一応、協定靜にいたけど……」
萌加様がそう言う。
「私もない。近くの協定国家は沼と靜だったけど、あそこら辺は色々なことが起きすぎててよく分からなかったというのが実態。特に沼は、崩壊と吸収と分離と編入を繰り返しているから全く分からない」
「では、そのまま沼の中に取り込まれた可能性もあるわけですな」
「でも、協定沼ってたしか……」
神々はよく分からない時代の話を繰り広げる。
「協定沼は、隣の協定靜から攻撃を受けて、早々に羽宮と富田を奪われましたな。それで崩壊して、蛇松が残った構成国家を吸収併合したんです。俺と共に超大国を名乗ってた奴だからよく覚えているものです。そんでそんな超大国の状態で、何を思ったか協定小田島に編入を願い、それが受理されて小田島勢力になると、今度はそこが協定夏半に吸収されて、一時期は夏半の構成国家になっていましたな」
安久斗様は沼国の話を淡々と語られた。ほんと博識だなぁ……
「でも、夏半はそのあと大帝国の東輝と決戦し敗北し、帝国に併合されることになった。その時、協定夏半を構成していた国は全て夏半に併合されたわけだけど、その潰された国の中に沼はないけど?」
志乃様が安久斗様に問うと、
「沼は夏半が東輝とやり合う直前に協定から離脱して、一度独立してから今度は協定猪頭に編入を願ったものでして。そして編入したら超大国から大山、伊月場、島波を独立させて、今の国の形に落ち着かせておりますな」
「面倒なことをしているというのか、先を見る目があるというのか」
「偶然にしては出来すぎている結果だね。さすが蛇松……」
安久斗様の解説に志乃様と萌加様が反応される。
「だが、その中でも燃という名を聞かないというのは不思議なことですな。あれだけ様々な国と関係を持っているのに、一切その名が外に出ないとは」
安久斗様がふむと唸る。
「そうなると、協定沼にはいなかったということになるか」
志乃様がそう言って、
「探すのは至難の業か」
そう呟かれた。
「一応、東部の奴らにも聞いておきましょう。協定国家の秘密兵器となれば、『御厨あかり』くらいの知名度になるはずですからな」
そう安久斗様が言うが、あまりピンと来ていない様子の志乃様。
「お、存じ上げませんか? 『御厨あかり』を」
そう安久斗様が尋ねられると、志乃様は「うん」と頷かれる。
「協定周知の秘密兵器と言われる謎の少女なの」
萌加様がそう教えると、
「どこのことかさっぱり分からないけど、色んなところに似たような話があるね」
と志乃様。
「距離が離れれば知名度もまちまちですな」
安久斗様の言葉に全員が頷いていた。
と、そんな感じのやり取りがあり、結局はどうして戦闘になったのかイマイチ掴めないままであったものの、そこはあまり重要視されない世界のようで、それ以上に志乃様の知り合いと萌加様が似ていたように見えたということがただただ浮かび上がってきた。
敵の船を殲滅し終わった朝から昼にかけては、船の仮の修繕を行い、洋上を漂っていた。
日が沈む頃合いに、第一艦隊に追従する形で僕らは進み、次に目指すのは第三艦隊が未だ要塞の制圧を試みている最中の捨子古丹島であった。
この島の戦いには介入せず、ただ艦砲射撃を行って通り過ぎるだけに留めろという指令だ。
全ては第三艦隊に任せておき、僕らは次の目的地、幌筵島へと向かうことになるのだった。
道中にある島々に、片っ端からえげつない量の砲弾を撃ち込んでいく。
どれだけ小さな島であろうとも、敵兵が潜めそうな大きさであるならば徹底して射撃が行われた。
時折、その島から船が出てきて小規模な海戦になるが、その規模もたかが知れていた。
そして、ついに見えてきた、幌筵島。
敵の本拠地、占守島の南隣に位置し、その距離はもう目と鼻の先である。実質この島を制圧すれば勝ったも同然と言えるほどの、重要な拠点である。
「恐れることはない、お前らならできるはずだ。なに、俺も萌加もいるんだ。心配ないさ」
出撃前の緊張した空気の中、安久斗様はそう微笑まれて僕らを励まされた。
ありがたいお言葉である。
この戦いは、今までとは全く違うものになる。
それは、この島を占領することが目標なのだ。今まで第五艦隊は洋上の敵を撃って沈めるということを行ってきた。しかし今回、島に上陸して、地上の敵を襲って島を占領することが目的なのだ。
島ということは国があり、国ということは神がいて。
今までの、人類が混じった洋上の戦いとは違う。圧倒的な格差が存在する、神類の戦いだ。
「さ、行け! 全軍、砂太郎に続けっ!」
神類の戦い。
すなわちそれは、国をかけた存亡の戦い。
ここに、歴史に残る戦闘が幕を開ける。
神紀4998年、冬至後10日。『幌筵島要塞戦』、開戦。
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ーーー
ー
「志穂、羽宮の軍からいくらか兵を分けてほしいんだけど」
協商第三艦隊の主力艦『ひょうが』の靜連邦軍を担う富田蓼は、自身の指揮下に入っている羽宮志穂にそう持ちかけた。
「いいけど、富田の兵力、そんな少なかった?」
志穂が尋ねると、「想定以上に敵が強くて。実は多くを失っちゃったんだ」と蓼。
志穂は、それほど危険な戦いに自身の兵力を引き渡したくはなかったが、蓼との関係を、もっと言えばその裏にある靜との関係を崩したくなくて頷いた。
「作戦立案は、なるべく慎重にしなくちゃね」
志穂はそう蓼に言って、羽宮の軍隊を好きに使って良いと許可する。
「助かるよ。次こそ上陸してみせるから!」
蓼のその言葉に、志穂は期待ほどほどに微笑んで、
「応援してる」
とだけ返した。
第三艦隊は冬至後5日現在、未だ捨子古丹島に上陸すらできていなかった。同盟軍の築いた要塞があまりに硬いことと、厳しい寒さという慣れない環境に阻害され、思うように揚陸できないでいた。
同盟側、捨子古丹島の要塞を守るのは、この捨子古丹島を国として持つ、捨子古国皇神種、捨子古シャシコである。
相変わらずサハ列島連邦の神らしい道化の姿。弱々しい印象を抱く華奢なスタイルに、低い背丈。それを隠すように厚底のブーツに、もこもこした暖かそうな毛皮のロングコートを被り、頭から足までを覆っている。道化メイクの顔面がなければ、ただのお洒落で可憐な少女である。
「この島は渡さないっ! 侵略者を成敗するんだ!」
シャシコはそう声を張る。
「よく頑張っているよ、みんな! 侵略者は私たちの攻撃に怯んで、この要塞へと近づけない。うん、本当に凄い戦果だよ! 私は君たちを誇りに思うぞ!」
ただでさえ急峻で断崖絶壁のこの島を要塞にすれば、もちろん上陸するのは至難の業である。防戦の方が簡単なのは当然だが、防げて当たり前とせずにしっかり戦果として褒めて回り、過酷な環境下で戦う兵士の士気を保つこの方法は、シャシコ特有のものであった。
だから、兵士は頑張れるのだ。
だから、捨子古丹島要塞は硬いのだ。
第三艦隊からの砲撃を「負け惜しみ」と表現して、砲弾が飛んで来るたびに揶揄って大笑いをしてみせた。
すると兵士もその考えを推して、遂には協商の船を見る度に「また来やがった!」と嘲笑うほどになった。
シャシコは気の持たせ方が上手だった。どうやったら全員が頑張れるのか、言われたら嬉しい言葉は何か、常に考えられる神だった。また、常に明るく笑顔で振る舞うことを心がけていて、島民から絶大な人気と信頼を置かれていた。
このシャシコの最も特徴的なことは、平和主義者であることだ。また、サハの神としては珍しく人類文明を嫌っており、他の島の神とはあまり馬が合わない性格をしていた。
しかしながら、自身が皇神種ということもあり、自分の思想は常に隠して、占守シュムや択捉イテュルなど、力の強い神に従って生きてきた。神々が集まった場でも笑顔で振る舞い、マスコット的な存在として台頭していた。
彼女の間違えた点としては、この戦争を強く反対しなかったことだろう。
自分の島さえ残れば良い、自分の国さえ有れば良い、島民は必ず自分が守り抜く。そんな思想が強かったため、関東統一連邦だろうがサハ列島連邦だろうが、もっと言えば大連邦協商だろうが世界北部同盟だろうが、どこに所属しても同じことをするだけだと思っていたことが、唯一の間違いであろう。
もし彼女が関東との戦争を反対し、人類文明の排斥を訴え、仲の良い北嶺札穂と意見を交わし、関東やサハとの会談に意見ができたのであれば、この連邦の運命は変わったであろう。
しかし、彼女にはそこまでの考えはなかった。
ただただ、どんな状況になっても自分の島を守ることが仕事だと、そう認識しているのだ。どこに所属するかなどは、彼女にとって二の次であった。
しかし、それが間違いであったと気づいたのは、捨子古丹島の要塞化が始まった頃であった。
要塞建設の労働力として、大量の人類が扶桑国より送られてきたのだ。また、その要塞の技術も人類文明のものであり、シャシコとその島民は戸惑う他なかった。
要塞の建設後、シャシコと島民は、物資すらまともに届かない閉鎖的な環境を逆手にとって、こっそりと送られてきた人類を殺害した。そして死体を島を囲む崖の法面に貼り付けて、協商軍の到着を待った。
協商軍は、この捨子古丹島に上陸する際、崖に貼り付けられた人類を目にする。ここは極寒の地。死体は腐敗せずに凍り、ミイラ状態となって立ち塞がる。その不気味なことこの上なく、それに気を取られている最中に砲撃に遭うことがあった。
そして、捨子古丹島要塞の質は非常に高い。島の四方を睨むように砲台がいくつも設置され、急峻な崖からは土属性の能力者が岩や石を落としてくる。
島に近づいても上陸が出来ず、近づくのも砲撃で被害を出すために憚られ、まずは艦砲射撃で砲台や本部を狙うも、火山の火口や岩の窪みなどの凹んだ部分に重要施設があるために壊滅に至らない。
「シャシコ、あなたって奴は……」
指揮を執る北嶺札穂は冬至後7日、要塞が陥落しないことに痺れを切らし、羽宮志穂を呼び寄せた。
「あなた、確か『土属性』の『山』だったわよね? あの島の山を、噴火させてもらえないかしら?」
札穂の命令に、志穂は考える。
「難しい要求です。私が得意とするのは、山に対する信仰心を操ることや、山と意思疎通を行うことです。山そのものに何かをしたり、指示を出したりすることは得意ではありません。その類を得意とするのは、靜連邦には伊月場くらいです」
志穂の言葉に、札穂は頭を抱えた。
「でも、この艦隊には『山』の能力を持った神はあなたしかいないの。なんとかならない?」
「…………」
そう言われて、志穂は再び考えて、
「……『山』を怒らせることはできるかも」
と告げた。
「山を怒らせる?」
志穂の言葉に札穂が訊くと、志穂はひとつ頷いて、
「でも、上陸しなきゃ難しい」
とそう言った。
「それが難しいのよね……」
札穂はより頭を抱えたのだった。
冬至後14日、捨子古丹島要塞戦に動きがあった。
協商第三艦隊を指揮する北嶺札穂が、戦艦を飛び出して単体で捨子古丹島に上陸したのだ。
機関銃から発射される弾を全て躱し、上陸してからも襲い掛かってくる島民の攻撃を受け流して、要塞の司令部に乗り込んだ。
そもそも祖神種である彼女は、下神種や上神種からの攻撃など通用しないため、全く意味を成さないのである。
「久しぶりね、シャシコ」
「まさか単体で来るなんて思わなかったよ。型破りだねぇ、相変わらず」
旧友との再会に、内心嬉しんでいた両者であったが、現在は敵対している陣営同士だ。
「あなたとは殺り合いたくないから、穏便に和解できたら嬉しく思うのだけど」
札穂がそう言うと、シャシコは少し困ったような笑みを浮かべて、
「許されないでしょ、それは。ここまで10日くらい激しく戦ってきたのに」
「だからこそよ」
札穂はそう言った。
「これ以上の被害は、お互い望まないでしょう?」
「そうだね。それはそうだよ。でも、お互いに陣営というものがあるよ。昔ならまだしも、連邦とか同盟とか、そういう縛りがあるよ。みんなが激しく戦っている中、私たちだけ話し合いで解決してしまうのはどうなの?」
シャシコの言葉に、それもそうかと札穂は思った。
「じゃあ、話し合いじゃ難しいかしら?」
そう問うと、
「残念だけど」
とシャシコ。
「そう。それなら分かったわ」
札穂はそう言うと、それじゃ、と切り出して、
「あなたに警告よ。明日、私たちは茶番を捨てて本気でこの島に乗り込むわ。目的はただひとつ、この島から同盟軍を追い出すこと。抵抗したら皆殺しにし、しなければ捕虜として捕らえて全員の命を保証する」
そして札穂はこの後で、もうひとつ付け加えた。
「また、私たちが来たときに抵抗せず、すんなりと軍門に降ってくれるのであれば、終戦後の島の管理と運営を今まで通りあなたに任せる。なんと言ってもあなたは生粋の人類嫌い。関東統一連邦に入っていても通用するほどの思想の持ち主だからね。今回の戦争の目標に、本来ならばこの島は入らない。でも要塞化され、人類文明の息が掛かってしまったために、私たちはそれを浄化する」
その札穂の言葉に、
「軍艦使って人類のような戦い方をしてくるあなたに言われたくないけどね」
と笑いながら返した。
「だから茶番だって言ってるじゃない」
札穂がそう返し、両者はその後で大笑いした。
「分かったわ、それなら考えておく。国民と話し合って決めるわ」
シャシコの言葉に、札穂は頷いた。
こうして捨子古丹島要塞での北嶺札穂と捨子古シャシコの会談が終わった。
翌日、北嶺札穂率いる協商第三艦隊の上神種以上120名は、船を飛び立ち捨子古丹島に向かった。
一切の抵抗に遭わずして島に降り立つ。島には誰の姿も確認されない。
ゲリラ兵に化した可能性もあるため慎重に歩いて本部を目指すと、その建物の中に島民全員が集められて座っていた。
協商軍が入ってくると両手を挙げて、抵抗の意思の無さを示した。
しかし、シャシコは見当たらない。
「まさか……!」
札穂は不安になった。
自害していないだろうかという最悪の事態が連想されたからだ。
「捨子古シャシコはどこにいる?」
札穂は島民に尋ねると、島民は「上の階にございます」と言った。
それを聞いて札穂が走り出す。
2階を見て回り、いない。
3階を見て回り、いない。
4階が最上階であるが、そこにもいない。
残っているのは、屋上だ。
札穂の鼓動が速くなる。身を投げていないか、割腹していないか、あらゆる不安が頭を過った。
そして屋上に続く梯子を登り、戸を開くと、
「シャシコ……!」
そこにシャシコはいた。
腰まである長いサラサラの銀髪を風に靡かせて、いつもの茶色の毛皮のロングコートを羽織っている。
その下に来ている服は、いつもの道化装束ではなく、雪のように白いロングスカートに鮮やかな桃色のシャツだった。
そしてなんといっても、顔には一切のメイクをしていなかった。
「お、来たね」
シャシコはにこりと微笑む。その童顔がクシャッと潰れて、愛らしい表情になる。
「どうしたのよ、その格好。まるで……」
「原点回帰だよ。札穂とよく一緒に遊んでた頃の服装になるべく近づけたくってさ」
シャシコはそう言うと、グッと伸びをした。
「はぁぁ、心配して損した気分よ……」
それを見て札穂は大きくため息を吐いた。
「なに、死んでいるとでも思った? 嫌だなぁ、私がそんなことするような奴に見える?」
そう言うとシャシコは、
「さて、民のところに戻ろっかな。この姿を見せるのは恥ずかしいけど、いつまでも躊躇っているわけにもいかないし」
少し恥ずかしそうに笑った。
そうして札穂と共に国民の前にまで戻ってくると、
「シャシコ様!?」
「か、神様なのか……!?」
「あぁ、麗しい……!」
「お綺麗な方だ……」
国民からは肯定的な言葉が降りかかった。
シャシコは少し気恥ずかしそうにしながら、北嶺札穂以下協商軍を見て、堂々と宣言した。
「捨子古皇国は、これよりこの島の一切の権限を大連邦協商に預け、ここにその滅亡を宣言する! 我が神権は北嶺札穂祖神に返上し、ここに下野することを誓う」
その言葉に、国民の中には泣き崩れる者も少なくなかったが、暴動などは起きずに滞りなく事は進んでいく。
「大連邦協商を代表し、北地連邦祖神、北嶺札穂はその宣言を受諾する。捨子古丹島は今この瞬間に大連邦協商の手に渡り、その管理や権限を全て貰い受けた。また、捨子古シャシコを北地連邦の下野集団に迎え入れ、終戦後、この島の統治に最大限関与させることを保証する。また、島民はこの島に残らせ、その長として捨子古シャシコを任命する。これより先は、大連邦協商の一員として励め」
札穂の言葉に、島民とシャシコは大きな声で「はっ!」と返事をした。
神紀4998年、冬至後15日。
こうして捨子古丹島を巡る大連邦協商と世界北部同盟の戦闘に終止符が打たれた。
協商は要塞を落とせなかったが、この戦争史上初めて平和的に交渉を成立させ、捨子古丹島を手に入れた。
しかし、この3日後のことであった。
捨子古丹島最大の黒岳が噴火し、大規模な被害を出した。
黒岳の火口近くに本部を置いていた要塞は、これにより機能しなくなる。また、流れ出た大量の溶岩で集落は消え失せ、噴石や噴煙、火砕流で島民の6割が犠牲となった。
そして、その犠牲者の中には、かつて神であった捨子古シャシコもあった。
あのとき、神権を返上せずに神であったならば、彼女は生き延びられたであろう。その特別な座から下野してしまったが故に、麗しき少女は亡くなったのだ。
彼女は、最期まで国民のために尽くしたという。
神であったならばその予兆を正確に捉えられたのだが、そうでないために予兆を見抜けず、これだけの被害に至ったのだが、そんな中でも避難の声掛けや誘導をし、島を覆い尽くそうとする火砕流に対して自身の権能を放ち、被害拡大を食い止めたそうだ。
しかし、その後に逃げている最中、2度目の噴火が発生。真上から幾多もの火災弾が降り注ぎ、その中に埋まったという。
「国としての存在を失い、長年に渡って保たれた山に対する信仰も要塞化に伴って失い、山が怒った結果が、あれ」
その原因について、羽宮志穂は富田蓼に語った。
「山に聞いたの?」
蓼の質問に頷いて志穂は、
「私たちが上陸したときには、既に山は怒っていた。取り返しがつかないくらいに怒っていた。あの山を怒らせたのは、あの国の民たち。だからあの噴火は、起こるべくして起きたこと。何も不自然なことはない」
と言った。
しかし、この悲惨な事件に目をつけたのは、他でもない占守シュムだった。
彼は、裏切った者に対する当然の報いだとして、サハ列島連邦の神々に噴火の情報とシャシコの裏切りを伝えた。
都合よく、シュムの能力が『土属性』であったため、あの噴火も自分が引き起こした見せしめだと豪語した。たしかにシュムならそれが可能であり、本当か嘘か全く分からないその情報に、世界北部同盟はもちろんのこと、大連邦協商も煽られていく。
「シュムめ……! 絶対に許さないっ!」
北嶺札穂は悲しみの中で怒りを表した。
「裏切り者に対する処罰か。妥当なところだ」
東輝洋介は鼻で笑いながら新聞を閉じた。
「自然災害に見せかけた事件、ね。面白いじゃない」
靜あおいはお茶を片手に呟いた。
この事件を皮切りに、大連邦協商と世界北部同盟の戦争は激しさを増していくのだった。
どうもみなさん、ひらたまひろです。今回もお読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。話が複雑で難しくなってきましたが、もうしばらくお付き合い願います。
だいぶ情報が出てきましたよね、特に萌加の件ですが、まだ謎は謎のままの方が面白いですね。
ですが引っ張りすぎると興醒めです。最近Xで話題の『100後に正体を明かすナンチャラ』だか居ますけど、あれも引っ張りすぎてしまった感が否めませんよね。適度に引っ張る分には良いですが、あまりに溜めすぎるのは良くないですね。
ところで、この話。実は当初、7万字を超えてしまっておりまして、これを書いている今の今まで調整をしておりました。ですのでカットされた部分といいますか、次回に持ち越された部分があります。不自然さはないように努めましたが、おかしな点がありましたら感想等に書いていただけると幸いです。ちなみにですが、いつもならあるはずの日渡サイドのストーリーが極端にないことから察せられると思いますが、はい。明の渡海統治のストーリーを省きました。とても重要な話ばかりだったので、どこを削るか迷いに迷いましたが、日渡の話を丸ごと次回に繰り越すことで無理やりなんとかしました。
さて、世の中はクリスマスですけども、私はひとりで寂しく大学へ通って講義を受けてまいりました。疲れましたよ。と、そんな愚痴は置いておきまして、今後とも『神継者〜カミヲツグモノ〜』をよろしくお願いします。それなりに物語の展開は決まっていますので、頑張って書きます。
それではまた次回、『サハ戦争・辛』でお会いしましょう。
よいお年を!




