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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
はじまり編
3/107

第2話『神類と神種』

 外は蒸し暑いが晴れていた。立っているだけで汗が吹き出てくるような天気の中、僕は入道雲を遠目に見ながら走り回っている。


「ったく、逃げ足だけは速いわね」


「そうかな? ありがとう」


「褒めてないわよ」


 もちろん、逃げる相手は花菜である。


 彼女は今、僕を捕まえて殺そうとしている……のか? 流石に殺しはしないような気もするが、容赦しないと言ったからには殺すつもりかもしれない。


「あぁ、もうっ! じれったい!」


 そう花菜は言って、どこからともなくお祓い棒を取り出して手に取った。


「もうこの際だし、出し惜しみは無しよね! 私を恨まないで頂戴ね? 恨むなら命令を受諾しなかった自分を恨みなさいっ!」


 そう言った瞬間、辺りから音が消えたような感覚に陥る。


 背筋が凍りそうなくらい静かになった直後、いきなり草木がガサガサと揺れ始めた。


「おいっ、お前! まさか『能力』を使うんじゃ……って、うわっ!?」


 いきなり背後から足に蔦が絡まってくる。走っていた僕はそのまま前に倒れた。


 そして倒れた僕の体に、また蔦が絡まってきて、僕を完全に縛り上げた。


「ふふふっ。捕まえた」


 花菜はそう言って、だんだんと僕に歩み寄ってくる。


「どう? 私の蔦に縛られる感覚は」


「最悪だね。なんとも言い難い青臭さが鼻にくるよ」


 まあ、植物だしねと言って、花菜は微笑んだ。


「さて、最後に言い残すことはある?」


 花菜が僕に顔を近付けてそう訊いてくる。きっと彼女の中では、勝ち誇った気になっているのだろう。能力を使って僕を捕まえた。これで、勝ったつもりなのだろう。


 ……でも、能力を使えるのは僕も同じなのだ。


 こんな蔦など、その気になれば簡単に抜け出せるのだ。


「言い残すこと、か。そうだね……」


 僕はそう言って、花菜を見ながらこう言った。


「詰めが甘いんじゃないか?」


「えっ……?」


 花菜は僕の予想外の返答に困惑した表情となった。


 そんな花菜を横目に、僕は自分の能力を解放する。


「能力を使えるのは、花菜だけじゃないんだよ?」


 そして次の瞬間、僕の体から火が噴き出して、花菜の能力で生み出した蔦を全て焼き尽くした。


「うわっ、ちょっと! 熱い熱い! 殺す気!?」


 いや、さっきまで僕を殺そうとしていたのは花菜でしょうが。


「くぅ、やっぱり腐っても磐田家の者なのね。まさか大智が、これだけ強い能力を持っているなんて……」


 花菜は僕から距離をとってそう言った。


 僕は自分の周囲の状況を確認すると、僕の周囲2メートルくらいの土や草が焦げている。


「どうして僕が能力を使えないと思っていたのか疑問だけど、僕も一応は花菜と同じ『上神種じょうしんしゅ』なんだよ。これくらい出来るさ」


 僕がそう言うと、花菜は少しだけ笑った。


「そうね、そうだわ。忘れてたわ。『怠け者=弱い』って認識は改めた方が良さそうね」


「別に僕は怠け者なわけではないんだけどなぁ……」


 僕はただ自由人というだけだ。怠けてなどいないのである。……断固として神治はやらないけど。


「まあ、大智が能力を使えたところで、私があんたを見逃すことはないんだけどね」


 そう言って、花菜はお祓い棒を一回振る。


 再び草木が騒めいて、僕に向かって蔦が伸びてくる。


「同じ手に2度も引っかからないって」


 僕はそう言って、その蔦を躱していく。


 蔦の数はどんどん増えて、僕を捕らえようとしてくるが、僕は軽々と身を翻して避ける。避けきれないものは能力で燃やして対処する。木の枝や葉、花や実なども飛んでくるが、それらも全部避ける。


 しかし、避けるのに結構夢中になってしまっていた。だから背後から花菜本人が接近してきたことにギリギリまで気付けなかった。


「残念っ! 能力の方は囮なのよ!」


「おっ……」


 僕は振り下ろされるお祓い棒を間一髪で躱す。そして花菜から間合いを取って、掌を花菜に向けて構える。


「これでも喰らっとけ!」


 僕の掌から火柱が出る。まっすぐ花菜に向かって伸びるが、花菜も弱くはない。


「その程度、防げるわよ」


 花菜の足元から木の根や草が伸びてきて、一瞬間にして壁を築き上げた。僕の放った火柱は、その壁に当たって花菜には届かなかった。


「ちぇっ。草とか木の癖に火で燃えないのかよ」


 僕がそう言うと、花菜がドヤ顔で言う。


「乾燥してたらよく燃えるけど、水分を多く含んでいたら大して燃えないのよ?」


「そうっすか」


 知ったところで僕が有利になるわけではないので聞き流す。


 聞き流しながら、僕は次の一手を考える。


「っと。戦闘中にぼーっとするのは自殺行為よ?」


 考え事をしていた僕に、いつの間にか尖った木の根が迫っていた。


「おわっ!? ……っぶねー、死ぬかと思った」


 少しでも反応が遅れていたら、今頃貫かれていただろう。


 と、思いつく。この木の根、少し拝借しよう。


 僕は花菜の能力によって尖らせられた木の根をもぎ取ると、手に取って剣のように構えた。


「へ? そんなので戦うの?」


 明らかに拍子抜けしたような声で花菜が僕に問う。


「まあな。お前はお祓い棒って武器を持ってるし、僕が何も持っていないのは不平等かと思ってね」


「いや、まあそうかもだけど。でも根っこって……」


 そう言ってクスクスと笑う花菜。僕のことを滑稽だと思ってバカにしているのだろう。


 だが、僕はこれでも十分いけると思うのだ。


 さあ、いつまで笑っていられるかなぁ?


 僕は花菜に向かって一直線に駆け出した。


「ほんとに滑稽でしかないわよ? そんな水分をたっぷり含んだような根っこで戦おうだなんて」


「そうかもな。でも、やってみない限りわからないよ?」


 花菜はお祓い棒を振り下ろして、僕はそれを根っこで受け止めた……ように思えた。


 根っこはお祓い棒を受け止めることができずに、へにゃっと曲がってしまった。


「ほらね?」


 花菜がそう言うが、それは僕も分かっていた。


「うん」


 僕がそう言うと、花菜は呆れたように僕を見る。


「『うん』って、あなたね……」


 そう言った直後、花菜は「まさか」と呟くと、慌てたように僕から距離を取ろうとする。


「させねぇよ」


 僕はそう言って、さっきの根っこを花菜の首に巻く。


 もちろん、絞めない程度にだけど。


 そしてここで、能力を発動させる。


「遠距離じゃあ防がれるけど、至近距離なら防がれないっしょ? 根っこなんかで戦えるはずないことくらい、僕だって理解しているよ。最初からこいつは油断させるためのもので、真の目的は花菜の懐に飛び込むことさ!」


 そう言いながら、僕は体から炎を出した。


「うぎゃぁぁ! 熱い、熱いってば! 燃えちゃうよぉぉ!」


 花菜がそう叫ぶが、僕だって手加減はしている。それに花菜も、そんじゃそこらの攻撃で死ぬようなやわな人類とは違う。


 だって僕らは『神類しんるい』なのだから。


「そこまでっ!」


 突然、後方遠くから声をかけられた。僕はその声で炎を消した。花菜がひどく咳き込む。少しばかり巫女服が黒ずんでいる。少しやりすぎたか……? まあいい。やらなきゃやられていたんだ。


 そう思っていると、背後に足音が迫ってきた。


「なにしてんだよ、大智」


 僕は振り返って声の主の方を見る。


「なにって、見て分からない?」


「分からないから訊いているんだよ」


 そうだね、確かに。分かったら質問しないか。でもただ教えるのもつまらないし、少し煽っておくか。


「へぇ、兄さんともあろう人が分からないなんてね。僕の行いは世界を超越した天才的なものってことなのかな」


 ガツンッ!


 普通にゲンコツで殴られた。


 頭が痛い……


「調子に乗るな。……まあいい。それよりも、さっきのはなんだ? 側から見てたらただの戦争だったぞ?」


「まあ、あながち間違ってないね」


 大逆罪になるかならないかが懸かった、命懸けの勝負。僕の中では戦争並みに危険なものだった。


「大貴さん。大智ったらひどいんですよ? 神治に関与しろっていう神様の命令を断って、さらに神様に会わせろって言うんですよ? どう足掻いても大逆罪じゃないですか。だから大智に大逆罪を適用して捕らえようとしたら逃げ出して……」


「この有様ってか」


 そう言って、兄が辺りを見渡す。


 焼け焦げた土や草、散らばった木の枝や花、至る所に無造作に落ちている蔦や木の実。


「お前ら、随分とひどくやってくれたな」


「いやぁそれほどでも」


「褒めてねぇよ」


 そうですか。褒めてないんですか。悲しいですね。


「んでだ、大智。神様はちゃんといるからな? で、大智を神治に加えたいと言い出したのは紛れもなく神様だ。今のことは見逃してやるから、夕方までに答えを出しておくように。だけど、それ以降はもう待たないからな?」


「……はーい」


 兄が本気の顔で僕に言ったので、これは神を信じていようがいまいが関係なく本気で考えるべき内容だと理解した。


 夕方までにちゃんと考えておこう。


「それよりも花菜ちゃん」


 ふと兄が話題を変える。そしてかなり焦ったような表情で花菜に告げる。


「神様を見てない? またいなくなっちゃった」


「えっ、また!?」


 花菜に頷いて、兄は申し訳なさそうに言う。


「僕が少し目を離した隙にいなくなっちゃったんだよね。仕事を増やしちゃってごめんね」


「あ、えと、いえ」


 花菜は戸惑いながらそう言うと、


「とにかく捜しましょう」


 と兄に言った。


「そうだね。ってことで大智……」


 兄が僕にそう言った瞬間、


「うん。じゃあ僕は街をうろついてくるから、気にしなくていいよ」


 と僕は言って、その場から足早に抜け出した。


「あ、おいっ! お前は家で考えてろ!」


 背後から兄の声が聞こえるが、聞こえないふりをする。


 まあ、家にいろって言われるのは目に見えていたからね。それより前に自分のやりたいように事を運ぶに限るのだ。先手必勝。


 僕はこの国『日渡ひわたし』の街に繰り出した。




ーーーーー

ーーー




 この世界では、原則として一国を一人の神が統治することとなっている。そして、その神を補佐する臣と巫女がいて、この3人で神治を行うことが主流である。そのように神、臣、巫女が神治を行う制度は『神治制』と呼ばれている。


 その神治制はいつ出来たかというと、今からおよそ4500年も前のことだそうだ。僕は詳しい話を知っているわけではないが、幼い頃に父から何度も聞かされたので嫌でも覚えている。


 そもそも、この文明が出来たのが今から約5000年前のことだそうで、それから500年後には神治制が始まっていたということになる。どうしてそんなに長くこの制度が続いているのかが個人的に理解できない面もあるが、これが『神類』にとって理に叶った制度だとされているから続いているのだろう。


 補足をすると、今の文明を築き上げているのは僕たち『神類』である。しかし、それ以前にあった文明、すなわち『神類』に滅ぼされた文明は『人類』の築き上げたものであった。


 人類は愚かな生き物である。


 主に民族、宗教、言語ごとにまとまりを作って国家を作り、他国と交易を結んだり対立したりして繁栄と衰退を繰り返していた。


 人類の最も愚かなところは、『戦争に懸ける熱情』だろう。


 奴らは他国を蹴落とすためならなんでもした。他国を蹴落とすために、残虐で悲惨な兵器を多数作り上げた。人類が操る兵器が大半を占める中、兵器が自らの命を持っている『生物兵器』も稀にあった。


『人類文明最後の大戦』と呼ばれる多数の国家間における大戦争では、各国が『高度で精密な生物兵器』を用いて戦争をした。


 人類文明の最後は、人類の愚かさの象徴だと思う。


 戦争の最中、重要兵器であった『高度で精密な生物兵器』が暴走した。そして人類の文明を破壊し、人類を世界の頂点から引きり下ろした。


 人類に代わって世界の頂点に立ったのは、その生物兵器だった。


 生物兵器は、いつしか意思を持つようになり、自分たちのことを『人類』よりも優位な存在である『神類』だと名乗り出した。


 神類と名乗ったからと言って、生物兵器であることに変わりはない。そのため、戦闘に特化した力である『能力』を全個体が有している。僕や花菜が能力を使えるのは、僕らが神類であるからなのである。


 神類にはいくつかの『しゅ』が存在する。


 それはある種の身分階級のようなものでもあるが、それを絶対的なものにしているのが能力の強さである。


 神類には大まかに分けて3つの種が存在する。


 1つ目が『永神種えいしんしゅ』と呼ばれる種である。


 この種は神治制に於いて『神』の役職に就く種であり、永神種の名の通り寿命が異常なまでに長い……らしい。また、能力の強さも他の種に比べて桁違いな者が多いとされている。僕は本当にこの種がいるのかいぶかしんでいて、空想上の生き物である可能性も考慮している。


 2つ目が『上神種』と呼ばれる種である。


 この種は神治制に於いて『臣』と『巫女』の役職に就く種である。また、その家系の一族もそれに該当する。僕や花菜はこの上神種に該当し、永神種には届かずともそこそこの強さの能力を手にしている種であるのだ。花菜が僕の能力を見て『腐っても磐田家の者』と表現していた通り、臣や巫女の一族というだけでそれなりの力を生まれつき有しているのだ。


 3つ目が『下神種げしんしゅ』と呼ばれる種である。


 この種は民衆のことを指す。神類の中でも圧倒的な多数派である。戦闘に特化した能力はこの5000年で退化し、ごく僅かな力しか有さないような種である。しかし、国力の基盤である商いや耕作をしている種なので、僕らが生きていけるのもこの種がいるからなのだ。何気に一番この世界に必要とされた種なのかもしれないと僕は思っている。


 どうして神類がこのように多数の『種』に分かれ、『神治制』を始めたのかという理由は、日渡伝書を読めば書いてあるのかもしれない。気になる話題ではあるが、その記述を探すのも面倒なことなので、後で大志にでも聞いてみることにしよう。


「……いち、だいち、大智ってば!」


 ……などと思っていると、後ろから急に声をかけられた。


 僕は慌てて後ろを振り返ると、そこには長い赤髪をツインテールにした、背の低い女の子がいた。


「おぉ、もえちゃん! 元気だった?」


 その女の子、もえちゃんは、日渡の街に住んでいる下神種と思われる少女で、僕より5つくらい歳下だと思われる。確証がないのは、名前以外を何も知らないからだ。


「元気だったけど……」


 もえちゃんは少しだけムスッとして言った。


「大智ったら、わたしが何回呼んでも気付かないんだもん。無視されたかと思って悲しくなったよぉ……」


「ごめんごめん、少し考え事をしててさ」


 僕は彼女にそう言って、頭に手を置いて撫でた。


「それで、今日はどうする?」


 撫でながら彼女に聞くと、


「ダンゴムシ探そっ!」


 と、とてもテンションが高い声で返ってくる。


「うん、いいよ。いつも通りだね」


「それが一番楽しいからねっ!」


 金色の目を輝かせながら、彼女がにこりと微笑む。


「ほら大智、いつものとこに行こっ! 早く早くー!」


 もえちゃんはそう言って、僕の手を掴んで走り出した。

磐田大貴:年齢18歳 身長172cm

もえちゃん:年齢不明 身長142cm

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