第35話『一夜のいざこざ』
神紀4997年、夏至後39日、深夜2時36分。
兎山明のいる御厨神社に、珍しい客人がやって来た。
「やぁ」
「どうしたのよ、恭之助?」
そう、そこにやって来たのは宇治枝恭之助だった。
「いやぁ、少し大事なお話をしようかと思って」
恭之助はそう言って鳥居を潜った。明もボロボロの襖を開けて縁側に出る。
「大事な話? 私に?」
明が目を細めながら訊くと、恭之助は帽子を右手で摘んで深く被り直す。
そして、月明かりでかすかに見える口許を緩ませると、
「そう。と〜っても大事なお話だよ」
と言った。
明が首を傾げると、恭之助は一歩ずつ明に歩み寄って、遂には彼女の目の前にまで来た。
そして、ニヤつきながらこう告げた。
「磐田大貴を殺したの、君だよね?」
その質問に、明は目を細めて訊き返す。
「疑うからには根拠があるのよね? それを聞かせてくれないかしら?」
その言葉に恭之助が嗤う。
「否定しないのかい?」
「いいえ、否定するわよ」
しかし明は即答だった。そして逆に嗤い返す。
「あなたの虚言がどこまで精巧に作り込まれているのか、とても気になるの」
その答えに恭之助は面白くなって、思いっきり笑った。
「面白い、面白いよ明ちゃん! やっぱり君は狂っているよ。臣を殺すだけの器がある!」
しかし、明からしたらこの発言は面白くない。
「殺してないんだけど? それにあなた、私のことほとんど知らないくせによくそんなこと言えるわね。感心するわ、悪い意味で。あと、思い込みだけで話を進めないでくれるかしら? すっごくイライラする」
そう言って明は顔を引き締める。今この瞬間、兎山明は宇治枝恭之助を自身と相容れない存在、すなわち敵と判断したのである。
「おっと、それはすまないね。でも、怒れる余裕なんて今のうちだよ? 俺は今から、君を追い詰めにかかるんだからね」
対する恭之助は未だ楽しんでいる模様。彼の言葉を聞いてため息を吐いている明を気にする様子もなく、彼は彼の言う『真実』を話し始めた。
ーーーーーーーーーー
じゃ、君が犯人である根拠を話していこうか。
まず、最初の根拠として挙げるのは君が磐田大貴のことを気に入っていなかったことさ。これをどこで知ったかっていうのは内緒だよ? さすがに俺も手の内を明かすわけにはいかないんだ。でも、君が彼を快く思っていなかったことは知っているさ。
次に二つ目。御霊をしっかりと判別できるのは、おそらく靜以外には君しかいないから。もっとも、最初に俺へ証言した時に捜査を少しでも複雑にするために嘘を言っている可能性も高いよね。でもそれだと、結果的に今こうして自分の首を絞めていることになるから、頭のいい君のやる行動とは思えない。まぁそれだけ疑われない確証があったとも取れるんだけどね。そこら辺は分かんないけど、俺に言わせれば愚策だよ。
そして、最後の根拠。これがもっとも有力で、俺が確信した根拠さ。それは、御霊術を応用すれば『気圧泡内波』とよく似た死体を作り上げられること。これは正直、思ってもなかったよ。まさか君が確立した『御霊術』がそこまで優れた物であったなんて。やっぱり君は面白い。そう思うと同時に、冤罪をかけることができるって確証がある状態で臣殺しをするほどの狂気を兼ね備えた、用意周到で危険な人物とも思ったね。
さぁどうだい? 真実を突き付けられて、君はどこまで嘘をつけるんだい?
ーーーーーーーーーー
明は心底呆れていた。あからさまなため息を吐いた後に、
「色々言いたいことはあるけど、まずはこれ」
と前置きをして、
「あなたの理論が真実としたら、小林かささぎは冤罪で殺されたということよね? なんで裁判の時にそれを主張しなかったのかしら? なんで彼を救おうとしなかったのかしら? というより、救わなかったのかしら?」
と問うた。それに恭之助は顔色変えずに答える。
「それは宇治枝が検察という立場だったからさ。それに、するがの意向でもあるんだ。裁判は弁護と検察の立場を明確に分ける必要があるってね。それに逆らったら宇治枝が滅びる。彼を救うのは安久斗の役目だよ。自国の幹部すら庇えないなら、それは神じゃない。ただの愚者だ」
「するがの意向? それじゃまるで、するががかささぎに冤罪をなすりつけることを容認しているみたいな言い方じゃない」
明が恭之助の言葉に対する疑問を口にする。
すると、恭之助は不敵な笑みを口許に浮かべて言う。
「ねぇ、今まで疑問に思わなかったのかい?」
「なにがよ?」
明がそう返すと同時に、恭之助は彼女との間合いを一気に詰めると、耳元で囁いた。
「連邦ができてから265年。今まで何度も繰り返し起きて来た、今回みたいな複雑で怪奇な事件が一度も迷宮入りすることなく解決されていることに」
その言葉を聞いて、明は初めて背筋が凍った。咄嗟に恭之助から間合いを取ろうとするが、手足を動かすことはできなかった。
彼女の体は恭之助の能力、『地属性』の『木』の権能によって生み出された木製の拘束器具によって気付かないうちに自由を奪われていたのだった。
明は抵抗したい気持ちを押し殺し、そのままの姿勢で言う。
「それがどうしたのよ」
すると恭之助は明との間合いをさっきまでの状態に戻すと、ごく普通といった感じに語る。
「ま、君が疑問に思わないのも無理はないか。君はもう神ではないし、連邦ができた時には引きこもり同然。日渡と渡海に関すること以外の情報が途絶えててもなんら不思議なことじゃあない」
「引きこもりってところに否定したいけど、できないのが悔しいわね」
明は未だに背筋に不快感が残っていたが、一切顔に出すことなく恭之助の言葉に反応をする。
恭之助は明の言葉に肩をすくめる。しかしすぐにまた続きを語った。
「そんな君だから特別に教えてあげるけどね、実は靜は連邦加盟国で手を取り合って仲良くする気は毛頭ないんだ。むしろ国家間の仲を悪くして連携を取らせないようにしたいんだ。『頼れるのは靜だけ。靜だけが頼りなんだ』と、そう言われるようにしたいんだ」
「それで、迷宮入りになりそうな事件があれば誰かに罪をなすりつけて、不仲にさせる原因を作っているってところかしら?」
明の言葉に恭之助は微笑む。
「惜しい、ちょっと違う。それは第二段階さ。靜の狙いは不仲にさせることより前に『靜は絶対的に頼れる国』と印象付けることがある。その事件に積極的に関わっていき、無事に解決をする。そうして信用を勝ち取っていき、『頼れる国』になっていったのさ。最初150年くらいはそうやってきたんだよ」
それを聞いて、明は言葉が出なかった。それは呆れ故なのか、それともまた別の感情か。
「そしてその後はお察しだろう? 信用を得たんだから、今度は国家間を不仲にさせるように動くんだ。今まで冤罪なんてかけてこなかった。だから靜の……とくに真面目なするがが指名した者が犯人なんだと、誰もがそう信じているんだ」
しかし恭之助は、少し適当なことを言っているのである。そして彼自身、その言葉に事実と嘘が混在していることを知っている。分かっていながら、意図的にこのような発言をしているのだ。
たしかに靜は、自分だけが頼れる状況を作り出したいと思っている節がある。しかしそれは理想なだけであって、今はまだ理想を実現しようとは思っていない。そして、基本的には事件を全力で解決しようとしている。しかし時折、今回のように自信満々に犯人を特定しておきながら、途中で真犯人でない可能性に気付いてしまうことがある。その時に取る対応が、今回のようなものなのだ。
それを、恭之助が勝手に組み合わせて話を盛った結果、このような話となったのだ。
「でもそのうちバレるでしょう? そんなことしたら。真犯人が捕まっていないのにそれで満足って、それはいくらなんでも……」
そう明が発言すると、恭之助は首を振る。
「いいや、明ちゃん。現実を見なよ。現に日渡は冤罪に気付かずに今回の事件を終わりにしようとしているじゃないか。つまり、真犯人なんて分からなくても事件は幕を下ろすんだよ」
そして更に嗤って告げる。
「それに、真犯人もちゃんと始末されるしね」
「それってどういう……」
明はそう言いかけて、直後にハッと気付く。
毎回しっかりと真犯人が始末されるなら、今回だって例外でないはずだ。そうなると、もう既に真犯人の始末に靜が動いていてもおかしくない。では、靜が考える真犯人とは誰なのか? そんなの決まっている。靜の考える真犯人は……
「ねぇ、ひとつ訊くけどさ」
明は恭之助に質問をした。その声は至って普通の兎山明の声であったが、彼女は内心で恐怖していた。今までに経験したことないくらいに鼓動が速く、緊張して、手足もガクガクと震えていた。
「なんだい?」
そんな明とは裏腹、恭之助は呑気にそう返した。明はそんな恭之助を直視することができず、俯きながら尋ねた。
「なんで、そんな重要な話を私に教えたの? その話、絶対バラしちゃいけないやつじゃないの?」
すると恭之助は笑顔で頷いた。
「いい質問だね。全くもってその通りだよ」
そして俯く明の顔を覗き込むと、真顔で告げた。
「でも、どうせ死ぬ奴に教えたって、広まることはないんだ。冥土の土産にでもするといいさ」
「……っ!?」
明から見て、真顔の恭之助の目は狂気に満ちていた。
予想通りの事態ではあったものの、明は避けたかった事態だ。
明はかつて始神種であったが、現在はそうでない。それどころか、永神種ですらない。対する恭之助は現役の始神種である。それすなわち、格の差があって明からしたら勝てる相手でないということなのだ。
しかし、そこまで明かした恭之助と、そこまで知った明の間に平和的解決など既に不可能であり、恭之助の先制攻撃によって戦いが幕を開けた。
正面から迫り来る無数の木の枝の矢を躱すべく、明は縛られた状態で本殿に上がり込んで体全体を使ってボロボロの襖を閉めた。
だがもちろん、そんなもので矢を躱せるはずもなく、何本かは襖を突き抜けて本殿に飛び込んできた。
その間に明は芋虫のように本殿の床を移動して、かつて使っていた刀を口で咥えると鞘から重力に任せて取り出し、自分の体が傷つくのを承知の上で刃に体を擦り付けて自分を拘束する枝を斬り落とす。
それと同時に、襖を開けて恭之助がゆっくりと入ってきた。
「待って、私はやってないわ。これも冤罪よ? それも靜の考えだって言うのかしら?」
明は左の脇腹が深く切れているが、それを気にする素振りもなく刀を握って恭之助を見ると、恭之助は呆れたように言う。
「え、なに? 嘘つくの? 認めようよ、いい加減さ。てか、今こうやって俺に刀を向けてる時点で自分が殺ったって認めてるもんだと思うんだけど。やってないって言うなら刀を鞘にしまったらどうだい?」
その恭之助の言葉に、明は刀を鞘にしまった。しかし次の瞬間、恭之助が嗤って帽子を右手で取ると、高速で明に迫った。
「バカだなぁ」
そう言いながら、どこから取り出したのか分からない短刀を右手に持って、明に襲いかかる。
明は咄嗟の判断で左に転がるように避けて間一髪で攻撃を躱す。
「卑怯ね、恭之助……」
しかし転がった拍子に先程切った脇腹が酷く痛み、明はすぐに立ち上がれない。
「チッ、今のを躱すのかよ」
恭之助には明の声など届いていない。彼は低い声でそう呟くと、ギロリと明を睨んで能力を発動させる。
「死ねよ、罪人。『木檻』!」
すると、座り込んでいた明の上から木でできた檻が降ってくる。立ち上がれない明はなすすべなく監禁されてしまった。
「『狂樹乱舞』!」
そして恭之助は閉じ込めた明に向かってもう一つ技を繰り出す。
この『狂樹乱舞』は、『木檻』に閉じ込めた相手に向けて使う技である。ゲージの中に枝や丸太を高速で投げ込み、中にいる相手にぶつけて意識を失わせたり傷をつけたり、場合によっては殺したりする技である。
つまりは拷問のための技だが、その匙加減は恭之助の意のままであるのだ。今回彼は明を殺そうと思っているので、もちろん手加減はしないし明を殺すのに十分なレベルの強さで技を発動している。
そうであるから、明はその檻の中で死んでしまったのだ。
「っと、これでよし。思ったより強くないな。御霊術を使わない兎山明なんて、やっぱただの雑魚ってことか」
明の酷い有様の死体を見て、恭之助はそう嗤う。
恭之助は能力を解除して明を檻から出すと、その屍をまじまじ見つめる。
右目は潰れ、脇腹の傷は深く抉れている。全身が切り傷だらけで、白い身体は血で赤く染まっていた。
「こりゃ生き返ることもないか。ご愁傷様」
そう言って恭之助は立ち上がり帽子を被ると、本殿を立ち去った。そして御厨神社を後にしようとした時に異変に気づいた。
「……出られない?」
そう、鳥居を潜ろうとした時に見えない壁にぶつかったのだった。
それと同時に、背後の御厨堂が眩しいほどに青白く光り始めたのだ。
「……本気かよ。死んでないっていうのか?」
恭之助はその光の眩しさに手を翳して御厨堂を見る。
数秒で光は消える。恭之助はその場から目を凝らして御堂を隅々まで見ると、屋根の上に女が立っているのを発見した。
しかし、月明かりで逆光となり、その姿を鮮明に捉えることはできなかった。
「よくもやってくれたわね。ここまで殺気立ったのは久しぶりよ」
その女はキツい口調でそう言った。
「いやぁ驚いたよ。まさか死んでいなかったなんてね」
恭之助が女にそう言うと、女はひとつ舌打ちをする。
「全く知らないのね、あの子のこと。ちゃんと君によって殺されているよ。君、それも分かんないくらいバカなの?」
女は蔑んだような目で恭之助を見下ろす。
「じゃあなんだい? 君は兎山明じゃないのかい?」
恭之助がそう訊くと、女は答えた。
「違うわね。私はあの子とは別物よ」
そう言って、女は恭之助の前に降り立った。
その姿を見て、恭之助は驚き思考が止まる。
傷だらけで血塗れの体、潰れた右目、抉れた脇腹。
そう、その姿は完全に恭之助が殺した兎山明のものであった。しかし、赤かった目が青くなっていたり、爪が趣味の悪そうな青色に変色していたりして、少し様子が異なる面もある。
「……憑依かい、それ?」
恭之助がそう声を発すると、女はクスクスと笑った。
「そんな感じね。でも、厳密には違う。教えないけどね」
「別にいいさ。憑依みたいなものだって分かっただけで十分。つまり君は兎山明ではない、ということだろう? だったら誰なんだい?」
恭之助がそう尋ねると、彼女は不気味な笑みを浮かべながら答えた。
「鎌田巡。兎山四禮の『一の禮』だよ」
「兎山四禮? なんだいそれ?」
恭之助がそう尋ねると、巡は不満そうな顔をして言う。
「知らないの? かつて兎山国で明様に仕えて全ての御霊を管理していた4つの霊魂のことだよ。まぁつまりは、御霊のトップ4、兎山の四天王みたいな存在よ」
「そんな奴が主人を乗っ取っていいのかよ?」
恭之助がそう訊くと、
「……本当に何も分かってないみたいね」
と巡は嗤う。そして恭之助に対して告げた。
「さぁて、前座はもういいでしょう? そろそろ仇を取らせてもらうわよ?」
「おぉ怖い。いきなり戦闘狂みたいな発言しないでほしいな」
恭之助はそう言って、彼女との間合いを十分に取る。
なぜなら、巡が両手を広げて目を閉じて詠唱を始めたからだ。
「その昔、眠りし友を、ここに呼べ、御厨堂の、御霊を崇めよ」
そう詠唱をすると、地中より3体の御霊が現れる。それぞれ白、緑、黄色であり、それが彼女の周りをグルグルと回っている。
「明ちゃんじゃないのに御霊術を使えるんだね」
恭之助がそう言うと、巡は当たり前と言わんばかりの顔をして、
「私は兎山四禮よ? 少し考えれば想像できることじゃないの?」
と答えた。
そんなことないだろ、と恭之助は思ったが、それを口に出さずに笑顔を作った。
「ま、そっちがやる気ならこっちも倒すだけだけどね」
そう言って、彼は帽子を右手で取ると、一振りして短刀に変形させた。
「貧弱な武器ね」
「戦う前から満身創痍の君よりは優位だと思うけど?」
巡がそう言うと、恭之助も言い返す。しかし巡はその言葉を笑って跳ね返した。
「いいハンデだと思わない?」
そのまるで自分が格上というような発言に恭之助は怒りを覚える。
「永神種を辞めた君が俺より強いはずはないさ。自分が強いっていう慢心は今のうちに捨てた方がいいと思うけど? 言っとくけど俺、始神種だからね?」
すると巡は頷いて答える。
「分かってるよそのくらい。バカにしないでくれるかしら?」
「いいや、分かってないね。俺は少なくとも君より強い。……よしじゃあ分からせてあげようか。その身をもって実感させてあげるよ」
舐められたことで恭之助は憤慨していた。目の前にいる鎌田巡をさっさと消したいと思っていたのだ。だからここで攻撃を仕掛ける。
枝の矢を大量に放ちながら、自分は巡に向かって走っていく。手には短刀を持って、正面から襲い掛かるようにして突撃する。
対する巡も、両手を合わせ目を閉じて能力を発動する。
「御霊術、第一奥義。『噴魂』!」
すると御厨神社の境内の至る所から真っ白い御霊が吹き出す。その数、およそ1000を下らない。
恭之助の放った矢も、その御霊によって妨害されて巡の元には届かない。
そして恭之助自身も、巡に向けて走るのに御霊が邪魔となり、掻き分けながら進むことを強いられた。
しかし、御霊一体一体はそこまで強くなく、恭之助の短刀によってどんどんと切り裂かれていった。そして恭之助は巡に迫った。
短刀を振り上げ、彼女に向かって振り下ろす。
「そんな単純な動きで刺せると思っているの?」
しかし巡はその短刀を容易く躱す。
だが、恭之助はそれを読んだ上でその攻撃を仕掛けている。避けた巡の腕を掴み、ニヤリと笑う。
「はい、引っかかったー。『木端微塵』!」
その技は、触れたものを粉砕する技である。だが、巡の方が一足先に技を繰り出していた。それが、
「御霊術、第五奥義。『噴流魂』!」
である。これは御霊が一斉に激しく流れることで、敵を遠くに押しやる技であり、『木端微塵』が発動する本当に寸前で恭之助が流されて手が巡から離れたことで体が粉砕されることを逃れたのだった。
「おいおいマジかよ、今のは完全にやったと思ったのになぁ」
恭之助は流されながらそう吐き捨てる。
「残念、御厨堂で私たちと戦おうってのが間違いよ」
その言葉に巡はそう返し、さらに御霊術を発動する。
「御霊術、第六奥義。『魂龍斬』!」
それは、刀に御霊を宿す術である。そうして御霊を宿した刀で流される恭之助に迫って斬りつけようとするが、そこで素直に斬られる恭之助ではない。
「『木葉一掃』!」
その技を発動したことで、自分を流していた御霊を一掃することに成功。自由の身になって迫り来る巡の刃を躱す。
「おー危ない。物騒な刀だね」
「君の技も相当物騒よ? 触れたら消せるとか怖すぎて近づけないわよ」
と言いつつも恭之助との間合いを詰めて刀を振り回す巡。恭之助も巡の刀を短刀で弾きながら、近接戦を繰り広げる。
「少し侮っていたよ」
完全に防御一方になった恭之助がそう言う。
「そう。だったら負けを認めてくれるかしら?」
巡がそう言いながら攻め続ける。
「いいや、見直しただけで負ける気は毛頭ないよ」
恭之助はそう言ってニヤリと嗤う。決定打が与えられない恭之助だったが、最後の手段を使えば勝てる可能性を秘めていた。彼はそれを使うべき、というか使わざるを得ない状況だと認識したのだった。
(あんまり使いたくないんだけどなぁ……)
そう思いながら、その技の発動へと移行する。
しかし、ここで想定外のことが起きた。
「あっそう。じゃあ、これを見てからでも言えるかしら?」
そう巡が発言して、
「御霊術、第二奥義。『具現霊!』」
と術を展開すると、彼女の周りを回っていた3体の御霊が子供の姿に変身した。しかし、それぞれの色の靄に包まれていて容姿は分からない。だが、ここからの出来事に恭之助は腰を抜かす。
「御霊術、第一奥義。『噴魂』!」
「御霊術、第三奥義。『霊兵』!」
「御霊術、第四奥義。『怨霊召喚』!」
「御霊術、第七奥義。『幻霊』!」
そう、目の前にいる1人と3体がそれぞれ御霊術を発動し、気付くと恭之助の周りには御霊で溢れかえっていた。
「第五奥義、『噴流魂』!」
「霊兵、総員、『魂龍斬』を構え!」
「怨霊、敵を封じよ」
3体の御霊がそれぞれの発動した術を使って戦闘を始める。恭之助はおよそ3000ほどの御霊と戦わなくてはならなくなり、技の発動準備などしている余裕はなくなった。
そして更に、巡が追い詰めにかかる。
「さて、そろそろじゃないかな?」
「なにが……」
恭之助が何かを問おうとしたその瞬間、彼の視界は真っ暗になる。
恭之助は真っ暗な空間にひとり佇んでいた。
直前まで自分が何をしていたかは分からない。そして今、自分がどこにいるかも分からない。
遠くから近づいてくる足音があった。それは徐々に近くなってきて、遂には姿が見えるようになった。現れたのは、まだ10歳くらいの幼い女の子であった。
「どこだい、ここは?」
「幻の空間です」
恭之助がそう質問すると、少女は穏やかな口調で告げた。
「君は……」
恭之助が訊くと、
「ここの番人みたいな者です」
と返ってくる。
「じゃああれか、兎山四禮だかっていうのの……」
そこまで言って、恭之助は自分が兎山四禮という謎の言葉を発していることに気がつくが、なんだかそれは重要でない気がしてスルーをする。
「そうです。その1人です」
そして少女は微笑んで、
「少しお話ししましょうか」
と言った。
恭之助はそれに肯定する。そうして少女と神の対話が始まった。
「あなたは『御霊術』がなんなのか知っていますか?」
「正直、あんまりよく知らないね。どっかの小国が独自で持っていた技を兎山明が改良して今の形に確立したって噂で聞いたことはあるけど」
唐突に御霊術の話になったが、恭之助は疑いもせずに返答をする。しかしそれに驚いているのは彼自身なのだった。
この幻の空間は、現実世界とは隔絶された空間である。そのため、ここに来るまで自分が何をしていたかは全く忘れてしまっているのだった。
それはさておき、恭之助の返事に少女は微笑む。
「十分詳しいじゃないですか。そこまで分かっていれば、簡単な補足で済みますね。御霊術を生み出したのは、威虞里という小さな国です。そこで……」
少女はそう言って、恭之助に御霊術の生み出された経緯を話そうとして、言葉に詰まった。
「どうしたんだい?」
恭之助が不安そうにそう訊くと、
「ごめんなさい、威虞里の話はしたくないです」
と返ってきた。その今にも泣きそうな目を見て、恭之助も無理強いする気にはなれず、気になるが聞かないことにした。
「今から4000年ほど前、戦争に負けて威虞里は滅びます。国民は皆殺しにされ、みんな残酷な最期を遂げました。でもその国の臣の娘が生き残りました。逃げて逃げて、北の周知国に辿り着きました」
しかし、その間の話が抜けたことで話はよく分からない状態から始まった。この間に御霊術がどうやって生み出されたのか、どう進化したのか、それはさっぱり分からないのであった。
「臣の娘は、自国を滅ぼした国に復讐したいと願います。そして彼女は、自国で生み出された『御霊術』をより優れたものにしようと努力しました。周知の神もそれに理解を示してくれて、日々実験に協力をしてくれました。そして4年後、ついに『御霊術』を完成させて周知の神とともに復讐を成功させました」
「それはよかったね。でも、どこにも明ちゃんが出てこなかったけど、俺が知っている話は嘘なのかな?」
恭之助の質問に、少女は首を振る。
「嘘じゃないですよ。明様はその後、御霊術を確立するに至ります。複雑な経緯がありますので詳細は省略させていただきます」
そして少女は恭之助に問いかける。
「ところで、恭之助様は『御厨あかり』という名をご存知でしょうか?」
「もちろん。協定周知国の最強秘密兵器の名前だね。また懐かしい名前を引っ張り出してきたね」
恭之助が少女の問いに答えると、少女は微笑んで告げた。
「その臣の娘の名前が『御厨あかり』なんですよ」
それを告げられた恭之助は驚いて、しかし直後に納得したように頷く。
「そうか。じゃあその努力と強さを称えてその名前を借りたってことか」
「いいえ、違います」
だが、その恭之助の言葉を少女は否定をした。そして告げた。
「その兵器は、彼女本人です。そして今もなお、彼女はどこかで生き続けています。それがどこかは教えませんけどね」
その言葉に恭之助は驚き、そしてそれが真実なのかを確かめようとした。真実であれば、その『御厨あかり』という秘密兵器を見つけ出したいと思っていたからだ。恭之助はそういう逸話や伝説が大好きなのだ。そして、それが実在するなら手にしたいと常に思っているのである。
「まぁ、すぐ近くにいると思いますよ。探すまでもなく見つかると思います」
少女は意味深な言葉を恭之助に残した。そして直後にこう注意をした。
「あ、私じゃないですよ? 私には『鎌田巡』という名前がちゃんとありますから」
その言葉を聞いて、恭之助はハッとする。
「鎌田、めぐる……」
その名前に聞き覚えがあり、そして決して良いイメージがないのであった。
直後に少女は言った。
「さて、この辺でいいでしょう。これでお別れです」
その言葉とともに、少女は恭之助の前から姿を消した。
その瞬間、恭之助は全てを思い出した。
現実世界で自分はその『鎌田巡』と戦っていることを。兎山明を殺そうとしたことを。御霊術を侮っていたことを。
「おいっ、待てよ!」
恭之助は少女に向かって叫ぶが、それは彼女に届かないまま世界に反響するだけだった。
「クソがぁぁぁああ!」
恭之助のその叫びと共に、真っ暗な世界は崩壊をした。
恭之助が目覚めると、彼は満身創痍で倒れていた。
身体中が傷だらけで、ひどく痛む。
意識を失っていた間に起きたことは朧げに覚えているが、具体的な会話や名前を覚えていることはなかった。
「……ったく、舐め切ってたよ」
恭之助は倒れたままそう呟く。
「さ、負けを認めてもらおうかしら?」
ふと声がして、恭之助の喉仏に刀が突きつけられる。
「鎌田巡、君は強いよ。とっても、強い」
そう言いながら恭之助は笑って、
「降参だよ」
と告げた。
その言葉に巡は微笑んで、
「じゃあ」
とだけ言葉を発し、刀を振り上げた。
そのまま恭之助の首を切断するために。
「おいおい、俺を殺すと厄介なことになるぜ?」
恭之助が苦笑いでそう言うと、
「それでも、襲撃者には死をもって償ってもらわなきゃ気が済まないの」
と巡は告げて刀を振り下ろす。
恭之助は目を閉じて死を覚悟した。彼の一生の中で初めての出来事であった。
しかしその刃は、首に届く寸前で止められる。
なかなか死なないことを不思議に思った恭之助が目を開けると、刀を持った巡が泣いていた。
「やっぱり、私、殺せないよ……」
恭之助は驚いた。さっきまで散々自分と互角の勝負を繰り広げ、狂気すらも感じた奴が、殺すことを躊躇っているのだから。
しかし、その様子を見て、恭之助は不思議に思わなかった。それはさっき寝ている間に出会った少女と重なったからだ。彼女に関して、恭之助は覚えていない。だが、本当に微かに残るその大人しい声と優しい言葉が頭をよぎり、不思議と彼を納得させていたのだった。
『もういいわ、メグちゃん。ありがとう』
突如、どこからともなく声が響いた。
そして直後、御厨堂が最初のように青白く光ると、御厨神社を取り囲むように張っていた結界が解除された。
そして、光が収まるとそこから赤い御霊が飛んできた。
その御霊が迫ると同時に、兎山明の肉体から青い御霊が飛び出した。
誰の魂もなくなった屍が重力に従って崩れ落ちる。しかし、完全に倒れる直前に赤い御霊がその体内に入ったのだった。そしてその肉体はギリギリで倒れずにバランスを立て直す。
「さ、あとは私がやっとくから。みんなはお帰り」
その声で、彼女の周りを回っていた3体の御霊と、先程まで彼女の体内にいた青い御霊が地中に帰っていく。
新たに赤い御霊に憑依された兎山明を、恭之助は観察する。
赤い瞳、赤い爪。そう、それは全て、まんま兎山明なのであった。
「君は……?」
それでも恭之助は彼女に尋ねた。
「失礼ね、この短時間で忘れたの? 兎山明よ」
恭之助はその返答に頷くと、
「殺さないのかい?」
と尋ねた。
「嫌よ、めんどくさい。宇治枝の国なんてもらっても嬉しくないわよ」
明はそう言うと、恭之助は苦笑いをする。
「どこから、君の作戦だったんだい?」
恭之助がそう訊くと、
「檻に閉じ込められた時からね。このままだと逃げられないと思って、あらかじめ肉体から逃げたのよ。それで、あなたが散々屍をいじめている間に結界を張って隔離したの」
と明は答える。
「じゃあ、俺は結構序盤から君の作戦にハマっていたってことか」
恭之助がそう言って笑う。
「そうね。まぁ一つ言えるのは、よくここで私と戦おうと思ったってことね」
明はそう言って恭之助の顔の横に腰を下ろした。
「御霊術の聖地であるここで私に勝つことはほぼ不可能よ? だってここじゃ私、不死身みたいなものだし」
「ははは。違いない」
恭之助はそう言ってため息を吐く。
「任務失敗、か」
「怒られる?」
あからさまに落胆する恭之助に、明がそう訊く。
「そりゃあね。真犯人を殺せていないんだ。怒られるに決まってるだろうね」
恭之助がそう返すと、明が人差し指を立てて言う。
「だったらひとつ、いい方法があるわよ?」
恭之助は首を動かして明を見る。
「どんな方法だい?」
そう尋ねた恭之助に、明は不敵に笑って答える。
「私は犯人じゃなかったって言うの。というかそれが真実なんだから、そう言ってもらわなきゃ困るんだけどね」
それを聞いて恭之助は笑う。
「それで許してもらえるとは到底思えないけどね」
「だったら素直に言いなさいな。あ、でもこうすれば靜も納得してくれるかも」
そして、兎山明は宇治枝恭之助に耳打ちをした。
「兎山明は『御厨あかり』を知っている唯一の人材であり、明を殺すよりも利用してアレについての情報を集めた方がいいのではないか、ってね」
その言葉に恭之助は目を見開く。
「そんなこと……!」
「でも、少なからず私はアレと関係があるの。それに、アレを知っている唯一の者であることも保証するわ」
その明の言葉に恭之助は言う。
「確かにそうすれば靜は黙るかもしれない。でも君は自分が真犯人であることを認めているように聞こえるけど……」
「別に疑いたければ疑えばいいじゃない。でも、私は殺してないわよ。それを変える気はない。でもあなたたち、面倒なんだもん。一種の諦めよ。否定しても無駄なんでしょう? だからお互い『その件に関しては関わらない』ってことにしない? 多分、一生埒があかない気がするもの」
明の言葉に、恭之助が笑う。
「違いないや。このままいけば、要らない戦争をしかねない。君と対立して『御厨あかり』を使われるのも困る。君の提案を呑むよ」
その言葉に明は微笑んで、恭之助の額に人差し指を当てた。
すると、恭之助の体の傷がどんどん癒えていく。遂には完全に無傷な状態に戻り、恭之助は驚く。
「どうしてだい? 俺を助ける義理なんて……」
「あるわよ、バカ。あなたが靜にその話を持っていかなきゃ、私は永遠に犯人扱いじゃない。だからあなたには無傷で帰ってもらう必要があるの」
明はそう言って、恭之助に手を差し伸べる。
恭之助は明の手を取って立ち上がる。
「はぁ、完敗だよ。ほんとに悔しいけど、認めざるを得ない」
恭之助はそう言って笑った。
「永神種にとって大事なことは、あんまり他人を見下さないことよ。あと、自分の力を過信しすぎないこと。特に相手が未知数だった場合は慎重にね」
明は恭之助にそう言うと、自身の傷をサッと癒した。
「あーあと、靜が冤罪かけてるってやつは言わないわ。言ったところで混乱して平和が乱れるだけだもの。私に利がないから、絶対にやらないわよ」
そう恭之助に伝えると、恭之助はニッと笑って言う。
「甘すぎないかい?」
それに対して明もまた笑う。
「ええそうね、甘々よ」
そんな会話をして、二人は笑い合った。
「じゃ、さよなら。靜の方は任せとけ」
しばらく笑い合った後、恭之助がそう言って御厨神社を去っていく。
「はぁ、まったく。迷惑極まりないわね」
明はそう言って本殿の中に入る。
そして着物を脱ぎながら呟く。
「萌加が悲しむようなこと、私がするわけないじゃない」
鎌田巡 身長???cm 年齢????歳
そもそも生きているかも分からない




