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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
渡海事変
42/107

 日渡国東部、兎山地区。神紀4997年夏至後60日、渡海と国境を接するこの地区に、兎山自治領の設立が宣言された。靜連邦諸国もそれを認め、日渡初の自治領となった。しかし、兎山明を領祖とするその自治領は、渡海国民からは到底受け入れられないものであった。

 兎山明は、渡海と日渡の基となった国、兎山国の神であった。南半分が渡海として独立し、残る北半分が日渡に引き継がれたことで、今から321年前に兎山国は滅びた。当時、昇竜川の西岸統一を果たし、東岸への進出・統一を目論んでいた濱竹と深い溝を残したままであった。その後、継承国の日渡や独立した渡海は、世界的な自国完結の国家運営で国が干上がり大国濱竹を頼らざるを得なくなり、濱傘連盟に加盟。濱竹からの支援を受けると同時に、濱竹の影響下に置かれて事実上の平伏を強いられた。かつての敵国に平伏するのが納得できず、渡海は3年で濱傘連盟を脱退するが、日渡はそこに残り続けた。

 それから幾年か経ち、濱傘連盟は強固な軍事同盟と化し、その勢力は祖神種国家である大国靜の影響圏と接することになった。そして時代は変化する。複数の国家が集まってひとつの巨大な国家を運営する連邦制というものが世界的に始まり、靜と濱竹は連邦を立ち上げることで合意。濱傘連盟は靜連邦に吸収される形となり、連盟諸国は西部で繁栄することとなった。また、濱傘連盟を脱退した渡海も靜連邦に加盟し、西部地区構成国として再び濱竹の影響下に置かれることとなった。

 そして、それから260年以上が経った。もう既に、日渡にも渡海にも、濱竹への敵意は残っていない。二大統率国として靜連邦で権力を握る超大国濱竹と敵対すれば、国は一瞬で滅ぼされることを誰もが理解しているからである。しかし、兎山自治領の領祖である兎山明と濱竹との関係は、今なお全く良いものではないのであった。

 渡海では今、兎山自治領は実質兎山国の再建であるという主張が蔓延っている。実際、兎山派の上神種家は兎山の再建を狙っていて、旧領奪還も視野に入れていると言われている。それが指し示すのは、日渡、渡海の統一と反濱竹主義の復活。即ち今、渡海では、兎山自治領は自国の安定を揺るがし兼ねない危険極まりない存在とされているのである。

 が、渡海国の神、渡海勇は、兎山国の再建に懸念の色を示しながらも日渡の兎山自治領を承認。渡海国民の支持は失われて、渡海政府の権威は失墜してしまった。

 この物語は、そんな混沌となりつつある渡海を巡ったお話である。

「兎山自治領、反対!」

「「「はんたーい! はんたーい! はんたーい!」」」

「臣と巫女は、辞任せよ!」

「「「辞任せよ! 辞任せよ! 辞任せよ!」」」

「侵略国家の誕生を認めるな!」

「「「認めるな! 認めるな! 認めるな!」」」


 神紀4997年、夏至後70日、渡海国、福田ふくで神社前。


 毎日のように行われる、兎山自治領への反対運動。


 その参加者は日々増加する一方であり、今では渡海国民のうちの7割が、この反対運動に参加している状況である。


「辞任すべきだろう」


 そう言うのは、渡海の臣の福田鋼ふくだこうだ。


「そうね、私たちの信頼は地に落ちているわ。この状況で何を言っても、火に油を注ぐだけだものね。でも……」


 渡海の巫女、東河口沙苗は不安材料を口にする。


「私たちが辞任をすることは、勇様の決定が間違いだったと認めることになるんじゃないかしら? それに、兎山自治領が危険な存在であるって言っているのとも同義になっちゃうし。それってつまり……」


「兎山自治領への認識はなにも変わらない、ってことか」


「えぇ、根本的な問題解決ではないわね。それどころか、事態を悪化させるかもしれないわ」


 む、と鋼は頭を抱える。


 根本的な解決。それは、渡海の民衆に兎山自治領の正当性を認めさせることである。そうしない限り、この騒動は収まらない。


「では、俺が演説をして、国民への理解を訴えてみようか?」


 臣と巫女の話に割り込んできた青年がいた。


「「勇様っ!」」


 鋼と沙苗は彼に頭を下げる。


 彼こそが渡海の神、皇神種の渡海勇である。


 渡海国400年の歴史を築き上げ、靜連邦加盟後は西部諸国の神々と連携して、安定した国を作り上げた神である。それ故に、国民からの支持はかなり高く得られていた。


 ……そう、いたのだ。


 しかし、日渡に対して「兎山明に力を持たせるな」と警告を行った直後に告知された兎山自治領の設立へ反対せず、瞬時に国交を取り付けたことで、国民からは「態度に一貫性がない」と見られて信頼が失われた。


 もちろん、勇が兎山自治領を認めたのは、兎山自治領の体制が兎山明に力を持たせるものではないと判断したからであり、その説明は国民にも度々していた。


 だが、国民はそんなことは分からない。そもそも、日渡派と兎山派の違いもよく分かっていない状況の者に「兎山自治領の小臣と小巫女は日渡派であるため、兎山明が力を持つことはない」という説明を行えば「いやでも兎山自治領なんでしょ? 兎山じゃん」となるのは当然だろう。


 そして勇は、国民がしっかり分かるまで説明を行わなかった。これもまた、信頼が失われたひとつの要因となっている。


 そんな状況でなお神が何か言おうものなら、国民は怒るに決まっている。まるで火に油を注ぐ愚行ではあるものの、いつの時代も、どの文明でも、上に立つ者が下を十分に把握していることなどない。それどころか、下を考えているだけまだマシである。人類文明の初期など、上の都合で下の者がこき使われていたことだってあるのだから。


 勇は彼なりに国民を考えて動いている。だが、それが国民にどうやっても届かないのだ。


 それでも彼は諦めない。


 国民の説得を毎日のように行い、兎山自治領の正当性と安全性を訴えた。


 その甲斐があってか、渡海国民によるデモは日に日に収まっていった。


 だが、大抵問題というのは忘れた頃にやってくる。


 火種は完全に鎮火しないと、水面下で燻り続け、そしてそれはいつか……爆発するのだ。




ーーーーー

ーーー




 本当に忙しい日々だった。


 3日くらいに渡って、日渡を除く連邦27ヶ国の神様に会ったけど、全員個性的だった。


 萌加様の説明がない限り、誰が誰かなんて分からない。もちろん、全員覚えられていない。


 思い出を語るなら、最終日に来たメンバーが豪華すぎて腰が抜けた。宇治枝恭之助様と靜の三大神……様? この名称に対して『様』って欲しいのか分かんないけど、まぁいいや。靜の三大神、そして沼様と猪頭様。その他、靜のお膝元である島谷しまや様、谷津やづ様、銀谷ぎんや様。


 このメンバーが来た時は本当に圧倒された。


 なんというか、気迫がすごいのだ。


 特に靜の三大神と、沼様。あそこは別格だった。


 靜の三大神は、最上位種のオーラが漂っていて存在自体に圧倒された。


 沼様は裁判の時に一度会ったが、話したのは初めてだった。話してみると、終始緊張せざるを得なかった。東部諸国をまとめる連邦屈指の経済大国という名に相応しい貫禄ももちろんあるのだが、それ以上のオーラと僕らを射抜く視線に驚かされた。


 同じ神類なのに、上位種というだけであれほどの差があるのか?


 否、それは違う。沼様は萌加様と同じ始神種だ。もしそれが種の問題であるならば、萌加様からも同じオーラを感じるはずだ。だが、そんなことはない。ということは、沼様の圧倒的な気迫とオーラ、貫禄は、沼様特有のものであるということだ。


 え? 萌加様はロリすぎて威厳がないって?


 イヤダナー、ソンナコトナイデスヨー。


 そんなこと、思っていても口に出すことはできない。間違いなく不敬罪に処される。僕もだんだんと神治のシステムに慣れてきたようだ。最初は大逆罪だの不敬罪だの、クソ喰らえと思っていたような罪がいくつもあったが、最近はそう思うこともなくなり、いつの間にかそれらを避けるような行動を取るようになってきた。不思議なものだな、自分のことだけど。結局は、深層心理に死にたくないって欲求があるから、死ぬこととなる罪に触れたくないってことなんだけど。


 にしても、兎山自治領ができたことによって、西部諸国の兎山に対する警戒は少し弱まったようだ。兎山派が実権を握らないことが明確になったことで、周辺諸国の態度は一転した。どうやらかなり兎山派を危険視していたみたいだ。


 まぁそれもそうか。日渡と濱竹を敵視している時点で、連邦全加盟国を敵に回しているのと同じ状況。そんな勢力が復活するなんて考えたら、恐ろしくて寒気がする。そりゃ警戒されて当然だし、萌加様もそれを分かった上で分散神治に参加させたんだから、かなり思い切った行動をしたものである。


 兎山派だけが警戒されていたため、僕ら日渡派や中立派が兎山自治領を管理すると宣言することで、これ以上危険視されることはなくなった。あとは、濱竹との和解や勢力圏に入る約束を即座に交わしたことが決め手になっているのだろう。


 とは言っても、問題もある。


 南隣の渡海国では、民衆が兎山自治領を『侵略国家』と呼んで反対運動を連日のように起こしている。渡海の神様が説得して、なんとか民衆の反発を押し返せたようだけど、不安は残る。


 というか、侵略国家ってなんだよ。とんだ言いがかりだ。たしかに渡海はかつて兎山国から分離独立した国家ではあるけど、侵略されていた歴史はない。渡海では歴史が歪んでいるのか?


 だが、どうやって歴史が歪めば兎山が侵略国家になるのだろう? 僕にはよく分からない。


「ん? いや、多分あれは歴史が歪んでいるんじゃなくて、これから侵略されるって思い込んでいるからなんじゃないの?」


 気になったので磐田神社を訪れて萌加様に尋ねると、そうやって返ってきた。


 明様に尋ねてもよかった案件だが、明様は基本的に話しかけるなオーラが出ているので話す気になれなかった。というか、部屋に引きこもって出てこないし、声をかけても「ごめん今無理」って言われることが多い。何をしてるかは分からないけど、なんかすごく断られる頻度が多い。


 ……もしかして、嫌われてる?


 僕何か悪いことしたかなぁ?


 もしそうなら謝らなきゃいけないけど、心当たりが全くない。そもそもとして、ちゃんと関わったことがそれほどない。しっかり話したのだって、兄が殺された時に萌加様の伝言をいただいた時くらいだし。


 ……あれ、関わらなさすぎじゃね? こんな状態でちゃんと運営できるのだろうか。


 まぁそれは後だ。帰ったらちゃんと明様とコミュニケーションを取ろう。


「これから、ですか?」


「うん、そう」


 僕が訊き返すと萌加様が肯定した。


「渡海の民は、兎山がかつての領土を奪還しようとするんじゃないかって思ってるんじゃないかな。そうなると、日渡と渡海、この二つの国家を侵略する可能性がある。だから、兎山を『侵略国家』と呼んでいるんだと思うよ」


「それはしないって、設立宣言の時に何度も言ったはずなんだけど……」


 萌加様の言葉を聞いて、僕は心の底からそんな言葉を発した。


「きゃはは、そうだね。質疑応答の時にすごく質問されて、大智はずっと答えてたもんね」


「そうですよ。あれだけ言ったのにどうして通じないのか、僕には理解できませんよ……」


 はぁ、とひとつため息を吐く。嫌なことだ、まったく。侵略する気もないし、考えてもいないのに。そもそもそうならないために、本来なら無職で自由な生活を送れるはずの僕が小臣という立場に立っているわけだしさ。


 なんでそうなっちゃうんだろうなぁ……


 そう考えていると、萌加様が楽観的な声を上げる。


「ま、きっと大丈夫だよ。今はすごく反対運動を盛んにやってるけど、それもすぐ終わるよ。鎮静化に向けて勇が動き出したみたいだし、大事には至らないはずだよ。戦争なんてもってのほか。神の決定なしには戦争にならないから、勇が兎山自治領を認めている限りは戦争にならないよ」


 いや、それに関しては僕もそう思ってるんだよ。僕が納得いっていないのは、自分が何度も説明したことがどうしてちゃんと通じていないのかってことであって……


 はぁ、僕は一体何にこんなに腹を立てているんだろう。思い通りにならないことなんて、世の中たくさんあるのにさ。話が通じないことだって多々あるわけだし。


 ……あんまり深く考えない方がいいのかもしれない。割り切ろうかな。


「……そうですね、僕も戦争の心配はあんまりしていないです。渡海の神様がちゃんと止めてくれるだろうと思っていますし」


 僕は萌加様に対してそう言った。すると萌加様は微笑んで、


「そうそう。兎山に貼られたレッテルも、きっと勇がなんとかしてくれるよ。だからね大智、あんまり深く考えちゃいけないよ? 気楽に考えていこうよ」


 と僕に言った。


 ……え? なに、もしかして萌加様、僕の思っていることを分かっていたの?


「さて、じゃあわたしはちょっと街に出てくるね。大智もそろそろ兎山に戻って、神治に取り掛かったほうがいいと思うよ」


 僕が考え込んでいる最中に、萌加様はそう言って外に出てしまった。


「え、あ、はい。ありがとうございました」


 僕はそう言って、立ち去る萌加様の後ろ姿をただただ眺めていた。




 御厨神社に帰ってきた僕は、とりあえず明様とコミュニケーションを取るべく話しかけることとした。


「あ、あの」


 よくよく考えたらおかしな話だ。自分の上司のような立場の人と、ここ数日、一緒の空間に居ながら話していなかったのだから。でもまぁ、接触を試みても断られることが多いんじゃこっちから話すことはまず不可能ってものだけど。


「どうしたの?」


 僕が話しかけると、明様は無表情で振り返った。


「あ、いえ、あの……」


 感情のないような真っ赤な眼に射抜かれて、僕はかなり緊張した。正直、かなり怖いのだ。明様の特徴でもあるのだが、真っ白い肌や髪色の中に浮かび上がる真っ赤な目は、まるで雪の中で警戒心を最大にまで引き上げて佇む雪兎の目のようなのだ。


「……?」


 たじろぐ僕を見て、明様は疑問の表情を浮かべている。


 どうしよう、なにを話したらいいのか全然分からなくなっちゃったよ。何かを話そうとしていたんだけどなぁ。


 だが、話しかけたからには何か言わなきゃ。どうする? 何を話す?


 そして考えた結果、僕の口から出た言葉は。


「あの、僕らって、渡海から『侵略国家』って言われているじゃないですか」


「うん」


「……本当に侵略してみますか?」


「……」


 その言葉に、明様は黙った。「え、何を言っているんだろう」というような表情で僕を見て固まっている。


 うん、ミスった。完全にやらかした。いくら話す内容を忘れたからと言って、そんなことを言うんじゃなかった。なんでそう言ったのか僕にも分からないけど、なんか言っちゃったし。口から出た言葉は撤回できないし。うわぁ、完全にやらかしたなぁ。


「……あなた、」


 僕が顔面を真っ青にして突っ立っていると、明様が俯きながら小さな声でそう言った。


 ……これは完全に怒っていらっしゃる。謝らなきゃ。


「ごめ……」


「面白いことを言うのねぇ!」


 だがしかし、僕が謝るのとほぼ同時に、明様は満面の笑みで僕に言った。そして僕の肩に両手を置いて、


「侵略国家とか言われていることに、私も心底心外なのよ。イライラするしね。だからもういっそのこと攻めちゃおうかしらって思うのよ。そうでしょ?」


 と僕に迫った。


「そ、そうですね……」


 すごい気迫に押されて、僕はそう答えることしかできなかった。別にそう思っていたわけじゃないんだけど……


「だけどね、」


 しかし明様は、どこか自分に言い聞かせるように頷きながら続ける。


「本当に侵略しちゃったら、これから連邦でやっていけなくなるだろうし、萌加にも迷惑がかかっちゃうし、それはやってはいけないことなのよ」


 うん、そうだろうね。その通りだよ。


 というか、明様も侵略国家と呼ばれていることに関して相当頭に来ているご様子。まぁそりゃそうか。あんまり仲の良くない安久斗様と半ば無理やりに仲直りしてまで靜連邦に溶け込もうとしたのに、その行為が無駄となってしまいかねない言われ様だからなぁ。そりゃ怒るか。


「それで、少し相談なんだけど」


 ふと、明様が僕にそう言う。明様から相談されるなど考えていなかったため、僕は内心かなり驚いている。


 その明様の相談というのが。


「どうやってこの汚名を剥がしたらいいかしら?」




ーーーーー

ーーー




「喜々音様、食器片付けますよ」


「……いい。自分でやる」


「落とさないように気をつけてくださいね。それは明様から借りている物ですので」


「……そんなドジしない」


「そう思っている人ほどやらかすんです。ドジするかもしれないという危機感をもってください」


「…………」


 その頃、御厨神社の一角にある喜々音に与えられた部屋にて、ニャノと喜々音による会話が繰り広げられていた。


 喜々音は日渡に来る前よりは気力を取り戻しているが、それでも以前のような元気はない。ここ最近、大智や花菜、美有が非常に忙しかったので、日渡上神種との交流はほとんどない状態である。つまり、大智たちはまだ「喜々音に現実の楽しさを教えてほしい」という安久斗からの依頼に取り掛かれていない状況というわけである。


 それでも喜々音は、ここ数日でこれほどにまで気力を取り戻した。それは言わずもがな、ニャノの努力の成果なのである。


 しかし、喜々音はまだ世界の楽しさというものを理解できていない。ニャノの努力で得られた成果は、会話ができるようになったという程度のもの。喜々音の心は未だ真の世界を見ていない。世界の悪いところだけを見つめて、世界を疎んだままなのだ。


 喜々音はため息を吐きながら食器を持ち上げ、足で器用に引き戸を開けてトコトコと流し場へと向かった。


 流し場に食器を置いて、水瓶みずがめに入った水をお椀で掬って食器を洗う。世界を疎んで生きていても、喜々音の丁寧な性格は変わらない。とても丁寧に食器を洗い、きれいに乾燥棚に並べる。


 几帳面な行動からはなにも読み取れるものではないが、小松喜々音という人間にとって、今生きているという現実はあまりに残酷なものであった。ニャノをはじめ、安久斗や萌加のように彼女にある種の愛情を注いで救いの手を差し伸べる者がいるわけだが、彼女はその手を取ろうとは何も考えていない。というより、その愛情や救いの手に気が付いていないのだ。周囲に支えてくれる人がいることに気づかず、孤独ではないのに孤独に耐えているような、複雑で不利益な状況に自分を追い込んでいるのである。そしてそんな状況に立っているのに心の中にあるものは、自分の大事な人を失い、家族のように慕っていた人たちを救えず、そして自分の家族の名誉を傷つけたという悲劇的な現実だけなのだ。それだけを見つめて生きているがために、自分の周りにある優しさや幸せに気付けないのである。


 だからこそ、ニャノには少々うんざりしている。ほっといてほしい、どうせ私はひとりなんだと、喜々音の思考の中においてニャノの行動は救いの行為でもなんでもない、ただの迷惑なのであった。優しさに気付けないということは、人の好意に甘えることすら許されないのだ。そもそもそれを好意だと認識できないのだから当然なのかもしれないけれど。


「少しいいかしら?」


 そんな喜々音のところに話しかけてきた女がいた。


「?」


 喜々音は顔を上げ、その女を見た。そこにいたのは、今まで一度も話したことのない者であった。彼女の名は、兎山明である。


 そして喜々音に向けてこう告げた。


「会議に参加して欲しいのだけど」


「え……」


 喜々音は彼女に真っ赤な目で射抜くように見つめられ、若干の恐怖を感じていた。そして、なぜ自分が会議に呼ばれたのか全く理解できず、その場で固まった。


「……会議って、なんで……?」


 しばらくして、喜々音から出た言葉はこれだけであった。どうして自分が呼ばれたのか、自分がやる必要があるのか、結局のところ、そんな思いで喜々音の頭はいっぱいであった。


「あなたの力を借りればうまく行くんじゃないかっていう意見があってね」


 その喜々音に、何を考えているのか分からないような微笑みを浮かべて明が言う。その笑みに喜々音は警戒心を抱いた。その警戒心は、先程抱いた恐怖が成長したものであり、その笑みから喜々音は、明の行動に裏があるのではないかという疑念を抱いたのだ。


「誰が……?」


 誰が自分を会議に招いたのか、否、喜々音の中では誰が自分を売ったのか、それが気になって明に質問をする。それを聞いて明は大きなため息を吐いた。分かりきったことだろうに、と明は小さく呟いて、


「大智よ」


 と一言、喜々音に告げた。


「…………」


 喜々音は心底いい加減にしろと感じた。臣殺しの事件の際、大智が真っ先にかささぎを疑い、そして怒鳴りつけ、一悶着起こしたことを喜々音は鮮明に覚えていた。なぜならそれが彼との最も新しい記憶であり、大智に対して好感が持てなくなった原因でもあるからだ。つまるところ、喜々音は大智のことが現在あまり好きではないということなのだ。


 そんなやつから会議に参加しろと言われても、参加する気には到底なれない。喜々音は今、そんな気持ちになっていた。


「それと、提案者は大智だけど、私からもお願いしたいわ。今後あなたが生きていく上で最も重要な問題のヒントにも繋がる議題だろうし」


 そう思っていたのだが、明にそう言われて断り辛くなってしまった。別に強制されているわけではないのだから、断ることもまだ可能ではある。しかし、腐っても元永神種である兎山明からのお願いを断ることなど難しい。そして何しろ、そのヒントが気になって仕方がないのだ。


「ま、あと30分くらいしたら始めようと思ってるから、気が向いたらいらっしゃいな」


 明はそう言って、スタスタと流し場を去っていく。


 一人残された喜々音の頭の中には、自分の生きていく上で最も重要な問題のヒントとはなんなのかがずっと気になっていた。彼女自身、こんな世の中に生きていたいとは思えないはずなのに、何故か生きるためのヒントを得ようとしている矛盾には気がついていない。つまるところ、喜々音は無意識の中で、死ぬことは難しく、現段階では生きる他に道はないことを理解しているのだ。


 そんな頭の中からは、正直言って嫌いな大智に誘われたとか、兎山明が怖いだとか、そういったことはもう既に忘れ去られていた。ただ単に興味がある、それだけで喜々音の頭は埋め尽くされていた。


 少しだけ早足で部屋へと戻る。


「……ニャノ」


 戸を開けてすぐ、喜々音は初めて、自分の世話をしてくれていたニャノの名を呼んだ。


「はいっ」


 ニャノは驚いたように、けれど嬉しそうな口調でそう返事をした。


「今から会議に参加することにした」


 喜々音がそう告げると、ニャノはとても驚いた顔をした。しかし反対も何もせず、


「分かりました。では私はその間に買い物に行ってきますね」


 とだけ言って、ニコッと可愛らしく微笑んだ。




ーーーーー

ーーー




「えー、コホン。これより、『第一回兎山自治領の汚名返上のための会議』を始めます」


 花菜の声で始まった会議は、その名の通り兎山自治領に着せられた汚名を取り除くにはどうしたら良いのかを話し合う会議だ。


 提案者は僕という扱いらしいけど、明様も非常に気にしている問題であり、兎山自治領にとっても重要なことだから、明様が招集してくださった。


 参加者は僕、明様、花菜、美有さん、そして喜々音さんの5人である。だがしかし、正直喜々音さんが参加してくれるとは思っていなかった。前までの喜々音さんとはだいぶ違うことは理解しているけど、それでも濱竹の天才の意見は聞いてみたいと思ったから、明様に参加させてもいいのか聞いたところ、あっさり許可をもらうことができた。そして明様の呼びかけで、喜々音さんが参加をしてくれたのだ。感謝しかない。


「議題は知っての通りですが、この兎山自治領が渡海から侵略国家と呼ばれていることです。この汚名をできるだけ早く剥がさないと、いつか変な誤解から取り返しのつかない事態が起きてしまうかもしれません」


 花菜がそう言う。僕らは皆その意見に同感であるため深く頷いた。


「……あの」


 そこに手を挙げたのは、喜々音さんだった。花菜が指名すると、喜々音さんが無表情のまま言った。


「わたし、その件について全然知らないから、説明してもらいたいんですけど……」


「あぁ、ごめんごめん」


 花菜がそう言って、喜々音さんに侵略国家の称号問題について簡単に説明をする。


「……てわけで、なんか侵略国家って呼ばれているみたいなの。放置してたら、いつか渡海と取り返しのつかない事態になっちゃうかもしれないからさ」


「その汚名を取り除きたいってことですか?」


「そう!」


 花菜から概要を聞いた喜々音さんは、少しだけ俯いてなにかを考え込んでいる。


 というか、思っていたより随分積極的に参加してくれている。前に会った時はだいぶ精神が参っていたようだったけど、今は全くそんなことは感じない。なにがあったのかすごく気になるが、今は聞かないでおこう。


「勇様との話し合いはしましたか?」


 しばらくすると、喜々音さんが僕らにそう質問をした。


「えぇ、したわ。でも、私と勇の二者会談って形だけどね」


「勇様は何と?」


 明様がそう答えると、喜々音さんが再び質問をした。


「『こっちでなんとかする』の一点張りよ。ただ、あまり上手くいっているようには見えないけど」


 明様がため息を吐きながらそう言う。


「でもたしかに、渡海での民衆の動きはだいぶ鎮静化していますね。最近になって功を奏してきた感じなんじゃないでしょうか」


 美有さんはそう言うが、明様の表情は明るくなかった。


「まだ完全じゃないわ。たしかに集会や行進は少なくなったけど、水面下での火種はまだ燻ってるんじゃないかって思ってるわ」


 水面下の火種、か。たしかにそれは不安でしかない。


 しかし。


「でも戦争をするとなった場合、神の号令なく戦争は不可能なので、渡海の神様がこちら側にいる限り戦争にはならないのではないでしょうか?」


 僕は萌加様から聞いたことをそのまま伝えた。


「それは国体がちゃんと維持できていればの話よ。あなたたちには想像しにくいかもしれないけど、神や臣、巫女が殺害されて国体が維持できなくなってしまうこともあるのよ。かつての周知国がそうだったわ。そうなると戦争をするしないは政権を乗っ取った民衆の手に渡る。そうなったとき、このままだと高確率で戦争になるわ」


 明様が困ったような顔をして言う。


「……これは、思っていたよりかなり深刻な問題ですね」


 喜々音さんがそう呟いてまた何か考え出す。


「私たちが渡海に出向いて、民衆の前で勇様と堂々と不可侵条約を締結するのはどうでしょうか?」


 美有さんがそう提案する。なるほど、約束事を堂々と伝えて、侵略ができないことをアピールするのか。


「いい考えね。ただ、連邦に加盟している時点で全加盟国とは不可侵条約を締結しているわ。だから形として、『各種条約の確認』という形式を取って民衆の前で宣言するといいんじゃないかしら?」


 明様がそう言う。そうか、あのいっぱい神様が来たときに既に不可侵条約は結んでいたんだな。


「あの、不可侵条約を結んでいることくらい渡海の民衆も分かっているのではないでしょうか?」


 発言したのは喜々音さんだ。


「ええ、そうね。私も問題があるとすればそこだと思うわ」


 明様もその意見に頷いた。そしてひとつため息を吐く。


 え、どゆこと?


 僕と花菜、美有さんは全く分からず、顔を見合わせて首を傾げた。


 それを見た明様が補足をした。


「渡海の民衆は、兎山と渡海が不可侵条約を締結したことを知っているはずなの。彼らが勇に対して怒っている理由は、兎山自治領を民衆にロクな相談もせずに承認したからで、承認した時点で不可侵条約が締結されていることは理解できているはずよ」


「え、それだったら攻められないって理解できているんじゃ……」


 花菜がそう突っ込んだ。しかし明様は首を振る。


「それが普通の国家なら認められるだろうけど、兎山となったら話が変わるのよ」


 そして少しだけ過去を振り返るように言う。


「かつての私の行動が原因を作ってるんだけどね、大昔の戦争のとき、一度だけ停戦協定を破って侵攻したことがあったのよ」


 一同、その発言には驚いた。明様が約束を破るなど考えられないからだ。そして渡海の民衆は、その時のことを持ち出して『兎山は条約を破る可能性がある!』と騒いでいるということか。


「侵略国家っていうのはそこから来ている可能性もあるわね」


「でも萌加様の見解ではそんな話出てきませんでしたよ?」


 明様の呟きに僕が言うと、明様は笑って言う。


「そうでしょうね。だってあの子が来る前の話だもん」


 いや昔すぎ! すごく前の出来事じゃん!


 たしか萌加様が兎山に来たのが2000年くらい前だったはず。それより前の話なのかよ。いやたしかに大昔って言っていたけど。


「……ほんとに昔の話よ。戦った国はそれから数百年して濱竹に一瞬で滅ぼされたし。私と互角だった国が一瞬で滅んだのには恐怖したわね」


 懐かしそうにそう言う明様。まぁうん、それは恐怖しかないと思う。安久斗様ってやっぱり強いんだなぁ……


「ごめんなさい、語りすぎたわ。話を戻しましょう。渡海の民衆は不可侵条約の存在を知っていながら侵略国家と呼んでいる。というか、不可侵条約があるからこそ余計にそう言っているのかもしれないわね」


 その明様の発言に対して花菜が言った。


「じゃあ不可侵条約を破棄しましょうか?」


「バカ、余計に緊張度上げてどうするのよ」


 しかし一瞬のうちに一蹴された。


 そりゃそうだ。不可侵条約を破棄したらもう戦争する気満々っていう意思の現れじゃないか。なにを言っているんだ、こいつは。


「すごく言い方悪いですが、簡単に言えば『信用がない』ということなのですよね?」


 美有さんがそう言う。明様は少し顔を顰めたが、まぁその通りよ、と肯定した。


「では、こちらが一切の侵攻をせずに態度で示し、信頼を得るしかないのではないでしょうか?」


「長期的に見るなら有効的な汚名返上の手段だと思うわ。でも、根本的な解決にはならないわね。早いうちに汚名返上できない限り、渡海の民衆が蜂起する可能性があるもの」


 美有さんの意見も明様によって却下される。


「確認ですが、兎山自治領って日渡の一部で、濱竹と非常に親密な関係という解釈で良いですよね?」


 美有さんの意見が却下されてすぐに喜々音さんが明様に尋ねる。


「えぇ、まぁ」


 明様の答えに喜々音さんが頷いて言う。


「だったら、元濱竹の幹部なので少し情報を持っているのですが、実は渡海国は濱竹との関わりがかなり薄いんです。かつての濱傘連盟からは早期に脱退していますし、特に大きな支援も受けていません。だから、完全な濱竹の傘下と言える状態ではなく、日渡に対しても強い結びつきを感じていないのではないでしょうか」


「そうね。勇は私と同様、あまり安久斗のことをよく思っていないでしょうからね」


「そこで、勇様と協力して渡海の国政を濱竹や日渡に親しい方向へと持っていきます。そうすれば兎山との関係も改善されるのではないでしょうか?」


「それはかなり長期的よ。それにまず、渡海を濱竹と親しい方向へ持っていくのはかなり厳しいと思うわよ。勇が認めないだろうし、認めたとしても渡海の民衆が認めないわ。というかそもそも、それは内政干渉と言われ兼ねないわ。靜連邦には『他国の内政不干渉の条約』ていうのが存在しているから、それをした瞬間に私たちが処分を喰らって兎山自治領は廃止されるわね」


 喜々音さんの意見は理想的だ。非常に円満に収まる方法かもしれない。それにしれっと民衆の意識を兎山から濱竹へと逸らす方法を提示している。つまり、問題から逃れる方法を考えている。


 でも、長期的。それに内政干渉が前提の話。協力と言うと聞こえは良いが、実際にやっていることは内政干渉と言われてもおかしくないことだ。


 これらの意見をまとめると、緊張度を上げることなく早期的で、かつ内政に干渉しない解決策が求められることが分かった。


「渡海に任せておくことが一番賢明なやり方ではないでしょうか……?」


 僕が出した結論はこれだった。


「会議の提案者がその結論を出すのは心外ね」


 結果、明様に呆れられた。


「でも、今日の段階ではその結論が妥当かもしれないわね」


 明様がそう言って、また明日話し合いましょうと呼びかけた。


 僕らは頷いて、今日のところは解散になった。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年夏至後90日。兎山自治領の設立から30日が経ったその日、渡海国で事件が起きた。


『侵略國家を認めし無能など要らぬ! 侵略國家を庇ふ無能な神など尚要らぬ!』


 国中の壁という壁には大量の貼り紙が貼られ、そこに書かれた文字はなんとも物騒なものだ。


 しかしこれは、昨日さくじつまでは一枚も貼られていなかったものなのだ。一夜の間で国中に貼られたものなのである。


 そして一番ひどい状況となっているのは福田神社だ。境内を囲う土壁には隙間なく貼り紙が貼られ、木製の門には同じ文字が大きく彫られている。


 そして神社の四方を囲む、農具を武器のように携えた国民たち。


「渡海勇、福田鋼、東河口早苗を捕えよ! なお、その一族も逃さず捕えよ! 我々は今の渡海国を解体し、新たな国を作る! 我ら国民の意見を聞かずに侵略国家を認め、我らを恐怖に晒した報いを受けさせる! そして我々が靜様に直々に上奏し、兎山自治領の廃止を訴える! あの不当な侵略国家を認めてはならないのだ! いざ、突入っ!」


 夜明けと同時に、渡海国民1000人が門を突き破り境内に流れ込む。


 境内にある臣屋敷や巫女館の扉を打ち壊し、土足で中へ流れ込む。


 この音でようやく渡海の臣、福田鋼が目を覚ます。


「……!?」


 只事でないことに気が付き、瞬時に刀を手に取って立ち上がる。


 その瞬間、襖が蹴り飛ばされて農具を構えた民衆が鋼を囲む。


「……どういうつもりだ?」


「侵略国家を認めた無能な臣よ! お前が統治する時代はもう終わりだ! 渡海国民の総意に基づき、お前を幽閉するっ!」


 鋼の質問に、民衆の一人がそう答える。


「兎山自治領は侵略国家などではないのだよ。どうだ、この機会に分かるまでしっかり話し合わないか?」


 鋼はそう提案したが、


「聞く価値無し! 兎山明が領祖である以上、あそこは侵略国家だ!」


 と、民衆は聞く耳を持たない。


「歴史上、兎山がここを侵略したという事実は存在しない。お前たちはなぜ兎山を侵略国家だと言うのだ? 俺にはそれが分かりかねる。根拠を聞かせろ」


 それでも鋼は、民衆との対話を試みた。刀を手にしているが、相手は自国の国民であるために怪我をさせるわけにはいかない。脅迫もしてはならない。鋼はゆっくり刀を鞘に収め、堂々と民衆に尋ねたのだった。


 しかし。


「いたぞっ! 渡海勇だ! 捕えろ!」


 本殿の奥から男の大声が聞こえた。その途端、数人の民衆が本殿へと走って向かう。


「貴様ら! 勇様まで捕えるつもりかっ!」


 その声に鋼は驚き大声で尋ねる。


「当たり前だ。そもそもとして、渡海勇が兎山自治領を認めたのが悪いだろう。それを捕えずしてどう改革を進める? 根本から変えるためには、悪政を敷く者を引きずり下ろす必要があるだろう?」


 ひとりの男がそう答えると、便乗するように周りの民衆も「そうだそうだ!」と騒ぐ。そしてその勢いで、


「臣を捕えよ!」


 という誰かの掛け声で、鋼を取り囲む民衆が一斉に鋼へと迫る。そして、いとも容易く鋼の手足を拘束するのだった。


 鋼は抵抗しなかった。しようと思えばできたのだが、相手が腐っても国民だったからだ。反逆者と認定して攻撃することもできたが、それをやったら国民殺しの悪名が付き、事態が更に悪化することが目に見えていたからだ。


 そのまま暗い蔵へと運ばれて、柱に括り付けられた。そこには既に、巫女の沙苗とその息子と娘の竜洋たつおき沙耶香さやかが縛られていた。


 その直後に、鋼の娘のみなとと息子のひかるが連れてこられた。


 全員口を塞がれているため会話はできない。目で「お前もか」という視線や「怖い」という恐怖を疎通するしか方法は無かった。


 そしてそこに、最後の一人が放り投げられた。


 彼こそが渡海の神、皇神種の渡海勇である。


 勇が柱に括り付けられた直後に蔵の扉が閉められ、鍵がかけられた。


 こうして渡海国は、神、臣家、巫女家が幽閉されて崩壊した。


 そしてこれより国を運営するのは、蜂起した民衆組織『新政渡海國』という者たちである。


 こうして始まった渡海国の政変クーデターを、通称『渡海事変』と呼ぶのである。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年夏至後90日。


 その日、僕らはいつものように兎山自治領の汚名を返上するためにはどうしたら良いかという会議をしていた。


 もうかれこれ、かなりの回数この会議をしているのだが、なかなか難しいもので答えが出ない。


 しかし、数日前に渡海の神様と明様が一度話をされて、この会議で出た意見を伝えたところ、「濱竹や日渡と親しくなって兎山自治領に対する国民の思いをだんだんと和らげていきたい」という話が向こうの神様から出たらしい。だからこの会議は全く意味のないものでは無かったようだけど、早期的な解決案は全然思い浮かばない。思い浮かぶ案は全て中長期的なもので、晴れて汚名返上できるのは果たしていつになることやら。


「……他に意見ある人?」


 今日の司会は喜々音さんだ。彼女もこの会議を通してかなり明るくなった。まだ少し傷は癒えていないみたいだけど、ここに来たばかりの頃からは大きな進歩を遂げている。


 そんな彼女の声に、全員が声を唸らせる。


 そう、なんか意見が出尽くした感が拭えないのだ。流石にもうないだろう。そう思えてくる。


 そんなこんなで必死に考えていたその時。


「デンタツ!」


 天井から、いきなり聞き慣れない声が聞こえた。


 びっくりして見上げると、そこには真っ白な火の玉がふよふよと浮いていた。どうやら明様の使役する御霊で、伝達係を任されている霊魂のようだ。


 それを明様が無言で掴み取り、目を閉じて小さく「化けろ」と言う。するとその火の玉は一枚の紙になった。


 明様がそれを広げて目を通し、黙読する。どうやら何か書かれているようだが、その表情は明るくない。だんだんと顔が険しくなっていくのが見ていて分かる。


「なんて書いてありますか?」


 花菜がそう言うと、明様はその紙を僕らに見えるように床に置き、


「最悪な事態になったわ」


 と頭を抱えて言った。


 そこに書いてあった文字は。


『夏至後九十日早朝、渡海國福田神社ニテ民衆蜂起ス。神臣巫女ノ幽閉ニ依リテ渡海國滅亡ス。叛逆組織、新政渡海國ガ政権掌握ス。兎山自治領ニ害有ル恐レ有。』


「渡海が……」


「めつぼう……?」


 嘘のような字面に思考が停止した。信じられない。なぜ滅亡したというんだ? その原因はなんだ? というか、この信憑性は定かなのか?


「まぁ、間違いなく私たちがきっかけで蜂起に繋がったんでしょうね。もちろんそれまでの失敗のツケも回っているはずだけど、一番の要因は兎山自治領でしょう。さぁ、ここまで来たら汚名返上とか言ってられないわ。この『新政渡海國』とかって言う組織こそが、私たちを『侵略国家』と呼び出した集団だもの。こうなったら連邦加盟国を全力で頼るわよ。靜や濱竹と話を付けて、場合によっては軍隊を貸してもらえるようにしなきゃいけないわ。連邦加盟国は私たちを自治領として認めているから、味方になってくれるはずよ」


 明様がそう言う。たしかに、もう有事となってしまったからには呑気にしてはいられない。連邦に加盟しているんだ。その特権は大いに活かさせてもらおう。


 僕らは明様の言葉に深く頷いて、次にやるべきことについて会議を始めた。


 こうして、僕らの厄介な戦いが幕を開けるのだった。




ーーーーー

ーーー




 渡海での蜂起、国家転覆の情報は、その日中に渡海から約100km離れた靜連邦東部、猪頭諸国の熱山国に最優先で届けられた。


 なぜそんな離れた場所に送られたのか。それはその日、熱山国に靜の三大神と濱竹安久斗が揃っていたからだ。


 安久斗たちがそこにいた理由は、関東統一連邦との会議のためだった。関東統一連邦の中核、南四連邦と国境を接する熱山国に、東輝洋介率いる関東の外交団が来訪。靜連邦との話し合いが行われていたのだ。


 議題は、『警戒体制崩壊及び協商関係設立のための提案書』に基づく協商関係の締結。半年前までバチバチに敵対していた靜連邦と関東統一連邦であったが、ある一件によって急接近することとなったのである。そしてその時に関東統一連邦より提案されたのが、敵対政策を辞めて緊張緩和し、友好国以上同盟国以下の協商関係を締結することであった。


 そのきっかけは、南四連邦の祖神種のひとり、夏半若菜の誘拐にあった。


 若菜を誘拐したのは、占守シュム。世界の北端にあるサハ列島連邦の祖神種であり、関東統一連邦と敵対する勢力のうちのひとつだ。


 関東は、夏半若菜の奪還のためにサハ列島連邦に対して武力行使をする方向を固めた。しかし、統一連邦北部に軍隊を集結させると、敵対する靜連邦や中京統一連邦との国境が手薄になり、その隙を突いて靜や中京から攻め込まれる可能性が出てきた。そこで、靜連邦と中京統一連邦との間に協商案を持ち出し、共にサハ列島連邦へと攻め込もうと考えたのである。


 が、それはまた別のお話。


「ではこれより、10分間の休憩に入ります。会議の再開は17時25分を予定しております」


 司会・進行を務めるのは、会場を提供した熱山国の神、熱山美佑である。彼女がそう告げた直後、三大神と安久斗のところに濱竹国神務卿、下池川山樹がやって来て焦った形相で告げた。


「緊急の一報でございます」


「どうした?」


 安久斗がそう返すと、山樹は跪いて本題を伝えた。


「渡海国にて、国民が蜂起致しました。それにより、渡海勇と臣家、巫女家は幽閉。政権は福田神社を占領した反逆組織『新政渡海國』の手に渡りました」


「はぁぁ!?」


 信じられないと言わんばかりの声を上げたのは、靜あおいだった。


「クソ忙しい時に面倒事を増やしやがって」


 それに続き、面倒そうに呟いた靜するが。その横で、濱竹安久斗に向かって靜しみずが嫌味とも皮肉とも取れるような言葉を発する。


「ねぇ安久斗、皇神種って下神種に幽閉されるくらい弱いの?」


「さぁな、それぞれだろ。中には祖神種よりも強い奴だっているやもしれんしな」


 しかし安久斗は嫌味など気にせずにそう返した。これまた靜にとっては他人事でない発言であり、しみずは楽しそうに笑った。


「やっぱり安久斗は安久斗だね!」


「あ? どういう意味だ?」


 安久斗としみずの間でそんな会話が飛び交うが、


「おいおい、どうした? なんか問題か?」


 それを見ていた東輝洋介が言葉を掛けてきたことによって会話が終わる。


「えぇ、少しね。大したことじゃないわよ」


 そう答えたのは靜あおいである。その言葉は完全に見栄っ張りであるが、するがもしみずも、そして安久斗もあおいの言葉を肯定した。


「そうか。だが凄く困ったような顔してたじゃねぇか。本当に大丈夫か?」


「あはは、嫌だなぁ。姉さんのあの顔は気に食わないことに直面した時に出る顔なんだよ。だから別に、困っているわけじゃないよ」


 洋介の言葉にしみずが返す。


 なぜそんなに見栄を張るのか。それは、靜連邦が関東統一連邦から見下されている存在だからである。


 これ以上見下されてはならない。こんな小さな連邦の統治もまともにできない統率国だと思われたくないから、見栄を張っているのだ。


「で、なぜ蜂起が起きた?」


「はっ。渡海では、日渡の……」


「やはりな」


 安久斗が山樹に尋ね、山樹が答えようと言葉を途中まで発した時点で、安久斗には全てが伝わっていた。


「は?」


 それを見て、靜の三大神は首を傾げた。


「ちょっと安久斗、どういうことよ?」


 あおいがそう安久斗に迫ると、安久斗はさらりと答えた。


「兎山自治領の設立に反対してんだよ、渡海国民は」


「でも勇は認めたよね?」


 するががそう確認すると、安久斗はため息混じりに言う。


「だからだ」


 安久斗のそれは、そこまで知っていてなぜ分からんというような口調であった。そのため、するがは安久斗に若干腹を立てた。祖神種である彼が皇神種である安久斗に馬鹿にされることは、いくら二大統率国という同格的存在でも許せないものなのである。


 が、するがはそれを堪えて笑みを浮かべる。


「なるほど、勇の独断で承認してしまったから、国民が怒って蜂起したと」


 貼り付けたような笑みでするがが言うと、あおいとしみずが見解を述べる。


「自業自得ね」


「弾圧すればいいのに」


 その言葉に安久斗は引き攣った笑みを浮かべた。「俺でもしねぇよ、そんなこと」と、はっきりと顔に書かれていた。


「なるほど。小国の反乱というわけですか」


 そこにやって来たのは、これまた関東統一連邦の祖神種、済田政樹だった。


「どうしますか、今から国に帰って鎮圧軍を派遣した方が良いのではないですか? 私たちとの会談の続きは、また別日にしても良いのですよ?」


 本当ならばそうするべきである。連邦加盟国の安全を保障するのは統率国の務めである。渡海は現在窮地に陥っていて、その救出をするのもまた統率国の役目である。安久斗だけでも急いで帰り、濱竹軍を動かすべきなのである。


 しかし、あおいはここでも見栄を張った。


「お気遣いありがとう。でも心配ないわ。私たちが出るまでの問題じゃないもの」


「姉さん……」


 どんな根拠があってそう言っているのか分からず、するがはあおいに迫った。しかしあおいは彼を睨むと、


「忘れたの? 萌加の実力を」


 と静かに告げた。


「もちろん覚えているよ。でもそれとこれとじゃ話が……」


 するがが困ったように言うが、あおいがそれを聞くことは無かった。


「この件は萌加に一任する。兎山自治領の関連でこうなったのなら、当事国でなんとかするのが筋でしょう?」


「つまり、新政渡海國の解体も勇の救出も、その全てを日渡に任せるということか?」


 あおいの言葉に安久斗が確認すると、あおいは頷いた。それを見て安久斗はため息を吐く。


「無茶だ。いくら萌加でも、何の支援も無しにできるはずがない。俺が戻って濱竹軍を……」


「必要ないっ! そもそも相手は下神種よ? 普通は占拠される方がおかしい相手なの。雑魚相手に濱竹ほどの超大国が動くのは過剰なのよ。日渡だけでなんとかできるでしょう?」


「暴論だな。というか、見方を変えれば占拠できるほどの実力を持った下神種ということだろう? 『新政渡海國』という組織は警戒するに値する存在だと思わんのか?」


「思いませんとも! あなただって萌加の実力を知っているんでしょう? それにあなたは、この問題の発端とも言える兎山自治領の領主、兎山明の実力も知っているんでしょう?」


「知っているさ。一介の皇神種国家に勝てないほどのポンコツだとな」


「…………」


 安久斗の言葉にあおいは黙った。実際、始神種国家であった兎山国は、格下の皇神種国家である濱竹に勝てたことはなかった。かと言って負けたわけでもないのだが、互角の戦いを繰り広げて、停戦と再戦を幾度と繰り返してきたのだ。


「皇神種国家に勝てない雑魚に任せるのですか? あまり干渉するのは良くないと思いますが、それは辞めておいた方が良いのではないかと助言しますよ」


「それはあなたたちには……」


 政樹が安久斗の言葉を聞いて、馬鹿にしたように口を開いた。その言葉にあおいが何か言い返そうとしたが、その暇は与えられなかった。


「あーあー、連邦全加盟国に告ぐ! 連邦西部、渡海国にて事変が発生。神、臣、巫女が幽閉され、国として機能不全。二大統率国は、ここに遺憾の意を示す。西部日渡国に告ぐ! 渡海を解放せよ。援軍はないっ! 指揮権は日渡萌加神にあり。全加盟国が兎山自治領を承認しているため、確乎かっことした正当性は有している。反逆組織『新政渡海國』を殲滅し、渡海勇神とその臣家、巫女家を救出せよ。反逆組織『新政渡海國』に告ぐ! 今すぐ永神種、上神種の幽閉を解け。貴様らに正当性はない。日渡萌加の名で最後通牒が突き付けられたら、貴様らの命運は尽きて、渡海は焦土と化すぞ。これは忠告であり命令だ、幽閉を解け。……以上、神紀4997年夏至後90日、17時24分発表、熱山国より靜しみず」


 何故なら、しみずが熱山国の放送室にある伝令機械を使い、連邦加盟国の全部の神社に向けて伝達したからだ。


「これで良いでしょ? 時間だし、会議に戻ろうよ」


 少ししてしみずが会議室に戻ってくると、彼は何事もなかったかのように席について全員に催促した。


「……山樹、至急濱竹に戻れ。…………やるべきことは分かるな?」


「御意。お任せを」


 全員が何も言わずに席に着く中、安久斗は山樹にそう耳打ちした。山樹はその命令を受けて、熱山国を後にするのであった。




ーーーーー

ーーー




『あー…ー、連邦全…盟国に告ぐ! 連…西部、渡海国……事変が発生。神、臣、巫女が……閉され、国と…て機能不全。二大……率国は、こ…に遺憾の……示す』


 唐突に流れ出した放送器具を、僕たちは只々呆然と眺めていた。


 神社の放送器具が使われているところなど初めて目撃したわけであって、そもそもそんなものがあったこと自体驚きであって。


 そこから聞こえている声はザーザーと擦れていて聞き取りにくいものの、どこか幼さの残る女の子のような声に聞こえた。が、萌加様が小さく「しみず……?」と言ったため、それが靜しみず様であることに気付かされた。


 しみず様は見た目が女の子のように可愛らしいものの、男性であるとのことだ。


 そして噂によると、その性格は無益な殺生を好む極悪非道だという。


 ……挨拶の時は、そうは見えないくらい可愛らしい御方に思えたけれど。


『西…日渡……に告ぐ! 渡海を……放せよ。援……はないっ! 指揮……は日渡萌加……にあり。全加盟国が兎山……領を承認し…いるため、確…とした正……性は有している。反逆組……『新政渡海國』を殲……し、渡海勇神と……臣家、巫女家を救……せよ』


 と思っていたら、何か日渡に関することを語っているようであった。上手く聞き取れなくて僕ら上神種は首を捻るが、明様が呆れたような顔をしていて、萌加様が納得できないというような顔をしていたので、少し問題が発生したことを悟った。


「……あの、なんと言っていたのでしょうか?」


 放送が終わってから僕がそう尋ねると、萌加様が怒りを隠さずに言った。


「渡海の解放は日渡がやれって。しかも援軍はないってさ! 信じらんない!」


「手一杯なんでしょうね、靜も。遺憾の意を示すだけに留めている時点で、何かあるんでしょうね。それに熱山国から伝達ということは、何かお取込み中ってことだろうし」


 怒り浸透の萌加様に対して、明様は落ち着いた様子でそう言った。


 現在僕らは、日渡国の磐田神社に集合している。


 日渡国一丸となってこの問題に対処するためである。


 本殿にいるのは、萌加様と明様はもちろんのこと、僕と大志、花菜、いちかさん、美有さんの日渡上神種に加えて、喜々音さんとニャノさんもいる。


「あーもう、どうしよう! 戦争の進め方なんて分かんないよぉ!」


「落ち着きなさいな、萌加。まずは武力衝突を避けるべく話し合いを提案するのよ。ただこの場合、靜も濱竹も私たちに正当性があると言ってるから、少し高圧的に出た方が効果があるかも。譲歩はしちゃいけないわよ? 威厳が保てなくなるから」


 初めての国家戦争の指揮権を握らされた萌加様は、すっかり余裕を失っているようだった。対する明様は、かつての戦乱の世の中を『神』として生き抜いていたので戦争の方法は分かり切っているようだ。


「なんで指揮権がわたしなの? 明でいいじゃん! 兎山と渡海のいざこざでなんでしょ?」


「だめよ。兎山は国じゃないのよ? 日渡の領土なんだから、日渡の神であるあなたが問題の対処に当たらなきゃいけないの」


「なんでぇ!? ぁだ、だよぉ!」


 萌加様はまるで小さな子供のように駄々をこねる。呆れたように明様がため息を吐いたが、明様は珍しく笑顔を作って萌加様に言う。


「しょうがないなぁ、手伝ってあげる。紙と筆をちょうだいな」


 明様の言葉に、僕と大志が立ち上がる。


 二人も要らないから大志に任せようかと思ったが、大志は僕が立ち上がったのを確認して「ちーにぃは紙と筆を取って来て。僕は机を運ぶから」と言ったので、僕は頷くしかなかった。


 まったく出来た弟である。さすがは臣……と言うべきだろうか。


 僕が紙と筆を持ってくると、明様の前には既に机が出ていた。僕はそこに紙と筆を静かに置いた。


「ありがと」


 明様はそう言うと、筆に墨を付けて紙にスラスラと流れるように文字を書いた。


 しばし沈黙の時間が訪れる。


 一、二分が経ち、明様が筆を置いて紙を持ち上げた。そして萌加様に「はい」と手渡した。


 萌加様はそれを黙読すると、直後に大きな声を上げた。


「こんなの突き付けたら戦争だよっ!!!」


「そうかしら?」


 戦争になると主張する萌加様に対して、明様はそう思っていないようで、二人の間に温度差が感じられた。


「わたしは書き直すべきだと思う! というかわたしが書くよ!」


 そう言って、萌加様が明様に紙を返す。


「不安しかないわね。萌加が書くと相手の下に回りそうだもの。私はこれで良いと思っているわ。どうかしら?」


 明様はそう言って、僕ら全員に見える位置の床に返してもらった紙を置いた。そこには流れるような草書でこう書かれていた。


『渡海國叛逆組織新政渡海國なる者共に、日渡國の神、日渡萌加が直々に物言ふ。直ちに福田神社より撤退し、解放せよ。此れは靜連邦二大統率國の命であつて、日渡一國の判断に依る物では無い。是以上占領を続けるならば、日渡國の全総力を挙げ、武力を以つて渡海の解放を行ふ。補足だが、此れは最後通牒と異なる。其方等の選択次第では、現段階に於いては平和的解決の余地も有する。賢き判断を期待する。』


「良いと思いますよ。前半に脅して戦意を削ぎ、後半の平和的解決に誘導しているので、戦争を回避する余地は十分にあると思います」


 そう言葉を発したのは大志だった。


「私も同意見です。平和的解決の道も残っていることを明記することで、一方的な突き付けではないことも分かりますし」


 いちかさんもそう言い、臣と巫女の二人からゴーサインが下された。


「むむむむ……」


 萌加様は不服と言わんばかりに唸る。ジッと目を凝らして穴が開きそうなくらいに紙を睨みつけている。なんだろう、粗探しでもしているのかな?


「……ん、分かった。じゃ、これでいこう」


 しかし萌加様は、小さなため息の後にそのように言った。


「あら? 不服なら萌加が書き直しても良いのよ? 今の指揮権は萌加にあるから、無理に私たちの意見に従う必要はないわよ?」


 萌加様の言葉に、明様がどこか拍子抜けしたようにそう告げた。それに対して、萌加様はどこか悔しそうに言う。


「非の打ち所がないのに、断る道理がないよ。それになにより……」


 そして小さく笑うと、


「書き直すなんて、めんどくさいもん」


 と言った。


 やはり、萌加様はどこまでいっても萌加様だった。




ーーーーー

ーーー




 神紀4997年、夏至後91日。新政渡海國が占領している福田神社に、日渡からの手紙が届く。


「はっ、バカバカしい。侵略国家が正当化してやがるぜ」


 反乱軍:新政渡海國を束ねる下神種の男、セイアン(漢字表記では清庵だが、下神種は文字(特に漢字)を持たないため発音のみの言語を使用する。よってカタカナでセイアンと表記する。)は、隣国である日渡をバカにしていた。


「セイアン、お前さんよ、神になっちまったらどうだ?」


 そう言うのは、セイアンの幼馴染であるウヘエ(漢字表記では宇兵衛。以下略。)である。


「確かお前の娘さん、『カミノコ』じゃなかったか?」


「……」


 ウヘエの言葉に、セイアンは黙った。


「もちろん躊躇う気持ちも分かる。俺だって鬼じゃないからな。だがよ、渡海勇を俺たちの下に置いて国を統治しようなんてことは現実的じゃないぜ。だったらいっそ、お前が神になっちまえば……」


「本当に国を乗っ取れるって話だな」


 セイアンの言葉にウヘエは頷いた。


「ふむ……」


 セイアンは少しだけ悩んだ。しかしその悩みを吹き飛ばすように首を振ると、


「やろうじゃないか。俺が神になってやる」


 と、ウヘエに対して豪語するのだった。




 神紀4997年、冬至前2日。セイアンが神になると決めてから2日後の出来事である。


 セイアンは、勇たちが幽閉されている蔵を訪れた。


 勇が横目でセイアンを確認すると、彼に向けて言葉を発した。


「早く俺たちを解放しないと、統率国が黙ってないんじゃないか?」


「そうだな。実際に侵略国家が自分たちの行いを正当化しやがった」


「萌加を舐めたら痛い目見るぞ?」


「そうだろうな。まず普通に、俺たち下神種が勝てる相手じゃねえ」


 セイアンの言葉に、勇は「当たり前だ」と鼻で笑った。


「だがよ、永神種同士なら話は別だろ?」


 しかしセイアンは、ニヤリと笑いながらそう告げる。


「……どういうことだ? まさかお前、俺に萌加と戦えと……!」


 その言葉に、勇は驚きを隠さずにそう告げた。


「あぁ、それもアリかもしれねぇな」


 だがセイアンは、その言葉を遮って笑う。そして不気味に笑って、勇に顔を近づける。


「でもよ、それより簡単な話があるんだぜ?」


「……なんだ?」


 セイアンは笑みを崩さずに言い放つ。


「俺の娘は、カミノコなんだよ」


「っ!?」


 その言葉に、勇は背筋が凍るような感覚がした。他の上神種も、全員が恐怖に、そして憎悪に満ちた目をしている。


「まぁ落ち着け、まだ猶予はある。俺の言う通りに動いてくれれば、貴様らの命は保証するぜ?」


「……脅迫か?」


 勇がそう尋ねると、セイアンは大笑いをした。


「そうだとも! あえて言うなら、俺の言う通りに動かなければ、貴様らの命はないってことだ! そうなったらな、渡海勇。俺が神になってやるよ。そしてこの国を統治してやるよ!」


「そんなこと……」


「できるさ。だからそのための生贄をお前らの中から出す。そして新たな臣と巫女を置き、新たな国を創る。ま、そこは無難に臣の息子と、巫女の娘にするがな。光栄に思え。一族の滅亡は回避してやる」


 そう言い放ったセイアンは、うろうろと幽閉されている渡海上神種の面々の周りを歩き回った。そして渡海の巫女、東河口沙苗の前で立ち止まり、彼女をじっと見つめると、


「よし、お前。これから侵略国家との連絡役を任せる。俺の言う通りに動けば命は保証する。だが動かなければ渡海勇とお前、そして臣の命はないぞ?」


 と言った。


「……分かりました、引き受けましょう。それが勇様の命を救う結果に繋がるのなら……」


 そう言って、沙苗はセイアンを真っ直ぐに見つめた。


「うむ、それで良い。だが……」


 そう言ったセイアンは、沙苗の首筋を一発強く殴った。そして彼女を気絶させてから、縄を解き始めた。


「これに乗じて暴れられては困るからな。事は慎重に進めねばなるまい」


 そう言ったセイアンの顔は、とても悪く笑っていた。

『渡海事変・上』をお読みいただき、ありがとうございます。

最初は『渡海併合編』というタイトルで書き始めましたが上手くまとまらず、少し話の流れや構成を変更して書き直しています。投稿の間隔が大きく空いてしまってすみませんでした。

『渡海併合編』改め『渡海事変』は、上下形式で書こうと思っています。また、本当は一緒に書く予定だった関東統一連邦がメインのお話は、次の『〇〇〇〇』で書こうと思うので、乞うご期待です!

でもその前に、『渡海事変・下』も書きますので、しばしお待ちを。

それではまた(まだ書いてないからちょっと時間かかりますが……)、お会いしましょう!


2022.07.14 8:29 ひらたまひろ

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