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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
後継騒動編
29/107

第28話『認めたくない現実』


「……それが、あなたの実力?」


「そうか、そうなんだな」


「分かりやすいもんじゃないか」


 そうなのか。犯人は、彼だったのか。


 ……ほんとに?


 わたしはこの実験結果を見て、どうもこの結果に違和感を覚えた。


 理由は、まだ動機がはっきりとしていないからだと思う。


「殺し方が下手だから」「実力がないから」なんて理由で犯人を断定しちゃいけないってわたしは思っている。上手くできる人が下手にやることは容易くできる。だから、この実験結果だけじゃ誰が犯人かなんていうのは分からないんじゃない?


「上手くやってこれじゃ、犯人じゃないの?」


「まるで臣の死体の複製品だ」


 そう思っているけど、実際、現場ではかささぎが犯人であると決めつけたような言動が飛び交っている。


「動機がはっきりしていないのに犯人扱いなんて、ずいぶんと気が早いのね」


 そのとき、わたしの背後からそんな声が聞こえた。まるでわたしの心を代弁するかのような、透き通って落ち着いた女性の声だった。誰かはもちろん声で分かるけど、振り返って姿を見る。色白な肌に、透き通るような銀髪。細身で綺麗な体と赤い瞳。


 そこにいたのは、兎山明だった。


「さっさと犯人を断定してしまおうって雰囲気で、どうも誰かが彼に濡れ衣を着させようにしか思えないのだけれど?」


 明は血塗れの庭にゆっくりと降りる。そしてその美しい赤い瞳で圧力系能力者たちを見渡す。


 明の瞳って、直視されるとちょっと怖いんだよね。全体的に白いのに瞳だけ真っ赤。まるで白ウサギの瞳孔みたいにとても目立つ。無言だけど「見てるよ?」って言われてる感じがして、ちょっと怖気付いちゃう。


「同感だ。かささぎには動機がないだろ? 犯人扱いはしないでくれないか?」


 明の声に安久斗が便乗する。そして、右手を横に上げてかささぎを守るように彼の前に立つ。


 わたしもそう思うから、便乗しよっと。


「明と安久斗に賛成。動機がない限り、わたしは誰も犯人だと断定しない」


 対して、わたしたちの言葉に反論をしたのはするがだった。


「たしかに、今はまだ証拠がないね。でも、証拠が出てくるのも時間の問題だよ。俺の見立てではね、犯人は最初から彼一択なんだよ」


 そう自信満々に宣言して、安久斗の背後にいるかささぎに声をかける。


「白状したらどうだ? 大罪人」


「……俺は、やってない」


 しかし、かささぎは否定する。『気圧泡内波プレッシャーバブル』が上手にできなかったショックからか放心状態であるが、するがの言葉をはっきりと否定した。


 でも、するががここまではっきり断言するということは、かささぎには完璧な動機があるって考えていいのかな?


 いつもそうだけど、するがは捜査を始める段階で犯人を絞り込めている。殺し方の特徴、動機の有無。それを調べて犯人をほぼ断定した状態で犯人探しに臨んでいる。


 そうして彼に犯人と断定されてしまった者は、今まで誰一人としてその罪から逃れられた試しはない。つまり、するがに犯人と断定された者は全員『その事件の犯人であった』という結論が出されているということ。


 それが事実か冤罪かは曖昧であるけど、今までにするがが冤罪をかけたと騒ぐ者は誰一人としていない。全て円滑に事件が解決されているのだ。その結果から見るに、するがが冤罪をかけているとは極めて考えにくく、連邦加盟国はするがに任せておけば事件は解決すると考えている。もちろんわたしもそう思っている。だからきっと、今からが本番。ここまでは茶番なのだろう。


 するががなにをもってかささぎを犯人と見ているのか。現在、最大の焦点となっている動機とは、一体どんなものなんだろう。とても気になる。


 そんなことを思っていると、突如、西の空から何かが迫り来る気配を感じた。わたしが西の空を見ると、小さな飛行物体がこちらに向けて飛んできていた。


 数秒すると、その姿が明確になった。


 あれは、恭之助だ。


 そういえば、するがの命令でどっかに情報収集へ行っていた気がする。それが終わって帰ってきたということか。


 そんなことを考えている間に、恭之助はわたしたちが集まっている庭の端っこに降り立った。


「やぁ、遅くなったね。どうだい、進捗は?」


 そして枝で編まれた被りにくくて痛そうな帽子を右手で摘んでクイっと被り直すと、わたしたちにそうやって尋ねてきた。


「見ての通り、実験が終わったのよ」


 あおいが庭を染め上げる人類の真っ赤な残骸を指差してそう答える。


「あぁ、なるほど。それで、結果は?」


「思ってた通り」


 恭之助の続く質問に今度はするがが答える。


「そうかい。ま、そりゃそうか。するがくんの読みが外れることは早々…………おや?」


 恭之助がするがにそう返して、直後に何かに気がついた模様。なんだろう?


 そう思っていると、恭之助がニタリと笑いながら言う。


「もしかして、誰かしみずたん怒らせた?」


 恭之助が気付いたのは、未だに足を抱えて階段に座ってムスッとしているしみずだった。


 やっぱり恭之助の洞察力、異常だなぁ。


「あー、それか。実はな……」


「いや待って、当てたい」


 悠生がその質問に答えようとしたが、恭之助は右手を悠生に向けて発言を遮る。左手は帽子を押さえていて、ちょっと気取っているように感じる。


 というか、自分で当てたいんだったら質問しないでほしいなぁ。


 そんなわたしの本音を他所に、恭之助は地面に散らばる人類の残骸をじっと見つめる。


「永神種が殺った痕跡は3つ。ってことは、ひとりだけ『気圧泡内波プレッシャーバブル』で殺してない奴がいるってことか。まぁ状況から考えるにしみずたんなんだろうけど、じゃあどうして『気圧泡内波プレッシャーバブル』を用いなかったのかだね……」


 ひとりでブツブツ言いながら、人類の残骸と向き合う恭之助。……不気味。


 きっと彼は楽しんでるんだろうなぁ。推理とか好きそうだもん。それに実際、今、すごく楽しそうな顔をしてるし。


 分かんないなぁ。


「よし、仮説立てれたよ」


 そうこうしているうちに、恭之助が仮説を立て終わる。


「ズバリ、しみずたんを怒らせたのは人類だね? んで、どうやらそいつはしみずたんに無惨に爆殺されたと。でもどうしてしみずたんがあんなに不貞腐れているのかは分かんなかったや」


 恭之助はそう言って、お手上げのポーズを取った。


「……不貞腐れてないもん」


 それに答えたのはしみずだった。


 いやいや、しみず? 明らかに不貞腐れてるよ、その声。


 みんなそう言いたげな顔をしていたから、きっと誰もが思ったことなんだろう。


「それより恭之助、持ち帰ってきた情報を聞かせてくれない?」


 と、ここでようやくしみずが立ち上がる。


 ……ちょっとまだ不貞腐れてるっぽいけど。


「ん? あぁ、うん。そうしようか。だったら本殿に、全員を集めてくれるかな?」


 恭之助がそう言うとほぼ同時だった。


「……ぬ、あぁぁぁぁああ!!!」


 突如、大声を上げてわたしたちの方に走ってくる集団があった。


 濱竹から運ばれてきた残りの人類だ。


「せ、生物兵器めっ! よくも仲間を惨殺してくれたなっ!」


 そう言いながら、素手で西部諸国の神々に襲いかかる。


 かなり近くにいて、不意打ちであったがために、神々の対応は遅れた。


「っ!?」


 躱すことで精一杯の神々。そこに猛攻をする人類。


 と、その時。


「……御霊を、崇めよ!」


 わたしの真横にいた明が動いた。


 一気に周囲が青白く幻想的な輝きを放つ。


 そして、地中から溢れ出す無数の霊魂。


 その霊魂は、暴れていた8人の人類へ向かって勢いよく飛んでいく。


 そして彼らを取り囲んで包み込むと、ぐるぐると高速で回転を始めた。


「どうなっているの?」


 わたしが明に尋ねると、


「食べているのよ」


 と明は答えた。


「食べる?」


 わたしが訊き返すと、明は頷く。


「そうよ。あれは『魂龍食こんりゅうしょく』って技よ。御霊に強制的に空腹感を与えて、敵を包み込んで食べ尽くす技」


 そう言って、明は右手をクイっと返す。すると霊魂は地中へと帰っていった。


 そして、霊魂に包まれていた人類はというと、無惨に肉片だけになってその場に転がっていた。


 明によって助けられた西部諸国の神々は彼女に感謝の言葉を述べている。明は「永神種だったらそのくらい自分でなんとかしてよ」と、少し怒ったような口調で返事をしていた。


 ごもっともで。


「御霊術、か」


「噂では聞いていたけど、実際かなり強いみたいね」


 その様子を見て、するがとあおいが口を開いた。


「そうでもないわよ? 私がいくら頑張っても祖神種には敵わないし、あなたたちにとっては脅威でもなんでもないと思うのだけど」


 明は涼しい顔でそう答える。


「でも、これだけ残骸な殺し方ができるなんて驚きだよ。これさ、コントロールによっては『気圧泡内波プレッシャーバブル』の死体と近しいものを生み出せるんじゃないの?」


 しみずが明にそう尋ねると、


「さすがに破裂は不可能よ。この技は属性を越えた技を模せるほど有能じゃないの」


 と答えた。しかし、明の答えにしみずは納得いっていない様子だった。


「どうだかね。ボクの見立てでは可能に思えるけど」


「それは過大評価よ?」


 明はそう言って、視線をしみずから恭之助に移す。


「今から全員を集めてくるわね。ちょっと待っててちょうだい」


 そう言って、明は建物の中へと姿を消した。


「……」


 明がこれほどの人数の前で御霊術を発動したのはおそらく初めて。御霊術を実際に見たことのない神類も少なくない。みんな、兎山明という少しばかり謎にまみれた「元」永神種の実力を垣間見て、言葉が出ないみたい。


「やっぱり」


 そう呟いたのはしみずだった。彼は明が殺した8人の人類の残骸を見て、不審そうに呟いた。


「これ、やろうと思えば……」


「しみず」


 しかし、その呟きはするがによって阻止される。


「証拠がない限り、罰することはできないよ。それに、彼女はもう永神種じゃない。俺たちの『やろうと思えば』は、彼女にとっては既に『不可能の領域』なんじゃないかな?」


「……………………」


 その言葉に、しみずは押黙おしだまった。


「恭之助が証拠を持ち帰ってきた時点で彼女を犯人と考えることは難しいわ。疑いたくなる気持ちも分からなくないけど、その可能性はひとまず捨て去りましょう」


 あおいもそう言ってしみずをいさめる。


「……分かったよ」


 しみずはそう言って、ひとつため息を吐いた。


「さて、じゃあ本殿に移動しましょう。そろそろみんな集まる頃でしょうし」


 あおいがそう言って、全員に本殿に上がるように指示した。みんな素直にそれに従って本殿へと上がっていく。


 もちろんわたしも例外じゃない。


 本殿に上がると、神々は玉座の周りに集まる。玉座にはこの国の神ということでわたしが座ることになったけど、右にあおい、左にするががいて、わたしの場違い感が凄まじい。


「司会進行は萌加がよろしく。説明は恭之助に任せるよ」


 するががそうわたしたちに告げた。


 いや、司会わたしなの? なんでよ。もっとふさわしい者が絶対いるでしょ。例えばするがとか、あおいとか、しみずとか。というか、さっきまで散々仕切っておいて、全員が集まった時だけわたしに任せるとか、どういう精神してるの?


 わたし、こういうの苦手なんだけどなぁ……


「……なんだその目は」


 わたしがそんなことを思いながらするがを見つめていると、その視線に気付いてするががそう訊いてきた。


「司会、変わってくれない……?」


「ダメだ。そもそもこれは日渡の問題だよ? なんで全員集まった場所で君以外の者が仕切るんだよ。おかしいだろ」


「……さっきまで散々仕切ってたじゃん」


「あれは良いんだよ、日渡の国民は誰もいなかったから。わざわざ君が見栄を張る場面じゃなかっただろ?」


「……」


 納得いかない。


 でも、どうやらこれ以上は言い争いはできないみたい。理由は簡単。廊下から明に連れられて花菜たちが入ってきたからだ。


 ……まぁ、たしかに花菜や大智、大志からしてみたら、わたしが仕切ってないと変に思うか。


 それに、わたしがこの問題を放棄していると思われるのも癪だし。特に、次の臣が決まっていないこの状況で、わたしが役立たずだとアピールすることだけは避けたい。現状、大智が臣を継ぐことに後ろ向きなのは痛い。大志は頭はいいけどまだ13歳だし、臣を継ぐにはちょっと若すぎる。……大智も十分若いけど。とにかく、今は大智に臣を継ぐことに前向きになってもらわなくてはならない。そのためにも、わたしが役立たずだと思われないことは少なからず重要だろう。


「えー、こほん」


 ……とは言ったものの、どうやって話し始めたらいいんだろう。


 なんとなく声を発してしまったけど、なにも考えてなかった。どうしようかな。


 まぁいいや、とりあえずするがに丸投げしよっと。


 ……え? それだとわたしがただの役立たずだと思われるって? 大丈夫、大丈夫。これはしっかり仕切ってますよアピールだから。それに、事実わたしは、どこから話したらいいか分からないんだから、誰かがレールを敷いてくれたほうが楽なんだよね。


 ってことで、するがに丸投げ〜。


「長く待たせてごめんなさい。複数の実験をおこなって、犯人の特定をしました。その実験結果と、それを踏まえた現時点で犯人と疑わしき者は誰なのかを、靜国の神、するがに発表してもらいたいと思います」


 わたしはそう言って、あたかも仕切っている風に見せる。しかし実際にはするがに全てを丸投げしているわけなのだが。そして、いきなり振られたするがはというと。


「今回実施した実験は4つ。1つ目は被疑者の中に快楽殺人鬼が含まれているか否か、2つ目は御霊術を見抜けるか、3つ目は臣の死体と同等の死体を作り上げられるか、4つ目は『気圧泡内波プレッシャーバブル』の実力が如何程か。正直、1つ目は実験をしたわけではなく、俺が個人的に調べたことだから、正確には3つなのかもしれない。だがまぁ、この結果から総合的に判断し、まずは動機を排除して犯人が誰なのかを絞り込んだ」


 まったく焦る様子もなく、淡々と実験内容について語った。


 まるで、こうなることが分かっていたみたいに。


「各実験の結果は省かせていただくが、結論を言うと、これらの実験から、我々は小林かささぎが犯人なのではないかという結論を導き出した」


「……」


 するががそう言い切る。少しは騒つくかと思っていたけど、全くこの空間は騒つかない。


 でも分かる。空気で、なんとなく察しがつく。濱竹勢はこの主張を受け入れていないことが。


「すみません、質問いいですか?」


 冷静にそう手を挙げたのは、濱竹の臣、浜松ひくまだった。


 するがはわたしに視線を送った。どうやらわたしに指名権があるようだ。


「どうしたの?」


 わたしは彼に発言を許可した。


「するが様、なぜかささぎが犯人だと断定なさったのでしょうか? 実験結果の開示を要求します」


 指名されたひくまはそうするがに言う。


 するがはそれに頷いて答えた。


「実験結果は『快楽殺人鬼は不在』『疑心暗鬼を高めただけで特に結果は得られず』『全員が犯人に成り得る』『小林かささぎの実力が最も低く、誰よりも特徴的でないことがかえって特徴的である』。以上」


 しかし、その答えは絶対に伝わらないものだった。


 わたしたちみたいに、その実験をその場で見ていれば伝わるけど、それ以外の者には絶対に伝わらないでしょ……


「するが様、誠に失礼ながら申し上げさせていただきますが、貴殿は我々をバカにしておられるのですかな? その返答には、結果を開示する意思が見受けられないのですが」


 ほら。将軍がキレてるじゃん。


 というか、珍しい。将軍ってあんな真面目な顔で発言することあるんだ。数十年見てきたけど、こんな硬い表情見たことない。


「バカにはしてないよ。でも、開示する気が毛頭ないのは事実だね」


 その将軍の言葉にするがが答える。


「どうして……!」


 ひくまが食い気味でそう発言すると、それを遮るようにするがが言葉を被せた。


「これが全部、茶番だからだよ」


「んなっ!」


「こんの……!」


 するがが笑みを浮かべて言い放った言葉に、ひくまと将軍は怒りをあらわにした。


「落ち着け、お前ら。濱竹の名に泥塗りてぇのか?」


 しかし、2人の怒りは安久斗によって鎮圧された。……安久斗も相当、ご立腹なご様子だけど。それは果たしてするがの言い方に対してなのか、靜に向けて怒りを露わにした部下に対してなのか。はたまた、それら両方なのか。いずれにしろ、口調はとても厳しいものだった。


 とりあえず、この場はわたしが収めることにしよう。


「ありがとう、するが。それで、あの実験が茶番っていうことに関して説明はしなくていいの? かなり誤解を招いちゃってる感じに思えるけど」


 ついでにするがに弁解の余地も与える。


 そうでないと、この場が収まりそうにない。


「説明しようと思っていたのに勝手に仕切られちゃったや」


 するがはわたしに対してそう言うと、全体に向けて高らかに言った。


「最初に言った通り、これらの実験は動機を考慮せずに犯人の絞り込みをした。でも、それはただの愚行だと思わないか? 殺害には動機が存在しているはずだ。殺したいから殺しましたという動機は快楽殺人鬼。それ以外の犯人には、もっともっと複雑な動機が存在しているはずなんだ。もちろん、殺し方も立派な絞り込み手段だ。だがそれよりも、動機の有無が最大の絞り込み方法なんだよ。今回の実験は、外堀を埋めただけだ。実は、実験からは誰もが犯人に成り得る可能性があることが分かった。御霊術を読み取れたという観点から見れば俺たち靜の三大神が。死体の隠蔽ができないという観点から見ればあざみとかささぎが。そして悠生も呱々邏も相良も、誰かに罪をなすりつけることができるだけの実力があったということが分かっている。つまり、動機次第ではこの8人の中の誰が犯人でもおかしくないってことだ」


「じゃあ、どうして小林氏が犯人だと言ったんですか?」


 そう質問したのは、意外にも大智だった。


「ん……? えっとね、それでも現状最も犯人に近いって判断したからだよ」


 おそらく、するがは大智が誰か認識していない。予想外の方向からの質問に少し戸惑ってたみたいだし。


 とは言っても、また伝わらない返答するね、するが。


「……不十分な返答です」


 するがの返しに喜々音が呟く。うん、この子も顔に出してないけど、かなりキレてるみたい。


「まぁつまりは、動機の有無が最大のポイントってことで。だから実験結果はただの茶番ってわけ。はい、弁解終了。萌加、次に進んで」


 するがに代わって口を開いたのはしみずだった。かなりおちゃらけた雰囲気で、どう考えても浮いている口調だ。普段のしみずの様子とも似つかない様子で、これがわざとやっていることだとよく分かる。


「おい待て、ちゃんとした説明を願いますぞ!」


「そうです! 濁さないでください!」


 そのしみずの態度に濱竹勢はご立腹。その様子を見て安久斗は頭を抱えている。


 これは、靜の作戦だろう。するがが何をしたいのかはよく分からないけど、しみずはそれを完全に理解して動いている。きっとあおいも2人の意図にもう気付いている。


 これは完全に、靜のフィールドに乗っちゃってるなぁ。


 まぁしみずに次に進めって言われたから進むけどさ。


「はい、静粛に。とりあえず、誰が犯人とかは現段階ではまず置いといて、動機に関する調査について恭之助に詳しく説明をしてもらいます」


「それよりもなんでかささぎが……!」


 わたしが発言してもなお、将軍が声を上げた。


 ……はぁ。あんまりやりたくないけど、たぶん司会者であるからにはこういうことに関する注意喚起も仕事の範疇なんだろうなぁ。


 わたしこういうの苦手なんだけど。だから司会者は嫌なんだよ……


「静粛にって言ったの、聞こえなかった?」


 わたしは将軍にそう問いかける。


「ですが……!」


 それでもなお、彼は口を開いた。


「黙れって言ってるの。これ以上話したら斬るよ?」


 わたしは刀に手を掛けてそう言った。一種の威圧行為だけど、許して。


 ここまでして、ようやく将軍は黙った。


 はぁ、疲れたぁぁ。


「……甘いわね」


 わたしの一連の流れを見て、あおいが横で呟く。


「私だったら殺してるよ」


 知ってる。というか、そんな気がしていた。


 そんな滅多やたらに殺しちゃいけない気がするけど、あおいにはそんなの関係ないんだろうなぁ。


「さてと、そろそろいいかな?」


 そう思っていると、恭之助が口を開く。わたしが頷くと、恭之助は帽子を摘んで被り直した。


「じゃ、動機についての調査結果を伝えよう。単刀直入に結論だけ言うと、犯人は小林かささぎだろうね」


 その言葉に、濱竹勢が不満の声を上げる。


「そんなわけなかろう!」


「証拠を示せ、証拠を!」


「言いがかりもほどほどにしといてほしいわね」


「……」


 恭之助はその言葉にまぁまぁと言いながら、両手で諌める。


「そうかっかしなくても、順番に証拠は出していくから安心してよ」


 恭之助がそう言って話し始める。


「まず、俺はするがの命令を受けて、沼と猪頭にも協力を要請して当初の被疑者12人の家宅捜査をおこなった」


「うぇっ!? 私らの屋敷も?」


 恭之助の言葉に八重が反応する。


「蛇松が調べようと宮家に許可を取ったらすんなり了承してくれてたよ?」


 その八重の質問に恭之助はそう返した。


「へ、へぇ、意外。お爺さまが神類を屋敷に立ち入らせるなんて……」


「確かにな。下香貫宮のジジイが神類を屋敷に上げるのは想像できんな」


 八重と仰天峰は恭之助の返答に心底驚いているようだった。


 わたしは香貫宮家に全く詳しくないけど、そういえば50年くらい前の下香貫宮家の当主は沼から独立しようと企てていたって話があったような……


 結局は下香貫宮家と対立していた上香貫宮家が反発して、その計画は阻止されたらしいけど。


 まぁでもその時の当主は神類大嫌いって噂だし、今もご存命なようで。そりゃ親族が驚くのも無理はないなぁ。


「ま、家宅捜査の結果、証拠資料と成り得る物が見つかったのは小林家だけだ。須走家と香貫宮家からは日渡のヒの字も出てこなかった。古田崎と靜の資料も漁ったけど、日渡に関してはかなり親密で良好な関係のようで、殺そうとする動機はなにひとつ感じられなかったよ」


 恭之助の言葉に、将軍が反論をする。


「だからって、消去法でかささぎが犯人などと……!」


「消去法? 誰がそんなこと口にしたんだい?」


 しかしその反論は恭之助によって途中で打ち切られた。


「いいかい、砂太郎くん。俺はね、確実なる証拠がない限り犯人を断定しない主義なんだ。消去法などという不確かで曖昧な材料で推測なんかしない。彼にはれっきとした動機があったんだよ」


 そうしておもむろにひとつの手帳を取り出す。


「それは……」


 恭之助が取り出した手帳に、かささぎが目を見開く。


「これは、小林かささぎの自宅から押収した手帳だ。日記帳みたいなものだと思われる。まぁそこにこうやって書かれているんだな」


 ペラペラと手帳を捲る恭之助。


「やめっ………!」


 それを見て血相を変えて焦るかささぎ。


 かささぎの反応を見るに、犯人っぽい焦り方に見えるのだけど、雰囲気がどうも違う。この焦り方は、きっと……


「『あぁ、今日はいい日だ。まさか紅葉と長話ができるだなんて。これほどいい日はない。最高の日だ。でも、ひとつ残念なことがあるとしたら、日渡の臣の長男が僕のあとであいつと話していたことだろう。あの光景を思い出すと気分が悪くなる。イライラする。これが嫉妬なのかもしれない。もし紅葉が他の男に取られてしまったら、僕は嫉妬に狂ってしまうかもしれないな。まぁあいつと付き合うのは僕なんだから、そんなことを考えても意味はないかもしれない。あいつを誰にも渡さない。僕が独占するんだ。もしあいつを取るやつがいたなら、僕はそいつを殺す勢いで取り返すつもりだ』」


「やめろぉぉぉぉぉおおおお!!!」


 恭之助が読んでいる間、かささぎはずっと恭之助を止めるために叫び続けていた。立ち上がって手帳を奪おうと走り出したが、するがに鳩尾みぞおちを殴られて立ち上がれなくなっていた。それでも必死に叫んでやめるように訴えていたが、それも虚しく恭之助は全てを読み終わったのだった。


 わたしの予感は正しかった。彼が焦っていたのは、黒歴史を暴かれることにあったのだろう。『日渡の臣の長男』というのは大貴のことだろう。まだ彼が臣を継ぐ前ということを考えると、10年くらい前の頃の話だ。かささぎは今の花菜とか大智とかと同い年くらいかな? その年頃だったら、そんな日記を書いてもおかしくはない。


 ……ちょっと痛すぎるかもしれないけど。


「さて、これはだいぶ前に書かれた日記のようだけど、小林かささぎの本音が赤裸々に綴られていると考えてもいいだろう。若者ならではの痛々しさもあるけど、その痛さが胸の内を表しているようでまた味がある」


 恭之助、その手の日記を冷静に分析するのはある種の拷問じゃないの? まぁ仕方ないか、恭之助だし。昔、「拷問は得意だよ〜」って言っていたし、今でも靜連邦に入り込んだスパイの拷問は全面的に担当しているみたいだし。職業癖みたいな感じなのかな?


「ま、そんなこの日記で注目すべきところは最後の一文『もしあいつを取るやつがいたなら、僕はそいつを殺す勢いで取り返すつもりだ』の部分だろうね。極峰くれはと磐田大貴は付き合っていた。その事実がある以上、かささぎには明確な動機があることになる」


「だがそれが書かれたのはかなり前だ。今こいつがどう思っているかなど分からんだろう?」


 恭之助に砂太郎が反論する。でも、恭之助は表情を変えることなくうんうんと頷いて聞いていた。そして口を開く。


「たしかにそうかもしれない。でも、本質なんてそう簡単に変わるものじゃないさ。彼が嫉妬深い性格であることはこの日記からも見て取れる。それに加えて独占欲もかなり強いみたいだ。さて、ここで訊くけど、かささぎはくれはと大貴が付き合っているという事実をいつ知ったのかい?」


 ……どうせ知ってるくせに。とんだ茶番だなぁ。


「昨日の午後かと思います」


 それに答えたのは大智だった。


 かなりはっきりとした口調で言っていることから、彼はかささぎを庇う気はないみたい。


「わたしもそう思います」


「僕もです」


 もちろん花菜も大志もそのようである。そりゃそうなるよね。大貴を殺した犯人に一番近い者をこの子たちが庇う理由なんてないんだから。絶賛怒っていて、冷静な判断力を失っている彼らがかささぎを擁護するはずもない。


「いや待てよ、君たち……」


「ほぅ、理由は?」


 ひくまの言葉を遮って恭之助が大智たちに質問をした。


「昨日、大貴さんとくれは様が付き合っているのかを確認したくて、私が濱竹の皆さんに直球にお尋ねしました。そうしたら、ひくま様以外はとても驚かれていて、その事実を知らなかったのではないかと思いました。知っていたらあのような反応はしないと思いますし」


「僕もそう思います。花菜の失言からの反応を見るに、小林氏がその事実を知っていたとは思えません」


 花菜と大智の証言を聞いて、恭之助は頷くと、ひくまの方を見る。


「反論は?」


「たしかにあの時、初めて知った事実かもしれませんが、いくら独占欲が強く嫉妬深い性格であっても、そんな感情的に事を起こさないのではないでしょうか?」


「そうだぞ。しかも臣殺しなど。そんな大罪をこいつができると思わんが……」


 ひくまと砂太郎の言葉に恭之助は笑う。


「ま、普通はやらないだろうね。普通は」


 でも、と彼は言って、


「恋は盲目、恋愛は人をダメにするんだよ。それ即ち?」


 とあおいに振る。


「普通じゃないってことね」


 あおいがそう言うと、恭之助は指を鳴らして、


「その通りっ!」


 と言った。


「でもだな……!」


「以上が、俺がかささぎが犯人と思う理由だ。彼以外に、これだけ動機が揃っている人はいない」


 砂太郎の声を遮って恭之助が話す。しかし、諦めずに砂太郎はそれに反論する。


「ほんとか? 調べていないだけで……」


「調べたさ、全てね。でも残念、最初に言った通り、これほどにまで動機が揃っていたのは彼だけなんだよ。それ以外は、親密すぎるか関わりがゼロか。両極端すぎて犯人から外れてしまうんだよね」


 しかしあっさりと返されてしまう。


「ま、俺からは以上だよ。あとはするがくんから指示があると思うからよろしく」


 そう言って、恭之助はするがにバトンを渡す。


「動機はあまりに幼稚でなんとも言えないけど、おそらくは恭之助の言っていたことが事実だろうね。でも、ここで有罪と決めつけるのも良くない。だから、1週間後に靜国にて連邦裁判を行う。小林かささぎが無実と証明したければ、そこで彼が犯人でないと言える十分な証拠を提示してほしい。ただ、判断するのは沼と猪頭、あともう一国は適当に選んだ国の神だから、何も知らない彼らを納得させなくちゃいけないよ?」


「望むところだな」


 そのするがの言葉に安久斗が言った。


「あと、検察役は宇治枝に任せるよ。じゃ、1週間後に靜で会おうね」


 するがはそう言ってから、


「フェアな裁判になることを願っているよ」


 と付け足した。そしてわたしに目配せをする。


 え、これは終われってことでいいの?


 解散させろってこと?


 ……するがが言えばいいのに。


「えーっと、じゃあとりあえず、今回は解散にします。皆さんご協力ありがとうございました。夏至前5日に靜国にて裁判を開きますので、関係者は準備をお願いします。お疲れ様でした」


 とりあえず、こんな感じで閉めておいたけど……


 するがを見やると、特に気にする様子もなくあおいとしみずと話していた。


 ダメな顔もされてなさそうだから、多分これで良かったんだよね?


「おい、萌加」


 そのとき、安久斗がわたしに話しかけてきた。


「どしたの?」


「かささぎなんだが……」


 そう言われてかささぎを見ると、彼は完全に放心状態で項垂れている。


「精神的におかしくなっちまってるんだ。呼びかけても『俺はやってない』しか言わねーし、あそこから動きもしない」


「……重症だね」


 なんというか、バレたというよりは思ってもいなかった方向に事が進んでしまって絶望している感じに思える。


「すまないが、あと1日だけ滞在させてもいいか?」


 安久斗の言葉に、わたしは悩む。


 たしかに、あれでは帰ることもままならないだろう。でも、容疑者を滞在させることに大智たちが許すとは思えないし、あの子たちの精神状態を考えると滞在させたくない。


 自国民のためか、他国民のためか。


 そんなの、決まっているでしょ。


 わたしは控えめに首を振った。


「……そうか」


「でも、」


 残念そうにする安久斗にわたしは提案する。


「わたし以外なら頼れるかもしれないよ?」


 そう言って、奥でたむろする西部諸国の神々を見つめた。


「……いや、あいつらを頼るにせよ、どうせ運ばにゃならん。それなら濱竹に持ち帰るさ。あいつからも色々聞かにゃならんからな」


 安久斗はそう言うと、わたしに申し訳なさそうに謝る。


「すまない、こっちのやからが迷惑をかけた」


 その言葉に、わたしは明確な違和感を覚えた。


「待って安久斗。あなた、かささぎが犯人だって思っているの?」


「……」


 わたしの言葉に、安久斗は黙り込む。何か考えるような素振りを見せてから、わたしに耳打つ。


「俺は真犯人がいるんじゃないかと思っている」


「誰?」


 そう訊いたわたしの耳に入ってきた言葉は、あまりにも驚くべき言葉だった。


「靜だ」


「なっ……!」


 わたしの驚きの声をよそに、安久斗は話を続けた。


「考えてみろ、出来すぎているんだ。靜が全部企んだことだったら全て辻褄が合う。だがな、靜がかささぎを陥れる意義も、大貴を殺す意義もない。だから、はっきりとはまだ何も言えねぇ。それに、靜を犯人に仕立て上げたなら、制裁を喰らうのは間違いない」


「でも濱竹も統率国でしょう?」


 やろうと思えば、靜に制裁をかけることも可能なはず……


「そうなんだが、格が違う。俺は皇神種で向こうは祖神種。あいつらは潰そうと思えば俺なんか一瞬で潰せるんだろうよ。それに、お前も知っているだろう? 靜より東側の国々が俺を頼ることはまずない。統率国とは名ばかりで、俺が有利なことなど何一つないってことを」


「そうだけど……」


 しかし意外にも、安久斗は弱気だった。いつも怖いもの知らずな感じで振る舞っているのに、なんでそう、大事なところで弱気なの?


 靜が犯人だと思うなら、部下が無実だと思うなら、制裁とかそんなのを恐れずに対立すればいいじゃない。


 と、言ってやりたかった。


 でも、言えなかった。


 濱竹が制裁を喰らった場合、濱竹に縋って生きている西部諸国はどうなっちゃうのだろう。それに、濱竹が靜と対立するということは、間に挟まれたわたしたちは選択を強いられる。濱竹側か、靜側か。きっと靜は、立場を明確にしないと許してはくれないはず。濱竹側と表明すれば、一緒に制裁を喰らうことは避けられない。かと言って靜側と表明すれば、超大国という名を冠する濱竹と敵対し、日渡は対濱竹の最前線となる。つまりは、最悪のケースである戦争となったとき、真っ先に蹂躙される国家となることは避けられない。


 それ即ち、滅亡を意味する。


 それを考えたとき、安久斗の後押しをすることはできなくなった。


 きっと安久斗も、似たようなことを考えているはずだ。


「連邦全体で見た時に、彼ひとりの犠牲で済むなら……」


 わたしはそう言葉を漏らしていた。


「……」


 安久斗がわたしを睨みつける。はっとして、わたしはすぐに謝った。


「ごめんっ、今のは……」


「いや、いい。正直、俺も同じようなことを思ってしまったんだ。現状、俺はこの連邦のバランスを崩したくない。国家間のトラブルを円滑に収められるなら、ひとりくらいなら捨ててもいいのではないかとずっと思っていたんだ」


 そうため息混じりで呟く安久斗。そしてひとつ、言葉を吐き捨てた。


「ダメな神だよ、まったく」


 安久斗は悩み悩んでいる。わたしも、とても悩んでいる。靜が犯人だとは思い難いけど、安久斗が決心して、もし靜を犯人だと主張したとき。


 ……そのとき、日渡はどうしたらいいの?


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小林氏……救われて欲しい
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