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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
後継騒動編
38/107

第37話『賠償』


「賠償をしに行くんだよ、臣殺しのな」


 安久斗の言葉は、喜々音を深く傷つけた。


「……お兄ちゃんは、やっていないのに。なんで、なんで……」


 喜々音はそう言って泣き出した。


 安久斗は喜々音の頭に手を置いた。


「そう、やっていないんだ。だが、やったことにせざるを得ないんだ。あいつは連邦の平和と安定、そして濱竹の存続にための犠牲になった。なんとか、そう考えてくれないか?」


「……」


 喜々音は安久斗の言葉には何も言わなかった。


 ただひたすらに、安久斗を睨みつけていた。


「俺のことを恨んでくれてもいい。だが、そんな怖い目はしないでほしい。お前はまだ幼い。まだまだ幼い。そんな時からそんな目をしていたら、いつかきっと笑えなくなっちまうぞ」


 そんな安久斗の発言に耳を貸すことなく、喜々音は安久斗を睨み、泣いていた。


 昇竜川を渡って、一行は日渡に入った。


 ここまで、会話はほぼほぼない。


 ニャノはひたすらに荷台を引いて歩き、安久斗は日渡の街を見渡して歩いている。喜々音は俯きながら、悲しげに歩く。


 そして、浜松神社を出てから約4時間、日渡の磐田神社に到着した。




ーーーーー

ーーー




 安久斗が急にやってきた。


 何の予告もなく来るなんてすごく珍しい。現在、花菜と大智、美有の兎山自治領への引越しの準備があって、急な来訪者の対応に当たれるのはわたしといちかだけだった。


「新しい巫女とはお前のことか」


 安久斗はいちかにそう声をかける。


「はい。御厨いちかと申します」


 いちかは礼儀正しく安久斗に一礼する。


「御厨家か。昔が昔ゆえ、あんまり好印象はないな」


 安久斗は冗談混じりな声でそう笑う。


「普通に失礼な言葉だよ、それ」


 わたしは安久斗にそう告げる。まぁ、本人に向かって言う言葉ではないだろう。いくら昔の話とは言っても、好印象はないって……


 いちかもかなり苦笑いを浮かべている。そうなるでしょうね。冗談がキツすぎるよ。


「ま、今の御厨家がどんな家柄かは分からねぇから、今後の功績によってイチから判断することにするさ」


 安久斗はいちかに笑いかけてそう言った。


 つまりは、遠回しに「しっかりやれよ」と言っているのだが。


「それで、彼女たちは?」


 わたしは会話がひと段落付いたと判断して、安久斗に向けてそう尋ねた。


 安久斗の後ろに、女の子が2人。どっちも初見さんだ。


 ただ、1人はすごく礼儀正しく立っていて、1人はすごく虚ろな状態。うーん、なにがあったんだろう。


「その前に、先に本題を話しておきたい」


 しかし安久斗は、わたしの質問に対する返答を後回しにして、自分がここに来た本題を話し出した。


 そして、開口一番に。


「すまなかった」


 と、頭を下げて謝った。


「うぇっ!? な、なになに? やめてよ、そんな急に」


 わたしは頭を下げる安久斗に困惑した。それもそうだよ、安久斗に謝られたことなんて、記憶にある限りないんだから。


「なんで謝るの、というか頭を上げてよ」


 わたしが安久斗に言うと、安久斗は頭を上げてこう言った。


「この国の臣を、俺の部下が殺したんだ。そりゃ謝らなきゃいかんだろ」


 いや、そうかもしれないけどさ……


 ていうか、裁判の後なにも音沙汰なかったから謝る気がないのかとずっと思っていた。


 だからこそ、処刑から2日経ったこのタイミングで謝ってくるなどとは思っておらず、かなり驚かされた。


 と思っていたら、安久斗が口を開いた。


「謝罪するのが相当遅くなったことに関しても謝りたいのだが……」


「頼むからもう謝らないでよ。超大国かつ統率国に頭を下げさせる図々しい奴って思われたくないから」


 丁重にお断りさせてもらう。


 こっちは濱竹に縋っていなきゃ存続不可能なくらい弱小国家なのに。まぁたしかに、メリハリはつけるべきだと思うけど、2回も頭を下げさせたくはない。


「実はな、このタイミングで謝罪しに来ることになったのには理由がある。どうかそれを分かってくれ」


 なんか安久斗の口調に違和感がある。もしかして、わたしが相当怒っているとでも思っているのだろうか。


 それは訂正しとかなきゃな。怒ってるわけじゃないし。


「わたし、怒ってないよ? というか、謝罪だけだったら別にあってもなくても変わらないし、わざわざ来なくてもよかったのに」


「『謝罪だけ』だったらな。だが、そうじゃないから遅くなったんだ」


 ……つまり、安久斗は謝罪しに来たわけではないと。


 というより、きっとこっちの方が本題なんだろうなぁ。


 …………嫌な予感しかしない。


「本題は、臣殺しの賠償についてだ」


 ばいしょう?


 そんなことしてくれるんだ。ちょっと意外。する気ないかと思ってた。


 というか、間違いなく昔の安久斗だったらしなかったと思う。


「18回に渡る濱竹議会の結果、我々濱竹が日渡に行う賠償は2つに決まった」


 わたしが何も言わなくても、安久斗は一方的に話を進める。


 その辺は安久斗らしい。きっとわたしが今更何か言っても変えることはないだろう。


 というか、賠償の内容を決めるために18回も議会を開いていることに驚き。


「ちなみに訊くけど、なんでそんなに議会を開いたの? 濱竹議会のシステム上、安久斗が『こうする』って言えば決定するじゃない」


 わたしは18回も議会を開いた理由が気になって安久斗に質問してみた。すると安久斗は頭を掻きながら答えた。


「いつもならそれが出来たんだがな、今回ばかりはそうはいかなかった。そもそも、幹部内で意見がまとまらなかったんだ。対立を引き起こしたのは、かささぎ擁護派と巫女派、それに賠償反対派と賠償賛成派、かささぎ擁護派の中でも、冤罪説派と有罪説派の対立もあった。そんな中で、俺がどこかの肩を持ったりどこにも属さない全く違う意見をゴリ押したりすれば、事態が悪化しかねない。最悪、クーデターや内戦にも発展するかもしれんからな」


「よ、よくわかんないけど、大変だったんだね……」


 にしても、濱竹もそこまで混乱していたんだ。


 ……内戦、か。


 明が言っていたけど、この事件はなにか裏がありそうな気がするなぁ……


「それでまぁ、議会による全員が納得できる内容に落としたってわけさ。だがそれでも、諦めずに最後まで場を掻き乱し続けた奴もいたがな。ま、それはどうでもいいか。とにかく、濱竹幹部が全員賛成して賠償内容が成立している。だから、濱竹国からの正式な賠償だ」


「そういうことね。その議会が色々ごたごただったからこのタイミングの謝罪と賠償ってわけだね」


 わたしの言葉に、安久斗は力強く頷いた。


 安久斗も苦労しているみたいだね。そんな大きな事態になるなんて思ってなかったよ。


「それで、賠償の内容なんだが」


 安久斗はそう言って、わたしに賠償内容を告げた。

 その内容は以下の通りだった。




1、濱竹国は日渡国に、向こう10年間の食料支給の増量を行う。また、日渡との交易品への関税自主権を5年間放棄する。


2、これより神紀5002年末までのおよそ5年間、日渡国に濱竹議会への干渉権を与える。




 そう、その内容はあまりにも大きなものだった。


 さすが、大罪臣殺しの賠償なだけある……


 濱竹、干上がらないかな? 大丈夫なの?


「詳しい内容だが、食料支給の増量は、年間でおよそ5tの増量。現在の支給量が年間6tだから、今後10年間は年間11tの食料支給とする。関税自主権の放棄は字のままだ。日渡の好きなように関税を決めていいぞ。議会の干渉権だが、日渡からは2議席を設ける。現在の濱竹上神種28議席、濱竹下神種177議席、合計205議席に、日渡の2議席を追加して、5年間は合計207議席で議会を進める」


 安久斗はそう言うが、わたしにはひとつ引っかかることがあった。


「日渡からの2議席で、議会が変わるとは思えないけど……」


 例えば、濱竹にとって好都合だけど日渡からしたら大損害を被る事柄があったとして、濱竹の205議席全員が賛成して日渡の2議席が反対したところで、賛成205、反対2にしかならない。それではなにも変わらないのではないだろうか。


「大丈夫だ、安心しろ」


 しかし安久斗は既に策を練っていた模様。そして告げられたのは、驚くべき言葉だった。


「日渡からの2議席は、臣と巫女の出席、もしくはその代理の出席とする。そうなると、濱竹議会に存在する『臣、巫女による拒否権』が行使できるようになるため、日渡に都合が悪いと思ったら拒否権を使用できる。この2議席は小さいように見えてとても大きい賠償だ」


 それ、完全に連邦で定めた『他国の内政不干渉』に反しているんだけど……


 靜の三大神が聞いたら間違いなく怒るやつだ、これ……


 いやでも、濱竹も靜に並ぶ二大統率国の一つ。特例は既に出されているのでは……


「ちなみにだが、靜にこの話をしたら反対された」


 おいっ!


「でもするがが、『大罪に対する賠償ならそのくらいが妥当かもな』と言って、渋々ながらも特例で認めてくれた」


 あ、なんだ。よかった。


 反対されたのに無断でやったとなったら、靜はおそらく濱竹に制裁を下す。靜は規定を破った国には容赦しないから。


 実際、もう200年くらい前の話になるけど、東部諸国にあった小さな国が靜と濱竹に無断で規定を破って南四連邦と密かに内通していたことがあった。それを知った靜がその国に対して武力制裁を下して滅ぼした。あの事件以降、靜連邦の国々は靜に対して尊敬と畏怖を抱くようになった。だから絶対に、みんな靜には逆らわないのだ。


 ただ、実際滅ぼされた国は南四連邦に靜連邦を攻撃させるように仕向けていたみたいだから、わたしたちは靜に救われたと言っても過言じゃない。だから恐れるけど、尊敬もするんだ。


「ま、そういうわけでこの賠償に対して日渡が了承してくれれば、今回の事件は全部終わりだ。了承してくれるか?」


「わたしはいいけど、いちかは?」


 わたしは横にいるいちかに尋ねてみる。


「あたしも異議はありません。ですが、この事件は先代の臣の殺害に関することですよね? であるならば、大志くんと大智くんに決定を委ねるのが筋だと思いますけど」


 いちかはそうわたしに告げた。


 うん、わたしもそう思う。


「そういや、あいつらどこにいるんだ?」


 安久斗がわたしにそう訊いた。


「磐田邸にいるよ。引越しの準備で」


「引越し?」


 わたしの答えに、安久斗はそう尋ねた。


「うん。兎山自治領を設置するに当たって、大智が小臣になるから、兎山に引っ越すんだ」


「あぁ、あれか」


 安久斗はわたしの言葉に納得して頷いた。そして直後、わたしに耳打ちする。


「明に完全に自治権を与えるのか?」


「と、いうと?」


 安久斗の警戒したような口調に、わたしはそう訊いた。すると安久斗は答えた。


「兎山自治領が、濱竹と対立する可能性はあるかということだ」


 少しキツい声で安久斗はわたしに言う。


 その辺は文書に記したはずだけど、それでも疑っているってことか。


 そりゃそうか。かつての強敵がいきなり復活する可能性があるんだから、慎重になるか。


「自治権は与えるけど、明は自治する気はないみたいだよ。それに、文書に記した通り小臣には大智が、小巫女には花菜が就任するから、兎山って名乗ってるけど中身は日渡国そのものだよ。それに、ある程度の自治権はあるけど、週に一度日渡の役職四人衆で会議を開くため、あくまで日渡の一部だよ。自治権を与え次第、明自らが安久斗と和解して西部諸国に入ることを宣言する予定だから、濱竹と対立することはないよ」


 わたしがそう伝えると、安久斗は頭を掻いた。


「まぁ、敵対する気がないなら俺はそれでいいが、終戦条約はどうなるんだ? 兎山は濱竹と終戦条約を交わさないまま消滅した。そうなると、復活した瞬間に戦争状態だ。やろうと思えば、現在濱竹と同盟を結んでいる連邦加盟国と一緒に、俺の号令で濱竹は兎山へ攻め込むこともできる。それに、俺との交渉が決裂したらそれまでだぞ? 西部諸国も巻き込んだ戦争に発展して、兎山は地図から消えるぞ? その辺、どう考えてるんだ?」


「今の安久斗だったら攻め込まないって信じてる。それと、交渉が決裂することはないって思ってる」


 安久斗の質問に、わたしは平然と答えた。


「お前なぁ……」


 安久斗は呆れ返ってため息を吐いた。


「昔の話だが、兎山との戦争で濱竹側には莫大な犠牲者が出ている。それに、最後は濱竹優勢な状況で停戦してんだよ。お前だって覚えてるんじゃないか? その頃はもう兎山に来てただろ。ってか思いっきり戦ってただろ。……浜松神社を焼き払いに来たり、東行政区を灰にしたりしてただろ」


「まぁ、うん。やりました。記憶にある限り、わたしが経験した唯一の戦争だね」


 たしかにわたし、あのとき安久斗と戦争してたんだなぁ。何も考えずに戦ってたな。明に命令された通りに焼きに行っていた気がする。


「それでだ、こっちが優勢で終わってるってことは、こっちの要求ってもんを聞いてもらうことができるんだ。だがそれを兎山が拒めば交渉は決裂だ。俺は明がこっちの要求にあっさり答えるとは考え難い。決裂の可能性も少なからずあると思うんだが」


 なるほど。たしかにそれはそうかも。でも大丈夫、明は過去への執着がほぼないから。それに、大智と花菜もいるから。あの2人は濱竹に逆らうことがどれだけ馬鹿げているか知っている。だから多分、交渉決裂の可能性は極めて低い。


「まぁ、なるようになるよ。それに兎山自治領を仕切る大智と花菜は濱竹に逆らうことを絶対にしないはずだよ。だからね、交渉の決裂はほぼないと思うよ」


 わたしがそう言うと、安久斗は笑う。


「そりゃどうだか。ま、実際に話してみなきゃ分からねぇしな」


 そう言ってから話を戻す。


「それで、磐田の次男と三男に会えるか?」


「あ、そうだった。呼んでくるね」


 わたしはそう言って、大智と大志を呼びに行った。


 大志に安久斗が来ていると話したところ、花菜と美有も呼ぶべきだと言われた。そのため、急遽役職に就いている全員を集めることになった。




ーーーーー

ーーー




 驚いた。


 安久斗様からお呼びがかかるなんて。


 といっても、なんか兄の件に関することらしく、僕と大志がいないと話が先に進まないだかなんだか。


 そして、本殿に僕らは集められた。いたのは神様と安久斗様、そしていちかさんだ。僕と大志に続いて、花菜と美有さんもやってきた。


 安久斗様からの軽い挨拶があった後、安久斗様は僕らに向かって今日ここに来た理由を語る。内容は、臣殺しの賠償について。内容を確認した上で、了承をするかしないかを判断してほしいとのこと。


 賠償の内容に関してはなにも異論はない。それどころか、濱竹にかなり不利益なものじゃないだろうかとも思う。大丈夫なんだろうか、他国に国政を干渉させてしまって。……まぁ濱竹議会で決めた結果だから、きっと濱竹幹部は『問題ない』という認識をしているのだろうな。


 僕と同様に、大志も花菜も美有さんも賠償内容を了承し、濱竹国による日渡国への賠償が行われることとなった。




 そして、議題は2つ目に移った。


「実は、もうひとつ用件がある」


 賠償の内容に関する話し合いが終わってすぐ、安久斗様がそう切り出した。そして、「入れ」とだけ言うと、そこから2人の少女が現れた。


 そしてその少女のうちの1人を見て、僕と花菜は声を上げた。


「喜々音さん!?」


「来てたの!?」


 そう、現れた少女のうちの1人は、濱竹国陸軍参謀総長の小松喜々音だったのだ。


 しかし、喜々音さんは何も言わない。虚ろな瞳で、ボケ〜っと僕らを見ていた。


 その様子は、何もかも失敗して、嫌になって、生きることにすら希望を失って塞ぎ込んでしまった……


 うむむ、言い表しにくい。いや、うん、すごく衝撃的なのだ。この前会った時は、たしかに色々あって僕らも大変だったけど、あの時は混乱する僕らをしっかり支えてくれていたんだから。あれ以来会っていないわけなのだが、その間に一体彼女に何があったというのだろうか。


「これは頼みになってしまうんだが、」


 そんなことを考えていると、安久斗様が僕らにそう切り出す。そして彼はこう続けた。


「小松喜々音を、引き取って欲しい」


 ……………は?


 喜々音さんを、引き取る?


 いったい、何がどうなっているのか分からなかった。


「はぁ、きっとそんなことだと思ったよ」


 そう呟いたのはもちろん神様だ。そして、安久斗様に向かってきっぱりと告げた。


「断るよ」


「……ふむ。理由は?」


 安久斗様は神様にそう訊いた。それに対し、神様は即答する。


「如何にも面倒事を抱えたような子を引き取ることはできない。こっちだって、ただでさえ臣殺しとか兎山自治領の件とかで面倒事が溜まってるのにさ。濱竹の事案だったら、濱竹で解決してよ」


 たしかに、今の喜々音さんは絶対に闇を抱えている。なんか、触れてはならなそうな闇を。


 日渡には、既に課題がたくさんある。兎山自治領を西部諸国に認めさせること、臣殺しによって混乱した国内の安定化、そして、日渡派と兎山派の完全な和解。それ以外にも、大志やいちかさんは小さな諸問題の対応を迫られている。神様の言う通り、これ以上問題を増やすわけにはいかない。


「……そうか。じゃあ」


 安久斗様はそう言って、徐に刀を取り出した。取り出すといっても、能力で作り出したものなので、シュッと一瞬で手元に現れたのだが。


 そして、その刀を喜々音さんの首に突き付けた。


「ここでこいつを殺すしかないな」


 はぁぁ!?!?


 ちょ、ちょ、ちょ、なんでそうなる!?


「じゃあ殺せば? わたしは止めないよ」


 神様もなに言ってるんですか!?


 そこは止めよう……いや、待て。そういうことか。これは安久斗様の作戦なのか。ここで止めてくることを想定して、わざと仕掛けてきたってことか。神様はそれを見抜いて、そういう発言をしたのか。


 そうなると、安久斗様は元より喜々音さんを殺す気はないということか。そりゃそうだよな、幹部を自らの手で殺すなんて、独裁者による粛清みたいなものか。そんなこと、安久斗様がするわけ……


「小松喜々音前陸軍参謀総長。濱竹国刑法第1条、『大逆罪』及び、第29条『罪人庇蔭罪ざいにんひいんざい』により、今この場にて刺殺する。神自らの手によって死ねることを光栄に……」


 いやいやいやいやいやいや!


 ガチじゃんこれ! 安久斗様、普通に殺す気でおられるよ!?


 てかどうする? このままだと、喜々音さんが殺されかねない。助けるべきか、それとも見殺しにするか。


 だが、引っかかる。濱竹国刑法がうんぬんかんぬんと言っているということは、喜々音さんは何かやらかしたということなのだろうか。そうなると、彼女を庇うことはできないのではないだろうか。濱竹国内の問題に僕らが首を突っ込むことはできない。それじゃあ、僕はなにもできないまま喜々音さんを見殺しにするしかないのだろうか?


 そう逡巡する僕を横目に、安久斗様は喜々音さんに向けて刀を振りかざす。喜々音さんは何か悟ったような顔をして、抵抗することなく突っ立っている。


 まずい、これじゃあ喜々音さんが死んでしまう……! でも、どうすれば……


「安久斗っ!」


 そのとき、鋭く高い声が聞こえると同時に、安久斗様の刀を一本の刀が受け止めた。


国刑法こっけいほうを適用した時点で、本気で何かやらかしてる子なことは確定した。本来なら濱竹国内の事案だからわたしにはなにも言う権利はないよ。だけど、今回は言わせてもらうね。大逆罪を取り消して。そうすれば、その子を引き取るよ」


 もちろん、そう言ったのは神様だ。


「ふっ、言うと思ったぜ」


 安久斗様はそう言って笑うと、


「訂正する。小松喜々音前陸軍参謀総長。濱竹国刑法第29条『罪人庇蔭罪』により、国外追放とする」


 と言い直した。


「…………」


 しかし、喜々音さんはただキョトンとしている。


 そして、悲しそうに静かに呟いた。


「……お兄ちゃんに、会えないの?」


「まだ会えない。お前がうつつに再び興味を抱き、真っ当に充実した日々を過ごし、もう満足したと思えた時……あいつに会えるだろうさ」


 そんな喜々音さんに、安久斗様はそう語りかけた。そして彼女の頭を優しく撫でると、僕らを見て言った。


「日渡上神種家の面々。お前らの力で、どうかこいつに現実の楽しさを教えてやってくれ。難題を押し付けていることは重々承知しているんだが、いかんせん既に濱竹にこいつの居場所は無くなっちまったんだ。追放させるか、殺すか。俺にできる選択肢は、これだけなんだ」


 そして僕らに頭を下げた。


「頼む」


 僕らは慌てて安久斗様に頭を上げて下さるように言った。


「必ずや、僕たちでその依頼を達成します」


 大志が代表してそう言うと、安久斗様は微笑んだ。


「すまないな、萌加。面倒を押し付けて」


「はぁ。いいよ、別に。でも、他の国には頼めなかったの? 周知とか武豊とか。暇してそうじゃん」


 神様は口を尖らせながら安久斗様に言った。


「小國は『貿易摩擦問題で降田と折り合いが付かなくて、国内の物価高騰が著しい』だかなんだか。それを片付けたいから無理だって言われた。耐久たえひさは『難民保護はお断りだ』の一言だけ。渡海は『農地改革が云々(うんぬん)』とか言ってて、袋石は『だったら殺しちゃえば?』と言ってきた。崖川は『検討するわ』以降返事なし、根々川は『妖精自治領との話し合いにキリがついたらね』とのこと。堀之内は……」


「だー! もう分かったから! 結局全部断られたって言えばいいじゃない!」


 安久斗様の長い説明に、神様はムキーっと怒る。


「ふん、自分から質問しといて怒るとは。自分勝手だな」


「どの口が言ってんだか」


 安久斗様と神様が睨み合う。


 うーん、なんていうか、どっちもどっちって感じ。永神種って基本的にこんな感じなのかな?


「あ、そうだ」


 いきなり安久斗様が僕らに向かって言う。


「まだ1人紹介していなかったな。こいつは濱竹神務局員のニャノだ。喜々音が亡命する間、彼女の世話をする係として任命した。下神種だから決して能力は強くないが、剣術はそこそこできる。調理や裁縫、掃除、洗濯などの家庭的なことはすごく良くできるやつだ。内気で基本的に無口だが、仲良くしてやってくれ」


 その声で、喜々音さんの後ろに立っていた少女が一礼する。背丈は僕より少し低めで、ショートボブのふわっとした髪の毛が印象的。小顔で可愛げのある顔で、とても落ち着いている印象を受けた。


「以上だ。じゃ、よろしく頼むぞ」


 安久斗様はそう言って歩き出した。


「はいっ!」


 僕らは安久斗様にそう返事をする。


「邪魔したな」


 そして安久斗様が本殿から出て、空へと飛んでいく。


「はぁ、まったく。わたしが拒否できないことを知ってて来るんだから、性悪にも程があるよね」


 そんな安久斗様を見て、神様はぶつぶつ文句を言っていた。


 だが、ひとつ大きなため息を吐いてから、ニコッとしながら僕らに言った。


「それじゃ、喜々音ちゃんは兎山自治領組に組み込むねっ!」


「は、はぁ……」


 そりゃまたなんで? いや構わないけどさ。話し合いとかするかと思ったから、予想を裏切られて少し困惑中。


 神様曰く、


「だって喜々音ちゃんと面識あるの、大智と大志と花菜でしょ? だったら大智と花菜がいる兎山に送り込むべきでしょ。それに2人とは同い年だし」


 とのこと。


「僕は異論ありません。ちーにぃと花菜姉ちゃんだったら、喜々音さんの心を開けると思いますし」


「あたしも異論はないです。明様ならきっと、どんな人でも心の支えになってくれると思いますし」


 大志といちかさんには異論がないみたい。


 僕と花菜、そして美有さんは顔を見合わせた。


「いいと思うけど」


 美有さんは小さくそう言った。


 僕も異論があるわけではないので頷く。


「私も全然構わないよ?」


 花菜もそう言ったため、特に揉めることもなく喜々音さんの兎山自治領入りが確定した。


「さ、じゃあみんなは引越しの準備に入ってね! 問題が増えただけで、まだなにも片付いてないんだからね!」


 神様の声で、僕らは解散となった。


 果たしてこれから、どんな生活が待っていることやら。


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