表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
サハ戦争
49/107

「そう、沈んだのねぇ」


 占守シュムはニヤリと笑った。


「まったく、バカな連中。異世界にまで手を出すなんて。自分たちの力を過信しすぎじゃあないかしら」


 そう言いながら、彼は犬を撫でた。


「あぁ、沈んだのはいいのだけれどもねぇ、私たちの防衛線構築はどんなものかしら?」


 犬を撫でながら、思い出したようにシュムはそう尋ねた。


「はい、牟知列岩付近に我らが第一艦隊と第三艦隊、それに扶桑国からの援軍を並べ、防衛線は完全に構築できております。また既に捨子古丹島しゃしこたんとう温禰古丹島おんねこたんとうの要塞化が完了しております。残すは幌筵島ぱらむしるとうの要塞化のみです」


「幌筵島ねぇ。そこまで敵を寄せ付けないでちょうだい。あまりに近すぎるわ」


「えぇ、分かっております」


 占守シュムと会話するのは、占守国の臣、片岡である。なお、片岡に名前はなく、占守の臣は皆代々片岡を名乗るのが慣わしである。


「でも、協商はどうして動かないのかしらねぇ。動かなければ、私たちは完璧に防衛線を敷いてしまうというのに。もったいないわねぇ」


「間抜けですから、仕方ないことでしょう」


「そうねぇ。ま、こちらとしては好都合だからいいんだけどねぇ」


 そんな会話を交わす二者。


「このまま年末年始をゆっくりと過ごしたいものだわぁ」


 シュムの言葉に、片岡は大きく頷いた。


「奴らが動き出したら、必ず第四艦隊と同じ目に合わせましょう」


「そうねぇ。お仲間のところに連れてってあげないと可哀想だもんねぇ」


 シュムは片岡の言葉に笑うと、吹雪に揺れる窓を見つめた。


「もう、年が変わるわね」


 そう言って片岡に視線を送ると、


「来年もよろしくねぇ」


 と、満面の笑みを浮かべた。


 片岡は深く頷いて、部屋を後にした。


 神紀4997年冬至前12日、占守島での出来事である。




ーーーーー

ーーー




「みずきたちは無事なの……?」


 珍しく明様の言葉に不安が乗っかっていた。


「分からん。あおいが焦ったように『しみずと連絡がつかない』と言っていたから、万一の可能性を含んでいるとしか……」


「嘘でしょう!? なんで、そんな……嘘でしょ……」


 安久斗様の言葉に、明様は俯いてしまう。机に乗っかった手に力がこもっていた。


 重々しい空気が僕らを襲った。


 神紀4997年冬至前12日。先日の北端海戦で、異世界の人類国家の艦隊に第四艦隊が悉く沈められたという信じ難い情報が入ってきた。


 艦隊に所属していた全員の消息が不明となり、その中にはもちろん靜連邦軍も含まれていた。


 特に恐ろしいのは、そこに神様が含まれていたことである。


 靜の三大神が1人、しみず様。


 東部中枢国家の沼国の始神、蛇松様。


 そして、明様の親友である伊月場国の始神、みずき様。


「神が殺されれば、国家としての存続は不可能になる。三つ子である靜はまだしも、沼と伊月場は滅びる可能性が残されている。特に由々しき問題は、沼を失うことだ。また伊月場も東部諸国。沼と伊月場がなくなれば、いずれ南四と対峙したときに連邦東部の防衛が厳しくなる」


 安久斗様が独り言に近いような、誰に話しているのかよく分からない口調でそう言った。ただただ現状を整理して、それに伴う弊害をまとめているだけかもしれない。


「みずき……」


 明様が心から不安そうな声を漏らした。


「…………」


 安久斗様はそんな明様を見て、無表情のまま頭を掻いた。そしてその後に僕らを見て、


「お前ら、これをやるから遊んで来い。それと、崖川袋石古田崎の連中も巻き込んでみろ。ここにいても不安が募るだけだ。それに、連邦西部諸国の上神種で集うのもまた大事なことだろう」


 とおっしゃり、喜々音さんの手にひとつの石を乗せた。


「っ!? こ、こんなの……!」


「遠慮なんてすんな。好きに遊んで来い」


「あわわわわ」


 喜々音さんが慌てふためいていた。


 安久斗様は、慌てふためきながらもその石を拒絶する喜々音さんの手に、半ば強引に石を握らせると、背中を押して部屋から出した。また、僕らにも手で外に出ろと指示する。


 僕らが外に出ると、安久斗様は扉を閉められて、内側より鍵をかけた。僕らは追い出された形となり、船の廊下に立ち尽くすのだった。


「で、その石はなんなの?」


 花菜が喜々音さんに訊くと、喜々音さんは未だ動揺したまま、


「こ、これは…………」


 と言って、


「なんだか分からないんですが、おそらくは何かしらの高値で取引できる貴重なモノかと……」


 と小さな声で言った。


「分からないんかいっ!」


 思わず突っ込んでしまった。


「知識不足でごめんなさい……」


「あぁいや、怒ってるんじゃないよ。だから謝らないで。というか僕こそ突っ込んじゃってごめんね」


 僕に突っ込まれた喜々音さんが悲しそうに俯いたため、僕は申し訳なくなって謝罪した。


「……どうしたの? こんなところに集まって」


 そのとき、僕らに声をかけてきた方がいた。


 振り返るとそこには、葡萄色の装束を身に纏った小柄な女の子が立っていた。


 いや、女の子などと言ってはならない相手だ。彼女は甲信連邦の祖神、山奈志乃様である。


「あぁいえ、実はですね、」


 僕がそう言った瞬間だった。


 隣にあった扉(安久斗様と明様がいる部屋)の隙間から、青白い光が漏れ出した。そして同時に、空気が振動するような感覚が伝わってきた。


「っ!?」


 それに気づいた志乃様が、扉の目の前に結界を張る。その直後に、結界に押さえつけられた扉がガタガタと揺れて、隙間から水が噴き出した。


「なにが起きているの……?」


 志乃様が扉に向けて呟く。それと同時に、大声で「凛音!」と呼んだ。


 すると、どこからともなく凛音様が出てきた。


「どうしたの?」


「分からない。でも、この水凍らせて」


「えぇぇ、いいけど状況整理の方が先じゃないかしら?」


「そんなの後でいい。とにかく私がキツいの、助けて」


「あーはいはい、そういうことね」


 凛音様は呆れたようにそう言うと、能力で溢れ出る水を凍らせようとする。しかし、その水はなかなか凍らない。


「あれ? どうしてかしら……」


「ねぇまだ?」


「今やってるところよ。でもおかしいわ、能力が効かないの」


 祖神種の凛音様ですら水が凍らない?


 それはなかなかに不思議な事態である。


 しかし、それから数秒後に部屋の中は静かになった。水も漏れなくなったし、青白い光も消えた。明様と安久斗様が能力を解除したのだろうか。


「……ようやく終わった。いったいなんだったの?」


「とにかく、中にいる者から事情を聞きましょう」


 そう言って、凛音様と志乃様がドアノブを捻る。安久斗様が鍵を閉めていたため、それは開かないかと思われたが、予想に反して扉は開いた。


 しかし、部屋の中に入ると、摩訶不思議な状況が広がっていた。


「……あぁ、あなたたちでしたか。急に外から強大な能力で干渉してきたので驚きましたが、レジストできてよかったです。さすが祖神種といったところでしょうか」


「「っ!?」」


 その声は、とても透き通っていて美しく、しかしどこか空気が凍てつくような痺れも含んでいた。


 声の主は、椅子に腰掛けながら足を組んでいた。


 強力なのはその容姿だ。幼い少女のようだが、さらさらとした長く美しい金髪に、真っ白いお面を被っていて、そのお面には縦長の目と「へ」の字型の口のみが刻まれていて、簡素すぎるデザインに恐怖さえ覚えた。


 部屋には、そんな彼女の足元に転がる、明様と安久斗様が。


「貴様……!」


 歯軋りしながらそう言って真っ先に動き出したのは意外にも喜々音さんだった。


 しかし、そんな彼女を凛音様と志乃様が制止した。


「ダメッ! アレとは戦っちゃダメよ!」


「……戦闘は無意味。私たちはまるで赤子。手を捻られておしまい」


 そういう凛音様と志乃様の表情は恐怖で凝り固まっていた。まるで会ってはならない、見てはならないモノを見たかのように、少しずつ後退りをしていた。


「どうしてですか!? 安久斗様が! 明様がやられているのですよ!?」


「それでもよっ! 死にたいの!?」


 喜々音さんの反論に対して、凛音様が大声で怒った。


「『それでも』というよりも、『それだから』と仰るべきかと」


 そう言ったのは竜洋さんだった。彼は冷静に、喜々音さんに言い聞かせた。


「アレが誰かは分からんが、安久斗様と明様が2人で相手して勝てなかったヤツと見るべきだ。俺たちじゃどうしようもない」


「でも……!」


 喜々音さんは、濱竹上神種としての常識を有しているためか、勝てようが勝てまいが安久斗様の仇を取ることしか考えていないようだ。


 そんな僕らの論争を見て、お面の少女がクスクスと笑った。


「何がおかしいの?」


 威圧的に喜々音さんが言う。それに対してお面の少女は答えずに組んだ足を解くと、スクッと立ち上がった。


 そして今度は一段高い机にぴょんと腰掛けると、また足を組んで言う。


「祖神種が2体。山奈志乃と、永井凛音。だいぶ久々に見かけた気がしますね。それと、上神種が7体。様々な国の寄せ集め。それでも仲は良好なようで、さすがは安久斗さんの統制下にあると言ったところでしょうか」


「何が言いたいの?」


 少女に対して、今度は花菜がそう訊くが、やはり少女は答える気配がない。まるで僕らのことなど眼中にないような態度だ。


「……なぜ、あなた様がここに?」


 そう尋ねたのは凛音様だった。少女は凛音様の質問には答えた。


「神類文明の秩序の維持と、本当の意味での保護のためですかね。あなたたち関東統一連邦が振りかざす『正義』によって、今この世界は破茶滅茶になってしまっていますから」


「そういう文句は南四に言って。私たちには決定権も拒否権もないんだから」


 少女の言葉に返すのは志乃様だ。それを聞いて、少女がケラケラ笑った。


「決定権? 拒否権? まったくバカですね。あなたたちほどの祖神種なら、いざとなれば力で南四くらいねじ伏せられるでしょうに」


「でも南四は絶対的存在。逆らえば晒される」


「そう擦り込まれているだけですよ。実際に靜のように強気で立ち向かえば、その勢力を跳ね除けることができます。結局のところ、南四の祖神はみんな臆病ですからね」


 少女はそう言うと少し黙った。


 しかしその後、「でも、」と前置きして再び話し出す。


「それ以上に、あなたたちの方が臆病で腰抜けなことが分かりました。残念です。私はあなたたちのこと、それなりに評価していたのですが」


「……っ」


「何か言い返したいのですか? でもダメです、認めませんよ反論なんて。それにあなたたちなら分かるでしょう? 私に歯向かったところで無意味であることが」


「いちいち言動がムカつく神様(・・)ですね。でも、事実私たちは臆病者ですよ。南四に歯向かって全ての内連邦に襲撃されて晒されたくはありませんから、決定権も拒否権もないと思い込んでいるだけです」


「そうでしょうね。いいえ、そうでしょうとも。ですがあなたたちも祖神種。いざとなったら南四を晒せる実力を持っていることは覚えておくと良いでしょう。この世界が、これ以上過激な方向へと進まないように」


 その言葉に、志乃様が一言呟く。


「監視の役目は私たちの仕事ではない」


 それを拾った少女はクスッと笑って言う。


「確かに、その役目は私の役目であってあなたたちのものではないです。でも、私もずっとこの世界に居られるわけではないんです。実際、今回のこの不毛な戦争は、私の監視が行き届いていない時に起きました。私だって完璧ではありません。万能でもありません。ですから、私が全てを見ることは不可能なので、あなたたちも注意を払って見ていてくださいねというお願いです」


「見ているだけでいいならやる。でも止めることはできない」


「それで構いま……いえ、それでは今回と変わりませんね。……まぁいいです。口論しろとは言いませんが、上手い具合に大規模な衝突を避けてください。今回はまだ文明が滅びることは阻止できそうですが、次はないでしょうから」


「ん。善処する」


 志乃様がそう返したところで会話が途切れる。それを見計らっていたかのように凛音様が次の質問をした。


「それで、なぜあなた様はその皇神種と下野始神種と争ったのでしょうか?」


「争う……?」


 それに対して、少女はきょとんとした声で返し、自身の足元で転がる安久斗様と明様を見つめた。


 そしてしばらくして、「あぁ」と言うと、


「争ったのではありませんよ。彼らは私と争える次元にいないでしょう?」


「貴様っ!」


 その言葉に、ついに喜々音さんが怒って走り出した。


 僕の横では花菜と美有さん、それに湊さんも戦闘状態に移行していて、その様子を睨みながらもじっとしているのは僕と竜洋さんだけだった。


「あ、ちょっとあなたたち待ちなさいっ!」


 そんな凛音様の声に従うこともなく、喜々音さんは少女に突っ込み、花菜は蔦で少女を拘束しようとする。美有さんは抜刀していて、湊さんも水斬渡海を手に握っていた。


 喜々音さんが、少女の目の前に迫った。そして小刀で少女を刺そうとしたとき、少女は喜々音さんの目の前から唐突に消えた。


「ふぇ?」


 喜々音さんは戸惑ったような声を上げる。そんな彼女に、花菜の伸ばした蔦が絡む。


「わぁあ!? ごめん!」


 花菜はすぐに謝罪するが、2人とも状況の把握ができていない。


「怒りに身を任せて行動するのは得策ではありませんよ」


 そんな声は、天井から聞こえた。


 驚いて見上げると、少女は重力を無視して逆さまの状態で天井に立っていた。


「……あなたは何者なんですか?」


 僕が少女にそう尋ねると、


「あなたに開示するには、いずれもまだ早すぎる情報ですね」


 と返ってきた。


「でもひとつ言うなら、決してあなたたちの敵ではないということですかね。そうかと言って、味方と思われても不都合なのですが」


 少女がそう言うと、


「味方じゃないなら、明様と安久斗様をお救いするのが私たちの役目。あなたに敵意を向けることを、仕方ないと理解してほしいかも」


 と湊さんが言う。そして水斬渡海を少女に向けて、その名刀に能力を載せた。


 少女はそれを一瞥すると、「では、こう言いましょう」と僕らに告げた。


 そして右手の人差し指を立てると、次のように語った。


「ここにいる安久斗さんと明さんは、現在私の精神世界に核を閉じ込めてあります。と言っても、決して戦っているわけではありません。私の精神との情報のやり取り、と言ったところでしょうか。お二方は聡明なお方です。この神類文明で、重宝するべき存在です。もちろん、実力では私の足元にも及びませんが、固定観念に囚われない柔軟な思考と、誰よりも優れた実行力を有しております。彼らを失うのは私としても不都合で、不利益です。そしてもちろん、それはあなたたちにとっても同じこと」


「……どういうことだ?」


 竜洋さんがそう訊き返す。それを聞いた少女はクスッと笑いながら、右手で湊さんの水斬渡海を指差してから、その指をゆっくりと下におろした。その瞬間、湊さんが載せた能力が水斬渡海から剥がれていき床に海水の水溜りができた。


 驚く僕たちなど気にもせず、然もそれが当たり前の現象であるかのように天井に立ちながら少女は言う。


「つまりはですね、たとえ今、あなたたちが私を倒したのであれば、今後一生彼らは私の精神世界から抜け出すことができないのです。そこまで話せば、その意味がもうお分かりでしょう?」


「人質、ですか。あなた様らしくない戦法ですね」


 そう言うのは凛音様だ。しかし少女は肩を竦めて、「偶然の産物を活かして、分かりやすい言い方をしただけです。意図してこうなったわけではありません」とゆっくり首を振った。


「濱竹の配下たち。アレには絶対に手を出しちゃいけない。武器を納めて。それと、対立じゃなくて対話の姿勢を見せて」


 僕らにそう指示したのは志乃様だった。その声で、刀を持っていた面々は納刀し、能力を使っていた花菜はそれを解除した。


 そして僕らは一列に並ぶと、天井からぶら下がっているお面の少女を見た。


「……な? さすがだろ、俺の配下どもは」


「「「!?」」」


 途端、お面の中から安久斗様の声がした。


「そうですね、磨けば光る逸材を見ている気分でした。これからも手塩にかけて育てていくのでしょう?」


「あぁ、そのつもりだ」


「ちょっと安久斗、日渡上神種をまるで自分の配下のように言っているけど、あの子達は正式にはあなたのものじゃないのよ?」


「知っているさ。だがな、萌加のところに置いていても原石のままだろ。原石は、加工してこそ力を発揮すんだ」


「……それで喜々音に原石を渡したのね」


 少女のお面の裏で会話が繰り広げられた直後、少女が僕らをキッと見てきた。そして問うてきた。


「まさか、あのまま売ろうなんて考えてなかっただろうな?」


 その声は安久斗様のものだった。


「実を言うと、あれが何か分からなかったものですので、どうしようか決めかねておりました」


 それに答えたのは喜々音さんだった。


「そうだろうな。それでなければ、ずっと廊下に立ち尽くすなんてしないだろうからな」


 安久斗様は口角を上げたような声を発した。


「ちょっとその石、貸してください」


 そう言ったのは少女だった。喜々音さんは最初警戒したが、凛音様が原石を彼女から強制的に取り上げると少女の手に乗せた。


 少女はそれをジッと見つめると、「……あぁ、なるほど」と一言呟き、軽くポイッと僕らに投げ返した。


「うあぁ!?」


 間一髪でそれを取った喜々音さんは、その石を見つめる。


「…………きれい」


 思わず、と言わんばかりに喜々音さんが声を漏らした。そう、その手に乗っていたのは、宝石のように光り輝く一つの真っ赤な石だったのだ。


「さて、精神世界での情報共有も終わりましたし、あなたたちの核を放出します。以上が開示できる情報となります。これを活かすも殺すも、あなたたちに全て委ねますよ?」


 そんな僕らの反応を堪能した後で少女はそう言った。そして少女が天井から降りてきて、安久斗様と明様の身体に触れたとき、眩しい光が僕らを…………




 気がついたら、僕らは何故か、船内の部屋の中に倒れていた。先ほどまで貰った石をどうしようかと廊下で話していたのに。


 周囲を見渡すと、そこには何故か志乃様と凛音様の姿もあった。


「起きたか」


 その声の主は、安久斗様であった。


「安久斗様、僕たち……」


「ん? あぁ、この上階で中京の連中が催眠の実験をしたみてぇだぞ。お前らは廊下にいたから、運悪くその被害に遭ったんじゃないか?」


「催眠の実験、ですか?」


「あぁ。なんでも特殊なガスを使ったとかなんとか。結局失敗したようで、この情報も隠蔽されるだろうがな」


 安久斗様はそう仰った。それに対し、明様はその横で苦笑いしていた。


「初耳ですね、そんな実験」


 そう言いながら、凛音様が起きられる。すると安久斗様が笑いながら、


「凛音様と志乃様には、あとで詳細をお話し致しますよ」


 と仰る。それを聞いて、凛音様と志乃様はなんとなく何かを察したように頷いた。


「……あれ? 石が……」


 唐突に、喜々音さんが驚いたような声を上げた。


「うわぁ、何それすごい綺麗じゃない!」


 その石を覗き込んだ紗那がそう言う。喜々音さんの手には、先ほどまでの灰色の石ではなく、真っ赤に輝く宝石が乗っかっていた。


「いいか、お前ら。原石は磨けば光る。どれだけ光るかは分からないし、どれだけ磨けば光るかも分からん。だが、覚えておけ。無作為に拾った全ての石が、どれもこれも磨けば光るなんてことはない。光る石は限られていて、だからこそそれを区別して原石と言う」


 安久斗様が唐突にそう仰った。そして僕らを見るとニッと笑って、


「お前らは、原石だ。磨けば光る。宣言しよう。そして、俺が磨いて光らせてやる。どんだけ時間をかけようが、必ず光らせてやる。その第一歩として、今がある。この戦争がある」


 その声に、僕らは顔を見合わせてキョトンとした。しかし喜々音さんだけが深々と頭を下げ、声を震わせながら「そんなお言葉、勿体無いくらいです……!」と返していた。


 話が唐突に進んだため、イマイチ趣旨が掴めていない僕らと、安久斗様の言いたいことを完全に理解できている喜々音さんでは温度差がかなりあったが、それでも安久斗様は笑いながら、


「ま、今はまだ分からなくていいことだ」


 と仰った。


 それを聞いていた明様は呆れたようにため息を吐き、小さな声で、


「だから日渡上神種は安久斗の配下じゃないでしょうに」


 とぼやいていた。


 神々が悩んでいた第四艦隊の沈没の件に関してはもう既に話題に上がってこない。


 あの石といい、安久斗様たちの様子といい、話題の飛躍具合といい、なにか、僕らの知らない空白の時間に大きな変化が起きたような気がして、少しだけモヤモヤとした気分になった。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年冬至前10日、濱竹から渡海統治に対する『意見書』が送られてきた。


 僕が臣権限を使用して発行したものであったが、この発行に携わっていない濱竹の臣、浜松ひくま様の名で出すわけにいかず、濱竹神務卿下池川山樹の名前で発行されたことになっていた。


 内容は次の通りだ。


『旧渡海国領の日渡国による統治に関し、連邦統率国濱竹として意見する。日渡国神治首脳部は、可及的速やかに以下のことを決定し、濱竹国へと報告すべし。

1、旧渡海国領に対し自治領を設けるか否か。

 自治領を設けるならば、誰を領主とし、誰を小臣、小巫女とするのか、領域は何処から何処までか等の詳細も明示すべし。

2、旧渡海国領を兎山自治領へ編入させることは自治領設立の宣言に叛くものではないか。

 兎山自治領の設置条件には、旧領奪還を認めないことが含まれていたはずである。旧渡海国領の全域は旧兎山国領であるため、それを兎山明の統治下に入れることは旧領奪還と看做されても致し方ないと見るが如何か。編入させる場合は、それに対する充分な根拠に基づく反論を用意し提示すべし。

3、治安の維持に対する日渡国の具体的な計画と今後の治安改善の展望を公表すべきではないか。

 渡海難民が深刻な社会問題となっている今日、これ以上連邦西部の治安を悪化させぬべく、日渡国神治首脳部が考える治安維持のための具体的な計画を明示すべし。また、今後治安を改善するべく行おうとしている展望を、連邦西部諸国に公表し、賛同及び必要な協力を得るべし。』


 これらは僕らが濱竹議会で答弁した内容を踏まえての質問である。あのときは治安の改善が最大の焦点となっていたが、送られてきた意見の順番を考えるに、その後濱竹では渡海の在り方、言ってしまえば兎山自治領編入の方に危機感が向いたと思われる。


「渡海自治領を設立するのが一番いいんだけど……」


 年末のため、里帰りをしているいちかさんの元にその内容を伝えに御厨家に向かうと、いちかさんは快く家に上げてくれた。僕は御厨家の応接間に通されて、いちかさんに手紙を見せた。すると彼女はそのように呟いて僕に視線を送る。


 言いたいことは分かるでしょう、と言わんばかりの顔である。


「領主に成り得る存在が渡海にはいませんね。自治領を設立するとしても、認められるかどうか……」


 僕がその視線に答えると、いちかさんは「そうよねぇ」と言い、


「やっぱり直轄領にするのが一番収まりはいいんだよね」


 と、悩ましげに発言した。


「何をおっしゃいますの。渡海の領土は古来より明様のもの。兎山自治領に編入し、元ある姿へと戻すのが道理でしょう?」


 そんな声がしてふと顔を上げると、そこには肥え気味の中年女性が僕らを見下ろすように立っていた。


「お母さん……」


 いちかさんが呆れたようにため息を混じらせながら呟く。そう、女性の名は御厨こずえさん。いちかさんの母だ。


「そもそもいちか、私たち御厨家の目標は兎山国の再興を目指すことなのよ? 明様に神になってもらい、かつての兎山の領土を取り返し、国を再建することを目的として神治に参加したわよね。それなのに、どうしてあなたはその役目を放棄して、日渡萌加のために動いているのかしら。その磐田の坊ちゃんとも仲が良いみたいだし。かぶれちゃったの?」


 発言の通り、こずえさんは兎山国を再興させることしか考えていない。元はいちかさんもこんなタイプであったが、神治に参加するうちに明様のやる気のなさと日渡国の状態を理解して、兎山の再建など言わなくなった。


 もっとも、彼女の場合は兎山を再建したら連邦諸国(特に濱竹)からどのような仕打ちに合うのか理解したと言うのが正しいのかもしれないが。


「あのねぇ、お母さん。兎山の再興は現実的じゃないの。そりゃ最初は神治に参加して、巫女になって、日渡から兎山へと政権を移そうと考えていたけど、いざ巫女になってみればそんなことは非現実的な妄想で、とてもじゃないけどできっこないことだって理解したの。それに明様のやる気もない。かつてと今とでは、世界の在り方が全く異なるの」


 いちかさんは母親にそう言った。


「バカおっしゃい。明様にその気がないなら、あなたがそうさせるのが筋でしょう、何を甘ったれているの。それに、日渡萌加は腰抜けよ。明様から国を受け継いだ瞬間に濱竹にいい顔をして、下手に出て国を開いて。濱竹に媚び諂っていなきゃ生きていけないような腰抜けなんて、さっさと神から引き摺り下ろさないといけないわ」


「いいや、それは誤解だよ。というか、それだから尚更兎山を再興するなんて不可能に近いわ。濱竹との対立を生めば、この連邦では生きていけない。国ができた瞬間に滅ぼされておしまいよ」


「じゃあそんな風に濱竹を絶対的な存在にしたのは誰かしら? 濱竹に逆らえないようにしたのは誰かしら? どうして常に濱竹の下にいなきゃいけない状況になったのかしら? 強くて気高く尊かった兎山国を、これだけ弱く骨抜きの腰抜けにしたのは日渡萌加とその一派であることは明白でしょう?」


 軽い親子喧嘩のようになってきたが、僕は仲裁することを躊躇っていた。それは、僕が日渡派の上神種であるからだ。こずえさんが目の敵にしているのは何も萌加様だけではない。僕ら日渡派の上神種も目の敵にされているのだ。こんな時に仲裁でもした暁には、僕にまで火の粉が飛び移り巻き込まれるのは火を見るよりも明らかだった。


 御厨こずえ。まるで火災旋風かさいせんぷうのような奴だ。


「ただいま〜」

「お邪魔します〜」


 そのとき、玄関の扉が開く音に続いて2人の男女の声がした。


 男性が「ただいま」と発言し、女性が「お邪魔します」と発言していた。


「ん? 靴が。いちか、帰ってるんか? それと……誰だろ?」


 男性がなにやら呟いている。ずりずりと靴が地面と擦れる音がするから、靴を脱いでいるものと推測できる。


 そのあと、廊下を歩く足音が聞こえて、応接間の襖が開けられた。


 ようこそ、口論の続く部屋へ。


 居心地の悪い僕は襖を開け放った若い男性を見て、あぁ、そういえばこんな顔だったなと思った。そしてその後ろに申し訳なさそうに立つ若い女性。こちらにも見覚えがあった。


「お客様の前で口論とは。なかなかだね、お母さん。それにいちかも、あんまムキになんなって」


 男性は状況を見るや否や、2人の口論の間に割って入った。彼の名は光和こうな。御厨家の長男で、いちかさんの兄。23歳。


 喧嘩の仲裁の最中、僕の横に1人の女性が腰を下ろした。そして僕に軽く会釈した後で、


「……磐田の臣様だっけ?」


 と微笑んだ。


「はい、覚えていていただけて嬉しいです」


 僕はそう返した。


 彼女の名は涼菜すずな。もうひとつの兎山派、鎌田家の長女で、美有さんの姉。20歳。


 日渡伝書の編纂がここに役立ってくるとは思わなかった。おかげさまでこの面々の名前と年齢、関係性がパッと理解できている。


 実を言うと、かなり意外なことだが、いちかさんと涼菜さんは歳が1つしか違わない。対していちかさんと美有さんは2つ離れていて、いちかさん曰く「美有よりもスズちゃんのほうが仲が良いんだよねぇ。美有はどっちかって言うと『友達の妹』って感覚が大きいかな」とのこと。


 僕にとってこの発言は意外に思えた。だって美有さんといちかさん、相当仲良く見えるもん。友達の妹という距離感には思えない。


 ……まぁ最近は美有さんがサハ戦争に出払っているから、その距離感がどうだったとか、よく覚えていないけど。


「大変だね、巻き込まれて。御厨家って昔っから家族喧嘩が多いから。慣れた方がいいかも」


 困ったように笑いながら涼菜さんは言う。


「あははは。まぁ、そう何回も来るわけじゃないと思うので、黙って座ってるだけにします」


 慣れるほど何回も来るとは思えないし。


 その答えに、涼菜さんはクスッと笑った。美有さんよりも笑顔が眩しいように思えた。


 少し心が暖かくなったそのとき。


「というかそもそもねぇ、あんたはどういうつもりでここの家に平然といるわけ!?」


 僕に向かって、こずえさんの罵声の刃が飛んできた。


「あんたは日渡派でしょうが! なに、敵情視察かしら?」


「えぇ……?」


 困惑だ。何もしていないのに飛び火してきた。


「ちょっ、お母さん! なんで大志くんまで巻き込むのよ!」


「あなたは黙ってなさい!」


 いちかさんの言葉にこずえさんが大声で返す。いちかさんは何か言い返したかった様子だったが、それができなくなった。


「そうだぞ、いちか。どうして日渡派の奴を連れ込んだんだ? お前が家庭内代表になったのは間違いだったな。兎山の再興は見込めないし。次は俺がその座を取るべきだ。そして臣になって、兎山を再建する。俺たち御厨家が神治に参加する意義はそれ以外にないんだ。だからこんな奴を連れ込むな!」


 なんと、光和さんがこずえさんの肩を持ったのだ。……あぁあ、どうしてこうなるんだ。


「お兄ちゃんまで……」


 いちかさんは呆れたような、悲しいような、そんな声を上げた。


「いちか、あなたは御厨家の代表なのよ? 私たちは兎山国を再建させることを目標としているわよね? あなたが何かをやってくれないと、その目標は達成されないのよ。あなた意気込んでたじゃない、兎山を再興させるって。それを信じていたのに……」


 こずえさんもまた、失望したような声でいちかさんに言った。


「母さん、次は僕が代表になるから。そしてこの坊ちゃんから臣の座を奪ってやるから」


 そう言う光和さん。敵意を隠す気はないようだ。それを聞いた僕は今、どんな顔をしているのだろうか。……ものすごく腹が立っているというのだけは言っておこう。


「……はぁぁ」


 深いため息。しかしこれは、僕の口から出たものではない。


 僕の横に座った、涼菜さんのものだった。


「もう。見るに耐えないね」


 涼菜さんはそう言うと、僕の肩をトントンと叩き、


「ちょっとついてきて」


 と、柔らかい声で言った。そしてその次にいちかさんを見て、


「いちかも」


 と声を掛けた。


「涼菜ちゃん、私の話はまだ……」


「ごめんなさいね、おばさん。でも喧嘩を見せられるこちらの気持ちも考えてくださると嬉しいですね。いちかにも大志くんにも、鎌田家を代表して私から言い聞かせておくので、この辺でおしまいにしていただけますか?」


 涼菜さんは強かった。こずえさんにも屈託のない……というより屈託を見せない笑顔でそう告げて、


「お忙しいところお邪魔しました」


 と一言残すと、応接間から僕といちかさんを連れて玄関に至ると、ガラガラと戸口を開けて御厨家を出た。


「ありがとう、スズちゃん」


 家を出るや早々に、いちかさんは涼菜さんにそう言った。


「いいって。光和兄さんに声を掛けられて久々に顔出してみたら親友が親子喧嘩してたなんて、あんまりにも胸糞でしょ? 助けないわけがない。私も気分悪いし」


 涼菜さんは微笑みながらいちかさんにそう返した。そしていちかさんの手を掴むと、


「太田川へ行こ! 久しぶりに会えたんだから、少し河原でお話でも……」


 元気よく、嬉しそうにそう言って走り出そうとしたまさにそのとき、彼女は僕がいることを思い出したのかピタリと止まり、「ふぅ」と一息、まるで踊る気持ちを落ち着かせるかのようにため息を吐くと、


「いいや、それはまた今度、ゆっくりお茶会でもしようかしらね。今は……どうする? うちに来てもいいけど、御厨堂か磐田神社の方がいい?」


 優しい声で、僕といちかさんを交互に見ながら尋ねてきた。


「河原でも全く問題ないよ」


 そういちかさんが返す。「でも……」と何か言いたげな涼菜さん。僕のことを気にしているのだろう。


「それなら、僕は神社に戻りましょうか。その代わり、いちかさんは夕方に磐田神社へ来てほしいです。濱竹からの意見書について、もう少し話し合いたいので」


 僕はそう言ってから「では」と告げ、彼女たちに頭を下げてから神社までの帰路についた。


 いちかさんからの返事を待たなかったのは、聞くまでもないと判断したからだ。「河原でも問題ない」と発言したその時点で、きっといちかさんは、僕がそう切り出すことを想定していただろうから。


 晴天、寒空の下。からっ風が吹き抜けて土埃が顔に当たり、ピリピリとした痛みを感じた。




 徒歩の帰路。お天道様はあらねども、から風吹けば忽ち寒し。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年、冬至前14日。日没後。


 関東統一連邦第二艦隊は、補佐艦『知床』の救出へと向かったが、靜しみずより連絡を得ていた場所に船はなかった。


 周囲には黒ずんだ油や積載物、死骸が漂っていた。ここに船があったことは確かなようだ。


「……そうですか。ちませんでしたか」


 済田政樹はそう呟くと、ひとつため息を吐いた。


 通信機のダイアルを回して、連絡をする。


『どうしたの?』


 相手は、夏半若菜である。


「補佐艦『知床』は沈んだようです。靜連邦軍の安否は分かりませんが、文字通りどこにも見当たりませんので……」


『絶望的かもしれない、ということね』


 若菜もまた、ため息を吐く。しかしそれを聞いた東輝洋介の笑い声が通信機越しに聞こえる。


『はははははは! 靜連邦軍の安否が不明か! そりゃ奴らの戦力を削ぐことができたかもしれんな』


 彼の指す「奴ら」とは、靜連邦のことである。


「ですが、こちらも大損害ですよ。第四艦隊は全滅、協商軍としての兵士も多数失いました。確かにいずれ来る靜連邦との戦争においては有利になるかもしれませんがね、この戦争に負けては元も子も……」


『負けるだと!? バカなことを言うなっ! 我々が北賊ごときに負けることなどなかろう! まして人類なんぞ話にならぬ! そんなバカなことを抜かす暇があればとっとと柄江浦を占領せよっ!』


 政樹の言葉に、洋介が怒る。声が大きすぎて通信機が音割れし、政樹は反射的に顰めっ面で耳から通信機を離した。


「柄江浦への侵攻はこちら第二艦隊にお任せください。必ずや忌々しき扶桑艦隊を追討してみせましょう」


 額に青筋が浮かびそうになるのを我慢しながら、政樹は落ち着いた声で洋介に返した。


『うむ』


 洋介はそれだけ言うと、無線機の世界から姿を消した。代わりに若菜がその世界に入ってくる。


『ほんと、難のある性格よね。負けるなんて話をするとすぐああなるんだから』


「全くです。現実逃避も甚だしいですね」


 軽く陰口のようなことを叩く2名の祖神種。


『で、あなたたちは勝てるの?』


「ご安心ください。圧倒的な勝利をご覧に入れましょう」


 若菜に対して、政樹は胸を張って答える。


『じゃ、準備が整い次第速やかに討ちなさい』


「言われずともそのつもりです。そちらの方面もご武運を願いますよ?」


『はぁい、ありがと』


 若菜との会話はこれで終わった。


「……ふぅ。さてと、もうしばらく漂流している生存者がいないか探してから出撃準備をしますかね」


 政樹はそう呟いて、自分の配下に命令する。この周辺の海をくまなく詮索し、生存者や戦争の状況を示す証拠、また『知床』が沈んだ証拠を集めるように。




ーーーーー

ーーー




「ねぇいちか」


 冬空の昼下がり。日渡東部を流れる河川、太田川。その河原に腰を下ろして語らう上神種が2体いた。


 日渡国巫女の御厨いちかと、日渡上神種兎山派鎌田家長女の鎌田涼菜だ。


 涼菜は優しい声で、幼馴染の名前を呼んだ。


「ん?」


 その声に、幼馴染は純情な瞳を向けてくる。ひとつ年下の彼女は、幼さを残しながらも美しく整った顔を持ち、それが昔から涼菜にとっては羨ましく、しかし愛おしく思えていた。


「巫女の仕事、楽しい?」


 いちかにそう質問すると、その返事は静かに「うん」と頷くだけだった。


「そっか」


 その返事を聞いて、何かを察したかのように涼菜は言った。


「いちかは悩んでいるんだね」


「えっ……?」


 涼菜の言葉に、いちかは驚いた。


「そう、見えた?」


 いちかは笑顔を繕ってそう返した。しかし涼菜に向けられたその笑顔は、涼菜の不安を誘発させるに十分だった。


「そりゃ分かるよ、そんなに苦しそうに笑ってたらさ」


 涼菜の心には、霞が立ち込めていた。幼馴染を苦しめるその仕事に、この国に、そしてこの世界に対する、あらゆる不満が込み上げてきた。


「……ねぇ。苦しかったらさ、投げ出してもいいんじゃない? 少しくらい、気を楽にしてもいいんじゃない?」


「いや、別に……そんなに苦しいわけじゃないよ。確かに大変だけどさ、巫女なんてこんなもんでしょ」


 涼菜はいちかの心配をしてそう声をかけたが、いちかは首を振った。


「休むわけにはいかないよ。休んでいる間、あたしの穴埋めは誰がやるの? 大志くんは優しいからきっとやってくれるだろうけど、あんな小さな子に任せて休むなんてできないよ」


 いちかは真剣な顔で涼菜に言った。その言葉を聞いて、涼菜は更に腹が立った。彼女自身、どうしてこれほどにまで怒れるのか理解できていなかったが、心の奥底では、幼馴染を苦しめる全ての条件が揃いすぎていると感じていたのだ。


「そういうときこそ家族を頼ればいいんじゃないの?」


 そうやって、涼菜は言った。顔は笑っていたが、言葉は以前より少し尖っていた。


 しかし、その発言は尚更いちかを傷つけた。それに気がついた時は、もうすでに発言を終えた後だった。


 ハッとして、涼菜はいちかの表情を窺った。その顔はどこか悲しそうで、しかし諦めきって清々しそうなものでもあった。


「ダメだよ。あたし以外みんな、日渡を滅ぼしちゃう。それどころか濱竹にも喧嘩を売るだろうし、色々な方面から顰蹙を買うよ」


 ほら、見たでしょう、あの喧嘩を。と、いちかは涼菜に言って微笑んだ。


「御厨家の家庭内代表は、あたしじゃないといけない。少なくとも、国家として生き残る気があるなら、あたしが務めなきゃ。悪いけど、あの家族には任せていられない。今日久々に会って、心からそう思ったわ」


「……そうだよね。ごめんなさい、軽率な発言だったわ」


 涼菜はいちかの言葉を聞いて謝った。しかし、相も変わらず煮えたぎるような怒りが心の中を渦巻いていて、どうにも居心地が悪くなってしまった。


「ねぇ、いちか」


 そこで彼女は切り出した。


「夕方、磐田神社について行っていいかな? 私、いちかの力になりたい」


 いちかは「ふふっ」と笑うと、眩しいくらいにあどけなく、


「ありがとう。嬉しい」


 あぁ、なんて単純なんだろうか。と、涼菜は思った。その笑顔を見て幸せな気持ちになっている自分の心がどれほどにまで単純なのか、彼女は理解した。しかし、それを悔いているわけではない。寧ろその心の動きを得て、喜んでさえいた。


 心の霞は未だ消えていないが、少しでもいちかの力になれると思うと、涼菜の気持ちは幾分か落ち着きを取り戻したのだった。




 しこうして夕方に磐田神社までやって来たのだが、目の前に広がった光景にいちかと涼菜は固まっていた。


 続く長い石段の先、開けた芝生の庭に、青年と少女が向かい合うように立っていた。少女の半歩後ろには少年がいて、じっと話し合いの行く末を見ていた。


 と、少年がいちかたちの存在に気がつく。そして視線で何かを訴えてきた。


 いちかはその視線を受けて、涼菜に言った。


「ごめん、見ての通り深刻な事態で……」


 そう言った瞬間だった。周囲から光が消えたかと思うと、背後で少女が炎の剣を手に携えた。


 それと同時、向かい合う青年もまた刀を腰から抜き取ると、まっすぐ少女に向けて構えた。


「援軍すら出さずにわたしに全てを押し付けておいて、批判だけは一人前に言って。挙句ここにきて『統治できていないから俺たちが直轄化する』って言うなんて……! 信じられないっ!」


「落ち着きなよ。たしかに見栄を張って援軍を出さなかったのは申し訳なかったさ。でもね、君がこれだけ統治に苦戦するなんて想定外だったんだ。現状、渡海は日渡の負担になっているし、統治しあぐねているのも事実でしょ? それに、連邦西部に多大なる影響を出しているわけだしさ。それこそ、濱竹から意見書が送られてくるくらいには深刻なわけで。だったら統率国として、俺たちが直接管理しようと思ったんだよ。それが連邦のためであって、日渡のためでもある」


「ぐぬぬ……こっちの気も知らないで、いつもいつも、勝手に勝手に決めてさぁ……! 靜も濱竹も、統率国はいっつもそう!」


 そう言って、少女は地面を蹴る。一気に距離を縮めて青年とぶつかった。


 刃が当たる音が響き渡る。


「……そうね。力になりたかったけど、またの機会にするね」


「ありがとう。なんか、ごめんね。また顔を出すから」


「うん! また会おうね」


 戦闘が繰り広げられる側で、いちかと涼菜はそんな会話を交わした。このとき、涼菜の心の霞はより一層酷く立ち込めていた。


 そしてまた、いちかもそれに気づいていた。


「……スズちゃん。心配かけてごめんね」


 去り行く彼女に向けて、いちかは寂しそうにそう呟くのだった。




ーーーーー

ーーー




「ぐぬぬ……こっちの気も知らないで、いつもいつも、勝手に勝手に決めてさぁ……! 靜も濱竹も、統率国はいっつもそう!」


 萌加様は、そう言うと正面に立つ靜するが様に迫った。するが様は刀で萌加様の『炎の剣(フレイムソード)』を受け止めると、


「萌加、最近君は随分と短気なようだね。それに残虐になった。少し前までの萌加に戻りなよ。君の場合は強がると得るものよりも失うものの方が多いよ?」


 落ち着いた声で萌加に言う。


「本当は分かっているんでしょ? 自分がどれだけひどいことをしているか。どれだけ醜いことをしているか。そして、それをしても上手くいかないことも知っているんでしょ?」


 するが様は萌加様にそう仰ると、萌加様の『炎の剣(フレイムソード)』を押し除けると、刀の峰で萌加様の首を叩いた。


 ふらり、と萌加様はよろめいて地面に倒れ込んだ。


「……どうして、するがは……するがにわたしの何が分かるの……? するがに……わたしの、なにが……」


 萌加様は、地面に倒れたままぽつりぽつりと絞り出すように言った。震えた声に、ぴくりと動く肩。


 萌加様は、泣いていた。


「君は悪いわけじゃない。全くもって悪いわけじゃない。君のやり方は間違っていない。そうやって統治をしてきた国もあるからね。でも、いつもいつもそれを真似て、自分のカリスマ性を過信して空回るのは良くないよ。成功の事例を真似れば全て上手くいくなんてことはない。誰しも自分に合ったやり方があるからね。君にはこのやり方は合っていない。()()()君は、残虐なやり方が合わなかったじゃないか」


 するが様は何かを含んだようにそう言うと、萌加様の頭にそっと手を乗せて優しく撫でた。


「君は、優しい君でいなさい。その方が国のためであり、連邦のためになるよ。俺はそんな君を応援する。今の君のままじゃ、応援はできないけどね」


 その声以降、萌加様はぴくりとも動かなくなった。そんな萌加様をするが様は担ぐと、神社の本殿の縁側に寝かせてから僕のところへやってきた。


「あの、萌加様は……?」


 僕が訊くと、「大丈夫」と笑顔で返される。


「眠っているだけだよ」


 するが様の言葉に安堵する。


「それよりも、さっきの話。続きをしようか」


 するが様は僕にそう仰る。僕はその声に「えぇ」と返したが、


「ちょっと待ってください!」


 そこにいちかさんが待ったをかけた。その声にするが様は「どうしたんだい?」と返す。


「さっきの話とは何でしょうか。あたし、その場にいなかったもので……」


 いちかさんがそう尋ねると、するが様は僕に視線を向けられた。説明をしろ、ということか。


「するが様は『濱竹からの意見書』が無効になったことを僕らに知らせに来られたんですよ。これが靜からの……」


 そう言って僕は一枚の紙をいちかさんに渡した。そこには靜するがの名前で『濱竹からの意見書』を無効化することと理由が記されていた。


「……神務卿名義での意見書発行は靜連邦規約に叛く事案であり……濱竹は日渡に対する過度な内政干渉を……よもや看過できぬ事態……統率国として豈に有効と見なさざらんや……」


 いちかさんはその内容を流し読みしながら、ボソボソと口に出す。


「ま、そういうこと。日渡が濱竹の内政に関与できるのは臣殺しの賠償であって特例事項。でも、濱竹が日渡の内政に干渉していいなんてことはない。渡海難民に対しての対応を抗議することは可能だけど、こうしなさい、ああしなさいと指図することはできない。この内容は『意見書』と言うよりは『命令書』であり、内政干渉以外の何物でもない。それに、姉さん経由で安久斗に確認したら、安久斗は詳しい事情を知らなかったようだよ。つまりこれは、神が把握していない命令書となるため、どうして有効にしておくことができるかな。ま、発行人を偽装していないから法を犯したわけじゃないもんで、濱竹に対する処罰は一切ないけどね。そのおかげで有効発行人じゃないから無効にせざるを得ないけど」


 するが様はそう仰る。


「でも、それが萌加様との喧嘩に発展した原因ではありませんよね……?」


 いちかさんは紙を僕に戻しながら、するが様に尋ねた。


「そうだね。萌加を怒らせる原因になったのは、渡海を靜が直轄領化する提案を出したことだよ」


 するが様はそうお答えになる。いちかさんはそれを聞いて、


「またとんでもなく急に提案されますね」


 と不思議そうに言った。


「でも現状、それが西部を安定させるには最善の手段だと思っているんだ。僕ら靜に任せてくれたら、治安の問題なんて一瞬で片付く。周辺国家の不安も払拭されて、日渡にとっても統治の負担が減って、全てが円滑に進むと思うんだけど」


 するが様はそのように仰る。確かにそれは事実であるように思うが、僕らとしては複雑だ。今までやってきた全てのことが無駄であったんだと言われているような気分になるし、どうせお前らにはできないだろと言われているようにも取れる。また、あれだけ頑張って渡海を制圧したのに、その手柄を何もしていない靜に取られるのはなんとも言えない不満を抱く。


 実際、萌加様が怒った理由はそこにあった。


 どうやってこの立場上圧倒的に上の神様に断りを入れようかと悩んでいたところ、突如にしてするが様がハッとして空を見上げた。


 するとそこから、男性が降りてきた。背丈はそれなりに高く、ギラギラと光る装束を纏った不思議な者だった。


「よぉするが。探したぞ」


 男性はそうするが様に声をかけた。


俣治またはる……」


 するが様は少し厄介そうに、苦々しく微笑む。


「引きこもり同然のお前が外にいるとは珍しいな。それも西部にいるとは」


「それはお互い様じゃないかな?」


 嫌味を言い合う両者。神同士の会話であるため、僕らは会話に入れない状態になった。


「それで、俺になんの用?」


 するが様がそう尋ねると、男は一言、


「根々川が妖精(チビども)を匿いやがった。妖精自治領とかいう不届きな地帯に保護してやがんだ。あれをなんとかしろ」


 そのぶっきらぼうな物言いにするが様はため息を吐く。


「なんとかしろって……。はぁ、それは千鶴と話し合いなよ。俺の仕事じゃないでしょうに」


「根々川千鶴だ? はっ、バカ言えよ。あいつとの話し合いほど生産性のないものはない。お前も重々分かっているだろ?」


「それでも当事者に違いはない。現状、連邦単位の大きな問題になっていないんだから、靜はまだ当事者じゃない。まずは当事者の間で話し合って解決を……」


「靜が当事者になってからじゃ遅いだろ」


 その通りだなぁ、と思ってしまったのは黙っておかねばならないだろう。


 男性はそのままするが様に言った。


「それに、何度も言うが千鶴は話が通じない。奴は神治に一切の興味を示さなければ、相手の話を聞く気もない。どれだけ面倒な奴であるか、お前だって分かるだろ? だからこそ統率国の力を借りたいんだ」


「ちっ、めんどくさ」


 しかし、するが様はひとつ大きな舌打ち、そしてわざとらしくそう呟いてみせた。


「……。まったく、これだから靜は。そういうところ、まだ濱竹の方が紳士的だぞ」


「うるさいな。とにかく俺は、見ての通り取り込み中。たとえどれだけ話が通じない者同士のいざこざであっても、まだ当事者の間で解決が見込めるのであれば、統率国は軽率に動いちゃいけないだろ。下手したら内政干渉に成り兼ねない」


「じゃあ今のこの仕事を手伝ってやる。さっさと終わらせて俺の話を聞きやがれ。これを放置したらどれだけ面倒なことが起きるのか、じっくり話し聞かせて叩き込んでやる」


「うわぁ、いい迷惑だよ……。それに、お前が手伝うような仕事はないよ」


「それでも手伝えばいくらか早く終わるだろ」


 そう言った男性は、僕に近づくと、


「靜の用事はなんだ? 言って聞かせろ」


 そう尋ねてきた。


「え、えぇっと……」


 僕はチラリとするが様を見た。するとするが様が僕と男性の間に割って入って、


「はい、内政干渉。山へお帰り」


「よく言うぜ。お前誰よりも内政干渉しているだろ」


「統率国としての責務を全うしているだけだ。お前とは立場が違うんだ」


 ああ言えばこう言う。正しくそんな状態であった。


「あ、あの……!」


 そのとき、いちかさんが言い合うお二方に声をかけた。


「い、意見は多い方がいいので、その……どうか、渡海の統治について共に考えていただけませんか……?」


 恐る恐る、というような感じだった。それに対してするが様が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、隣に立つ男性は、大きく口を開けて、


「あっははははははははははは!」


 大笑いをした。




 男性は、靜連邦北端の山を拠点とする井谷いや国の神、井谷俣治様だった。面積は靜と濱竹に次ぐ大国で、軍事力では濱竹に続き第二位の実力を持つ。なんと靜よりも上である。


 神社に上がり、ちゃんと座って会談をすることになった。


「それで、旧渡海領を靜が統治すると言い出したのか?」


 俣治様はそう僕らに尋ねた。


「はい。それが理に適っているのは存じておりますが、どうも僕らとしては……」


「まぁいくら統率国とは言え、援軍すら出さなかった国にあっさり引き渡したかないわな」


 俣治様はそう仰る。そしてどうでもよさそうに鼻で笑いながら、


「それに、理に適ってるなんて。まったくバカげているな」


 と発した。


「どういうことですか?」


 いちかさんが尋ねると、俣治様はフッと笑った後で、


「靜、先に言っておこう。お前は卑怯だ」


 そう宣言した。


「なんだ急に。俣治には言われたくないよ」


 するが様は俣治様にそう返す。しかし俣治様は首を振って、「俺はお前ほどにはなれん」と告げた。そして僕らを見て、


「いいか、お前ら。現状を見ると、濱竹安久斗はサハに出ている。西部第二の影響力を持つ崖川あさひもいない。それすなわち、今は靜が西部に大きな影響を与えるのに誰も反発しない時期ということだ。濱竹安久斗に反発されると靜にとっては面倒極まりなかろう。だから奴がいない今、するがは西部に拠点を構えようとしてんだ。そこで利用したのが、お前らが上手く統治できていない渡海ってわけだ」


「持論だね、持論。全くそんなことは思っていないさ」


 俣治様の言葉をするが様はシッシと手を払いながら聞き捨てる。


「確かに持論だ。だがな、大半は当たっていると思うぜ。今まで靜は、そんなことばかりやってきたからな。特に典型的な例として、羽宮が……」


「うるさいなぁ! そんなことはどうでもいいだろ!? 日渡上神種このこたちを困らせるためにここにいるんだとしたらさっさと帰ってもらおうかっ!」


 しかし途端、するが様は血相を変えて怒った。


「そこまで言うなら帰ろう。ま、お前ら。そういうことだから、渡海は靜に割譲してくれるなよ。そのうち濱竹以外の西部が靜の植民地に成り兼ねん」


 俣治様はそう告げると、さっさと飛び去ってしまった。


「……はぁ。これだから井谷は嫌いだ」


 するが様はそう呟いてから、僕らを見て微笑むと、


「気にしなくていいよ。ただ、連邦の中にはああいう考えをしている神もいるんだ」


 と僕らに言い聞かせた。その後、するが様は小さくため息を吐くと、


「でも俺が渡海を統治することに対し、濱竹への挑発と見られる可能性があるということは、たしかにちょっと失念していたな」


 と後悔の念を口にした。


「それでは、渡海は……」


「そうだね。もう少し君たちにやってもらおうか。ただし、『濱竹からの意見書』は無効。これには変わりないよ。その代わりに、靜するがの名で『東岸諸国会議』の開催を命じよう。濱竹の意見ではなく、それよりも発言力が弱い昇竜川東岸諸国で話し合って、渡海の在り方を決めてみなよ」


 そうするが様は仰った。


「どうして『西部』ではなくて『東岸諸国』なんですか? 濱竹は……」


 僕が尋ねると、


「濱竹が入ると、君たちはみんな濱竹に従ってしまうでしょ? それじゃダメじゃないかって思うんだ。川で隔てられた濱竹よりも、陸続きの袋石や周知、武豊の方が被害を受けているだろうからね。この問題は、東岸諸国で解決するべき事案でしょう」


 するが様はそう答えられた。


 確かに濱竹の影響力は絶大だ。濱竹がいたら、みんなそれに従う風潮にある。それを防ぐためということか。


「分かりました、受け入れます」


 僕はそう決断した。


「うん。頼んだよ」


 するが様は僕に微笑むと、そのまま立ち去ろうとしてしまう。


「あっ、ちょっとお待ちを……!」


 それを僕は、急いで止めた。どうして止めたのか? それは、僕自身の思いつきに由縁するものだった。


「どうしたのかな?」


 するが様は僕に尋ねる。いちかさんも不思議そうに僕を見た。


「あ、あの。条件……いいえ、提案があるんです」


「提案?」


 最初、命令を受け入れる条件として提示しようとした。しかし、そんな地位にいないだろうから思い直して、提案と言い直した。


 その提案は、


「渡海政策から、萌加様を切り離したいんです。だから……」




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年、冬至前7日。


 日渡にいる大志から一通の手紙が船に届いた。


 戦地に来てから初めてのことだったから、手紙が届くことは非常に喜ばしく思えたけれど、その内容は不思議なものだった。


『お久しぶりです。この頃は如何でしょうか。戦況や暮らしに関して聞きたいのは様々ですが、急用故、挨拶も早々に切り上げ本題を記させていただきます。

 簡潔に言いますと、恥ずかしながら渡海の統治に些か手子摺てこずっております。難民が増え、濱竹をはじめとした周辺国家に迷惑をかけております。濱竹議会でも問題視され、濱竹から意見書が送られてくる事態にまで発展しました。しかしその意見書は過度な内政干渉に値するとされ靜するが様によって無効化されまして、代わりに靜国の名義で東岸諸国会議の開催が命令されるに至りました。これより東岸諸国で話し合い、渡海の在り方についてを話し合っていく予定です。つまりは統率国が梃入れせざるを得ない状況にまで渡海の状況は悪化してしまったわけですが、もう少し日渡だけで足掻けないかと思い、僕はするが様に対し萌加様と明様を交換することを提案しました。はっきり言いますが、今の萌加様に渡海統治は不可能です。萌加様自身渡海政策に対して何か思うところがあるようですが、以前の虐殺の頃合いより未だ感情的で、自国民であるにも関わらず渡海難民を殺害することに何の抵抗も抱いていないように見えます。このまま任せていては事態の収拾の兆しが見えず国諸共どこまでも堕ちて行くことが想像に易いため、状況打破を図って来年の元旦より当面の間、渡海政策を明様に依頼致したいと存じます。つきましては明様に至急国へ戻られるようお願いしたく、また萌加様がそちらの軍に加わることを安久斗様に許可していただきたく存じます。

 文面上ながら誠心誠意お願い申し上げます。

 神紀4997年冬至前10日日渡国臣磐田大志』


「はぁぁ。私が上に立ったらどれだけ批判されるか想像できるでしょうに……」


 手紙を読んだ明様が大きなため息と共にそんな言葉を漏らした。


「思い切った判断だな。自国の神を戦地へ飛ばして、代わりに下野始神種をおさに置こうとは。それ以上に、あの保守的なするががよく許可したものだ」


 安久斗様はそう言って笑う。


「それで、明。お前はこれを受け入れるのか?」


 安久斗様が明様に尋ねると、


「まぁそうね。臣からのお願いだし」


 と明様は答える。


「残念だな。お前と戦略を話し合うことができなくなるとは」


「これからは萌加とやりなさいな」


「できるかよ。あいつは幼女ロリだぞ、しかもそれ相応の知能しか持たんのは知っているだろ」


「それは言い過ぎよ。あの子もちゃんと考えているわよ。……ちょっと空回ることが多いけど」


 安久斗様と明様はそのような会話を繰り広げる。


 ひと区切りつくと、安久斗様は顎に手を当てながら思い返すように呟く。


「だがあの空回り方はなにか靜に似ているな。さすがは靜に拾われたというべきか、始神種のくせに祖神種に似ているというべきか……」


「いい意味には取れないわね。でも確かに、靜に似ているわ。特にあおいに。それは引き取った時から思っていたわね」


 安久斗様と明様はその後黙り込み、しばらくそれぞれ思うところがあったのか悩ましげにしていた。


「でもほんと、どうしようかしら。私が国の上に立てば、兎山の再建だと言われかねない。渡海事変の発端も兎山自治領にあったわけだし、それを考えると更に治安が悪化する可能性も否めないわ」


 明様は珍しく不安そうに言葉を発する。そこに安久斗様が意見を述べる。


「だったらいっそのこと、兎山国を再建してみてはどうだ?」


「はぁ? いや、できるわけないでしょう? というかそれをあなたが提案するのはどうなのよ」


 どういう考えをしているんだと言わんばかりの声。相当な顰めっ面で明様は安久斗様に言った。しかし、安久斗様はその言葉に笑うと、


「別に出来なくはないぞ。徹底的に悪役を演じ、連邦を敵に回せば、萌加に対する絶対的忠誠を促せる。神は萌加でなくてはならないと思わせることで、日渡国民の一致団結を図ることができる」


 と言った。


 それはまた明様の評判度外視な計画だ……


「そうかしら? 靜から徹底して経済制裁を喰らって国諸共滅びそうだけど」


 しかしその提案に、明様は自分の評判なんて関係ないと言わんばかりの心配事。さすがは明様と言うべきだろう。


「靜はお前が上に立つことを認めているんだろ? だったら好きにやっても制裁は喰らわんだろ。心配だったら思惑を話しておけばいい。なんなら俺からの提案だと言ってしまってもいいかもしれんな」


「それはそれで、統率国の態度が一貫していないっていって非難されても仕方ない事態に陥るわよ」


「お前が極端に反濱竹を謳わなければいいだろ」


「兎山なのに?」


「…………」


 安久斗様と明様の言い合いはそこで一度止まる。兎山は反濱竹の代名詞のようなもの。兎山国の再建は、反濱竹国家の復活を意味する。しかしそれをしなければ認められると安久斗様は言う。


 でもそれでは、兎山である必要がない。明様はそう言いたいのだ。


「兎山の再建を実際に装うなら、井谷国と何度か会談をしてみてはどうでしょうか?」


 そう提案したのは竜洋さんだった。


「井谷か……」


 それに対して、安久斗様が苦々しく言った。


「それはやりすぎじゃないかしら。あそこは反濱竹、反靜国家だから」


「あそこと繋がれば間違いなく靜から制裁が下る。また俺も制裁を下さざるを得ない」


 明様と安久斗様はそれぞれそう言った。井谷国というのがどんな国かよく分かっていないが、とにかく連邦の中でも曲者国家ということは理解した。


「でも、アリかもしれないわね」


 しかし明様は安久斗様に向けて少し挑戦的に微笑みながら言った。


「……何を考えてやがる?」


 安久斗様は目を細めて明様を睨む。「別になにも」と明様は言うが、どこか悪戯っ子のような雰囲気を言葉から感じた。


「警告する。井谷と繋がれば制裁を下すぞ」


「下されないようにすればいいのよ」


 明様は安久斗様の言葉に堂々とそう返した。


「だが……!」


「靜と濱竹は、井谷が軍拡もとい軍事的な挑発をすることに対して制裁を下す。なぜならそれは連邦の安定を揺るがしかねない行為だから。また、兎山も元は反濱竹国家であり、井谷と繋がりを持つと日渡が井谷に賛同する協力国家になりかねない。だから警戒して制裁を下すということだと思うけど、何も全てが軍事的協力に繋がるわけではないでしょう?」


 安久斗様がなにか反論しようとしたところに、明様が言葉を被せて考えを述べた。


「……つまりは、連邦に対する利益をもたらすために井谷へ接近するというのか?」


「えぇ」


 明様の頷きに「ほんとかよ……」と安久斗様は呟く。


「井谷は、靜、濱竹に次ぐ大国よね」


「訂正しろ、濱竹、靜に次ぐ大国だ」


「はいはいそうですね超大国濱竹さん」


 明様はどうでもよさそうに安久斗様の訂正を受け入れ、


「それで、井谷の神、俣治はサハ戦争に出ていない。いざというときに靜連邦を防衛できる軍事力として靜が残しているから」


「そうだな」


 安久斗様が肯定する。それを聞いて明様は続けた。


「いま靜に残っているのはするがだけで、濱竹は神が不在。東部の大国沼も消息不明で、猪頭諸国の中心国家の猪頭は国力的に大国とは言えない。そうなると、神と話し合って実際に色々と現地で動ける大国は靜か井谷だけ。それなら、靜と井谷に接近すればいいんじゃないかしら?」


「靜にも接近するのか」


「そりゃ井谷だけに接近したら警戒されるもの。悪手だわ」


「なるほどな。しかし、井谷に接近する時点で既に悪手だ。たとえ靜にも接近しようとも」


「だから。さっきから言っているじゃない、連邦のためになることをするために接近するんだって」


 その言葉を聞いて、安久斗様はさらに不安そうな顔をする。


「井谷が関わって連邦が良くなる未来が見えない……」


 その言葉に、明様は笑った。珍しく、ケラケラとした笑い声だった。


「その先入観が良くないのよ。とにかく、私は私なりにやるわ。井谷に対する先入観とか、そういうのは全て捨てて。だから、私に任せてちょうだいな。もちろん、状況によっては井谷に接近しない可能性もあるわ。でも判断は私がする。私がこの目で見て、全て判断するわ」


 そう言って、明様は自分の真っ赤な目を指差した。


「そこまで言うか。……はぁ。どうやら俺には、帰った時にお前が敵に回っていないことを願うことしかできなさそうだな」


 安久斗様は明様の言葉を聞いて諦めたようで、


「ならば兎山明。神紀4998年元旦より、お前が日渡国の統治権を手にすることを、靜連邦二大統率国がひとつ、濱竹国の皇神、安久斗が認める。急務とすべきは旧渡海領土の安定化と、渡海難民による連邦西部の治安改善。それに伴う政策は、全てお前に委ねる」


 そう言うと、緊張感のあるような表情に薄らと笑みを浮かべ、


「期待しているぞ」


 と一言、明様に告げた。


「任されたわ。必ず、その期待に応えてみせるわよ」


 明様はそう言うと、にこりと柔らかく微笑んだ。




ーーーーー

ーーー




「敵艦発見っ! まっすぐこちらに向かって来ております!」


 柄江浦が騒がしくなったのは、神紀4997年冬至前12日の未明だった。


 関東統一連邦の第二艦隊が、闇の中から現れたのだ。


 扶桑国の主力艦隊はそれを迎え撃とうとするも、済田政樹がそれを許さない。


「何も、艦隊同士で撃ち合う必要などないのです。適当なところから夜闇に紛れて異世界に上陸してしまえばいいのです。そしてこちらの艦隊に目が向いているうちに、陸から一気に殲滅するのです」


 政樹は、そのような指示を出していた。


 よって、大軍を率いて洋上を進む第二艦隊は全て囮であるのだ。本当の主力は、


『計画通り柄江浦の裏手に回ったよ』


 千羽舞の率いる、陸戦隊である。


「そうですか。ではこちらの一斉射撃を合図に突入してください」


 政樹は無線連絡を聞いて笑った。


『了解!』


 無線からは、元気の良い舞の声が返ってくる。


「頼みましたよ、舞。これでしくじれば、あなたの首を利根川に晒しましょう」


『うるさいなぁ! あんたこそ、しくじったら長瀞に沈めてやるわよ!』


 しかし、所詮は済田と千羽。長きにわたる確執が、未だ尾を引いている。


 無線連絡を終えた政樹は、艦隊に指示を出す。


「敵艦を、引きつけるだけ引きつけます。相手の射程圏内に入っても、まだ撃ってはなりません。奴らをそう簡単に柄江浦へと引き返させるわけにはいかないのですから」


 その声と同時に、扶桑艦隊から砲弾が飛んでくる。


「まだです。まだこちらに引きつけます」


 政樹はニタリと笑う。


「……あぁ、哀れですねぇ。自ら港を蛻けの殻にするだなんて」


 そして必死に砲弾を飛ばす敵艦を見て、


「もう二度と、柄江浦には帰しませんよ」


 そう吐き捨てた。そして第二艦隊全艦に指示を出す。


「主砲、撃ち方よーい!」


 ついに、賽が投げられる。


 ぐるりと、戦艦の主砲が一斉に動く。目標は、扶桑艦隊の主力艦『勘察加』。先日の戦いで、既に瀕死の状態である。


「撃てーっ!」


 政樹が珍しく大声を上げた。


 その声と同時に、第二艦隊の戦艦9隻から一斉に巨大な火の弾が飛び出した。


「突撃開始! 徹底的に、忌々しき人類の軍事設備を破壊せよっ!」


 それを聞いて、千羽舞も陸戦隊に指示を出す。


「もっ、申し上げます! 柄江山より多数のSHARMA(シャーマ)が現れ、港の防衛部隊が応戦中とのこと!」


「なんだと!?」


 それと同時に、戦艦『勘察加』が轟沈する。


「……なんなんだ、あの生き物は!」


「化け物だ、やはり手を出してはならなかったのだ!」


「引き返すぞ! まだ柄江浦は陥ちていないはずだ!」


 そうして全速力で柄江浦に引き返そうとする扶桑艦隊だったが、柄江浦を振り返ってみると、そこは既に火の海だった。さらに、第二艦隊より激しい攻撃を受けて、撤退どころではなくなっていた。


「……もう、ダメだ。こんなの、地獄じゃないか」


 扶桑艦隊は、絶望を目にする以外他に仕方がなかった。


「勘察来に、応援を要請しよう。だが応援が来る前に、間違いなく俺たちは沈む。しかし、それでも柄江浦をSHARMAの手に落とすわけにはいかないんだ。取り返すんだ、いずれ。首都に、勘察来に……!」


 そう言って、この戦艦に乗る大佐が連絡のためにデッキに出た瞬間、船が大きく揺れた。


 大佐は爆散し、大きな血痕だけを残した。


 そして、これを皮切りにこの船は集中砲火を浴びる。


 なぜなら、あと()()()()()のはこの船だけだからだ。


 気付けば、周囲にあったすべての船が沈んでいた。


「……喧嘩を売る相手を間違えたな。SHARMAは化け物だ。間違いなく、手を出す相手じゃなかった」


 逃げ場のない海の上。9隻の軍艦と、多数の護衛艦、巡洋艦、補佐艦に囲まれて、


「殺されるのは癪だな。自決といこうじゃないか」


 扶桑艦隊の乗組員は、手榴弾で集団自決を決行。


 その直後に、船は9隻の戦艦の砲撃により轟沈。


 神類と人類の海戦は、ひとまず幕を下ろしたのだった。


 この一方的な戦いを、『続北端海戦しょくほくたんかいせん』と神類は呼ぶ。


 神類は、扶桑国の港町、柄江浦を支配下に置いた。ひとまずそこには千羽舞が残り、港に大きな要塞を築き上げた。


 舞は、柄江浦に住む異世界人類を有無を言わせず徹底的に殺害し、街を丸々要塞化してしまった。


 その後、扶桑国の軍隊が動いてその要塞を攻めたものの、ただただ犬死にしただけだったという。




ーーーーー

ーーー




「笠井綴。お前が率いる濱竹陸軍第一師団は、中京統一連邦軍と共に、名護密様の指揮下に入れ」


 神紀4997年冬至前10日より、大連邦協商はサハ大陸の制圧のために、サハ大陸連邦最後の砦、臨時首都オハを攻撃する。


 その準備のために、濱竹国の巫女、三ヶ日おなは軍の編成を考え直していた。


 そして、すべての濱竹陸軍を自分の管理下から外し、上手い具合に他連邦の軍に編入したのだった。


「承知いたしました。ですが巫女様、これでは濱竹陸軍は四散してしまいます。あなた様の下に残す軍隊もあった方がよろしいのではないでしょうか?」


 綴は、再編された軍を見て意見する。それを聞いたおなは首を振った。


「ダメだ」


「といいますと?」


 綴が理由を尋ねた。するとおなは言う。


「昨晩、安久斗様が仰ったのだ。お前の手元にある軍を、他の連邦に散りばめろと。そうすることで、いろいろな連邦の技術を得ることができると」


 綴は驚いたように目を見開いた。


「あ、安久斗様がいらしたのですか!?」


 安久斗は現在、サハ列島連邦の得撫島にいる。距離にしておよそ600kmほど離れているのだ。そう易々とこれる場所ではない。


「あぁ」


 しかしおなは頷いた。綴は衝撃で言葉を失ったが、次の言葉を聞いて、


「夢にな」


「…………」


 違う意味で言葉を失った。


「あぁ、安久斗様。あなた様が私のもとに来てくださるだなんて。そんなにも私のことを求めてくださっているのですね! この三ヶ日おな、あなた様の期待に必ずや応えて見せましょう! もっと逢いにきてくださっても構わないのです、もっと愛をくださっても構わないのです。私のたましいも、あなた様の夢に会いに行きとうございます。無事に辿り着けているでしょうか? あなた様の核は、私のもとに無事来られております。こんなにも求めてくださって、感無量にございます……!」


 呆れ返る綴の目の前で、おなは一人、妄想に浸っている。もう帰っていいのか、今すぐこの場を立ち去りたいと、綴は心の底から思っていた。


「……あの、巫女様」


 綴がそう声をかけると、おなは一つあからさまな咳払いをしてにやけ切った顔を引き締め直すと、


「とにかくだ。濱竹軍はこれより散り散りになるが、そうなってもお前が陸軍長官であることに変わりはない。引き続き任に励み、濱竹陸軍の頭として軍を指揮し、安久斗様の力となれ。皇國に永遠とわの栄光あれ」


「巫女様の仰せのままに。皇國に永遠の栄光あれ」


 そうしておなは、綴に退出を命じた。


 綴は深々と一礼して、おなのいる部屋を去った。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年冬至前10日。


 サハ大陸連邦臨時首都、オハ。


 モスカリボを捨てて早々にオハへ撤退した衣堆ジョンキヤは、オハを要塞化して協商軍を待ち伏せていた。


 ところで、衣堆ジョンキヤの本拠地こと祖神国家衣堆国(人類文明旧西暦2023年当時では『アレクサンドロフスク・サハリンスキー』と呼ばれる地)はどうなったのかというと、ノグリキの戦いやボギビ市街戦よりも前に協商軍に攻め込まれて、徹底的に第二艦隊から艦砲射撃を喰らい、海沿いに発展したその地は瞬く間に壊滅し、そこに南部より協商軍が流れ込んで占領されてしまった。よって今は、大連邦協商の支配下に置かれているのだった。


 あまりに呆気なく陥落したため、衣堆で起きた戦闘は新聞に大々的に取り上げられることもなく、話題にもならなかった。


 しかし、見方によっては話題にならないのも当然のことと言える。なぜならジョンキヤは、衣堆が陥落する前から首都機能をオハに移す準備を進めていたのだから。


 首都機能を移すということは、衣堆には既に首都機能があまり残っていないということで、すなわちそれは衣堆を陥落させたところでサハ大陸連邦に大きなダメージを与えられないということを示す。よって、祖神国家を陥落させたにも関わらず、サハ大陸連邦との戦局に大きな変化がなかったのだ。


 注目されなかった理由はそこにあった。


 しかし、今回は違う。


 ついに協商軍は、臨時首都オハに迫ったのだ。


 もう大陸は、オハ以外全ての都市が大連邦協商の手に落ちている。


 東のモスカリボから大量の協商陸軍が動き出し、オハを包囲する。


 西のオホーツク海には、続北端海戦を終えた協商第二艦隊がオハへ激しい艦砲射撃を行う。


「報告いたします! 東部戦線、我が軍が優勢! 真岡軍を中心に協商軍を退けております!」


「北部戦線より報告! 北丘の砲台から協商艦隊を砲撃。攻撃を受けて、協商艦隊は撤退中です!」


 しかし、敵を迎え撃つ準備を着々と進めていたオハはそう簡単に落ちない。


「ふむ、最後の抵抗といったところか。なかなか強いな」


 大陸連邦に入る喜びの報告とは裏腹に、モスカリボに駐在する名護密の元には撤退報告が相次いだ。


 その報告を、密は冷静に受け止めて分析する。


「オハは要塞化されているのか?」


「はい、かなり厳重に守られておりました。街全体が高い城壁に囲まれていて、その周りの山々にも多数の兵士が潜んでいて、近づくことすら困難です」


 密の質問に、報告役を務める笠井綴が答えた。


「なるほどな。能力でなんとかできないのか?」


「無効化されておりました」


「さすがにそうか。無効化ができる要素源を持つ奴は本当に厄介だな」


 能力の無効化は、今でこそ戦争で有効活用できる要素源だが、生物兵器である神類にとっては昔からある種の障害と見做されてきた。それもそのはずで、能力の無効化の要素源を持つ者は、自身の能力も無効化してしまうため、多くの場合は能力を使うことができないのだ。それは生物兵器としては大きな欠点であり、持つべきものを持っていないという障害でもあるのだ。


 しかしながら、能力を持ちながら能力無効化ができる者もいる。その代表例としては、兎山明である(詳細は『サハ戦争・丙』を参照)。あれは稀有な例であり、同じような奴は滅多にいない。しかし彼女がどうしてそうなったのかを語るには、まだ時期尚早である。


「能力の無効化を広範囲で使うなんて。いったいどれだけの障害保有者を使っているのかしら。障害を持つ者を多数匿い、養っていくのは大変なことです。サハ大陸連邦の盟主、衣堆ジョンキヤは、そういう面では相当……」


「そうだな、奴は為政者であろう。戦争にさえ巻き込まれなければ、サハ大陸は大きく発展できた可能性を有していたはずだ」


 名護国の巫女、千種ちくささかえの言葉に、密は答えた。


「……残念だ、そんな奴と戦わねばならぬとはな」


 一言、密は呟くと、彼はまっすぐ前を見て、


「よし、ならばやるべきことはひとつだ。能力を使わずしてボコボコにする。それだけだ」


「ですが、そんなこと……」


 可能なのか、と綴は疑問に思う。能力を最大の武器とする神類にとって、その能力を無効化された地帯での戦闘は非常に難しい。それが()()()での常識である。


 しかし、今戦っているのは靜連邦だけではない。


「できるぞ、意図も容易くな! はっはっはっはっはっはっは!」


 そんな声と共に、扉が開け放たれた。入ってきたのは、


「待っていたぞ、関東の帝王」


 関東統一連邦所属、北三連邦の祖神種、群牧郎ぐんまきろうだった。


「オハの状況はこちらも調べた。それはもう、念入りにな。済田から海洋の状況も得たし、井原いばらから要塞の状況も聞いた。それから総合的に判断して、我々関東統一連邦は、この群国が、今回のオハ攻略の采配を執るに相応しいと……!」


「黙れ、適当ほざいてんじゃねぇよ。誰もお前に全てを任せるなど言っていない」


 群牧郎の言葉を遮って、途中で部屋に入ってきた男がいた。


 同じ、北三連邦の祖神種、栃暁太郎とちぎょうたろうである。


「ぬっ? さては栃、貴様俺に妬いているのだな? これほど活躍の場を持てる俺に、妬いているのだな?」


「誰が妬くかよ、お前のような目立ちたがり帝王に。もっと自意識を低く持て。現実を見ろ、この我儘帝王」


「ぬぬっ!? 我儘などと。栃、貴様の方が我儘であろう! 以前のノグリキの戦いで、俺の手柄を横取りしようとしたことは忘れてやらぬぞ!」


「横取りじゃないだろ、共闘してたんだからよ。変な解釈すんな」


 言い合いが続く二者の間に、新たに部屋にやって来た女が割り込む。


「はいはい、何をしてんのさ。周りを見なさい、周りを。中京も靜もいるんだから」


 仲裁に入るのは、井原絹。同じく北三連邦の祖神種である。


「ふむ、北三連邦の面々が揃ったな」


 ニッと笑って名護密が言う。そして密は立ち上がって、北三連邦の三体の祖神種の正面に移動した。


「この度、オハを陥とせば、大陸方面は決着となる。しかしオハの状況は強固な要塞そのもの。挙句能力の無効化が街全体に施されていて、本来の闘い方では攻略し難い。そこで、要となってくるのは、大量破壊兵器を保持する関東統一連邦の存在だ。その中でも特に軍事大国である北三連邦と共に攻略に臨めることを、光栄に思っている」


「こちらこそ。独自に大砲を仕上げて自国のうみの防衛を固めたという技術力を持つ名護と手を組めることを嬉しく思うわ。この度はよろしく頼むわよ」


 そうして、名護密と井原絹は握手を交わした。


「むっ。おい井原よ。貴様、いつからおのが北三連邦の代表になったと思っているのだ? そこで握手を交わすのは、北三の主力軍を担う俺であろう!」


「うるさいわね、誰でもいいじゃない。同格なんだからさ」


「おい栃、貴様も何か言ってやれ」


「誰でもいいだろ」


「ぬぬぬっ! ならば俺でもいいはずだ! 俺が代表だ、俺が北三の代表だ!」


 そう言って、群牧郎はズカズカと名護密の前に出てくると、何も言わずに右手を突き出した。


 その手と、密は握手を交わした。


 その次の瞬間。


「おりゃあ!」


 なんと、牧郎は密を投げ飛ばして地に伏せたのだった。


「ちょっと!?」

「おいっ!」


「密様!?」

「名護様!?」


「ふははははははは! 名護密、討ち取ったり〜! これで名護は我ら北三連邦の領土である!」


 混乱する中、牧郎は大声で笑いながらそう言った。


「ふむ」


 それに対して、床に仰向けに転がる密は落ち着いた様子で何かを考えている。


「ちょっと牧郎! あなた、いきなり失礼じゃない!」


「そうだぞ! そんなことをして協商軍の連携が崩れたらどうするんだ! これからオハを攻撃するというのに……」


 絹と暁太郎が牧郎に言い寄る。しかし牧郎は気にすることもなく、


「ふっはっはっはっは! だからこそじゃあないか! だからこそ、名護を我らの内部に入れたと示せば、連携が取りやすいというもの。であるならば、ここでどちらが上か、見せつけるのが良いのだ!」


 などと大声で言った。


「まぁ随分と失礼な言い方! ほんとこれだから牧郎には任せたくないのよ」


 絹は呆れたように言うと、未だ床に転がる密のところへ近寄り、右手を差し出した。


「申し訳ないです、本当に」


「なに、それでいいんだ。実際、今回の戦略では北三連邦の方が上だからな。俺はここで北三連邦に晒された。ならばその指揮下に入ることは当然の流れであろう」


 密はそう言ったものの、絹の手を取ることなく立ち上がった。


「さて。俺は倒されてしまったからな、ここからは北三連邦に指揮を執ってもらおう。これからオハをどう攻撃する?」


 立ち上がるとすぐ、密は北三の面々に尋ねた。


「既に結論は出ているぞ。こちらを見よ」


 すると、牧郎が堂々とそう告げて、床に大きな地図を広げた。


 そして、戦略について話し始めた。


「まずは東部より、オハへ攻め込む。戦車部隊を使い、力技で突破する……」




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年冬至前7日。


 僕は、磐田神社の会議室を見渡す。


 靜国の命令で急遽開催されるに至った、『東岸諸国議会』。サハ戦争中ということもあり、参加者は限定的であったが、周知国からは神の小國おぐに様が、袋石国からも神の夜鳥やちょう様が、根々川国からも同様に神の千鶴様が、そして堀之内国からも神の弥凪やなぎ様が参加された。しかし、それ以外の国は神が不在であるため、崖川国からは普段神治に参加していない下野始神種の大横須賀おおよこすか洋望ようぼうさんが、武豊国からも同じく下野始神種の広末ひろすえ一雲斎いちうんさいさんがそれぞれ参加され、残る古田崎国からは臣の御前崎おまえざき相良さがらさんが参加された。


 この、あまりに奇妙な面々を見る。そもそもとして、下野始神種の方とは初対面である。神様たちは久しぶりに会われるようで軽く挨拶をされているが、あまり愉快そうな雰囲気ではなかった。


「それで、なぜ靜はこんな時期に『対濱竹共闘圏諸国戦略立案会議』を開催したんじゃ? この会議を開催するなど、濱竹に対する明らかな挑発でこそあれなぁ」


 そう発言したのは一雲斎さんだ。かなり年配の方に見える。


 また、この東岸諸国議会をあえて正式名称である『対濱竹共闘圏諸国戦略立案会議』と呼んでいるところから、思想の強さと頑固さを感じ取った。


 そもそも、東岸諸国議会はその通り昇竜川東岸の国々が集まって行う会議のことを指すが、それは俗称であり、正式には濱竹と対立する国家の戦略立案会議の名である。


「まぁその通りだね。実際に、濱竹神務卿が抗議文を僕らのところに突きつけてきた」


 そう言ってぴらぴらと一枚の紙を見せる小國様。


 この会議を開催するということは、濱竹からしたら挑発行為も同然となる。


「問いただそう。日渡の臣よ、なぜこの会議の開催を容認した? 拒否しなかった?」


 僕にそう訊くのは洋望さんだ。しかしその質問は、東岸諸国の神々全員の気持ちの代弁と察した。


 全員の視線が、僕に向いていたからだ。


「却下などできませんでした。そうしなければ、我が国は靜に渡海を奪われるところでした」


「……なんじゃと?」


 一雲斎様が僕に厳しい視線を向ける。グッと背筋に走る怯えを抑えて、僕は集った全員に投げかけた。


「では考えてみてください。濱竹と領土を接する渡海が靜の直轄領となるのが善か、濱竹から抗議を受けようとも渡海を西部日渡の統治下に残すべく東岸諸国で話し合うのが善か! 僕は、後者こそ善なれと存じます!」


「ちょっと待ちなよ、渡海が靜の領地になるなんて話、どこから湧いて出たんだい?」


 僕にそう尋ねたのは小國様だった。


「そうよ。状況が読めないわ」


 そこに乗っかるのは夜鳥様だ。話の方向が変わろうとし始めたとき、


「いやそれよりもじゃよ。濱竹と対立を招くなどあまりに……」


 そう口を開いたのは一雲斎さんだった。


「爺さん黙って。今はそれよりも靜と日渡の間でなにがあったのかだよ!」


「なんじゃと小僧! 靜以上に、濱竹との対立を招くことの方がわしらにとって由々しき問題じゃ!」


 小國様が一雲斎さんを黙らせようとしたところ、一雲斎さんは怒り出した。


「……老害か」


 そう呟いたのは弥凪様だった。その呟きに夜鳥様と洋望さんが頷いた。


「濱竹との対立は滅亡を示すのじゃ! 濱竹と対立すれば滅ぶのじゃ!」


 一雲斎さんがそう怒鳴る。


 広末国。かつて始神一雲斎が治めた国。昇竜川東岸においては珍しく親濱竹国家で、兎山伝書によると、濱竹軍と協力して幾度と国境を接する兎山や武豊を攻めた国家らしい。


 しかし、いつかの戦いで兎山武豊連合軍に敗れて滅亡する。神だった一雲斎さんは濱竹に亡命し晒されるのを逃れた。


 それから数百年経ち、濱傘連盟が設立されると同時に一雲斎さんは武豊国に戻り、かつて広末国の神社だった広瀬神社に隠居した。


 つまり、かつてより親濱竹の神であった存在であり、濱竹と対立していた東岸諸国の神々とはあまり親しくない存在である。


 騒がしくなる会議室。一雲斎さんと小國様が言い合いを続けている。


 収拾がつかない事態になり、僕がどうしようかと考えあぐねていると、


「うるさい、うるさい、うるさーーーーーい!」


 唐突に会議室の扉が開いて、小柄な神様が怒鳴り声を上げた。


 そう、言わずもがな彼女は、我らが日渡萌加神である。


「参加するつもりはなかったよ。参加なんてしたくないよ。みんなしてきっとわたしを責めるんだ。みんなしてきっとわたしに怒るんだ。統治の仕方が悪いから渡海難民が出るんだって。渡海難民がいるから西部の治安が悪くなったんだって。濱竹もそう、そしてきっとみんなだってそうなんだ」


 萌加様は俯きながら絞り出したような声でそう言った。涙を堪えているようにも見える。しかし、その後で顔をバッと上げると、ギッと鋭い視線で会議室全体を見渡して、


「でも! それ以上にこの無意味に等しいような会議が嫌い! 普段神治に参加していない奴が紛れ込んだ会議なんて何の意味があるの? そんな奴と言い合って何になるの? 勝手に言わせてろ、そんな無識者なんて! 相手にしたところで話が前に進むわけじゃないでしょう!?」


「クソガキめ! 貴様このわしを……」


「うっさいなぁ! そういうのがくだらないんだ、一雲斎! 濱竹と連むことしか脳がないから、元々濱竹アンチだったこの空間が嫌なんでしょう? その八つ当たりを今するんじゃねぇよバカ者が!」


「ばっ、バカ者じゃと……!?」


「小國もっ! なんで反論しちゃうのかなぁ? 君は知能があるはずなのに、なんでそんなに無意味なことをするのかなぁ!? 無意味が無意味だと分からないんなら、その脳みそを取り出して握り潰してやっても同じだな!」


「萌加ちゃん……」


 萌加様は怒鳴り散らしながら、僕が座るところまでやって来ると、


「この会議は、連邦統率国靜の名で招集された『対濱竹共闘圏諸国戦略立案会議』である! 司会進行を務めるのは開催国である日渡。その神萌加がこれよりこの場を執り仕切る! 靜連邦規約に則り、司会進行者に逆らうことは認めないっ! ここに、会議開催を宣言するっ!」


 そう大きな声で告げたのだった。


 会議室は静まり返った。先ほどまでの無秩序の空間とは全てが異なっていた。


「……すごいじゃない、どうしちゃったの」


 夜鳥様が呟く。


「はちゃめちゃな鎮め方だけど、まぁ萌加ちゃんらしいか」


 静かに笑いながら弥凪様が言う。


 萌加様は、この会議の開催の命令を聞いて、「わたしは参加しない」と言っていた。理由は「怖いもん」とのことだった。罪の意識を持っているのだ、渡海難民の問題を生産したのは萌加様だから。間違いなく、それは問いただされるだろう。


 しかし、萌加様は今、ここで司会進行をされている。ここに立っている。カリスマ性……というよりは、やはり恐怖での支配に近いのだが、それでも牛耳る力を持っている。


 このとき僕は、萌加様の偉大さに気付かされた。


 萌加様がいなければ、僕はまだ、きっとこの会議をまとめられていないはずだ。


 恐怖政治とか、暴力的支配とか、それに近しい政策ばかり行う萌加様だが、その内実は優しく、罪の意識を感じて閉じこもりたくなってしまうような弱さも持っている。


 この先、明様と萌加様を入れ替えて渡海政策を進めていくと決断したが、神として見限ったわけではない。むしろその逆で、神であるからこそ、これ以上自分のことを責めないでほしいのだ。


「さ、じゃあ開催に至るまでの経緯を大志にしてもらおうか。よろしく」


「はい」


 萌加様に指名されて僕は立ち上がった。


「では、経緯を話させていただきます」


 そう僕は全体に告げる。そして、濱竹からの意見書が送られてきたことから順に説明した。


 意見書の無効化、靜が渡海を直轄化する動き、断ったら解決策を探るべくこの会議の開催をすることになったこと。


「以上が、この会議を開催するに至った経緯です」


 僕が説明を終えると、集った面々は悩ましげな顔をしていた。


「靜はあからさまだね。安久斗がいないから、僕ら西部での影響力を強めようとしているのか」


「渡海を靜に取られるわけにはいかないわ。それに靜も、統治形態は萌加と大差ないわ。……いや、逆ね。萌加の統治形態は靜と大差ないのだから、何も変わりはしないわ」


「それで安久斗や俺たちに「西部の民度が低いから統治がうまくいかないんだ」と言ってくるのがオチだな。特にあおいが」


「うん」

「えぇ」


 神である小國様と夜鳥様、弥凪様はそのような見解を述べる。


 それに対して、靜と国境を接する根々川国の千鶴様は違う意見を持っていた。


「靜が警戒しているのは濱竹じゃない。西部を自身の直接的な影響下に置きたいわけじゃない。靜は、安久斗のことなんて気に留めていない。戦時下じゃなければ、渡海の統治を安久斗に頼もうとしていたはず」


「お、どうしてそう言えるのさ?」


 小國様が千鶴様に尋ねると、千鶴様は、


「祖神種が皇神種を恐れる理由がないから。同様に、私たち始神種を恐れる必要もないから。影響下に置こうが置かまいが、たとえ西部が歯向かっても一網打尽にするくらいの力はある。だって現状、絶対に晒されないんだもん」


「でも千鶴、靜が濱竹を晒すために準備しているのだとしたらどうなのよ?」


「……訊くけど、そんな話、どこから出ているの? 少なくとも私は知らないけど」


「…………」


 夜鳥様の質問に、千鶴様はズバッと言い返した。それには野鳥様も黙るしかないようで何も言わないが、


「憶測で物を言うのはどうかと思う。西部諸国あなたたちは、どうしてそんなに靜を警戒しているの?」


「警戒しているんじゃなくてね、対立の火種に成りかねないことを未然に防ぎたいだけなんだ」


 そう言うのは弥凪様だ。曰く、


「靜には靜のテリトリーがある。同様に、濱竹には濱竹のテリトリーがある。東部は沼、半島は猪頭。そこに土足で踏み込めば、当然対立が生まれかねない。特に今回、靜は渡海を直接統治下に置こうとした。渡海は濱竹の隣国で、靜からの距離は遠い国。例えるなら、無言で勝手口から入ってきて土足で居間に居座るようなものだよ。まだ根々川や堀之内おれんとこから徐々に影響を与えていったり、サハ戦争のあとで神議会や最高議会で提案して採択で決めたりするならいいかもしれないが、独断で、しかも安久斗がいないときに日渡と直接交渉するのは、火種をばら撒いているようにしか思えないんだ」


 それを聞いた千鶴様は、「……なるほど」と頷くと、「影響力の大きい国は大変だね」と呟いた。


「するがは良かれと思ってやっているのかもしれないけど、私たちからしたら面倒ごとに繋がる可能性がある事案だから、易々と「はいそうですか」なんて言えないわよ」


 夜鳥様もそのように言う。特段、靜と濱竹の仲が悪いとは聞かないし、安久斗様としても表立って靜の渡海統治に反対しないかもしれないが、それは正式な手順を踏んでこそのものだろう。今回のような事案では、おそらく安久斗様はするが様に対して良い顔をしないだろう。それがきっかけで綻びが生じてもいけないし、今回の靜による渡海統治の却下は正しかったのではなかろうか。


「まぁそういうことで、するがからの提案は断った。そしたらこの会議の開催を命令されたの。この会議の目的は、渡海の治安改善のための方法の模索と、統治の在り方についての決定だよ」


 萌加様がそう仰り、会議がいよいよ動き出す。


「まず、渡海の統治方法として、このまま萌加が力に物を言わせて統治するのは辞めた方がいいんじゃないかしら」


 そう言うのは夜鳥様である。


「賛成だね。君はやりすぎだよ。虐殺したって聞いた時は驚いたよ」


 夜鳥様に続き、小國様もそう言った。


「…………」


 言われた萌加様は(ただでさえ小さいのに)しゅんと小さくなってしまう。


 罪の自覚があるから、突かれると痛いのだろう。


「僕が参画を認められた濱竹議会でも、この問題は大きく取り上げられておりました。ですので、来年元旦より、萌加様はサハの地へいらっしゃる運びとなりました」


「唐突ね!?」

「なんで!?」


 驚きの声が夜鳥様と小國様から上がる。


「おいおい、その間の神治はどうするんだ? といっても、神治に最近関わっていない俺が訊くのも野暮かもしれんがよ」


 洋望さんがそう尋ねてくる。


「萌加様がサハへ赴くと同時に、あちらより明様を呼び戻します。神治の業務は全て明様にお任せする予定です」


 その僕の言葉に、目を見開いたのは一雲斎さんだった。


「黙って聞いておれば……! くだらん、兎山明などを神治の頂点に置けば、それこそ濱竹との対立を招きかねん。それならまだ靜が渡海を直接的に統治した方がマシなもんじゃろうよ」


 その言葉に誰かが強く出るかと思ったが、意外なことに小國様と夜鳥様、さらには弥凪様までも心配そうな顔で僕を見ていた。


「……こればかりは、西部諸国も一雲斎に反対できないんじゃないの? 私としてはどうでもいいんだけど」


 千鶴様の声に、誰も言い返さない。


「あの、大志くん。兎山明を頂点に置くってのは、実質的な兎山国の再建に成りかねないと思うんだけど、兎山自治領設立の詔に反さないかな? 大丈夫?」


 そう尋ねてくるのは古田崎の臣、相良さんだった。


「兎山自治領設立の詔は、兎山自治領に関する詔ですので、日渡国全体に関した触れではありません。ですので、国の頂点に臨時で明様が立たれることはその詔に叛くわけではないと解釈します」


 僕はそう説明した。兎山自治領設立の詔は、兎山自治領が兎山国になって日渡や渡海を呑み込むことを禁止する宣言であり、日渡国の頂点に明様が立つことを禁止するものではない。


「ですが、心配される理由も分かります。臨時だとは言え、明様が神の座に立つことで国体は明様主導のものになり、思想も方針もそう成りかねません。となるとそれは実質兎山ではないかと言われてもおかしくありません」


 僕がそう言うと、「それ見た事か!」とやじを飛ばしてくる一雲斎さん。しかしそれに対し、萌加様がギロリと睨んだ後で、


「でも明は、兎山自治領設立に当たって安久斗との和解を済ませ、今ではサハの地で安久斗と一緒に濱竹日渡連合軍として戦っている。それで戦績も上々で、戦場では安久斗の右腕のような位置に付けていると聞いているよ」


「つまり、今の明は昔の兎山の神とは真逆の思想を持っていると見ていいわけね。でも、それを信用しろと言われても難しいわよ? 証拠がないんだもの」


 夜鳥様が萌加様に視線を送る。


「確かにそう言われちゃうと困っちゃうんだけど……」


 と、萌加様が吃ったとき、


「でも、今の問題は渡海統治における最善策を見つけることだとしたら、明姉さんが日渡を統治することが理想形なのかもしれないね」


 小國様がそう仰った。


「……ふむ。たしか、兎山明は渡海勇の実姉だったと記憶している。それを踏まえれば、渡海の民にとっては萌加が統治するよりも従うことに抵抗を抱かぬやもしれんな」


 小國様の声に、洋望さんがそう続けた。


「その通り。明姉さんは勇と血縁関係がある。それを上手く武器とすれば、治安の改善に繋がる可能性がある」


 小國様はそう言ったが、直後に「ただね、」と逆接の言葉を紡いだ。その後に来る言葉を言ったのは、弥凪様だった。


「渡海はかつての兎山国の領土。それを明ちゃんが統治することが、絶対的に好ましい状況にあるとは言えないね」


「うん」


 弥凪様の言葉に、まさしくその通りであると小國様は頷いた。


「渡海の安定か、兎山に対する視線の回避か……」


 夜鳥様がそう唸る。しかし萌加様は、今までの話にポカンとしている。


「そんなの、今心配することじゃないんじゃない? だって明がわたしの代わりに統治することは決定事項なんだからさ」


 萌加様がそう発言した。それでも皆不安そうな表情を浮かべていたから、萌加様は追加で発言した。


「これには、もちろんするがから許可を得ているよ。いざとなったら靜に介入してもらってなんとかするようになっているし」


「萌加ちゃん、一ついいかな?」


 萌加様の発言に、小國様が少し不満げに尋ねた。


「靜の介入を許すのは良くないんじゃないかな?」


「全然。そこは気にしていないよ。渡海を持っていかれるのは気に食わないけど、明がもし安久斗のいない濱竹を滅ぼそうとしたり、いきなり西部諸国に宣戦布告したり、兎山自治領に渡海を編入して拡大したりするような動きを見せたときに、連邦の統率者として介入してくれる分には頼れると思うの」


 萌加様は小國様にそう答えた。


「まぁ萌加は、ただ渡海を横取りされたくないだけで、それ以外なら靜を頼る姿勢なわけか」


 夜鳥様がそう言われる。


「靜を都合よく使っているだけか。お前、なかなかな奴だな」


 そう言う洋望さん。


「うぇ!? 都合よく使っている気は全くないんだけど……」


 萌加様は少し冷や汗をかきながら言う。


「でも、完全にそう見えるけどね」


 少し笑いながら弥凪様が言われる。


「言い換えれば我儘っぽい」


 そう仰るのは千鶴様だったが、彼女に神々が向けた視線は、お前がそれを言うかというものであった。




 しこうして、明様が一時的に日渡を統治することを共有したものの、根本的な渡海の治安改善の策が出てこない。


「こればかりは、明にどういう政策をしたいか訊かないと分からないよ」


 ため息混じりに夜鳥様が言う。曰く、ここで決めるには限度があると。


「でも、ここで決めたことを明に提案する方針も取れる。そうすれば、兎山の個性を潰して西部諸国としての渡海統治を進めることができる」


 洋望さんがそう発言する。


「でもそれは、日渡のことを西部諸国ぼくたちの傀儡国だと位置付けかねないよ。そんなことはできないでしょ」


「いや、提案は提案だ。それを採用するかしないかは明が決めればいいんじゃないか?」


 小國様と洋望さんがそのような会話を続ける。


「確認じゃが、兎山明は今や反濱竹を謳わないと見て良いのじゃな?」


 その中で、僕と萌加様に一雲斎さんがそう尋ねてきた。


「うん」


 短く頷く萌加様。それに対して、一雲斎さんは「ふむ」と声を発すると、


「ならば、渡海の治安は兎山明に任せれば良かろう。奴の統治術は、敵ながら天晴れに思ったものじゃ。わしはそれを評価しておるし、皆も評価するところじゃろう。じゃからこそ恐れる、短期間で日渡が反濱竹国家に生まれ変わる可能性があるのじゃから。しかしその心配がないのなら、統治する者が方針を決め、やると決めたことをやり抜く実行力を示すのが筋じゃろう」


 意外にもそのような発言をした。


「爺さん……」

「なに、いいこと言うじゃない」

「へぇ」

「……意外」


 神々はそのように言葉を漏らした。


「じゃ、この会議はこれで終わりか?」


 そう言って立ちあがろうとした洋望さんに対して、萌加様は申し訳なさそうに「まだだよ」と言う。


「他に何か残っていたか?」


 洋望さんが尋ねると、


「渡海統治の在り方について、決めなきゃいけない」


 萌加様は困ったように笑った。


「そんなの、日渡が統治すること以外にあるの?」


 夜鳥様が発言する。それに対して、思い当たらないと首を傾げる弥凪様と洋望さん。相良さんは国の位置的に遠すぎて分からないといったような視線。千鶴様は興味なさげで我関せず状態。


「日渡が統治するのはそうなんだけど、渡海に新たな自治領を置くか、兎山自治領に編入するか、萌加ちゃんが直接統治するかの三択の中から決めろってことじゃない?」


 そう言う小國様。


「もしくは他国に明け渡すという選択じゃな。有力なのは、先の渡海事変にも若干関与された安久斗様の土地とすることじゃろう」


「やはり爺さんは爺さんだったか……」


 一雲斎さんの言葉に小國様が呆れた様子で呟いた。


「だがよ、濱竹が渡海を統治することは今の西部諸国としては問題ないよな?」


「まぁ、そうだね」


 洋望さんの言葉に小國様が頷く。「今の」と付いているのは、かつてのこの面々(一雲斎さんを除く)は濱竹の昇竜川東岸進出を断固として認めない立場だったからだろう。


「でも、できないわ」


 そう告げるのは夜鳥様だ。それに頷く萌加様。


「どうしてだよ?」


 と尋ねた洋望さんだったが、ちょっとして、


「……いや、なんとなく察したぞ」


 と告げる。


「あれだろ、靜の直接統治の申し出を断った手前、濱竹に直接統治を依頼することができないんだな」


「うん。元から頼む気はなかったけど、もし安久斗に渡海を任せるってここで決めたらするがが怒ると思う……」


 萌加様がそう仰る。


「ならば、()はどうじゃ?」


 一雲斎さんがそう言って、夜鳥様を見た。


「なによ?」


 夜鳥様が目を細めて一雲斎さんを見る。一雲斎さんはニカッと笑うと、


「お前の南で、最近独立運動を起こした、威勢の良いジジイがいただろう?」


「ばっ!?」

「貴様っ……!」


 その声に反応したのは夜鳥様だけじゃなく、洋望さんまでも怒ったような声を上げた。


「カッカッカッカッカ!」


 その反応を見て一雲斎さんは笑っていた。


「浅瀬太郎助か……」


 そう呟くのは小國様で、彼もまた苦虫を噛み砕いたような表情をしていた。


「誰ですか?」


 僕が萌加様に尋ねる。もちろんその疑問は相良さんも同じようで、萌加様に注目している。


「かつて、袋石の南にあった浅瀬国を統治してた皇神種。随分昔に夜鳥に滅ぼされて吸収されたんだけど、今から八十年くらい前に急に独立を謳い出して反乱を起こしたの。当時の日渡伝書に書いてなかったっけ?」


「あぁ、えっと、『袋石内乱』ですか? あそこのところ、割とあっさりしか書いていなくて……」


 反乱首謀者の名前も出てこなかったからなぁ。よく分からないけど、袋石が南北に割れて戦闘状態に陥ったことだけは知っている。遂にはそれが崖川にまで飛び火して、ちょっと大きな混乱を生じたことも書いてあったけど、誰が何をしたのか記述不足でイマイチ掴めなかった。


「思想としては、反袋石・反崖川主義だな。俺が崖川に接近する前はよく連んでいたが、それ以降は疎遠だ。寿命が残りわずかになって表面上にも老いが現れるようになってからは、思想が今まで以上に強く出てきて苦手になったもんだ」


 洋望さんがそう言う。


「でも、たしかに明姉さんとは仲が良かったね。それに勇とも親しかった。渡海のことを頼んだら、割とすんなり引き受けてくれそうだけど……」


「袋石からの独立は必須ね。浅瀬を日渡へ割譲するか、あのジジイに神権を付与するかの二択になるわね」


 小國様と夜鳥様はそういう会話をする。


「まぁ、そこは追々考えるとして、まずは渡海の在り方を、

1、日渡萌加による直接統治

2、兎山自治領へ編入し兎山明による統治

3、渡海自治領の設立

4、浅瀬太郎助による渡海統治

の4択から選ばないかい?」


 弥凪様がそう提案する。


「申し訳ないんだけどさ、わたしがこれ以上統治をしたら、たぶん渡海は本当に負の遺産になっちゃうと思う」


 そう言うのはもちろん萌加様だ。彼女自身、自分が渡海統治から身を引くべきだというのは重々理解しているところなのだから当然である。


「なるほど。じゃあ萌加ちゃんとしては日渡による直接統治は避けたい方針だね」


「となると、兎山自治領に編入するのが自然だと思うな」


 そう言う小國様だが、それに僕が首を振る。


「それでは、兎山自治領設立の詔に反してしまうので、今のままではほぼ不可能です」


「そうか。今度は兎山自治領の話だからそれが関係してくるのか……」


 僕の言葉に、


「じゃあ兎山自治領に編入するのも望ましくないね」


 と弥凪様が言う。


「となると、渡海自治領の設立か、浅瀬太郎助に渡海を渡すか……」


 夜鳥様が唸る。


「渡海自治領って言うけど、渡海にはかつて永神種だった奴がいるのか?」


 洋望さんから質問が来る。それに対し、萌加様が首を振って答えた。


「元々永神種だった奴がいねえなら、自治領を作るのは難しいんじゃねぇか?」


 その洋望さんの意見に、一同唸らざるを得なかった。


「まぁ、抜け穴がないわけじゃないんだろうけど……」


 曖昧な表現から切り出したのは小國様だった。


「協定周知の頃にやっていたことだけど、」


 という言葉から始まる。これはまた随分と昔の話だ。協定大国時代は2500年ほど前のことだから、現代の神治観念とは少し離れている。だからここでそんな言葉を聞くとは思ってもいなかった。


「協定時代って、同君国家制を採用していたの、覚えているよね?」


「覚えているわ。正敏まさとし大国神たいこくしんとして、協定国家を一つの大きな国家と見做すって方法ね。でもどうしてそれを?」


 夜鳥様が小國様にそう答え、質問すると、


「自治領でも、同じようなことができないかなぁと思って」


 と小國様が答える。


「つまりは、兎山自治領と渡海自治領、二つの別々の自治領が同じ兎山明を領主として扱うってこと?」


 弥凪様がそう言うと、小國様が頷いた。


「名付けて、『同君自治領制』かな。これができれば、渡海に元々永神種だった奴がいなくても自治領を作ることができる」


「明の負担がすごいことになるけどね」


 夜鳥様の突っ込みに、小國様は肩を窄めて「そこは明姉さんの力量を信じるしかないね」と笑う。しかし、確かにこれが最も今の日渡にはもってこいの統治方法なのかもしれない。


「同君自治領制、か。統率国の判断に委ねるしかないけど、わたしは賛成だよ」


 そういうのは萌加様だ。


「兎山と渡海はあくまで別物、兎山明が統治しているからといって、兎山国の再建ではないという前提が定着しなきゃできないことだけど、それは今からの日渡統治で証明できそうだもんね。うん、それなら俺も賛成」


「私も」


 弥凪様と夜鳥様も賛成する。


「俺は直接神治に参加していないからなんとも口出しできないことだが、異論はないぜ」


「日渡のことは日渡が決めればよかろう」


 洋望さんと一雲斎さんも頷く。


「古田崎も賛成します。同君自治領制が認められれば、新たな統治形態として可能性が広まるかもしれませんし、連邦の発展にも繋がるのではないでしょうか」


 相良さんも肯定的な反応だ。


「……どうでもいいけど、上手くいきそうなら何より」


 最後に千鶴様がそう発言したことで、反対意見がないことが確認された。


「じゃあ、渡海自治領の設立という案は、兎山自治領と同君自治領にするという方針で決定しようか。あとは統率国に聞かなきゃいけないけど、まぁそれは後々、わたしがサハ戦争から帰ってきてからなんとかしよう」


 萌加様の言葉でそれが決まった。一同が頷いて、全てが片付いたように思えたが、


「もし同君自治領制が却下されたら、第四の案である浅瀬太郎助に任せるってことで……」


 と萌加様が発言すると、


「断固拒否よっ!」

「それは認めんっ!」


 と、夜鳥様と洋望さんが声を上げた。


 ここから先、夜鳥様と洋望さんが拒否し続けたため、浅瀬統治案は可決されなかったが、それ以外に最善の道がないことから、もし同君自治領制が却下されたらということを踏まえた上で、妥協案として共同声明に含めることで落ち着いた。


 こうして、東岸諸国会議は幕を閉じたのだった。




ーーーーー

ーーー



 神紀4997年、冬至前9日。


 いわゆる『オハの戦い』は、2日目に突入した。


 能力が使えずに、協商軍は要塞化されたオハの市街地への侵攻に苦戦していた。


 しかしこのとき、群牧郎は着々と準備を進めていた。


「オハの陥落は冬至前7日なり! はっはっはっはっはっは!」


 軍議室でそう断言する牧郎。


「んじゃ今日明日は何をするんだよ?」


 そう訊くのは栃暁太郎だ。


「何もしない。動かないで、ただジッとしているだけだ」


 牧郎はそう言う。曰く、


「包囲しただけで動かず。強いて言うなら、敵の精神を削ぎ落とすことが攻撃なり!」


 とのこと。


「それで上手くいくんでしょうね?」


「もちろんだ!」


 井原絹の声に胸を張って答える牧郎。


 それを聞いていた笠井綴は、心底不安になるのだった。




 しかし、その不安も杞憂に終わる。


 群牧郎が宣言した通り、冬至前7日に協商軍はオハに対して大規模攻勢を開始した。


 大量の戦車や銃砲を用いて、能力の使用を封じられた要塞都市を、物理攻撃にて攻略していく。神類の戦争方法としては異例の事態だが、以前関東は、対新干潟連邦戦争で能力を使わない物理的な大量破壊を試験的に導入して、大きな成果を上げていた。


 オハの市街地への強行突破を仕掛けるべく兵器を以てして大量破壊を行っているものの、これは陽動のひとつに過ぎない。本命は、北丘というところに建てられた、サハ大陸連邦の対艦砲台の占領である。


 街に対して大軍が攻めている間、洗練された兵士を集めて結成された主力部隊は、北丘の砲台へ向かっていた。


 砲台の周りもやはり能力の使用が封じられていたが、主力部隊は銃剣を持ち、まるで人類のような戦闘スタイルで攻めていく。


 そして、能力が使えないのは同盟国側も同じであり、向こうも扶桑国から輸入した人類文明の銃火器を用いて戦闘をする。


 銃声が轟き、幾多もの銃弾が飛び交う。丘を駆け上がる協商軍と、丘の上から迎え撃つ同盟軍。優勢なのは、もちろん同盟軍である。


 戦争において、丘の上に立つものが有利なのはかつてよりの決まりである。


 しかし、それを知らない協商軍ではない。


 能力が使えないという特殊な状況下において、恐るべきはただひとつ、物理攻撃である。大連邦協商の取り柄は、9つの異なる文化を持った連邦がひとつの軍にまとまっているということだ。


 そんな異文化の寄せ集めであるものの、神類文明で慢性的に蔓延る問題として共通するのは人類反乱である。


 今回の戦闘は、神類対神類の構図であるものの、大連邦協商軍が揃えた戦闘兵器は対人類のものだった。


 中京の山支連邦で古くより対人類用に使われてきた防御服(防弾チョッキのようなもの)や、関東の北地連邦で使われている雪原仕様の防御服、防寒具など。それ以外にも、靜連邦の濱竹が、今年の夏に起きた大規模な人類反乱を受けて独自に開発した対人類用の防御服や面も試験的に導入された。


 そんなこんなで、協商軍は完全武装の状態で臨んでいる。その集団は、見た目こそ滑稽であれども、人類文明の兵器では攻撃の通用しない集団と化していた。


 よって北丘の砲台は、戦闘開始からおよそ3時間ほどで協商軍に占拠されるに至った。見晴らしの良い山の上の砲台は、海からオハを攻める協商軍艦隊を攻撃する同盟側唯一の拠点であったため、ここが落ちたことでサハ大陸の攻略は時間の問題となったのだった。


 さて、ここからは完全な蹂躙劇となる。


 北丘の砲台の占拠が完了したという報告を受けた群牧郎は、オハを取り囲み弄ぶかのようにちょっかいを出していた戦車部隊と、砲台からの攻撃を警戒して沖合で待機していた第二艦隊に、オハの街を悉く壊滅させるように指示を出した。


 よって、オハは陸海双方より容赦ない砲撃に晒されて、要塞化も虚しく爆散していくことになった。


 ところで、どうしてサハ大陸連邦は大連邦協商(主に関東統一連邦)という強大な軍事力を持つ輩を前に、都市を要塞化するだけで守れると考えていたのだろうかという議論が後の神類文明において研究されていくことになるが、この結論を今この時点で述べておくとすれば、それは、北三連邦が要塞化と能力の無効化の状況を知った時に、今回の戦争に投入していなかった戦車や銃などをーーそれはもう総力と言えるほどにーー全てオハに運び入れた影響により、僅か3日にしてサハ大陸連邦が想定していた何倍も大連邦協商の戦力が上がったからである。


 つまるところ、要塞都市オハは、この北三連邦の動きがなかったらもっと長く足掻くことができたはずなのである。大連邦協商(というよりも関東統一連邦)の総戦力を甘く見ていたのは確かではあるが、過剰と言うに易いほどの戦力を3日で投下した協商側も、あまりに無情であろう。


 その過剰戦力は、海上にも現れていた。


 海上には、続北端海戦から帰ってきた第二艦隊が主力としているが、そこに中京統一連邦が試しに作った軍艦と、かつて新干潟連邦が保有していた簡易戦艦までもが加わっていた。また、それとは別に関東の第一艦隊と第三艦隊から援軍として護衛艦がそれぞれ2隻、合計4隻が送られてきていた。


 これは、北丘の砲台の威力が想定よりも強かったため護衛艦を増やしたというだけであるが、その護衛艦が到着してまもなく北丘の砲台は地上より攻め込まれて陥落。派遣された4隻の護衛艦は、ただただ戦力過剰にするだけに至った。


 こうして、陸戦力も過剰、海上戦力も過剰となった大連邦協商の攻撃を受ければ、いくら要塞化したとはいっても物理空間に存在する限りオハも無事ではない。砲弾が当たれば壊れるし、爆破されれば崩れるし、銃撃されれば穴が開くし、刀で斬られれば傷が付く。そうしてオハは、負け戦の雰囲気に呑まれていったのだった。




ーーーーー

ーーー




 四方八方から、著しい爆音が聞こえてくる。


 物が壊れる衝撃や、耳に刺さるような悲鳴。うめき声や泣き声、親や子を探して血塗れになりながら歩き回る下神種も多い。


 美しいオハは、砂埃と炎、瓦礫に溢れ返った。


 反撃する力も残っていない。協商軍に備えて能力を無効化したことが仇になった。


 我が軍は、扶桑や日皇(日本皇国の略称)より仕入れた能力を使わない人類式戦闘方式を身に付けている。だから、能力を封じれば大連邦協商よりも優位に立って戦争を進められると考えていた。


 このオハの要塞も、人類国家ならば攻略に数ヶ月を要するほどの代物であると、扶桑軍人から監修を受けている。なのになぜこうなったのだ。どこから、あれほどの戦力を持ち出してきたのだ。意味が分からない。理解ができない。奴らの戦力の底を知ることができず、ただただ我が軍は恐怖に陥るばかりである。


 しかし、ここはオハ。要塞と化したこの都市は、入ることができなければ出ることもできない。どれだけ大連邦協商に恐れをなしたとしても、この都市から逃げることは叶わないのだ。


 だから皆、命をかけて戦う。


 それが我々、世界北部同盟軍の現状だ。


「衣堆様!」


 俺の名前を叫びながら入ってくる上神種は、決まって皆血まみれである。それは基本的に、自らの血と近くにいた仲間の血である。


「正門が突破されましたっ! もう間も無く、本殿ここにも協商軍が迫ります! お逃げください……!」


 全く、とんでもないことを言う。


 逃げられるわけがない。この都市から抜けるのはもう絶望的であるし、何しろ俺はこの連邦の盟主だ。逃げるわけにいかないだろう。


「……いいや、潮時さ」


 俺はひとつ、そう笑った。


「良かろう。突破されたのなら、俺自らが軍を率いて、最期の最期まで抗ってみせよう。お前、動ける輩を全て本殿に集めよ。今から決戦だ。これが最期の戦いだ」


 俺がそう言うと、彼は涙を流しながら頷いた。そしてバタバタと走り去っていった。


「さて、やってやろうじゃないか」


 そう呟いたとき、俺の口元は何故か緩んでいた。どうしてだろうか、とても清々しい気分だったのだ。何もやり切ったわけじゃない、何も守り抜いたわけじゃない。それなのに、とても何かを成し遂げたような思いが込み上げてきていた。


 しかし、待てども待てども、本殿に軍が集まることはなかった。


 本殿に来るくらいなら逃げた方がマシだと判断して、皆神社より逃げ出したようだった。


 しかし、逃げようにも逃げられず、脱出しようとしているところを協商軍に攻撃され、皆殺しにあったらしい。それを伝えてくれたのは、皮肉にも協商軍の祖神種、名護密だった。


 名護は、あれから5分足らずで俺の前にまで来た。


 僅かな手勢を率いて現れて、俺を取り囲むなり、


「降伏しろ」


 と一言だけ告げてきた。


「断る」


 俺も短く返してやった。すると、何か同情のような視線を向けてきて言われたことが、


「お前が本殿に軍を集めよと命令した者がいたろ? あいつ、皆に逃げるように指示を出していたぞ」


 だった。それが本当か嘘か分からないが、その直後、隣にいた男が先ほどの上神種の生首を俺の足元に放り投げてきた。そして密は「こいつが言ってたぞ」と冷たく言ってきた。


 あぁ、そうか。


 そうやって、言おうとした。しかし声は出なかった。込み上げたのは、自分の人望のなさを憂いる思いと、悲しみだった。


「悪いが、逃げようとした奴は悉く殺させてもらった」


 悪くなんかねぇよ。


「それでだ、お前の味方はもう数えるほどしかいねぇが、いつ降伏するんだ?」


 ……するわけなかろう。俺はサハ大陸連邦の盟主、衣堆ジョンキヤだぞ?


 とは、言えなかった。


「……辛い限りだな」


 悲しみで心が張り裂けそうなのとは裏腹に、俺の顔は笑っていた。


「まだ列島では、占守のやつが戦っていると言うのに。これではまるで、俺が弱いと見えかねない」


「安心しろ、奴も近々同じ状況になる。両者とも等しく弱者だ」


 名護密はそう言うと、俺に近づいてきて、


「大人しくお縄にかかれ」


 と言って紐を俺に見せてきた。


 俺はそれに両手を伸ばそうとして、


「…………」


 何かが違うと、ただそれだけ感じた。そこで出しかけた手を止めて、顔を上げた。そして名護の顔を見ながら、


「悪いが、俺の中で何かが違うと言っているんだ」


 と素直に告げてみた。


「……ふむ」


 奴は何か察したように頷くと、俺を取り囲んでいる上神種に対し、「下がれ」と命令した。


 上神種は皆、名護の背後に並んだ。


 そして奴は、俺から距離を取ると、腰につけた刀の柄に手を置いた。


 それを見て、俺は妙に納得した。そして大笑いをしながら同じように刀を握った。


 そして、同時に抜刀した。何故だろうか、刀を抜いて対峙した時、涙が溢れそうだった。


「これで良いのだろう?」


 名護は俺に確認をとってきた。


「晒してしまったらすまないな」


 俺は名護にそう告げた。


「構わないさ。これは戦争なのだからな」


 名護は、俺が思っていた以上に善の心を持っていた。


「ならば、くぞ!」


 俺がそう言うと、名護は刀を握りしめた。


 そして、激しくぶつかりあった。


 甲高い金属音が響き渡る。また、本殿の床がミシミシと音を立てている。


 どちらが優勢とか劣勢とか、そんなものは気にしていなかった。


 しかしある時、名護の刀が折れてしまった。


 刀の折れた名護は俺から距離を取ると、右手を俺に向けてきたが、能力が発動しないことに驚いて、慌てたように逃げ回った。


「不思議だ、ほぼ全ての兵を倒したと言うのに。何故だ?」


 折れた刀で辛うじて俺の刃を受け止めると、奴は俺に尋ねてきた。


「……あぁ、すまんな。今のは質問ではない。答えてくれなくていいさ」


 しかし名護は続けて言って俺を見ると、


「そうだったのだな、お前は、能力を持たなかったのだな」


 と告げてきた。


 だが残念だ、それは違う。いわゆるミスリードというやつだ。


「否、そんなことはない。俺は能力を持っている」


 そう言って俺が笑うと、「……なに?」と名護は面白いくらい驚いていた。


 しかし次の瞬間、俺は奴と全く同じ表情をすることになった。


 名護の背後で立っていた一人の上神種の女が、床に向けて思い切り槍を突き刺したのだった。




ーーーーー

ーーー




 隣にいたおな様は、何かに気が付いたように床を眺め始めた。正面で祖神種が激しく戦っているというのに、そんなのを気にも留めずに、ただひたすらに、床を凝視していた。


「どうかなさいましたか?」


 小声で私が尋ねると、「下だ。下にいる」とだけ呟いておられた。


 何がでございましょうか?


 ……などとは言えなかった。そんなことを言うと、きっとおな様は私を見下す。そんなことも分からんのかと軽蔑する。


 濱竹で上手く立ち回るためには、臣と巫女の性格に応じて、どのような返答が来るかを予測して動くことだ。逆を言ってしまえば、それさえ予測できればなんとでもなると言っても過言ではない。実際、理解力の乏しい私や砂太郎でも、それを理解しているから重役に就くことができている節がある。


 結局、何かが下にいることは分かったが、何が下にいるのかは分からなかった。


 しかし巫女様は、常にジッと床を眺めていて、手に持った槍に力を込めていた。


 ふと顔を上げると、名護様の刀が折れていた。


 名護様は、折れた刀で衣堆の刀を受け止めていた。そして何か驚いたような顔をしていたが、直後、私の隣から激しい「ズコンッ!」という音が聞こえた。


 ふと見ると、我らが巫女様が床に槍を突き刺しておられるではないか。


 そしてその槍の刺さった床からは、女性の呻き声が聞こえてきた。


 5、6秒が経った頃、おな様は槍を床より抜かれた。その槍の先端には、べっとりと血が付着していた。


 そしておな様は私に、


「この床板を蹴り飛ばせ! 今すぐっ!」


 といつもの荒々しい口調で指示を出された。


「はっ!」


 私はそれに頷くと、すぐさま床板を破壊した。


 するとそこには、額から血を流して怯え切ったような表情の少女が一人、隠れていた。


 おな様は床板が外されるや否や、その少女を槍で突き刺して、建物の基礎の柱に串刺しにすると、腰から名刀を抜き取り、少女の左腕を斬り落とした。


「うぐぁぁ……!!!」


 少女は呻き声を上げた。


「貴様なんだな、この都市全体の能力を無効化していた化け物は!」


 おな様はおもちゃを見つけたような表情でそう言うと、


「まさかこれほどにまで小さな奴だったとは」


 と嬉しそうに(というよりも面白そうに)笑った。


「さぁて、どんな表情で泣いてくれるか楽しみだ」


 おな様はそう言うと、刀を少女の首に当てた。


 少女は失神しながら泣いていた。


 可哀想に。


 まだこんなに幼いのに戦争に巻き込まれたことが、というよりも、


「ふふふふふ! ふはははははは! おう、泣け泣け! もっと喚いてみせなさいよっ!」


 濱竹の巫女様に目を付けられたことが不憫でならない。




ーーーーー

ーーー




 能力の無効化をしていたのは、小さな少女だった。


 てっきり、衣堆ジョンキヤが能力無効化を行なっているものだとばかり踏んでいたが、予想が外れていたか。


 しかし、それに気付いた濱竹の巫女は、全く不気味な奴だ。


 不健康そうな白すぎる肌に、痩せこけた体、目の下には濃い隈があり、漂ってくるのは相手を甚振いたぶることをきょうとするような匂いだ。


 ところで、その少女を見つけられた衣堆の表情たるや。


 なんとも言えない間抜けなものだった。


「これで、ようやっと能力を解放できる」


 能力の無効化は解除された。


 俺は刀に力を込めた。


 そして、能力を解放して刀に土の力を載せた。しかしながら、衣堆はなにも動かずに、ただただ俺の背後で行われている濱竹の巫女が少女を甚振る様子を虚ろに眺めていた。


「どうした?」


 そう俺は問うが、奴は答えなかった。


 一人でただ何かを考えているのか、視線がぴくりとも動かない。


 こんな状態で戦うことが、奴が望むものではないのは理解している。だから俺は動かずに、ただひたすら刀に能力を載せたまま待っていた。


 すると、息を切らせながら衣堆の臣が本殿に駆け込んできた。


 ボロボロの奴は、この状況を見て叫んだ。


「リンっ!? 貴様っ、リンから離れろっ!」




ーーーーー

ーーー




 その臣は、名を落石おっしき亜港あこうという。衣堆国の臣である彼は、今の今までオハ周辺で協商軍と戦い、敗走し、命からがら主人の元へ戻ってきたのだ。


 しかし、戻ってきたら自身の娘がどこかの上神種に斬りつけられていたのだ。


 娘はまだ齢12と小さいが、歴とした祖神国家の臣家の上神種であり、その能力は強い。


 彼女の能力こそ、何を隠そう『能力の無効化』だったのだ。


 オハの能力無効化は、複数の能力無効化の力を持つ障害者を集めたのではなく、彼女だけの力で行われたものだったのだ。


 神類としては言ってしまえば障害の持ち主であった彼女だが、亜港とジョンキヤは彼女をしっかりと教育し、見捨てることなく立派な臣家の長女として教養をつけた。


 祖神国家の臣家の家庭で、なんの不自由のない生活をしてきた亜港とリン父子であったが、この戦争が悲劇を招いた。それは先の状況を見れば一目瞭然だろう。


 亜港は激怒していた。


 遠い異国の濱竹という国家の巫女に、愛娘を傷つけられたことによって、彼の中の何かが吹っ切れた。


「この……っ! 娘と同じ苦しみを味わえ!」


 そう言って抜刀し、能力を解放する。彼は祖神国家の臣であるため、彼が支えるジョンキヤと同じ水属性の全ての権能を扱える。


 氷点下20度を下回る世界で、彼は清水をばら撒いた。


 忽ち水は凍りつく。


「父親か。なんともまぁ滑稽なことだ。戦争において親子愛なんて私情はお荷物だと知れ!」


 対峙する三ヶ日おなは、自身の能力『風属性』の『突風』で、自身に降りかかる水を跳ね返した。


 そして神社の本殿を破壊して、空へと舞い上がった。


 もう、現場は破茶滅茶と化した。


 周辺に積もった雪を巻き上げ、おなは上空を舞った。舞うというより、暴れるに近いかもしれない。


 対する亜港は、自身の権能で氷の足場を形成して、おなのいる高さまで上がっていった。


 亜港が上がってくると、おなは突風を吹かせて亜港を巻き上げると、名刀で彼を斬りつけた。


 しかし、亜港も間一髪で名刀を抜き取ると、おなの攻撃を受け止める。


「よくも娘を……!」


「喚くな、鬱陶しい。まだ死んでいないだろう?」


「黙れっ! 娘を傷つける者は許さん!」


 亜港はおなへ向けて無数の氷の塊を発射した。


 おなはそれを権能で薙ぎ払うと、今度は自分に向けて飛んできたその氷の塊を、風に乗せて亜港にぶつけ返した。


「く……っ!」


 亜港は自身の能力とおなの能力の相性の悪さを知り、腰から拳銃を取り出しておなへと発砲した。


 おなは、その対処に戸惑った。


 発砲された4発のうち、2発を躱すことができたが、もう2発を頬と肩に掠めることになった。


「っ……!」


 顔を顰めるおな。しかし彼女の中では、今の攻撃を受けて怒りが湧き立ってきていた。


 彼女は悔しそうに一度右手を思い切り下に下げると、名刀をギッと握りしめて亜港に迫った。


「その下賤な人類文明の物品で、この私を傷つけたんだ。その罪、きっちりと償ってもらう!」


 そう言うとおなは亜港の首を迷いなく斬り落とした。


 一瞬のことすぎて、亜港が抵抗する余地などなかった。


「お前にとって、なにより重い罪を与えてやる……!」


 亜港が聞いた最後の言葉は、おなが歯軋りしながら言い放ったその言葉だった。


 神社の本殿、衣堆ジョンキヤの足元に、臣の落石亜港の首が落ちてきた。


 亜港の胴体はおなが八つ当たりのように木端微塵に斬り刻んでしまったため、本殿にはしばらく赤い雪が降った。


 数秒して、おなが降り立ってきた。


「笠井綴! その小娘を捕虜として捉えよ! 生かしたまま濱竹へ連れ帰れ! いいなっ!」


 おなは怒ったようにそう言うと、スタスタと神社を去っていった。


「はぁ。槍で貫かれて、左腕も斬り落とされているというのに、どうやって生かせというのですか……」


 綴は呆れたように呟く。


 その裏で、衣堆ジョンキヤは大きなため息を吐いた。


「降参だ。もうこれ以上、戦う気など起きん」


 そう言って両手を名護密に差し出した。


 密はひとつ頷くと、その腕を縄で括った。


「では来られよ、北三の祖神どもが待っている。降伏文書に調印してもらわねばなるまい」


 密はそう告げると、衣堆ジョンキヤを連行していく。


「笠井綴濱竹陸軍長官。その首と娘は、濱竹陸軍の功績と認める。持ち帰れ」


「はっ」


 去り際に綴に指示を出して、密は神社を後にした。


 その後、綴は首の保管には困らなかったものの、捕らえた少女の治療と世話に追われるのだった。




ーーーーー

ーーー




『【北賊】サハ大陸連邦、遂に降伏!

 去る七日、サハ大陸連邦の臨時首都オハは陸海双方から協商軍の猛攻を受けて壊滅した。オハ神社に正面より突入した名護濱竹連合陸軍は、我が国の巫女様が衣堆国の臣落石(おっしき)亜港の首を狩り、最終的に祖神衣堆ジョンキヤを捕えるに至った。衣堆はその後北三連邦の本部に運ばれ、降伏文書に調印した。これに依り、世界北部同盟の一角を担うサハ大陸連邦が大連邦協商に降った。サハ大陸は完全に大連邦協商の管理下に置かれ、これより徹底して浄化が行われることとなる。』


 神紀4997年冬至前6日の濱竹日報には、以上のことが堂々と書かれていた。


 濱竹国は、自国の巫女が協商軍の中でも大きな戦果を上げたとして、戦勝ムードが漂っていた。




 激動の神紀4997年が幕を閉じようとしていると同時に、新たな年がもうすぐそこにまで迫っていた。

 お久しぶりです、ひらたまひろです。『サハ戦争・己』をお読みいただきありがとうございました。

 目標の2ヶ月以内に投稿することができました!(拍手)

 今回は遂にサハ大陸連邦の降伏ということで、これでひとまず大陸方面は片付きましたね。正直戦闘描写を描く気が起きなくてちょっと納得のいかないものができております。また、終わり方もなんだかなぁって感じです。作者ながら不満ばかり。

 ところで、衣堆国ことアレクサンドロフスク・サハリンスキーは、南樺太が日本領だった際、亜港と呼ばれていたそうですが、今回はその周辺のジョンキヤ岬こと衣堆岬から、祖神種の名前と国名を取っています。本作は基本的に地名や都市名を登場人物に付与しています。そしてサハリンの神々は基本的に「日本語地名+ロシア語地名」でワンセットにしてあります。そうです、なぜ亜港にしなかったかというと、苗字を亜港にすると名前をアレクサンドロフスクとかサハリンスキーにしなくてはならなくなるからですね。あまりにこの世界観に合わないので、流石に躊躇いました。ですので、その近郊にある岬から名前を取りましたが、衣堆という名称は日本が樺太を持っていた時代でも、政府で不採用になっているそうです。まぁ衣堆ジョンキヤはそこまで本編に絡んでくるキャラクターじゃないので、どんな名前をつけてもいいやって気持ちでつけました。適当でごめんなさい。代わりと言ってはあれですが、臣の名前は亜港にしました。

 さて、それは余談としておきまして、今回は三ヶ日おなが珍しく目立っております。彼女は最近出番ありませんでしたからねぇ。今後のためにも、そろそろ濱竹の問題児として印象付けておきたいところでしたので、これだけの出番を作りました。

 あとは、衣堆ジョンキヤを捕えるシーンで、名護密の手柄にされたくない北三連邦の祖神種が乱入してくる構想が当初あったのですが、書いていくともう全てが混乱(というより混沌と化)してしまいましたので削除しました。連行されるシーンのあとですね。だから話が唐突に終わっているように感じたかもしれませんが、今の私にはこれが精一杯でした。お許しください。気が向いたら書き直します。

 では、今回はこんなところで。次回は『サハ戦争・庚』です。

 年末年始までには投稿したい……と言いたいところですが、作者はそろそろリアルが忙しくなりそうなので確約ができません。頑張って少しずつ書き進めます。

 ではまた次回、お会いしましょう!


2023.11.18.01.03 ひらたまひろ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ジョンキヤほぼ巻き込まれただけなのに可哀想すぎて笑えない。安久斗様が渡した石はなんなんでしょうね、進化の石的なアレなんですかね。あと前回の俣治様の疑問も答えてもらわずとも今回の話で出てきましたね笑。に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ