戊
冬至前16日、正午。
第四艦隊は北端異世界に広がる扶桑国に向かって航行を続けていた。
冬至を前にしたオホーツク海には流氷が漂い、船の行手を阻むような大きな氷は船首で砕きながら北進を続ける。
北地連邦が主体となって考えた作戦は、これより扶桑の軍事的重要拠点である柄江浦(古西暦ではマガダンと呼ばれた場所)へと侵攻し、上陸戦を仕掛けて制圧、扶桑国の主力艦隊を根こそぎ叩き潰すというものだ。
これが成功すれば、今後サハ列島連邦を攻略する際に扶桑からの援軍の勢力を大幅に削ることに繋がり、敵に猛烈な痛手を与えることができる。
「そんな上手くいくのかなぁ」
しみずは蛇松に向けて愚痴を言う。
「北地の首脳部が考えた作戦だ。俺らはそれに従うのみ」
「でもさぁ、これで負けたら靜連邦にとっては大損害だよ? 巻き込まれ損になるかもしれないのに……」
乗り気じゃない、と言いたげなしみず。蛇松はそれを見て頭を掻いた。
「まぁ俺も、作戦に穴がありすぎるように思う。だが今の北地に何を言っても無駄だろう。あれだけ暴走してんだ、歯止めがかからん」
実際に南四でも止められなかったろう、としみずに言う。
「なんでこうなるかなぁ。ボクら無関係じゃん」
しみずの愚痴に、蛇松は一言、
「その答えはひとつだけだろう」
それ以降は言わない。しみずは気になって「教えてよ」と訊く。すると蛇松は一瞬渋ったような顔をしたが、
「大した発言力もないのに大連邦協商に入ったからだ」
「…………」
しみずはそれを聞いてムスッとした。
「……あっそ」
しかし湧き上がる怒りを抑え込んで、彼はそう吐き捨てるように言うと、自分に与えられた部屋へと足早に戻っていった。
「まったく、かつてよりそうだが靜と濱竹の暴走には困ったものだ」
そんなしみずの後ろ姿を見ながら、蛇松はひとりそう呟くのだった。
それから数時間が経った夕方、日暮の前に、一発の砲声が海洋に鳴り響いた。
戦艦『りゅうひょう』による、柄江浦への艦砲射撃が始まったのだ。
「柄江浦に停泊する敵艦隊を殲滅せよ! 徹底的に破壊するのだ!」
指揮を執る旭園川は、声を荒げながら船舶を足早に歩く。
主砲や機関砲を動かす下神種は、汗水を垂らしながら、揺れる船舶の中で必死に弾を装填して放っていた。
この攻撃を受けた柄江浦では、次々に撃ち込まれる砲弾によって幾人も死傷者が出ていた。しかし、さすがは扶桑国の主力艦隊と言うべきか、攻撃を受けた直後には応戦態勢を整えて港より出でる。
何隻か炎上の被害があれども、全く気に留める気配を見せずに協商第四艦隊の前に姿を現した。
そしてこれより、悲劇の海戦が幕を開ける。
「目標、北北東16.8キロメートル! 主砲、撃ち方よぉ……」
どこぞの上神種が敵艦隊までの距離を測って伝達しようとした途端、扶桑より飛ばされし砲撃が『りゅうひょう』を直撃する。
しかも、一発では終わらない。何発も立て続けに砲弾が襲い、船が大きな衝撃を受けて20°以上傾いた。
先ほどまで声を張って距離を伝えていた上神種は、砲弾の直撃に遭って血肉を残して吹き飛んでいた。
「怯むなっ! 主砲、撃ち方はじめっ!」
誰かがそんな声を上げる。そして響く、轟音。
船全体が痺れるような衝撃に襲われた直後に、再度被弾する。
人類文明の最先端かつ最大級の艦隊と、神類文明の小艦隊が、世界の北端にて戦闘を始めた。
後に言う、北端海戦の開幕である。
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日渡伝書、第321巻の編纂作業は、そろそろ大詰めを迎える。4997大変革について詳しく記載し、兎山自治領の設立についても書き終えた。残っているのは、渡海併合とサハ戦争だけだ。
さて、どうやって渡海併合を纏めたものか。タイトルは『渡海事変』とするとして、一連の流れをどう記したものか……
「大志くん!」
そんなことを考えていたら、いちかさんが部屋に飛び込んできた。
「どうしました?」
尋ねると、
「今年の税・信・忠に関して調べてまとめてみたんだけど、大池統治区からの忠が著しく少ないの。これって……」
「大池ですか。あそこは渡海街道が区を貫いているので、戦争との因果があるかもしれませんね。具体的にどの程度少ないのですか?」
「計算が正しければだけど、3割8分くらいどこかに消えちゃってる」
「かなりの損失ですね……」
想像していた数を遥かに越える損失に、僕は頭を抱えた。
税、信、忠は、日渡国民に課された義務であり、所謂税制度と呼ばれるものである。
税は、各村の民が村長に納めるものであり、これは農作物、または商益の5分(5%)と定められている。
信は、各村長が自分の村が属する統治区の統治区長に納めるもので、これは民より徴収した税の2割(20%)である。
そして忠は、各統治区長が神に納めるものであり、信の8割5分(85%)と定められている。僕らはこの忠が収入であり、これらを用いて生活しているのである。
その忠が、大池統治区から定数集まらないとのこと。これは直ちに原因究明せねばならない事態だ。
「……分かりました。統治区長の元に赴いて、事情を尋ねましょう」
「そうね、そうしましょうか」
そんなわけで、僕といちかさんは大池統治区に向かうことにした。
大池統治区は、日渡と渡海の境に位置する統治区で、渡海への主要街道である渡海街道が貫く地区だ。
水捌けの悪い沼地が多く、稲作が産業の基盤である。街道沿いではあるものの商人は少なく、税、信、忠のほぼ全てが米である。
大池統治区長、大池イズミ。齢13、僕と同い年の少女である。
ちなみに、統治区長や村長は世襲である。
「こんにちは」
「あっ、臣様、巫女様。今日はお日柄もよろしう存じまして……」
イズミは僕らを見ると座り込み、額を地に付かせるほどにまで礼をする。
「顔上げてよ、同い年なんだからさ」
「いえ、臣様は臣様ですので。在りし日の父よりの教えです」
「そ、そうなの……? まぁ、それでも程々にね?」
「はい、程々に致します」
そう言うも、彼女は姿勢を崩さぬまま僕といちかさんの前で地に臥している。
顔を上げたのは、それから30秒以上が経ってからであった。
「貧相な邸ですが、お上がりください」
イズミは僕らを邸宅に招く。
日渡において、統治区長は地主のようなものであり、その邸宅はいずれも統治区の中では最大である。その中でも、大池家は古くより交通の要衝を押さえていたこともあり大きく、非常に立派な邸宅なのである。
土間より廊下に上がり、畳敷きの大広間に至る。そこは、磐田神社の臣館よりも立派ではなかろうかというほどの造りで、非常に広々とした空間である。なお、臣館は先日渡海の暴徒に焼き打たれて消失しているので、この似た雰囲気に、どこか懐かしさを覚えてしまう。
僕といちかさんがふかふかの座布団に腰を下ろすと、しばらくしてイズミがお茶と焼き菓子を出してくれた。
「こんな質素なものしかなくて申し訳ありません」
「いえいえ、ありがたく頂戴するわね」
いちかさんが笑顔でそう言う。愛想の良さは親しみやすさに直結するため、いちかさんは巫女に就任してからまだそれほどの時を経ていないものの、既に全統治区長より信頼を得ている。
もちろんそれは真面目という気質に所以するところでもあるが、感情のある者の相手をする以上、愛想はやはり大事である。こういう経験をするたびに、いちかさんが巫女で良かったと心より思える。
「それで、本題なんだけど」
いちかさんが切り出すと、イズミは緊張したように強張った。
「大池から送られてきた『忠』が明らかに少ないんだけど、心当たりはあるかしら?」
「えっ……?」
その言葉に、イズミは焦ったように顔を青く染めた。そして僕らに対して勢いよく頭を下げて、
「もっ、申し訳ありませんでした! た、直ちに原因を究明して必ずや納めます故、区治権の剥奪はどうかご勘弁を……!」
僕といちかさんは、それを見て互いに顔を見合わせる。
「それは状況次第よ。でもイズミちゃんがそんな風に肥やしを得ているなんて考えられないから、今から一緒に調べましょう。どうしてそうなってしまったのか、原因を究明するのが先決でしょう」
いちかさんの言葉に、イズミは顔を上げてコクリと頷く。相変わらず顔色は冴えない。
「とりあえず、各村から集まってきた『信』を貯蔵する蔵へと案内してくれないかな?」
「は、はい。こちらです」
僕がそう訊くと、イズミはスッと立ち上がって僕らを案内した。
こうして、大池統治区の『忠』がどこへ消えてしまったのかを探る調査が始まった。
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「そうか、報告ありがとう」
濱竹安久斗はため息混じりに無線機を置いた。
神紀4997年、冬至前15日、日暮の頃。
サハ大陸攻略戦線にいる笠井綴が、沼蛇松より一報を得たとして安久斗に連絡を寄せた。
内容は、
「……しみずめ。靜連邦の恥晒しが……!」
安久斗がそう思うほどに、酷いものだった。
しかし、この時猛烈に非難を浴びる靜しみずの判断は、この後『奇跡の英断』と呼ばれるほどに評価が一転する。
だが、まだ誰もそんなことは知らない。
安久斗はその情報を愚痴るために、日渡軍の駐留する兵舎へと向かうのだった。
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「おい」
「人を呼ぶ時はそれなりに礼儀を持ちなさいな」
「そんなことはどうでもいい。とにかく聞け」
「随分と不機嫌ね。何かあったかしら?」
唐突に、安久斗様が尋ねて来た。明様と何やら話されているが、少し距離があってよく分からない。
と思っていたら、安久斗様が部屋に入って来て椅子に腰を下ろした。僕らは一斉に深く頭を下げて挨拶をする。
安久斗様はそんな僕らを見て軽く手を上げ返礼したあと、
「お前らも座れ。報告がある」
「「「はいっ!」」」
僕らは返事をして、速やかに席についた。
「先ほど、大陸方面にいる笠井綴から報告を得た」
笠井長官か。あの人って大陸方面にいたんだ。初知りである。
「……誰だ?」
そう思っていたら、僕の耳に囁きながら疑問を尋ねてくる声が。
竜洋さんである。
「笠井綴濱竹陸軍長官です」
僕が返すと、竜洋さんはふむふむと頷いた。
「綴は、蛇松から連絡を得たと言って俺に伝えて来た」
「つまり、沼から濱竹への連絡ということかしら?」
「あぁ。だがその内容があまりに最悪でな、それを共有しに来た」
「最悪な情報なら隠蔽しときなさいな。情報統制しないと士気に関わるわよ?」
「統率国より独裁思考だな……」
安久斗様の言葉に明様がさらりとお返しする。でも確かに、士気に関わるという理論も理解できる。情報がどの程度のものかにもよるけれど。
「だが、日渡にはあまり関係がない事案だ。お前らの士気には直接的に関与するものではないから安心しろ」
「間接的には関与するとでも言いたげね」
「そうだな。だがこれは隠蔽した方が士気が下がると判断する。知っていれば、いずれどうして靜連邦軍の士気がこれだけ低下したのか理解できる材料となるだろう」
「士気が低下することは確定なようね」
「だから最悪な報告なんだ。しかも靜連邦軍としての士気が低下する事案だ。蛇松はそれを懸念して俺に報告してきた」
「どんな内容なのかしら?」
明様が尋ねたことで、安久斗様は遂に本題を話し出す。その内容を聞いて、僕らはある種の戦慄を覚えることとなる。
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これは、安久斗に報告せねばならぬと決心した。
しみずの奴は大変な失態を犯した。
全く、何をしていやがる。あいつの行動で靜連邦の評価は著しく低下した。正直、これには憤りを通り越して呆れざるを得ない。
「でもさぁ! なんで関東の戦いでボクらがこれだけ軍を消失しなくちゃならないの!? おかしいでしょ!」
それを言ってしまえばお終いだ。ならばそもそも、大連邦協商になど加盟しなければ良かったのだ。
「もういい! ボクらは降りるよ、この船から! あとは関東だけでやってよね。知らないから!」
なんだ、その態度は。
曲がりなりにも仲間だろう。対立を招いてどうするつもりだ?
「蛇松、みずき、君たちもボクについてきて。靜連邦軍はこの船から撤退する!」
「ちょっとしみず!? 船から降りるって、どうやって降りるのさ!?」
みずきの疑問は尤もだろう。しかしこれだけ対立すれば、関東だって俺たちに留まって欲しくはないわけで、
「船なら用意してやるさ。中京統一連邦が主体となって動かしてくれている補佐艦『知床』がある。お前ら靜連邦軍よりも中京の方がずっと宛になるから交代せよ」
「願ったり叶ったりだね。ボクらだって御免だよ、こんな船! さようならだね。沈んじゃえよ、君たちなんてさ!」
この一連の会話で、靜連邦の評価は著しく低下した。
統率国の祖神がこの発言をしたのだ、それはもう問題でしかない。
ところで、なぜしみずがこれほどにまで激怒しているのか。それは、昨日から今日にかけて行われた『北端異世界上陸戦』で異世界人類に対して大敗を喫したことが原因である。
第四艦隊は、柄江浦沖で人類扶桑艦隊と接敵。未だに激戦を繰り広げているが、その裏で大規模な上陸戦を仕掛けていた。
上陸戦には靜国陸軍も多数参加して……否、参加させられていたのだが、上陸戦は失敗、船諸共沈められ、全滅となったのだ。
それが許せず、しみずは激怒したのだ。
強制的に参加させられた挙句、大敗北で陸軍数百名を失った。たしかに靜からしたら大損害であり、許せない事態なのかもしれない。
しかし、同じ協商に属する仲間なのだから、こんなことで憤ってはならない。
上陸戦に使われた輸送艦は中京統一連邦のものであったが、それを失った名護は『残念だが、次に賭けよう』と言う。
もちろん彼らも上陸戦に参加していたわけだから、軍の損失も靜の比ではない。それでも怒らず、分裂を誘わないのだ。靜だってその態度を見習うべきなのだ。
しかし、しみずは感情に任せて怒り散らした。
靜連邦の権威の失墜も甚だしい。
これは安久斗に相談すべき事案であろう。
靜は、統率国としての自覚がないのか。
濱竹が皇神種国家なのが残念な限りだ。
奴が祖神であればよかったのに。
……だが、もしそうなら俺は既に生きていないだろうな。
濱竹安久斗は強すぎる。皇神種のくせに、異常な力を持っている。
奴が祖神であったのなら、おそらくその連邦は今頃、奴だけが神であったろうな。
ーーーーー
ーーー
ー
「へぇ。それはやってくれたわね、靜」
「だろ? どうにもフォローのしようがない。おかげさまで靜連邦の権威は失墜、大連邦協商の中での立ち位置は最悪なものとなった」
「少なくとも、祖神種が取っていい行動じゃないわね」
お茶を飲みながら、明様は普段通りの抑揚のない声で言う。
「ですが、靜軍の損失が著しかったのも事実なんですよね?」
そう発言したのは花菜だ。
「そうだな。靜陸軍、数にして200以上が犠牲になったと聞いている」
「それなら、これ以上の損失を防ぐために、国民を護る神としてのお役目を果たされたと考えることもできるのではないでしょうか?」
花菜は安久斗様にそう意見する。口を慎むべきだとされる行為だが、日渡の上神種はここ半年ほど萌加様に限らず安久斗様にも容赦なく意見するようになった。
誰の影響かって?
だ、誰だろうなぁ……
しかしそれができるのも、安久斗様がそのような意見を好ましく思われているからである。
僕らが意見することで議論が加速し、多様的な見方に繋がるとのことだった。
濱竹では上神種が安久斗様に意見することはそんなに珍しくないことだと安久斗様より聞いたが、喜々音さん曰く「おな様が許しませんので、返事は『安久斗様の仰せのままに』の一択です」とのことだった。
「確かに、神として国民のことを考えた行動だと言ってしまえば賞賛されるべき行動だろうな。だが、靜陸軍というのは基本的に志願兵だ。靜国のために……否、三大神のために尽くしたいと思う者どもが集まった軍隊だ。そのためなら命を惜しむことなどしない、我が連邦でもずば抜けた忠誠心を持つ軍隊だ。その軍を育てているのはしみずなわけであり、それは奴が最も理解しているところだろう」
安久斗様はそう言って、一拍間を取ってから、
「だから、奴らのことを考えて作戦から降りる必要はないのだ。しみずの命令とあらば、奴らは喜んで命を捧げるのだからな」
「いかにも靜って感じね」
明様が呆れたように感想を言う。
「本当、忠誠こそが全てという文化だからな」
安久斗様もまた呆れたような物言いをした。それに対して明様はジトっとした視線を安久斗様に向けて、
「よく言うわね。あなたが良く知るどこぞの超大国は、それ以上の忠誠国家よ?」
「どこのことだろうな」
白々しく安久斗様が返す。明様は大きなため息と共に、「まぁ程々にしなさいな」と告げた。
「ですが、話を戻させていただきますが、相当問題行動ですね。靜国のみならず靜連邦の名にまで傷を入れるなど。統率国と名乗るには愚かすぎる行動ではありませんか」
喜々音さんが口を開いた。
「蛇松も不満気であったと聞く。なお、その独断に巻き込まれた伊月場もまた、珍しく愚痴を溢したそうだ」
「みずきが? あの子が靜に対して不満を言うなんて考えられないけど」
安久斗様の情報に明様は懐疑的な様子だ。
「靜に忠実な東部諸国ですら不満に思うほどの判断だったということだな。まぁおそらく、この判断を褒め称えるのは宇治枝や島谷といった中部諸国くらいだろうよ」
「そうでしょうね。特に恭之助は今ごろ忙しなく根回ししてるんじゃないかしら? 靜の悪名が広がらないように」
「やってそうだな。しみずの行動に無理やり意味付けして、関東に違う見方を広げていそうだな」
「ほんと、厭な性格してるわよね。でも今は、靜連邦の名誉のことを考えると彼頼みな面もあるのよね。……不本意だけど」
「ま、恭之助は変な人脈や人望があるからな」
明様と安久斗様の会話は、恭之助様の行動に対する予想や見解が取り上げられていた。宇治枝恭之助様、か。関わった事案が事案なだけあって、あまり好印象はない。しかし萌加様と親し気だったり、靜の三大神とも交流が深いことを考えると、いずれ深く関わる機会もありそうだ。
第一印象だけでは相手を正確に知ることは難しい。機会があったのならしっかり話してみて、自分の目で、耳で、その性格や特徴を判断しなくてはならないだろう。
少し怖いけど、楽しみなようにも思えた。
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「まぁまぁ、落ち着きなって。味方同士で歪みあっても意味がないでしょ?」
『そうかもしれないけどさぁ! でも関東の無謀な作戦のせいで、これ以上靜の兵を犬死にさせるわけにはいかないでしょ?』
「たしかに言いたいことは分かるさ。だけどね、協商関係を呑み込んで戦争に協力すると言った以上、関東とは良好な関係を……」
『君もボクのことを悪く言うの!? こんなに靜連邦のことを思い遣っているボクの判断を、君も分かってくれないの!? もうみんなどうかしているよ!』
その声で、無線が途切れた。
「…………はぁ。これは弱ったなぁ」
枝編みの帽子を右手で押さえて、小さなため息と共に、彼はそうぼやいた。
「話は終わったか?」
その様子を見て、ニヤリと笑う者が一人、彼に話しかけた。
東輝洋介である。
その言葉に、枝編み帽子は笑顔を繕うわけでもなく、ただ二度ほど首を縦に振ると、
「悪く思わないでほしいね。なんせ彼、気難しい子だから」
第一艦隊の主力艦、『みらい』。その戦略会議室に静かに響くその言葉。
靜しみずは、気難しい奴だ。
「でも恭之助、あなたさっき『しみずたんの行動には何かしらの意図があるはずだ』とか言っていたじゃない。結局どうだったの?」
夏半若菜が枝編み帽子に問う。
「さっぱり分からなかったね。何せ自分は正しいことをしたとしか主張しないくせに、その主張の具体的内容が一切ない。だから判断する材料が揃わないんだ。どうしようもないね」
彼からの答えを受けた若菜と洋介は、顔を見合わせて残念そうに嗤った。
「ま、確実なのは、これで靜と北地の関係性は異常なまでに悪くなったってことだな。俺たち南四としても、これは由々しき事態だと受け止めている」
洋介がそんな言葉を口にする。しかしそれに枝編み帽子は首を振る。
「いやいや、それに関してはさっきも言った通り『悪く思わないでほしいね』。しみずたんの判断は、現状ただ感情的に下されたものだとしか読めないだろうけど、実際どういう思考で下されたのか、そのうち明らかになるはずだよ。甘く見てもらっちゃ困るってもんだ」
「はぁ? 出まかせ言ってるんじゃないでしょうね? というか、出まかせでしょう?」
それに対して、若菜が訝しむように問う。
「そんなはずある訳ないさ。決してね。僕と若菜ちゃんの関係に誓って、嘘じゃないと宣言するさ」
「……マジでキモいんですけど。関係性に誓うとか、始神種の分際で祖神種に臭いこと言ってんじゃないわよ。殺されたいのかしら?」
「おぉ怖い、怖い。ちょっとしたジョーク、戯れじゃないか。そんなガチな目をしないでほしいね」
若菜に睨まれた恭之助は、戯けたように笑いながら両手を振る。その態度に若菜は更に腹立たしく思うが、ひとつ大きなため息を吐き、その怒りを鎮めた。
怒ったところで彼が態度を改めるとも思えず、馬鹿馬鹿しくなったからである。
「ま、冗談めいた話はここまでにしようかな」
若菜の態度が和らいだのを確認してから、恭之助はそう切り出した。
「ほう?」
洋介が興味を持ったようにそう相槌を打つ。それに対し、恭之助は無線機を見せびらかすように二度ほど振ると、ダイアルを回して周波を調整し、とある者に通信を繋いだ。
『……なんだ? 珍しいじゃねぇか』
「やぁやぁ、久しぶりだね。そっちの方面は順調かい?」
ーーーーー
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「ところで安久斗。もし恭之助がしみずの真意云々を祖神種の前で語るなら、なんて言うかしらね?」
俺に対し、明はどこか俺を試すようにそう尋ねた。
「知らん。俺は靜の尻拭いなんてもんをしたかねぇからな」
ぶっきらぼうにそう返すが、これは時間稼ぎに近いものである。靜の思考なんて読めないが、少しでも考える時間を得るために長く時間が欲しいと思ったからだ。
話を振られるまで、一切とて考えていなかったからな。さすがに瞬時に答えられるものではない。
「ま、そうよね。私もしたくないもの。萌加の尻拭いですら嫌なのに」
明はそう言い、「さすがのあなたでも、そこまでは考えてないか」と呟きながら頷く。それが、俺の中ではどこか癪に障った。
「考えていないわけではないがな。お前から言われて、いま必死に考えているところだ」
言わなくて良いようなことだった、と言ってから気付いたが、もう仕方がない。
「あら、そうなの?」
明はどこかニヤけながらそう言ってくる。やはり言うべきでなかった。「ムキになっちゃって」と顔が語っている。……腹立つな、こいつ。
「まぁ、俺がどれだけ考えても憶測の域を出ないが……」
早くその顔を辞めてほしいがために、俺は何も纏っていない思考のまま言葉を発した。我ながら失敗極まりない行為だが、今までも割りかしやってきた行動で、大抵結果的に上手くいくので今回もなんとかなるだろうと楽観視する。
「恭之助は最初、まともに関東の輩と話し合おうとしないだろうな」
「時間稼ぎね。彼が真っ先に取りそうな行動よね」
明も納得を示した。しかし、それは逆に言えば明でも思い浮かぶ彼の行動ということだ。それに、それは恭之助の行動。俺が今考えねばならないのは、しみずが取った行動の意味付けを恭之助がどのようにするのかである。
これを考えるためには、ステップが2段階存在する。
まずは、恭之助がしみずの行動をどう評価するのか、彼が靜に対して抱いている思いから思考を察せねばなるまい。
次に、それを受けて恭之助が関東統一連邦の祖神種に向かってどう侮られないように意味付け、もといでっち上げをしていくのかを考えねばなるまい。
つまり最初に行うのは……
「恭之助は、しみずの行動をどう評価するだろうな」
「私も知りたいわ。というか、安久斗はそれについてどう意味付けすると思うのかしら?」
「結論が出ていれば、お前に質問などしない。しかし、そうだな……」
明から意見を徴収しようとしたが、奴は頑なに意見を語る気がないようだ。そもそも、彼女は思考を放棄しているのではないか。俺に話を振ってきたのだって、自分が気になることだが自分で考えるのが嫌で俺に尋ねているのではなかろうか。
まったく、卑怯なやつだ。
「しみずの行動は、中部諸国にとっても非難したいものだろう。だが、非難することができない立場にいるからこそ、その行動の中から頑張って意味を見出そうとするだろうな」
「そうでしょうね。でも安久斗。あなたそれ、さっきから言っていることが変わっていないわよ?」
「うっせぇ。俺だって分からねぇんだよ」
そうだよな、知っている。だが考察がまとまらないのだ。実に困ったことだ。
「お言葉ですが、しみず様の取った行動で、靜連邦のためになったことは何かないでしょうか? それが見つかれば、何か糸口に繋がりませんか?」
俺と明の会話に割って入ってきたのは、磐田大智だった。
「靜連邦のためになったこと、か。ふむ、良い着眼点かもしれん」
俺は大智の言葉に頷いた。そして思考を巡らす。
しみずの行動をまとめると、
・沼、伊月場と共に第四艦隊に乗り不本意ながら北端異世界へ侵攻。
・大敗を喫して靜国軍に大損害が出る。
・北地連邦と喧嘩し、靜連邦軍は船を降りる。
……やはり自分勝手で、とても関東と味方同士であるという自覚がないように思える行動だ。
靜連邦にとって良かったことは、確かに軍の損失を抑えられることが挙げられるだろうが、あまりに自分勝手すぎて、それを言ってしまえば関係性が更に悪化することは避けられない。
自ずとため息が漏れた。
それと同時だった。
「うー、寒い……! 今日は一段と冷え込むわね。雪もいつもより多いみたいだし、屋根が抜けないか不安だわ。少し雪かきしてこよっと。磐田、暇してるなら手伝って〜」
「はぁ? なんでだよ。ってかまず雪かきって何するんだよ」
部屋に入ってきた奴がいた。
捕虜、紗那栗利である。
俺はその顔をマジマジと見つめる。さらりとした栗色の髪に付着した、無数の白い粉。それはコートや手袋、マフラーにも付着している。茶色いブーツの表面は真っ白くなり、肌の露出した部分は真っ赤に染まっている。
外は、とても寒いのだ。
「……寒いかも。栗利ちゃん、扉閉めてくれると嬉しい、かも」
「あ、ごめん」
福田湊の声で、栗利は申し訳なさげに扉を閉じた。その閉まりゆく扉の向こうに広がっていたのは、真っ白な雪原だった。
「……雪か」
俺は思わず呟いた。
「ん?」
その呟きに明が反応した。俺は彼女の目を見てはっきり告げた。
「雪だ」
「そうね」
「靜連邦では……」
「山地を除いて降らないわね」
「つまり靜連邦軍は……」
「雪に弱い」
「そういうことだ。これが、しみずが船を降りた理由となる……」
「なる訳ないじゃない。喧嘩までして関係性を悪くした理由が説明できないわ」
チッ、名案だと思ったが。
……いや、待てよ。明のその物言いだと、しみずは……
「関係性を意図的に悪くした、と言えればいいのか」
「意図的に悪くして何のメリットがあるか分からないけどね」
「だったらそのメリットを探せばいい」
「……へぇ。なるほどね」
俺の言葉に明はニタリと笑った。その間にも、俺は思考を巡らせる。
意図的に北地との……いや、関東との関係を悪くして、靜連邦に何のメリットがあるのだろうか。
しみずは北端異世界との戦いを、靜連邦にとっては無意味な消耗戦と考えているのではないか。そんなものに巻き込まれたという怒りを、反抗という形で示した。それがしみずの行動の動機であろう。
それによって生まれたメリットは、靜連邦軍の消耗を防ぐことか。
靜連邦軍の消耗を防ぐことは、もしも戦闘が激化して長引いた際に、援軍到着までの間の継続が多少楽になる。前線で北地軍が戦っている間に、船上で、靜連邦軍を寒空の下という過酷な条件下に適応できるように鍛え上げてしまえば良いのだから。
しかし、関東との関係を悪化させるメリットには至らない。もしそれが狙いなら、素直にそう言えばいいのだ。
しみずが関東と関係を悪化させたかった理由。それは……
ツツツツ、ツツツツ、ツツツツ……
そのとき、独特な音がした。無線機がどこかから着信を受けた音である。
無線機を手に取ると、今一番話しかけてきてほしくない奴から受信したことが見て分かった。
拒否し、無視しようかという思考が過ぎる。しかし、奴が今置かれている状況を想像すると、ここで拒否するのはあまりに都合が悪く、俺にとっても不都合が生じかねない。
「……だれ?」
明が訝しんだ目で尋ねる。その質問に答えることなく、俺は応答した。
「……なんだ? 珍しいじゃねぇか」
『やぁやぁ、久しぶりだね。そっちの方面は順調かい?』
戯けたような声が、気さくに話しかけてきた。
「今のところはな。得撫島までは制圧した」
『なるほどねぇ。こっちは新知島で残党狩り中。ま、それは主に南四がやってくれているんだけど。任せっきりだよ』
「そうか」
近況報告をし合ったあとで、俺は尋ねた。
「で、用件はなんだ?」
『まぁそう急ぐなって。悪い癖だよ?』
「あいにく短気でな。それに、会議を中断しているんだ。早く終わらせて会議を再開したい」
『ふぅん。ま、こっちも会議中だから、そう長々と話す気はもとよりないんだけど』
「お互い様だな。南四か?」
『そっちは日渡かな?』
「質問に質問を返すな」
『ははっ、何を言うんだい? ちゃんと頷いたさ』
「見えねぇよ」
相変わらず面倒な奴だ。さっさと終わらせたい。
「んで、用件を言え。時間の無駄だ。切るぞ?」
『おぉ怖い。もう少し穏便にお喋りしようぜ?』
何を言っているんだ、こいつは。とんだ暇人だ。
「このやり取りが充分すぎるほど穏便なやり取りだろ。ということで、お喋りはここまでだ。さっさと用件を言え」
『はぁぁ……』
無線機の向こうから深いため息が聞こえてきた。そして奴は疲れ切ったように言う。
『まったくつれないね。こりゃ折れるしかなさそうだ』
心外だ。俺が悪いみたいな物言いに腹が立つ。しかしこれで、ようやく恭之助は本題を語る。ここで怒りをぶつけて話を長引かせるのは得策ではなかろう。
『用件を言うとだね、しみずの件は既知かい?』
「既知。蛇松から伝達を得ている」
『それなら早い。あの行動、どんな意味があったと思う?』
どんな意味、か。やはり南四も気にしているということか。恭之助が弁解をしていると踏んでいたが、説明が足りなかったか、統率国の意見を求められたか、はたまたただの無能か。
……或いは、それら全てか。
「俺はしみずではないから、正しいことは微塵も言えんが……」
俺はそう断って、ふと思う。
「正確なことが知りたいのならば、しみずに直接聞けばいいのではないか? お前ならそれができるだろ」
『バカ言うなよ。今のしみずたんが何か言うとでも思うのかい? それに、言われずとも尋ねたさ』
「それでも俺に訊くということは、あいつから得られる情報はなかったということか」
『むしろ逆効果だね。偽るばかりで、真意を教えてくれそうにない』
「偽る……?」
偽る、ということは言い訳か? しみずが言い訳をしたというのか? 恭之助に?
考え難い事態に困惑したが、すぐに思い直す。恭之助は今、第一艦隊の南四の会議に参加している。東輝洋介、夏半若菜の面々を前にしている。奴らのことだ。しみずに向けた通信は公に晒されていたかもしれないし、そうでなくても洗いざらい吐かされただろう。
しみずが偽るとは思えない。言い訳をするとも思えない。自分は正しい、周りはなにも理解してくれない。きっとあいつはそうとしか言わないだろう。何せ自分勝手だからな、あいつ。
恭之助は、しみずの行動に意味を持たせたいのだろう。それも、自分勝手なものではなく、協商にとって利のあるものだと見せたい。しかししみずは空気など読まないし、良くも悪くも正直者だ。そう、バカすぎるほどに。
となると、恭之助が言う「偽り」と「真意」は逆転する。しみずは真意をバカ正直に語り、偽りたい恭之助は困っている。そう見るのが自然だろう。
『あぁ、偽るとい……』
「偽っているということは、しみずは船を降りた理由を謙遜しているのか?」
『あ、あぁ。その通りだよ! 本当に勿体無い』
「同感だ。こちらとしてはいい迷惑だな。要らんところで謙遜しやがる」
俺との会話も聞かれている可能性を考慮して、慎重に言葉を選ぶことにする。恭之助は俺が話を合わせてきたことにだいぶ驚いたようだが、おそらく内心ほっとしていることだろう。
『でも、謙遜というのも少し違う気がしているよ。関東との仲を悪くすることに対して、一切の躊躇いが感じられない。まるでそれを望んでいるかのように……』
「ま、どう言ったところで仕方ないだろ。しみずが取った崇高な行動を、頭の弱い関東の連中に分かりやすく伝えてやるのがお前の仕事じゃないのか?」
『酷い物言いだね。…………あっ、え、いや俺に言われましても……って、ちょっと!』
俺がそう発言した後、何やら無線の向こうが騒がしくなった。そして粗雑なガサガサという物音と同時に恭之助が少し戸惑ったように声を上げたが、直後その声が徐々に遠ざかっていく。
代わりに聞こえてきた声は。
『よぉ、濱竹。皇神種の癖にひでぇ物言いしてくれんじゃねぇか。聞こえてないと思ったのか?』
「これはこれは、東輝洋介様。ご無沙汰しております。その反応ですと、会話が全て筒抜けであったようですな。では靜連邦内々の諸問題に関しては発言しない方が良いというわけですな。恭之助と相談すべき事柄があったのですが、後日にするとしましょう」
『貴様っ……! それを確かめるために……』
「別にそれだけではありませんぞ? しみずの行動の意図など手に取るように易く理解できましょう。しかし、それなのになぜ私に尋ねたのか。恭之助の口下手ゆえか、はたまた統率国としての意見を求めてか。しかしいずれにせよ、あなたがた関東のお方たちは、靜の行動の意図を察しかねたことに代わりはないでしょう。でなければ、そもそも恭之助にも尋ねない」
『勘違いしているようだが、恭之助は自らお前に通信している。俺たちの指示ではない』
「否定するのはそこだけですか?」
『…………』
「……であるならば、私の見解に代わりはないわけですぞ。あなた方関東は、靜しみずの行動意図を理解できていない。大事なのはそこのみ」
俺はそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。……見えないから笑っても意味のないことだが。
「靜連邦二大統率国の濱竹安久斗として靜しみずの行動原理を教えてやるから、耳の穴かっぽじって聞きやがれ。この説明の際に限り、俺は祖神種と同格の発言力を有するぞ?」
『はははっ! 皇神種のくせに祖神種と同格だと? 痛々しいな、その傲慢。笑わせる』
俺の発言に東輝はそう嗤った。しかしそこに援護射撃を加えたのは、他でもない恭之助だった。
『おいおい、笑ってもらっちゃ困るねぇ。靜連邦の二大統率国は靜と濱竹。靜連邦規約は、靜と濱竹の両国を祖神国家と定めているんだ。たとえ安久斗が皇神種であったとしても、二大統率国の濱竹安久斗と名乗り物申すときは、祖神種と同格として扱わなければならないんだ』
『だがそれは靜連邦の話だろう? それを俺たち関東、ましては南四の祖神種に押し付けるなど烏滸がましいにも程がある。ごっこ遊びは内々でやってもらわないとな』
『それこそ傲慢ってものだよ。世界の緩衝材としての役割を果たす靜連邦の統治形態は関東や関西の常識を逸脱するものであって、その常識を押し付けられる筋合いはないよ』
恭之助が洋介をそう説得する。『だが……!』と言いかけた洋介に、大人しい女の声がした。
『洋介、落ち着こう。靜連邦との関係を私たち南四まで悪化させたら、戦争中に背後を突かれる可能性だってあるんだよ? ここは一旦引こうよ』
声からして、夏半若菜である。洋介の暴走を止めるブレーキ役で、頭のキレる女だと聞く。南四の祖神種で実は最も警戒するべきやつかもしれない。
「感謝する、夏半殿」
俺はそう謝辞を述べて、一つ咳払いをした。
「まず、しみずは基本的に真実を語らない。だからと言って嘘ではないというのが嫌なところだが、あいつは自分の行動原理を語らずに、察しろと言わんばかりに遠回しのことを言う。今回もその一例だ。だが、その行動を直接目撃していないから察するのが容易ではないんだがな」
俺はそう言って、
「で、今回あいつは謙遜に近いことを言った。そして、わざと北地との関係を悪化させて船を降りた。そうすることが、この協商にとって有益となると判断したようだ」
と言ってのけた。
『ほぅ? 続けてみろ』
洋介が俺にそう言う。理解できないみたいだな。煽られることを警戒して「どういうことだ?」と訊いてこないのだろう。
「まず、靜連邦はほとんど雪が降らない。そんな中、雪原に向けた上陸戦に参加するのは自殺行為であって、足も引っ張る。だが、プライドの高さから『雪原の戦闘は苦手だ』と言えなかったのだろう。だから変な言い回しをして降りた。しかしそれなら穏便に済ませればいいが、ついでに意図的に関係悪化も行った。……独断でやられると困惑するし、かなり厄介なことなのだがな、これはおそらく……」
俺がそう言いかけたとき、無線の向こうの恭之助が続きを言った。
『しみずたんは、戦闘を意図的に長引かせようとしたんだ。大軍を2つの船に分散させて、難しい戦局の中で勝ち目を見出すために。また、その2つの大軍を仲違いさせることで対抗心を生ませて、全く違う戦術を取らせようとしたんだ。「向こうよりも優れた戦略を練ってやる」という心を生じさせるためにね』
「また、そうすると生存率も上がる。それに、もし片方が全滅してもどっちかは生き残るし、援軍が来るまでの効率的な時間稼ぎをすることも可能になる。それが、しみずが分断を煽った理由だ」
恭之助が途中でアドリブを入れてきて驚いたが、なんとか話を合わせることができた。あいつは頭の回転が早いが、多くを語ってくれるため助かる。
『ほぉん、なるほどなぁ。ま、そういうことにしておいてやるよ』
洋介は面白そうにそう言うと、ゆっくり偉そうに拍手しながら、
『尻拭いも大変だな、下っ端は』
と笑った。
「あぁ、祖神種様の崇高な考えは到底下の者には理解できないから大変だ」
俺はそう洋介に吐き捨てた。バレバレだと思うが、これで関東は引いてくれそうだ。
『よし、靜の意図は理解した。ならばその難局、突破してみよ。あえて分断を煽ったのなら、今のところは北地には隠しておこう。恭之助、お前に求める報告はこれで終わる。ご苦労だった』
無線の向こうで洋介が恭之助に告げる。それと同時に無線が切れた。
「……はぁ、めんどくせぇなぁ」
俺がそう言うと、明が「お疲れ様」と声を掛けてくる。
「南四には通用しない嘘だったな」
俺が言うと、明はクスッと笑った。
「でも、あなたたちの頭の回転の速さは認めてくれたんじゃないかしら? そうじゃなかったら許さないでしょう」
「たぶんな。ああいう他者を弄ぶようなところが南四の嫌なところだ」
俺が言うと、「言いたいことは分かるわ」と明が返してきた。
「でも、なんとかなってよかったですね」
豊田花菜の声に、俺は「あぁ」とだけ返した。
ーーーーー
ーーー
ー
「各村より集められた『信』のうち、『忠』として差し出す分は必ずこの蔵に保管しております。ここに保管した際の量の確認は私自身がしっかり行いましたし、そこに不備はありません。そうなると、考えられるのは『忠』を運び出した時に何かが発生したということです」
イズミは空になった蔵を見ながらそう語った。
「運び出した時、あなたは立ち会っていたの?」
いちかさんが尋ねると、「いいえ、申し訳ない限りなのですが、その日はナガノ氏の生誕祭ということで招待されておりまして、私はここに立ち会っておりませんでした」とイズミは言った。
ナガノ氏というのは、大池の隣の長野統治区の統治区長、長野カズロウ37世のことだろう。長野の一族は子孫に命名することを代々行っておらず、統治区長が長野カズロウ、通称ナガノ氏、その子供がイチロウ、ジロウ、サブロウ、シロウ、と続いていく。なお、生まれた順で名付けられるためそこに性別の差異は生じない。男女等しくその名前が与えられる。ちなみに現在のナガノ氏は中年の女性である。
「じゃあ、『忠』の運び出しは誰がしたの?」
僕が尋ねると、イズミは「ショウキチです」と言う。その名前は聞いたことがあった。たしか大池家の使用人だったはずだ。
「では、彼に合わせてもらえないかしら?」
そういちかさんが尋ねると、イズミは頷いた。僕らは再び屋敷に戻り、ショウキチから話を聞くことになった。
「へぇ、そうでごぜぇます。出発の前日に蔵の中の『忠』の量を確認して、確かにその分があったから、当日にそれを車で運んだんでごぜぇます」
ショウキチはそう語る。
「蔵の中の『忠』の量は一人で確認したんですか?」
僕が訊くと彼は首を振った。
「ちげぇます。蔵の管理をしておるジュウゴロウと一緒だったんで」
「そのジュウゴロウは、蔵の管理を専門にしているの?」
いちかさんが尋ねる。それにイズミとショウキチが頷いた。
「ありがとう。じゃあ今度はそのジュウゴロウに会ってみたい」
僕がそう言うと、イズミはショウキチを外に連れ出して、交代でそのジュウゴロウを連れてきた。
「『忠』が足りない? いやいや何を言われますだ。蔵の管理に抜かりはありませんで。鍵はイズミ様とオラしか持っとらんもんで、オラが鍵しめちまえばあとはイズミ様以外開けられん。数を確認した夜にオラが鍵かけて、翌朝鍵開けて車に乗っけたんだで。そん時にはちゃんと数揃ってたで、しっかりあるはずですで」
ジュウゴロウはそう言った。
「あなた一人で蔵から車に移したの?」
いちかさんがそう尋ねると、ジュウゴロウは「まさかぁ。あれだけの量を一人で運ぶことなんてそう簡単にできませんで」と笑いながら言う。
「ショウキチとやったのでしょう」
「あ、え、いや、いえ、ショウキチさんとはしてないんですで」
イズミがそう憶測を述べるが、ジュウゴロウは慌てて否定する。
「え、そうなの? じゃあ誰?」
イズミが驚いたようにジュウゴロウを見ると、彼は「オラの知り合いで、力仕事が得意な奴がおって、そいつら連れてやったんですで」と言う。その言葉にイズミは一言「初耳」と呟いて驚いた。その間、僕といちかさんはジュウゴロウの額に薄ら汗が浮かんでいるのをじっと見つめていた。そして二人で視線を合わせて頷いた。
「ありがとう。じゃあ申し訳ないんだけど、その車を引いて神社まで来てくれないかな? ちょっと車を見たいんだ」
「へ、へぇ。お任せを! とってきます故、しばらくお待ちを……!」
ジュウゴロウは難を逃れたと言わんばかりに声を上げて、そそくさと屋敷を出ていった。
彼が見えなくなったのを確認して、
「さて、やりますかぁ」
といちかさんが肩を回す。
「え、やるって何をなさるおつもりですか……?」
イズミが少し怯えたように僕らを見た。そりゃそうか、いきなり自分の屋敷でそんなことを言われたら怖いよな。
「イズミ、この事件はもうすぐ解決するよ」
僕がそう言うと、彼女は首を傾げた。その間に、いちかさんが何かを唱える。
「清らかな水恵まれし太田川流るるまにま御霊を崇めよ……!」
その声と同時に、周囲が青白く光って白く小さな御霊が二体現れた。
「ジュウゴロウを追って。その場所に留まって今日の夜まで待っていて」
いちかさんが御霊にそう言うと、御霊はふよふよと飛んで消えていった。
「ジュウゴロウが犯人なんですか?」
イズミが不安そうに尋ねてきた。
「犯人と言えばそうかもしれない。でも、真犯人は他にいるわ。今日の夜、もう一回ここに来るわ。そうしたらあなたも一緒に少し出かけましょうか」
いちかさんはそうイズミに微笑みかけた。彼女はやはり少し不安そうに頷いた。
そのあと、二十分ほどの時間が流れてジュウゴロウが車を引いてやってきた。僕らは彼と共に磐田神社に向かった。
「車に異常はないね」
僕といちかさんは荷車を確認する。木でできた、至って普通の車だった。
念入りに見たあと、ジュウゴロウに当日の流れを詳しく尋ねた。また、その力持ちの知り合いについても深掘りしてみた。分かったことは、その知り合いのことを尋ねると彼は額に汗を浮かべるということだ。つまり、そこは何か隠し事をしているということ。
「じゃあ最後に一つお願いがあるの」
いちかさんは、ジュウゴロウとの会話の最後にそう言った。
「なんでごぜぇますか?」
ジュウゴロウはそう返す。ようやく帰れるというような顔に見えた。しかし、そうは問屋が卸さない。というよりは、卸させない。
「あなたの体の魂を入れ替えるけど、怒らないでね」
いちかさんが笑顔でそう言ったと同時、彼女は合掌する。そして再び詠唱をする。
その瞬間にジュウゴロウが逃げようとしたが、襖から抜刀した下神種が6人現れて彼の行手を塞いだ。
この6人は、日雇いの神社の衛兵である。正規の軍が存在しない日渡では、神社の防衛を日替わりで国民の男子にやらせている。これは義務ではなく有志であり、強制はしていないが、日給制で報酬が高額なため、意外と門前の若者の間では人気が高い。また、渡海事変以降は萌加様と会える機会が生じたため、神様を拝むためだけに参加する者も増えている。しかし、応募した後で審査を通らないと雇われないため、エリートのバイトというのも事実である。
「さ、その体、少し借りますよ!」
いちかさんはそう言って、ジュウゴロウの体から魂を抜き取ると、別の御霊を埋め込んだ。その間、ジュウゴロウの魂は予め用意した藁人形に閉じ込めておく。
「さてと、これで準備は整ったね」
いちかさんはそう言って一息つく。
「ま、あとは夜次第だね。彼の背後から何が出てくるか」
僕はそう呟いて、日雇いの若者たちを警護に戻らせた。
夜が来た。魂を入れ替えられていちかさんの操り人形と化したジュウゴロウは、ひと足先に荷車を引いて神社を後にした。そして彼には使命がある。その力持ちの知り合いを『決まったところ』に集めておくことだ。
僕らは2時間ほど歩いて大池に再びやってきた。「面白そう」という興味のみで、萌加様もついてきた。
大池家でイズミと落ち合って、そのまま件の『決まったところ』へ赴いた。
そこは、昼間にジュウゴロウを追跡した御霊が留まっている場所である。
つまり、ジュウゴロウがあの20分で向かったところである。
薄暗い、茅葺きの掘立小屋だった。
朽ちた戸を開けると、ヤモリと蜘蛛がわらわらと出てきた。細く月明かりが差し込む先に浮かび上がったのは、地べたに座った人影だった。
貧相な男と女が幾人かいる。皆等しく痩せ細っていた。
「誰だ?」
ひとり、男が声をあげる。しかし立ち上がることもしなければ、迫ってくることもない。
「日渡国の臣、磐田大志」
「同じく巫女、御厨いちか」
「大池統治区長、イズミ」
萌加様は名乗らないどころか、その小屋に入ろうともしないで、出てきたヤモリと戯れていた。
「日渡の臣様と巫女様、か。ジュウゴロウ、これはどういうことだ?」
男がジュウゴロウを問い詰めた。しかし彼は言葉を発さない。そこにいちかさんが、藁人形を投げ込んだ。
「すまねぇ、バレちまっただ」
藁人形はそう喋る。さすがにそれには一同驚いたようで、目を丸くしてその藁人形を見ていた。しかし、誰も声を上げないし、動かない。まるで生きることが限界な様子だ。
「……そうか、仕方ないだ。ジュウゴロウ、無茶を頼んで申し訳なかっただ」
男は静かにそう言った。その声に、数人が啜り泣いた。
「渡海の難民……」
そう呟いたのはイズミだった。
「難民に、『忠』の一部を与えたのですか?」
イズミは藁人形となったジュウゴロウにそう尋ねた。
「申し訳ねぇだ、お嬢様。オラ、こいつらが廃墟漁ったり盗人したりしてるの見て、力になりたかっただ……」
ジュウゴロウは震えた声でそう言った。
「そう、なのですね……」
イズミは複雑そうな顔で彼を見た。咎めようにも咎められない理由だったからだろう。
「でもそれなら、『忠』を使う必要はなかったはずです。言ってくれれば、私の元に届いた『信』の中からやりくりできたはずです」
イズミが涙声でそう言った。
「そうかもしれねぇっすねぇ。気が回らんかっただ」
ジュウゴロウはそう言う。
「ジュウゴロウ、あなたを『忠』の不正利用の罪で捕えます。体はあとでしっかり戻しますが、今はそのままでいてください」
いちかさんがそう言う。ジュウゴロウは黙っていた。
「『忠』献上の不正として、大池家による大池統治区の区治権は向こう3年認めないものとする。この3年は日渡萌加神の直轄領とし、その領主として大池イズミを任命する」
僕はイズミにそう言った。彼女は驚いたように僕を見た。
「それでは、私になんの罰もないじゃないですか。下の者の罪は上の者の責任です。せめて私を領主とするのは……」
「でも、いつも2時間かけて歩いてくるの面倒だし、イズミを領主にした方が楽なんだよね。それに直轄領の領主だから、数日に一度は神社まで来なきゃいけなくなるわけだし、罰と言えば罰かもしれないよ?」
僕がそう言うと、イズミは黙って俯いた。それからしばらくして、「では、承諾いたします」と頷いた。
「それで、あなたたちに関してだけど……」
いちかさんが渡海の難民に向けて声を発したその時だった。
「いちか、それはいいよ。わたしから言う」
いちかさんの後ろから萌加様が声をかけた。そして難民の前に立った。
「初めまして、わたしの名前は日渡萌加。知っての通り、日渡国の神だよ」
そう名乗ると、難民たちの目には殺意がはっきりと映った。
しかし、そんな視線にも萌加様は動じずに語った。
「渡海は、勇が殺されたことで命運が尽きた。あなたたちが勇を支持していたのか、清庵を支持していたのか分からないけど、いずれの渡海も滅びたことに変わりはない」
「あなたが滅ぼしたのに、よくもそう言えますな」
老婆がひとり、そう言った。それに対して萌加様は、「そうだよ、わたしが滅ぼした」と告げた。またも殺意の視線が向けられる。
「でも、だからこそ言うよ。渡海は日渡になったんだよ。いつまでも渡海に縋って生きていくことはもうできない。渡海の国民が神を強く信仰する国民性なのは理解しているよ。でも、渡海の神はもういない。だからといって、無理にわたしを信仰しろとは言わない。日渡は信仰する文化が渡海に比べたら薄いから、あまり伝説もないしね」
萌加様はそう微笑んだ。そして、結論を言う。
「選んでよ、日渡で生きるか、今ここで死ぬか。少しでも生きたいと思えるなら、衣食住は保証するから生きたほうがいいよ。でも、死んでもわたしの下になんて入るかよって思うなら、ここで死ねば良いと思う。でもその場合、今ここでわたしが殺す。これ以上の盗みや横領を防ぐために」
萌加様はそう言って、刀を抜いた。そして真っ直ぐに構えて、
「生きたいなら、あなたたちから見て刃先の右側に移動して。死にたいなら、左側に」
と呼びかけた。
しばらく誰も動かなかったが、一人の少年が生きる方を選択した。その手に引かれて、少女も動く。どうやら兄妹のようである。
それを見て、ひとり、またひとりと生を選択していく。
しかし、死を選ぶ者もいた。最初から僕らと会話を続けた男と、老婆だった。
「オラは渡海と生きて、渡海と死ぬ。この地が日渡になるのを見る気はないだ」
「わしゃ十分に生きたべ。夫も娘も息子も孫も、みんなあの事変で逝っちまったんだ。わしだけ生き残っちまったが、今日でそれも終わりにするんだべ」
二人はそう言った。萌加様は頷いて、「それなら、ここに残って」と一言告げる。そして僕らに、生きることを選択した難民を荷車に乗せるように促した。そして、先に帰れと言った。
僕らは指示に従って、難民を連れて神社に帰った。イズミもジュウゴロウも一緒に神社へ連れていった。
萌加様が帰ってきたのは、僕らが屋敷についた30分ほど後のことだった。
珍しく能力を使わずに刑を執行したようで、刀と装束を血で汚されていた。また、普段なら飛行するはずの距離を歩いて来られたようで、どうかしたのか心配になってしまった。
しかし、それでも一件落着である。
大池統治区の『忠』行方不明事件は、原因と動機が分かったところで、これ以降は軽く片付けることとなった。
ーーーーー
ーーー
ー
冬至前14日、夜明け前。
柄江浦には、扶桑国の国旗がはためいていた。
神類による北端異世界の上陸戦は失敗し、北地連邦の軍勢に大損害を与えていた。
静まった海。極寒の中、漂う氷が船にぶつかって砕ける。
『戦艦「りゅうひょう」、是拠リ出撃ス。』
それでも神類は諦めない。世界北部同盟の後ろ盾となっている扶桑国を叩き潰し、少しでも戦局を楽にするべく、また、神類の防空網を突破してミサイルを落とした罪を償わせるべく、攻撃を続ける。
北端海戦は、未だ続いている。
なんなら海戦は、まだ始まっていない。
神紀4997年、冬至前14日。北端海戦、勃発。
関東統一連邦第四艦隊と、扶桑国主力艦隊が柄江浦沖で大規模な戦闘を始めた。今までの戦闘はまるで序章にもならないかのような、そんな戦闘だ。
各新聞社は、これ以前に行われていた戦闘を『北端異世界上陸戦』と呼び、この激しい海戦を『北端海戦』と呼ぶと統一した。
上陸戦は敗北を喫したが、海戦に勝てばまだ上陸の可能性がある。
しかしここで敗北したら、扶桑国を陥落させることは諦めなくてはならない。
これは神類にとって、絶対に負けられない海戦なのである。
そんな戦争を、沖合で眺めている集団がいる。
靜連邦軍である。
靜連邦軍が乗船するのは、補佐艦の『知床』だ。その役目は、もし第四艦隊が壊滅したら応援が来るまでの間、時間稼ぎで死闘を繰り広げること。すなわち、第四艦隊が負けなければ出る場がない、つまらない役回りである。
しかししみずはご機嫌である。それもそうだ、彼はこれを望んでいたのだから。
「軍の損失もないし、戦わなくていいし、こんな楽な役目はないよね」
そう言いながら、彼は自分と共についてきた(強制的について来させた)神々、具体的に言えば沼蛇松と伊月場みずきと一緒に朝食を摂る。
「だが、第四艦隊が負けたら元も子もないぞ。それに備えて、俺たちは俺たちで備えておくべきだろう」
蛇松はしみずにそう言う。それにみずきも頷く。しかし彼女は黙々と食事を摂るだけで口を開くことはなかった。
「たしかにねぇ」
しみずはご飯を口に運びながら、
「でも、備えるって言ってもあんまりすることないでしょ? もう船の上にいるわけだし、今更軍を鍛えることも期待できないし」
と発言した。
「そうかもしれないが、そうも言っていられないだろう。噂によると第二艦隊がいつでも応援に来られるように準備しているようだが、第四艦隊が壊滅してから第二艦隊の到着までの時間を俺たちだけで稼ぐ必要があるんだ。もっとも、第四艦隊が負けなければそんな必要もないんだが、昨日の戦況を見るに勝利は絶望的だろう。具あれば憂なしだぞ」
蛇松はしみずに対してそう意見した。意見されたしみずは面白くなさそうにあからさまに不貞腐れると、黙々と食事を啄んだ。
「お前が軍を鍛える気がないのなら、俺が方針を打ち立てても良いか? これ以上、協商軍の被害を拡大させてはならない。もちろん、靜連邦軍の損害を増やしてはならないのだから、自分たちの身を守るためにも鍛える必要があるだろう」
「好きにすれば? ボクはなんでも構わないよ」
ついにしみずは完全に機嫌を損ねてそう言うと、朝食を切り上げて部屋を去っていった。
「珍しいね、蛇松がしみずに意見するなんて。どうしたのさ?」
しみずが部屋を出ていって少し経ってから、今まで黙っていたみずきがそう蛇松に尋ねた。
「別にどうもしていない。俺自身がしみずの態度に危機感を抱いただけだ」
蛇松がそう言うと、みずきは呆れたようにため息をついて、
「それが珍しいって言っているのさ」
と呟いた。
船は、遠くから轟く砲声を聞く。
氷に朝日が照らされて、不気味なほど眩しく煌めいていた。
ーーーーー
ーーー
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今日は濱竹議会への参加日であるため、僕といちかさんは昇竜川を越えて浜松神社までやってきた。
濱竹はここ最近、サハ戦争で神、臣、巫女が出払っているため、議会は下池川卿と二俣行政総長が執り仕切っている。しかし不思議なことに、議会での決定権や拒否権を有するのは、いつかのきーにぃ殺害事件の賠償で内政干渉が認められた日渡国の臣と巫女、言い換えれば僕といちかさんのみとなっていた。
つまりサハ戦争中は、濱竹の内政は全て日渡国のものとなっていたのだ。これには賛否両論あって、議会でもかなり騒がれたのだが、賠償であることと神同士の契約であったため、表立って批判的な態度を取る者はすぐにいなくなった。
そんな濱竹議会で本日議論された話題は、
「南行政区長、雄踏祐介。この場を借りて南行政区が抱えている問題を公表させていただきますと、昇竜川を越えた渡海難民の不正居住が増えております。また、窃盗や迷惑行為も多発しており、国としての対策を迫りたく存じます」
渡海難民についてだった。
濱竹は渡海難民を受け入れない声明を早々に公表していたが、それでも難民は川を越えて濱竹に流れ込んでいるようだ。
特に、旧渡海領と隣り合っている南行政区はその被害が著しいのだと言う。
「雄踏君、対策について何か案を持っているかね?」
神務卿がそう訊くと、雄踏さんは、
「南行政区としては、不当居住者を許すわけにはいきません故、早急に国へ送り還すべきだと存じます。それを国を挙げて実施したら如何かと。おそらく渡海難民に困っているのは南行政区だけではないはず。日渡と国境を接する東行政区や北濱行政区もまた、難民の被害を受けているのではないでしょうか」
「なるほど。では、東行政区長の丸塚てん君と北濱行政区長代理の貴布祢美薗君、渡海難民の被害を、現在把握している限りで良いので公表してはくれないか」
神務卿の声で、丸塚さんと貴布祢さんが立ち上がった。
「東行政区長、丸塚てんです。東行政区における渡海難民の被害を、現在私が把握している限り公表致します。まず、不法入国・滞在者についてですが、東行政区の南部にスラム街のようなものが形成されつつあります。強制撤去や拘束を行っていますが、数は一向に減りません。次に、その者たちによる窃盗暴行等の犯罪件数についてですが、安久斗様が難民の受け入れを拒否した冬至前78日から昨日までの64日間で、東行政区内で267件の窃盗と84件の暴行事件が発生しました。また、これらは私が把握しているだけの件数ですので、実際はこれよりかなり多く発生しているものと見られます」
「北濱行政区、貴布祢美薗です。東行政区同様、北濱行政区でも昇竜川の河川敷をはじめとしてスラム街の形成が見られます。ですが、難民による犯罪件数は微々たるものに留まっています。東行政区と同じ期間で確認された被害は、窃盗が14件発生したのみで、暴力沙汰は一切認知しておりません」
お二方による渡海難民の被害報告が上がり、渡海難民が濱竹の治安を悪化させていることが窺えた。
「北濱での被害は少ないですが、治安を悪化させていることに間違いはありませんね……」
「そうね。それは事実だよね」
僕がいちかさんに耳打つと、彼女は頷きながら神妙な顔つきでそう返してきた。
「急な発言でごめんなさいね。昇竜行政区長、極峰くれはですわ。申し訳ないんですけど、これだけ昇竜川西岸一帯の治安が悪化した原因は、どれもこれも日渡の国政が安定していないからではなくて?」
そのとき、一体の妖精がふわりと席から舞い上がり発言した。
「極峰くん、発言をするときは挙手をするように」
「そうは言いますが、行政総長。先ほどからずっと挙手していたのですが見つけてくれなかったのはあなた様がたですよ。私は妖精なんです。小さいんです。これっぽっちの腕を上げただけじゃ、そちらからでは見えないでしょう?」
「ふむ、それは気付かなかった。失敬。ならば発言を許そう」
行政総長の二俣さんが極峰さんの発言を許した。すると極峰さんは堂々と日渡の内政を批判してきた。
「日渡は、去る渡海事変の前より急激な神治改革を行い、結果としてそれが渡海国民の不安を煽って武装蜂起に繋がったのは皆さんご存知でしょう? ですが、そもそもとして小国が分散神治を導入し、設立した自治領に国の正式な臣家と巫女家の者を付けるという行為は、国の安定を揺るがしかねない事態であることは明白でしょう。また、設立した兎山自治領も、分散神治に取り入れた兎山派の上神種家も、いずれも旧兎山を彷彿とさせるもので、この濱竹にも激震が走るほどのもだったことを、皆さん覚えておられるでしょう? その恐怖心は、かつて兎山から分離・独立した渡海国民にとっては危機感に直結し、反兎山、反日渡と国民がいきり立つのも納得のいく話です。それで武装蜂起という形で起こり、鎮圧され、国民が皆警戒心を露わにしている日渡に併合されたとなれば、その統治が困難を極めることは明らかですよね。それなのに、日渡萌加神をはじめ、日渡の神治に関与する全ての者がこの問題を放置し、難民を野放しにし、挙句あろうことか神自らが虐殺したことは今では有名な事実です。そうして日渡の治安は悪化し、身の危険を感じた難民が逃げ出そうとするのも無理はないでしょう。ですが、今ちょうどここに臣様と巫女様がいらっしゃるのでお尋ねいたしますが、日渡はそれに対して何か対策を打っておりましょうか? お答え願いたいですわ」
まるで濱竹に蔓延る問題は日渡に起因すると言いたいが如く、極峰さんは語られた。そして僕らに対する質問が来て、挙手したのはいちかさんだった。
神務卿がいちかさんを指名すると、彼女は立ち上がって登壇し、ひとつ咳払いをしたあとで答えた。
「日渡国、巫女、御厨いちかです。先ほどの質問に答えさせていただきますが、日渡国としても渡海統治の安定は可及的速やかに解決するべき問題と認識しております。しかし、現在はサハ戦争に神治幹部のほとんどが出払っていることもあり、大規模な政策は行えない状況にあります。特に、我々が想定している渡海復興政策には渡海上神種家の生き残りである福田湊と東河口竜洋の協力が必須であるのですが、彼らは現在、遠い北の海の上ということもありまして、終戦までの当面の期間はこれ以上現状を悪化させないことが政策の要としております」
「その具体的な政策をお聞きしたいです」
いちかさんの言葉に極峰さんがそう言う。しかし恐ろしい話をすると、具体的な政策なんて考えていないのが現状なのだ。僕らが統治する今の日渡に、そんな余裕はどこにもない。そもそもとして、準備の整わない状態で小国に急に併合しても上手く進むはずがないのだ。僕らは今、濱竹の神治面々が考えるよりもはるか以前の段階にいる。こちらからしたら、まだ戦後処理段階という感覚だ。それなのに、今後の展望を具体的に話せなどと言われても、本当に困るだけなのだ。
しかし、いちかさんは迷いの表情を浮かべることなくこう言った。
「具体的な政策は、渡海を自治領化させることを考えております。それが叶わないようでしたら、現在存在する兎山自治領に組み込むことが望ましいです」
「兎山に……?」
「やはり最初からそれが目的で……!」
「御厨家は兎山派だからな」
ボソボソとさまざまな声が聞こえる。兎山自治領に渡海を併合すれば、結果的に明様が旧領奪還に動いたと見做されてもおかしくない。
しかし現状、僕らが最も恐れなくてはならないことは、兎山への批判でも、明様でもない。
「静粛に。兎山派だとか、日渡派だとか、そんなの関係ありませんよ」
だから僕は、ここで大きく出ることにした。
濱竹は超大国だ。その議会ともなれば、それもまた非常に大きなものである。しかし、そんな議会を仕切る権力が、今の僕にはある。
「僕が今、日渡の臣として発言しているのと同様に、いちかさんは今、日渡の巫女として発言しているんです。でも濱竹国内では未だ兎山という名前が彼女の足を引っ張るのであれば、ここからは僕がお話しいたしましょう。この、日渡国臣家、磐田家の者として」
「大志くん……」
いちかさんが僕に対して救いの目を向けて……いや、これは救いの目じゃない。
(私出まかせ言っちゃったけど、引き継げるの?)
不安の眼差しだった。
いちかさんが何を思い描いているのかは分からないが、たぶん大丈夫だろう。僕自身も、これに対して意見がない訳じゃない。いずれ話し合わなければならない話なのだから、今話しておいても問題ないだろう。
僕はいちかさんに頷いて、登壇する。
「日渡国、臣、磐田大志です。突然ですが皆さんにお尋ねします。現在の日渡で、最も恐るべき状況は何だと考えられるでしょうか?」
僕は登壇するや否や、すぐにそう尋ねた。濱竹上神種にとっては難題だろう。日渡と濱竹では、国体が絶対的に異なる。『神=国民の総意』という濱竹と、『神≠国民の総意』の日渡。濱竹上神種からどのような回答が出るのか、実は少し楽しみである。
「では、極峰さん。お答えください」
「はい。え、えーっと……渡海の反乱、ですかね?」
「なるほど。確かに反乱されたら国が滅びる可能性がありますね。ですが、僕らには萌加様がおられるのでそこはあまり心配しておりません」
僕は爽やかにそう答える。そして次に、東行政区長の丸塚さんを指名した。
「えぇ……うーん、連邦諸国からの厳しい非難ですかね」
「あぁ、確かに大事ですね。特に靜と濱竹からの非難の目はどうしても避けなくてはなりません。ですが、靜も似たような恐怖政治は行なっておりましたし、濱竹に関してはあなたがたの方が安久斗様の神治史をご存知でしょうから僕からは何も言いません。日渡の渡海統治に対する非難は現在あまり恐れておりません」
僕は堂々とそう告げた。そう、この議会でどれだけ日渡の統治の杜撰さを突かれようが痛くも痒くもない。ちーにぃや花菜姉ちゃん、明様たちが帰って来られてからが渡海統治の門出なのだから。
「では最後に、濱竹神務卿、下池川山樹さんを指名させていただきます」
僕がそう言うと、下池川卿は「ふむ」と言って顎髭を少し弄ると、
「あまり言うのも憚られるお話ですが、あなたがたが最も恐れるものは、実に日渡萌加神そのものなのではないですかな? 特に、渡海政策に於いては」
「えぇ、その通りです。さすがは下池川卿です」
その言葉に、僕は頷いてみせた。議会はざわついた。臣が自国の神を軽んじるような発言をするなど、濱竹では禁忌に値するのである。僕もそのくらいは知っているので、これは想定通りの反応である。
「我々は、」
僕はざわつく議場に声を張ってそう告げた。すると議会はシンと静まり返った。それを確認してから、僕は淡々と語った。
「萌加様の手に渡海国民が渡ることを最も恐れております。なぜなら萌加様は、怒りに任せて何を仕出かすか分からないお方だからです。また、渡海の民が自国民となったという認識も薄く、またも虐殺が繰り返される危険さえあります。その虐殺を真っ先に非難したのは、靜でも、濱竹でもありません。明様でした。ここ濱竹では、明様に対する……いいえ、兎山に対する印象はあまり良くないことでしょうが、あの方は非常に聡明で、機転が回り、萌加様より遥かに政策立案と実行力に長けておられます。それであるならば、旧渡海国領土を兎山自治領に併合することが、本土に併合するよりも今後の渡海のことを思ったら合理的であり、優れた判断であると我々は考えます」
萌加様に対する批判を堂々として、まるで兎山を庇うかのようなことを言ってしまった。これで良いのだろうか。臣として、大事なことを投げ出した気がした。
「もちろん、兎山自治領に併合することが第一候補ではありません。それでは兎山派が台頭して旧領奪還を推し進めたと非難されるのは明白ですし、私もそれを望んでおりませんので。あくまでこれは第二候補であり、第一候補は渡海自治領を設立することにあります」
僕の言葉に、いちかさんがそう付け加えた。
「兎山派とか日渡派とか、そんなつまらないことは今の日渡には関係のないことです。渡海の統治を今後の改革で安定させたいと思う気持ちは皆同じですし、何より現状の治安をこれ以上悪化させてはならないというのは連邦西部諸国の総意でありましょう。ですから、打開策云々はいま現在はあまり重視せずに、これより当面の間は適切な戦後処理を進めていくことが我が国に求められていることと理解しております」
僕はいちかさんの言葉に続けてそう言った。暗にまだ戦後処理の段階にあるんだと主張しただけだが。
そんな僕の発言に一人の女性が挙手をした。
北濱行政区長代理、貴布祢さんだ。二俣さんが彼女を指名すると、彼女は僕にこう質問をしてきた。
「それでは、当面は現状維持の治安政策を取られるおつもりですか?」
「えぇ、そうですね。今後の具体的な渡海の扱いに関しては、サハ戦争終戦後に決めたいと思っております」
「でも、サハ戦争が非常に長引くことも想定されるのではありませんか? 現状、戦争が始まってから40日以上経っておりますが、私たち協商軍は同盟軍を打ち破れておりませんでしょう?」
「ですが、連戦連勝で着々と北進を続けているのも事実ではないですか。それに、安久斗様やあおい様、しみず様もおられます。早期を幾日と定義するかは分かりませんが、高確率で早期に決着がつくと確信しております」
「それでも……!」
僕の言葉に貴布祢さんが声を張り上げた。しかしそれに待ったを入れたのは神務卿だった。
「まぁまぁ、白熱した議論をするのも良いですが、少し落ち着きましょう。現在、日渡側のお二方による政策の方針は現状の治安維持であり、その後の細々したことは未定であるということでしょう。それはどれだけ問い詰めても変わりません。ですからこう致しましょう」
神務卿はそう言うと、和かに笑って、
「濱竹から日渡に対して意見書を纏めましょう。渡海に関してこうして欲しい、何時/\までに之々のことを決めて報告して欲しいと、統率国権限を用いて意見するのです」
統率国権限。
それは、この靜連邦における最高レベルの権限である。主に連邦諸国に対する命令を神、臣、巫女の名でそれぞれ発効させることができるが、それには議会で過半数の承認を得ることが条件となる。
しかし、現在これを出すためには困難があった。
「しかし、神務卿。現在この国には安久斗様も臣様も巫女様もおりません。誰の名で命令をお出しになるおつもりですか?」
「そうですよ。もし、臣権限や巫女権限を使うにしても、日渡にとって不利益や負担になるような意見を日渡の臣様と巫女様に出させるなど、あまりにも可笑しなお話ではないでしょうか?」
議席からそのような意見が飛ぶ。そんな中、神務卿は僕といちかさんを見て微笑むと、
「頼めますかな? これは『濱竹議会』ですので」
「はい。たとえ日渡にとって不利になろうとも、連邦全体のことを考えての統率国の意見ともなれば、発行しない理由がありませんので」
僕はいちかさんと頷くと、神務卿にそう返した。そして議席を見渡すと、
「ここに、濱竹臣権限を用いて、濱竹臣の名において日渡国に対し近々発行する『渡海政策の意見書』の草案を取りまとめることを許可する。また、この許可を下すのは日渡臣の磐田大志であるが、この草案の取りまとめと意見書の発行の採択に日渡国の臣と巫女が関わることは一切認めないこととする」
そう宣言した。
すると、議会に参列する議員が全員立ち上がり、声を揃えて「臣様の、仰せのままに!」と大声で返し深々と礼をする。
忘れかけていたが、濱竹という国家は、神、臣、巫女に対する絶対的な思想が強いため、このような光景を度々目にする国家なのだ。
臣のひくまさんと同じように臣権限を使えば、例え他国の臣であっても服従するような反応が返ってくるわけだ。
もしくは、これが慣わしになっているだけかもしれないが。
そんなこんなで、今日の濱竹議会は幕を下ろすことになった。
日渡に対する意見書の取りまとめに僕らが関わることはできないので、あとは濱竹の民に全てを任せ、僕らは提示された意見書に従って渡海政策を進めるだけである。
だから、しばらくは濱竹議会を欠席して、日渡の国政に尽力しようといちかさんと決めた。
どんな意見が飛んでくるか、怖いような楽しみのような、そんな状況である。
ーーーーー
ーーー
ー
「目標、北方7キロメートル!」
「主砲、撃ち方よーい!」
「撃ち方よーい!」
「ってー!」
轟音と共に、大きな砲弾が一直線に飛ぶ。目標は、扶桑国の主力艦『勘察加』であるが、その一撃はその船を沈める有効打にはならなかった。
それどころか、第四艦隊は次々に扶桑国の主力艦隊の集中砲火を浴び、次第に乗り合わせる神類も減ってきて、能力では攻撃を防ぎきれなくなった。
そうなると、次から次に被弾し、爆発、炎上、終いには沈没する船も出始める。
「くそっ! なぜだ、なぜこうなるんだ!」
旭園川は、『りゅうひょう』の軍議室で机を叩きながらそう吐いた。
「人類が能力の存在を理解したとしか思えませんな」
内輪宗弥が園川に告げる。しかしその声にも明らかな怒りが込められていた。
殺気立つ軍議室。
北嶺空襲に対する、北地連邦主導の報復戦であるわけだが、それでコテンパンにされる未来が見えてきたのだから無理もない。
「申し上げます!」
そんな軍議室に駆け込んでくる、一人の下神種。彼が告げた言葉は、
「護衛艦『根室』、『石狩』、補給艦『帯広』、みな被弾、炎上、沈没!」
ガタンッと机が叩かれた。
ギシギシと歯軋りをしながら、旭園川は机に突きつけた握り拳を振るわせた。
「……俺が、」
園川は震えた声でポツリと言った。しかしその後、大声を上げた。
「俺が自ら、この戦いの舵を取るっ!」
かくして、旭園川は軍議室を飛び出していった。
しかしその後、彼がここに戻ってくることはなかった。
船が大きく、3度ほど揺れた。『りゅうひょう』の左側面に、『勘察加』の主砲より撃ち出された砲弾が命中したのだ。
そして、そのうち一発は船体の中央にある弾薬庫に被弾。
戦艦『りゅうひょう』は、大きな火柱を上げて爆発した。
この爆発で、ちょうどデッキに出たばかりの旭園川は吹き飛ばされ、海の中へと消えていった。
ここで、勝敗は明確となった。
主力艦を失った協商(神類)軍は、扶桑国に大敗を喫することとなったのだ。
「おいおい…………」
「あ、あの火柱って……」
戦艦『りゅうひょう』の炎上は、遠くから眺めている靜連邦軍からも確認ができるほど大きなものだった。
第四艦隊は、海の上で炎上し続けた。
海は油やゴミで黒ずみ、水面は燃えて、空には煙が立ち込めてどんよりとしていた。
「……やるぞ」
蛇松が動き出した。
「あっ! ちょっと、やるってなにを!?」
「時間稼ぎに決まっている。そういう手筈だろう?」
「でも、本当に援軍が来るとは限らないよ! 来なかったら犬死にさね」
蛇松を追いかけるようにみずきが歩く。歩きながら問い詰めるが、蛇松は無言のまま会議室の扉を捻った。
中に入ると、くつろぐ靜しみずがいた。
「おい、しみず。済田政樹に連絡を……」
「したよ、したした。あと1時間もすれば来るってさ。爆発は向こうも確認できたみたい」
「ならば次は靜軍を動かすんだ」
「嫌だね」
「お前なぁ……」
蛇松はしみずに対して呆れ返った。珍しく問い詰めようとしたところ、しみずは蛇松の横をするりと通り抜けてデッキに出て、赤黒く染まり静まり返った海と、その向こうに見える扶桑国の艦隊を眺めてから、
「だって、軍を動かすまでもないでしょ?」
と、不敵に笑いながら言うのだった。
その直後、扶桑国の艦隊が一斉に煌めいた。
それを見て、しみずは右手を上に掲げて叫ぶ。
「『高気圧結界』!」
同時に、船を囲うように空気が圧縮されて、透明な壁を構築した。
その直後、その壁に何かが当たって飛散していった。
「ボクがいれば、いくらでも防衛できる。1時間くらいなら、下神種を動かすまでもないね」
恐ろしい奴だ、と蛇松は思った。祖神種の力というべきか、南四という脅威と隣り合いながらも独立を保ってきた靜の力というべきか。
「これほどの力があるのに、なぜ船を降りた?」
「力があるからこそだよね。手の内を後々の敵に見せるわけにはいかないし、軍を損失するのもバカみたいな話だ。それに、関東の艦隊がひとつ壊滅するのなんて、ボクら靜連邦にとっては損じゃないからね。むしろ利益さえある」
「…………」
協調性の欠けた、とことん利己主義な祖神種。
それが、靜しみずという奴である。
結果として自分の利益になるのであれば、時に悪手を選ぶし、悪役を演じる。
「ボクが船にいたら、『りゅうひょう』は一向に沈まない。蛇松が船にいたら、その頭脳を持ってして第四艦隊は負けない。みずきが船にいたら、靜連邦の軍の損失をカバーすることができない。だからボクらは、第四艦隊を降りる。それが最善の選択であって、利益に繋がるんだよ」
「……最初から、そこまで考えていたのか?」
蛇松が尋ねると、しみずはヘラヘラと笑う。
「まさか。腹が立って飛び出そうと決意したのは事実だよ。でもその時に、これは上手くいけば得するなぁって思ったんだ。ただそれだけだよ」
だから、何も賢くはないんだとしみずは言った。
「頭の良さなら、蛇松に敵わない。でも君は、どうせ勝つことを目標にしていたんだろう? ボクも勝つことを目標にしていたなら、船に残っただろうね。でも、生憎と最初っから勝つ気なんて微塵もないんだ。ボクら姉弟の目標は、協商が終わるその時まで、靜連邦が生き残っていることなんだから。脅威である関東の戦力を極力削いで、それでも技術だけを盗んで、調べに調べまくって対等な戦力を築くことが、この戦争の目標だよ」
それを聞いて、蛇松はふぅっと息を吐いてから、「……はははははははは!」と大きく笑うのだった。
「あぁ、そうだな。これでこそ靜しみずだ。俺はどうやら、正義面しすぎていたようだ。結局はお前の言う通り、最後まで靜連邦が残っていることが重要なんだ。そのためならば、この戦いは捨てたって構わないんだ。何も勝つことが俺たちの全てではないんだな」
蛇松の言葉に、みずきが付け加えた。
「それなら、この戦いの目標は、靜連邦軍全員の生還さね。何が何でも、ここにいる全員で生きて戻ること。それが、なによりも大きな『勝利』さね!」
「うん」
「あぁ」
しみずと蛇松はそれに頷き、扶桑国の艦隊を見た。
「……ならば、作戦を立てよう。しみず、もう少し耐えられるか?」
「任せてよね。この攻撃は姉ちゃんと兄ちゃんの喧嘩よりもへなちょこだから」
しみずの微笑みに、蛇松は頷いた。
そして彼は思考を巡らせた。
この戦いに『勝利』する方法を模索し始めたのだ。
しかし、答えは直ぐに出た。
「しみず、」
蛇松はしみずを呼ぶと、
「15発だけ、意図的に相手の攻撃を受けよう」
「なんで?」
「第二艦隊が来る頃には、この船も満身創痍の状態である必要がある。沈むか沈まないかの瀬戸際を演じて、精一杯戦ったと言える状況を醸し出さなくてはならんだろう」
蛇松はそう主張した。それに対してしみずは意見する。
「なるほどね。でも15は多くない?」
「いいや、少ないくらいだ。先ほどまでの海戦を遠目に見てきたが、関東の戦艦が沈む目安が30発程度の被弾だと推測できる。ならば、15はその半分。まだ戦えると判断される状況だろう」
「それじゃあ、どうするの? 満身創痍とは言えないじゃんね」
「そこで、第二艦隊が目視できる近さにまで近づいたところで、弾薬庫に1発、砲撃を受ける」
「弾薬庫に?」
「あぁ。あとはひたすらに燃え盛り沈んでゆく船の中で耐えるだけだ。派手に燃えれば、すぐに救援が来るだろう」
蛇松の作戦に、しみずは賛成した。
そうして、靜連邦軍はその作戦に沿って戦場で孤独に立ち回るのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
第二艦隊は、凍てつくほど寒い北の海を全速前進していた。
海戦が起きている場所からおよそ40kmの位置で待機していたが、そこからでもはっきりと火柱が上がるのが確認できた。
しみずの話によると、それは戦艦『りゅうひょう』の爆発、沈没の瞬間だそうだ。
それを聞いて、済田政樹は第二艦隊に出撃を命令。戦場へと急ぐ。
しかし、航行を始めておよそ30分にして、扶桑国の大艦隊とぶつかった。
これは、神類よりも優れたソナー技術を扶桑国が持っていたためである。
扶桑国のソナー有効範囲は、およそ35km。そのため、第二艦隊が少し動いただけで有効範囲に入ってしまい、艦隊が移動してきたのだ。
だが、この大艦隊は、先ほどまで第四艦隊と戦闘をしていたものである。いち早くそれに気がついた政樹は、靜しみずに連絡を入れた。
「そちらの現状はどうなっているのです?」
『すこぶる良くないよ。相手の攻撃を喰らって船は炎上、気圧操作でなんとか消火したけど、弾薬庫に撃ち込まれて船体に裂け目ができた。真っ二つになるのも時間の問題かもしれないね。早く助けに来てくれることを願っているよ』
「現在、敵はいるのですか?」
『いないよ。なんでか知らないけど、全ての船が消えてった。こっちが炎上したのを見て、沈めたと判断されたんだと思う』
「……なるほど。そういうことですか」
『なにか問題が起きたの?』
「いえ、現在こちらにその艦隊がおりまして、絶賛戦闘状態にあるのですよ。ですので、あなた方が沈んでしまったのかと思って連絡を入れたのですが、持ち堪えているのでしたら安心しました」
『もうすぐ沈みそうだけどね』
「えぇ、分かっております。ですが、全滅していないだけで良いのですよ。少し時間はかかりますが、数時間以内に決着をつけて、必ずそちらへ向かいます。それまで持ち堪えてください」
『すぐに終わらせて来てよ。こっちはもう、そう長くは保たないよ?』
「えぇ、急ぎますよ」
政樹としみずの会話はそのようなものだった。
「さて、それでは早急に片付けなくてはなりませんね」
政樹はそう呟いて、指示を出した。
「艦隊全戦艦の主砲を一斉に放つ。相手に対し、最大限の威嚇を始めよ。それを合図に、全艦隊、最高速力で前進せよ!」
第二艦隊に所属する戦艦は、全部で9隻。これは、関東統一連邦が保有する5つの艦隊の中で最多である。しかし、量はあってもその質は良いとは言えないのが現状であった。
というのも、かつて南四連邦が大規模な軍拡を進めた際に、戦艦をやたらめったら作ったことがあり、扱い易い傑作を第一艦隊に集め、それ以外の試作品やキテレツを第二艦隊に集めたためである。
そのため、第二艦隊は戦艦の数が多いものの、扱いづらい代物が多いのである。
だが、扱いづらいとはいうものの、熟練された乗組員が扱えば何ら問題のない話である。寧ろキテレツの中には積載する銃火器の火力が桁外れな物も存在し、発揮できる最大火力で見るなら第二艦隊より右に出る艦隊は存在しないのである。
だから、この威嚇は扶桑国の艦隊の度肝を抜くには十分すぎるものとなった。
9隻の大小異なる戦艦が、一斉に火を噴いた。その迫力たるや。また、それで以て扶桑国の主力艦『勘察加』に5発の砲弾が命中。その中には、戦艦の砲弾としては異端となる炸裂弾が入っており、船舶と乗組員に甚大な被害を出した。
そして、自滅をも厭わないかのように全速力で迫って来て、扶桑国の艦隊は数十秒おきに激しい砲火に晒されることとなった。
そして遂に、戦闘開始から10分足らずで戦艦『勘察加』は炎上。扶桑艦隊は撤退を決断した。
扶桑艦隊の撤退に、夏半若菜は済田政樹に追撃を指示したが、政樹はそれを拒否して海の上に取り残された補佐艦『知床』の救出へ急いだ。
ーーーーー
ーーー
ー
一方その頃、補佐艦『知床』では。
「ねぇー、まだなのかなぁ」
しみずは灰色のデッキの手すりにまるで干された布団のように身を預けてぼやいた。
「そんなすぐには来ないだろう。だがしかし、接敵したとなると、この船が本格的に保たないかもしれないな」
しみずのぼやきに蛇松が反応する。それを聞いたしみずは「えー」と言うと、見下ろした海をマジマジと見つめた。
海戦を繰り広げる中で、当初いた場所から少し動き、ちょうど今いるところは数時間前まで第四艦隊と扶桑艦隊が死闘を繰り広げていたあたりだった。
黒い油や、何かの残骸が氷と共に海の上を漂っている。
しみずは徐に右手を海に向かって伸ばすと、手のひらをゆっくりとギュッと握った。
すると、海の上を漂っていた何かがポンッと弾けた。
真っ赤な飛沫が海面に上がり、真っ白な氷の上に散った。
それをしみずは、無表情で暇を潰すかのように幾度と行なっていく。
「いくら暇でも、屍で遊ぶのはどうかと思うぞ」
蛇松が呆れたようにしみずに訊くと、
「遊びじゃないよ、これは。決して、遊びなんかじゃない」
と、しみずにしては珍しく真面目な声で返ってきた。
「と、いうと?」
蛇松が怪訝そうな顔でしみずに訊ねると、彼はまたも屍を弾きながら言う。
「ここに浮く死体は、下賎な人類によって殺されたんだ。でも、ボクがこうして屍を壊すことで、彼らはボクに殺されたことになる。誰も敵わない、祖神種の手によって殺されたことになる。それは『死』という事実が覆らない彼らにとって、唯一の救いじゃないかな」
「……そうかもしれんな」
蛇松は自分が言いたいことを押し殺し、しみずにひとつ頷いた。
船は、潮の流れに押されてゆっくりと横に押し流されている。
しかし、船よりも軽い漂流物は船を追い越して目の前を漂っていく。
しみずは、その中の屍を片っ端から潰した。
その中で、唯一しみずが泡に包んで持ち上げた屍があった。
「……そうか、そりゃそうだよね。君も『りゅうひょう』に乗っていたもんね」
その声を聞いて、蛇松とみずきも屍をじっくりと見た。
それは、胴体の右側が抉れた無惨な状態であったが、胸元のバッチと腰に引っかかった軍刀で特定ができた。
「そりゃ、北地の有名な軍人さね」
「旭園川か」
そう、いつかの砲撃で海に叩き出された旭園川である。
「スクリューに巻き込まれたか」
「そうみたいだね。可哀想に」
死体の損傷具合を見て蛇松が言うと、しみずがため息混じりにそう言った。
そしてしみずは、泡を目視できるぎりぎりの高さまで上げると、そこで泡を消して自由落下させた。
落ちてくる旭園川の屍に向けて、しみずは「『七天真空放電砲』」と呟き、目を見開いた。
上空に雷雲が発生し、周囲は暗くなる。そして急激な豪雪に見舞われ、暴風が吹き荒れた。
そんな中で、しみずは狙いを定め右手から真っ黒な真空の筒を伸ばしている。
空が光り、しみずを雷が撃ち抜いた。
それと同時に、真空になった筒を青い光が颯爽と駆け抜けた。
直後に、旭園川の屍は斬り裂かれて、再び宙に舞った。
それを全て包み込むように、しみずは大きな泡を空中に展開した。
真っ黒な雲をも包み込むように発生したその泡は、徐々に圧縮されていく。
しかし、ある程度まで小さくなると、今度は逆に膨張を始めた。しかし中の空気は既に真空の状態で、膨らむ泡は血肉が無理やり膨張したかのように赤黒く染まっていた。
「……ボクらが、君の最期の勇姿を見ていてあげるよ」
しみずはそう優しく言うと、
「『膨張雷幻華』!」
と叫んだ。
泡が割れると同時に、真っ赤な花火が上がった。
それが消えるまで、否、消えてしばらくしても、3者はまだ空を見ていた。
「……今までの中では、最も心が動いたな」
蛇松がしみずにそう告げた。
「ボクも、ここまで『膨張雷幻華』を丁寧に扱ったのは初めてだよ。もう二度と、こんな花火は上げたくない」
しみずは肩を落としながらそう言った。
「それじゃ、今後『湾花火』はなくなるな」
蛇松が言うと、しみずはキョトンとして首を振った。
「何を言っているの? 『膨張雷幻華』は人類のためにあるんだよ。神類に対して扱うことは二度としたくないけど、人類に恐怖を植え付けるにはこれに並ぶものはないでしょ?」
「……そういう『二度と』か。悪いな、勘違いしていた」
蛇松はふむと頷いてしみずに言った。
その直後のことだった。
「なかなか面白いことをされていますね」
「「「……っ!?」」」
上空から、ふわりと柔らかな声が響く。
夕陽は既に海に沈み、青く澱んだような空にさらりとした金髪をたなびかせて、女は宙に立っていた。
「久しぶりにこの世界に戻ってみれば、つまらない争いごとを繰り広げて。何がそんなに楽しいのですか?」
「ボクたちに訊かないでよ、そんなこと。どれもこれも、全部関東がやり始めたことなんだからさ」
女に対して、しみずが強い口調で言い返した。
「確かに発端はそうですよ。ですが、あなたたちもあなたたちでしょう。協商に入り、北伐と称して独特な文化圏を築いている世界北部の侵略に加担して、異端を認めたり理解しようとしたりしない姿勢を構えました。更に今、あなたたちは同陣営の神類の死体蹴りをしていました。残虐な行為です。これは世界の監督者として到底看過できません」
女はそう言うと、甲板に降りてきた。
小柄な身体に、美しい金髪。しかし顔は無表情のお面で隠されていた。
「世界の監督者とやらも大変だな」
蛇松は降り立った少女にそう言った。
「私が創り出した世界が醜くあって欲しくないですからね」
少女はコツリコツリと音を立てながら甲板を歩いて、船体を見渡して、
「にしても、この状態でよく沈みませんね。関東の技術はここまで進化しましたか」
と感心したように言った。
「違うよ。これは今、ボクの能力で水の侵入を防いでいるだけで、とっくに沈んでいてもおかしくない船さ」
しかし、関東を褒められたしみずは面白くなくて、少女にそう告げた。
それを聞いた少女は「そうですか」と静かに言って、お面越しにしみずを見つめると、
「では、こうしてしまいましょう」
と告げた。
それと同時に、右手をしみずに向けて構えた。
それを見て、しみずも同じように右手を構え、蛇松は抜刀して少女を見つめ、みずきは警戒したように少女を睨んだ。
真っ先に動いたのはしみずだった。
「『柱状気圧変動』!」
「『打消』!」
「っ!? は、発動されない……!?」
しかし、しみずの能力は少女によって打ち消された。
困惑するしみずの横から、蛇松は地面を蹴り飛ばして走り出す。そのときに、蛇松はしみずに向けて告げた。
「当たり前だろ、しみず! こいつは、俺たちを生み出した『創造神』であることを忘れたのかっ!」
そして蛇松は少女に刀を振り下ろす。
しかし少女は軽々と後方に飛び跳ねて躱すと、
「『小節線』」
一本の細長い棒を現して携えると、「『断奏』」と唱える。
そしてその棒で蛇松の追撃を跳ね除けると、蛇松へと振り下ろした。
「ぐっ……!」
蛇松はその攻撃を避けようと動くが、彼女の振った棒が左腕を掠めて傷ができた。
「蛇松っ!」
駆け寄るみずきを蛇松は掌で「近寄るな」と抑制する。しかしその間も、蛇松の視線は常に少女を向いていた。
「もうお分かりかと思いますが、今回私は、神類側として参戦するつもりはありません。かと言って、人類に肩入れするつもりもありません。言うなれば傍観者です。ですが、今回のあなたたちの行為は先ほども言った通り世界の監督者として見過ごせないので、お灸を据えておきますね」
少女は抑揚のない声でそう言うと、しみずを見て、
「『消去』」
「なっ!?」
その瞬間、船がじわじわと沈み出した。しみずは焦った。
「ボクの能力を解くな! この……」
「『静粛』。喚くな、祖神種の分際で。身の程を弁えなさい」
少女はしみずを強制的に黙らせると、
「では、私はこれで」
と言って空に浮き上がった。
「っ!!!!」
そこにしみずが真空放電をしようと試みたが打ち消され、少女は神類を見下ろすと、
「やはり眠らせておきましょう。『催眠』」
それと同時に、三者の意識は途絶えた。
「せいぜいいい夢見てくださいね。健闘を祈りますよ、皆さん」
少女はそう言い残して船を去った。
じわじわ沈みゆく船の甲板の上で、神類が3体、ただただ無造作に横たわっていた。
ちょうど半年ぶりの投稿です。失踪してごめんなさい。
この半年間、大学生活が忙しかったりTwitter……じゃない、Xの方で新たな小説を書いたりしておりまして(興味がある方はぜひXで『ひらたまひろ』とアカウント検索をかけてみてください)、ちょっとカミツグから離れておりましたが、無事に『サハ戦争・戊』を書き終えることができました。
今回のお話の主軸は、北端海戦と日渡国に関するものでした。そのため、主人公が誰なのか本当にわからない。このところずっと列島戦線に動きがないので、大智を主人公とする話があまり作れないというのが本音ですかね。ですが、次回ついに動き出す……かも。分からない。
次のお話は『サハ戦争・己』です。(乙じゃないよ!)
どんな話になるのかはお楽しみに。そして、いつ投稿できるのかも分からないのでしばらくお待ちくださると幸いです。目標は2ヶ月程度ですかね。がんばります。
では、そんなこんなで今回はおしまいです。
また次回、お会いしましょう!




