第38話『塞ぎ込んだ少女』
その日の夜、僕と大志、花菜、いちかさん、そして美有さんは、神様に呼ばれて本殿に集まった。そこにいたのは、神様とニャノさんだった。
「集めた理由はひとつだけ。喜々音ちゃんに何があったのかを知るためだよ」
神様が僕らにそう言った。
たしかにそれはすごく気になるし、知っておかなくてはならない事柄だ。
それを説明してくれるのは、どうやらニャノさんらしい。
にしても、ニャノさんって何歳なんだろう。同年代なんだろうけど、同い年ではないと思う。おそらく僕よりも年上だろうけど、見た目では僕よりも幼いよなぁ……
いろいろ考えながら、僕はニャノさんを見つめていた。するとニャノさんが訝しんだような声で僕に問う。
「どうかしましたか……?」
「あ、いやぁ……」
しまった。少し見すぎてようだ。かなり不振に思われただろう。
「大智、もしかして好みだった?」
ニタニタしながら花菜が横から言ってくる。
「え、いやそれは……」
僕は決してそんなことはないと否定したかったのだが、ニャノさんが目の前にいるのにそんなことはできないと思って吃る。
「……図星なの?」
しかし、吃ったことによって、美有さんにそう訊かれてしまった。
どうすればいいのだろう。
否定したいが、することができない。
その時、聞き慣れない静かな声が聞こえた。
「わたしのことは気にしなくていいですから、否定したいならしてください。そうでないと、こんな見窄らしい女が好みだと誤解されてしまいますよ?」
それはニャノさん本人だった。
誤解されるのは大変だけど、見窄らしいということはないと思う。普通に可愛らしい少女だと思うけど。
……まぁ、無駄なことを言うとさらに誤解される可能性があるから訂正はしないけど。
「どうなの?」
いちかさんが僕にそう訊く。
「別に好みというわけじゃないです」
間髪入れずにそう答えると、みんな少し冷めたような目で僕を見た。
「いや、まぁね? うん。本人から否定して良いって言われたから、何も失礼じゃないんだろうけどさ」
花菜が冷ややかな口調でそう言った。そして、僕を思いっきり軽蔑したかのような目でこう告げた。
「即答するのはどうなのよ?」
……そうですよね、それはやるべきじゃないと僕も後悔しているよ。
「わたしは全然、気にしていませんけど……」
ただニャノさんは軽く微笑みながらそう言っている。ただ、内心はどう思っているか分からないけど。もしかしたら、傷ついているかもしれない。そう考えると少しヒヤヒヤする。
「だったら、どうして見つめていたの? ……もしかして、変態さんなの?」
すると美有さんが横からそう言ってくる。
変態ではない、断じて!
まぁたしかに、それならなぜ見ていたのかという疑問は出て当然だろう。だったらその理由を述べるまでだ。変態というレッテルを貼られたくはないからね。
「いや、少し失礼かもしれませんが……」
「今更なに前置きしてんのよ」
花菜から鋭いツッコミが入る。
うん、都合が悪いことなので無視をさせていただこう。
「ニャノさんって、果たしておいくつなのかなーっと思いまして。僕より年上なんだろうけど、年下にも見えて……」
「16です」
瞬時に答えが返ってくる。
「……一個下なの? 意外」
そう呟いたのは美有さんだ。
僕にとっては一個上。だけど、それにしては少し幼げな印象を抱く。
「よく言われます。小さいね、幼いねって。もう慣れましたけど」
肩をすくめて、少し恥ずかしそうにそうにそう言うニャノさん。
「え、じゃあいつから神務局に?」
「今年です。去年の今頃、中級学校に在校中、神務局の試験を受けて合格しましたので、卒業後の年始から勤めています」
いちかさんの質問に、ニャノさんは丁寧に答えた。
学校かぁ……
日渡にそんな施設がないので、さっぱり想像がつかない。日渡の子供たちは、基本的に自分の親の仕事を継ぐことが求められる。そのため、家が教育の場、生まれた時から英才的な教育を受けているような状態。仕事で必要な文字や計算などを学ぶため、別に識字率が悪かったり、計算ができなかったりするわけではない。ただ、家によって教育がまちまちであるから、どれほど知識があるかは本当に人それぞれなのである。
僕や大志、もちろん兄も、幼い頃から父にいろいろ叩き込まれた。そのため、読み書きはほぼ問題なくできるようになったし、計算も簡単なことならできる。
「わ、わたしのことよりも、喜々音様のお話をしましょう」
ニャノさんは少し恥ずかしくなったのか、顔を少し赤くしながらそう言った。
そしてひとつ咳払いをすると、喜々音さんに何があったのかを語り始めた。
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最初に語るべき内容は、小松家と小林家の関係でしょう。両家はかつて、大林国という国の臣と巫女を務める家柄でした。今から2500年ほど前に濱竹が濱竹北方20ヵ国に同時に宣戦布告をすると、大林は戦う前に軍門に降り、濱竹勢として北濱諸国と戦いました。終戦後は、現在の北濱行政区の自治権を与えられ、連邦設立の直前まで北濱一帯で自由に神治を行っておりました。
北濱自治領から北濱行政区に移り変わり、濱竹の分散神治制に加わっても、小林家が北濱行政区長の座に居座り続けました。また、小松家はその独占を妨害しないために、北濱行政区長への立候補を家訓にて禁止しておりました。さらに、家ぐるみでの親交は今まで絶えず続いていて、喜々音様とかささぎ様は歳の離れた兄妹のように育ってきました。
公の場では、かささぎ様は喜々音様を『小松ちゃん』と呼び、喜々音様はかささぎ様を『小林様』と呼んでいましたが、本当はもっと親しく、『喜々音ちゃん』や『かささぎお兄ちゃん』と呼ぶ程の仲でした。
これほどにまで親しかったため、喜々音様はかささぎ様の罪を断固として認めませんでした。濱竹議会でも、安久斗様の決定なさったことに異議を申し立てたり、巫女様に発言の撤回を求めたり、かなり場を掻き乱しました。また、小林家を無条件に下神種化する処分を安久斗様が下した時には、安久斗様や臣様を必死に説得しましたが、結局覆ることはなく、小林家の皆さんに泣きながら自身の力不足を訴えて亡命するように促したり、その後も幹部一人一人にかささぎ様の無罪を訴えて回ったり、小林家やかささぎ様の名誉回復に尽力なさいました。ですが、そのような数々の行為は濱竹の国刑法に触れていて、幹部からも喜々音様の更迭を求める声や厄介者扱いする方もいました。
そして、安久斗様は決断を下しました。
喜々音様を更迭し、さらに小松邸への幽閉を命じました。
幽閉されている間に、かささぎ様の処刑が行われました。そのため、喜々音様はかささぎ様の最期に立ち会うことはできませんでした。そして、自身の慕う兄的な存在がどんな最期を迎えたのかを、最悪な形で知ることとなってしまいました。
濱竹国内は、かささぎ様の変わり果てた姿に心底失望の念を抱きました。そして『小林かささぎ悪人説』や『北濱の恥さらし』と言った、かささぎ様を否定する意見が盛り上がります。国内有力機関紙である濱竹日報もまた、かささぎ様に対して辛辣な書き方をしていまして、国内の小林家に対する印象がかなり下がりました。
そして、それは家ぐるみで親しい小松家も例外ではありませんでした。小松家に対する世間の目は冷え切っていて、暴徒化した北濱区民が小松邸に石を投げ込んだり、浜松神社周辺で小松家の下神種化を訴えた大規模なデモ行進が行われたりと、小松家……特にずっとかささぎ様を擁護して回った喜々音様は濱竹国内では生きていけない状況にまで追い詰められました。
安久斗様は、この状況を非常に危惧しました。そこで、濱竹議会を開いて喜々音様の処遇に関する意見を求めました。
上がった意見の中で採用されたのは、公には国刑法の『罪人庇蔭罪』を適用した国外追放と公表して、実際には喜々音様の心の傷を癒すことを目的とした外遊的なものとすることでした。そして選ばれたのが、喜々音様と同年代の皆様が中心に神治をなさり、面識もある日渡でした。
ですが、そこで日渡側が取り合ってくれないことも想定されていました。その場合は、躊躇うことなく安久斗様が国刑法『大逆罪』を適用して刺殺することを決定していました。
以上が、喜々音様に何があったのかの説明となります。
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「安久斗のやつ、ここまで訳ありな子を押し付けたのね……」
神様が呆れたような声を上げる。
「でも、訳ありだと分かっていながら引き取ったのは他でもない神様ですよね?」
大志がそう突っ込むと、横からいちかさんが尋ねる。
「なんであのとき、喜々音ちゃんを庇おうと動いたんですか?」
その質問に、神様が嘆いた。
「『殺せばいいじゃん』って強気で言ったのはよかったけどさ、よく考えてみたら、自分の神社で誰かが殺されるなんてやっぱり嫌だよ……」
うん、そんなもんだろうなと思ったよ。
「今回は安久斗の戦略勝ちだよ。最初から、わたしがどう動いてくるかを予想していたんだろうね。該当する罪をしっかりと口に出して言うことで、わたしが喜々音ちゃんを助ける方法を提示した」
「どういうことですか?」
神様の言葉が理解できず、僕はそう尋ねた。
「安久斗が喜々音ちゃんに適用しようとした罪は二つあった。『罪人庇蔭罪』と『大逆罪』、この二つな訳なんだけど、罪人庇蔭罪は国外追放で、大逆罪は死刑。安久斗は元々、大逆罪を適用するつもりは毛頭なかった。だから殺さずに日渡に連れてきた。わたしが許可しなかったら大逆罪を適用して目の前で殺そうと決めていたんでしょ。つまり、「『罪人庇蔭罪』は取り消せない絶対的な罪だけど、『大逆罪』は取り消すことができる優先度の低い罪だぞ」とわたしに伝えていたってこと。そうやって罪の名前を声に出すことで、わたしに対して『助ける方法』を提示していたんだよ。それにわたしはまんまと引っかかったってわけ。ほんと、ただただ安久斗の思う壺だよ」
僕の質問に、神様はやれやれと両手を広げて言った。
てことは、全て神様の行動を予測して作戦を練っていた安久斗様の手のひらの上だったってことか。
「でも、安久斗様は何がなんでも日渡に喜々音様を預けさせたいとお想いになられておりました。『日渡なら喜々音に元気を与えてくれる、日渡なら安心だ』と、下池川卿にお話しされているのを聞きましたので」
ニャノさんがそう言った。
「何を思ってそんなに頼りにされているのか分かんないなぁ。前までそんなことなかったと思うけど……」
神様は唸りながらそう言った。その言葉にニャノさんは少しだけ肩をすくめた。どうやらなにか心当たりがあるようだが、それを神様に教えるつもりはなさそうだ。
「ですが、頼られることは悪いことではない気がしますけど?」
花菜が神様にそう言うと、神様はコクリと頷いて、
「そうなんだよね」
と微笑んだ。そしてニタァとしながら小声で言う。
「ぜんぜん悪いことじゃないよねぇ」
そのあと、僕らは少し話し合った後に解散をした。
結論としては、僕と花菜が中心となって喜々音さんを元気付けることで合意した。困ったことがあれば神様を含めてみんながサポートしてくれるとのことなので、そんなに荷が重い仕事だとは思わないけど、兎山自治領関係の仕事と並行して行うため、本当に大丈夫かと少し不安に思えてくる。
でもまぁ、決まってしまったからには仕方がない。何としてでも役目を全うしなくてはならないだろう。
そう思いながら、1日をそろそろ終えようかと思い布団に入った時、事件は起きたのだった。
部屋の扉がノックされたから、僕は返事をする。
「ニャノです、夜分遅くに申し訳ありません」
ノックの主はニャノさんだった。かなり焦った声色で言うので、僕は急いで扉を開けた。
「どうしましたか?」
寝巻き姿のニャノさんに尋ねると、彼女は涙目になりながら僕に告げた。
「喜々音様が、行方不明に……!」
「えぇ!?」
驚く僕に、ニャノさんが泣きそうな声で続ける。
「喜々音様が就寝なさるまで、わたしは側にいたんです。それでお眠りになられたので、わたし、お風呂に入ったんです。それで戻って来たら、もう……」
寝ていなかったってことか。最初から逃げ出すことを目的にして、ニャノさんが離れるタイミングを狙っていたってことだろうか。
なんのために逃げ出した……?
『……お兄ちゃんに、会えないの?』
不意に頭に、その喜々音さんの言葉が思い浮かんだ。
……まさかな。
……でも。
いやいや、そんな原因は考えるな。今はニャノさんを落ち着かせて、探しに行くのが最優先だろう。
「分かりました、とにかく落ち着きましょう」
僕はニャノさんの肩に手を置いて、できる限り優しい表情を作ってそう言った。
だが、ニャノさんは落ち着くどころか泣きだしてしまった。
「わ、わたし、わたしのせいです……」
俯きながら、小さい声でそう言った。肩を震わせて、目からは大粒の涙が床に向かって落ちていく。
啜り泣くその声を聞いて、横の部屋から花菜が出てきた。そして僕らの状況を見て、僕にジト目で言ってくる。
「……泣かせるとか最低」
なぜ決めつける。事情を聞かぬかこのクソ巫女。
いや、今はもう巫女じゃないんだった。
じゃなくて。
「事件としては、僕が泣かせた方がまだ笑えたかもしれない」
僕は花菜に向かってそう言う。花菜はいまいちよく分からなくて首を傾げた。
「喜々音さんが、失踪したみたい。花菜、大志を叩き起こして。捜索始めるよ」
僕は内心、かなり焦っていたものの、表面上は落ち着きを装って花菜に告げた。花菜は非常事態であることを理解して、さっきまでのおふざけモードから真面目モードに切り替わっていた。そして僕に強く頷くと、瞬時に大志の部屋まで走っていった。
「さて、僕らは探しに行きましょう」
僕は泣いているニャノさんに言って彼女の手を引いた。彼女は震える声で小さく「ありがとうございます」と言うと、僕に手を引かれて歩き始めた。
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喜々音ちゃんの捜索が始まった。
大智に指示されて大志を起こしに行った私は、その足で巫女館へ走って美有さんを起こした。大志が神様に報告してくれて、美有さんがいちかさんを起こしたことによって、喜々音ちゃんの大規模な捜索が始まった。
それぞれが別々の方向を探した方が効率がいいのではないかと神様が提案したため、私は日渡西部の昇竜川方面を捜すことにした。大智とニャノさんは神社周辺を、神様は上空から各国との街道方面を、いちかさんは兎山方面を、美有さんは神社の北から武豊国境までの北方を、それぞれが探し回った。
日竹大橋に出るまで、日渡西部の農業地帯をおおまかに見て回った。しかし、見当たらなかった。
2時間ほどして日竹大橋に出て、周辺を見渡す。
真夜中の昇竜川は真っ暗で、なにも見えやしない。でも目を凝らして、人影がいないかどうか探した。
そうしたら、あった。河原にしゃがみ込む人影が。
日竹大橋の上流すぐ近く、小林かささぎを処刑した現場に、それは静かにしゃがみ込んでいた。
じっと目を凝らして見つめると、それが喜々音ちゃんであることは明白であった。
「喜々音ちゃんっ!」
私は走って堤防まで行き、そこから名前を呼んで、急斜面を思いっきり駆けていく。
しかし喜々音ちゃんには、おそらく私の声は聞こえていない。
フラッと立ち上がって、ヨタヨタ歩いて、昇竜川の中へと足を踏み入れる。
「ダメッ!」
私は叫びながら走る。
でも、喜々音ちゃんはどんどんと川の中へ入っていく。
「……かささぎお兄ちゃん、もうすぐ……」
ニヘラと笑いながら、喜々音ちゃんは水の中へと身を沈めようとする。
「ダメだって言ってるでしょ!」
私も後を追って昇竜川へ入り、喜々音ちゃんの体をがっしりと捕まえる。
「!?」
喜々音ちゃんは捕まえられてようやく私の存在に気が付いたのか、酷く驚いた形相で私を見る。しかし同時に、大声で「離してっ!」と叫んでジタバタ暴れる。
「離すわけないじゃん! 離したらあなた死ぬでしょう!?」
「ダメ離して! お兄ちゃんに会わせて!」
私たちは、真夜中の昇竜川の中で揉み合いになった。
「安久斗様はあなたに生きてほしいって思っているのよ!? そのご厚意を無下にするつもりなの!?」
「お兄ちゃんを庇わなかった神なんて知らないっ! そんな奴の厚意とか知らないっ!」
「バカッ! あなた安久斗様がいなかったら今ここにいないのよ!?」
「それが最たるものじゃない! 別に生きたいなんて願った覚えはない! いつ私が助けを求めたの? 逆にあいつは私をこの何もない世の中に残させたのよ!? どこに感謝をすればいいの? 全然感謝することないじゃない!」
私は耐えきれなくなった。泣き叫ぶ喜々音ちゃんに無性に腹が立った。
大貴さんみたいに、死にたくないのに死んでしまう者もいるのに、この子は……
そう思った時、私は既に動いていた。
パチンッ!
喜々音ちゃんの頬を思いっきり叩いた。
怒りの感情が込み上げるが、言葉は出てこなかった。ただただ無言の空間が広がった。
「……痛い」
喜々音ちゃんは叩かれた左の頬に手を置いてポツリとそう言う。そして私を睨みつけて低い声で言った。
「すっごく痛かったんだけど!?」
その瞬間、私の真上からいきなり大量の水が降り注いだ。
雨ではない。だって、川の流れのように大量の水なのだから。
「わっ、わぁっ」
私は一瞬で水中に誘われた。
まずい、溺れる……
私は流される中、反射的に能力を展開し、おそらく下流の方にあるであろう日竹大橋の欄干を目掛けて蔦を伸ばした。そして蔦が何かに固定されたことを認識し、一気に水中から飛び出した。
「ぷはぁ……し、死ぬかと思った……」
にしても、なんだ? あの子の能力って。
やっぱり濱竹だから『水属性』なのかな?
「今ので死なないなんて、やっぱり上神種なんだね」
しかし驚くべきことに、私の背後からそんな声がした。
嘘でしょ? 今私、蔦で引っ張られながら半分空を飛んでいるような状態なのに?
振り返ろうとしたら、首に回し蹴りが飛んできた。
「ぐぁっ!?」
なにそれ、どんな動きしてるのよ!?
私は痛みに耐えながら彼女を見ると、彼女は不思議なことに浮いていた。
そんな彼女に目掛けて、蔦を伸ばして捕まえようとする。
しかし、その蔦はなぜか、彼女の目の前で消えた。
「!?」
そして気持ち悪いことに、私の足に絡み付くのだった。
この技は間違いない、『地属性』の『空』の権能だ!
まずい、分が悪すぎる。
同じ属性の時点で相性最悪なのに、『地属性』の中でも最上級に強い『空』だなんて。
空間支配、飛行、天候変化を主な権能として有しているとなると、まともに戦うことはほぼ不可能。逃げるにしても、空間支配を使われれば逃げきれない。
戦意がポキポキと折れていくのを感じる。
もっとも、戦うつもりなんて毛頭なかったから、最初から戦意なんてそんなにないんだけど。
とりあえず、攻撃を躱すことに専念する。
幸い、『空』の権能は攻撃に特化したものではない。どちらかというと、敵の把握と防御に向いている。能力を使った攻撃方法はほぼほぼないはず。
だから攻撃は必然的に体術的なものになってくる。だからまだ、なんとかなる。
自分の回りを可能な限り覆い、繭のようにして閉じこもろうかと思ったが、相手が空間的な権能を持っていることを考えるとそれもまた得策でないことが分かる。
日竹大橋の上で戦いを繰り広げる。
といっても、私は防戦一方だけど。全身痣だらけになることを覚悟しながら、四方八方から来る攻撃に耐えている。
でも、ここに居れば必ず使える逆転方法がある。
それは、もうそろそろ来るはずだ。
私は不敵に笑いながら空を見上げた。そこには一筋の、赤い光が見えた。
途端、周囲が昼間のように明るくなった。
そして降り立つ、ひとりの少女。
長い赤髪をツインテールにして、腰に長い刀を携え、輝く金色の瞳で私たちを射抜いていた。
「なんで、もっと仲良く解決できないの?」
そう言った神様は、私と喜々音ちゃんの手を掴んで……
「わぁぁあああ!!!」
「!?」
いきなり空へと飛び立った。
な、内臓が……揺れる……!
なんだこの速さ!? 普通に、意識が、飛びそう……!
手を掴まれた時、強制的に仲直りの握手でもさせられるのかと思ったけど、全然そんなことなかった。
「さ、さっさと磐田神社に帰るよ〜!」
神様はそう言って、遥か上空へと昇っていく。
いや、こんなに昇る必要はないんじゃ……
と思った瞬間、急降下を始める。
内臓がグッと動いて、不快感が込み上げる。顔面に当たる猛烈な風が痛い。
と思ったら、今度は急上昇を始める。そしてまた、急降下をする。
それを何度も繰り返し、そしてだんだんとそのスパンが短くなってくる。
……え、すごく無駄に上下に蛇行してません!?
わざとやってるよねぇ!?
酔うよ? 私、酔いますよ!?
てか現に気持ち悪いです、やめてくださいこの動き!
「あわわわわわわわ……」
喜々音ちゃんは既にダウンしてるし!
「きゃははははは!」
神様はこの状況の中笑ってるし。
……。
「あ、あの……神様。酔います、酔いますよ、その動き……」
「うぇ? あぁ、ごめんごめん。つい」
『つい』ってなんなの!?
おかしいでしょ。絶対自分が楽しいからやってたやつじゃん!
「あ、勘違いしないでよ? この動きは君たちをおとなしくさせるためにやってるんだからね? 決して遊びじゃないよ?」
なんの補足!?
言っとくけど、その補足をする時点で否定できてないから!
てか補足しながらもその動きは辞めないんだね!?
もういい加減、すっごい気持ち悪いからやめてほしいんだけど!?
「あ、通り過ぎてた」
「うわぁぁぁあ!?」
勢いよく方向転換し、さらに急降下するので、私は最大級に気持ち悪くなった。
そもそも、なんで通り過ぎたの!? 絶対この動きが楽しくて、神社に帰るって目的忘れてたでしょ!? あーもう、なんなのこの神様! そういうところ嫌い!
その直後に、神様が神社に降り立ったことで、『楽しい楽しい高速飛行体験(笑)』は終わりを迎えた。
私と喜々音ちゃんは、翌日の昼過ぎまで寝込むこととなったけど。
ーーーーー
ーーー
ー
「それで、どうして逃げたの?」
神様が優しい口調で喜々音さんに問い詰めた。喜々音さんは虚な……いやでも、昨日よりはしっかりと焦点があっているその瞳で、弱々しく答えた。
「お兄ちゃんに会いたいんです……かささぎお兄ちゃんに会いたくて……助けられなかったから……なにもしてあげられなかったから……最期も、見届けてあげられなかったから……」
そして彼女は、右手に持った丸い金属を見つめた。
「それは?」
僕が尋ねると、喜々音さんは大事そうに軽く握りしめて、少しだけ頬を緩めて言う。
「お兄ちゃんの、止まった時間です」
……?
いやごめん、分からん。
「ねえねえ、大智くん」
僕の左横から、美有さんが耳打ちをしてくる。
「はい」
僕が小声で返すと、美有さんはサラッと毒を吐いた。
「……あの子、痛い子?」
「……」
いや知らねーよ!? いきなりなにを言い出すのこの人!?
ま、まぁ、答えておくべきだろう。美有さんはこれから兎山自治領で喜々音さんと一緒に生活してもらうことになる。ちゃんと知っておいてもらう必要があるだろう。
「ぼ、僕の知っている限りでは、喜々音さんはすごく真面目です。痛い子では決して……」
「止まってしまった時間は戻ってこないのです。お兄ちゃんが歩むべき時間は今もなおここに刻まれ、それを私が手にしている……。あぁ、私はとても嬉しいのです。お兄ちゃんの失った時間を私が手にしているつまりお兄ちゃんの魂を私は手にしているだから私は常にお兄ちゃんと一緒な訳であってお兄ちゃんは……」
ちょっと喜々音さーん!?!?
おいおいおいおい、これじゃ完全にやばい奴じゃないか!
というか、戻ってこーい!
また目の焦点合ってないし、虚空を見つめて怪しく笑ってやがるよ!?
「……ほんとに真面目なの?」
言いたいことは分かる、分かるぞ?
でも一旦待て。今の喜々音さんの様子を見てみろ、あれが正常でないことは一目瞭然なはずだ。
「……かつては、そうでした」
こう言うのが手っ取り早いだろうなぁ。
結局、今は目の前の状態なわけだ。いくら昔、ほんとに数十日前が真面目であっても、今があぁなことに変わりはない。
残酷なものだが、そういうことだろう。
僕も、喜々音さんをなにも知らないに等しいのだから。
「ねえ、ひとつ訊くけど、あなたはいつまであんな奴のことでうじうじしてるつもりなの?」
だが、この状況に爆弾を落とした奴がいた。そいつはもちろん、花菜である。
その言葉に、僕らは凍りついた。それが禁句であることは皆が察していたのだが、花菜は分からなかったのだろうか?
たしかに僕らからしたら、小林かささぎは憎むべき相手に変わりはない。兄を殺した犯人なのだから、彼を慕い続ける喜々音さんの態度は受け入れ難いものを感じる。でも、喜々音さんが傷心している最中にそんなことを言ってはならないだろうと、僕らは察していた……少なくとも僕はそう思っていたんだけど。
「……今、あんな奴って言いました?」
喜々音さんが花菜を睨む。
……うん、そうなると思った。
「えぇ、言ったけど? だってそうでしょ? こっちはあいつに臣を殺されたんだよ?」
花菜が強くそう言った。
「……お兄ちゃんは、殺してない!」
そんな花菜に向かって、喜々音さんが飛びかかる。
「だーめ! 喧嘩しなーい」
その間に割って入ったのは神様だった。血相を変えて花菜に飛びかかろうとした喜々音さんの額を細い人差し指だけで押さえつけ、ニタリと笑っている。
……不気味。なにを考えているか全く見当がつかない笑顔だ。
「喜々音ちゃん、小林かささぎはこの国では大罪人なの。花菜のように思っている人がこの国ではほとんどなんだよ。つまり、この国も決してあなたが生きやすい場所ではないってことだよ」
そしてちょいっと額を弾く。すると喜々音さんは、壁まで吹き飛ばされた。
「で、花菜。言いたいことは分かるけど、あなたは小林かささぎのなにを知っているの? 具体的な功績や人格まで知った上で『あんな奴』と称しているの? 違うでしょ? きっとあなたは小林かささぎのことをほとんど知らない。臣殺しという罪を犯した者、もっと言うなら、その罪を被っただけの者というだけで批判をかましているのなら、今すぐそれをやめなさい」
そして同じように額を指で弾いた。弾かれた花菜はやはり壁まで飛んでいく。
恐ろしき、永神種。外でダンゴムシを拾っているとき、数匹殺していないのかと不安になってきた。
「それで、わたしからの提案なんだけどさ」
神様が僕らに向かって言った。
「小林かささぎの名誉回復に努めてみない?」
……は?
え、いや、なんで?
みんな一様に顔に疑問符がくっついている。
僕らの表情を読み取ったのか、神様が言う。
「理由はね、今後の不穏分子を取り除くためだよ」
ん?
もっと分からん。僕の理解力がないだけだろうか。
「小林かささぎは、濱竹の幹部だった存在。それに対する嫌悪感を高めるってことは、濱竹への嫌悪感を高めていることにもつながる。濱竹国内でも小林かささぎに対する評価は別れているし、今最も高まっているのは『安久斗の下した処分への不満』みたい。なんか、小林家への処罰が温すぎるだかなんだか。で、日渡国内でもこれに便乗しようとする動きが出てきている。でも、それに同調するってことは、安久斗を批判することとなんら変わらない。それが今ある不穏分子ってことだよ」
そうか、一見すると小林氏に対する批判なんだけど、実際は安久斗様を批判している可能性もあるということか。
「安久斗を批判することは許されない。巫女ちゃんの率いる精鋭部隊が出動して鎮圧に動く可能性もある。それが日渡国内にまで適用されることは考えにくいけど、関係悪化の原因になることは予想できる。だったら、外交的観点から見るのであれば、この国での小林かささぎの名誉回復を行い、日渡国民の無意識的な『安久斗批判』への参加を削減するに越したことはないんじゃないの?」
神様の言葉に、僕らは少し考えた。
兄を殺した仇の名誉回復をするべきか否か。僕個人の考えとしては、嫌だ。だが、将来的に濱竹との関係悪化に繋がる可能性があるのなら、それ即ち、国家滅亡の可能性があるのならば、個人単位で考えてはならないのだろう。
然れば、結論はひとつだけだろう。
「する、べきでしょう」
僕は躊躇いもあったが、それを押し殺してそう言った。
美有さんといちかさんが目を見開き、大志と花菜が驚いたような表情で僕を見る。
「あたしは全然構わないんだけどさ、いいの?」
「……無理、してない?」
いちかさんと美有さんにそう訊かれる。
「無理してないって言ったら嘘になるけど、濱竹と敵対する可能性があるならやらざるを得ないでしょ」
僕は肩を竦めながらそう言った。
「……はぁ、まぁ神様にも言われちゃったし、従わざるを得ないみたいな状況だよね」
花菜がやれやれといった感じで頭を掻いた。
あとは大志だけだ。
大志は腕を組んで、目を閉じて、少し考えてから神様を見た。
「分かりました、小林かささぎの名誉回復を行いましょう」
そうして日渡で、小林かささぎの名誉回復が始まるのだった。
「……!」
喜々音さんの瞳に光が灯る。
それを見て、神様が微笑んだ。
「じゃ、名誉回復はわたしに任せて。3日で終わらせるから」
神様がそう言って、パチンと手を叩く。
「さてと、それじゃ解散! おつかれさま〜!」
そうして僕らは解散となるのだった。




