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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
サハ戦争
46/107

「ねぇねぇねぇねぇ!」


 突如、萌加様が本殿に駆け込んできた。手には何やらたくさん新聞を握っているようだ。


 そして僕といちかさんの前に、ドンっと音を立てて広げ置くと、


「これ見て!」


 と一面記事を指す。


 そこには大きく『協商軍、陸海共に大勝利』と書かれている。


 内容を読んでいくと、


「えっと……『文明保護協定軍事部によると、協商軍は五十七日、列島の国後、択捉、大陸の中知床に上陸戦を仕掛け、現在全ての戦線において優勢である。また、タタールトラフ上にて異世界人類と接敵、20時間に及ぶ海上戦を制し陸へ接近。複数回に渡って艦砲射撃を敢行し、異世界の陸上兵を圧倒し上陸を果たした。更に、北守連邦の沖合でも北端神類との海上戦が勃発。協商艦隊は無傷にして、敵艦多数を沈め大勝利を納めた』ですか。健闘していますね」


「ねっ! それでそれで、こっちに詳しいことが書いてあるの!」


 萌加様は嬉しそうに、今度は別の新聞を開いて見せた。


 さっきまで読んでいたのは、靜に本拠地を置く新聞紙『日刊靜』である。しかし今目の前に置かれているのは『濱竹日報』。濱竹に拠点を構える西部の有力紙だ。


「どうやら明たちは、『濱竹日渡連合軍』て名前で安久斗の指揮下に入っているみたいなの」


 萌加様はそう言って、細かな字で載っている『北賊列島方面を担う濱竹軍の部隊内訳』というところにある『日渡軍』という文字を指す。


「明様たちはサハ列島連邦を攻め込むんですね」


 いちかさんがそれを見て今し方知った事実を口にする。


 僕らは遠い地で起きている戦争を、このような報道でしか知ることができない。


 どの戦線を任されているのか、どういう地へ赴くのか、それらも全て報道でしか知らない。


「みんなは『第五艦隊』ってのに乗船中みたいだね」


 萌加様はそう言い、「おぉ!」と声を上げた。


 そして嬉しそうに指を刺して、


「これ! 既に戦ってるみたいじゃん!」


「ほんとですね! 『潮目北東の戦い』……?」


 いちかさんが首を傾げながら言う。


「潮目というのは、暖流と寒流がぶつかるところのことですね。たしか北守連邦の沖合だったと思うので、日刊靜のこの戦いのことかと」


 僕は横にある先ほどの新聞の『北守連邦の沖合でも北端神類との海上戦が勃発』という部分を指差しながら言う。


「『潮目』なんて初めて聞いたわ。大志くんは物知りだね」


「さすが!」


 いちかさんと萌加様に褒められた。普通に照れる。


「そ、それは置いておきまして、その戦いについてを詳しく読んでみませんか?」


 我ながら分かりやすい照れ隠しをしてしまって少し恥ずかしい。二人も僕を見て目を見合って笑っているし。


 にしても、軍艦を用いた戦争か。


 軍艦なんて見たことないし、どんな物なのかも話でしか聞いたことがないけど、ちーにぃたちは今それに乗って、実際に戦っている。


 どんな風景を見ているのだろう。


 怖いけど、かなり気になる。


「そうだね。大志の言う通り読んでいこうか」


 萌加様がそう言って、新聞を一度綺麗に伸ばした。


 その間に僕といちかさんは萌加様の横に移動して、みんなで床に広げられた新聞紙に目を落とした。


 読むのは『濱竹日報』の『神紀4997年冬至前56日刊行』の記事である。


「『濱竹水軍は五十八日、戦艦『さらし』に搭乗して関東統一連邦所属北守連邦の伊山国仙台港を出港。協商軍第五艦隊として、サハ列島連邦の陥落に向けての任務を開始した。五十七日の午前六時二十……』」




ーーーーー

ーーー




 57日の午前6時27分。


「敵艦発見!」


 僕らはその声と同時に飛び起きた。


 大きな警告音が鳴り響き、船内を忙しそうに下神種が動き回る。


 その中、安久斗様が僕らの前にやってくる。


「日渡軍に命令する。お前らは上神種以上しかいないから、能力を利用した戦闘をしてもらう。が、相手は遠く離れた船だ。肉弾戦をしたいなら向こうの船になんとかして渡るしかない。喜々音の能力を使えばそれが可能なはずだから、有効活用しろ。向こうの船に渡ってからはお前たちに任せる。喜々音、作戦の立案を頼む」


「安久斗様の仰せのままに」


 早口で指示を出す安久斗様。それに対し、喜々音さんが即座に膝をついて返答する。


 安久斗様は「うむ」とひとつ頷くと、僕らの前から足早に去った。


 そして歩きながら声を荒げる。


「ころん! 各部隊に作戦の指示はしたか?」


「既に。皆持ち場についております」


「そうか。幾季いくき! 戻っているか!」


「はい、既に」


「よし、崖川袋石古田崎連合軍との作戦会議の結果をころんに伝えたか?」


「はい。伝えた上で、東陽とうよう参謀長官と作戦修正を行いました」


「ならよし。持ち場につけ」


 安久斗様の声は徐々に遠くなっていくが、それでもはっきり聞こえるほどの会話であった。


「作戦立案の前に、わたしは敵艦の情報をもらってきます。しばらく待機をしていてください」


 喜々音さんはそう言うと、安久斗様が去った方向と逆方向に駆け出した。


 迷いが見られないことから、彼女には行く当てがあるのだろう。


 そう思っていると。


 ドォォォォォオオオオン!


 という大きな音と共に、船が若干震えた。


「な、なに!?」


 花菜が半ば怯えたように言う。しかしそれも束の間、再び先ほどと同じ音と振動が襲った。


「なんだろう……」


 雷が落ちたような、そんな音と振動。確かにびっくりする音ではあるが、似たような音を聞いたことがあるような、ないような……


 あ、あれだ。


 濱竹の人類反乱で人類が手にしていた黒い筒のようなもの。確か名前を……


「……鉄砲、だっけ? その音に似てる気がする」


 兄から聞いたあの武器の名前を口にして、僕はみんなに言った。


「てっぽう……? 知らないかも」


 湊さんが首を傾げる。


「鉄砲は、人類文明で発明された武器のことよ。たしか、爆発する力を利用して金属の弾を高速で飛ばして相手を仕留める飛び道具だった気がする。大智はそれを見たことがあるのかしら?」


 明様がそう解説をして下さると同時に僕に尋ねる。


「はい。濱竹の人類反乱のときに一度殺されかけました」


 そう答えると、


「てことは、この音はこの船に付いている大きな筒から鳴っているんじゃないかしら。原理は鉄砲と同じで、巨大な鉄砲から敵艦に向けて攻撃をしているんだと思うわ」


 と明様が仰る。なるほど、それで……


 …………ヒゥゥゥゥゥゥドゴォォォォォォオオオオン!!!


「「「うあぁ!?」」」


 急に変な音と同時に、船が大きく揺れた。


「大丈夫か!?」


「おい、しっかりしろ!」


「早く運べっ!」


 それと同時に、廊下の先の船内がざわめく。


 しかしその間も、先ほどの雷のような音と振動が鳴り響く。


 ふと廊下に目をやると、何やら二人の下神種が一人の下神種をズルズルと引き摺って歩いていった。


「…………?」


 何が起きているんだ?


「窓がないのが悔やまれるな」


 竜洋さんがそう言うと、花菜が「見てきましょうか?」と切り出す。


「やめておきなさい、死ぬわよ?」


 そこに明様が真面目な声で言った。その声が真面目すぎたためか、花菜は何も言わなかった。


「お待たせ致しました。戦略が立ちましたのでお伝えします」


 そこに喜々音さんが帰ってくる。しかし彼女の靴には、べったりと赤い液体が付着している。


「き、喜々音さん!?」


 僕が驚いて言うと、


「わたしのものではありません。先ほど大きな振動があったでしょう? あれは敵の攻撃によるものです。あれによって数名が負傷しまして血溜まりができ、その現場を通らざるを得なかったために付着しました」


 と喜々音さんが話す。そうだったのか、さっきのは敵からの攻撃だったのか。


「さて本題ですが、敵艦隊はサハ列島連邦の保有する第二艦隊です。択捉島を出て、わたしたちと接敵した模様です。船の数は8隻、大きさは協商艦隊よりも圧倒的に劣りますが、注意が必要なのは砲撃一発の威力です。

 8隻うち、2隻に大砲が備えられていて、それに命中すると先ほどのような振動と被害が出ます。生身なら一発で粉々です。向こうには異世界文明より輸入した高性能な何かが搭載されているようで、未知の領域です。また、小さい分こちらからの攻撃も思ったよりも当たらないそうです。そこでわたしたちは、向こうの船に乗り込んでいって、直接大砲や航行機能を叩き潰します。そして無力化することで勝利へ繋げます」


 なるほど。ということは、


「かなり重要な役目ってこと?」


 花菜が質問すると、喜々音さんが頷く。


「関東の九王大佐に尋ねたところ、『邪道だが非常に即効的で、有効的な一手だ』とのことで、すぐに関東と中京でも部隊を編成し、乗り込んで戦闘する形式に変更するとのことでした」


「ということは、私たちだけじゃなくて、他の部隊と協力をして行う比較的大規模な戦闘ということ?」


 美有さんが尋ねると、喜々音さんは頷く。


「それじゃあ、チームワークが重要そうだね。他の部隊とはどう連携を取っていくの?」


 僕が尋ねると、「おそらくは船を割り当てられると思うので、そこを各部隊で落とす形になるはずです。日渡軍はこれでひとつの部隊と見なされるはずですので、皆さんで連携が取れていればひとまず十分ではないかと思います」


 喜々音さんにそう言われて、僕らは顔を見合わせて頷く。


「よし、じゃあがんばろう!」


「「「おぉぉ!」」」


 と盛り上がる中。


「待ちなさいな。功を焦って突っ込むだけじゃすぐやられるわよ? 具体的に作戦を立てる必要があると思うのだけども」


 黙って聞いていた明様が口を開いた。


「そうですね。割り当てられる船にもよりますが、通常戦艦には複数の武器が備えられていて、どの角度から攻めようが攻撃されます。特に厄介なのが多数の小砲です。大砲と違って小さな弾を連続で撃ってきて、接近戦では非常に不利です。『高気圧結界』のような技なら防ぐことができますが、日渡軍にはバリアに特化した能力を保持する上神種はいませんので……いや、正確には御厨家がおりますが、今ここにはいませんので、小砲が最も厄介になってくると思われます。

 しかし、それを掻い潜って船に乗ってしまったら、あとは乗組員との能力戦です。下神種から上神種、永神種までもが乗っておりますので、やれる限りで掃討することが望ましいでしょう。

 それよりもやるべきことは、全ての小砲、大砲の破壊と、船の動力を徹底的に壊すことでしょう。航行不能に陥らせれば作戦成功なので、乗組員と戦うというよりは船内で暴れて徹底的に壊すことを目標にするべきでしょう」


 喜々音さんはそう言い、顎に手を置いてジッと考える。


 しばらくして、


「湊さんと花菜さんの能力を用いれば、小砲からの防御はそれなりにできるかもしれませんね。また、船に降りてからは大智さんと竜洋さん、美有さんで敵を振り払いながら、明様の能力で破壊していくのが良いのではないでしょうか?」


 と言う。


「そうしましょう。御霊術でも防御ができるかもしれないから、試すだけ試すわね。それと、最小人数単位は二人で行動しましょう。絶対に一人にならないようにした方がいいわ」


 明様がそう仰った。それに頷いて、僕らはすぐに二人組を作る。


 僕と花菜、湊さんと竜洋さん、明様と美有さん。


「わたしは皆さんを敵艦隊の目の前にテレポートしたあとは、こちらの船から指示を行います」


 喜々音さんはそう言って、僕らに何やら手のひらサイズの黒い物体を渡した。


「関東統一連邦からの支給品です。これで遠く離れていても話し合うことができるそうです」


 へぇ、便利なものを。


 そして喜々音さんは「一旦わたしが廊下に出てこちらを使って話してみますので、聞こえるか確認してください」と言い、廊下に出ていった。


 そしてしばらくすると、


《あ、あー。聞こえますか?》


 と黒い物体から喜々音さんの声がする。


「すっげー、なんだこれー!」


 僕がそう返すと、満面の笑みで喜々音さんが帰ってきた。


「大丈夫そうですね」


 彼女はそう言い頷いた。


「それでは、このような作戦で行きましょう。皆さん、砲撃にはくれぐれも気をつけてください」


「「「はいっ!」」」


 喜々音さんの声に僕らがそう返すと、艦内放送が流れる。


《北三連邦、帝国軍第6師団、第19師団、第27師団。三津連邦、三津水軍第5隊、第9隊。靜連邦、濱竹日渡連合軍濱竹水軍倉松隊、西鴨江隊、日渡軍。至急、先頭甲板に集まれ。繰り返す。北三連邦……》


「さて、呼ばれましたので行きましょう」


 喜々音さんはそう言うと、僕らの先頭に立って歩き出した。


 彼女の後を追って僕らも廊下に出ようとするが、その前に喜々音さんが、


「足元、気をつけてくださいね。滑りやすいので」


 と言ったから廊下の床を見ると。


「うわぁ!?」


 そこには何やら、べっとりと血が付着している。それも何やら引き摺られた痕が。


「先ほどの砲撃によるものです。怪我人を安全なところまで引き摺ったのでしょうね」


 あぁ、そういえばさっき、一人を引き摺っていく二人の下神種を見た気がする。あれか。


 僕らは戦場ということを自覚して、恐る恐る甲板まで歩いて行くのだった。




 甲板に出ると、状況がはっきりと分かった。


 遠くに見える、煙を上げて進む船の群れ。大きな破裂音の後に、何かが風を切る音が響き、遠くの船の近くで水柱が上がる。


 もちろんこちらの砲撃だけではなく、向こうからも何度も弾が飛んできては、僕らの近くで水柱を上げる。たまに前後を航行する艦隊の構成艦に当たって火を上げるが、すぐに鎮火される。


 大きな砲弾が飛び交う中、正面に立った男が話し出す。


「これよりお前らには、『敵艦強襲』を行ってもらう。敵の艦隊に各自で乗り込んだあと、船を内部から破壊し、航行不能に陥らせてくれたまえ。捨て身の作戦とも言えるが、なるべく強襲に特化した上神種のいる部隊を配置したつもりだ。では、各部隊どこの船を強襲するかだが……」


 話し出したのは、南四連邦の九王大佐という者らしい。軍役に就いているが、かつては九王国を治めていた始神種なのだと。


 濱竹では上神種が就きそうなところであるから、始神種であることに驚きが隠せない。


「日渡軍は、向こうの主力戦艦『択捉』を強襲せよ」


 彼のその言葉を聞いて、僕らは返事をして礼をする。


 主力戦艦を任されるなんて、非常に荷が重いじゃないか。


「これより任務開始である。各部隊、行け!」


 そうして僕たちは、遠くに見える豆粒のような船を襲うべく、行動を開始した。




ーーーーー

ーーー




「…………」


「気が気でない様子だな」


 黙って座っていたわたしに、ふとそんな言葉が掛けられる。


「安久斗様……」


 顔を上げるとそこには安久斗様がいらっしゃった。


「こっちが強襲すれば、向こうからも強襲されそうなものではあるが……」


 安久斗様は静かに話し出した。それに被せるように私が言葉を紡いでいく。


「おそらく今回は強襲されないでしょう」


「だな。なにしろ向こうは想定していない事態だろうから、」


 安久斗様はそう言ってニヤリと笑い、私の言葉をお待ちになった。


「こちらを強襲する軍の編成をしていない、ですね」


「あぁ。予想の話だがな」


 私の言葉に安久斗様は頷いて、しかしあくまで予想であると仰る。


 もちろん私も予想の範疇からは出ていないが、それは確信に近い何かがあった。


 だってこの戦い方は……


「邪道ですよ、ほんとに」


「そうだな、全くルールを無視した戦い方だ。本来は、戦艦は戦艦同士で撃ち合って沈めるもの、正面から挑んで、正攻法で勝利を掴むのが筋だ」


 安久斗様は笑いながらそう仰った。私は思わずため息を漏らす。


「提案したの、安久斗様ですよ?」


「あぁ、そうさ。だが俺は正攻法が大嫌いなのでな」


「はぁぁ」


 呆れた。これが靜連邦の二大統率国のうちの一つ、濱竹国の神なんですよ。


 まぁそれもそうか。安久斗様が野蛮なのは昔からで、濱竹の歴史を辿れば正攻法で成り立っているものの方が少ないくらいだ。


「いやぁ、これで俺も世界史に名を刻んだな!」


「汚名ですよ、汚名」


 ほんと、ため息が出る。自国の神相手に、わたしの態度ってすごく悪いんだろうけど、自国が汚名を冠する瞬間を目撃したらこうなるでしょう?


「世界どころか、今回は異世界も絡んでいるみたいだし、濱竹の名は異世界にまで轟くぞ!」


「野蛮国家としてですよ? まったく誇れませんよ」


 しかしこれだけ軽口を叩いてしまったら、不敬罪に値しそうなので、そろそろ慎むことにする。


 そう思っていたら、安久斗様がわたしの頭をクシャクシャと撫でた。


「お前、明るくなったな。真面目なのは変わりないが、物の言い様が変わったな」


 その顔は笑っていて、少し馬鹿にされた気分になった。


「バカにしていますか?」


 わたしは少し拗ねたようにそう返した。


「まさか。逆だ、嬉しいんだよ。廃人みたいになっていたお前が、ここまで回復して、そして昔以上に明るくなったことを、俺は喜んでんだ」


 安久斗様はそう仰り、わたしの頭から手を退かすと、


「悪いな」


 とひとつ謝った。


「え、なにがですか? ていうか辞めてください、神様が謝るなんて……」


「だが、俺はお前に謝らにゃならん」


「…………」


 安久斗様は、さっきまでの口調が嘘のように真面目になられて、私に深く頭を下げた。


「かささぎを救ってやれなくて、すまん」


「……………………」


 なによ、それ。


「お前の大事な友人を、兄を、俺は……冤罪だと知っていながら見殺した」


 頭が真っ白になっていく。どうして今、謝るの? 謝ってなにになるの? それで許されると思っているの……?


 そうは言うものの、わたしも無力だ。かささぎお兄ちゃんを救えなかったのは、わたしも同じなのだから。それに、安久斗様は……


「冤罪だと知っていた、ということは、真犯人に辿り着いているのですか?」


 わたしは感情の籠らない声でそう尋ねた。


「まだ絞り込めていないが、複数人の候補がいる。言えないがな。そして冤罪であることは明白だろう。何せあいつは、誇り高き濱竹上神種で、俺の自慢の部下だからな。しかし、真犯人だと考えられるそいつらを、俺は追い詰められなかった。糾弾すれば、間違いなく靜連邦は崩壊する。さらに濱竹も無事では済まない。誰をどう糾弾し、かささぎを弁護しても、靜連邦から平和が奪われる状況だったんだ。だから……」


「だから、お兄ちゃんを見殺しにして、連邦が混乱するのを防いだと言うのですか?」


 安久斗様の言葉を途中で遮って、わたしは彼の言葉の続きとなるであろう言葉を言った。


 案の定、彼は「あぁ」と頷いた。


「…………」


 バカみたい。まるでお兄ちゃんを庇わなかったことを正当化しているだけじゃない。


「連邦のためだとか、平和のためだとか、綺麗な言葉を並べれば美談になるかもしれませんが、冤罪と見抜いていたのに正しく裁かずに処刑するのは、殺人犯と一緒ですよ?」


「ごもっともだ」


「だったらっ! ……だったら、どうして……」


 途端、視界が滲んだ。目からは意図せず大粒の涙が溢れ出て、止めようと思っても止まらないのである。


「俺は、濱竹という一つの神であると同時に、靜連邦という一つの連邦の神でもある。当時の靜連邦で混乱を起こせば、今こそ味方であるが、関東、中京から攻め込まれてもおかしくない状況だった。そうすれば、たくさんの人が死ぬ。圧倒的に、多くの人が」


 泣くわたしに降りかかるのは、安久斗様の静かな声だった。


「あいつも、分かってはいたみたいだ」


 それと一緒に、折り畳まれた紙を見せてきた。


「俺は、あいつにこれを渡されてからずっと、お前に渡す機会を窺っていた。あれから半年と経たずに、気付けば今、俺らは戦場にいる。いつ死ぬかも分からん状況だ。渡せないまま死ぬのは嫌だからな。渡しておく」


 彼はそう言って、わたしの横の無人の椅子に紙を置いた。


「最後だが、神紀4999年元旦付けで、お前を濱竹に戻すことを上層部で決定した。それまでもうしばらく日渡で萌加を支えてやってくれ。今回の戦争も、期待している」


 安久斗様はそう言うと、わたしの前から去っていった。


 涙はひとまず収まったが、未だにしゃくりあげている。


 わたしは胸に下げた懐中時計を握りしめた。


 ……お兄ちゃん。




ーーーーー

ーーー




 思い返そう。


 あれは、今年の夏至前2日。


 靜国の静岡神社の地下牢に、喜々音を連れて訪れたときのことだ。


「こちらです」


 靜の神務卿の言葉で金属製の扉が開かれ、地下へと続く石段を降りた先。


 小林かささぎは、薄暗くじめじめとする地下牢の一番奥、太陽が南中した頃合いにしか光が入らないような小さな空気孔が空いた、まるで細い石井戸の内部のような場所に幽閉されていた。


 彼は首から、金属製の懐中時計を下げて、それをギュッと握りしめていた。


 大人しいものだった。食事には一切手をつけようとしないらしく痩せこけていたが、俺と喜々音を見るや軽く頭を下げて、


「どうされましたか?」


 と訊いてきた。


 俺のことを恨んでいるだろうに、罵詈雑言を浴びせたいだろうに、彼はいつも通りの優しい笑みを浮かべてそう訊くのだ。


「明後日、靜で祝賀祭があるからな。ついでにお前への客を連れて来てやった」


 俺はそう言って喜々音を残し、ひとまず牢獄を去った。


 これ以降は、後ほど書記に聞いた話になるが、先ほど喜々音と話す中で強く心を痛めつけられた話だ。


 ……本当、国や連邦などを考えずに、神として、守ってやればよかったのかもな。


ーーーーーーーーーー


 安久斗が去った後、喜々音はかささぎの牢獄をガチャガチャと揺らして脱出させようと試みた。しかしそれを、監守よりも先にかささぎが止めた。


 彼は喜々音の手を握り、


「これが運命なんだよ」


 と優しく語った。そして首から懐中時計を外すと、それを喜々音に握らせた。


「あげるよ。……いや、返すが正しいかな。君がくれた時間は、僕にとって大事な時間だった。そして僕が生きられなかった時間を、君が生きるんだ。これは僕の、僕と君の時間だ」


 彼は優しい笑みを浮かべて喜々音にそう言った。喜々音はそれを握ると、途端に静かに泣き出した。


 地下牢に、喜々音の静かな泣き声が響いた。かささぎはそれに涙ぐむ瞬間もあったものの、最後まで涙を流すことはなかった。


「時間だ、出ろ」


 静かな、幸せな時間を止めたのは監守だった。


 喜々音は頑なにかささぎの手を離そうとしなかったそうだが、監守に無理やり引き離されて連行された。


 静かに泣いていた彼女だったが、引き離された途端に大声で喚いた。


「監守さん」


 かささぎは監守を呼び止めた。


「安久斗様に、お伝えしてほしいことが……」


 かささぎが言い切る前に、監守は歩き出して、喜々音を連行して外に出てしまった。


 かささぎはひとつため息を吐いた。まるで残念と言わんばかりの目だった。


 しかし監守が戻ってくると、彼の目に希望が映った。


 監守が安久斗を連れて来たのだ。


ーーーーーーーーーー


 監守に呼ばれた俺は、かささぎとサシで話すことになった。


「俺のこと、さぞ恨んでいような」


 俺はわざと刺々しい言葉を放った。


「そうですね、非常に。冤罪だって分かっていますよね?」


「もちろんだ。何せお前は、誇り高き濱竹上神種で、俺の自慢の部下だからな」


 俺の言葉に、かささぎは「だったらどうして」と言わんばかりのため息を吐いた。


「それで、俺に何の用だ? まさか冤罪だと主張するために呼んだんじゃないだろう?」


「えぇ、そりゃあ違います」


 かささぎはそう言うと、俺に一通の手紙を手渡してきた。


「これ、喜々音ちゃんに渡してくださいませんか?」


「さっき渡さなかったのか?」


「はい、今のあの子に必要なものじゃないので」


 奴ははっきりとそう言った。


「きっと、おそらくですが、喜々音ちゃんはなんとしても僕を助けようとするはずです。あの子なら自分を犠牲にしてでもやりかねません」


「あぁ、そうだな。現に凄かったぞ、お前の弁護をしないと言ってからの行動は」


 それを聞いて、やっぱりと呟くかささぎ。彼は首を振って、


「僕の死は、無駄になりませんよね?」


 と俺に尋ねた。


「なんだ急に。『みんなみんな薄情だ』とか言ってた癖に」


 俺は笑いながらかささぎに言った。奴は「やめてくださいよ」と笑った。


「考えたんですよ、どうして弁護してくれなかったのか」


 奴は冷静だった。微笑みを浮かべて、俺がなぜ弁護しなかったのか、きっぱりと当ててみせたのだ。


 それだが、監守がいる手前、俺は靜を敵に回すような内容を肯定するのを避けた。


「どうだろうな。俺がほんとにお前を犯人だと思っている可能性もあるんだぜ?」


 しかしそう言ってから、


「だがお前は、自分が信じたい理論を信じればいい。都合の良いように解釈していい。最後くらいわがまま言ったって、誰も咎めやしないさ」


 と言葉をかけた。彼はそれに対して鼻を啜り、震えた声で「ありがとうございます」と言った。


「それで、その手紙と喜々音ちゃんのことなんですが、」


 声は震えていたが、彼は語り出した。


「おそらく喜々音ちゃんは、僕を助けられなかったと塞ぎ込んじゃうでしょう。ですが彼女は弱くありません。きっと、深い悲しみにありながらも僕の分まで生きてくれることでしょう。そして、いつか僕との別れの傷が癒えて、また元気になったら、その手紙を渡してあげてください」


「思い出してまた塞ぎ込んじまったらどうすんだよ?」


 俺は笑いながら返した。かささぎはクスッと笑ったが、強い自信で、


「塞ぎ込みませんよ。あの子は、立ち上がったら強いから」


 と言う。


「そうかよ」


 俺はそう言うと、


「任せろ。何年かかろうが、望み通りきっちり届けてやるよ」


「助かります」


 かささぎがそう言うと同時に、監守がベルを鳴らした。


「時間みたいだな。じゃ、達者でな」


「もうすぐ死にますけどね」


 その言い方は明るかったが、俺はそれを聞いて、胸が痛くなった。


 こんな優秀な部下を見殺しにしたことなどなかった。


 数多卑劣なことをしてのし上がって来たが、こんな愚かな行為をしたことなどなかった。


 しかし、今回ばかりはこうせねばならなかった。


 これが、最善だったのだ。


 痛む胸には、さっきもらった手紙があって。


 牢を出て、狭い石段を登る途中、強い風が吹いて胸の前で持っていた手紙が飛ばされそうになってしまった。


 俺は慌てて掴んだが、足元に一枚、紙が落ちた。


 ……おかしい。


 手元には、確かに喜々音宛ての手紙がある。


 しかし足元には、やはり同じ材質の紙が落ちている。


 俺はそれを拾い上げて、じっと見てみると、裏面に、


『小松喜々音様へ』


 と書かれていた。


 慌てて手に持っている手紙を見ると、そこには、


『濱竹安久斗様へ』


 と書かれた手紙があった。


「……なんだよ、一枚じゃなかったのかよ」


 俺は笑いが溢れた。


 そして牢獄の石段が作り出した、苔の生す壁に寄りかかると、その手紙に目を通した。


 空が黒くなってきて、遠くから雷鳴が聞こえることから、そのうち雨が降り出すだろうが、そんなことは今の俺には関係なかった。


『安久斗様、今までありがとうございました。

 あなた様との思い出はたくさんありますが、やはり最も印象にあるのは初めてお会いしたあの日のことです。

 僕が上級学校在学中に、皇國祖賞を受賞したあの日、あなた様は優しく僕の手を取り「おめでとう」と言ってくださいました。あのお声は、僕の一生の宝物です。あの瞬間、僕は絶対に神治に参加しようと決意しました。あなた様に身を捧げて尽くしていこうと決意しました。

 そして今、自分の一生を振り返ってみて、僕はあなた様に尽くせたのでしょうか? 不安です。最後にこんな事件を起こしてしまって。関係が良かった日渡との間に亀裂を入れてしまって。足手纏い、障害になっていなければ良いのですが。

 現状、不安も多数ありますが、僕は最期まであなた様に尽くすと決めた身でございます。濱竹上神種として生まれて、あなた様に出会って、そしてあなた様に仕えていられたことを嬉しく思います。

 これからもどうぞお体に気をつけてお過ごしください。皇国の永遠の繁栄を祈ると共に、恒久的に皇国の神が偉大であるが故に、皇国の民が偉大となれることを願っております。

  皇暦4608年夏至前3日、

   皇国北濱行政区長小林かささぎ』


 ……馬鹿野郎が。


 俺への手紙を書く暇があったら、家族への手紙を書けよ。


 それと、少しは読み手のことを考えろ。


 薄い字で書きやがって。ほら、降り出した雨に濡れて滲んで読めなくなるだろうが。


 それに、真っ黒な雨雲しか見たくなくなるような手紙を書くんじゃない。


 馬鹿野郎め。




 今も思い返すと、少し鼻がムズムズする。


 かささぎ、お前は伝説だぞ。


 神に後遺症を残すなんてな。




ーーーーー

ーーー




「なんだ!?」


「上だっ! 撃てぇぇぇぇ!!」


「なんでだよっ! クソッ、どうなってんだ!?」


 戦艦『択捉』は混乱の最中だった。


「大智、右斜め下8メートル!」


「了解!」


 艦橋のどこかに蔦をくくり付け、まるで空中ブランコのように飛び回る男女二人。


 女が蔦を握り、体に男を括り付けて空中を飛び回っている。


「上がるよっ!」


「うぃ!」


 一方男は、女からの指示を聞きながら敵の方位を確認し、機関銃からの攻撃を躱したり、相手へ炎を見舞ったりしている。


「こいつらどこから湧いて出て来やがった!?」


「怯むなっ! 撃てぇぇぇぇ!」


 それでも射撃は続く。しかしその隙に、既に4名ほどが船に潜入していたのだった。


「御霊術、第二奥義。『具現霊』。さ、頼んだわよ?」


 真っ白い女がそう言うと、人数は更に4人増える。これで船は8人が潜入し、2人が蔦で飛び回っている状態となった。




ーーーーー

ーーー




「大智っ! 左下前10メート……」


「花菜っ! 上!」


「うぉあ!? 『草壁(グラスウォール)』!」


 花菜が真上の塔のようなところから銃を向けられていたので、声を掛ける。花菜は咄嗟に草の分厚い壁を構築し、銃からの攻撃に備えたが、今度は下から小砲で狙われた。


「このっ!」


 僕は真下で小砲を構える下神種に向けて全力で炎を放ち、それと同時に反動で上昇する。そして花菜が作る草の壁の上に立って、正面にいる下神種に『炎の剣(フレイムソード)』で襲いかかる。


「ナイス大智!」


 そう言って花菜も蔦をシュシュっと収納しながら高い塔の上に登ってくる。


 それと同時に僕は炎の剣(フレイムソード)でガラスを溶かしながら割ると、塔の上にいる下神種たちを焼き払った。


 その隙に、花菜が何やら中にある複雑な形をした金属類に木の根を張り、生成した巨木を振り回して叩き回った。


 金属製の箱からはバチバチと音を立てて火花が上がり、壊れた箱の中からたくさんのカラフルな線が出て来た。


「燃やしておこう」


 僕はその塔の部屋を出ると同時に火を放って、塔自体を燃やしておいた。


 花菜の蔦を利用して、派手に燃え盛る塔から甲板に降りると、そこでは8人の上神種と明様、美有さんが戦っていた。


「明様!」


 僕が声をかけると、


「大砲を壊しなさいっ!」


 と大声で叫ばれた。


 花菜がすかさず蔦を伸ばして大砲の筒に括りつけると、僕をギュッと掴んで蔦を縮めた。


「逃すか!」


 明様たちと戦っていたうちの3人が僕らについて来た。


「花菜、大砲頼んだ」


「了解。持ち堪えておいてね」


 僕が上神種の相手をし、花菜が大砲を壊す。そういう戦法だ。


「さ、君たちの相手は僕だ!」


 僕はそう強く言うと、腰に刺した刀に手を掛けた。


「ふっ、自意識過剰野郎が!」


 僕を見てそう言いながら斬りかかってくる男。


 う、こいつ強いぞ?


 少しずつ後ろに下がらざるを得ない。


 というか3人だったはず。残りの2人は……!


「もらったぁぁああ!」


「しまっ……!」


 真後ろから二人に襲われるが、僕は全身を炎で包んだ。


「うぉあ!?」


 なーんてね。そう簡単にやられてあげる気はないね。


「こいつ臣か!?」


「能力の火力が強すぎる……!」


「始神種国家……いや、祖神種国家の臣家か!?」


 炎の外で何か言われているが、よく聞こえないので返事はしない。


 さて、こうしたものの、どのタイミングで解除しよう?


 僕が一人で困っていると。


「うあぁ……」


「なんっ……!? ぐふ……」


「くっそ、このぉぉ!? うあぁ……」


 なんか知らないけどさっきの3人の悲鳴が聞こえる。


 僕が能力を解除してそこを見やると、


「湊さん!」


「すみません、火柱が見えたので助太刀が必要なのかと……」


 そこには水斬渡海を手にした湊さんが立っていた。水斬渡海には、見事なほどに生々しい血が付着している。


 そして、彼女の足元にはさっきまで僕と戦っていた男たちがうつ伏せになって血溜まりを作っている。


「だいぶ斬ったの?」


「……はい」


 湊さんは少し申し訳なさそうに言った。


 まぁ、命を奪うわけだもんね……


 それと同時に、横にある大砲から爆発音がする。


「花菜!?」


 僕が驚いて声を上げると、むせ返りながら真っ黒になった花菜が出てきた。


「驚かせてごめん、筒に丸木を刺してたら、なんか爆発しちゃった」


「でも結果的に壊れたから良しだろ」


 その花菜の横から、同じく真っ黒になった竜洋さんもやってくる。


「そういうものですかね……?」


「……うん、そういうもんだよ、たぶん」


 湊さんの言葉に僕がそう返すと、みんなで顔を見合って笑った。


 しかし、そうもしてはいられない。


「明様たちを助けに行かなきゃ!」


 花菜の言葉で僕らがハッとして動き出そうとすると、


「必要ないわ」


 という明様の声が。


 振り返ると明様と美有さんがいた。


「勝ったのですか?」


 僕が訊くと、明様は首を振る。


「あの中に始神種がいた。勝てなかったから逃げているところよ」


 そう言って大砲を見ると、


「船も動けない、大砲も壊れた、戦艦としては使い物にならないわね。終了かしら?」


 そう言うと、


《みなさん、ありがとうございます。戦艦『択捉』は艦橋炎上、主砲損傷、航行不能に陥りました!》


 と喜々音さんの声が。


「ちょっと、全然連絡くれなかったじゃないの!」


 明様が少し怒ったように言うと、


《申し訳ありません。よく考えたら、誰がどこにいるか分からないのに正確な指示は出せないと思いまして……》


 と返ってくる。


「課題点ね。次に生かしましょう」


 明様は少し呆れたようにため息を吐いてそう言うと、


「戻っていいかしら?」


 と尋ねた。喜々音さんはそれに《はい》と返答すると同時に、大砲の目の前にゲートが現れる。


 が。


「喜々音ちゃんっ! ゲート閉じて!!!」


 花菜が大声でそう言う。同時にゲートに向けて小砲が撃ち込まれる。


 間一髪、直前にゲートは閉まった。


「ちっ」


 不満そうに声を上げ、手に持った小砲を投げ捨てたのは、


「よぉ、鬼ごっこはここまでだぜ?」


 柄の悪そうな、大柄のピエロだった。


「始神種の択捉イテュル。勝てない相手よ、逃げましょう」


 明様が僕らに耳打つ。


 うーん、なるほど。怖い。


 しかし、萌加様に比べれば怖くない。


「花菜、『さらし』まで蔦って伸びる?」


 僕がそう尋ねると、花菜は「たぶん」と言う。


「じゃあ花菜、蔦で逃げよう」


「この人数は無理よ!」


 そう言い合う僕らに、


「おいおい、仲間割れか? バカみてぇだなぁ」


 と煽ってくる彼。


 その裏で、何やら明様が喜々音さんに連絡を取っているのが見える。


 そして連絡を取り終わったのか、明様が彼の前に進み出て、


「いいわ、さっきの続きといきましょう。私たちも逃げられないし」


 と言う。


「おぉお? 死にたがりとは珍しいな」


 ピエロは笑いながら刀を抜く。しかし僕らは気付いた。その真上に、ゲートが開いていることを。


 そして。


《『気圧泡内波(プレッシャーバブル)』》


 聞き慣れないそんな声がしたと思うと同時に、目の前にいるピエロは泡の中に包まれる。


《今ですっ!》


 それと同時に、喜々音ちゃんの声。僕らは泡に包まれるピエロの横をすり抜けてゲートに飛び込んだ。


 ゲートの先には、喜々音さんと九王大佐がいた。


 大佐は手をゲートに向けて伸ばして、何やら必死になっている。


「こいつ、なかなか潰れない……!」


 などと言いながら格闘している横で、僕は喜々音さんにお礼を言う。


「ありがとう! 助かったよ」


「いえ、明様の指示です。私の采配ではありません」


 少し照れながら喜々音さんはそう言った。その直後、隣から、


「よしっ、もらったぁぁああ!」


 という声が聞こえる。


「ふぅ、やったか?」


 九王大佐はそう言って、額を拭う。


 それを聞いて湊さんが「それは聞きたくなかったかも……」と小さく呟いたことを僕は聞き逃さなかった。


 喜々音さんが能力を解除しようとした瞬間、


「なぁんてな!」


 ゲートからさっきのピエロが飛び出した。


「貴様っ! まだ生きていたのか!? いやでも確かにさっき俺はお前を潰したはずだっ! なぜ……」


 あからさまに動揺する九王大佐。それを見て明様が深いため息を吐いた。


「さ、ここにいても足手纏いになるだけだし、私は部屋に戻るわ」


 そう言って歩き始める明様。


「あ、待ってください!」


 それを追いかけて消えていく美有さん。


 それを見て唖然とする僕ら。


「さすが明様、マイペース……」


 花菜の言葉に、僕らは頷くしかなかった。




ーーーーー

ーーー




 戦艦『さらし』の甲板上で、大きな爆発が起きた。


「『礫弾(ストーンスロウ)』!」


「『低気圧結界』!」


 漂う煙の中で大量に飛び交う礫岩と、ある空間に向けて吹き荒れる風。


 礫岩は風に流されて目標まで届かずにバラバラと落ちていく。


「チッ、めんどくせぇ能力だ。圧力使いめ」


「残念だったな、岩道化。船にはお前の大好物は重くて使われてないぜ?」


 道化に対して、軍服姿の大柄の男が笑う。


 そう、択捉イテュルと九王篤郎である。


「だったら置いて沈めてやるよっ! 『混凝土塊(コンクリートブロック)』!」


「させねぇよ! 『気圧泡内波(プレッシャーバブル)』!」


 甲板の真上、どこからともなく精製された巨大なコンクリートの塊が落ちてくるが、それを篤郎が『気圧泡内波(プレッシャーバブル)』で囲み、破裂させる。


 破裂して粉々になったコンクリートが、海と甲板にパラパラと降りかかる。


「……めんどくせぇ」


 イテュルは真っ白い手袋に包まれた手を叩くと、合わせた手をゆっくりと離していく。そこに現れたのは刀であった。


「道化め」


 そう言って篤郎も腰から軍刀を抜いた。


 そしてお互い睨み合うと、同時に地面を蹴って詰め寄った。


 甲板に響く、刀の交わる音。揺れる船の上で、お互い素早い接近戦を繰り広げる。


 お互いに攻撃と防御を繰り返し、優勢劣勢などない互角な戦いを繰り広げているが、


「ふっ」


「しまっ……!」


 2、3分してイテュルが篤郎の刀を弾き飛ばしたことで状況が進展する。


「もらったぜっ!」


 イテュルはそう言い、甲板から高く飛び上がった。そして刀を突き刺すように下に向けて、篤郎を仕留めようとした。


 しかし。


「撃ち方はじめっ!」


 その声と同時に、無数の弾幕がイテュルを襲う。


 彼は咄嗟に刀を振り回して弾幕を躱す。


「チッ、跳ねると機関銃に撃たれるか」


 イテュルは忌々しそうにそう言って甲板に降り立つ。甲板で彼を待っていたのは、もちろん軍刀を拾い上げて立っている篤郎である。


「『圧縮弾(プレスビュレット)』!」


 篤郎は甲板に降り立ったイテュルに向けて無数の黒い弾幕を放つ。


「『岩壁(ロックウォール)!』」


 岩の壁を作って防御するイテュル。しかし壁の向こうから高速で迫る篤郎に気付いていないようだ。


 篤郎は岩の壁を体当たりして打ち砕くと、彼の首に向けて刀を振りかざす。


「死ねぇぇぇぇぇ!!」


「っ!?」


 イテュルは咄嗟に上空に飛び上がった。しかし、上空に飛べばもちろん機関銃が待ち受けているのだ。


 飛び回るイテュルに機関銃の弾幕が襲う。イテュルは甲板に降りるタイミングを見失い、そのまま弾幕を避けながら飛行を続けた。


 しかし彼を追って篤郎も飛行し、イテュルを捉えようと背後から『気圧泡内波(プレッシャーバブル)』を多数回仕掛ける。


 その都度イテュルは避けるのだが、前後左右で何度も破裂する巨大な気泡に内心度肝を抜かしていた。


「逃げ回るだけかぁ? 択捉イテュル!」


 篤郎が背後から声を掛けると、イテュルは真後ろに向かって礫岩を飛ばす。彼にとっての精一杯の抵抗である。


 なにしろ、気を抜けば周囲を飛び交う無数の弾丸にやられるか、周囲に張り巡らされた『気圧泡内波(プレッシャーバブル)』に捉えられてしまうのだから、攻撃に時間など避けないのである。


 と、次の瞬間。


「主砲、目標、戦艦『択捉』! 撃ち方はじめ!」


 大きく空気を振動し、派手な煙と炎と共に、イテュルの目の前から大きな2本の主砲から砲弾が発射される。


「……っ!」


 直後、爆発音と共に、大きな火柱がイテュルの目に飛び込んできた。


 それは彼にとって、衝撃的な映像であった。


「主砲、目標、護衛艦……」


 再び『さらし』は、主砲を放った。抵抗できなくなったサハ列島連邦第二艦隊その全てを撃沈させるためである。


「……やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉおおおおおお!!!!」


 イテュルは飛び交う弾幕の中で大声を上げ、『さらし』の主砲に向けて突っ込んでいく。


「主砲護衛、撃ち方はじめ!」


 篤郎が大声でそう言い、主砲を護衛する下神種が機関銃でイテュルに向けて発砲する。


 しかしイテュルは礫岩を飛ばして下神種を倒すと、『さらし』の主砲を取り扱う部分に飛び込んでいく。


「まずいっ!」


 篤郎もそれを追って中に飛び込んだ。


 中では既に凄惨な光景が広がっていた。主砲を撃つ下神種は頭を砕かれて倒れ、血生臭さが充満していた。


 イテュルは叫びながら刀を振り回していて、誰かと戦っていた。


 篤郎はそこに背後から迫る。イテュルが戦っているのがどこかの国の上神種であることが分かったが、その個人が誰かは彼の知らないところであった。


 しかしその上神種もまた倒されてしまう。篤郎が助太刀しようとした直前のことであった。


 軍刀を抜いた篤郎は、暴れるイテュルと対峙する。


「荒らしてくれたな」


 そう声を掛けるが、イテュルは歯軋りをするだけだった。


 択捉イテュルにとって戦艦『択捉』は自国の誇りであった。占守シュムに次いで戦艦を作ったイテュルにとって、それは権力の象徴なのだ。


「悪く思うな、戦争だからな」


 篤郎がそう言うと、イテュルは急に間合いを詰めて篤郎を襲った。


 狭い主砲管理室で、篤郎とイテュルは戦闘する。


 篤郎が押され気味のこの戦闘がしばらく続いたが、一人の女が来たことで状況が一転する。


「ちょっとなにこれ!? 主砲が機能していないと思ったらこの虫が原因かぁ……」


「歌仙様っ!」


 篤郎が助かったという声を上げる。そこにいたのは伊山国の祖神、伊山歌仙であった。


「厳しそうだねぇ。助けてあげよっか〜?」


「な、情けない限りですが……!」


 篤郎がそう言うと、歌仙は可愛らしく「どうしよっかな〜」と言いながら首を一周回した。


 そして片目を閉じて右手をイテュルに向けて伸ばすが、2、3秒してスンと手を下ろすと、


「ばいば〜い」


 と篤郎に言って去っていった。


「ちょっ!? 歌仙様っ!」


 そう、歌仙は何もすることなくその場を去っていった。


「あの気まぐれ祖神め……!」


 篤郎は攻撃を防ぎながらそう吐き捨てるが、直後、


《はーい篤郎くん離れてね〜!》


 とどこからともなく声がして、篤郎は何かに部屋の隅まで吹き飛ばされた。


「痛ぇ……!」


 篤郎は壁に打ちつけた頭を摩りながら薄ら目を開けると、さっきまで戦っていた部屋は尖った無数の木が錐状に集まっていた。


 その錐の頂点少し下に、無数の木に貫かれて血塗れになったイテュルがいた。


 篤郎は唖然とした。


 しばらくして木が消滅すると、イテュルが床に落ちてきた。急いで近寄るが、彼は既に息絶えていた。


「はい、おしまい!」


 そこに歌仙がやってきて、手に持った木の人形をひとつイテュルの首の横に置いた。


 するとその人形は、無惨にもイテュルの首をズバッと切り裂いた。


「んじゃ、死体の処理よろしくね〜。大佐の功績でいいよ〜」


 そう言って歌仙はその場から消えていった。


 篤郎はただ、唖然とするしかなかった。


 血塗れのイテュルの首が篤郎を恨んだように見つめているが、篤郎がそれに気がついて驚くのは、このあと数十秒後のことなのだった。




ーーーーー

ーーー




「『主艦『択捉』をはじめとする敵艦隊を全て航行不能に追いやり、敵将始神択捉イテュルを討ち取り、日没後の午後、十七時八分に全艦撃沈させ、協商軍は大勝利を納めた』。やっぱりいつ読んでもすごい!」


 萌加様は、毎日『潮目北東の戦い』の新聞記事を読んでいる。


「もう暗唱できるんじゃないですか、その記事」


 いちかさんが冗談で言うと、萌加様が目を瞑って、


「『濱竹水軍は五十八日、戦艦『さらし』に搭乗して関東統一連邦所属北守連邦の伊山国仙台港を出港。協商軍第五艦隊として、サハ列島連邦の陥落に向けての』……」


 と言い始める。


「いやほんとにしなくていいですよ!」


 僕が笑いながら萌加様に言う。いちかさんもお腹を抱えて爆笑している。


「でもでもこれさ、明たちはその現場で体験していることなんでしょ!? そう考えるとすごくない?」


「歴史の中にいるんだなって思いますね」


 興奮気味の萌加様に、僕がそう返す。いちかさんは目尻を人差し指で拭いながら頷いた。


「57日に第五艦隊が『潮目北東の戦い』で勝利、55日に第四艦隊が『中知床上陸戦』を制してサハ大陸上陸、50日には7日間続いた『択捉の戦い』が第一、第三、第五艦隊の連携で勝利! いやぁ、快進撃だねぇ」


 萌加様が満足そうに頷く中、いちかさんが、


「あれ、『択捉の戦い』って第五艦隊も参加していましたっけ?」


 と質問。萌加様は新聞を広げて「してるよ!」と指差す。


「ほんとだ」


 いちかさんはそう言うと、想いを馳せたように呟く。


「択捉島かぁ、どんなところなんだろう……」




ーーーーー

ーーー




「ふろ……風呂……おふろぉぉ…………」


「ふかふかお布団……」


「柔らかい枕も……」


「お水が飲みたいです……」


「揺れない地面をくれ……」


 ……瀕死じゃないの。


 神紀4997年冬至前50日。


 私たちは7日間に渡って攻めた択捉島を攻略し、ナヨカ湾の紗那しゃな港に入港した。


 しかしながら、今から30分前のこと。




「えっ!? どういうことですか!?」


「そのままの意味だ。第一艦隊、第三艦隊が先を目指して優先的に使うから、俺たちは今日明日と洋上待機だとよ」


「でもでも、食料も尽きかけていますし、お水だってもう出ませんよ?」


「それでもだ。第一艦隊と第三艦隊は先を急ぐ、対する俺たちはしばらく択捉に駐留だ。それを考えてのことだろう」


「えぇぇぇ……」




 安久斗がやってきて告げた言葉に、あの喜々音ですら驚いて、安久斗に口答えをしていた。


 そうして私たちは現在、陸を目前にして海の上で過ごしているのだ。


 にしても、喜々音が安久斗とあれだけ言い合えるようになったなんて驚きね。


 濱竹上神種は、安久斗に対して崇拝に近しいような行動を取ることが多いけど、どうしたのかしらね。


 まぁ気にしないでおきましょう。


 それよりも、少し反省会でも提案してみて、みんなの気持ちを陸から離したほうがいいのかもしれないわね。


 私はそう思って、


「はいみんな、明後日になれば陸に上がれるんだからへこたれない! それよりも、さっきまでの戦いの振り返りをするわよ!」


 択捉島をめぐる攻防の振り返りをしてみることにした。


 択捉島で戦いが始まったのは、冬至前57日。私たちがサハ列島連邦の第二艦隊と戦っていた日だった。


 その翌日、私たちは後方支援を目的に択捉島に向かった。択捉島近海で択捉イテュルの首を掲げたことで、一度択捉軍の士気が下がったのだが、択捉軍はその後持ち直して粘り、反撃攻勢を開始。激戦に発展した。


 55日に反撃が開始すると、第一、第三艦隊にも少なからず被害が出始めたことで、翌日54日、私たち第五艦隊に前線参戦が要求された。


 そこから4日間、私たちは択捉島陥落に向けて戦闘をした。


「大智と花菜の連携は様になってきたわね」


「そうですか? ありがとうございます」


 私から見て、称賛に値する事柄であるように思える。花菜の能力で船から陸へ飛び移り、相手からの攻撃を全て大智の能力で相殺する。相殺しながら、相手に攻撃を加えて敵に甚大な被害を出していく。そしてまた花菜の能力で別の方に移動していく。


 昔から一緒にいて、兄弟同然に生まれ育ったというだけあって、息もぴたりと合って連携ができていた。特徴的なのは、花菜が蔦をコントロールすることで不規則的な左右上下の動きを生み出しているために、敵側が動きを読めないところにある。


 しかも大智が常に敵を見ていて適切なタイミングと火力で攻撃を加えるため、相手にとっては狙えないのに常に狙われている状況に陥る。それは恐怖でしかないはずよね。


「でも初めて上神種相手に戦ったんですが、ほんとに肝が冷えましたよ……」


 大智が胸に手を置いてため息混じりに言葉を発した。


「私がいなかったら死んでたかもね」


「ほんとに。冗談抜きでナイスフォローだったよ、ありがとう」


 花菜がそれに反応して、大智は花菜に対し素直に感謝を述べた。


「そうだ、それ気になってたんだ」


 突然、竜洋がそう声を上げた。


「それとは?」


 大智がそう竜洋に訊き返すと、


「上神種と戦った話。俺たちが合流したときにはもう終わってたから、詳しく聞きたい」


「私も知りたい……かも」


 竜洋だけでなく湊もそう言う。二人はあの場に居合わせなかったから、その戦いに興味があるようね。


「大智、話してあげなさいな。あなたの英雄譚を」


 私がそう言うと、大智は「英雄譚じゃないですよ」と恥ずかしそうに言ったものの、話をすることは拒むわけでもなく、ひとつ咳払いをしてから話し出した。


 私もその話を聞きながら、あの戦いを一緒に思い出しましょうかね。




ーーーーー

ーーー




 戦艦『さらし』の艦橋に蔦を括り付け、豊田花菜は磐田大智を抱えて択捉島に飛び移った。下から無数の機関銃の弾幕が襲うが、全て大智が相殺する。そして無事に上陸した彼らは、下神種を圧倒する火力と瞬発力で島の内陸部へと向かい、同盟軍択捉守備隊を壊滅させた。


 その情報は速やかに択捉防衛本部に伝達された。本部は磐田大智の火力に対抗するべく、択捉の臣家上神種、紗那栗利しゃなくりりと紗那家防衛隊から成る30名の兵団を送り出した。


 栗利は紗那家の末っ子で、齢14の女子であった。紗那家は長男が臣を継いでいたが、『潮目北東の戦い』にて択捉イテュルが討ち取られると、神をうしなった影響で死亡し、現在はただの上神種の集まりとなっていた。


 また、次男は『潮目北東の戦い』に戦艦『択捉』の乗組員として参戦したが、福田湊によって呆気なく殺害されていた。


 三男は現在本部で亡くなった長男に代わり最高指揮官を務めており、時折戦地に赴いて兵の士気を上げている。


 兄たちがそれぞれの務めをする中、栗利は長男の息子で臣の後継ぎである幼い甥っ子の面倒を任されていた。兄たちとは歳が離れていて、三男とですら6つ上である。次男と10も離れ、長男とは13ほどの差があったため、兄弟とは言えども家族の関わりはそれほど無い生活を送ってきた。


 先代の臣である父親は、彼女が2つの時に他界し、彼女には父親との思い出はない。また生みの親は臣の妻ではなく父親の遊び相手だったため、彼女に対する扱いは大層酷いものだった。


 状況が変わったのは彼女が10歳のときで、長男と母親による家族喧嘩が勃発。臣が実母を島内から追放するという前代未聞の事態が起きたが、それが彼女にとって転機となったのは間違いない。


 なお、喧嘩の原因は長男の息子のお守り役を誰にするかであった。長男は栗利を推薦したが、断固として任せたくないと母親が対抗したことによって引き起こされた対立であった。


 そして今に至るのだが、その役目をも放棄せざるを得ない状況にまで択捉島は追い込まれていた。


 栗利が磐田大智と接敵したのは、冬至前52日の正午直前であった。


 枯れた薮を踏み分けた先に見える開けた平野部で下神種と戦っていた大智は、彼女の目にはまるで鬼のように恐ろしく映った。


 昔から一人遊びをたくさんしてきた彼女は、目の前に広がる平野で花冠を作ったり、アリの行列を追ったりしてきたが、その平野が血で染まり、あらゆる物が焼かれているその光景は、さながら地獄絵図であった。それを作り出しているのが、どこかも分からない遠い異国の日渡という国の上神種なのだ。


「…………」


 呆然として、声が出ない彼女。そうこうしているうちに、目の前の上神種は戦っていた部隊全員を焼死させていた。


「神社は?」


「方向としては向こうみたい。急ごう、早くふかふかなお布団で寝たい」


「そうだね。僕もさすがにそろそろお風呂に入りたいな」


 異国の上神種はどうやら紗那神社を目指しているようで、神社に向けて歩き出そうとしていた。


「栗利様」


「……えぇ、行きましょう」


 栗利は防衛隊の隊長に呼ばれてハッとして、震える手足にギュッと力を込めて、大智と花菜の前に姿を現した。


「止まりなさい、侵入者」


 怒りか恐怖か、彼女は震える体に鞭を打って声を張った。




ーーーーー

ーーー




「止まりなさい、侵入者」


 僕は、藪の中から目の前に現れた少女に驚いて立ち止まった。


 すると、周囲からゾロゾロと武装した下神種が現れて、僕と花菜を一瞬にして取り囲んだ。


「いったいどういうつもりなの? 戦艦からの砲撃に留まらずノコノコと上陸して。戦闘形式を無視するにも程がある」


「そう言われても、戦争だし……」


「戦争ならなんでもしていいと言うの!? 全く野蛮ね……」


 いきなり怒られた。まぁもちろん何も言わずに襲われるよりは親切だけど、安久斗様の命令をグチグチ言われても僕らにはどうしようもないから困る。


「よく言われる。それに、私たちの指揮官は『野蛮』って言われることを誇りに思っている節があるから、褒め言葉として受け取っておくね」


 困っている僕の横から、花菜が笑顔で返した。もちろんその言葉に敵兵はざわめく。それもそうだろう、野蛮であることを誇りに思う指揮官など為人ひととなりを知らなければ嫌で仕方なかろう。


「静まりなさい」


 ざわめく兵士を少女が一喝する。そして僕らに、


「質問だけど、あなたたちの所属は?」


「大連邦協商第五艦隊所属、靜連邦濱竹日渡連合軍の日渡軍」


 僕がそう答えると、少女の目つきが変わった。


「第五艦隊……!」


 歯軋りに近いような声でそう言うと、急に腰に付けた軍刀を抜いた。それに呼応して、周囲の敵兵も刀を抜く。もちろん僕らも戦闘態勢を整える。


「よくも兄を……、イテュル様をっ!」


 少女はそう言うと、僕との間合いを詰めた。


 それが合図となり、周囲からおよそ30名の下神種も襲ってくる。


「花菜っ!」


「りょ!」


 僕が花菜の名前を呼ぶと、花菜は跳ね上がった。それを確認するや否や、僕は四方八方から迫り来る下神種と少女に向けて炎を噴いた。


 その直後、花菜が僕を抱える。そして先ほど飛び跳ねた瞬間に結んだと思われる蔦を収納しながら、50メートルほど真後ろに高速で移動する。


 去る時に見える光景は、体にまとわりついた火を払おうと必死に暴れる数名の下神種であった。少女は燃えていないようだ。


 火を被らなかった者どもが、僕らを追って重い武装をガチャガチャと鳴らしながら走ってくる。


 しかし、20メートルも進むと「うわぁぁ!?」という悲鳴と共に地面の下に消えていった。それを見て、後続の兵たちは立ち止まることを強制された。


「いつの間にっ!?」


 目の前に現れた落とし穴に驚く敵兵。それに煽るようなVサインをひとつ返す花菜。おそらくこれも、先ほど飛び上がったときに仕掛けたものだろう。


 しかし。


「『隆起(アップリフト)』」


 静かな声が聞こえたと同時に、花菜の作った落とし穴の底が盛り上がって、落ちた兵士諸共地上に出てきた。


「『地属性』か」


「そうみたいね」


 僕と花菜は小声で会話を交わす。属性が分かったのは大きい。少しは向こうの攻撃への対策が立てられるのだから。


「『炎属性』の『火』と『地属性』の『植物』。能力の優位性はこっちがもらった」


 少女は僕らにそう言った。


「どうする? また囲まれたら厄介だから、攻勢に出る?」


 花菜が僕にそう訊いた。


「そうだね、下神種と少女で担当決めよう」


 僕が花菜に言うと、


「私の能力は大人数を相手するのに向いてるから、下神種を担当するわ」


「んじゃ僕があの少女だね」


 即決。そして決まるや否や、僕らはお互いに頷いて攻勢に出た。


 花菜は敵の足元から木の根を伸ばして、足から頭まで貫通させたり、足を切断したりしていた。


 酷い奴だ。


 対する僕は少女の前に出て、火柱で牽制しながら下神種の兵士から引き離して誘導、一対一の環境を作り出すことに成功した。


「分担ミスでは? 私の能力とあなたの能力ではあなたが圧倒的に不利よ? 相方さんの能力の方が私にとって脅威だもん」


「そうなの? それは知らなかった」


 僕は少女に敢えて素っ頓狂な返しをした。


 確かにあのとき一瞬だが考えた。土や岩で壁を造られたら、僕の炎の攻撃は意味をなさない。しかし花菜の能力なら、土や岩から根や蔦を張り巡らせて防御を壊したり攻撃したりすることが可能なのだ。彼女の言う通り、僕とは相性が悪い能力だ。


 でも、それがどうしたと言うのだろう。相手の力量が未知数なのは僕でも花菜でも変わらないし、攻撃によっては有利不利の状況が逆転する可能性もある。まずは戦わない限り、何も見出せないじゃん。


「知らなかったって……。あなた本当に上神種?」


 そう思っているとき、少女には呆れられていた。


 まぁそうなりますよね。どう見られようが気にしないけど。


「それよりも、最初に訊いておくんだけど、降伏する気ない? なるべく戦いは避けたいからさ、これで終わるに越したことはないと思うんだ」


「そう思うならあなたが降伏しなさい」


 たしかに。


 ……じゃなかった、それは無理なお話だね。


「残念だけど、この島の状況を見ると僕らが降伏するよりも君が降伏する方が現実的だと思うよ? 君たちは既に神を亡くしているし、協商軍の半数以上の軍艦に攻め込まれている。このままいけば降伏も時間の問題だと思うけど。早く降伏を申し出てくれたら、君に近しい方くらいなら命と生活は保証できると思う。安久斗様に頼めば、たぶん」


 僕はそう尋ねてみる。しかし彼女はバカにしたように小さく笑った。


「私、こう見えても臣の妹なの。降伏しても殺されそうだから、その理論で降伏を促すのは得策じゃないわ」


「えっ、臣の妹!? ってことは臣家の上神種……」


 えぇぇ、めちゃくちゃ強い奴じゃん……!


 一気に不安になってきた。緊張で心臓が痛い……!


「その様子だと随分驚いたようね。残念だったわね、私はあなたを殺すために、兄に言われてここへ来たのよ。だから、」


 少女はそう言うと両手を広げて、胸の前でパチンと音を立てて合わせた。


「今日があなたの命日よっ!」


 瞬間、僕の左右から高速で岩の壁が迫ってきた。


「うぉあ!?」


 咄嗟に後方に下がって潰されないように躱すが、避けた先に真上から大きな岩が落ちてくる。


「やばっ……!?」


 それもまた間一髪で避けるが、その先にも岩が落ちてくる。


 避けて、落ちてきて、また避けて、落ちてきて、の繰り返し。この調子じゃ圧死するのも時間の問題だ。


 有効打を考えなければ……!


 僕の攻撃は遠距離というよりは至近距離からの方が有効的で、少女の能力でも至近距離から放てば防御されにくいはずだ。そのためにはまず距離を詰める必要があるが、それが困難だな……


「逃げてばかり? 大したことないんだね!」


 少女は僕を挑発するようにそう言う。


 しかし実際その通りだよなぁ。現状、逃げ回ることが最善と言えるだろう。


 そう思っていたところ、


「『礫弾(ストーンスロウ)』」


「うわぁ!?」


 正面から無数の石が高速で向かってきた。腕を使って顔面に当たらないようにするも、もちろん体に当たるわけで。


 痛ってぇ……!!!


 弾幕がひとしきり終わったあとで僕は自分の体を見ると、ところどころ服が裂けて、至る所に血が滲んでいた。


 マジで痛い。僕の能力じゃ石を焼くだけだから余計自分を傷つけることになるんだよなぁ。


 萌加様なら、石だって溶かせるくらいの火力を持っているんだろうけど。


「満身創痍ね。痛みでまともに動けないんじゃないの? そろそろトドメ、刺しちゃおっかな」


 少女がそう言って抜刀し、僕へと歩いてくる。


「くっ……!」


 もはや、ここまでか。四肢に力が入らない。石に被弾した痛みは思った以上のものだった。


「じゃ、さよなら。大して強くなかったね」


 少女は笑うと、僕に向けて刀を振り下ろす。


 刃が、僕の首に触れ……


「『炎の剣(フレイムソード)』!」


「っ!?」


 ……させるわけにはいかないっ!


 実際痛みは相当なものではあるが、動けなくなるほどのものではない。僕から少女に近づけないなら、向こうから近づいてくるのを待てばいい!


 いやぁ、簡単な話だったんだよ。


 僕は首に下ろされる刀は無視して懐に入り込み、生成した炎の剣(フレイムソード)で彼女の腹を突き刺そうとした。


 しかし彼女は想像を超える俊敏な動きで身体を翻し、僕の攻撃をギリギリで避けた。


「あっつぅぅ……!」


 それでも、戦艦のガラスを溶かすことができるくらいには熱い炎の剣(フレイムソード)を至近距離で展開されたら熱いようで、手をブンブン振ってフーフーと息を吹きかけていた。


 しかし、そんなところもお構いなく、僕は彼女を追って炎の剣(フレイムソード)を振り下ろした。


 少女はそれを刀で受け止める。


「溶かしてあげようか、その刀」


「!?」


 僕が悪い笑みを浮かべてそう言うと、彼女は僕を蹴り飛ばして距離を取った。


 どうやら刀は溶かされたくないみたいだね。


 それなら……!


「やぁぁ!」


 僕は炎の剣(フレイムソード)を持って再び彼女に襲いかかる。


「『岩壁(ロックウォール)』……!」


 少女は迫り来る僕との間に岩の壁を作るが、僕は足の裏に力を込めて能力を展開。悠々と上空から飛び越える。


「えっ、うそっ!? 自力で飛べるの!?」


 彼女は驚いたように目を丸くしている。しかし驚きで身体を動かせないようだ。


「もらったぁぁあああ!」


 僕が彼女に、真上から炎の剣(フレイムソード)を振り下ろす。それを彼女はやむを得ず刀で受け止めようとする。


 炎の剣(フレイムソード)と彼女の軍刀が接触する直前、僕は能力を解除した。即ち炎の剣(フレイムソード)は消滅し、防御のために振り上げられた彼女の軍刀は空を切った。


「えっ……?」


 素っ頓狂な声を上げる少女。年齢は僕と大差ないように見え、女の子であるため軽いのか、上に振り上げた軍刀が空を切ったことによって、刀が肩を一周させるように暴れ、その重さに耐えられず、体勢を崩していた。


 そう、それが彼女の命を救った。


「おりゃあっ! って、うおぉ!?」


 僕は能力を解除すると同時に腰から刀を取り出して、彼女の首を斬るつもりでいた。しかし彼女が体勢を崩したことで、彼女の首は狙った位置になく、僕の刀は少女の綺麗な焦茶色の髪を少々切り落としただけだった。


「はぁ、はぁ、死んだかと思ったわ……」


「くっ……! 君、なかなかやるね」


 荒い息遣いをする彼女に、僕は驚き混じりで返した。


「能力を解くのは卑怯じゃないの?」


「そうかな? 立派な戦略だと思うけどなぁ」


 僕がそう返すと、少女は軍刀を鞘に納めた。


「お互い死にかけたことだし、ちょっとだけ休憩しない?」


「というと?」


 彼女の提案が分からなくて、僕は刀を手に握ったままそう訊き返した。それに対して、彼女は「そのままの意味だよ」と笑った。


「あなた名前は?」


 いきなりそう尋ねて来た。


「人に名を訊くときはまず自分から名乗るってのが鉄則じゃないかな?」


 僕がそう返すと、


「そこ気にするなんて器小さすぎない?」


 と言われてしまう。


「器は小さくていいんだ。たくさんの物を入れたら、重くて身動きとれなくなりそうだし」


 僕はそう返し、彼女に名乗るよう促した。


「はぁ、変な奴。私は紗那栗利、14歳。さっきも言った通り、択捉の臣の妹よ」


「磐田大智。靜連邦西部の日渡国臣家次男で、歳は君のひとつ上」


 僕らはここに来て初めて挨拶を交わした。


「あなた臣家の者だったのね」


「そうだよ」


 栗利さんは目を丸くしてそう言う。どうやら驚いたようだ。僕、臣家の上神種に見えないのかな?


「あなたの能力なら、雪かき楽そうね」


 少女は笑いながらそう言って、


「どう? 今から私にくだれば、磐田を専属雪かき係にしてあげるよ?」


 提案してきた。しかも、まさかの苗字呼び。いやまぁ確かに距離としては苗字呼びが正しそうだな。僕も紗那と呼ぼう。


 ……紗那しゃなって、名前と言われても違和感なく可愛いよな。


 にしてもしかし、僕はさっきの言葉の意味がさっぱり分からない。


「ユキカキ? なにそれ、果実の種類? それとも貝?」


「え…………」


 そんな僕の質問に、紗那はドン引きしたような表情を作り、


「……あぁそう。お互いに名前を名乗って言葉を交わせるくらいには仲良くなって、あんたの望み通り話し合いで終わらせてあげようと思っていたけど、」


 沸々と怒ったようにギュッと拳を握りしめると、


「ふざけるようじゃ話にならないわねっ!」


 血相を変えて抜刀し、僕との物理的な距離を縮めた。


「えぇぇ!?」


 僕は何が起きたか分からずに刀を交える。


 物理的な距離は縮まったが、心的な距離は今の一瞬で遠く離れてしまったようだ。


 ……え、どうして?


 今の僕の言葉に、どこか怒る要素あったの?


 ……わからねぇ。女心、マジわかんねぇ。


「『礫弾(ストーンスロウ)』!」


「わわわっ!? え、至近距離から!?」


 僕は慌てて上空へと飛び立つ。僕が火を噴射したことで地上は相当熱いはずだが、それでも紗那は動くことなく、僕に手を向け続けて石を飛ばし続ける。


「殺す、殺すっ! 絶対に生きて帰さないっ!」


 僕が噴射した火が地上の枯れ藪に引火して煙に囲まれる中、彼女は泣き叫ぶように僕に言った。


「私が死のうが関係ないっ! 磐田大智、お前だけは絶対に殺すっ! 相打ちだろうがなんだろうが、お前だけは絶対に……!」


 そう言って彼女は石の弾幕の数をより膨大なものとした。


 まずい、これは避けきれない……!


 そう思って再びの被弾を覚悟したが。


「その言葉、聞き捨てならないわね」


 突如として、一点から何かが広がるように周囲が暗くなる。そして広がってきた空気の波動のようなものを浴びたかと思うとその刹那、不思議なことに、僕のすぐ目の前まで迫っていた石の群れがパラパラと地面に落ちていく。


 その地面も、枯れ藪の火は完全に消え、しかしそれとは別に青白く光っていた。


 これは……!


「悪いけど、ここからは能力、無効化させてもらうわね」


「明様っ!」


 僕は地上に降りて、紗那と対峙する明様の元に駆け寄った。それを見て紗那は呟くように言う。


「……永神種? 臣家と能力が違うから違う国の神ね」


「残念。私は下野げや始神種よ」


「っ!?」


 明様の発言に、紗那は驚いた。そんな紗那に明様は続けた。


「でもごめんなさいね、まだまだ上神種には負けないくらいの力はあるの。こう見えても、比較的最近まで始神種やってたから」


「くっ……!」


「悔しいなら自分を恨みなさいな。愚かにも私の配下を殺すなどと叫んだあなた自身をね」


「おま……ぐふっ!?」


 明様の言葉に何か言い返そうとした紗那だったが、途端彼女の口の中に向けて白くふわふわした物体が複数飛び込んでいき、たちまち喋れなくなる。


「いいのかしら、こう見えても中身は始神種同然の能力を保持しているのだけど? 口の利き方、例え無い頭でも考えなさいな」


 それをやったのはもちろん明様だ。


「あがっ、あっ、あがだざがあ(あなたさまは)…………」


「兎山明。靜連邦日渡国兎山自治領の領祖にして、日渡軍統括よ」


 そう名乗ると、僕に向けて告げる。


「今、御霊術でこの空間を能力無効化してるから、私以外能力が使えないわ。舞台は整えてあげたから、実力で彼女と戦ってきなさいな」


 明様はそう言うと、どこからともなく刀を取り出して僕に渡した。


「……これは?」


「兎山の臣家の名刀よ。御厨家なら能力を乗せて使えるんだけど、今はいないし特別に貸してあげる。その刀よりはよく切れるから、ただの刀として使いなさいな」


 兎山の、臣家の名刀……!


 つまりは福田家の『水斬渡海』のようなものか。名刀の切れ味は既に『水斬渡海』で確認済み。これは期待ができる!


「ありがとうございます! 使わせていただきますっ!」


 僕がそう言って受け取ると、明様は頷き、


「さ、あなたも聞いていたでしょう? 能力禁止で大智と戦って、勝てたなら雪かき係として持っていきなさい。あと言っておくけど、日渡は雪降らないから、大智が雪かきを知らないのも当然よ。決して挑発したからじゃないわ。あなたは今、関東より南西に広がる異文化圏と戦争しているんだから、自分の当たり前が相手にとって違うかもしれないこと、少しは考えて行動しなさいな」


 と紗那に言った。そして紗那の口に突っ込んでいた白いふわふわを取り出すと、


「正々堂々と闘いなさい。私は安久斗と違って、卑怯なのは嫌いだから」


 と付け足して、青白く光る範囲の端っこに腰を下ろした。


 それと同時に紗那が刀を手に持って話しかけてくる。


「雪かきを知らないなら、そう言えばいいじゃない」


「なにそれ、とは言ったと思うけど?」


「……知らないっ」


 都合が悪くなったのか、紗那はそう言ってプイッと首を振る。それがなんだか可笑しくて笑いたくなったが、笑ったらまた怒らせてしまいそうで堪えた。


「さ、決着をつけよう。紗那」


「望むところよ、磐田」


 そうして僕らは、決闘を開始した。




ーーーーー

ーーー




「なるほどな、決闘をして勝ったのか」


 竜洋さんが納得したように言った。


「そう。峰打ちで気絶させて、気絶しているところを花菜の能力で戦艦まで縛って運んだんだ。お互い満身創痍になるくらいにはギリギリだったけどね」


「で、安久斗様に引き渡したところで竜洋さんと湊ちゃんが合流したってわけ」


 花菜がそう言うと、みんな共通の話になって「なるほど」と頷いた。


「私は終始明様と見ていましたが、決闘の途中で下神種の群れに襲撃されて、その相手をしていましたので、実はあまり見られていないんですよ……」


 と美有さん。あれ、美有さんって明様の近くにいたの!?


 全然気付かなかった。


 当然、そんなことは失礼すぎて言えないけどね。


 と、衝撃の事実に少しだけ驚いていると、


「いわたぁぁぁ……!」


 突然、部屋のドアを開けて入って来たお客様がいた。


 彼女は泣きながら、弱々しい声で僕を呼んだ。


「どうしたの、紗那。っていうかどうしてここに?」


 そう、そこに来たのは死闘を繰り広げた少女、紗那栗利であった。竜洋さんや湊さんが紗那を見て、「へぇ、この子が」「思っていたよりも可憐で可愛らしいかも……」と呟いている。


「どうしたのよ、泣き喚いて。らしくないわね。私たちと戦ったときの威勢はどこにいったの?」


 花菜が紗那に尋ねると、紗那は鼻を啜りながら充血させた目を涙で濡らして、震えた声で話し出す。


「こ、こわいのぉ! こわいよぉぉ……!」


 それと同時に、誰かが廊下を歩くコツコツという音がすると、僕らの部屋を覗いてニカッと笑い、


「ここにいたか、子猫!」


「うぅぅ……」


 紗那は僕の裏に回り込んで怯えたように小さくなる。しかしその僕はその者が非常に懐かしくて。


「中田島将軍!?」


 そう、そこにいたのは濱竹軍総長、中田島砂太郎将軍だった。


「お、磐田の次男坊じゃないか! はっははははは、来ていたとは知っていたが、久しいな」


 将軍はそう言いながら僕に歩み寄り、手を取って勝手に握手をしてくる。


「はい、おひさ……」


「それで次男坊、その後ろにいる子猫ちゃんを渡してくれないか?」


 相変わらず言葉のキャッチボールができない方である。


 引き攣った笑顔の僕など気にも留めてないような将軍を見て、


「将軍、まさかの幼女趣味……?」


 と小さな声で花菜が呟く。


「んん!? 違う、そんなことはないぞ! 俺は決して遊びでしているわけでは……」


「遊びじゃないなら、本気で……!」


「怖いかも……! 栗利さん、私あなたを守りますっ! 軍総長は乙女の敵です!」


 将軍の反論に、花菜と湊さんがそう言って、紗那を守るように立ちはだかる。湊さんなんて水斬渡海に手をかけているし。


「ち、違うの……! ありがたいんだけど、それは勘違いだよぉ!」


 紗那はそんな二人にそう言って必死になっていた。


「それで、将軍。どうして紗那を?」


「あぁ、それなんだが。俺は安久斗様に仰せつかって、この捕虜の子猫ちゃんの尋問を担当することになったんだ。だが、聞いていくと面白くて、どうやら大智と互角に殺り合ったみたいじゃないか! それで少し小手調べを、と思ってな。闘い始めて少し経ったら急に泣き出して逃げ出したんだ」


 あぁ、あれか。能力測定という名の死闘。


 将軍、手を抜かなそうだからなぁ……


「紗那、将軍は悪い人じゃないよ。確かに捕虜として捕らえられている君にとっては恐ろしく映るかもしれないけど、とても気さくで面白い人だから。あとその戦い、僕もやったことあるから、怖さは十分想像できるよ。怖いよね、ほんとに」


 僕はあれを粉塵爆発で乗り越えたけど、紗那は同じ『地属性』で、なおかつ岩や石を扱う能力。将軍の砂とじゃ分が悪いかもしれない。勝つには相当考えが必要だろうなぁ。


 なんて思っていると、思いのよらぬ言葉が飛んでくる。


「いわたぁぁ……! あんたいい奴ね! 好きっ!」


「す、好き……?」


 そりゃどうも……? え? えぇ?


 困惑する僕。え、多分男子としての好きとは違うよな? ……そうであってくれ。


「栗利ちゃん!? へぇぇ、大智のこと好きなの?」


「栗利さん、大胆……!」


「ほぉ……」


「気持ちを素直に伝えられるの、羨ましい……」


 しかし、他の面々はその言葉を恋愛と見ているようだ。


 竜洋さんも少し興味深そうに見ているし。美有さんは、もしかしたら僕と同じように考えているかもだけど、言動からじゃよく分からない。


「……はぁ」


 そこに深いため息を投下したのは明様だ。


「紗那栗利、『好き』という言葉は無闇に言わない方がいいわよ? 例えその相手のことを『心強い』とか『ありがたい』とか思ったとしても、それらは『ありがとう』という言葉に留めておきなさい。あらぬ誤解が生じると面倒よ?」


 明様がそう言ったことで、花菜たち勘違い組は「あ、そういうことか」と理解していた。心なしか花菜と湊さんは少しつまらなそうな表情をしていた。


 ……お前ら恋バナしたかっただけだろ。


「ようやく見つけました。探しましたよ、将軍様」


「うぐっ!?」


 そこにやって来たのは喜々音さんだった。


 喜々音さんは何やら複数の紙をペラペラと見せて、怒ったような足取りで将軍に詰め寄った。そして、


「この報告書はどういうことですか? わたしの立案した作戦と全く別のことをしたみたいですが。それで、その行動が味方を不利な状況に陥れて、数十名の負傷者と、数名の犠牲者も出したみたいじゃないですか。その場が報告書の状況通りだったのあれば、わたしの作戦をそのまま実行してくださったのならばこんな被害は出なかったはずです。どうして作戦を変更したのですか? 何か明確な理由があったのですか? 私の作戦が理解できなかったのですか? それとも作戦内容を忘れていたのですか?」


「あぁあ、えぇと……」


「それと、択捉国臣家長女、紗那栗利の尋問中だった第三捕虜尋問室から騒音が聞こえるとの報告が上がっています。先ほどあなたの身を心配された安久斗様と伺いましたがもぬけの殻で、砂だらけで荒れ果てた部屋の惨状を見て憤っておられましたよ? 呼び出しが掛かる前に安久斗様の元へ弁解に向かうことを推奨いたします」


「っ!?」


 喜々音さんは淡々と将軍に告げると、彼の手に先ほどから見せていた紙を握らせて、


「安久斗様の命令で、尋問の続きは私が行うことになりました。この意味、理解できますよね?」


「あ、あぁっ!」


 将軍はそう言うと、血相を変えて走っていった。


「まったく、何も変わっていない。……はぁ」


 喜々音さんはそんな将軍を見てひとつ大きなため息を吐いた。


「あ、ありがとう……」


 そんな喜々音さんに、紗那が頭を下げた。


「気にしなくていいですよ。それより、捕虜なんだから勝手に船内を歩かないでください。ほら、尋問の続きです。ニャノ、縛って」


「はい」


「えっ、縛るって……ちょっと! ねぇ放しなさいよ! もう縛られるのいやぁ!」


 暴れる紗那も虚しく、ニャノさんに手を縛られてしまう。そして喜々音さんがそのロープを持って連行していく。


 本来の捕虜らしくなった。というか、本来は縛られていたはずだけど。


 おそらく将軍が、能力測定のために解いちゃったんだろうなぁ……




ーーーーー

ーーー




「あれほど能力測定はやるなと言ったはずだが?」


「も、申し訳ございません……」


「以前の人類反乱のときも大智に同じことを仕掛けて北濱行政区の役所を破壊したし、その前にも浜松神社の多目的室を破壊しているし。なぜそこまでして能力測定をしたがる?」


「そ、それはですね、強い者に対する好奇心でございますよ。あの子猫は大智と互角に戦える上神種で、大智は日渡の臣家の者で、俺を打ち負かした上神種です。そんな強者の能力を測らずにはいられません」


「脳筋め……」


 濱竹安久斗は中田島砂太郎を叱責する。ほとほと疲れたというようなため息を混じらせ、自国の軍総長に言葉をかけるのだった。


「今までお前が壊してきた施設は全て濱竹の所有物であったが、この船は関東統一連邦の物だ。その施設を壊すなどということはあってはならない。今回はまだ壊れていないだけよかったが、もし壊すようなことがあれば失態も良いところだ。これ以上、俺の顔に泥を塗るマネはするな。次やったなら、かささぎに迎えに来させるから覚悟しろ」


「しょ、承知致しました……」


 安久斗の言葉に砂太郎は頭を下げた。それを見て安久斗は深くため息を吐いた。


「で、この話は終わらせるが、」


 安久斗はそのため息で切り替えて、砂太郎に別の話を振った。


「お前、小松喜々音とは久々に会ったろ? どう感じた?」


「どうって……。相変わらず怖い奴ですな」


「はははっ。まだ苦手か」


「そうですなぁ。なんとも言えない圧力を感じますな」


 参ったと言わんばかりの表情で砂太郎は言った。そんな彼に安久斗は頷いて、


「99年に、あいつを濱竹に復帰させるつもりだ。そしたら頼んだぞ? 笠井とお前が頼りだからな」


「綴に任せておけば、俺が出る幕はなくなりそうですがな」


「そうもいかないだろう、お前は軍総長だからな」


「その役職も、復帰してきた喜々音に取られそうで怖いですなぁ」


「取んねぇだろ、あいつは」


「分かりませんぞ? 噂が立っていましたからな」


「噂は噂だろ。そこにあいつの意思はない」


 安久斗はそう言うと、机の上に置かれたマグカップを手に取ってコーヒーを飲んだ。


「あぁ、小松喜々音といえばですな、」


 安久斗がコーヒーを飲んでいる最中、砂太郎がふと思い出したように口を開いた。


「ん?」


 安久斗はマグカップを机に置いて砂太郎を見る。砂太郎は安久斗を真っ直ぐ見て言った。


「少しだけですが、話しやすくなったように思いますぞ。なんというか、感情が表に出て、前よりも生き生きしているように思えましたな」


 それを聞いて、安久斗はニッと笑う。


「そうか」


 安久斗はそう返して、深く椅子に腰掛けて尋ねた。


「最後に質問だ。お前は、環境が人を変えると思うか? それとも、環境では人は変わらないと思うか?」


 それを受けて砂太郎が豪快に笑う。まるで自国の神に対する態度とは思えないくらいに失礼な態度であるが、安久斗はそんなことは気にしない。


「安久斗様らしくないですな、そりゃ愚問ですぞ?」


 砂太郎は笑ったあと、安久斗にそう言う。それもまた相当に失礼な返答であるが、やはり安久斗は気にしない。


「ふっ、言われずとも知っている。だが、お前の口からはっきりとした答えが知りたいんだ。どんな時でも察することは可能だが、はっきりとした真実を知るには、本人の口から吐かせる他にないからな」


 安久斗は砂太郎にそう言うと、砂太郎は、


「なら、俺の答えは前者ですな。きっと安久斗様のお察しの通りでありましょうが」


 と言った。安久斗は頷いて「分かった」と言うと、またひとくちコーヒーを飲んで、


「今回の能力測定による処罰は無しだ。だが、次はない。速やかに任に戻れ」


「ははっ」


 そうして砂太郎は安久斗の部屋を後にした。


「環境が人を変える、か。それならば、試す価値はありそうだ」


 砂太郎が部屋を後にしてから、安久斗はニヤリと笑いながらそう言葉を漏らした。




ーーーーー

ーーー




 その日の夕方、艦内放送がかかり、歌仙様から急に下船命令が下された。


 明後日まで洋上待機とされていた僕らも、遂に下船できるのである。


 これで遂に僕らも陸でゆっくりできる。非常に喜ばしいことであった。


 やったぁ!


「ようやく見つけたぞ、日渡軍っ! ったくあの野郎、間違った階層を伝えやがったな……!」


 ……などと全員で騒ぎに騒いでいたところ、九王大佐が部屋にやって来た。


「お前らが紗那栗利を捕まえたんだってな」


「え、あ、はい。戦って勝ちましたので」


 僕がそう答えると、大佐は後ろに控える上神種に顎で指示を出すと、


「こいつを引いて紗那神社まで凱旋せよ。家族との再会をさせてやれ」


 と言う。それと同時に、臣と思われる上神種が縛り上げた紗那を雑に僕らの足元へ放り投げた。


 しかし彼女は血塗れで、顔面や手足に複数の痣があった。


「……っ!?」


 喜々音さんが驚いたように目を見開き、


「あのっ!」


 と強い口調で大佐を呼び止める。


「あ?」


 大佐は立ち止まって喜々音さんを睨みつけた。


「話が違いますよね? 尋問を濱竹から東輝の管轄に移行する際、安久斗様とは『傷つけずに丁寧に扱うこと』を約束されたはずです。それなのになぜ……」


「はっ、笑わせる。皇神種が代表になれるような野蛮連邦との話など、洋介様がまともに相手するはずがなかろう? 尋問は我々南四連邦のやり方で行わせてもらった。俺たちは仲良し小好ししているわけじゃねぇからな」


 九王大佐はそう言うと、その場を去っていった。


「…………」


 僕らを沈黙が襲う。それは誰もが怒りを抱いていたからであり、爆発しそうな感情を抑えているからである。


「……安久斗様に対する侮辱は、厳罰に値する」


 喜々音さんがキリキリと歯軋りしながら言う。


「それどころか、靜連邦を敵に回すような発言を平気でやってのけるあたり、南四は力に自惚れているわね」


 ため息混じりで明様が言う。


「安久斗様に報告を……」


「必要ないわよ」


 歩き出そうとする喜々音さんを、明様が止めた。なんで、という喜々音さんの疑問に明様が答える。


「安久斗は既に、この事実を知っているはずよ。そして彼は私たち同様に怒っているはずよ。今の彼とは接触しない方がいい。たとえあなたが濱竹上神種であったとしても」


「では、既に安久斗様は動いていると……?」


 喜々音さんが明様に尋ねると、明様はひとつ頷いた。迷いなく頷けるというのは、何かしらの理論に基づいて確信があるということ。


 明様は言う。


「ちょうどいい機会ね。怒った安久斗の恐ろしさ、しっかり見ておきなさい」


 そう言って、気絶した状態で転がる紗那の頭を撫でた。


「痛かったわね、よく耐えたわ」


 そう静かに言う明様は、僕らに次の指示を出す。


「九王の言う通りにしましょう。南四を安久斗の手のひらの上で踊らせた方が、私たちも気持ちがいいでしょう?」


「「「はい」」」


 僕らはそう返答し、紗那の目が醒めるのを待った。




ーーーーー

ーーー




「なるほど、話は分かりましたよ」


「引渡状を再度確認しても良いですか?」


 安久斗がやってきた場所は、甲信連邦の神々が集まる部屋であった。


「確かに書いてある。『尋問では傷をつけてはならない。靜連邦規約に則って行うものとする。』か」


 安久斗の招集に応じた甲信連邦の神々は、永井凛音、山奈志乃、そして安陵栗伊門であった。


「確かに南四の神々からしたら、手緩いと思うかもしれませんね。九王大佐は始神種ではありますが国を持っていなくて、あくまで東輝国の軍人という扱い。東輝洋介様の指示には逆らえませんからね」


 栗伊門がそう言うと、


「この問題に対抗するには、少なくとも南四連邦の祖神種に対抗できるだけの力が必要ですね」


 と凛音。しかし志乃が現実を見せる。


「でも、南四に対抗したら連邦単位で滅びる。内連邦でも容赦なく晒される」


「そこですよね……」


 凛音と志乃は悩んだ。


「歌仙様と恋華様を味方につけるのはどうでしょう?」


 そこに栗伊門が提案する。


「それが現状、最も現実的ですね。本当は北三連邦を味方につけたいのですが、あいにくと艦隊が違いますし……」


 凛音がそう言った瞬間、志乃がふと疑問を発する。


「規約違反したの、南四だよね?」


「そうですね、南四です」


「なら真っ向から正当性をぶつければ? 何を悩んでいるの?」


「…………」


 そう、安久斗が相談したのは発言力だけである。東輝に対抗できる発言力さえあれば、正当性は既に持っているためなんとかなるのだ。


 それをどう言い負かすかまで考えてしまったから、話が狂ってしまったのだ。


「ではまず、歌仙と恋華に南四の規約違反を報告しましょう。話はそこからですね」


 凛音がそう言うと、志乃が「呼んでくる」と言って出ていった。


 そして数分して、伊山歌仙と山縣恋華を連れて来たのだった。


「へぇぇ、九王大佐がねぇ……」


 歌仙は話を聞いてそう言うが、恋華は少し違っていた。


「南四は靜連邦が嫌いだから、そのくらいの意地悪は想定内じゃないの?」


「そうかもしれませんが、規約違反は規約違反ですぞ?」


 安久斗が恋華に言うと、「酷い限りですね」と頷いた。


「では南四に抗議をしたいということですか?」


 恋華が安久斗に尋ねると、


「靜連邦代表として、そこは厳しくせねばならんと思いますな」


 と安久斗は答えた。


「たしかに、揉み消されたらたまったもんじゃないねぇ。靜連邦って本来ならこの戦争関係ないし。それこそ南四の都合で巻き込んでおいて、南四にバカにされたんじゃ、格下もいいところだね」


 歌仙がそう言うと、栗伊門が納得したように頷く。


「なるほど、南四の意図が読めました」


「えっ!?」


 歌仙が「私の発言のどこからそんなことを!?」と驚く。


「俺も分かった」


 と安久斗が言う。


「おや、ハッタリですか? 私に負けたくないから」


「お前こそ適当ほざいてるんじゃないだろうな?」


 安久斗と栗伊門が睨み合う。


「面白くなってきた。二人とも同時に言ってみなよ」


 志乃がそう言うと、安久斗と栗伊門が同時に言った。


「南四連邦は、靜連邦が自分たちより明確に格下であることを示したいんですよ」

「南四連邦は、靜連邦に対して自分たちが上であると明確に示したいんだな」


 安久斗と栗伊門は、言い方が少し異なっていたが、全く同じ意味のことを発言した。


「だったら簡単だね! 舐められなければいいんだよ」


 歌仙はそう言った。


「でも、どうやって? 洋介のことだから、何手先まで読んでいるか分からないわよ? おそらく私たちがこうやって結託して抗議してくることも想定されているはずよ」


 恋華が歌仙に言うと、歌仙は「う〜ん」と唸った。


「だったら、想定外を連発させればいいんですよ」


 栗伊門がそう言った。


「たとえば?」


 志乃が尋ねると、栗伊門は安久斗に視線を向けた。


「なんだ、丸投げか?」


「いいえ、あなたなら私の提案でも即興で思いつくのではないかと期待しているのです。あれれ、できないのですか?」


「うっせぇな、考えるのが面倒なだけだろ。お前の無い頭の代わりに考えてやるから待ってろ」


「やれやれ……」


 そんな会話から数秒して、安久斗が言う。


「なら最初に、向こうが想定していることを推測しておきましょうか」


「なるほど、賢いですね」


 栗伊門が言うと、今度は安久斗が栗伊門を顎で使う。


「え、今の数秒で誰でも思いつくようなことしか考えられなかったのですか?」


 栗伊門は安久斗に言うが、


「さっきのお前と同じだ」


 と返されて黙った。しばらくして、しかたないですね、と栗伊門は言って、


「南四連邦はおそらく、靜連邦を焚き付ければ何かしらの形で抗議をしてくると考えているはずでしょう。しかし相手は濱竹安久斗です。皇神種であるため、変な手を使って来たとしても『黙れ』と言って押さえつけることも可能です。相手にとって、自分が優位に立てる状況を既に作り出しています。ですが、おそらく我々、甲信連邦や北守連邦も抗議に加わる可能性も考えてい……」


「ちょっと待ってください」


 いきなり声を発したのは凛音だった。


「どうしました?」


 栗伊門は凛音に尋ねると、


「いえ、根本的なことですが……」


 と凛音は疑問を口にする。


「九王大佐は、南四連邦の祖神種に許可を取って尋問を行ったのでしょうか?」


「……?」


 それに対して、歌仙が首を傾げる。


「この船を所有しているのは私で、下船をするには原則私に連絡をしないといけないけど、九王大佐から下船の連絡は伝わってないね」


「下船しなくても、通信機で連絡を取っている可能性もあるからなんとも言えないわ」


 それに対して恋華が言う。


「ということは、大佐が無許可で尋問をした可能性も否定できないと?」


 安久斗がそう言うと、凛音が頷いた。


「大佐に尋ねるのが手っ取り早いですね」


 栗伊門がそう言うが、安久斗が首を振った。


「どっちに転んでも面白いじゃねぇか。もし南四ぐるみで俺を怒らせたなら靜に報告して真正面から戦ってやるし、九王篤郎の独断でやったなら東輝洋介らの反応が見たい。これは黙っておくのがいいんじゃねぇか?」


「たしかに面白そう」


 安久斗の言葉に志乃が頷いた。


「つまり、特に何もせず流れに任せると?」


「いいや、違う。東輝洋介にとっても、九王篤郎にとっても、想定外を発動させる」


 恋華の質問に、ニヤリと笑いながら安久斗が言った。


「……理解できた気がします。では次にやることは……」


 栗伊門の言葉に安久斗は頷いて、


「歌仙様、第五艦隊に下船の指示を。速やかに、紗那神社まで凱旋を行いたく存じます!」


「え、でも洋介の許可が……」


「許可なら降りると思うわ」


 恋華がそう言った。恋華曰く、


「南四連邦は、今日の深夜に択捉上神種の処刑を行うみたいよ。そこに紗那栗利を立ち会わせるという名目で、第五艦隊は下船をする。家族の死に目に会わせてあげたいという、私、山縣恋華の思いを伝えるの」


「んじゃ私もそれに乗っかって、北守連邦の総意って伝えるね!」


 と歌仙。そうして東輝洋介に許可を取り、第五艦隊は急遽下船することになったのだった。


「あとは安久斗、あなたの即興力にかかりますよ?」


「任せとけ。始神種だろうが祖神種だろうが、濱竹及び靜連邦を舐める奴は許すつもりはない」


 安久斗がそう言うと、


「そういえば、紗那栗利は今どこに?」


 と恋華が尋ねる。


「先ほど濱竹に尋問権が返されましたが、捕虜として捕えたのは日渡軍であるため、大佐に日渡の奴らのところまで届けるように伝えました。ですが日渡の部屋を3階層間違えて伝えてあるので、相当探すのに手間取るはずでしょう。たぶん今頃、この船の中を彷徨っていることでしょうな」


 それに対して安久斗は「そういえば」と言う感じで思い出したように伝える。


「性悪ですね、とことん外道じゃないですか」


「規約を破った罰だ。まぁまだ前菜にも満たないほどの罰だがな」


 栗伊門の言葉に安久斗は笑って返した。


「さ、じゃあ下船しますか」


 恋華がそう言ってこの場は解散となった。


「さて、答え合わせといきますか」


「そうですね、南四の信用が暴落する歴史的瞬間を目に焼き付けさせていただきましょう」


 安久斗と栗伊門はお互いにそう言って笑い合った。




ーーーーー

ーーー




「いっ……!」


「大丈夫?」


 凱旋をするのも一苦労だった。


 紗那は、尋問で負った足の傷が酷くて歩くことすらままならないのである。


「無理だよ、こんな状態で神社まで歩くなんて……!」


 花菜が僕に言うが、そんなこと僕に言われてもというのが現状である。


 しかしながら、意外なことに択捉の民たちは紗那を見ても特に反応しなかった。


 まるで「誰だ、あいつ?」と言わんばかりの目で紗那を見ている。紗那は国民にあまり知られていない存在なのだろうか?


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 傷が酷くて、紗那は現在、発熱している。歩くこともしんどいはずなのに歩かされている。


 僕らも心が痛くてたまらない。


 立場上、無理しないでね、などとは言えないのだ。


 そして40分くらいかけて紗那神社まで歩き切り、僕らの凱旋は終わった。


「ねぇ!」


 神社に着いた僕らに話しかけてきた、一人の女性がいた。


 いや、容姿から見て少女と言うべきか。


「はい」


 僕が答えると、彼女は紗那を指して、


「捕虜よね? どうして傷だらけなの? 尋問したの?」


 と尋ねてきた。


「あーっと、それは……」


 僕が言い淀んだ瞬間、


「お、これは夏半若菜様。ご無沙汰しております」


「ん? あぁ、濱竹さん。久しぶりですね」


 安久斗様がやってきた。


「あなたの配下たちですか?」


「いかにも。国は違いますが、連合軍を形成していてこの戦争においては配下です」


 安久斗様と少女は会話をする。


「それで、私の配下に何か用事ですかな?」


「えぇ、その捕虜が傷だらけなことが気になって。尋問でもしたのかなって」


「お? 確かに尋問は致しましたが、それをなさったのは南四連邦の九王篤郎大佐ですぞ? もしかして報告を受けておりませんかな?」


「篤郎が? 初耳よ」


「そうでしたか、あっははははは」


 安久斗様は豪快に笑い、少女に詰め寄った。


「実はその件で、こちらからもお話ししたいことがございましてね」


「……なによ」


「いえいえ、大したことではないんですがね、」


 安久斗様はそう言いながら少女にさらに詰め寄る。少女が一歩後退りすると、安久斗様はさらに詰めて、また少女が後退り。そして遂に壁まで追い詰めると、


「その捕虜、我々濱竹に尋問権があったんですがね、九王大佐に言われまして、尋問権を東輝国に引き渡したんですよ。その時の引渡書がこちらなんですが」


 そう言って紙を少女に見せた。少女はまじまじとそれを見ていたが、次第に目を細めて、遂には血相を変えて紙を掴み取って見入った。


 そしてしばらくして顔を上げて、安久斗様を見つめると、


「これ、本当なの?」


 と告げた。


「えぇ、南四連邦相手に偽装しようなどという命知らずなことをするほど、私はバカではありませんのでね」


「っ!? ちょっと待ってて! 洋介呼んでくるっ!」


 そして少女は紙を持って走り、神社の本殿へと消えていった。


「九王大佐の独断だった、といったところですかね」


 その安久斗様の横に、前に一度見たことのある神様が並ぶ。名前は覚えていないけれども。


「どうだろうな。夏半に伝わっていないだけで、東輝が指揮していたってこともあり得るだろ」


 安久斗様は彼にそう返すと、


「さ、面倒事は嫌なので私は若菜様が戻られる前に退散しますよ」


 と彼は去っていった。


 それと入れ替わるように、先ほどの少女が一人の青年を連れてやってきた。


「お手数をお掛けして申し訳ありません、洋介様」


「いや、いいさ。それよりも本題だ」


 青年はそう言うと、先ほどの紙を安久斗様に返した。


「味方同士で揉めていても仕方なかろう。今は北伐に勤しむときだ。敵の尋問方針で揉めるなど無意味にも等しかろう?」


「つまり、この引渡書はなかったことにしろと?」


「話が早くて助かる。その通りだ、東輝と濱竹の間にこんな引渡書は存在しなかった。いいな?」


「ふむ……」


 安久斗様はそう言って少し考える仕草をした。


「そうですなぁ、濱竹としては別に問題がないのですがね、この引渡書に書いてある通り、靜連邦規約に則って尋問してくれと私は九王大佐に申しましてな、彼もそれを承諾し、ここに署名までされています。つまるところ、これを揉み消すには濱竹一国としては判断しかねる問題でしてね」


「靜の許可も欲しいと?」


「はい。靜連邦は、世界でも珍しい二大統率国制を用いていまして、決定には靜と濱竹の2カ国の賛同を要しますので、靜連邦規約を承諾してしまった手前、靜にも尋ねないと揉み消しは難しいのではないでしょうか」


「じゃ訊くが、この引渡書は濱竹の独断ではなく、靜と共に考えたのか? 相談をした上で作ったのか?」


「もちろん。捕虜を捕らえた際に、関東や中京から『引き渡せ』と命令されるのは戦争前から目に見えておりましたので。ほらここ、私の名と靜の三大神の名が載っているでしょう?」


「……ふむ、たしかにな。では、無かったことにはできないと?」


「靜の許可が降りればできます。ですが、あまり期待しない方が良いかと。私は皇神種ですので、祖神種様には逆らえませんが、靜は祖神種です。関東と敵対しようとも、関西の陣営にくみすることで戦争はできますし、なによりも靜は、自分たちで作り上げた連邦規約を破られたら高確率で憤りましょう」


「なるほどな」


「あと質問ですが、この尋問権の引き渡しは、洋介様の指示なのですか?」


「悪いがそれには答えられんな」


「そうですか。それなら私は無理に尋ねませんが、靜から同じ質問が来たときには言い返せるくらいの言い訳は考えておくと良いと助言しておきます。靜は祖神種ですので、同格のあなたには容赦しないはずですので」


「…………っ」


 安久斗様の言葉に、青年はあからさまに怒りを顔に出した。その横にいる少女もまた、少し気分悪そうに安久斗様を睨んでいる。


「まぁ、この話は後ほど靜を交えて話しましょう。祖神種様には逆らえないので、今この場で私から何か言うつもりはありませんな」


 そう安久斗様は言って、青年と少女に礼をした。


「待ちなさい。しゅの格差は抜きにして、あなたの意見を聞かせなさい」


 安久斗様が立ち去ろうとしたとき、少女がそう尋ねた。安久斗様は立ち止まって、


「いいのですか? それならば……」


 と前置きをした。すると低い声で言い放つ。


「約束くらい守れ、信用なくなるぞ?」


「「…………」」


 その声は、背筋が凍るほどのものだった。


 ぞわぞわと背中から震え出し、全身に鳥肌が立つような感覚。


 また、声に気迫が感じられる。圧に近い何かがあり、ひしひしと恐怖が伝わってくる。


「……懐かしいわね。あれが私の知っている濱竹安久斗よ」


「「「…………」」」


 僕らが震える中、明様が静かにそう言った。怖ぇ、マジで怖ぇ……


「俺は優しいからついでに教えておいてやるが、既に甲信連邦と北守連邦の祖神種には東輝の規約違反は伝えておいた。正当性が靜連邦にある以上、お前の立ち位置、危ういぞ?」


「ぐっ…………!」


「今お前、俺を『殺したい』と思っているだろう? そんなお前にいい言葉を伝えてやるよ」


 そう言った安久斗様はニヤリと笑い、


「『味方同士で揉めていても仕方なかろう。今は北伐に勤しむときだ』」


「貴様っ!」


「怒ってても仕方ねぇだろ。起きてしまったことは起きてしまったこと、規約違反した事実はどう足掻いても覆らない。さ、お前らが次にやるべきことはなんだ? しっかり考えろ。南四の祖神種はそこまで脳無しじゃないだろう? 権威を失墜させないように、せいぜい足掻け」


「濱竹安久斗っ! 貴様……!」


「祖神種に向かって舐めた口を……!」


 安久斗様の言葉に怒る、祖神種の二人。


「見苦しいですね、二人とも」


 そこにやって来たのは、山縣恋華様だった。


「安久斗さんから話は全て聞いています。残念ながら、南四連邦に正当性はありません。南四は、靜連邦は弱小な野蛮連邦と考えているのかもしれませんが、歴とした対等な一つの連邦です。侮ってかかって良いものではありませんし、なにしろ今は味方です。非を認めるなら認めた方が良いのではないですか?」


「恋華……」


「そうだよ。南四連邦の権威が失墜すれば、関東統一連邦は瓦解まっしぐらだよ! それは私たちも防がなきゃいけないことなんだからさ、悪いことをしたのならちゃんと謝らなきゃダメだよ!」


 そこに今度は歌仙様もやってくる。


「……ハッタリじゃなくて、本気で第五艦隊全域に知れ渡っているのか」


 青年がそう呟くが、それに首を振ったのは安久斗様だった。


「そういうわけじゃないぜ? 関東統一連邦の祖神種以外は知らないことだ。中京に知られたらそのまま西側に広がって、それこそ瓦解まっしぐらだろうからな。俺の慈悲で、身内にだけに留めておいてやった」


「お前……!」


 青年は安久斗様に対して「意外だ」というような顔をした。


「そういうことです。靜連邦は協商の一員ですから、安久斗さんも私たちの瓦解は望んでいないのです」


 そこに凛音様もやって来て言う。


「そう。だからさっきからずっと解決方法をアドバイスしてくれていたじゃない」


 そして志乃様もやってくる。第五艦隊に乗船する関東統一連邦の祖神種が全員集合したのだ。


「あなたたち……」


 少女がそう言って、横に立つ青年の肩を軽く叩く。青年はそれに頷いて、


「悪かった。本当は靜連邦規約を破るつもりはなかったんだが、あまりに何も言わなかったから九王に尋問方式を変えても良いと許可を下した。俺の中で、皇国濱竹に対してなら幾らか強く出られると思っていた節があって、その判断を下してしまったこと、申し訳なく思う」


 と、安久斗様に頭を下げた。


「そのまま頭下げてろ」


 安久斗様はそう言って、腰から刀を抜き取って、青年の首に向けて勢いよく振り下ろした。


 急な出来事で、僕らは驚いて「安久斗様っ!」と叫びそうになってしまうが、明様が「大丈夫」と声を掛けてくださったので声を発さなかった。


 安久斗様の振り下ろした刀は、青年の首に確かに触れているものの、その首を斬り落とすことはなかった。


 ただただ首に刀が触れているだけ。傷も負っているようには見えない。


 そして十数秒が経過して、安久斗様は首から刀を離して鞘に納めた。


「ご無礼を」


 そうして安久斗様は青年に頭を下げた。


「いいや、そうされるべきだ。お前が靜でなくてよかった」


「靜ならば殺せますからな」


 そうしてお互いに笑い合って、その場は丸く収まったのであった。


「何が起きたのですか?」


「上位種の絶対優位と呼ばれる現象を利用したものよ」


 僕の質問に明様が答えてくださる。


「永神種は、自分よりも上位種に致命傷を与えられないの。具体的に言うと、皇神種は始神種と祖神種を殺せない、始神種は祖神種を殺せないの。だから安久斗は祖神種である東輝洋介を殺せなかった。というか、致命傷を与えられなかった」


「な、なるほど……」


「あなたたちだってそうよ? 上神種は永神種を殺せないの」


「じゃあ、下神種は上神種を殺せないのですか?」


 明様の言葉に花菜が尋ねた。


「ううん、それは違うわね。上位種の絶対優位は永神種にしか起こらない現象なのよ」


 明様がそう言う。ということは……


「以前、渡海事変の時に仰っていた『カミノコ』というのは、その上位種の絶対優位を取り払える権能ということですか?」


「っ!?」


 僕がそう尋ねると、明様は驚いたように黙った。


「よ、よく覚えていたわね。その通りよ、『カミノコ』は自分のひとつ上の種を殺して、自分がその地位になることができる権能よ」


 明様は少し動揺しながらそう答えた。


「『カミノコ』の権能を使うと、下神種が上神種を殺せば上神種になれて、上神種が皇神種を殺せば皇神種になれて、皇神種が始神種を殺せば始神種になれて、始神種が祖神種を殺せば祖神種になれるの。この権能は『下剋上』と呼ばれているわ」


「渡海清庵は、それを使って勇様を……」


「…………」


 竜洋さんと湊さんが黙り込んだ。


「まぁ詳しいことはまた教えるわ。とにかくまずは、紗那栗利よ。家族と会わせてあげましょう」


 明様がそう言ったことで、その話はおしまいになった。




ーーーーー

ーーー




「三郎兄さんっ!」


「栗利……!」


 兄弟は、再会を果たした。


 しかしこの再会は、決して喜べるものではなかった。


 紗那家の三男、掬三郎すくさぶろうは、協商軍に対して酷く抵抗したとして、東輝洋介が処刑を命じた。


 対する妹の栗利は、濱竹日渡連合軍に捕らえられ捕虜とされているが、濱竹安久斗は独断で処刑を命じることなく、一度靜連邦に連れ帰ってからじっくりと裁判をして処遇を決めることを決定した。


 そのため、この兄妹は永遠の別れを告げるために再会したのである。


「ごめんな、栗利……。この島を、守ってやれなくて……」


「そんな、そんなことないっ! 三郎兄さんは、この島を守ろうと、戦ってくれたじゃないっ!」


「せめて、お前にこの島を託す……なんて言葉、言えたらいいんだがな」


「うぅ…………」


 兄妹は泣きながら、迫り来る別れを惜しみながら語り合った。


「覚えているか? 一郎兄さんが母さん追い出した時の言葉」


「うん……。『この家の害虫は、駆除した』……だよね」


「あぁ。それがすっごい清々しい笑顔で、今でも鮮明に覚えているよ」


「二郎兄さんも、大声で笑っていたわね」


 過去を振り返るには短すぎる時間。


 無慈悲に迫る別れまで、二人はたくさん語っていた。


「栗利っ!」


 そして最後、掬三郎が連れていかれるその時に、彼は大声で栗利に言った。


「生きるんだ。紗那家は全て、お前に託した。例えこの島じゃなくても、どこへ行こうとも、お前が紗那家を継いでいくんだ!」


 そう言った掬三郎は、既に栗利の目には映っていなかった。


「……三郎兄さん」


 栗利は静かにそう言って、涙を流した。


 床を叩きつけて、悔しそうに、辛そうに、ただ泣いていた。




ーーーーー

ーーー




「これより、択捉国臣家三男、紗那掬三郎及び、臣家嫡男、紗那掬太郎の処刑を開始するっ!」


 その声と共に、青年と幼児が縛られながら連れてこられた。


「あんなに幼い子も殺すのですか?」


 湊さんが疑問を口にした。


「仕方ないだろう、関東統一連邦に刃向かうということはこういうことだ」


 それに答えたのは安久斗様だった。


「それなら紗那は……栗利さんはどうして処刑と見做されなかったのでしょう?」


 僕がそう尋ねると安久斗様は、


「あいつは関東に刃向かうためではなく、想定外の上陸してきた磐田大智を殺すために掬三郎に指示されて出て来たそうだからな。東輝が『濱竹が然るべき判断を下すべき』という結論を出してきた」


「僕ひとりのために戦闘になっていたんだ……」


 驚いた。30人くらいの軍勢だったけど、僕が原因で比較的大きな戦闘がひとつ増えていたとは。


「あのあと軽く話したが、洋介も呆れていたぜ? とんでもないことをする上神種がいたもんだと」


 あのあとというのは、おそらくさっきの引渡書の一悶着のことだろう。


 にしても、関東の祖神種に名前を覚えられてしまったのは大変なことなのかもしれない。


「私は関東を許さないっ! 絶対に許してやんないっ! どうして掬太郎まで殺すのよ!? あの子はまだ4歳なのに……」


「栗利さん……」


 紗那はずっと泣いている。先ほど南四連邦の方が紗那を戦艦まで連れて行こうとしたが、安久斗様が「家族の死に目くらい見せてやれ」と言って引き留めた。


「許せないっ! 許さないっ! 関東統一連邦なんて……!」


「紗那栗利、それが戦争というものなんだ」


 安久斗様がそう諭した。


「死に目に会えるだけ、あなたは恵まれているわよ」


 明様もそう言って、紗那の頭をそっと撫でた。


「わたしも、お兄ちゃんの処刑に立ち会えていないもの」


 明様の言葉の後、喜々音さんがそっと背中を摩りながらそう声を掛けた。


 喜々音さんの場合、本当の兄ではないが、それを突っ込むのは野暮だろう。


「……え?」


 紗那は不思議そうに喜々音さんを見た。


「あなたも、戦争で……?」


「ううん、わたしの場合はもっと酷いの」


 喜々音さんはそっと紗那に耳打った。


「臣殺し」


「っ!?」


 紗那はそれに驚いて、嘘でしょ、と呟いた。


「ううん、嘘じゃない。お兄ちゃんはね、そこにいる大智さんのお兄さんを殺した罪で処刑されたんだ」


「そんな……。え、そ、それじゃ磐田って……」


「恨んでないよ。僕にとっては、もう済んだことだから。兄さんが殺されたのは揺るぎない事実だけど、それを気にしている暇もないくらいに忙しくて、気にしてたら置いていかれちゃうからね」


「そ、そうなのね……」


 紗那は腫れた目で僕を見て言うが、もう涙は止まっていた。


「恨むのも大事。僕も最初、とてつもなく恨んでいたよ。だけど、いつまでも恨んでいたら何も始まらない」


「そうですね。思えば私たちって、お互いに恨む要素はたくさんあるのかも。国に対しても、個人に対しても。でも恨んでいたって過去が変わるわけじゃないし、気にしている暇がないくらいに目まぐるしく状況が変わる中、置いていかれるわけにはいきませんからね」


 僕の言葉に続けたのは湊さんだった。


「湊様の言う通り、現状日渡上神種は確執だらけです。俺たち渡海派は戦争で始神の日渡萌加様に兄妹を殺されていますし、兎山派と日渡派は数百年の対立がありますし。それでもこうしてみんなで様々な問題を乗り越えてきたんだ。それは、お互いにいつまでも恨んでいたらできなかったことだろう」


 竜洋さんもそう続けて、紗那を宥めた。


「そう、だったのね……。てっきりみんな、仲良しなものかと思っていたわ……」


 紗那がそう言ったと同時に、


「やぁぁ!」


 青年に向けて刀が振り下ろされた。


「…………」


 目の前で首が宙を舞うその光景に、紗那は今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。


 そして首を回収した上神種が、それを高く掲げて、


「紗那家三男、紗那掬三郎、討ち取ったぞ!」


「「「うぉぉぉぉぉおおお!!!」」」


 それと同時、幼児の泣き声が響き渡った。


「……掬太郎ちゃん、ごめんね……助けてあげられなくて……」


 紗那は静かにそう言い、目から涙をポロポロと落とした。


「……栗利姉ちゃん、太郎ちゃんと一緒に遊べたの、楽しかったよ。生まれてきてくれて、ありがとう……」


 紗那はそう言いながら、鼻を啜る。それとほぼ同時に、


「栗利姉ちゃぁぁぁああん!!!!」


 という泣き声が響き渡る。


「姉ちゃんっ! 栗利姉ちゃぁぁあああん!」


「うおぁ!?」


 そして、信じがたい光景が飛び込んできた。


 幼児がいきなり、四方八方に岩を投げ飛ばしたのだ。


「……能力の覚醒か」


「覚醒というより、暴走じゃないかしら?」


 冷静な安久斗様と明様の分析が聞こえる。しかし現場は大混乱である。


「まずぃ……」


「うぅ……」


 周囲にいた複数の上神種や下神種が岩の塊に押し潰されていく。


「栗利姉ちゃんっ! 姉ちゃぁぁああん!」


「……掬太郎ちゃん」


 掬太郎、という幼児と紗那の関係はイマイチよく分かっていないが、きっと紗那は彼の面倒をよく見ていたのだろう。


「ふっ、面白い。東輝様っ! 少しよろしいですか?」


 ふと、横にいた安久斗様が大声を上げて東輝洋介様の元へと歩いていく。


 そして何やら話し合った後、紗那のところへ歩いてくると、


「ほれ、行ってこい」


「えっ……?」


 紗那を縛っていた綱を解いたのだった。


「……いいのですか?」


「あぁ。だが、お前の手で殺せ。酷かもしれんが、それが条件だ」


「…………はい。分かりました」


 紗那は一瞬迷いが見えたが、意を決したようにコクリと頷くと、群衆を掻き分けて荒れる処刑場へと繰り出した。


「掬太郎ちゃん!」


「栗利姉ちゃんっ!」


 紗那が幼児の前に立つと、幼児は能力を解除した。


「おいっ、捕虜だぞっ! 管理はどうなって……」


「手を出すな! これより一切、手を出すんじゃねぇ」


「…………」


 騒ぎ立てる群衆に向けて放たれたのは、東輝洋介様の言葉であった。空間は一気に静まり返る。


「掬太郎ちゃん……」


「姉ちゃん…………」


 紗那は幼児をそっと抱きしめて、泣きながら、しかし笑いながら声をかける。


「怖かったよね、怖かったね……」


 その声に、幼児はただひたすらに泣いた。


「よしよし、太郎ちゃんは強い子だね」


「……姉ちゃん」


「太郎ちゃん。お姉ちゃんはね、太郎ちゃんのこと大好きだよ」


「うん……! スクタロも姉ちゃんのこと大好き!」


「うん、ありがとう。お姉ちゃん嬉しい」


 紗那はそう言うと、強く、ギュッと幼児を抱きしめた。


「姉ちゃん、苦しい……! 苦しいよ……!」


「掬太郎ちゃん、ごめんね……」


「お……おね……え…………ちゃ…………」


 幼児の声が、どんどん小さくなっていく。


「……ごめん。ほんとに、ごめんね。掬太郎……」


 紗那は静かにそう言うと、


「『石化(ミネラライゼーション)』……!」


 能力を展開し、幼児をゆっくりと石にしていく。


「嘘だろ……!?」


「おい、身内だぞ……!」


「正気か……?」


 群衆は騒めきだした。まさか紗那が幼児を手に掛けるなどと思ってもいなかったようだ。


 じわじわと石にされた幼児。


「……掬太郎ちゃん」


 紗那は幼児から離れて、そっと石となった頭を撫でた。


「生まれてきてくれて、ありがとう。……大好きだよ」


 泣きながらそう言い、その額にひとつキスをした。それから彼女はギュッと目を閉じて、大きく息を吐いた。


「……安らかに、眠ってね。……いつかまた、遊ぼうね」


 そして静かにそう言うと、


「『崩落(コラップス)』」


 すると、石となった幼児の身体がボロボロと崩れていく。


 そして原型を留めないほどにまで崩れて、ボロボロになった石の山が、紗那の足元に積み上がる。


「…………っ」


 紗那はその石をギュッと握りしめて泣いた。


「……掬太郎」


 静かにそう言いながら、その石をギュッと握りしめて。


「……しゃ、紗那家嫡男、紗那掬太郎、これにて討ち取り」


「「「…………」」」


 歓声を上げる雰囲気でもなく、どこかの上神種の言葉に、誰もが沈黙を返した。


 その真ん中では、紗那がずっと泣いている。


「……よくやったぞ、紗那栗利」


「あのまま逃げても誰も咎めなかったのに」


 安久斗様と明様はそう言う。


 安久斗様はその後、群衆を掻き分けて紗那の元に歩いていった。


「辛かったろう、惨いことをさせたな」


 安久斗様は紗那にそう声を掛けて、立ち上がらせた。


 そして丁寧に彼女の手を縄で縛っていくが、その際に握りしめていた幼児であった石を、決して「放せ」とは言わなかった。


 沈黙の群衆の間を、安久斗様は啜り泣く紗那を連れ歩く。


 さっきまで紗那がいたところには、小さな石の山と、青年の死体と血溜まりだけが残っていた。

 1週間ぶりの投稿です! どうも、ひらたまひろです。『サハ戦争・丙』をお読みいただき、ありがとうございます。

 サハ戦争は文字数が約5万字の話が続きますが、どうか最後までお読みくださると幸いです。

 流石にこの文字数を1週間で書き上げたのは人生で初めてなんですが、なかなか辛いですね。そして今回、紗那栗利が甥の掬太郎を殺害するシーンは、書きながら泣いてしまいました。感動というよりも心が痛い……!

 さて、次回もまだサハ戦争です。本当は『択捉の戦い』にこれほどの文字数を使う予定ではなかったので、予定話数でサハ戦争が終わるのか不安になっていますが、長くなったらその時はその時ですよね。

 それでは、次回の『サハ戦争・丁』でお会いしましょう!

 私は今週、試験です。……はぁ、勉強しなきゃ。


2023.01.22 19:43 ひらたまひろ

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― 新着の感想 ―
勉強の合間に読んでいたら読み終わるまでに結構時間がかかってしまいました!笑 なるほど、以前「そうやっちゃうかあ」と仰られていたように彼らが戦術というか戦い方にこだわりを持つ節があるのは今回より顕著に見…
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