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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
サハ戦争
45/107

 不気味な夜だった。


 先ほど、明様が福田神社に帰ってきた。


 どうやら、僕らを招集して話をした後で、濱竹へ行かれていたようだ。


 明様は帰ってくるや否や、夜中であるにも関わらず、僕に湊さんと二人で磐田神社に向かうように指示をした。


 それを受けて、僕と湊さんは磐田神社への道のりを歩いている。


 明様は少し御厨神社で自治領の業務を済ませないとならないらしく、明日の明け頃に合流する運びとなり、僕と湊さんは先に磐田神社に向かっているのだ。


 磐田神社に着く頃には、夜の闇も一層深くなっていた。大志もいちかさんも、おそらくはそれぞれの館に戻って寝ているだろうと思えるが、明様の話では、萌加様の精神状態があまりに心配すぎるために、臣と巫女が寝静まったあとも人員を配置したいとのことであった。


「今日は眠れないけど、大丈夫かしら?」


 明様に言われた言葉を思い返して、やはり番人という扱いなのだろうなと思う。


 なぜ僕と湊さんが引き受けたかというと、ちょうど明日、定例報告会のために磐田神社に用事があったからとしか言いようがない。どうせ行くなら今行こう、というノリであるが、湊さんは少しばかり、眠れない夜を心配していたようであった。しかし断れない性格なのか、何も言わずに頷いてついてきてくれた。


 本殿に上がるが、そこには誰も居なかった。おそらく萌加様も神の間で寝ていることだろう。もう夜も遅いから当たり前と言えばそれまでの話であるのだが。


 さて、この番人も非常に暇なものであり、特に何もしないまま2時間ほどが経とうとしていた。


 湊さんは先ほどから少しこっくりこっくりと首を上下にし、体もゆらゆらと揺れている。即ち寝落ちているのだが、これまで暇なら僕一人でも十分な仕事であるだろう。


 あともう1時間もすれば空が白んで、きっと日が昇り始める頃合いであろうから、明様が合流してくださるはずだ。それまでの僅かな時間は、僕一人でなんとかすれば良いだろう。


 僕は少し立ち上がって、眠気覚ましの散歩がてら本殿の裏手まで夜風に当たりながら歩いた。


 裏手に回ったとき、本殿の奥の戸が開く音が聞こえた。そこは神の間と直結した出入り口であるため、おそらく萌加様だとは思うが、不審な人物では困るため、僕は急いで本殿に裏の出入り口から駆け込んだ。


 目の前にいたのは、やはり萌加様だった。安堵である。


「お早いですね、萌加様。お目覚めですか?」


 僕は萌加様にそう告げる。しかし萌加様から何か返ってくることはなかった。ただただ僕をキッと睨むと、不満そうな顔をした。


 なにか不機嫌にさせたかもしれない、という発想には至らなかった。きっと寝起きで頭が働いていないのだろうなと思って、僕は萌加様に散歩を提案する。


「にしても今日は少し不気味な夜です。どうですか、神様も一緒に夜風に当たりませんか?」


「あ?」


 しかしそれを聞いた途端、萌加様は不機嫌極まりない声を上げて荒い足取りで僕に近づいた。そして腰に挿した刀を抜くと、


「黙れ、下賤な上神種め」


 と、低く響く声で告げ、僕の首に刀を突きつけた。


 ……は?


「萌加、様……?」


 状況が飲み込めず、ただただ素っ頓狂な声を上げるのが精一杯な僕に、萌加様は更なる追い討ちをする。


下種げすの分際で、誰に口利いている? 私は火の神、萌加だぞ?」


 そのくらい知っていますが……


 と言葉が漏れた。いや、漏れそうになったが、実際はそんな言葉は飛び出なかった。


 それは、恐怖していたからである。口がガクガク震えて、言葉もまともに出ないのだ。


 しかし思考はいつも以上に回転している気がする。現に恐怖の渦中にありながらも、何で言葉が出ないのかを思考できている時点で冷静であるとも言えるのかもしれない。


 うん、そう思ったら少しずつ落ち着いてきた気がする。


 そして気がついた。萌加様は普段、帯刀などしてない。なぜ今、彼女は刀を所持しているのだろうか。


「も、萌加様。僕は萌加様に楯突くつもりは微塵もありません。ど、どうか刀をお納めください」


 声は震えていたが、発音できるくらいにまでは落ち着けていた。


 しかし、僕の言葉を聞いた萌加様であったが、刀を一向に下ろそうとはしなかった。


「……お、お納めしていただけないのなら、この状態で一つ質問させていただきます。なぜ、帯刀されているのですか……?」


 僕は萌加様にそう質問した。すると彼女はギリッと僕を睨みつけて、


「貴様のような無礼者を排除するためだ!」


 と怒鳴った。そしてグッと刀に力が入るのを感じて、僕は瞬時に身を振った。


 刀身から首が離れた、本当に刹那、刀は空を斬った。あとほんの一瞬動くのが遅れたら、首が斬り落とされていただろう。


 心臓が激しく音を立てて、息が上がる。


 僕はおぼつかない足取りで、しかし全力で壁まで走り切り、壁に手を当てながらガクガクと震える足を必死に動かして走った。


 しかし、刃は背中に迫る。


 伏せて、跳ねて、転がって、走って、転んで、転がって、起き上がって。


 もう自分でも何をしているか分からないが、必死に萌加様の刀から逃げ回った。そして本殿の玉座の後ろに備えられた刀を(罰当たりではあるが緊急事態であるために止むを得ず)引き抜くと、萌加様の振り下ろした刀を受け止めた。


 ギシギシと音が鳴る。


「くぅ……!」


 力が、強い……!


 このままじゃ押し切られる!


「あぁぁあああ!」


 僕は思いっきり肩から二の腕にかけて力を入れて、刀を押し出した。


 少し距離が出来たので、その間に必死に走って逃げた。


 が。


「っ!? 速い……!」


 萌加様は追いついてきて、さらに先回りされて、正面から刀を振り下ろしてきた。


 やはりそれを受け止めるわけなのだが、その力はさっきの比ではなかった。


 ピキピキと腕が痛む。更には僕の握る刀の刀身からも同じような音がする。


 そして遂に、僕の持つ刀が重さに耐えきれずに砕け散った。


 砕けた破片が僕の頬を掠めて、ズキリと痛む。


 しかし、これはまずい。逃げるしか……!


 だが、もう目の前に刃が迫っていて……


 これは、死んだかもしれない。


 僕はそっと目を閉じて……


 カキィン!


 という音を耳にした。


「……ぅぅ」


 目を開けると、目の前に小柄な少女の後ろ姿が。ボブカットで切り揃えた黒髪のてっぺんが僕の鼻下にあり、ふわりと良い香りが漂う。


 彼女は刀を握り、萌加様の振り下ろした刀を受け止めていた。


「重い……! けど、負けない……!」


 そうして彼女は、思いっきり萌加様の刀を弾き飛ばした。


「助かったよ。ありがとう、湊さん」


 僕がそう声を掛けると、彼女はふるふると首を振った。


「ごめんなさい、私、気付いたら寝ちゃってた……かも」


 その言葉に僕は笑いながら首を振って、気にしないでと伝えた。しかし、今はそんな呑気な会話をしている場合ではない。


 目の前の萌加様は、刀を拾うことはせず手から火柱を生成してそれを握る。この前僕が同じようなことを花菜と戦った時にやったが、『炎の剣(フレイムソード)』というらしい。兄がそんなことを言っていた気がする。


 きっと強度は段違いだろうけど。


「……どうして、萌加様と戦っているの?」


「僕も分からない。でも、あれは萌加様であって萌加様でないと思うよ。僕に対して好戦的で、優しくもない。さらに本気で殺しにきている。自国の臣家の者を、だ。神あるまじき行為だよ」


 湊さんの質問に少し早口でそう返すが、実は僕は、立っているのもやっとのほどの足の震えである。恥ずかしい限りだが、そのまま力なく座り込む他になかった。


「大丈夫……?」


「あぁ、いや……。ごめん、正直かなり怖いね。本気で殺されそうだ」


 僕がそう言うと、湊さんもコクリと頷いた。


「……分かった。やれることはやる。……できないかもだけど。でも、がんばる。少し休んでて」


 そう言う彼女は、非常に勇敢に見えた。自分が座っているからか、小柄な彼女が非常に大きく見えて、頼もしくなった。


「……悪いね、助かるよ。ありがとう」


 僕はそう言うと、自分の中で本当に気が抜けたようで、大きなため息が漏れ出て肩の力がフッと抜けていくのを感じた。


「……渡海上神種か。日渡の案件に首を突っ込むな。狩るぞ?」


「では言わせていただきますが、渡海のことに首を突っ込んできて滅ぼしたのは萌加様でしたよね。今の言葉、あなたが言えたことじゃありませんよ?」


「あ?」


 萌加様は湊さんを睨みつけて、手に持った炎の剣(フレイムソード)を振り下ろした。


 湊さんはそれを身を翻して躱す。もちろん、萌加様の攻撃が一回で終わるはずもなく、湊さんはその度に逃げ回った。しかしそれは、過度に体力を消耗するだけだ。まるでさっきの僕と変わらない。


 ……もしかして。


「湊さんっ! 炎の剣(フレイムソード)は実体があるから、刀で受け止められる!」


「はいっ! ありがとうございますっ!」


 僕が声を掛けると、湊さんは頷いて刀で炎の剣(フレイムソード)を受け止めた。


「下賤な上神種めっ! 晒してやる!」


「嘘つきっ! 臣と巫女の命だけで国民は殺さないって言っていたのに! あれじゃ犬死じゃないですかっ!?」


 二人は激しく言い争う。どうやら湊さんもかなり溜まっていたようだ。それもそうか。今回、萌加様はやり過ぎた。治安維持のために、統治のためにやむを得ないことだったのかもしれないが、虐殺を正当化することはできない。特に渡海上神種の生き残りの湊さんからしたら、到底許せない事柄であろう。


 と、湊さんが怒鳴った次の瞬間、彼女の持つ刀にグワァァっと流水が纏わりついた。


「沙耶香の仇っ! 晃の仇ぃぃ!!」


 湊さんは泣き叫びにも近いような金切り声を上げながら、萌加様の炎の剣(フレイムソード)を突き飛ばすと、萌加様から距離を取って刀を構え直した。


 湊さんの握る刀は、渡海臣家の名刀、確か名前を『水斬渡海』と言っただろうか。少し前に明様から聞いたなぁ。国に伝わる名刀は3種あり、神の持つ『種国属神剣しゅこくぞくしんけん』と、臣家の名刀、そして巫女家の名刀があるようだ。それぞれ能力を上から乗せることができて、使えるようになると非常に強い戦力になるようだ。


 なお、名刀はそれぞれ臣家巫女家の者以外の能力を乗せることはできないようだ。それは喜々音さんから聞いたことである。しかし『水斬渡海』は非常に切れ味が良く、ただの刀としても使いやすいとも言っていた。


 なぜ喜々音さんが使ったことがあるのかは、僕には分からない話であるのだが。


「……鬱陶しい。去ね!」


 しかし、さすがは神と言ったところか。萌加様は開いた距離をものともせずに飛び込むと、一瞬にして湊さんの背後に回り込んで背中を思いっきり蹴り飛ばした。


「きゃあ!?」


 湊さんの小さな悲鳴と同時に、彼女がゴロゴロと廊下に向けて転がっていく。


 その最中、萌加様は転がる湊さんには目もくれずに、僕の方をジッと睨むと、足元に転がったままの自分の刀を拾い上げて、僕の方へと近づいてきた。


 そして刀を僕に向ける。


「貴様、私が誰であるかちゃんと知っているか?」


「ど、どういうことですか……? 萌加様は、萌加様ですよ。ここ日渡の神であって、始神種の……」


 そう告げた瞬間、萌加様の目が更に鋭くなり、彼女は僕の首の真横に思いっきり刀を突き刺した。


 …………殺される、これは、このままじゃ殺られる…………!


 心臓が暴れ出した。首の真横、ほんとに刹那だ。そこに思いっきり刀が下ろされた。


 床が音を立ててメキメキと軋む。間違いない、首元で刀が床に突き刺さっている。


「……あっ……あっ…………」


 僕は情けない声を上げる。それしかできない。


 しかしなんだよ、僕が何をしたと言うんだ?


 なぜこんな理不尽な死に方をしなければならない?


 ……全く許せないな。イライラしてきた。


「次に口を利けば、貴様の命はない。首を晒し、神に軽口を叩いた結果としての見せしめにする」


 萌加様は僕を睨んだままそう言った。


 嫌な話だ。それに、その顔が僕は大っ嫌いだよ。


 あぁ、そうだ。冷静になる必要はない。恐怖に陥らなければ冷静になる必要などない。


 怒ればいい。怒りで満たせば、恐怖など抱かなくなる。


 目の前にいる日渡萌加は、僕が知っている神様ではない。日渡萌加は、討ち滅ぼすべき敵だ。


 僕はそう思うとニヤリと笑った。


「気味の悪い奴だな。なぜ笑っている?」


 萌加様が独りつ。その次の瞬間、僕は萌加様の顎に向けて思いっきり足を振り上げて、そのまま後ろに回転するように起き上がった。


 つま先が彼女の顎を抉った。


「うぐっ!?」


 萌加様の短い呻きが聞こえるが、それに立て続けるように僕は踵を萌加様の首へ振り下ろした。


 口を利いたら殺されるのなら、言葉を交わさずに攻撃するのは許されるだろう?


 暗にそう言ってみせるが、もちろん聞こえないだろう。


「きさまぁぁああ!!!」


 僕の踵落としで地に臥した萌加様が金切り声に近い声を上げる。


 そんな声は聞いたことがない。おそらく、磐田家の者でも初めてレベルのレア物ではないだろうか。


 しかしどうでもいい。とにかく起き上がる前にもう一発、気絶させられるような一撃を加えるべきだ。


 僕は萌加様の頭を思いっきり踏みつけようと足を上げたが、その足を萌加様の手が掴む。そのまま思いっきり上にはね上げられて、僕は背中から床に叩きつけられた。


「神に対する不敬、万死に値するっ!」


 そんな声が上から聞こえた直後、僕の腹部に強烈な痛みが走る。


「ぐふっ!」


 踏みつけられた。それも一度ではない。地団駄を踏むように萌加様が足を動かすものだから、衝撃は何度も降りかかった。


 邪魔だ、上から退きやがれ。


 僕はそう思い、痛みに耐えながら炎の剣(フレイムソード)を生成して萌加様に振りかぶった。


 萌加様の足がお腹から離れたわずかな瞬間で体を起こし立ち上がった。


 正面の萌加様と対峙する。彼女も炎の剣(フレイムソード)を携えているが、大きさや火力が段違いであることは一目瞭然であった。


 このままじゃ勝ち目はないな。


 そう思った次の瞬間、


「大智さんっ! これをっ!」


 そんな声がしたため声の方向を見ると、鞘に入った刀が猛スピードで飛んできた。


「うおあっ!?」


 僕は咄嗟にその刀を掴む。ちょうど柄の部分を掴めたために、鞘だけ慣性で飛んでいった。


 剥き出しになった刀は月明かりに照らされて蒼く光り輝いている。


 それが名刀、水斬渡海であることは言わずもがな分かった。


「日渡上神種が渡海の名刀を持ったところでたかが知れている。名刀は、その国の上神種でなくては扱えぬ代物だからな!」


「……」


 さぁ、それはどうだか。


 そう言いたかったが、次に口を利いたら殺されるそうなので言わなかった。しかしそれを見て萌加様はイライラしたようにギッと睨んできた。


「言いたいことがあるならはっきり言えよ!」


 はぁぁ???


 そんな理不尽な……


 しかし、だからといって言い返すのもままならない。怒った萌加様が僕に対して刀を振り下ろしてきて、躱すので精一杯だからである。


 水斬渡海はずっしり重いから、非常に身のこなしが難しい。もう既に腕も痛く、持っていることさえままならないのに、さらに動いて躱して炎の剣(フレイムソード)を受け止めているのだから、限界も限界である。


 それに萌加様は隙がなくて斬ることも叶わない。能力が乗せられない上、疲労困憊の僕が使うには、ただただ勿体ない刀なのかもしれない。


「湊さん! 水斬渡海は君が使えるかい? 僕は炎の剣(フレイムソード)で戦うよ!」


 考えた結果、湊さんも巻き込むことにした。


「分かりました! お任せください!」


 湊さんがそう言って、僕に近づいてくる。そして水斬渡海を引き渡すと、僕は能力で炎の剣(フレイムソード)を生成する。


「上神種が二人に増えようが戦況は変わらんぞ? 二人で心中でも望んでいるのか?」


 萌加様がそうからかってくるが、どうでもいい。


 僕が萌加様に立ち向かうと同時に、湊さんが水斬渡海に能力を乗せて萌加様の背後を押さえた。


「おりゃぁぁああ!」


 僕が思いっきり萌加様に斬りかかるが、もちろんそれは受け止められる。


「これでっ、終わりにしますっ!」


 しかし背後から湊さんが水斬渡海を振りかぶり、完全に萌加様の首を捉えた。


 しかし、やはり永神種は強かった。


「甘い」


 そう言いながら、全身を炎で包んでしまう。要するに、萌加様自身が巨大な炎の剣(フレイムソード)と化してしまったわけである。


 打つてなしか、と思ったそのとき。


 何を思ったか、湊さんはその炎の中に水斬渡海を思いっきり投げ込んだ。


「えっ!?」


 僕は驚いて湊さんを見ると、湊さんは、


「これでおしまい」


 と可愛らしく言った。それがあまりに自信満々な、まるで勝ち誇っているかのような様子であるのだから、それもそれで不安である。


 ……フラグじゃないことを祈ろう。


 そう思っていたが、杞憂だったようだ。


 萌加様が放っていた炎がだんだんと萎み、遂には炎が消え去った。


 現れた萌加様は、パタリと倒れていた。


 しかし、真っ白な粉を被っている。


「……終わった、のか……?」


 僕がそう言うと、湊さんは何も言わずに、萌加様の横に落ちている水斬渡海を拾い上げた。


 水斬渡海に傷ひとつないが、柄の部分にも真っ白な粉が付着していた。


「塩?」


「えぇ。私の権能は『水属性』の『海』です。なので、水斬渡海に海水を纏わせて炎で蒸発させたので、大量の塩が出ました」


「なるほど、それで……」


 僕は萌加様に視線を落とす。肩が動いていて、寝息が聞こえるため生きているようであるが、塩まみれである。


「塩には、邪気を祓う効果があるとされていますよね。ですので、もしかしたらこの問題も片付けられるかもしれないと考えたんです」


 湊さんが鞘を取りに歩きながら語る。彼女はかなり機転が効くのかもしれない。


「でもなんだろうなぁ。さっきまでの形相が嘘のように眠ってるよ……」


 僕が萌加様を見てそう言った。


「ほんとになんだったんでしょうね」


 湊さんはそう返して、水斬渡海を鞘にしまって腰に携えた。


「とりあえず、お風呂に入っていただきましょうか。私がやりますので、大智さんは引き続き見張りをお願いします」


 湊さんは僕にそう告げて、お風呂場に向けてスタスタと歩いていった。


「はい、頼みます」


 湊さんの後ろ姿に、僕はそれだけ返す。


 空は薄らと白んで、もう夜が明けようとしていた。


 本当に、不気味な夜だったなぁ。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年冬至前64日。大連邦協商の設立が宣言された翌日、サハ列島連邦とサハ大陸連邦は正式に同盟を結んだ。


 その同盟の名を『世界北部同盟』という。


 これは、大連邦協商に対抗する同盟であると宣言されていて、協商国対同盟国の戦争構図が明確になり、該当する国家は一気に戦争モードに突入した。


 さて、この『世界北部同盟』の設立を受けて、いち早く反応して動いたのは、言わずもがな関東統一連邦である。


 関東統一連邦は、協定を結ぶ各連邦の祖神種を招集し、翌63日に千羽国千葉神社で会談を開催、それに続いて靜連邦と中京統一連邦を別室に招いて協商会談を行った。


 これら二つの会談の後、また翌62日に発表された声明は、なかなかに酷いものであった。


 その声明は『対サハ東西共同最終警告及び大連邦協商挨拶』と言い、その名の通り最終警告、つまりは最後通牒であり、それに大連邦協商からの挨拶が添えられたものなのだが、内容は、


『此れが、対サハ東西共同最終警告と為る。世界北部同盟の者奴ものどもは心して聴き給へ。前々より、我々協定は其方ら同盟に人類文明の速やか成る浄化を求めて来たが、奴々(ぬぬ)ら北端神類は我々の求めに一切とて応じず、遂には協商に対抗する意志を隠す事もせず、陣営を立ち上げ、戦火を望まむとして、世界の緊張度を急激に上げたり。あに許されざらんや。到底「遺憾」の二文字で表せじ、より強く、よりかくしたる言ひ方をすべく、我々協定・協商全祖神、連名での告を発す。

 異世界文明を排斥せよ。除け、穢らわしき異世界文明など世界より取り除け。可及的速やかに、と言へば奴々らは何もせぬ事明々白々の未来なり。依て我々は期限を設けこれを伝ふ。神紀4997年冬至前60日迄に、其方らの領土に蔓延る穢々(ええ)しき異世界文明を全て排斥せよ。出来ぬのならば武力を以て浄化を果たす。我々協定、その傘下の協商が、奴々らの国土その隅々に至る迄を業火に包み込み、神から国民に至る迄の生き物たる生き物を殺し尽くし、二度と再興など出来ぬ荒野にせむ事限り無し。決断せよ、服従か、滅亡か。是を受けて浄化をし、同盟を解体し、協定・協商の傘下に降ると言ふ英断を果たすならば、我々による浄化は行はず、今迄の一切の事を不問とし、関東統一連邦に無条件に編入、領土北端での栄華極まる繁栄を約束す。以上が、文明保護協定よりこくする警告及び命令である。

 最後に、大連邦協商挨拶で締め括る。関東-靜-中京協商は、去る冬至前65日に大連邦協商と改称し、奴々ら世界北部同盟へ攻め込む事を前提とした軍事協商と成つたことを伝ふ。また、協商は協定の傘下に入り、協定軍即ち協商とする事を宣言す。

 依て奴々らが戦はむとするならば、我々は総力を用いて世界北端へと侵攻し、是を滅ぼす事やむを得ず。

 挨拶の締めにひとつ良き情報を渡しておかむ。

「協商を侮るべからず。」

 賢き判断を願つてゐる。

 然し如何なる判断であれども、豈滅ぼさんや。

 神紀4997年冬至前62日、文明保護協定及び大連邦協商発表。』


 この無理難題な通牒を、世界北部同盟はもちろん拒否した。そもそも2日で全ての人類文明関連の文化を排斥することなどできるはずもないのであるが、それ以上に世界北部同盟の神々が憤慨したのは、


『然し如何なる判断であれども、豈滅ぼさんや(しかしどんな判断であったとしても、どうして滅ぼさないことがあるだろうか、いや、必ず滅ぼす)。』


 の文言であった。大連邦協商挨拶で語られたこれは煽り文句であり、


「許さんっ! 戦争だ、戦争っ!!!」


 それに乗っかってしまうのは関東統一連邦の思う壺なのである。




ーーーーー

ーーー




「そう、萌加がね……」


 僕からの報告を受けた明様は、朝日が昇る前の白んだ空を眺めながらそう呟いた。


「あの子、あなたのお兄さんが殺される直前にも同じようなことを起こしているのよ。自我があるかは分からないけど、自国の臣家の者を自ら危険に晒すのは異常な行為よね」


「えっ、兄さんも同じ目に遭ったことがあるんですか!?」


 僕はその言葉に驚愕したが、明様は、


「あなたほど死にかけた者は初めてだと思うわよ? 大貴は萌加に頭を下げ続けてすぐに許されたと言っていたわ」


 とさらりと申される。


「あれって頭下げたら許してもらえるんですね……」


 驚きである。それを知っていたらさっさと頭を下げたのに。


「とにかく、次にそういう目に遭ったら大人しく頭を下げておきなさいな。あと、この情報は上神種家で共有しておきなさいな」


 明様は僕にそう告げると、神社の本殿に上がっていった。


「もえかー、起きているかしらー?」


 明様がそう言い神の間へと足を踏み入れた。何やらムニャムニャとした言葉が聞こえてくることより察するに、萌加様は寝ていたのだろう。


「あ、大智くん。おはよ」


「おはようございます」


 本殿の前で立っていたら、巫女館から現れたいちかさんに声を掛けられた。


「ね、見て見て! この木靴、かわいいでしょ?」


 話しかけてくるや否や、彼女はハイテンションで僕に真新しい木靴を自慢してくる。


 その装飾は、決して派手なものではなく、落ち着いた雰囲気のものであったが、中央に描かれた桔梗の花が印象的で、それは美しいものだった。


「綺麗ですね。どうしたんですか?」


「これね、昨日大志くんがくれたの!」


「え、大志が?」


 驚きである。なぜ彼がこんな女物の靴を持っているのだろうか。


 というか、いちかさんにプレゼントを贈るとは。我が弟も隅に置けない者なのかもしれない。


 そのように僕が考えている間も、いちかさんは話し続けた。


「ちょうど昨日、濱竹議会に参加してきたんだけど、その帰りに買ってくれたんだ! いい弟くんだね!」


「え、えぇ。まぁ、自慢の弟ですよ」


 その言葉に嘘はない。博識で、気遣いできて、誰にだって優しくて、僕よりもずっと大人な考え方ができる、自慢の弟だ。


 ……なぜ買ったのか、その費用はどこから落ちたのか、問いただす必要がありそうだけれども。




 定例報告会は、主に濱竹議会での話であった。


 本日は4997年の冬至前64日。濱竹議会は冬至前65日に行われたということになる。


 その会議の中で、非常に大きな情報があったそうなのだが、日渡にはあまり関係がないという判断で、昨日のうちに緊急招集をすることはなく、今日の報告会での共有となったそうだ。


 その内容というのは。


「『大連邦協商』なぁ……」


「関東と中京と、手を組んだなんて……。何度聞いても、信じられないかも……」


 渡海上神種の二人は、昨日に続いての発表に深いため息を吐く。


「明様が昨日嘆いておられたんだけど、これ二大統率国だけで決めたって本当?」


 僕が尋ねると、いちかさんが答える。


「えぇ。大きな決断だったのに、ほんとに二大統率国の独断で決定してしまったみたいよ」


「正確には、靜が中部の宇治枝や島谷、銀谷を集めて判断を仰いだみたいだから、独断ではないみたいだけどね」


 大志がそう補足をするが、靜のお膝元で完結しているため実質上の独断か。


 しかし、正直関東とか中京とか言われても、なんのことだかさっぱり分からないのが現状である。


「えーっと、とにかく隣り合う連邦と協力する政策に転換したって認識でいいかな?」


 僕がそう尋ねると、


「ちーにいらしい認識だね……」


 大志に呆れられた。


「でも、的は射ているからそれでいいと思う」


 しかしいちかさんには肯定された。じゃ、そういう認識にしておこう。


「それで、大連邦協商は、世界の北端に攻め込む予定みたいなんだ」


 大志がさらっとそう言った。


「世界北端?」


「サハ列島連邦と、サハ大陸連邦の総称だ。関東統一連邦の領土拡張が狙いなんだろう」


 花菜の疑問の声に被さるように、竜洋さんがそう口を開いた。


「でも、領土拡張なら単独で攻めればいいのに。関東には他連邦を圧倒する力があるんだから、それくらい余裕だと思うけど」


「いいえ、そうはいきません」


 花菜の言葉に意見したのは、今まで黙っていた喜々音さんだった。彼女曰く、


「サハ列島連邦とサハ大陸連邦は、異世界との交流があると噂されていますから、未知の技術を警戒して関東であっても手を出すことは難しいんです」


「異世界……」


「つまりはこの世界の外側に広がる、人類文明のことです」


 え、人類文明ってまだ滅んでいなかったの?


 神類は人類文明を滅ぼして文明を築き上げたって聞いたけど、それは嘘なのか?


「わたしたちの住む世界は、元々日本って国があったところだけを指していて、神類は日本列島っていう島々から人類を追い出して、そこに勝手に文明を作ったの。だから、日本列島以外では人類がまだ文明を築いているんだよ」


 不意に後ろから声がした。全員が振り返ると、そこには萌加様と明様がいた。


「喜々音ちゃんは濱竹上神種だから、濱竹の高度な教育を受けてきていると思うんだけど、日渡や渡海にはそういう教育機関は無いから、世界のことをあまりよく知らないんだよ」


 萌加様は喜々音さんにそう言うと、大志といちかさんの間に腰を下ろした。


「あ、そうだ。昨日、安久斗のところに顔を出したのだけど、これお土産ね」


 その萌加様の後ろにいた明様は、僕と花菜の間に腰を下ろした際にそう言って、竹製のバスケットの中に入っているクッキーを、円座している僕らの中央に置いた。


 萌加様が即座にクッキーを手に取って口に入れようとして、


「…………」


 その手が止まった。


 訝しんだ表情で、クッキーを摘んでいる。


「……生焼け?」


「そう思うわよね。私も最初、そう思った」


 しかしそんな萌加様にクスッと微笑んだ明様はクッキーを摘んで、それを半分に割ってみせた。


 中からテローンと赤い液体が尾を引いた。


「いちごジャム。美味しいわよ」


 明様は割ったクッキーを口に入れると、頬を緩ませながら「おいひい」と言う。


 それを見た萌加様も、クッキーを口に入れて噛み砕いた。


「あ、おいしい……」


 萌加様もそう言って、矢継ぎ早にクッキーを口に詰め込んだ。


「喉に詰まらせるわよ? そう焦らずとも、誰も取らないのに」


 それを見た明様が呆れたような口調で言ったその瞬間、萌加様が咽せ返った。


「ほら、言わんこっちゃない……」


 明様は心底呆れたようにそう言うと、萌加様の背中をトントンと叩いた。


 その横で大志がスッと立ち上がって、部屋から出ていった。


 数秒して帰ってきた彼は、湯呑みを手にしていて、萌加様にそっと差し出した。


「ありがと……」


 萌加様は差し出された湯呑みを掴むと、そのままグッと飲み干した。


「ごめんなさいね、報告会に首を突っ込んで。気にせず続けてちょうだいな」


 明様は僕らにそう言うと、元々いた場所に戻る。萌加様も続いて戻るが、彼女はキョロキョロと周りを見渡すと、


「ごめん、ちょっといい?」


 と口を開いた。


「どうしましたか?」


 いちかさんがそう尋ねると、


「渡海上神種の二人は役職に就いていないのに、どうして定例報告会に出席しているの?」


「「「…………」」」


 確かにその通りだ。定例報告会は、臣、巫女、小臣、小巫女の役職に就く上神種が集う定例会。なのに、なんの役職にも就いていない渡海上神種がここにいることは、確かにおかしな話なのだ。


「私が出席を許可したわ。渡海の統治も本格的に始めなきゃいけないから、旧渡海領を知るのに湊と竜洋は必要な人材でしょう?」


 それに対して答えたのはもちろん明様である。


「まぁそうだけどさ、定例報告会……まぁ正式名称は日渡議会なんだけど、それに出席していいのは役職上神種って定めたじゃん。それを破っちゃったら、上神種だったら参加できますってなっちゃわないかな?」


「発言させていただきますが、それに該当するのは鎌田と御厨だけなので、そんなに問題ないのかなって思います」


 萌加様にそう言ったのは美有さんだった。美有さんは、


「各家から一人が議会に参加するという制度は濱竹でも取られているものですし、家庭内試験に通過した者、つまりは家の代表だけがここにいるというのも事実です。ですので渡海上神種のお二人がこれに出席することも、鎌田でも御厨でもあまり気にされないと思います」


「あたしも同意見です。福田家も東河口家も、今は一人ずつしかいませんし、試験をしなくても家庭内代表なので、役職上神種のような強大な権力を握らせなければ問題ないんじゃないですか?」


 いちかさんもそう言って、萌加様の言葉に意見をした。


「まぁ鎌田家と御厨家がそれでいいならいいんだけど……」


 萌加様は少し吃ったが、


「じゃ、今日より日渡上神種に福田家と東河口家を加えて、湊と竜洋は家庭内代表として日渡議会に出席することを認めるよ。渡海上神種はここで廃絶、これより旧渡海領土は、日渡上神種による管理を行うものにする!」


 と、決断を下した。これにより、湊さんと竜洋さんは日渡上神種に加わり、渡海上神種という呼称は立ち消えることになった。


 ちなみに喜々音さんについては誰も触れていないけれど、彼女は歴とした濱竹上神種である。


 なんで許されているんだろうね……?


 まぁ有識者は大事だし、喜々音さんがいてくれた方が見聞が広がるからありがたいんだけどね。


 おそらくそれが許されている理由だろうし。


「さて、それじゃ報告会を再開したいと思います」


 大志がそう言って会議に戻した。


「では、湊さんと竜洋さんも正式に会議に加わったということで、今日から本格的に渡海の統治方法について話し合って……」


 大志がそう言いかけたとき、萌加様が突然立ち上がり、そのまま外へと駆け出していった。


 明様も何かに気が付いたようにキッと素早く庭を見つめている。


「……どうしました?」


 そんな二人に大志がおずおずと声をかけた。


「何か来る……」


 明様はそう言うと、軒下に降りて空を見つめた。僕らもそれに続き外へと出て空を仰ぐ。


 太陽が眩しいが、そこに黒い影がちらちらと散らつく。そして徐々に、近づいてくる。


 そしてその影は、そのまま僕らの目の前に舞い降りた。


 枝で編んだ、なんとも特徴的な帽子を被った男性である。


 彼の名は、


「恭之助!?」


「よっ! みんなそろってお出迎えとは、人気者になれたようで嬉しいよ」


 靜連邦中部地区、宇治枝国の始神種、宇治枝恭之助様だ。


「くだらないこと言っていないで、さっさと用件だけ言って帰りなさいな」


 恭之助様に明様が鬱陶しそうに言うと、


「つれないなぁ、僕と明ちゃんの仲じゃないか。もっと丁寧にもてなしてくれよな」


 と恭之助様。そのまま明様の肩に手を回して、「ね?」と微笑んだ。


 明様がその手をパシッと弾くが、恭之助様は離れない。


「はぁぁ……」


 不愉快、というよりも呆れ、いや、なんだろうか、それよりももっと憂鬱そうに明様はため息を吐くと、


「御霊術、第一奥義……」


「待って、待って! 悪かったからそれだけは辞めてっ!」


 明様が御霊術を使おうとして、周囲が一瞬だけ青白く光る。それと同時に恭之助様は血相を変えて明様から離れた。


「それで恭之助、どうして来たの?」


 萌加様が恭之助様にそう尋ねると、彼はひとつ咳払いをして、わざとらしい抑揚と、大袈裟な動きをつけながら語った。


「このところ、世界は騒がしくなっている! あぁ、それはもう騒がしい……! 南四連邦では祖神種の若菜ちゃんが誘拐されて、それに怒った洋介くんが奪還作戦を企て、あろうことかそれに関西統一連邦が賛同し、東西で緊張緩和。こんなことが未だかつてあっただろうか、いや無い! 神類文明は今、新たな局面に差し掛かっている! 靜連邦もまた、関東統一連邦に誘われて協商に参加、若菜ちゃんを誘拐した、世界北端への戦争に参加をする運びになった! そして我らが目指すはサハ、北端の地だ!」


「……だから?」


 冷めた目で見ていた明様がそう訊くと、やはりひとつ咳払い。


 しかし今度は真面目な顔で、


「俺はあおいちゃんに言われて、日渡に参戦要請を言い渡しに来たんだ」


 と告げた。


「参戦要請もなにも、日渡には軍隊がないよ? 大した戦力にはならないと思うけど……」


 萌加様が不思議そうに首を傾げる。しかし恭之助様はフルフルと首を振った。


「いいや、西部では有名な秘密兵器、日渡にあるんでしょ?」


「なに、それ?」


 萌加様がキョトンとすると、


「『御厨あかり』。協定周知の秘密兵器、あの濱竹安久斗ですら手も足も出なかった兵器さ」


 安久斗様ですら、手も足も出なかった兵器……


 そんなものがあるとすれば、たしかに靜が戦力にしたがるのも頷ける。しかし……


「御厨ってことは、あたしの祖先……」


「ねぇ明、兎山の臣家に……」


 いちかさんの呟きと同時に、萌加様が明様に質問するが、それも途中で遮られる。


「関係ないわよ。確かに私は『御厨あかり』と面識がある。臣家を御厨としたのも、彼女の強さにあやかって付けたのよ。でも、血縁上は何も関係ないわ」


 明様がいつもよりも少し強い口調でそう言った。そして恭之助様に少しだけ歩み寄り、


「あの子が同意するかは置いておいて、遠征させたいことは了解したわ」


「お、それじゃあ早速会わせて……」


「でも、」


 恭之助様の言葉を遮って、明様はそう前置きをする。その目は恭之助様を射抜いてしまいそうなほど鋭く、その声は凍るように冷たかった。


「彼女でいいのかしら?」


「……は?」


 恭之助様は不機嫌そうに明様に返す。それを受けて明様は、恭之助様の周りを歩き回りながら、


「彼女は今、とても弱体化しているの。もうそれなりの歳だしね。あの子は御霊術の開祖、私はその弟子。だけど現状、あの子よりも私の方がずっと強い。……確かに全盛期のあの子はとてつもなく強かった。安久斗も俣治も、靜の三大神も、そしてあなただって、御厨あかりがいるから協定周知国を攻められなかった。そのくらいに強かったことは覚えているけれど、今のあの子にその面影は残っていないわ。ほぼ何の戦力にもならない。それでも、連れて行くのかしら?」


「御託はどうでもいいんだよ。とにかく会わせてくれよ」


「……今のあの子を戦地に赴かせれば、関東統一連邦をはじめとする他連邦の神々にバカにされるわよ? 靜連邦にはまともな戦力はないのかって。それでも?」


「いいから!」


 恭之助様がそう怒鳴ったとき、


「いいや、良くないね」


 どこからともなく声がする。


 全員が驚いて辺りを見渡すと、神社の鳥居に寄りかかるように一人の少女が寄りかかっていた。


「しみずたん!」


 恭之助様がそう声を上げる。そこに居たのは靜しみず様。靜の三大神の末っ子だ。


 しみず様はこちらに向かって歩きながら、


「弱い者を戦力に加えるわけにはいかない。例えそれが、かつて正体不明の秘密兵器だと言われた伝説級の存在でも。ボクも気になるところではあるんだけどね、いかんせん関東と中京に舐められたらこの連邦の将来が危うい。そんな危険な橋を渡りたくはないからね」


「でも、そうは言うけどしみずたん。あの御厨あかりだよ? その正体が分かるというのに。それに明ちゃんが嘘を吐いている可能性だってある! 御厨あかりはもしかしたら、今なお……」


「じゃ言うけど、明が嘘を吐いているなんて言い出したらキリがないよ? 御厨あかりは既にこの世にいないかもしれないし、そもそも御厨あかりの情報を持っているというのも嘘かもしれない。だいいち、明しか彼女のことを知らないっていう時点でなんとでも言えるんだ。嘘を吐いているなんて言い出したら、本当にキリがない」


 しみず様は恭之助様の言葉を一蹴すると、


「それで、萌加。日渡は戦力を貸してくれるかな? サハは寒い。本当に寒いところだけど、どうか力を貸してほしいの」


 と萌加様に願い出た。


「わたしは構わないけど、軍隊なんてないから貸せる力は本当に少ないよ?」


 萌加様はそう言って僕らを見渡した。


「それでも、上神種家を複数有している時点で即戦力だよ。できるなら、ここにいる臣くんと巫女ちゃん以外の全員をボクに貸してくれないかな?」


「うぇっ、役職上神種を貸すの!?」


 萌加様は驚く。もちろん僕らも非常に驚いている。声には出さないが、お互い目を動かして見つめ合って、どうなってしまうのか成り行きを見守っている。


「この際だから言わせてもらうけどね、ボクは日渡ほどの小さな国で分散神治は過剰だと思っているんだ。実際、臣と巫女だけでも国は運営できると思うんだけど」


「でも兎山自治領があるんだよ? 自治領に小臣と小巫女を置くことは自然なことだと思うし、何しろ明が何者かに襲撃されたこともある。それを考えると、明の護衛は必要なこと。なにも過剰ではないし、不自然ではないと思うけど」


 しみず様と萌加様は口論を始める。


「いいや、過剰だね。そもそも自治領なんて作る必要はないんだよ。明が襲撃されたって、実際には無傷だったわけだし、明も元永神種なだけあってそんなに弱くない。むしろ今のままじゃ護衛の方が弱くて護衛が守られる立場になっちゃうでしょ。それこそ意味がないよ」


「弱い、弱くないはどうでもいいの! 兎山を自治領にすることで日渡の西部と東部とで管理を分けて厳格化できたし、臣と巫女の負担もだいぶ軽減できた。それになにより、より多くの者の意見を取り込むことができて、国が今までよりも一丸となって前へ進もうという雰囲気になれた。これは大きなことだよ」


「うーん、そうでもないと思うなぁ。確かに兎山自治領ができて、日渡は前に進んだかもしれないけどね、そのおかげで渡海は滅びたんだよ? さらにその知らせが届いたのは不運にもボクらと関東が話し合いをしている最中。おかげさまで小国同士の小競り合いも収まらない野蛮な連邦だと認識された。日渡は前に進んでいても、靜連邦としてはある種後ろに下がったと見ても良いね」


「はぁ? それは暴論でしょう!?」


「どうだかね。ボクは嘘を言っているつもりは更々ないよ?」


「なにぃぃ!?」


「お、やる気? 受けて立つよ?」


 売り言葉に買い言葉。萌加様としみず様は喧嘩寸前のところまできてしまったが、


「はーいはいはいはい、二人ともそこまで、ね?」


 恭之助様が割って入ったことにより、喧嘩に発展することはなかった。


「それよりも、しみず。戦争の概要を聞かせてちょうだいな。私たちは世界情勢について何も把握できていないの。力を貸すためにも、まずはどんな戦争かを教えてほしいのだけど」


 恭之助様が割って入った直後に、明様がしみず様に問いかけた。


「あ、そっか。まだ情報開示をしていないもんね。じゃ、聞かせてあげるよ」


 しみず様はそう言うと、戦争についての概要を説明してくださった。


 曰く、戦争の概要はこの通りであった。


ーーーーーーーーーー


1、関東統一連邦は、世界の北端を手に入れたい。しかしサハ列島連邦とサハ大陸連邦は人類との交流があるかもしれないがために、慎重に事を進めていた。


2、サハ列島連邦は、関東統一連邦が軍事的行動を起こそうとしていると気付き、それを辞めさせるために夏半若菜様を誘拐した。


3、関東統一連邦はそれに怒り、夏半若菜様を誘拐したサハ列島連邦を滅ぼしたい。しかし下手に動けば若菜様が殺される可能性があって動けない。


4、そこで、まずは若菜様を奪還するために関西統一連邦を巻き込んでサハ列島連邦とサハ大陸連邦を含む世界的な緊張緩和に走った。


5、文明保護協定と協商を立ち上げて、東西緊張緩和が実現。


6、協定を作った関西統一連邦が、神類による秩序再形成のために人類文明の徹底排斥に乗り出す。


7、サハ列島連邦とサハ大陸連邦が人類文明に酷く汚染されていることが明白になる。


8、協定、協商からサハ列島・大陸両連邦を追放。代わりに協商に靜連邦を追加して、世界北端への侵攻準備を進めた。


9、協定がサハ列島・大陸両連邦に警告を発信、速やかなる人類文明の排斥を求めた。しかしサハ列島・大陸両連邦はそれを拒否。


10、大連邦協商を設立。世界北端に侵攻する準備を整えている。一方、サハ列島・大陸両連邦はこれに反発して世界北部同盟を締結し、対決姿勢を見せた。


ーーーーーーーーーー


「明日、ボクたち兄弟は関東統一連邦で話し合いをして、世界北部同盟に最終警告を突きつける予定。もちろんそれは受理されないと思うから、ほぼ確定で戦争になる。洋介……あー、東輝の神ね、あいつは、開戦日時は冬至前58日前後を予定しているみたいだよ」


 しみず様はそう言ってから、「急すぎるから、人員を集めるのがほんとに大変」とため息混じりに呟いた。


「戦争の概要は分かった。で、日渡はどのくらい人員を渡せばいいの?」


 萌加様がそう尋ねると、


「最低でも2、3人。欲を言えば、さっきも言った通りここにいる臣と巫女を除いた上神種全員かな」


 しみず様の言葉に、萌加様はただただ頭を抱えて唸るだけだった。




ーーーーー

ーーー




「で、結局どうしたんだよ」


 安久斗は結論を聞きたくて急かした。


「なんか明が、『私が行く。その付き添いで大智と花菜、美有、湊、竜洋を連れて行く』って言って、それで収まった。でも、これでわたしは分散神治から集中神治に戻さなきゃいけなくなっちゃったの。渡海も併合して、明たちにはそっちの方も任せたかったのに……」


「でも、一時的だろ?」


「そうだけど! ……嫌なものは嫌だよ」


 安久斗に対して声を荒げた萌加だったが、少し冷静になって消えそうな声で言う。


 それを見て安久斗はため息を吐く。


「虐殺したからか?」


 その言葉に、萌加はピクリと肩を動かした。


 しかし、それだけだった。


 だが、安久斗は見抜く。彼女は自分のやったことを後悔していることを。


「ひとつ教えてやる」


 安久斗はそう萌加に言うと話し出した。


「自分のやったことを後悔したらおしまいだ。自分を責めた時点で負けだ。いいか、自分のやったことに誇りを持て。俺は今まで、散々なことをやってきた。その自覚はあるが、それを悔いたことなど一度もない。良くも悪くも、それをしたから今の自分がある。今の濱竹がある。二十ヶ国を同時に滅ぼし併合し、井谷と共闘して靜のテリトリーに挑んだが負けたから裏切って、逆に井谷へと攻め込んで、俣治から恨まれたって、俺はそれを悔やんだことなど一度もない。そうやって考えれば、お前がやったことなんて微々たるものだ。歴史上、大したことじゃない。そうしなければ統治ができなかった、統治をする上では仕方のないこと。自分は正しかったんだと、そう思い続けろ。それが俺からの助言だ」


 安久斗はそう言うと、しばらく萌加を見つめていた。しかし、ひとつやはりため息を吐くと、萌加の頭をわしゃわしゃと掻き乱した。


 その萌加は、泣いていた。


「泣くな。神が泣いたら、国の威厳が損なわれるぞ?」


「…………うん」


 萌加は消えそうな声で、安久斗にひとつ頷きを返すだけだった。




ーーーーー

ーーー




「諸君! この度は、世界北端浄化のために協力してくれること、心から感謝する」


 神紀4997年冬至前61日。靜国、静岡神社にて、靜するがは集った靜連邦軍——18ヶ国、永神種11、上神種73、下神種数多、総勢およそ20000——の面々を前に語る。


「現在サハは寒く、これからは豪雪の時期。我々からしたら非常に厳しい環境下にあるが、関東統一連邦、中京統一連邦との共闘及び強力な支援のもと、我々は世界北端の浄化に乗り出す! 皆はこれより靜連邦軍としての自覚を持ち、また大連邦協商軍としての自覚も持ち、文明の威信をかけて戦い抜いてくれたまえ! 協商は文明保護協定の傘下にあり、協商軍はこの世界の文明を保護するべく戦うのだ。我々はそれを誇りに思い、異世界に染まりし北賊どもを討伐する。即ちそれは文明の保護のためであり、この世界のためである!

 下神種どもは死を恐れるな! 例えお前らの命が失われようとも、この世界を守ることに繋がるのだ。死すれば英雄となることを頭に留めよ! 上神種は、戦況を見つつ攻撃、防御を徹底せよ。神を守り抜くことが、お前らに託された使命である! そして神々は、自身が死ぬことで国が滅びることを自覚せよ。神が赴くことは士気に繋がるが、それ相応の危険を伴っていることを肝に銘じておくように!」


 なお、戦争に永神種が赴くことは、神類文明においてはなんら不思議なことではない。実際、兎山戦争でも日渡萌加が戦地に赴いているし、濱竹人類反乱でも濱竹安久斗が鎮圧に乗り出している。


 今回は規模が大きく、神々は本国より遠い地で起きる戦争であるため、神治を停滞させてまで自ら赴くかは非常に悩ましいものであるが、それでも戦地へ赴こうという神々が少なからずいるのである。


「これより我々靜連邦軍は、南四連邦軍と名護連邦軍が保有する輸送船に乗って北を目指す。輸送船は、南四が2隻、名護が1隻の合計3隻。それぞれ行き先がバラバラである」


 するががそう言うと、彼の立つ舞台の背後にしみずとあおいが歩いてきて、背後に大きな板を立てた。


 そこには世界地図と、進軍経路が詳しく記されていた。


「まず、我々が配属される場所は3箇所だ。ひとつは北地連邦の小樽港、ひとつは北守連邦の青森港、そしてひとつは北守連邦の仙台港だ。この3箇所から、それぞれサハを目指して出撃する。小樽からはサハ大陸連邦へ、青森と仙台からはサハ列島連邦への出撃だ。小樽へ行くのは、靜陸軍、濱竹陸軍、武豊軍、周知軍、根々川軍、羽宮軍、沼軍、島波軍、伊月場軍、大山軍。青森へ行くのは、靜水軍、島谷軍、銀谷軍、宇治枝軍、富田軍。仙台に行くのは、濱竹水軍、日渡軍、袋石軍、崖川軍、古田崎軍とする。それぞれの靜連邦軍統率者は、小樽組が靜しみず、青森組が靜あおい、仙台組が濱竹安久斗だ。それでは各軍、乗船準備へ移れ。出航はこれより1時間後である!」


 そうして、靜連邦軍は世界の北端に向けて移動を開始する。


 靜国を囲むように聳える山々は紅葉に燃え、連邦軍の旅立ちを、カラカラと音を立てて見送っていた。




ーーーーー

ーーー




「うおぁぁ……」


 思わず言葉が漏れた。


 港に着くや否や、誰もが足を止めて、ポカンとした間抜け顔。口を開いて、目を上に向けて、呆然と立ち尽くした。


 そこには、本当に大きな船があった。


 無機質な灰色、ゴツゴツと全体的に角張っていて、まるで大きな岩を削って海に浮かべたかのようだ。


「相変わらず、でっけぇ船だな」


「安久斗様!」


 呆然と眺めていた僕の横に、安久斗様がやってきてそう言った。


「安久斗様は、この船を見たことがあるのですか?」


 花菜がそう尋ねると、安久斗様はふるふると首を振った。


「いいや、これとは別のやつだ。俺が見たのはもっとデカいやつだ。南四連邦の保有する、巨大戦艦って呼ばれる船だ。恐ろしいぜ、あれは。おそらく今回も投入するんだろうがな」


「巨大戦艦……」


 僕の横で、竜洋さんがそう呟いた。


「そ、それって、もしかしたらこの前見た、あの大きな船、かも…………」


 湊さんがおずおずとした口調で僕らに言う。


「お? この前見たって、どこでだ?」


 それに対して安久斗様が反応した。


「数日前、渡海との戦争を終えて町の様子を見て歩いていたら、海で大きな船が西に向かうのを見たんです」


 僕がそう言うと、安久斗様は少し考えて、


「あぁ、それはたぶん、今目の前にあるこいつらだ。戦艦じゃなくて、輸送艦だな」


「そ、そうでしょうかね。私たちが見たのは、大きな筒が付いた船が4隻と、その周りに小さな船が……」


「8艘だろ?」


 花菜が安久斗様に対して疑問を口にすると、安久斗様は笑いながらそう割り込んだ。


「その小さい船のうちの2艘がこれだ。それに名護から連れてきた1艘を足して、今ここにある」


 しかし、と付け足して安久斗様は唸る。


「戦艦も率いて名護へ向かったのか」


「何かおかしいのですか?」


 僕が尋ねると、安久斗様は頷いて、


「きっとそれは冬至前65日のことだと思うが、味方である名護に戦艦を派遣する意味がないんだ。そしてもし輸送艦を護るのが仕事だとしたら、今ここにその戦艦がいないのもよく分からない」


「つまり南四連邦は、名護に力を示すために戦艦を……?」


「それもあるかもしれないが、有力なのは……」


 竜洋さんの言葉に安久斗様がそう言いかけたとき、


「脅し、ですよ。単なるね。裏切れば晒しますよっていう」


 その言葉に、僕らは一斉に振り向いた。


 そこには見知らぬ男がひとり立っていた。


 安久斗様に比べて小柄で、一般的に見て細目な部類、服装は上品な茶色系統の革物で統一されている。


 しかし、彼を見て安久斗様は顔を顰めた。


「なんで貴様がここにいるんだ、栗伊門」


「そちらこそ、ここで油を売っていないでさっさと乗り込んだらどうです? 安久斗」


 知り合いのようであることから、きっと彼もまた神であるはずだ。


「それはそうと、そちらの上神種たちはあなたの配下なのですか?」


 ふと、安久斗様にその男は尋ねた。


「いいや、違う。こいつらは隣国日渡の上神種どもだ」


「ほぉ、手懐けていつか吸収しようという魂胆ですか。あくどいですねぇ」


「黙れ、断じて違う!」


「またまた。そう言いつつも、昇竜川の東岸進出を諦めたわけじゃないんでしょう? いつかはまた、あなたは東岸諸国へ侵攻するつもりなのでしょう?」


「あーそろそろ北側に国土拡大でもしようかなー」


「ほぅ、それはいつ頃のおつもりで?」


「今すぐだっ!」


 そうして安久斗様は、どこからともなく刀身の細い剣を取り出すと、その男に斬りかかった。


 男もまた、どこからともなく取り出した剣で攻撃を流すと、


「相変わらず短気ですねぇ。性格はだいぶ丸くなったと聞いていましたが、短気なのは変わっていないようで寧ろ安心しました」


「チッ、相変わらずうるさい奴だ。停戦などせず、さっさと滅ぼしておくべきだったな!」


「それは得策ではありませんね。私がいなくては、いつか関東統一連邦に吸収されたときにきっとあなたは問答無用で殺されてしまいます」


「お前がいたら変わるとでも言いたいのか?」


「それはそうですよ。私は唯一、東輝洋介に認められている皇神種なのですから。短気なあなたではそのパイオニアにはなれないでしょう?」


 男はそう言いながら、安久斗様からの攻撃を躱す。剣が交わり、カキンカキンと金物が擦れる音が響く。


 そんな中、男は「あぁ」とひとつ言葉を漏らすと、嫌らしく笑って、


「失礼、私がいても殺されますかね。あなたじゃ」


 しかし安久斗様は、その言葉には怒らなかった。


「確かにそうかもしれんな」


 予想外の安久斗様の言葉に、男は目を見開いて距離を取った。


「まさか認めるとは思っていませんでしたよ。反論してくれることを期待したのですがね」


 男の言葉に、安久斗様は剣を鞘に納めながら、


「そもそもとして、前提がおかしい。確かに関東に吸収されてしまえばそうかもしれんが、関東に吸収されなければそんなことは一切とて関係ない。お前が居ようが居まいが、俺が救われることはない」


 と笑う。男はそれを聞き、剣に向けてフッと息を吹きかけると、剣はどこかに消えていった。


「それもそうですが、生き残れる自信があるのですか?」


「舐めてくれるな。靜連邦はお前らが思っている以上にしぶといぞ?」


 安久斗様がそう言うと、今度はまた背後から別の声がする。


「果たしてそのしぶとさは、私たちに通用しますでしょうかね」


 女性の、透き通った声だった。


 僕らはまた振り返り、その女性を確認する。


 白いブーツに、丈の長い赤い羽織、そして緑色の小さな帽子を被った大人しそうな女性がそこにいた。


 その横に、茶色のもこもこした素材のブーツに、ブドウ色の羽織、そして頭に同じく緑の小さな帽子を被った小柄な女性がひとりいる。


「これは凛音様、それに志乃様も。お疲れ様でございます」


「お疲れ様です」


「お疲れ様」


 男が声をかけると、二人の女性は返事をした。二人とも大人しく上品な立ち居振る舞いであり、非常に輝かしいオーラを放っていた。


「リンネ……? あぁ、あなたが永井凛音様でありますか。初めまして、靜連邦統率国、濱竹の神、安久斗です。あなた様のお噂は予々(かねがね)。それに志乃様、先日の会議、お疲れ様でございました」


「はじめまして、濱竹安久斗さん。予々聞かれていたそれがどんなものか、とても気になりますね」


「凛音のことだから、きっとあまり良いことじゃないでしょうけど」


 二人の女性はそれぞれそう言う。赤い服の女性はその後肩を竦めて、なんのことだかというアピールをした。


「にしても、関東の祖神種様たちが、靜連邦でも野蛮とされる皇神種のわたくしと話していても大丈夫なのですかな? その名に傷が付くかもしれませんぞ?」


「そんなことありませんよ。むしろ皇神種にして統率国の座に上り詰めたあなたと直接話すことなんて、そうそうあり得ないことです。前々から栗伊門から話は聞いていましたし、多少の興味はあったのですよ?」


「私も。この前の会議での発言も鋭くて、しみずくんとも連携が取れてて、すっごく驚いた」


 二人は安久斗様にそう言葉を述べる。


 会話を聞くに、どうやらお二人は祖神種のようで、先ほど安久斗様と語り合っていた男性は皇神種のようだ。


 つまりは神様であって、格も非常に高い。


 二人の祖神種から言葉をかけられた安久斗様は柔らかく笑って、「あれはしみずが気を効かせてくれただけですよ。私など何もしておりません」などと言っている。


 なんだか少し、いつもの安久斗様と違うようで違和感を覚えるなぁ……


「安久斗様は、常に祖神種より下にられればならなくて、よくあのような社交辞令を述べられます」


 僕の耳元で、喜々音さんがそう声をかけてきた。


 喜々音さんは、今回は濱竹上神種としてではなく、日渡上神種の補助としてやって来た。主に僕たち日渡上神種に、戦術や戦況を分かりやすく伝えるためであって、いわば先生のような役である。


「にしても栗伊門、あなた安久斗さんとは犬猿の仲とか言っておいて、普通に仲良さげじゃないですか」


「そう見えた。……嘘ついてたの?」


 祖神種のお二人は栗伊門様にそう尋ねた。


「何をどう見ていたらそう思えるのです? 私と奴は、何十回も、数百年に渡る戦争をしてきたのですよ?」


 栗伊門様は心外だと言いたげにそう言うが、


「そこで生まれる絆もあるのではなくて?」


「うん」


 と、祖神種たちに言われてしまう。それに苦々しそうに顔を顰めたのは、栗伊門様だけではなかった。安久斗様もまた、


「ご冗談を。こんな奴との間に絆などあってたまるもんですか」


 と吐き捨てるように言う。


 そんなお二人の反応が面白かったのか、祖神種のお二人はクスクスと笑いながら、


「じゃ、そろそろ乗り込んだほうがよろしいですよ?」


「乗船、急ぐべし」


 などと言いながら、その場を去っていった。


 残された安久斗様と栗伊門様は、お互いに顔を見ることもなくため息を吐く。そして栗伊門様は、僕らに軽く礼をして船に向かって行ったが、決して安久斗様には礼も何もしなかった。


「食えん奴だ。……さ、行くぞ」


 安久斗様はそう吐き捨てながら、僕らに船に乗るように声をかけた。


 僕らは目の前に停泊する船に、大きな桟橋を渡って乗り込むのだった。




ーーーーー

ーーー




 かつて、海を進む船を見て、私は父に問いました。


「あれはどんな気持ちで海の上にいるの?」


 父は答えました。


「海に敬意を込めて、日頃の感謝を述べながら海に浮いているんだよ」


 私はそれを信じてきました。


 海は、勇様が護っている神聖なものです。渡海の民は海を崇めて、海の前で粗相を出すことは厳禁(タブー)です。


 海は、神聖なものなのです。


 ですが……


「おいっ、もっと酒持って来い!」

「足りねぇぞゴラァ!」


「ばっきゃろーめー! でたらめほざいてんじゃねーぞボケェ!」

「あぁ!? んだとゴラァ、やんのか?」

「おー、やれやれぇ!」

「いいぞいいぞー!」


「ぐっ……き、気持ちわりぃ……」

「大丈夫か? 吐くなら甲板から海に吐けよ?」


「おぅい、このゴミどうすんだ?」

「海にでも捨てておけ! 誰の迷惑にもならんだろ」


 大海原を進む船の上、私の前で繰り広げられる光景、会話は、何ひとつとして海に対する敬意などないのでした。


「…………」


「湊様、俺が明様と安久斗様に奏上致しましょうか?」


 きっと私の顔が不満に満ちていたのでしょう。横から竜洋がそう言ってくれましたが、


「いいのです。そんなことをしても、きっとこれは治らないでしょう。それに、明様や安久斗様に迷惑をかけてしまうかもしれませんし」


 私はそう言って、きっぱりと断りました。


 でも、正直とても迷うところです。


 神聖な海をここまで粗末に扱っている現場を見過ごして良いものなのでしょうか。


 勇様が、そして私の一族が、長年護ってきた海という聖域を護り続けることが、生き残った者の定め……なのかも。


 でも、既に国が滅びているのも事実。


 私たちがどれだけ発言したって、発言力は著しく低く、軽くあしらわれて終わる未来しか見えません。


「…………はぁぁ」


 私は深いため息を吐きました。


 窓から差し込み、私と竜洋の頬を照らすのは、見慣れない陸地に沈む真っ赤な夕日。


 どうやら海は陸から見て南にあるわけではなく、東にあるようです。……違和感だらけ。随分と遠くまで来てしまったみたいですね。


「……よいしょっと」


 私は、自分の座っている椅子から、やけに重く感じる自分の体を持ち上げて、宴会のような盛り上がりを見せる大部屋を後にします。


 それに呼応して竜洋も立ち上がると、


「湊様……」


 彼は心配そうに私に話しかけてきました。


「いいのです、これで。もうここは、私たちの護るべき海では無いのかもしれないのですから……」


 私はそう告げて、与えられた自室へと向かいました。


 自室といっても、狭い共同部屋です。畳数で表せばおそらく8畳ほど。もしかしたら、8畳もないかもしれません。


 この狭さに10人が雑魚寝をするというのですから驚きです。幸い、男女は分けられているので安心といえば安心ですが、それでも寝返りひとつ打てないであろう状況を思うと嫌気がさしてきます。


 遠くの陸に沈んでいく夕日を眺めて、私は今から訪れる夜を憂いて、またひとつため息を吐きました。


「ため息を吐くと、幸せが逃げますよ?」


 ふと、正面から声がしました。


 顔を上げると、そこには大智さんが立っていました。


「存じています」


 その言葉に、彼は微笑んで言います。


「だったら、ため息は吐くべきじゃないですよ」


「そうですね、その通りです」


 ごもっともなことですが、それができれば苦労しませんよね。


 そう言いたい気持ちを抑えて、私は笑顔を作ってそのように言いました。


 彼もそれに笑って、


「何があったか分からないけど、あんまり抱え込まないでくださいね。相談に乗ることくらいしかできないけど、僕にできることなら協力しますから」


 と言ってくださいました。


 私はそれに軽い会釈で返すと、自室へと足を進めました。


 ……言いたいことはたくさんありました。


「でも」や「だって」という言葉から始まるような文句が、先ほどの会話の中で沸々と湧き上がってきました。


 ですが、ここは海の上。


 感情的になることや、喧嘩をすること、荒い言葉を遣うことや人を困らせることは、一切とて禁止されているのです。


 ……果たして、この船の上で、それを守れている方はどれだけいるのでしょうね。


 それでも、私は守ります。


 例えこの船の上で、それを守るのが私だけであったとしても。


 それが、海の守護、渡海勇神に仕えた臣家の生き残り、福田湊が取るべき行動でしょう。


 海は神聖なものなのです。


 この船に乗る方々にとってはどうでもいいお話かもしれませんが、少なくとも私にとっては……




 海は、神聖なものなのです。




ーーーーー

ーーー




 まだ暗い時間、唐突に鳴り響くベルの音に驚いて飛び起きた。


 同じ部屋で雑魚寝をしていた上神種の皆さんも飛び起きて、「なんだ!?」「非常事態か!?」と焦っている。


 しかし、


『本日は神紀4997年冬至前60日。おはようございます、只今の時刻は午前3時42分でございます。船は現在、北守連邦の伊山国沖を航行、あと30分足らずで目的地……』


 そんな放送が流れ出して、ただの起床ベルであったことがわかった。


 眠い目を擦りながらボケェと阿呆面あほづらをかましていたら、部屋を回ってきた濱竹の臣、ひくま様に大部屋へ集まるように声を掛けられた。


 大部屋に、乗船する全員が集まるや否や、この船に乗る最高位の神——要するに祖神種だが——永井凛音様と山奈志乃様、それと肩を並べて舞台に登っている中京統一連邦の三津傘子様からの挨拶が始まり、その後、各連邦ごとにまとまって朝の挨拶と予定確認が行われ、僕たち靜連邦軍は安久斗様からのお言葉を頂いた。


 そうして30分くらい経って、船は港に接岸した。


 僕らには下船命令が下されて、連邦軍ごとに船を降りた。


 降り立ったのは、関東統一連邦所属の北守連邦管理国、伊山国の仙台港。風が冷たく、カラカラと枯葉が地面を滑る音が聞こえ、もう既に冬の訪れを感じる。靜連邦にはまだまだ冬は訪れないが、北に位置する北守連邦にはもう冬が訪れているようであった。


 船を降りて連れてこられた場所は、野外に設置された大きな仮設舞台の前だった。


 だだっ広い砂利の広場に、船から降りた軍隊が国ごとにまとまって整列する。


 僕ら日渡の軍勢は、安久斗様の指揮の元、濱竹軍の一端を構成するらしい。そのため、軍の名は『濱竹日渡連合軍』とされていて、整列場所も濱竹水軍に混じっている状況だ。


 煌々と灯りに照らされた舞台は、僕らから見ると真正面ではなくてやや左手側にあり、そしてなにしろ距離がある。上に登る者は親指と良い勝負を繰り広げるほど小さく、しかしまだ豆粒ほどではないからマシな方なのかもしれない。僕らより後ろに並ぶ下神種の軍勢は、きっと舞台上の者は豆粒以下の大きさに見えるだろう。


 舞台の上に、親指サイズの者が上がった。そしてその者は何やら話し出す。


『ようこそ、伊山国へ! 私は伊山の神、伊山歌仙! こう見えても北守連邦の管理を任されている祖神種で〜す。元は伊山連邦の盟主を務めて、関東に飲み込まれる前の北守統一連邦時代には管理国神かんりこくしん筆頭を……あー、今の統一連邦制における盟主兼行政管轄庁長を務めていたの〜。で、関東とも平和的に交渉をして……ん? あ、ごめんね、話しすぎちゃったね。とにかく、初めましての者がほとんどだと思うけど、よろしくね〜!』


 明るい口調が、周囲に設置されているスピーカーから耳に届けられる。


 マイペースなのかお喋り好きなのか、調子良く話をして横の臣様か巫女様か、はたまた別の人物かに途中で耳打ちされ、話を打ち切って挨拶に戻した。


 にしても、今でこそこの北守連邦は関東統一連邦の一部となっているようだが、その前は北守連邦自体が統一連邦を成していたとは。知らなかった真実である。


『さてさて、皆さん。これから数日のうちに、北賊討伐戦争が始まるはずだけどね、皆さんにはこの仙台港から、我が北守連邦が保有する戦艦に乗って、サハ列島連邦へと出撃してもらうことになりま〜す! その軍艦はね、明日ここに寄港する予定だよ〜。お楽しみに〜! それじゃあ、出撃までの時間はゆっくりと休んでね〜!』


 歌仙様はそう言って、舞台から降りていった。


「私たち、戦艦に乗るってこと?」


「そうみたいだね」


 横にいる花菜にそう訊かれたので、僕は軽く頷きながらそう返した。


 すると花菜は首を傾げて、


「戦艦に乗って、私たちは何をするんだろうね?」


 と尋ねてきた。


「知らないよ。でもきっと、なんか雑用でも任されるんじゃない?」


 僕はそう返す。本当に何も知らないのだから、そうとしか返しようがないのだ。


「いつ、任務についての指導や発表があるんだろうね?」


「分からないけど、直前じゃない? この戦争の概要だってついこの間知らされたばかりだし」


 花菜と僕はそんな会話を繰り広げながら、自分たちが待機する施設へと向かった。


 まだ朝日も昇る前の暗い道、歩くたびに砂利が音を立て、そしてたまに砂利に代わって落ち葉がガサリと音を立てる。


 はぁぁ、せっかくここまで来たんだから、観光のひとつやふたつ、できないかなぁ……。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年、冬至前60日。


 伊山国仙台港に寄港した大連邦協商各連邦軍の統率者は、朝5時より仙台神社にて打ち合わせを行う。


 仙台神社に集まった各連邦軍の統率者は以下の11名である。


 関東統一連邦所属、

 北地連邦より、あさひ国の始神にして北地連邦海軍艦隊管理系統筆頭顧問、旭園川あさひえんせん大佐。

 北守連邦より、伊山国の祖神、伊山歌仙。

 同じく北守連邦より、山縣国の祖神、山縣恋華やまがたれんか

 北守連邦より、栃国の祖神、栃暁太郎。

 南四連邦より、九王くおう自治区の始神にして南四連邦海軍戦艦指揮系統筆頭顧問、九王篤郎くおうろくろう大佐。

 甲信連邦より、永井国の祖神、永井凛音。

 同じく甲信連邦より、山奈国の祖神、山奈志乃。


 靜連邦より、濱竹国の皇神、濱竹安久斗。


 中京統一連邦所属、

 名護連邦より、砦安さいあん国の始神、砦安小堤さいあんしょてい

 山支連邦より、車侖中しゃろんのじゅう国の始神、車侖中綴壱しゃろんのじゅうていち

 三津連邦より、三津国の祖神、三津傘子。


 この者たちが、木造3階建の本殿の2階にある大会議室にて巨大な円卓を囲み話し合う。


「今日中には第一艦隊が青森港に、そして明日には第二艦隊が小樽港に到着するだろう。第三、第四艦隊はどんな状況だ?」


「第三艦隊は、昨日知床港に入港したと伝達を受けました。第四艦隊は既に稚内港にて待機中です」


 栃暁太郎の質問に答えるのは旭大佐だ。


「なるほど。着々と戦力が北に揃いつつあるみたいやな」


 三津傘子がそう発言し、横に座る綴壱に目をやる。


「んで、うちら中京の輸送艦隊はどこにおる?」


「『伊良湖』は既に稚内港に入港した模様。『鳥羽』は現在、小樽に向けて航行中。また、『熱田』と『伊勢』は今未明に名古屋港を出航したようだ。明後日には『熱田』が小樽港に、『伊勢』が稚内港に入港するはずだ」


 綴壱が傘子からの質問にそう返すと、付け足すように小堤が口を開く。


「500ほどの名護連邦水軍を乗せた関東第三戦艦『ひょうが』は、 64日未明に名古屋港を出港、同日午後に関西の大阪港に寄港、63日の午前中に知床へ向けて出港したと報告を受けている」


 これに対し「そう」と傘子は返し、綴壱と小堤に「報告どうも」と感謝を述べた。


「『ひょうが』には重要な任務がありますので、頑張っていただきたいところですね」


「北嶺、腕の見せどころ。がんばれ」


 その報告を受けた甲信連邦の二人は、これからの計画を知っているのか二人で頷きながら話していた。


「なんだ、その重要な任務って?」


 それに興味津々に食いついたのは濱竹安久斗である。


 安久斗からの質問に答えたのは、南四連邦の九王大佐だった。


「『ひょうが』には、サハ大陸・列島両連邦との最後の会談の舞台になるという仕事があるのさ。関西統一連邦の盟主の桜咲メグ様と、北地連邦管理国神の北嶺札穂様を乗せ、一度択捉島沖に赴き、そこで占守シュム殿と衣堆ジョンキヤ殿と、洋上会談を行う予定になっている。これによって平和的解決ができるか否かが決まり、交渉が決裂したら宣戦布告という運びになっている」


 それを聞いた安久斗はコクコクと頷きながら腕を組み、


「なるほど。文明保護協定と世界北部同盟の戦争であると明言するために必要な行為というわけか。あくまでも関東の私利私欲のためではないという姿勢を見せるにはもってこいですな」


「「「…………」」」


 関東統一連邦の神々は安久斗を睨みつけながら黙った。


「お前、皇神種のくせに生意気だぞ」


 沈黙を破ったのは栃暁太郎であった。安久斗に対して静かにだが怒りの籠った声で言った。


「しかし事実では? このまま戦争を開始したら、誰がどう見ても世界北部を欲しいと思う関東統一連邦が私利私欲のために戦争を仕掛けたようにしか見えない。そこで、文明保護という名目を出し、対立する関西統一連邦を巧みに利用し、いかにも世界の総意であると見せ……」


「口を慎め、皇神種がっ!」


 痺れを切らし、暁太郎は安久斗を怒鳴りつけた。それに対して安久斗は表情を変えず、先ほどよりも声を張り上げて言う。


「何を怒っているのですかな暁太郎様? 別にわたくしは、そのやり方が悪いなどとは一言も言っておりませんが」


「あぁ!? 何を……」


「むしろ賢い立ち回りであると私は思いますがね。関西統一連邦が文明保護協定代表として表立って戦前会談に参加することで、例え大連邦協商を武力で打ち負かしたとしても、世界西部が敵討ちに来ることが確定しているという強い恐怖と危機感を煽ることに繋がるのは予想に難くない。これのどこが関東統一連邦に……いや、大連邦協商にとっての悪手となると言えましょうか」


「ぐっ……」


「それともなにか、悪手だと思われても不思議でないという後ろめたい自覚があるのですかな?」


「ねぇよ、んなもんっ! ちっ。ったくなんだよこいつ。皇神種のくせに生意気な……」


 暁太郎は非常に腹立たしかったが、濱竹安久斗が関東統一連邦のやり方に対して批判的な意見ではなく肯定的な意見を述べていたというまさかの事実を知って、やり切れない思いを抱えたまま口を閉じた。


「へぇぇ、あの暁太郎を言いくるめちゃったよ」


「驚いたねぇ。まさかまさかだよ」


 そう言うのは伊山歌仙と山縣恋華だ。


 それと同時に、志乃が席を立って暁太郎の背後までトコトコと歩いてきて、彼の肩に小さな手を置いて、


「暁太郎、どんまい」


 と優しい声で言う。


「んあっ!? 憐みか!? この手はなんだ貴様!?」


 暁太郎はキィィと怒って志乃の手を振り払おうとするが、その手は空を切っただけだった。


 既に志乃の手は彼の肩になく、志乃は彼の言葉に耳も貸さずにトコトコと自分の席まで戻っていた。


「惨めにさせるだけさせて帰るな!」


「え、惨めな者が惨めな思いをすることをなんで辞めなきゃいけないの?」


「はぁ!?」


「だって惨めなのに惨めな思いあんまりしてなさそうだったから、それ相応の惨めな目に合わせなきゃ惨めが惨めとして成り立たないでしょ? 惨めさん」


「惨め惨めうるせぇ!」


 暁太郎は志乃に怒るが、志乃は「あーもうお腹いっぱい、惨め惨め」と言いながら手をヒラヒラと仰いで暁太郎を煙たそうに遇らった。


「なぁ、志乃様ってあんな性格だったのですかな?」


 それを見た安久斗が、横に座る凛音に小声で尋ねた。


「そう……ですね。たまにですけど、志乃は誰かを煽る瞬間がありますね」


「あんな大人しそうな外見なのにか?」


「基本は大人しいですよ。でも、たまに凄く誰かに絡みたがりますね」


 凛音はそう言うと、ふふっと笑みを浮かべた。それとほぼ同時、安久斗は凛音が何を言いたいのか理解する。


「そうですね、あぁ見えてあの子は相当……」


「いいのですか? それ以上言ったら絶対当人に怒られますぞ?」


 安久斗の言葉に凛音は上品に笑うと、


「その通りですね。あなたは理解が早いのですね。栗伊門に聞いていた通りです」


「あの野郎、なに語ってやがんだ……」


 安久斗はため息混じりにそう言って、凛音との話を終えるのだった。


「それで、話を戻すのだが、」


 この混沌とした状況下、ひとつ咳払いをした九王大佐が話し出したことで、会議室は静寂を取り戻した。


「我々第五艦隊の宣戦布告後の動きについて確認したい」


「りょーかい! じゃ、それに関しては恋華、説明よろ〜」


 歌仙がそう返し、バトンをすぐに恋華に渡す。


「すぐ私を頼る。少しくらい自分でやりなよね」


 恋華はぐちぐち言いながらも立ち上がると、円卓の真ん中に地図を展開して、黒と白の石を用いて説明を開始した。


「まず、私たちは仙台港から大洋うみを北東に進みます。目的地はサハ列島連邦の本拠地である占守島。列島から離れた海の上を航行し、じかに占守島にまで迫るのが役目です」


「でも、途中で敵が船を出して列島方面からやって来るはずだから、それを撃破しながら進むの」


 恋華の説明に割り込んで、歌仙が石を動かしながらそう言う。


 石は黒色が協商軍で、白色が同盟軍のようであり、黒い石が恋華によって海を北東へ移動させられている最中に、歌仙によってサハ列島より白い石が南下させられて接敵、それを黒色の石が蹴散らすというような動かされ方をしていた。


「すなわち、列島の船を大洋うみに誘き寄せて、相手の戦力を壊滅させるんが我々の役目っちゅうことやな」


「そう!」


 綴壱の言葉に歌仙が指を鳴らしながら元気よく言う。


「しかし、我々が単独で一直線に占守島を目指しては、2日後には占守島近海に辿り着いてしまいます。それじゃあまりに早いので、我々は列島の侵攻具合に合わせて進軍を進める予定です」


 旭大佐がそう補足する。


「具体的には?」


 小堤がそう訊くと、


「まず、鉄則としては海戦で艦隊のうち一隻でも傷を負ったのなら、近くの味方の軍港へ寄港して補修、補給を行います。そしてまた海に出て、敵戦力の分散と殲滅を行い、また補修と補給のために寄港をして……を繰り返します」


 と旭大佐は答えた。


「必要に応じては、占領した領地を守るための防衛戦も行うかもしれないね」


 歌仙がそう付け足す。


「制海権の奪取はどのようにするおつもりで?」


 安久斗がそう尋ねると、


「そんなの力尽くだよ!」


 と歌仙。


「つまり私たちは、基本ずっと海を動き回って、接敵し次第戦って殲滅するということですね?」


 凛音が尋ねると、「おうよ!」と歌仙が返した。


「他の艦隊の動きはどんななんや?」


 傘子が質問すると、恋華が地図に石を置きながら答える。


「第一艦隊は、宣戦布告の直前に青森港から根室港に移動し、出撃体制を整えてから、宣戦布告と同時にサハ列島連邦に出撃。知床に控える第三艦隊と南北に分かれて列島へ激しい艦砲射撃を行うのと同時に、輸送艦と揚陸艦にて強襲上陸も実施。列島の速やかなる陥落を目指します」


 そう言いながら、恋華は黒色の石を動かす。


 青森から根室へ移動した黒石は千島列島の南を移動して、知床から移動した黒石は千島列島の北側を移動して、白色の石が並ぶ千島列島を終始挟撃し続けることがよく分かる。


「第四艦隊は、輸送艦と揚陸艦の護衛のために稚内港を出港、サハ大陸への上陸戦を補助したあとで大陸東の沿岸を航行、艦砲射撃で沿岸都市への攻撃を行います。途中、何度か稚内港に帰っては輸送艦と揚陸艦の護衛をして、大陸に兵を送り続けます。そして大陸南部の占領に成功したら、北部へ回り込んで、沿岸都市の破壊を行います」


 そう言って、稚内に置いてある黒石を、樺太島東の海沿いに北上させる。


「最後に、第二艦隊ですが、」


 恋華は少し間をおくと、小樽にある黒石に手をかけて、スッとそれを樺太島の対岸にあるユーラシア大陸へと動かした。


「第二艦隊は、輸送艦、揚陸艦の護衛をしながら小樽港を出港、そして異世界に上陸戦を仕掛けます」


「ほぉ」

「いっ、異世界に……!?」

「おぅふ……」

「へぇぇ」


 作戦の概要を詳しく知らない安久斗と小堤、綴壱、傘子は各々声を漏らした。


「でも待ちぃや、そこって確か、険しい山脈地帯やないか? 無事に上陸できるんか?」


 傘子がそう尋ねると、歌仙が胸を張って言い切る。


「問題なし! 神類固有の能力を用いて、地形を変更しながら上陸、侵攻をする予定だよ! 何せ相手は人類だしね」


「慢心はしないほうが良いと思うが……。まぁいい、どうして上陸する意味があるんですかな?」


 その答えを聞いて安久斗が質問する。


「サハ大陸北部に異世界から上陸するためだよ。それと、異世界から第二艦隊が攻撃されることを防ぐためってのも大きいね」


 歌仙がそう答える。それを受けて恋華がユーラシア大陸に動かした黒石を、地図上を北に向けて移動させ、樺太島とユーラシア大陸が最も接近する部分より黒石を樺太島へと上陸させた。


 そのあと、もうひとつ黒石を用意して、間宮海峡にコツリと置いた。


「歌仙の言う通りで、第二艦隊は異世界上陸作戦を済ませたら、サハ大陸と異世界の間の海峡を北上し、サハ大陸西岸に向けて艦砲射撃を実施します。そして、異世界で戦う陸軍の支援も行いつつ、サハ大陸連邦の陥落を支援します」


「大陸の攻略は陸軍が中心だから、第二艦隊と第四艦隊は補助に回ることが多い部隊だね」


 歌仙の補足に対して恋華は「うん」と頷いてから、


「ですが、第二艦隊の主力艦は南四連邦が所有する巨大戦艦『かいたく』です。補助で終わらせるのは些か勿体無いので、大陸での任務終了後も列島が陥落していなかった場合は、速やかに列島戦線の主力として用いる予定です」


 そう言いながら、間宮海峡に置いてある石を樺太島北部を迂回するようにぐるりと回すと、そのまま占守島方面までオホーツク海を横断させた。


「第四艦隊はどうするん?」


「異世界戦線からの引き揚げの際の護衛として用います。また、サハ大陸の住民への牽制としてしばらく残します」


 傘子の質問に、恋華はそう答えた。


「以上が、今回の戦争で予定する各戦線の流れだよ。大丈夫そう?」


 歌仙がそう皆に確認を取る。


 一同、頷いた。理解できたようである。


「よし! じゃ、今の流れを各軍説明しておくように! 説明が終わったら自由時間。関東統一連邦の祖神種に断ってくれれば、配下を連れて観光に出るのも可能だよ! あとは洋介から連絡が来たらまた招集するので、そのときはよろしく〜」


 歌仙はそう言うと、元気に「解散!」と宣言した。


 これにて、打ち合わせ終了である。




ーーーーー

ーーー




 安久斗様から、観光をしても良いという旨の内容を聞いた。


 よし、それならば早速この遠方の街を観に行く他にない!


 僕はすぐさま支度を整えて、街に繰り出そうとした。しかし、それに待ったを掛けたのは花菜だった。


「ちょっと大智! あんたさっきの安久斗様のお言葉ちゃんと聞いてたの? 街に出るなら関東統一連邦の祖神種様の許可が必要だって言ってたじゃない。あんた一人で取れるの?」


 そう言われ、思い出す。たしかにそんなことを言われたような、言われていないような。


「やったぁ、観光できる!」という喜びのあまり、そこら辺の注意事項を聞き逃していたようだ。危ないところだった。


 しかし困った。関東統一連邦の祖神種で面識があるお方なんていないぞ……


「どうした、玄関先こんなところで硬直して。靴でも失くしたか?」


 するとそこに、神の如く現れた安久斗様が……!


 いや、安久斗様は神だから間違っていないのだけど。


「あ、えと……。街の観光に出たいのですが、関東統一連邦の祖神種様にお引き合わせ願えませんか……?」


 僕が安久斗様にそう尋ねると、彼はニヒリと笑って、


「分かった、ついて来い」


「ありがとうございますっ!」


 僕は満面の笑みでお礼を言い、安久斗様の背中について行った。


 安久斗様はそのまま、軍艦が停泊するすぐ隣にある、高層の建築物の中に入っていく。


 建物の外壁は赤い煉瓦で、繋ぎ目は真っ白な漆喰で埋められているが、内部は平たく切られて磨かれた真っ黒な石が一面に詰められた床と、焦茶色の艶やかな木が貼られた壁が特徴的な、重厚感あふれるものであった。


 天井が高く、そこにも煌びやかな装飾が施されている。大きな灯油ランタンが上から吊る下がっていて、室内は淡い橙色に照らされていた。


 僕が建物の美しさに見惚れて、天井をまじまじと見つめていると、前方より足音が迫ってきて声をかけられた。


「美しいですよね、この装飾。まるで建物自体が芸術のよう」


「はい、同意です。こんなに綺麗な建物、見たこともありませんので……」


 見惚れながら、女性の声にそう返す。


 返してから、ふと気がつく。


 ……やらかしたと。


「か、軽口を利いてしまい、申し訳ありませんでした!」


 僕はそう言って、その女性に向かって慌てて跪き、土下座をした。


 僕に声を掛けてきたのは、何を隠そう、関東統一連邦の祖神種で、甲信連邦の盟主、永井凛音様だったのだ。


「ふふっ、気にしなくて良いのですよ。それほどこの建物に見惚れていたのでしょう? 私もその気持ち、分かりますもの」


 凛音様は柔らかく笑いながら、上品な声色で僕に言う。そして「姿勢を戻して良いですよ」と声を発せられ、


「同じ感受性を有する者と出会えたことは喜ばしいことですし、話も弾ませたいものです。ですが、それをするのに最も邪魔なものは『立場の違い』なのです。それを強く意識してしまえば、上の者に媚びへつらい、自分の意見を押し殺して肯定のみを行い、有意義な話など何もできなくなってしまうのです」


 と、朗らかに語られた。しかし、そうは言われましても、祖神種様に軽口を利くわけにはいかないのは明白であって……


「ごめんなさいね、困らせてしまって。私から言うことは簡単ですが、言われた方は簡単じゃないですよね。私もよく臣に怒られますもの」


 スクッと笑いながら、凛音様は仰られる。


 しかし僕は何と返せば良いのか分からず、「はぁ……」と一言返し、苦笑いを浮かべる他なかった。


「凛音、また困らせてるの?」


 すると、凛音様の後ろ側から山奈志乃様の声が聞こえた。


「人聞きの悪いこと言わないでください」


 凛音様は振り返るや否や、志乃様にそう告げられた。


「すまんな、一人にしちまって。志乃様と話していたら凛音様が先に行かれてしまってな」


 志乃様と凛音様が会話なさる中、安久斗様が僕の肩を軽く叩きながらそう言われる。


「いえ、とんでもないです! 祖神種様に引き合わせていただいて感謝しかありません!」


 僕は安久斗様にそう返すと、彼はニッと笑って、


「観光、俺もしたいから同行してもいいか?」


 と仰られる。


 正直、予想だにしていなかった。安久斗様と一緒に観光ができるなんて……!


「ぜひ!」


 僕は満面の笑みでそう返す。


 が、直後にヒュオォと強烈な風が吹き荒れた。その風があまりに強くて、僕は顔を守るように腕をかざし、目を閉じる。


《そんなこと、許しませんっ!》


 風の中からそのような女性の声がした直後、風が吹き止んだ。


 目を開けると、飛び込んできた光景は……


 キラリと輝く長い太刀が僕の首に突き付けられているものだった。


 持ち主は、背が高く痩せ型の女性。面識はある。


「おな様……!」


 濱竹国の巫女、三ヶ日おな様である。


「黙りなさいっ! 濱竹上神種でもないお前が、作戦以外で安久斗様と行動を共にすることなど許されざる行為であることを知りなさい!」


 えぇぇ、理不尽な……


 僕から言い出したことじゃないのになぁ。


「おい、おな。太刀を納めろ。大智を傷つけたら萌加と明が黙っていないぞ?」


「はっ」


 安久斗様がおな様にそう言ったことで、僕の前から太刀が退けられる。


 ふぅ、助かった。


「それで、おな。お前には大陸方面を任せたはずだが?」


「安久斗様の身の安全を護るのが巫女の務めです。赴任先へはいつでも帰れるため、護衛しに参りました」


「なるほどな。たしかに見知らぬ土地で襲われることはあり得ない話ではないからな。で、それはそうと、俺たちの会話はどこで盗聴している?」


「うぐっ……。そ、それは……」


 安久斗様から静かな怒りが感じられる。おな様は都合が悪くなったのか、目を泳がせていた。


「まぁなんとなく分かるさ、こいつだろう?」


 安久斗様は、そんなおな様に追い討ちをかけるように首に下げた装飾品を外して手に乗せた。


 それは、綺麗な水色の石だった。少し淡く光り輝いていて、その綺麗さに見惚れてしまう。


「へぇ、珍しい。『生命の石』ですか」


「『生命の石』、貴重」


 安久斗様の横から凛音様と志乃様がそう感嘆される。


「で、この貴重な石の中に、お前は盗聴チップでも埋め込んだんだろ?」


「…………」


 安久斗様の言葉におな様は黙っていた。


 安久斗様はそれを見て、石を丁寧に地面に置いて、


「俺の中ではほぼ確信に近い何かがあってな、まぁ真実はこれを割ってみれば分かるのだが……」


 腰から刀を抜き、石に向かって突き刺そうとした。


「あぁぁ!? ま、待ってくださいっ! 安久斗様の仰る通りにございますっ! 申し訳ありませんでしたっ! で、ですのでどうか、どうかその石を割らないで……!」


「よし、じゃ今すぐ盗聴機能を取り除け」


「いいえ、それはできません」


「…………」


 おな様の言葉に、今度は安久斗様が黙った。この黙りはおそらく呆れである。顔に「なんだこいつは」と出ているからね。


 おな様曰く、


「この機能は、安久斗様を護る上で重要な機能です。安久斗様の身に何か危険が迫っていることを私が察知することができ、いつでも駆け付けて問題に対処することができます!」


 とのこと。


「以前には無かった機能だと思うが?」


「人類反乱の一件以降取り付けたものですので。現場の状況を逐一知ることができなくては、護衛の精度が落ちると実感致しましたので」


 安久斗様は「理屈としては筋が通っているんだよなぁ……」と呆れたように唸った。


「では、こうしたらどうです?」


 そこに意見するのは凛音様だった。


「盗聴によって駆け付けるのは、安久斗さんに実害が及びそうな場合のみと決めるのです。また、それ以外の場合、例えば今回のような例ですが、それらは後ほど、巫女さんが心配になった部分を安久斗さんに報告していただく、という……」


「黙りなさいっ! これは濱竹の問題だぞ! 誰か知らんが部外者は口を挟むな!」


 しかしおな様は、凛音様の言葉を遮ってそう大声を上げ、あろうことか凛音様に太刀を向けられた。


 これには安久斗様も青ざめて、言葉を発せずにいた。もちろん僕もである。


 そして、その安久斗様も言葉を発せない状況が災いを招く。


 安久斗様が瞬時に言葉を発し、おな様を宥めることができたのなら良かったのかもしれないが、それができなかったということは、おな様はずっと凛音様に太刀を向けているのであって、言い換えれば、凛音様はおな様に太刀を向けられているのであって。


「……ふふっ、面白いですね」


 凛音様は表情柔らかに笑った。しかし目が……目が笑っていないのだ。


 瞬間、凛音様の周囲に白いもやが漂い始め、発生した靄は下へ下へと流れていく。


 そして周囲を白く染めて、おな様の持つ太刀の刃を氷結させていく。


「面白くなってきた。はい、避難」


 唐突に、僕と安久斗様は首根っこを掴まれて後方へと引き摺られた。


「し、志乃様。あの、我が国のダメ巫女が……」


「あぁ大丈夫、死にはしない…………たぶん」


 僕らを引き摺ったのは志乃様である。


 志乃様、小柄なのに力持ちなんだなぁ。


「ん? 今なにか失礼なこと考えた?」


「いいえ、滅相もない。頼もしいなと」


「物は言い様って、よく出来た言葉だよね」


「……はい」


 バレバレだ。祖神種ってコワイ……


「それはそうと、凛音には氷結の姫で『氷結姫ひょうけつき』ってあだ名がある。でもあまりに怖すぎて、昔の文献ではよく氷結の鬼で『氷結鬼』と表記されてる」


 志乃様は僕と安久斗様にそう解説する。


 ちなみに僕らの目の前に広がる光景は、一面氷の世界である。


 僕らのいるところは季節相応の暖かさがあるけど、おそらくこれは志乃様が結界を張ってなんとかしているものと思われる。


「それで、そんな高性能な盗聴器があるにも関わらず、なぜ安久斗さんの周囲にいるのが誰なのか分からないのですか? 現場の状況を逐一知るための盗聴機能であるのなら、先ほど安久斗さんと志乃が話していた会話や、私がそこに混じっていたことなども分からなければ愚の産物ですよ? 宝の持ち腐れも良いところです。……いえ、あなたの知能では高性能すぎる代物ということですかね。猫に小判、豚に真珠とはまさにこのことですね。あぁ、私の言っていること、理解できていますか? 馬の耳に念仏ですかね。分かっているのなら何か返事をしてみてください。……まぁあまりの寒さでろくに言葉も発せないでしょうけど」


 凛音様の説教は、『氷結姫』の名に恥じない冷淡なものだった。聞く限り、半分以上が煽りである。相手が寒さで何も言えないことを良いことに、凛音様の独壇場が繰り広げられ、言葉遣いは丁寧であるものの罵りが続いている。


「これで懲りればいいんだがな……」


 僕の横で、安久斗様がそんな言葉を発した。


 安久斗様も、おな様の行動に少なからず手を焼いているようである。


「わぁお! ちょっとちょっと、どうしたのこれ!?」


 と、そこにまた一人女性の声が。


「歌仙。よっ!」


「よっ! 志乃ちゃん。あれはなぁに?」


「凛音」


「うん、それは分かる。あと凛音ちゃんのことを『あれ』扱いするのやめようね、可哀想だから」


「『あれ』って言ったのは歌仙。私じゃない」


「うん、『あれ』っていうのはあの惨状のことだよ?」


「ん。どっかの誰かが凛音を怒らせた」


「……う〜ん」


 ダメだこりゃ、と言わんばかりに苦笑した彼女は、僕らに目を向けた。


「ねぇねぇ君たち関係者〜?」


「違います」


 安久斗様が秒で嘘をついた。その直後、さっきから積極的に口を開いていた女性の後ろに佇んでいた女性が口を開く。


「……あ、誰かと思えば濱竹安久斗だ」


「えっ!? こいつが?」


 さっきから話している女性は、唐突に僕の手を取って立たせると、握手したまままじまじと僕を見た。そして、


「思ってたよりも弱そう」


「歌仙、それ別人」


 はい、別人ですね。ありがとうございます志乃様。


「え、じゃこっちか!」


 間違っていると分かった女性は、僕から乱暴に手を離すと一目散に安久斗様に近づいて、全く同じ手順で安久斗様を立たせて見やると、


「思ってたよりも強そう……!」


 と感想を述べた。


「先ほど会っているはずなんですがね……」


 安久斗様は困惑を顔に浮かべる。


「あれ、そうだっけ〜? あ、もしかして戦略会議に参加してた?」


「えぇ、もちろん。靜連邦の代表なので」


「へぇぇ、そっかぁ。ごめんね、全然気にしていなかったよ〜」


 うん、なんというか……


「相変わらず自由奔放ね」


「というか適当すぎ」


 どうやら志乃様たちも思っていることらしい。


「ところであなたは?」


 いきなり、先ほど現れた女性に話しかけられる。


「あ、靜連邦日渡国臣家次男、磐田大智です」


「大智くんね、よろしく。私は北守連邦山縣国祖神、山縣恋華。そんでさっきから人騒がせなのが、北守連邦の盟主、伊山歌仙だよ」


「んー、呼んだ?」


「呼んでない」


 ということは、今朝方演説していたのはあの人か。演説の時はもう少し真面目な印象を抱いたが、普段はあの調子ということか。


「志乃、凛音を止めてきていい?」


「ん」


 恋華様が志乃様に許可を取るや否や、志乃様は結界を解除する。


 たちまち足元を冷気が襲う。寒い、寒すぎる……!


 一方、恋華様は寒さなど気にせずに凛音様の方に近づくと、凛音様も何が目的か分かったのかにこかに微笑んで、能力を解除した。


 そして凍えて真っ青になったおな様を担いで、凛音様は安久斗様の前までやって来る。


「巫女さん、返却しますね。聞き分けの良い子で助かりました」


「あっははは、皮肉ですかな?」


「いえいえ、ご冗談を」


 おな様を安久斗様に返した凛音様は、歌仙様に軽く挨拶を交わして事情を説明した。


「まぁでも、港の中で能力使われちゃ困るから、ちょっと凛音は連行ね。恋華、帰るよ〜」


「それではまた。良き滞在になることを願っています」


 歌仙様はそう言うと、恋華様を連れて帰って行った。恋華様も僕にそう挨拶し、歌仙様の後を追った。


「さて、こいつをどう帰したもんか」


 安久斗様はそう言って頭を抱えた。


「とりあえず、起きるのを待つしかないと思います」


「起きたらまず説教だな」


 安久斗様はそう言って笑った。




 その後は、おな様を部屋に寝かせて観光へ行ったのだが、僕ら日渡上神種と濱竹上神種の中で観光に行きたい人と、安久斗様、そして案内役の志乃様というメンバーで回った。


 仙台港の周辺だけの観光ではあったが、日渡や濱竹とは違った街並みが広がっていて、とても新鮮な気分になった。


 やっぱり知らない土地に来たら観光をすることが一番だよ。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年、冬至前59日。


 サハ列島連邦領択捉島沖にて、文明保護協定と世界北部同盟の洋上会談が行われた。


 会談の舞台となったのは関東統一連邦所属の北地連邦が所有する巨大戦艦『ひょうが』の甲板。


 天候は快晴であるものの風が強く、波も高い中で行われた。


 出席者は4名。


 文明保護協定代表、関西統一連邦盟主、桜咲メグ。


 大連邦協商代表、関東統一連邦所属北地連邦盟主、北嶺札穂。


 世界北部同盟代表、サハ列島連邦盟主、占守シュム。


 同じく世界北部同盟代表、サハ大陸連邦盟主、衣堆ジョンキヤ。


「さて、じゃあまずはうちらの現状、確認していこか」


 そう切り出したのはメグだった。


「現状、うちら文明保護協定と世界北部同盟は対立関係にあるなぁ。うちら協定は異世界文明をこの世界から取り除くことを目的に設立されたんやけど、それに非協力的な態度を取っとるんがあんたらっちゅうわけや。せっかく東側と緊張緩和して世界が丸く収まるよう動いたんに、今度は北端が反発してしもうた思うて、うちはほんまに残念に思っとるんやで?」


「それは東輝洋介に言うべき言葉なんじゃないの? 私たちは東輝に騙されたのよ。あの男が、私たちの平和的な要求を武力で解決しようとしたから、それに抗議の意を示して……」


「抗議の意が手荒すぎるのよ。若菜ちゃんを誘拐したら、そりゃ洋介さん怒るわよ。だって若菜ちゃん、南四連邦の中枢神よ? それくらい考えれば分かるでしょ」


 シュムの言葉を遮って札穂がそう言う。


 実はかつて、北嶺札穂が治める北地連邦は、サハ列島・大陸両連邦と文化圏を共有していたことがあり、この二人は旧知の仲、一時期は非常に親しかったこともあるほどなのである。


 そして、統一連邦制が提唱されると3連邦で統一連邦を形成する計画が浮上するも、札穂とシュムの異世界に対する価値観が合わず決裂。その後、シュムとジョンキヤは異世界からの植民を受け入れたり、逆に異世界へ入植したりして、異世界文明と融合された独自の文化圏を作っていくが、北地連邦は関東統一連邦に加盟を申請し、徹底した人類排斥を行なったのであった。


 なお、人類排斥をする際、札穂は宗谷と知床、根室に人類収容施設を作り、関東統一連邦中から集めた人類をそこに集め、シュムとジョンキヤに人類を引き取らせて異世界に逃がすという人道的な行動も実施している。


 しかし、札穂とシュムの価値観はやはり平行線を辿り続けていて、根本的な仲は『不仲』と認定されるほどのものである。


「まぁせやなぁ。この対立の根本を辿れば、関東とサハの対立があるのは明白さかい、そこで蹴りをつけられるのが望ましいことやなぁ。せやけど、それができないから拗れてこうなってしもたんやろ?」


「拗れたと言うよりは、最初から関東の策略だったように思えるがな。こうなるように仕向けてきたのは向こうだろう」


 メグの言葉に、ジョンキヤがそう返す。


 今回、元を辿るとサハ大陸連邦は若菜誘拐事件に一切関与をしていないのであり、当初の戦争目的から見れば完全に巻き添えを喰らっている形になっているが、戦争の名目が『若菜の誘拐に対する処罰』から『異世界文明の排斥』に変化しているため、処罰対象に該当してしまっているのだ。


 ジョンキヤはそれに気付いて、速やかに異世界文明を排斥して協定側に入りたいと思い、関東へ遣いの船を出したのだが、サハ列島連邦にそれを妨害されて、失敗に終わっている。


 それを聞けば分かると思うが、サハ大陸連邦に実権はほとんどなく、そしてそれと同時に戦闘意欲も列島に比べれば低いのである。


「私からは何も言わないわ。洋介さんがどう思っていたかなんて、正直分からないし」


 札穂がそう返すと、シュムが「嘘ばっかり」と笑う。


「せやなぁ、もし東輝はんが最初っから戦争する気満々やったんなら、協定に協商、それらを作った目的って果たしてどないなもんなんやろなぁ。場合によってはうちらも利用されたっちゅうことになるさかい、簡単には看過できん問題やもしれんなぁ」


 メグも少し不満げに言うが、メグは洋介が当初からサハを滅ぼす気であったことを理解している側の者であるため、演技である。


「ま、それはひとまず置いといて、うちら協定からの提案があるさかい、話聞くだけ聞いてもらいたいんや」


 メグはそう前置きをすると、ひとつわざとらしく咳払いをして、


「協定及び協商からの提案は、今この場での即決を条件に、協定傘下に入らないかっちゅうもんや。なお、これにイチャモンはつけたらあかんで、あくまで無条件。実はこれ、うちが東輝はんにお願いして、特別にこの提案を許してもらったんや。つまりうち考案で、西側諸国としての地位で協定に入ることになるんや」


「関東側ではないってこと?」


「せや。デカいやろ?」


 シュムの質問にニヤリと笑いながらメグが言う。


 確かに、現状対立している関東統一連邦の誘いで入るというのはサハとしては釈然としない状態である。敵を前にして怖気付いた、軍門に降った臆病者と罵られてもおかしくない状況で、肩身も狭く息苦しい状態となるのは目に見えているであろう。


 しかし、関西側で入れたのならば、関東にとってみれば敵対勢力に挟まれる状況となり、まさに目の上のたんこぶ。世界にとっても戦争回避にも繋がり、美味しい話である。


 しかし。


「協定の立場は覆らないのよね?」


 シュムはメグにそう尋ねた。


「せやで。うちらがサハに譲歩することはあらへんで」


「てことは、私たちの文化は一掃されるわけね」


「せやなぁ。まぁ今回みたいな武力を用いた早急な浄化やのうて、うちら関西主導で浄化を進める方針になっとるさかい、平和的ではある」


「協商軍の介入は?」


「なしや。西側で入るっちゅうことは、協商は積極的介入ができないっちゅうことや。協定は協商を『協定軍』と位置付けてはりますけど、その主導権を握っとるんは関東で、中京が居るとはいえ完全な東側勢力や。逆にうちら西側のすることに手出しはさせん。関東と関西は、協定の中では対等な存在やし。あんたらが入ってくる言うなら、うちが主導になって別の組織作るさかい、協商の存在は気にせんでええ」


 メグはそう言ってにこやかに笑う。


「だが、この場で即決か。一度持ち帰って、連邦の神々と相談して決めるのはできないということだよな」


「せやで。ここで即決、うちらの提案にイチャモンもつけちゃいかん。無条件で承諾して、協定に参加することが条件や」


 ジョンキヤは、ふむ、と顎を押さえて悩む。


「私個人としては、2人が入ってきてくれたら嬉しい。浄化の後でなら、北端統一連邦構想を再始動しても良いかなって思っているわ」


 札穂がそう言うと、シュムが大笑いする。


「ふふふふふふ! 面白いわね、札穂ちゃん。あなたこの前まで私にすごく当たり強かったのに、どうしちゃったのよ?」


「別にどうもしてないわ。関東の祖神の面前では、ああするのが普通じゃない。あなたのことは嫌いだけど、そこまでギャーギャー言うほど仲が悪いわけじゃないでしょう? 私、元はこっちのコミュニティだし、付き合いだってこっちの方が長いでしょう?」


「だがその場合、関東はどうすんだよ?」


 ジョンキヤがそう訊くと、


「私が関東と敵対するのを防ぐ役割を担うのよ。関東と戦えば間違いなく負けるもの。だから、敵対ではなく共存。親密にお付き合いを続ける感じね。で、西とも東とも仲がいいけど、どちらにもつかない第三勢力になってしまえば、東西が戦争になったときも北端から達観できるって戦法」


 と札穂が答えた。


「ふふっ、楽しそうでなにより」


 それを聞いているメグは笑みを漏らしているが。


「悪くないな」


「そうねぇ、悪くないわ」


 二人は札穂の意見に頷いた。


「お、シュム。それじゃあこの条件を……」




「お断りね」




「「「…………」」」


 シュムは、満面の笑みで提案を切り捨てた。


「ちょっ、どうして!?」


「なんでだよっ! これを飲まなけりゃ俺たち滅ぶぞ!?」


 札穂とジョンキヤは慌てる。


 特にジョンキヤは、この最後の救いがあると以前から信じていた節があった。生き残る道は関東か関西の軍門に降る他にない。ジョンキヤはそう悟っていた。


「衣堆はん、今ここで同盟解体して、大陸だけでも協定に入ることもできるで?」


 そこにメグから甘い誘いが来る。


 しかし。


「そんなことされちゃ困るわねぇ。世界北部同盟は、大連邦協商に対抗する唯一の組織でなくちゃならないからさ」


「どうしてだ? そこまでして戦いたいなら一人で戦えよ! 俺を……俺たち大陸を巻き込むなよっ!」


「なぁにそれ、まるで私に死んでほしいみたいな言い方じゃないの。一人で戦って勝てる相手でないことは分かっているでしょう? だから頼りにしているのに」


 そしてシュムはニヤリと笑って、


「それとも、裏切って見殺しにする気なの?」


「そうじゃない! 分かっているだろう? 協商は俺たちじゃ歯が立たない相手だ。それと戦おうって方が自殺行為だろう?」


「分かってないなぁ」


 シュムはニヤリ顔を崩さないまま、ジョンキヤに耳打つ。


「       」


「っ!?」


 それを聞いたジョンキヤは驚き、


「……勝てるのか?」


 と小声で尋ねた。それにシュムは頷いて、「前にも言ったじゃないのぉ」と笑う。


 希望が見えた、正にその言葉が当てはまるだろう。ジョンキヤの顔に笑みが浮かんだ。


「……その様子じゃ、残念と言わざるを得ない感じやなぁ」


 それを見てメグがため息を吐いた。


「はぁあ、美味しい提案だったんと違う?」


「確かに美味しい提案だったわよぉ。でもねぇ、もうこっちも覚悟を決めてしまったわけよぉ。それに私たちの中では、協商に勝てる道筋が見えているのよ」


 シュムは笑顔でそう言った。


「勝てる道筋ね……」


 札穂は静かにそう言った。


「札穂ちゃん、命乞いするなら今のうちよ? 今なら北地連邦も世界北部同盟に加えてあげるよ」


「はぁ、そうね。あなたたちが勝ったら、その時は命乞いするわ。もしそのときに気が向いたら加えてちょうだい」


 札穂はそう言って笑う。


「じゃ、あとは戦争まっしぐらやな。東輝はんに伝えときます」


 メグがそう言って、札穂と共に礼をする。ジョンキヤとシュムも二人に礼をした。


 こうして、洋上会談は終わった。


 戦争を止めることはできなかった。




 で。


「シュム。さっきの話、本当だろうなぁ?」


 下船した衣堆ジョンキヤは、占守シュムを問いただす。


「当たり前じゃない。ちゃんと交渉して、もう既に支援を要請してあるわよぉ」


「そうだったのか。それなら一安心だ……」


 ジョンキヤはひとつ大きなため息を吐いた。


 それを見てシュムは微笑む。そして去りゆく巨大戦艦の後ろ姿を睨みつけながら、


「『大連邦協商』か」


 と呟いた。


 波打つ港、遠い沖に立つ白波。


 吹き付ける強風で、近くで鳴く海鳥の声すら聞こえなくなる中、


「まったく、面倒くさい」


 赤い髪がたなびいて、彼の口許を隠しながら。


「悪いけど、そんな協商滅んでもらうわよ?」




ーーーーー

ーーー




「そうか、そこまで腰抜けではなかったか」


 月明かりが差し込む深夜に、東輝洋介は鼻で笑った。


「はぁあ、ほんま残念でならんわぁ。あんたさんらんとこと敵対する勢力を増やせる思うたんになぁ。悔しいわぁ」


 それに対してメグはビスケットを右手で摘みながら、落ち込んだように漏らした。それを見ながら、洋介はニヤけて言う。


「かわいそうに。そりゃあさぞ悔しかろう?」


「その顔ほんま腹立つなぁ」


 メグはビスケットを口に放ると、上品に手で口を隠しながらボリボリと噛み砕いた。


「……なぁ、ほんまに滅ぼすんか?」


 メグはビスケットを飲み込むとそう尋ねた。


「ったりめぇだ。異世界に汚染されたような場所など、この世界にある必要はないだろう?」


「同意やなぁ」


 メグは少し悲しげに笑う。


「二、三度しか話したことない連中やったけど、愉快な奴らやったなぁ」


「ふっ、バカ言え。喰えねぇ奴らの集まりだろ」


「さぁなぁ、少なくともうちはそう感じたで?」


 洋介の言葉にメグはマグカップを手に取りながら返した。そして中に入った甘いココアを飲み干して、


「せやけど、うちの救いの手を振り払ったんやから、バカな連中なんかもなぁ。代償、かなり高く付くと思うけどなぁ」


「ま、あいつらが選んだ道だ。お望み通り完膚なきまでに潰してやろうじゃないか」


 洋介はそう言って、席を立った。


「行くんか?」


 メグが尋ねると、「あぁ」とだけ短く返して歩き出す。


「せいぜい頑張りやぁ。向こうは勝ち筋を見つけとるみたいやし」


 メグは椅子に座ったまま、ひらひらと手を振った。洋介はそれを聞いているのか、いないのか。メグの言葉に何一つとして反応せず、その空間を去っていった。


「さて、用事も済んだことやし、うちは帰りますかなぁ」


 メグはそう呟くと、「ご馳走様」と小さく言って、洋介が去った方向とは別方向に去っていった。


 残された空のマグカップと、ビスケットが入っていた容器。これらはここに放置されることになるのだが、次に誰かに見られたのは、これから約60年の月日が経ってからのことである。


 なぜならここは、旧根室人類強制収容所の廃墟内部であったのだから。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年、


「我々世界北部同盟は、」

「協商国諸君、時は来た!」


 冬至前58日。


「大連邦協商との戦争を、」

「我らは汚染された世界の北端を、」


 サハ戦争、


「開始する!」

「浄化する!」


 開戦。




ーーーーー

ーーー




「お休みのところ失礼しますっ!」


 未明、伊山国の仙台神社にて伊山歌仙が寝ていると、巫女の花京院かきょういん銀杏ぎんなが駆け込んできた。


「どしたの〜?」


 歌仙が眠い目を擦りながら返すと、


「根室にて、夜明けとともに東輝様が宣戦布告を行うとの報告がありました。我々もそれに合わせて、早急に出撃せよとの命令ですっ!」


「えぇぇ、急すぎるよぉぉ……」


 歌仙はそう言いながら布団に潜ると、


「やっぱりお布団最高っ! んじゃおやすみ〜」


 と言って寝ようとしてしまう。


「歌仙様……!」


「大丈夫、だいじょうぶ。出撃までの支度は青葉に頼んであるから。整った頃に起こしに来て〜」


 そして本当に寝てしまうのであった。


「はぁ。分かりました、可及的速やかに支度を整えます」


 銀杏はいつも通りのマイペースさに呆れながらも返事をし、部屋を出て一言、


「予想通り。先に恋華様に知らせておいて本当によかった……」


 とため息混じりに呟くのだった。




 一方、ひと足先に報告を受けていた恋華は、まずは駐屯する協商軍の面々を集めるように指示。おそらく起きてこないであろう歌仙の代役を永井凛音に頼み、予め控えておいた出撃の宣書を凛音に渡して、出撃の最終調整をする艦隊に足を運び、現場の下神種を鼓舞して回っていた。


 そして全てを終えて、舞台の設置された港の広場へ戻る頃には、ほぼ全部隊の集合が完了しているところであった。


 夜が明ける前の、空が白んだ頃合い。


 眠い目を擦りたい気持ちを我慢して並ぶ兵士たちの前に、凛音が立つ。


「ここより北西、根室の地で、夜明けと同時に我らが盟主、東輝洋介祖神が、北賊に対して宣戦を布告する。根室の夜明けはここより幾らか早く、おそらくあと僅かであると思う。我ら協商軍は、異世界に汚染されし愚かな北賊どもをばつし、浄化することが任務である。これは我らの文明のため、そしてこの世界のために、やらねばならぬことである! ここに集いし者どもよ、北伐せよっ! 一切とて恐れることはないっ! 躊躇うことはないっ! 北端神類は全く愚かであるっ! 我らは愚者どもを蹴散らし、この世界より異世界文明を排斥する!」


「「「うぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!」」」


 出撃の宣言が為されると同時に、東の海から太陽が顔を出した。


「さぁぁぁああ、みぃぃいいんなぁぁああああ!」


 突如、空高くから何やら声がする。


 直後、地響きと同時に、凛音の立つ舞台の一部を破壊しながら歌仙が降り立った。


「これより出撃っ! 正義は我らにあり、敵は北賊だぁぁ!!!」


「「「うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」


 美味しいところだけを掻っ攫った歌仙であったが、こう見えても第五艦隊の総司令官であり、代役に全てを任せず一応示しは付いた。


 凛音も「タイミング完璧ですね」と笑っている。


 いや、それは単に「来るなら最初から来い」という嫌味かもしれないが。


 それはおいておき、協商軍第五艦隊は、出撃宣言の後に出航準備に取り掛かった。


 そして冬至前58日、朝6時53分に伊山国仙台港を出航。


 サハ列島連邦の陥落を目指し、大海原に繰り出した。

 みなさんお久しぶりです、作者のひらたまひろです。

 今回は『サハ戦争・乙』ということで、宣戦布告までです。ようやく宣戦布告かよという感じですね。書いているこちらも、ゴールは見えているのですが、そこまでの道が未だ見えなくて途方に暮れております。

 この『サハ戦争』では、神(とくに祖神種)が非常にたくさん出てくるので、それぞれ個性を考えるのがとても大変です。

 なお『伊山歌仙』ですが、東方projectさんに『茨歌仙』という仙人のキャラクターがいることを、つい先ほど知りました。驚きです。正直、名前の変更も考えたのですが、ここまで書いてしまった手前訂正は困難です……。気が向いたり、何か問題が出てくるようでしたら変更したいと思います。

 それでは、今回は文字数的に少し短めですがここまでです。

 また次回、『サハ戦争・丙』でお会いいたしましょう!

 お楽しみに!


2023.01.15 17:21

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― 新着の感想 ―
おな、これが良い薬になるといいんだけど……笑。安久斗様、なんやかんや好きなキャラです笑しかしその安久斗様でも祖神種には下手にでなければならないほどに、やはり同じ永神種だとしても格が違うのですね…。あと…
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