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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
後継騒動編
37/107

第36話『兎山自治領』


「うぇっ!? 襲われた!?」


 小林氏を処刑した次の日の朝、明さんが磐田神社にやってきて僕らに告げたのは、夜中に何者かによって襲撃を受けたという内容のものだった。


「襲ってきたのが誰かは分からないんですか?」


 僕の質問に対して、明さんはゆっくり首を振った。


「……なんで、明を襲ったのかな?」


 神様がそう疑問を口にすると、明さんは静かに言った。


「会話を試みたけど、無理だったわ。だけど、私が推測するにはたぶん、この国……いや、連邦を混乱させるきっかけを作ろうとしているんじゃないかしら」


 連邦を、混乱に……?


 それってどういうことだ?


 僕の脳内が、いまいち趣旨が分からない状態に陥っている中、明さんはそのまま続ける。


「今、この国は日渡派と兎山派が共同神治をしている状態。でも、その仲が悪いことは有名な話。昨日だって、いちかと花菜が揉める事態になったし、一歩間違えればどちらかが死んでいた可能性もあった。それだけの事態になっていたんだから、私が襲撃されれば真っ先に日渡派が疑われるってことよね。そういう風に誘導して、この国を分裂させる。すると西部諸国に緊張が走る。それで連邦が混乱していくっていうのを想定しているんじゃないかなって思うのよ」


 明さんがそう言うと、いちかさんが花菜を睨んだ。


「なによ? 私はやってないわよ?」


 睨まれた花菜は強い口調で言い返す。


 一応、この二人は昨日、小林氏の処刑後にお互いに謝り合って和解している。しかし、その溝は未だに尾を引いている状態。僕と大志と美有さんは中立を保ち、二人の争いのストッパーの役割を果たすことを誓っている。


「やめなさいな。それに、襲撃者は花菜ではないわよ。というか、日渡派ではないわよ。だからといって兎山派でもないけど」


「でも、誰かは分からないんでしょ? なんでそんなこと言い切れるの?」


 明さんの言葉に神様がそう尋ねると、


「勘よ」


 というなんとも根拠に欠ける言葉が返ってきた。


「勘って……。じゃあやっぱり日渡派による犯行じゃないんですか? 特に……」


「は? なんで私を見るの? すっごく気分悪いんだけど」


 そしてもちろん、そんな曖昧な根拠……ともいえない言葉だと、いちかさんと花菜の口論が始まる。


「落ち着いて、二人とも」


 美有さんが冷静に二人の口論に口を挟んで矛を収めさせようとする。


「まぁでも、明様が何者かに襲撃されたという事実は変わりません。再び明様の身に危険が及ぶなんて事態は避けなくてはならないので、当面の間、明様には護衛をつけた方がいいのではないでしょうか?」


 美有さんが口論を鎮圧している最中、大志が神様にそう告げた。


「うーん、それは確かに正しいし、わたしもそうするべきだとは思うんだけど……」


 しかし、神様はその提案にあまり前向きでなかった。


「私が力を持つ可能性があるからやりたくないってこと?」


 明さんが神様にそう訊くと、神様は首を振って答えた。


「ううん、別にわたしはそんなの気にしないんだけど……実はこの前さ、小國から通告が入ったんだよね。『西部諸国は兎山派が台頭することを恐れている。兎山が力を持つようなことは起こさないようにしろ』って。あと、勇からは『兎山の再建が起こりそうな場合は、武力干渉も辞さない考えだ』って文書も送られてきた」


「小國と勇、ね。あの二人は私と付き合いが長いから、私の対神関係……まぁかつての兎山の周辺国家との関係を考えたら、靜連邦は敵国のむしろ同然だということに気付いたんでしょうね。といっても、対立している勢力は濱竹だけだけど」


 明さんは納得したように頷いて語る。それに対して神様が言った。


「でも、今やその濱竹の勢力圏は西部諸国一帯に広がっちゃった。兎山が再建されて、濱竹と不仲な国家が西部諸国内に誕生することは、西部諸国にとってはただの脅威でしかないよ。それに渡海からしたら、兎山が旧領奪還を目論見始めればたまったものじゃない。それを恐れての『武力干渉も辞さない』って書き方なんでしょ」


 うーん、なるほどな。つまり、兎山は濱竹との関係が悪いから、再建されると西部諸国は戦争と隣り合わせになると。それを恐れて、兎山の台頭を防ぐべく通告だの文書だのを神様に送りつけてきたと。で、それが存在するから不用意に兎山派が力を持つ可能性のある行動ができなくて、明さんに護衛をつけることすらままならない、というわけか。


 なんかこの国、周りからすごく危険視されてない?

 今までそんな周辺国家との絡み合いなんて気にしたことなかったから分からなかったけど、かなり複雑に絡みついてるんだなぁ……


「でもやっぱり、明様の護衛は必要だと思います。今の話を聞く限り、明様を襲ったのが西部諸国内のどこかの国の刺客だと考えることもできなくありません。放置しておけば、いずれ国際問題に発展する可能性も秘めています」


「でも、護衛を付けると周辺国からの非難は免れない。それをどうするか考えなきゃ」


 大志の意見に口を出したのは、花菜といちかさんを諌め終わった美有さんだった。


 まぁたしかに、今の問題点はそこだよね。


 日渡国としては、明さんに護衛を付けることに異論はなさそう。ただ、他国からの非難への対処をどうしたらいいか。明さんに護衛を付ける正当性はあるにしても、兎山派が力を持つことはないとアピールしなくちゃいけない。


 ただおそらく、口で言うだけではなにも意味がない。目に見える形で、誰もが納得する、『これじゃどうやっても力が付くことはないだろうね』という状態にしなくてはならない。


 ……そんなこと、簡単には思いつかない。


 しばらく沈黙が続いたが、それを打ち破ったのは花菜だった。


「敢えて兎山を独立させて、即座に濱竹と終戦処理、友好条約を結んで西部諸国に加わるってのはどうでしょう?」


 意外にも、花菜は兎山の独立を提案した。


 それには兎山派の二人も驚きを隠せない様子。というか、神様と明さんも驚いている。もちろん、僕と大志も。


 そうか、西部諸国は濱竹と対立している国家が誕生することを恐れているわけか。だったら濱竹の勢力圏に加えてしまえばいいというわけか。なかなか賢いな。


 それに、花菜の提案は一見すると兎山派を支持しているように見えるのだが、ただただ問題を兎山派に押し付けているだけの行為なのである。面倒事を日渡から排除して、兎山派に押し付ける。そして嫌いな人と一緒に神治をすることも終わる。きっと花菜はそんなことを考えて提案しているはずだ。


 ある意味、最も花菜らしい提案と見ることもできる。


「もちろん、旧領奪還を狙った渡海と日渡に対する侵攻の禁止という制約が付きますけど」


 花菜がそう付け加えた。日渡派としては、それはもちろん大事なこと。兎山を独立させたことで自国が滅んだんじゃ笑えない。


「兎山の独立を支持してくれるのは嬉しいけど、旧領奪還の禁止って制約は取り除いてくれるともっと嬉しいな」


 いちかさんがそう言った。もちろん、そんなことを言われたら日渡派は唸るしかない。花菜はまた何かを言おうとしているし。


「それは欲張りすぎ。私は兎山が再建できるなら、旧領奪還なんてどうでもいい。明様中心の国が復活できるなら、領土なんて狭くていいじゃない」


 しかし、中立を宣言している美有さんがそう言ったことで花菜は言葉を飲み込んだ。


「たしかに、兎山が濱竹勢力圏に入れば西部諸国は何も言わないかもしれない。旧領奪還の禁止も宣言すれば、渡海も何も言わないのではないでしょうか。僕らとしても、旧領奪還の禁止さえ約束してくれれば何も文句はないです」


 大志がそう言って神様を見た。


 大志が花菜の案を認めたことで、役職四人衆の全員が兎山独立に同意したこととなったからだ。すなわち、神様が許可を出した瞬間、兎山は独立を果たすこととなる。


 しかし。


「ダメよ、独立なんて。そもそも私、神に戻る気はないもの」


 神様が判断する前に、明さんがそう言って立ち上がった。


「私はもう神じゃないの。神治制において、国として独立するには永神種が居なくてはならない。でも兎山にはいないわよ? 私は神じゃないもの。あなたたちが独立独立って騒いでも、私が永神種でない限り兎山は独立できない。それにね、神治なんてもうやりたくないわ」


 そう言うと、本殿から出て行こうとした。


「あっ、ちょっ! どこ行くの?」


「お手洗いよっ!」


 神様が出て行く明さんを止めようと声をかけると、明さんは神様に怒ったように言い返した。


 そうして訪れた沈黙。


 明さんが拒んだことで、兎山独立案は消え失せた。だから次の案を考えなくてはならなくなったため、再びこの沈黙というわけだ。


 うむむむ、これは難しい事態になってきた。


 明さんに護衛を付けるものの、その護衛が兎山に力を与えないと他国に証明できなくてはならない。それを両立するためにはどうするべきか。


「……ひとつ、私に案があるのですけど」


 そう口を開いたのは、美有さんだった。


 とても言いにくそうな表情で呟いたため、その案がなんらかの条件に反するものだというのは皆が察する。


「なぁに?」


 神様がそう訊いたことで、美有さんは自分の案を口にした。


「結論から言うと、明様の護衛を御厨神社に送り込みます。この時点で周辺国家からは、兎山が力を持つ可能性があるため警戒されてしまうでしょう。ですが、明様の護衛はやはり欠かせないと考えます。今の日渡の神治に明様は必要です。いくら周辺国家が反発しても、私たちには私たちの事情と神治体制があります。……まぁ、西部諸国一帯を敵に回す可能性があるので、かなり怖いですけど。そうならないための回避案……と言い切れるかは分かりませんが、そうなり得るかもしれない案として、その護衛には私と花菜さん、そして大智くんを付けます」


 その言葉に、聞いていた僕らは顔を見合わせた。


 いちかさんは不満そうに、僕と大志はその手があったのかという感心を全面に出して。花菜は……なんともいえない顔をしている。


「日渡派の花菜さんと、中立の私と大智くんが護衛に付くことで、兎山に力を持たせる気はない姿勢を示します。また、磐田神社には神、臣、巫女が残るので、神治の根本が崩れることはないでしょう」


 そうなのだ。明さんの護衛に回るのが日渡派なら他国からの文句は振り切れるのだ。そう考えると、この人員配置には納得できる。花菜と美有さんだけだと、花菜が好き放題暴れそうで心配だし。


「まぁ、明様の護衛ができるならそれでも構わないけど、できるならあたしが護衛に入りたかったわ」


 美有さんに向かって、いちかさんがそう言った。


「ダメ。いちかを明様の護衛につけたらロクなことにならなそうだもん」


 しかし美有さんはキツい言葉でいちかさんの文句を跳ね飛ばす。


 ……まぁ、うん。兎山再建を大々的に掲げるいちかさんを護衛に回すのは非常に危険だ。他国からの非難や視線がすごく痛くなることは目に見えている。


「なるほどね」


 廊下から声が聞こえた。もちろん、そこにいたのは明さんだ。


「私の護衛に日渡派と中立派を付けて、兎山は日渡の管理下にあることを周辺諸国に知らしめる。そして日渡は、萌加の下で臣と巫女による神治が行われる。いいじゃない、これでようやく、諸外国から見た私の立ち位置がはっきりするわね」


 明さんはそう言って、神様の横に腰を下ろした。


「でも、これじゃあ臣補佐と巫女下が不在になって、分散神治制が結構崩れちゃうよ?」


 神様は心配そうな顔でそう言った。


 しかし、それに返した明さんの発言は誰もが思う斜め上を行っていた。


「だったら、変えちゃえばいいじゃない。どうせ、日渡式分散神治はこの国でしかやっていないわ。だから、多少勝手にいじっても問題ないんじゃないの? 臣と巫女による磐田神社での国政、臣補佐と巫女下による御厨神社での警備。仕事内容を変えることくらい、全然許される範囲じゃない?」


「……まぁ、そうだね」


 神様は少し考えてからそう発言をした。


 でも、それは大丈夫なのか?


 それってつまり、御厨神社にも簡易的な臣と巫女を配置することになるのではないだろうか。周辺国家からしたら、兎山に力が付く可能性を拭いきれない要因にもなりかねないと思うんだけど。


 と思っていたら、神様が僕らに告げた。


「じゃあ、今から日渡式分散神治制の改編を行おうと思うんだけど、いいかな?」


 それに対して、僕らは全面的に合意をした。




 それから僕らは、日渡式分散神治制の改編をした。その結果、日渡式分散神治制は大きく変化を遂げることになった。


 まず、役職に関わる変化から。国に置く4つの役職名は、臣、巫女、小臣しょうおみ小巫女しょうみこと名前を改めた。それぞれの仕事は、臣と巫女は磐田神社を拠点にして、今まで同様に日渡の国政や国防を行う。一方、小臣と小巫女は御厨神社を拠点に明さんの護衛や諸問題の対処、兎山周辺の管理などを行う。また、週に一度、役職四人衆で集まって日渡議会を行う。その際に、近況報告や問題の共有を行い、対処へと動く。奏上法も残っているため、僕のような役職につかない上神種から神様への意見も可能なままである。


 次に兎山の在り方だが、今回の改編ではこれが一番大きく変わったと言ってもいいだろう。兎山には、前述の通り小臣と小巫女が置かれることとなったのだが、それに伴い御厨神社周辺の兎山地区は『兎山自治領』と名前を改めることとなった。自治領というからには、もちろん明さんを中心とした自治が認められることとなった。小臣と小巫女はそれを補佐する立場でもあり、兎山は『永神種の存在しない国』というような立場になったのだ。


 しかし、これを置くことで諸外国からの当たりは強くなることが予想される。自治領なため、諸外国との外交も行わなくてはならない。諸外国からの孤立を防ぐ方法としては、花菜が最初に言った案が実質適用され、兎山自治領には『日渡の許可なく戦争(旧領奪還を含む)をしないこと』と『濱竹勢力圏に入り、西部諸国の仲間入りを果たすこと』が定められた。これにより、西部諸国からの理解を得ようという考えである。


 そして、なんやかんやで僕が一番状況が理解できていないのは、誰がどの役職に就いているかである。


 臣は大志、巫女はいちかさんなのには変わりはない。ただ、兎山自治領の小巫女が花菜で、小臣は何故か僕になってしまったのだ。


 これには大きな理由があるのだが、一番大きな理由は『諸外国に対する兎山自治領の存在』である。元々、小臣は臣補佐だった花菜が、小巫女には巫女下だった美有さんがなる予定だった。しかし、兎山を自治領にする際に、兎山派の鎌田家の者が実質的な巫女の役職にいると大きな反発を呼ぶ可能性があることを美有さん自らが指摘。さらに、自治領を管理するのもまた臣と巫女同様に男女でなければならないという暗黙の了解が永神種内にあるらしく、日渡派の男子である僕が選ばれたという訳である。


 ただ、これは特例であり、美有さんの試験結果が無効になったわけではない。そのため、兎山自治領の管理には美有さんも関わることになる。そして、日渡議会に小臣として参加する権限は美有さんが持つこととなっている。僕はあくまで諸外国に向けた兎山自治領の立ち位置を明確にするための代理に過ぎないのだ。


 でも、兎山自治領における外交、対外政策には僕が邁進しなくてはならない。神治から離れられたかと思えば神様の監視下に置かれ、ようやくそれも解放されるかと思えば自治領の外交を押し付けられて。だんだんと僕にかかる負担が大きくなっている気がするのだが、その辺はどうなんだろう?


 この兎山自治領が成立するためには、靜と濱竹に認められる必要がある。神様が靜と濱竹に文書を送り、自治領の承認を申請したところ、その日の内に承諾された。


 今は神紀4997年の夏至後39日。


 この日は、4997大変革の中に分類される『三九変革』と名付けられた。なお、最初の変革は『一五変革』と名付けられ、日渡の歴史に名を残すこととなった。




ーーーーー

ーーー




「いやぁ、こりゃ大ごとになっちゃったねぇ」


 宇治枝恭之助は、やれやれと言わんばかりに靜の三大神に告げる。


 彼らは今、小さな円卓を囲んでいるのだが、そこには一枚の紙が置かれている。


「兎山自治領、ねぇ。恭之助、全てはあなたが失敗したからこうなったのよ?」


 あおいが怒ったように言うと、恭之助はヘラヘラしながら頭を下げた。


「ごめんって。まさか御霊術があれだけ強いなんて思わなかったよ。でもま、あの伝説の兵器、『御厨あかり』について教えてくれるみたいだし、あおいちゃんたちからしても俺の負けは収穫があったってことで……」


「自分の負けを正当化しないでほしいわね!」


 恭之助の発言にあおいは激怒した。しかし、それをするがが制止する。


「辞めな、姉さん。恭之助の言う通り、彼が負けなければあの伝説の兵器に関する情報は手に入らなかったんだ。といっても、まだ手に入ったわけじゃないけど」


 そしてするがは紙を手に持って呟く。


「……っとに、あのロリめ。厄介ごとを増やしやがって」


「それで、どうするの? 認めるの? ボクはどっちでもいいけど」


 しみずが爪を整えながらそうするがに尋ねる。


「まぁ、認めるさ。『御厨あかり』に関する情報をすんなり得るためにも、今はまだ対立したくないからな」


 そしてするがは、顔を上げて低い声で付け足した。


「でも、兵器の情報を聞き出したら用済みだ。恭之助、速やかに処分できるよう準備を進めろ」


「はーいよ」


 その命令を受けて、恭之助は微笑んで返した。


「あんな爆弾を放置はできんからな。いずれ役職総入れ替えの時に兎山派が小臣と小巫女を乗っ取って、いつかは旧領奪還を始めるに違いない。そうなれば、連邦の安定は乱れてしまう。それに乗じて、東の関東統一連邦や西の中京統一連邦に攻め込まれるなんて事態になれば、この連邦は間違いなく潰れる。しばらくは西部諸国とも連携を取って、兎山自治領の動向に警戒しよう」


 するがの言葉に3人は頷いて、この話題は終わりとなった。


 しかし、この時はまだ、靜は兎山自治領以上の脅威に気付いていないのだった。




ーーーーー

ーーー




「おい」


 神紀4997年、夏至後40日。


 濱竹国、北濱行政区、小松邸にて。


 神、濱竹安久斗は、小松喜々音の元を訪ねていた。


「……なんですか? お兄ちゃんは……」


「来い」


 喜々音は泣きながら静かに安久斗に言うが、安久斗はそれを一切聞かずに喜々音に命令した。


「……」


 喜々音は何も言わずに、安久斗へついて行く。




 時間は少し遡る。


「お兄ちゃんはやってないんです! 皆さんも分かっているんでしょう!?」


 神紀4997年、夏至後6日。濱竹議会にて、小林かささぎの名誉回復を訴えて喜々音は叫んでいた。


「黙りなさいっ! 安久斗様がお決めになったことに逆らうなど、無礼極まりないぞ!」


 その喜々音に対し、おなが思いっきり刀を突きつける。


「でもお兄ちゃんはやってないっ! 安久斗様だって知っててお兄ちゃんを庇わなかったんですよね? なんで見殺しにしたんですか!? それが神様のやることですか!? 部下の命よりも連邦の安定ですか!? 自国のあんて……」


「黙れっ!」


 刀を喉元に突きつけられてもなお、安久斗の行いを批判する喜々音を、おなは刀で斬りつける。


「うぁっ!?」


 喜々音は右肩を深く斬られて膝から崩れ落ちる。


 そんな喜々音を、おなは蔑んだ目で見て刀を向けた。


 喜々音は痛さのあまりに泣いていた。肩の傷からは血が滴り、床には小さな血溜まりができている。


「さっきから聞いていれば、安久斗様に対する批判を堂々としやがって。無礼もいいところ、濱竹上神種とは思えない発言。そんなにかささぎが好きなら、お前も奴の処刑と同時に、大逆罪で死刑を執行してやろうか?」


 おなの言葉に、喜々音は何も言わなかった。正確には、言えなかった。痛すぎて、言葉も聞こえていないのだ。


「なんとか言えよ!」


 ただ泣くことしかできない喜々音にイライラしたのか、おなは彼女の顔面を思いっきり蹴り飛ばした。喜々音は2メートルほど後方に転がって、仰向けで倒れる。そんな彼女の頬をおなが踏みつけて、ぐりぐりとつま先を動かした。


「お前の口は囀るためにあんのか? あぁ? 意思を伝えるためにはねぇのか? なんとか言ってみろよ!」


 喜々音の顔は血塗れになっていく。


 議事室は既に呆れと同情に満ちていたが、誰もそれを止めようとしなかった。


「うぁ……が……ぐぁぁ……」


 喜々音はもう、失神寸前の状態だった。息をするのがやっとの状態で、息をするたびに喉に血が絡んで変な声が漏れた。


「おな、その辺にしろ。それ以上やると喜々音が廃人になるぞ」


 安久斗がそう言って、ようやくおなを止める。


「ですが、こいつは安久斗様を愚弄した……!」


「俺は別に気にしていない」


 安久斗はおなへそう返す。おなは、そう言われれば引き下がるしかなくなる。喜々音を解放して、自分の席へと腰を下ろした。


「だが、かささぎの案件でここまで騒がれるのは少々困る。冤罪だろうなとは俺も思っているが、残念ながら連邦全加盟国を納得させるほどの材料も、靜や日渡を敵に回す度胸もない。それぞれ思うところはあるとは思うが、そこはぐっと我慢してくれ。かささぎ一人の命で、連邦の安定と戦争回避を買ったと思ってくれ。非人道的で、本当に申し訳ないことをしていることも知っている。神に相応しくない行為なことも分かっている。だが、それでも。この事件を円滑に終わらせる方法はこれしかないんだ」


 安久斗はそのまま、濱竹の幹部に向かってそう告げて、頭を下げた。


 幹部は、その言葉に涙ぐみながらも頷いて、かささぎの死刑に関しては納得する意思を見せた。


 しかし、喜々音だけは違った。


 肩の傷に悩まされながらも、他の幹部を説得に回った。時には憐れみな目を向けられて。時には諭されて。時には一緒に同情してくれる者もいたが、結局最後はやんわりと突き放された。そしてひくまやおな、安久斗の説得も何度も試みた。どれだけおなに刀で斬られようとも、どれだけひくまに謝られようとも、どれだけ安久斗に無視されようとも、喜々音は何度も立ち上がってかささぎの無罪を訴え続けた。


 しかし、その行為に見かねた安久斗がついに動き出した。


 夏至後18日。安久斗は喜々音を無期限で幽閉、陸軍参謀総長の座からも更迭の決断を下した。それと同日、喜々音と砂太郎、綴に課していた人類反乱の責任のポイント制を廃止することを急遽宣言し、砂太郎と綴の来年の家庭内試験の参加権を剥奪した。


 だが、その裏で安久斗は、砂太郎と綴に来年の仕事を与えていた。それは、喜々音の心のケアであった。その役は、かささぎと親しかった砂太郎と、喜々音と親しい綴に任せる他ないと考えていた安久斗は、幹部として優秀な砂太郎と綴を解雇してまで天才少女である小松喜々音の回復に尽力しようとしていたのだった。


 しかし、安久斗の計画は思うようには進まなかった。

 夏至後38日に小林かささぎの死刑が執行されると、かささぎの変わり果てた姿に幹部は失望。野次馬で見ていた国民からは「小林かささぎ悪人説」や「北濱の恥さらし」などという声が上がり、濱竹国内はかささぎ批判で埋め尽くされた。その翌日、濱竹国の有力機関紙『濱竹日報』が、


『皇國の顔に泥 不成者ならずものが処刑』


 という小見出しで、かささぎの処刑を報じた。また、本文にて、


『北濱行政区の長、隣国及び連邦を刺激し本国の信頼を脅かしたり。(中略)今後、皇國祖様が行ひたる西部諸国における宥和政策にも影響が出るものと思はれる。』


 と綴り、濱竹国内のかささぎ批判に火をつけた。


 そしてその日の内には、かつて小林家と共に神治をしていて関わりの深かった小松家へのとばっちりの声も上がり始めた。町中では小林家、小松家の処分を訴えるデモ行進が行われ、北濱行政区では、暴徒化した区民が小松家に石を投げ入れる事件も発生。濱竹は喜々音が暮らすには難しい場所と成り果ててしまったのだった。


 そして夏至後40日、安久斗はある一つの決断を下した。




 喜々音が連れてこられたのは、浜松神社だった。そこには、荷台にたくさん荷物を積んだ神務局員の若手下神種、ニャノの姿があった。


「……?」


 喜々音は安久斗に対して不思議そうな顔をする。


「今から日渡に行くぞ」


 安久斗は喜々音にそう告げて、ニャノと目配せして歩き出した。


「……なんで、日渡なんですか?」


 喜々音がそう尋ねると、安久斗は真顔になって、重い声で答えた。


「賠償をしに行くんだよ、臣殺しのな」


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