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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
はじまり編
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第3話『神の思惑』

 もえちゃんに手を引かれるがままにやってきたのは、街の中心部から東に少し外れた雑木林だった。


 もえちゃんとは去年の夏に街で出会った。


 たまたま僕が散歩をしていたところ、道にしゃがみ込むもえちゃんを見つけ、どうしたのかと声をかけたところ、ダンゴムシを探していると返ってきた。ダンゴムシを探すことがもえちゃんの趣味らしく、その時はしばらく二人でダンゴムシを探していた。


 それ以来、時折こうして遊ぶようになった。


 約束をして遊ぶこともあれば、今日のようにたまたま出会ったので遊ぶこともある。


 駆けっこや散歩のような体を動かす遊びもたまにするが、やはりそれ以上にダンゴムシ探しの方が多い。


 一度だけ遊びで組手をしたことがあった。上神種と下神種という生まれつきの優劣があったので、僕の能力の使用を禁じての組手であった。しかし、いくら僕が能力の使用を禁じているとは言っても、もえちゃんは種の差など感じさせないほどの戦闘技術を有していて、僕は危うく負けそうになってしまった。僕は、自分が戦闘に於いて能力に頼っている面が多いことを実感し、少し気合いを入れ直す必要があるなと思った出来事だった。


 それはいいとして、今日ももえちゃんとダンゴムシを探している。もえちゃんは僕の横で、鼻歌を歌いながら落ち葉をめくってダンゴムシを探していた。


「おぉ〜、いっぱいいるー!」


 ダンゴムシを見つけるや否や、もえちゃんはすぐに手に乗せる。ダンゴムシはもえちゃんの掌の上でコロンと丸くなった。もえちゃんはその様子をニコニコしながら眺めている。


 いつも通りの光景なんだけど、今更ながらふと疑問に思ったことがある。


「なんで、ダンゴムシを集めているの?」


「え」


 もえちゃんはそう言って固まった。そして少しだけ天を仰ぐと、


「……なんでだろ?」


 と可愛らしく小首を傾げた。


 いや、分からないのかよ。


「好きだから?」


 僕が訊くと、


「好きだけど、固執するほどでもないような気がする」


 と返ってくる。自分のことなのにやけに曖昧な返事である。


 もえちゃんはたまにそういう瞬間がある。自分のことなのに、まるで他人のことのように分からない。本人も無意識のうちに、特にやりたいと思っていないようなことをやっていると聞いたこともある。


 すごく不思議な子なのだ。


「でも、集めている時、とっても気持ちが落ち着くんだよね。とても、とても。だから嫌いじゃない」


 もえちゃんは笑いながらそう言った。本人もそれでいいって言うんだから、それでいいのだろう。僕が口を出すような案件ではないのだろう。


「さて、大智。君、さっきわたしの声が聞こえなくなるほどにまで考え込んでいたね。悩み事? だったら相談くらいなら乗ってあげるよ?」


 もえちゃんが僕に詰め寄ってきた。


「あー……それは……」


 もえちゃんは、僕が臣の弟だと知っている。この国では身分を隠す必要はない。僕が臣の弟であることは、街の人はほぼ全員知っていることだと思う。だから、神治に関与するか悩んでいると打ち明けても別に問題はないと思うのだが、それでもやはり、少しは躊躇う部分もある。


 自分のことだし、自分で決めた方がいいのではないかと思ってしまうのだ。


 でも、多分僕が一人で悩んだところで、結論が出ないだろう。


 花菜と兄が言っていた『大逆罪』が脅しなのか、それとも本当なのか。もし本当だった場合を考えると、僕は断らないべきなのだろう。


 ただその場合、僕は『不本意』で神治に参加することになる。


 強制されてやることは気が進まない。やるからには、神治の意義を見出して行うべきだと思うのだ。


 じゃあ、もえちゃんに相談したら、意義を見出すことができるようになるのだろうか?


 ……分からない。


 だけど、一つ言えるのは『僕が一人で考え続けたら、絶対に意義を見出すことはできない』ということだ。


 僕はもえちゃんの目を見た。


 金色の無邪気な瞳が僕を見つめ返してくる。


 この子に相談して、意義を見出せるようになるのだろうか。


 ……可能性は、ゼロではない。


 僕はその可能性に賭けることにした。


「実はね、兄さんたちから『神治に参加しろ』って言われたんだ。これは神の命令であって、断ったら大逆罪だー、だの言われて。でもさ、僕は神治なんかに参加する気は更々ないんだ。不本意でそんな大事おおごとに足を突っ込む気はないし、気乗りしないことをやったって上手くいくはずがないと思うんだ」


「じゃあ、やらなければいいじゃん」


 もえちゃんはさらりとそう言った。


「でも、大逆罪だよ?」


「じゃあ、やればいいじゃん」


 ……


 このガキ。相談に乗ると言ったのはどの口だ?


 この子に頼ったのが間違いだったか……


「でも、」


 僕がそう思った瞬間、もえちゃんが真面目な顔で僕に言う。


「わたしは今の神治の体制が嫌い。臣様や巫女様は神様の命令に従って動いているみたいだけど、わたしたちのような下の者からしたら、神様がいるかすら分からない。もしかしたら、神様なんて存在しなくて、臣様や巫女様が好き勝手やっているだけかもしれない。そんな不信感が街全体で高まっているように思えるの。このまま不満が高まり続ければ、暴徒化する可能性もあるように思うの。大智はどう? そう思う?」


「まあ、そうだね。僕もそう思うよ」


「でしょう? そこで提案だよ」


 もえちゃんは微笑みながらこう言った。


「大智が神治に参加して、街の人々に神様を見せて回ればいいんだよ。そうすれば、街全体の不満は解消されるよ」


 んなっ!?


 そんなこと、できるはずがないだろう。法律上、神は臣と巫女以外の者の前に姿を現してはいけないことになっている。もし僕が神を連れ出したのなら、それこそ明らかな法律違反によって罰せられてしまう。


「焦った顔してるけど、意外と簡単だと思うよ?」


「どーこーがーだーよー!? 神を連れ出すことのどこが簡単なんだよ!? 明らかに法に触れてるじゃん!」


「じゃあ、法を無くしちゃえばいいじゃん」


 さらっとそう言うもえちゃん。


 僕はもえちゃんの肩に右手を置いた。


「あのね、口で言うのは簡単だよ。でも、やるのは大変だと思うけど……」


「ほんとに大変?」


「は?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「大変って言うけど、やったことあるの? 試したことあるの?」


「いや、ないけど……」


「やったことないのに大変とか言うの? へぇぇ。大智くんは臆病だなー。やったことがあって『大変だ』って言うならまだいいけど、やったこともないのに『大変だ』っていうのはカッコ悪いなー」


 あからさまな挑発であることは分かっていた。ただ、なんだろう。すごくイライラする。ふつふつと、体の奥底から怒りが湧き上がってくる。


 ……ああ、そうかい。そういうことかい。


 僕は込み上げる怒りを抑えようとしながら、しかし抑えきれずに、もえちゃんに向かって言った。


「分かったよ、やってやるよ。やって、大変だっていうのを証明してやるよ!」


「うんっ! 期待してる!」


 もえちゃんは笑顔でそう答えた。まんまと乗せられたような気がするが、どうでもいい。神治に参加して、法の改正を実現させてやる。


 思えば、今の法律は僕にとっても都合が悪い。父が僕の対策のために作ったような法律があるため、僕自身も行動に制限を感じることがある。それらの法も、この機会に改正することも視野に入れておこうか。


「あ!」


 僕が段々と冷静さを取り戻しつつあった頃、もえちゃんがいきなり声を上げた。僕はもえちゃんを見た。


「ごめん。わたし、これから友達に会いに行く用事があったんだ。忘れてた」


 演技でもなんでもない、素で思い出したようにそう言った。そしてしゃがんで、ダンゴムシを土の上に戻すと、


「じゃあ大智、神様を拝める日を楽しみにしてるよ!」


 と言って、走って林から去っていった。


 本当に、自由な女の子である。


「神治、ねぇ」


 もえちゃんが走り去った方をただぼーっと見ながら、僕はそう呟いた。


 法の改正とか、怒りに任せて大口叩いたけど、今更ながら不安になってきたな。本当にそんなことができるのだろうか。


 ……というか、神治に関われと言われたが、具体的に何をするんだ?


 神は……いや、兄と花菜は、いったい僕に何を求めているんだ?


 まあいいや。僕が今考えても、その答えは出ないだろう。神治に関わっているうちに分かるはずだ。


 僕は林を抜けて、街に向かって歩き出した。




ーーーーー

ーーー




 日渡の東の外れに、兎山という神聖な山がある。その山頂にある、古びたお堂。


「あら? ずいぶんと遅かったじゃない」


 赤髪の少女が戸を開けると、薄暗い部屋の中から女の声がした。


「ごめんね。ちょうど大智と会ったから」


 少女がそう返す。部屋の中の声の主は、落ち着いた声で少女に訊く。


「そう。それで、思惑通りに進みそうなの?」


「さぁね。あとは彼が決めることだし」


 少女は肩を竦めた。しかし、その金色の目には、少しだけ希望の色があった。


「まあ、そうね。でもその顔、手応えがあったんじゃない?」


「きゃはは、やっぱり分かっちゃう?」


 赤髪の少女はそう言って、嬉しそうに語った。


「大智ったら、少しだけ煽っただけで法の改正をしてくれるって約束してくれたんだよ。楽しみだよ、ほんとに」


「ちょろい男ね」


 部屋の声の主がクスッと笑った。そして付け足す。


「でも、これであなたも『神』として堂々と街を歩けるわね。臣や巫女にも追われずに」


「ほんとほんと。『神』って頂点に立ってる割に制限多くて嫌になっちゃうよ」


 赤髪の少女は少しだけうんざりしたような声で言った。すると、部屋の声の主が言う。


「まあ、いつまでも私の作った古い法律を使う必要も無いわけだし。あなたが神を継いでから300年と少し。改訂したっていい頃合いよ」


 その声に、赤髪の少女は微笑んだ。だが、すぐに疑問を口にする。


「なんで神には、法律を改訂する権限がないんだろう? 神なのに」


「神だからよ」


 それに即答したのは部屋の声の主だった。赤髪の少女は小首を傾げた。それを見て、部屋の声の主は言う。


「神が法律を変える権限を持っていたら、世界が荒れてしまうでしょう? 自分の都合に合わせて法律を作ったり、敵対国を潰すために法律を改訂したり。そんなのは容易に想像できるでしょう? そうなると、数千年前の戦乱の世に逆戻りするわ。そうなると人類に文明を取り戻す機会を与えてしまうし、下手したら神類が滅びかねないわ」


「だからって、こんなに制限しなくてもいいんじゃないかな? それに、全員が全員好戦的なわけじゃないじゃん?」


「それが『平和ボケ』ってやつよ。この数千年、大きな戦争もなかったし、そう思ってしまうのも無理ないと思うけれど」


 部屋の声の主は立ち上がって、赤髪の少女の前に立った。少女よりも10センチほど身長が高いが、高身長というほどではない。そんな彼女のショートボブの銀髪に光が当たる。


「あなたに初めて会った時、私がなんて言ったか覚えているかしら?」


 銀髪の女は、赤髪の少女に優しい声で言った。


「『この世界は、神々の欲望で溢れている』だっけ?」


「正解よ。よく覚えていたわね。もう2000年くらい経つのに」


 少し驚いた様子で銀髪の女はそう言った。


「覚えているよ。恩人から聞いた、最初の言葉だもん」


 赤髪の少女が微笑んでそう言うと、銀髪の女は声を上げて笑った。


「恩人だなんて大袈裟な。私はただ、しずのやつから頼まれたから引き取っただけよ」


「でも、記憶喪失とか厄介でしょ?」


「そんなのは小さいことよ。生まれたての赤ん坊も記憶がないでしょう? 同じことじゃない」


 その言葉に、赤髪の少女は「わたしは赤ん坊じゃないもん!」と抗議したくなったが、背中に走った悪寒に口止めをされた。


 その悪寒は、銀髪の女にも走った。


「誰か来る……」


 そう呟いて、お堂の外を睨んだ。


 階段を上がってくる足音が、段々と近付いて来る。階段を登るにつれて、その正体が見え始めた。


 登ってきたのは、一人の男だった。彼は暗いお堂の中にいる二人に気付くと、早足でお堂に近寄った。そしてお堂の前で立ち止まって言った。


「ようやく見つけましたよ、神様!」


「うげっ! 大貴……」


 そう。そこにいたのは、臣の磐田大貴であった。




「さあ、帰りますよ神様!」


「いやだ、いやだ! お仕事やりたくないー」


「そんなこと言われても困ります! 神治が滞ってしまいます! 国が乱れますよ!」


「わたしがやんなくても、大貴と花菜でなんとかなるよ! がんばれー」


「なんの応援ですか! 応援する暇があったら神治をしてください」


「いやだ、いやだ! 遊んでいたいー」


 お堂の外で繰り広げられる、臣と神による茶番。それを見た銀髪の女が呆れたように言う。


「はぁ。萌加もえか、今日はもう十分遊んだでしょう? 国民に迷惑かけないように、一国の神らしく神治に戻りなさいな」


「んな! 呼び出したのはめいでしょう!? それじゃわたしが、ただただ神治をサボっていたようにしか聞こえないじゃない!」


 神、日渡萌加ひわたしもえかは、銀髪の女、兎山明うさぎやまめいに向かって抗議する。


「確かに、私が呼び出したわね。でも、あなたは直接私に会いにきたわけではない。その前にちゃんと遊んで来たじゃない。それが無ければ私は弁護してあげたわ」


 その抗議も虚しく、萌加は明に一蹴された。


「明様! その話を詳しく聞かせて頂けないでしょうか?」


 そう言ったのは、もちろん大貴だ。しかし明は、そこまでするつもりはない。


「私から聞かずとも、説教の時にでも萌加から聞いて頂戴。私は寝るわ」


 そう言い残して、お堂の中へと入っていく。戸をぴしゃりと閉めて、光の射さない暗い部屋に一人で座る。


「はぁ、どうも今の臣は苦手ね。なんていうか、律儀すぎるわ。私はもう一国を治める神ではないのに」


 そう呟いて、大の字に寝転がった。


 外から聞こえる、駄々をこねる萌加の声。それが段々と遠ざかっていく。


「ま、萌加もその気になればすごいのよね。私なんかよりもずっと。だから心配してないけど……」


 明は一言、一番の心配事を口にする。


「そろそろまた、世界が変わりそうね」




ーーーーー

ーーー




 街に出て来たのはいいけど、なんだか騒がしい。


 いつもよりも混雑していて、賑わっている……ようには見えない。街中を血相を変えて走り回る下神種ひとたち。この野郎、このズボラ、どけどけ、轢かれてぇのか、などと言ったかなり物騒な声もする。悲鳴や泣き声も混じっていて、なんだろう、混乱しているってのが正しいのか……?


「あぁ、大智くん!」


 僕がそんな街の様子を観察していたら、不意に後ろから声をかけられた。振り返ると、僕が贔屓ひいきにしている八百屋の店主がそこに立っていた。


「いったいこれ、なんの騒ぎ?」


「大変だっ!」


 僕の質問に答えないまま、いきなり切羽詰まったように彼は言った。ずいぶんと深刻そうであるため、僕も気を引き締めた。そして、告げられる。


濱竹はまたけで、大規模な人類反乱が発生したそうなんだ!」


「んなっ!?」

日渡萌加:■■■■歳 身長142cm

兎山明:■■■■歳 身長151cm

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