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『《旧本土》生物兵器同士の激戦勃発
我が国にも一部甚大な被害、首相「東海地方は安全の確保を」
皇国古代本土、南扶桑群島に生息する生物兵器SHARMAが25日、大規模な縄張り争いを開始した。古西洋時代の末期(推定:古西暦1800〜2200年)の技術力に匹敵するほどの海洋艇が多数用いられ、群島及びその近海は忽ち火の海となった。
翌26日未明、群島より程近い東海地方を巡回中だった海軍第三十三師団が、SHARMAの艦隊より砲撃を受けて戦闘となり、20時間に渡る激しい海戦となるもこれに破れ、26日夜にSHARMAの群れが太田県東町付近に上陸。不可思議な力で複数の都市を壊滅させながら北上を続けている。
これを受けて、浦塩の首相官邸で内閣は緊急会合を開き、上陸したSHARMAの撃滅と壊滅した都市の復興を速やかに行う必要があると結論を出した。
小久保首相は会合後の会見で、「早急な対応力が求められる。上陸されたことは遺憾であるが、SHARMA対策を講じた陸軍を編成し、国民の安全確保とSHARMAの殲滅に尽力を投じていく」と方針を述べた上で、東海地方の住民に向けて「丈夫な構造物に入り窓から離れるなど、身の安全の確保を求める」と語った。』
ユーラシア大陸東岸に広がる、日本皇国。かつて極東ロシアと呼ばれた場所には、神類によって本土を追われた日本の亡命政府が置かれていた。
それから約5000年、国体の変化や多少の国土の変動はあったものの、今もなおこの場に元を辿れば日本であった国が存在している。
古西暦から東暦、そしてまた西暦になって早1500年以上。人類は狩猟採集経済にまでは戻らなかったものの、発展と衰退を繰り返し、古西暦の末期中盤ほどの文明水準に戻ってきた。
古西暦で言うと、1970年ほどの水準である。
首都、浦塩。
そこへ向けて、一本の列車が走行中。
「…………」
朝、途中駅のホームで購入した新聞を片手にパンを食べる、金髪の小柄な少女。
新聞に目を落としていて、正面からその顔を見ることはできない。
「……SHARMAねぇ」
静かな声でそう呟くと、一面の枯れ藪が広がる窓の外を眺めた。
不毛な大地が、ずっと続く。
冬は大雪でまともに列車も走れないような土地を、一路北から南へ進んでいる。
ところで、少女が乗る列車には一等客車から三等客車が連結されているのだが、少女は二等客車の狭い一人個室で2日もの時を過ごしている。
彼女は再び新聞に目を落として、最後の一口、パンを放り込んで咀嚼し飲み込んだ。
そして、申し訳程度に備え付けられた机に置いてある小さな白いお面に手を伸ばして顔に付けると、
「既に手遅れですね」
悟ったような口ぶりで呟き、椅子とベッドを兼ねた青いモケットのソファに横たわった。
遠く、警笛が響き渡る。
列車は一路、首都、浦塩を目指している。
ーーーーー
ーーー
ー
「……えっ?」
「だから、取りやめだ。こんな国難の時期に、呑気にコンサートなどやっていられんだろう」
「えぇぇ、ここまで3日もかけて来たのにですか?」
「なしだ」
「そんな……。あの高額な交通費も、ホールの借用代も、全てドブに捨てろというのですか?」
「決まったことだ、仕方なかろう」
「そんなぁぁ……」
浦塩駅からほど近い、浦塩文化館。その前の広場で、きちりとした式服を纏った栗色の髪の女が真っ黒なスーツの男と話をする。
その文化館は、陸軍がテントを張って駐屯していた。
「この日のために練習したのに……」
女は肩をがっくしと落として座り込んでしまった。
「ゆ、柚月さん……」
そこに駆け寄るのは、彼女と共に舞台に上がるために練習をしてきた、オーケストラの団員たちだ。
みんなこの日を楽しみにして、そしてこの日のために頑張ってきたのに、SHARMAという古代生物兵器の上陸によって全てが狂ってしまったのだ。
「……何をしているのですか?」
そこにやってきた、真っ白いお面を被った金髪の少女がいた。
そのお面は無表情で、縦に長い細い目穴と、ただの横棒の口穴が空いている簡素なものだ。
イラストにすれば可愛いだろうが、現物を見ればあまりにも簡素すぎて怖さすら覚える。
「カリナ様……!」
カリナ様。
それが彼女の呼び名であり、首相であろうが閣僚であろうが、誰であろうが決してその『様』を外すことはしない。
「カリナ様、どうかお分かりださい。現在国難のため、コンサートなどをやっている場合ではないのです」
黒スーツの男は、お面の少女にそう言った。
「その言い方では、まるで私が分かっていないみたいではないですか」
少女はそう言いながら、少し呆れたように呟くと、今朝方に列車の中で読んだ新聞を黒スーツの男に見せて、
「状況は理解しています。私も呑気にコンサートなどをしている暇はないと思いますよ。ですが、」
彼女はそう言って、泣き伏している式服の女を見て、
「彼女たちがどれだけ頑張ってきたのか、私は知っています。いち演者としても、このステージを成功させたいと強く思っておりますし」
と言葉を発する。
「カリナ様……」
女は顔を上げて、充血した目を少女に向けた。
「しかし、そうは言いますが……」
対する黒スーツは困ったような顔をした。
「はぁ……」
それを見てお面の少女は深いため息を吐いた。そして「そういえば、」といきなり切り出して、
「古来より、この扶桑日本には『言霊』という精神がありますよね。口にしたことが現実になる、だから受験生に『滑る・落ちる』などとは言ってはならない……。あぁ、『口は禍いの門』などということわざもそれに由来していそうです」
「は、はぁ……」
いきなり饒舌になった少女に、黒スーツはさらに困惑する。それがどうした、と言いたげなその表情に、少女はお面の下でクスッと笑う。
「ということで、私は今からこう言いますね」
そう言うと、黒スーツから視線を文化会館の方へと逸らして告げる。
「本日、予定通りコンサートを実施する」
その声は決して大きなものではなかったが、透き通った綺麗な声であった。
「…………」
何かが起こるのか、と思っていた黒スーツだったが、少し待っても特に何も起こらなかった。
「……はぁ。カリナ様、そうは言っても決定は覆りませんよ?」
黒スーツがそう少女に声を掛けるが、少女はふるふると首を振った。
「あのですね、たまには諦めも肝心かと……」
そう言いかけた黒スーツの手元、握られた携帯型通信機に、一通の着信が入った。
黒スーツはそれに気付いて耳に当て会話をするが、その会話をしていくうちにみるみると血相を変えて、
「おいっ! 直ちにここから撤収せよっ!」
駐屯する軍隊に向けてそう指示を出した。
軍隊は急いでテントを片付け、撤退の準備を始めた。
それを見て、少女はお面の下で微笑んだ。
そんな最中、一人の軍人が黒スーツに駆け寄って尋ねた。
「な、なぜ撤収を?」
「宮内庁からだ。理由は分からないが、演奏会を予定通り開催せよと。どうやら陛下からのご命令だそうだ」
黒スーツは戸惑いながら軍人に告げる。
軍人は、納得したのかしていないのか分からないが、曖昧に頷いて去っていった。
「……どういうことだ」
黒スーツはただただ困惑していた。
「よかったです、努力が無駄にならなくて。迷信でも頼ってみるものですね」
少女はそう言って、泣いていた女に手を差し伸べた。
「コンミスさん、本日はよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ!」
喜ぶ演者たち。そして式服の女の声で文化会館へと消えていく。
「まっ、待ってくだされ……!」
同様に去ろうとするお面の少女の背中に向けて、黒スーツは叫んだ。
その声に反応して、少女は立ち止まった。
「あ、あなた様はいったい……何者なのですか?」
その質問に、少女はクスクスと笑う。そして振り返ると、無表情なそのお面の下から黒スーツを見やり、
「私はカリナ。ただのピアニストです」
ーーーーー
ーーー
ー
「目標、北方7キロメートル!」
「主砲、撃ち方よーい」
「撃ち方よーい」
「撃ち方ー、はじめっ!」
「撃てー!」
爆音、振動。まるで、体が痺れるような。
「目標、北方7.5キロメートル!」
「主砲、撃ち方よーい」
「撃ち方よーい」
「撃ち方ー、はじめっ!」
「撃てー!」
またも騒音、そして振動。
神紀4997年冬至前47日、択捉島北の沖合にて、協商軍第五艦隊は択捉島の奪還を狙った同盟軍機動部隊と接敵、戦闘開始。
後に言う、択捉防衛戦である。
「敵を近づけるな! 向こうは機動部隊、そこそこまで近づいたらこの艦隊に飛び移ってくるぞ!」
そう叫んでいるのは九王篤郎だ。
「射程距離は圧倒的にこちらが優位。決して近づけるな! 遠くより撃ち続け、北賊どもを撃沈せよ!」
戦艦『さらし』の主砲の最長射程距離は半径32キロメートル。これは関東統一連邦の全軍艦の中で最長である。
しかし、敵の接近に気付ける距離が半径10キロメートルであり、その長距離射撃は陸に向けての艦砲射撃でしか使えない。
対する世界北部同盟、サハ大陸連邦所有の機動部隊主力護衛艦『オハ』は、最長射程距離11キロメートルであるものの、敵の接近に気付ける距離は半径18キロメートルに渡る。
また機動部隊ということであるが、第二次世界大戦以降、人類文明で主力となった空母や航空機は存在せず、神類が自ら船を飛び立って敵艦に乗り移ることでその役割を担っている。
つまり機動部隊は、神類の能力が届く範囲に入れないと意味を成さないというわけだ。
「俺たちにとって有利なのは、より遠くに離れつつも攻撃を与えることだな。こっちの射程範囲内に相手を留めさせつつも、相手の射程範囲内より抜ける」
「ですが、そうすると私たちは相手がどこにいるのか正確な距離を測れなくなります。相手と半径10キロメートル以上離れることは、戦闘では得策ではありません」
「ふむ、向こうの射程範囲は11キロメートルだったな。ギリギリ抜けられないか」
濱竹の神、濱竹安久斗と、濱竹水軍参謀総長の東陽ころんは作戦について話し合う。もちろん作戦は既に関東統一連邦側が立案しているのだが、かれこれ3時間ほど戦っているが膠着状態。これを打開する案を探しているのだ。
しかし、どれも決定打には程遠い。
頭を悩ませていると、船舶を大きな衝撃が襲った。
「……被弾する数も増えてきたな」
「向こうは異世界の技術があって精度が高いようですからね。ただ、破壊力はそれほどないみたいですが」
「しかし、早急にどうにかせねばならんな。一回一回の攻撃力が低くても、積み重なれば大きなものとなるだろう」
「ですね」
二人は作戦を見直し続けた。
それが功を奏したかは別の話であるが、択捉防衛戦は結果的に協商軍の勝利で幕を閉じた。
ーーーーー
ーーー
ー
僕らは択捉島沖の海戦を終えて、現在北地連邦の知床へとやってきた。
戦艦の損傷を直すためには、関東統一連邦の大型港に寄港する必要があるという理由らしい。
久しぶりに占領地じゃない味方側の港。出迎える民からは英雄のような扱いを受ける。正しく大歓迎という言葉が似合うだろう。
本当なら全力で観光をしたいところだが、船の修理が出来次第すぐの出港だと言われて、僕ら乗組員は港に併設された兵舎に集められた。
しかし。
「……で、どうして捕虜がここにいるの?」
「いや、こっちが訊きたいわよ」
そう。僕ら日渡軍に与えられた部屋に、何故か紗那も入れられたのだ。
「捕虜だけを集めて収容しておくよりも、味方と相部屋にした方が脱走しないって考えたんじゃないかしら? ……ま、ほとんど誰かさんの気遣いでしょうけど」
その質問に答えたのは明様だった。答えたというよりは、納得できる理由をくっつけたというのが近いのかもしれないが。
「むさ苦しい男捕虜と同じ部屋に入れられるより、同年代の男女混合部屋の方があなたもいいでしょう?」
「まぁ、何されるか分かりませんし、その点ではとても安心です」
紗那は明様にそう返して、「ありがとうございます」と言って可愛らしく微笑んだ。
「私よりも他に言うべき奴がいるわよ。だから、その言葉は受け取らないでおくわね」
明様は表情こそ変わらないものの、左手で頬を軽く掻きながら紗那に返した。
……感謝されて、満更でもないようだ。
最初は少し掴みどころがなくて怖く感じた明様だったが、関わっていくうちに良い上司であることが分かってきた。それに、今回みたいになんだかんだ分かりやすい部分もある。
兎山自治領の設立を宣言した僕が絶対に言ってはならない言葉だが、明様が神なら国として独立しても全く問題ないように思えるくらいだ。
まぁ、明様にその気がないから独立なんてしないだろうけどね。
「ただいま戻りました」
そう言って部屋に入ってきたのは竜洋さんだった。その手には、何やら新聞紙があった。
「それは?」
「関東統一連邦が発刊している『協商報道』という定期紙です。各戦線の戦況が詳しく載っているようでしたので、買って参りました」
湊さんの質問に答える竜洋さん。そして机の上に新聞を広げた。
僕らはたちまち机を囲んで、新聞に目を落とした。
『我らが協商、各戦線で北賊を圧倒したり!』
堂々と書かれた見出し。否が応でも目に入る。
「えーっと、『大陸戦線、55日に南端の中知床に上陸。北進を続けて賊を滅す。第四艦隊の艦砲射撃で大陸港湾国家は忽ち壊滅、電撃作戦により多数の都市を占領す。』か。大陸側も暴れているみたいだね」
花菜が読み上げながらそう言った。
「第五艦隊のことも載っていますね。『潮目北東の戦いを制した第五艦隊は、択捉島の陥落へ向かいたり。択捉島の陥落は間近か。』」
「少し前の情報みたいだね。もう陥落してるし」
僕はそう言いながら発刊日を見た。
『神紀4997年冬至前50日』
どうやら、択捉島が陥落した日に発刊されていたようだ。
「この『協商報道』は、5日おきに発刊される定期報道紙だからな。最新号がこれなんだ」
僕に竜洋さんが言う。なるほど、そういうことか。それじゃ次の発刊日は明日、45日ということか。
「……ん? なんか凄いところに上陸していない!?」
いきなり大声を上げたのは花菜だった。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、花菜は新聞の一部を指差した。
「『協商第二艦隊及び第四陸軍師団はタタールトラフ海戦を制し、異世界へ上陸を果たせり。大陸を西側より攻めるべく異世界を北上し、抵抗する異世界人類を無慈悲に殲滅したり。神類の強さを異世界に知らしめ、人類が下種なること改めて証明されつ。』だって。異世界にまで上陸しちゃったみたいだよ!」
「大丈夫かしらね、それ。酷く反撃を受けるんじゃないかしら」
明様が呆れたように声を発した。しかし直後に「でも、」と前置きをして、
「戦争は今のところ順調に進んでいると判断して良さそうね」
明様は窓の外を眺めながらそう呟いた。
少し沈黙が訪れたとき、僕らの耳に薄らと心地よい声が届いた。……いや、声とは違うのかもしれない。
それは小さく、儚さを感じるものだった。
鼻から抜けるような籠った音。でも聞いていて心地よい音。
高さを一定の間隔で流れるように変えて、不思議と聴き入ってしまうような感覚に陥る。
それを発しているのは紗那であった。
紗那は、窓辺に座って遠くの空を眺めながら、不思議な音を発していた。
僕らは皆、いつの間にか新聞を読むのをやめて、そんな紗那を見ていた。
しばらくすると、紗那の音が鳴り止んだ。
「今の音、なに?」
「えっ……?」
花菜の質問に、紗那が困惑を浮かべた。
その顔には、涙が流れた痕が残っていた。紗那は先ほど、窓の外を見ながら泣いていたのか。
「音……というか、歌っていたのだけど」
紗那はそう言うが、僕らは首を傾げた。
「うた……?」
「えっ…………?」
湊さんの訊き返しに、紗那はさらに困惑した。
「待って、みんな『歌』を知らないの?」
そう言う紗那に、僕らは顔を見合わせて頷いた。
「嘘でしょ……」
紗那は驚いて、視線を明様に移動させた。
「私も初めて聴いたわ」
「…………」
明様の言葉に、紗那は驚いて黙ってしまった。
ウタ。何かは分からないが、おそらく鼻から声を出して心地よい感覚に誘う行為のことを指すのだろうと推測する。しかし、器用だな。鼻から声を出そうと思ったことなんてないもん。
「あ、え、うーん……。どう説明したらいいんだろう」
しばらくして紗那がそう頭を抱え、
「声を決められた長さで、決められた高さに変化させるの。それでひとつの音楽を作るんだけど……」
紗那はそこまで言うと、再び僕らを見た。
「おんがく……?」
「デスヨネー」
美有さんの疑問に苦笑いを浮かべた。そして、
「ごめんなさい、私の力ではこれ以上の説明はできないです……」
紗那は僕らに頭を下げて謝った。
「いや、謝らなくていい。文化が違うんだから仕方ないことだ」
竜洋さんが紗那に声を掛けた。僕らも頷いて、紗那に頭を上げてもらった。
「それより、さっきのまた聴きたい!」
花菜が紗那に告げると、紗那は少し視線を落とした。
「……ごめんね、あまり気が乗らない」
紗那は少し考えていたが、僕らに首を振った。そして静かに言う。
「あれは、択捉の国歌……国の歌なの。身に染み付いた音ではあるんだけど……」
「そっか……」
花菜は少し残念そうに、でもその気持ちを察して同情するように声を発した。
「歌うと色々思い出して、泣けてきちゃうから……」
「それでさっき……」
それでさっき泣いていたのか、なんていうのは野暮だろう。しかしそれは声に出してから気付いたこと。だから最初だけ言って、声を消した。
それに対して紗那は小さく頷いた。
それからしばらく僕らを沈黙が襲ったが、その後で別の話へと移っていった。
にしても、ウタとオンガクか。
萌加様と大志にも伝えて、日渡に導入できないだろうか。
考える余地はありそうだ。
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「怯えるなっ! 進め!」
笠井綴は、戦場で声を荒げた。
濱竹陸軍は冬至前58日、小樽より出港し異世界へと上陸を果たした。
最初は異世界人類を圧倒していた神類であったが、日本皇国がSHARMA殲滅軍を編成したことにより、進軍は思うように進まなくなった。
人類文明の技術力を前に、最初は調子づいていた神類はやがて怯みはじめ、士気はどんどんと低下していった。
それでも、上陸したからには目的を達成させねばならない。
綴は濱竹陸軍長官として、死んでもその役目を全うしようと決意したのだった。
自らが前線に立ち、指揮をする。
無謀だと言われた作戦を敢えて実行する。
人類には無い能力を活かして、物事を優位に進める。
人類は地の利があるが、その地の利を奪うために『地属性』の上神種と永神種総出で地形を何もかも変形させたのだった。
「異世界人類など取るに足らない下種である! 我々神類が、人類よりも上位種であることを証明するのだっ!」
綴はそう叫びながら、人類との戦争に勤しむのだった。
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「はぁ!? 村が消滅しただと!?」
「それどころか、山も川もありませんっ!」
「どういうことだっ! 地図が間違っていると言うのか!?」
「違いますっ! 山も川も、その土地から消え失せたのです!」
日本皇国内閣府、SHARMA対策本部。
飛び込んできた一報に、小久保首相は混乱を見せた。
SHARMAは生物兵器である。誰もがそう認識していて、それは正しいことだ。
しかし、その戦闘スタイルに関しての詳細は一切とて伝わっていない。
ある学者は、「SHARMAは体内にウイルスを仕込んでいて、その返り血を浴びるとウイルスに感染して死に至る」とし、別の学者は「SHARMAは古代の人工知能によって動き、こちらの攻撃を学習して対策する。早期殲滅をしないと全ての攻撃パターンを読まれていずれ詰む」とし、また別の学者は「古代人が自分たちをコピーして作り出した、いわばクローンであり、性能は人類と変わらない」としている。
しかし学説は大きくこの3つに分かれて、それ以外の説は気にされてもいなかった。
そもそも、これら以外は全て否定されてしまっているのだ。
これが、人類が混乱している原因だった。
SHARMAのことを正確に把握できておらず、対策を立てても全てが無意味と化すのだった。
「そんなバカなっ、地形の変動がSHARMAの仕業とでも言うのか!?」
「か、確証は何もありませんが、状況から見てそうかと思われますっ! SHARMAは北進を続けており、このまま進むといずれ傀儡国、扶桑国に辿り着きます!」
「まずいな、扶桑を荒らされれば我々の資源が枯渇するぞ……!」
古代日本の継承国を名乗る国は複数存在する。
4000年以上前の東暦の頃、当時の日本帝国は世界を牛耳るほどの実力を保持していた。
神類が日本列島を支配したことにより、中華大陸や朝鮮半島から太平洋に出ることが不可能となり、勘察加やフィリピン、オセアニア諸島を支配していた日本帝国のみが東洋から太平洋へ繰り出すことが許されるようになった。
しかし、時代は世界の中心が東洋に移ってから2000年ほどが経過した頃合い。再び西洋が力を付けてきて、世界規模の戦争に発展。地球の大半はこの戦争で荒廃し、作物も育たない不毛な大地が広がるようになってしまった。
資源も枯渇し、物価が上昇。飢饉、貧困、それでも続くインフレ。さまざまな国家がこれに倒れ、日本も例外ではなくて皇帝は国の解体を宣言。
これにより、人類文明はまた一からやり直しとなった。
時間が経つにつれ、戦前を知る人がどんどん減っていき、かつての技術は失われ、使い方も分からないようなガラクタばかりが街に溢れていた。それを復活させようと試みたが不可能で、結局放置されることになり、約5000年ぶりにその日暮らしの経済観念に戻った。
それから約3000年経って今に至るが、その間にコミュニティ内で完結していた生活が国家の台頭によって広がり、およそ1500年前、西洋を中心に文明が生まれた。そして200年ほど前に人類は再び産業革命を経験し、グローバル化を果たした。
そうして外交の蓋を開けてみれば、さまざまな国が自国のことを日本帝国の正当な継承国であることを名乗っていたのだ。
そして、その頂点を決める戦争が何度も行われた結果、勝ち残って正当な日本の継承国となったのが『日本皇国』であり、それに敗れた国の一つが『扶桑国』なのだ。
「なんとしてでも食い止めろっ! 奴らに好き勝手させるわけにはいかない! どこかに弱点があるはずだ。必ず見つけ出して追い払え!」
首相は怒鳴り散らす。
しかし、その額には汗が浮かんでいた。
恐れ戦いているのだ。
人類は今、未知の領域と接触したのだった。
否。正しく言えば、古代人類文明の技術と接触したのだ。
ーーーーー
ーーー
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神紀4997年冬至前45日。
大連邦協商軍第五艦隊は知床港を出港。
下された任務は、新知島への射撃であった。
新知島は、知床から見て国後島、択捉島、得撫島、武魯頓島、知理保以南島、知理保以島、新知島という位置関係にある。
現在、第一艦隊と第三艦隊が得撫島へ攻撃しているところで、それを先回りして現在手薄となっている新知島を強襲する算段である。
しかし……
ーーーーー
ーーー
ー
「敵艦隊と遭遇! 戦闘用意っ!」
鳴り響くベル。慌ただしくなる船内。
船は現在、得撫島南の沖合約100キロメートルのところを航行中とのこと。
任務では新知島へと行かなくてはならないのに、それを阻むように敵艦隊が待ち構えていた。
「防衛線を敷かれたな」
安久斗様が誰に言うわけでもなくそう呟いた。
「敵艦の数、およそ…………さ、三十!?」
「はぁぁ!?」
飛び込んできた一報に大声を上げたのは、まさかの紗那だった。
「どうしたの?」
僕が訊くと、
「三十ってことは、占守の第一艦隊と、温禰古丹の第三艦隊を足した数よりも多いの。第二艦隊は既に沈んでいるから、列島の艦隊だけじゃないわ……」
「じゃあ大陸も一緒に組んでいるんじゃないのかしら?」
明様がそう言うが、紗那はふるふると首を振った。
「大陸は海には力を入れていなくて、まともな艦隊は択捉島を奪還しに来た機動部隊しかないの。でもそれもこの船が全て沈めちゃったから……」
「え、それじゃあどこが……」
そう花菜が言った矢先、船が未だかつて無いほどに揺れた。
立っていられないほどの、酷い衝撃だ。
「艦橋被弾っ! 炎上! 直ちに消化活動を開始するっ!」
「発射された場所を特定せよ! 特定し次第、速やかに主砲を撃て!」
安久斗様が手に持つ無線機からひっきりなしに流れてくる情報。
そしてしばらくして、再びの衝撃。
「この距離で容赦なく撃ってくるのか。珍しいな」
「でも、なんだかおかしくない? 今までこんな距離からじゃまともに当たった試しないじゃない」
「そうだな、様子が違うな。別艦隊だからという理論じゃ片付けられない性能差だ。まるで技術が違うような……」
「……あなた、分かってて言ってるわよね?」
安久斗様と明様が会話をする。その直後、再び通信機から、
「敵艦隊の詳細入手! 敵はサハ列島連邦の第一艦隊、同連邦の第三艦隊、それに加えて正体不明の大型戦艦が7隻!」
「敵艦より射出されし距離、判明! 主砲、東北東31.7キロメートル! 撃ち方よーい!」
「撃ち方よーい」
「撃ち方ー、はじめっ!」
「撃てぇぇ!」
爆音と衝撃。
三度目の海戦に突入した。
戦闘は長引いた。
今までになく、何発もの弾に被弾しながらも船は航行を続け、敵艦隊に向けて距離を詰めた。
しかし、2日経っても戦闘は終わらず、遂には見たことのないような物体が空を飛び第五艦隊に爆発物を落としてきた。
「日渡軍、出番だ」
「嫌よ。危険じゃない」
安久斗様の言葉に明様が心底嫌そうに言った。
「命令だ、航空機を全て破壊せよ」
「こうくうき、ですか?」
僕が訊き返すと、安久斗様は空を指差した。
「あいつだ」
そこには空を飛ぶ鉄の物体が。
「なるほど。任せてください!」
僕がそう言うと、明様が非常に嫌そうな顔をした。
「安請け合いしちゃいけないくらいには危険な相手よ? あれ、異世界の代物だし」
「だからこそ楽しいじゃないか。なぁ、大智」
「え、あっ、そ、そうですね! 異世界の物体がどんなものなのか気になるので、じっくり観察しつつ破壊してきたいと思います!」
唐突に安久斗様から話を振られて驚き、咄嗟にそう返した。
その気持ちはもちろん嘘ではないし、異世界の物体にはワクワクするけどね。
一方、そんな僕の言葉を聞いて、明様は呆れたように額に手を当てながら深いため息を吐いていた。
「よし、それじゃあ出撃だ! 行け、我らが特殊部隊よ!」
「「「はっ!」」」
安久斗様の声に僕らは返事をし、甲板へと繰り出した。
……ところでいつから僕らは特殊部隊になったのだろうか。
ーーーーー
ーーー
ー
扶桑海軍は、大連邦協商の第五艦隊の実力を下に見ていた。そのため、最初は戦艦を主力とした艦隊を投入するだけに留めていたが、戦闘が2日しても終わらなかったため空母航空団を投入。空から一網打尽にしようと試みた。
完璧な計画だと、扶桑海軍の誰もが思った。
理由は、空母を見た世界北部同盟の神類が腰を抜かすほど驚いていたからだ。
神類は航空機を持たない。航空機は未知の物体。そしてその性能は、奴らにとって非常に恐ろしいものだと理解したからだ。
しかし、濱竹安久斗は予想の上をいく。
そんなことは世界北部同盟も、まして異世界の扶桑国など、知る由もない話であった。
「よし、魚雷投下!」
扶桑の空母航空団にとって、今回は非常に簡単な任務であった。
敵は航空機との戦い方を知らない。碌に抵抗もできないから、魚雷を船の側面に撃ち放題という訳だ。しかし、先ほどから何発も魚雷を撃ち込んでいるはずなのに、なぜか船はなかなか沈まない。
「不沈艦か? 丈夫すぎだろ!」
このとき既に、人類は未知と遭遇している。
ここでは人類の常識は、一切とて通用しないのだ。
「喜々音、このまましばらく保ってくれ」
「安久斗様の仰せのままに」
そう。魚雷は全て、小松喜々音の能力によって、船に当たる前にある場所に転移させられていた。
その場所は……
「空母が魚雷攻撃を受けていますっ!」
「どこからだ!?」
「わ、分かりません! 敵艦隊とは真逆の方角からですっ!」
「こ、このままじゃ沈むぞっ! 発射元を特定して叩き潰せ!」
航空団が出払った空母に、喜々音の能力で転移させられた魚雷が襲う。
発射元を急いで特定しようとする空母乗組員だが、それは無駄である。
人類の常識は、何もかも通用しない世界なのだから。
そして航空機も、甚大な被害を受ける。
「よっ……と」
魚雷を落としに来た最後尾の航空機に、豊田花菜が蔦を巻きつける。
そこに兎山明と小松喜々音を除いた日渡軍が飛び付いて、空母まで飛んでいく。
そして攻撃を受けている空母に到着すると、各々の能力で航空機を破壊。それを見られて人類と戦闘になるも、下神種よりも弱く脆い人間相手に上神種が負けるはずもなく圧倒。扶桑海軍の空母航空団を全滅に追いやった。
魚雷を多数撃ち込まれて、炎上しながら傾く空母。
「お疲れ様でした。敵船舶は航行不能です。航空機も全て使えません。海に沈むのも時間の問題でしょう」
その小松喜々音の言葉と同時にゲートが開き、日渡軍は『さらし』に帰ってくる。
「よくやった。流石は特殊部隊だな」
その声と同時に、遠くの海で火柱が上がる。しばらく時間が経って、爆発音が届く。
空母は沈没した。
これにて、濱竹安久斗が立案した作戦が全て終了となった。
余談だが、この空母の沈没は、扶桑国では怪現象と扱われていくことになる。
ーーーーー
ーーー
ー
長かった…………
はぁ、ようやく終わった。
戦闘は4日に渡った。気付いたら冬至前40日になっていた。
船は、よく沈まなかったと驚き呆れるくらいにまで被弾し炎上したが、ギリギリ航行できる状態である。
しかし、艦隊のうち2隻が沈められた。
初めての撃沈被害である。
「向こうの主力を沈めることができなかったのは痛いが、圧倒的な数を前にギリギリだが勝つことができたのは非常に誇れることだろう。作戦の遂行は不可能となってしまったが、それでも敵艦隊に大損害を与えたことは、今後の協商軍にとって良い方向に働くだろう!」
甲板で行われた九王大佐の演説は、そのようなものだった。
僕たちは今から、おととい占領が完了した得撫島に寄港して、船を修復するようだ。
これだけの損害が出たため修理には相当な時間を要するとされ、次の出撃がいつになるかは未定とのこと。
その間、占領したばかりの得撫島に滞在することになる。
渡海みたいに不安定な状態じゃなければいいなぁ。
その日の夕方、得撫島に辿り着いた僕らが目にしたのは悲惨な光景だった。
島の至る所に屍が放置され、異臭を放っていた。まるで萌加様が虐殺をした後の渡海と同じ、あの日見た悍ましい光景と類似していた。
しかし、気になったことがあった。横を歩く紗那が不思議そうな顔をしているのだ。
「何かあった?」
思い切って尋ねてみると、
「得撫島には定住民がいないの。国はあるけど形式上なもので、神様と臣家、巫女家がたまに訪れるくらいなんだけど……」
「こんな大きな島なのに?」
「うん。なんか山ばっかりで住みにくいみたい。豊かな土壌もないから、自給自足しようにもできないし」
そして紗那は疑問を口にした。
「なのに、どうして民家がたくさんあるのかなって。見た感じ古い物でもないし……」
確かに疑問だ。
国民がいないのなら、民家がある意味が分からない。
どうして……
そう思っていたところ、僕の背中に何かが飛んできた。
「痛っ……!」
振り返ると、そこには男児が一人立っていた。
渡海と同じだから驚かないけど、尚更分からない。国民がいないのに、男児が一人。そして石を投げてきた。
男児を見ていたら、
「んらっぷすんくにえ、でれっけ!」
「痛っ!」
再び石を投げられた。そして彼は、走り去っていく。
「今の言葉……!」
紗那は驚いたようにそう言い、
「すろっぺぃけっ! らってちぃくりゃって!」
訳の分からない言葉を言いながら彼を追いかけた。
紗那の言葉に、男児は立ち止まって驚いたように振り返った。
……さっぱり何を言っているのか分からない。
紗那は男児の前に立つと目線を合わせるように屈み、なにやら知らない言語で話しかけている。
そして少しばかり話をすると、僕らを手招きで呼んで、
「この子は異世界人類なのよ。得撫島には異世界人類が暮らしていたみたい」
「「「……えっ?」」」
僕らは一瞬、その言葉が理解できなかった。
「異世界は列島に植民していたということか?」
そう尋ねた竜洋さんに、紗那はコクリと頷いた。
「以前、シュム様が異世界の扶桑国と秘密協定を結ばれて、人類の技術を得る代わりに複数の島に植民を許されたの。そのうちのひとつがここみたい。上神種にすら具体的な場所は知らされていなかったから、すっかり頭から抜けていたわ」
異世界人類。
僕らが先日、大きな船の上で殺害した奴らと同じ種族。
「この子、どうしたらいい? 家族もみんな亡くなっちゃったみたいなんだけど……」
そう紗那が言った次の瞬間、男児が突然倒れた。
まるで、糸の切れた操り人形のように。
「「「っ!?」」」
僕らは驚いて男児に駆け寄った。しかし彼は既に息をしていなかった。
「ど、どうして……!」
混乱する紗那。しかし僕らには心当たりがあった。
まるで、魂が抜き取られたような倒れ方。これができるのは……
「安心しなさい、魂は成仏したわ。その子の家族の霊を呼び寄せて、連れていってもらったから」
「明様……」
そう言った明様は、気怠そうにひとつ首を回した。
「……どうして」
しかし紗那は理解できないようだ。
「どうしてそんな惨いことができるのよっ!」
泣きながら明様に向かって叫んだ。
「あの子は必死に生き抜いてっ! 勇気を出して私たちの前にやって来たのにっ! なのにどうして……!」
「黙りなさいな。金切り声を上げられると耳が痛い」
明様は紗那に冷たくそう言い放つと、然も当たり前のように、
「だって人類じゃない」
「そんな理由で……!」
「それにあの子、大智に石を投げたわよね? あの幼さで、既に明確な敵意が存在している。あれを放置しておくわけにはいかないわ」
「でも……!」
「戦争なんて、そんなものよ」
明様はそう言って、「先を急ぎましょう」と歩き出した。
「…………っ!」
紗那は涙をたくさん目に溜めながら、地面を思いっきり殴った。
「……行こう。神社まで急がないと、日が暮れて何も見えなくなっちゃう」
花菜が紗那に優しく声を掛けて、その手を取って立ち上がらせた。
「行きましょう。明様はああやって言われますが、内心ではきっと栗利さんの気持ちを分かっておられるはずです」
湊さんも花菜に続いて紗那に声を掛けた。
戦争だから、仕方がない。
明様はそう言っておられたが、それではなぜ萌加様をお叱りになられたのですか?
あのとき、戦争だから仕方のないことだと、そうお声を掛けることもできたのではないですか?
……なんて、言えるはずもない。
それに自国民と人類では、同じ土俵に立って議論をさせてはならないだろう。
それでも、なんだろう。
紗那の表情を見ていたら、どうも煮え切らない感情を抱かざるを得なくなった。
人類と神類の境界なんて、能力が使えるか否かくらいしかないだろうに、なぜ人類はこんなにも蔑まれて生きなくてはならないのだろうか。
僕は男児の屍をジッと見つめながら、そんなことを考えていた。
ーーーーー
ーーー
ー
サハ大陸連邦を攻撃する協商軍第四艦隊は、冬至前46日より大陸東海岸の主要港湾都市、ノグリキへ攻撃を開始した。
それを皮切りに、大陸を北上して来た陸軍が内陸よりノグリキへ攻め込み、たちまち港湾都市は激戦地と化した。
後に言う、ノグリキの戦い、開戦である。
このノグリキの戦いには、靜連邦からの参戦国はなかったが、7日に渡る攻防戦は歴史に名を刻んだ。
なにしろ、この戦闘は協商・同盟双方に甚大な被害を出したのである。
激戦の末、同盟側は大陸の要所ノグリキを失い、大陸と列島、お互いの支援拠点が奪われたのである。
対する協商側は、同盟軍の拠点を一つ占領したのは大きなことだったが、物的被害と人的被害が著しく、陸軍の再編や物資の再調達を余儀なくされた。
しかし、ここノグリキが冬至前40日に陥落したことで、大陸方面における同盟軍の戦局は著しく悪化していくことになる。
その翌日の冬至前39日に、ノグリキの反対側、大陸西海岸に位置するボギビに、異世界を北進してきた協商軍が上陸を開始。
協商軍は、異世界との間に広がる海峡の幅が7キロメートルほどで最短距離となるこの地点に、大陸から刈ってきた木材や土砂を敷き詰め、不安定な橋を掛けながら上陸を仕掛けたのだった。
後に、橋渡し戦と呼ばれる戦いである。
その戦闘は、同盟軍にとってはボギビを海から、大陸の南から、そしてさらに占領したノグリキを拠点に東から攻め込まれるものになり、苦戦が強いられた。
また、協商軍第二艦隊の主力戦艦『かいたく』からの艦砲射撃も激しく行われ、ボギビの街は陥落までの3日間で8割が焦土となり、海岸線は酷いところで6メートルも変形した。
同盟軍は協商軍からの激しい攻撃を受けて壊滅、ボギビを捨てて北へと敗走した。
冬至前37日、協商軍は橋渡し戦を制し、ボギビを占領下に置いた。
またこれで異世界を抜けてきた陸軍とも合流し、軍の再編が行われた。
ーーーーー
ーーー
ー
何もかも、世界が違った。
異世界とは名ばかりではなかったのだと感動したが、向こうの人類どもが思っていたほど強くなかったことに拍子抜けをせざるを得なかった。
「……まつ、じゃまつ? ねぇ、蛇松! 蛇松ってばっ!」
「んあ? なんだいきなり大声出して」
「はぁ? いきなりってなによ。さっきから何回も呼んでるさね」
「そうだったのか? それはすまねぇな」
横にいた伊月場みずきにそう言われて、初めて呼ばれていたことに気がついた。
「全く、あたしの話聞いてた?」
「あぁ、あれだろ? …………あー、あれだ。うさぎとトカゲの違い」
「……幻聴でも聞いてたの? あとすごい組み合わせさね」
呆れられた。
申し訳ない限りだが、異世界の光景を思い出していて話など聞いていなかったのが事実だ。
「そんで、なんの話だ?」
「…………はぁ」
俺の質問に深いため息を吐いて、みずきは一言、
「あたしたちは第四艦隊に搭乗することになったみたいよ」
「誰からだ?」
「しみず」
「いつからだ?」
「モスカリボの占領が完了してからだってさ」
「ふぅん……」
みずきからそう言われたが、正直モスカリボがどこなのかもよく分かっていない。
とにかくここより北の都市であることは間違いないと思うが、そこまで進んでしまったらもう大陸は陥落も同然ではないだろうか。
何故わざわざ戦艦に乗る必要がある?
列島の陥落に向けて援軍として派遣されるということか?
それとも早々に任務終了で帰還か?
或いは…………
「……蛇松?」
……いや、考えるのはやめよう。俺は協商上層部の決定に従うだけだ。
「なんでもない。それよりも、他には何かないか?」
「いいや、それだけさね。しみずに蛇松へ伝えるよう言われたから言っただけ。無視されたけど」
「すまないな、少し考え事をしていたんだ」
「あんた考えること多そうだもんね。早死にしそう」
「立場上、臣家と巫女家が途絶えない限り安泰だがな」
俺の言葉に、みずきはクスッと微笑んだ。
「さ、あたしはそろそろ行くさね。じゃ、また」
「おう、また」
ひらひらと手を振って去っていくみずきに、俺はそれだけ返した。
さて、この先どうなることか。
……協商上層部に、無益な欲望が無ければ良いが。
ーーーーー
ーーー
ー
樺太と千島の北方に広がる国、扶桑国。
戦争で日本皇国に負けてからは傀儡政権が樹立されているが、それ以前は帝政で、古代日本皇族の血を引くと自称する皇帝が国を治めていた、日本の継承国のひとつだった。
首都、勘察来。
「本当に干渉するのですか!?」
「考え直すべきだ!」
「皇国にバレれば大問題だぞ!?」
議事堂で行われた議会は紛糾していた。
なぜこんなにも紛糾するのかというと、扶桑国が占守シュムと秘密協定を交わしていたからだ。
勘察来は占守島からかなり近い距離に位置し、扶桑国はかつてよりSHARMAの存在を恐れながらも共存路線を模索してきた。
占守シュムとは歴代皇帝が何度か会談を行い、最終的にシュムから千島列島の限られた島に植民する許可をもらうことができた。
しかし、それと同時にシュムからの要求も呑まざるを得なくなり、それが秘密協定の内容で現在最も扶桑国を悩ませているものなのだ。
それが……
「『サハ列島連邦が攻撃を受けた際には、扶桑国はサハ列島連邦に対して軍事支援を行わなくてはならない』。なぜこれを受け入れてしまったのだ! SHARMAがあんなにも技術力を手にしているなど聞いたことないぞ!」
「我々が干渉すれば、当たり前だが我々にも飛び火する。千島列島を攻めているSHARMAは恐ろしいほどに強い」
「まさか、貸し出した船が全て破壊され沈められるとは。それに空母航空団は全滅。原因不明の攻撃で撃沈されているが、おそらくあれはSHARMAの……」
「おそらくではなかろう! 確実にSHARMAのせいだ!」
空母航空団は、扶桑海軍の最強部隊と言われていて、海軍の精鋭から構成されている。そう簡単に撃沈されるなど考えられないのだ。
「陸軍も応援に出したが、植民していた得撫島防衛部隊は住民含めて全滅との報告が入ってきた。他の部隊もSHARMAと共に、新知島に防衛要塞を構築しているが、望み薄かと……」
その言葉を聞いて、議事室の中央で腕を組んで座っていた白髭の老人が口を開いた。
「相手は、大連邦協商と言ったか?」
彼こそが扶桑国の首相、野沢吉郎である。彼が発言した時、多少のヤジが飛んだが、そのヤジが止むのを待ってから野沢は発言した。
「その本国を叩き潰してしまえばどうだ?」
「どうやってだ!? 東暦時代にミサイルを幾ら放っても撃墜されたと言われているのに!」
「そうだ、そうだ! 方法も考えずに言うんじゃねーよ老害が!」
彼と違う政党の議員がヤジを飛ばす。
ヤジはなかなか収まらない。しかし、そんなヤジがある人物の発言をもって一発で収まった。
「方法ならありますよ。SHARMAに撃墜されない方法が、ひとつだけ」
「かっ、カリナ様!?」
「いつの間に……!」
そう、議事堂に現れたのは真っ白いお面を被った金髪の少女だった。
彼女は議事室の演壇まで歩いていくと、
「長距離ミサイルをロフテッド軌道で飛ばすのです。そうすればSHARMAに落とされることなく爆撃が可能ですよ」
「ロフテッド軌道……」
静かにだが、ざわざわとする議事室。
「何を根拠に?」
一人の議員がそう彼女に尋ねた。それに対して、彼女は静かに返した。
「私の言葉が信じられないとでも言うのですか?」
「あ、いえ……」
議員は口篭った。そんな議員を放り、彼女は言う。
「信じるか信じないかは任せます。ですが、何かしらしなければ、この国は古代生物兵器に蹂躙されるかもしれませんね。奴らは無慈悲だと聞きましたよ。皇国では、罪のない一般人までを殺し尽くし、それどころか動物から植物に至るまでの生き物たる生き物を消し去ったとか。二の舞になりたくないのなら、何かしらの行動に出るべきではありませんか?」
そして彼女は壇から降りると、そのまま議事室を後にした。
「ロフテッド軌道でミサイルを撃つ。目標は、協商の主要都市だ」
「しゅ、首相! 議論は……」
「議論の余地などないっ! やるったらやるんだ!」
「老害めっ!」
「それじゃ独裁じゃないか!」
「国会の意味を考えろっ!」
野沢の言葉に、野党の議員が一斉にヤジを飛ばした。
扶桑国の議会は、なかなか前に進まない。
ーーーーー
ーーー
ー
『冬至前三十二日、協商第一艦隊及び第三艦隊は、新知島要塞を攻略し入港した。実に十三日間に渡る激しい戦闘であったが、見事これを制して協商軍の格の違いを見せつけた。』
第一艦隊、第三艦隊の情報ということで、日刊靜の一面記事にそう書かれていた。
何せ、第一艦隊には靜あおい様が率いる靜水軍が乗船している訳だから、靜連邦の最大有力紙である日刊靜が報じないはずがないのだ。
しかしここ数日、ちーにぃたちの乗る第五艦隊の情報が出てこない。確か39日にクリル沖海戦が濱竹日報で報じられて以降、全く音沙汰がなかったように思う。
クリル沖海戦は、協商側にも相当な被害が出たと書いてあったから、かなり心配だ。
濱竹日渡連合軍は、異世界文明の戦艦一隻を撃墜したと報じられていたが、それが生存報告であるわけではない。
みんな、怪我なく元気でいるかな……?
ふと心配になって、目が醒めてしまう。
そうして大抵、眠れない。
きっとまた今日も、寝付けないまま夜が明ける。
どうか、日渡軍の情報をください。
明るい情報を、どうか……
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ーーー
ー
新知島の要塞が陥落したと聞き、僕らは胸を撫で下ろした。
この要塞が落とせずに負けたという報告は、第一艦隊と第三艦隊が壊滅したというのを意味するからである。
そうなったら、列島の攻略は一気に不可能に近くなる。
異世界からも戦艦が来るし、島と島を渡る時に護衛で戦艦が必要だし。
その全てを第五艦隊だけでできるほどの余裕はないだろう。
……そもそも今、船壊れてるし。
ということで、僕らはここ得撫島で年を越すことになるそうだ。
神紀4997年もあと30日くらいで終わり。
なんか濃い一年だったなぁ……
いや、神治に参加することになったのが今から半年前だから、濃かったのは半年か。
半年でこんなにも生活が変わるとは驚きである。これも時の流れというやつか……
「新知島、落ちちゃったのね……」
ふと、横から紗那の呟きが聞こえた。
どんどんと故郷が敵の手に落ちていくという現実を目の当たりにしているのだから、その気持ちは僕なんかでは計り知れない。
「ま、行ったことないしどうでもいいんだけど」
えっ!?
僕の手から、新聞紙がパサリと音を立てて落ちた。
「ん? どうしたの。そんなに目丸くして」
その音に気付いて、紗那が僕に質問してきた。
「え、あ、いや……」
僕はしばらく質問されても答えられず硬直し、しかし答えなくてはと気付いて声を出したら、そんな吃ったことしか言えなかった。
そんな僕を見て、紗那は可愛らしく首を傾げていた。
……というかこの子、よく見ると顔立ち整いすぎでは!?
くっきりとした目元、小さくて可愛らしい鼻、唇は薄ピンクで血色も良く、肌は白くさらさらとしていて……
じゃない、そうじゃないだろ!
いや確かに紗那を正面からじっくり見たことはなかったから驚いたし、あんな可愛らしい素振りをすることにも驚いたけど!
そうじゃないだろ、磐田大智!
ほら、マジマジ見つめたから紗那が困惑しているじゃないか!
しっかり答えろ、早く!
「ううん、なんでもない」
いや違うだろ〜!
なんでもないってなんだよ!
どうしてそう言ったんだ僕は!
え、そんなに言うの難しいかな?
『新知島が落ちたのってどうでもいいと言えることなの?』って言いにくいかな?
…………。
……言いにくいよ〜!
だってそれって、紗那が自分に言い聞かせていることかもしれないしさ!
僕が言ったことで気持ちに整理がつかなくなることだって大いにあり得るもんねぇ!
やっぱり「なんでもない」が正しい答えなんだよなぁ……
「……ふふっ! あはは、あはははははは!」
突然、紗那が耐えきれなくなった様子で笑い始めた。
「もう、笑わせないでよ〜! あんな百面相しておいて『なんでもない』って! あははははは! 嘘つくの下手すぎでしょ〜!」
「笑うなよ、恥ずかしいなぁ」
マジで本当に恥ずかしい。だってここ、得撫島に建てられた仮設兵舎の公共スペースだし。
「で、結局なにが言いたかったのよ?」
「えっ、聞くの? 僕が頑張って言うの辞めた言葉なのに」
「あれで頑張ってたの!? もっと面白いんだけど!」
さらに笑われた。
もう、こいつなんなんだよ。こっちは全く面白くない。
「笑うくらいなら部屋に戻るぞ」
「えぇ!? 教えてくれないの〜?」
「嫌だ。教えたら紗那が傷つくだけだぞ?」
「そうやって上手く言いくるめようとする。教えてくれてもいいじゃん!」
「いや……」
ここまで言ったとき、背後から声を掛けられた。
「なぁ捕虜の嬢ちゃん。さっき『新知島が落ちたのはどうでもいい』って呟いてたなぁ? 郷土愛が薄いことで」
「北賊は故郷すらまともに愛せないんだってよ〜!」
声を掛けられたというよりは、声が飛んできたと言うべきか。
二人組の男。見る限り、どこかの国の上神種か。
なんだこいつら、嫌がらせか?
紗那を挑発しようって魂胆だろうな。紗那が挑発に乗ってしまったら、急いで止めに入ろう。そのために準備をしておいて損はなさそうだ。
僕はいつでも能力を発動できるように気持ちを切り替えた。
「えぇ、その認識でいいわよ」
しかし紗那はそう言い放った。淡々とした口調だった。
「私は択捉の臣家よ? 郷土愛なんて、択捉以外にはないわ。そもそも島を出たことないし。同じ連邦でも、島が変われば他連邦やら異世界やらと同じようなものよ。それに、もう択捉島は陥ちちゃったし。今の私はただの捕虜だし」
そう言うと、僕に目配せした。その目が語っていたのは「くだらない、行こう」という言葉だった。
「紗那はこういう子だから、挑発しても面白くないんだ」
僕は構ってきた上神種たちにそう言って礼をすると、紗那と一緒に公共スペースを後にした。
「ねぇ、」
外に出ると、紗那が声を掛けてきた。
「さっき磐田が言おうとしていたことって、あれだよね?」
「まぁ、うん。質問の意味は同じだね」
言い方は大きく違うけど。
「だったら、さっきのが私の答えだよ。私は択捉島以外に興味はない。よく知らないし」
紗那は僕をまっすぐ見て言った。
「なるほどね」
僕はそう返した。
島が違えば世界が違う。特に択捉島はそうだったのかもしれない。
隣の得撫島は異世界から植民されていたみたいだし、異世界も同然か。
それに、どの島が異世界から植民を受けているのかも彼女は忘れていた。それほど興味がなかったということだろう。
「私はそれが普通だと思っていた……というか思っているんだけど、それって普通じゃないの?」
しかし紗那は、僕に尋ねてきた。
「何をもって普通とするか、それは人それぞれだと思うよ」
僕がそう言うと、
「だったら、磐田の普通を教えてよ」
「え、僕の?」
紗那に言われて、少し迷った。自分の中の普通、か。それは先ほどの紗那の発言に驚いたということから結論は出ているが……
まぁ、渋る必要性はないか。
「僕としては、同じ連邦の違う国が落とされたら危機感とか焦りとか、あとは悲しさとかを覚えると思う。直接的な交流は特に無かったとしても、陸続きだし、同じ靜連邦を名乗っているんだから距離も近いし」
僕の答えに、紗那は「世間一般ではそういうものなのかしらね」と少し納得できない様子で頷いた。
「あたしが住んでいたサハ列島連邦は、それぞれの国がそれぞれの島で完結していたの。だから磐田の感覚とは全然違うんだと思う。他国のこと、近いだなんて思ったことないし」
紗那はそう言って、
「ま、この話はこれで終わろっか」
と笑顔で告げてきた。まぁこれ以上に掘り下げる必要もないだろうし、僕はそれに同意をしてこの会話を終わらせた。
紗那と共に日渡軍が駐在する部屋へ戻ると、そこには喜々音さんが一人で座って紅茶を飲んでいた。
机に広げているのは新聞のようで、彼女は熱中して読んでいるのか、僕らが部屋へ入ってきたことに気づいていないようであった。
「こんにちは、喜々音さん」
「ふぇあっ!? ……あ、なんだ大智さんですか。それに栗利さんも。こんにちは」
喜々音さんは一瞬驚いたように声を上げたが、僕らと認識してからいつもの落ち着いた声で僕らに返答した。
そんな喜々音さんと目を合わせるが、机上の新聞紙が自ずと視界に入ってきて少し気になった。
何が気になったかというと、その新聞紙にかなり小さく折りたたまれていた形跡があったことだ。
ちらりと視界に入る文字、『濱竹日報』。発刊は4997年の夏至後39日。
僕の心がズキリという音を立てて痛み、鼓動が速くなったのを感じた。
僕はその新聞には触れず、少し離れたところにあるソファに腰を下ろそうかと考え、自分のちょうど後ろに位置しているソファを一瞥したそのとき。
「ところでそれ、なに?」
紗那が件の新聞紙を見つめながら喜々音さんに尋ねた。
喜々音さんは「あ……」と声を漏らしながらその新聞を見やると、申し訳なさそうな眼差しで僕を見てきた。
少し重い空気が流れる。紗那もそれを察したが、どうしてそうなっているのかが理解できなくて首を傾げていた。
僕は何も言わずに喜々音さんに頷き、そのままソファまで歩いて腰を下ろした。干渉はしない、あとは喜々音さんが自分の事情を紗那に話すか話さないか、それに委ねる次第である。
僕の行動を不思議がるような紗那の視線を感じるが、その直後に喜々音さんが話し始めたことでその視線は消えた。
「これは、わたしの兄のような存在が起こした不祥事が綴られた新聞です。未だに信じられなくて、たまにこうして見返しているのです」
喜々音さんは落ち着いた声でそう語った。それに対して、紗那は「……あっ」と声を上げる。択捉で紗那の兄と甥が処刑されたときに、この事件には少し触れている。どうやらそのことだと察したようだ。
「……受け入れられないの?」
紗那がおずおずと喜々音さんに尋ねた。その言葉に喜々音さんはクスッと可愛らしく笑った。
「受け入れられない、ですか。そうなのかもしれませんね」
曖昧な言葉だが、彼女は明るい声でそう言うと、
「この前少し話した気がしますが、わたしは彼の処刑に立ち会っていないんですよ。それで、どうも唐突に目の前から消えてしまった感じが否めなくて、実はまだどこかで生きているのではないかって思ってしまうんですよね」
遠くを見つめて、微笑みながら喜々音さんは語った。その様子を見て、紗那は俯きがちに呟く。
「死に目に立ち会えただけ恵まれている、と明様が言っていたのって……」
「えぇ、そうですね。おそらくはわたしのことを念頭においた発言ではないかと思います」
喜々音さんはそう頷くと、どこか懐かしそうにポツポツと語りだす。
「しばらくは現実を見たくなかったんです。それで散々、さまざまな方に迷惑を掛けました。議会を乱して、安久斗様や臣様、巫女様に楯突いて、斬られても、罵られても立ち上がって泣き喚きました。それで濱竹に居られなくなりました」
「逃げ出したの?」
紗那の言葉に、喜々音さんはゆっくりと首を振った。
「いいえ、国外追放です。安久斗様の配慮で、歳の近い方がたくさんいる日渡に送られました。でもその頃は半ば放心状態でしたので、気が付いたら日渡にいた感じでしたが」
喜々音さんが追放された時。それは、死か追放かを萌加様の前で安久斗様が選択した……否、選択させたあの瞬間だ。
臣殺しの謝罪と賠償をしに来た安久斗様、それに連れられてきた喜々音さん。正気を失ったような目や口調は、今でも強烈に覚えている。
そんなことを思っていたら、喜々音さんが僕をチラと横目で見た。ふと目が合う。どうかしたのだろうか、と思って見つめ返すと、彼女は僕から目を逸らしながら紗那に言った。
「正直言いますと、最初わたしは日渡上神種が好ましくなかったんです。お兄ちゃんを最初に疑い犯人扱いした大智さんや、お兄ちゃんが殺害したことを信じて疑わない皆さんが、心の底から憎らしかったんです」
…………まぁ、そうだよね。
ソファの上で少しだけ落胆する僕。それに気付いたのか、喜々音さんは「あ、もちろん今は違いますよ?」とフォローを入れてくれる。
「だったらどうして、こんなに仲良くなれたの?」
紗那が興味を隠すことなく喜々音さんに尋ねた。
「ひとつの戦争を、みんなで乗り越えたからです」
「戦争……?」
「はい。渡海事変と呼ばれるものですが、正式名称は兎山戦争と言います。この戦争に、わたしは日渡側で介入しました。その経験が、わたしの思考をまとめて早く立ち直ることに繋がりました」
「…………」
喜々音さんの言葉に、紗那は黙り込んでしまった。そして数秒してからポツリと言葉を発する。
「……戦争で立ち直るなんて。言い方悪いけど、それってなんだか胸糞が悪く思える」
彼女は喜々音さんに重い声で尋ねる。
「あなたは勝ったから立ち直れたかもしれないけど、負けた側はきっと凄惨な状態だったはずよ。それを理解して言っているの?」
紗那の声からは、かなりの怒りが感じられた。そんな彼女に対して、喜々音さんは感情のこもらないような声で答えた。
「えぇ、痛いほどに」
「いいや、分かっていな……」
「人の命は、安価じゃないんです。わたしだって、戦争を望んだわけではありません。それに、わたしが立ち直れた原因が喜ばしいものであったなどとは一言も言っておりませんが?」
今度は喜々音さんの声が重くなった。
『立ち直れた原因が喜ばしいものであったなどとは一言も言っていない』。彼女のその言葉の意味を、僕が理解するのは難しくなかった。以前直接聞かされたことがあったからだ。
しかし、紗那にとっては容易ではなかったのだろう。不機嫌そうに「どういうことよ?」と訊き返す。
「兎山戦争は、非常に悲惨な戦争でした。概要を語ると、民衆蜂起によって政変した隣国渡海を解放しろという統率国の命令で開戦しましたが、幽閉されていた渡海の神が殺されて解放は失敗しました。しかし日渡はこの戦争で渡海を制圧したため、渡海は日渡に強制併合されました。ですが、日渡の渡海統治は失敗し、臣と巫女を含む旧渡海国の9割を越える民が亡くなりました」
「…………は? き、聞き間違い? 今、9割を越える民が亡くなったって……」
「事実です。反乱や自殺、非行が相次ぎ、混乱を極めました」
「……尚更、どうやって立ち直ったのよ?」
そんな紗那の言葉に、喜々音さんは狙い通りと言わんばかりにふふっと小さく笑った。そして語る。
「わたしはかつて、濱竹国で陸軍参謀総長を務めておりました。ですが、実際に戦争を目の当たりにしたのは初めてだったのです。兎山戦争の参謀はわたしが担当していましたので、自分の立てた作戦で招かれた惨事と言っても過言じゃなかったんです。言ってしまえば、参謀として許されてはならない失態です。これだけの混乱を招いてしまったのですから。ですが、わたしはあの戦争から戦争を学びました。そして渡海の惨状を見て、お兄ちゃんを殺した大っ嫌いな日渡国の一部なのに、どうにかして復興させなければならないという強い使命を感じました。今までそんなこと思っていなかったのに。きっとあの経験をしなければ、一生思わなかっただろう使命感。わたしは兎山戦争から、多くのことを学んで前へと進むことができたのです」
ゆっくり、はっきりと。自ら語った言葉を噛み砕くように、喜々音さんは話す。
紗那は何を思っているのだろうか。喜々音さんの言葉を聞き終わってから、幾秒も俯いて黙り込んでいた。
そのためしばらく沈黙が続いたが、次に紗那が言った言葉は、
「……あたし、あなたたちのこと軽く見すぎていたかも」
「と言いますと?」
喜々音さんが尋ねる。僕もその言葉に興味を抱いて視線を向けた。
紗那は僕と喜々音さんを交互に見ると、
「多々確執があることはこの前聞いたけど、実際に何を見てきたかなんて想像していなかった。でも話を聞く限り、あなたたちは今起きているこの戦争よりも遥かに残酷な世界を目にしてきたのね。それに、ほんとにどうして恨み合わないのかが不思議なくらい複雑な関係じゃない? 湊と竜洋って、確か元々渡海の上神種って言っていなかった? あなたたちが滅ぼした国の生き残りってことじゃないの」
そう言った紗那は、小さな声で「兄と甥の処刑でギャーギャー喚いたあたしがバカみたいじゃない」と呟く。
「そうだね。みんながみんな、誰かしらに大切な何かを壊されている。それでも手を取り合って前だけ見て進んでいるのが僕らなんだ。日渡は、そんな国だよ」
「えぇ、賛同します。わたしを含めるか否かは解釈に委ねますが、それが日渡上神種らしさであると、わたしは確信しています」
僕の言葉に喜々音さんが賛成してくれる。こうして考えてみると、なぜ僕たちは仲が良いのか謎な面が多い。でも深く考えてしまったら、きっと仲が悪くなってしまう気がするので考えない。
すなわち、みんな大して考えていないだけなのかもしれない。
否、考える時間がないのだ。
いつか湊さんが言っていた。『恨んでいたって過去が変わるわけじゃないし、気にしている暇がないくらいに目まぐるしく状況が変わる中、置いていかれるわけにはいかない』。きっとみんな、そう思っているからこその関係性だと思う。
「なんか、あたしがここに預けられた理由が分かったかもしれない」
紗那はどこか呆れたように、だけどなんだか腑に落ちたように笑って言う。
「捕虜のはずなのに、囚われているなんて思わないで生活できているのも、きっと……ううん、絶対にあなたたちのおかげね。手を取り合って、前だけ見て進む。……気に入ったよ、この言葉」
そう言うと、紗那はにこりと笑って、
「捕虜になれて嬉しいって言うのは世間一般で見て変だけどさ、あたし、この軍の捕虜になれたのとっても嬉しく思っているわ。ありがとう、二人とも。そしてこれからも、関わりがある限りよろしくお願いします」
「こちらこそ。しばらく紗那には不自由かけることもあると思うけど、いつか捕虜としてじゃなくて、本当に友人として、関わりを持てるようになることを願っているよ」
僕が紗那にそう返すと、彼女は嬉しそうに大きく頷いてくれた。
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ーーー
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『協商軍第三艦隊は30日、新知島より撤退し計吐夷島に逃げ込みし北賊を討伐すべく、艦砲射撃及び強襲上陸を行ひ、敵滅して占領したり。勢ひ其の儘に27日、宇志知、羅処和、松輪の三島を放火、潜む北賊悉く焼き払ひけり。その後、26日に新知島に帰港し船を修繕す。今後、20日より年末にかけ放火せし三島のいずれか要塞化せむとし、適性見極めに今未明、調査団各々三島に入りつ。』
冬至前25日、夕方。協商報道の内容に靜しみずはため息を吐いた。
しみずが現在、指揮官の一人として赴任しているのはサハ大陸連邦の戦線である。
しかし、大陸戦線は列島戦線に比べて快調とは言えず、現在は北部主要都市モスカリボ目前にして敵に防衛線を敷かれ、その突破に苦戦を強いられていた。
「船の戦闘力の差は圧倒的なのに、陸戦の差はそう無い。それどころか異世界の技術で造られた連続装填銃や放火銃が厄介で、どちらかと言えば劣勢なんだよねぇ……」
しみずはそう言って机に広げられたモスカリボ周辺の地図に目を落とした。
モスカリボは大陸北部の湾に面した街であるが、湾の防衛は硬く、第二艦隊と第四艦隊が総出で崩しにかかっている最中である。
その間に陸からモスカリボ南部に進駐する予定であったが、直前に防衛線を敷かれてしまったのだ。
ところで、しみずの言う連続装填銃というのは人類文明では機関銃と呼ばれるもので、放火銃は火炎放射器と呼ばれるものである。神類が持たない技術であるため、それらを用いられると陸戦は途端に厳しくなるのであった。
「防衛線をなるたけ早く突破するために、少しでも士気を上げに行かなきゃいけないかなぁ」
しみずは憂鬱そうにそう呟くと席を立ち、部屋を出た。
「『柱状気圧変動』。気圧、真空! 『真空放電』!」
それから4日ほどの日が流れ、しみずはモスカリボ南部に敷かれた防衛線の戦場へと自ら赴いていた。
祖神種である彼が前線に立ったことで、戦況は大きく変わることになった。
祖神種は、自らの権能の多さを活かして複合技を生み出すことができる。そうなると相手にとっては自ずと攻撃を読むことが難しくなり、戦況が大きく変化するのだ。
また、しみずを含む靜の三大神の複合技は、靜連邦が閉鎖的な連邦ゆえに知られていない。よってこの『柱状気圧変動』や『真空放電』、その派生で『七天真空放電砲』や『膨張雷幻華』などは、世界でも未知の技なのである。
特に靜の三大神の中でもしみずだけが使える『七天真空放電砲』と『膨張雷幻華』は、切り札と言っても過言では無いだろう。
真空放電により直線的に敵を蹴散らしたしみずは、200もの靜陸軍を率いて一瞬にして出来上がった花道を堂々と前進していく。
それでもめげずに行手を塞ぐ敵兵は軍刀で斬り捨て、迫り来る能力は高気圧結界や低気圧結界でねじ伏せながら防衛線を突破した。
しみずの権能に圧倒され、防衛線を維持できなくなった世界北部同盟軍は、先ほどまでの強さが嘘のように一斉に瓦解。敗走しようにも協商軍に包囲され、全滅を余儀なくされた。
「防衛線は瓦解したっ! これより一気にモスカリボへと進軍するっ!」
「「「おー!」」」
しみずの掛け声で、協商軍は熱気に沸いた。
冬至前21日。これより5日5晩に渡るモスカリボの戦いが、今ここに幕を開ける。
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西暦1516年、12月2日。
扶桑国軍は首都勘察来の近郊に位置する基地より5機のミサイルを発射した。
これらは、古西暦における大陸間弾道ミサイルと同等の飛行距離を有するものだが、今回の目標地点はわずか3000kmにも満たないほどの近場である。
しかし、それらはロフテッド軌道で発射され、高度1000km以上にまで打ち上げられてから目標地点への着弾を試みた。
その目標地点は、SHARMA最大勢力であるNANSHIの拠点、TOUKI。古代日本国の首都、東京である。
着弾したならば、SHARMAには大きな打撃となり、この戦争の流れを変えることにも繋がる。サハ列島連邦と秘密協定を交わしている扶桑国にとって、これはなんとしても完遂させなければならない任務なのであった。
しかし、それらは呆気なく撃墜された。
神紀4997年、冬至前20日。
打ち上げから僅か1時間半後のことである。
南四連邦千羽国、九十九里海岸に設置された飛翔体観測機が高速で迫り来る5機のミサイルを発見。南四連邦の国防隊が即座に動き、迫るミサイルを迎撃したのだった。
扶桑国の南四襲撃は失敗に終わった。
ーーーーー
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「目標、南南東6キロメートル!」
「主砲、撃ち方よーい!」
「撃ち方よーい!」
「撃ち方、はじめっ!」
「撃てー!」
轟音と振動。机に置かれたコーヒーカップがカチャリと音を立てて揺れた。
第二艦隊、主力戦艦『かいたく』。総指揮官である済田政樹は、向かいの席に座る千羽舞を見てため息を吐いた。
「あなたはなぜ、こうも分からないのです? 九十九里で我ら南四の国防隊が撃墜したのは、人類文明の代物だったのですよ?」
「失礼ね、理解しているわよ! だからこそ反対しているんじゃない!」
「尚のこと訳が分かりません。異世界の扶桑は南四連邦を直接攻撃しようとした。それだけで充分、攻め込む理由にはなるでしょう?」
政樹は未だ少し波立つコーヒーを手に取ると、そのまま一口、味わうように口に含んだ。
対する舞は、コーヒーをスプーンで掻き混ぜながら目を細める。
「これ以上戦線を広げたら、収拾がつかなくなって崩壊するわよ? それに、異世界の情報が少なすぎる。第四艦隊だけじゃ上陸すらままならない可能性があるわ。兵の疲弊も著しいし、異世界に攻め込むのは今じゃなくてもいいんじゃないかしら?」
その言葉を聞いて、政樹はコーヒーカップを机に置いてから口を開いた。
「甘いですね。まるであなたのそのコーヒーくらい甘い」
入れ替わるように、舞がコーヒー口にしたタイミングとその言葉が重なり、舞は顔を顰めながら舌を出し、
「苦い」
と唸った。それに政樹は驚いたように目を見開いて尋ねる。
「苦いってあなた、いくつ砂糖を入れたのですか?」
「6つ」
「……はい?」
「6つよ」
「…………」
政樹は驚きを通り越して呆れ返る。その間にも舞はテーブルの中央に置かれた銀色の細口のポットに手を伸ばす。その様子を見た政樹はさらに呆れ、ため息混じりに尋ねる。
「ミルクまで足すのですか? もはやそれはコーヒーではありませんね……」
「歴としたコーヒーなんですけど。苦いのは苦手だから、飲めるように私好みに調節しているだけよ」
「豆の風味なんて皆無ではありませんか。もうただのミルクに砂糖を入れて飲んだらいかがですか? 豆の無駄です」
「失礼ね! それじゃコーヒーじゃなくて砂糖ミルクじゃない!」
「あなたにはそれで充分でしょう」
「ちょっとどういうことよ!? 私が子どもっぽいとでも言いたいの!?」
「文字通り甘ちゃんですからね」
「こいつっ…………!」
舞は政樹の言葉に歯軋りする。今では二人とも南四連邦の祖神種として共同統治しているが、かつては互いの領土を取り合って激しい戦争ばかりをしていた。
いわゆる犬猿の仲なのである。
「すぐに感情的になるのもあなたの悪い癖ですよ、千羽舞。お互い、お互いに思うところがある関係ですがね、今は仲間であることを忘れてはなりませんよ?」
「あんたが仲間って言うと安っぽく聞こえるわね。東輝に媚び諂うことしか脳がなく、洋介のためなら容赦なく裏切るくせに」
「曲解ですね。私は常に南四連邦の全てを考えて、最善の選択をしているだけですよ。目先のことだけを考えているあなたとは違うのです」
「とか言って目先の問題を先送りにした結果、人類反乱を抑制できなかったのは笑えるわ」
「遠い昔の話ですね。ですがあれ以来、我が済田領で人類反乱は起きていません。失敗から学ぶこともあるというものですよ」
政樹の言葉に舞は「そうですか」と適当な返事をし、ミルクで白濁したコーヒーを口に入れた。
くどいほど甘く、しかしどこかから強い酸味が口に染みて、その複雑になりすぎた味に顔を顰めた。
「やはり豆の無駄では?」
「うるさいっ!」
政樹の言葉に怒声を被せたが、内心では「これからは砂糖ミルクにしようかしら」と思う舞であった。
「それで、甘々なあなたに尋ねますが、」
そこに政樹の声が届く。舞は顰め面のまま彼を見る。
「あなたが思う、扶桑なる人類国家へ侵攻する時期はいつ頃がよろしいのでしょうか?」
「少なくとも終戦後よ。大陸も列島も陥ちて協商の占領下に置き、そこを拠点に異世界へと戦争を仕掛ければ、安定して補給も可能でしょう?」
舞がそう答えると、政樹は頷きながら、
「却下ですね」
「なんでよ!?」
動きと乖離した答えに舞が困惑しながら、しかし怒りながらそう怒号を飛ばすと、政樹は待ってましたと言わんばかりに理由を語り出した。
「その頃には戦争を仕掛ける大義名分がありませんよ。この北伐に終止符が打たれてしまったら、扶桑から飛ばされた超遠距離砲撃は過去の事例、すなわち時効になってしまいます。それを理由に攻め込むことはできないでしょう」
「じゃあ違う理由で……」
「あっはははははは!」
舞の言葉に政樹は笑う。失礼なほどに笑い散らすと、
「バカですか? いえ、バカなんでしょうね。我ら神類文明が異世界との関わりをなくすために北伐を行っているのに、そのあとで異世界と戦争をするなど、矛盾も甚だしいではありませんか! そんなことをしては大連邦協商の名に傷が付きますし、最初に北伐を提唱した我々南四の権威の失墜にも繋がりかねません。異世界との関わりは、この北伐でひとまず最後としなければなりません。つまりはこの北伐で、異世界ともケリをつけなくてはならないのですよ」
「あっそ」
しかし、それに対する舞の返事はそんな適当なものだった。それもそうだろう。あれだけ笑われれば不快になるし、苛立ってまともに話を聞く気にもならないだろうから。
「そういうわけで、異世界扶桑へ攻め込むのはこの北伐の最中でなければならないのです。だから、あなたがなんと言おうがいずれ第四艦隊に異世界への上陸の命令を下します。よろしいですね?」
「好きにすれば?」
舞はもう政樹の話など聞いていなかった。胃の中を漂う混沌とした甘さや不快な声に、心底機嫌が悪くなった。
政樹はその返事にニタリと笑みを浮かべるが、その表情を見せないように、メガネを取って俯き、レンズを丁寧に拭くのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
「申し上げますっ! 防衛線が突破され、協商軍が南よりモスカリボに侵入! また、扶桑国からの援軍によって構成された海上封鎖部隊も、協商第二・第四連合艦隊からの猛攻を受けて過半数が撃沈! 大多数が被弾し半壊、まともに戦える船は2割を切ったとのことであります!」
そうか、そうなんだな。
モスカリボまで追い詰められて、もうこれ以上北には逃げられない状況。
大陸の9割は協商軍に占領され、占領された土地を有していた神々は戦死したか捕らえられたか。行方知れずの奴もいる。
平和であった頃の面影は消え去った。
燃え尽きた。国も、街も、命も。
ノグリキで負けたのが痛かったのだろうなぁ……
ボギビへの上陸を許して、四方八方から攻められたのも辛かった。
そういえば、列島を助けるために択捉島を奪還しようとして艦隊を失ったこともあった。
笑えない。
列島を助けようと思えるくらいには、序盤はこちらの方が余裕があったのだろうな。
しかし、今はどうだ?
列島はまだ残っている。我らにはもう、モスカリボかオハしか残っていない。
そのモスカリボも、もう陥落寸前だ。
臨時首都と認定したオハも、もう既に包囲されつつある。
モスカリボの海上封鎖をしている扶桑の艦隊が全滅してしまったなら、おそらく協商軍は第二艦隊をオハに回すだろう。
そうしたら、あの恐ろしい艦砲射撃がオハを襲う。
第二艦隊の主力艦『かいたく』は、本当に恐ろしい。
南四連邦の所有する巨大戦艦で、その主砲の破壊力は、小国をひとつ消すのには充分すぎるだろう。
現にモスカリボにも、何発か砲弾が届いている。
どれだけ離れていると思っているんだ、優に20kmはあるぞ。
なのに砲弾を飛ばしてくるなど、実力差がありすぎる。
こちらは何も、なす術がないのだ。
「衣堆様……?」
「ん? あ、あぁ。報告ご苦労。持ち場に戻れ」
「はっ」
俺が何も答えなかったからだろう、報告を持ってきた上神種の彼は、不安そうにしていたなぁ。
さて、どうしたものか。
モスカリボは、もう捨てるか?
俺はオハに移動しておくか?
この社が陥ちるのも、そう遠くないはずだ。
ここから出られなくなる前に、さっさと出ておくのがいいな。
うむ、そうしよう。
「俺はオハへ行く。お前らはどうする?」
横に控える臣と巫女に尋ねた。彼らはその言葉に一瞬だけ顔を顰めたが、即座にひとつ唾を飲むと「お供します」と言ってきた。
おそらく、モスカリボを捨てるという決断に苛立ったのだろう。
連邦を統括する祖神種として、最もやってはならない決断であるのかもしれない。
負けることなど、考えてはいけないのかもしれない。
それでも俺は、モスカリボを捨てる。
ここにいたら、きっとこの小さな街ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
祖神種であるからこそ、逃げなければならない。
俺が死ぬのは今じゃない。
まだオハが陥ちていない。
俺の死は、この連邦と共に。
臨時首都、オハと共に。
負け戦だ、間違いなく。
それでもまだ、オハがある。
やれるところまでやってやろう。
たとえ明日、オハが陥落しようとも。
精一杯の抵抗を、協商の奴らに見せつけてやる。
さようなら、モスカリボ。美しい港町。
今は火の海になってしまったが、俺は知っている。この町が、どれだけ美しかったかを。
協商の奴らが、それを奪っていったのだ。
まったくどうして、こんなに恨めしいのだろうな。
「行くか」
俺は吐き捨てるように、臣と巫女に言う。彼らは頷き、俺の後ろをついてきた。
この4日後に、モスカリボは陥落した。
しかし、総指揮官の俺がいなくなっても4日持ち堪えたことに激励を送りたい。
逃げておいて無責任かもしれないが、そのくらいはさせて欲しい。
モスカリボの社に入った協商軍は必死に俺を探したようだが見つからず、怒り狂っていたと言う。
まったく滑稽な話だ。
しかし、これで遂に逃げ道がなくなった。
残るはオハ、北端の都市だ。
サハ大陸連邦の全てを懸けて。
さぁ、最後の抵抗だ。
ーーーーー
ーーー
ー
「総指揮官が都市を捨てて逃げるなんて。北賊は腰抜けだね」
靜しみずは灰と化したモスカリボを歩きながら沼蛇松に言う。
「そうとも限らん。総指揮官の祖神種が戦死するよりはマシという見方もできる」
蛇松はしみずにそう返すが、しみずは首を振る。
「祖神種だったら尚更だよ。祖神種は祖神種にしか殺されないんだから、ボクらみたいな祖神種さえ警戒しながら逃げれば助かるんだよ。なのにモスカリボを捨てて逃げるなんて、腰抜け以外の何者でもないよ」
「確かにそういう見方もできるな」
蛇松は納得したように肯定すると、周囲の焼け野原を見渡して、
「ところで、協商に入れて良かったな」
としみずに話を振った。
「どうしたの、急に」
しみずは蛇松の言葉にそう投げかけた。蛇松はしみずに言う。
「こんな技術力を持つ関東と中京を相手に、靜連邦がまともに戦えるとは思えん。新干潟の惨状が全てを物語っているだろう」
「あぁ、そういうことね。確かにボクらじゃ関東と中京に太刀打ちできないだろうね。だからこそ、この協商関係をなるべく長く維持しなくちゃいけない。技術を奪って、成長しなくちゃいけない」
「そうだな。特にお前は軍事部門だから、連邦の未来を全て担っていると言っても過言ではないな」
「圧力かけるのやめてよね。まぁ事実だけどさ。国に帰ったら、ボクはこの技術をなんとかしてモノにしなくちゃいけないから、ちょっと胃が痛いよ」
「お前でも胃が痛くなるんだな」
「そりゃなるよ。こう見えてボクも統率国の祖神だからね」
「それ以前に同じ神類だと言って欲しかったな」
「確かに!」
そんな会話をしながら、蛇松としみずは笑い合った。
そんな二人の背後から、一人の男が声をかける。
「靜しみず、少しよろしいですか?」
「ん?」
声をかけられ、しみずは振り返った。蛇松もそちらを見るが、相手を見てしみずより一歩後ろに下がった。
相手は南四連邦の祖神がひとり、済田政樹だったのだ。
「どうしたの?」
しみずは可愛らしい笑みを浮かべながらそう尋ねる。その質問に、政樹はメガネを人差し指で押して位置を整えると、
「これからオハを攻めますが、オハ陥落後、あなたたちの乗る第四艦隊には異世界へと侵攻して欲しいのです」
「異世界?」
「えぇ、異世界の扶桑国。この人類国家は浅ましいことに我ら南四連邦を直接攻撃しようと試みたのです。この事実がある以上、滅ぼさねばなりません」
政樹の言葉に、しみずは考えた。
南四連邦への攻撃に対する反撃は、南四連邦が勝手にやれば良いのではないかと。そしてそれは最早サハ戦争と関係がなく、南四連邦と扶桑国の戦いではないかと。
だからこそ問う。
「それ、ボクらがやる意味ある?」
「……はい?」
しみずの言葉に、政樹は不機嫌極まりない口調で返す。顔も顰めて、怒りが隠し切れていない。
しかし、それでもしみずは続ける。
「だからさ、それって南四連邦の問題じゃんね? ボクら靜連邦は関係ないし、北伐とも関係ないし。靜連邦は北伐のためにこの戦争に参加していて、異世界侵攻のために参加している訳じゃない」
「南四の問題は関東統一連邦の問題です。そして第四艦隊は関東統一連邦のもの。第四艦隊を異世界へ侵攻させると命令を下すのは我々の自由で、そこに乗船すると決まっている靜連邦の面々にも当然、この下知を受け入れる義務があるはずですが?」
「うーん、違うんじゃない? 関東統一連邦って、内連邦同士の関係は対等なんじゃなかった? 第四艦隊は北地連邦の所有物で、南四連邦の所有物じゃないじゃん? なのに南四の問題で動かすのはどうかと思うし、そもそも君ら関東統一連邦とボクら靜連邦は同格のはず。第四艦隊に乗船する者に下知を受け入れる義務があるんなら、ボクらはこの場で第四艦隊を降りる決断をするよ?」
「それは困ります」
「困らないでいただきたいね。ボクらは同格なんだよ? ボクには君の命令を拒絶する権利がある」
「大陸戦線の総司令官は私です。従って、あなたたちには私の命令を拒む権利はないのです」
「暴論だね。ボクらは協商関係で同盟じゃない。あくまで対等、指図されるわけにはいかない」
しみずと政樹の口論は平行線を辿った。
総司令官として命令したい政樹と、命令を聞けば関東よりも立場が低いことを示してしまうため拒否したいしみず。
お互いに屁理屈に屁理屈を重ねる、目に余る口論であった。
だからこそ、黙っていない奴がいた。
「醜いぞ。祖神種がそんなんじゃ、下はどっちの命令も聞きたくない。威厳を示していただきたいものだ」
「「っ!?」」
沼蛇松である。
彼は不毛な口論をずっと聞いていたのだが、だんだんと聞くのがバカらしくなってしばらく放置していた。しかしそれでも終わらなかったから、遂に口を開いたというわけだ。
「始神種という身分で話に入るのは恐縮だが、このまま下らない話をされては協商軍の名に泥が塗られそうだから致し方ない」
「なかなか嫌味な言い方ですね……」
「そういう奴だよ、蛇松は。まぁボクらが悪いんだし、怒らずに聞いてあげよう」
蛇松の言葉を受けて、政樹としみずは小声でそんな言葉を交わす。しかし蛇松には全て聞こえていたようで、その話が終わるのを待ってから次の言葉を口にした。
「俺が思う結論を言うが、これはしみずが折れるべきだ」
「ちょっ!? 蛇松、それは聞き捨てならないなぁ!」
「怒らずに聞いてくれるのではなかったのか?」
「あぅぁ……えっと、それは……その……」
蛇松は反抗してきたしみずをそう一喝する。しみずはその言葉に何も言い返せなくなる。
「それで、理由は如何なものですか?」
蛇松に続きを促すように政樹が尋ねる。その質問に、然も当たり前といったように蛇松は答えた。
「総司令官が誰かを考えれば一発で終わる話だ」
「なるほど、聡明ですね。あなたは靜連邦の二大統率国の一国を担うべきでは?」
「安久斗を下ろすのかぁ。まぁそれも有りだね! ボクも協力してあげる!」
「いえ、降りるのはあなたですよ、靜」
「おいコラどういうつもりだ!?」
「無能な祖神種より、有能な始神種や皇神種の方が安定するのでは、という考えです」
「このヤロッ……! ボクは無能かもしれないけど、するがは有能なんだぞっ!」
「あおいはポンコツだがな」
「ほほぅ、3分の2が無能な三大神とは笑えますね」
「こら蛇松っ! 余計なこと言うなぁぁ!!!」
しみずは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意……あれ、違った?
「くぅぅぅ、もうっ! ボクは知らないからね! 好きにすればいいさ!」
「怒らずに聞いてくれるのではな……」
「うるさいっ! 勝手にしなよ!」
しみずには正解が分からぬ。しみずは、靜の祖神である。
「なかなかに身勝手な者ですね」
「祖神種なんてあんなもんだろ」
「…………」
蛇松の言葉に、政樹は苦笑いを浮かべた。
彼の額に薄ら青筋が浮いているのを見て、蛇松は内心、ほらな、と笑うのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
『《サハ大陸連邦、陥落間近か》
冬至前17日、サハ大陸の北部に位置するモスカリボが、我ら協商軍の猛攻を受けて陥落した。北賊は敗走し、臨時首都オハに立て篭もる。残す都市はオハのみとなり、我ら協商軍は近日中にオハへと総攻撃を仕掛ける予定である。
《九十九里砲撃未遂と北嶺空襲、因果は?》
冬至前20日に、南四連邦九十九里沖にて撃墜された超遠距離砲弾と同型とされるものが17日、北地連邦の祖神国家、北嶺を襲撃した。札幌神社の南方8キロメートルほどの地点に着弾し、周囲は炎上し壊滅、爆風に依て札幌神社の社殿にも被害が及んだ。
この超遠距離砲弾は、異世界より飛来したものと南四連邦は断定。東輝洋介祖神は「南四への着弾が失敗したことを受けて、北嶺を空襲したと見る」と見解を発表し、協商軍は砲弾を発射した異世界人類国家、扶桑国への処罰を検討している。』
冬至前16日。日刊靜に書かれていた内容は衝撃的なものだった。
サハ大陸が陥落間近というときに、異世界の人類国家が戦争に介入してきたことが書かれていたのだ。
「規模が膨れ上がったねぇ……」
萌加様が顔を顰めながらそう唸った。僕もいちかさんも、険しい表情で新聞を睨む。
「明たちは大陸方面じゃなくて列島方面だけど、それでも不安要素だね」
「そうですね。列島も異世界との距離は相当に近いですからね」
僕の言葉に萌加様は頷く。
「にしても、全然第五艦隊の情報が出ませんね。このところずっと大陸方面の話ばかり。列島の方面は新知島要塞戦以降出てきていませんよね」
いちかさんが不安そうに言う。
「第五艦隊に至ってはクリル沖海戦以降出ていないから、本当に心配です。ちーにぃや花菜姉ちゃんは元気なのかな……」
正直、本当に心配で仕方がない。今まで列島方面は快進撃が続いていて、情報が毎日のように出ていたためか、急に情報が出なくなったのが怖くてたまらない。
待てども待てども、情報は出ない。そして今日の、異世界人類の参戦情報。
かなり怖さが増してきた。
実は列島方面は既に瓦解していて、記事にできるような有様じゃないのではないかとか、記者諸共全滅しているのではないかとか、そんなことを考えてしまって、不安で仕方がないのだ。
「ま、でもそんな気にすることないんじゃないかな?」
それでも、萌加様は楽観的な言葉を発した。
「どうしてですか?」
尋ねると、
「だって花菜との繋がりは切れていないし。生きていることは間違いないからね」
そう返ってきた。
「繋がり、ですか?」
いちかさんが尋ねると、萌加様は頷く。
「聞いたことあると思うけど、臣と巫女は神と繋がりを持つの。だから、神が死ねば臣と巫女も死ぬし、臣や巫女が死ねば神は即座に気付くことができる」
「でも、今の巫女はあたしなんですが……」
「ごめんね、今まで黙ってて。分散神治で臣や巫女も入れ替えているんだけど、繋がりは切れなかったの。もし臣と巫女が入れ替わるごとに繋がりを切ると、今までその役職に就いていた者が死んでしまうの。だから、花菜との繋がりを切ればあの子は死んじゃうの」
「そうなんですね……」
いちかさんは少し残念そうにしていた。
「なるほど、だから濱竹や靜などの分散神治制を採用する国々は、臣と巫女だけは世襲で固定なのですね」
僕が納得したように返すと、萌加様は深く頷くのだった。
「本来はそうでなきゃいけないんだけど、この国は上神種家が少ないから総入れ替えしちゃったの。おかげでちょっと複雑になっちゃったんだけどね」
「つまり、形式上はあたしが巫女だけど、本当の巫女は花菜ちゃんってことですか?」
いちかさんが少し不貞腐れたようにそう問うと、萌加様はふるふると首を振った。
「違うよ。今の巫女はいちか、あなただけ。花菜はかつての巫女。確かに繋がりはあの子とあるんだけど、役職も仕事も、巫女という重要な役目はあなたが背負っているの。繋がりの有無は、ここでは関係ない話」
「そう、なのでしょうか……」
いちかさんはそれでも不満げであった。その気持ちも分からなくはない。巫女でありながら、巫女にあるはずの証がないのだから。
僕は臣を入れ替えたから繋がりを有しているはずだ。
……と、思っていたら。
「じゃあこう言ったら納得してくれるかな。実は私は、大志と臣の契約を交わしていない」
「「えっ!?」」
衝撃的な事実が降りかかってきた。
「臣殺しの一件で分散神治を取り入れることにした訳だけど、臣を大志に確定しちゃうとやっぱり弊害が大きかったんだよ。契約しても良かったんだけど、もし次の臣が大志じゃなかったら、みんないちかみたいな思いをすることになるわけでしょ? それに、日渡派で臣も巫女も契約しちゃったら『分散神治など形だけで、最初から日渡派しか本当の臣と巫女になれないんだろ!』て言われかねないし。きっといちかには今、その不信感があるんだよね?」
「……はい。正直に言いますと、そうですね。やっぱり日渡派を優遇しているように思えてしまってなりません」
「だよね。でも、花菜と巫女の契約を交わしたのは分散神治よりも前のことだし、そこは勘弁して欲しいな」
「理解しました。大志くんとも臣の契約を交わしているものと勘違いしていましたので、優遇されていると思ってしまっただけですから」
いちかさんはそう言って、萌加様に笑顔を向けた。それを見た萌加様は、今度は僕に視線を移した。
「ってことだから大志、落ち込まないでね」
「落ち込んでいませんよ。少し驚いただけです」
そう返すが、少しは落ち込んだ。臣になるということは、神との繋がりが持てると思い期待していた節があったのだから。
しかし、理由が理由なだけに理解しなくてはならない。萌加様も相当悩んだのだろうし。
だから、この話はこれで終わらせるのが一番良いのだろう。
「そういえば、今日はこの後、僕といちかさんは渡海の様子を見て回りますが、萌加様もどうですか?」
僕が話を変えると、萌加様は申し訳なさそうな顔をして、
「渡海の様子もすごく気になるし、そろそろ顔を出さなきゃいけないんだろうけど、実は千鶴から呼び出されていてさ。根々川に行かなきゃいけないんだよね」
「珍しいですね、千鶴様が呼び出すなんて」
「ほんとに。何があったのか心配ってのもあって行ってみることにしたの」
根々川千鶴様は、濱竹と井谷、靜という大国たちと国境を接する、連邦西部の中部から北部に位置する根々川国を統治する始神種だ。
あまり積極的とは思えない方で、常に連邦国家に流されるがままな姿勢という印象。
言葉遊びや俳句、和歌がとても好きな趣味人というのも耳にする。
周知とも国境を接するため、小國様と親しい交流を持っているという話も聞くが、萌加様とはそれほど交流があるようには思えない。
なぜ萌加様が呼ばれたのか少し疑問に思う面もないわけではないが、同じ連邦諸国、そして元濱傘連盟の加盟国として、関係が悪化するわけにはいかない。
僕といちかさんは視線で示し合わせて頷いた。
「では、僕らも根々川までお供します」
「うぇ!? でも渡海は……?」
「いつでも良いのです。それよりも、あたしたちだって今は臣と巫女なんですから、神様と行動を共にするのが望ましいでしょう?」
「そうだけど……」
僕らの言葉に萌加様はまたも申し訳なさそうな顔をしたが、何かを決めたようにひとつ頷き笑顔になると、
「うん、じゃあお願いするよ! 一緒に根々川まで行こう!」
そう言って僕らを両脇に抱え込むと、空へと飛び出したのだった。
根々川に着く頃には、僕といちかさんはぐったりしていた。
空を飛ぶのは良いが、どうも萌加様の飛行は雑なのだ。お陰で目が回って仕方がない。
「千鶴〜、来たよ〜!」
萌加様は躊躇する様子もなく川根神社の本殿に上がっていく。
すると中から顔を出したのは、大人しそうな女性、
「日渡の方々ですね。こちらへどうぞ」
根々川国の巫女、千頭いすみさんだった。
彼女はいちかさんと同い年くらいの容姿であるが、おそらく歳はもっと上で、30歳くらいであると思われる。とても若く見える。
案内されるがままにやってきたところは、本殿の中央、神の間。
そこにいたのは千鶴様の他に、
「お、やっと来た」
周知小國様、
「遅かったじゃない」
崖川あさひ様、
「来てくれて良かったよ」
靜するが様がいた。
「いやぁ、ごめんね。少し新聞を読んでいたら時間が過ぎちゃって」
萌加様は笑いながらそう言う。それに対してするが様が反応する。
「あぁ、サハ戦争の?」
「そうそう。まさか異世界人類が参戦してくるなんてねぇ……」
萌加様がそう言うと、
「あ、そうだ。ついさっきしみずから情報が入ったが、明日、第四艦隊が異世界へ上陸戦を仕掛けるらしいぞ。どうやら空襲を受けて関東が激昂しているみたいだ」
「「「えっ!?」」」
思い出したように言うするが様。しかしその内容はニュースのトップを飾ってもおかしくないものだ。
「第四艦隊って、確か沼と伊月場が乗っているんじゃなかったかしら。大丈夫なの?」
「まぁあいつらなら問題ないと思うけど、第四艦隊は巨大戦艦じゃないから、少し不安なところではあるよね」
あさひ様の言葉にするが様はそう返した。
「でも、オハへの総攻撃よりも先に異世界へ行くんだね。ちょっと悪手な気がするけど」
「どうやら北嶺空襲を受けて、北地連邦が単体で先走っているようだ。だから北地が有する第四艦隊だけで異世界へ攻め込むんだってさ」
小國様の意見を受けてするが様が言う。
なるほど、北嶺空襲が原因だったのか。
「でも急に決まったことみたいで、しみずが一番驚いていたよ。その前から南四の済田から第四艦隊を異世界へ送る計画を聞かされていたみたいだけど、しみずは猛反対していたらしいし。結局、蛇松に説得されて許可したみたいなんだけど、最初の話と時期が違うって怒ってた」
するが様の言葉に、一同腕を組んで唸った。
「蛇松やみずきの安全を祈るしかないね」
小國様の言葉に深く頷く神々。不安なのは神々も同じようだった。
「……で、本題」
唐突に、小さな声が聞こえた。
誰が発したかは言わずもがな、根々川千鶴様。
視線が千鶴様に集まる。彼女は無表情で淡々と告げる。
「井谷から妖精が大量に逃げて来た。妖精自治領が妖精を受け入れたいと申し出てきた。……認める?」
一同の顔に、「そのくらい自分で考えろ」という文字が浮かんでいるのを、僕は見逃さなかった。
この問題は、後々根々川国の妖精自治領を巡ったとある事件に発展していくことになるが、今はまだ誰も知らない。
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神紀4997年、冬至前17日、夜。
大連邦協商、第四艦隊はモスカリボに停泊していた。
北嶺空襲を受けて北地連邦の祖神、北嶺札穂は、主力艦『りゅうひょう』を所有する内輪宗弥に「北端異世界、速カニ討ベシ」と伝令した。
東輝洋介は「北地と扶桑の戦いだ」とし、第四艦隊以外の軍を動かさないことを宣言。
大陸方面の総司令官である済田政樹は再び千羽舞と緊急で会談し、北端異世界との戦争におけるリスクを試算した。
その結果を踏まえて洋介に「危険ナリ。第二艦隊付随願フ」と送るも洋介は拒否。更には第四艦隊を政樹の指揮下から外し、第五艦隊の指揮官のひとりであった旭園川を新知島からモスカリボへ送り、第四艦隊の総司令官に任命した。
その後も、洋介の指示で乗員を再編成し、完全に北地連邦単体で北端異世界に挑もうとさせるが、船を動かして戦えるほどの人員を確保できなかったため再編は取りやめ、元より第四艦隊に乗務していた協商軍で侵攻することを決定した。
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「北地連邦単体で異世界人類と戦わせるなんて、鬼畜の所業じゃない!」
「仕方なかろう、札穂がどうしても自分の手で成敗したいと言うのだからな」
「とは言っても、『りゅうひょう』には荷が重すぎるわ! あれは巨大戦艦じゃないのよ? 主砲も小さいし、敵の接近に気付ける距離も短い。速力もないし、まともに戦えるとは思えないわよ」
新知島に停泊する第一艦隊『みらい』の戦略会議室にて、東輝洋介と夏半若菜は口論をしていた。
といっても、若菜が一方的に声を荒げているだけなのだが。
むしろ洋介は落ち着いていた。札穂がしたいようにさせただけだと、その主張を一点張りしていた。
「そういえば、異世界人類は思ったよりも強くなかったな」
洋介は若菜にそう告げた。
「それには肯定する。でも、それでも『りゅうひょう』には荷が重いことに変わりはない! 今からでも政樹と舞に第二艦隊の同行を……!」
「それじゃ、札穂の意思を尊重したとは言えねぇな。俺はあいつの意思を尊重したいんだ。いざというときには助けに入る。見捨てたわけじゃない」
「それでも……!」
「なぁ、敵討ちを関係ねぇ奴にやられたらどう思う?」
「……っ!」
洋介の問いかけに、若菜は黙らざるを得なくなった。
「あいつは国を焼かれたんだ。富や民を奪われたんだ。一瞬にしてな。そりゃ自分が討たなきゃならんって思うだろ?」
洋介は黙り込んだ若菜にそう語った。曰く、それがあいつの使命だと。
「そうかもしれないけど、無謀よ」
若菜は洋介の言葉を受け入れてからそう言った。
「敵討ちに万全な状態で挑ませることで、ようやく支えたと言えるんじゃないの? あなたがやっているのは、あの子の自己満足を無責任に傍観しているだけじゃないの?」
「無責任じゃねぇよ。責任は抱えている」
「だったら尚更、万全な状態で送り出さない理由が分からない! 負けたらあなたの責任でもあるのよ!?」
「負けることなどない!」
若菜の言葉に、洋介は怒鳴った。
「いいか? 損失はあろうが負けることなど絶対にないのだっ! たしかに第四艦隊では力不足やもしれぬ。勝てぬ相手やもしれぬ。だがな、もし第四艦隊を失おうが、第二艦隊が追討するのだっ! 負けることなど絶対に有り得ぬ話なのだっ!」
「あっそ。つまり洋介は、第四艦隊は捨て駒と思っているのね?」
「なっ!? 貴様、なんだその言い方は……!」
「事実じゃない。もし沈んだら第二艦隊が追討する。負けることを考えないんだったらまだ嬉しかったんだけど、負けてもどうにかなるって考えているんでしょう? だったら最初から第二艦隊を追従させて、万全な状態で送り出せばいいじゃない」
「俺は札穂の意思を尊重しただけだっ!」
「あの子が悲しむ未来も見えているのに?」
「黙れっ!」
そう言って、洋介はガタリと音を立てて席を立った。
「……もういい、決めたことだ。話し合っても変わりはせぬ。解散だ」
そして彼は部屋を後にした。乱暴に閉められたドアが、張り詰めた空気をガタガタと揺らした。
「……政樹、聞いてた?」
『えぇ、当たり前でしょう』
洋介が出ていった部屋の中、若菜は通信機で済田政樹に声をかけた。
「夏半若菜の名で、第二艦隊の追従を許す。でも、なるべく距離をあけてね。もし第四艦隊が沈むようであれば、そのときは……」
『えぇ、分かりました。舞にも言っておきましょう。沈まないことを祈るばかりです』
「頼むわね」
そう言って、若菜は通信を切った。
「……勝手なことしちゃったけど、こうしなきゃダメでしょう。追討の準備だって、そう簡単にできるわけじゃないし」
独り言を言いながら、若菜はため息混じりに机に突っ伏した。
「……勝てるといいなぁ」
僅かな望みを見つめながら、疲れ果てた彼女は微睡の中へと溶けていった。
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「いざ、出撃っ!」
「「「おーーーー!!!」」」
神紀4997年、冬至前16日、未明。
第四艦隊総指揮官、旭園川は、戦艦『りゅうひょう』の甲板で出撃を宣言した。
靜連邦より北端異世界の戦いに赴くのは、靜しみず、沼蛇松、伊月場みずきとその配下である。
「まったく、関東だけでやればいいのに」
しみずは最後までそう愚痴をこぼしていた。
「仕方ない、軍の再編が厳しかったみたいだしな。甘んじて受け入れよう」
「これも貴重な経験さね」
しみずに対して、蛇松とみずきは楽観的であった。
「しかし、また異世界に行けるとは。みずきの言う通り貴重な経験に違いないな」
蛇松はみずきにそう言った。
「あんたそういうの好きそうだもんね。この前も上の空でなんか考え込んでたし」
「そうだったか……? まぁそんなこともあったかもしれないな」
みずきと蛇松は船の中でそんな会話をする。
これより先、向かうのは北端異世界。
関東統一連邦を直接攻撃した扶桑国である。
人類との全面戦争は、これが初めてである。
タタールトラフの戦いで奇襲したことはあれど、こうして直接対決するのは初めてのことであった。
「さて、どんな結末が待っているか」
「存外負けるかもしれないよ?」
「はは、それもまた一興だ」
「船が沈んだらどうする?」
「今のうちに脱出方法を決めておくか」
そんな二人を見て、しみずはため息を吐いた。
「どうしてそう楽観的なのさ。ボクは嫌だよ、こんな不毛な戦争。勝っても負けても、神類文明には何にも関係ないじゃんね」
「ま、所詮は関東の腹いせだからな。俺たちは付き合わされているというのが正しい」
蛇松はしみずにそう答える。しみずは再びため息を吐いて、窓の外を眺めた。
どんどんと遠ざかっていくモスカリボの焼け野原。
未だに火がちらついて、少しばかり赤い。
「北伐だけだったら、どれだけ気持ちが楽だったことか……」
しみずはひとつ、吐き捨てるように言うのだった。
船は進む。
まだ知らぬ未知と、戦争をするために。
みなさん、お久しぶりです。作者のひらたまひろです。
およそ2ヶ月ぶりの投稿となりました。お待たせして申し訳ありません。
サハ戦争、いったいどこまで続くのでしょうね?
次回は『サハ戦争・戊』です。
ついに第5話、サハ戦争は1話およそ5万字ですので、次回でおよそ25万字ですね!
果たして、北端異世界との戦いはどうなっていくのか。
今回はあまり動きがなかった列島戦線ですが、次回以降どう動いていくのか。
サハ大陸連邦との戦いはどうなるのか。
乞うご期待です!
それではまた次回、お会いしましょう〜!




